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審決分類 |
審判 全部申し立て 特39条先願 D01F 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 D01F 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 D01F 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 D01F 審判 全部申し立て 2項進歩性 D01F |
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管理番号 | 1381635 |
総通号数 | 2 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-02-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-05-19 |
確定日 | 2021-11-22 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 特許第6608376号発明「溶融異方性芳香族ポリエステル繊維およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6608376号の特許請求の範囲を令和3年5月21日に提出された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜3〕、4について訂正することを認める。 特許第6608376号の請求項1、2及び4に係る特許を維持する。 特許第6608376号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6608376号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願は、平成27年3月31日(優先権主張平成26年9月26日 日本国)を国際出願日とする出願であって、令和1年11月1日にその特許権の設定登録(特許掲載公報令和1年11月20日発行)がされ、その後、その特許について、令和2年5月19日に特許異議申立人谷口真魚(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされ、令和2年9月8日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である令和2年11月16日に特許権者から意見書の提出及び訂正の請求がされ、令和2年11月20日に特許権者より上申書が提出され、令和2年12月25日に申立人より意見書が提出され、令和3年3月16日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、その指定期間内である令和3年5月21日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求(以下「本件訂正請求」といい、訂正そのものを「本件訂正」という。)がされ、この本件訂正請求について、申立人に期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、意見書は提出されなかったものである。 なお、令和2年11月16日の訂正の請求は、本件訂正が請求されたので、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。 第2 訂正の請求について 1.訂正の内容 本件訂正請求は、「特許第6608376号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜4について訂正することを求める」ものであり、その訂正の内容は、本件特許に係る願書に添付した特許請求の範囲を、次のように訂正するものである。(下線は、当審で付したもの。) (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルからなる単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントであって、糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。」と記載されているのを、 「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルからなる単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントからなる熱処理後の繊維であって、前記溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である芳香族ポリエステルであり、前記繊維の強度は、20.0cN/dtex以上であり、糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。」に訂正する。 (請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する。) (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項3を削除する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項4に「紡糸巻取り張力が5cN以上、60cN以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の芳香族ポリエステル繊維の製造方法。」と記載されているのを、 「紡糸巻取り張力が5cN以上、60cN以下であり、糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする芳香族ポリエステル繊維の製造方法。」に訂正する。 2.訂正の適否 (1)一群の請求項について 訂正前の請求項2〜4は、訂正前の請求項1を、直接的又は間接的に引用するものであって、訂正される請求項1に連動して訂正されるものであり、本件訂正請求は、一群の請求項ごとにされたものである。 (2)訂正事項1について 訂正事項1は、請求項1の「溶融異方性芳香族ポリエステル繊維」について、「熱処理後の繊維」であり、溶融粘度と繊維の強度を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 また、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書」という。)には、段落【0033】に「上記のように熱処理して得られる繊維の強度は、10.0cN/dtex以上が好ましく、12.0cN/dtex以上がより好ましく、さらに好ましくは、20.0cN/dtex以上である。」と、段落【0019】に「本発明の溶融紡糸に適した溶融異方性芳香族ポリエステルは、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が10Poise以上、50Poise以下である。」と記載されており、訂正事項1は、本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものである。 さらに、訂正事項1は、上記のように、訂正前の請求項1の発明特定事項をさらに限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。 (3)訂正事項2について 訂正事項2は、本件訂正前の請求項3を削除する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 そして、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでなく、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内においてするものであることは明らかである。 (4)訂正事項3について 訂正事項3は、訂正前の請求項4が請求項1の記載を引用するものであったところ、請求項間の引用関係を解消して、独立形式請求項に改める訂正であって、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものに該当する。 また、訂正事項3は、請求項1に特定されていた事項を請求項4に記載するものであるから、本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものである。 さらに、訂正事項3は、請求項間の引用関係を解消して、独立形式請求項に改める訂正であって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。 (4)別の訂正単位とする求めについて 訂正事項3の訂正が認められる場合には、訂正後の請求項4は、請求項1とは別の訂正単位として扱われることを求めるものであるところ、訂正事項3の訂正は上記のとおり認められるから、訂正後の請求項4は、請求項1とは別の訂正単位とされるものである。 3.訂正についてのまとめ 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 よって、訂正後の請求項〔1〜3〕、4について訂正を認める。 第3 本件特許発明 上記のとおり、本件訂正請求が認められるから、本件特許の請求項1、2及び4に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、それぞれ、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1、2及び4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。 「【請求項1】 溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルからなる単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントからなる熱処理後の繊維であって、 前記溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である芳香族ポリエステルであり、 前記繊維の強度は、20.0cN/dtex以上であり、 糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。 【請求項2】 総繊度が10dtex以上、500dtex以下、フィラメント数が3〜1000の範囲である請求項1記載の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。 【請求項4】 溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルを溶融紡糸し、単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントを得る芳香族ポリエステル繊維の製造方法において、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である芳香族ポリエステルを用い、紡糸巻取り張力が5cN以上、60cN以下であり、 糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする芳香族ポリエステル繊維の製造方法。」 第4 特許異議の申立てについて 1.取消理由(決定の予告)の要旨 本件発明1、2の解決しようとする課題は、「細物でありながらフィブリル化や単糸切れ等が無い高品位の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を提供すること」(本件特許明細書の段落【0007】)である。 一方、本件発明1には、「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルからなる単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントであって、糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。」と特定されるが、「毛羽が少ないというのは、紡糸工程で糸切れがな」いことであるから、本件発明1の「糸長100万mにおける毛羽数が3未満」との規定は、本件発明1の解決しようとする課題である「単糸切れが無い」ことと実質的に同義であり、本件発明1は、達成すべき結果(解決しようとする課題)により規定しようとする発明であるといえる。 しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明(段落【0026】)には、解決手段について、特定の製造方法によって達成されることが記載されるのみであり、本件特許の出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 したがって、本件発明1、2は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであり、本件発明1、2は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件発明1、2に係る特許は、特許法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。 2.当審の判断 (1)特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定される要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。 ア 発明が解決しようとする課題 「【0007】 本発明は細物でありながらフィブリル化や単糸切れ等が無い高品位の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を提供することを目的とする。」 イ 発明の効果 「【0009】 本発明の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は、単糸繊度が4.0dtex以下でありながら単糸切れ及びフィブリル化のない後工程通過性に優れた高品位なものである。」 ウ 発明を実施するための形態 「【0018】 本発明における溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の単糸繊度は4.0dtex以下であり、好ましくは2.5dtex以下であり、より好ましくは1.0dtex以下である。総繊度の範囲は10dtex以上、500dtex以下が好ましく、より好ましくは15dtex以上、450dtex以下であり、さらに好ましくは20dtex以上、400dtex以下である。フィラメント数の範囲は3〜1000が好ましく、より好ましくは10〜800であり、さらに好ましくは20〜600である。 【0019】 本発明の溶融紡糸に適した溶融異方性芳香族ポリエステルは、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が10Poise以上、50Poise以下である。この範囲であれば、単糸繊度4.0dtex以下の芳香族ポリエステル繊維を安定して製造するのに好適である。すなわち、溶融粘度が10Poise未満になると、口金から押し出されたポリマーが雫状になりやすく、紡糸の安定性に欠ける傾向がある。溶融粘度が50Poiseを超える場合、曳糸性が低下する為、繊度を細くするに従って単糸切れの発生する恐れがあり、紡糸の安定性に欠ける傾向がある。・・・・」 「【0026】 本発明の芳香族ポリエステル繊維を製造する際に紡糸巻取り張力を5cN以上、60cN以下にすることが重要である。従来の芳香族ポリエステル繊維はロープやケーブルなどの産業資材用途が主であり、総繊度は太く、単糸繊度も4.0dtexを超え、単糸あたりの強力は20cN以上のものが一般的であった。単糸繊度が4.0dtex以下になると、単糸あたりの強力が低くなり、僅かなダメージでもフィブリル化、単糸切れ及び断糸が容易に起こり易くなる。また、芳香族ポリエステル繊維は、一般的なポリエステル繊維に比べて伸度が極端に低い為、繊維に掛かる張力が吸収出来ないことも、フィブリル化や断糸の原因となる。更には、単糸繊度が4.0dtex以下になると、紡糸巻取りボビンの嵩密度は高くなる。このとき、折り重なった単糸同士が食い込みやすくなっている為、紡糸巻取りボビンの繊維を解舒する際に、単糸同士が干渉することでフィブリル化や単糸切れ等が起こる。これらのことから、本発明においては、紡糸の際に巻取り張力を5cN以上、60cN以下として、紡糸巻取りの際の糸に掛かる負担をできるだけ軽減し、紡糸巻取りボビンの嵩密度を極力下げ単糸の食い込みを軽減させ、フィブリル化、単糸切れ及び断糸を防止することにより、溶融異方性芳香族ポリエステル繊維が高品位となる。 【0027】 上記の製造方法により得られる溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は、単糸繊度が4.0dtex以下の細物繊維であっても、後述する巻き返しや熱処理において、単糸切れやフィブリル化が無く、その後の工程通過性にも優れた高品質のものである。 ・・・・ 【0029】 紡糸で得られた溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は、そのままでも使用できるが、熱処理をすることで更に高強度化、高弾性化することができる。この場合、熱処理前に、紡糸巻取りボビンの繊維を一旦別の熱処理用ボビンへ巻き返し、パッケージとすることが好ましい。この時、先に述べたように、紡糸工程での紡糸巻取り張力を5cN以上、60cN以下にすることで、巻き返しでの繊維の解舒性が良好になり、単糸切れや糸切れが無い、高品位な糸を得ることが出来る。・・・・ 【0030】 熱処理は、上記溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の融点以下の温度で行うことが好適である。これにより、芳香族ポリエステル繊維の固相重合が進み、強度、弾性率を向上させることができる。なお、熱処理の際、繊維間が融着し易い傾向がある為、繊維間の融着防止の為には、常温から融点以下の温度まで、段階的に上げていくことが好適である。 ・・・・ 【0033】 上記のように熱処理することでさらに高強度、高弾性率であり、また品位の高い溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を生産効率良く、安定して得ることができる。上記のように熱処理して得られる繊維の強度は、10.0cN/dtex以上が好ましく、12.0cN/dtex以上がより好ましく、さらに好ましくは、20.0cN/dtex以上である。また、伸度は、1.0%以上が好ましく、2.0%以上がより好ましい。更に、弾性率は、400cN/dtex以上が好ましく、500cN/dtex以上がより好ましい。 【0034】 本発明の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は糸長100万mにおける毛羽数が3未満であり、製織などの後工程においてトラブルが無い高品位なものである。より好ましくは毛羽数が2未満であり、さらに好ましくは1未満である。このような繊維は上記に記載した製造方法により得ることができる。」 エ 実施例 「【0035】 以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。実施例及び比較例は図1の溶融紡糸装置を用い、芳香族ポリエステル繊維の紡糸を行った。なお、本発明は以下に述べる実施例に限定されるものではない。実施例中の各評価は以下のようにして行った。 【0036】 1)引張り試験(強度、伸度、弾性率) JISL 1013(2010)の標準時試験に準じ、島津製作所製の引張り試験機AGS−500NXを用い、試料長200mm、引張り速度200mm/分にて破断強伸度及び弾性率(初期引張抵抗度)を求め、10点の平均値で表した。 【0037】 2)紡糸巻取り張力 金井工機社製の電子式張力計CM−100Rを用い、紡糸巻取り中、図1の第二ゴデットロール8と巻取りボビン9間の走行張力を3回測定し、その平均値で表した。 ・・・・ 【0041】 6)毛羽数評価 熱処理後の繊維を春日電気(株)製、毛羽発見器F9−AN型を用いて、100万mの糸長を測定し、測定結果を下記のように評価した。 ○ 毛羽数1個未満 △ 毛羽数1個以上3個未満 × 毛羽数3個以上 【0042】 7)ガイド走行テスト 直径4mmのセラミック棒ガイドに接触角60°で繊維を接触させながら1万mの熱処理糸を300m/min、張力120g/cm2の条件で走行させ、ガイドへの付着物の堆積量から工程通過性を下記のように評価した。 ○ 堆積量が1mg未満 △ 堆積量が1mg以上3mg未満 × 堆積量が3mg以上 【0043】 〔実施例1〕 溶融異方性を示す芳香族ポリエステルとして、p−アセトキシ安息香酸40モル、テレフタル酸15モル、イソフタル酸5モル及び4,4’−ジアセトキシジフェニル20.2モルで重合した芳香族ポリエステルを用いた。この芳香族ポリエステルの融点は340℃であり、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度は30Poiseであった。この芳香族ポリエステルを140℃の真空乾燥機中で24時間乾燥し、水分率5ppmとした後、単軸押出機にて溶融押出し、ギアポンプで計量して、紡糸パックに樹脂を供給した。このときの押出機出口から紡糸パックまでの紡糸温度は360℃とした。孔径0.09mmの孔を48個有する紡糸口金より吐出量11.6cc/分で樹脂を吐出した。吐出した樹脂に油剤を付与し、第一ゴデットロール、次いで第二ゴデットロールに導き、48フィラメント共に867m/分にて巻取りボビンに巻き取り、芳香族ポリエステル繊維を得た。このときの巻取り張力(紡糸巻取り張力)は20cNであった。約120分間の巻き取り中、糸切れは発生せず、紡糸操業性は良好であった。なお、得られた繊維の総繊度は144.3dtex、強度は7.1cN/dtex、伸度は2.1%、弾性率は480cN/dtexであった。次いで、紡糸巻取りボビンから熱処理ボビンへ300m/分で巻き返しを行った。50000mの巻き返し中、単糸切れや糸切れは発生せず、巻き取りは良好に実施でき、操業性も良好であった。この繊維を、310℃で10時間、窒素中で処理した後、熱処理ボビンから紙管へ300m/分で巻き返しを行った。50000mの巻き返し中、単糸切れや糸切れは発生せず、巻き取りは良好に実施でき、操業性も良好であった。なお、得られた繊維は総繊度144.3dtex 、単糸繊度3.0dtex、強度26.0cN/dtex、伸度2.4%、弾性率1000cN/dtexの繊維が得られた。紙管に巻き取った熱処理後繊維の毛羽数は、100万m測定中0個であり、良好な品位であった。また、ガイド走行テストにおいてもガイドへの堆積物の量が少なく、工程通過性は良好であった。上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。 【0044】 〔実施例2〜16〕 実施例1で用いた芳香族ポリエステルを用い、総繊度、単糸繊度、紡糸巻取り張力を表1の通り変えた以外は実施例1と同様に紡糸して芳香族ポリエステル繊維を得た。次いで、実施例1と同様に、得られた芳香族ポリエステル繊維を紡糸巻取りボビンから熱処理ボビンに巻き返し、窒素中で処理し、熱処理ボビンから紙管へ巻き返して熱処理後の芳香族ポリエステル繊維を得た。表1に示す通り、芳香族ポリエステル繊維の巻き返しは、熱処理前と後で共に単糸切れや断糸の発生はなく、良好であった。熱処理後の繊維の毛羽数も、100万m測定中0個であり、良好な品位であった。ガイド走行テストにおいてもガイドへの堆積物の量が少なく、工程通過性は良好であった。 【0045】 〔実施例17、18〕 融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が20Poise及び40Poiseである芳香族ポリエステルを用い、紡糸温度を変更した以外は、実施例1と同様に紡糸して芳香族ポリエステル繊維を得た。次いで、実施例1と同様に、得られた芳香族ポリエステル繊維を紡糸巻取りボビンから熱処理ボビンに巻き返し、窒素中で処理し、熱処理ボビンから紙管へ巻き返して熱処理後の芳香族ポリエステル繊維を得た。表1に示す通り、芳香族ポリエステル繊維の巻き返しは、熱処理前と後で共に単糸切れや断糸の発生はなく、良好であった。熱処理後の繊維の毛羽数も、100万m測定中0個であり、良好な品位であった。ガイド走行テストにおいてもガイドへの堆積物の量が少なく、工程通過性は良好であった。」 「【表1】 」 (3)そうすると、上記(2)の摘記事項から、本件特許明細書の詳細な説明に記載された、本件発明が解決しようとする課題は、上記1.に示したように、「細物でありながらフィブリル化や単糸切れ等が無い高品位の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を提供すること」(【0007】)である。 この課題の解決のために、発明の詳細な説明には、 「本発明の溶融紡糸に適した溶融異方性芳香族ポリエステルは、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が10Poise以上、50Poise以下である。この範囲であれば、単糸繊度4.0dtex以下の芳香族ポリエステル繊維を安定して製造するのに好適である。すなわち、溶融粘度が10Poise未満になると、口金から押し出されたポリマーが雫状になりやすく、紡糸の安定性に欠ける傾向がある。溶融粘度が50Poiseを超える場合、曳糸性が低下する為、繊度を細くするに従って単糸切れの発生する恐れがあり、紡糸の安定性に欠ける傾向がある。」(【0019】)、「上記のように熱処理することでさらに高強度、高弾性率であり、また品位の高い溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を生産効率良く、安定して得ることができる。上記のように熱処理して得られる繊維の強度は、10.0cN/dtex以上が好ましく、12.0cN/dtex以上がより好ましく、さらに好ましくは、20.0cN/dtex以上である。」(【0033】)、「本発明の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は糸長100万mにおける毛羽数が3未満であり、製織などの後工程においてトラブルが無い高品位なものである。」(【0034】)と記載されている。 そして、本件発明1で特定される「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルからなる単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントからなる熱処理後の繊維であって、前記溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である芳香族ポリエステルであり、前記繊維の強度は、20.0cN/dtex以上であり、糸長100万mにおける毛羽数が3未満」である、実施例1〜18の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維について、いずれも、「糸品位(毛羽数評価)」が「○ 毛羽数1個未満」、「ガイド走行テスト」が「○ 堆積量が1mg未満」の良好な結果が得られており、本件発明の解決しようとする課題を解決することが確認されている。 これらのことから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。 3.取消理由(決定の予告)で採用しなかった申立理由 (1)申立人は、甲第1号証〜甲第4号証を提出して、次のア〜キの理由を申立てている。 甲第1号証:特開2013−133576号公報 甲第2号証:特開2012−158851号公報 甲第3号証:特許第6121866号公報 甲第4号証:特許第6121867号公報 ア 請求項1〜3の「溶融異方性芳香族ポリエステル繊維」が、請求項1〜3の記載を引用する請求項4に記載されておらず、請求項4に係る発明は明確ではない。(特許法第36条第6項第2号) イ 本件明細書は、請求項1〜3に係る発明を実施することができるように記載されていない。(特許法第36条第4項第1号) ウ 本件明細書の比較例3、4の結果からみて、「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である」との事項が、発明の課題の解決のために必須であり、この事項を備えない請求項1及び請求項2は、本件明細書に記載された発明とはいえない。(特許法第36条第6項第1号) エ 請求項1〜3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、あるいは、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。(特許法第29条第1項第3号、同条第2項) オ 請求項1、2に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であり、あるいは、甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。(特許法第29条第1項第3号、同条第2項) カ 請求項1、2に係る発明は、甲第3号証の請求項1、2記載の発明と同一である。(特許法第39条第1項) キ 請求項1〜4に係る発明は、甲第4号証の請求項1、2記載の発明と同一である。(特許法第39条第1項) (2)上記申立理由は、下記に述べるように、いずれも理由がない。 ア 上記申立理由アについて 請求項4は、本件訂正により他の請求項の記載を引用しないものとなったから、申立人の上記申立理由アに係る主張は、根拠がないものとなった。 イ 上記申立理由イについて 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、具体的な実施例として、 ・溶融異方性を示す芳香族ポリエステルとして、p−アセトキシ安息香酸40モル、テレフタル酸15モル、イソフタル酸5モル及び4,4’−ジアセトキシジフェニル20.2モルで重合した芳香族ポリエステルを用いたこと ・この芳香族ポリエステルを140℃の真空乾燥機中で24時間乾燥し、水分率5ppmとした後、単軸押出機にて溶融押出し、ギアポンプで計量して、紡糸パックに樹脂を供給したこと ・吐出した樹脂に油剤を付与し、第一ゴデットロール、次いで第二ゴデットロールに導き、48フィラメント共に867m/分にて巻取りボビンに巻き取り、芳香族ポリエステル繊維を得たこと ・この繊維を、310℃で10時間、窒素中で処理した後、熱処理ボビンから紙管へ300m/分で巻き返しを行ったこと が記載されており、当業者であれば、この記載を参照して本件発明を実施することができる。 ウ 上記申立理由ウについて 請求項1、2に係る発明は、本件訂正により、請求項3の「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である」との事項が特定されており、上記2.で述べたように、本件発明1、2は、発明の詳細な説明に記載された発明である。 エ 上記申立理由エについて 甲第1号証には、特に、実施例9の液晶ポリエステルマルチフィラメントに着目すると、次の「甲1発明」が記載されている。 「単繊維繊度5.0dtex、単繊維数10本、強度6.4cN/dtexであり、連続製糸によって得られた24時間後と240時間後の液晶ポリエステルマルチフィラメントについて、500m/分の速度で解舒して検知した、糸条の長さ10万m当たりの毛羽数は、24時間後と240時間後ともに、0〜1個/10万mである、液晶ポリエステルマルチフィラメント。」 本件発明1と甲1発明を対比すると、以下の1)〜3)の点で相違する。 1)本件発明1の単糸繊度が「4.0dtex以下」であるのに対し、甲1発明の単繊維繊度は5.0dtexである点。 2)本件発明1の強度が「20.0cN/dtex以上」であるのに対し、甲1発明の強度は6.4cN/dtexである点。 3)本件発明1が「糸長100万mにおける毛羽数が3未満」であるのに対し、甲1発明は「糸条の長さ10万m当たりの毛羽数は、24時間後と240時間後ともに、0〜1個/10万m」である点。 上記1)〜3)の相違点は実質的なものであるから、本件発明1及び2は、それぞれ甲1発明ではない。 また、これらの相違点について、甲1発明から本件発明1のものに換える動機付けはなく、周知のものでもないから、本件発明1及び2は、甲1発明から容易に発明をすることができたものではない。 オ 上記申立理由オについて 甲第2号証には、特に、実施例1の芳香族ポリエステル繊維に着目すると、次の「甲2発明」が記載されている。 「溶融異方性を示す芳香族ポリエステルとして、p−アセトキシ安息香酸40モル、テレフタル酸15モル、イソフタル酸5モル及び4,4’−ジアセトキシジフェニル20.2モルで重合した芳香族ポリエステルを用い、この樹脂を紡糸パックに供給して、孔を48個有する紡糸口金より樹脂を吐出させ、冷却し固化させて、48フィラメント共に867m/分で捲き取った糸には、約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、この繊維を、320℃で3時間、窒素中で処理して得た、総繊度144.3dtex、単糸繊度3.0dtex、強度26.0cN/dtex、伸度2.0%、弾性率1,005cN/dtexの、溶融異方性を示す芳香族ポリエステル繊維。」 本件発明1と甲2発明を対比すると、 4)溶融粘度について、本件発明1が「溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である」のに対し、甲2発明には、そのように特定されておらず、また、 5)毛羽数についても、本件発明1が「糸長100万mにおける毛羽数が3未満」であるのに対し、甲2発明は、「約120分間の捲き取り中、糸切れは発生」しないものの、毛羽については特定がない点で相違する。 上記4)、5)の相違点は実質的なものであるから、本件発明1及び2は、それぞれ甲2発明ではない。 また、これらの相違点について、甲2発明から本件発明1のものに換える動機付けはなく、周知のものでもないから、本件発明1及び2は、甲2発明から容易に発明をすることができたものではない。 カ 上記申立理由カ、キについて 甲第3号証の請求項1、2記載の各発明、又は、甲第4号証の請求項1、2記載の各発明と、本件発明1、2及び4とは、「糸長100万mにおける毛羽数が3未満」との事項を備えるか否かで、少なくとも相違し、この事項が、課題解決のための具体化手段における微差ではなく、甲第3号証の請求項1、2記載の各発明、又は、甲第4号証の請求項1、2記載の各発明の発明特定事項を、本件発明において上位概念として表現したことによる差違ではなく、単なるカテゴリー表現上の差違であるともいえないから、本件発明1、2及び4は、甲第3号証の請求項1、2記載の各発明、又は、甲第4号証の請求項1、2記載の各発明と同一ではなく、実質同一でもない。 4.むすび 以上のとおりであるから、本件発明1、2及び4に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。 また、他に本件発明1、2及び4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 そして、本件訂正により、請求項3は削除されたため、請求項3に対して申立人がした特許異議の申立ては、不適法であって、その補正をすることができないものであることから、特許法第120条の8第1項で準用する特許法第135条の規定により、却下すべきものである。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルからなる単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントからなる熱処理後の繊維であって、 前記溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルが、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である芳香族ポリエステルであり、 前記繊維の強度は、20.0cN/dtex以上であり、 糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。 【請求項2】 総繊度が10dtex以上、500dtex以下、フィラメント数が3〜1000の範囲である請求項1記載の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。 【請求項3】 削除 【請求項4】 溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルを溶融紡糸し、単糸繊度4.0dtex以下のマルチフィラメントを得る芳香族ポリエステル繊維の製造方法において、融点+30℃、剪断速度1000sec−1における溶融粘度が、10Poise以上、50Poise以下である芳香族ポリエステルを用い、紡糸巻取り張力が5cN以上、60cN以下であり、 糸長100万mにおける毛羽数が3未満であることを特徴とする芳香族ポリエステル繊維の製造方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2021-11-12 |
出願番号 | P2016-549971 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(D01F)
P 1 651・ 537- YAA (D01F) P 1 651・ 536- YAA (D01F) P 1 651・ 121- YAA (D01F) P 1 651・ 4- YAA (D01F) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
藤原 直欣 |
特許庁審判官 |
井上 茂夫 久保 克彦 |
登録日 | 2019-11-01 |
登録番号 | 6608376 |
権利者 | KBセーレン株式会社 |
発明の名称 | 溶融異方性芳香族ポリエステル繊維およびその製造方法 |
代理人 | 特許業務法人みのり特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人みのり特許事務所 |