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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01N
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G01N
審判 全部申し立て 2項進歩性  G01N
管理番号 1384048
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-01-07 
確定日 2022-01-18 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6746109号発明「テラヘルツ波を用いた皮膚角層水分量の計測方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6746109号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4〕について訂正することを認める。 特許第6746109号の請求項4に係る特許を維持する。 特許第6746109号の請求項1〜3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。  
理由 第1 手続の経緯
特許第6746109号の請求項1〜4に係る特許についての出願は、平成26年9月3日に出願(以下「原出願」という。)した特願2014−179672号の一部を平成30年12月17日に新たな特許出願としたものであって、令和2年8月7日にその特許権の設定登録がされ、同月26日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和3年 1月 7日 :特許異議申立人株式会社レクレアル(以下「申立人」という。)による請求項1〜4に係る特許に対する特許異議の申立て
同年 4月19日付け:取消理由通知書
同年 5月31日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 7月13日 :申立人による意見書の提出
同年 8月 2日付け:取消理由通知書(決定の予告)
同年10月 4日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年11月11日 :申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和3年10月4日に提出された訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。なお、同年5月31日に提出された訂正請求書は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたとみなす。)による請求の趣旨は、特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおりに訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を削除する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に
「前記求められた吸収係数と、水分量が既知である皮膚モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の水分量を求める工程をさらに有する請求項1〜3の何れか1項に記載の計測方法。」
と記載されているのを、
「テラヘルツ波を用いた全反射減衰分光法によりヒトの皮膚角層の質量含水率を計測する方法であって、
テラヘルツ波出射面であるプリズム表面にヒトの皮膚表面を接触させて、周波数が0.1THz以上1.5THz以下のテラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、
得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程と、
前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程とを有することを特徴とするヒトの皮膚角層の質量含水率の計測方法。」
に訂正する。

(5)一群の請求項について
訂正前の請求項2〜4は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、請求項1〜4は一群の請求項である。そして、上記訂正事項1〜4はいずれも、その一群の請求項においてなされたものであるから、特許法第120条の5第4項で規定する当該一群の請求項ごとに請求されているものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1〜3について
訂正事項1〜3は、請求項を削除する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、請求項の削除は、新規事項を追加するものでもなく、特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項4について
ア 独立形式について
訂正前の「請求項1〜3の何れか1項に記載の計測方法」を「テラヘルツ波を用いた全反射減衰分光法により」「皮膚角層」「を計測する方法であって、テラヘルツ波出射面であるプリズム表面に」「皮膚表面を接触させて、周波数が0.1THz以上1.5THz以下のテラヘルツ波を照射して」「吸収係数を」「工程と」「前記求められた吸収係数と、水分量が既知である」「モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の」「を求める工程とを有することを特徴とする」「皮膚角層」「の計測方法。」に訂正することは、請求項1の記載を引用する請求項4の記載を、請求項1の記載を引用しないものとすることであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」に該当し、新規事項を追加するものでもなく、特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものではない。

イ ヒトの皮膚角層について
訂正前の「皮膚角層」を「ヒトの皮膚角層」に訂正することは、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)の【0036】には「ブタ皮膚はヒトの皮膚とその組成や構造がよく似ており、ヒト皮膚の角層の複素屈折率とブタ皮膚の角層のそれとはほぼ同程度であると言える。」と記載されていることから、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。
そして、「皮膚角層」を「ヒトの皮膚角層」に訂正することは、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 質量含水率について
訂正前の「水分量」を「質量含水率」に訂正することは、令和3年4月19日付け取消理由通知書で「請求項1に「皮膚角層水分量の計測」と記載されているが、皮膚角層の「水分量」をどのような量として測定するのか明確でない。請求項4の「角層の水分量」についても同様である。」と指摘したことに対するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、本件特許明細書等の【0049】に「図7に示すように質量含水率と吸収係数は比例し、吸収係数から質量含水率を求められることが示された。」と記載されていることから、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。
そして、「水分量」を「質量含水率」に訂正することは、上記本件特許明細書等の記載を踏まえると、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

エ 角層モデルについて
訂正前の「皮膚モデル」を「角層モデル」に訂正することは、令和3年4月19日付け取消理由通知書で「請求項4に「皮膚モデル」との記載があるが、本件特許明細書には、「角層の質量含水量を求める場合には、例えば質量含水量が既知である角層モデルを用いて計測された吸収係数αとの対比により求めることができる。角層モデルは任意のモデルが用いられる。角層は死んだ角化細胞が重層化したものであるので、例えば、皮膚より採取したタンパク成分のパウダーを圧縮して得られたシートに水分を含ませたシートモデル、角層はタンパクと水で構成されると仮定したアルブミンタンパク水溶液からなるモデルが例示される。」(【0038】)、「角層モデルを用いて角質モデルに含まれる水の吸収係数を測定した。皮膚真皮より採取した間質成分のパウダー(hide powder non-chromated, SIGMA社製)をプレスして得られたシートを角層モデル(シートモデル)とした。」(【0048】)、「水溶性アルブミン溶液を用いた角層モデル」(【0054】)及び「アルブミン水溶液を角層モデルとして利用することで、空隙の影響が低減され、質量含水率が30%以下の場合でも角層の水分量を測定できた。」(【0055】)と、「角層モデル」との記載はあるが、「皮膚モデル」との記載はなく、どのようなモデルであるのか本件特許明細書を参照しても不明確である。」と指摘したことに対するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、上記のとおり、「角層モデル」は本件特許明細書等に記載されていることから、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。
そして、「皮膚モデル」を「角層モデル」に訂正することは、上記本件特許明細書等の記載を踏まえると、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

オ 吸収係数の算出について
訂正前の「テラヘルツ波を照射して吸収係数を求める工程」を「テラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」に訂正すること、そして、訂正前の「前記求められた吸収係数」を「前記算出された吸収係数」に訂正することについて検討する。
(ア)目的の適否
「算出する」とは「求める」の下位概念に相当し、「角層の吸収係数」は「吸収係数」を限定するものであるから、「吸収係数を求める」を「角層の吸収係数を算出する」に訂正することは、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、「テラヘルツ波を照射して」「吸収係数を求める」ことを「テラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから」「吸収係数を算出する」に訂正することは、吸収係数の求め方を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
よって、「テラヘルツ波を照射して吸収係数を求める工程」を「テラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」に訂正すること、そして、訂正前の「前記求められた吸収係数」を「前記算出された吸収係数」に訂正することは、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無
本件特許明細書等の【0031】には、「本発明の計測方法はテラヘルツ波出射面であるプリズム表面に皮膚を接触させながらテラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルとから角層の吸収係数を算出する工程とを備える。」と記載されていることから、上記訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(ウ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
「テラヘルツ波を照射して吸収係数を求める工程」を「テラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」に訂正することは、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 小括
上記のとおり、訂正事項1〜4に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、3号又は4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項4に係る発明(以下「本件発明4」という。請求項1〜3は削除された。)は、訂正特許請求の範囲の請求項4に記載された以下のとおりのものである。
「【請求項4】
テラヘルツ波を用いた全反射減衰分光法によりヒトの皮膚角層の質量含水率を計測する方法であって、
テラヘルツ波出射面であるプリズム表面にヒトの皮膚表面を接触させて、周波数が0.1THz以上1.5THz以下のテラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、
得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程と、
前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程とを有することを特徴とするヒトの皮膚角層の質量含水率の計測方法。」

第4 取消理由(決定の予告)について
取消理由通知書(決定の予告)で通知された取消理由は、みなし取下げされた令和3年5月31日に提出された訂正請求書により訂正された請求項4に係る発明に対するものである。

1.取消理由1(明確性
本件特許は、その特許請求の範囲の請求項4に係る記載が、特許法第36条第6項第2号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
具体的には、請求項4に「水分量が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める」と記載されているが、「質量含水率を求める」際に使用する既知である「水分量」とは、技術的に何を特定しているのか不明確である。

2.取消理由2(進歩性
請求項4に係る発明は、本件特許出願(原出願)前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願(原出願)前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
甲第1号証:Handbook of Photonics for Biomedical Science, 23“Teraherz Tissue Spectroscopy and Imaging”pp.591-617、2010年5月発行
甲第3号証:特許第5460528号公報
甲第4号証:高橋元次「肌の生理測定と化粧品有用性評価への応用」J. Soc. Cosmet. Japan, Vol.34, No.1 2000
第第5号証:Neha Bajwa,et al.「Reflective Terahertz(THz) Imaging:System Calibration Using Hydration Phantoms」Proc.of SPIE Vol.8585,2013
なお、甲第2号証は、甲第1号証の発行年月を立証するものである。
(甲1号証〜甲5号証を以下「甲1」〜「甲5」という。)

第5 当審の判断
1 取消理由1について
本件訂正により、請求項4における「水分量」との記載は、すべて「質量含水率」に訂正されたので、取消理由1は解消された。
よって、取消理由1によって、本件発明4に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由2について
(1)甲号証の記載
ア 甲1について
(ア)記載事項
甲1には、以下の事項が記載されている。なお、申立人訳に付した下線は、当審において付したものである。
(甲1ア)「23.2.3.1 Introduction
The advantages of THz-TDS[15] are the following:it is ・・・. The measured amplitude and phase are directly related to the absorption coefficient and index of refraction of the sample medium, and thus the complex permittivity of the sample can be obtained in a straightforward manner.」(594頁11〜16行)
(申立人訳参照:23.2.3.1 序論
THz-TDSの利点は、次のとおりであり、それは・・・である。測定された振幅と位相は、試料媒体の吸収係数と屈折率に直接関係しているため、試料の複素誘電率を簡単に取得できる。)

(甲1イ)「23.2.3.3 THz reflection spectroscopy
Transmission terahertz spectroscopy is not suitable for natural biological objects due to strong absorption by water or large sample sizes in in vivo measurements.Reflection spectroscopy is a more viable prospect in these instances, and provides distant noninvasive measurements without thickness ranging. In vivo skin studies are the most appropriate for this technique. The complex reflection coefficient R~p(ω) contains information about the refraction index and absorption coefficient of the medium:

(23.9)
It is characterized by amplitude R and phase φ as R~p=Reiφ, where subscript p denotes radiation polarization in the incidence plane; θ is the incident angle. The Fresnel formula takes into account the complex part of the refractive index n(ω) = n'(ω) - iα(ω)c/ω.」(597頁1行〜10行)
(申立人訳参照:23.2.3.3 THz反射スペクトル
透過テラヘルツ分光法は、水による強い吸収または生体内測定における大きな試料サイズのために、天然の生物学的対象には適していない。反射分光法は、これらの例ではより実行可能な見通しであり、厚さ範囲に制限されない遠隔非侵襲測定を提供する。インビボ皮膚研究はこの技術に最も適している。複素反射係数R~p(ω)は、媒質の屈折率および吸収係数に関する情報を含む:

(23.9)
これは、振幅Rおよび位相φがR~p=Reiφとして特徴付けられる。添え字pは入射面における放射偏光を表し、θは入射角である。フレネル式は、屈折率n(ω)=n’(ω)−iα(ω)c/ωの複素数部分を考慮に入れている。)

(甲1ウ)「23.2.3.4 Attenuated total internal reflection
To study soft tissues or aqueous solutions the attenuated total reflection(ATR) spectroscopy turned out to be a more prospective method(Figure 23.4). In this scheme it is possible to control the penetration depth δ in the matter δ=(当審注:波線等号である)(λ/π)(n2prsinθ−n2sample)1/2(see 23.3). With the silicon Dowe prism(1.5×2cm basis, apex angle of 90゜, the refractive index of silicon in THz is 3.42, the dispersion and absorption are practically negligible) a collimated THz beam conserves the beam direction. The spectrum of transmitted radiation measured for a clean prism is used as a reference. To measure the reflection spectra the sample is attached to the prism surface(or a drop of a liquid is placed on the prism surface).
The main advantage of the ATR method relative to reflection spectroscopy is in the simplicity of the reference spectra measurement, and the reflection amplitude is maximal. The main difficulty of the ATR method is an optical contact problem for hard sample studies. Simulation of a three-layered system (prism-air-matter) using the experimental parameters has shown feat the existence of a 10μm layer of air between the prism surface and matter under study is critical for getting information about studied material. For liquid samples optical contact is always good. Equation (23.9) (Fresnel formula) describing reflection is valid also for the ATR, but one must account for the refection of the prism material npr and substitute n by n/npr in Eq. (23.9). The free-surface reflection mode and the prism scheme provide considerably different shapes for both the reflection amplitude and phase spectra.
The prism scheme is more convenient for soft tissues studies, since a sample attaching to the prism basis forms a flat smooth interface with the tissue sample. We have thus measured the reflection spectra of the finger skin (Caucasian mate, 32 years-old, thumb, Figure 23.13).
Since the ATR method provides measurements only for superficial tissue layers up to 10μm, the skin was probed only within the stratum corneum. In this layer water content is minima and is equal to 15% (by weight); the main content is formed by proteins(70%)and lipids (15%)[23]. As a result, the skin reflection spectrum is considerably different from the water reflection (see Figure 23.10). We can control evanescent field penetration depth by changing the incidence angle, thus we can measure the essential surface properties of the samples (up to λ/50 in thickness).」(597頁24行〜598頁8行)
(申立人訳参照:23.2.3.4 減衰全反射
軟組織または水溶液を研究するために、減衰全反射(ATR)分光法がより将来的な方法であることが判明した(図23.4)。このスキームでは、物質における侵入深さδをδ=(当審注:波線等号である)(λ/π)(n2prsinθ−n2sample)1/2(23.3参照)のように制御することが可能である。シリコンDoweプリズム(1.5×2cmベース、頂角90゜、THzにおけるシリコンの屈折率は3.42、分散および吸収は実質的に無視できる)で、軟組織における水の濃度に対する望ましい感度が得られた。コリメートされたテラヘルツビームに置かれたプリズムは、ビーム方向を保存する。クリーンプリズムについて測定された透過放射線のスペクトルが基準として使用される。反射スペクトルを測定するために、試料をプリズム表面に付着させる(または、液滴をプリズム表面に置く)。
反射分光法と比較したATR法の主な利点は、基準スペクトル測定の単純さであり、反射振幅は最大である。ATR法の主な難点は、硬質試料の研究における光学的接触の問題である。実験パラメータを用いた3層系(プリズム−空気−物質)のシミュレーションは、プリズム表面と研究中の物質との間に10μmの空気層が存在することが、研究された物質に関する情報を得るために重要であることを示している。液体試料の場合、光学的接触は常に良好である。反射を記述する式(23.9)(フレネル式)は、ATRについても有効であるが、プリズム材料の屈折率nprを考慮に入れ、(23.9)式においてnをn/nprに置き換える必要がある。自由表面反射モードおよびプリズム方式は、反射振幅および位相スペクトルの両方に対してかなり異なる形状を提供する。
プリズム法は、プリズム基盤に付着した試料が組織試料と平滑な界面を形成するので、軟組織の研究にはより便利である。これにより、指の皮膚の反射スペクトルを測定した(白人男性、32歳、親指、図23.13)。
ATR法は、10μmまでの表面組織層についてのみ測定を提供するので、角層内のみで皮膚を検査した。この層では、含水率は最小で15%(重量)に等しい。主な含有量はタンパク質(70%)と脂質(15%)によって形成される[23]。その結果、皮膚の反射スペクトルは水の反射とはかなり異なっている(図23.10参照)。入射角を変えることでエバネッセント場の侵入深さを制御することができ、サンプルの本質的な表面特性を測定することができる(最大λ/50の厚さ)。)

(甲1エ)「23.5.3 Skin
Skin is the most convenient object for THz-TDs studies and imaging. It is easy to measure in vivo, in ordinary or total internal reflection configuration. There is evidence of THz sensitivity to cancer lesions of the skin that is related to changes in water concentration or its state within the malignant tumor area. Ordinary reflection technique gives higher values of absorption coefficients than total internal reflection because of the varied penetration depth of radiation inside the skin. Less absorption for ATR is connected with the small probing depth that allows one to measure absorption only of the upper skin layer-stratum corneum, which contains a small amount of water.
Normal skin is comprised of three main layers: the stratum corneum, epidermis, and dermis. The thickness of the stratum corneum of the human palm can be up to 200μm. The TPI system was able to resolve the stratum corneum as the layered structure thai gave rise to multiple reflections. The contrast seen in the images was due to the combined changes in the refractive index and absorption of the tissue.」(608頁1〜13行)
(申立人訳参照:23.5.3 皮膚
皮膚は、THz-TDsの研究および画像化のための最も便利な対象である。インビボ、通常または全反射構成で測定することは容易である。悪性腫瘍領域内の水分濃度またはその状態の変化に関連する皮膚の癌病変に対するTHz感受性の証拠がある。通常の反射技術は、皮膚内部の放射の浸透深さが変化するため、全内部反射よりも高い吸収係数の値を与える。ATRの吸収が少ないことは、小さなプロービングの深さと関連しているため、少量の水分を含む上皮層(角層)のみの吸収を測定することができる。
正常な皮膚は、3つの主要層:角層、表皮層および真皮層からなる。ヒトの掌の角層の厚さは200μmまでであり得る。TPIシステム[3]は、複数の反射を生じさせる層状構造として角層を分解することができた。画像に見られるコントラストは、組織の屈折率と吸収とを合わせた変化によるものであった。)

(甲1オ)甲1のFIGURE 23.13には、以下の図面が記載されている。

FIGURE 23.13: Skin spectra: a)total internal reflection, b)absorption, adapted from Ref.[3]
(当審訳:図23.13:皮膚スペクトル:a)全反射、b)吸収、参考文献[3]からの適用)

(イ)甲1発明について
a 記載事項の整理
(a)上記(甲1ウ)の「コリメートされたテラヘルツビームに置かれたプリズムは、ビーム方向を保存する。クリーンプリズムについて測定された透過放射線のスペクトルが基準として使用される。反射スペクトルを測定するために、試料をプリズム表面に付着させる。」及び「プリズム法は、プリズム基盤に付着した試料が組織試料と平滑な界面を形成するので、軟組織の研究にはより便利である。これにより、指の皮膚の反射スペクトルを測定した(白人男性、32歳、親指、図23.13)。ATR法は、10μmまでの表面組織層についてのみ測定を提供するので、角層内のみで皮膚を検査した。」との記載において、「白人男性」はヒトであるから、「試料」は「ヒトの表面組織層である角層」のことであるといえ、そして、テラヘルツ波出射面であるプリズム表面に、その角層の表面を接触させてテラヘルツ波を照射しているといえる。

(b)また、(甲1ウ)の「これにより、指の皮膚の反射スペクトルを測定した(白人男性、32歳、親指、図23.13)。ATR法は、10μmまでの表面組織層についてのみ測定を提供するので、角層内のみで皮膚を検査した。」における「図23.13」は、上記(甲1オ)のとおりであり、図23.13の左側の「a)全反射」の図には、周波数が0.1THz(当審注:グラフは0THzから引かれているが、0THzは技術的にあり得ないので0.1THzとした。)〜2.0THzのテラヘルツ波を照射した時の「Reflection amplitude」(反射振幅)及び「Reflection phase」(反射位相)を計測したグラフが記載されている。してみれば、ATR法において、ヒトの表面組織層である角層に対して、周波数が0.1THz〜2.0THzテラヘルツ波を照射して反射振幅及び反射位相を計測しているといえる。

b 甲1発明
上記aを踏まえると、甲1には、以下の発明が記載されているといえる。
「ATR法によるヒトの表面組織層である角層に対する計測方法であって、
テラヘルツ波出射面であるプリズム表面に角層の表面を接触させて、周波数が0.1THz〜2.0THzテラヘルツ波を照射して反射振幅及び反射位相を計測する、
角層に対する計測方法。」(以下「甲1発明」という。)

イ 甲3について
甲3には、以下の事項が記載されている。
「【0026】
本発明の皮膚水分量の測定方法の具体的態様について説明する。まず、脱脂皮膚試料のラマンスペクトルにおけるIproteinに対するIOHの比率と、該脱脂皮膚試料の総質量に対する該脱脂皮膚試料に含まれる水分量の比率との関係を示す検量線を作成する。次に、測定対象である皮膚試料のラマンスペクトルを測定する。次に、前記皮膚試料のラマンスペクトルから、脂質の寄与分を差し引いた補正ラマンスペクトルを作成する。次に、前記補正ラマンスペクトルにおける、Iproteinに対するIOHの比率を算出する。そして、Iproteinに対するIOHの比率から、検量線を用いて、皮膚水分量を測定する。」
「【0049】
実施例
(1)検量線の作成
健常男性(40歳代)のかかとより角層片(3.0〜5.5mg)をナイフで切除後、クロロホルム−メタノール(1:1)液に一昼夜浸漬した。その後角層片試料を取り出し、自然乾燥後、イオン交換水に一昼夜浸漬した。その後角層片試料を取り出し、自然乾燥させることで、脂質等の油溶性成分と、アミノ酸等の水溶性成分を除去した脱脂乾燥角層を調製した。」

ウ 甲4について
甲4には、以下の事項が記載されている。
「3.2.全反射吸収-FTIR法
in vivoで直接,皮表水分量を推定する方法に全反射吸収-FTIR (attenuated total reflectance-Fourier transform infrared: ATR-FTIR)がある。アミドI(1645cm-1)の吸収は蛋白と水分の影響を受けるが,アミドII(1545cm-1)は蛋白の影響だけなので二つの吸収の比(アミドI/アミドII;MF moisture factor)を用いて角層表層の水分量が測定できる(Fig.-8)。角層に対する測定深度は装置や光の波長によって異なるが,この波長領域では数μm程度と考えられている。角層をテープで剥離していくと剥離回数とともにMF値は増加する(剥離前は1.208に対し5回後では1.270,10回後では1.314)。また,皮膚をアルミホイルで4時間覆うとMF値は1.209から1.541に増加し,角層中の水分量の変化をとらえることができる23)。しかし,わずかではあるがアミドIIも水分の影響を受けるので,改良法としてPotts et al17)は2100cm-1のO-H伸縮を用いる方法を提唱している。この吸収は比較的弱いが他の妨害を受けにくいので,吸収カーブおよび直線近似したベースラインと横軸で囲まれた面積の比を用い水分量を推定する。剥離した角層を用い重量法で求めた水分量との検量線は,0.2g H2O/角層1cm3以下ではよい直線性を示し,この結果を用いて皮膚表層の水分量を9%程度と推定している。」(9頁右欄5行〜10頁左欄7行)

エ 甲5について
甲5には、以下の事項が記載されている。
「5. CONCLUSIONS
This study confirms that THz sensing requires calibration of clinical performance metrics, specifically hydration concentration sensitivity. Gelatin hydration targets, identified as an appropriate tissue-mimicking model for reflective THz imaging applications, can be used to relate THz reflectivities to water content for quantitative comparisons of THz hydration imagery. Within a hydration range of 83% - 95%, pertinent for in vivo medical assessments, a positive linear trend was observed between increases in hydration and corresponding THz reflectivities.」(9頁の「5.CONCLUSIONS」の欄)
(申立人訳参照:5.結論
この研究は、THzセンシングが臨床性能指標、特に水和濃度感度の較正を必要することを確認した。ゼラチン水和ターゲットは、反射型THzイメージング用途のための適切な組織模倣モデルとして同定され、THz水和イメージングの定量的比較のために、THz反射率を含水量に関連付けるために使用することができる。in vivo医学的評価に関連する83%〜95%の水和範囲内で、水和の増加と対応するTHz反射率との間に正の線形傾向が観察された。」

(2)対比・判断
ア 対比
本件発明4と甲1発明とを対比すると、以下のことがいえる。
(ア)「ATR法」とは全反射減衰分光法のことであるから、甲1発明の「テラヘルツ波を照射」する「ATR法によるヒトの表面組織層である角層に対する計測方法」は、本件発明4の「テラヘルツ波を用いた全反射減衰分光法によりヒトの皮膚角層」「を計測する方法」に相当する。

(イ)甲1発明の「0.1THz〜2.0THz」と本件発明4の「0.1THz以上1.5THz以下」とは、「0.1THz以上1.5THz以下」で共通し、角層は皮膚の最外層であるから、甲1発明の「角層の表面」は、表面として本件発明4の「皮膚表面」に相当する。
また、本件発明4の「反射スペクトル及び位相差スペクトル」は、反射スペクトルは「R(ω)」と位相差スペクトルは「Φ(ω)」(【0031】)と表される振幅と位相に相当するものであり、一方、甲1発明の「反射振幅及び反射位相」は、(甲1イ)に記載されているとおり「振幅Rおよび位相φがR~p=Reiφとして特徴付けられる」ものであるから、甲1発明の「反射振幅及び反射位相」は、本件発明4の「反射スペクトル及び位相差スペクトル」に相当する。
してみれば、甲1発明の「テラヘルツ波出射面であるプリズム表面に角層の表面を接触させて、周波数が0.1THz〜2.0THzテラヘルツ波を照射して反射振幅及び反射位相を計測する」ことは、本件発明4の「テラヘルツ波出射面であるプリズム表面にヒトの皮膚表面を接触させて、周波数が0.1THz以上1.5THz以下のテラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程」に相当する。

(ウ)そうすると、本件発明4と甲1発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
(一致点)
「テラヘルツ波を用いた全反射減衰分光法によりヒトの皮膚角層を計測する方法であって、
テラヘルツ波出射面であるプリズム表面にヒトの皮膚表面を接触させて、周波数が0.1THz以上1.5THz以下のテラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程、
を有するヒトの皮膚角層の計測方法。」

(相違点)
皮膚角層の計測が、
本件発明4では、「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程と、前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程とを有」する皮膚角層の「質量含水率」の計測であるのに対し、
甲1発明では、反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程を有するものの、上記「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」があるかどうか不明であり、そして「前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程」は有さず、それらの工程から皮膚角層の「質量含水率」を計測していない点。

イ 判断
(ア)上記相違点のうち、「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」について検討する。

a 甲1について
(a)甲1の上記(甲1ウ)には「複素反射係数R~p(ω)は、媒質の屈折率および吸収係数に関する情報を含む:式(略)(23.9)これは、振幅Rおよび位相φがR~p=Reiφとして特徴付けられる。」との記載があり、ここで「振幅Rおよび位相φ」が上記甲1発明の「反射振幅及び反射位相」に相当するとしても、「吸収係数に関する情報を含む」との記載が、計測した反射振幅及び反射位相から「角層の吸収係数を算出する」ことを示唆しているとはいえない。

(b)また、甲1の上記(甲1ア)には、「THz-TDSの利点は、次のとおりであり、それは・・・である。測定された振幅と位相は、試料媒体の吸収係数と屈折率に直接関係しているため、試料の複素誘電率を簡単に取得できる。」との記載があり、ここでTHz-TDSとは、テラヘルツ時間領域分光法のことで、テラヘルツ電磁波を試料に入射させ、試料を透過又は反射させた後の電場の時間変化を測定し、フーリエ変換によってテラヘルツ領域の電場の振幅強度と位相の周波数成分を得るという分光法のことであり、甲1発明の「テラヘルツ波を照射」する「ATR法による」「計測」にも適用されうる技術であるといえる。
しかし、THz-TDSについて「測定された振幅と位相は、試料媒体の吸収係数と屈折率に直接関係しているため、試料の複素誘電率を簡単に取得できる。」と記載されているものの、それは試料の複素誘電率を取得するために行われることが示されているにすぎない。すなわち、振幅及び位相と試料媒体の吸収係数とが直接関係しているとはいえるが、測定された振幅と位相から試料媒体の吸収係数を算出することを示したものではないことから、当該記載からも、計測した反射振幅及び反射位相から「角層の吸収係数を算出する」ことが示唆されているとはいえない。

(c)さらに、甲1発明の「周波数が0.1THz〜2.0THzテラヘルツ波を照射して反射振幅及び反射位相を計測する」ことを上記(甲1オ)の図23.13の左側の「a)全反射」の図から認定したところ、その図23.13の右側には「b)吸収」の図が記載されており、そこには周波数が0THz〜2.0THzテラヘルツ波における水、健康な皮膚、脂肪の「Absorption,cm-1」(吸収cm-1)のグラフが記載されているものの、「a)全反射」の図の反射振幅及び反射位相から「b)吸収」の図の水、健康な皮膚、脂肪の吸収(cm-1)を得たとは甲1には記載されていない。
図23.13については、脚注に「図23.13:皮膚スペクトル:a)全反射、b)吸収、参考文献[3]からの適用」と記載され、(甲1ウ)に図23.13の説明として「指の皮膚の反射スペクトルを測定した(白人男性、32歳、親指、図23.13)」と記載されているが、図23.13の右側の「b)吸収」には「健康な皮膚」以外にも、水及び脂肪の吸収(cm-1)のグラフが描かれていることから、左右のグラフは対応しているとはいえず、特許権者が令和3年10月4日に提出の意見書において主張しているように、「b)吸収」のグラフは
甲1の参考文献3から適用されたものであり、「a)全反射」の図の反射振幅及び反射位相から求めたものではないと解するのが相当である(なお、申立人は、令和3年11月11日に提出の意見書において、この点については反論していない)。
加えて、本件発明4の吸収係数は、本願明細書の【0029】に記載の「α=4πκ/λ」(κは消衰係数、λは波長)で表されるものであるところ、上記「b)吸収」の吸収(cm-1)と単位次元は同じといえるものの、「b)吸収」における「吸収」が「α=4πκ/λ」で表される「吸収係数」であるのか不明である。
そうすると、図23.13の「a)全反射」の反射振幅及び反射位相から、同じ図23.13の「b)吸収」の吸収(cm-1)を求めたとはいえず、ましてや、図23.13の「a)全反射」及び「b)吸収」の図面から、反射振幅及び反射位相から本件発明4の吸収係数を算出することが示されているとはいえない。

(d)したがって、甲1には、「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」について示唆する事項は記載されていない。

b 甲3〜5について
甲3〜5は、上記(1)イ〜エで摘記したとおりであり、甲3には、脱脂皮膚試料の総質量に対する脱脂皮膚試料に含まれる水分量の比率との関係を示す検量線を用いて、皮膚水分量を求めることが、甲4には、剥離した角層を用い重量法で求めた水分量との検量線を用いて、皮膚表層の水分量を求めることが、上記甲5には、適切な組織模倣モデルを用いてTHz反射率を含水量に関連付けて、組織の含水量を求めることが記載されているものの、反射スペクトル及び位相差スペクトルから吸収係数を算出することについては記載されていない。

c 小括
以上のことから、「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」について、甲1及び甲3〜5の記載から当業者が容易になし得たこととはいえない。

(イ)相違点全体について
上記(ア)で述べたとおり、上記相違点のうち「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程」について、甲1及び甲3〜5の記載から当業者が容易になし得たこととはいえないところ、仮に、反射スペクトル及び位相差スペクトルから吸収係数を算出すること自体が物理数学的に成立するとしても、それを「角層の吸収係数を算出」し「角層の質量含水率を求める」ことに適用することが当業者において容易であると判断できる証拠もないことから、上記相違点である「得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程と、前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程とを有」する皮膚角層の「質量含水率」の計測は、甲1及び甲3〜5の記載から当業者が容易になし得たこととはいえない。

(ウ)申立人の主張
a 申立人は、令和3年11月11日提出の意見書において、「反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する」ことについて、上記(甲1ア)及び(甲1イ)の記載に基づき、以下のことを主張している。
「上記の記載にあるとおり、23.9式およびATRへの適用が可能である旨の記載に鑑みれば、nprおよび入射角は既知であるので、テラヘルツの強度スペクトルと位相差スペクトルとを測定すれば、未知数はサンプルのn(ω)のみになり、これを解くことでn(ω)= n'(ω)-iα(ω)c/ωが得られることがわかる。α(ω)は吸収係数を表す。当業者であれば、23.9式がATRでも使えることから、サンプルの屈折率を得られることは自明である。」

b 上記主張は文末で「サンプルの屈折率を得られることは自明である。」と記載していることから、何を主張しようとしているのか明確ではないが、n(ω)= n'(ω)-iα(ω)c/ωとの式から、α(ω)で表される吸収係数を算出できることを主張しようとしたものと考えらる。
しかし、ある数値が物理数学的に単に算出可能であることと、ある目的のもとそれを算出し、その算出値をその目的のもと利用することとは異なることであるから、α(ω)で表される吸収係数を物理数学的に算出可能であるからといって、それが「角層の吸収係数を算出」し「前記算出された吸収係数と、角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める」ことに適用することが当業者において容易になし得たことであるとはいえない。
したがって、申立人の主張は、上記(ア)及び(イ)の判断を左右するものではない。

(エ)小括
したがって、本件発明4は、甲1発明並びに甲1及び甲3〜5の記載から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことから、本件発明4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
よって、取消理由2によって、本件発明4に係る特許を取り消すことはできない。

第6 取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由について
取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由については、本件訂正前の請求項に対する令和3年4月19日付けの取消理由通知書の以下の取消理由として、すべて通知している。なお、取消理由通知(決定の予告)の取消理由と区別するために数字に「’」と付した。

1 特許異議申立理由である取消理由について
(1)取消理由1’(明確性)について
ア 請求項1について
請求項1に係る発明は「皮膚角層水分量を計測する方法」であるところ、工程として「テラヘルツ波出射面であるプリズム表面に皮膚表面を接触させてテラヘルツ波を照射して吸収係数を求める工程」のみ特定されており、吸収係数から水分量を求めることが方法として特定されていないことから、方法の発明として明確とはいえない。

イ 請求項2〜4について
(ア)請求項2〜4は、請求項1を引用するものであるから、これらについても上記アの点で不明確といえる。

(イ)請求項4については、さらに、以下の不明確な点がある。
請求項4に「皮膚モデル」との記載があるが、本件特許明細書(下線は当審において付与した。)には、「角層の質量含水量を求める場合には、例えば質量含水量が既知である角層モデルを用いて計測された吸収係数αとの対比により求めることができる。角層モデルは任意のモデルが用いられる。角層は死んだ角化細胞が重層化したものであるので、例えば、皮膚より採取したタンパク成分のパウダーを圧縮して得られたシートに水分を含ませたシートモデル、角層はタンパクと水で構成されると仮定したアルブミンタンパク水溶液からなるモデルが例示される。」(【0038】)、「角層モデルを用いて角質モデルに含まれる水の吸収係数を測定した。皮膚真皮より採取した間質成分のパウダー(hide powder non-chromated, SIGMA社製)をプレスして得られたシートを角層モデル(シートモデル)とした。」(【0048】)、「水溶性アルブミン溶液を用いた角層モデル」(【0054】)及び「アルブミン水溶液を角層モデルとして利用することで、空隙の影響が低減され、質量含水率が30%以下の場合でも角層の水分量を測定できた。」(【0055】)と、「角層モデル」との記載はあるが、「皮膚モデル」との記載はなく、どのようなモデルであるのか本件特許明細書を参照しても不明確である。
そして、「皮膚モデル」が不明であることから、「水分量が既知である皮膚モデルを用いて測定された吸収係数」について、どのようにして求めるのか不明確である。

(2)取消理由2’(サポート要件)について
ア 請求項1について
(ア)実施例において、ブタ皮膚の角層についてのみ記載されているところ、請求項1では「皮膚角層」と特定されており、ブタ以外の動物の皮膚について拡張ないし一般化できるとはいえない。
また、上記【0036】には「ブタ皮膚はヒトの皮膚とその組成や構造がよく似ており、ヒト皮膚の角層の複素屈折率とブタ皮膚の角層のそれとはほぼ同程度であると言える。」との記載があることから、ブタ皮膚とその組成や構造がよく似ており、ブタ皮膚の角層の複素屈折率とほぼ同程度であるものは、同様に、請求項1に係る発明の方法を適用できるともいえるが、本件特許明細書に「角層の屈折率を正確に測定する方法は知られておらず、角層の屈折率は不明であるというのが実情であった。」(【0016】)と記載されている事情を考慮すると、ブタ皮膚の角層の複素屈折率と同程度の角層をもつ動物とはどのようなものがあるか不明であるともいえることから、あらゆる動物の皮膚についてまで拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、請求項1の「皮膚角層」との特定事項は、角層をもつ全ての動物についてサポートされているとはいえず、請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載したものといえない。

イ 請求項2〜4について
(ア)請求項1を引用する請求項2〜4に係る発明についても、上記アの点で発明の詳細な説明に記載したものといえない。

(イ)請求項4については、上記取消理由1’のイ(イ)で指摘したように、「皮膚モデル」との記載が発明の詳細な説明にはなく、「水分量が既知である皮膚モデルを用いて測定された吸収係数」についてサポートされていない。
したがって、請求項4に係る発明は、この点においても発明の詳細な説明に記載したものといえない。

(3)取消理由3’(実施可能要件)について
請求項4に係る発明は、上記取消理由1’のイ(イ)で指摘したように、「皮膚モデル」との記載が発明の詳細な説明にはなく、「水分量が既知である皮膚モデルを用いて測定された吸収係数」をどのように求めるのか、発明の詳細な説明は、当業者が請求項4に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

2 判断
(1)取消理由1’について
本件訂正により、請求項1〜3は削除され、本件発明4において、「皮膚モデル」が「角層モデル」に訂正されるとともに、「得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程と、前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程とを有する」ことが特定されたことから、取消理由1’は解消された。

(2)取消理由2’について
本件訂正により、請求項1〜3は削除され、本件発明4において、皮膚角層が「ヒトの」皮膚角層に限定された。本件特許明細書の【0036】に記載されているとおり、ヒトの皮膚はブタ皮膚とその組成や構造がよく似ていることを考慮すると、ブタ皮膚の角層についての実施例を基に「ヒトの」皮膚角層に限定することは、発明の詳細な説明においてサポートされた範囲のものといえることから、取消理由2’のイ(ア)は解消された。
また、本件訂正により、本件発明4において、「皮膚モデル」が「角層モデル」に訂正されたことから、取消理由2’のイ(イ)は解消された。
よって、取消理由2’は解消された。

(3)取消理由3’について
本件発明4において、「皮膚モデル」が「角層モデル」に訂正されたことから、取消理由3’は解消された。

(4)まとめ
以上のことから、取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由である取消理由1’〜 3’によって、本件発明4に係る特許を取り消すことはできない。

第7 むすび
以上のとおり、本件発明4に係る特許は、令和3年8月2日付け取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によって、取り消すことはできない。さらに、他に本件発明4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項1〜3に係る特許は、訂正により削除された。これにより、申立人による特許異議の申立てについて、請求項1〜3に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
テラヘルツ波を用いた全反射減衰分光法によりヒトの皮膚角層の質量含水率を計測する方法であって、
テラヘルツ波出射面であるプリズム表面にヒトの皮膚表面を接触させて、周波数が0.1THz以上1.5THz以下のテラヘルツ波を照射して得られる反射スペクトル及び位相差スペクトルを計測する工程と、
得られた反射スペクトル及び位相差スペクトルから角層の吸収係数を算出する工程と、
前記算出された吸収係数と、質量含水率が既知である角層モデルを用いて測定された吸収係数との対比から角層の質量含水率を求める工程とを有することを特徴とするヒトの皮膚角層の質量含水率の計測方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-01-07 
出願番号 P2018-235637
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (G01N)
P 1 651・ 537- YAA (G01N)
P 1 651・ 536- YAA (G01N)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 博之
特許庁審判官 蔵田 真彦
三崎 仁
登録日 2020-08-07 
登録番号 6746109
権利者 株式会社ナリス化粧品 国立大学法人京都大学
発明の名称 テラヘルツ波を用いた皮膚角層水分量の計測方法  
代理人 特許業務法人あい特許事務所  
代理人 松浦 孝  
代理人 特許業務法人あい特許事務所  
代理人 特許業務法人あい特許事務所  

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