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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 E02B 審判 全部申し立て 2項進歩性 E02B |
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管理番号 | 1379851 |
異議申立番号 | 異議2020-700920 |
総通号数 | 264 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-12-24 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-11-27 |
確定日 | 2021-10-29 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6711444号発明「防舷構造および水域鋼構造物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6711444号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許6711444号(以下「本件特許」という。)に係る特許出願は、令和1年7月2日に特許出願され、令和2年6月1日にその特許権の設定登録がされ、同年同月17日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後の特許異議の申立ての経緯は以下のとおりである。 令和2年11月27日 特許異議申立人中川賢治(以下「申立人」とい う。)による請求項1ないし7に係る発明の特 許に対する特許異議の申立て 令和3年 3月19日付け 取消理由通知 同年 5月24日 特許権者による意見書の提出 第2 本件特許発明 本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下「本件特許発明1」等という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。 「【請求項1】 船舶が接岸する水域鋼構造物に設けられる防舷構造であって、 前記水域鋼構造物に連結された耐摩耗性鋼材と、 前記耐摩耗性鋼材に連結されたゴム製防舷材と、 を有し、 前記耐摩耗性鋼材は、前記ゴム製防舷材と接触する面がステンレス鋼になっており、該ステンレス鋼は、炭素鋼よりも高い耐食性を有し、かつ、ビッカース硬さが170以上であり、 前記ゴム製防舷材は、前記耐摩耗性鋼材に、耐摩耗性ボルトで取り付けられており、 前記耐摩耗性ボルトは、炭素鋼よりも高い耐食性を有し、かつ、ビッカース硬さが170以上であり、 前記耐摩耗性鋼材は、前記耐摩耗性ボルトが配置された位置の近傍のみに設けられていることを特徴とする防舷構造。 【請求項2】 前記耐摩耗性鋼材は、炭素鋼よりも高い耐食性を有し、かつ、ビッカース硬さが170以上であるステンレス鋼で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の防舷構造。 【請求項3】 前記ステンレス鋼は、孔食指数が17以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の防舷構造。 【請求項4】 前記ステンレス鋼は、ビッカース硬さが200以上であることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の防舷構造。 【請求項5】 前記ステンレス鋼は、二相ステンレス鋼であることを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の防舷構造。 【請求項6】 前記ステンレス鋼は、Niを4.0?9.0質量%、Crを21.5?27.0質量%、Moを2.5?4.0質量%、Nを0.1?0.34質量%含有することを特徴とする請求項1?5のいずれかに記載の防舷構造。 【請求項7】 請求項1?6のいずれかに記載の防舷構造を備えることを特徴とする水域鋼構造物。」 第3 特許異議申立理由の概要及び証拠 1.特許異議申立理由の概要 申立人は、特許異議申立書(以下「申立書」という。)において、概ね以下の申立理由を主張するとともに、証拠方法として、以下の「2.」に示す各甲号証(以下、各甲号証を「甲1」等、各甲号証に係る発明を「甲1発明」等ということがある。)及び参考資料を提出している。 本件特許発明1?7は、甲第1号証に記載された発明であるか、又は甲第1?7号証に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるから、特許法第29条第1項第3号又は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。 2.申立書に添付して提出された証拠方法 甲第1号証 国土交通省九州地方整備局、「博多港(アイランドシティ地 区)岸壁(-15m)(耐震)築造外1件工事(第2次)」 入札資料、平成18年4月27日 甲第2号証 株式会社アロイ、「アロイNEWS 第1307号 防舷材取 替え用受架台へのステンレス採用」、2013年4月11日発 行 甲第3号証 一般財団法人日本規格協会、「JIS G 3106(201 5) 溶接構造用圧延鋼材」、2015年 甲第4号証 一般財団法人日本規格協会、「JIS G 4305:201 2 冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」、2012年 甲第5号証 特開2016-20625号公報 甲第6号証 一般財団法人日本規格協会、「JIS G 4304:201 5 熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯(追補1)」、2015 年 甲第7号証 「新技術概要説明情報 NETIS登録番号 QS-1200 23-VE 省合金二相ステンレス鋼 2018年2月15日 から適用」、NETIS(新技術情報提供システム)、国土交 通省、令和2年9月28日検索、インターネット 参考資料1 「官報政府調達公告版」、独立行政法人国立印刷局、 平成18年4月27日 参考資料2 国土交通省九州地方整備局博多港湾・空港整備事務所、 「博多港アイランドシティ地区におけるコンテナバース整備に ついて」、令和元年7月9日 第4 取消理由通知に記載した取消理由の概要 令和3年3月19日付け取消理由通知に記載した取消理由の概要は以下のとおりである。 (進歩性)本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって、取り消されるべきものである。 第5 取消理由通知に記載した取消理由についての当審の判断 1.甲号証 (1)甲第1号証 ア.甲第1号証の記載 甲第1号証には次の記載がある。 (ア)「九州地方整備局の博多港(アイランドシティ地区)岸壁(-15m)(耐震)築造外1件工事(第2次)に係る入札公告(建設工事)に基づく入札等については、関係法令に定めるもののほか、この入札説明書によるものとする。 1.公告日 平成18年4月27日 (中略) 4.工事概要 (1)工事名 博多港(アイランドシティ地区)岸壁(-15m) (耐震)築造外1件工事(第2次) (2)工事場所 福岡県福岡市東区香椎浜3丁目地先 (3)工事内容 別冊図面及び別冊仕様書のとおり (4)工期 平成19年8月10日まで」 (入札説明書 第1ページ第2?16行) (イ)「次のとおり一般競争入札に付します。 平成18年4月27日 (中略) 1 工事概要 (1)品目分類番号 41 (2)工事名 博多港(アイランドシティ地区)岸壁(-15m)(耐震) 築造外1件工事(第2次)(電子入札対象案件) (3)工事場所 福岡県福岡市東区香椎浜3丁目地先 (4)工事内容 本体工 ジャケット製作・架設2基(約400t/基) 鋼管杭打設 約30本(L=33m?40m/ 本) 土留工 HBL型ブロック製作・据付 10個(546t /個) (5)工期 平成19年8月10日まで」 (入札公告(建設工事) 第2?16行) (ウ)「 」 (縮小図面 ジャケット標準断面図(J4) 図面番号12 断面図 1,3,5,7通り) (エ)「 」 (縮小図面 防舷材取付部詳細図(J4:その1) 図面番号32 平面図 下面) (オ)「 」 (縮小図面 防舷材取付部詳細図(J4:その1) 図面番号32 A-A断面図) (カ)「 」 (縮小図面 防舷材取付部詳細図(J4:その2) 図面番号33 I-I断面図) (キ)「 」 (縮小図面 防舷材取付部詳細図(J4:その2) 図面番号33 F-F断面図、G-G断面図、“b”詳細図) イ.甲第1号証の記載から把握できる事項 (ア)上記「ア.(ウ)」の「ジャケット標準断面図」には、その形状及び名称等からみて、「ジャケット」が記載されていると認められる。 そして、上記「ア.(ア)及び(イ)」に「博多港(アイランドシティ地区)岸壁(-15m)(耐震)築造外1件工事」)との記載があり、上記「ア.(ウ)」の「ジャケット標準断面図」の図中の「H.W.L.」及び「L.W.L.」が高水位及び低水位を意味することは明らかであるから、上記「ア.(ウ)」の「ジャケット標準断面図」において、「H.W.L.」及び「L.W.L.」の線が引かれている左側の構造物が「ジャケット」であって、水域に設けられたものであり、右側の構造物が「岸壁」であると理解できる。 そうすると、上記「ア.(ウ)」の「ジャケット標準断面図」からは「岸壁に接して水域に設けられたジャケット」を看取することができる。 (イ)上記「ア.(エ)」の「防舷材取付部詳細図」の「平面図 下面」は、その形状及び名称等からみて、上記「ア.(ウ)」の「ジャケット標準断面図」の下面の平面図であって、「PL-25」や「PL-16」はその位置等からみて「ジャケット」の一部であると認められる。 (ウ)上記「ア.(カ)」の「I-I断面図」は「ア.(エ)」の「平面図 下面」のI-Iにおける断面図であり、上記「ア.(キ)」の「F-F断面図」は「(カ)」の「I-I断面図」のF-Fにおける断面図であって、「F-F断面図」は「防舷材取付部詳細図(J4:その2)」という名称の図面中の図葉であるから、「F-F断面図」は防舷材取付部の詳細を記載したものであると認められる。 そして、当該「F-F断面図」からは、以下の点を看取することができる。 a.「ライナープレート」と、「ゴム防舷材」とを有する構造が、「PL-25」(ジャケット)に取り付けられた点。 b.「PL-25」及び「PL-16」(ジャケット)が「SM490YB」及び「SM490YA」からなる点。 c.「ライナープレート」が、「SUS316L」からなり、「PL-25」(ジャケット)に取り付けられるとともに、「ゴム防舷材」に接触している点。 d.「ゴム防舷材」が、「ライナープレート」に、「SUS316L」からなる「M48ボルト」で取り付けられている点。 ウ.甲第1号証の刊行物性及び公知性 上記「ア.(ア)及び(イ)」の記載からみて、甲第1号証は平成18年4月27日に公告されたものであって、入札を目的として提供された文書であることから、本件特許の出願前に不特定多数の者が見得る状態にあり、頒布されたものと認められる。 また、甲第1号証の1枚目の記載からみて、当該箇所に記載され甲第1号証として提出された一連の書類は、一体として頒布されたものであって、実質的に一体の刊行物であると認められる。 エ.甲第1号証に記載された発明 上記「ア.及びイ.」を総合すると、甲第1号証には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。 「岸壁に接して水域に設けられSM490YB及びSM490YAからなるジャケットに取り付けられる構造であって、 ジャケットに取り付けられたSUS316Lからなるライナープレートと、 ライナープレートに取り付けられたゴム防舷材とを有し、 ライナープレートはゴム防舷材に接触しており、 ゴム防舷材は、ライナープレートに、SUS316LからなるM48ボルトで取り付けられている 構造。」 (2)甲第3号証 甲第3号証は、「JIS G 3106(2015)」のJIS規格文書であって、次の記載がある。 ア.「1 適用範囲 この規格は,橋梁,船舶,車両,石油貯槽,容器及びその他の溶接構造物に用いる熱間圧延鋼材(以下,鋼材という。)及び熱間押出形鋼であって,特に溶接性の優れたものについて規定する。」 (第38ページ 「1 適用範囲」の項) イ.「3 種類及び記号並びに適用厚さ 鋼材の種類は,11種類とし,その記号及び適用厚さは,表1による。 」 (第39ページ 「3 種類及び記号並びに適用厚さ」の項) ウ.「 」 (第40ページ 「4 化学成分」の項) (3)甲第4号証 甲第4号証は、「JIS G 4305:2012」のJIS規格文書であって、次の記載がある。 ア.「1 適用範囲 この規格は,冷間圧延ステンレス鋼板(以下,板という。)及び冷間圧延ステンレス鋼帯(以下,帯という。)について規定する。」 (第1ページ 「1 適用範囲」の項) イ.「3 種類の記号 板及び帯の種類は,62種類とし,その種類の記号及び分類は,表1による。 」 (第2ページ 「3 種類の記号」の項) ウ. 「 」 (第4ページ 表3) エ.「 」 (第7ページ 表8) オ.「 」 (第8ページ 6.3 オーステナイト・フェライト系の機械的性質) カ.「 」 (第9ページ 表11) (4)甲第5号証 甲第5号証には次の記載がある。 ア.「【発明が解決しようとする課題】 【0004】 上述のような補強板には、一般的に鉄板が用いられることが多い。このため、補強板が錆びることを防ぐため、補強板が外部に露出しないように端部やボルト留めのための貫通孔部分をゴム等で被覆する必要があった。又、ゴム等により補強板を被覆していても、衝撃や経年劣化によるゴムの破損によって補強板が外部に露出してしまうということも懸念される。 【0005】 この発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、岸壁等に取り付けるための岸壁固定部に設けられた固定部材が外部に露出した状態において、腐食に対する耐久性が向上した防舷材等を提供することを目的とする。」 イ.「【0035】 これらの図を参照して、防舷材10は、船舶の接舷時の衝撃を和らげるための緩衝部12と、緩衝部を岸壁11に取り付けるため岸壁固定部14a、14bとを備えている。 【0036】 緩衝部12は、ゴム(天然ゴム、スチレンブタジエンゴム(SBR)、クロロプレンゴム(CR)等)、弾性を有するポリウレタン等よりなる高分子材料等の弾性体により形成されており、断面視形状が略逆V字型となるよう構成されている。 【0037】 岸壁固定部14a、14bは、鉄材料よりも高い防錆性を有する素材、例えば、ステンレス(SUS304等)や、合成樹脂(ポリエチレン等)等からなる固定部材18a、18bにより構成される。固定部材18a、18bは、岸壁11に接するように平板状に設けられており、岸壁11に接する側と反対の側において緩衝部12の略逆V字の根本部とそれぞれ接続されている。このため、固定部材18a、18bは、外部に露出した状態となっている。尚、緩衝部12と、固定部材18a、18bとは、例えば、接着剤により貼りあわせて接着すればよい。又、緩衝部12をゴム材料から構成する場合、緩衝部12と、固定部材18a、18bとは、加硫接着を行なうことにより一体化すればよい。尚、これに限られず、緩衝部12と、固定部材18a、18bとの接着は、任意の方法を用いることができる。 【0038】 又、岸壁固定部14a、14bは、防舷材10を岸壁11に取り付けるためのボルトを挿通するための4つの貫通孔16a?16dを備える。貫通孔16a?16dは、固定部材18a、18bと緩衝部12との接続部分の外側の取付部分において設けられており、固定部材18a、18bを貫通している。尚、図2では、貫通孔16a、16bそれぞれの中心線を一点鎖線にて示している(以下の図面についても同様)。 【0039】 このようにして構成すると、固定部材18a、18bが鉄材料よりも高い防錆性を有するので、固定部材18a、18bの表面及び固定部材18a、18bを貫通する貫通孔16a?16dが外部に露出している状態にあっても、錆の発生が軽減される。このように、固定部材18a、18bを外部に露出した状態で使用しても錆の発生を軽減できるため、防舷材10の腐食に対する耐久性を向上させることができる。又、固定部材18a、18bの耐久性を向上させると、防舷材の緩衝部12のほうが、劣化が早く進む場合もある(例えば、緩衝部12がゴム材料から構成される場合など)。防舷材の緩衝部12のほうが、早く劣化した場合、古いゴム材料部分を除去して、新たな緩衝部12を固定部材18a、18bに取り付けるなどして、固定部材18a、18bを再利用することも可能である。」 ウ.図1及び図2 次の図1及び図2は、甲第5号証記載の図を当審で右回りに90度回転したものである。 「【図1】 」 「【図2】 」 上記「ア.」の記載を踏まえると、図1及び図2からは、緩衝部12の根本部、及び、固定部材18a、18bと緩衝部12との接続部分の外側の取付部分以外の部分には、固定部材18a、18bが設けられていない点を看取することができる。 エ.以上を総合すると、甲第5号証には次の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されているものと認められる。 「船舶の接舷時の衝撃を和らげるためのゴム材料から構成する緩衝部と、緩衝部を岸壁に取り付けるための岸壁固定部とを備える防舷材において、 岸壁固定部は、ステンレスからなる固定部材により構成され、固定部材は岸壁に接するように平板状に設けられており、岸壁に接する側と反対の側において緩衝部の略逆V字の根本部とそれぞれ接続されており、 緩衝部と、固定部材とは、接着剤により貼りあわせて接着するものであり、 防舷材を岸壁に取り付けるためのボルトを挿通するための4つの貫通孔は、固定部材と緩衝部との接続部分の外側の取付部分において設けられており、固定部材を貫通しており、 緩衝部の略逆V字の根本部、及び、固定部材と緩衝部との接続部分の外側の取付部分以外の部分には、固定部材が設けられていない 防舷材。」 (5)甲第6号証 甲第6号証は、「JIS G 4304:2015」のJIS規格文書の追補であって、次の記載がある(改行は省略した。)。 ア.「熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯(追補1)」 (1枚目) イ.「 」 (3枚目 表4) 2.本件特許発明1 (1)対比 本件特許発明1と甲1発明とを対比する。 ア.甲1発明の「ジャケット」は「SM490YB及びSM490YAからなる」ところ、JIS G 3106(2015)である甲第3号証の上記「1.(2)ア.及びイ.」の記載によればSM490YB及びSM490YAは「熱間圧延鋼」であることが分かるから、「SM490YB及びSM490YAからなるジャケット」は鋼構造物であるといえる。 そうすると、甲1発明の「岸壁に接して水域に設けられSM490YB及びSM490YAからなるジャケットに取り付けられる」は、本件特許発明1の「船舶が接岸する水域鋼構造物に設けられる」に相当する。 イ.甲1発明の「ゴム防舷材」は、本件特許発明1の「ゴム製防舷材」に相当する。また、甲1発明の「構造」は「ゴム防舷材」を備えるから、「防舷構造」であるということができる。 ウ.甲1発明の「ライナープレート」は「SUS316Lからなる」ところ、甲第4号証であるJIS G 4305:2012の上記「1.(3)ア.及びイ.」の記載によれば「SUS316L」は「オーステナイト系」の「冷間圧延ステンレス鋼」であることが分かる。そして、オーステナイト系の冷間圧延ステンレス鋼が通常の炭素鋼よりも高い耐食性及び耐摩耗性を有することは技術常識である。 そうすると、甲1発明の「ライナープレート」は、本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材」に相当する。 エ.甲1発明の「ジャケットに取り付けられたSUS316Lからなるライナープレート」は、本件特許発明1の「水域鋼構造物に連結された耐摩耗性鋼材」に相当する。 オ.甲1発明の「ライナープレートに取り付けられたゴム防舷材」は、本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材に連結されたゴム製防舷材」に相当する。 カ.甲1発明の「ライナープレートはゴム防舷材に接触して」おり、上記「ウ.」のとおり「ライナープレート」は「冷間圧延ステンレス鋼」であって炭素鋼よりも高い耐食性を有するといえるから、甲1発明は、本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材は、ゴム製防舷材と接触する面がステンレス鋼になっており、該ステンレス鋼は、炭素鋼よりも高い耐食性を有し」との事項を備えるといえる。 キ.「M48ボルト」は「SUS316Lからなる」から、上記「ウ.」での検討を踏まえると、炭素鋼よりも高い耐食性及び耐摩耗性を有するといえる。 そうすると、甲1発明の「ゴム防舷材は、ライナープレートに、SUS316LからなるM48ボルトで取り付けられている」は、本件特許発明1の「ゴム製防舷材は、耐摩耗性鋼材に、耐摩耗性ボルトで取り付けられており」に相当し、甲1発明の「SUS316LからなるM48ボルト」は、本件特許発明1の「耐摩耗性ボルトは、炭素鋼よりも高い耐食性を有し」との事項を備えるといえる。 ク.甲第4号証であるJIS G 4305:2012の表8(上記「1.(3)エ.」参照)において、「SUS316L」の「硬さ」の「HV」の列の数値が「200以下」とされているところ、「HV」が「ビッカース硬さ」を意味することは自明であるから、同表における「SUS316L」の「ビッカース硬さ」は「200以下」とされていることが理解できる。 そうすると、「SUS316Lからなるライナープレート」及び「SUS316LからなるM48ボルト」のビッカース硬さはともに200以下であるといえる。 ケ.以上を総合すると、本件特許発明1と甲1発明とは、 「船舶が接岸する水域鋼構造物に設けられる防舷構造であって、 前記水域鋼構造物に連結された耐摩耗性鋼材と、 前記耐摩耗性鋼材に連結されたゴム製防舷材と、 を有し、 前記耐摩耗性鋼材は、前記ゴム製防舷材と接触する面がステンレス鋼になっており、該ステンレス鋼は、炭素鋼よりも高い耐食性を有し、 前記ゴム製防舷材は、前記耐摩耗性鋼材に、耐摩耗性ボルトで取り付けられており、 前記耐摩耗性ボルトは、炭素鋼よりも高い耐食性を有する防舷構造。」 の点で一致しており、次の点で相違する。 (相違点1) 本件特許発明1においては、耐摩耗性鋼材のステンレス鋼のビッカース硬さが「170以上」であるのに対して、甲1発明においては、ライナープレートのSUS316Lのビッカース硬さは200以下であるものの、170以上であるかは明らかでない点。 (相違点2) 本件特許発明1においては、耐摩耗性ボルトのビッカース硬さが「170以上」であるのに対して、甲1発明においては、M48ボルトのビッカース硬さは200以下であるものの、170以上であるかは明らかでない点。 (相違点3) 耐摩耗性鋼材が、本件特許発明1においては「耐摩耗性ボルトが配置された位置の近傍のみに設けられている」のに対して、甲1発明においてはどのように設けられているか明らかでない点。 (2)判断 事案に鑑み、まず上記相違点3について検討する。 ア.甲5発明の「防舷材」は「緩衝部」と「岸壁固定部」とを備えるものであって、「緩衝部」は「船舶の接舷時の衝撃を和らげるための」ものであり、「岸壁固定部」は「緩衝部を岸壁に取り付けるための」ものであるから、「緩衝部」と「岸壁固定部」とは異なる機能・作用を有する部材であり、また、「岸壁固定部は、ステンレスからなる固定部材により構成され」、「緩衝部と、固定部材とは、接着剤により貼りあわせて接着するもの」であることから、接着前の「岸壁固定部」(固定部材)と「緩衝部」とは別部材であるといえる。 このような各部材の機能・作用及び態様に着目すると、甲5発明の「ゴム材料から構成する緩衝部」は、本件特許発明1の「ゴム製防舷材」に相当する。また、甲5発明の「ステンレスからなる固定部材」と、本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材」とは、「鋼材」の点で共通する。 さらに、甲5発明の「ボルト」と本件特許発明1の「耐摩耗性ボルト」とは、「ボルト」の点で共通する。 イ.しかしながら、甲1発明は「ゴム防舷材は、ライナープレートに、SUS316LからなるM48ボルトで取り付けられている」ものであるから、「M48ボルト」はゴム防舷材をライナープレートに取り付けるためのものである。また、本件特許発明1も「前記ゴム製防舷材は、前記耐摩耗性鋼材に、耐摩耗性ボルトで取り付けられて」いるものであるから、「耐摩耗性ボルト」はゴム製防舷材を耐摩耗性鋼材に取り付けるためのものである。 一方、甲5発明の「ボルト」は「防舷材を岸壁に取り付けるための」ものであって、本件特許発明1の「ゴム製防舷材」に相当する「緩衝部」を、本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材」と「鋼材」の点で共通する「ステンレスからなる固定部材」に取り付けるためのものではない。そして、甲5発明においては、本件特許発明1の「ゴム製防舷材」及び「耐摩耗性鋼材」に相当する「緩衝部」及び「固定部材」は「接着剤により貼りあわせて接着するもの」で「ボルト」によって取り付けられるものではなく、図1及び2からは「貫通孔」が「緩衝部」に重ならない位置に設けられていることが看取できるから、本件特許発明1及び甲1発明と甲5発明とでは「ボルト」が使用される箇所が異なる。 そうすると、甲5発明においては、「緩衝部と、固定部材とは、接着剤により貼りあわせて接着する」のだから、「ゴム防舷材は、ライナープレートに、SUS316LからなるM48ボルトで取り付けられている」甲1発明に甲5発明を適用すると、「ゴム防舷材」を「ライナープレート」に接着剤により貼りあわせて接着することになり、「ゴム防舷材」を「ライナープレート」に「ボルト」で取り付けることにはならない。 ウ.また、甲5発明は「岸壁等に取り付けるための岸壁固定部に設けられた固定部材が外部に露出した状態において、腐食に対する耐久性が向上した防舷材等を提供すること」(上記「1.(4)ア.」参照。)を課題とするところ、当該課題は「緩衝部と、固定部材とは、接着剤により貼りあわせて接着するもの」である甲5発明において解決されているのだから、当該課題が周知の課題であって甲1発明にも内在するとしても、甲1発明の「ゴム防舷材」を「ライナープレート」に取り付ける際に、甲5発明での「緩衝部と、固定部材とは、接着剤により貼りあわせて接着する」との技術事項を採用せず、代わりに甲5発明において「防舷材を岸壁に取り付けるため」に用いられる「ボルト」を採用する動機付けはない。 エ.さらに、甲5発明の「緩衝部の略逆V字の根本部、及び、固定部材と緩衝部との接続部分の外側の取付部分以外の部分には、固定部材が設けられていない」との発明特定事項は、「緩衝部」が「略逆V字」であることを前提とするものであり、甲第5号証には、「緩衝部」が「略逆V字」でない場合においても、緩衝部の根本部、及び、固定部材と緩衝部との接続部分の外側の取付部分以外の部分には、固定部材が設けられないことについては何ら記載がない。 一方、甲1発明の「ゴム防舷材」は、上記「1.(1)ア.(キ)」の「F-F断面図」に示された部分の形状は平板状であるし、「1.(1)ア.(ウ)ないし(カ)」の各図をみても、「ゴム防舷材」が「略逆V字」型等の形状を有するものであることを看て取ることはできないから、その形状は明らかでない。 そうすると、甲1発明に甲5発明を適用して、相違点3に係る本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材は、耐摩耗性ボルトが配置された位置の近傍のみに設けられている」という発明特定事項に至るためには、甲1発明の「ゴム防舷材」を「略逆V字」にすることが前提となるが、甲第1号証及び甲第5号証には甲1発明の「ゴム防舷材」を「略逆V字」にする動機付けはないから、甲1発明の「ゴム防舷材」を「略逆V字」にすることは当業者が容易に成し得たことではない。 オ.また、甲第3号証及び甲第4号証はそれぞれ「溶接構造用圧延鋼材」及び「冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」に係るJIS文書であって、いずれも「防舷構造」に係るものではないから、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項が記載も示唆もされていないことは明らかである。 カ.そうすると、甲1発明において相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことではない。 (3)小括 相違点3については以上のとおりであるから、その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明、及び、甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 3.本件特許発明2ないし7 本件特許発明2ないし7は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含み、さらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記「2.」と同様の理由により、甲第1号証に記載された発明、及び、甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 第6 取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由についての当審の判断 1.申立人の主張の概要 申立人の申立書における主張は次のとおり整理することができる。 (1)新規性 本件特許発明1?7は、甲第1号証に記載された発明である。 (2)進歩性 本件特許発明1?7は、甲第1?7号証に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものである。 2.当審の判断 (1)本件特許発明1 ア.新規性 本件特許発明1と甲1発明とは、上記「第5 2.(1)」で検討したとおり、「第5 2.(1)ケ.」に示した相違点1ないし3で相違する。 そうすると、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明ではない。 イ.進歩性 (ア)相違点3については、上記「第5 2.(2)」で検討したとおりである。 (イ)甲第2号証からは、略逆V字の防舷材がボルト状の部材で防舷材受架台に取り付けられている点を看取することができる。しかしながら、甲第2号証には本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材」に相当する部材は記載されておらず、また、上記「第5 2.(2)エ.」での検討と同様の理由により、甲第2号証にも甲1発明の「ゴム防舷材」を「略逆V字」にする動機付けはないから、甲第2号証を参酌しても、甲第2号証の記載事項を甲1発明の「ゴム防舷材」(本件特許発明1の「ゴム製防舷材」に相当)の「ライナープレート」(本件特許発明1の「耐摩耗性鋼材」に相当)への取り付けに適用することや、甲1発明の「ゴム防舷材」を「略逆V字」にすることは、当業者が容易に成し得たことではない。 (ウ)甲第3号証及び甲第4号証については、上記「第5 2.(2)オ.」で検討したとおりである。また、甲第6号証は「熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」に係るJIS文書であり、甲第7号証は「省合金二相ステンレス鋼」に係るウェブページであって、いずれも「防舷構造」に係るものではないから、相違点3に係る技術事項について記載も示唆もないことは明らかである。 (エ)以上のとおりであるから、甲第2号証ないし甲第4号証、甲第6号証及び甲第7号証を考慮しても、本件特許発明1は、甲第1号証ないし甲第7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)本件特許発明2ないし7 本件特許発明2ないし7は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含み、さらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記「(1)」と同様の理由により、甲第1号証に記載された発明ではなく、また、甲第1号証ないし甲第7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 第7 むすび 以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び申立人が申し立てた特許異議申立理由及び証拠によっては、本件特許発明1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許発明1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-10-18 |
出願番号 | 特願2019-123782(P2019-123782) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(E02B)
P 1 651・ 113- Y (E02B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 湯本 照基 |
特許庁審判長 |
住田 秀弘 |
特許庁審判官 |
森次 顕 田中 洋行 |
登録日 | 2020-06-01 |
登録番号 | 特許第6711444号(P6711444) |
権利者 | JFEエンジニアリング株式会社 |
発明の名称 | 防舷構造および水域鋼構造物 |
代理人 | 特許業務法人MTS国際特許事務所 |
代理人 | 藤田 崇 |
代理人 | 高矢 諭 |