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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B23K
管理番号 1377835
異議申立番号 異議2021-700455  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-10-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-05-14 
確定日 2021-09-16 
異議申立件数
事件の表示 特許第6786427号発明「ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6786427号の請求項1?2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6786427号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?2に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、平成29年3月21日に出願され、令和2年10月30日に特許権の設定登録がされ、同年11月18日に特許掲載公報が発行され、その後、令和3年5月14日付けで、その請求項1?2に係る特許に対して、特許異議申立人、山田友則(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?2に係る発明(以下、順に「本件発明1」?「本件発明2」といい、これらを総合して「本件発明」という。)は、それぞれ、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.1?0.6%、
Mn:1.5?2.8%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:0.35?0.98%、
Ti:0.05?0.25%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.1?0.6%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.2?1.0%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.20?0.65%、
Mg:0.2?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.25%、
Na化合物のNa換算値の合計:0.02?0.10%、
K化合物のK換算値の合計:0.05?0.20%を含有し、
残部が鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Bi及びBi酸化物の一方または両方のBi換算値の合計:0.003?0.010%を更に含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願の出願前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、後記する甲第1?6号証を提出して、以下の申立理由1?2により、本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

1 申立理由1(新規性欠如)
本件発明1は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当するので、取り消されるべきものである。

2 申立理由2(進歩性欠如)
本件発明1?2は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明と、甲第3?6号証に記載の周知技術に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当するので、取り消されるべきものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2016-131985号公報
甲第2号証:特開2016-137508号公報
甲第3号証:特開2014-113615号公報
甲第4号証:特開2015-80811号公報
甲第5号証:特開2015-217393号公報
甲第6号証:「マグ溶接フラックス入りワイヤの開発と発展」、
平成12年12月、神戸製鋼技報、Vol.50
No.3、p.74-77
(以下、甲第1号証?甲第6号証をそれぞれ「甲1」?「甲6」ということがある。)

第4 当審の判断等
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)について

(1)各甲号証の記載事項、及び甲号証に記載された発明

ア 甲第1号証(特開2016-131985号公報)の記載事項
甲1には以下の記載がある(「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。

(ア)「【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.1?0.6%、
Mn:1.2?2.5%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:0.5?1.5%、
Ti:0.05?0.5%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4?8%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.1?0.6%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.02?0.3%、
Mg:0.1?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.3%、
弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%、
Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とするAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

(イ)「【発明の効果】
【0016】
本発明のAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、全姿勢溶接での溶接作業性が良好であり、また、-60℃における低温靭性及び-30℃におけるCTOD値が良好で、耐低温割れ性が優れた溶接金属が得られる。」

(ウ)「【0032】
[フラックス中の弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%]
弗素化合物中のNa及びKは、Mgのみでは不可能であった溶接金属中の酸素をさらに低減させ、溶接金属の低温靱性及びCTOD値を高める効果がある。しかし、弗素化合物中のNa及びKにおけるNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計が0.05%未満では、これらの効果が十分に得られない。一方、弗素化合物中のNa及びKにおけるNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計が0.3%を超えると、アークが荒くなってスパッタ発生量が多くなる。従って、弗素化合物中のNa及びKにおけるNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計は0.05?0.3%とする。なお、弗素化合物中のNa及びKは、NaF、K_(2)SiF_(6)、Na_(3)AlF_(6)等から添加でき、Na換算値及びK換算値はそれらに含有されるNa及びKの合計である。
【0033】
[フラックス中のNa_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%]
Na_(2)O及びK_(2)Oは、アーク安定剤及びスラグ形成剤としてとして作用する。Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計が0.05%未満であると、アークが不安定となりスパッタ発生量が多くなり、またビード外観も不良になる。一方、Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計が0.2%を超えると、スラグ剥離性が不良となり、また立向上進溶接ではメタルが垂れやすくなる。従って、Na_(2)O及びとK_(2)Oの1種または2種の合計は0.05?0.2%とする。なお、Na_(2)O及びとK_(2)Oは、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、チタン酸カルシウム、チタン酸ナトリウム等から添加できる。
【0034】
[フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンドや酸化ジルコニウムから添加される。またZr酸化物は、Ti酸化物中に微量含有する。しかし、Zr酸化物は、スラグ剥離性を不良にし、特にその含有量が0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しくなる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.2%以下とする。」

(エ)「【0039】
鋼製外皮にJIS G3141 SPCCを使用して、鋼製外皮を成型する工程でU字型に成形した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接した継目が無いワイヤと、溶接しない隙間が有るワイヤとを造管、伸線して表1?表4に示すワイヤ径1.2mmの各種成分のフラックス入りワイヤを試作した。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

・・・
【0044】
試作したワイヤは、JIS G3126 SLA365に規定される鋼板を用いて立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価、溶接割れ試験及び溶着金属試験として機械的特性評価を実施した。さらに、一部の試作ワイヤを用いて図1に示すK開先で立向上進溶接による溶接継手試験を行いCTOD試験を実施した。ちなみに、このK開先では、開先角度を45°に設定し、表面側の開先深さを23mm、裏面側の開先深さを35mmとしている。これらの溶接条件を表5に示す。
【0045】
【表5】

【0046】
立向上進溶接による溶接作業性の評価は、アークの安定性、スパッタ及びヒュームの発生状態、ビード外観・形状、溶融メタルの垂れ状況及び高温割れの有無について調査した。
・・・
【0049】
溶接継手試験は、図1に示すK開先の裏面を溶接後、表面の鋼板表面から34mm深さまで開先部を半径6mm、開先角度45°の裏はつり加工をして表面側を溶接した。溶接継手試験によるCTOD値の評価は、BS(英国規格)5762に準じてCTOD試験片を採取し、試験温度-30℃で繰返し3本の試験を行いCTOD値の最低が0.5mm以上を良好とした。これらの結果を表6にまとめて示す。
【0050】
【表6】


【0051】
表1、表2及び表6のワイヤ記号W1?W15は本発明例、表3、表4及び表6のワイヤ記号W16?W32は比較例である。本発明例であるワイヤ記号W1?W15は、各成分の組成が本発明において規定した範囲内であるので、溶接作業性が良好であるとともに、U形割れ試験において割れがなく、溶着金属試験の引張強さ及び吸収エネルギーも良好な値が得られるなど極めて満足な結果であった。」

イ 甲第1号証に記載された発明

(ア)上記ア(ア)?(エ)の記載事項を総合勘案し、特に、実施例のワイヤ記号「W8」の「Ar-CO_(2)混合ガスシールド溶接用フラックス入りワイヤ」に着目すると、甲第1号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.04%、
Si:0.58%、
Mn:1.91%、
Cu:0.18%、
Ni:0.75%、
Ti:0.22%、
B:0.0092%
Al:0.03%を含有し、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4.09%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.58%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.23%、
Mg:0.66%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.08%、
弗素化合物中におけるKのK換算値:0.07%、
Na_(2)O:0.07%、
K_(2)O:0.04%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.02%を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなるAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」(以下、「甲1a発明」という。)

(イ)上記ア(ア)?(エ)の記載事項を総合勘案し、特に、請求項1の「Ar-CO_(2)混合ガスシールド溶接用フラックス入りワイヤ」に着目すると、甲第1号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.1?0.6%、
Mn:1.2?2.5%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:0.5?1.5%、
Ti:0.05?0.5%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4?8%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.1?0.6%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.02?0.3%、
Mg:0.1?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.3%、
弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%、
Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなるAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」(以下、「甲1b発明」という。)

ウ 甲第2号証(特開2016-137508号公報)の記載事項
甲2には以下の記載がある。

(ア)「【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.2?0.7%、
Mn:1.4?3.0%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:0.8?3.0%、
Ti:0.05?0.5%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4?8%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.1?0.6%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.02?0.3%、
Mg:0.1?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.3%、
弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%、
Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とする炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

(イ)「【発明の効果】
【0014】
本発明の炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、全姿勢溶接、特に立向上進溶接でのメタル垂れが生じずアークが安定してスパッタの発生量が少ないなどの溶接作業性が良好であり、また、-60℃における低温靭性及び-30℃におけるCTOD値が良好で、耐低温割れ性が優れた溶接金属が得られる。従って、本発明によれば、溶接能率の向上及び溶接金属の品質の向上を図ることが可能となる。」

(ウ)「【0030】
[フラックス中の弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%]
弗素化合物中のNa及びKは、Mgのみでは不可能であった溶接金属中の酸素をさらに低減させ、溶接金属の低温靱性及びCTOD値を高める効果がある。しかし、弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計が0.05%未満では、これらの効果が十分に得られず溶接金属の低温靭性及びCTOD値が低下する。一方、弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計が0.3%を超えると、アークが荒くなってスパッタ発生量が多くなる。従って、弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計は0.05?0.3%とする。なお、弗素化合物中のNa及びKは、NaF、K_(2)SiF_(6)、Na_(3)AlF_(6)等から添加でき、Na及びK換算値はそれらに含有されるNa及びKの合計である。
【0031】
[フラックス中のNa_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%]
Na_(2)O及びK_(2)Oは、アーク安定剤及びスラグ形成剤としてとして作用する。Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計が0.05%未満であると、アークが不安定となりスパッタ発生量が多くなり、また、ビード外観も不良になる。一方、Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計が0.2%を超えると、スラグ剥離性が不良となり、また、立向上進溶接ではメタルが垂れやすくなる。従って、Na_(2)O及びとK_(2)Oの1種または2種の合計は0.05?0.2%とする。なお、Na_(2)O及びとK_(2)Oは、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、チタン酸カリウム、チタン酸ナトリウム等から添加できる。
【0032】
[フラックス中のZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンドや酸化ジルコニウムから添加される。また、Zr酸化物は、Ti酸化物中に微量含有する。しかし、Zr酸化物は、スラグ剥離性を不良にし、特にその含有量が0.2%を超えると、スラグ剥離性が著しく不良になる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.2%以下とする。」

(エ)「【0036】
鋼製外皮にJIS G 3141に規定されるSPCCを使用して、鋼製外皮を成形する工程でU型に成形した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接した継目が無いワイヤと、溶接しない隙間の有るワイヤとを造管、伸線して表1?4に示す各種成分のフラックス入りワイヤを試作した。ワイヤ径は1.2mmとした。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

・・・
【0041】
試作したワイヤは、JIS Z G3126 SLA365に規定される鋼板を用いて立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価、溶接割れ試験及び溶着金属試験として機械特性評価を実施した。さらに、一部の試作ワイヤを用いて図1に示すK開先で立向上進溶接による溶接継手試験を行いCTOD試験を実施した。ちなみに、このK開先では、開先角度を45°に設定し、表面側の開先深さを23mm、裏面側の開先深さを35mmとしている。これらの溶接条件を表5に示す。
【0042】
【表5】


【0043】
立向上進溶接による溶接作業性の評価は、半自動MAG溶接をしたときのアークの安定性、スパッタ発生状態、溶融メタル垂れの有無、ビード外観・形状、スラグ剥離性及び高温割れの有無について調査した。
・・・
【0046】
溶接継手試験は、図1に示すK開先の裏面を溶接後、表面の鋼板表面から34mm深さまで開先部を半径6mm、開先角度45°の裏はつり加工をして表面側を溶接した。溶接継手試験によるCTOD値の評価は、BS(英国規格)5762に準じてCTOD試験片を採取し、試験温度-30℃で繰返し3本の試験を行いCTOD値の最低が0.5mm以上を良好とした。これらの結果を表6にまとめて示す。
【0047】
【表6】

【0048】
表1、表2及び表6のワイヤ記号W1?W15は本発明例、表3、表4及び表6のワイヤ記号W16?W32は比較例である。本発明例であるワイヤ記号W1?W15は、各成分の組成が本発明において規定した範囲内であるので、溶接作業性が良好であるとともに、U型割れ試験において割れがなく、溶着金属試験の引張強さ及び吸収エネルギーも良好な値が得られるなど極めて満足な結果であった。」

エ 甲第2号証に記載された発明

(ア)上記ウ(ア)?(エ)の記載事項を総合勘案し、特に、実施例のワイヤ記号「W6」の「炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ」に着目すると、甲第2号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「鋼製外皮にフラックスを充填してなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.04%、
Si:0.51%、
Mn:2.23%、
Cu:0.11%、
Ni:2.95%、
Ti:0.18%、
B:0.0068%
Al:0.01%を含有し、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:6.72%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.24%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.19%、
Mg:0.71%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.11%、
弗素化合物中におけるKのK換算値:0.09%、
K_(2)O:0.06%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.12%を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」(以下、「甲2a発明」という。)

(イ)上記ウ(ア)?(エ)の記載事項を総合勘案し、特に、請求項1の「炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ」に着目すると、甲第2号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「鋼製外皮にフラックスを充填してなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.2?0.7%、
Mn:1.4?3.0%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:0.8?3.0%、
Ti:0.05?0.5%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4?8%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.1?0.6%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.02?0.3%、
Mg:0.1?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.3%、
弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%、
Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」(以下、「甲2b発明」という。)

オ 甲第3号証(特開2014-113615号公報)の記載事項
甲3には以下の記載がある。

(ア)「【0011】
すなわち、本発明の要旨は、
(1)鋼製外皮にフラックスを充填してなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.03?0.08%、Si:0.2?0.6%、Mn:1?2.5%、Cu:0.01?0.5%、Ni:1?3.5%、Ti:0.01?0.3%、B:0.002?0.015%、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックスに、Ti酸化物及のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.1?1.2%、Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.1?1%、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.1?0.8%、Mg:0.1?0.8%、Na及びK化合物のNa_(2)O換算値とK_(2)O換算値の合計:0.05?0.2%、弗素化合物のF換算値の合計:0.01?0.3%を含有し、残部は鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなり、ワイヤの全水素量がワイヤ全質量に対する質量比で20ppm以下であることを特徴とする炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

(イ)「【0027】
[フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.1?0.8%]
Zr酸化物は、溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接における溶融メタルが垂れるのを防ぐ効果がある。しかし、Zr酸化物に含まれるZrO_(2)量の合計としてのZrO_(2)換算値の合計が0.1%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.8%超では、スラグ剥離性が悪くなる。従って、フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.1?0.8%とする。なお、Zr酸化物は、フラックスからのジルコンサンド、酸化ジルコニウム等から添加できる。」

(ウ)「【0043】
【表1】

」(当審注;上記表1は、当審が右回りに90°回転させたものである。)

(エ)「【0047】
試作したワイヤは、株式会社堀場製作所製の水素分析装置:EMGA-621を用いて全水素量を測定した後、JIS Z G3218 SHY685に規定される鋼板を用いて立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価、溶着金属試験として機械特性評価及び溶接割れ試験を実施した。これらの溶接条件を表5に示す。」

カ 甲第4号証(特開2015-80811号公報)の記載事項
甲4には以下の記載がある。

(ア)「【0015】
すなわち、本発明の要旨は、
(1)鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスとの合計で、C:0.03?0.08%、Si:0.2?0.6%、Mn:1?2.5%、Cu:0.1?0.5%、Ni:1.6?3.5%、Ti:0.01?0.2%、B:0.002?0.015%、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Ti酸化物:TiO_(2)換算値の合計で3?8%、Al酸化物:Al_(2)O_(3)換算値の合計で0.1?0.9%、Si酸化物:SiO_(2)換算値の合計で0.1?1%、Zr酸化物:ZrO_(2)換算値の合計で0.01?0.8%、Mg:0.1?0.8%、Na及びK化合物:Na_(2)O換算値とK_(2)O換算値との合計で0.05?0.2%、弗素化合物:F換算値の合計で0.01?0.3%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなり、ワイヤ中の全水素量が、ワイヤ全質量に対する質量比で20ppm以下であることを特徴とするAr-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

(イ)「【0032】
[フラックス中に含有するZr酸化物:ZrO_(2)換算値の合計で0.01?0.8%]
Zr酸化物は、溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接における溶融メタルが垂れるのを防ぐ効果がある。しかし、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.01%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.8%超では、スラグ剥離性が悪くなる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.01?0.8%とする。なお、Zr酸化物は、フラックスからジルコンサンド、酸化ジルコニウム等から添加できる。」

(ウ)「【0048】
【表1】

」(当審注;上記表1は、当審が右回りに90°回転させたものである。)

(エ)「【0052】
試作したワイヤは、株式会社堀場製作所製の水素分析装置:EMGA-621を用いて全水素量を測定した後、JIS Z G3218 SHY685に規定される鋼板を用いて立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価、溶着金属試験として機械特性評価及び溶接割れ試験を実施した。さらに、一部の試作ワイヤを用いて図1に示すK形開先で立向上進溶接による継手溶接を行いCTOD試験を実施した。これらの溶接条件を表5に示す。」

キ 甲第5号証(特開2015-217393号公報)の記載事項
甲5には以下の記載がある。

(ア)「【0011】
すなわち、本発明の要旨は、(1)鋼製外皮にフラックスを充填してなる炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、鋼製外皮中のCが鋼製外皮全質量に対する質量%で0.02%以下含有し、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.03?0.08%、Si:0.1?0.6%、Mn:1.4?3.0%、Cu:0.01?0.5%、Ni:0.8?3.0%、Ti:0.01?0.3%、B:0.002?0.015%、Al:0.10?0.32%、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックスに、Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.05?0.8%、Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.2?1.2%、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.05?0.8%、Mg:0.1?0.8%、Na化合物及びK化合物のNa_(2)O換算値とK_(2)O換算値の合計:0.05?0.22%、弗素化合物のF換算値の合計:0.01?0.3%を含有し、残部は鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなり、ワイヤの全水素量がワイヤ全質量に対する質量比で20ppm以下であることを特徴とする炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」

(イ)「【0030】
[フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.05?0.8%]
Zr酸化物は、溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐ効果がある。しかし、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.05%未満では、立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となる。一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.8%を超えると、スラグ剥離性が悪くなる。従って、フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.05?0.8%とする。なお、Zr酸化物は、フラックスからのジルコンサンド、酸化ジルコニウム等から添加できる。」

(ウ)「【0044】
【表2】

」(当審注;上記表1は、当審が右回りに90°回転させたものである。)

(エ)「【0048】
試作したワイヤは、株式会社堀場製作所製の水素分析装置:EMGA-621を用いて全水素量を測定した後、JIS Z G3126 SLA365に規定される鋼板を用いて立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価、ヒューム発生量の測定、溶着金属試験として機械特性評価及び溶接割れ試験を実施した。これらの溶接条件を表6に示す。」

ク 甲第6号証(マグ溶接フラックス入りワイヤの開発と発展)の記載事項
甲6には以下の記載がある。

(ア)「3.主要FCWの開発
3.1 全姿勢用スラグ系FCW
1970年代の船舶分野では,船舶過剰ならびに韓国の追い上げもあり,設備と要員の大幅な削減をおこない溶接の合理化を図るために,被覆アーク溶接からソリッドワイヤによるマグ溶接への切替えが試みられていた。しかし,船舶などの大形構造物では,立向,上向姿勢の溶接も多く,溶融金属の垂れ落ちに起因するビード形状不良が生じ易いことなどから,その実用化は困難をきわめた。
スラグ系FCWのワイヤ径を細径化(φ1.2mm)することと,フラックスの作用・効果,すなわちTiO_(2)をベースにSiO_(2)・ZrO_(2)などのスラグ形成剤,Mn・Siなど脱酸剤,アルカリ酸化物などアーク安定剤の最適配合により全姿勢溶接(とくに立向溶接)での高溶着量化と作業性向上を達成した。」

(2)本件発明1?2と甲1a発明との対比と判断

ア 本件発明1について
本件発明1と甲1a発明とを対比する。

(ア)甲1a発明における「Ar-CO_(2)混合ガスシールドアーク溶接用」は、本件発明1における「ガスシールドアーク溶接用」に相当する。

(イ)本件発明1と甲1a発明とは、成分として、C、Si、Mn、Cu、Ni、Ti及びBを含有し、Alを必要に応じて含有し、さらに、フラックス中にTi酸化物、Al酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg及び弗素化合物を含有しており、上記成分について、ワイヤ全質量に対する質量%(以下では単に「質量%」ということや、単に「%」ということがある。)によって規定しており、成分組成の残部が鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなる点で、共通している。

(ウ)上記C、Si、Mn、Cu、Ni、Ti、B、Alについて、甲1a発明の質量%の各数値は、いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

(エ)同様に、上記Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計、Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計、Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計、Mg、弗素化合物のF換算値の合計についても、甲1a発明の質量%の各数値は、いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

(オ)甲1a発明の「Na_(2)O」は、Na化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「Na化合物」に相当し、また、甲1a発明の「K_(2)O」は、K化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「K化合物」に相当する。

(カ)甲1a発明の「弗素化合物」は、Kを含んでいるので、本件発明1の「K化合物」と、「Kを所定量含む化合物」である点で共通している。

(キ)そうすると、本件発明1と甲1a発明とは、次の点で一致する。

[一致点]
「鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.1?0.6%、
Mn:1.5?2.8%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:0.35?0.98%、
Ti:0.05?0.25%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.1?0.6%、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.2?1.0%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:所定量、
Mg:0.2?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.25%、
Na化合物:所定量、
K化合物:所定量、
Kを所定量含む化合物を含有し、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」である点。

(ク)一方で、本件発明1と甲1a発明とは、次の点で相違する。

[相違点1]
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が、本件発明1は「0.20?0.65%」であるのに対し、甲1a発明は「0.02%」である点。

[相違点2]
Na化合物及びK化合物の各含有量について、本件発明1は、「Na化合物のNa換算値の合計:0.02?0.10%」、「K化合物のK換算値の合計:0.05?0.20%」であるのに対し、甲1a発明は、「弗素化合物中におけるKのK換算値:0.07%」、「Na_(2)O:0.07%」、「K_(2)O:0.04%」であるものの、「Na化合物のNa換算値の合計」及び「K化合物のK換算値の合計」が不明である点。

(ケ)事案に鑑み、まず上記[相違点1]について検討する。

a 上記[相違点1]が実質的な相違点であるか否かについて検討すると、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計について、本件発明1は「0.20?0.65%」であるのに対し、甲1a発明の「0.02%」は、本件発明1の数値範囲外であり、上記「0.02%」を、本件発明1の数値範囲内であるとする技術常識も見あたらないので、上記[相違点1]は、実質的な相違点である。よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1が甲1a発明であるとはいえない。

b 次に、上記[相違点1]について、甲1a発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮することにより、当業者が容易に想到し得たか否かについて以下に検討する。

c 本件発明1においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.20?0.65%」であるところ、この点に関し、本件明細書の【0026】には、以下の記載がある。

「Zr酸化物は、溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐ効果がある。しかし、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.20%未満では、立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となる。一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.65%を超えると、スラグ剥離性が悪くなる。従って、フラックス中に含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.20?0.65%とする。」

d 一方、甲1a発明においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.02%」であるところ、この点に関し、上記(1)ア(ウ)に摘記したとおり、甲1の【0034】には、以下の記載がある。

「[フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンドや酸化ジルコニウムから添加される。またZr酸化物は、Ti酸化物中に微量含有する。しかし、Zr酸化物は、スラグ剥離性を不良にし、特にその含有量が0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しくなる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.2%以下とする。」

e 甲1の【0034】に記載のとおり、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しくなるのであるから、甲1の技術思想として、Zr酸化物はその含有を抑制すべきものであり、甲1a発明において、Zr酸化物の含有量を高めようとすることは上記技術思想と反対の方向への変更であり、当該変更を行うほどの動機が甲1には見あたらない。

f これに対して、甲3?甲6の上記(1)オ?クの上記の各摘記事項を総合勘案すると、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計について、下限値を、立向上進溶接における溶融メタル垂れを防ぐ閾値に規定すると供に、上限値を、スラグ剥離性が悪くならない閾値に規定することは、本件出願時において、周知技術であると認められる。

g しかしながら、甲1a発明において、上記周知技術を考慮したとしても、スラグ剥離性を不良にするため抑制すべきことが示唆されるZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計をあえて高める動機付けを見いだすことができず、本件発明1の「0.20?0.65%」という数値範囲には想到し得ない。

h ここで、申立人は、特許異議申立書の第18頁の(ウ)において、甲3?甲6の記載内容を摘記した上で、当該記載内容に基いて、同頁の(エ)において、『以上の点を鑑みると、「Zr酸化物のZrO_(2)換算値」を所定量以上、すなわち、0.20%以上で含有させることにより、立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐことで良好な溶接作業性を得るという本件発明1の上記技術的思想は、本件出願時に周知の技術事項であり、少なくとも当業者であれば容易に想到し得ることは明らかである。』と主張しているので、以下、検討する。

i まず、申立人が主張するように、仮に、「Zr酸化物のZrO_(2)換算値」を所定量以上、すなわち、0.20%以上で含有させることにより、立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐことで良好な溶接作業性を得るという、本件発明1の発明特定事項に関する技術的思想が、本件出願時に周知の技術事項であるとしても、そうであるからといって、直ちに、甲1a発明において、Zr酸化物について、ZrO_(2)換算値の合計で0.2%以上含有させることが、当業者が容易に想到し得たものであるという結論になるとまではいえない。すなわち、上記結論を導き出すに際しては、当業者が、甲1a発明に当該周知の技術事項を適用することについて、容易に想到し得たものであるかどうかの確認が更に必要であるといえる。

j 次に、申立人が主張する上記周知の技術事項の内容について確認すると、上記(1)オ?キの各(イ)に摘記したとおり、甲3?5のいずれにもZr酸化物について、立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐ効果がある旨が記載されているものの、当該効果を奏するのに必要なZr酸化物のZrO_(2)換算値の下限値については、甲3?甲5でそれぞれ異なっており(具体的には、甲3:0.1%以上、甲4:0.01%以上、甲5:0.05%以上)、申立人が主張する上記Zr酸化物のZrO_(2)換算値の上記所定量が「0.20%」という数値であることまで、本件出願時において周知の技術事項であったとはいえない。

k 上記(1)ア(エ)に摘記したとおり、甲1の【0046】には、「立向上進溶接による溶接作業性の評価は、アークの安定性、スパッタ及びヒュームの発生状態、ビード外観・形状、溶融メタルの垂れ状況及び高温割れの有無について調査した。」と記載されており、甲1の【0050】?【0051】には、ワイヤ記号W1?W15の本発明例は、溶接作業性が良好である旨が記載されているから、ワイヤ記号「W8」を含め、ワイヤ記号「W1」?「W15」は、いずれも、立向上進溶接において溶融メタルの垂れが生じていないといえる。

l 上記h、jの内容を踏まえて、閾値の具体値までは認定せず、“Zr酸化物のZrO_(2)換算値を閾値以上含有させることにより、立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐこと”が周知の技術事項であると認定しても、上記kのとおり、甲1の実施例においては、既に上記メタル垂れの防止は達成されているのであるから、上記周知の技術事項をもってしても、甲1a発明におけるZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計を、更に高める動機付けがあるとはいえず、申立人の上記主張を採用することができない。

m よって、申立人の主張について検討しても、甲1a発明において、甲3?甲6に記載の周知技術等を考慮し、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計を、「0.02%」に代えて、「0.20?0.65%」にすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

(コ)上記[相違点1]について、上記(ケ)a?mのとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1a発明と甲3?6に記載の周知技術等に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明2について

(ア)本件発明1を引用することによって、本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2も、少なくとも上記[相違点1]で、甲1a発明と相違している。

(イ)上記[相違点1]の事項に関しては、上記ア(ケ)?(コ)のとおりであり、本件発明2は、甲1a発明と、甲3?6に記載の周知技術等に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明1?2と甲1b発明との対比と判断

ア 本件発明1について
本件発明1と甲1b発明とを対比する。

(ア)甲1b発明における「Ar-CO_(2)ガスシールドアーク溶接用」は、本件発明1における「ガスシールドアーク溶接用」に相当する。

(イ)本件発明1と甲1b発明とは、成分として、C、Si、Mn、Cu、Ni、Ti及びBを含有しており、Alを必要に応じて含有し、さらに、フラックス中に、Ti酸化物、Al酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg及び弗素化合物を含有しており、上記成分について、ワイヤ全質量に対する質量%(以下では、単に「質量%」ということや、単に「%」ということがある。)によって規定しており、成分組成の残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなる点で、共通している。

(ウ)本件発明1と甲1b発明とは、C、Si、Cu、B、Alについて、質量%の各数値範囲が一致しており、Mn、Ni、Tiについて、質量%の各数値範囲が一部重複している。

(エ)甲1b発明の「Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4?8%」という事項は、本件発明1の「Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%」という事項の数値範囲内であり、両事項は一致しているといえる。

(オ)本件発明1と甲1b発明とは、Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計質量%の数値範囲が一部重複している。

(カ)同様に、本件発明1と甲1b発明とは、Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計質量%、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計質量%、Mgの質量%、弗素化合物のF換算値の合計質量%についても、数値範囲が一部重複している。

(キ)甲1b発明の「Na_(2)O」は、Na化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「Na化合物」に相当し、また、甲1b発明の「K_(2)O」は、K化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「K化合物」に相当する。

(ク)甲1b発明の「弗素化合物」は、Na、Kを含んでおり、本件発明1の「Na化合物」と「Naを所定量含む化合物」である点で共通しており、本件発明1の「K化合物」と「Kを所定量含む化合物」である点で共通している。

(ケ)そうすると、本件発明1と甲1b発明とは、次の点で一致する。

[一致点]
「鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.1?0.6%、
Mn:所定量、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:所定量、
Ti:所定量、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:所定量、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:所定量、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:所定量、
Mg:所定量、
弗素化合物のF換算値の合計:所定量、
Na化合物:所定量、
K化合物:所定量、
Naを所定量含む化合物、
Kを所定量含む化合物を含有しており、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」である点。

(コ)一方で、本件発明1と甲1b発明とは、次の点で相違する。

[相違点3]
本件発明1は「Mn:1.5?2.8%」、「Ni:0.35?0.98%」、「Ti:0.05?0.25%」を含有するのに対し、甲1b発明は「Mn:1.2?2.5%」、「Ni:0.5?1.5%」、「Ti:0.05?0.5%」を含有する点。

[相違点4]
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計が、本件発明1は「0.1?0.6%」であるのに対し、甲1b発明は「0.02?0.3%」である点。

[相違点5]
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計が、本件発明1は「0.2?1.0%」であるのに対し、甲1b発明は「0.1?0.6%」である点。

[相違点6]
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が、本件発明1は「0.20?0.65%」であるのに対し、甲1b発明は「0.2%以下」である点。

[相違点7]
Mgが、本件発明1は「0.2?0.8%」であるのに対し、甲1b発明は「0.1?0.8%」である点。

[相違点8]
弗素化合物のF換算値の合計が、本件発明1は「0.05?0.25%」であるのに対し、甲1b発明は「0.05?0.3%」である点。

[相違点9]
Na化合物及びK化合物の各含有量について、本件発明1は「Na化合物のNa換算値の合計:0.02?0.10%」、「K化合物のK換算値の合計:0.05?0.20%」であるのに対し、甲1b発明は、「弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%」、「Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%」であるものの、「Na化合物のNa換算値の合計」及び「K化合物のK換算値の合計」が不明である点。

(サ)事案に鑑み、まず上記[相違点6]について検討する。

a Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計に関し、本件発明1の「0.20?0.65%」の数値範囲は、甲1b発明の「0.2%以下」の数値範囲と「0.2%」の1点で重複している。

b しかしながら、本件発明1の上記「0.20?0.65%」の数値範囲と甲1b発明の上記「0.2%以下」の数値範囲とは、各数値範囲の技術的意義が以下c?dのとおり異なっており、上記1点の重複をもって、同一であるとはいえず、上記[相違点6]は、実質的な相違点である。

c まず、本件発明1の「0.20?0.65%」の数値範囲については、本件明細書の【0026】に記載されているとおり、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.20%未満では立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となる一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.65%を超えるとスラグ剥離性が悪くなるので、これらを防止するという技術的意義を有する。

d 一方で、甲1b発明においては、上記(1)ア(ウ)に摘記したとおり(【0034】)、0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しくなることから、上記数値範囲の上限を「0.2%以下」に規制しているものの、本件発明1のように立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となることを防止するという下限の技術的意義を有さないので、その意味で本件発明1と甲1b発明とは、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計に関して、上記各数値範囲の技術的意義が異なっている。

e よって、上記[相違点6]は、実質的な相違点であり、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1が甲1b発明であるとはいえない。

f 次に、上記[相違点6]について、甲1b発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮することにより、当業者が容易に想到し得たか否かについて以下に検討する。

g 本件発明1においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.20?0.65%」であるところ、この点に関し、本件明細書の【0026】には、以下の記載がある。

「Zr酸化物は、溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐ効果がある。しかし、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.20%未満では、立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となる。一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.65%を超えると、スラグ剥離性が悪くなる。従って、フラックス中に含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.20?0.65%とする。」

h 一方、甲1b発明においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.2%以下」であるところ、この点に関し、上記(1)ア(ウ)に摘記したとおり、甲1の【0034】には、以下の記載がある。

「[フラックスに含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンドや酸化ジルコニウムから添加される。またZr酸化物は、Ti酸化物中に微量含有する。しかし、Zr酸化物は、スラグ剥離性を不良にし、特にその含有量が0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しくなる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.2%以下とする。」

i 甲1の【0034】に記載のとおり、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しくなるのであるから、上記合計がその閾値である0.2%に近づく程、スラグ剥離の可能性は高くなると考えられ、甲1b発明において、上記「0.2%以下」の数値範囲の中から、あえて最大値である「0.2%」を選択して設定する動機が、甲1には見あたらない。

j これに対して、甲3?甲6の上記(1)オ?クの上記の各摘記事項を総合勘案すると、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計について、下限値を、立向上進溶接における溶融メタル垂れを防ぐ閾値に規定すると供に、上限値を、スラグ剥離性が悪くならない閾値に規定することは、本件出願時において周知技術であると認められる。

k しかしながら、甲1b発明において上記周知技術を考慮したとしても、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計「0.2%以下」の数値範囲の中から、あえて、スラグ剥離の可能性が高まる「0.20%」を選択して設定する動機付けを見いだすことができない。

l よって、甲1b発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮しても、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計を「0.20?0.65%」にすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

(シ)更に、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成を本件発明1に特定されている数値範囲に規定することによる効果について、検討すると、以下、a?eのとおり、本件発明1は、水平すみ肉溶接による溶接作業性に優れるという、甲1の記載及び甲3?6に記載の周知技術から当業者が予測し得ない効果を奏するといえる。

a まず、一般に、合金は、その成分組成が異なれば、その特定が大きく異なることが通常であり、合金の特性は、個々の合金元素が他の合金組成の影響を受けることなく独立して作用することにより決定されるというものではない。

b そして、本件発明1のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの組成は、上記第2に摘記したとおり、組成中に合金成分を含むものであるから、上記効果についても、上記aの考え方を踏襲して、全成分組成を本件発明1に特定されている数値範囲に規定することによって奏される総合的な効果の観点から確認すると以下のとおりである。

c 本件明細書の【0013】には、発明の効果として、「本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、全姿勢溶接でアークが安定してスパッタ発生量が少なく、スラグ剥離性及びビード外観、形状が良好で、立向上進溶接でメタル垂れが生じないなどの溶接作業性が良好であり、また、-60℃における低温靭性が優れた溶接金属が得られるなど、溶接能率及び溶接部の品質の向上を図ることが可能である。」と記載されている。

d そして、上記溶接作業性について、本件明細書の【0042】に記載されているとおり、本件発明1に特定されている成分組成の数値範囲内であるワイヤ記号「W1」?「W15」につき、「水平すみ肉溶接試験結果」として「アーク安定性」、「スパッタ発生状況」、「ヒューム発生状況」、「スラグ剥離性」及び「ビード形状・外観」の各項目の結果を示し、溶接作業性に優れていることを確認しており、一方で、本件明細書の【0043】に記載されているとおり、本件発明1に特定されている成分組成の数値範囲外であるワイヤ記号「W15」?「W32」につき、「水平すみ肉溶接試験結果」として、同項目の結果を示し、溶接作業性に劣ることを確認しており、上記「W1」?「W32」についての「水平すみ肉溶接試験結果」からして、本件発明1は水平すみ肉溶接による溶接作業性に優れるといえる。

e これに対して、甲1、甲3?6には、上記(1)ア、オ?クに摘記したとおり、溶接作業性に関して、「立向上進溶接」又は「立向溶接」についてしか記載されておらず、水平すみ肉溶接による溶接作業性について、何も記載されていないので、本件発明1の上記水平すみ肉溶接による溶接作業性の効果は、甲1の記載及び甲3?6に記載の周知技術からは、当業者が予測し得ないものである。

(ス)上記[相違点6]について、上記(サ)lのとおりであり、更に、本件発明1の効果も、上記(シ)のとおり、甲1の記載及び甲3?6の周知技術からは、当業者が予測し得ないものであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1b発明と甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明2について

(ア)本件発明1を引用することによって、本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2も、少なくとも上記[相違点6]で、甲1b発明と相違している。

(イ)上記[相違点6]の事項に関しては、上記ア(サ)のとおりであり、加えて、本件発明2の効果は、上記ア(シ)と同様に検討すると、甲1の記載及び甲3?6に記載の周知技術から当業者が予測し得ないものであるから、本件発明2は、甲1b発明と、甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明1?2と甲2a発明との対比と判断

ア 本件発明1について
本件発明1と甲2a発明とを対比する。

(ア)甲2a発明における「炭酸ガスシールドアーク溶接用」は、本件発明1における「ガスシールドアーク溶接用」に相当する。

(イ)本件発明1と甲2a発明とは、成分として、C、Si、Mn、Cu、Ni、Ti及びBを含有し、Alを必要に応じて含有し、さらに、フラックス中にTi酸化物、Al酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg及び弗素化合物を含有しており、上記成分について、ワイヤ全質量に対する質量%(以下では単に「質量%」ということや、単に「%」ということがある。)によって規定しており、成分組成の残部が鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなる点で、共通している。

(ウ)上記C、Si、Mn、Cu、Ti、B、Al、について、甲2a発明の質量%の各数値は、いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

(エ)同様に、上記Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計、Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計、Mg、弗素化合物のF換算値の合計についても、甲2a発明の質量%の各数値は、いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

(オ)甲2a発明の「K_(2)O」は、K化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「K化合物」に相当する。

(カ)甲2a発明の「弗素化合物」は、Kを含んでいるので、本件発明1の「K化合物」と、「Kを所定量含む化合物」である点で共通している。

(キ)そうすると、本件発明1と甲2a発明とは、次の点で一致する。

[一致点]
「鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:0.1?0.6%、
Mn:1.5?2.8%、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:所定量、
Ti:0.05?0.25%、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:0.1?0.6%、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:所定量、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:0.2?1.0%、
Mg:0.2?0.8%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.05?0.25%、
K化合物:所定量、
Kを所定量含む化合物を含有しており、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」である点。

(ク)一方で、本件発明1と甲2a発明とは、次の点で相違する。

[相違点10]
Niが、本件発明1は「0.35?0.98%」であるのに対し、甲2a発明は「2.95%」である点。

[相違点11]
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が、本件発明1は「0.20?0.65%」であるのに対し、甲2a発明は「0.12%」である点。

[相違点12]
Na化合物及びK化合物の各含有量について、本件発明1は「Na化合物のNa換算値の合計:0.02?0.10%」、「K化合物のK換算値の合計:0.05?0.20%」であるのに対し、甲2a発明は、「弗素化合物中におけるKのK換算値:0.09%」、「K_(2)O:0.06%」であるものの、「Na化合物のNa換算値の合計」及び「K化合物のK換算値の合計」が不明である点。

(ケ)事案に鑑み、まず上記[相違点11]について検討する。

a 上記[相違点11]が実質的な相違点であるか否かについて検討すると、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計について、本件発明1は「0.20?0.65%」であるのに対し、甲2a発明の「0.12%」は、本件発明1の数値範囲外であり、上記「0.12%」を、本件発明1の数値範囲内であるとする技術常識も見あたらないので、上記[相違点11]は、実質的な相違点である。よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1が甲2a発明であるとはいえない。

b 次に、上記[相違点11]について、甲2a発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮することにより、当業者が容易に想到し得たか否かについて以下に検討する。

c 本件発明1においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.20?0.65%」であるところ、この点に関し、本件明細書の【0026】には、以下の記載がある。

「Zr酸化物は、溶接スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接におけるメタル垂れを防ぐ効果がある。しかし、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.20%未満では、立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となる。一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.65%を超えると、スラグ剥離性が悪くなる。従って、フラックス中に含有するZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.20?0.65%とする。」

d 一方、甲2a発明においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.12%」であるところ、この点に関し、ここで、上記(1)ウ(ウ)に摘記したとおり、甲2の【0032】には、以下の記載がある。

「[フラックス中のZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンドや酸化ジルコニウムから添加される。また、Zr酸化物は、Ti酸化物中に微量含有する。しかし、Zr酸化物は、スラグ剥離性を不良にし、特にその含有量が0.2%を超えると、スラグ剥離性が著しく不良になる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.2%以下とする。」

e 甲2の【0032】に記載のとおり、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.2%を超えるとスラグ剥離性は著しく不良になるのであるから、甲2の技術思想として、Zr酸化物はその含有を抑制すべきものであり、甲2a発明において、Zr酸化物の含有量を高めようとすることは上記技術思想と反対の方向への変更であり、当該変更を行うほどの動機が甲2には見あたらない。

f これに対して、甲3?甲6の上記(1)オ?クの上記の各摘記事項を総合勘案すると、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計について、下限値を、立向上進溶接における溶融メタル垂れを防ぐ閾値に規定すると供に、上限値を、スラグ剥離性が悪くならない閾値に規定することは、本件出願時において周知技術であると認められる。

g しかしながら、甲2a発明において、上記周知技術を考慮したとしても、スラグ剥離性を不良にするため抑制すべきことが示唆されるZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計をあえて高める動機付けを見いだすことができず、本件発明1の「0.20?0.65%」という数値範囲には想到し得ない。

h よって、甲2a発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮しても、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計を、「0.12%」に代えて、「0.20?0.65%」にすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

(コ)上記[相違点11]について、上記(ケ)hのとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2a発明と甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明2について

(ア)本件発明1を引用することによって、本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2も、少なくとも上記[相違点11]で、甲2a発明と相違している。

(イ)上記[相違点11]の事項に関しては上記ア(ケ)?(コ)のとおりであり、本件発明2は、甲2a発明と、甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明1?2と甲2b発明との対比と判断

ア 本件発明1について
本件発明1と甲2b発明とを対比する。

(ア)甲2b発明における「炭酸ガスシールドアーク溶接用」は、本件発明1における「ガスシールドアーク溶接用」に相当する。

(イ)本件発明1と甲2b発明とは、成分として、C、Si、Mn、Cu、Ni、Ti及びBを含有しており、Alを必要に応じて含有し、さらに、フラックス中に、Ti酸化物、Al酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Mg及び弗素化合物を含有し、上記成分について、ワイヤ全質量に対する質量%(以下では、単に「質量%」ということや、単に「%」ということがある。)によって規定しており、成分組成の残部が鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなる点で、共通している。

(ウ)本件発明1と甲2b発明とは、C、Cu、B、Alについて、質量%の各数値範囲が一致しており、Si、Mn、Ni、Tiについて、質量%の各数値範囲が一部重複している。

(エ)甲2b発明の「Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:4?8%」という事項は、本件発明1の「Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%」という事項の数値範囲内であり、両事項は一致しているといえる。

(オ)本件発明1と甲2b発明とは、Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計質量%の数値範囲が一部重複している。

(カ)同様に、本件発明1と甲2b発明とは、Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計質量%、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計質量%、Mgの質量%、弗素化合物のF換算値の合計質量%についても、数値範囲が一部重複している。

(キ)甲2b発明の「Na_(2)O」は、Na化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「Na化合物」に相当し、また、甲2b発明の「K_(2)O」は、K化合物の下位概念に該当しており、本件発明1の「K化合物」に相当する。

(ク)甲2b発明の「弗素化合物」は、Na、Kを含んでおり、本件発明1の「Na化合物」と「Naを所定量含む化合物」である点で共通しており、本件発明1の「K化合物」と「Kを所定量含む化合物」である点で共通している。

(ケ)そうすると、本件発明1と甲2b発明とは、次の点で一致する。

[一致点]
「鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.03?0.08%、
Si:所定量、
Mn:所定量、
Cu:0.01?0.5%、
Ni:所定量、
Ti:所定量、
B:0.002?0.015%を含有し、
Al:0.05%以下であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO_(2)換算値の合計:3?8%、
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計:所定量、
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計:所定量、
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:所定量、
Mg:所定量、
弗素化合物のF換算値の合計:所定量、
Na化合物:所定量、
K化合物:所定量、
Naを所定量含む化合物、
Kを所定量含む化合物を含有しており、
残部が、鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。」である点。

(コ)一方で、本件発明1と甲2b発明とは、次の点で相違する。

[相違点13]
本件発明1は「Si:0.1?0.6%」、「Mn:1.5?2.8%」、「Ni:0.35?0.98%」、「Ti:0.05?0.25%」を含有するのに対し、甲2b発明は「Si:0.2?0.7%」、「Mn:1.4?3.0%」、「Ni:0.8?3.0%」、「Ti:0.05?0.5%」を含有する点。

[相違点14]
Al酸化物のAl_(2)O_(3)換算値の合計が、本件発明1は「0.1?0.6%」であるのに対し、甲2b発明は「0.02?0.3%」である点。

[相違点15]
Si酸化物のSiO_(2)換算値の合計が、本件発明1は「0.2?1.0%」であるのに対し、甲2b発明は「0.1?0.6%」である点。

[相違点16]
Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が、本件発明1は「0.20?0.65%」であるのに対し、甲2b発明は「0.2%以下」である点。

[相違点17]
Mgが、本件発明1は「0.2?0.8%」であるのに対し、甲2b発明は「0.1?0.8%」である点。

[相違点18]
弗素化合物のF換算値の合計が、本件発明1は「0.05?0.25%」であるのに対し、甲2b発明は「0.05?0.3%」である点。

[相違点19]
Na化合物及びK化合物の各含有量について、本件発明1は「Na化合物のNa換算値の合計:0.02?0.10%」、「K化合物のK換算値の合計:0.05?0.20%」であるのに対し、甲2b発明は「弗素化合物中におけるNa及びKのNa換算値及びK換算値の1種または2種の合計:0.05?0.3%」、「Na_(2)O及びK_(2)Oの1種または2種の合計:0.05?0.2%」であるものの、「Na化合物のNa換算値の合計」及び「K化合物のK換算値の合計」が不明である点。

(サ)事案に鑑み、まず上記[相違点16]について検討する。

a Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計に関し、本件発明1の「0.20?0.65%」の数値範囲は、甲2b発明の「0.2%以下」の数値範囲と「0.2%」の1点で重複している。

b しかしながら、本件発明1の上記「0.20?0.65%」の数値範囲と甲2b発明の上記「0.2%以下」の数値範囲とは、各数値範囲の技術的意義が以下c?dのとおり異なっており、上記1点の重複をもって、同一であるとはいえず、上記[相違点6]は、実質的な相違点である。

c まず、本件発明1の「0.20?0.65%」の数値範囲については、本件明細書の【0026】に記載されているとおり、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.20%未満では、立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となる一方、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.65%を超えると、スラグ剥離性が悪くなるので、これらを防止するという技術的意義を有する。

d 一方で、甲2b発明においては、上記(1)ウ(ウ)に摘記したとおり(【0032】)、0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しく不良になることから、上記数値範囲の上限を「0.2%以下」と規制しているものの、本件発明1のように立向上進溶接でメタル垂れが生じてビード外観及びビード形状が不良となることを防止するという下限の技術的意義を有さないので、その意味で、本件発明1と甲2b発明とは、上記各数値範囲の技術的意義が異なっている。

e よって、上記[相違点16]は、実質的な相違点であり、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1が甲2b発明であるとはいえない。

f 次に、上記[相違点16]について、甲2b発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮することにより、当業者が容易に想到し得たか否かについて以下に検討する。

g 一方、甲2b発明においては、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は「0.2%以下」であるところ、この点に関し、上記(1)ウ(ウ)に摘記したとおり、甲2の【0032】には、以下の記載がある。

「[フラックス中のZr酸化物のZrO_(2)換算値の合計:0.2%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンドや酸化ジルコニウムから添加される。また、Zr酸化物は、Ti酸化物中に微量含有する。しかし、Zr酸化物は、スラグ剥離性を不良にし、特にその含有量が0.2%を超えると、スラグ剥離性が著しく不良になる。従って、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計は0.2%以下とする。」

h 甲2の【0032】に記載のとおり、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計が0.2%を超えるとスラグ剥離性が著しく不良になるのであるから、上記合計がその閾値である0.2%に近づく程、スラグ剥離の可能性は高くなると考えられ、甲1b発明において、上記「0.2%以下」の数値範囲の中から、あえて最大値である「0.2%」を選択して設定する動機が、甲2には見あたらない。

i これに対して、甲3?甲6の上記(1)オ?クの上記の各摘記事項を総合勘案すると、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計について、下限値を、立向上進溶接における溶融メタル垂れを防ぐ閾値に規定すると供に、上限値を、スラグ剥離性が悪くならない閾値に規定することは、本件出願時において周知技術であると認められる。

j しかしながら、甲2b発明において、上記周知技術を考慮しても、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計「0.2%以下」の数値範囲の中から、あえて、スラグ剥離の可能性が高まる「0.20%」を選択して設定にする動機付けを見いだすことができない。

k よって、甲2b発明において、甲3?甲6に記載の周知技術を考慮しても、Zr酸化物のZrO_(2)換算値の合計を「0.20?0.65%」にすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

(シ)更に、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成を本件発明1に特定されている数値範囲に規定することによる効果について、上記(3)ア(シ)と同様に検討すると、本件発明1は、水平すみ肉溶接による溶接作業性に優れるという、甲2の記載及び甲3?6に記載の周知技術から当業者が予測し得ない効果を奏するといえる。

(ス)上記[相違点16]について、上記(サ)kのとおりであり、更に、本件発明1の効果も、上記(シ)のとおり、甲2の記載及び甲3?6に記載の周知技術から当業者が予測し得ないものであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2b発明と甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明2について

(ア)本件発明1を引用することによって、本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2も、少なくとも上記[相違点16]で、甲2b発明と相違している。

(イ)上記[相違点16]の事項に関しては上記ア(サ)のとおりであり、加えて、本件発明2の効果は、上記ア(シ)と同様に検討すると、甲2の記載及び甲3?6に記載の周知技術から当業者が予測し得ないものであるから、本件発明2は、甲2b発明と、甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)まとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲1又は甲2に記載された発明であるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるとはいえない。
また、本件発明1?2は、甲1又は甲2に記載された発明と、甲3?6に記載の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

第5 むすび
以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-09-06 
出願番号 特願2017-54204(P2017-54204)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (B23K)
P 1 651・ 113- Y (B23K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 川村 裕二  
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 井上 猛
祢屋 健太郎
登録日 2020-10-30 
登録番号 特許第6786427号(P6786427)
権利者 日鉄溶接工業株式会社
発明の名称 ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ  
代理人 安彦 元  

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