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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C05D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C05D
管理番号 1378790
異議申立番号 異議2021-700568  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-11-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-15 
確定日 2021-10-22 
異議申立件数
事件の表示 特許第6804132号発明「けい酸質肥料およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6804132号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許に係る出願は、平成28年9月13日になされ、令和2年12月4日にその特許権の設定登録がされ(請求項の数4)、同年同月23日に特許掲載公報が発行されたところ、令和3年6月15日に特許異議申立人 渋谷 都(以下「申立人」という。)により、請求項1?4に係る特許に対して特許異議の申立がなされたものである。

第2 本件発明
1 本件発明1?4(以下、請求項の番号に従い「本件発明1」などという。)は以下のとおりのものである。
「【請求項1】
下記(A)式を満たすCaO、SiO_(2),およびAl_(2)O_(3)を含有するけい酸質肥料であって、水溶性けい酸の含有率が20.8%以上のけい酸質肥料。
1.6≦CaO/(SiO_(2)-Al_(2)O_(3))≦1.7 ・・・(A)
ただし、(A)式中の化学式は、けい酸質肥料中の当該化学物質のモル数を表す。
【請求項2】
請求項1に記載のけい酸質肥料を製造する方法であって、
けい酸源、りん酸源、およびカルシウム源を少なくとも含む混合原料を、1200?1400℃で焼成して製造する、けい酸質肥料の製造方法。
【請求項3】
前記けい酸源が、リンを回収した後の非晶質ケイ酸カルシウム水和物、およびリンを回収した後の非晶質ケイ酸カルシウム水和物と水酸化カルシウムの複合物から選ばれる1種以上である、請求項2に記載のけい酸質肥料の製造方法。
【請求項4】
前記焼成に用いる装置がロータリーキルンである、請求項2または3に記載のけい酸質肥料の製造方法。」
2 本件特許明細書には、以下の記載がある。
(1)「【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成できるけい酸質肥料等を検討したところ、下記のけい酸質肥料は、水溶性けい酸の含有率が高いことを見い出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、下記の構成を有するけい酸質肥料等である。」
(2)「【0004】
ところで、前記熔成りん肥等のりん酸質肥料は、天然資源であるリン鉱石を原料の一部に用いて製造される。しかし、我が国では、リンは天然資源として産出されないため、そのほぼ全てを輸入に頼らざるを得ないが、近年、天然のリンは世界的に枯渇しつつあり、リンの価格が高騰してリンの確保が難しくなっている。そこで、肥料の製造分野では、天然のリン資源に代わるものとして、リンの含有率がリン鉱石とほぼ同じ20?30質量%である下水汚泥焼却灰が考えられている。また、我が国において、下水汚泥およびその焼却灰は、それぞれ、年間220万トンおよび30万トンと大量に発生するため、下水汚泥等の処理は社会的要請でもあった。そして、下水汚泥焼却灰はりん酸とけい酸を共に含んでいるため、けい酸質肥料の原料としても好適である。
しかし、けい酸質肥料のりん酸源として下水汚泥焼却灰を用いると、下水汚泥焼却灰中に多く含まれるAl_(2)O_(3)が、肥料の製造(焼成または溶融)過程でSiO_(2)と反応してゲーレナイト(2CaO・Al_(2)O_(3)・SiO_(2))が生成し、ゲーレナイト中のけい酸は難溶性であるため、肥料中の水溶性けい酸の含有率が減少するという問題がある。」
(3)「【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について、けい酸質肥料とその製造方法に分けて詳細に説明する。
1.けい酸質肥料
本発明のけい酸質肥料は、前記(A)式を満たすCaO、SiO_(2),およびAl_(2)O_(3)を含有するけい酸質肥料である。そして、本発明のけい酸質肥料の水溶性けい酸の含有率は、好ましくは15%以上である。後掲の表1および2に示すように、前記(A)式を満たすけい酸質肥料は、水-弱酸性陽イオン交換樹脂法を用いて測定した水溶性けい酸の含有率が16.5%以上と高い。なお、前記(A)式のモル比は、好ましくは1.0以上で2.2以下である。
ここで前記水-弱酸性陽イオン交換樹脂法は、中性(pH=7)付近で肥料中のけい酸分成分の溶解性を評価する方法であって、以下の文献Aおよび文献Bに記載されている方法に準拠して測定できる。
文献A:加藤直人著「農林水産省・農業環境技術研究所報告」16巻,9-75頁(1998)
文献B:加藤、尾和共著 Soil Sci.Plant Nutr.,43巻,2号,351-359頁(1997)」
(4)「【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.けい酸質肥料の製造
リンを回収した後の非晶質ケイ酸カルシウム水和物(リン回収材、P_(2)O_(5)の含有率は22.9質量%)、下水汚泥焼却灰、熔成りん肥(商品名:BMようりん、朝日工業社製)、珪砂粉末、ケイ酸カルシウム粉末(肥料用のケイカル、くみあい珪酸苦土石灰:樫村石灰工業社製)、および炭酸カルシウム粉末を用いて、表1に示す実施例1?7、および比較例1?8の配合に従い混合して混合原料を調製した。
次に、該混合原料を用いて、一軸加圧成形機により成形し、直径40mm、高さ10mmの円柱状の原料を作製した。さらに、該円柱状の原料を、電気炉内に載置した後、昇温速度20℃/分で、表1に示す温度まで昇温し、該温度の下で10分間焼成して焼成物を得た。さらに、該焼成物を、鉄製乳鉢を用いて目開き600μmのふるいを全通するまで粉砕して、表1に示す化学組成を有する粉末状のけい酸質肥料(実施例1?7、および比較例1?8)を製造した。なお、焼成後のけい酸質肥料の化学組成は、焼成前の混合原料の化学組成と、焼成による揮発成分を除きほぼ同一であった。
【0023】
【表1】


(5)「【0024】
2.水溶性けい酸
水溶性けい酸の測定は、水-弱酸性陽イオン交換樹脂法を用いて以下の手順で行い、水溶性けい酸を測定した。
具体的には、あらかじめ水酸化ナトリウム水溶液と希塩酸を用いて逆再生処理したイオン交換樹脂(商品名:アンバーライトIRC-50[登録商標]、オルガノ社製)2gと純水1リットルを入れた樹脂製のビーカー内に、前記実施例および比較例のけい酸質肥料0.2gをそれぞれ加え、マグネチックスターラーで静かに10分間撹拌した後、10日間静置した。この10日間が経過した後、再度マグネチックスターラーで静かに10分間撹拌した後、30分間静置して上澄み液2mlをメスフラスコに分取し、塩酸(1+1)1mlを添加した後、20mlに希釈した。次に、ICP発光分析法を用いて該水溶液中のSiの濃度を定量し、SiO_(2)の濃度に換算して水溶性けい酸を測定した。この結果を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
表2に示すように、実施例1?7の焼成物(けい酸質肥料)の水溶性けい酸は16.51?21.2%と高かった。これに対し、比較例1?8のけい酸質肥料の水溶性けい酸は3.8?13.0%と低かった。なお、表2に示していないが、本発明のけい酸質肥料はりん酸成分も含むため、りん酸の施肥効果も有する。
【0027】
以上の結果から、本発明のけい酸質肥料は、水溶性けい酸を多く含むことが分かる。また、本発明のけい酸質肥料の製造方法は、熔融肥料の製造と比べて、焼成におけるエネルギー消費が少なく、ロータリーキルンを用いた場合、連続生産が可能で生産効率が高い。」
3 本件発明における「水溶性けい酸」について
(1)本件発明1の「水溶性」について検討する。水溶性とは、文字通り解釈すると、水にとけるということであるから、純水やイオン交換水といった不純物をほとんど含まない水に溶けるということとも解される。
(2)しかしながら、前記2(3)に摘記した本件特許明細書の段落【0010】に記載されているように、不純物をほとんど含まない水を用いると、けい酸質肥料が溶解することによって、水のpHが上昇してしまい、うまく溶解しなくなることから、中性(pH=7)付近で肥料中のけい酸分成分の溶解性を評価していることが分かる。
(3)そうすると、本件発明1の「水溶性けい酸」とは、前記2(3)に摘記した水-弱酸性陽イオン交換樹脂法のように、中性(pH=7)付近で肥料中のけい酸分成分の溶解性を評価されるけい酸のことと解される。

第3 特許異議申立についての判断
1 証拠の一覧
申立人が提示した証拠(以下甲第1号証を甲1などという。)は以下のとおりである。
甲1:特開2006-306696号公報
甲2:特開2004-218065号公報
甲3:国際公開第2013/002250号
甲4:特開平11-5977号公報
甲5:特開2000-140891号公報
2 甲1?甲5の記載事項
(1)甲1には次の記載がある。
ア 「【請求項1】
高炉溶銑の溶銑予備処理工程で回収されるスラグであって、SiO_(2)と、CaOと、MgOとを含有し、SiO_(2)、CaO及びMgOの合計含有量が75mass%以上であり、且つCaO、MgO及びSiO_(2)の割合が、図1に示す、点a(CaO:39.5mass%,MgO:4.0mass%,SiO_(2):56.5mass%)、点b(CaO:35.8mass%,MgO:13.0mass%,SiO_(2):51.2mass%)、点c(CaO:42.6mass%,MgO:13.0mass%,SiO_(2):44.4mass%)、点d(CaO:46.0mass%,MgO:15.5mass%,SiO_(2):38.5mass%)、点e(CaO:48.7mass%,MgO:14.4mass%,SiO_(2):36.9mass%)および点f(CaO:60.6mass%,MgO:4.0mass%,SiO_(2):35.4mass%)で囲まれる範囲内であるスラグからなることを特徴とする珪酸質肥料用原料。
・・・
【請求項7】
請求項1?6のいずれかに記載の珪酸質肥料用原料からなる又は該珪酸質肥料用原料を含むことを特徴とする珪酸質肥料。」
イ 「【0002】
珪酸質肥料は主に水稲に対する珪酸の補給を目的とした肥料であり、一般に0.5N塩酸(濃度0.5×10^(4)mol/m^(3)の塩酸水溶液)に溶解する珪酸(可溶性珪酸)を10mass%以上、アルカリ分(石灰、苦土)を35mass%以上含んでおり、水田の土壌保全や老朽水田の土壌改良剤として大量に使用されている。また、近年では珪酸質肥料が植物体を強化し、病害虫にかかり難くする作用を有することが注目されており、水稲のみならず、キュウリ等の野菜にも積極的に使用されるようになってきた。・・・」
ウ 「【0007】
また、肥料の成分は植物が生成する有機酸によって溶解・吸収されることから、従来では酸溶解性成分を肥料成分としてきたが、珪酸質肥料を多く施用している水田の環境はpH7程度の中性環境であることから、最近では肥料の溶解性もこのような環境下での溶解性で評価すべきであるという議論がある。
したがって本発明の目的は、珪酸の溶解性、特に中性環境下での溶解性が優れ、且つ石灰分が少ない珪酸質肥料を安価に得ることができる珪酸質肥料用原料及びその製造方法を提供することにある。」
エ 「【0014】
一般に珪酸質肥料中の珪酸の溶解性は、0.5mol塩酸溶液という強酸性の環境下での溶解性を測定する方法(肥料公定分析法に基づいた評価方法)で評価されているが、実際の多くの土壌はpH7程度の中性環境下であるために、珪酸質肥料は、このような中性環境下での珪酸の溶解性を高めることが重要であると考えられる。そこで本発明では、中性環境下での優れた珪酸溶解性を得るという観点から、珪酸質肥料用原料の成分組成を規定するものである。」
オ 「【0016】
このような成分組成を有する珪酸質肥料用原料は、(1)十分な珪酸含有量を有する、(2)石灰分が少ない(低塩基度)、(3) 珪酸の溶解性、特に中性環境下での溶解性が優れる、(4)植物の生育に有用なMgOを相当量含有している、(5)安価に得ることができる、という全ての要求特性を満足するものである。
珪酸質肥料の中性環境下での珪酸の溶解性は、中性リン酸緩衝液可溶性で評価することができ、中性リン酸緩衝液可溶性珪酸とは、0.02Mリン酸緩衝液(0.02M NaH_(2)PO_(4)+0.02M Na_(2)HPO_(4),pH=6.9?7.0)に可溶な珪酸を指す。本発明の珪酸質肥料用原料は、中性環境下での珪酸の優れた溶解性を確保するため、中性リン酸緩衝液可溶性珪酸を0.15mass%以上、好ましくは0.20mass%含有することが望ましい。
【0017】
なお、本発明では、中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の含有量は以下のような測定法による測定値とした。分析試料1gに0.02Mリン酸緩衝液(0.02M NaH_(2)PO_(4)+0.02M Na_(2)HPO_(4),pH=6.9?7.0)10mLを加え40℃の水槽で5時間抽出する。この抽出期間中は、抽出開始から0分,30分,60分,120分,180分,240分,300分後の計7回、試験管を横にして左右に10回往復振とうし、溶出したシリカを測定する。」
カ 「【実施例】
【0038】
Si濃度が0.15mass%の高炉溶銑に対して溶銑鍋において脱珪処理を施し、珪酸質肥料の原料となる脱珪スラグを製造した。この脱珪処理では、生成した脱珪スラグ(溶融状態)に対して、必要に応じて焼成ドロマイト(MgO源)を添加して溶融させ、脱珪スラグと融合させた。次いで、この脱珪スラグを溶銑鍋から排出し、冷却固化させた後、破砕処理して珪酸質肥料用原料である粒状物とした。
【0039】
このようにして得られた珪酸質肥料用原料の成分組成と肥料特性を表1?表4に示す。また、各実施例のCaO・MgO・SiO_(2)の三元系の組成を、本発明が規定する組成範囲とともに図4に示す。
これらによれば、本発明が規定する成分組成を満足することにより、珪酸の溶解性、特に中性環境下での溶解性が優れ、かつ石灰分が少ない珪酸質肥料用原料が得られることが判る。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
【表4】


キ 図1関連
(ア)「【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】CaO・MgO・SiO_(2)の三元系組成において、本発明が規定する組成範囲を示す図面」
(イ)「【図1】


(2)甲2には、次の記載がある。
ア 「【請求項1】
主成分がCaO、SiO_(2)、MgO、Al_(2)O_(3)からなり、CaOを40?60mass%、SiO_(2)を25?40mass%、MgOを5?15mass%、Al_(2)O_(3)を0?5mass%含み、かつCaO/SiO_(2)質量比が1.4?2.0であることを特徴とするスラグ。
【請求項2】
主成分がCaO、SiO_(2)、MgO、Al_(2)O_(3)からなり、CaOを40?60mass%、SiO_(2)を25?40mass%、MgOを5?15mass%、Al_(2)O_(3)を0?5mass%含み、かつCaO/SiO_(2)質量比が1.4?2.0であるスラグに、石炭灰が混合されていることを特徴とするスラグ。
【請求項3】
前記スラグがステンレス鋼の精錬工程で発生するスラグであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスラグ。
【請求項4】
前記石炭灰のSiO_(2)含有量が60mass%以上であることを特徴とする請求項2又は請求項3に記載のスラグ。
【請求項5】
前記スラグが冷却後、粉末状であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載のスラグ。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれかに記載のスラグを含有することを特徴とする肥料。
・・・」
イ 「【0011】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、土壌のpH5?7付近でのケイ酸溶出性が高く、そのため少量の施肥で有効であり、特に土壌中にケイ酸分を必要とする稲作等に用いられるケイ酸質肥料並びに土壌改良剤を提供することを目的とする。さらに、鉄鋼製錬の工程で発生するスラグをそのまま活用すること、或いはスラグの溶融状態で簡易な処理を行うだけで、特殊な処理を必要としないので安価に製造できるケイ酸質肥料並びに土壌改良剤を提供することを目的とする。」
ウ 「【0018】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、pH=5以上の高いpH域で高い溶出性を持つSiO_(2)を含む組成を探求した結果、非晶質ではなく、結晶質であるスラグを構成する鉱物相の中にケイ酸溶出性が高い鉱物相が存在し、特にダイカルシウムシリケート(2CaO・SiO_(2))が高いケイ酸溶出性を示すことを見出すことにより本発明をなしたものである。
【0019】
また、本発明者らは、元来は不溶出性のケイ酸のみを含有する石炭灰を溶融状態のスラグに混合すれば、冷却後のスラグがダイカルシウムシリケートを含むスラグであれば、石炭灰中のケイ酸が溶出性に変質することを見出すことにより本発明をなしたものである。」
エ 「【0022】
通常、製錬工程で発生するスラグは溶銑、溶鋼から分離された後、専用容器で徐冷されるために、結晶質の鉱物相が生成する。生成する鉱物相は溶融状態のスラグ組成に依存し、主成分がCaO、SiO_(2)、MgO、Al_(2)O_(3)からなるスラグの場合には、メルビナイト(3CaO・MgO・2SiO_(2))、ブレディガイト(7CaO・MgO・4SiO_(2))、カルシウムシリケート(CaO・SiO_(2))、ダイカルシウムシリケート、カルシウムアルミネート(CaO・Al_(2)O_(3))等の鉱物相が生成する。
【0023】
これらの鉱物相の中で、pH=5?7と高いpH域で高いケイ酸溶出性を持つ鉱物相はダイカルシウムシリケートのみであり、従来のケイカル肥料に用いられたスラグは主にカルシムシリケートおよびメルビナイトにより構成されているために、ケイ酸溶出性が低いことが確認された。
【0024】
次に、本発明者らはダイカルシウムシリケートを生成するスラグ組成条件について検討した。ダイカルシウムシリケートを生成する重要な因子はCaO/SiO_(2)質量比であり、該質量比が1.0?1.2の範囲ではカルシウムシリケートを生成するが、1.2を越えると次第にダイカルシウムシリケートを生成し始め、質量比の増大に伴い、ダイカルシウムシリケート量が増大し、含まれるSiO_(2)分のpH=5?7でのケイ酸溶出量の割合が増大する。しかし、質量比が大きくなり過ぎると、SiO_(2)の含有量自体が低下してくるために、ケイ酸溶出量自体が低下する。
【0025】
肥料に好適なダイカルシウムシリケート量を確保する条件として、CaO/SiO_(2)質量比で1.4?2.0の範囲にする必要があり、かつCaOを40?60mass%、SiO_(2)を25?40mass%、MgOを5?15mass%、Al_(2)O_(3)を0?5mass%含むスラグとする必要があることが見出された。この中で、CaOとSiO_(2)はダイカルシウムシリケート量の確保に重要であり、MgOはダイカルシウムシリケートの生成を助長するともに、肥料成分としても有効であることから、5?15mass%が必要である。Al_(2)O_(3)は少ないほど良いが、スラグには不可避的に含有されるために、0?5mass%とした。
【0026】
図1にCaOを40?60mass%、SiO_(2)を25?40mass%、MgOを5?15mass%、Al_(2)O_(3)を0?5mass%含んだ製錬工程で発生したスラグのCaO/SiO_(2)質量比とpH=5?7でのケイ酸溶出濃度の関係を示す。なお、ケイ酸溶出濃度は溶出前の蒸留水をpH=1?4の範囲に調整し、溶出操作を行った後に、水溶液のpHが5?7になった場合のみに水溶液中に含まれるケイ酸を分析した値である。図1より、CaO/SiO_(2)質量比が本発明の条件範囲である 1.4?2.0の範囲でケイ酸溶出濃度が10mass%以上の高位に安定することが確認された。」
オ 「【0039】
【実施例】
以下、本発明例および比較例に基づいて、本発明を更に詳細に説明する。表1に本発明例と比較例の水稲用の肥料を示す。本発明例のNo.1?4の肥料は全て、ステンレス鋼の精錬工程で発生したスラグより製造した。採取したスラグを必要な粒度に粒度調整した後に、ペレット状に加工した。なお、本発明例のNo.1では一部、塊状のスラグが存在したために、塊状部分を篩い分けし、粉状部分のみを肥料に利用した。
【0040】
また、本発明例のNo.5?7の肥料は全て、ステンレス鋼の精錬工程で発生したスラグに、溶融状態で石炭灰を添加した後冷却した。冷却後、No.1?4の肥料と同様に、ペレット状に加工した。
【0041】
比較例のNo.8?15もステンレス鋼精錬工程で発生したスラグより製造したが、No.9とNo.10は塊状であったために、破砕した後に肥料に製造した。比較例のNo.13?15はステンレス鋼精錬工程で発生したスラグに石炭灰を混合した。比較例のNo.16は高炉の水砕スラグ、No.17は普通鋼の転炉スラグを使用し、破砕、粒度調整を行った後に、肥料を製造した。また、比較例のNo.18は粒状の無機組成物を混合して肥料を製造した。
【0042】
【表1】


カ 「【0043】【表2】

【0044】
表2に、表1の肥料を製造するために要したコストを本発明例のNo.1を100として換算した指数で示す。また、表2には前記分析方法で分析したpH=5?7の範囲でのケイ酸の溶出濃度の分析結果および施肥効果を示す。施肥効果は同一の土壌条件およびケイ酸質肥料以外の肥料の施肥条件などは同一として、水稲を栽培し、最終的に得られた米の収量を、本発明例のNo.1を100として換算した値である。
【0045】
表2より、本発明例では粉末状のスラグを使用するために、肥料の製造コストが低位に安定しており、pH=5?7でのケイ酸溶出濃度は10%以上に高位に安定していることから、施肥の効果が十分に得られることが確認された。また、1350℃以上の溶融状態のスラグに石炭灰を添加することで、肥料の製造コストは若干、上昇するが、ケイ酸溶出濃度が上昇し、施肥の効果がさらに向上することが確認された。
【0046】
一方、比較例では粉末状のスラグを使用した場合には製造コストが安い場合もあるが、pH=5?7でのケイ酸溶出濃度が低いために、本発明例に比べ、施肥効果が十分ではないことが確認された。また、石炭灰を混合する場合には本発明の条件範囲外の条件であれば、十分な効果が得られないことが確認された。」
キ 図1関連
(ア)「【図面の簡単な説明】
【図1】スラグのCaO/SiO_(2)質量比とpH=5?7でのケイ酸溶出濃度の関係を示す図である。」
(イ)「【図1】


(3)甲3には次の記載がある。
ア 「[請求項1] 下水汚泥および/または下水汚泥由来物と、カルシウム源とを含む混合原料を焼成してなるりん酸肥料。
[請求項2] 前記下水汚泥由来物が、脱水汚泥、乾燥汚泥、炭化汚泥、下水汚泥焼却灰、および下水汚泥溶融スラグから選ばれる少なくとも1種以上であり、前記カルシウム源が炭酸カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、リン酸カルシウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、石灰石、生石灰、消石灰、セメント、鉄鋼スラグ、石膏、生コンスラッジ、廃モルタル、廃コンクリート、畜糞、発酵畜糞、乾燥畜糞、炭化畜糞、畜糞焼却灰、および畜糞溶融スラグから選ばれる少なくとも1種以上である、請求項1に記載のりん酸肥料。
[請求項3] 前記混合原料が、さらにシリカ源を含む、請求項1または2に記載のりん酸肥料。
[請求項5]
CaOの含有率が35?60質量%である、請求項1?4のいずれか1項に記載のりん酸肥料。
[請求項6]
さらにSiO_(2)の含有率が5?35質量%、P_(2)O_(5)の含有率が5?35質量%、並びに、CaO、SiO_(2)、およびP_(2)O_(5)とを除く成分の含有率が30質量%以下である、請求項5に記載のりん酸肥料。
・・・
[請求項8]
前記カルシウム源が、畜糞、発酵畜糞、乾燥畜糞、炭化畜糞、畜糞焼却灰、および畜糞溶融スラグから選ばれる少なくとも1種以上であって、CaOの含有率が35?55質量%、Ca/Pのモル比が2.0?7.5、およびAl_(2)O_(3)の含有率が19質量%以下である、請求項1?7のいずれか1項に記載のりん酸肥料。
・・・
[請求項17] 請求項1?16のいずれか1項に記載のりん酸肥料の製造方法であって、下水汚泥および/または下水汚泥由来物とカルシウム源を混合して、または、さらにシリカ源を混合して、混合原料を得る混合工程と、該混合原料を焼成炉を用いて1150?1350℃で焼成し、焼成物であるりん酸肥料を得る焼成工程とを含む、りん酸肥料の製造方法。
・・・
[請求項19] 前記焼成炉がロータリーキルンである、請求項17または18に記載のりん酸肥料の製造方法。」
イ 「[0014] 本発明のりん酸肥料は、以下の効果を奏することができる。
(i)りん酸のく溶率およびけい酸の可溶率が高い。
(ii)下水汚泥焼却灰等の再資源化により、天然のリン資源を節約することができる。
(iii)カルシウム源およびシリカ源に、畜糞や生コンスラッジ等の廃棄物を用いる場合、廃棄物を資源化するとともに、天然のカルシウム源およびシリカ源を節約することができる。
また、本発明のりん酸肥料の製造方法は、以下の効果を奏することができる。
(i)溶融法と比べエネルギー消費が少ないため、省エネルギーに寄与することができる。
(ii)焼成炉にロータリーキルンを用いる場合、連続生産が可能となり生産効率が高くなる。
(iii)混合原料を造粒して用いる場合、りん酸肥料の収率が向上する。」
ウ 「[0017]1.りん酸肥料の混合原料
該混合原料は、下水汚泥および/または下水汚泥由来物(以下「下水汚泥等」という。)とカルシウム源とを必須の原料として含み、さらにシリカ源等を任意の原料として含むものである。一般に、下水汚泥等はカルシウムの含有率が低いため、カルシウム源を混合してりん酸肥料中のカルシウムを補う必要がある。下水汚泥等とカルシウム源を焼成すると、得られた焼成物(りん酸肥料)のりん酸のく溶率およびけい酸の可溶率が高くなる。・・・」
エ 「[0025](3)シリカ源およびマグネシウム源
一般に、下水汚泥等はSiO_(2)を多く含むため、通常、シリカ源を添加する場合は少ないが、SiO_(2)が少ない場合はシリカ源を補う必要がある。
シリカ源は、珪石、珪砂、砂、珪藻土、シラス、生コンスラッジ、廃モルタル、廃コンクリート、酸性火山灰、酸性火山岩、およびケイ酸カルシウムから選ばれる少なくとも1種以上が挙げられる。・・・」
オ 「[0026]2.りん酸肥料の特性
(1)りん酸肥料中のCaO等の含有率
本発明のりん酸肥料中のCaOの含有率は、好ましくは35?60%である。該値が前記範囲であれば、りん酸肥料中のりん酸のく溶率は60%以上、およびけい酸の可溶率は40%以上と高くなる。また、CaOの含有率が60%を超えるとりん酸肥料中の全りん酸が相対的に低くなって施肥効果が低下したり、農地に施肥した場合に土壌のpHが高くなり植物の生育を阻害するおそれがある。
また、本発明のりん酸肥料の化学組成は、より好ましくは、前記のCaOの含有率(35?60%)に加えて、SiO_(2)の含有率が5?35%、P_(2)O_(5)の含有率が5?35%、並びに、CaO、SiO_(2)およびP_(2)O_(5)を除く成分が30%以下である。SiO_(2)およびP_(2)O_(5)等の含有率が前記範囲であれば、けい酸およびりん酸の加給性に優れた肥料を製造することができる。
ここで、前記のCaO、SiO_(2)およびP_(2)O_(5)を除く成分として、例えば、Al_(2)O_(3)、MgO、Fe_(2)O_(3)、Na_(2)O、およびK_(2)Oなどが挙げられる。また、前記のCaO等を除く成分の含有率は下記式により与えられる。これらは、後記においても同様である。
CaO等を除く成分の含有率(%)=100-CaOの含有率(%)-SiO_(2)の含有率(%)-P_(2)O_(5)の含有率(%)」
カ 「[0028]なお、前記りん酸のく溶率とは、りん酸肥料中の全りん酸に対するく溶性りん酸の質量比(%)であり、前記けい酸の可溶率とは、りん酸肥料中の全けい酸に対する可溶性けい酸の質量比(%)である。く溶性りん酸量は肥料分析法(農林水産省 農業環境技術研究所法)に規定されているバナドモリブデン酸アンモニウム法により、可溶性けい酸量は同法に規定されている過塩素酸法により測定することができる。なお、原料やりん酸肥料中の酸化物の定量は、蛍光X線装置を用いてファンダメンタルパラメーター法により行うことができる。」
キ 「[0031](3)りん酸肥料中のSiO_(2)/Al_(2)O_(3)のモル比等
前記りん酸肥料は、好ましくは、SiO_(2)/Al_(2)O_(3)のモル比が2.5以上である。該モル比が2.5以上であれば、焼成がより容易になる。」
ク 「[0044](2)焼成工程
該工程は、前記混合原料(後記の造粒物を含む。)を、焼成炉を用いて1150?1350℃で焼成し、焼成物であるりん酸肥料を得る工程である。前記温度範囲内で焼成したりん酸肥料は、りん酸のく溶率やけい酸の可溶率等が高い。該焼成温度は、好ましくは1200?1300℃である。
また、焼成時間は10?90分が好ましく、20?60分がより好ましい。該時間が10分未満では焼成が不十分であり、90分を超えると生産効率が低下する。
焼成炉としてロータリーキルンや電気炉等が挙げられる。これらのうち、ロータリーキルンは連続生産に適するため好ましい。」
ケ 「[0050] 以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.実施例1?53、比較例1?11、参考例
(1)電気炉によるりん酸肥料の製造(実施例1?30、比較例1?6、参考例)
表1に示す化学組成を有する下水汚泥焼却灰(a1、a2)と、カルシウム源として、工業用試薬のりん酸三カルシウム(c1)、および純度99%の炭酸カルシウム(c2)を用い、表2に示す実施例1?30、および比較例1?6の配合に従い計量した後、内径80mm、長さ100mmの樹脂製小型ミルに原料を10g、および直径10.7mmのジルコニアボールを300g投入して5分間混合し混合原料を調製した。
次に、該混合原料を用いて、一軸加圧成形機により成形し、直径15mm、高さ20mmの円柱状の混合原料を作製した。
さらに、該円柱状の混合原料を電気炉内に載置した後、昇温速度20℃/分で表2に示す温度まで昇温し、該温度の下で10分間焼成して焼成物を得た。さらに、該焼成物を、鉄製乳鉢を用いて目開き212μmのふるいを全通するまで粉砕して、粉末状のりん酸肥料(実施例1?30、比較例1?6)を製造した。また、参考例として、下水汚泥焼却灰(a1)のみを原料に用いて、前記と同様の方法によりりん酸肥料を製造した。該りん酸肥料の化学組成を表2に示す。
[0051](2)ロータリーキルンによるりん酸肥料の製造(実施例31?53、比較例7?11)
表1に示す化学組成を有する下水汚泥焼却灰(a1?8)と、カルシウム源として石灰石粉末(c3)を用い、表2と表3に示す実施例31?53、および比較例7?11の配合に従い計量した後、バッチ式混合機(ハイスピーダー SM-150型、太平洋工機社製)を用いて混合原料を調製した。
次に、該混合原料を用いて、ロールプレス機により乾式で成形し、フレーク状の混合原料を調製した。
さらに、該混合原料を、内径450mm、長さ8340mmのロータリーキルンを用いて、表2および表3に示す温度で、キルン内の平均滞留時間が40分で焼成して焼成物を得た。
さらに、該焼成物を、鉄製乳鉢を用いて、目開き212μmのふるいを全通するまで粉砕して、粉末状のりん酸肥料(実施例31?53、比較例7?11)を製造した。該りん酸肥料の化学組成を表2と表3に示す。
[0052] (3)く溶性りん酸および可溶性けい酸の測定等
りん酸肥料中のく溶性りん酸、および可溶性けい酸の測定は、それぞれ、肥料分析法(農林水産省農業環境技術研究所法)に規定されているバナドモリブデン酸アンモニウム法、および同法に規定されている過塩素酸法により行った。また、これらの測定値から、りん酸のく溶率、およびけい酸の可溶率を算出した。その結果を表2と表3に示す。
[0053] なお、本発明の実施例および比較例において、以下の事項が共通する。
(i)原料および焼成物中の化学組成は、蛍光X線ファンダメンタルパラメーター法により測定した。
(ii)各表中の酸化物の質量比のA、B、およびCは、それぞれ、CaOとP_(2)O_(5)とを除く成分、CaO、およびP_(2)O_(5)を表わす。
(iii)焼成後のりん酸肥料の化学組成は、焼成前の混合原料の化学組成と、焼成による揮発成分を除きほぼ同一であった。
(iv)各表中のCaO、P_(2)O_(5、)およびSiO_(2)の含有率は、混合原料およびりん酸肥料(焼成物)中の各酸化物の含有率である。
[0054][表1]

[0055][表2]

[0056][表3]


コ 「[0057](4)表2および表3に示す結果について
表2および表3に示すように、CaOの含有率が35?60%である本発明のりん酸肥料(実施例1?53)は、りん酸のく溶率が60%(実施例16)?100%(実施例12等)、けい酸の可溶率が42%(実施例37)?100(実施例3等)といずれも高かった。特に、図1および図2の三角線図に示す範囲内にある、実施例12、31、32および53のりん酸のく溶率およびけい酸の可溶率は、いずれも100%であった。
これに対し、比較例1?11のりん酸肥料は、りん酸のく溶率が44%(比較例4)?75%(比較例1)で、けい酸の可溶率は8%(比較例5)?30%(比較例11)であり、特に、けい酸の可溶率が低かった。
また、りん酸肥料中のSiO_(2)/Al_(2)O_(3)のモル比が2.5以上であれば、より低い温度で焼成することができ焼成がより容易であった。」
(4)甲4には次の記載がある。
ア 「【請求項1】 珪酸カルシウム水和物を主たる構成物とし、かつ処理水中のリンをカルシウムとの化合物であるアパタイトとして固定した使用済脱リン材を含む使用済脱リン材を利用した農業用土壌改良材。
【請求項2】 石灰、苦土または苦土石灰を含む農業用土壌改良材が、上記使用済脱リン材を60?95重量%含む請求項1に記載の使用済脱リン材を利用した農業用土壌改良材。
【請求項3】 珪酸カルシウム水和物を主たる構成物とし、かつ処理水中のリンをカルシウムとの化合物であるアパタイトとして固定した使用済脱リン材を含む使用済脱リン材を利用した珪酸質肥料。
【請求項4】 鉱滓およびまたは珪酸カルシウム水和物を含む珪酸質肥料に、上記使用済脱リン材を30重量%以上含ませた請求項3に記載の使用済脱リン材を利用した珪酸質肥料。」
イ 「【0003】特に、リン吸着材による脱リン処理は、凝集沈降分離のようなスラッジの回収処理が不必要であり、富栄養化現象の防止策として有効な手段であると考えられる。このリン吸着材(以下、「脱リン材」)としては、従来、特開昭62-183898号公報に記載されているものが知られている。このものは、トバモライト系水和物を主要鉱物とした独立気泡を有する多孔質処理材である。これは、アルミニウム粉末などの気泡剤を使用して空隙を造るためである。
【0004】上記脱リン材を用いて脱リン効果を調べた結果、リンは、気泡内部に成長したトバモライト水和物を析出サイトとして、アパタイト(リン灰石)の形で固定されていることが分かった。なお、このアパタイトの析出は、リン溶液が直接に接する硬化体の表面近傍でのみ旺盛であった。従来、こうして処理水の脱リンに利用された使用済脱リン材は、産業廃棄物として廃棄処分されていた。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】ところで、このように河川中に含まれるリンをアパタイトして固定した使用済脱リン材は、その主要構成鉱物が珪酸カルシウム水和物で、またその表面近傍にリンがアパタイトとして吸着されている。したがって、この使用済みの脱リン材の組成分は、主にカルシウム、珪素、リンとなる。さて、近年においては、農業用の珪酸質肥料として、珪酸カルシウム水和物を主体とした材料が多用されている。これは、上記脱リン材と同様の構成鉱物から成っている。また、使用済脱リン材が含有するリンは、例えば農地などにおいて、野菜や穀物を成長させるための重要な微量摂取鉱物の一つであることは、周知のことである。
【0006】そこで、この発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、それまで産業廃棄物として廃棄処分されていた使用済脱リン材を、有用なリン成分を含む農業用土壌改良材や珪酸質肥料として充分にリサイクルできることを見出し、この発明を完成するに至った。」
ウ 「【0013】請求項3に記載の発明は、珪酸カルシウム水和物を主たる構成物とし、かつ処理水中のリンをカルシウムとの化合物であるアパタイトとして固定した使用済脱リン材を含む使用済脱リン材を利用した珪酸質肥料である。珪酸質肥料として、農地や芝地などに散布される使用済脱リン材の大きさ(略球体の場合の直径)は、0.5?15mm、特に1.0?10mmが好ましい。0.5mm未満では土壌への有効成分の溶出が早すぎて、効果が長く続かない。15mmを超えると効果の現出が遅くなる。使用済脱リン材中におけるリンの含有率は2%以上、特に4%以上が好ましい。2%未満ではリンの土壌への溶出が十分には期待できない。
【0014】使用済脱リン材が含有する珪酸カルシウム水和物の種類や、使用済脱リン材の基体である脱リン材の種類などは、農業用土壌改良材の場合と同様である。なお、珪酸質肥料は、例えばゴルフ場の芝や花壇の花、樹木用の肥料として使用できる。この使用済脱リン材は、単独で珪酸質肥料として使用してもよいし、既存の珪酸質肥料に混ぜ合わせて使用してもよい。」
(5)甲5には、次の記載がある。
ア 「【請求項1】 下水処理場において、水処理系統より排出される汚泥を、嫌気性雰囲気下で処理して汚泥中のリン分を放出させ、この汚泥を濃縮汚泥と濃縮分離液とに分離し、該濃縮汚泥を脱水して脱水汚泥と脱水分離液とに分離し、該脱水分離液と上記濃縮分離液とに含まれているリン分を回収することを特徴とする汚泥中のリン分回収方法。」
イ 「【0009】また、上記濃縮汚泥を嫌気性消化槽で消化した後、脱水装置で脱水汚泥と脱水分離液とに分離する。上記濃縮分離液と脱水分離液は、何れも汚泥より放出されたリン分(正リン酸イオン)を溶解しており、この溶液(以下原水という)中のリン分(正リン酸イオン)を脱リン材、例えば、本出願人が先に開示した特開平10-34167号公報記載の脱リン材を用いて回収するものである。その他の回収方法としては、リン鉱石や骨炭を種結晶を用いる晶析法およびリン酸アンモニウムマグネシウム結晶物として回収する方法なども用いることが出来る。上記脱リン材を用いる方法は、石灰質原料と珪酸質原料とを主原料とし、これに水と起泡剤を加えて高温高圧養生して製造したALC、または珪酸カルシウム水和物を脱リン材として用いる方法である。」
ウ 「【0016】
【発明の効果】本発明のリン分回収方法およびその装置は、下水を処理した際に発生する余剰汚泥または生汚泥と余剰汚泥の混合汚泥を、嫌気性消化槽で消化する際、前もって汚泥中のリン分濃度を下げているので、上記消化槽で発生する消化汚泥を、次の脱水装置に輸送する管内にリン酸アンモニウムマグネシウムの結晶が生成し、この輸送管を詰まらせる可能性が少なくなった為、安定した操業が確保でき、汚泥処理全体の処理効率を向上させることが出来るようになる。更に、本発明においては、余剰汚泥または混合汚泥を消化することなく、活汚泥よりリン分を放出させるため、短時間の内にリン分の放出が行われるので、放出槽の設置面積を小さくすることとが出来る。従って、既設の設備にも容易に増設することが出来る。また濃縮分離液と脱水分離液中のリンを回収する際に、この液中添加するカルシウムイオン量とpH値を所定の値内に制御することにより、長期間高効率に脱リン材を使用することが出来る。使用後の脱リン材は、産業廃棄物として破棄することなく、珪酸質肥料、リン酸質肥料として、再利用することが出来る。・・・」
3 甲1を主引用例とした検討
(1)甲1発明について
ア 前記2(1)カに摘記した甲1の【表1】及び【表2】に記載されたNo.15に注目し、珪酸質肥料用原料の主要な成分であるCaO、SiO_(2)、Al_(2)O_(3)の含有量について記載すると、次の発明(以下「甲1発明」という。)が認定できる。
イ 甲1発明の認定
「CaOを38.4質量%、SiO_(2)を28.7質量%、Al_(2)O_(3)を5.7質量%含有し、次の肥料特性を有する珪酸質肥料用原料。可溶性珪酸が28.5質量%(可溶率99.2%)存在し、中性リン酸緩衝液可溶性珪酸が0.25質量%(可溶率0.87%)存在する。」
(2)本件発明1との対比
ア 甲1発明の可溶性珪酸について
甲1発明の「可溶性珪酸」とは、前記2(1)イに摘記した甲1の段落【0002】に「0.5N塩酸(濃度0.5×10^(4)mol/m^(3)の塩酸水溶液)に溶解する珪酸(可溶性珪酸)」と記載されているように、可溶性珪酸は0.5N塩酸に溶解する珪酸を指すものと認められる。
イ 甲1発明の中性リン酸緩衝液可溶性珪酸について
甲1発明の「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸」とは、前記2(1)オに摘記した甲1の段落【0017】に測定方法が記載されているように、緩衝液を用いることにより、中性(pH=7)付近でけい酸成分を溶解させていることが読み取れる。
ウ そうすると、前記第2、3で検討したように本件発明1の「可溶性けい酸」と対比されるのは、前記イの中性リン酸緩衝液可溶性珪酸である。
エ 甲1発明の「珪酸質肥料用原料」は、他の肥料原料と混合することなく、そのまま肥料として使うことも想定されていることが甲1から読み取れる。
(3)一致点・相違点
以上から、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
ア 一致点
「CaO、SiO_(2)、及びAl_(2)O_(3)を含有するけい酸質肥料」である点。
イ 相違点1-1
本件発明1では、CaO、SiO_(2)、Al_(2)O_(3)が、(A)式を満たす旨特定されているのに対し、甲1発明ではそのような特定がない点。
ウ 相違点1-2
本件発明1では、水溶性けい酸の含有率が20.8%以上と特定されているのに対して、甲1発明においては、水溶性けい酸の含有率は規定されておらず、中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率が0.87%である点。
(4)相違点についての判断
事案に鑑み、まず、相違点1-2について検討する。
ア 甲1発明における「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」が、本件発明1で規定される水溶性けい酸の含有量に対応するとしても、本件発明1では、その数値は20.8%以上であり、甲1発明のその数値よりも10倍以上大きいものであるところ、本件発明1のような数値とするために、甲1発明の成分をどのようなものとすれば、「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」を10倍以上大きくすることができるのか、甲1?甲5の記載をみても不明である。また、本件の出願前に「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」とけい酸質肥料(珪酸質肥料用原料)の成分との関係は当業者にとって明らかなことであるとはいえない。
そうすると、上記相違点1-2は実質的な相違点であり、また、甲1発明において、上記相違点1-2に係る本件発明1の発明特定事項を備えることは、当業者であっても容易になし得ることということはできない。
イ 前記2(1)ウに摘記したように甲1の段落【0007】に、「したがって本発明の目的は、珪酸の溶解性、特に中性環境下での溶解性が優れ、且つ石灰分が少ない珪酸質肥料を安価に得ることができる珪酸質肥料用原料及びその製造方法を提供すること」と記載されていて、仮に、それが「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」を高めることを意味するものだとしても、上述したように、具体的にどのような手段で甲1発明における「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」を向上させるかは甲1?甲5には記載も示唆も見当たらない。
ウ 本件発明1は、「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」が20.8%であることにより、土壌へのけい酸の補給や酸性土壌の矯正等において、「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」が小さいものと比較して、施肥の量が少なくて済むという格別顕著な作用効果を奏するものである。
エ したがって、相違点1-1について検討するまでもなく、本件発明1は甲1に記載された発明であるということはできず、また、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと言うことはできない。
また、申立人は上記甲1発明とは異なる甲1発明に基づいた主張をしているところ、甲1発明を申立人が主張するように認定できたとしても、依然として上記相違点1-2は存在することから、申立人が主張する甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと言うことはできない。
(5)申立人の主張に対して
申立人は、水溶性けい酸は多ければ多いほど良いから、相違点1-2は当業者が容易に想到しうると主張していると解される。
しかしながら、前記2(1)カに摘記した甲1のNo.15以外のNo.1?14及び16?30のいずれの例をみても、「中性リン酸緩衝液可溶性珪酸の可溶率」は1%を下回るものである。このことは、甲1に記載された「珪酸の溶解性、特に中性環境下での溶解性が優れ」るものとするための技術を用いても、可溶率を20.8質量%以上とすることができないことを意味すると解される。したがって、申立人の主張は採用できない。
(6)本件発明2?4についての判断
本件発明2?4は、本件発明1に係るけい酸質肥料を製造する方法の発明であるから、本件発明1と同様に、甲1発明であるということはできず、また、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明ということはできない。
4 甲2を主引用例とした検討
(1)甲2発明について
ア 前記2(2)アに摘記した甲2の請求項1を引用する請求項6から次の発明(以下「甲2発明」という。)が認定できる。
イ 甲2発明の認定
「主成分がCaO、SiO_(2)、MgO、Al_(2)O_(3)からなり、CaOを40?60mass%、SiO_(2)を25?40mass%、MgOを5?15mass%、Al_(2)O_(3)を0?5mass%含み、かつCaO/SiO_(2)質量比が1.4?2.0であるスラグを含有する肥料。」
(2)本件発明1との対比
前記2(2)イに摘記した甲2の段落【0011】に「ケイ酸質肥料」と記載されていることから、甲2発明に係る肥料は、ケイ酸質肥料であるといえる。
(3)一致点・相違点
以上から、本件発明1と甲2発明との一致点、相違点は以下のとおりである。
ア 一致点
「CaO、SiO_(2),およびAl_(2)O_(3)を含有するけい酸質肥料」である点。
イ 相違点2-1
本件発明1では、CaO、SiO_(2)、Al_(2)O_(3)が、(A)式を満たす旨特定されているのに対し、甲2発明ではそのような特定がない点。
ウ 相違点2-2
本件発明1では、水溶性けい酸の含有率が20.8%以上と特定されているのに対して、甲2発明では、そのような特定がない点。
(4)相違点についての判断
事案に鑑み、まず、相違点2-2について検討する。
ア 前記2(2)エに摘記した甲2の段落【0026】には、ケイ酸溶出に関して、「ケイ酸溶出濃度は溶出前の蒸留水をpH=1?4の範囲に調整し、溶出操作を行った後に、水溶液のpHが5?7になった場合のみに水溶液中に含まれるケイ酸を分析した値である。」と記載されている。
イ 蒸留水には、不純物は含まれないものであり、そのpHは7であるから、前記アの「pH=1?4の範囲に調整」という記載は、何らかの強酸を添加していると読み取れるから、甲2に明記はされていないものの、前記3(2)アにおいて認定した甲1の「可溶性珪酸」と同様に塩酸を用いて溶出するケイ酸を測定しているものと解される。
ウ そして、前記アに記載したように甲2における珪酸濃度の測定は、「水溶液のpHが5?7になった場合」に測定するということは、測定時には濃度が経時的に変化しないことが前提となっているはずであるから、pH=5?7の状態においては、珪酸の流出が止まっていると解される。
エ 相違点2-2に係る「水溶性けい酸」は、前記第2、3(3)において検討したように、水-弱酸性陽イオン交換樹脂法のように、中性(pH=7)付近で肥料中のけい酸分成分の溶解性を評価されるけい酸のことであるから、前記ウにおいて検討したように、甲2発明においては、中性(pH=7)付近で溶出する珪酸は存在しないことになる。
オ そうすると、前記3(4)における相違点1-2についての検討と同様に、相違点2-2は実質的な相違点であって、また、当業者が容易に想到しうるものということはできない。
(5)本件発明2?4について
本件発明2?4は、本件発明1に係るけい酸質肥料を製造する方法の発明であるから、本件発明1と同様に、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明ということはできない
5 甲3を主引用例とした検討
(1)甲3発明について
ア 前記2(3)アに摘記した甲3の請求項1を引用する請求項5を引用する請求項6を更に引用する請求項8から次の発明(以下「甲3発明」という。)が認定できる。
イ 甲3発明の認定
「SiO_(2)の含有率が5?35質量%、P_(2)O_(5)の含有率が5?35質量%、並びに、CaO、SiO_(2)、およびP_(2)O_(5)とを除く成分の含有率が30質量%以下であり、
CaOの含有率が35?55質量%、Ca/Pのモル比が2.0?7.5、およびAl_(2)O_(3)の含有率が19質量%以下である
下水汚泥および/または下水汚泥由来物と、カルシウム源とを含む混合原料を焼成してなるりん酸肥料。」
(2)本件発明1との対比
甲3発明は、りん酸肥料であるが、SiO_(2)の含有率が5?35質量%であるから、けい酸質肥料であるともいえる。
(3)一致点・相違点
以上から、本件発明1と甲3発明との一致点、相違点は以下のとおりである。
ア 一致点
「CaO、SiO_(2),およびAl_(2)O_(3)を含有するけい酸質肥料」である点。
イ 相違点3-1
本件発明1では、CaO、SiO_(2)、Al_(2)O_(3)が、(A)式を満たす旨特定されているのに対し、甲3発明ではそのような特定がない点。
ウ 相違点3-2
本件発明1では、水溶性けい酸の含有率が20.8%以上と特定されているのに対して、甲3発明では、そのような特定がない点。
(4)相違点についての判断
事案に鑑み、まず相違点3-2から検討する。
ア 前記2(3)カに摘記した甲3の段落[0028]には、「前記けい酸の可溶率とは、りん酸肥料中の全けい酸に対する可溶性けい酸の質量比(%)である。く溶性りん酸量は肥料分析法(農林水産省 農業環境技術研究所法)に規定されているバナドモリブデン酸アンモニウム法により、可溶性けい酸量は同法に規定されている過塩素酸法により測定することができる。」と記載されているように、甲3に記載された「けい酸の可溶率」とは、過塩素酸を用いてけい酸を溶出されるものである。
イ 相違点3-2に係る「水溶性けい酸」は、前記第2、3(3)において検討したように、水-弱酸性陽イオン交換樹脂法のように、中性(pH=7)付近で肥料中のけい酸分成分の溶解性を評価されるけい酸のことであるから、甲3に記載された「けい酸の可溶率」とは異なるものである。
ウ そうすると、甲3発明における「水溶性けい酸」の量は、不明である。そして、申立人は、甲1及び甲2に記載された水溶性けい酸を増加させるという記載に基づいて相違点3-2は当業者が容易に想到しうると主張しているが、前記3、4において、甲1及び甲2について検討したように、水溶性けい酸の含有率を20.8%以上とすることは記載も示唆もされていないから、相違点3-2は当業者が容易に想到しうるものではない。
(5)本件発明2?4について
本件発明2?4は、本件発明1に係るけい酸質肥料を製造する方法の発明であるから、本件発明1と同様に、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明ということはできない
6 小括
以上のとおり、本件発明1は、甲1発明、甲2発明と同一ではなく、また、本件発明1?4は、甲1発明、甲2発明、甲3発明のいずれに基づいても当業者が容易に発明をすることができたものといえないから、本件発明1?4に係る発明を取り消すことはできない。

第4 むずび
特許異議の申立の理由及び証拠によっては、本件発明1?4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-10-13 
出願番号 特願2016-178178(P2016-178178)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C05D)
P 1 651・ 121- Y (C05D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小久保 敦規  
特許庁審判長 川端 修
特許庁審判官 門前 浩一
瀬下 浩一
登録日 2020-12-04 
登録番号 特許第6804132号(P6804132)
権利者 太平洋セメント株式会社
発明の名称 けい酸質肥料およびその製造方法  
代理人 新井 範彦  

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