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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21D
管理番号 1378746
異議申立番号 異議2021-700444  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-11-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-05-11 
確定日 2021-09-28 
異議申立件数
事件の表示 特許第6781960号発明「Fe-Ni系合金薄板の製造方法及びFe-Ni系合金薄板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6781960号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6781960号(以下、「本件特許」という。)の請求項1及び2(以下、それぞれ「本件特許請求項1」及び「本件特許請求項2」という。)に係る特許についての出願は、2017年(平成29年)8月22日(優先権主張2016年9月29日 日本国)に国際出願され、令和2年10月21日にその特許権の設定登録がされ、同年11月11日に特許掲載公報が発行され、その後、令和3年5月11日に、その請求項1及び2(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である福▲崎▼さおり(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。

第2.本件特許発明
本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」及び「本件特許発明2」といい、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件特許明細書」という。)は、それぞれ特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
質量%で、
Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、
Si:0.5%以下、
Mn:1.0%以下、
を含み、残部はFe及び不純物からなり、厚さが2mm以上の熱間圧延材を用いて冷間圧延用素材とし、
前記冷間圧延用素材に対して、圧下率85%以上の第1冷間圧延を行い、
前記第1冷間圧延の後、温度800℃以上、保持時間0.1?1.2分の条件で再結晶焼鈍を行い、
前記再結晶焼鈍の後、圧延前方張力が200?500MPa、圧延後方張力が100?200MPaの条件で圧下率40%以下の最終冷間圧延を行い、厚さが0.1mm以下のFe-Ni系合金薄板とし、最終冷間圧延後には熱処理を行わない、Fe-Ni系合金薄板の製造方法であっって、
得られた前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍であることを特徴とするFe-Ni系合金薄板の製造方法。
【請求項2】
質量%で、
Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、
Si:0.5%以下、
Mn:1.0%以下を含み、
残部はFe及び不純物からなり、厚さが0.1mm以下のFe-Ni系合金薄板において、前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍であることを特徴とする、Fe-Ni系合金薄板。」

第3.特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、次の甲第1号証及び甲第2号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、申立ての理由として、以下の申立理由1?3により、本件特許請求項1及び2に係る特許は取り消されるべきものである旨を主張している。

甲第1号証:住友秀彦、外1名、“インバー合金の面内異方性に及ぼす焼鈍温度の影響”、鉄と鋼、一般社団法人日本鉄鋼協会、1985年9月5日、第71巻、第13号、p.S1371(p.167)
甲第2号証:本件特許についての出願の審査過程において令和1年7月12日に出願人(特許権者)から提出された上申書

1.申立理由1(進歩性) 特許異議申立書3.(4)(4-1) 5?14頁
本件特許発明2は、甲1に記載された発明に基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件特許請求項2に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

2.申立理由2(委任省令要件) 特許異議申立書3.(4)(4-2) 14?21頁
2-1.申立理由2-1 特許異議申立書3.(4)(4-2)エ 16?18頁を特に参照
本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載によれば、機械的特性に関し、最終冷間圧延後の歪取り焼鈍を行わない実施例1で得られた合金薄板は異方性の少ない良好な特性を有しており、最終冷間圧延後の歪取り焼鈍を行った比較例3で得られた合金薄板は異方性が高いことが確認されている。しかしながら、歪取り焼鈍を行っていない実施例1では、歪が残っているはずなので、実施例1は異方性が比較例3より高いことが予想される。
この結果は、出願時の技術水準に照らすと、重大な矛盾を含んでおり、合理的な説明もないので、到底理解することができない。すなわち、本件特許明細書には、本件特許発明1による解決手段の技術的意義を理解することができる程度に必要な事項が記載されていない。
したがって、本件特許請求項1に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

2-2.申立理由2-2 特許異議申立書3.(4)(4-2)オ 18?21頁を特に参照
本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載によれば、本件特許発明1に係る実施例が、【0020】?【0025】において説明されており、同一成分のインバー合金圧延材について製造条件を変化させて4品種製造しているが、表2及び表3を参照すると、
(1)4品種間の中で最終焼鈍をしていないNo.1(発明例)、No.11(比較例1)、No.12(比較例2)の長さ方向(圧延方向)平均伸び値対比はそれぞれ1.00倍、1.13倍、1.33倍であるところ、最終冷延圧下率はそれぞれ36%、20%、52%であり、この機械的特性(特に平均伸び値対比)の差は最終冷間圧延の圧下率だけで生じていることになるが相関もなく、なぜそのようになるのか技術的に疑義が生じる。
(2)加えて、No.11(比較例1)は、最終冷間圧延の圧下率は20%であり、【0015】に異方性を抑制できることが説明される本件特許発明1の40%以下の範囲内にあるにも拘わらず、長さ方向の平均伸び値対比が1.13倍となっており本件特許発明2の規定する「前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」を満たしていない。
この結果は、出願時の技術水準に照らすと、重大な矛盾を含んでおり、合理的な説明もないので、到底理解することができない。すなわち、本件特許明細書には、本件特許発明1による解決手段の技術的意義を理解することができる程度に必要な事項が記載されていない。
したがって、本件特許請求項1に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

なお、申立理由2-2の内容を認定するにあたり、特許異議申立書第20頁下から2行目?下1行目にかけて記載された「No.11(比較例1)の最終冷間圧延の圧下率は20%であって、本件特許発明2の範囲内(40%以下)である。」は、「No.11(比較例1)の最終冷間圧延の圧下率は20%であって、本件特許発明1の範囲内(40%以下)である。」の誤記と考えられたため、そのように読替を行った。

3.申立理由3(サポート要件) 特許異議申立書3.(4)(4-3) 21?27頁
3-1.申立理由3-1
本件特許発明1及び2では、「厚さが0.1mm以下のFe-Ni系合金薄板」とすることを規定しているところ、実施例によって本件特許発明の効果が確認された合金鋼板は厚さが0.08mmのものだけであり、甲2での説明によれば、金属板の厚さが薄くなればなるほど、異方性がつきやすい、とのことであり、また、厚さが0.1mm以下であっても、本件特許発明に係る効果が必ず得られる、という技術常識が出願時にあったことも示されていないので、1点の実施例データ(0.08mm)から、本件特許発明1及び2の「厚さが0.1mm以下」の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり、本件特許請求項1及び2に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

3-2.申立理由3-2
本件特許発明1及び2では、合金薄板の組成が「質量%で、 Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、 Si:0.5%以下、 Mn:1.0%以下、を含み、残部はFe及び不純物からな」ることを規定し、審査経緯において、合金薄板の厚さを出願当初に「0.25mm以下」であったところを「0.1mm以下」に、薄くなる方向に限定している一方、本件特許明細書【0009】によれば、Coは必ずしも必要ではないが、厳しいハンドリング性を得るために、薄い板ではNiをCoで置換すること等が説明されており、また、実施例によって本件特許発明の効果が確認された合金鋼板の組成は表1に記載された一例だけである。そして、出願当初より厚さが薄くなる方向に限定された本件特許発明1及び2の合金薄板は、Niの一部をCoで置換するべきであることが推認され、また、本件特許発明1及び2の合金組成の全てで本件特許発明に係る効果が必ず得られる、という技術常識が出願時にあったとも言えないので、1点の実施例データ(1点だけの合金組成)から、本件特許発明1及び2の合金組成の全ての範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり、本件特許請求項1及び2に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

第4.当審の判断
当審は、以下に述べるとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできないと判断した。

1.申立理由1(進歩性)について
(1)甲1の記載内容及び甲1に記載された発明
(1-1)甲1の記載内容
本件特許の出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲1(住友秀彦、外1名、“インバー合金の面内異方性に及ぼす焼鈍温度の影響”、鉄と鋼、一般社団法人日本鉄鋼協会、1985年9月5日、第71巻、第13号、p.S1371(p.167))には、以下の内容が記載されている。




(1-2)甲1に記載された発明
ア.甲1の「2 実験方法」には、
(ア)「0.02C-0.2Si-0.3Mn-36Ni-0.001Nから成るインバー合金」について、EF-AOD炉で溶製し、CCスラブとし、通常の商用工程で熱延及び冷延を行い、板厚0.5mmの冷延板とすること、
(イ)上記(ア)の材料について温度2水準(800及び1150℃)で焼鈍した後、「板厚0.2mm」まで冷延し、800?1100℃の最終焼鈍を行って「焼鈍板」とすること、
について記載されている。

イ.また、甲1には、Fig.1及び2において、
(ア)上記ア.(イ)の冷延前に行う焼鈍について、
a.800℃で行う場合と
b.1150℃で行う場合と
があり、
(イ)上記ア.(イ)の冷延後に行う最終焼鈍について、
a.800℃で行う場合と
b.1100℃で行う場合と
があり、
(ウ)上記(ア)及び(イ)に各2通りずつ示される温度での焼鈍を、それぞれ互いに組み合わせてなる計4通りの焼鈍板に関する特性の測定結果及び組織の観察結果が示されている。

ウ.そして、甲1の「4.結言」には、「冷延前後の焼鈍温度を共に高くすることにより組織がランダム化し、等方的材質を得ることができる。」と記載されており、これは上記イ.において上記ア.(イ)の冷延前に行う焼鈍を「b.1150℃で行う場合」であって、かつ、上記ア.(イ)の冷延後に行う最終焼鈍を「b.1100℃で行う場合」に得られる組織についての内容と理解される。

エ.以上のことから、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲1発明>
EF-AOD炉で溶製し、CCスラブとし、通常の商用工程で熱延及び冷延を行い、板厚0.5mmの冷延板とし、1150℃で焼鈍した後、板厚0.2mmまで冷延し、1100℃の最終焼鈍を行って得られた、板厚0.2mmの0.02C-0.2Si-0.3Mn-36Ni-0.001Nから成るインバー合金の焼鈍板。

(2)本件特許発明2について
ア.対比
本件特許発明2と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明における「板厚0.2mm」の「焼鈍板」は、本件特許発明2の「薄板」に相当する。

(イ)また、甲1の「1.諸言」に「インバー合金(Fe-36%Ni)」とも記載されるように、インバー合金組成の残部は明らかにFeであることも踏まえると、甲1発明における「インバー合金」は、本件特許発明2の「Fe-Ni系合金」に相当する。

(ウ)また、本件特許発明2の「質量%で、 Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、 Si:0.5%以下、 Mn:1.0%以下を含み、 残部はFe及び不純物からな」るFe-Ni合金と、甲1発明の「0.02C-0.2Si-0.3Mn-36Ni-0.001Nから成る」インバー合金(なお、各数値は、技術常識に照らして、質量%と解される。)とは、「質量%で、 Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、 Si:0.5%以下、 Mn:1.0%以下を含」む点においても共通する。

(エ)そうすると、本件特許発明2と甲1発明とは、以下の一致点及び相違点を有する。
<一致点>
質量%で、 Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、 Si:0.5%以下、 Mn:1.0%以下を含むFe-Ni系合金薄板。

<相違点1>
「質量%で、 Ni+Co:35.0?43.0%、但し、Coは0?6.0%、 Si:0.5%以下、 Mn:1.0%以下」以外の合金成分が、本件特許発明2では「残部はFe及び不純物からなる」のに対し、甲1発明では「0.02C」及び「0.001N」を含む(残部は明らかにFeである)点。

<相違点2>
Fe-Ni系合金薄板の厚さが、本件特許発明2では「0.1mm以下」であるのに対し、甲1発明では「0.2mm」である点。

<相違点3>
Fe-Ni系合金薄板の特性について、本件特許発明2では、「前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」ことが特定されているのに対し、甲1発明では、そのような特定がなされていない点。

イ.相違点の検討
事案に鑑み、相違点2及び3についてまとめて検討する。
(ア)甲1発明の「インバー合金の焼鈍板」は、甲1の「2 実験方法」に記載されるように、材質試験に供する板として、板厚を0.2mmとしたものである。
しかしながら、本件特許発明2における相違点2に係る「0.1mm以下」というさらに薄い板厚は、本件特許明細書【0016】に記載されるように、「リードフレームに用いた場合では多ピン化に対応しやすく、例えばメタルマスクに用いた場合は、エッチング加工による高精細化に対応が可能である」ため、より好ましい厚さの上限として「0.1mm」とするものであるのに対し、甲1に記載された内容からは、甲1発明の「インバー合金の焼鈍板」をさらに薄い板厚にする動機を何らも見出すことができない。

(イ)また、甲1発明の「EF-AOD炉で溶製し、CCスラブとし、通常の商用工程で熱延及び冷延を行い、板厚0.5mmの冷延板とし、1150℃で焼鈍した後、板厚0.2mmまで冷延し、1100℃の最終焼鈍を行って得られた」板厚0.2mmのインバー合金の焼鈍板は、甲1のFig.1に示されるような、圧延方向に対して0°、45°、90°の三方向について、それぞれ所定の0.2%耐力(0.2% Proof stress)と伸び(Elongation)とを有し、かつ、上記(1)(1-2)ウ.で述べたような、「冷延前後の焼鈍温度を共に高くすることにより組織がランダム化し、等方的材質を得ることができる。」(甲1の「4.結言」)ものと理解される。
これに対して、本件特許発明2の厚さが0.1mm以下のFe-Ni系合金薄板は、「前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」ものであり、機械特性の異方性を少なくする(本件特許明細書【0004】)ことを意図したものと理解される。
以上によれば、甲1発明と本件特許発明2とは、機械特性の異方性を少なくするとの技術思想の点で、類似が見られるといえる。
しかしながら、一般に、合金の熱処理や圧延等の加工処理において、それらの条件が異なる場合に、製造される合金の金属組織や特性にどのような影響が出るかは、当業者といえども予測することは困難である。
そうすると、仮に、甲1発明の「インバー合金の焼鈍板」の厚さを「0.1mm以下」まで薄くすることについて、当業者が容易になし得たといえる余地があり、また、甲1発明と本件特許発明2とが、上記のとおり、機械特性の異方性を少なくするとの技術思想の点で、類似するものだとしても、本件特許発明2における相違点3に係る「前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」との等方的材質が、熱処理や圧延処理における条件を変更することにより製造される、甲1発明とは異なる「0.1mm以下」の板厚のインバー合金の焼鈍板で、実際に実現することができるかどうかは不明であるから、甲1発明において、上記のような本件特許発明2における相違点3に係る等方的材質を得ることまで、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(ウ)以上(ア)及び(イ)のとおり、甲1発明において、少なくとも本件特許発明2における相違点2及び3に係る構成を実現することは、当業者が容易になし得たものとはいえない。

ウ.小括
そうすると、相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものといえない。

(3)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書第12頁第15?16行で「一般的に金属板の厚さが薄くなればなるほど、圧延方向に板材が延び、引張強度特性の異方性がつきやすい傾向」があることに触れた上で、同頁第26行?第13頁第14行において、0.1mm厚の薄板を得るために、甲1発明の0.2mm厚の薄板をさらに圧延する必要はなく、「圧下率60%」という条件を維持したまま最終的な冷間圧延前の板厚を調整することで、最終的な冷間圧延後の板厚を0.1mm以下とし、板厚が0.2mmの場合と異方性に大きな差が生じないようにすることは、当業者であれば容易に想到し実現することが可能であることを述べ、本件特許発明2は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張する。
しかしながら、上記のとおり、一般に、合金の熱処理や圧延等の加工処理において、それらの条件が異なる場合に、製造される合金の金属組織や特性にどのような影響が出るかは、当業者といえども予測することは困難であるから、最終的な冷間圧延後の板厚を0.1mm以下とした場合に、実際に、板厚が0.2mmの場合と異方性に大きな差が生じないようにできるかどうかは不明である。
よって、請求人のかかる主張は、「本件特許発明2は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものといえない。」との判断に対して影響を及ぼすものでなく、採用できない。

(4)まとめ
以上のとおり、本件特許発明2は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、上記第3.1.の申立理由1(進歩性)によっては、本件特許の請求項2に係る特許を取り消すことはできない。

2.申立理由2(委任省令要件)について
(1)申立理由2-1について
ア.本件特許明細書に示される本発明例(No.1)と比較例3(No.13)とでそれぞれ得られるFe-Ni系合金薄板は、【0021】の表1に以下のように示される化学組成の熱間圧延材に対し、それぞれ【0022】の表2に以下のように示される冷間圧延工程を実施することによって、製造されるものである。
「【0021】
【表1】


【0022】
【表2】


すなわち、Fe-Ni系合金薄板を製造するにあたり、本発明例(No.1)と比較例3(No.13)とは、同じ化学組成の熱間圧延材に対し「第1冷間圧延→再結晶焼鈍→最終冷間圧延」という順で同じ条件での冷間圧延工程を行っている点において共通し、本発明例(No.1)では本件特許発明1のように最終冷間圧延後に歪取り焼鈍が行われないのに対し、比較例3(No.13)では最終冷間圧延後に歪取り焼鈍が行われる点でのみ、両者の工程は相違をしている。

イ.そして、本件特許明細書に示される本発明例(No.1)と比較例3(No.13)とでそれぞれ得られるFe-Ni系合金薄板は、【0024】の表3に以下のように示される機械特性を有し、本件特許発明1の「得られた前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」との特定事項を、本発明例(No.1)は満たしているのに対し、比較例3(No.13)は満たしていない結果となっている。

「【0024】
【表3】



ウ.ここで、上記ア.の本発明例(No.1)と比較例3(No.13)との工程上の相違点がもたらす上記イ.の結果の差異に関し、本件特許明細書【0017】には、
「<歪取り焼鈍省略>
本発明では、上述した最終冷間圧延後には、熱処理を行わない。この熱処理とは、例えば、再結晶温度以下で行う歪取り焼鈍である。熱処理を省略することによって、残留歪みの開放による薄板形状の変化や機械特性の変動を抑制することができる。本発明では上述した製法により歪みを除去しなくても機械特性では異方性のない製品となる為、省略可能である。なお、熱処理の省略は、省エネ効果を高め、経済的である。」
と説明されており、比較例3(No.13)では、最終冷間圧延後に歪取り焼鈍を行うことにより、却って「残留歪みの開放による薄板形状の変化や機械特性の変動」が起こってしまうのに対し、本発明例(No.1)では、最終冷間圧延後に歪取り焼鈍を行わないことによる残留歪みの開放が起こらないため、むしろ薄板形状の変化や機械特性の変動がなく機械特性で異方性のないFe-Ni系合金薄板が得られる結果になったことが理解できる。

エ.また、本件特許明細書【0022】の表2には、本発明例(No.1)の「最終冷間圧延圧下率」が「36%」であることも示されているが、本件特許明細書【0015】に、
「<最終冷間圧延>
本発明の製造方法では、前述した再結晶焼鈍後の材料に圧下率40%以下の最終冷間圧延を施すことで、機械特性の異方性を抑制したFe-Ni系合金薄板を得ることが可能である。40%を超える圧延を施した際、過度の歪みが加わることで機械特性の異方性が大きくなる傾向にあるため、好ましくない。圧下率の下限は特に限定しないが、圧下率が低すぎると所望の板厚への調整が困難になるあるため、15%以上と設定することができる。このとき、さらに上述した機械特性を得やすくするために、最終冷間圧延での圧延前方張力を200?500MPa、圧延後方張力を100?200MPa、圧延速度を250m/分以下とすることが好ましい。より好ましい圧延前方張力の下限は250MPaであり、より好ましい圧延前方張力の上限は400MPaである。またより好ましい圧延後方張力の下限は120MPaであり、より好ましい圧延後方張力の上限は180MPaである。なお圧延速度の下限については特に限定しないが、作業性を考慮すると100m/分程度とすることが好ましい。また本実施形態の製造方法については、最終冷間圧延においては、薄板表面の疵を抑制しつつ所望の特性を得るために、1パスで圧延することが好ましい。」
と説明されているとおり、本発明例(No.1)では「圧下率40%以下の最終冷間圧延」が行われる点も、機械特性で異方性のないFe-Ni系合金薄板を得ることに寄与することが理解できるし、そのような「圧下率40%以下の最終冷間圧延」を実施するにあたっては、「圧延前方張力を200?500MPa、圧延後方張力を100?200MPa」とすることが好ましいことも理解できる。

オ.そうすると、本件特許発明1において「前記再結晶焼鈍の後、圧延前方張力が200?500MPa、圧延後方張力が100?200MPaの条件で圧下率40%以下の最終冷間圧延を行」う点や、「最終冷間圧延後には熱処理を行わない」点は、それぞれ「得られた前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」との特定事項が実現可能になる、すなわち、機械特性の異方性を抑制するための条件であることが理解されるから、これらの点に関し、本件特許発明1の技術的意義は明確である。

カ.なお、申立理由2-1に関し、請求人は、特許異議申立書第17頁第19?27行において、
「実施例1で得られた合金薄板は、異方性が少ない良好な特性を有するものであり、これに歪取り焼鈍を加えた比較例3において、異方性が高くなる理由は合理的に説明されない。
逆に、比較例3の異方性の高い機械的特性が事実であれば、歪取り焼鈍を行っていない実施例1では、歪が残っているはずなので、実施例1は異方性が高いことが予想されるが、予想に反して実施例は異方性が比較例3より少ないという結果が報告されている。
この結果は、出願時の技術水準に照らすと、重大な矛盾を含んでおり、合理的な説明もないので、到底理解することができない。」(当審注:本件特許明細書の記載に照らし、かかる主張の「実施例1」は、「本発明例」と読替えるべきと思われる。)
との主張をしている。
しかしながら、上記ア.?オ.で検討したとおり、本件特許発明1は、機械特性で異方性のないFe-Ni系合金薄板を製造するために、本件特許明細書【0015】に説明される「圧延前方張力が200?500MPa、圧延後方張力が100?200MPaの条件で圧下率40%以下」という条件の「最終冷間圧延」を行い、かつ、「最終冷間圧延後には熱処理を行わない」ことによって、薄板形状の変化や機械特性の変動をもたらす残留歪みの開放が起こさないようにしているものであるから、所定の圧下条件で最終冷間圧延することにより、開放しなければ機械特性の異方性のない状態を保てる歪をFe-Ni系合金薄板に内在させる製造方法であることが理解できるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本発明例と比較例3のような機械特性の結果が得られることについて、十分に合理的な説明がなされていると考えられ、請求人の上記主張は採用できない。

(2)申立理由2-2について
ア.本件特許明細書に示される本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とでそれぞれ得られるFe-Ni系合金薄板は、【0021】の表1(上記(1)ア.参照)に示される化学組成の熱間圧延材に対し、【0020】に「前述の熱間圧延材を化学研摩、機械研磨にて熱間圧延材表面の酸化層を除去し、トリム加工で素材幅方向の両端部にある熱間圧延時の亀裂を除去して厚さ1.55mmの冷間圧延用素材を準備した。なお、冷間圧延用素材の幅は860mmである。」と記載されるとおりの処理を施し、冷間圧延用素材とした上で、それぞれ【0022】の表2(上記(1)ア.参照)に示される冷間圧延工程を実施することにより、製造されるものである。
ここで、比較例1(No.11)で行われる「中間圧延(1)」及び「中間圧延(2)」(当審注:「中間圧延(1)」及び「中間圧延(2)」の各数字について、【0022】の表2では括弧書きでなく〇囲いで表記されているものの、ここでは【0020】の書き方に準じて括弧書きで表記している。以下、同じ。)は、【0020】に「本発明例、比較例2の第1冷間圧延および比較例1の中間圧延(1)(2)は、前述した冷間圧延用素材を用いて、表2に示す圧下率で、それぞれパス数を10パスとした。」と記載された上で、【0022】の表2の「冷間圧延工程」の欄に記載された工程であり、本発明例、比較例2及び比較例3にそれぞれ記載の「第1冷間圧延」同様に、それぞれ「冷間圧延」と解するのが自然である。
すなわち、Fe-Ni系合金薄板を製造するにあたり、本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とは、同じ化学組成の熱間圧延材に、化学研摩、機械研磨による表面の酸化層除去と、トリム加工による素材幅方向の両端部にある熱間圧延時の亀裂除去とを行った冷間圧延用素材に対し、冷間圧延と冷間圧延後の再結晶焼鈍の工程を実施し、かつ、最終冷間圧延の工程をも実施している点において共通しているものの、それぞれ以下の点で相違をしている。

(ア)本発明例(No.1)及び比較例2(No.12)は「第1冷間圧延→再結晶焼鈍→最終冷間圧延」という順での冷間圧延工程となっているのに対し、比較例1(No.11)は「中間圧延(1)→再結晶焼鈍→中間圧延(2)→再結晶焼鈍→最終冷間圧延」という順での冷間圧延工程となっており、互いに冷間圧延工程の手順が異なる点。

(イ)また、上記(ア)のとおり、本発明例(No.1)と比較例2(No.12)とは「第1冷間圧延→再結晶焼鈍→最終冷間圧延」という順で冷間圧延工程が行われるものではあるが、「最終冷間圧延圧下率」について、本発明例(No.1)が「36%」であるのに対し、比較例2(No.12)は「52%」となっており、互いに条件が異なる点。

イ.そして、本件特許明細書に示される本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とでそれぞれ得られるFe-Ni系合金薄板は、【0024】の表3(上記(1)イ.参照)に示される機械特性を有し、本件特許発明1の「得られた前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」との特定事項を、本発明例(No.1)は満たしているのに対し、比較例1及び比較例2は満たしていない結果となっている。

ウ.ここで、上記ア.(ア)の本発明例(No.1)及び比較例2(No.12)と比較例1(No.11)との相違点がもたらす上記イ.の結果の差異に関し、本件特許明細書【0013】には、
「<第1冷間圧延>
本発明では、再結晶焼鈍前の冷間圧延である第1冷間圧延における圧下率を85%以上とする。このように再結晶焼鈍前の圧下率を高くすることにより、後述する最終圧延後に得られる合金薄板の結晶面方位を1方向に揃えやすく、機械特性の異方性を抑制することができる。また、冷間圧延や焼鈍工程の回数を減らすことができるため、より低コストでの製造も可能となる。圧下率が85%未満であると、機械特性が劣化する。また圧下率が低すぎる冷間圧延や焼鈍工程の回数が増え、コストが増大する。好ましい圧下率は87%以上であり、更に好ましくは90%以上である。なお、圧下率の上限は特に定めないが、圧下率が99%を超えると、過大な圧延時間によるコストの増大を招く可能性があるため、上限は99%とするのが現実的である。」
と説明されており、本発明例(No.1)及び比較例2(No.12)では、「再結晶焼鈍前の冷間圧延である第1冷間圧延における圧下率」が「85%以上」である「92%」となっており、「再結晶焼鈍前の圧下率を高くすることにより、」「最終圧延後に得られる合金薄板の結晶面方位を1方向に揃えやすく、機械特性の異方性を抑制する」ことに寄与し、かつ、最終冷間圧延前の冷間圧延が1回のみで済んでいることから、「冷間圧延や焼鈍工程の回数を減らすことができるため、より低コストでの製造も可能となる」ものであるのに対し、比較例1(No.11)では、「再結晶焼鈍前の冷間圧延」として圧下率が「85%未満」である中間圧延が、それぞれ圧下率「60%」と「80%」とで2回行われ、かつ、その中間圧延の都度、再結晶焼鈍も行われていることから、「機械特性が劣化」し「圧下率が低すぎる冷間圧延や焼鈍工程の回数が増え、コストが増大する」ものであり、上記イ.の結果にはそのような影響が反映されたものと理解できる。

エ.また、上記ア.(イ)の本発明例(No.1)及び比較例2(No.12)との相違点がもたらす上記イ.の結果の差異に関し、本件特許明細書【0015】には、上記(1)エ.のとおりの説明がされており、本発明例(No.1)では、「再結晶焼鈍後の材料に圧下率40%以下」である圧下率「36%」の「最終冷間圧延を施す」ことで、機械特性の異方性を抑制したFe-Ni系合金薄板を得ているのに対し、比較例2(No.12)では、「40%を超える」「52%」の「圧延を施し」ており、「過度の歪みが加わることで機械特性の異方性が大きくなる傾向にある」ものであり、上記イ.の結果にはそのような影響が反映されたものと理解できる。

オ.そうすると、本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とに関するFe-Ni系合金薄板の製造方法の差異がもたらす上記イ.の結果に照らし、本件特許発明1において「冷間圧延用素材に対して、圧下率85%以上の第1冷間圧延を行」う点や、「再結晶焼鈍の後、圧延前方張力が200?500MPa、圧延後方張力が100?200MPaの条件で圧下率40%以下の最終冷間圧延を行」う点が、それぞれ「得られた前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以内であり、前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」との特定事項が実現可能になる、すなわち、機械特性の異方性を抑制するための条件であることについて矛盾なく理解できるから、これらの点に関し、本件特許発明1の技術的意義は明確である。

カ.なお、申立理由2-2に関し、請求人は、特許異議申立書第19頁第11行?第21頁第8行において、特に本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とで得られるFe-Ni系合金薄板の機械特性(特に平均伸び値対比)の差は、最終冷間圧延の圧下率だけで生じているとの考え方のもと、
(ア)本発明例(No.1)、比較例1(No.11)、比較例2(No.12)の「長さ方向(圧延方向)平均伸び値対比はそれぞれ1.00倍、1.13倍、1.33倍であるところ、最終冷延圧下率はそれぞれ36%、20%、52%であって、まったく相関がとれていない」点と、
(イ)「最終冷間圧延の圧下率は20%」である比較例1(No.11)は、「最終冷間圧延の圧下率は40%以下」で「異方性を抑制できる」はずであるにも拘わらず、「長さ方向の平均伸び値対比が、1.13倍となっており」、本件特許発明1の「三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」との規定を満たしていない点(当審注:特許異議申立書第19頁第11行?第21頁第8行において「本件特許発明2」と記載されている箇所は、「本件特許発明1」の誤記と考えられるため、そのように読替を行った。)
を挙げた上で、「この結果は、出願時の技術水準に照らすと、重大な矛盾を含んでおり、合理的な説明もないので、到底理解することができない。」旨を主張している。
しかしながら、上記ア.?オ.で検討したとおり、本件特許発明1のように「得られた前記Fe-Ni系合金薄板の幅方向、長さ方向および45°方向の・・・三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍である」(「・・・」は当審により記載の省略を示す)との特定事項を満たすためには、「冷間圧延用素材に対して、圧下率85%以上の第1冷間圧延を行」うことがもたらす影響をも考慮することが必要であるから、本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とに関するFe-Ni系合金薄板の製造方法の差異がもたらす上記イ.の結果を理解する上で、請求人の上記(ア)及び(イ)の主張の前提、すなわち、「本発明例(No.1)と比較例1(No.11)と比較例2(No.12)とで得られるFe-Ni系合金薄板の機械特性(特に平均伸び値対比)の差は、最終冷間圧延の圧下率だけで生じているとの考え方」をすることは適切とはいえず、特に比較例(No.11)では、「冷間圧延用素材に対して、圧下率85%以上の第1冷間圧延を行」っていない点において、Fe-Ni系合金薄板の機械特性(特に平均伸び値対比)に与える影響が大きいと考えられるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、請求人が主張に取り上げた上記(ア)及び(イ)のような結果となることについて、十分に合理的な説明がなされていると考えられ、請求人の上記主張は採用できない。

(3)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号(委任省令要件)に適合するものである。
したがって、上記第3.2.の申立理由2(委任省令要件)によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

3.申立理由3(サポート要件)について
(1)サポート要件についての判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件特許発明に関するサポート要件判断
上記(1)の判断手法を踏まえ、本件特許発明に関する特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しているか否かについて検討する。

ア.本件特許発明は、少なくとも所望の組成及び特性を満たす厚さ0.1mm以下のFe-Ni系合金薄板及びその製造方法に関するものである。

イ.本件特許明細書【0004】の記載によれば、本件特許発明の課題は、「厚さが0.25mm以下の薄いFe-Ni系合金薄板において、圧延表面の機械特性の異方性が少なく良好な形状加工性を備えることが可能なFe-Ni系合金薄板とその製造方法を提供すること」であると認められる。そして、かかる課題に関し、本件特許明細書【0004】の別の記載を参酌すると、本件特許発明に対しては、より具体的に「切断後の薄板特性のばらつきを抑制する」ことが求められていると理解できる。
なお、上記課題における薄いFe-Ni系合金薄板の具体的な厚さは、課題が生じる前提条件に関わるものである。また、本件特許発明のFe-Ni系合金薄板は、さらに厚さが0.1mm以下に限定されているので、上記課題の「厚さが0.25mm以下の薄いFe-Ni系合金薄板において」という前提は、「厚さが0.1mm以下の薄いFe-Ni系合金薄板において」と読替えて差支えないものになっている。

ウ.ここで、本件特許明細書【0009】には、本件特許発明の「Fe-Ni系合金薄板」の組成について、「本発明では、質量%でNi+Co:35.0?43.0%(但し、Coは0?6.0%)、Si:0.5%以下、Mn:1.0%以下、残部はFe及び不純物からなる組成を有する熱間圧延材を準備する。本発明で規定する組成を有するFe-Ni系合金は、所望の熱膨張係数を得るために必要な組成を有するものである。」と説明されており、さらには、ここに挙げられた組成を構成する所定割合の各元素について、本件特許明細書【0009】の別の箇所、及び【0010】には、その各々がどのような技術的意義を有するかについて、それぞれ以下のような記載がある。

(ア)Ni+Co:35.0?43.0%(但し、Coは0?6.0%)
「Ni及びCoは前述のように、所望の熱膨張係数を得るために必要な元素である。Ni+Co含有量が35.0%未満ではオーステナイト組織が不安定となりやすく、一方43.0%を越えると熱膨張係数が上昇し、低熱膨張特性を満足しないことから、Ni+Coの含有量は35.0?43.0%とする。なお、Coは必ずしも添加の必要はないが、CoにはFe-Ni系合金を高強度とする作用があるため、特に厳しいハンドリング性を求められるような、薄い板厚では6.0%までの範囲で、Niの一部をCoで置換することができる。」(【0009】)

(イ)Si:0.5%以下、Mn:1.0%以下
「Si、Mnは通常Fe-Ni系合金では、脱酸を目的に微量含有されているが、過剰に含有すれば偏析を起こし易くなるため、Siは0.5%以下とし、Mnは1.0%以下とする。なお、SiとMnの下限は特に限定しないが、前述のように脱酸元素として添加されることから、Siは0.05%、Mnは0.05%は少なからず残留する。」(【0010】)

(ウ)残部はFe及び不純物
「上記の元素以外は実質的にFeであれば良いが、製造上不可避的に含有する不純物は含まれる。特に制限の必要な不純物元素にはCがあり、例えば、エッチングを行う用途に使用するのであれば、その上限を0.05%とすると良い。
また、プレス打抜き性を向上させる場合はS等の快削性元素を0.020%以下で含有させても良い。熱間加工性を向上させるようなB等の元素を0.0050%以下で含有させても良い。」(【0010】)

エ.そして、このように本件特許明細書において説明される上記ウ.(ア)?(ウ)に挙げた所定割合の元素からなる本件特許発明の組成は、少なくとも所望の低熱膨張特性を実現するものであって、熱による変形を抑える点で、機械特性の異方性や形状加工性のばらつきを抑えるのに寄与する、すなわち、上記イ.で述べた課題の解決に寄与することが推定されるし、もし仮に、本件特許発明の組成が上記イ.で述べた課題の解決に寄与するとまではいえなかったとしても、少なくとも課題の解決を妨げるものではないと判断される。

オ.さらに、本件特許明細書【0018】には、本件特許発明の「Fe-Ni系合金薄板」が所望の特性、具体的には、0.2%耐力及び伸び値に関する特性に関する技術的意義について、以下のように説明されている。
「本発明のFe-Ni系合金薄板は、幅方向(薄板の表面の第1の方向であり、圧延方向に対し直交する方向に相当する方向)、長さ方向(薄板の表面の第2の方向であり、幅方向に直交する方向であり、圧延方向に相当する方向)、45°方向(薄板の表面の第3の方向であり、幅方向および長さ方向に対し45°の関係を有する方向)の三方向における各0.2%耐力同士の差が、前記三方向の0.2%耐力の平均値の5%以下であり、かつ前記三方向における各伸び値が、前記三方向の平均伸び値の0.90?1.10倍であることを特徴とする。0.2%耐力は塑性変形等の加工性に影響するパラメータであり、伸び値は加工後の製品形状に影響するパラメータである。上記の範囲内に調整することで、本発明の薄板は、切断方向による強度や形状のばらつきが少ない良好な特性を有し、例えば様々な方向から合金薄板を裁断する際の、裁断条件のばらつきを抑制し、良好な作業性を得ることが可能である。三方向における各0.2%耐力同士の差が、三方向の平均値の5%を超える場合、異方性が強くなるため切断方向による形状の差異が大きくなるため、切断方向によっては所望の特性を満たさない薄板が発生する可能性が高まる。」

カ.そして、本件特許明細書において、上記オ.のように説明される本件特許発明の「Fe-Ni系合金薄板」の所望の特性、具体的には、0.2%耐力及び伸び値に関する特性は、切断方向による強度や形状のばらつきが少ない良好な特性を実現するものであって、上記イ.で述べた課題の解決に寄与するものといえる。

キ.以上を踏まえると、本件特許発明、すなわち、本件特許発明1及び2は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が発明の詳細な説明の記載により本件特許発明の課題を解決できると認識する範囲のものである。
したがって、本件特許発明1及び2は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号(サポート要件)に適合するものである。

(3)申立人の主張について
ア.申立人は、上記第3.3.で挙げた以下(ア)及び(イ)のように、本件特許発明1及び2については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1及び2に係る特許は、同法113条4号に該当する旨を主張する。
(ア)申立理由3-1
甲2での説明によれば、金属板の厚さが薄くなればなるほど、異方性がつきやすい、とのことであり、また、厚さが0.1mm以下であっても、本件特許発明に係る効果が必ず得られる、という技術常識が出願時にあったことも示されていないので、1点の実施例データ(0.08mm)から、本件特許発明1及び2の「厚さが0.1mm以下」の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。
(イ)申立理由3-2
出願当初より厚さが薄くなる方向に限定された本件特許発明1及び2の合金薄板は、Niの一部をCoで置換するべきであることが推認され、また、本件特許発明1及び2の合金組成の全てで本件特許発明に係る効果が必ず得られる、という技術常識が出願時にあったとも言えないので、1点の実施例データ(1点だけの合金組成)から、本件特許発明1及び2の合金組成の全ての範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。

イ.しかしながら、本件特許明細書の記載を総合すれば、本件特許発明1及び2は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が発明の詳細な説明の記載により本件特許発明1及び2の課題を解決できると当業者が発明の詳細な説明の記載により本件特許発明の課題を解決できると認識する範囲のものであることは、上記(2)で検討したとおりである。

ウ.また、申立人による申立理由3-1及び3-2の指摘は、単に課題を解決することのできない可能性があることを指摘するにとどまり、本件特許発明が、課題を解決することができないことを具体的な根拠示して主張するものではない。
よって、申立人の申立理由3-1及び3-2の主張は、いずれも採用できない。

(4)まとめ
したがって、上記第3.3.の申立理由3(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

4.その他の主張について
(1)申立人は、特許異議申立書3.(4)(4-2)(4-2-1)カ 21頁において、委任省令要件に関する申立理由2の主張に関連して、「上記のとおり、本件特許明細書に記載された実施例(比較例)は、本来所望する機械的特性を得られるべきところ、それが得られていないという点で、再現性を有していないということもできる。」と述べた上で、「本件特許発明は、再現性をもって実施することができない点で、実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)に違反するものであり、さらに、本件特許発明が解決すべき課題が再現性をもって解決できていない点で、サポート要件(特許法第36条第6項1号)に違反するものである。」との、その他の主張も行っている。
なお、申立人のその他の主張内容を認定するにあたり、特許異議申立書第21頁第21?22行に記載された「サポート要件(特許法第36条第1号)に違反するものである。」は、「サポート要件(特許法第36条第6項1号)に違反するものである。」の誤記と考えられるため、そのように読替を行った。

(2)しかしながら、申立理由2の申立理由2-1及び2-2に関する請求人の主張は、それぞれ上記2.(1)及び(2)で判断したとおり採用できないものであるから、上述した「上記のとおり、本件特許明細書に記載された実施例(比較例)は、本来所望する機械的特性を得られるべきところ、それが得られていない」との、上記(1)のその他の主張が前提としている内容も適切であるとはいえない。
また、本件特許明細書の【実施例】に示される本発明例及び比較例(比較例1?3)の工程及び試験の内容に関する記載、特に【0020】により、いずれの合金組成も本件特許発明1の条件を満たす前提であることが理解できる【0022】の表2及び【0024】の表3の本発明例及び比較例の記載に関し、本発明例では、本件特許発明1の工程に関わる各条件を満たしており、本件特許発明1に規定される機械的特性が得られている一方、比較例(比較例1?3)では、本件特許発明の上記各条件のいずれかを満たしておらず、本件特許発明1に規定される機械的特性が得られていないことが十分理解できるから、上記(1)のその他の主張の「再現性をもって実施することができない」といえる特段の根拠も見出せない。
さらに、申立人による上記(1)のその他の主張は、本発明例及び比較例(比較例1?3)の工程及び試験の手順に関し、どこが誤っているとも、どこが明確でないとも、何ら具体的根拠を示しておらず、かつ、再現実験も行うこともないままに「再現性がない」としている点においても、十分な内容であるとはいえない。
よって、申立人による上記(1)のその他の主張も、採用できない。

(3)したがって、上記(1)のその他の主張の理由によっても、本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

第5.むすび
以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由いずれによっても、本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-09-13 
出願番号 特願2018-541990(P2018-541990)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C21D)
P 1 651・ 121- Y (C21D)
P 1 651・ 537- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 毅  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 市川 篤
井上 猛
登録日 2020-10-21 
登録番号 特許第6781960号(P6781960)
権利者 日立金属株式会社
発明の名称 Fe-Ni系合金薄板の製造方法及びFe-Ni系合金薄板  
代理人 特許業務法人浅村特許事務所  

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