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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1380797
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-01-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-03-16 
確定日 2021-12-02 
事件の表示 特願2016−188346「車輪用軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 4月 5日出願公開、特開2018− 53963〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件に係る出願は、平成28年 9月 27日の出願であって、令和 2年 7月20日付けで拒絶理由通知がされ、同年11月20日に意見書が提出されたが、同年12月15日付けで拒絶査定(以下、「原査定」という。)された。
これに対して令和 3年 3月16日に審判請求書が提出されると同時に手続補正されたものである。

第2 令和 3年 3月16日にした手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和 3年 3月16日にした手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1.本件補正について
(1)本件補正後の特許請求の範囲
本件補正により、特許請求の範囲の記載は、次のとおり補正された(下線部は、補正箇所である。)。

「【請求項1】
内周に複列の外側転走面が形成された外方部材と、
複数のハブボルトが圧入される車輪取り付けフランジを有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪、およびこのハブ輪の前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
前記外方部材と前記内方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に介装される複列の転動体と、
前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のアウター側端部に装着されるシール部材と、
前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のインナー側端部に装着されるキャップ部材と、を備えた車輪用軸受装置において、
前記キャップ部材は、前記外方部材のインナー側内周面に嵌合する嵌合部を有しており、この嵌合部の先端側から圧入されて取り付けられるものとされ、
前記嵌合部の外周には、周方向断面において連続した有底の空気溝が、前記先端側から軸方向に沿って形成され、
前記空気溝よりもインナー側で前記外方部材と前記キャップ部材が密閉されている、
ことを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記キャップ部材は、前記外方部材のインナー側端面に当接する止板部を有しており、前記空気溝が先端側から前記止板部まで軸方向に沿って形成されている、
ことを特徴とする請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記空気溝は、前記嵌合部の先端側における断面積が大きく、後端側に向かうにつれて断面積が徐々に小さくなっている、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車輪用軸受装置。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の特許請求の範囲の記載は、願書に最初に添付した特許請求の範囲の記載によって特定される次のとおりである。

「【請求項1】
内周に複列の外側転走面が形成された外方部材と、
複数のハブボルトが圧入される車輪取り付けフランジを有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪、およびこのハブ輪の前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
前記外方部材と前記内方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に介装される複列の転動体と、
前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のアウター側端部に装着されるシール部材と、
前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のインナー側端部に装着されるキャップ部材と、を備えた車輪用軸受装置において、
前記キャップ部材は、前記外方部材のインナー側内周面に嵌合する嵌合部を有しており、この嵌合部の先端側から圧入されて取り付けられるものとされ、
前記嵌合部の外周には、先端側から軸方向に沿って空気溝が形成され、
前記空気溝よりもインナー側で前記外方部材と前記キャップ部材が密閉されている、ことを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記キャップ部材は、前記外方部材のインナー側端面に当接する止板部を有しており、
前記空気溝が先端側から前記止板部まで軸方向に沿って形成されている、ことを特徴とする請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記空気溝は、前記嵌合部の先端側における断面積が大きく、後端側に向かうにつれて断面積が徐々に小さくなっている、ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車輪用軸受装置。」

(3)本件補正の適否
本件補正は、請求項1の「前記嵌合部の外周には、先端側から軸方向に沿って空気溝が形成され」との発明特定事項を、「前記嵌合部の外周には、周方向断面において連続した有底の空気溝が、前記先端側から軸方向に沿って形成され」とするものである。

当該発明特定事項は、願書に最初に添付した明細書の段落【0030】に「・・・また、キャップ部材11の特徴点として、嵌合部11aの外周には、先端側から軸方向に沿って空気溝11eが形成され、空気溝11eよりもインナー側で外方部材2とキャップ部材11が密閉されている。空気溝11eは、軸方向から見ると円弧形状となっており、先端側から後端側に向かうにつれて溝断面が徐々に小さくなっている。・・・」と記載されており、段落【0038】、【0046】にも同様の記載があるから、本件補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてするものであって、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たすものである。

また、本件補正は補正前の請求項1に記載された発明特定事項である「空気溝」について、上記のとおり発明特定事項を限定するものであって、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

上記のとおり、本件補正は特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものであるから、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

2. 独立特許要件について
2−1 本件補正発明
補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」いう。)は、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される上記1.(1)に記載したとおりのものである。

2−2 引用文献に記載された事項及び引用発明
(1)引用文献1に記載された事項及び引用発明
原査定の拒絶の理由で引用された本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2013−164114号公報(平成25年 8月22日出願公開。以下「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。

ア「【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受装置、特に、自動車の従動輪を回動自在に支持するハブベアリングにおける外輪部材の車体側開口部を覆うべく装着される軸受装置用キャップに関する。」

イ「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前記のような従動輪用のハブベアリングの場合、構造上、ハブフランジ側のシールリングを外輪部材と内輪部材との間に装着し、転動体等の軸受機構部を組付けた後、前記保護キャップの装着がなされる。そのため、保護キャップを装着すると、前記シールリング、外輪部材及び当該保護キャップによって、軸受空間全体が密閉空間とされる。この密閉空間は、前記保護キャップの円筒部の外輪部材に対する嵌合の開始とともに確立される。そして、保護キャップの前記円筒部は、外輪部材との嵌合強度及びシール性を保つために、軸方向に長く、且つ、外輪部材に対して圧入状態で嵌合されるよう形成される。そのため、外輪部材に対して円筒部を嵌合させる過程で、前記軸受空間全体の内圧が高くなり、正規の位置まで嵌合させたときには、内圧がかなり高くなる。このように、前記軸受空間の内圧が高い状態で軸受の稼働がなされると、前記ハブフランジ側のシールリングに悪影響をもたらし、この部分でのシール性が低下することにもつながる。また、外輪部材に対する内輪部材の回転トルクが増大し、自動車の燃費が高騰する要因にもなる。さらに、圧入とともに内圧が高くなるから、この内圧の抵抗を受けて保護キャップが傾いて装着される事態が生じることがある。特に、内輪部材に磁気エンコーダを取付け、保護キャップの外側に磁気センサを設置して、車輪の回転検出を行うことによって、アンチロックブレーキシステム(ABS)を構成する場合、このような傾いた装着状態は、検出精度を低下させる原因となる。」

ウ「【0010】
本発明は、上記に鑑みなされたもので、簡単な構成でありながら、外輪部材の開口部に装着する際に、軸受空間の内圧を高めることなく、しかも、シール機能も的確に奏し得る新規な軸受装置用キャップを提供することを目的としている。」

エ「【0025】
以下に本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。図1及び図2は本発明の第1の実施形態に係る軸受装置用キャップを示し、図3〜図9はその変形例を示している。図1は、同実施形態に係る軸受装置用キャップを装着した軸受装置であって、自動車の従動輪を回動自在に支持する軸受装置の一例としてのハブベアリングを示している。図例のハブベアリング(軸受装置)1は、車体(不図示)に固定される外輪部材2の内径部に2列の転動体(玉)3…を介して、ハブ輪4及び内輪(単に環状部材ということもある)5が軸心回りに回動自在に支持されている。ハブ輪4は、ハブフランジ41を有し、該ハブフランジ41に、不図示の従動輪(タイヤホイール)がボルト41aによって取付けられる。ハブ輪4と内輪5とにより内輪部材6が構成され、前記外輪部材2とこの内輪部材6との間に、前記転動体3…がリテーナ3aに保持された状態で介装されている。本明細書の以下の記載においては、転動体3…の介装部分を含む外輪部材2と内輪部材6との間の空間部分を軸受空間Sと称する。
・・・
【0027】
ここで、前記のような構成のハブベアリング1の組立の要領を略述する。先ず、外輪部材2の車輪側軌道面に、転動体3をリテーナ3aを介して保持させ、且つ、車輪側端部の内径面に前記シールリング7を嵌合一体とさせた状態で、外輪部材2をハブ輪4の車体側端部よりハブ輪4に嵌装させる。次いで、内輪5における車体側軌道面に、転動体3をリテーナ3aを介して保持させた状態で、内輪5をハブ輪4の車体側端部に外嵌させる。そして、ハブ輪4の車体側端部を拡開して前記内輪5の車体側端面に加締め、この加締部42によって、外輪部材2に対して、内輪部材(ハブ輪4及び内輪5)6、転動体3…及びシールリング7が所定の位置に位置決めされる。さらに、内輪5の車体側外径面に、磁気エンコーダ10を一体に有する支持リング9を嵌合一体に装着する。この状態で、保護キャップ8を外輪部材2における車体側端部2aの内径面2bに装着し、これによって車体側端部2aの開口部2cが塞がれる。このように組立てられたハブべアリング1は、外輪部材2を介して車体の所定位置に取付けられる。この取付状態では、前記磁気エンコーダ10が、車体に設置される前記磁気センサに対向する位置に位置付けられる。」

オ「【0029】
このような構成の保護キャップ8について、図2をも参照してさらに詳述する。前記円筒部8aの蓋部8bに連接する部位の近傍の外周面に前記環状シール部8cが固着されている。該環状シール部8cはゴム材からなり、円筒部8aの当該部位に加硫成型により一体に形成されている。そして、円筒部8aにおける環状シール部8cより前記嵌合方向(a方向)先側で該環状シール部8cの近傍部位に、周方向にほぼ等間隔で複数(例えば、90°毎に4個)の透孔12aが開設されている。このような保護キャップ8は、金属からなる場合、円形金属原板の所定位置に透孔を打抜きにより開設し、絞り加工して円筒部及び蓋部を含む原体を作製し、さらに所定形状の金型内に該原体を配置し、未加硫ゴム材を注入して加硫成型することによって作製される。保護キャップ8は、図2に示すように、嵌合方向(a方向)に沿って、不図示の治具により円筒部8aを前記外輪部材2の内筒部に圧入し、内径面2bに嵌合一体とすることによって外輪部材2に装着される。これによって、前記車体側端部2aの開口部2cが塞がれる。この嵌合過程で軸受空間S内の空気は、一部が矢印bに示すように、透孔12aを経て外部に排出される。」

カ「【0031】
図3は、前記第1の実施形態の変形例を示している。この例では、保護キャップ8が、前記例と同様に、外輪部材2の車体側端部2aの内径面2bに嵌合一体とされる円筒部8aと、該円筒部8aの嵌合方向(白抜矢印a方向)後側端部を塞ぐよう連接された蓋部8bとを含む。また、前記円筒部8aにおける蓋部8bの連接部近傍に前記環状シール部8cが固着されている。そして、通気部12が、前記円筒部8aの前記嵌合方向(a方向)先側端部より嵌合方向(a方向)後側に延びるよう形成されたスリット状切欠12bからなる点で、前記例と異なる。前記切欠12bは、周方向にほぼ等間隔で複数(例えば、4個)形成され、それぞれが前記環状シール部8cの近傍にまで及んでいる。
【0032】
この例の保護キャップ8も、図3に示すように、白抜矢印a方向に沿って、円筒部8aを前記外輪部材2の内径面2bに嵌合一体とすることによって、前記車体側端部2aの開口部2cを塞ぐように外輪部材2に装着される。この嵌合過程で軸受空間S内の空気は、一部が矢印bに示すように、切欠12bを経て外部に排出される。従って、嵌合過程での前記軸受空間Sの内圧の上昇が抑制され、前記と同様の効果を奏する。しかも、切欠12bは、前記環状シール部8cの近傍にまで及ぶよう形成されているから、環状シール部8cが外輪部材2との間に圧縮状態で介在される所定の嵌合状態(図1参照)に達する直前までは、切欠12bによる通気が確保される。これによって、切欠12bがない場合に比べて、実質的な軸受空間Sの内圧の上昇は極めて少なくなる。そして、所定の嵌合状態では、切欠12bは、前記外輪部材2の内径面2bによって塞がれ、当該切欠12bにおける前記通気が遮断される。また、この所定の嵌合状態では、前記と同様に、環状シール部8cが、円筒部8aと内径面2bとの間に圧縮状態で介在する。これによって、円筒部8aと内径面2bとの間がシールされ、外部から軸受空間Sへの泥水等の侵入や潤滑剤の外部漏出が防止され、また、磁気エンコーダ10等の傷付も防止され、回転検出精度の持続が図られる。」

キ「【0041】
図8(a)(b)は、前記第1の実施形態のさらに他の変形例を示している。この例では、保護キャップ8が、前記例と同様に、外輪部材2の車体側端部2aの内径面2bに嵌合一体とされる円筒部8aと、該円筒部8aの嵌合方向(白抜矢印a方向)後側端部を塞ぐよう連接された蓋部8bとを含む。しかし、前記円筒部8aの前記蓋部8bに連接する部位に外向鍔部8abが設けられている。そして、前記通気部12が、前記円筒部8aにおける前記外向鍔部8abの近傍位置に開設された透孔12aからなり、前記環状シール部8cが、前記外向鍔部8abの前記嵌合方向(a方向)先側の面に固着されており、これらの点で、前記例と異なる。さらに、この例では、外向鍔部8abの外周縁部に(短寸の)円筒部8baで連接する蓋部8b設けられている。」

ク「【図1】



ケ「【図3】



コ「【図8】



サ 【図1】から、外輪部材2の内径部には車輪側軌道面と車体側軌道面が形成されており、ハブ輪4の外周の外輪部材2の車輪側軌道面に対向する位置には車輪側軌道面が形成され、内輪5の外周における外輪部材2の車体側軌道面に対向する位置には車体側軌道面が形成されていることが看取できる。

シ 【図1】からハブ輪4の車体側端部には軸方向に延びた小径段部が形成されるとともに、当該小径段部に内輪5が設けられていることが看取でき、【図1】及び段落【0027】から、ハブ輪4の小径の段部に内輪5が外嵌させられているものと認められる。

ス 【図3】、【図8】から、保護キャップ8の円筒部8aは、嵌合方向(a方向)先側から外輪部材2の内筒部に圧入されて内径面2bに嵌合一体とすることが看取できる。

セ 【図3】、【図8】から、保護キャップ8の円筒部8aの車体側には環状シール8cが設けられていることが看取でき、段落【0029】、【0032】、【0041】の記載から、透孔12a又はスリット状切欠12bより車体側で外輪部材2の内径面2bと環状シール8cとにより密閉されているものと認められる。

上記摘記事項ア〜コ、認定事項サ〜セから、引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものといえる。

(引用発明)
「内径部に車輪側軌道面と車体側軌道面が形成された外輪部材4、
ボルト41aの取り付けられたハブフランジ41を有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪4、ハブ輪4の小径段部に外嵌させられている内輪5からなり、ハブ輪4の外周の外輪部材4の車輪側軌道面に対向する位置には車輪側軌道面が形成され、内輪5の外周における外輪部材の車体側軌道面に対向する位置には車体側軌道面が形成されている内輪部材6、
前記外輪部材4の車輪側軌道面及び車体側軌道面と内輪部材6の車輪側軌道面及び車体側軌道面との間に介装されている転動体3と、
外部から軸受空間Sへの泥水等の侵入や潤滑剤の外部漏出が防止されるように外輪部材2の車輪側端部の内径面に嵌合一体とされるシールリング7と、
外部から軸受空間Sへの泥水等の侵入や潤滑剤の外部漏出が防止されるように外輪部材2の車体側端部2aの内径面2bに嵌合一体とされる保護キャップ8と、を備えたハブベアリングにおいて、
保護キャップ8は、前記外輪部材2の内径面2bに嵌合一体とする円筒部8aを有しており、円筒部8aは、嵌合方向先側から外輪部材2に圧入されて内径面2bに嵌合一体とするものであり、
円筒部8aには、透孔12a又はスリット状切欠12bが形成され、
透孔12a又はスリット状切欠12bより車体側で外輪部材2の内径面2bと環状シール8cとにより密閉されているハブベアリング。」

(2)引用文献2に記載された事項
原査定の拒絶の理由で引用された本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2013−29132号公報(平成25年 2月 7日出願公開。以下「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。

ア「【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の車輪に用いる転がり軸受は、雨水や泥水の影響を受けるような悪環境で使用されるため、軸受の外部と内部との間を弾性部材からなる泥水耐久性に優れた密封装置により密封し、密封性を高めている。」

イ「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の転がり軸受は、軸受の組立工程において、内輪と外輪と転動体とを組み立て、次にグリースを封入し、最後に密封装置を圧入するが、密封装置を圧入するときに、軸受内部の体積が密封装置の体積分減少するので、軸受内部の圧力が上昇する。密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇は、上記の温度変化による圧力上昇に比べてはるかに大きく、転がり軸受が密封装置を圧入するときの圧力上昇を、上記の内圧調整手段では調整しきれないことがある。そこで、転がり軸受は、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することが課題となっていた。
【0008】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる転がり軸受を提供することを目的とする。」

ウ「【0018】
ハブユニット1は、例えば前輪駆動車の前輪用(駆動軸用)のものであり、複列外向きのアンギュラ玉軸受構造とされている。具体的には、ハブユニット1は、車体側のナックル20に固定される外輪2(固定輪)と、この外輪2の中心軸線01と同軸に配置されて車軸側のタイヤホイール(図示省略)及びブレーキディスクロータ30に固定される内軸3(内輪、回転輪)と、内軸3の車両インナ側端に一体形成された嵌め合い部3aの外周面に嵌着される内輪4(回転輪)と、外輪2と内軸3及び内輪4との間にて周方向に配置される複列の玉5とを備えている。
【0019】
外輪2の内周面には、車両インナ側に配列された玉5用の軌道面2aと、車両アウタ側に配列された玉5用の軌道面2bとが形成されている。外輪2の外周面には、径方向に突出形成された車体取付フランジ部2cが形成されている。
【0020】
内軸3の外周面には、外輪2の軌道面2bに対向する軌道面3bが形成され、軌道面3bよりもさらに車両アウタ側には、径方向に突出形成された車輪取付フランジ部3cが形成されている。
【0021】
内輪4は、嵌め合い部3aに外嵌圧入され、嵌め合い部3aと一体化されている。内輪4の外周面には、外輪2の軌道面2aに対向する軌道面4aが形成されている。
【0022】
外輪2と内軸3及び内輪4との間には、転動体としての玉5を配置するための環状空間が形成されており、この環状空間は、車両アウタ側にて弾性部材からなる環状の密封装置7により、車両インナ側にて弾性部材からなる環状の密封装置8により、外輪2と内軸3及び内輪4とのそれぞれの相対回転を許容した状態で密封されている。」

エ「【0025】
芯金81は、金属板を屈曲してなり、円筒状芯金部81bと、この円筒状芯金部81bの端部から径方向内側に延在する環状芯金部81cとからなる断面L字形に形成されている。円筒状芯金部81bは、外周面に、外輪2の軌道面側内周の軸方向端部の外輪嵌合面21に嵌合する嵌合部83を有する。嵌合部83には、軸受内部側端部P1から軸受外部側に向かう途中位置P2まで連通する排気溝81aが形成される。芯金81の材料としては、例えば、冷延鋼板のSPCCが用いられる。」

オ「【0029】
ハブユニット1の組立工程は、外輪2と内軸3及び内輪4と玉5と密封装置7とを組み立て、次に軸受内部空間6にグリースを封入し、次に密封装置8を圧入する。図2(a)に示す密封装置8の圧入開始時は、外輪嵌合面21の軸方向軸受外部側端部である外輪端部P10と軸受内部側端部P1とが一致しているので、密封装置8の体積分が軸受内部空間6から排気溝81aを介して矢印Bに示すように軸受外部に排気されるので、これ以降、軸受内部空間6の圧力上昇はない。
【0030】
そして、密封装置8を圧入し続け、図2(b)に示す密封装置8を圧入する途中状態である外輪端部P10が途中位置P2に一致すると、排気溝81aが終端となり、これ以降、軸受内部空間6の体積が圧入する密封装置8の体積分が減少するので、軸受内部の圧力が上昇する。
【0031】
さらに、密封装置8を圧入し続け、図2(c)に示す外輪端部P10が弾性部材嵌合部82dの軸受外部側端部P3に一致すると、密封装置8の圧入を終了する。」

カ「【0034】
なお、上記実施形態では、図2(a)に示すように排気溝81aの形状が深さ及び幅とも一定としたが、それに限るものではなく、例えば、軸受内部側に対して軸受外部側が、深さは浅く、幅は狭く形成される構成に適用してもよい。
図3(a)は、は第1実施形態の図2(a)の変形例を説明する図であり、図3(b)は図3(a)のC矢視図である。
図3(a)に示すように、排気溝81aの形状が、軸受内部側に対して軸受外部側の深さが浅く形成されている。また、図3(b)に示すように、排気溝81aの形状が、軸受内部側に対して軸受外部側の幅が狭く形成されている。
これにより、排気溝81aが、軸方向内部側に対して軸方向外部側が径方向断面の面積が小さいので、軸受外部からの水浸入を防止することができる。」

キ「【図1】



ク「【図2】



ケ「【図3】



2−3 対比・判断
(1)対比
本件補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「内径部」は、本件補正発明の「内周」に相当し、引用発明の外輪部材4の内径部に設けられた「車輪側軌道面と車体側軌道面」は、本件補正発明の「複列の外側転走面」に相当するから、引用発明の「内径部に車輪側軌道面と車体側軌道面が形成された外輪部材4」は、本件補正発明の「内周に複列の外側転走面が形成された外方部材」に一致する。

引用発明の「ボルト41a」、「ハブフランジ41」、「軸方向に延びた小径段部」、「ハブ輪4」、は、本件補正発明の「ハブボルト」、「車輪取り付けフランジ」、「軸方向に延びた小径段部」、「ハブ輪」に相当する。
また、引用発明の「ハブ輪4の小径段部に外嵌させられている内輪5」は、「ハブ輪4の軸方向に延びた小径段部」の外周に「内輪5」が嵌め込まれているのであるから、一方の部材を他方の部材に嵌め込む際に「圧入」することが技術常識であることを勘案すると、本件補正発明の「ハブ輪の前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪」に一致する。
そして、引用発明の「内輪部材6」は、「ハブ輪4」と「内輪5」とからなり、引用発明の「ハブ輪4の外周の外輪部材4の車輪側軌道面に対向する位置には車輪側軌道面が形成され、内輪5の外周における外輪部材の車体側軌道面に対向する位置には車体側軌道面が形成されている」は、本件補正発明の「外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された」と一致する。
してみると、引用発明の「ボルト41aの取り付けられたハブフランジ41を有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪4、ハブ輪4の小径段部に外嵌させられている内輪5からなり、ハブ輪4の外周の外輪部材4の車輪側軌道面に対向する位置には車輪側軌道面が形成され、内輪5の外周における外輪部材の車体側軌道面に対向する位置には車体側軌道面が形成されている内輪部材6」は、「ハブボルトが設けられた車輪取り付けフランジを有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪、およびこのハブ輪の前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材」の限りにおいて、本件補正発明の「複数のハブボルトが圧入される車輪取り付けフランジを有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪、およびこのハブ輪の前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材」と一致する。

引用発明の「転動体3」は、本件補正発明の「転動体」に相当する。
そして、引用発明の「転動体3」は、「前記外輪部材4の車輪側軌道面及び車体側軌道面と内輪部材6の車輪側軌道面及び車体側軌道面との間に介装されている」のであるから、当該「転動体3」が「複列」であることは自明なので、引用発明の「前記外輪部材4の車輪側軌道面及び車体側軌道面と内輪部材6の車輪側軌道面及び車体側軌道面との間に介装されている転動体3」は、本件補正発明の「前記外方部材と前記内方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に介装される複列の転動体」と一致する。

引用発明の「軸受空間S」、「シールリング7」、「保護キャップ8」は、本件補正発明の「外方部材の内部空間」、「シール部材」、「キャップ部材」に相当する。
また、引用発明の「泥水等の侵入や潤滑剤の外部漏出が防止される」は、本件補正発明の「密封する」に相当し、引用発明の「車輪側端部」、「車体側端部2a」は、本件補正発明の「アウター側端部」、「インナー側端部」に相当する。
そして、引用発明の「シールリング7」、「保護キャップ8」がいずれも「外輪部材2」の「内径面に嵌合一体とされる」ことは、本件補正発明の「外方部材」に「装着される」ことに相当する。
してみると、引用発明の「外部から軸受空間Sへの泥水等の侵入や潤滑剤の外部漏出が防止されるように外輪部材2の車輪側端部の内径面に嵌合一体とされるシールリング7」、「外部から軸受空間Sへの泥水等の侵入や潤滑剤の外部漏出が防止されるように外輪部材2の車体側端部2aの内径面2bに嵌合一体とされる保護キャップ8」は、本件補正発明の「前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のアウター側端部に装着されるシール部材」、「前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のインナー側端部に装着されるキャップ部材」と一致する。

引用発明の「円筒部8a」は、本件補正発明の「嵌合部」に相当する。
そして、引用発明の「円筒部8a」が「前記外輪部材2の内径面2bに嵌合一体とする」ことは、本件補正発明の「前記外方部材のインナー側内周面に嵌合する」ことに相当し、引用発明の「嵌合方向先側から外輪部材2に圧入されて内径面2bに嵌合一体とする」ことは、本件補正発明の「嵌合部の先端側から圧入されて取り付けられる」ことに相当する。
してみると、引用発明の「保護キャップ8は、前記外輪部材2の内径面2bに嵌合一体とする円筒部8aを有しており、円筒部8aは、嵌合方向先側から外輪部材2に圧入されて内径面2bに嵌合一体とするものであり」は、本件補正発明の「前記キャップ部材は、前記外方部材のインナー側内周面に嵌合する嵌合部を有しており、この嵌合部の先端側から圧入されて取り付けられるものとされ」と一致する。

そして、引用発明の「透孔12a又はスリット状切欠12bより車体側で外輪部材2の内径面2bと環状シール8cとにより密閉されている」ことは、「空気連通部よりもインナー側で前記外方部材と前記キャップ部材が密閉されている」限りにおいて、本件補正発明の「前記空気溝よりもインナー側で前記外方部材と前記キャップ部材が密閉されている」ことに一致する。

してみると、本件補正発明と引用発明とは、次の<一致点>で一致し、<相違点>で相違する。

<一致点>
「内周に複列の外側転走面が形成された外方部材と、
ハブボルトが設けられた車輪取り付けフランジを有するとともに軸方向に延びた小径段部を有するハブ輪、およびこのハブ輪の前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
前記外方部材と前記内方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に介装される複列の転動体と、
前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のアウター側端部に装着されるシール部材と、
前記外方部材の内部空間を密封するために当該外方部材のインナー側端部に装着されるキャップ部材と、を備えた車輪用軸受装置において、
前記キャップ部材は、前記外方部材のインナー側内周面に嵌合する嵌合部を有しており、この嵌合部の先端側から圧入されて取り付けられるものとされ、
空気連通部よりもインナー側で前記外方部材と前記キャップ部材が密閉されている、
車輪用軸受装置。」

<相違点>
○相違点1
本件補正発明では、「複数」のハブボルトが車輪取り付けフランジに「圧入」されているのに対して、引用発明では、ボルトの本数が不明であり、「圧入」されているか否かも不明な点。
○相違点2
本件補正発明では、空気連通部が「空気溝」であって「前記嵌合部の外周には、周方向断面において連続した有底の空気溝が、前記先端側から軸方向に沿って形成され」ているのに対して、引用発明では、空気連通部として透孔12a又はスリット状切欠12bが形成されているのみである点。

(2)判断
a 相違点1について
相違点1について検討する。
自動車の車輪用軸受装置の車輪取り付けフランジに対して、複数本のハブボルトを圧入して取り付け固定することは、例示するまでもなく従来周知の構造であって、引用発明において、引用文献1に明記はないが同様の構成を備えるものと解するのが適切であるから、相違点1は実質的な相違点とはいえないものである。

b 相違点2について
相違点2について検討する。
引用文献2には、ハブユニット1において「車両インナ側にて弾性部材からなる環状の密封装置8」(段落【0022】)が設けられ、当該密封装置8の「円筒状芯金部81bは、外周面に、外輪2の軌道面側内周の軸方向端部の外輪嵌合面21に嵌合する嵌合部83」を有し、「嵌合部83には、軸受内部側端部P1から軸受外部側に向かう途中位置P2まで連通する排気溝81aが形成される」(段落【0025】)ことが記載されており、【図2】及び【図3】から、当該排気溝81aが、嵌合部83の「外周」に形成された「連続した有底の溝」であることが看取できる(以下、「引用文献2記載の技術的事項」という。)。
引用発明と引用文献2記載の技術的事項とは、ともに「車両の車輪に用いる転がり軸受」について「軸受の外部と内部との間」を密封する「泥水耐久性に優れた密封装置」において、「密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制すること」を課題とするものであって、技術分野及び技術的課題が共通するものである。
してみると、引用発明における空気連通部としての「透孔12a又はスリット状切欠12b」に代替して、引用文献2記載の技術的事項である「嵌合部83」の「外周」に形成された「連続した有底の溝」である排気溝81aを、軸受内部側端部P1から軸受外部側に向かう途中位置P2まで連通するように設けることに困難性はないといえる。
そして、排気溝81aが「軸受内部側端部P1から軸受外部側に向かう途中位置P2まで連通する」ことは、嵌合部83の先端側から軸方向に沿って排気溝81aが形成されていることと一致するものであることは、明らかである。

(3)審判請求人の主張
審判請求人は、審判請求書において、引用文献1について、「・・・引用刊行物1におけるハブベアリング1においては、切欠12bが、周方向断面において不連続な構造からなり、円筒部8aの先端側が完全に開放されたスリット状に形成されているため、当該円筒部8aの剛性の低下度合いは、本願発明の嵌合部との比ではなく極端に低下することとなり、圧入作業の完了後において、外輪部材2のインナー側端部から、保護キャップ8が脱落するのを誘発する要因となる虞がある。」、「また、引用刊行物1においては、別実施形態として、円筒部8aのインナー側(先端部との反対側)の端部を貫通する透孔12bが記載されているが、このような構成によって、円筒部8aの剛性は、ある程度維持することが可能であるものの、本願発明のように、圧入動作の開始直後から透孔12bを介して軸受内部の空気を外部に排出することは不可能であり、当該軸受内部の圧力上昇を、十分に防止可能であるかどうか疑問が残る。」(第6ページ第17行〜第28行)と主張する。
また、引用文献2について、「さらに、引用刊行物2におけるハブユニット1において、芯金81の円筒状芯金部81bに設けられる排気溝81aは、当該円筒状芯金部81bの比較的剛性の高い側の端部、即ち、環状芯金部81cと連結する側の端部から、当該端部に対して軸方向に反対側の端部(本願発明における「先端側」に相当)に向かって形成されており、本願発明のように、比較的剛性の低い円筒部8aの「先端側から軸方向に沿って形成される」空気溝と、その構成が大きく相違する。」(第6ページ第29行〜第7ページ第5行)のに対して、「・・・本願発明の空気溝においては、元々比較的剛性の低い、円筒部8aの先端部に設けられるため、空気溝を設けることにより、円筒部8aの剛性低下が必要以上に生じないように、当該空気溝の底部の肉厚が、円筒部8a上の他の領域の肉厚と略同等となるように、プレス加工によって形成されている。」(第7ページ第13行〜第16行)のであるから、「・・・本願発明の空気溝と、引用刊行物2における排気溝81aとは、その設計思想が全く異なることから、引用刊行物1に記載された発明に対して、引用刊行物2に記載された発明を適用するのに十分な動機付けがあるとは言えないと考える。」(第7ページ第17行〜第20行)と主張し、「また、引用刊行物1及び引用刊行物2の何れにおいても、本願発明のように、元々比較的剛性の低い嵌合部において、当該嵌合部における多少の剛性低下を許容しつつ圧入荷重を抑制するという効果を想起させるような記載を他に見出すこともできないため、たとえ、引用刊行物1に記載された発明に対して、引用刊行物2に記載された発明を組み合わせたとしても、本願発明に係る車輪用軸受装置を想到するのは非常に困難であると考える。」(第7ページ第21行〜第26行)と主張する。

上記審判請求人の主張について検討する。
上記(2)bで検討したとおり、引用発明と引用文献2記載の技術的事項とは、ともに「車両の車輪に用いる転がり軸受」について「軸受の外部と内部との間」を密封する「泥水耐久性に優れた密封装置」において、「密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制すること」を課題とするものであって、技術分野及び技術的課題が共通するものであるから、当業者が引用発明に引用文献2記載の技術的事項を組み合わせる動機付けが十分にあったというべきであり、審判請求人が主張する「本願発明の空気溝と、引用刊行物2における排気溝81aとは、その設計思想が全く異なることから、引用刊行物1に記載された発明に対して、引用刊行物2に記載された発明を適用するのに十分な動機付けがあるとは言えない」との主張を採用することはできない。
また、審判請求人が主張する「円筒部8aの剛性低下が必要以上に生じないように、当該空気溝の底部の肉厚が、円筒部8a上の他の領域の肉厚と略同等となるように、プレス加工によって形成されている。」ことによる「元々比較的剛性の低い嵌合部において、当該嵌合部における多少の剛性低下を許容しつつ圧入荷重を抑制するという効果」は、本件補正発明が「当該空気溝の底部の肉厚が、円筒部8a上の他の領域の肉厚と略同等となるように、プレス加工によって形成されている」ことを意味する発明特定事項を含まないものである以上、当該効果を本件補正発明の奏する有利な効果と認めることはできない。
また、空気連通部の具体化手段として、引用文献1には透孔12a又はスリット状切欠12bが開示され、引用文献2には、排気溝81aが開示されている以上、「元々比較的剛性の低い嵌合部において、当該嵌合部における多少の剛性低下を許容しつつ圧入荷重を抑制するという効果」は、当業者にとって予測可能なものに過ぎないというほかない。
してみると、「・・・元々比較的剛性の低い嵌合部において、当該嵌合部における多少の剛性低下を許容しつつ圧入荷重を抑制するという効果を想起させるような記載を他に見出すこともできないため、たとえ、引用刊行物1に記載された発明に対して、引用刊行物2に記載された発明を組み合わせたとしても、本願発明に係る車輪用軸受装置を想到するのは非常に困難であると考える。」との審判請求人の主張を採用することはできない。

2−4 小括
以上のとおりであるから、本件補正発明は、引用発明及び引用文献2記載の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明であるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない発明であって、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に適合しない。

3 本件補正についてのむすび
よって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本件に係る出願の請求項1〜3に係る発明は、願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、前記第2[理由]1.(2)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布され、又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない発明であり、また、この出願の請求項1〜3に係る発明は、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができた発明であるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:特開2013−164114号公報
引用文献2:特開2013−29132号公報

3.引用文献に記載された事項及び引用発明
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1及び引用文献2の記載事項並びに引用発明は、前記第2の[理由]2.2−2に記載したとおりである。

4.対比・判断
本願発明は、前記第2の[理由]2.で検討した本件補正発明から、空気溝が「周方向断面において連続した有底」であることを限定する発明特定事項を削除したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が、前記第2の[理由]2.2−3に記載したとおり、引用発明及び引用文献2記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができた発明であるから、本願発明も、引用発明及び引用文献2記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができた発明であり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2021-09-29 
結審通知日 2021-10-05 
審決日 2021-10-18 
出願番号 P2016-188346
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16C)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 杉山 健一
間中 耕治
発明の名称 車輪用軸受装置  
代理人 特許業務法人矢野内外国特許事務所  

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