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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A24D
管理番号 1377729
審判番号 不服2020-1406  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-10-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-02-03 
確定日 2021-09-07 
事件の表示 特願2016-540511「液体放出構成要素を備えた喫煙物品」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 7月 9日国際公開、WO2015/101511、平成29年 1月12日国内公表、特表2017-500864〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2014年(平成26年)12月18日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2013年12月31日 (EP)欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年11月 8日付け:拒絶理由通知書
平成31年 4月15日 :意見書および手続補正書
令和 元年 9月26日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 2年 2月 3日 :審判請求書と同時に手続補正書
令和 2年 3月18日 :手続補正書(方式)
令和 2年11月 6日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 3月 9日 :意見書及び手続補正書

第2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1ないし13に係る発明は、令和3年3月9日提出の手続補正書に記載された請求項1ないし13により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「徐放性の液体送達材料で形成されている少なくとも1つの液体放出構成要素を組み込んだ喫煙物品であって、前記液体送達材料が、
複数の領域を画定する高分子マトリクスを含む閉じたマトリクス構造であって、前記高分子マトリクスが、多価の陽イオンにより架橋結合された1つ以上の多糖類で形成されるものと、
前記領域内に閉じ込められ、かつ前記材料の圧縮に伴い前記閉じたマトリクス構造から放出可能な液体組成物とを含み、
前記液体送達材料の前記高分子マトリクスが1つ以上の両親媒性ポリマーを含むフィラーをさらに含み、
前記閉じたマトリクス構造が、50重量パーセント?90重量パーセントの間の前記架橋結合された1つ以上の多糖類、および10重量パーセント?20重量パーセントの間の前記両親媒性ポリマーを含み、
前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度が、前記液体放出構成要素を通して前記閉じたマトリクス構造の外側表面から前記液体放出構成要素の質量中心へと延びる線に沿って、前記閉じたマトリクス構造の前記外側表面から250ミクロン以内の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値が前記質量中心から500ミクロン以内の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値の少なくとも1.5倍であるように変化する、喫煙物品。」

第3 拒絶の理由
令和2年11月6日付けで当審が通知した拒絶理由の概要は次のとおりである。

本件出願の請求項1ないし14に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された以下の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:特表2001-507925号公報
引用文献2:国際公開第2013/068304号

第4 引用文献
1 引用文献1の記載事項
令和2年11月6日付けで当審より通知した拒絶理由において引用した引用文献1には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審において付与したものである。
「1.制御された速度で放出される、少なくとも1種類の有効成分を含有する、食品又は煙草の添加剤としてのビーズの製造方法であって、
下記工程:
(a)特にアルカリ金属塩の形状の酸性多糖の水溶液中の液体有効成分及び/又は固体有効成分の溶液又は分散系又はエマルジョンと、乳化剤と、任意に、1種類以上の他の水溶性又は水分散性物質とから成る系を形成する工程と;
(b)前記系の個別小滴を形成する工程と;
(c)前記小滴を、多価カチオンを含有する水溶液又はアルコール溶液中に導入することによって、前記小滴を水不溶性ゲルビーズに転化させ、それによってゲルビーズの懸濁液を形成する工程と;
(d)任意に、前記懸濁液から前記ゲルビーズを単離する工程と;さらに、
(e)任意に、単離ビーズを乾燥させる工程と
を含む上記方法。」(【特許請求の範囲】、以下4.?41.についても、同様である。)

「4.アルカリ金属塩の形状の前記酸性多糖がアルギネート、特にアルギン酸ナトリウムとしてである、請求項1?3のいずれか1項に記載の方法。」

「9.乳化剤が変性多糖、特に変性澱粉である、請求項1?8のいずれか1項に記載の方法。
10.変性澱粉がオクテニル・スクシネイテッド澱粉である、請求項9記載の方法。」

「15.多価イオンがカルシウム、ストロンチウム、バリウム、鉄、銀、アルミニウム、マンガン、銅及び亜鉛から成る群のイオンであり、特にカルシウムイオンである、請求項1?14のいずれか1項に記載の方法。」

「27.煙草又は煙草含有製品にフレーバー付けする及び/又は芳香付けする方法であって、請求項1?19のいずれか1項に記載の方法によって製造された、少なくとも1種類のフレーバー及び/又はフレグランスを含有するビーズを煙草又は煙草製品に有効量で加えることを含む上記方法。」

「29.網状多価カチオン含有酸性多糖のマトリックスと、酸性多糖によつて形成された空隙を少なくとも部分的に充填する、少なくとも1種類の液体有効成分及び/又は少なくとも1種類の固体有効成分とから成るビーズ。」

「32.前記多価カチオン含有酸性多糖がアルギネート、特にアルギン酸カルシウムである、請求項29記載のビーズ。」

「40.請求項1?19のいずれか1項に記載の方法によって製造される、請求項29?37のいずれか1項に記載のビーズ。
41.請求項20?28のいずれか1項に記載の方法における請求項29?40のいずれか1項に記載のビーズの使用。」

ア)「同時係属ヨーロッパ特許出願第96202823号では、乾燥した水不溶性、熱安定性ゲルビーズ中に封入されたフレーバー及び他の有効成分の製造方法と使用とが述べられている。しかし、この方法の使用は、有効成分が油溶性であることを必要とする。油不溶性有効成分、特に油不溶性フレーバーの単独成分としての、又は例えば植物油、乳化剤、増量剤、充填剤物質若しくは吸着剤との組合せとしての封入を可能にし、ビーズが食品若しくは煙草製品の消費中のフレーバー放出に不利な影響を与えずに、加工及び貯蔵中の有効成分の保持と安定性とを改良する、食品若しくは煙草の添加剤としてのビーズを提供する封入方法をも有することが有利であると考えられる。本発明の目的はこの要求を満たすことである。
この要求は、網状多価カチオン含有酸性多糖(reticulated multivalentcation containing acid polysaccharide)のマトリツクスと、酸性多糖によって作られた空隙を少なくとも部分的に満たす、少なくとも1種類の油不溶性液体有効成分及び/又は少なくとも1種類の油不溶性固体有効成分とから成るビーズによって満たされる。有効成分は有利には、フレーバー、フレグランス、ビタミン及び着色性物質から成る群の少なくとも1種類の化合物である。特に、有効成分は液体及び/又は固体フレーバー、特にフレーバーオイル、又は油中に溶解したフレーバーである。前記多価カチオン含有酸性多糖は好ましくはアルギネート、特にアルギン酸カルシウムである。酸性多糖はペクチン、特に、低エステルペクチン又はゲランガムでもありうる。本発明の目的であるように、これらのビーズは熱安定性であり、有効成分は消費前の貯蔵中に又は消費中に圧縮若しくは破裂によって(食品)又は燃焼による多糖マトリックスの破壊によって(煙草)周囲の製品マトリックス(surrounding product matrix)中に持続放出される。これらのビーズは機械的に安定でもあり、約10?約5000μm、好ましくは100?2000μm、特に400?1500μmの直径を有する。」
(第9ページ第21行-第10頁第16行)

イ)「これらのビーズは下記方法によって製造することができる:
制御された速度で放出される少なくとも1種類の有効成分を含有する食品又は煙草添加剤としてのビーズの製造方法であって、前記方法は、
下記工程:
(a)特にアルカリ金属塩の形状の酸性多糖の水溶液中の液体有効成分及び/又は固体有効成分の溶液又は分散系又はエマルジョンと、乳化剤と、任意に、1種類以上の他の水溶性又は水分散性物質とから成る系を形成する工程と;
(b)前記系の個別小滴を形成する工程と;
(c)前記小滴を多価カチオンを含有する水溶液又はアルコール溶液中に導入することによって、前記小滴を水不溶性ゲルビーズに転化させ、それによって懸濁液を形成する工程と;
(d)任意に、前記懸濁液から前記ゲルビーズを単離する工程と;さらに、
(e)任意に、単離ビーズを乾燥させる工程と
を含む。」
(第10ページ第17行-第11ページ第2行)

ウ)「この方法において、有効成分はフレーバー、フレグランス、ビタミン及び/又は着色性物質から成る群の少なくとも1種類の化合物でありうる。有効成分は液体及び/又は固体フレーバー、特にフレーバーオイル、又は油中に溶解したフレーバーである。特に、アルカリ金属塩としての前記酸性多糖は好ましくはアルギネート、特にアルギン酸ナトリウムである。酸性多糖はペクチン、特に低エステルペクチン、好ましくは5重量%未満のエステル化度を有するペクチンでもありうる。多糖はゲランガムであることもできる。乳化剤は変性澱粉、特にオクテニル・スクシネイテッド澱粉(octeny lsuccinated starch)、又はタンパク質であることができる。水溶性物質は多糖であることができる。好ましくは、多糖は修飾セルロース(modified cellulose)、特にメチル又はエチルセルロース、ローカスト・ビーン・ガム(locust beangum)、デキストラン、アラビアゴム、及びコンジャク(konjac)から成る群の少なくとも1種類である。水分散性物質は吸着剤、特に二酸化ケイ素でありうる。多価イオンはカルシウム、ストロンチウム、バリウム、鉄、銀、アルミニウム、マンガン、銅及び亜鉛から成る群からのイオンであることができ、特にカルシウムイオンでありうる。個別小滴の前記形成はそれ自体公知の噴霧方法によって、特に系を回転ディスク上に注入することによって、又は前記系をオリフィス若しくは針からジェットの形成を阻止するほど緩慢な速度で押し出す若しくはポンプで連続的に押し出すことによって、又は前記系のジェットを形成して、それ自体公知の共鳴方法、例えば振動若しくはパルス化(pulsation)によって前記ジェットを破壊することによって発生させることができる。ゲルビーズを濾過又は遠心分離によって懸濁液から単離し、それによつて湿ったビーズを生成して、これらのビーズを特にオーブン又は流動床乾燥器において乾燥させることができる。湿ったビーズを凝結防止剤の存在下、特に、マルトデキストリン又は二酸化ケイ素の存在下で乾燥させることが好ましい。」
(第11ページ第3-26行)

エ)「熱安定性多糖ゲルビーズの比較的大きい孔度(pore size)は、例えばフレーバー化合物、ビタミン等のような小分子の有効成分のためのバリヤーとして作用するゲルの能力を制限する。それにも拘わらず、これらのゲルビーズはゲル内のバリヤーに依存して、分子の放出を多かれ少なかれ長時間にわたって持続することができる。例えば、ゲルが他の(マクロ)分子を含有するならば、有効多孔度(effective porosity)は低下し、持続放出はより低い速度又は無視できるほどにさえなる。この理由から、例えばマルトデキストリン、ネイティブ(native)澱粉又は二酸化ケイ素のような充填剤物質をアルギネート溶液に加えることが時には有利である。他の適当な充填剤物質は水溶性多糖類、例えばデキストリン、デキストラン、ローカスト・ビーン・ガム、アラビアゴム及びメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、並びに例えばゼラチン及び他のタンパク質のような、他の水溶性マクロ分子を包含する。
充填剤物質の他に、例えばオクテニル・スクシネイテッド澱粉、モノ-及びジグリセリド、又はモノグリセリドとジグリセリドとの混合物のような乳化剤を、酸性多糖の溶液に加えることができる。これらの乳化剤は、一定の組成及びサイズのビーズを形成するための必要条件である、安定性の高い水中油滴エマルジョンを得ることを助ける。」
(第16ページ第3-19行)

オ)「1?10重量%の濃度範囲内のカルシウムイオンは、それらの高度な有効性、低いコスト及び低い毒性のために、アルギン酸アルカリ金属、ペクチン及びゲランガムのゲル化のための好ましい多価カチオンである。原則として、例えばストロンチウム、バリウム、鉄、銀、アルミニウム、マンガン、銅又は亜鉛イオンのような、他の金属イオンも用いることができる。塩化カルシウムが酸性多糖溶液の滴に遭遇すると、不溶性のカルシウム含有多糖ゲルのスキンが外側に直ちに形成される。その後、カルシウムイオンが滴中に徐々に拡散するので、固体ゲル化粒子への完全な転化のためには適度な時間が必要である。10?5000μmの直径の滴と1?5重量%の塩化カルシウム溶液とに関しては、最適接触時間は5?500分間の範囲である。しかし、フレーバーが水溶性成分を含有する場合には、これらの水溶性化合物の微細粒子からの漏出を避けるために、カルシウム浴から短時間後に既に粒子を単離することが有利であると考えられる。
カルシウムイオンが酸性多糖の溶液中に拡散すると、迅速なイオン結合とネットワーク形成とが内部へ移動するゲル化帯を生成する。酸性多糖自体もこのゲル化帯方向に拡散するので、中心に多糖の枯渇が生じる。多糖のこのような不均質な分布を有するゲルビーズは、外側帯における高いゲル強度のために、ある一定のフレーバー用途には有利であると考えられる。実際に、このようにして、固体又は液体のフレーバーのコアの周囲のアルギネートシェルから成るカプセルが形成されうる。一般に、低分子質量アルギネート、低濃度のゲル化イオン(gellingion)及び非ゲル化イオンの不存在は最高の不均質性を生じ、高分子量の多糖と高濃度の非ゲル化イオンとは全て、均質性の増強を生じる。」
(第18ページ第8-28行)

2 引用文献1から理解できる事項
上記請求項27の記載から、煙草又は煙草製品は、少なくとも1種類のフレーバー及び/又はフレグランスを含有するビーズを有効量で加えられていると理解できる。
上記ア)の記載から、前記ビーズは、その液体有効成分を消費前の貯蔵中に又は消費中に圧縮若しくは破裂によって(食品)又は燃焼による多糖マトリックスの破壊によって(煙草)周囲の製品マトリックス(surrounding product matrix)中に持続放出すると理解できる。
上記請求項29及びア)の記載から、前記ビーズは、網状多価カチオン含有酸性多糖のマトリックスと、酸性多糖によって形成された空隙を少なくとも部分的に充填する、少なくとも1種類の液体有効成分及び/又は少なくとも1種類の固体有効成分とから成ると理解できる。
請求項1、請求項15及びオ)の記載から、前記網状多価カチオン含有酸性多糖の多価カチオンはカルシウムイオンであると理解できる。
請求項1、請求項9、請求項10及びエ)の記載から、前記ビーズを形成する酸性多糖であるアルギネート溶液には、マルトデキストリンのような充填剤物質と、オクテニル・スクシネイテッド澱粉のような乳化剤が加えられていると理解できる。
上記オ)の記載から、塩化カルシウムが酸性多糖溶液の滴に遭遇すると、不溶性のカルシウム含有多糖ゲルのスキンが外側に直ちに形成され、その後、カルシウムイオンが滴中に徐々に拡散し、カルシウムイオンが酸性多糖の溶液中に拡散すると、迅速なイオン結合とネットワーク形成とが内部へ移動するゲル化帯を生成すると理解できる。また、酸性多糖自体もこのゲル化帯方向に拡散するので、中心に多糖の枯渇が生じ、外側帯における高いゲル強度を有する不均質な分布を有するゲルビーズになると理解できる。

3 引用発明
上記1および2の記載を総合すると、引用文献1には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「少なくとも1種類のフレーバー及び/又はフレグランスを含有するビーズを有効量で加えられた煙草又は煙草製品であって、
前記ビーズは、その液体有効成分を消費前の貯蔵中に又は消費中に圧縮若しくは破裂によって(食品)又は燃焼による多糖マトリックスの破壊によって(煙草)周囲の製品マトリックス(surrounding product matrix)中に持続放出し、
前記ビーズは、網状多価カチオン含有酸性多糖のマトリックスと、酸性多糖によって形成された空隙を少なくとも部分的に充填する、少なくとも1種類の液体有効成分及び/又は少なくとも1種類の固体有効成分とから成り、
前記網状多価カチオン含有酸性多糖の多価カチオンはカルシウムイオンであり、
前記ビーズを形成する酸性多糖溶液であるアルギネート溶液には、マルトデキストリンのような充填剤物質と、オクテニル・スクシネイテッド澱粉のような乳化剤が加えられており、
前記酸性多糖溶液の滴と塩化カルシウムが遭遇すると、不溶性のカルシウム含有多糖ゲルのスキンが外側に直ちに形成され、その後、カルシウムイオンが滴中に徐々に拡散し、カルシウムイオンが酸性多糖の溶液中に拡散すると、迅速なイオン結合とネットワーク形成とが内部へ移動するゲル化帯を生成し、酸性多糖自体もこのゲル化帯方向に拡散するので、中心に多糖の枯渇が生じ、外側帯における高いゲル強度を有する不均質な分布を有するゲルビーズとなる、煙草又は煙草製品」

第5 対比・判断
1 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「ビーズ」は「その液体有効成分を消費前の貯蔵中に又は消費中に圧縮若しくは破裂によって(食品)又は燃焼による多糖マトリックスの破壊によって(煙草)周囲の製品マトリックス(surrounding product matrix)中に持続放出」するから、本願発明の「除放性の液体送達材料」および「除放性の液体送達材料で形成されている少なくとも1つの液体放出構成要素」に相当する。そして、引用発明の「少なくとも1種類のフレーバー及び/又はフレグランスを含有するビーズを有効量で加えられた煙草又は煙草製品」は、本願発明の「徐放性の液体送達材料で形成されている少なくとも1つの液体放出構成要素を組み込んだ喫煙物品」に相当する。
引用発明の「網状多価カチオン含有酸性多糖のマトリックス」は、「酸性多糖によって形成された空隙」を有しているから、本願発明の「複数の領域を画定する高分子マトリクスを含む閉じたマトリクス構造」に相当する。また、引用発明の「網状多価カチオン含有酸性多糖」は、「多価カチオン」により結合された酸性多糖である、と解されるから、本願発明の「高分子マトリクスが、多価の陽イオンにより架橋結合された1つ以上の多糖類で形成されるもの」に相当する。
引用発明の「酸性多糖によって形成された空隙を少なくとも部分的に充填する、少なくとも1種類の液体有効成分及び/又は少なくとも1種類の固体有効成分」は、有効成分を含有する酸性多糖からなるビーズが、「その液体有効成分を消費前の貯蔵中に又は消費中に圧縮若しくは破裂によって」「製品マトリックス(surrounding product matrix)中に持続放出」であることも鑑みると、本願発明の「前記領域内に閉じ込められ、かつ前記材料の圧縮に伴い前記閉じたマトリクス構造から放出可能な液体組成物」に相当する。
引用発明の「マルトデキストリンのような充填剤物質と、オクテニル・スクシネイテッド澱粉のような乳化剤」が、「ビーズを形成する酸性多糖溶液であるアルギネート溶液」に「加えられ」ていることは、オクテニル・スクシネイテッド澱粉は両親媒性ポリマーであることから、本願発明の「前記液体送達材料の前記高分子マトリクスが1つ以上の両親媒性ポリマーを含むフィラーをさらに含」むことに相当する。
引用発明の「前記ビーズは、網状多価カチオン含有酸性多糖のマトリックス」からなり、「前記ビーズを形成する酸性多糖溶液であるアルギネート溶液には、マルトデキストリンのような充填剤物質と、オクテニル・スクシネイテッド澱粉のような乳化剤が加えられて」いることは、本願発明の「前記閉じたマトリクス構造が、50重量パーセント?90重量パーセントの間の前記架橋結合された1つ以上の多糖類、および10重量パーセント?20重量パーセントの間の前記両親媒性ポリマーを含」むことと、「前記閉じたマトリクス構造が、架橋結合された1つ以上の多糖類、および前記両親媒性ポリマーを含」む限りにおいて一致している。
引用発明の「前記酸性多糖溶液の滴と塩化カルシウムが遭遇すると、不溶性のカルシウム含有多糖ゲルのスキンが外側に直ちに形成され、その後、カルシウムイオンが滴中に徐々に拡散し、カルシウムイオンが酸性多糖の溶液中に拡散すると、迅速なイオン結合とネットワーク形成とが内部へ移動するゲル化帯を生成し、酸性多糖自体もこのゲル化帯方向に拡散するので、中心に多糖の枯渇が生じ、外側帯における高いゲル強度を有する不均質な分布を有するゲルビーズとなる」ことは、カルシウムイオンが酸性多糖の滴中において、滴の外側から内側へゲル化帯を生成していき、カルシウムイオンは滴の中心に向かう(内部へ移動する)につれ滴のゲル化のために消費され、徐々に減少していくものと解される。してみれば、生成されるゲルビーズは、そのカルシウムイオンの濃度が、ゲルビーズの外側において高く、中心に向かうにつれカルシウムイオン濃度は低くなり、その結果、ゲルビーズの外側付近において、ゲルビーズの中心付近よりもカルシウムイオンの濃度が高くあるように変化すると理解できる。したがって、本願発明の「前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度が、前記液体放出構成要素を通して前記閉じたマトリクス構造の外側表面から前記液体放出構成要素の質量中心へと延びる線に沿って、前記閉じたマトリクス構造の前記外側表面から250ミクロン以内の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値が前記質量中心から500ミクロン以内の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値の少なくとも1.5倍であるように変化する」ことと、「前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度が、前記液体放出構成要素を通して前記閉じたマトリクス構造の外側表面から前記液体放出構成要素の質量中心へと延びる線に沿って、前記閉じたマトリクス構造の前記外側表面付近の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値が前記質量中心付近の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値よりも高くあるように変化する」限りにおいて一致している。

したがって、本願発明と引用発明とは、以下の一致点、相違点1及び2を有している。
《一致点》
「徐放性の液体送達材料で形成されている少なくとも1つの液体放出構成要素を組み込んだ喫煙物品であって、前記液体送達材料が、
複数の領域を画定する高分子マトリクスを含む閉じたマトリクス構造であって、前記高分子マトリクスが、多価の陽イオンにより架橋結合された1つ以上の多糖類で形成されるものと、
前記領域内に閉じ込められ、かつ前記材料の圧縮に伴い前記閉じたマトリクス構造から放出可能な液体組成物とを含み、
前記液体送達材料の前記高分子マトリクスが1つ以上の両親媒性ポリマーを含むフィラーをさらに含み、
前記閉じたマトリクス構造が、前記架橋結合された1つ以上の多糖類、および前記両親媒性ポリマーを含み、
前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度が、前記液体放出構成要素を通して前記閉じたマトリクス構造の外側表面から前記液体放出構成要素の質量中心へと延びる線に沿って、前記閉じたマトリクス構造の前記外側表面付近の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値が前記質量中心付近の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値よりも高くあるように変化する、喫煙物品」

≪相違点1≫
本願発明は、「閉じたマトリクス構造が、50重量パーセント?90重量パーセントの間の前記架橋結合された1つ以上の多糖類、および10重量パーセント?20重量パーセントの間の前記両親媒性ポリマーを含」むのに対し、引用発明は、マトリックスが、網状多価カチオン含有酸性多糖、および(両親媒性ポリマーである)オクテニル・スクシネイテッド澱粉を含んでいるものの、それらの配合量は不明な点。

≪相違点2≫
本願発明は、「前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度が、前記液体放出構成要素を通して前記閉じたマトリクス構造の外側表面から前記液体放出構成要素の質量中心へと延びる線に沿って、前記閉じたマトリクス構造の前記外側表面から250ミクロン以内の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値が前記質量中心から500ミクロン以内の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値の少なくとも1.5倍であるように変化する」のに対し、引用発明は「前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度が、前記液体放出構成要素を通して前記閉じたマトリクス構造の外側表面から前記液体放出構成要素の質量中心へと延びる線に沿って、前記閉じたマトリクス構造の前記外側表面付近の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値が前記質量中心付近の前記閉じたマトリクス構造内の多価の陽イオンの濃度の最高値よりも高くあるように変化する」ものの、その外側表面付近が250ミクロン以内であるか、その質量中心付近が500ミクロン以内であるか、及び陽イオンの濃度が1.5倍であるかが不明な点。

2 判断
(1)相違点1について
上記相違点1について検討する。
上記相違点1の記載どおり、本願発明と引用発明とは、マトリクスをなす物質の構成は一致しており、相違点1において相違するのはマトリクスをなす物質の配合割合の数値範囲のみである。そして、数値範囲の最適化・好適化は当業者の通常の創作能力の発揮であり、請求項に係る発明が、その数値範囲において、顕著又は格別の効果を奏することが認められない限り、進歩性も認められないところ、本願発明において、架橋結合された1つ以上の多糖類を50重量パーセント?90重量パーセントの間、両親媒性ポリマーを10重量パーセント?20重量パーセントの間とすることにより、他の数値範囲(例えば多糖類が50重量パーセント未満、並びに、両親媒性ポリマーを10重量パーセント未満または20重量パーセントよりも多く配合するもの)に比して顕著又は格別な効果があるとは認められない。また、本願の当初明細書においても、当該数値範囲に顕著又は格別な効果があることは示されていない(例えば、段落【0053】や【0059】の記載をもって当該数値範囲に顕著または格別な効果がある根拠とはならない。)。よって、本願発明のマトリクスをなす物質の配合割合の数値範囲に進歩性は認められない。
以上のとおりであるから、相違点1に係る本願発明の構成は、引用発明に基いて当業者が容易に想到し得るものである。

(2)相違点2について、
上記相違点2について検討する。
上記相違点2の記載通り、本願発明と引用発明とは、マトリクス構造の外側表面の陽イオン濃度が高く、中心付近では低い点では一致しており、相違点2で相違するのは陽イオン濃度の数値範囲のみである。そして、数値範囲の最適化・好適化は当業者の通常の創作能力の発揮であり、請求項に係る発明が、その数値範囲において、顕著または格別の効果を奏することが認められない限り、進歩性も認められないところ、本願発明において、マトリクスの外側表面付近の250ミクロンまでの範囲の陽イオン濃度を、マトリクスの中心付近の500ミクロンまでの陽イオン濃度の少なくとも1.5倍とすることにより、他の数値範囲(例えば1.5倍未満)に比して顕著又は格別な効果があるとは認められない。また、本願の当初明細書においても、当該数値範囲に顕著又は格別な効果があることは示されていない(例えば、段落【0038】や【0150】の記載をもって当該数値範囲に顕著または格別な効果がある根拠とはならない。)。よって、本願発明の陽イオン濃度の数値範囲に進歩性は認められない。
以上のとおりであるから、相違点2にかかる本願発明の構成は、引用発明に基いて、当業者が容易に想到し得るものである。

3 効果
本願発明の奏する効果も、引用発明から予測できる範囲内のものであって、格別顕著なものとはいえない。

4 請求人の主張について
審判請求人は、令和3年3月9日提出の意見書において、上記相違点1に関連して、以下のように主張している。
「さらに、補正後の請求項に記載されている発明では、閉じたマトリクス構造に含まれる架橋結合された1つ以上の多糖類および両親媒性ポリマーの量を、それぞれ特定しています。本発明では、これらの量を特定することにより、閉じたマトリクス構造が、風味組成物を安定に保持する一方、使用の際に十分な圧縮を受けた場合には液体組成物を放出することを最適化しています。本発明ではまた、高分子マトリクス内に特徴あるフィラーを含めることにより、風味放出構成要素の外側領域と中心の間の多価の陽イオンの濃度の望ましい勾配を達成することを可能としています。これら本発明の特徴及び本発明により得られる効果は、引用文献1その他の引用文献の開示内容からでは、当業者といえども容易に想到し得るものではありません。」(第4ページ第15-23行)

しかしながら、審判請求人は「本発明では、これらの量を特定することにより、閉じたマトリクス構造が、風味組成物を安定に保持する一方、使用の際に十分な圧縮を受けた場合には液体組成物を放出することを最適化しています。」と主張しているものの、上記相違点1に係る数値範囲が他の範囲に比して顕著または格別な効果を有している根拠となるような試験結果等は、本願の発明の詳細な説明や上記意見書で示されていないから、ここで審判請求人が主張する「最適化」は、当業者の通常の創作能力の発揮にとどまるものである。
よって、上記主張に基づいても、相違点1に係る本願発明の構成に進歩性は認められない。

また、審判請求人は上記意見書において、上記相違点2に関連して、以下のように主張している。
「しかしながら、引用文献1の開示内容を見ても、引用文献1に開示されている発明について、陽イオン濃度の数値範囲を最適化する必要がある、と当業者が考えるべき動機づけは、一切見当たりません。実際、引用文献1の開示内容中には、陽イオン濃度の数値範囲を最適化するための指針や、目標とすべき数値といったものは、全く教示されていません。引用文献1には、引用文献1に具体的に記載されているビーズ中のカルシウムイオンの濃度傾斜を最適化することにより、どのような技術的課題を解決することができ、いかなる効果を得ることができるのか、といったことについて、何ら開示も示唆もされていません。引用文献1に開示されて発明について、陽イオン濃度の数値範囲を最適化してみようと考えることは、本発明を知った上での後知恵に他なりません。
本発明は、喫煙物品に関連する発明において、風味送達材料の圧縮に伴い閉じたマトリクス構造から液体組成物が放出可能である場合の技術的課題を認識し、これを上記特徴ある構成を採用することにより解決したものです。これに対して、引用文献1は、煙草の添加剤としてビーズを使用する場合のメカニズムとして、「燃焼による多糖マトリックスの破壊によって(煙草)周囲の製品マトリックス(surrounding product matrix)中に持続放出される」としています。したがって、本発明における風味送達材料と引用文献1に開示されている発明におけるビーズとでは、要求される性質が全く異なるといえます。一方、引用文献1は、圧縮若しくは破裂による多糖マトリックスの破壊についても開示しているものの、これは、ビーズが食品に使用された場合を想定するものです。食品中に使用されるビーズの圧縮と、喫煙物品に使用される風味送達材料の圧縮とが全く異なるものであることは、容易に理解されるものと思料いたします。このように、引用文献1には、本発明のように、喫煙物品に関連して風味送達材料を圧縮してマトリクス構造から液体組成物を放出させる場合の技術的課題の認識も、このような技術的課題が存在する場合の解決手段についての指針も、一切開示も示唆もされていません。」(第3ページ第40行-第4ページ第14行)

しかしながら、上記「第5 1」で記載したとおり、引用発明の「前記酸性多糖溶液の滴と塩化カルシウムが遭遇すると、不溶性のカルシウム含有多糖ゲルのスキンが外側に直ちに形成され、その後、カルシウムイオンが滴中に徐々に拡散し、カルシウムイオンが酸性多糖の溶液中に拡散すると、迅速なイオン結合とネットワーク形成とが内部へ移動するゲル化帯を生成し、酸性多糖自体もこのゲル化帯方向に拡散するので、中心に多糖の枯渇が生じ、外側帯における高いゲル強度を有する不均質な分布を有するゲルビーズとなる」ことからみて、引用発明において、ゲルビーズにカルシウムイオン及び多糖の分布があること、カルシウムイオン及び多糖の分布により、ゲルビーズが外側帯で高いゲル強度を有していることは、引用発明に触れた当業者が容易に理解しうることであるから、陽イオン濃度最適化の動機付けが存在しないとする審判請求人の主張は採用できず、むしろ引用発明には、カルシウムイオン濃度分布を最適化する動機付けが存在しているというべきである。そして、当該理解に基づき、カルシウムイオン濃度の分布を最適化・好適化することは当業者の通常の創作能力の発揮にとどまるものである。
また、「引用文献1は、圧縮若しくは破裂による多糖マトリックスの破壊についても開示しているものの、これは、ビーズが食品に使用された場合を想定するものです。食品中に使用されるビーズの圧縮と、喫煙物品に使用される風味送達材料の圧縮とが全く異なるものであることは、容易に理解されるものと思料いたします。」とも主張しているが、そもそも本願発明は喫煙物品において圧縮もしくは破裂の態様で用いられることを特定していない一方、引用文献1において、喫煙物品に用いる際に圧縮もしくは破裂は用いない、といった記載もないから、「喫煙物品に用いる」という点で共通する本願発明と引用発明を「全く異なるもの」とする主張は根拠がない。また、本願発明で特定する陽イオン濃度の分布が、喫煙物品に圧縮又は破裂の態様で用いた際に顕著または格別な効果を示し、かつ引用発明とは全く異なるものであることの具体的根拠(試験結果等)も発明の詳細な説明や上記意見書で示されていない。よって、当該主張も根拠を欠くものであるから採用できない。
よって、上記主張に基づいても、相違点2に係る本願発明の構成に進歩性は認められない。

5 まとめ
したがって、本願発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。


 
別掲
 
審理終結日 2021-03-31 
結審通知日 2021-04-01 
審決日 2021-04-15 
出願番号 特願2016-540511(P2016-540511)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A24D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 沼田 規好  
特許庁審判長 林 茂樹
特許庁審判官 山崎 勝司
川上 佳
発明の名称 液体放出構成要素を備えた喫煙物品  
代理人 大塚 文昭  
代理人 西島 孝喜  
代理人 須田 洋之  
代理人 上杉 浩  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 近藤 直樹  
代理人 那須 威夫  

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