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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
管理番号 1379877
異議申立番号 異議2021-700693  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-19 
確定日 2021-11-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6816146号発明「電池のカソード材料を調製する方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6816146号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6816146号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?20に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、2015年(平成27年)12月22日を国際出願日とする出願であって、令和 2年12月25日に特許権の設定登録がされ、令和 3年 1月20日に特許掲載公報が発行され、その後、同年 7月19日受付(書留番号770230)で、請求項1?10に係る特許に対し、特許異議申立人である伊丹信夫(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?20のうち、請求項1?10に係る発明(以下、順に「本件発明1」?「本件発明10」といい、これらを総合して「本件発明」という。)は、それぞれ、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子を生成する方法であって、
ポリマーと硫黄との混合物を形成する工程と、
加硫雰囲気中で、1℃/分以上且つ10℃/分以下の加熱速度で達成される加硫温度にて前記混合物を加硫する工程であって、前記加硫温度は、500℃<加硫温度<600℃の関係を満たす、工程と、
1.6V以下の還元電位で加硫生成物を電気化学的に還元する工程と、
を備える方法。
【請求項2】
前記ポリマーはポリアクリロニトリル(PAN)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
PANと硫黄との前記混合物の硫黄に対するPANの重量比は、1:3と1:15との間(境界を含む)である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記加硫雰囲気は、アルゴンガス、窒素ガス、または真空である、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記加硫生成物を電気化学的に還元する前記工程は、
アノードと、
カソードと、
電解質と、
を備えるセルにおいて行われる、請求項1?4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記アノードが少なくとも部分的にはリチウムを備えるか、前記電解質が少なくとも部分的にはリチウムイオンを備えるか、またはその両方である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記カソードは非ゼロ重量パーセントの前記加硫生成物を備える、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
前記カソードは、
表面をスラリーコーティングする工程と、
前記表面を乾燥させる工程と、
を備える方法を通じて調製される、請求項5?7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
スラリーコーティングに用いられるスラリーは、
前記加硫生成物と、
導電剤と、
バインダーと、
溶媒と、
を備える、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記バインダーは、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)、ポリアクリル酸(PAA)、ポリビニルアルコール(PVA)、アルギン酸塩、または酸化グラフェン(GO)を含む、請求項9に記載の方法。」

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願の出願前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、下記甲第1?6号証を提出して、以下の申立理由1?4により、本件特許のうち請求項1?10に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(新規性欠如)
本件発明1、4?10は、甲第6号証に記載の周知技術を参照すれば、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性欠如)
本件発明1、4?10は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(新規性欠如)
本件発明1、2、4?7は、甲第6号証に記載の周知技術を参照すれば、甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(進歩性欠如)
本件発明1?7は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3?6号証に記載された周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2015-167094号公報
甲第2号証:特表2014-530473号公報
甲第3号証:特表2014-500584号公報
甲第4号証:米国特許出願公開第2015/0155560号明細書
甲第5号証:国際公開第2015/160381号
甲第6号証:Jiulin Wang,et al. ,“A Novel Conductive Polymer-Sulfer Composite Cathode Material for Rechargeable Lithium Batteries”,Advanced Materials,2002,14,No.13-14,July 4,pp963-965

(以下、甲第1号証?甲第6号証を、順に「甲1」?「甲6」という。)

第4 当審の判断
1 甲号証の記載
(1)甲1の記載、及び甲1に記載された発明
ア 甲1の記載
甲1には、「有機硫黄化合物、その製造方法、二次電池用正極活物質、二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。(なお、下線は当審が付与し、「…」は記載の省略を表す。以下同様。)。

1ア 「【請求項1】
下記一般式(1)で表わされるハロゲン化芳香族化合物と硫黄とを反応させることにより得られる有機硫黄化合物であり、有機硫黄化合物中の全硫黄量(wt%)に対する有機硫黄化合物中にインターカレートされた硫黄量(wt%)の比が0.75未満であることを特徴とする有機硫黄化合物。

[上記一般式においてArは芳香族炭化水素を表わす。Xはハロゲン元素を表わし、Br、Iのいずれかである。nは2以上の自然数を表わす]
【請求項2】
前記Arが縮合環炭化水素であることを特徴とする請求項1に記載の有機硫黄化合物。
【請求項3】
前記Arが9,9’-ビアントラセンであることを特徴とする請求項1に記載の有機硫黄化合物。
【請求項4】
一般式(1)で表わされるハロゲン化芳香族化合物と硫黄とを200℃から800℃の間で、減圧雰囲気下において反応させることを特徴とする有機硫黄化合物の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかに記載の有機硫黄化合物を用いたことを特徴とする二次電池用正極活物質。
【請求項6】
請求項5に記載の二次電池用正極活物質を用いたことを特徴とする二次電池。」

1イ 「【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極として有用な有機硫黄化合物と、その製法、ならびに該有機硫黄化合物を含む正極活物質ならびに二次電池に関する。

【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来技術の問題点を克服できる、エネルギー密度が大きくサイクル特性の良好な二次電池の製造に有用な硫黄系炭素材料の提供を目的とする。」

1ウ 「【0015】
図1に、本発明に係る二次電池の一例の断面図を示す。この二次電池は、負極集電体3、負極層1、電解質を含んだセパレーター5、正極層2、正極集電体4が順に積層された構造を有する。なお、正極層及び負極層の積層方法は特に限定されず、多層積層したものや集電体の両面に積層したものを組み合わせたもの、巻回したもの等が利用できる。
【0016】
<電極活物質>
〔有機硫黄化合物〕
前記一般式(1)において、Arは芳香族炭化水素を表わす。芳香族炭化水素の例としては、ビフェニル、ビフェニレン、ナフタレン、アントラセン、フルオレン、トリフェニルベンゼン、ピレン、テトラセン、ペンタセン、ビアントラセン、フェナントレン、フェナレン、トリフェニレン、フルオランテン、ペリレン、ペンタフェン、ピセン、コロネン、トルクセン、トリナフチレン、ヘキサヘリセン、ヘキサセン、ヘキサフェン、ヘプタセン、ヘプタフェンなどが挙げられる。また、これらの環に置換するハロゲン元素としては臭素原子、ヨウ素原子が挙げられる。nは2以上の自然数であるが、好ましくは2?6である。
【0017】
ここで、ハロゲン化芳香族化合物と硫黄の反応について10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンを例に説明する。10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンなどのハロゲン化芳香族化合物は加熱することにより下記反応式(1)で表わされる反応をすることが知られている(非特許文献3のNature Vol.466 470-473)。
【0018】
【化2】

【0019】
10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンを加熱するとまず200℃付近で脱ハロゲンによる炭素炭素結合が形成され1軸方向に連なった重合体が形成される。
これをさらに加熱すると400℃付近において脱水素化反応が起こり隣接するアントラセン同士が縮合し、リボン状の炭化水素化合物が形成される。
一方、硫黄は室温付近において硫黄原子が8つ連なった環状構造をとっているが下記反応式(2)に示すように、高温下においてその結合が切れビラジカル状態となる。ビラジカルは化学的に活性な状態であるため、速やかに付加反応、付加脱離反応が進行する。
【0020】
【化3】

【0021】
10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンと硫黄が混在した場合、200℃付近においてハロゲン化芳香族化合物の脱ハロゲン反応と硫黄のビラジカル発生がおこり、脱ハロゲン反応により生成する1軸方向に連なった重合体への付加、付加脱離反応が進行する。さらに加熱することにより、隣接する芳香族化合物同士の脱水素反応、直鎖状の硫黄分子結合の解裂、再結合等が起こり複雑な組成の有機硫黄化合物が生成する。生成した有機硫黄化合物は、硫黄が芳香族炭素骨格と複雑に結合していると考えられるため、従来の硫黄を用いた物質とは異なり電解液への溶出が抑えられる。…」

1エ 「【0026】
<結着剤>
有機硫黄化合物を正極活物質として用いる場合には、各構成材料間の結びつきを強めるため結着剤を用いることもできる。結着剤の例としては、ポリフッ化ビニリデン、ビニリデンフロライド-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ビニリデンフロライド-テトラフルオロエチレン共重合体、スチレン・ブタジエン共重合ゴム、ポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリイミド、カルボキシメチルセルロース、各種ポリウレタン等の樹脂バインダーが挙げられる。
【0027】
<集電体>
本発明における集電体とは、導電体で形成され電池の電極から発生する電荷を集めることができるものである。図1の例では、負極集電体3、正極集電体4として、ニッケル、アルミニウム、銅、金、銀、アルミニウム合金、ステンレス等の金属箔、金属平板、メッシュ状電極、パンチング電極、炭素電極等を用いることができる。また、活物質と集電体とを化学結合させてもよい。
【0028】
<セパレーター及び封止剤>
図1におけるセパレーター5は、正極層と負極層が接触して短絡しないようにするものであり、高分子多孔質フィルム、不織布などの材料を用いることができる。更にこのようなセパレーターは、電解質を含ませて構成することも好ましい。ただし、上記電解質として、イオン伝導性高分子等の固体電解質を用いる場合には、セパレーターそのものを省略することもできる。また、図1におけるステンレス外装(封止材)6についても特に制限はなく、電池の外装に用いられる従来公知の材料が用いられる。
【0029】
<電解質>
本発明で用いる電解質は、負極層1と正極層2の両極間の荷電担体輸送を行なうものであり、一般に室温で10^(-5)?10^(-1)S/cmのイオン伝導性を有している。電解質としては、例えば電解質塩を溶剤に溶解した電解液を利用することができる。電解質塩としては、例えば、LiPF_(6)、LiClO_(4)、LiBF_(4)、LiCF_(3)SO_(3)、Li(CF_(3)SO_(2))_(2)N、Li(C_(2)F_(5)SO_(2))_(2)N、Li(CF_(3)SO_(2))_(3)C、Li(C_(2)F_(5)SO_(2))_(3)C等の従来公知の材料を用いることができる。」

1オ「【0032】
<合成例1>
化合物(C-1)の合成
よく乾燥させた重合管(外径25mm、高さ80mm)に10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセン0.25g(0.49mmol)と硫黄0.50g(2×16×0.49mmol=15.68mmol、ハロゲン元素1つに対して16倍モル使用)を(あらかじめ乳鉢でよく混合しておく)入れ、凍結乾燥を3回繰り返した後、封管した。
封管された重合管を電気炉に入れ、図2に示す温度ステップで反応を行なった。
【0033】
放冷後、封管を破り、内容物をイオン交換水100mlが入ったビーカーに空け30分攪拌洗浄した。不溶物をろ別し、トルエン100mlが入ったビーカー中でさらに30分攪拌洗浄した。不溶物をろ過し、80℃で減圧乾燥することにより、光沢のある黒色物質を得た(0.32g)。続いて未反応の硫黄を取り除くためガラスチューブオーブン(SHIBATA製、GTO-200)を用いて200℃で減圧乾燥を1時間行ない、有機硫黄化合物0.30gを光沢のある黒色物質として得た。この物質のラマンスペクトルを測定したところ、1545cm^(-1)にsp^(2)炭素構造由来のGバンドが、1365cm^(-1)付近にグラファイト構造の欠陥由来のDバンドが観測されたことからグラファイト状の物質が形成されていると思われる。なお、ラマンスペクトルは東京インスツルメンツ社製 レーザーラマン顕微鏡 Nanofinder30を用いておこなった(Laser波長:532nm、対物レンズ:N.A.0.6、ND:2、露光時間10秒、積算回数:4回)。また、元素分析及びTGA結果を表1に記す。元素分析はC、H、N元素に関して、試料を0.0001mgまで秤量し、CHN同時分析を行なった(システム:Elementar社製、vario MICRO cube装置、燃焼炉:950℃、還元炉:550℃、ヘリウム流量:200ml/min、酸素流量:25?30ml/min)。S元素に関しては試料を0.001mgまで秤量し、フラスコ燃焼?イオンクロマトグラフィーにより分析を行なった(システム:DIONEX社製、DX320、カラム:IonPac AS12A、移動層:2.7mmol/L Na_(2)CO_(3)+0.3mmol/L NaHCO_(3)、流速1.5mL/min、検出器:電気伝導度検出器、注入量:25μL)。TGAはセイコーインスツルメント社製、熱分析装置EXSTAR6000を用い、アルミニウム製パンに試料を2?10mg程度量りとり、窒素気流下(200ml/min)、30℃から550℃まで10℃/minの昇温速度にて昇温し、550℃にて10分間温度維持することで測定を行った。
【0034】
<合成例2>
化合物(C-2)の合成
550℃での処理時間を2時間とした以外は化合物(C-1)の合成と同様に行ない化合物(C-2)を得た(0.31g)。元素分析及びTGA結果を表1に記す。
【0035】
<合成例3>
化合物(C-3)の合成
550℃での処理時間を5時間とした以外は化合物(C-1)の合成と同様に行ない化合物(C-3)を得た(0.29g)。元素分析及びTGA結果を表1に記す。
【0036】
<合成例4>
化合物(C-4)の合成
ハロゲン化芳香族化合物を1,6-ジブロモピレン0.25gとした以外は化合物(C-1)の合成と同様に行ない化合物(C-4)を得た(0.30g)。元素分析及びTGA結果を表1に記す。
【0037】
<合成例5>
化合物(C-5)の合成
ハロゲン化芳香族化合物を1,3,5-トリス(4-ブロモフェニル)ベンゼン0.25gとした以外は化合物(C-1)の合成と同様に行ない化合物(C-5)を得た(0.25g)。元素分析及びTGA結果を表1に記す。
【0038】
<合成例6>
化合物(C-6)の合成
ハロゲン化芳香族化合物を1,3,6,8-テトラブロモピレン0.25gとした以外は化合物(C-1)の合成と同様に行ない化合物(C-6)を得た(0.22g)。
元素分析及びTGA結果を表1に記す。
【0039】
<合成例7>
化合物(C-7)の合成
ハロゲン化芳香族化合物を2,3,6,7,10,11-ヘキサブロモトリフェニレン0.25gとした以外は化合物(C-1)の合成と同様に行ない化合物(C-7)を得た(0.56g)。元素分析及びTGA結果を表1に記す。
【0040】
<合成例8>
比較化合物1の合成
よく乾燥させた重合管(外径25mm、高さ80mm)に10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセン0.25g(0.49mmol)を入れ、凍結乾燥を3回繰り返した後、封管した。封管された重合管を電気炉に入れ、図2に示す温度ステップで反応を行なった。放冷後、封管を破り、内容物をイオン交換水100mlが入ったビーカーに空け30分攪拌洗浄した。不溶物をろ別し、トルエン100mlが入ったビーカー中でさらに30分攪拌洗浄した。不溶物をろ過し、80℃で減圧乾燥することにより、光沢のある黒色物質を得た(0.18g)。続いて黒色物質0.18gと0.27gの硫黄を乳鉢でよく混合し、ガラスチューブオーブン(SHIBATA製、GTO-200)を用いて155℃、アルゴン雰囲気下で熱処理を12時間行った。その結果、比較化合物1として黒色物質0.45gを得た。
【0041】
【表1】


1カ 「【0042】
<実施例1>
-電池の作成-
化合物(C-1)と導電補助材のグラファイト、結着材のポリ(フッ化ビニリデン)を混合し、そこにN-メチルピロリドンを加え、全体が均一になるまで混練して黒色のペーストを得た。混合比は、化合物(C-1):グラファイト:結着材=2:6:2とした。続いて、このペーストを、ブレードコート治具を用いてアルミニウム箔上に均一に塗工した。得られた塗工膜を、予め120℃に設定しておいた温風乾燥器内に入れて、20分間乾燥させ、電極層を作製した。電極層をφ16mmの円形状に打ち抜き円形状正極電極とした。露点温度-70℃以下のグローブボックス中において、ステンレス外装内に、前記円形状正極、φ25mmのポリプロピレン多孔質フィルムセパレータ、φ16mmの円形状のLi金属箔陰極の順に積層し、電解質として1.0mol/LのLiPF6電解質塩を含むエチレンカーボネート/ジエチルカーボネート混合溶液(混合体積比1:2)を加えた。最後にステンレス外装としての蓋をかぶせ、密閉して実施例1の電池を作製した。」

1キ 「【0051】
-電池の評価-
実施例1?7及び比較例1、2の電池について、定電流(0.05mA)下で、カットオフ電圧を充電3.0V、放電1.5Vとして充放電を行なった。放電-充電を1回行なうと1サイクルとし、50サイクル後の放電容量を表2に記した。表2から、本発明の有機硫黄化合物を活物質として使用した実施例の電池は、比較例の電池に比べて、サイクル特性が良好であることがわかる。」

1ク 「【図1】



1ケ 「【図2】



イ 甲1に記載された発明
(ア)上記1ア、1イによれば、甲1に記載された発明は、エネルギー密度が大きくサイクル特性の良好な二次電池の製造に有用な硫黄系炭素材料の提供を目的としており(【0008】)、一般式(1)で表わされるハロゲン化芳香族化合物と硫黄とを200℃から800℃の間で、減圧雰囲気下において反応させることによって上記有機硫黄化合物を製造することができる(【請求項4】)。

(イ)上記1オによれば、有機硫黄化合物の合成例1では、一般式(1)で表わされるハロゲン化芳香族化合物として、10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンを用い、当該10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンと硫黄を予め乳鉢で混合したものを重合管に封管し、電気炉で【図2】の温度ステップで反応を行うことにより、化合物(C-1)を合成している(【0032】)。【図2】によれば、上記温度ステップとは、混合したものを、室温から250℃まで30分かけて昇温し(室温24℃とすれば、昇温速度226÷30≒7.5℃/分)、10分保持後、さらに、250℃から550℃まで30分かけて昇温(昇温速度300÷30=10℃/分)し、550℃で10分保持することである。

(ウ)上記1ウによれば、10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセン(反応式(1)の左図)と硫黄(反応式(2)の左図)を混在させ、【図2】の温度ステップとした場合に次の反応が生じる(【0021】)。すなわち、200℃付近においてハロゲン化芳香族化合物の脱ハロゲン反応と硫黄のビラジカルが発生し(反応式(2)の右図)、脱ハロゲン反応により生成する1軸方向に連なった重合体への付加、付加脱離反応が進行する(反応式(1)の中央図)。さらに加熱することにより、隣接する芳香族化合物同士の脱水素反応(反応式(1)の右図)、直鎖状の硫黄分子結合の解裂、再結合等が起こり複雑な組成の有機硫黄化合物が生成する。上記1オによれば、合成例1の製造方法によって生成する上記有機硫黄化合物は化合物(C-1)である。

(エ)上記1カによれば、化合物(C-1)を含むペーストをアルミニウム箔上に塗工、乾燥して正極電極を形成し、ステンレス外装内に、前記正極、セパレータ、Li金属箔陰極の順に積層し、電解質を加え、最後にステンレス外装としての蓋で密閉することにより、実施例1の電池を作製した(【0042】)。

(オ)上記1キによれば、実施例1の電池について、定電流(0.05mA)下で、カットオフ電圧を充電3.0V、放電1.5Vとして充放電を行なった(【0051】)。

(カ)したがって、上記(ア)?(オ)の検討に基づいて、合成例1の有機硫黄化合物の製造方法と、引き続き行われる、合成例1の有機硫黄化合物を正極に用いた実施例1の電池への充放電に注目すると、甲1には次の「有機硫黄化合物を生成する方法」が記載されているものと認められる(以下「甲1発明」という。)。

「有機硫黄化合物を生成する方法であって、
10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンと硫黄を乳鉢で混合する工程と、
混合したものを重合管に封管し、電気炉で次の温度ステップで反応させて化合物(C-1)を合成する工程とを含み、
上記温度ステップとは、室温から250℃まで昇温速度約7.5℃/分で昇温し、10分間保持し、250℃から550℃まで昇温速度10℃/分で昇温し、550℃で10分保持するステップであり、
上記化合物(C-1)は、隣接するアントラセン同士が縮合したリボン状の炭化水素化合物と硫黄が複雑に結合した有機硫黄化合物であり、
合成された上記化合物(C-1)を正極に用い、Li金属箔を陰極に用いた電池に対して、カットオフ電圧を充電3.0V、放電1.5Vとして充放電を行う、
有機硫黄化合物を生成する方法。」

(2)甲2の記載、及び甲2に記載された発明
ア 甲2の記載
甲2には、「電池用活物質」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
2ア 「【0025】
課題:
本発明の課題は、特に、後に可能となるプロセスの大工業的な応用を考慮しながら、従来技術の公知の欠点を克服することであった。それに応じて、とりわけ、電池用活物質を製造するための、低コストで効率的でかつ確実な方法を見出すことが望まれていた。さらに、相応して有利な電池用活物質、相応する電極及び電池自体を提供することが課題であった。」

2イ 「【0031】
詳細な説明:
本発明の対象は、特に、電池用活物質の製造法において、以下の工程a)?d):
a)電気化学的に活性な粒子を装入する工程、
b)任意に、この電気化学的に活性な粒子を粉砕して、走査型電子顕微鏡で測定した平均粒度が2μm未満となるようにする工程、
c)適当な有機溶剤中にあってもよい有機炭素化合物を添加し、混合する工程、
d)この混合物を、保護ガス下に、有機化合物の分解限界を上回り、好ましくは300℃を上回り、かつ電気化学的に活性な粒子の分解温度を下回る温度へと加熱する工程であって、それにより、有機炭素化合物が分解して炭素となり、この炭素が均一な層として電気化学的に活性な粒子の表面上に堆積するものとする、
を含むか又はこれらの工程からなることを特徴とする方法である。
【0032】
電気化学的に活性な粒子として、本発明の範囲内では、方法において特にLi_(2)S粒子を使用する。その際、Li_(2)Sのイオン及び電子伝導性が非常に低いことに基づき、高い比表面積を達成するためには、REMで測定した平均粒度が2μm未満であることが必要である。使用するLi_(2)Sがすでに2μm未満の平均粒度を有している場合には、粉砕は不要である(しかしながら、行ってもよい。)。
【0033】
添加すべき炭素化合物ないし炭素源は、保護ガス下に電気化学的に活性な粒子の溶融温度を下回る温度で加熱した際に、これらの炭素化合物ないし炭素源が分解して炭素となるように選択する必要がある。好ましくは、本発明の範囲内では炭素化合物として、糖、特にサッカロース又はポリアクリロニトリルを使用する。ポリアクリロニトリルは、糖と比較してN-メチル-2-ピロリドン(NMP)に可溶であるという利点を有しており、これによってLi_(2)S粒子上に一様な炭素被覆が生じる。このことは、充放電過程の間の効率の改善によって確認することができる。
【0034】
炭素源として糖を使用した場合にも、卓越した結果を達成することができる。この結果は多くの場合、文献から公知である結果を明らかに上回るものである。
【0035】
炭素化合物を分解して炭素にするために、炭素化合物を、保護ガス下に、好ましくはヘリウム、ネオン、アルゴン又は窒素下に、特に好ましくは窒素下に、2?5時間、好ましくは3時間、850℃まで、好ましくは550℃?750℃の温度に加熱する。その際、分解温度までの加熱は、原則的に生成物への影響なく任意の加熱勾配で行うことができるが、実地上の理由から、好ましくは約2?4℃/分、特に3℃/分の温度上昇を選択する。」

2ウ 「【0052】
さらに本発明の対象は、リチウム金属電池及び/又はリチウムイオン電池における正極材としての、本発明により製造された活物質の使用である。
【0053】
本発明は幾つかの顕著な利点を有しているが、そのうち幾つかを以下に記述する;
活物質としての硫化リチウム(Li_(2)S)の使用は、理論な観点で比容量が比較的低い(1166mAhg^(-1))ことを除けば、元素硫黄と比較していくつかの利点を有している。硫化リチウム(Li_(2)S)はすでにリチオ化されているため、リチウム硫黄電池における使用に加えて、リチウムイオン電池における正極材としての使用も可能である。これによって、金属リチウム以外の負極材(例えば黒鉛、ケイ素、スズなど)の利用が可能になるため、ここに挙げた材料は負極側への金属リチウムの使用から解放される。
【0054】
このことは実際の利用可能性に関して極めて大きな利点の一つであり、それというのも、金属リチウムの使用はなおも樹枝状晶形成のリスクを抱えているためである。
【0055】
他方で、これによって材料の汎用性が高まり、かつ、リチウムイオン技術からのすでに商業的に成功しているかもしくは将来的な全ての負極材の併用が可能となる。さらに、Li_(2)Sを出発材料として使用することによって、炭素包囲体内の亀裂を招く硫黄のリチオ化の間の体積膨張が事前に生じることとなる。このようにして、Li_(2)S粒子を包囲する炭素層は、充放電過程を繰り返し行っている間であっても損傷のないままである。

【0058】
さらに、製造された活物質の電子伝導性は、均一な炭素包囲体自体によって著しく向上する。これによって、Li_(2)S粒子及びその凝集体は電子絶縁を生じなくなる。ここで、電子絶縁によってこのLi_(2)S粒子及びその凝集体は電気化学的に不活性になり、ひいてはさらなる充放電過程にもはや利用できなくなってしまう。
【0059】
特に、均一な炭素包囲体によって、電解質中に溶解した多硫化物の流出及び正極表面へのその析出(これは、正極表面に析出した活物質の電気化学的不活性化につながる)、並びに負極表面へのその析出(これは、負極の不活性化の増大、並びに特に、硫黄をベースとする電池系の自己放電の原因であるいわゆる「シャトル機構」の発現につながる)が、効果的に妨げられる。【0060】
さらに、均一な炭素包囲体によって硫黄粒子ないしLi_(2)S粒子の物理的接触が妨げられるため、サイクル進行中の粒子凝集が活発に抑制される。【0061】
本発明の範囲内では、元素硫黄ではなく好ましくはLi_(2)Sを正極用出発材料として使用した。」

2エ 「【0089】
図2は、本発明による方法により炭素源としてのポリアクリロニトリルに由来する炭素で被覆したLi_(2)Sを活物質として使用した3つの電極を用いた測定に関する3つのグラフを示したものである。実施例1及び2により製造を行った。
【0090】
グラフ1は、電解質60μl及びC/50=0.01524mAでの測定を示したものである。
【0091】
グラフ2は、45μl及びC/50=0.01617mAでの測定を示したものであり、グラフ3は、30μl及びC/50=0.01422mAでの測定を示したものである。
【0092】
パラメーターは、全ての測定について図1と同一であった。
(炭素被覆Li_(2)Sをベースとする電極の定電流サイクル。炭素源としてPANを使用し、使用する電解質の量を変化させた:上方の図は60μl(C/50≒0.01524mA)、中央の図は45μl(C/50≒0.01617mA)、下方の図は30μl(C/50≒0.01422mA)である。適用したCレート:C/50。カットオフ電位:1.2及び3.5V vs Li+/Li)。」

2オ 「【0094】
図4は、二つのX線回折図を示す。ここで、上方の図は出発材料Li_(2)SのX線回折図を示す。下方の図は、本発明による方法で550℃で炭素で被覆されたLi_(2)SのX線回折図を示す。
【0095】
ここから、Li_(2)Sの構造が炭素被覆後も保持されたままであることが明らかである。」

2カ 「【実施例】
【0097】
実施例1-活物質の製造:
平均粒度を低下させるため、Li_(2)S 3gを、ボールミル(ZrO_(2)ボール 30g)で、潤滑助剤としてアセトニトリル10mlを用いて粉砕した。その際、この粉砕を200?400rpmで20分間実施し、その後、10分間放置した。これを30回繰り返した。
【0098】
その後、この粉砕したLi_(2)S 9gとサッカロース1gとを、第二のバッチではこの粉砕したLi_(2)S 9gとポリアクリロニトリル溶液1g(PAN 1gとNMP 9gとから製造したもの)とを、乳鉢内でそれぞれ30分間混合した。
【0099】
引き続き、この混合物を管炉へと移した。
【0100】
そこで、窒素雰囲気下に温度を室温から3℃/分の加熱速度で550℃へと上昇させ、この温度を窒素雰囲気下に(等温)3時間保持した。
【0101】
実施例2-活物質の製造:
最初のうちは実施例1の通りに行った。
【0102】
但し、管炉内で窒素雰囲気下に、温度を室温から3℃/分の加熱速度で300℃へと上昇させ、この温度を2時間保持した。次いで、温度を同じ加熱速度で750℃へと上昇させ、窒素雰囲気下に(等温)3時間保持した。」

2キ 「【0103】
実施例3-電極の作製:
実施例1で製造したそれぞれの活物質40gとSuper P(R) Li 50gとを、ミキサー(ボールミル)中で200?400rpmで1時間混合し、その後、10分間休止した。これを3回繰り返した。
【0104】
次いで、10%PVDF溶液それぞれ100gを300?600rmpで1時間混合し、その後、10分間休止した。これを3回繰り返した。
【0105】
得られた生成物を、室温で乾燥室内で24時間乾燥させ、次いでさらに60℃で2時間、80℃で2時間及び100℃で2時間乾燥させた。
【0106】
この乾燥させた正極材を用いて、成分を「ポーチバッグ」内に配置することにより電極を作製した。その際、Al/Ni集電体、電解質として3:7の比のTEGDME/1,3-ジオキサン中の0.5M LiCF_(3)SO_(3)、及びセパレータとしてCelgard(R) 2325を使用した。
【0107】
実施例3(当審注:「実施例4」の誤記と認められる。)-従来技術による電極の作製(比較):
実施例2(当審注:「実施例3」の誤記と認められる。)の通りに行ったが、但し活物質として硫黄を使用した。
【0108】
結果:
実施例2及び実施例3(比較例)(当審注:「実施例3及び実施例4(比較例)」の誤記と認められる。)により作製した電極を用いて測定を行った。その結果を、図1(Cで被覆されたLi_(2)S;出発材料:サッカロース)及び図2(Cで被覆されたLi_(2)S;出発材料:ポリアクリロニトリル)並びに図3(硫黄、被覆なし=比較例)に示す。」

2ク 「【図4】



イ 甲2に記載された発明
(ア)上記2アによれば、甲2に記載された発明は、電池用活物質を製造するための、低コストで効率的でかつ確実な方法を見出すことを目的としている。

(イ)上記2イによれば、次の4つの工程を含む製造方法によって電池用活物質を製造することができる(【0031】)。
a)電気化学的に活性な粒子を装入する工程、
b)任意に、この電気化学的に活性な粒子を粉砕して、走査型電子顕微鏡で測定した平均粒度が2μm未満となるようにする工程、
c)適当な有機溶剤中にあってもよい有機炭素化合物を添加し、混合する工程、
d)この混合物を、保護ガス下に、有機化合物の分解限界を上回り、好ましくは300℃を上回り、かつ電気化学的に活性な粒子の分解温度を下回る温度へと加熱する工程であって、それにより、有機炭素化合物が分解して炭素となり、この炭素が均一な層として電気化学的に活性な粒子の表面上に堆積するものとする、
を含むか又はこれらの工程。

(ウ)上記2イによれば、上記電気化学的に活性な粒子としてLi_(2)S粒子を使用し、上記添加する有機炭素化合物としてポリアクリロニトリルを使用できる。ポリアクリロにトロルはNMPに可溶であるため、Li_(2)S粒子上に一様な炭素被覆を生じさせることができる(【0032】、【0033】)。

(エ)上記2イによれば、上記d)工程において、保護ガスとして窒素が好ましく、2?5時間、好ましくは3時間、850℃まで、好ましくは550℃?750℃の温度に加熱し、その際、好ましくは約2?4℃/分、特に3℃/分の温度上昇を選択する(【0035】)。

(オ)上記2カによれば、実施例1の活物質の製造方法は次のとおりである。すなわち、Li_(2)Sをボールミルで粉砕し、粉砕したLi_(2)Sとポリアクリロニトリル溶液1g(PAN1gとNMP9gとから製造したもの)とを乳鉢内で30分間混合し、この混合物を管炉内に移して窒素雰囲気下で温度を室温から3℃/分の加熱速度で550℃へと上昇させ、550℃で3時間保持する、というものである(【0097】?【0100】)。実施例1について、粉砕後のLi_(2)Sの平均粒度は記載されていないが、上記2イの記載によれば、2μm未満の条件を満たすものと認められる。

(カ)上記2カによれば、実施例1の活物質を用いて電極を作製し、測定を行った。ここで、実施例1の活物質とは炭素で被覆したLi_(2)Sであり、上記測定とは、上記2エによれば、炭素被覆Li_(2)Sをベースとする電極の定電流サイクル試験について行われたものであり、充放電における電流量はC/50≒0.01524mAであり、カットオフ電位は、対極をリチウム電極として、1.2Vと3.5Vである。

(キ)したがって、上記(ア)?(カ)の検討に基づいて、実施例1の電池用活物質の製造方法と、引き続き行われる、実施例1の電池用活物質を電極に用い、対極にリチウム電極を用いて行われる定電流サイクル試験に注目すると、甲2には次の「電池用活物質を生成する方法」が記載されているものと認められる(以下、「甲2発明」という。)。

「炭素で被覆したLi_(2)Sからなる電池用活物質を生成する方法であって、
Li_(2)Sをボールミルで平均粒度が2μm未満となるように粉砕する工程と、
粉砕したLi_(2)Sとポリアクリロニトリル溶液1g(PAN1gとNMP9gとから製造したもの)とを乳鉢内で30分間混合する工程と、
この混合物を管炉内に移し、窒素雰囲気下で温度を室温から3℃/分の加熱速度で550℃へと上昇させ、550℃で3時間保持する工程とを含み、
上記混合する工程と上記保持する工程によって生成した上記電池用活物質を電極に用い、対極をリチウム電極として、カットオフ電位を1.2Vと3.5Vとして定電流サイクル試験を行う、
活物質を生成する方法。」

(3)甲3の記載
甲3には、「リチウム・硫黄系電池のためのカソード材料」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
3ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、ガルバニ電池のカソード用のカソード材料の製造方法もしくはガルバニ電池のカソードの製造方法ならびにかかるカソード材料、かかるカソードまたはかかるガルバニ電池に関する。」

3イ 「【0002】
従来技術
明らかにより高いエネルギー密度を有するバッテリーを製造するために、目下、リチウム・硫黄系の技術が研究されている。理論上は、この技術を用いて、1000Wh/kgを上回るエネルギー密度を達成できるはずである。しかしながら、このためには、該ガルバニ電池のカソードは、完全に元素の硫黄から成っていなければならない。しかし元素の硫黄はイオン伝導性でも導電性でもないので、カーボンブラック、黒鉛、カーボンナノチューブなどの、エネルギー密度を明らかに低下させる導電性添加剤が、カソード混合物に添加される。

【0005】
リチウム・硫黄系バッテリー用のカソードの製造のためのもう一つの方法は、元素の硫黄とポリアクリロニトリル(PAN)とを280℃?600℃に加熱することを基礎としている。その際、硫黄は、形成する環化されたポリアクリロニトリル、つまり共役π系を有するポリマーへと結合される。その際、元素の硫黄は、走査型電子顕微鏡法では解明することができない。このように製造されるカソードは、典型的には、約350Wh/kgのエネルギー密度を有する。」

(4)甲4の記載
甲4には「METHOD FOR MANUFACTURING A POLYACRYLONITRILE-SULFUR COMPOSITE MATERIAL」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
4ア 「FIELD OF THE INVENTION
[0001] The present invention relates to a method for manufacturing a polyacrylonitrile-sulfur composite material, in particular as an active material for an alkali-sulfur battery, for example for a lithium-sulfur battery. In addition, the present invention relates to a method for manufacturing an active material for an electrode, a polyacrylonitrile-sulfur composite material and an energy store.」
(当審訳:本発明は、特にアルカリ硫黄電池、例えばリチウム硫黄電池の活物質としてのポリアクリロニトリル-硫黄複合材料の製造方法に関する。さらに、本発明は、電極用活物質の製造方法、ポリアクリロニトリル-硫黄複合材料及びエネルギー貯蔵体に関する。)

4イ 「SUMMARY
[0005] A subject matter of the present invention is a method for manufacturing a polyacrylonitrile-sulfur composite material, the polyacrylonitrile-sulfur composite material having an sp^(2) hybrid proportion greater than or equal to 85% with respect to the total carbon atoms included in the composite material, including the steps:
[0006] a) polyacrylonitrile reacting with sulfur at a temperature of greater than or equal to 450℃., in particular greater than or equal to 550℃.;
[0007] b) immediate purifying of the product obtained in method step a); and
[0008] c) drying the purified product, if necessary.」
(当審訳:要約
[0005]本発明の主題は、ポリアクリロニトリル-硫黄複合材料の製造方法であり、該ポリアクリロニトリル-硫黄複合材料は、該複合材料に含まれる全炭素原子に対して85%以上のSP^(2)混成比率を有し、以下の:
[0006]a)ポリアクリロニトリルを450℃以上、特に550℃以上の温度で硫黄と反応させる工程;
[0007]b)工程a)で得られた生成物を即時精製する工程;および
[0008]c)必要に応じて、精製物を乾燥させる工程、
を含む。)

4ウ 「[0036] For example, the weight ratio of sulfur to, particularly cyclized, polyacrylonitrile in percent by weight may be greater than or equal to 1:1, particularly greater than or equal to 1.5:1, for example greater than or equal to 2:1, for example greater than or equal to 3:1, and/or less than or equal to 20:1, in particular less than or equal to 15:1, or less than or equal to 10:1, for example less than or equal to 5:1, or less than or equal to 3:1, or less than or equal to 2.5:1, or less than or equal to 2:1. The excess elemental sulfur used during the manufacturing is removed thereafter, for example, by sublimation at high reaction temperatures or, as explained above, by a Soxhlet extraction. In particular, a composite material having a particularly advantageous conductivity may be produced by sulfur excess, which may further positively influence the rate capacity.」
(当審訳:[0036]例えば、硫黄と、特に管状のポリアクリロニトリルとの重量比は、重量パーセントで、1:1以上、特に1.5:1以上、例えば2:1以上、例えば3:1以上、及び/又は20:1以下、特に15:1以下、又は10:1以下、と問えば5:1以下、又は3:1以下、又は2.5:1以下、又は2:1以下であってもよい。製造中に使用された過剰な元素硫黄は、その後、例えば、高い反応温度での昇華や、上で説明したようにソックスレー抽出によって除去される。特に、硫黄過剰により、特に有利な導電性を有する複合材料が製造される可能性があり、これはレート容量にさらにポジティブな影響を与える可能性がある。)

(5)甲5の記載
甲5には「LONG CYCLE-LIFE LITHIUM SULFUR SOLID STATE ELECTROCHEMICAL CELL」(発明の名称)に関して、次の記載がある。

5ア 「[0067] In one embodiment, the cathode active material contains a polyacrylonitrile-sulfur (SPAN) composite. SPAN is a composite material that is produced by reacting polyacrylonitrile (PAN) with sulfur (S). SPAN material has sulfur-carbon bonds which can bond polysulfides to the SPAN polymer matrix. In such a SPAN composite, the sulfur is fixedly bonded to a polymer structure on a sub-nanometer/nanometer scale. In addition the sulfur is finely or homogeneously distributed within the SPAN structure. SPAN has been shown to offer good cycling stability with a high sulfur utilization rate. In addition, SPAN has shown such good performance even at high discharge rates (C rates).
[0068] In one embodiment of the invention, SPAN is produced by reacting polyacrylonitrile with an excess of sulfur at a temperature greater than or equal to 300℃. In some arrangements, temperatures greater than or 550℃ are used. …」
(当審訳:[0067]一実施形態においては、カソード活物質は、ポリアクリロニトリル-硫黄(SPAN)複合体を含む。SPANは、ポリアクリロニトリル(PAN)を硫黄(S)と反応させることによって生成される複合体である。SPAN材料は、SPANポリマーマトリックスにポリスルフィドを結合することができる硫黄-炭素結合を有する。こうしたSPAN複合体においては、硫黄は、サブナノメーター/ナノメータースケールにおいてポリマー構造に固定して結合されている。更に、硫黄は、SPAN構造内で微細に又は均一に分布される。SPANは、高い硫黄の利用率によって良好なサイクル安定性をもたらすことが示されている。更に、SPANは、更に高放電率(C率)でこうした良好な性能を示している。
[0068]本発明の一実施形態においては、SPANは、300℃以上の温度で、ポリアクリロニトリルを過剰な硫黄と反応させることによって生成される。いくつかの配置においては、550℃以上の温度が使用される。)

(6)甲6の記載
甲6には次の記載がある。
6ア 「Therefore, conductive polymer-sulfur composites were prepared simply by heating a mixture of polyacrylonitrile(PAN, with a chemical formula of(C_(3)NH_(3))_(n); Aldrich)powder and sublimed sulfur at 280 to 300 ℃, under argon gas protection for 6h.」(964頁左欄下から10?6行)
(当審訳:したがって、導電性ポリマー-硫黄複合体は、ポリアクリロニトリル(PAN、化学式(C_(3)NH_(3))_(n)、Aldrich社)の粉末と昇華硫黄との混合物を、アルゴンガス保護下で280?300℃で6時間加熱するだけで得られた。

6イ 「In order to examine the practical performance of the composites as cathodes for rechargeable batteries, a lithium electrolyte gel-composite cell was charged and discharged at 0.2 mAcm^(-2) between 1.0 and 3.0V, at ambient temperature. A typical voltage profile of the cell is shown in Figure 3a.」(965頁左欄下から11?7行)
(当審訳:本複合体の二次電池用カソードとしての実用性を検討するため、リチウム電解質ゲル複合セルを、0.2mAcm^(-2)、1.0?3.0V、常温で充放電した。このセルの典型的な電圧プロファイルを図3aに示す。)

6ウ 「

」(965頁左欄)(当審訳:図3a)充放電曲線とb)リチウムゲル電解質複合セルのサイクル特性)

6エ 「The specific capacity of the composite is up to 850 mAhg^(-1) in the first cycle, which means that almost all the sulfur atoms were reduced to S^(2-), via the reaction, 2Li+S → Li_(2)S, in view of the theoretical capacity of elemental sulfur, and the sulfur content in the composite.」(965頁右欄1?5行)
(当審訳:この複合体の比容量は、1サイクル目で850mAhg^(-1)であり、これは元素硫黄の理論容量及び複合体中の硫黄含有量を考慮すると、2Li+S→Li_(2)Sの反応を介して、ほぼ全ての硫黄原子がS^(2-)に還元されたことを意味する。)

2 本件発明1?10と甲1発明との対比と判断
(1)本件発明1と甲1発明との対比
ア 甲1発明の「10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセン」と本件発明1の「ポリマー」は、有機化合物である点で共通する。したがって、甲1発明の「10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセンと硫黄を乳鉢で混合する工程」と本件発明1の「ポリマーと硫黄との混合物を形成する工程」は、有機化合物と硫黄との混合物を形成する工程である点で共通する。

イ 甲1発明の「隣接するアントラセン同士が縮合したリボン状の炭化水素化合物と硫黄が複雑に結合した有機硫黄化合物であ」る「化合物(C-1)」は、加熱することによって硫黄を含むようになった生成物であるから、本件発明1の「加硫生成物」に相当する。

ウ 本件特許明細書には「方法1100はポリマーと硫黄との混合物を形成する工程1110を含む。次に工程1120で、加硫生成物を形成するために、加硫雰囲気中で、ある加熱速度で達成される加硫温度にて混合物を加硫する。」(【0015】)、「加硫工程1120中の雰囲気はアルゴンガス、窒素ガス、または真空のうちの1つとして選択される。」(【0017】)及び「次にその混合物は加硫のため管状炉内に移動された。加硫雰囲気は窒素、加熱速度は10℃/分として選択された。」(【0026】)と記載されていることから、本件発明1の「加硫雰囲気」とは、ポリマーと硫黄との混合物を加熱することによって加硫生成物が形成される雰囲気のことであり、特定の組成の雰囲気であることを限定するものではないと解される。
一方、甲1発明においても、混合物を重合管に封管し特定の「温度ステップ」で加熱することによって、「化合物(C-1)」の加硫生成物を形成しているから、甲1発明の「合成する工程」において混合物が封管される重合管内の雰囲気は、本件発明1の「加硫雰囲気」に相当する。なお、甲1の請求項4には「減圧雰囲気下において反応させる」と記載されているが、いずれの合成例においても減圧雰囲気下で反応させることについて記載されていないため、甲1発明の方法について、減圧雰囲気で反応させることについては認定しなかった。
したがって、甲1発明の「混合したものを重合管に封管し、電気炉で次の温度ステップで反応させて化合物(C-1)を合成する工程とを含み、上記温度ステップとは、室温から250℃まで昇温速度約7.5℃/分で昇温し、10分間保持し、250℃から550℃まで昇温速度10℃/分で昇温し、550℃で10分保持するステップであ」ることは、本件発明1の「加硫雰囲気中で、1℃/分以上且つ10℃/分以下の加熱速度で達成される加硫温度にて前記混合物を加硫する工程であって、前記加硫温度は、500℃<加硫温度<600℃の関係を満たす、工程」に相当する。

エ 甲1発明の「合成された上記化合物(C-1)を正極に用い、Li金属箔を陰極に用いた電池に対して、カットオフ電圧を充電3.0V、放電1.5Vとして充放電を行う」ことは、放電の際のカットオフ電圧を1.6V以下の1.5Vとすることによって、放電後に化合物(C-1)が還元されることは明らかであるし、「1.5V」は「1.6V以下」といえるから、本件発明1の「1.6V以下の還元電位で加硫生成物を電気化学的に還元する工程」に相当する。

オ 甲1発明の方法によって生成された、「合成された上記化合物(C-1)を正極に用い、Li金属箔を陰極に用いた電池に対して、カットオフ電圧を充電3.0V、放電1.5Vとして充放電を行う」ことによって得られた「有機硫黄化合物」と、本件発明1の方法によって生成された「ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」とは、有機硫黄化合物の点で共通する。

以上によれば、本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。
(一致点)
「有機硫黄化合物を生成する方法であって、
有機化合物と硫黄との混合物を形成する工程と、
加硫雰囲気中で、1℃/分以上且つ10℃/分以下の加熱速度で達成される加硫温度にて前記混合物を加硫する工程であって、前記加硫温度は、500℃<加硫温度<600℃の関係を満たす、工程と、
1.6V以下の還元電位で加硫生成物を電気化学的に還元する工程と、
を備える方法。」の点。

(相違点1)
「硫黄との混合物を形成する」「有機化合物」が、本件発明1では「ポリマー」であるのに対して、甲1発明では「10,10’-ジブロモ-9,9’-ビアントラセン」である点。

(相違点2)
「1.6V以下の還元電位で加硫生成物を電気化学的に還元する」ことで生成された「有機硫黄化合物」が、本件発明1では「ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」であるのに対して、甲1発明では「隣接するアントラセン同士が縮合したリボン状の炭化水素化合物と硫黄が複雑に結合した有機硫黄化合物」が放電カットオフ電圧1.5Vの条件で還元されたものである点。

(2)相違点の検討
ア 事案に鑑みて相違点2について検討する。
本件発明1の「ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」とは、本件特許明細書の「この特性がLi_(2)S_(x)ナノ粒子に対してイオン導電性を有するシース材料としてPAN(当審注:ポリアクリロニトリル)の応用を可能とする。一様な内包体を得るため、PAN基質において分子レベルで硫黄を分散させることが重要である。」(【0016】)、「図21から図24を参照すると、電気化学的還元前、PANSは球状の輪郭および一様な微細な組成を有することが観測され得る。全試料間での明白な差異は観測され得ない。そうした透過電子信号の分布までもが、PAN基質内の硫黄分子の分散は分子的に均質であったことを示唆した。1.0Vに還元された後、約2nmの大きさの結晶構造のナノ粒子は表面上にまたはバルクPANS球状粒子の内部に現れ始めた。その同一の格子(0.33nm)の同定によって、これらのナノ粒子は電気化学的還元により発生したLi_(2)Sであることが確認された。」(【0030】)との記載から理解されるように、Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)の組成で表される大きさが例えば2nm程度であるナノ粒子が、ポリマーに内包されている状態を意味しているものと認められる。

イ 次に、甲1発明の放電後の有機硫黄化合物の硫黄がどのような状態であるかについて、甲6の記載を参照して検討する。
甲6には、導電性ポリマーであるポリアクリロニトリルと硫黄の複合体を二次電池のカソードとして、「0.2mAcm^(-2)、1.0?3.0V、常温で充放電」することによって、「非容量が850mAhg^(-1)となり、これは元素硫黄の理論容量及び複合体中の硫黄含有量を考慮すると、2Li+S→Li_(2)Sの反応を介して、ほぼ全ての硫黄原子がS^(2-)に還元されたことを意味する」と記載されている。甲6のこの記載によれば、ポリマーと硫黄の複合体をカソードとして1.0Vまで放電すると、当該複合体中の硫黄は、2Li+S→Li_(2)Sの反応を介して、ほぼ全ての硫黄原子がS^(2-)に還元されることが周知技術であることが理解される。
甲1発明の「化合物(C-1)」は、隣接するアントラセン同士が縮合したリボン状の炭化水素化合物と硫黄が複雑に結合した有機硫黄化合物であり、当該リボン状の炭化水素化合物がポリマーに該当しているから、甲6と同様にポリマーと硫黄の複合体であるといえるところ、上記「化合物(C-1)」を正極に用いた充放電工程において、放電のカットオフ電圧が1.5Vであり、甲6の放電電圧1.0Vよりも若干電圧が高いため、硫黄は、全てがLi_(2)Sに還元されているとまでは言えないが、リチウムによる硫黄の還元反応が、S_(8)→Li_(2)S_(8)→Li_(2)S_(6)→Li_(2)S_(4)→Li_(2)S_(2)→Li_(2)Sのように進むことを考慮すると、甲1発明の「有機硫黄化合物」に含まれる硫黄も、「Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)」の状態にある蓋然性は極めて高いといえる。

ウ そして、本件発明1において「Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」が「ポリマー」に「内包」される機序に関して、本件特許明細書には、「加硫過程の間、硫黄分子はポリマー基質の中に均質に分散し、一様な硫黄の内包が生じる。続いて、埋め込まれた硫黄分子は約1.6V以下の電位を用いて電気化学的に還元される。電気化学的還元は、水溶性の酸素含有ポリマーまたは酸化グラフェンであり得るバインダーが存在する状態で発生してよい。この結果、イオン導電性を有するポリマーシースによる強力に閉じ込めるポリマー内包Li_(2)S_(x)ナノ粒子カソードが得られる。」(【0014】)と説明されており、加硫過程において硫黄分子がポリマー基質の中に均質に分散することによって一様な硫黄の内包が生成され、その後、当該硫黄が還元されることにより、「Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」が「ポリマー」に「内包」された状態で生成されることが理解される。
一方、甲1発明においては、甲1発明の熱処理後で放電前の化合物(C-1)の状態が、「隣接するアントラセン同士が縮合したリボン状の炭化水素化合物と硫黄が複雑に結合した有機硫黄化合物」であることから、硫黄がリボン状の炭化水素化合物に均質に分散した状態になっているとはいえないので、その後、放電過程において硫黄が還元されて「Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)」の状態になったとしても、「Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」が「ポリマー」に「内包」された状態で存在しているとまではいうことができない。

エ したがって、相違点2は本件発明1と甲1発明との実質的な相違点である。また、甲1発明の「有機硫黄化合物」を「ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」とすることについて、動機付けを与える記載は甲6やその他の甲号証にも見出すことができず、当業者に周知の技術であるともいえない。

(3)小括
以上から、本件発明1は、甲1発明と少なくとも相違点2で実質的に相違するので、甲1に記載された発明であるとはいえない。
また、甲1発明において、相違点2に係る本件発明1の特定事項とすることが容易になし得たことであるとはいえないから、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明と甲6等に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件発明2?10について
本件発明1を直接又は間接的に引用することによって本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2?10も、少なくとも相違点2で甲1発明と実質的に相違するので、本件発明1と同様の理由で、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明と甲6等に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

3 本件発明1?10と甲2発明との対比と判断
(1)本件発明1と甲2発明との対比
ア 甲2発明の「ポリアクリロニトリル溶液」に含まれる「ポリアクリロニトリル」は、本件発明1の「硫黄との混合物を形成する」「ポリマー」に相当する。

イ 甲2発明の「ポリアクリロニトリル溶液」と混合する「粉砕したLi_(2)S」は、本件発明1の「ポリマー」と混合する「硫黄」と、硫黄元素を含む混合物原料である点で共通する。

ウ 上記ア、イの検討を踏まえると、甲2発明の「粉砕したLi_(2)Sとポリアクリロニトリル溶液1g(PAN1gとNMP9gとから製造したもの)とを乳鉢内で30分間混合する工程」と、本件発明1の「ポリマーと硫黄との混合物を形成する工程」とは、ポリマーと硫黄元素を含む混合物原料との混合物を形成する工程で共通する。

エ 本願請求項1を引用する本願請求項4に「前記加硫雰囲気は、アルゴンガス、窒素ガス、または真空である」と記載されていることから、甲2発明の「窒素雰囲気下で」は、本件発明1の「加硫雰囲気中で」に相当する。

オ 上記エの検討を踏まえると、甲2発明の「この混合物を管炉内に移し、窒素雰囲気下で温度を室温から3℃/分の加熱速度で550℃へと上昇させ、550℃で3時間保持する工程」は、本件発明1の「加硫雰囲気中で、1℃/分以上且つ10℃/分以下の加熱速度で達成される加硫温度にて前記混合物を加硫する工程であって、前記加硫温度は、500℃<加硫温度<600℃の関係を満たす、工程」に相当する。

カ 甲2発明の「上記混合する工程と上記保持する工程によって生成した上記活物質を電極に用い、対極をリチウム電極として、カットオフ電位を1.2Vと3.5Vとして定電流サイクル試験を行う」ことは、放電の際のカットオフ電位を1.2Vとすることによって、当該放電後に活物質が還元されることは明らかであり、1.2Vは1.6V以下であるから、本件発明1の「1.6V以下の還元電位で加硫生成物を電気化学的に還元する工程」に相当する。

キ 甲2発明の方法によって生成された「炭素で被覆したLi_(2)Sからなる電池用活物質」は、「平均粒度が2μm未満となるように粉砕」した「Li_(2)S」粒子を炭素で被覆したものであるところ、炭素で被覆したとは炭素に内包されているということもできるから、本件発明1の方法によって生成された「ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」とは、内包したLi_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)からなる粒子の点で共通する。

ク 以上によれば、本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。

(一致点)
「内包したLi_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)からなる粒子を生成する方法であって、
ポリマーと、硫黄元素を含む混合物原料との混合物を形成する工程と、
加硫雰囲気中で、1℃/分以上且つ10℃/分以下の加熱速度で達成される加硫温度にて前記混合物を加硫する工程であって、前記加硫温度は、500℃<加硫温度<600℃の関係を満たす、工程と、
1.6V以下の還元電位で加硫生成物を電気化学的に還元する工程と、
を備える方法。」の点。

(相違点3)
「内包したLi_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)からなる粒子」が、本件発明1では「ポリマー内包Li_(2)S_(x)(ここで1≦x≦2)ナノ粒子」であるのに対して、甲2発明では「炭素で被覆したLi_(2)S」である点。

(相違点4)
「硫黄元素を含む混合物原料」が、本件発明1では「硫黄」であるのに対して、甲2発明では「平均粒度が2μm未満となるように」「粉砕したLi_(2)S」である点。

(2)相違点の検討
ア 最初に、相違点3について検討する。
甲2発明において、「Li_(2)Sからなる電池用活物質」は「炭素で被覆」されている。その理由は、従来、電気化学的に活性な粒子であるLi_(2)S粒子は、イオン及び電子伝導性が非常に低く(【0032】)、凝集することによって電気化学的に不活性になり、充放電過程に利用できなくなる(【0058】)という問題点を有していたところ、甲2発明では、Li_(2)S粒子と混合したポリアクリロニトリルを加熱、分解して、Li_(2)S粒子上に一様な炭素を被覆することによって(【0033】)、電子伝導性を著しく向上するとともに(【0058】)、電解質中への多硫化物の流出や、正極表面及び負極表面への析出や、サイクル進行中の粒子凝集による不活性化を効果的に抑制する(【0059】、【0060】)ためである。

イ したがって、有利な電池用活物質を提供することを課題とする甲2発明において(【0025】)、「Li_(2)Sからなる電池用活物質」を「炭素で被覆」することは、上記課題を解決するための手段の本質的部分といえるものであって、Li_(2)S粒子の被覆を炭素に代えて他の物質、例えば、ポリアクリロニトリル等のポリマーとすることは、上記本質的部分を改変することにあたり、上記課題を解決することが保証できなくなって、甲2の技術思想とは相異なるものにすることを意味するから、周知技術や他の甲号証の記載がいかなるものであるかにかかわらず、当業者が容易になし得ることであるということはできない。

ウ 次に、相違点4について検討する。
甲2発明では、ポリアクリロニトリル溶液と混合する、硫黄元素を含む混合物原料として、硫黄ではなく粉砕したLi_(2)Sを採用している。その理由は、Li_(2)Sはすでにリチオ化されているため、リチウム硫黄電池やリチウムイオン電池における正極材として使用した場合に、負極として、取り扱いの難しい金属リチウムを使用する必要がなくなり、取り扱いの容易な黒鉛、ケイ素等の利用が可能になること(【0053】)、そして、Li_(2)Sは、硫黄のリチオ化の際の体積膨張が事前に生じているため、Li_(2)S粒子を包囲する炭素層は、充放電過程を繰り返し行っている間であっても損傷を受けることがなくなるということである(【0055】)。

エ したがって、有利な電池用活物質を提供することを課題とする甲2発明において(【0025】)、ポリアクリロニトリル溶液と混合する、硫黄元素を含む混合物原料として「粉砕したLi_(2)S」に代えて「硫黄」を採用することは、上記ウに記載した甲2発明の奏する優れた効果を失うことを意味しており、そのような不利な変更をすることは、他の甲号証の記載がいかなるものであるかにかかわらず、当業者が容易になし得ることであるということはできない。

(3)小括
以上から、本件発明1は、甲2発明と相違点3及び相違点4で実質的に相違するので、甲2に記載された発明であるとはいえない。
また、甲2発明において、相違点3及び相違点4に係る本件発明1の特定事項とすることが容易になし得たことであるとはいえないから、本件発明1は、甲2に記載された発明と甲3?5に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件発明2?10について
本件発明1を直接又は間接的に引用することによって本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2?10も、少なくとも相違点3、4で甲2発明と実質的に相違するので、本件発明1と同様の理由で、甲2に記載された発明であるとはいえないし、甲2に記載された発明と甲3?5に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

第5 結び
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-11-01 
出願番号 特願2018-532447(P2018-532447)
審決分類 P 1 652・ 113- Y (H01M)
P 1 652・ 121- Y (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 冨士 美香  
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 池渕 立
土屋 知久
登録日 2020-12-25 
登録番号 特許第6816146号(P6816146)
権利者 宝山鋼鉄股▲ふん▼有限公司
発明の名称 電池のカソード材料を調製する方法  
代理人 恩田 博宣  
代理人 恩田 誠  
代理人 首藤 俊一  
代理人 本田 淳  
代理人 中村 美樹  

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