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審決分類 審判 全部申し立て 1項2号公然実施  B23K
審判 全部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B23K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B23K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B23K
管理番号 1376784
異議申立番号 異議2021-700489  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-09-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-05-21 
確定日 2021-08-16 
異議申立件数
事件の表示 特許第6788550号発明「アーク溶接方法およびソリッドワイヤ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6788550号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6788550号の請求項1?11に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成29年6月16日の出願であって、令和2年11月4日にその特許権の設定登録がなされ、同年11月25日にその特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、令和3年5月21日付けで、特許異議申立人青木耕一(以下、「申立人」という。)により、請求項1?11(全請求項)に対して特許異議の申立てがなされたものである。

2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?11に係る発明(以下、これらをそれぞれ「本件発明1」?「本件発明11」という。また、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1?11に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
Arを含むガスと、
鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え、前記銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下であるソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うことを特徴とするアーク溶接方法。
【請求項2】
前記ソリッドワイヤを、該ソリッドワイヤの進退方向に繰り返し送給制御しながら溶接することを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接方法。
【請求項3】
前記鋼心線は、軟鋼からなることを特徴とする請求項1または2に記載のアーク溶接方法。
【請求項4】
前記ソリッドワイヤが、
質量%で、
C:0.15%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、及び
Cu:0.5%以下
を含有することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のアーク溶接方法。
【請求項5】
前記ソリッドワイヤが、さらに、質量%で、S:0.30%以下、Al:1.0%以下、Mo:3.0%以下、Ti:0.3%以下、及びZr:0.3%以下のうち少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項4に記載のアーク溶接方法。
【請求項6】
前記銅めっき膜の前記平均結晶粒径が50nm以上500nm以下であることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載のアーク溶接方法。
【請求項7】
鋼心線と、該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜とを備えたソリッドワイヤであって、
前記銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下であることを特徴とするソリッドワイヤ。
【請求項8】
前記鋼心線は、軟鋼からなることを特徴とする請求項7に記載のソリッドワイヤ。
【請求項9】
質量%で、
C:0.15%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、及び
Cu:0.5%以下
を含有することを特徴とする請求項7または8に記載のソリッドワイヤ。
【請求項10】
さらに、質量%で、S:0.30%以下、Al:1.0%以下、Mo:3.0%以下、Ti:0.3%以下、及びZr:0.3%以下のうち少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項9に記載のソリッドワイヤ。
【請求項11】
前記銅めっき膜の前記平均結晶粒径が50nm以上500nm以下であることを特徴とする請求項7から10のいずれか一項に記載のソリッドワイヤ。」

3 特許異議申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証の1?甲第6号証(以下、それぞれ「甲1の1」?「甲6」という。)を提出し、次の(1)?(4)の特許異議申立理由を主張している。

(証拠方法)
甲1の1:特開2008-194716号公報
甲1の2:特許第6043969号公報
甲2:「JIS Z 3312」,JISハンドブック 40-2 溶接II(製品),財団法人日本規格協会,第1版,2011年1月21日発行,P182?201
甲3:「内外溶接材料銘柄一覧2014年版」,産報出版株式会社,平成25年11月20日発行,P35?49
甲4:「大同の溶接材料・接合技術」,大同特殊鋼製品カタログ,P37及びP41
甲5:「JIS Z 3321」,JISハンドブック 40-2 溶接II(製品),財団法人日本規格協会,第1版,2011年1月21日発行,P282?292
甲6:写真 撮影対象:日鐵住金溶接工業株式会社製のソリッドワイヤ「YM-60A」(撮影日:令和3年4月)

(1)本件特許の請求項1?11に係る発明は、本件特許の出願前公然実施をされた発明、日本国内または外国において頒布された甲1の1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第2号又は第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(2)本件特許の請求項1?11に係る発明は、本件特許の出願前公然実施をされた発明、日本国内または外国において頒布された甲1の1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(3)本件特許は、その発明の詳細な説明の記載が下記ア?オの点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 発明の詳細な説明には、本件発明1、7の「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」との発明特定事項を実現するために、実施例では具体的な加工率が記載されておらず、かつ伸線加工時における銅めっき膜の温度を低減する具体的な手段が記載されていない。

イ 本件発明1?11は、実施例に記載されたソリッドワイヤの組成の範囲以外のものを含んでおり、発明の詳細な説明には、当該組成の範囲以外のソリッドワイヤについて実施し得ることが記載されていない。

ウ 請求項4、9には、「Cu:0.5%以下を含有する」ことが記載されており、Cuが0%の場合を含むところ、請求項4、9が引用する請求項1、7には、「銅めっき層を備え」ることが記載されており、Cuが0%であり、かつ、銅めっき層を備える発明は実施できないから、発明の詳細な説明には、本件発明1?11について、実施し得ることが記載されていない。

エ 請求項1の「Arを含むガス」には、空気も含まれるから、発明の詳細な説明には、本件発明1?11について、実施し得ることが記載されていない。

オ 請求項1、7の「銅めっき層」には、その厚さが非常に厚い場合や非常に薄い場合が含まれるから、発明の詳細な説明には、本件発明1?11について、実施し得ることが記載されていない。

(4)本件特許は、その特許請求の範囲の記載が下記ア?ウの点で不備のため、本件発明の課題を解決し得ない発明を含んでいるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 本件発明1?11は、実施例に記載されたソリッドワイヤの組成の範囲以外のものを含んでいる。

イ 請求項1の「Arを含むガス」には、アルゴンが少量のガスも含まれる。

ウ 請求項1、7の「銅めっき層」には、その厚さが非常に厚い場合や非常に薄い場合が含まれる。

4 各甲号証の記載
(1)甲1の1の記載事項
甲1の1には、次の記載がある。なお、各甲号証に記載された発明の認定に関連する箇所には、当審で下線を付した。以下、同じ。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤに関し、特に軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においても、ワイヤ送給性が良好で、かつ、チップの摩耗が少なくアークが安定なガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤに関する。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においても、ワイヤ送給性が良好で、かつ、チップの摩耗が少なくアークが安定なガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、ガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤにおいて、めっき厚さが0.3?1.1μmのワイヤ表面にワイヤ10kg当たり常温で液体の潤滑油を0.3?1.5gおよびカリウムを0.004?0.25g有し、金属粉および金属粉以外の固形分の付着量が合計で0.30g以下であることを特徴とする。また、ワイヤ表面にワイヤ10kg当たり二硫化モリブデンを0.005?0.25g、リン脂質を0.008?0.10g有することも特徴とするガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤにある。
【発明の効果】
【0010】
本発明のガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤによれば、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においても、ワイヤ送給性が良好で、かつ、チップの摩耗量が少なくアークが安定した溶接が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するために溶接用ワイヤ表面状態およびワイヤ表面に塗布する送給潤滑剤について種々検討した。その結果、ワイヤ表面に銅めっきを施し、浄化したワイヤ表面に常温で液体である潤滑油およびカリウムを適量塗布することによって、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においてもワイヤ送給性が良好で、チップ摩耗も極めて少なくなり安定したアークが得られることを見出した。さらに、ワイヤ表面に前記潤滑油およびカリウムとともに二硫化モリブデンおよびリン脂質を有することによって、ワイヤ送給性がさらに向上することも見出した。」
「【0016】
ワイヤ表面の銅めっきは、前述のようにチップ先端での通電性を良好にし、チップ摩耗が少なく、さらに防錆性向上という効果がある。しかし、ワイヤ表面への銅めっきはワイヤ素線径(2.5?3.5mm程度)で施された後に仕上げ伸線で製品径まで縮径されるが、この過程で銅めっきが剥がれワイヤ表面に多量付着する。また、同時にワイヤ表層部の鉄も削られてワイヤ表面に付着する。これらワイヤ表面に付着した金属粉は、コンジットチューブ内に蓄積されて長時間溶接していると送給抵抗が非常に大きくなりアークが不安定となって、ついにはアーク切れが生じるようになる。」
「【0022】
本発明のガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤの製造方法は、ソリッドワイヤ素線のワイヤ表面に銅めっきを施したのち、製品径まで仕上げ伸線して、ワイヤ表面を例えば洗浄や機械的に浄化し、常温で液体である潤滑油とカリウムまたは潤滑油、カリウム、二硫化モリブデンおよびリン脂質をワイヤ表面に塗布してスプール巻きまたはペールパック入りワイヤとする。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。表1に示すワイヤ径1.2mmの銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)のワイヤ表面を浄化の程度およびワイヤ表面への潤滑油などの塗布量を変えて試作してスプール巻きワイヤとした。なお、二硫化モリブデンの粒径は0.6μm以下のものを用いた。」
「【0026】
ワイヤ送給性評価指標のスリップ率SLは、SL=(Vr-Vw)/Vr×100で表される。また、送給ローラ部分に設けられたロードセル10によりワイヤ送給時にワイヤがコンジットチューブから受ける反力を送給抵抗Rとして検出した。溶接は試作ワイヤ毎に新しいコンジットチューブを用いて表2に示す溶接条件で120分溶接し、溶接開始後100分から溶接終了までの20分間アークの安定性、スリップ率SLおよび送給抵抗Rを測定した。スリップ率SLが平均で10%以下、送給抵抗Rが平均で6kgf以下の場合にワイヤ送給性良好と判定した。また、チップの摩耗量は、試作ワイヤ毎に新しいチップ(内径1.4mm)を用いて溶接終了後最も摩耗の大きい箇所の内径を測定した。チップ摩耗量の評価は、摩耗量が0.15mm以下を良好として評価した。
【0027】
【表2】



(2)甲2の記載
甲2には、次の記載がある。



」(第184頁)



」(第185頁)



」(第187頁)

(3)甲3の記載
甲3には、次の記載がある。







」(第35?37頁)



」(第49頁)

(4)甲4の記載
甲4には、次の記載がある。



」(第37頁)



」(第41頁)

(5)甲5の記載
甲5には、次の記載がある。



」(第286頁)

(6)甲6の記載
甲6には、次の記載がある。




5 引用発明
(1)甲1の1に記載された発明
ア 上記4の(1)の【0016】には、「ワイヤ表面への銅めっきはワイヤ素線径(2.5?3.5mm程度)で施された後に仕上げ伸線で製品径まで縮径される」と記載されているから、上記4の(1)の【0023】の実施例に記載された「銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)」も同様に処理されていると考えられる。

イ そして、上記4の(1)の【0001】には、「ガスシールドアーク溶接用銅めっきソリッドワイヤ」に関することが記載されており、また、上記4の(1)の【0027】の表2には、シールドガスとしてCO_(2)を用いることが示されているから、上記4の(1)(特に、【0001】、【0016】、【0023】、【0026】、【0027】)によれば、甲1の1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「シールドガスとしてCO_(2)と、
銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)とを用いるガスシールドアーク溶接方法であって、
ソリッドワイヤ表面への銅めっきはワイヤ素線径で施された後に仕上げ伸線で製品径まで縮径されている、アーク溶接方法。」

ウ また、上記4の(1)(特に、【0001】、【0016】、【0023】)によれば、甲1の1には、次の発明(以下、「引用ワイヤ発明1」という。)が記載されていると認められる。
「銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)であって、
ソリッドワイヤ表面への銅めっきはワイヤ素線径で施された後に仕上げ伸線で製品径まで縮径されている、ソリッドワイヤ。」

(2)公然実施された発明
(2)-1 DA1S
ア 上記4の(3)の第35頁には、大同特殊鋼の「DA1S」が「YGW12」に分類されるマグ溶接ソリッドワイヤであり、シールドガスとしてCO_(2)を用いることが示されている。

イ そうすると、大同特殊鋼の「DA1S」を用いたマグ溶接方法に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が公然実施されていたと認められる。
「シールドガスとしてCO_(2)を用い、
ソリッドワイヤ「DA1S」を用いて溶接を行うマグ溶接方法。」

ウ また、大同特殊鋼の「DA1S」に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用ワイヤ発明2」という。)が公然実施されていたと認められる。
「ソリッドワイヤ「DA1S」。」

(2)-2 WSR43KNb
ア 上記4の(3)の第49頁には、大同特殊鋼の「WSR43KNb」がシールドガスとしてArまたはAr+O_(2)を用いるミグ溶接用のソリッドワイヤであることが示されている。

イ また、上記4の(4)の第37頁には、「WSR43KNb」のワイヤ表面にCuメッキが施されていることが記載されている。

ウ そうすると、大同特殊鋼の「WSR43KNb」を用いたマグ溶接方法に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用発明3」という。)が公然実施されていたと認められる。
「シールドガスとしてArまたはAr+O_(2)を用い、
表面にCuメッキが施されているソリッドワイヤ「WSR43KNb」を用いて溶接を行うマグ溶接方法。」

エ また、大同特殊鋼の「WSR43KNb」に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用ワイヤ発明3」という。)が公然実施されていたと認められる。
「表面にCuメッキが施されているソリッドワイヤ「WSR43KNb」。」

(2)-3 NSSW YM-60A(3MIT)
ア 上記4の(3)の第37頁には、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-60A(3MIT)」が、マグ溶接ソリッドワイヤ(上記4の(3)の第35頁参照。)であり、シールドガスとしてCO_(2)を用いることが示されている。

イ そうすると、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-60A(3MIT)」を用いたマグ溶接方法に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用発明4」という。)が公然実施されていたと認められる。
「シールドガスとしてCO_(2)を用い、
ソリッドワイヤ「NSSW YM-60A(3MIT)」を用いて溶接を行うマグ溶接方法。」

ウ また、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-60A(3MIT)」に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用ワイヤ発明4」という。)が公然実施されていたと認められる。
「ソリッドワイヤ「NSSW YM-60A(3MIT)」。」

(2)-4 DD50Z
ア 上記4の(3)の第36頁には、大同特殊鋼の「DD50Z」がシールドガスとして80Ar+20O_(2)を用いるマグ溶接用(上記4の(3)の第35頁参照。)のソリッドワイヤであることが示されている。

イ そうすると、大同特殊鋼の「DD50Z」を用いたマグ溶接方法に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用発明5」という。)が公然実施されていたと認められる。
「シールドガスとして80Ar+20O_(2)を用い、
ソリッドワイヤ「DD50Z」を用いて溶接を行うマグ溶接方法。」

ウ また、大同特殊鋼の「DD50Z」に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用ワイヤ発明5」という。)が公然実施されていたと認められる。
「ソリッドワイヤ「DD50Z」。」

(2)-5 NSSW YM-24S(0)
ア 上記4の(3)の第36頁には、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-24S(0)」がシールドガスとして80Ar+20O_(2)を用いるマグ溶接用(上記4の(3)の第35頁参照。)のソリッドワイヤであることが示されている。

イ そうすると、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-24S(0)」を用いたマグ溶接方法に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用発明6」という。)が公然実施されていたと認められる。
「シールドガスとして80Ar+20O_(2)を用い、
ソリッドワイヤ「NSSW YM-24S(0)」を用いて溶接を行うマグ溶接方法。」

ウ また、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-24S(0)」に注目すると、本件特許の出願当時、次の発明(以下、「引用ワイヤ発明6」という。)が公然実施されていたと認められる。
「ソリッドワイヤ「NSSW YM-24S(0)」。」

(3)申立人が主張する引用発明について
ア 申立人は、特許異議申立書(以下、単に「申立書」という。)において、甲1の1の【0023】には、「銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)」と記載されていることを根拠として、大同特殊鋼の「DA1S」には、銅めっきが施されていると主張している(申立書第13頁第10?12行、第15頁第5?6行)。
しかしながら、甲3の第35頁から、大同特殊鋼の「DA1S」が「YGW12」に該当することは理解できるものの、甲1の1の【0023】の「銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)」との記載から、「ソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)」に対して銅めっきを施したものであるのか、「ソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)」には元々銅めっきを施されているのかが明確ではない。

また、甲2の第185頁(ワイヤ成分の記号「12」参照。)によれば、「YGW12」のCu含有量は0.50以下であってCu含有量が0であることもあり得、さらに、甲2の第187頁の注釈c)には、「銅めっきが施されている場合は、めっきの銅を含む」と記載され、銅めっきが施されていない場合もあり得る記載となっていることから、「YGW12」に該当するソリッドワイヤの全てに銅めっきが施されているとまではいえない。
よって、申立人の主張には根拠がない。

イ また、申立人は、申立書において、大同特殊鋼の「DA1S」の銅めっき層の平均結晶子径を、EBSD装置を用いて得たデータから算出したところ、350nmであったから、大同特殊鋼の「DA1S」の銅めっき層の平均結晶子径は350nmであったと主張している(申立書第13頁最後から6行?第14頁最後から3行、第15頁第7行)。
しかしながら、上記主張の根拠となる、具体的な証拠、すなわち、商品購入の日付、商品購入から測定までの保管条件・保管期間、測定者の氏名及びその署名並びに所属、測定日時、測定場所等が記載された証拠(例えば、実験成績証明書)は何ら提出されていない。
よって、申立人の主張には根拠がない。
なお、上記(2)-2?(2)-5において検討した、大同特殊鋼の「WSR43KNb」、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-60A(3MIT)」、大同特殊鋼の「DD50Z」、及び、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-24S(0)」の銅めっき層の平均結晶子径についても同様である(甲6は、日鐵住金溶接工業の「NSSW YM-60A(3MIT)」の現況写真を示したものと認められるが、当該写真のスプールに納められたソリッドワイヤを試料とする測定結果は何ら示されておらず、上記判断を覆すに足りるものではない。)。

6 対比・判断
6-1 特許法第29条第1項第2号又は第3号、及び、同法同条第2項について(上記3の(1)及び(2))
(1)引用発明1及び引用ワイヤ発明1を主たる引用発明とした場合
(1)-1 請求項1?6について
本件発明1と引用発明1とを対比する。

ア 引用発明1の「シールドガスとしてCO_(2)」 「を用いる」事項と、本件発明1の「Arを含むガス」「を用い」る事項とは、ガスを用いる事項で共通する。

イ ソリッドワイヤに鋼心線が存在することは、技術常識であるから、引用発明1の「銅めっきを施したソリッドワイヤ(JIS Z3312 YGW12)」「を用いる」事項は、本件発明1の「鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」た「ソリッドワイヤ」「を用い」る事項に相当する。

ウ 引用発明1の「ガスシールドアーク溶接方法」は、本件発明1の「アーク溶接方法」に相当する。

エ 上記ア?ウより、本件発明1と引用発明1とは、
「ガスと、
鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備えた、ソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うアーク溶接方法。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点1)
「アーク溶接」に用いる「ガス」が、本件発明1は、「Arを含む」ものであるのに対し、引用発明1は、「CO_(2)」である点。

(相違点2)
本件発明1は、「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」のに対し、引用発明1は、銅めっき膜の平均結晶粒径が不明である点。

オ 事案に鑑み、まず、相違点2について検討する。

カ 本件特許の願書に添付された明細書(以下、「本件明細書」という。)には、次の記載がある。
「【0041】
ここで、本実施形態においては、銅めっき膜の平均結晶粒径を制御する伸線加工を行う必要がある。一般的に、ソリッドワイヤは、銅めっき後に伸線加工が施される。この銅めっき後の伸線加工においては、銅めっき膜において、動的再結晶および結晶粒の成長が生じる。すなわち、加工による歪の導入によって動的再結晶が生じ結晶粒が微細化するとともに、加工による発熱によって結晶粒の成長が生じ結晶粒が粗大化する。例えば、特開2012-143796には、伸線加工時においてワイヤ表面が400℃以上の高温にさらされることが記載されている。このように、加工発熱時において銅めっき膜が高温にさらされることにより、平均結晶粒径が600nm超に成長してしまう。
【0042】
よって、本実施形態では、銅めっき膜においては、動的再結晶は生じさせつつも、結晶粒の成長は抑制する。動的再結晶の発生頻度は、例えば歪速度を調節することにより制御できる。具体的には、1パスの伸線加工率を20%以下、より好ましくは15%以下、さらに好ましくは10%以下とする。ソリッドワイヤの伸線加工は、孔ダイスやローラーダイスを用いた手法があるが、孔ダイスを用いる場合、ローラーダイスよりもひずみ速度が大きくなりやすいため、伸線加工率を低減することが好ましい。また、結晶粒の成長を抑制すべく、加工時における銅めっき膜の温度を低減するためには、ロールを冷却したり、油を噴射したりすることが好ましい。ワイヤを常温よりも低温に予め冷却しておいても良い。以上のようにして、本発明の実施形態に係る銅めっき膜12を得る。」

キ 上記カの記載によれば、銅めっき後の伸線加工においては、加工による歪の導入によって動的再結晶が生じ結晶粒が微細化するとともに、加工による発熱によって結晶粒の成長が生じ結晶粒が粗大化するが、本件発明の「ソリッドワイヤ」は、「銅めっき後の伸線加工において」、「歪速度を調節」したり、「加工時における銅めっき膜の温度を低減」したりすることにより、「銅めっき膜の平均結晶粒径を制御」し得るとのことである。

ク 一方、引用発明1の「ソリッドワイヤ」は、その「表面への銅めっきはワイヤ素線径で施された後に仕上げ伸線で製品径まで縮径される」ものではあるものの、仕上げ伸線において、銅めっき膜の平均結晶粒径を制御するものではないし、銅めっき後の伸線加工において、歪速度を調節したり、加工時における銅めっき膜の温度を低減したりするものではないから、「銅めっき膜の平均結晶粒径」について、本件発明1と引用発明1とは同じものであるかどうかは不明であり、異なるものであるといわざるを得ない。

ケ そうすると、相違点2は、実質的な相違点である。

コ そこで、引用発明1において、相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことであるか否かを検討する。

サ 甲1の1に記載されたソリッドワイヤは、「ワイヤ送給性」(甲1の1の【0008】)を良好なものとする点で本件発明1と同一の課題を有するものであるが、課題を解決する手段はソリッドワイヤの表面に潤滑油やカリウムを塗布するものであって(甲1の1の【0011】参照)、本件発明1のように「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下」とするものではない。

シ また、甲1の1には、「ワイヤ送給性」を良好にすることと「銅めっき膜の平均結晶粒径」との関係について、記載も示唆もない。

ス そうすると、引用発明1において、「銅めっき膜の平均結晶粒径」を制御する動機がないから、引用発明1において、相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

セ よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明1ではないし、引用発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ソ また、本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも引用発明1と相違点2と同様の相違点で相違するから、これまで検討した理由と同様の理由により、本件発明2?6は、引用発明1ではないし、引用発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

タ なお、申立人は、物質が硬いほど摩耗し難いことは理工学分野に携わるものであれば誰もが知っている常識(以下、「技術常識1」という。)であるし、また、物質が細かいほど(例えば結晶粒径が小さいほど)物質が硬くなることは技術常識(以下、「技術常識2」という。)であるから、引用発明1において、本件発明1の「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下」とすることは、設計事項である旨主張している(申立書第28頁最後から5行?第29頁第11行)。

チ しかしながら、引用発明1が、「ワイヤ送給性が良好で、かつ、チップの摩耗が少な」い「ソリッドワイヤ」(甲1の1の【0008】)を提供するものであったとしても、甲1の1に記載された発明は、ソリッドワイヤ表面に潤滑油及びカリウム塗布するものである(甲1の1の【0011】)。

ツ そして、甲1の1には「銅めっき膜の平均結晶粒径」を制御することが記載も示唆もされていないのであるから、引用発明1において、ワイヤ送給性が良好で、かつ、チップの摩耗を少なくするために、上記タの技術常識1を採用して、その銅めっき膜を硬くし、さらに、銅めっき膜を硬くするために、上記タの技術常識2を採用して、「銅めっき膜の平均結晶粒径」を制御することまで、当業者が容易になし得たとはいえない。

テ よって、申立人の上記タの主張に理由はない。

(1)-2 請求項7?11について
ア 本件発明7?11と引用ワイヤ発明1とを対比すると、少なくとも、相違点2と同様の相違点で相違するから、上記(1)-1で検討した理由と同様の理由により、本件発明7?11は、引用ワイヤ発明1ではないし、引用ワイヤ発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)引用発明2及び引用ワイヤ発明2を主たる引用発明とした場合
(2)-1 請求項1?6について
本件発明1と引用発明2とを対比する。

ア 引用発明2の「シールドガスとしてCO_(2)」 「を用い」る事項と、本件発明1の「Arを含むガス」「を用い」る事項とは、ガスを用いる事項で共通する。

イ ソリッドワイヤに鋼心線が存在することは、技術常識であるから、引用発明2の「ソリッドワイヤ「DA1S」を用いて溶接を行う」事項は、本件発明1の「鋼心線」「を備え」た「ソリッドワイヤ」「を用いて溶接を行う」事項に相当する。

ウ 引用発明2の「マグ溶接方法」は、本件発明1の「アーク溶接方法」に相当する。

エ 上記ア?ウより、本件発明1と引用発明2とは、
「ガスと、
ソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うアーク溶接方法。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点3)
「アーク溶接」に用いる「ガス」が、本件発明1は、「Arを含む」ものであるのに対し、引用発明2は、「CO_(2)」である点。

(相違点4)
「ソリッドワイヤ」が、本件発明1は、「鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」、「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」のに対し、引用発明2は、銅めっき膜を備えたものであるか否かが不明である点。

オ 事案に鑑み、まず、相違点4について検討する。

カ 本件発明1と引用発明2とは、相違点4(銅めっき膜を備え、かつ、その平均結晶粒径が600nm以下であるか否か)で異なるものであるから、相違点4は実質的な相違点である。

キ そこで、引用発明2において、相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことであるか否かを検討する。

ク ソリッドワイヤにおいて、その鋼心線に銅めっきを施すことは周知技術である。

ケ しかしながら、引用発明2の「ソリッドワイヤ「DA1S」」において、上記カの周知技術を適用できたとしても、引用発明2の「ソリッドワイヤ「DA1S」」は、市販品であって、当該銅めっき膜の平均結晶粒径を600nm以下とする動機がない。

コ そうすると、引用発明2において、相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

サ よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明2ではないし、引用発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

シ また、本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも引用発明2と相違点4と同様の相違点で相違するから、これまで検討した理由と同様の理由により、本件発明2?6は、引用発明2ではないし、引用発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)-2 請求項7?11について
ア 本件発明7?11と引用ワイヤ発明2とを対比すると、少なくとも、相違点4と同様の相違点で相違するから、上記(2)-1で検討した理由と同様の理由により、本件発明7?11は、引用ワイヤ発明2ではないし、引用ワイヤ発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)引用発明3及び引用ワイヤ発明3を主たる引用発明とした場合
(3)-1 請求項1?6について
本件発明1と引用発明3とを対比する。

ア 引用発明3の「シールドガスとしてArまたはAr+O_(2)を用い」る事項は、本件発明1の「Arを含むガス」「を用い」る事項に相当する。

イ ソリッドワイヤに鋼心線が存在することは、技術常識であるから、引用発明3の「表面にCuメッキが施されているソリッドワイヤ「WSR43KNb」を用い」る事項は、本件発明1の「鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」た「ソリッドワイヤ」「を用い」る事項に相当する。

ウ 引用発明3の「マグ溶接方法」は、本件発明1の「アーク溶接方法」に相当する。

エ 上記ア?ウより、本件発明1と引用発明3とは、
「Arを含むガスと、
鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備えた、ソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うアーク溶接方法。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点5)
本件発明1は、「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」のに対し、引用発明3は、銅めっき膜の平均結晶粒径が不明である点。

オ 以下、相違点5について検討する。

カ 本件発明1と引用発明3とは、相違点5(銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下であるか否か)で異なるものであるから、相違点5は実質的な相違点である。

キ そこで、引用発明3において、相違点5に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことであるか否かを検討する。

ク ソリッドワイヤにおいて、その鋼心線に銅めっきを施すことは周知技術である。

ケ しかしながら、引用発明3の「ソリッドワイヤ「WSR43KNb」」において、上記カの周知技術を適用できたとしても、引用発明3の「ソリッドワイヤ「WSR43KNb」」は、市販品であって、当該銅めっき膜の平均結晶粒径を600nm以下とする動機がない。

コ そうすると、引用発明3において、相違点5に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

サ よって、本件発明1は、引用発明3ではないし、引用発明3に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

シ また、本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも引用発明3と相違点5と同様の相違点で相違するから、これまで検討した理由と同様の理由により、本件発明2?6は、引用発明3ではないし、引用発明3に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)-2 請求項7?11について
ア 本件発明7?11と引用ワイヤ発明3とを対比すると、少なくとも、相違点5と同様の相違点で相違するから、上記(3)-1で検討した理由と同様の理由により、本件発明7?11は、引用ワイヤ発明3ではないし、引用ワイヤ発明3に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)引用発明4及び引用ワイヤ発明4を主たる引用発明とした場合
(4)-1 請求項1?6について
本件発明1と引用発明4とを対比する。

ア 引用発明4の「シールドガスとしてCO_(2)」 「を用い」る事項と、本件発明1の「Arを含むガス」「を用い」る事項とは、ガスを用いる事項で共通する。

イ ソリッドワイヤに鋼心線が存在することは、技術常識であるから、引用発明4の「ソリッドワイヤ「NSSW YM-60A(3MIT)」を用いて溶接を行う」事項は、本件発明1の「鋼心線」「を備え」た「ソリッドワイヤ」「を用いて溶接を行う」事項に相当する。

ウ 引用発明4の「マグ溶接方法」は、本件発明1の「アーク溶接方法」に相当する。

エ 上記ア?ウより、本件発明1と引用発明4とは、
「ガスと、
ソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うアーク溶接方法。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点6)
「アーク溶接」に用いる「ガス」が、本件発明1は、「Arを含む」ものであるのに対し、引用発明4は、「CO_(2)」である点。

(相違点7)
「ソリッドワイヤ」が、本件発明1は、「鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」、「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」のに対し、引用発明4は、銅めっき膜を備えたものであるか否かが不明である点。

オ 事案に鑑み、まず、相違点7について検討する。

カ 本件発明1と引用発明4とは、相違点7(銅めっき膜を備え、かつ、その平均結晶粒径が600nm以下であるか否か)で異なるものであるから、相違点7は実質的な相違点である。

キ そこで、引用発明4において、相違点7に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことであるか否かを検討する。

ク ソリッドワイヤにおいて、その鋼心線に銅めっきを施すことは周知技術である。

ケ しかしながら、引用発明4の「ソリッドワイヤ「NSSW YM-60A(3MIT)」」において、上記カの周知技術を適用できたとしても、引用発明4の「ソリッドワイヤ「NSSW YM-60A(3MIT)」」は、市販品であって、当該銅めっき膜の平均結晶粒径を600nm以下とする動機がない。

コ そうすると、引用発明4において、相違点7に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

サ よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明4ではないし、引用発明4に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

シ また、本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも引用発明4と相違点7と同様の相違点で相違するから、これまで検討した理由と同様の理由により、本件発明2?6は、引用発明4ではないし、引用発明4に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)-2 請求項7?11について
ア 本件発明7?11と引用ワイヤ発明4とを対比すると、少なくとも、相違点7と同様の相違点で相違するから、上記(4)-1で検討した理由と同様の理由により、本件発明7?11は、引用ワイヤ発明4ではないし、引用ワイヤ発明4に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)引用発明5及び引用ワイヤ発明5を主たる引用発明とした場合
(5)-1 請求項1?6について
本件発明1と引用発明5とを対比する。

ア 引用発明5の「シールドガスとして80Ar+20O_(2)を用い」る事項は、本件発明1の「Arを含むガス」「を用い」る事項に相当する。

イ ソリッドワイヤに鋼心線が存在することは、技術常識であるから、引用発明5の「ソリッドワイヤ「DD50Z」を用いて溶接を行う」事項は、本件発明1の「鋼心線」「を備え」た「ソリッドワイヤ」「を用いて溶接を行う」事項に相当する。

ウ 引用発明5の「マグ溶接方法」は、本件発明1の「アーク溶接方法」に相当する。

エ 上記ア?ウより、本件発明1と引用発明5とは、
「Arを含むガスと、
ソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うことを特徴とするアーク溶接方法。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点8)
「ソリッドワイヤ」が、本件発明1は、「鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」、「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」のに対し、引用発明5は、銅めっき膜を備えたものであるか否かが不明である点。

オ 以下、相違点8について検討する。

カ 本件発明1と引用発明5とは、相違点8(銅めっき膜を備え、かつ、その平均結晶粒径が600nm以下であるか否か)で異なるものであるから、相違点8は実質的な相違点である。

キ そこで、引用発明5において、相違点8に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことであるか否かを検討する。

ク ソリッドワイヤにおいて、その鋼心線に銅めっきを施すことは周知技術である。

ケ しかしながら、引用発明5の「ソリッドワイヤ「DD50Z」」において、上記カの周知技術を適用できたとしても、引用発明5の「ソリッドワイヤ「DD50Z」」は、市販品であって、当該銅めっき膜の平均結晶粒径を600nm以下とする動機がない。

コ そうすると、引用発明5において、相違点8に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

サ よって、本件発明1は、引用発明5ではないし、引用発明5に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

シ また、本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも引用発明5と相違点8と同様の相違点で相違するから、これまで検討した理由と同様の理由により、本件発明2?6は、引用発明5ではないし、引用発明5に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)-2 請求項7?11について
ア 本件発明7?11と引用ワイヤ発明5とを対比すると、少なくとも、相違点8と同様の相違点で相違するから、上記(5)-1で検討した理由と同様の理由により、本件発明7?11は、引用ワイヤ発明5ではないし、引用ワイヤ発明5に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)引用発明6及び引用ワイヤ発明6を主たる引用発明とした場合
(6)-1 請求項1?6について
本件発明1と引用発明6とを対比する。

ア 引用発明6の「シールドガスとして80Ar+20O_(2)を用い」る事項は、本件発明1の「Arを含むガス」「を用い」る事項に相当する。

イ ソリッドワイヤに鋼心線が存在することは、技術常識であるから、引用発明6の「ソリッドワイヤ「NSSW YM-24S(0)」を用いて溶接を行う」事項は、本件発明1の「鋼心線」「を備え」た「ソリッドワイヤ」「を用いて溶接を行う」事項に相当する。

ウ 引用発明6の「マグ溶接方法」は、本件発明1の「アーク溶接方法」に相当する。

エ 上記ア?ウより、本件発明1と引用発明6とは、
「Arを含むガスと、
ソリッドワイヤと、
を用いて溶接を行うことを特徴とするアーク溶接方法。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点9)
「ソリッドワイヤ」が、本件発明1は、「鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」、「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」のに対し、引用発明6は、銅めっき膜を備えたものであるか否かが不明である点。

オ 以下、相違点9について検討する。

カ 本件発明1と引用発明6とは、相違点9(銅めっき膜を備え、かつ、その平均結晶粒径が600nm以下であるか否か)で異なるものであるから、相違点9は実質的な相違点である。

キ そこで、引用発明6において、相違点9に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことであるか否かを検討する。

ク ソリッドワイヤにおいて、その鋼心線に銅めっきを施すことは周知技術である。

ケ しかしながら、引用発明6の「ソリッドワイヤ「NSSW YM-24S(0)」」において、上記カの周知技術を適用できたとしても、引用発明6の「ソリッドワイヤ「NSSW YM-24S(0)」」は、市販品であって、当該銅めっき膜の平均結晶粒径を600nm以下とする動機がない。

コ そうすると、引用発明6において、相違点9に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

サ よって、本件発明1は、引用発明6ではないし、引用発明6に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

シ また、本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも引用発明6と相違点9と同様の相違点で相違するから、これまで検討した理由と同様の理由により、本件発明2?6は、引用発明6ではないし、引用発明6に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)-2 請求項7?11について
ア 本件発明7?11と引用ワイヤ発明6とを対比すると、少なくとも、相違点9と同様の相違点で相違するから、上記(6)-1で検討した理由と同様の理由により、本件発明7?11は、引用ワイヤ発明6ではないし、引用ワイヤ発明6に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6-2 特許法第36条第4項第1号について(上記3の(3))
(1)加工率及び温度を低減する手段について(上記3の(3)のア)
ア 本件発明1は、「鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え、前記銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下であるソリッドワイヤ」との発明特定事項を、本件発明7は、「鋼心線と、該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜とを備えたソリッドワイヤであって、前記銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」との発明特定事項を含むものである。

イ そして、上記アの「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」との発明特定事項について。本件明細書には、次の記載がある。
「【0041】
ここで、本実施形態においては、銅めっき膜の平均結晶粒径を制御する伸線加工を行う必要がある。一般的に、ソリッドワイヤは、銅めっき後に伸線加工が施される。この銅めっき後の伸線加工においては、銅めっき膜において、動的再結晶および結晶粒の成長が生じる。すなわち、加工による歪の導入によって動的再結晶が生じ結晶粒が微細化するとともに、加工による発熱によって結晶粒の成長が生じ結晶粒が粗大化する。例えば、特開2012-143796には、伸線加工時においてワイヤ表面が400℃以上の高温にさらされることが記載されている。このように、加工発熱時において銅めっき膜が高温にさらされることにより、平均結晶粒径が600nm超に成長してしまう。
【0042】
よって、本実施形態では、銅めっき膜においては、動的再結晶は生じさせつつも、結晶粒の成長は抑制する。動的再結晶の発生頻度は、例えば歪速度を調節することにより制御できる。具体的には、1パスの伸線加工率を20%以下、より好ましくは15%以下、さらに好ましくは10%以下とする。ソリッドワイヤの伸線加工は、孔ダイスやローラーダイスを用いた手法があるが、孔ダイスを用いる場合、ローラーダイスよりもひずみ速度が大きくなりやすいため、伸線加工率を低減することが好ましい。また、結晶粒の成長を抑制すべく、加工時における銅めっき膜の温度を低減するためには、ロールを冷却したり、油を噴射したりすることが好ましい。ワイヤを常温よりも低温に予め冷却しておいても良い。以上のようにして、本発明の実施形態に係る銅めっき膜12を得る。」
「【実施例】
・・・(略)・・・
【0048】
なお、ワイヤは、伸線加工の条件を種々変えることによって、銅めっき膜の平均結晶粒径が異なるものを作成した。従来例1?3は、製造時において動的再結晶および結晶粒の成長に対して制御をしておらず銅めっき膜の結晶粒径が600nm超である。また、比較例1は、本発明例24で用いたワイヤに対して不活性ガス雰囲気中において200℃、10分間加熱処理をしたワイヤを用いた例である。」

ウ 上記イの記載によれば、実施例の記載において、「ワイヤは、伸線加工の条件を種々変えることによって、銅めっき膜の平均結晶粒径が異なるものを作成した」(【0048】)と記載されており、「伸線加工の条件」について具体的な記載はない。

エ しかしながら、上記イには、「加工による歪の導入によって動的再結晶が生じ結晶粒が微細化するとともに、加工による発熱によって結晶粒の成長が生じ結晶粒が粗大化する」(【0041】)と、「動的再結晶」により「結晶粒径」が変化することが記載され、また、上記イには、「動的再結晶の発生頻度は、例えば歪速度を調節することにより制御できる。具体的には、1パスの伸線加工率を20%以下、より好ましくは15%以下、さらに好ましくは10%以下とする」(【0042】)と記載されている。すなわち、結晶粒径を制御するための動的再結晶の頻度は、歪速度を調節することにより制御でき、具体的には、1パスの伸線加工率を20%以下、より好ましくは15%以下、さらに好ましくは10%以下とすることであるといえる。

オ また、上記イには、「結晶粒の成長を抑制すべく、加工時における銅めっき膜の温度を低減するためには、ロールを冷却したり、油を噴射したりすることが好ましい。ワイヤを常温よりも低温に予め冷却しておいても良い」(【0042】)と記載されている。

カ そうすると、上記ウのとおり、本件明細書には、実施例の記載において、「伸線加工の条件」について具体的な記載はないものの、上記エ、オのとおり、伸線加工における、具体的な伸線加工率及び温度を低減する手段が記載されており、実施例においても、これらの具体的な伸線加工率及び温度を低減する手段により、伸線加工を行っていると考えられる。

キ そして、これらの具体的な伸線加工率及び温度を低減する手段は、上記アの「銅めっき膜の平均結晶粒径が600nm以下である」との発明特定事項を得るために、当業者が過度の負担を強いられるものとはいえない。

ク よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1、7及びそれらを引用する請求項2?6、8?11に係る発明について、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(2)ソリッドワイヤの組成について(上記3の(3)のイ)
ア 本件発明1及び7は、「ソリッドワイヤ」との発明特定事項を含むものである。

イ そして、本件明細書【0046】?【0055】の実施例に記載において、次の成分を有する「ソリッドワイヤ」が示されている(【0052】の表1、【0053】参照。)。
C:0.03?0.14重量%
Si:0.3?2.0重量%
Mn:0.3?2.5重量%
S:0.01?0.18重量%
Cu:0.13?0.46重量%
残部はFe及び不可避不純物を含む。

ウ 本件発明1、7の「ソリッドワイヤ」は、上記イの組成以外の組成のソリッドワイヤを含むものであるが、そもそも本件発明1、7の「ソリッドワイヤ」が実施できないような組成は、本件発明1、7には含まれていないと解されるし、本件発明1、7には含まれ、かつ、上記イの組成以外の組成のソリッドワイヤを含む発明が実施できない理由も見当たらない。

エ よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1、7及びそれらを引用する請求項2?6、8?11に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(3)Cuの含有率について(上記3の(3)のウ)
ア 本件発明4は、「ソリッドワイヤが、質量%で、C:0.15%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、及びCu:0.5%以下を含有する」との発明特定事項を含み、本件発明4が引用する本件発明1は、「銅めっき膜を備え」るとの発明特定事項を含むものである。

イ そして、本件発明4は、「ソリッドワイヤが、質量%で、」「Cu:0.5%以下を含有する」ものであるから、文言上、Cuが0%であるものも含んでおり、本件発明4が引用する本件発明1の「銅めっき膜を備え」る事項と、文言上、矛盾している。

ウ しかしながら、上記イより、本件発明4は、「ソリッドワイヤが、質量%で、」「Cu:0.5%以下を含有する」との発明特定事項と、「銅めっき膜を備え」るとの発明特定事項との双方を含むものであるから、Cuが0%であることはありえず、Cuは0より大きく0.5%以下を含有すると解するのが相当である。

エ また、「銅めっき膜を備え」るものであって、Cuが0%であるという矛盾する態様は、本件発明4には含まれないと解される。

オ そうすると、本件発明4は、当業者が過度の負担なく実施しうるものであるといえる。

カ また、以上のことは、本件発明7を引用する本件発明9も同様のことがいえる。

キ よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項4、9及びそれらを引用する請求項5、6、10、11に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

ク また、本件発明1?3、7?9は、「ソリッドワイヤが、質量%で、C:0.15%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、及びCu:0.5%以下を含有する」との発明特定事項を含むものではないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1?3、7?9に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(4)Arを含むガスについて(上記3の(3)のエ)
ア 本件発明1は、「Arを含むガス」「を用いて溶接を行うことを特徴とするアーク溶接方法」である。

イ そして、上記アの「Arを含むガス」について、本件明細書には次の記載がある。
「【0044】
本発明の実施形態に係る溶接方法に用いられるシールドガスは、Arを含有していればよく、Arのみからなっていてもよい。あるいは、Arに加えて、CO_(2)やO_(2)などを含有していてもよく、例えば、5?30体積%程度のCO_(2)ないしO_(2)と、残部がArであるシールドガスを用いてもよい。なお、シールドガスには、不可避不純物としてのN_(2)、H_(2)等も含有され得る。本発明の実施形態に係るアーク溶接方法において、溶接条件は公知の溶接条件を適宜採用することができる。また、溶接の対象となる被溶接材も特に限定されず、各種鋼板に適用可能である。」

ウ ここで、技術常識からすると、空気にはごく少量Arが含まれているから、上記アの「Arを含むガス」には、文言上、空気も含まれることとなり、一見、本件発明1には、空気を用いてアーク溶接を行うことも含まれる。

エ しかしながら、上記イの「例えば、5?30体積%程度のCO_(2)ないしO_(2)と、残部がArであるシールドガスを用いてもよい」との記載からみても、Arがある程度含まれているガスであると考えられるから、Arの含有量がごく少量である空気は、上記アの「Arを含むガス」に含まれないと解される。

オ また、技術常識に照らせば、空気は窒素を含むためにシールドガスとはなり得ないから、空気を用いてアーク溶接を行うことは実質的に不可能であり、たとえ文言上、「Arを含むガス」に空気が含まれていたとしても、本件発明1の「Arを含むガス」に空気が含まれないと解される。

カ よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1及びそれらを引用する請求項2?6に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

キ また、本件発明7?11には、「Arを含むガス」が発明特定事項に含まれていないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項7及びそれらを引用する請求項8?11に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(5)銅めっき層の厚さについて(上記3の(3)のオ)
ア 本件発明1は、「鋼心線及び該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜を備え」た「ソリッドワイヤ」を、本件発明7は、「鋼心線と、該鋼心線の表面に形成された銅めっき膜」「を備えたソリッドワイヤ」を含むものである。

イ そして、上記アの「ソリッドワイヤ」は鋼心線を備えたものであるから、上記アの「銅めっき膜」が、非常に厚かったり、非常に薄かったりしても、「アーク溶接」が行えない理由がない。

ウ よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1、7及びそれらを引用する請求項2?6、8?11に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

6-3 特許法第36条第6項第1号について(上記3の(4))
(1)ソリッドワイヤの組成について(上記3の(4)のア)
ア 本件発明の解決しようとする課題は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、「アーク溶接時において、送給性に優れ、アークの安定度が高いアーク溶接方法及びソリッドワイヤを提供すること」(【0007】)である。
そして、上記「アークの安定度が高い」とは、本件明細書の「ソリッドワイヤの表面に銅めっき膜が形成されていると、一般的に、チップ摩耗が少なくなり、溶接時においてアークが安定することが知られている」(【0003】)との記載からみて、ソリッドワイヤとチップとの摩耗に由来するものであると解される。

イ そして、本件明細書【0046】?【0055】の実施例に記載において、次の成分を有するソリッドワイヤが送給性及びアーク安定性に優れることが示されている(【0052】の表1、【0053】参照。)。
C:0.03?0.14重量%
Si:0.3?2.0重量%
Mn:0.3?2.5重量%
S:0.01?0.18重量%
Cu:0.13?0.46重量%
残部はFe及び不可避不純物を含む。

ウ また、本件明細書には、次の記載がある。
「【0008】
本発明者らは、表面に銅めっき膜が形成されたソリッドワイヤを用いたアーク溶接方法について鋭意検討した結果、銅めっき膜の結晶粒径を微細にすることによって、銅めっき膜の摩耗を抑制できることを見出した。さらに、これにより、ソリッドワイヤの摺動性を良好にし、例えばソリッドワイヤの進退方向に送給制御を行うアーク溶接において、送給性を高め、溶接時のアークをより安定させることができることを見出した。本発明は、この知見に基づいてなされたものである。」

エ 上記ウの記載によれば、銅めっき膜の結晶粒径を微細にすることによって、銅めっき膜の摩耗を抑制でき、それにより、ソリッドワイヤの摺動性を良好にし、送給性を高め、溶接時のアークをより安定させるとのことである。

オ そして、申立人が特許異議申立書(第29頁第2?4行)において述べているように、物質が細かいほど(例えば結晶粒径が小さいほど)物質が硬くなることは技術常識であるし、物質が硬いほど摩耗し難いことは理工学分野に携わるものであれば誰もが知っている常識である。

カ そうすると、当業者であれば、上記オの技術常識に照らせば、上記エより、銅めっき膜の結晶粒径を微細にすることによって、銅めっき層が硬くなり、ひいては銅めっき膜の摩耗を抑制できることが理解できる。

キ したがって、銅めっき膜の結晶粒径を微細にすることによって、微細にしなかった場合と比較して、銅めっき膜の摩耗を抑制できることが理解でき、この点は、ソリッドワイヤの成分に関係なく、達成しうるものといえるから、本件発明1、7は、上記アの課題を解決し得るものである。

ク よって、請求項1、7及びそれらを引用する請求項2?6、8?11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。

(2)Arを含むガスについて(上記3の(4)のイ)
ア 本件発明の解決しようとする課題は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、「アーク溶接時において、送給性に優れ、アークの安定度が高いアーク溶接方法及びソリッドワイヤを提供すること」(【0007】)である。
そして、上記「アークの安定度が高い」とは、本件明細書の「ソリッドワイヤの表面に銅めっき膜が形成されていると、一般的に、チップ摩耗が少なくなり、溶接時においてアークが安定することが知られている」(【0003】)との記載からみて、ソリッドワイヤとチップとの摩耗に由来するものであると解される。

イ そして、本件明細書【0046】?【0055】の実施例に記載において、シールドガスとして、「Ar+20%体積CO_(2)」(【0047】)を用いた場合、ソリッドワイヤの送給性及びアーク安定性に優れることが示されている(【0052】の表1、【0053】参照。)。

ウ ここで、上記(1)のウ?キで検討したとおり、本件発明1は、銅めっき膜の結晶粒径を微細にすることによって、微細にしなかった場合と比較して、銅めっき膜の摩耗を抑制できることが理解できる。

エ また、上記6-2の(4)のエ、オで検討したように、Arの含有量がごく少量である空気は、上記アの「Arを含むガス」に含まれないと解される。

オ そうすると、上記ウ、エより、本件発明1、7は、シールドガスの種類によらず、上記アの課題を解決し得るものであることが理解できる。

カ よって、請求項1、7及びそれらを引用する請求項2?6、8?11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。

(3)銅めっき層の厚さについて(上記3の(4)のウ)
ア 本件発明の解決しようとする課題は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、「アーク溶接時において、送給性に優れ、アークの安定度が高いアーク溶接方法及びソリッドワイヤを提供すること」(【0007】)である。
そして、上記「アークの安定度が高い」とは、本件明細書の「ソリッドワイヤの表面に銅めっき膜が形成されていると、一般的に、チップ摩耗が少なくなり、溶接時においてアークが安定することが知られている」(【0003】)との記載からみて、ソリッドワイヤとチップとの摩耗に由来するものであると解される。

イ そして、本件明細書【0046】?【0055】の実施例に記載において、銅めっき膜を備えたソリッドワイヤが送給性及びアーク安定性に優れることが示されている(【0052】の表1、【0053】参照。)。

ウ ここで、上記(1)のウ?キで検討したとおり、本件発明1は、銅めっき膜の結晶粒径を微細にすることによって、微細にしなかった場合と比較して、銅めっき膜の摩耗を抑制できることが理解できる。

エ そうすると、本件発明1、7は、銅めっき膜の膜厚によらず、上記アの課題を解決し得るものである。

オ よって、請求項1、7及びそれらを引用する請求項2?6、8?11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。

6 むすび
以上のとおり、本件の請求項1?11に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことはできず、また、他に本件の請求項1?11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-08-02 
出願番号 特願2017-118766(P2017-118766)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (B23K)
P 1 651・ 121- Y (B23K)
P 1 651・ 537- Y (B23K)
P 1 651・ 112- Y (B23K)
P 1 651・ 536- Y (B23K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 毅  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 井上 猛
土屋 知久
登録日 2020-11-04 
登録番号 特許第6788550号(P6788550)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 アーク溶接方法およびソリッドワイヤ  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  

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