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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C23C 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C23C 審判 全部申し立て 発明同一 C23C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C23C |
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管理番号 | 1378750 |
異議申立番号 | 異議2020-701028 |
総通号数 | 263 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-11-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-12-29 |
確定日 | 2021-09-30 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6715399号発明「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6715399号の請求項1?8に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6715399号(請求項の数8。以下,「本件特許」という。)は,2019年(令和1年)11月14日(優先権主張:平成31年3月1日)を国際出願日とする特許出願(特願2020-511539号)に係るものであって,令和2年6月10日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和2年7月1日である。)。 その後,令和2年12月29日に,本件特許の請求項1?8に係る特許に対して,特許異議申立人である日鉄鋼板株式会社(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。 本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。 令和2年12月29日 特許異議申立書 令和3年 3月29日付け 取消理由通知書 6月30日 意見書 第2 本件発明 本件特許の請求項1?8に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 めっき層が,Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し, 前記めっき層は,下地鋼板との界面に存在する界面合金層と該合金層の上に存在する主層とからなり, 前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下であることを特徴とする,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。 【請求項2】 前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が60%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下であることを特徴とする,請求項1に記載の溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。 【請求項3】 前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が60%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が40%以下であることを特徴とする,請求項1又は2に記載の溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。 【請求項4】 前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるSi相は,前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Si及びSi相の面積率の合計に対するSi相の面積率の割合が,30%以下であることを特徴とする,請求項1?3のいずれか1項に記載の溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。 【請求項5】 前記主層がα-Al相のデンドライト部分を有し,該デンドライト部分の平均デンドライトアーム間距離と,前記めっき層の厚さとが,以下の式(1)を満足することを特徴とする,請求項1?4のいずれか1項に記載の溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。 t/d≧1.5 ・・・(1) t:めっき層の厚さ(μm),d:平均デンドライトアーム間距離(μm) 【請求項6】 Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し,浴温が585℃以下であるめっき浴を用い, 鋼板に溶融めっきを施す際,前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下とすることを特徴とする,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板の製造方法。 【請求項7】 前記鋼板の進入板温が,前記めっき浴の浴温以下であることを特徴とする請求項6に記載の溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板の製造方法。 【請求項8】 前記鋼板に溶融めっきを施した後,10℃/s以上の平均冷却速度で,板温が前記めっき浴の浴温から150℃減算した温度(めっき浴温-150℃)になるまで,前記鋼板を冷却することを特徴とする,請求項6又は7に記載の溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板の製造方法。 第3 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要 1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由 本件特許の請求項1?8に係る特許は,下記(1)?(6)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,下記(7)の甲第1号証?甲第7号証(以下,単に「甲1」等という。)である。 (1)申立理由1(拡大先願) 本件発明1?8は,本件特許の優先日前の日本語特許出願であって,本件特許の優先日後に国際公開がされた甲1に係る日本語特許出願(PCT/JP2017/032457,特願2018-554427号)の国際出願日における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり,しかも,本件特許の出願の発明者がその優先日前の日本語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく,また本件特許の出願の時において,その出願人が上記日本語特許出願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものであるから(同法184条の13参照),本件特許の請求項1?8に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (2)申立理由2-1(新規性) 本件発明1?3は,甲2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?3に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (3)申立理由2-2(新規性) 本件発明1?3は,甲3に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?3に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (4)申立理由3-1(進歩性) 本件発明1?8は,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?8に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (5)申立理由3-2(進歩性) 本件発明1?8は,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?8に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (6)申立理由4(実施可能要件) 本件発明1?8については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?8に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (7)証拠方法 ・甲1 国際公開第2019/049307号 ・甲2 国際公開第2011/102434号 ・甲3 特開2007-284718号公報 ・甲4 特表2012-520391号公報 ・甲5 特開2016-166414号公報 ・甲6 特開2016-153539号公報 ・甲7 2020年12月に日鉄テクノロジー株式会社資源・プロセスソリューション部資源プロセス室の酒井博及び川上和人が作成した「熱力学計算検討(Sr添加検討)」と題する調査・解析報告書 2 取消理由通知書に記載した取消理由 (1)取消理由1(実施可能要件) 上記1の申立理由4(実施可能要件)と同旨 なお,特許権者は,取消理由通知書に対して,意見書とともに,以下の参考資料を提出した。 ・参考資料 「溶融亜鉛めっき鋼板マニュアル」,社団法人日本鉄鋼協会,平成11年1月31日,目次,p.18?32,103,奥付 第4 当審の判断 以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。 1 取消理由1(実施可能要件),申立理由4(実施可能要件) (1)取消理由通知書では,甲7に示されためっき浴内の計算状態図によれば,本件発明1に係るめっき鋼板を製造する際に用いられる,所定の組成を有するめっき浴は,液相単相の状態になるための温度が585℃を超えるものを含むと解する余地があり,その場合,浴温を585℃以下とすると,めっき浴は固相と液相とが共存した状態となる(本件明細書の表1のNo.3?13及び16?21を含む。)ところ,溶融めっきは,めっき浴を液相単相の状態に維持して行うことが通常であることを踏まえると,上記組成を有するめっき浴のうち,液相単相の状態になるための温度が585℃を超えると考えられるものについては,溶融めっきを実施することが実質的に不可能であり,本件発明1に係るめっき鋼板を製造することができないのではないかとの疑義が生じるから,本件発明1?5について,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨,指摘した。 また,取消理由通知書では,本件発明6?8についても,上記と同様の理由により,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨,指摘した。 以下,検討する。 (2)ア 本件発明1は,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板に関するものであり,「めっき層が,Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成」を有するものである。 イ 本件明細書には,上記めっき鋼板の製造方法として,「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成」を有し,「浴温が585℃以下」であるめっき浴を用いる製造方法について,記載されている(【0048】?【0058】)。 また,本件明細書には,上記めっき浴を用いることによって,所望の組成のめっき層を有するめっき鋼板を得ることができ,めっき層の組成は,全体としてはめっき浴の組成とほぼ同等となることが記載されている(【0051】,【0052】,【0060】)。 さらに,本件明細書の実施例(表1のNo.3?13及び16?21)においては,めっき浴として,上記の組成及び浴温の条件を満たすものを用い,実際に,本件発明1に係るめっき鋼板を製造したことが記載されており(【0060】,表1),特に問題なく,所定の組成のめっき層を有するめっき鋼板を製造できることが示されているといえる。 ウ ここで,申立人も主張するように,確かに,甲7の計算状態図によれば,「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成」を有するめっき浴は,液相単相の状態になるための温度が585℃を超えるものを含むと解する余地がある。 しかしながら,甲7の計算状態図は,めっき浴が熱力学的に平衡状態にあるとの前提で計算された平衡状態図である。 めっき浴を用いた実際の溶融めっき操業においては,めっき浴の組成や浴温を制御するために,各成分の補給や加熱又は冷却が連続的に行われることが通常であるから,実際のめっき浴は,熱力学的に非平衡状態にあると解される。 そうすると,めっき浴が熱力学的に平衡状態にあるとの前提で計算された甲7の計算状態図は,実際のめっき浴の状態を示すものとはいえないから,そのような甲7の計算状態図を根拠として,上記組成を有するめっき浴が,実際に,液相単相の状態になるための温度が585℃を超えるものを含むといえるかどうか,また,浴温を585℃以下とすると固相と液相とが共存した状態となるといえるかどうかは,不明というほかない。 また,そうである以上,上記組成を有し,「浴温が585℃以下」であるめっき浴を用いて,溶融めっきを実施することが実質的に不可能であり,本件発明1に係るめっき鋼板を製造することができないなどということもできない。 この点,本件発明2?8についても,同様である。 エ 以上によれば,本件発明1?8について,上記の点に関する実施可能要件違反は解消した。 (3)したがって,取消理由1(実施可能要件),申立理由4(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。 2 申立理由1(拡大先願) (1)甲1に係る日本語特許出願(PCT/JP2017/032457,特願2018-554427号)の国際出願日における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面(以下,「先願明細書等」という。)に記載された発明 先願明細書等(甲1)の記載(請求項1?3,[0008],[0009],[0015],[0016],[0030],[0046]?[0062],表1?4)によれば,特に,請求項1,3のほか,表1のめっき浴8を用いた表3,4の製造No.12([0047]?[0049])に着目すると,先願明細書等には,以下の発明が記載されていると認められる。 「鋼板と, 前記鋼板の表面に形成され,Fe及びSiを含む合金層と, 前記合金層の前記鋼板とは反対側の面に形成されためっき層とを有し, 前記めっき層及び前記合金層の平均組成が,質量%で, Al:56.0%, Si:1.60%, Mg:2.08%, Sr:0.10%, を含み, 残部がZn,Fe及び不純物からなり, 前記めっき層は,体積分率で12.0%のMg-Si相を含み, 前記めっき層の表面から前記めっき層の厚み方向に1μmの範囲を前記めっき層の表層部と定義した場合に,前記表層部の前記めっき層を平面視した方向における前記Mg-Si相の平均円相当径が1.0μmであり, 前記めっき層の前記表面から前記めっき層と前記合金層との界面に向かって,めっき層の厚みの1/2の位置をめっき層厚み中心と定義し,前記めっき層の前記厚み全体に亘ってSi含有量を測定した場合に,前記めっき層の前記表面から前記めっき層厚み中心までの前記Si含有量の積算値が,前記めっき層の前記表面から前記界面までの前記Si含有量の積算値の0.60倍である, Zn-Al-Mg系めっき鋼板。」(以下,「甲1発明1」という。) 「質量%で,Al:55%,Si:1.6%,Mg:2.0%,Sr:0.10%を含み,残部がZnからなるめっき浴組成を有し,めっき浴温が605℃であるめっき浴を建浴し,めっき原板である冷延鋼板を,上記めっき浴を含むバッチ式溶融めっき装置を使用してめっき鋼板とする際, めっき浴浸漬前,露点が-40℃かつ温度800℃のN_(2)-5%H_(2)ガスの雰囲中で1分間保持して冷延鋼板表面を還元し,その後,冷延鋼板を,N_(2)ガスで空冷し,冷延鋼板温度が620℃に到達した後,浸漬速度500mm/秒で浸漬させ,めっき浴中に約3秒間保持する,溶融めっき鋼板の製造方法。」(以下,「甲1発明2」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲1発明1とを対比する。 (ア)甲1発明1における「鋼板」,「前記鋼板の表面に形成され,Fe及びSiを含む合金層」,「前記合金層の前記鋼板とは反対側の面に形成されためっき層」は,それぞれ,本件発明1における「下地鋼板」,「下地鋼板との界面に存在する界面合金層」,「該合金層の上に存在する主層」に相当する。 そして,甲1発明1における上記「合金層」及び「めっき層」は,両者合わせて,本件発明1における「めっき層」に相当する。 そうすると,甲1発明1において,「前記めっき層及び前記合金層の平均組成が,質量%で,Al:56.0%,Si:1.60%,Mg:2.08%,Sr:0.10%を含み,残部がZn,Fe及び不純物からな」ることは,技術常識に照らして,Feは一種の不純物と解されることから(本件明細書【0027】も参照),本件発明1において,「めっき層が,Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有」することに相当するといえる。 (イ)甲1発明1における「Zn-Al-Mg系めっき鋼板」は,めっき層及び合金層が,「Zn」,「Al」,「Mg」のほかに,さらに「Si」,「Sr」を含むものであり,また,先願明細書等の記載([0047])によれば,溶融めっきにより製造されるものであるから,本件発明1における「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板」に相当する。 (ウ)以上によれば,本件発明1と甲1発明1とは, 「めっき層が,Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し, 前記めっき層は,下地鋼板との界面に存在する界面合金層と該合金層の上に存在する主層とからなる,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点1-1 本件発明1では,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」のに対して,甲1発明1では,「前記めっき層は,体積分率で12.0%のMg-Si相を含み」,「前記めっき層の前記表面から前記めっき層と前記合金層との界面に向かって,めっき層の厚みの1/2の位置をめっき層厚み中心と定義し,前記めっき層の前記厚み全体に亘ってSi含有量を測定した場合に,前記めっき層の前記表面から前記めっき層厚み中心までの前記Si含有量の積算値が,前記めっき層の前記表面から前記界面までの前記Si含有量の積算値の0.60倍である」点。 イ 相違点1-1の検討 (ア)先願明細書等には,甲1発明1に係るめっき鋼板に関し,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」ことについては,記載されていない。 (イ)甲1発明1に係るめっき鋼板は,めっき層がMg-Si相を含むものであるところ,先願明細書等には,めっき層中で形成されたMg-Si相はMg_(2)Siであり,耐食性の点から,Mg-Si相(Mg_(2)Si)を表面側に多く存在させることが記載されている([0009],[0015],[0016],[0030])。 また,先願明細書等には,めっき層では,Siは,Mg-Si相(Mg_(2)Si)として存在していると考えられるため,めっき層の厚み方向にめっき層の表面からめっき層の厚みの1/2の位置(めっき層厚み中心)を基準とした場合,Siが鋼板側よりも表面側に多く存在するように分布していれば,Mg-Si相(Mg_(2)Si)が鋼板側よりも表面側に多く存在すると判断できることが記載されている([0030])。 そうすると,甲1発明1における「前記めっき層の前記表面から前記めっき層と前記合金層との界面に向かって,めっき層の厚みの1/2の位置をめっき層厚み中心と定義し,前記めっき層の前記厚み全体に亘ってSi含有量を測定した場合に,前記めっき層の前記表面から前記めっき層厚み中心までの前記Si含有量の積算値が,前記めっき層の前記表面から前記界面までの前記Si含有量の積算値の0.60倍である」ことは,めっき層厚み中心を基準として,Mg-Si相(Mg_(2)Si)が鋼板側よりも表面側に多く存在することを示したものと解される。 以上によれば,甲1発明1に係るめっき鋼板は,Mg_(2)Siの多くをめっき主層の表面近傍に集めるという点で(本件明細書【0009】),本件発明1における「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上」であることと同様の構成を備えたものといえる。 しかしながら,甲1発明1に係るめっき鋼板が,上記のとおり,「前記めっき層の前記表面から前記めっき層厚み中心までの前記Si含有量の積算値が,前記めっき層の前記表面から前記界面までの前記Si含有量の積算値の0.60倍」であって,Si(Mg-Si相(Mg_(2)Si))が鋼板側よりも表面側に多く(0.60倍)存在するとしても,鋼板側に存在する残り(0.40倍)のSi(Mg-Si相(Mg_(2)Si))が,具体的にどのような状態で存在しているのか(例えば,めっき層の表面から合金層に達するまで延在するように存在しているのかどうか),明らかではないから,本件発明1のように,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち」,「前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下」であるかどうかは,不明である。 (ウ)申立人は,先願明細書等の図3Aに示される,めっき層の断面におけるSi及びMgの分布によると,めっき層の断面において,めっき層の表面から合金層に達するまで延在するMg-Si相(Mg_(2)Si)は,観察されないと主張する(申立書43頁)。 しかしながら,甲1発明1は,上記のとおり,製造No.12に着目して認定したものであるところ,申立人が指摘する図3Aは,製造No.3のめっき層断面のEPMA分析結果であり([0014]),製造No.12のものではない。また,製造No.12と製造No.3とで,めっき層断面のEPMA分析結果が同じであるといえる根拠もないから,甲1発明1に係るめっき鋼板において,図3Aに基づいて,めっき層の表面から合金層に達するまで延在するMg-Si相(Mg_(2)Si)が観察されないということはできない。 念のため,図3Aの内容について検討しても,Si及びMgの分布によれば,めっき層表面(写真の上部)の中央付近から,めっき層と合金層との界面(写真の中央部)の右側付近にかけて,連続したMg_(2)Siが存在しているように見て取れるから,申立人が主張するように,「前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Si」は,「観察されない」とはいえない。また,図3Aと同じく,製造No.3に関する図1(めっき層表面からめっき層の厚み方向にSi含有量及びFe含有量を測定した結果。[0014])からも,めっき層表面(横軸の原点)からめっき層の厚み方向(横軸の右方向)にかけて,所定量のSi(Mg_(2)Siに相当)が連続的に存在しているため,「前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Si」は,少なからず存在していると考えられる。 よって,申立人の主張は採用できない。 (エ)以上によれば,相違点1-1は実質的な相違点である。 また,相違点1-1が,課題解決のための具体化手段における微差であるともいえない。 ウ 小括 したがって,本件発明1は,甲1発明1と同一であるとはいえない。 (3)本件発明2?5について 本件発明2?5は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲1発明1と同一であるとはいえない以上,本件発明2?5についても同様に,甲1発明1と同一であるとはいえない。 (4)本件発明6について ア 対比 本件発明6と甲1発明2とを対比する。 (ア)甲1発明2における「質量%で,Al:55%,Si:1.6%,Mg:2.0%,Sr:0.10%を含み,残部がZnからなるめっき浴組成を有」する「めっき浴」は,技術常識に照らして,不可避的不純物も含んでいると解されることから(本件明細書【0027】も参照),本件発明6における「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有」する「めっき浴」に相当するといえる。 (イ)本件発明6における「浴温が585℃以下であるめっき浴」と,甲1発明2における「めっき浴温が605℃であるめっき浴」とは,いずれも,「浴温が所定の温度であるめっき浴」である限りにおいて共通する。 (ウ)甲1発明2において,「めっき浴を建浴し,めっき原板である冷延鋼板を,上記めっき浴を含むバッチ式溶融めっき装置を使用してめっき鋼板とする」ことは,本件発明6において,「めっき浴を用い,鋼板に溶融めっきを施す」ことに相当する。 (エ)本件発明6において,「前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下とする」ことと,甲1発明2において,「冷延鋼板温度が620℃に到達した後,浸漬速度500mm/秒で浸漬させ,めっき浴中に約3秒間保持する」こととは,いずれも,「前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,所定の温度とする」限りにおいて共通する。 (オ)甲1発明2における「めっき鋼板」は,「Al」,「Si」,「Mg」,「Sr」,「Zn」を含むめっき浴を用いて「溶融めっき」により製造されるものであるから,本件発明6における「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板」に相当する。 (カ)以上によれば,本件発明6と甲1発明2とは, 「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し,浴温が所定の温度であるめっき浴を用い, 鋼板に溶融めっきを施す際,前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,所定の温度とする,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板の製造方法。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点1-2 本件発明6では,めっき浴の浴温が,「585℃以下」であり,めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)が,「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」であるのに対して,甲1発明2では,めっき浴温が,「605℃」であり,めっき浴に浸漬させる際の冷延鋼板温度が,「620℃」である点。 イ 相違点1-2の検討 先願明細書等には,甲1発明2に係るめっき鋼板の製造方法に関し,めっき浴温を「585℃以下」とし,めっき浴に浸漬させる際の冷延鋼板温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることについては,記載されていない。 また,甲1発明2に係るめっき鋼板の製造方法において,めっき浴温を「585℃以下」とし,めっき浴に浸漬させる際の冷延鋼板温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることが,技術常識であるともいえない。 以上によれば,相違点1-2は実質的な相違点である。 また,本件明細書の記載(【0009】,【0054】,【0055】)によれば,本件発明6において,めっき浴の浴温を「585℃以下」とし,めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることによって,めっき層の主層の表面から界面合金層まで達するような大きなMg_(2)Siの量を減らすことができ,それにより加工部の耐食性を向上できるという技術的意義を有するものであるから,相違点1-2が,課題解決のための具体化手段における微差であるともいえない。 ウ 小括 したがって,本件発明6は,甲1発明2と同一であるとはいえない。 (5)本件発明7及び8について 本件発明7及び8は,本件発明6を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(4)で述べたとおり,本件発明6が,甲1発明2と同一であるとはいえない以上,本件発明7及び8についても同様に,甲1発明2と同一であるとはいえない。 (6)まとめ 以上のとおり,本件発明1?8は,先願明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない。 したがって,申立理由1(拡大先願)によっては,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。 3 申立理由2-1(新規性),申立理由3-1(進歩性) (1)甲2に記載された発明 甲2の記載(請求項1,8,10,13,[0008]?[0010],[0032]?[0035],[0037],[0038],[0047],[0060],[0068],[0123],[0149]?[0200],表1?12)によれば,特に,請求項1,8,10,13,[0068](溶融めっき浴の組成とめっき層の組成が一致する旨の記載)のほか,表1,5の実施例9([0150]?[0152])に着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。 「鋼板の表面上にアルミニウム・亜鉛合金めっき層がめっきされてなる溶融めっき鋼板であって, 前記アルミニウム・亜鉛合金めっき層が,Al:55.1質量%,Si:1.7質量%,Mg:1.9質量%,Fe:0.42質量%,Sr:26ppm,残部がZnであり, 前記アルミニウム・亜鉛合金めっき層が0.26体積%のSi?Mg相を含み,前記Si-Mg相中のMgの,Mg全量に対する質量比率が3.7%である,溶融めっき鋼板。」(以下,「甲2発明1」という。) 「溶融めっき鋼板の製造方法であって, Al:55.1質量%,Si:1.7質量%,Mg:1.9質量%,Fe:0.42質量%,Sr:26ppm,残部がZnの組成であり,溶融めっき浴の温度が600℃である溶融めっき浴を準備し,鋼板をこの溶融めっき浴に通過させてその表面に溶融めっき金属を付着させ,この溶融めっき金属を凝固させて鋼板の表面にアルミニウム・亜鉛合金めっき層を形成する際, 鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を580℃とする,溶融めっき鋼板の製造方法。」(以下,「甲2発明2」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲2発明1とを対比する。 (ア)甲2発明1における「鋼板」は,本件発明1における「下地鋼板」に相当する。 甲2発明1における「アルミニウム・亜鉛合金めっき層」は,「鋼板の表面上に」形成されたものであるところ,甲2の記載([0068])によれば,溶融めっき処理により,鋼板とアルミニウム・亜鉛合金めっき層との間に合金層(本件発明1における「下地鋼板との界面に存在する界面合金層」に相当する。)が形成されるとされているものの,甲2の記載(表5)によれば,(実施例9に基づく)甲2発明1に係る溶融めっき鋼板においては,合金層は0.00μmであるから,鋼板とアルミニウム・亜鉛合金めっき層との間に合金層は形成されないと解される。 以上によれば,甲2発明1における「アルミニウム・亜鉛合金めっき層」は,本件発明1におけるめっき層を構成する「主相」に相当する。 そして,本件発明1において,下地鋼板の上に「界面合金層」と「主相」とからなる「めっき層」を有することと,甲2発明1において,鋼板の表面上に「アルミニウム・亜鉛合金めっき層がめっきされてなる」こととは,いずれも,下地鋼板の上に有する「めっき層は,主層を含む」限りにおいて共通する。 (イ)甲2発明1における「溶融めっき鋼板」は,アルミニウム・亜鉛合金めっき層が,「Al」,「Si」,「Mg」,「Sr」,「Zn」を含むものであるから,本件発明1における「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板」に相当する。 (ウ)以上によれば,本件発明1と甲2発明1とは, 「前記めっき層は,主層を含む,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点2-1 本件発明1では,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」のに対して,甲2発明1では,「前記アルミニウム・亜鉛合金めっき層が0.26体積%のSi?Mg相を含み,前記Si-Mg相中のMgの,Mg全量に対する質量比率が3.7%である」点。 ・相違点2-2 本件発明1では,めっき層が,さらに「下地鋼板との界面に存在する界面合金層」を含み,主相が「該合金層の上に存在する」のに対して,甲2発明1では,鋼板とアルミニウム・亜鉛合金めっき層との間に合金層が存在しない点。 ・相違点2-3 本件発明1では,界面合金層と主相とからなるめっき層が,「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物」からなる組成を有するのに対して,甲2発明1では,アルミニウム・亜鉛合金めっき層が,「Al:55.1質量%,Si:1.7質量%,Mg:1.9質量%,Fe:0.42質量%,Sr:26ppm,残部がZn」である点。 イ 相違点2-1の検討 (ア)まず,相違点2-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲2には,甲2発明1に係る溶融めっき鋼板に関し,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」ことについては,記載されていない。 b 甲2発明1における「Si?Mg相」は,甲2の記載([0033],[0038])によれば,Mg_(2)Siを含むと解されるから,甲2発明1に係る溶融めっき鋼板においては,本件発明1と同様,「前記めっき層の厚さ方向の断面において」,「Mg_(2)Si」が「観察される」といえる。 しかしながら,上記「Mg_(2)Si」が,具体的にどのような状態で存在しているのか,明らかではないから,本件発明1のように,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」かどうかは,不明である。 c 申立人は,甲2の図4(a)に示される,めっき層の断面におけるSi?Mg相(Mg_(2)Si)の分布によると,めっき層の断面において,Si?Mg相(Mg_(2)Si)は表面側に偏在し,めっき層の断面において,めっき層の表面から合金層の界面に達するまで延在するSi?Mg相(Mg_(2)Si)は確認されないと主張する(申立書48?49頁)。 しかしながら,甲2発明1は,上記のとおり,実施例9に着目して認定したものであるところ,申立人が指摘する図4(a)は,実施例5で得られた溶融めっき鋼板の切断面の電子顕微鏡による画像であり([0029]),実施例9で得られたものではない。また,実施例9と実施例5とで,溶融めっき鋼板の切断面の電子顕微鏡による画像が同じであるといえる根拠もないから,甲2発明1に係る溶融めっき鋼板において,図4(a)に基づいて,Si?Mg相(Mg_(2)Si)が表面側に偏在するとか,めっき層の表面から合金層の界面に達するまで延在するSi?Mg相(Mg_(2)Si)が確認されないなどということはできない。 念のため,図4(a)の内容について検討しても,めっき層の表面から合金層にかけて,複数の連続したSi-Mg相(Mg_(2)Siを含む)の領域が存在しているように見て取れるから,申立人が主張するように,「前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Si」は,「観察されない」とはいえない。また,図4(a)と同じく,実施例5に関する図5(a)(グロー放電発光分光分析装置によるめっき層の深さ方向分析の結果。[0029])からも,めっき層の表面(横軸の原点)からめっき層の深さ(厚み)方向(横軸の右方向)にかけて,所定量のSiとMgが連続的に存在しているため,「前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Si」は,少なからず存在していると考えられる。 よって,申立人の主張は採用できない。 d 以上によれば,相違点2-1は実質的な相違点である。 したがって,相違点2-2,2-3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえない。 (イ)次に,相違点2-1の容易想到性について検討する。 上記(ア)で述べたとおり,甲2には,甲2発明1に係る溶融めっき鋼板に関し,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」ことについては記載されておらず,また,甲2発明1に係る溶融めっき鋼板であれば,当然に上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たすことが,技術常識であるともいえない。 そうすると,甲2発明1において,上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たすようにする動機付けがあるとはいえない。そして,そのことは,甲4?6の記載を考慮したとしても,変わるものではない。 以上によれば,甲2発明1において,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」とすることが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって,相違点2-2,2-3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件発明2?5について 本件発明2?5は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?5についても同様に,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)本件発明6について ア 対比 本件発明6と甲2発明2とを対比する。 (ア)甲2発明2における「Al:55.1質量%,Si:1.7質量%,Mg:1.9質量%,Fe:0.42質量%,Sr:26ppm,残部がZnの組成であ」る「溶融めっき浴」は,本件明細書の【0027】によれば,Feは不可避的不純物と解されることから,本件発明6における「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有」する「めっき浴」に相当するといえる。 (イ)本件発明6における「浴温が585℃以下であるめっき浴」と,甲2発明2における「溶融めっき浴の温度が600℃である溶融めっき浴」とは,いずれも,「浴温が所定の温度であるめっき浴」である限りにおいて共通する。 (ウ)甲2発明2において,「溶融めっき浴を準備し,鋼板をこの溶融めっき浴に通過させてその表面に溶融めっき金属を付着させ,この溶融めっき金属を凝固させて鋼板の表面にアルミニウム・亜鉛合金めっき層を形成する」ことは,本件発明6において,「めっき浴を用い,鋼板に溶融めっきを施す」ことに相当する。 (エ)本件発明6において,「前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下とする」ことと,甲2発明2において,「鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を580℃とする」こととは,いずれも,「前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,所定の温度とする」限りにおいて共通する。 (オ)甲2発明2における「溶融めっき鋼板」は,「Al」,「Si」,「Mg」,「Sr」,「Zn」を含む溶融めっき浴を用いるものであるから,本件発明6における「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板」に相当する。 (カ)以上によれば,本件発明6と甲2発明2とは, 「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し,浴温が所定の温度であるめっき浴を用い, 鋼板に溶融めっきを施す際,前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,所定の温度とする,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板の製造方法。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点2-4 本件発明6では,めっき浴の浴温が,「585℃以下」であり,めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)が,「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」であるのに対して,甲2発明2では,溶融めっき浴の温度が,「600℃」であり,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度が,「580℃」である点。 イ 相違点2-4の検討 (ア)まず,相違点2-4が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲2には,甲2発明2に係る溶融めっき鋼板の製造方法に関し,溶融めっき浴の温度を「585℃以下」とし,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることについては,記載されていない。 また,甲2発明2に係る溶融めっき鋼板の製造方法において,上記の溶融めっき浴の温度,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度に関する条件を満たすように,溶融めっき鋼板を製造することが,技術常識であるともいえない。 b 甲2には,溶融めっき浴の温度を,溶融めっき浴の凝固開始温度より高く,かつ,凝固開始温度よりも40℃(好ましくは25℃,さらに好ましくは20℃)高い温度以下の温度とすることが記載されている(請求項13,[0123])。すなわち,甲2には,溶融めっき浴の凝固開始温度との関係で,溶融めっき浴の温度を設定することについては記載されているものの,溶融めっき浴の温度を所定の温度とし,その溶融めっき浴の温度との関係で,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を設定することが記載されているわけではない。現に,甲2には,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度については,実施例において,溶融めっき浴の温度にかかわらず,一律「580℃」とすることが記載されているにすぎない([0152])。 c 以上によれば,相違点2-4は実質的な相違点である。 したがって,本件発明6は,甲2に記載された発明であるとはいえない。 (イ)次に,相違点2-4の容易想到性について検討する。 a 上記(ア)で述べたとおり,甲2には,甲2発明2に係る溶融めっき鋼板の製造方法に関し,溶融めっき浴の温度を「585℃以下」とし,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることについては記載されておらず,また,甲2発明2に係る溶融めっき鋼板の製造方法において,上記の溶融めっき浴の温度,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度に関する条件を満たすように溶融めっき鋼板を製造することが,技術常識であるともいえない。 そうすると,甲2発明2において,上記の溶融めっき浴の温度,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度に関する条件を満たすようにする動機付けがあるとはいえない。そして,そのことは,甲4?6の記載を考慮したとしても,変わるものではない。 b 申立人は,甲2には,上記(ア)bのとおり,溶融めっき浴の温度を,溶融めっき浴の凝固開始温度より高く,かつ,凝固開始温度よりも40℃(好ましくは25℃,さらに好ましくは20℃)高い温度以下の温度とすることが記載されていることから,溶融めっき浴の温度が低いほど好ましいことが示唆されており,また,甲2には,溶融めっき浴の温度を585℃以下とした例(表2の実施例1?3)も開示されているから,甲2発明2において,溶融めっき浴の温度をより低くして「585℃以下」とすることは,当業者が容易になし得ることであると主張する(申立書52?53頁)。 しかしながら,甲2発明2は,上記のとおり,実施例9に着目して認定したものであるところ,実施例9の凝固開始温度は572℃(表1)であるから,仮に,甲2の上記記載に基づいて,甲2発明2において,溶融めっき浴の温度をより低くするとしても,592℃(=572℃+20℃)以下となり,また,実施例における凝固開始温度と溶融めっき浴の温度との差の最小値が17℃(=590℃-573℃,実施例61(表4))であることを考慮しても,せいぜい589℃(=572℃+17℃)となるだけである。 また,上記2(4)イで述べたとおり,本件明細書の記載(【0009】,【0054】,【0055】)によれば,本件発明6において,めっき浴の浴温を「585℃以下」とし,めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることによって,めっき層の主層の表面から界面合金層まで達するような大きなMg_(2)Siの量を減らすことができ,それにより加工部の耐食性を向上できるという技術的意義を有するものであるところ,このような技術的意義については,甲2のほか,甲4?6にも,何ら記載されておらず,また,技術常識であるともいえない。 上記のような本件発明6の技術的意義も踏まえると,甲2発明2において,溶融めっき浴の温度を「585℃以下」まで低くする動機付けがあるとはいえない。 よって,申立人の主張は採用できない。 c 以上によれば,甲2発明2において,溶融めっき浴の温度を「585℃以下」とし,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって,本件発明6は,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり,本件発明6は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (5)本件発明7及び8について 本件発明7及び8は,本件発明6を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(4)で述べたとおり,本件発明6が,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明7及び8についても同様に,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (6)まとめ 以上のとおり,本件発明1?3は,甲2に記載された発明であるとはいえない。 また,本件発明1?8は,甲2に記載された発明に基いて,又は,甲2に記載された発明及び甲4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって,申立理由2-1(新規性),申立理由3-1(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。 4 申立理由2-2(新規性),申立理由3-2(進歩性) (1)甲3に記載された発明 甲3の記載(請求項1,3,【0009】,【0010】,【0016】?【0023】,【0029】?【0031】,【0036】?【0053】,表1,2,図1,2)によれば,特に,請求項1,3,【0017】(鋼板とめっき層との界面に合金層が形成される旨の記載),【0030】(めっき浴組成をめっき層組成と実質的に同一に調整する旨の記載)のほか,表1のめっき鋼板No.26(【0036】)に着目すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。 「Alキルド鋼板表面に,溶融Zn-Al系合金めっき層を有してなる溶融Zn-Al系合金めっき鋼板であって, 前記溶融Zn-Al系合金めっき層が,質量%で,Al:52.5%,Si:3.4%,Mg:1.5%,Sr:0.018%を含み,残部Zn及び不可避的不純物からなる組成を有する合金めっき層であり, Alキルド鋼板と溶融Zn-Al系合金めっき層との界面に合金層が形成されている, 耐食性及び加工性に優れた溶融Zn-Al系合金めっき鋼板。」(以下,「甲3発明1」という。) 「Alキルド鋼板に,溶融Zn-Al系合金めっき浴に浸漬したのち,該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げて冷却し,Alキルド鋼板表面に溶融Zn-Al系合金めっき層を形成するめっき処理工程を施して,溶融Zn-Al系合金めっき鋼板とするに当り, 前記溶融Zn-Al系合金めっき浴を,前記溶融Zn-Al系合金めっき層が平均で,質量%で,Al:52.5%,Si:3.4%,Mg:1.5%,Sr:0.018%を含有し,残部Zn及び不可避的不純物からなるめっき層組成を有するように,めっき浴組成をめっき層組成と実質的に同一に調整し,浴温を595℃とするめっき浴とし, 該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げたのちの前記冷却を,前記溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げてから350℃までの平均冷却速度が15℃/sである冷却とする,耐食性及び加工性に優れた溶融Zn-Al系合金めっき鋼板の製造方法。」(以下,「甲3発明2」という。) (2)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲3発明1とを対比する。 (ア)甲3発明1における「Alキルド鋼板」,「Alキルド鋼板と溶融Zn-Al系合金めっき層との界面に」形成されている「合金層」,「溶融Zn-Al系合金めっき層」は,それぞれ,本件発明1における「下地鋼板」,「下地鋼板との界面に存在する界面合金層」,「該合金層の上に存在する主層」に相当する。 そして,甲3発明1における上記「合金層」及び「溶融Zn-Al系合金めっき層」は,両者合わせて,本件発明1における「めっき層」に相当する。 (イ)甲3発明1における「溶融Zn-Al系合金めっき鋼板」は,溶融Zn-Al系合金めっき層が,「Zn」,「Al」のほかに,さらに「Si」,「Mg」,「Sr」を含むものであるから,本件発明1における「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板」に相当する。 (ウ)以上によれば,本件発明1と甲3発明1とは, 「前記めっき層は,下地鋼板との界面に存在する界面合金層と該合金層の上に存在する主層とからなる,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点3-1 本件発明1では,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」のに対して,甲3発明1では,そのようなめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たすかどうか不明である点。 ・相違点3-2 本件発明1では,界面合金層と主相とからなるめっき層が,「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物」からなる組成を有するのに対して,甲3発明1では,溶融Zn-Al系合金めっき層は,「質量%で,Al:52.5%,Si:3.4%,Mg:1.5%,Sr:0.018%を含み,残部Zn及び不可避的不純物」からなる組成を有するものの,合金層と溶融Zn-Al系合金めっき層の全体の組成は不明である点。 イ 相違点3-1の検討 (ア)まず,相違点3-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲3には,甲3発明1に係るめっき鋼板に関し,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」ことについては,記載されていない。 また,甲3発明1に係るめっき鋼板であれば,当然に上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たすことが,技術常識であるともいえない。 b(a)申立人は,甲3に記載のめっき層は,甲2に記載のめっき層と類似する組成を有することから,甲2に記載のものと同様のSi-Mg相(Mg_(2)Si)を含む蓋然性が高いと主張する(申立書55頁)。 しかしながら,両者の組成が類似するからといって,必ず,めっき層の組織や構造等が同じであるとはいえない。また,甲2には,上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件について記載されていないことは,上記3(2)イ(ア)のとおりである。 よって,申立人の主張は採用できない。 (b)また,申立人は,甲3の図2に示される,めっき層と鋼板における原子の分布によると,めっき層における合金層を除く部分では,Mg濃度とSi濃度とが表面付近で大きく上昇しているから,甲3におけるMg_(2)Siは,表面側に偏在している蓋然性が高く,そのため,甲3におけるMg_(2)Siのうち,めっき層の表面から合金層の界面に達するまで延在するものの割合は,低くなっている蓋然性が高いと主張する(申立書55?56頁)。 しかしながら,甲3発明1は,上記のとおり,めっき鋼板No.26に着目して認定したものであるところ,申立人が指摘する図2のめっき層の組成(【0025】)は,めっき鋼板No.26のものとは異なるものである。また,めっき鋼板No.26と図2のめっき層とで,めっき層と鋼板における原子の分布が同じであるといえる根拠もないから,甲3発明1に係るめっき鋼板において,図2に基づいて,めっき層の表面から合金層の界面に達するまで延在するMg_(2)Siの割合は,低くなっている蓋然性が高いということはできない。 仮に,申立人の主張を前提とするとしても,甲3発明1に係るめっき鋼板において,実際に,上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たしているかどうかは,不明というほかない。 よって,申立人の主張は採用できない。 c 以上によれば,相違点3-1は実質的な相違点である。 したがって,相違点3-2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとはいえない。 (イ)次に,相違点3-1の容易想到性について検討する。 上記(ア)で述べたとおり,甲3には,甲3発明1に係るめっき鋼板に関し,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」ことについては記載されておらず,また,甲3発明1に係るめっき鋼板であれば,当然に上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たすことが,技術常識であるともいえない。 そうすると,甲3発明1において,上記のめっき層におけるMg_(2)Siの存在状態に関する条件を満たすようにする動機付けがあるとはいえない。そして,そのことは,甲2及び4?6の記載を考慮したとしても,変わるものではない。 以上によれば,甲3発明1において,「前記めっき層の厚さ方向の断面において観察されるMg_(2)Siのうち,前記主層の表面から50%までの厚さ範囲内に存在するMg_(2)Siの面積割合が50%以上であり,且つ,前記主層の表面から前記界面合金層に達するまで延在するMg_(2)Siの面積割合が50%以下である」とすることが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって,相違点3-2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件発明2?5について 本件発明2?5は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?5についても同様に,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)本件発明6について ア 対比 本件発明6と甲3発明2とを対比する。 (ア)甲3発明2における「溶融Zn-Al系合金めっき浴」は,「前記溶融Zn-Al系合金めっき層が平均で,質量%で,Al:52.5%,Si:3.4%,Mg:1.5%,Sr:0.018%を含有し,残部Zn及び不可避的不純物からなるめっき層組成を有するように,めっき浴組成をめっき層組成と実質的に同一に調整」したものであるから,本件発明6における「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有」する「めっき浴」に相当する。 (イ)本件発明6における「浴温が585℃以下であるめっき浴」と,甲3発明2における「浴温を595℃とするめっき浴」とは,いずれも,「浴温が所定の温度であるめっき浴」である限りにおいて共通する。 (ウ)甲3発明2において,「Alキルド鋼板に,溶融Zn-Al系合金めっき浴に浸漬したのち,該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げて冷却し,Alキルド鋼板表面に溶融Zn-Al系合金めっき層を形成するめっき処理工程を施して,溶融Zn-Al系合金めっき鋼板とする」ことは,本件発明6において,「めっき浴を用い,鋼板に溶融めっきを施す」ことに相当する。 (エ)甲3発明2における「溶融Zn-Al系合金めっき鋼板」は,溶融Zn-Al系合金めっき層が,「Zn」,「Al」のほかに,さらに「Si」,「Mg」,「Sr」を含むものであるから,本件発明6における「溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板」に相当する。 (オ)以上によれば,本件発明6と甲3発明2とは, 「Al:40?70質量%,Si:0.6?5質量%,Mg:0.1?10質量%及びSr:0.001?1.0質量%を含有し,残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し,浴温が所定の温度であるめっき浴を用い, 鋼板に溶融めっきを施す,溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板の製造方法。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点3-3 本件発明6では,めっき浴の浴温が,「585℃以下」であり,めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)が,「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」であるのに対して,甲3発明2では,めっき浴の温度が,「595℃」であり,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度は不明である点。 イ 相違点3-3の検討 (ア)まず,相違点3-3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 a 甲3には,甲3発明2に係るめっき鋼板の製造方法に関し,めっき浴の温度を「585℃以下」とし,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることについては,記載されていない。 また,甲3発明2に係るめっき鋼板の製造方法において,上記のめっき浴の温度,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度に関する条件を満たすように,めっき鋼板を製造することが,技術常識であるともいえない。 b 甲3には,めっき浴の浴温は,580?630℃の範囲の温度に調節することが好ましいことが記載されているものの(【0030】),溶融めっき浴の温度を所定の温度とし,その溶融めっき浴の温度との関係で,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度を設定することが記載されているわけではない。甲3には,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度については,何ら記載されていない。 c 以上によれば,相違点3-3は実質的な相違点である。 したがって,本件発明6は,甲3に記載された発明であるとはいえない。 (イ)次に,相違点3-3の容易想到性について検討する。 a 上記(ア)で述べたとおり,甲3には,甲3発明2に係るめっき鋼板の製造方法に関し,めっき浴の温度を「585℃以下」とし,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることについては記載されておらず,また,甲3発明2に係るめっき鋼板の製造方法において,上記のめっき浴の温度,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度に関する条件を満たすように,めっき鋼板を製造することが,技術常識であるともいえない。 そうすると,甲3発明2において,上記のめっき浴の温度,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度に関する条件を満たすようにする動機付けがあるとはいえない。そして,そのことは,甲2及び4?6の記載を考慮したとしても,変わるものではない。 b 申立人は,甲3には,めっき浴の浴温は,580?630℃の範囲の温度に調節することが好ましいことが記載されており(【0030】),甲3発明2において,めっき浴の温度を,例えば好ましい範囲の下限である580℃に調整すれば,本件発明6の「585℃以下」との条件を満たすと主張する(申立書59頁)。 また,申立人は,甲3では,進入板温は特に制限されておらず,進入板温の調整は,当業者が必要に応じて適宜行うものであるところ,甲3と類似する組成のめっき層を有するめっき鋼板を製造する甲2には,実施例9として,「前記めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を,前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下とする」を満たす条件が開示されていると主張する(申立書59頁)。 しかしながら,甲3発明2は,めっき鋼板No.26に着目して認定したものであるところ,めっき鋼板No.26においては,めっき浴の温度について,上記の好ましい範囲の中から,既に「595℃」が選択され設定されているのであり,これをあえて別の温度に変更する動機付けがあるとはいい難い。 また、甲2の実施例9については,溶融めっき浴の温度が600℃であり(表1),鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度が580℃である([0152])というものにすぎず,溶融めっき浴の温度を「585℃以下」とすることを前提として,鋼板の溶融めっき浴への侵入時の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とするものではない。 上記2(4)イで述べたとおり,本件明細書の記載(【0009】,【0054】,【0055】)によれば,本件発明6において,めっき浴の浴温を「585℃以下」とし,めっき浴進入時の鋼板温度(進入板温)を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることによって,めっき層の主層の表面から界面合金層まで達するような大きなMg_(2)Siの量を減らすことができ,それにより加工部の耐食性を向上できるという技術的意義を有するものであるところ,このような技術的意義については,甲3のほか,甲2及び4?6にも,何ら記載されておらず,また,技術常識であるともいえない。 上記のような本件発明6の技術的意義も踏まえると,甲3発明2において,めっき浴の温度を「585℃以下」とし,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とする動機付けがあるとはいえない。 よって,申立人の主張は採用できない。 c 以上によれば,甲3発明2において,めっき浴の温度を「585℃以下」とし,めっき浴への浸漬時のAlキルド鋼板の温度を「前記めっき浴の浴温から20℃加算した温度(めっき浴温+20℃)以下」とすることが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって,本件発明6は,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 小括 以上のとおり,本件発明6は,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (5)本件発明7及び8について 本件発明7及び8は,本件発明6を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(4)で述べたとおり,本件発明6が,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明7及び8についても同様に,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (6)まとめ 以上のとおり,本件発明1?3は,甲3に記載された発明であるとはいえない。 また,本件発明1?8は,甲3に記載された発明に基いて,又は,甲3に記載された発明並びに甲2及び4?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって,申立理由2-2(新規性),申立理由3-2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-09-13 |
出願番号 | 特願2020-511539(P2020-511539) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
Y
(C23C)
P 1 651・ 536- Y (C23C) P 1 651・ 161- Y (C23C) P 1 651・ 121- Y (C23C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 國方 康伸 |
特許庁審判長 |
粟野 正明 |
特許庁審判官 |
増山 慎也 井上 猛 |
登録日 | 2020-06-10 |
登録番号 | 特許第6715399号(P6715399) |
権利者 | JFEスチール株式会社 JFE鋼板株式会社 |
発明の名称 | 溶融Al-Zn-Mg-Si-Srめっき鋼板及びその製造方法 |
代理人 | 杉村 光嗣 |
代理人 | 杉村 憲司 |
代理人 | 杉村 憲司 |
代理人 | 吉田 憲悟 |
代理人 | 特許業務法人北斗特許事務所 |