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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B05D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B05D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B05D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B05D
管理番号 1379831
異議申立番号 異議2020-700615  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-19 
確定日 2021-10-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6649797号発明「被膜形成方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6649797号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6649797号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯
特許第6649797号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成28年2月24日(優先権主張 平成27年2月27日)を出願日とする出願であって、令和2年1月21日にその特許権の設定登録(請求項の数5)がされ、同年2月19日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和2年 8月19日 :特許異議申立人 金山 愼一(以下、「特許異 議申立人」という。)による請求項1ないし5 に係る特許に対する特許異議の申立て
同年11月30日付け:取消理由通知書
令和3年 1月28日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求
同年 2月 5日付け:特許異議申立人に対する特許法第120条の5 第5項に基づく通知
同年 5月 7日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 7月14日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求

なお、令和3年1月28日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
また、令和3年2月5日付けで特許異議申立人に対してなされた特許法第120条の5第5項に基づく、訂正請求があった旨の通知に対して、特許異議申立人から何ら応答がなく、かつ下記「第2 訂正の適否について」にあるように、同年7月14日になされた特許権者による訂正請求によって特許請求の範囲が相当程度減縮され、事件において提出された全ての証拠や意見等を踏まえて更に審理を進めたとしても特許を維持すべきとの結論となると当審が判断したため、後者の訂正請求に対し、同法同条第5項ただし書における特別の事情と認め、特許異議申立人に対して同法同条第5項の通知を行っていない。

第2 訂正の適否について
1 訂正の内容
令和3年7月14日にされた訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の訂正事項1のとおりである。なお、下線は、訂正箇所について付したものである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「第1工程として浸透性吸水防止材を塗付した後、」との記載を、
「第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、」に訂正し、
更に、
「上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含むことを特徴とする被膜形成方法。」との記載を、
「上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含み、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないことを特徴とする被膜形成方法。」
に訂正する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし5も同様に訂正する。

(2)一群の請求項について
訂正前の請求項2ないし5は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、訂正前の請求項1ないし5は、一群の請求項に該当するものである。そして、訂正事項1は、それらについてされたものであるから、一群の請求項ごとにされたものであり、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

2 訂正の適否についての検討
訂正事項1に係る訂正は、請求項1に係る第1工程において無機質材料の表面に対して塗布する「浸透性吸水防止材」に関し、本件特許明細書の段落【0015】に「<第1工程> 本願発明における第1工程の浸透性吸水防止材は、吸水防止効果が発揮可能な材料であれば特に制限されず使用でき、例えば、・・・加水分解性シラン化合物及び/またはその縮合物を主成分として含むシラン系浸透性吸水防止材、等が挙げられる。本発明では、シラン系浸透性吸水防止材が好ましく使用できる。」と記載される「シラン系浸透性吸水防止材」に、更に限定するものであり、また、該シラン系浸透性吸水防止材につき、本件特許明細書の段落【0018】の「本発明では特に、主成分となる化合物として、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を0.1?50重量%・・・含有するものが好ましい。」と記載される「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含」むものに限定するとともに、「シリコン系樹脂を含まない」ものとする、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、請求項1に係る本件訂正は、上述のように願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
また、上記訂正に伴う、請求項1の従属請求項である請求項2ないし5に係る訂正も同様である。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2のとおりであるから、訂正後の本件特許の請求項1ないし5に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明5」といい、まとめて「本件特許発明」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルションを含む被覆材(ただし、顔料容積濃度が30%以上のものを除く)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含み、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項2】
上記合成樹脂エマルションは、ガラス転移温度が10?60℃であることを特徴とする請求項1記載の被膜形成方法。
【請求項3】
上記合成樹脂エマルションは、平均粒子径が120nm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の被膜形成方法。
【請求項4】
上記合成樹脂エマルションは、シリコン変性アクリル樹脂エマルションであることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の被膜形成方法。
【請求項5】
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に3?70重量%である請求項1?4のいずれかに記載の被膜形成方法。」

第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
特許異議申立人が提出した特許異議申立書において主張する特許異議申立理由の概要は、次のとおりである。

1 申立理由1(甲第1号証を根拠とする新規性欠如)
本件特許発明1ないし5は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 申立理由2(甲第1号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし5は、甲第1号証に記載された発明を主たる引用発明とし、それに基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 申立理由3(甲第5号証を根拠とする新規性欠如)
本件特許発明1、2及び5は、甲第5号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

4 申立理由4(甲第5号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし5は、甲第5号証に記載された発明を主たる引用発明とし、それに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

5 申立理由5(甲第6号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし5は、甲第6号証に記載された発明を主たる引用発明とし、それに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

6 申立理由6(サポート要件違反)
本件特許発明1ないし5についての特許は、以下の理由で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1)申立理由6-1
本件特許発明1の第1工程で塗布される「浸透性吸水防止剤」について、本件特許の請求項1には物質が特定されていない。
下塗塗料によっては、層間密着性が左右され、耐久性が劣る場合があるため、本件特許明細書の実施例で効果を確かめた「ヘキシルトリメトキシシラン」以外の機能的にも構造的にも異なる、極めて多種類の浸透性吸水防止材は、いかなるものであっても、下塗塗料として、本件特許発明の課題、特に耐久性を解決するとは考えられないから、本件特許発明1ないし5は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(2)申立理由6-2
本件特許発明1の第2工程で塗布される被覆材に含まれる合成樹脂エマルションにおける合成樹脂を構成するシクロヘキシルメタクリレートについて、本件特許の請求項1にはその含有量が特定されていない。
本件特許明細書の段落【0026】には「本発明の合成樹脂エマルションの固形分中に、3?70重量%(より好ましくは5?50重量%、さらに好ましくは8?40重量%)であることが好ましい。」と記載され、また、実施例で効果を確かめた含有量は、6、10及び20重量%であるから、当業者が本件特許明細書を見た際、6重量%より低い含有量及び20重量%よりも高い含有量のものでは、実施例と同様に本件特許発明の課題を解決することができるか不明であるから、本件特許発明1ないし5は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

7 申立理由7(実施可能要件違反)
本件特許発明1ないし5についての特許は、以下の理由で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1) 申立理由7-1
上記申立理由6-1と同じ理由により、本件特許発明1ないし5は、詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

(2) 申立理由7-2
上記申立理由6-2と同じ理由により、本件特許発明1ないし5は、詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

8 証拠方法
特許異議申立人は、証拠として、以下の文献等を提出する。文献の表記は、特許異議申立書の記載に基づく。以下、甲各号証の番号に応じて、甲第1号証を「甲1」などという。
・甲第1号証:特開2005-305327号公報
・甲第2号証:特開2001-270028号公報
・甲第3号証:特開2003-105254号公報
・甲第4号証:特開2006-241427号公報
・甲第5号証:特開2000-160095号公報
・甲第6号証:特開昭63-256581号公報
・甲第7号証:特開2007-268386号公報
・甲第8号証:特開平6-321666号公報
・甲第9号証:特開昭63-312369号公報
・甲第10号証:特開2002-316093号公報
・甲第11号証:特開平6-122734号公報

第5 取消理由(決定の予告)の概要
当審が令和3年5月7日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)は、概略以下のとおりである。

・取消理由2(甲1を主引用文献とする進歩性欠如)
本件特許の本件訂正前の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

第6 取消理由(決定の予告)についての当審の判断
当審は、以下に述べるように、令和3年7月14日にされた訂正請求によって訂正された請求項1ないし5に係る特許は、取消理由2(甲1を主引用文献とする進歩性欠如)によっては、取り消すことはできないと判断する。

1 甲1の記載事項等
(1)甲1の記載事項
甲1には、「無機基材の遮熱性塗膜形成方法」に関し、以下の事項が記載されている(下線は当審において付与した。以下同様。)。

・「【請求項1】
(1)無機基材表面に、平均1次粒子径が400?2,000nmの範囲内の二酸化チタン(A)及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(I)を塗装し、乾燥する工程、及び
(2)工程(1)で得られた該塗料(I)の乾燥塗膜上に、平均1次粒子径が400nm未満の二酸化チタン(B)及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(II)を塗装し、乾燥する工程、を含むことを特徴とする無機基材の遮熱性塗膜形成方法。
【請求項2】
無機基材表面が、シーラーが塗装、乾燥されているものである請求項1に記載の無機基材の遮熱性塗膜形成方法。」

・「【0001】
本発明は、無機基材の遮熱性塗膜形成方法及び該方法により無機基材上に遮熱性塗膜が形成されてなる塗装体に関する。
・・・
【0004】
しかしながら、シリコン系樹脂エマルションを含有する水性塗料を、無機基材に1コートとして使用した場合には、上記性能を満足する塗膜を形成することが困難であるという問題があった。
・・・
【0007】
本発明の目的は、無機基材上に、防水性、耐ブロッキング性、耐候性、耐エフロレッセンス性、耐凍害性等の性能及び仕上がり外観に優れ、さらに遮熱性の高い塗膜を、水性塗料により形成できる方法、並びに該方法により得られる塗装体を提供することにある。」

・「【0030】
本発明方法においては、上記無機基材が、水性無機系塗料(I)の付着性の観点から、シーラーにより処理されていることが望ましい。また、シーラーとしては、無機基材の養生後に塗装する養生後シーラーとして使用することが好ましい。
【0031】
シーラーとしては、具体的には、例えば、アクリル系樹脂、ビニル系樹脂、エポキシ系樹脂、天然ゴム系樹脂、合成ゴム系樹脂、シリコン系樹脂、弗素系樹脂、ポリエステル系樹脂、及びこれらの変性樹脂等の樹脂を、有機溶剤又は水に溶解又は分散させたものを使用できる。これらの樹脂の内、エポキシ系樹脂を、好適に使用できる。」

・「【0043】
上記水性無機系塗料(I)は、樹脂成分としてシリコン系樹脂エマルションを含有する。ここで、シリコン系樹脂としては、ビニル系シリコンモノマー(a)とその他のビニル系モノマー(b)を共重合して得られる樹脂が好ましい。
【0044】
シリコン系樹脂エマルションとしては、特に制限されることなく従来から公知の水性ビニルシリコン系樹脂エマルションを使用することができる。例えば、ビニル系シリコンモノマー(a)とその他のビニル系モノマー(b)を共重合成分とする樹脂の水性エマルションを挙げることができる。
【0045】
ビニル系シリコンモノマー(a)としては、例えば、ビニルisoプロポキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリス(メトキシエトキシ)シラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、2-スチリルエチルトリメトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリアセトキシシラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリヒドロキシシラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルメチルヒドロキシシラン等のヒドロキシシラン基及び/又は加水分解性シラン基を含有するビニル系モノマー等が挙げられる。これらのモノマーは、単独で使用でき、又2種以上併用できる。
・・・
【0051】
また、水性シリコン系樹脂エマルションの平均粒子径としては、塗料の貯蔵安定性及び最終的に得られる複層塗膜の下地隠蔽性の向上の点から、10?1,000nm程度であるのが好ましく、100?300nm程度であるのがより好ましい。」

・「【0079】
製造例1 シリコン系樹脂エマルションの製造
温度計、サーモスタット、攪拌器、還流冷却器、及び滴下装置を備えた容量2リットルの反応容器に、脱イオン水50部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ0.05部を仕込み、82℃まで昇温した。この反応容器中に、下記モノマー乳化物(1)を3時間かけて滴下した。モノマー乳化物(1)の滴下終了後、その中に下記モノマー乳化物(2)を1時間かけて滴下し、その後82℃で2時間熟成した後、40℃まで冷却して、乳白色のコア・シェル型共重合体エマルションを得た。得られた共重合体エマルションの固形分は40%、平均粒子径120nmであった。
【0080】
モノマー乳化物(1):容量4リットルのフラスコ中に、脱イオン水38部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ3部、重合開始剤としてペルオキソ硫酸アンモニウム0.15部を添加し、よく攪拌後、その中に、シクロヘキシルメタクリレート20部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート22.6部、n-ブチルメタクリレート9部、ビニルトリメトキシシラン7.7部及びメタクリル酸0.7部からなるモノマー混合物を加えて攪拌し、モノマー乳化物(1)を得た。
【0081】
モノマー乳化物(2):容量4リットルのフラスコ中に、脱イオン水16部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ1.5部、ペルオキソ硫酸アンモニウム0.05部を添加し、よく攪拌後、その中に、シクロヘキシルメタクリレート15部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート2部、n-ブチルメタクリレート2.4部、ビニルトリメトキシシラン0.3部及びメタクリル酸0.3部からなるモノマー混合物を加えて攪拌し、モノマー乳化物(2)を得た。
【0082】
製造例2?8 水性無機系塗料の製造
下記表1記載の配合組成で、水性無機系塗料(I-1)?(I-6)及び水性無機塗料(II-1)を製造した。
【0083】
【表1】

表1における配合量は、重量部を意味する。また、表中、(注1)?(注9)は、次のものを、示す。
・・・
【0087】
(注4)二酸化チタン(A):商品名「JR-1000」、テイカ(株)製、平均1次粒子径1,000nm、屈折率2.72。
【0088】
(注5)二酸化チタン(B):商品名「JR-605」、テイカ(株)製、平均1次粒子径250nm、屈折率2.72。
・・・
【0093】
実施例1?10及び比較例1?5
(1)試験素材として下記無機基材(i)及び(ii)を用意した。
・・・
【0096】
(2)上記無機基材(i)及び(ii)上に、下記表2に記載の組み合わせにて製造例2?8で得た各水性無機系塗料(I-1)?(I-6)及び(II-1)を、後記表2に記載の条件で夫々塗装し、各試験塗板を作成した。・・・
【0097】
尚、無機基材の下地処理としてのシーラー工程は、無機基材上に、エポキシ樹脂系シーラー(商品名「マルチタイルコンクリートプライマーEPO」、関西ペイント(株)製)を、塗布量が固形分で60g/m^(2)になるようにローラーにて塗布し、25℃で16時間の条件で乾燥することにより、行った。
・・・
【0105】
実施例1?10及び比較例1?5の塗装工程及び得られた複層塗膜の性能試験の結果を表2に示す。表2において、水性無機系塗料の欄の「1回」は塗装回数が1回であることを、「2回」は塗装回数が2回であることを、それぞれ示す。
【0106】
【表2】



(2)甲1発明
甲1の特に実施例1に関連する記載を、請求項2の記載に沿って整理すると、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「エポキシ樹脂系シーラーが塗装、乾燥されている無機基材表面に、平均1次粒子径が1,000nmの二酸化チタンを塗料全体100重量部中10重量部及び以下のシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(I)を塗装する工程、及び、得られた該塗料の乾燥塗膜上に、平均1次粒子径が250nmの二酸化チタンを塗料全体100重量部中20重量部及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(II)を塗装する工程、を含む無機基材の遮熱性塗膜形成方法。
但し、前記シリコン系樹脂エマルションは、以下に記載のもの。
シリコン系樹脂エマルション:モノマー乳化物(1)とモノマー乳化物(2)から得られた、乳白色のコア・シェル型共重合体エマルションであって、固形分は40%、平均粒子径120nmのもの。
モノマー乳化物(1):シクロヘキシルメタクリレート20部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート22.6部、n-ブチルメタクリレート9部、ビニルトリメトキシシラン7.7部及びメタクリル酸0.7部からなるモノマー混合物から得たもの。
モノマー乳化物(2):シクロヘキシルメタクリレート15部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート2部、n-ブチルメタクリレート2.4部、ビニルトリメトキシシラン0.3部及びメタクリル酸0.3部からなるモノマー混合物から得たもの。」

2 甲1発明との対比・判断
(1)本件特許発明1について
ア 対比
甲1発明の「エポキシ樹脂系シーラー」は、塗工面の状態によって浸透性を発揮でき、エポキシ樹脂系のものであるから当然に何らかの吸水防止効果があることは明らかであるから、本件特許発明1の「浸透性吸水防止材」に相当する。
また、甲1発明の「無機基材」及び「シリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(I)」は、それぞれ本件特許発明1の「無機質材料」及び「合成樹脂エマルションを含む被覆材」に相当する。
そして、甲1発明の「シクロヘキシルメタクリレート」は、本件特許発明1において「ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含むこと」と特定される「(メタ)アクリル酸アルキルエステル」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程として浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルションを含む被覆材を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含む被膜形成方法。」
の点で一致し、以下の点で相違又は一応相違する。

<相違点1>
合成樹脂エマルションを含む被覆材に関し、本件特許発明1は、「顔料容積濃度が30%以上のものを除く」と特定するのに対し、甲1発明は、「平均1次粒子径が1,000nmの二酸化チタンを塗料全体100重量部中10重量部」含有すると特定する点。

<相違点2>
第1工程において無機質材料の表面に対して塗布する「浸透性吸水防止材」に関し、本件特許発明1は、「シラン系浸透性吸水防止材」と特定され、かつ、「前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ことが特定されるのに対し、甲1発明は、「エポキシ樹脂系シーラー」と特定する点。

イ 相違点についての検討
事案に鑑み、相違点2から検討する。
浸透性吸水防止材、すなわちシーラーに関し、甲1の段落【0031】には、「シーラーとしては、具体的には、例えば、・・・シリコン系樹脂、・・・、及びこれらの変性樹脂等の樹脂を、有機溶剤又は水に溶解又は分散させたものを使用できる。」と記載され、本件特許発明1における、「シラン系浸透性吸水防止材」に相当する「シリコン系樹脂」が使用できることが記載されている。
しかしながら、本件訂正後の本件特許発明1における「シラン系浸透性吸水防止材」は、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものであるところ、甲1には、当該事項の記載はなされていないし、そうすることの動機付けとなる記載もない。
また、他の証拠にも、「シラン系浸透性吸水防止材」として、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものとすることは記載されていないし、そうすることの動機付けとなる記載もない。

したがって、甲1発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、上記相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、容易に想到し得たことであるとはいえない。

なお、本件特許発明1の「浸透性吸水防止材」として、「シラン系浸透性吸水防止材」を用いる旨限定した、令和3年1月28日にされた訂正請求に対する特許法第120条の5第5項に基づく通知に対して、特許異議申立人は、何ら応答していない。

(3)小括
したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 本件特許発明2ないし5について
本件特許発明2ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

3 取消理由2についてのまとめ
したがって、本件特許発明1ないし5は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、取消理由2によっては取り消すことはできない。

第7 取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由について
取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立ての理由は、申立理由1及び3ないし6である。
そこで、これらの申立理由について検討する。

1 申立理由1(甲第1号証を根拠とする新規性)について
上記第6で述べたように、甲1発明と本件特許発明1との相違点である相違点2に係る「シラン系浸透性吸水防止材」の使用については実質的な相違点である。
したがって、本件特許の請求項1及び請求項1に従属する請求項2ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、申立理由1によっては取り消すことはできない。

2 申立理由3(甲第5号証を根拠とする新規性)及び申立理由4(甲第5号証を主引用例とする進歩性)について

(1)甲5の記載事項等
ア 甲5の記載事項
甲5には、「外装用建材及びその製造方法」に関し、以下の事項が記載されている。

・「【請求項4】 シクロヘキシル基を有するポリマーを含有する水性塗料の塗布層を窯業系外装建材の表面に少なくとも2層塗工することを含む外装用建材の製造方法であって、該塗布層における、最表層の水性塗料のシクロヘキシル基の含有量が、該最表層の直下層の水性塗料のシクロヘキシル基の含有量の0.1?50倍(モル比)であることを特徴とする外装用建材の製造方法。」

・「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、耐候性、耐水性、耐アルカリ性に優れる外装用建材及びその製造方法に関し、更に詳しくは、窯業系外装建材に塗布した塗布層の層間剥離が無く、該窯業系外装建材からのエフロの析出が少なく、耐候性、耐水性及び耐久性に優れ、長期にわたって美観を保持することができる外装用建材及びその製造方法に関する。」

・「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。本発明は、窯業系外装建材に塗布した塗布層の層間剥離が無く、該窯業系外装建材からのエフロの析出が少なく、耐候性、耐水性及び耐久性に優れ、長期にわたって美観を保持することができる」

・「【0013】
【発明の実施の形態】本発明の外装用建材は、水性塗料の塗布層を窯業系外装建材の表面に少なくとも2層有してなり、必要に応じて、プライマー、シーラーによる層等の下地処理層を前記窯業系外装建材と前記塗布層との間などに更に有してなる。本発明の外装用建材は、本発明の外装用建材の製造方法により好適に製造される。 本発明の外装用建材の製造方法は、水性塗料の塗布層を窯業系外装建材の表面に少なくとも2層塗工することを含み、必要に応じて、プライマー、シーラー等の下地処理層用塗料を前記窯業系外装建材と前記塗布層との間などに更に塗工することを含む。 以下、本発明の外装用建材及びその製造方法について説明する。」

・「【0047】-合成樹脂エマルジョンの製造例1-
500mlの4つ口フラスコに、脱イオン水91.9部と、ニューコール707SF(日本乳化剤製、固形分30%)12.3部とを加え、窒素置換後、80℃に保った。下記組成の単量体組成物を滴下する直前に、過硫酸アンモニウム0.2部を脱イオン水2部に溶かした溶液を加え、単量体組成物を3時間かけて滴下した。滴下終了30分後、過硫酸アンモニウム0.1部を脱イオン水1部に溶かした溶液を滴下し、さらに2時間80℃に保持した。その後、40℃に降温した後、アンモニア水でpHを8?9に調整した。そして、テキサノール9.7部を脱イオン水9.7部で希釈した溶液を滴下し、最低造膜温度を約10℃に調整し、合成樹脂エマルジョンA-1を調製した。得られた合成樹脂エマルジョンA-1は、不揮発分48.1%(105℃×1hr乾燥)、pH8.3であった。
【0048】
<単量体組成物>
シクロヘキシルメタクリレート・・・・・・・・・・・49.8部
メチルメタクリレート・・・・・・・・・・・・・・・25.1部
2-エチルヘキシルアクリレート・・・・・・・・・・25.1部
80% アクリル酸・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.7部
メタクリル酸・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.7部」

・「【0068】(実施例1)
-水性塗料の調製-
下塗り層用の水性塗料を、合成樹脂エマルジョンA-1を用い、下記処方にて調製した。、また、上塗り層用の水性塗料を、合成樹脂エマルジョンA-1を用い、下記処方にて調製した。
--下塗り層用の水性塗料の調製--
合成樹脂エマルジョン(48 %)・・・・・・・・・・100.0部
造膜助剤(BCA)・・・・・・・・・・・・・・・・ 6.0部
黒色着色ペースト(コラニールブラック GR 130)・・ 0.5部
--上塗り層用の水性塗料の調製--
合成樹脂エマルジョン(48 %)・・・・・・・・・・100.0重量部
造膜助剤(BCA)・・・・・・・・・・・・・・・・ 6.0重量部
黄色着色ペースト(コラニールイエロー 10G30 )・・ 0.5重量部
【0069】-外装用建材の製造-
アクリル系水性エマルジョンシーラー(4倍希釈)をスレート板(窯業系外装建材)に刷毛塗りし、60℃×20分間乾燥し、その後室温で24hr養生して、該ストレート板上に下地処理層を形成した。次に、該下地処理層の表面に、前記下塗り層用の水性塗料を、0.2mmの厚みになるようにアプリケーターを用いて塗布し、80℃×30分間乾燥させ、その後24hr養生して、該下地処理層上に下塗り層を形成した。更に、該下塗り層の表面に、前記上塗り層用の水性塗料を、0.2mmの厚みになるようにアプリケーターを用いて塗布し、80℃×30分間乾燥させ、その後24hr養生して、該下塗り層上に上塗り層を形成した。以上により、窯業系外装建材であるストレート板上に、下地処理層(シーラー層)、下塗り層、上塗り層をこの順に有してなる外装用建材を製造した。」

イ 甲5発明
甲5の特に実施例1に関連する記載から、以下の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されていると認める。

「アクリル系水性エマルジョンシーラーでスレート板(窯業系外装建材)上に下地処理層を形成し、その表面に、下塗り層用の水性塗料で下塗り層を形成し、該下塗り層の表面に、上塗り層用の水性塗料で上塗り層を形成する外装用建材の製造方法。
但し、下塗り層用の水性塗料は、単量体組成物として、シクロヘキシルメタクリレート49.8部、メチルメタクリレート25.1部、2-エチルヘキシルアクリレート25.1部、80%アクリル酸1.7部及びメタクリル酸1.7部から調製した合成樹脂エマルジョンを用い、水性塗料全体106.5重量部中、0.5重量部の黒色着色ペースト(コラニール ブラック GR130)を含有するもの。」

(2)甲5発明との対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア)対比
甲5発明の「アクリル系水性エマルジョンシーラー」は、塗工面の状態によって浸透性を発揮でき、アクリル系のものであって下地処理層形成後には当然に何らかの吸水防止効果があることは明らかであるから、本件特許発明1の「浸透性吸水防止材」に相当する。
また、甲5発明の「スレート板(窯業系外装建材)」及び「下塗り層用の水性塗料」は、それぞれ本件特許発明1の「無機質材料」及び「被覆材」に相当する。
そして、「シクロヘキシルメタクリレート」は、「ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステル」である。

そうすると、本件特許発明1と甲5発明とは、
「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程として浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルションを含む被覆材を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含む被膜形成方法。」
の点で一致し、以下の点で相違又は一応相違する。

<相違点3>
合成樹脂エマルションを含む被覆材に関し、本件特許発明1は、「顔料容積濃度が30%以上のものを除く」ものと特定されるのに対し、甲5発明は、「水性塗料全体106.5重量部中、0.5重量部の黒色着色ペースト(コラニール ブラック GR130)を含有するもの」と特定される点。

<相違点4>
第1工程において無機質材料の表面に対して塗布する「浸透性吸水防止材」に関し、本件特許発明1は、「シラン系浸透性吸水防止材」と特定され、かつ、「前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ことが特定されるのに対し、甲5発明は、「アクリル系水性エマルジョンシーラー」と特定される点。

(イ)相違点についての検討
事案に鑑み、相違点4から検討する。
浸透性吸水防止材、すなわちシーラーに関し、相違点6に係る「シラン系浸透性吸水防止材」の使用については実質的な相違点である。
そして、甲5の段落【0013】には、「本発明の外装用建材の製造方法は、水性塗料の塗布層を窯業系外装建材の表面に少なくとも2層塗工することを含み、必要に応じて、プライマー、シーラー等の下地処理層用塗料を前記窯業系外装建材と前記塗布層との間などに更に塗工することを含む。」と記載され、甲5の実施例に「アクリル系水性エマルジョンシーラー」を使用することが記載されている。
しかしながら、本件訂正後の本件特許発明1における「シラン系浸透性吸水防止材」は、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものであるところ、甲5には、当該事項の記載はなされていないし、そうすることの動機付けとなる記載もない。
また、他の証拠にも、「シラン系浸透性吸水防止材」として、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものとすることは記載されていないし、そうすることの動機付けとなる記載もない。
したがって、甲5発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、上記相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、容易に想到し得たことであるとはいえない。

(ウ)小括
したがって、本件特許発明1は、甲5発明ではなく、また甲5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件特許発明2ないし5について
本件特許発明2ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲5発明ではなく、また甲5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

ウ 申立理由3及び4についてのまとめ
したがって、本件特許発明1ないし5は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるとはいえないし、同法同条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、申立理由3及び4によっては取り消すことはできない。

3 申立理由5(甲第6号証を主引用例とする進歩性)について
(1)甲6の記載事項等
ア 甲6の記載事項
甲6には、「セメント系構造物の劣化防止方法」に関し、以下の事項が記載されている。

・「2.特許請求の範囲
1.セメント系構造物の表面に、炭素原子数が8?12のアルキル基を有するアルキルトリアルコキシシランを塗布し、浸透,硬化させることを特徴とするセメント系構造物の劣化防止方法。」(第1ページ左下欄第4ないし8行)

・「3.発明の詳細な説明
〔産業上の利用分野〕
本発明は、セメント系構造物の劣化を防止する方法に関し、更に詳しくは、比較的炭素原子数の大きいアルキル基を有するアルキルトリアルコキシシランを塗布するセメント系多孔質構造物の劣化を効果的に防止する方法に関する。」(第1ページ左下欄第4ないし8行)

・「〔作用・効果〕
本発明の方法によれば、セメント系構造物の表面に塗布されたシラン類は、表面から浸透し、脱水,縮合して、疎水性の大きなアルキルキ基(R_(1))の密に配列した硬化層を形成するので、外部からの水、塩分等の侵入を効果的に阻止し、長期にわたって安定なセメント系構造物が提供される。」

イ 甲6発明
甲6の特許請求の範囲の記載から、以下の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されていると認める。

「セメント系構造物の表面に、炭素原子数が8?12のアルキル基を有するアルキルトリアルコキシシランを塗布し、浸透,硬化させるセメント系構造物の劣化防止方法。」

(2)甲6発明との対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア)対比
甲6発明の「セメント系構造物」は、本件特許発明1の「無機質材料」に相当する。
また、甲6発明の「炭素原子数が8?12のアルキル基を有するアルキルトリアルコキシシラン」は、甲6の〔作用・効果〕欄における、「セメント系構造物の表面に塗布されたシラン類は、表面から浸透し、脱水,縮合して、疎水性の大きなアルキルキ基(R_(1))の密に配列した硬化層を形成するので、外部からの水、塩分等の侵入を効果的に阻止し、長期にわたって安定なセメント系構造物が提供される。」との作用の記載から、本件特許発明1の「シラン系浸透性吸水防止材」であって、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものである点で相当する。
そして、甲6発明は、「炭素原子数が8?12のアルキル基を有するアルキルトリアルコキシシランを塗布し、浸透,硬化」するものであるが、本件特許明細書の段落【0023】の「第1工程では、このような浸透性吸水防止材を基材に均一に塗付する。・・・浸透性吸水防止材の塗付、乾燥は、好ましくは常温(0?40℃)で行えばよい。本発明では、浸透性吸水防止材の乾燥後、次工程の塗装を行うことができる。」とされ、塗布後に「乾燥」、すなわち甲6発明同様に「硬化」されるものと理解できる。

そうすると、本件特許発明1と甲6発明とは、
「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付し、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない被膜形成方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点5>
本件特許発明1は、「第2工程として、合成樹脂エマルションを含む被覆材(ただし、顔料容積濃度が30%以上のものを除く)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含」む工程を特定するのに対し、甲6発明は、そのようには特定されない点。

(イ)相違点についての検討
上記相違点5について検討する。
甲6には、本件特許発明1の第1工程の後に、別の層を更に形成する第2工程を設ける記載も示唆も無く、たとえ当該第2工程に相当する「(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含」む材料の層を設けることは知られていたとしても、これを採用する動機付けとなる記載はない。
また、他の証拠についても同様である。
したがって、甲6発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、上記相違点5に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、容易に想到し得たことであるとはいえない。

(ウ)特許異議申立人の主張について
特許異議申立書において、概略、特許異議申立人は、「無機質材料に塗膜を形成する際、下塗り塗膜、上塗り塗膜等、複数の塗膜を形成することは、当業界において、通常に行われることである」とし、「無機質材料の上塗り塗膜として、モノマーとしてシクロヘキシルメタクリレートを含む合成樹脂エマルジョンを含む被覆材(ただし、顔料容積濃度が30%以上のものを除く)を塗付する第2工程は、以下の通り、当業者には周知であった。」として、本件特許発明1が進歩性を有しない旨主張する。
しかしながら、いずれの証拠にも、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないシラン系浸透性吸水防止材の塗付後に、シクロヘキシルメタクリレートを含む合成樹脂エマルションを含む被覆材(ただし、顔料容積濃度が30%以上のものを除く)を塗付する組合せを選択することについての記載及び示唆、並びに動機付けとなる記載も示されていない。
そして、本件特許発明1は、係る特定事項を有することによって、本件特許明細書の段落【0011】に記載される「無機質材料に優れた吸水防止性、耐久性等を付与する被膜を形成することが可能である。」という格別顕著な効果を奏するものである。
よって、特許異議申立人の主張は、採用できない。

(エ)小括
したがって、本件特許発明1は、甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件特許発明2ないし5について
本件特許発明2ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

ウ 申立理由5についてのまとめ
したがって、本件特許発明1ないし5は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、申立理由5によっては取り消すことはできない。

4 申立理由6(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるべきである。
そこで、検討する。

(2)特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第3のとおりである。

(3)サポート要件の判断
本件特許の発明の詳細な説明の段落【0008】の記載によると、本件特許発明1の発明が解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、少なくとも「無機質材料に優れた吸水防止性、耐久性等を付与することができる被膜形成方法を提供すること」と認められる。
そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0009】及び【0010】並びに【0015】ないし【0018】には、本件特許発明1に対応する記載があり、同【0012】ないし【0026】には、本件特許発明1の各発明特定事項について具体的な記載があり、また、同【0047】ないし【0060】には、本件特許発明1の実施例が記載され、該実施例において、充分な吸水防止性、密着性及び耐久性を有することを確認している。
そうすると、当業者は、「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルションを含む被覆材(ただし、顔料容積濃度が30%以上のものを除く)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含む被膜形成方法。」という技術手段によって発明の課題が解決できると認識できる。そして、本件特許の請求項1の記載は、上記技術手段を含むものである。

また、本件特許発明2ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものである。
したがって、本件特許発明1ないし5に関して、特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえ、サポート要件に適合する。

なお、特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4の6の(1)申立理由6-1及び(2)申立理由6-2の点を主張する。
上記(1)申立理由6-1について検討するに、本件訂正によって、浸透性吸水防止材の物質が「シラン系浸透性吸水防止材」に特定された。そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0018】ないし【0020】には、上記浸透性吸水防止材として用いることができる「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物」が例示されていることから、実施例で具体的に用いた「ヘキシルトリメトキシシラン」での実験結果及び当業者にとっての技術常識を踏まえれば、該「シラン系」の化合物成分の選択によって本件特許発明1の発明の課題を解決することができることを当業者が認識できる。
また、上記(1)申立理由6-2については、第2工程で塗布される被覆材に含まれるシクロヘキシルメタクリレートにつき、当業者にとって技術常識を踏まえたその含有量の調整によって本件特許発明1の発明の課題を解決することができることは、当業者が認識できる。

したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

(4)申立理由6についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし5の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第4号に該当するものではなく、申立理由6によっては取り消すことはできない。

5 申立理由7(実施可能要件)について
(1)判断基準
実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、製造方法の発明の場合には、その製造方法を使用し、その製造方法により生産した物を使用することができる程度の記載があることを要する。
これを踏まえ、検討する。

(2)実施可能要件の判断
本件特許の発明の詳細な説明の【0009】及び【0010】並びに【0015】ないし【0018】には、本件特許発明1ないし5の各発明の特定事項についての具体的な記載があり、同【0012】ないし【0042】には、本件特許発明1ないし5に使用する材料及びその量並びに被膜形成の際の適用方法について具体的な記載があり、また、同【0047】ないし【0062】には、実施例1ないし10として、被覆材を具体的に得る方法が記載されている。
したがって、発明の詳細な説明において、当業者が、発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし5に係る被膜形成方法を使用し、その被膜形成方法により生産した物を使用することができる程度の記載があるといえる。
よって、本件特許発明1ないし5に関して、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を充足する。

なお、特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4の7の(1)申立理由7-1及び(2)申立理由7-2の点を主張する。
しかしながら、上述のように、本件特許の発明の詳細な説明の実施例には、本件特許発明1ないし5に係るその製造方法が使用できること及びその製造方法により生産した物を使用することができることが示されているから、特許異議申立人の上記主張は、採用できない。

(3)申立理由7についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第4号に該当するものではなく、申立理由7によっては取り消すことはできない。

第8 むすび
上記第6及び7のとおり、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、取消理由(決定の予告)及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルションを含む被覆材(ただし、顔料容積濃度が30%以上のものを除く)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含み、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項2】
上記合成樹脂エマルションは、ガラス転移温度が10?60℃であることを特徴とする請求項1記載の被膜形成方法。
【請求項3】
上記合成樹脂エマルションは、平均粒子径が120nm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の被膜形成方法。
【請求項4】
上記合成樹脂エマルションは、シリコン変性アクリル樹脂エマルションであることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の被膜形成方法。
【請求項5】
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に3?70重量%である請求項1?4のいずれかに記載の被膜形成方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-09-27 
出願番号 特願2016-33080(P2016-33080)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (B05D)
P 1 651・ 121- YAA (B05D)
P 1 651・ 536- YAA (B05D)
P 1 651・ 537- YAA (B05D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 横島 隆裕  
特許庁審判長 細井 龍史
特許庁審判官 大畑 通隆
大島 祥吾
登録日 2020-01-21 
登録番号 特許第6649797号(P6649797)
権利者 ベック株式会社
発明の名称 被膜形成方法  
代理人 特許業務法人ユニアス国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 ユニアス国際特許事務所  

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