• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D06M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D06M
管理番号 1379864
異議申立番号 異議2021-700544  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-03 
確定日 2021-11-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第6798734号発明「炭素繊維前駆体用処理剤、炭素繊維前駆体、及び耐炎化繊維の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6798734号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6798734号(以下「本件特許」という。)の請求項1?8に係る特許についての出願は、令和2年2月12日に出願され、令和2年11月24日にその特許権の設定登録がされ、令和2年12月9日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和3年6月3日に特許異議申立人瀬田宏(以下「申立人」という。)が、特許異議の申立て(以下「本件異議申立」という。)を行った。

第2 本件発明
特許第6798734号の請求項1?8の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
シリコーンを30?60質量%含有する炭素繊維前駆体用処理剤であって、
前記炭素繊維前駆体用処理剤の1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のものであり、
ガスクロマトグラフィー質量分析法により求められる前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子量シロキサンの濃度が6.9質量%以下であることを特徴とする炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項2】
前記炭素繊維前駆体用処理剤は、下記の耐炎化処理前ケイ素強度(K1)及び下記の耐炎化処理後ケイ素強度(K2)より求められるケイ素強度比K2/K1が0.4超のものである請求項1に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
耐炎化処理前ケイ素強度(K1)は、前記炭素繊維前駆体用処理剤が付着している炭素繊維前駆体から蛍光X線元素分析により測定されるケイ素の強度を示す。
耐炎化処理後ケイ素強度(K2)は、前記炭素繊維前駆体用処理剤が付着している前記炭素繊維前駆体を耐炎化処理して得られる耐炎化糸から蛍光X線元素分析により測定されるケイ素の強度を示す。
【請求項3】
前記ケイ素強度比K2/K1が、0.5?0.95を満たすものである請求項2に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項4】
更に、非イオン界面活性剤を含む請求項1?3のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項5】
前記非イオン界面活性剤が、分岐アルコールのアルキレンオキサイド付加物を含むものである請求項4に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項6】
前記シリコーンが、アミノ変性シリコーンを含むものである請求項1?5のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項7】
請求項1?6のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤が付着していることを特徴とする炭素繊維前駆体。
【請求項8】
請求項7に記載の炭素繊維前駆体を耐炎化処理することを特徴とする耐炎化繊維の製造方法。」

第3 異議申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証から甲第6号証(以下、それぞれ「甲1」?「甲6」という。)を提出し、概ね次の申立理由1?2のとおりの主張をしている。

甲第1号証:国際公開第2018/100786号
甲第2号証:特開2012-102429号公報
甲第3号証:KF-880 安全データシート,信越化学工業株式会社発行,改訂日2016年11月17日,第4版
甲第4号証:KF-8012 安全データシート,信越化学工業株式会社発行,改訂日2016年9月30日,第5版
甲第5号証:信越シリコーン 反応性・非反応性変性シリコーンオイル,信越化学工業株式会社発行,2019年11月
甲第6号証:界面活性剤 ソフタノール,株式会社日本触媒,出力日令和2年10月23日

1.申立理由1
本件特許の請求項1、4?7に係る発明は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に規定される発明に該当するから、本件特許の請求項1、4?7に係る特許は取り消すべきである。

2.申立理由2
本件特許の請求項2、3、5に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものであり、本件特許の請求項1?8に係る発明は、甲2に記載された発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものであり、本件特許の請求項8に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるので、請求項1?8に係る特許を取り消すべきである。

第4 甲1?甲6の記載
1.甲1について
甲1には、次の事項が記載されている。以下、下線は、理解の便宜のため、当審が付した。
「[0004] 本発明が解決しようとする課題は、炭素繊維前駆体に優れた制電性と集束性を付与することができ、結果として炭素繊維前駆体を製造する際の工程通過性を向上させ、また炭素繊維前駆体の製造機械等に錆が発生するのを抑制することができる炭素繊維前駆体用油剤及びかかる炭素繊維前駆体用油剤が付着した炭素繊維前駆体を提供する処にある。」
「[0023] 以下、本発明の構成及び効果をより具体的にするため、実施例等を挙げるが、本発明がこれらの実施例に限定されるというものではない。尚、以下の実施例及び比較例において、部は質量部を、また%は質量%を意味する。
[0024] 試験区分1(ベース成分の用意)
下記のベース成分を用意した。
A-1:25℃における動粘度が650mm^(2)/s、アミノ当量が1800g/molであるアミノ変性ポリオルガノシロキサン(信越化学工業社製の商品名KF-880)
・・・
[0025] 試験区分2(カチオン界面活性剤の合成)
・B-1の合成
ジメチルオクチルアミン79g(0.5モル)をフラスコに仕込み、窒素雰囲気下に撹拌しながら80℃に加温し、トリメチルホスフェート70g(0.5モル)を10分間かけて滴下し、反応温度を80?85℃に維持して反応させた。更に同温度で3時間熟成して反応物149gを得た。この反応物を分析したところ、ジメチルオクチルアミン4級化物であった。これをカチオン界面活性剤B-1とした。
・・・
[0036] 試験区分3(非イオン界面活性剤の合成)
C-1の合成:ドデカン-1-オール186g(1.0モル)及び水酸化カリウム1gをオートクレーブに仕込み、窒素ガスでパージ後、120℃に加温し、エチレンオキサイド308g(7モル)を圧入して、反応させた。1時間の熟成反応後、触媒を吸着材処理により除去し、反応物を得た。得られた反応物を分析したところ、1分子に1個のドデカン-1-オール基と、合計7個のオキシエチレン単位から構成される化合物であった。これを非イオン界面活性剤C-1とした。
[0037] 非イオン界面活性剤をC-1と同様にして、下記のC-2?C-7及びrC-1?rC-5を合成又は用意した。
C-2:ポリオキシエチレン(n=5)オクチルエーテル
C-3:ポリオキシエチレン(n=40)トリアコンチルエーテル
・・・
[0040] 試験区分6(炭素繊維前駆体用油剤の調製)
実施例1
試験区分1?4で合成又は用意したベース成分A-1を170g、カチオン界面活性剤B-1を6g、非イオン界面活性剤C-1を14g、有機多塩基酸塩D-1を10g、以上をビーカーに加えてよく混合し、撹拌を続けながら固形分濃度が50%となるようにイオン交換水を徐々に添加することで実施例1の油剤の50%水性液を調製した。
・・・
[0050] 実施例11
実施例1と同様にして、ベース成分A-1を120g、カチオン界面活性剤B-1を20g、非イオン界面活性剤C-2を60g、以上をビーカーに加えてよく混合し、撹拌を続けながら固形分濃度が50%となるようにイオン交換水を徐々に添加することで実施例11の油剤の50%水性液を調製した。
・・・
[0052] 実施例13
実施例1と同様にして、ベース成分A-1を60g、カチオン界面活性剤B-1を60g、非イオン界面活性剤C-3を80g、以上をビーカーに加えてよく混合し、撹拌を続けながら固形分濃度が50%となるようにイオン交換水を徐々に添加することで実施例13の油剤の50%水性液を調製した。
・・・
[0068] 以上で調製した各例の炭素繊維前駆体用油剤の内容を表2にまとめて示した。
[0069]
[表2]


「[請求項1] ベース成分、カチオン界面活性剤及び非イオン界面活性剤を含有して成る炭素繊維前駆体用油剤であって、カチオン界面活性剤が下記の化1で示される化合物であることを特徴とする炭素繊維前駆体用油剤。
[化1]

(化1において、
R1:炭素数6?18の脂肪族炭化水素基(但し、X^(-)がメチル硫酸基又はエチル硫酸基である場合は炭素数6?15の脂肪族炭化水素基)
R2?R4:炭素数1?4のアルキル基
X^(-):メチル硫酸基、エチル硫酸基又は下記の化2で示される有機基)
[化2]

(化2において、
R5,R6:炭素数1?4のアルキル基又は水素原子)」
特に、[0069]の[表2]に記載された実施例11及び実施例13に着目しつつ、以上の記載を総合すると、甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「ベース成分、カチオン界面活性剤及び非イオン界面活性剤を含有して成り、炭素繊維前駆体に優れた制電性と集束性を付与することができる炭素繊維前駆体用油剤であり、
ベース成分は、A-1:25℃における動粘度が650mm^(2)/s、アミノ当量が1800g/molであるアミノ変性ポリオルガノシロキサン(信越化学工業社製の商品名KF-880)、
カチオン界面活性剤は、B-1:ジメチルオクチルアミン79g(0.5モル)をフラスコに仕込み、窒素雰囲気下に撹拌しながら80℃に加温し、トリメチルホスフェート70g(0.5モル)を10分間かけて滴下し、反応温度を80?85℃に維持して反応させ、更に同温度で3時間熟成して得た反応物149g、
非イオン界面活性剤は、C-2:ポリオキシエチレン(n=5)オクチルエーテル、又はC-3:ポリオキシエチレン(n=40)トリアコンチルエーテル、であり
A-1を60重量%、B-1を10重量%及びC-2を30重量%を含有する、又はA-1を30重量%、B-1を30重量%及びC-3を40重量%を含有する、炭素繊維前駆体用油剤」

2.甲2について
甲2には、次の事項が記載されている。
「【請求項1】
変性シリコーン(A)と、下記一般式(1)で示されるシロキサンおよび下記一般式(2)で示されるシロキサンから選ばれる少なくとも1種の低分子量シロキサン(B)とを含有する、炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【化1】

(式(1)中、mは1?4の整数を示す。)
【化2】

(式(2)中、nは3?6の整数を示す。)
【請求項2】
油剤の純分全体に占める前記変性シリコーン(A)の重量割合が60?95重量%であり、前記低分子量シロキサン(B)の重量割合が0.1?10重量%である、請求項1に記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【請求項3】
さらに界面活性剤(C)を含有し、油剤の純分全体に占める該界面活性剤(C)の重量割合が5?40重量%である、請求項1又は2に記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。」
「【0001】
本発明は、強度の優れた炭素繊維を提供するための炭素繊維製造用アクリル繊維油剤、炭素繊維製造用アクリル繊維および炭素繊維の製造方法に関する。より詳しくは、炭素繊維製造用アクリル繊維(以下、プレカーサーと称することがある)を製造する際に使用することで、優れた強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤(以下、プレカーサー油剤と称することがある)、該油剤を付与させて製糸した炭素繊維製造用アクリル繊維、および該油剤を用いた炭素繊維の製造方法に関する。」
「【0005】
かかる従来の技術背景に鑑み、本発明の目的は、優れた炭素繊維強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤、炭素繊維製造用アクリル繊維および炭素繊維の製造方法を提供することにある。」
「【0018】
油剤の純分全体に占める変性シリコーン(A)の重量割合は、60?95重量%が好ましく、65?90重量%がより好ましく、70?85重量%がさらに好ましく、70?80重量%が特に好ましい。油剤の純分全体に占める変性シリコーン(A)の重量割合が60重量%未満の場合、焼成工程での融着防止効果が劣り高強度の炭素繊維が得られ難い場合がある。また、油剤の純分全体に占める変性シリコーン(A)の重量割合が95重量%超の場合、水系乳化が困難となり、安定な溶液が得られ難い場合がある。なお、本発明において油剤の純分とは、水を除く油剤成分を意味する。」
「【0048】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、ここに記載した実施例に限定されるものではない。なお、以下の実施例に示されるパーセント(%)は特に限定しない限り、「重量%」を示す。
【0049】
〔実施例1〕
アミノ変性シリコーンKF-861(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:3,500mm^(2)/s、アミノ当量:2,000g/mol、D4を約1重量%含有)を1.3kPaの減圧下、撹拌しながら80℃で3時間加熱し、D4の含有量を0重量%にしたもの(KF-861Mとする)を調製した。このKF-861MにD5および界面活性剤N-1を配合したものを水系乳化し、油剤の純分(水を除く成分)組成として、KF-861M/D5/N-1=80/5/15の重量比率よりなる油剤エマルジョン(プレカーサー油剤)を得た。なお、油剤の純分濃度は3.0重量%とした。この油剤エマルジョンをプレカーサー(単繊維繊度0.8dtex,24,000フィラメント)に、純分の付与率が1.0%となるように付着し、100?140℃で乾燥して水分を除去した。この油剤付着後のプレカーサーを250℃の耐炎化炉にて60分間耐炎化処理し次いで窒素雰囲気下300?1400℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成して炭素繊維に転換した。得られた炭素繊維の炭素繊維強度(GPa)を、JIS-R-7601に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じ測定し、測定回数10回の平均値として求めた。その結果を表1に示す。
【0050】
〔実施例2?4、比較例1、2〕
実施例1において、表1に示す油剤の純分(水を除く成分)組成になるように油剤エマルションを調製した以外は実施例1と同様にして、油剤付着後のプレカーサーおよび炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の炭素繊維強度評価結果を表1に示す。
【表1】

【0051】
表1に記載した成分内容を以下に示す。
シリコーンKF-86M:アミノ変性シリコーンKF-861(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:3,500mm^(2)/s、アミノ当量:2,000g/mol、D4を約1重量%含有)よりD4の含有量を0重量%にしたもの
シリコーンKF-880:アミノ変性シリコーンKF-880(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:650mm^(2)/s、アミノ当量:1,800g/mol、D4を約5重量%含有)
D4:環状シロキサン4量体、2.4mm^(2)/s
D5:環状シロキサン5量体、4.0mm^(2)/s
界面活性剤N-1:ポリオキシエチレンアルキルエーテル(アルキル基の炭素数はC12?14)のうち、オキシエチレンの繰り返し単位が3?12のものをシリコーン成分との親水-疎水バランスを考慮して適宜選択して用いた。」
特に、【0050】の【表1】に記載された実施例1?4に着目しつつ、以上の記載を総合すると、甲2には次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。
「変性シリコーン(A)と、低分子量シロキサン(B)と、界面活性剤(C)を含有し、炭素繊維製造用アクリル繊維を製造する際に使用することで、優れた強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤であり、
変性シリコーン(A)は、シリコーンKF-861M:アミノ変性シリコーンKF-861(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:3,500mm^(2)/s、アミノ当量:2,000g/mol、D4を約1重量%含有)よりD4の含有量を0重量%にしたもの、又はシリコーンKF-880:アミノ変性シリコーンKF-880(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:650mm^(2)/s、アミノ当量:1,800g/mol、D4を約5重量%含有)、
低分子量シロキサン(B)は、D4:環状シロキサン4量体、2.4mm^(2)/s、又はD5:環状シロキサン5量体、4.0mm^(2)/s、
界面活性剤(C)は、界面活性剤N-1:ポリオキシエチレンアルキルエーテル(アルキル基の炭素数はC12?14)のうち、オキシエチレンの繰り返し単位が3?12のものをシリコーン成分との親水-疎水バランスを考慮して適宜選択したもの、であり
シリコーンKF-861Mを80重量%、D5を5重量%、界面活性剤N-1を15重量%を含有する、シリコーンKF-861Mを82.5重量%、D5を2.5重量%、界面活性剤N-1を15重量%を含有する、シリコーンKF-861Mを80重量%、D4を5重量%、界面活性剤N-1を15重量%含有する、又はシリコーンKF-880を90重量%、界面活性剤N-1を10重量%を含有する、炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。」

3.甲3について
甲3には、次の事項が記載されている。
「1.化学品及び会社情報
化学品の名称(製品名) KF-880
製造元
会社名 信越化学工業株式会社
・・・
供給元 信越化学工業株式会社」(1ページ本文1?10行)
「3.組成、成分情報
化学物質・混合物の区別 単一物質

」(1ページ本文下から2行?2ページ本文4行)

4.甲4について
甲4には、次の事項が記載されている。
「1.化学品及び会社情報
化学品の名称(製品名) KF-8012
製造元
会社名 信越化学工業株式会社
・・・
供給元 信越化学工業株式会社」(1ページ本文1?10行)
「3.組成、成分情報
化学物質・混合物の区別 単一物質

」(1ページ本文下から7行?下から2行)

5.甲5について
甲5には、次の事項が記載されている。


」(2ページ上段の表一部抜粋)

6.甲6について
甲6には、次の事項が記載されている。


」(6ページ(左下に記載されたページ番号は9)上段の表一部抜粋)

第5.当審の判断
以下、本件特許の請求項1?8に係る発明は、それぞれ「本件発明1」?「本件発明8」という。
1.申立理由1について
(1)本件発明1について
ア.対比
甲1発明の「炭素繊維前駆体用油剤」は、その用途及び「炭素繊維前駆体に優れた制電性と集束性を付与することができる」という効果を奏するものであることからみて、本件発明1の「炭素繊維前駆体用処理剤」に相当する。
甲1発明の「A-1:25℃における動粘度が650mm^(2)/s、アミノ当量が1800g/molであるアミノ変性ポリオルガノシロキサン(信越化学工業社製の商品名KF-880)」である「ベース成分」は、本件発明1の「シリコーン」に相当するから、甲1発明の「A-1:25℃における動粘度が650mm^(2)/s、アミノ当量が1800g/molであるアミノ変性ポリオルガノシロキサン(信越化学工業社製の商品名KF-880)」を「60重量%」又は「30重量%」「含有する」ことは、本件発明1の「シリコーンを30?60質量%含有する」ことの範囲内にある。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、次の一致点で一致し、相違点1?2で相違する。
[一致点]
「シリコーンを30?60質量%含有する炭素繊維前駆体用処理剤。」
[相違点1]
本件発明1は、「前記炭素繊維前駆体用処理剤の1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のものであ」るのに対し、甲1発明は、その点が不明である点。
[相違点2]
本件発明1は、「ガスクロマトグラフィー質量分析法により求められる前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子量シロキサンの濃度が6.9質量%以下である」のに対し、甲1発明は、その点が不明である点。

イ.判断
相違点1について検討する。
甲2?甲6を参照しても、甲1発明の「A-1を60重量%、B-1を10重量%及びC-2を30重量%を含有する、又はA-1を30重量%、B-1を30重量%及びC-3を40重量%を含有」したものについて、「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下」であることを示す証拠は存在しない。
したがって、相違点1は実質的な相違点であるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではない。

ウ.申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、次のように主張している。
「つまり、本件特許の審査過程において、拒絶理由が発行され、その拒絶理由において、「本願の実施例1?15及び比較例2、3の対比から、酸や塩基を特定量含有した炭素繊維前駆体用処理剤は、前記pHが4.0以上且つ10.0以下ではない。」と指摘されている。そして、シリコーン及び非イオン界面活性剤以外の成分を含まない本件特許公報の実施例14、15では、pHが9.6及び7.2と記載されている。甲1発明における実施例11及び13では、ベース成分、カチオン界面活性剤、非イオン界面活性剤以外の成分を含まないことから、これらの油剤の「pHが4.0以上且つ10.0以下である」ことは記載されているに等しい。」(特許異議申立書16ページ下から8行?最終行)
当該主張について検討する。
本件特許の明細書【0045】の記載によれば、本件特許の実施例14は、「シリコーン」として「A-4:粘度:5000mm^(2)/s、当量7000g/mol、ジアミン型のアミノ変性シリコーン」60質量部、「非イオン界面活性剤」として「B-4:ドデシルアルコールのエチレンオキサイド20モル付加物」25重量部及び「B-5:トリデシルアルコールのエチレンオキサイド3モル付加物」10重量部を含有するものであり、実施例15は「シリコーン」として「A-7:粘度:10000mm^(2)/sのジメチルシリコーン」50質量部、「非イオン界面活性剤」として「B-4:ドデシルアルコールのエチレンオキサイド20モル付加物」30重量部及び「B-5:トリデシルアルコールのエチレンオキサイド3モル付加物」20重量部を含有するものである。
そうすると、本件特許の実施例14及び実施例15の組成は、甲1発明の組成と異なることが明らかであるから、本件特許の実施例14及び実施例15の「1質量%水希釈液の25℃におけるpH」が、それぞれ9.6及び7.2であることが、ただちに、甲1発明が「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下」であることの根拠にはならない。
したがって、申立人の前記主張には理由がない。

(2)本件発明4?7について
本件発明4?7は、本件発明1に対して、さらに技術的事項を追加したものである。
よって、上記(1)イ.に示した理由と同様の理由により、本件発明4?7は、甲1発明ではない。

2.申立理由2について
(1)本件発明1について
ア.甲1発明を主引用発明とした場合について
(ア)対比
上記1.(1)イ.のとおりである。
(イ)判断
相違点1について検討する。
本件特許の発明の詳細な説明の記載「【0023】本実施形態の処理剤は、処理剤を水に溶解して1質量%水希釈液として調整した際の25℃におけるpHの下限は、4.0以上、好ましくは4.5以上である。かかるpHが4.0以上の場合、本発明の効果を向上させる。また、かかるpHが4.5以上の場合、特に耐炎化繊維の毛羽をより抑制する。」及び「【0024】また、処理剤を水に溶解して1質量%水希釈液として調整した際の25℃におけるpHの上限は、10.0以下、好ましくは9.5以下である。かかるpHが10.0以下の場合、本発明の効果を向上させる。」によれば、本件発明1において「前記炭素繊維前駆体用処理剤の1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のもの」としたことは、「耐炎化炉の汚染及び耐炎化繊維の毛羽を抑制できる。」(本件特許明細書【0013】)という効果を奏するものである。
しかし、甲1には、「耐炎化炉の汚染」や「耐炎化繊維の毛羽を抑制」について記載も示唆もされておらず、また、甲1発明の「炭素繊維前駆体用油剤」について「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のもの」とすることについて記載も示唆もされていないから、甲1発明には、「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のもの」とすることについて、動機付けがない。
そうすると、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

イ.甲2発明を主引用発明とした場合について
(ア)対比
甲2発明の「炭素繊維製造用アクリル繊維油剤」は、その用途及び「炭素繊維製造用アクリル繊維を製造する際に使用することで、優れた強度が得られる」という効果を奏するものであることからみて、本件発明1の「炭素繊維前駆体用処理剤」に相当する。
甲2発明の「シリコーンKF-861M:アミノ変性シリコーンKF-861(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:3,500mm^(2)/s、アミノ当量:2,000g/mol、D4を約1重量%含有)よりD4の含有量を0重量%にしたもの、又はシリコーンKF-880:アミノ変性シリコーンKF-880(信越化学工業株式会社製、25℃粘度:650mm^(2)/s、アミノ当量:1,800g/mol、D4を約5重量%含有)」である「変性シリコーン(A)」は、本件発明1の「シリコーン」に相当する。
甲2発明の「D4:環状シロキサン4量体、2.4mm^(2)/s、又はD5:環状シロキサン5量体、4.0mm^(2)/s」である「低分子量シロキサン(B)」は、本件発明1の「低分子量シロキサン」に相当するから、甲2発明の「D5を5重量%」、「D5を2.5重量%」、「D4を5重量%」及び「D4を約5重量%含有」する「シリコーンKF-880を90重量%」含有することと、本件発明1の「ガスクロマトグラフィー質量分析法により求められる前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子量シロキサンの濃度が6.9質量%以下であること」とは、「前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子量シロキサンの濃度が6.9質量%以下であること」の限りで一致する。
そうすると、本件発明1と甲2発明とは、次の一致点で一致し、相違点3?5で相違する。
[一致点]
「シリコーンを含有する炭素繊維前駆体用処理剤であって、
前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子量シロキサンの濃度が6.9質量%以下であることを特徴とする炭素繊維前駆体用処理剤。」
[相違点3]
「シリコーン」について、本件発明1は、「30?60質量%含有する」であるのに対し、甲2発明は、「シリコーンKF-861Mを80重量%」、「シリコーンKF-861Mを82.5重量%」、「シリコーンKF-861Mを80重量%」又は「D4を約5重量%含有」する「シリコーンKF-880を90重量%」を含有する点。
[相違点4]
本件発明1は、「前記炭素繊維前駆体用処理剤の1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のものであ」るのに対し、甲2発明は、その点が不明である点。
[相違点5]
「前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子量シロキサンの濃度が6.9質量%以下であること」について、本件発明1は、「ガスクロマトグラフィー質量分析法により求められる」ものであるのに対し、甲2発明は、その点が不明である点。

(イ)判断
相違点4について検討する。
本件特許の発明の詳細な説明の記載「【0023】本実施形態の処理剤は、処理剤を水に溶解して1質量%水希釈液として調整した際の25℃におけるpHの下限は、4.0以上、好ましくは4.5以上である。かかるpHが4.0以上の場合、本発明の効果を向上させる。また、かかるpHが4.5以上の場合、特に耐炎化繊維の毛羽をより抑制する。」及び「【0024】また、処理剤を水に溶解して1質量%水希釈液として調整した際の25℃におけるpHの上限は、10.0以下、好ましくは9.5以下である。かかるpHが10.0以下の場合、本発明の効果を向上させる。」によれば、本件発明1において「前記炭素繊維前駆体用処理剤の1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のもの」としたことは、「耐炎化炉の汚染及び耐炎化繊維の毛羽を抑制できる。」(本件特許明細書【0013】)という効果を奏するものである。
しかし、甲2には、「耐炎化繊維の毛羽を抑制」について記載も示唆もされておらず、また、甲2発明の「炭素繊維製造用アクリル繊維油剤」について「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のもの」とすることについて記載も示唆もされていないから、甲2発明には、「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下のもの」とすることについて、動機付けがない。
そうすると、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

(ウ)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、次のように主張している。
「なお、甲2発明の実施例1?3では、D4成分、D5成分として5%以下の低分子量シロキサンが含有されていること、実施例4では、シリコーンKF-880が、上述したように、オクタメチルシクロテトラシロキサン(不純物)1-5%含有するものである。
そして、甲2発明の実施例1?4の油剤では、シリコーンと低分子量シロキサンと、界面活性剤N-1(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)以外の成分を含有しないことから、上述したように、本件特許公報の実施例14及び15と同様の成分のみを含有するのみであり、同等のpH、つまり、pH7.2?9.6であることは明白である。」(特許異議申立書19ページ下から5行?20ページ2行)
当該主張について検討する。
本件特許の明細書【0045】の記載によれば、本件特許の実施例14は、「シリコーン」として「A-4:粘度:5000mm^(2)/s、当量7000g/mol、ジアミン型のアミノ変性シリコーン」60質量部、「非イオン界面活性剤」として「B-4:ドデシルアルコールのエチレンオキサイド20モル付加物」25重量部及び「B-5:トリデシルアルコールのエチレンオキサイド3モル付加物」10重量部を含有するものであり、実施例15は「シリコーン」として「A-7:粘度:10000mm^(2)/sのジメチルシリコーン」50質量部、「非イオン界面活性剤」として「B-4:ドデシルアルコールのエチレンオキサイド20モル付加物」30重量部及び「B-5:トリデシルアルコールのエチレンオキサイド3モル付加物」20重量部を含有するものである。
そうすると、本件特許の実施例14及び実施例15の組成は、甲2発明の組成と異なることが明らかであるから、本件特許の実施例14及び実施例15の「1質量%水希釈液の25℃におけるpH」が、それぞれ9.6及び7.2であることが、ただちに、甲2発明が「1質量%水希釈液の25℃におけるpHが4.0以上且つ10.0以下」であることの根拠にはならない。
したがって、申立人の前記主張には理由がない。

(エ)小括
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

(2)本件発明2?8について
本件発明2?8は、本件発明1に対して、さらに技術的事項を追加したものである。
よって、上記(1)ア.(イ)及び同イ.(イ)に示した理由と同様の理由により、本件発明2、3及び5は、甲1発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものではなく、本件発明2?8は、甲2発明及び甲3?甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明できたものではなく、本件発明8は、甲1発明及び甲2発明に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-10-29 
出願番号 特願2020-21416(P2020-21416)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (D06M)
P 1 651・ 113- Y (D06M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 橋本 有佳鶴 剛史  
特許庁審判長 久保 克彦
特許庁審判官 石井 孝明
平野 崇
登録日 2020-11-24 
登録番号 特許第6798734号(P6798734)
権利者 竹本油脂株式会社
発明の名称 炭素繊維前駆体用処理剤、炭素繊維前駆体、及び耐炎化繊維の製造方法  
代理人 恩田 誠  
代理人 恩田 博宣  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ