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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01G
管理番号 1384072
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-02-15 
確定日 2022-01-31 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6740579号発明「固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6740579号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4〕、5について訂正することを認める。 特許第6740579号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6740579号の請求項1ないし5に係る発明についての出願は、平成27年8月12日に出願され、令和2年7月29日にその特許権が設定登録され、令和2年8月19日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和 3年 2月15日 :特許異議申立人ニチコン株式会社による請求項1ないし5に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 3年 5月17日付け:取消理由通知
令和 3年 7月 7日 :特許権者による訂正請求書・意見書の提出
令和 3年10月27日付け:特許異議申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の趣旨及び内容
令和3年7月7日付けの訂正請求の趣旨は、特許第6740579号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1ないし5について訂正することを求めるものであり、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである(下線は、訂正箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であり、前記溶媒に対する前記溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下であること」とあるのを、
「前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であること」に訂正する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2ないし4も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5に
「前記溶媒に対する前記溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下であること」とあるのを、
「前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であること」に訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の段落【0009】に
「すなわち、本発明の固体電解コンデンサは、陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であり、前記溶媒に対する前記溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする。」とあるのを、
「すなわち、本発明の固体電解コンデンサは、陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする。」に訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の段落【0029】に
「上記電解液においては、後述する実施例の結果からも明らかなとおり、溶媒に対する溶質の酸の添加量は0.6mol/kg以下とすることが好ましい。溶媒に対する溶質の酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることで、80WV以上の高圧において、負荷試験における静電容量やESRの変化を抑制することができる。」とあるのを、
「上記電解液においては、後述する実施例の結果からも明らかなとおり、溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、溶媒に対する分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量は0.6mol/kg以下とすることが好ましい。溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、溶媒に対する溶質である分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることで、80WV以上の高圧において、負荷試験における静電容量やESRの変化を抑制することができる。」に訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の段落【0037】に
「本実施形態の固体電解コンデンサは、陽極箔1と陰極箔2と、がセパレータ3を介して巻回されたコンデンサ素子10を有し、コンデンサ素子10は、固体電解質層を有し、コンデンサ素子10内の空隙部には、電解液が充填され、電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、溶媒に対する溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下である。」とあるのを、
「本実施形態の固体電解コンデンサは、陽極箔1と陰極箔2と、がセパレータ3を介して巻回されたコンデンサ素子10を有し、コンデンサ素子10は、固体電解質層を有し、コンデンサ素子10内の空隙部には、電解液が充填され、電解液は、溶質として分子量150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、溶媒に対する溶質である分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下である。」に訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落【0038】に
「溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いた場合、80WV以上の高圧において耐圧特性が改善される。また、溶媒に対する溶質の酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることで、80WV以上の高圧において、静電容量やESRの変化を抑制することができる。」とあるのを、
「溶質として分子量150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いた場合、80WV以上の高圧において耐圧特性が改善される。また、溶媒に対する溶質である分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることで、80WV以上の高圧において、静電容量やESRの変化を抑制することができる。」に訂正する。

(7)別の訂正単位とする求め
訂正後の請求項5については、当該請求項についての訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求めている。

2 訂正要件についての判断
(1)一群の請求項について
訂正事項1に係る本件訂正前の請求項1ないし4について、請求項2ないし4は請求項1を直接的又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
よって、本件訂正前の請求項1ないし4に対応する本件訂正後の請求項1ないし4は、特許法第120条の5第4項に規定する関係を有する一群の請求項である。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「溶質」である「脂肪族カルボン酸」が「分子量150以上の脂肪族カルボン酸」であることに限定し、さらに、「溶質」である「分子量が150以上の脂肪族カルボン酸」の添加量が0.6mol/kg以下であることに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
本件特許の願書に添付した明細書(以下、単に「本件特許明細書」という。)の段落【0028】に「電解液の溶質としては、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を含む。脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いると、耐圧特性が改善されるため良い。この脂肪族カルボン酸としては、アゼライン酸、・・・を用いることができる。・・・。また、脂肪族カルボン酸は、分子量が150以上のものを用いることが好ましい。」と記載され、また、同段落【0070】に「アゼライン酸の分子量は188.22である。」と記載されている。
そして、段落【0048】ないし【0054】、【0067】及び表1、表2には、実施例1ないし実施例5、実施例12の固体電解コンデンサの電解液の溶質としてアゼライン酸アンモニウム塩を用い、アゼライン酸の添加量を実施例1は0.09mol/kg、実施例2は0.26mol/kg、実施例3は0.37mol/kg、実施例4は0.60mol/kg、実施例5は0.09mol/kg、実施例12は0.60mol/kgとすることが記載されている。そして、段落【0064】及び表1には、実施例1ないし実施例5の固体電解コンデンサが、80WVの固体電解コンデンサに必要な誘電体皮膜の皮膜耐圧まで電圧が上昇したことが示され、段落【0069】、【0070】及び表2には、実施例12の固体電解コンデンサが、100WVの固体電解コンデンサに必要な誘電体皮膜の皮膜耐圧まで電圧が上昇したことが示されている。さらに、段落【0071】ないし【0075】、表3、表4には、125℃における定格電圧80WVで高温負荷試験を行い、500時間経過後及び1500時間経過後の実施例1ないし実施例5の誘電正接変化率、ESR変化率が、アゼライン酸を0.81mol/kg添加された比較例3よりも小さいことが示されている。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。
さらに、訂正事項1は実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

イ 訂正事項2について
(ア)訂正の目的
訂正事項2は、訂正前の請求項5における「溶質」である「脂肪族カルボン酸」が「分子量150以上の脂肪族カルボン酸」であることに限定し、さらに、「溶質」である「分子量が150以上の脂肪族カルボン酸」の添加量が0.6mol/kg以下であることに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
上記「ア(イ)」で述べた訂正事項1に対する理由と同じ理由により、訂正事項2も、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。
さらに、訂正事項2は実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

ウ 訂正事項3ないし6について
訂正事項3ないし6は、上記訂正事項1及び2に係る訂正に伴い明細書の記載を特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の記載と整合性を図るための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。
また、訂正事項3ないし6は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもないことから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(3)独立特許要件について
本件においては、訂正前の請求項1ないし5について特許異議の申立てがされているから、対応する訂正後の請求項1ないし5に係る発明について、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

3 小活
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。そして、特許権者から、訂正後の請求項5については、当該請求項についての訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別の訂正単位として扱われる求めがあったことから、本件訂正後の請求項〔1ないし4〕、5について訂正することを認める。

第3 本件訂正により訂正された請求項1ないし5に係る発明
本件訂正により訂正された請求項1ないし5に係る発明(以下「本件発明1ないし5」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、
前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、
前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、
前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、
前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、
前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする固体電解コンデンサ。
【請求項2】
前記多価アルコールが、エチレングリコールであることを特徴とする請求項1記載の固体電解コンデンサ。
【請求項3】
前記電解液が、前記溶媒として水を含まない非水系電解液であることを特徴とする請求項1又は2記載の固体電解コンデンサ。
【請求項4】
前記電解液が、ホウ酸およびマンニットをさらに含むことを特徴とする請求項1〜3いずれか一項記載の固体電解コンデンサ。
【請求項5】
陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程と、
前記コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程と、
前記固体電解質層が形成されたコンデンサ素子を、溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程と、
を含み、
前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、
前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする固体電解コンデンサの製造方法。」

第4 特許異議申立理由及び取消理由の概要について
1 特許異議申立理由の概要
訂正前の請求項1ないし5に係る特許に対する特許異議申立理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由1(特許法第29条第1項について)
請求項1ないし4に係る発明は、下記の甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)申立理由2(特許法第29条第2項について)
請求項5に係る発明は、下記の甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(3)申立理由3(特許法第36条第6項第1号について)
請求項1には「前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であり、前記溶媒に対する前記溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下である」と記載されている。
これに対して、本件特許の実施例において、分子量150以上の脂肪族カルボン酸を含有する電解液(実施例1〜5、10〜12)はいずれも、溶質を構成する酸として分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のみを含み、且つ、それと同モルのアンモニウムイオンを含む(すなわち、溶質として、脂肪族カルボン酸の一アンモニウム塩のみを含む)。さらに、これらの電解液は、溶媒としてエチレングリコールのみを含んでいる。
よって、請求項1に記載の電解液の組成さえ満たしていれば、溶質として分子量150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩以外の物質をも含み、溶媒としてエチレングリコール以外の物質をも含むあらゆる電解液を使用した場合まで、及び、脂肪族カルボン酸とアンモニウムのモル比が1:1を大きく越える電解液を使用した場合まで、本件特許の効果(80WV以上の高圧用途での特性に優れた固体電解コデンサ)が得られるとは到底いえない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載されたものではない。
また、請求項1に従属する請求項2〜5に係る発明も、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
よって、本件特許発明1−5は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

甲第1号証:特開平11−283874号公報
甲第2号証:特開2014−195116号公報

2 取消理由の概要について
訂正前の請求項1ないし5に係る特許に対して、当審が令和3年5月17日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1)取消理由1(特許法第29条第1項について)
請求項1ないし4に係る発明は、下記引用文献1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)取消理由2(特許法第29条第2項について)
請求項5に係る発明は、下記引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(3)取消理由3(特許法第36条第6項第2号について)
請求項1には「前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であり」と記載されているから、請求項1の「電解液」の「溶質」は、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩のみからなる場合と、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩とそれ以外のものからなる場合を含むと解釈できる。
そうすると、請求項1の「前記溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下である」との規定における「溶質の酸」が、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のみを指すという解釈と、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸とそれ以外の酸を併せたものを指すという解釈を採り得るから、明確でない。
したがって、請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものである。また、請求項2ないし5に係る特許についても同様である。
(4)取消理由4(特許法第36条第6項第1号について)
請求項1の「前記溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下である」との規定における「溶質の酸」が、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のみを指すのか、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸それ以外の酸を併せたものを含むかは明確でないが、仮に、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸とその他の溶質の酸を含むとすると、発明の詳細な説明には、実施例、及び段落【0071】ないし【0073】の負荷試験をみても、分子量が150以上の脂肪族カルボン酸とその他の溶質の酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることについて記載がない。
よって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものといえない。
したがって、請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。また、請求項2ないし5に係る特許についても同様である。

引用文献1:特開平11−283874号公報(甲第1号証)
引用文献2:特開2014−195116号公報(甲第2号証)

第5 当審の判断
1 引用文献の記載事項、引用発明
(1)引用文献1
ア 取消理由通知において引用した引用文献1(特開平11−283874号公報)には、図面とともに、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審が付与したものである。
「【請求項1】表面に誘電体酸化皮膜を形成した弁作用金属からなる陽極箔と、陰極箔と、上記陽極箔と陰極箔との間に設けられた固体有機導電材からなるコンデンサ素子と、このコンデンサ素子を駆動用電解液と共に収納する有底筒状の金属ケースと、この金属ケースの開口部を封止する封口部材からなる電解コンデンサ。」

「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は固体有機導電材と駆動用電解液を併用して用いることにより、インピーダンス特性、漏れ電流特性、信頼性に優れた高耐電圧の電解コンデンサに関するものである。」

「【0012】請求項4〜6に記載の発明は、請求項2に記載の発明において、導電性高分子をピロール、アニリン、チオフェン、エチレンジオキシチオフェン、スルホン化アニリン、スルホン化ピロール、スルホン化チオフェン、スルホン化エチレンジオキシチオフェンおよびこれらの誘導体(以下、これらを総称して重合性モノマーという)の重合物とし(請求項4)、またその重合物の形成方法を、液相化学重合による方法、気相化学重合による方法、液相−電解重合による方法、可溶性高分子溶液を乾燥させて残渣高分子を利用する方法(請求項5)にし、更には、その結果得られる導電性高分子を最も適した材料−重合方法の組み合わせにより、化学重合により形成したポリピロール、ポリエチレンジオキシチオフェン、ポリアニリン、電解重合により形成したポリピロール、ポリエチレンジオキシチオフェン、ポリアニリン、可溶性ポリアニリン類溶液を乾燥させて得られた乾燥残渣スルホン化ポリアニリンとした(請求項6)ものである。この構成によれば、液相重合の場合は、少なくとも上記重合性モノマーと適当な酸化剤を含有する溶液にコンデンサ素子を浸漬−重合することで、電解重合の場合は、少なくとも上記重合性モノマーと適当な酸化剤を含有する溶液にコンデンサ素子を浸漬−通電−重合することで、気相重合の場合は、少なくとも適当な酸化剤を含有する溶液にコンデンサ素子を浸漬(あるいは浸漬後に引き上げ乾燥)後、少なくとも上記重合性モノマーを含有する気相中にコンデンサ素子を設置することで、高い導電性を有する固体有機導電材の層をエッチング処理された陽極のピット内部にまで十分に充填することができるので、特に100kHz以上の高周波領域においてもインピーダンス特性に優れた電解コンデンサが得られる。更に、導電性高分子をセパレータ基材や陽極あるいは陰極に直接気相重合することにより容易に導電性を発現させることができるので、容易にインピーダンス特性の優れた電解コンデンサが得られるという作用を有する。」

「【0022】また、沸点が200℃以上の電解液溶媒としては、3−アルキル−1,3−オキサゾリジン−2−オン(より具体的には、3−メチル−1,3−オキサゾリジン−2−オン:沸点260℃)、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン以外の1,3−ジアルキル−2−イミダゾリジノン(より具体的には、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン:沸点236℃、1,3−ジプロピル−2−イミダゾリジノン:沸点255℃、1−メチル−3−エチル−2−イミダゾリジノン:沸点230℃)、1,3,4−トリアルキル−2−イミダゾリジノン(より具体的には、1,3,4−トリメチル−2−イミダゾリジノン:沸点241℃)、1,3,4,5−テトラアルキル−2−イミダゾリジノン(より具体的には、1,3,4,5−テトラメチル−2−イミダゾリジノン:沸点249℃)、環状ラクトン(より具体的には、γ−ブチロラクトン:沸点204℃)、多価アルコール(より具体的には、エチレングリコール:沸点201℃、グリセリン:沸点290℃)、カーボネート(より具体的にはエチレンカーボネート:沸点238℃、プロピレンカーボネート:沸点242℃)等が例示できる。」

「【0024】図1(a),(b)は本発明の電解コンデンサの構成を示した部分断面斜視図および同素子の要部を拡大した概念図であり、図1(b)において、エッチング処理により表面を粗面化した後に酸化処理により誘電体酸化皮膜11を形成し、その表面に固体有機導電材2を形成したアルミニウム箔からなる陽極箔1とアルミニウム箔をエッチング処理してなる陰極箔3の間にセパレータ4を介して巻回、あるいはエッチング処理により表面を粗面化した後に酸化処理により誘電体酸化皮膜11を形成したアルミニウム箔からなる陽極箔1とアルミニウム箔をエッチング処理してなる陰極箔3とを電解紙4Aを介して巻き取った後、これを高温処理することにより上記電解紙4Aを炭化処理のいずれかの方法によりコンデンサ素子12あるいは12Aを作製し、これらの誘電体酸化皮膜11と陰極箔3との間に固体有機導電材2を形成し、これに電解液10を含浸して固体有機導電材2に膨潤−浸透することによってコンデンサ素子12あるいは12Aを構成する。このコンデンサ素子12,12Aを図1(a)に示すように有底円筒状のアルミニウムの金属ケース8に収納すると共に、このアルミニウムの金属ケース8の解放端をゴムからなる封口部材7により陽極箔1及び陰極箔3のそれぞれから導出した外部導出用の陽極リード5と陰極リード6を封口部材7を貫通するように封止して、外装チューブ9で金属ケース8の側面部を覆うようにしたものである。」

「【0033】本発明の電解液に用いる有機酸の例としては、ポリカルボン酸(2〜4価):脂肪族ポリカルボン酸[飽和ポリカルボン酸、例えばシュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバチン酸、1,6−デカンジカルボン酸、5,6−デカンジカルボン酸、1,7−オクタンジカルボン酸:不飽和ポリカルボン酸、例えばマレイン酸、フマル酸、イコタン酸];芳香族ポリカルボン酸、例えばフタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸;脂環式ポリカルボン酸[例えばシクロヘキサン−1,2−ジカルボン酸、シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸等]、ヘキサヒドロフタル酸;これらのポリカルボン酸のアルキル(炭素数1〜3)もしくはニトロ置換体、例えばシトラコン酸、ジメチルマレイン酸、ニトロフタル酸(3−ニトロフタル酸、4−ニトロフタル酸);および硫黄含有ポリカルボン酸、例えばチオプロピオン酸;モノカルボン酸;脂肪族モノカルボン酸(炭素数1〜30)[飽和モノカルボン酸、例えばギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、ラウリル酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、ベヘン酸:不飽和モノカルボン酸、例えばアクリル酸、メタクリル酸、オレイン酸];芳香族モノカルボン酸、例えば安息香酸、o−ニトロ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、ケイ皮酸、ナフトエ酸;オキシカルボン酸、例えばサリチル酸、マンデル酸、レゾルシン酸などであり、これらの内で好ましいのは、伝導度が高く熱的にも安定なマレイン酸、フタル酸、シクロヘキサンカルボン酸、シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸、シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸、アジピン酸、安息香酸である。」

「【0036】本発明の電解コンデンサの電解液には、必要により種々の添加剤を混合しても良い。添加剤としてはリン系化合物[リン酸、リン酸エステルなど]、ホウ酸系化合物[ホウ酸、ホウ酸と多糖類(マンニット、ソルビットなど)との錯化合物、ホウ酸と多価アルコール(エチレングリコール、グリセリンなど)]との錯化合物、ニトロ化合物[o−ニトロ安息香酸、m−ニトロ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、o−ニトロフェノール、m−ニトロフェノール、p−ニトロフェノール、p−ニトロアセトフェノンなど]が挙げられる。アルミニウム電解コンデンサの場合においては、これらの添加剤の混合はアルミ酸化皮膜の修復性を改善することができる。その結果、耐電圧の高い電解コンデンサを容易に構成することができるので好ましい。」

「【0039】次に、本発明の具体的な実施の形態について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。以下、部はすべて重量部を示す。」

「【0043】
電解液C;エチレングリコール(70部)、グリセリン(30部)
アジピン酸ジアンモニウム(15部)[注釈:pH=9.1]
1,6−デカンジカルボン酸(1部)[注釈:pH=9.1]
1,7−オクタンジカルボン酸(1部)[注釈:pH=9.1]
o−ニトロフェノール(1部)
次亜リン酸アンモニウム(1部)[注釈:pH=9.1]
以上の化合物を混合、溶解したもの。火花電圧は340Vであり、電導度は0.9mS/cmであった。」

「【0048】(実施の形態1)陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間にマニラ麻繊維を含有する電解紙(密度0.55g/cm3、厚さ50μm)を介在させて巻回した巻回形アルミニウム電解コンデンサ素子を温度300℃中で30分間放置することで電解紙を炭化処理した後、このコンデンサ素子をエチレンジオキシチオフェンと硫酸第2鉄を含む水−エタノール溶液に浸漬−引き上げ−乾燥重合(105℃で10分間)する工程を10回繰り返し、化学重合ポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を電極箔上ならびに電極箔間に形成した後、コンデンサ素子を水洗−乾燥した。その後、このコンデンサ素子に電解液Aを含浸させ、定格電圧50V静電容量390μFのアルミニウム電解コンデンサ素子を得た。このコンデンサ素子を封口部材Aと共にアルミニウム製の金属ケースに封入した後、カーリング処理により開口部を封止し、アルミニウム電解コンデンサを構成した(サイズ:φ13mm×L20mm)。」

「【0052】(実施の形態5)本発明の実施の形態1において、電解液に電解液Cを用いた以外は実施の形態1と同様にした。」

「【0078】その結果、本発明の実施の形態1〜11の方法による構成した面実装型のアルミニウム電解コンデンサは、電解質として固体有機導電材に加えた沸点200℃以上の有機溶媒からなる電解液を用いているため、部材に吸着している水によるコンデンサ内部の圧力上昇が抑制された結果、封口部材の飛び出しや封口部材面の膨れによる実装不良等の不具合は生じなかった。一方、固体有機導電材のみを電解質とする比較例2〜3の方法により構成した面実装型のアルミニウム電解コンデンサでは、吸着水によるコンデンサ内部の圧力上昇が著しいため、20個全数封口部材の飛び出しに至った。この結果から明らかなように、本発明の実施の形態の方法により構成した面実装型のアルミニウム電解コンデンサは、固体有機導電材に加えて沸点200℃以上の有機溶媒からなる電解液を併せて備えることにより、実装時の耐熱性も向上できるものである。」



イ 引用文献1の上記記載事項及び図面により、次のことがいえる。
(ア)段落【0001】により、引用文献1に記載の技術事項は、「固体有機導電材と駆動用電解液を併用して用いた電解コンデンサ」に関するものである。
(イ)段落【0048】には、実施の形態1として、陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に電解紙を介在させて巻回したコンデンサ素子をケースに封入した電解コンデンサが記載されている。
また、段落【0012】【0048】によれば、コンデンサ素子は、導電性高分子であるポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を有する。また、段落【0078】によれば、固体有機導電材が電解質である。
さらに、段落【0024】【0048】には、コンデンサ素子に電解液を含侵させることが記載されており、図1からは、コンデンサ素子の空隙部に電解液が充填される様子が見てとれる。
(ウ)段落【0052】には、電解液に電解液Cを用いた以外には実施の形態1と同様の実施の形態5が記載されている。
ここで、段落【0039】【0043】によれば、電解液Cは、エチレングリコール(70部、「部」は重量部を示す。)、グリセリン(30部)、アジピン酸ジアンモニウム(15部)、1,6−デカンジカルボン酸(1部)、1,7−オクタンジカルボン酸(1部)、o−ニトロフェノール(1部)、次亜リン酸アンモニウム(1部)を混合、溶解したものである。
また、段落【0022】によれば、電解液Cに混合される、「エチレングリコール」と「グリセリン」は、電解液溶媒となる多価アルコールである。
さらに、段落【0033】によれば、アジピン酸、1,6−デカンジカルボン酸、1,7−オクタンジカルボン酸は、電解液の有機酸に用いられる脂肪族ポリカルボン酸である。

ウ よって、引用文献1の実施の形態5の電解コンデンサに着目すると、上記イ(ア)ないし(ウ)から、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。

「陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に電解紙を介在させて巻回したコンデンサ素子をケースに封入した電解コンデンサであって、
コンデンサ素子は、導電性高分子であるポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を有し、固体有機導電材は電解質であり、
コンデンサ素子に電解液Cを含侵させることにより、コンデンサ素子の空隙部に電解液Cが充填され、
電解液Cは、エチレングリコール(70部)(「部」は重量部を示す。以下同
様。)、グリセリン(30部)
アジピン酸ジアンモニウム(15部)
1,6−デカンジカルボン酸(1部)
1,7−オクタンジカルボン酸(1部)
o−ニトロフェノール(1部)
次亜リン酸アンモニウム(1部)を混合、溶解したものであり、
エチレングリコール及びグリセリンは、電解液溶媒となる多価アルコールであり、
アジピン酸、1,6−デカンジカルボン酸、1,7−オクタンジカルボン酸は、脂肪族ポリカルボン酸である、電解コンデンサ。」

エ また、引用文献1の段落【0048】の記載事項によれば、実施の形態1の電解コンデンサの製造方法について、次のことがいえる。
陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に電解紙を介在させて巻回したコンデンサ素子を、エチレンジオキシチオフェンと硫酸第2鉄を含む水−エタノール溶液に浸漬−引き上げ−乾燥重合する工程を繰り返し、化学重合ポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を電極箔上ならびに電極箔間に形成した後、このコンデンサ素子に電解液を含浸させ、アルミニウム電解コンデンサ素子を得るものである。
そして、コンデンサ素子に電解液を含浸させることで、コンデンサ素子内の空隙に電解液が充填されることは当然のことである。

オ よって、上記「イ(ア)ないし(ウ)」、及び上記「エ」によれば、引用文献1の実施の形態5の電解コンデンサの製造方法について、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されている。

「陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に電解紙を介在させて巻回したコンデンサ素子を形成する工程と、
コンデンサ素子をエチレンジオキシチオフェンと硫酸第2鉄を含む水−エタノール溶液に浸漬−引き上げ−乾燥重合する工程を繰り返すことにより、化学重合ポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を形成する工程と、
コンデンサ素子に電解液Cを含侵させることにより、コンデンサ素子の空隙に電解液Cを充填する工程と、
を含む電解コンデンサの製造方法であって、
電解液Cは、
エチレングリコール(70部)(「部」は重量部を示す。以下同様。)、グリセリン(30部)
アジピン酸ジアンモニウム(15部)
1,6−デカンジカルボン酸(1部)
1,7−オクタンジカルボン酸(1部)
o−ニトロフェノール(1部)
次亜リン酸アンモニウム(1部)
を混合、溶解したものであり、
固体有機導電材は電解質であり、
エチレングリコール及びグリセリンは、電解液溶媒となる多価アルコールであり、
アジピン酸、1,6−デカンジカルボン酸、1,7−オクタンジカルボン酸は、脂肪族ポリカルボン酸である、
電解コンデンサの製造方法。」

(2)引用文献2
ア 取消理由通知において引用した引用文献2(特開2014−195116号公報)には、図面とともに、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審が付与したものである。
「【0027】
電解液16は、溶媒に溶質を溶解して調製されている。溶質としては、無機酸アンモニウム塩、無機酸アミン塩、無機酸アルキル置換アミジン塩またはその4級化物、有機酸アンモニウム塩、有機酸アミン塩、有機酸アルキル置換アミジン塩またはその4級化物等が挙げられる。無機酸の化合物としては、ホウ酸化合物、リン酸化合物などが挙げられる。有機酸の化合物としては、アジピン酸などの脂肪族カルボン酸や、フタル酸、安息香酸、サリチル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸などの芳香族カルボン酸などの化合物が挙げられる。アンモニウム化合物としては、アンモニア、ジヒドロキシアンモニウム、アミン化合物としてはトリエチルアミン、メチルジエチルアミン、トリスヒドロキシメチルアミノメタンなどの化合物が挙げられる。アルキル置換アミジン塩またはその4級化物としては、1,2,3,4−テトラメチルイミダゾリニウムの4級化物や1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリニウム、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムなどの化合物が挙げられる。」
「【0041】
次に、以上のように構成した実施の形態における電解コンデンサの製造方法について図1、図2を用いて説明する。まず、酸化皮膜の誘電体層121を表面に有するアルミニウム等の弁金属からなる陽極箔12Aと、陰極箔12Bと、セパレータ12Cとを一定の幅と長さに切断する。そして、リード線11A、11Bの一方の端部をそれぞれ陽極箔12Aと陰極箔12Bにカシメ、超音波などの方法によって接続する。その後、図2に示すように、陽極箔12Aと陰極箔12Bとの間にセパレータ12Cを介在させてロール状に巻回して略円筒形にし、その外周側面を絶縁テープ等(図示せず)で巻き止めて固定する。このようにしてコンデンサ素子12を形成する。
(省略)
【0046】
その後、コンデンサ素子12の陽極箔12Aと陰極箔12Bの間に、固体電解質層122を形成する。固体電解質層122として例えば、導電性高分子であるポリ3,4エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)等を用いる。この場合、例えば、PEDOTを分散させた分散体溶液にコンデンサ素子12を含浸した後、引き上げ、乾燥させることによって形成する。あるいは、3,4エチレンジオキシチオフェン等のモノマー溶液、p−トルエンスルホン酸第二鉄塩等を含む酸化剤溶液、および溶媒としてエタノール等を用い、これらの溶液にコンデンサ素子12を含浸し、コンデンサ素子12内での化学重合反応でPEDOTを形成してもよい。
【0047】
次に、コンデンサ素子12を電解液16と共にケース13に収納し、ケース13の開口部に配置する。なお、コンデンサ素子12へ電解液16を含浸させるには、ケース13内に予め一定量の電解液16を注入しておき、コンデンサ素子12をケース13に収納する際に含浸させる。あるいは、コンデンサ素子12を、電解液16が蓄えられた含浸槽に浸漬して引き上げた後にケース13に収納してもよい。また場合によっては含浸時に回りを減圧してもよい。なお、電解液16のコンデンサ素子12に含浸しきれない余剰分をケース13内に保有させてもよい。


イ 上記記載によれば、引用文献2には、次の技術事項(以下、「引用文献2に記載の技術事項」という。)が記載されている。
「電解コンデンサの製造方法において、陽極箔12Aと陰極箔12Bとの間にセパレータ12Cを介在させてロール状に巻回してコンデンサ素子12を形成し、導電性高分子であるポリ3,4エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)を分散させた分散体溶液にコンデンサ素子12を含浸した後、乾燥させ、コンデンサ素子12の陽極箔12Aと陰極箔12Bの間に、固体電解質層122を形成し、次に、ケース13内に溶質としてアジピン酸のアンモニウム塩を含む電解液16を注入しておき、コンデンサ素子12をケース13に収納する際に電解液16に含浸させること。」

2 取消理由についての当審の判断
(1)取消理由1について
ア 本件発明1について
本件発明1と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「陽極アルミニウム箔」、「陰極アルミニウム箔」、「コンデンサ素子」は、本件特許発明1の「陽極箔」、「陰極箔」、「コンデンサ素子」にそれぞれ相当する。
また、引用発明1の「電解紙」は、陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に介在するから、本件発明1の「セパレータ」に相当する。
よって、引用発明1の「陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に電解紙を介在させて巻回したコンデンサ素子」は、本件発明1の「陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子」に相当する。

(イ)引用発明1の「導電性高分子であるポリエチレンジオキシチオフェン」は、本件特許発明1の「導電性高分子」に相当する。また、引用発明1の固体有機導電材は電解質であるから、「固体有機導電材層」は、本件発明1の「固体電解質層」に相当する。
よって、引用発明1の「コンデンサ素子」が「導電性高分子であるポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を有」することは、本件発明1の「前記コンデンサ素子」が「導電性高分子を含む固体電解質層を有」することに相当する。

(ウ)引用発明1の「コンデンサ素子に電解液Cを含侵させることにより、コンデンサ素子の空隙部に電解液Cが充填され」ることは、本件発明1の「前記コンデンサ素子の空隙部には、電解液が充填され」ていることに相当する。

(エ)引用発明1の「電解液C」に含まれる「エチレングリコール」と「グリセリン」は「電解液溶媒となる多価アルコール」である。
また、引用発明1の「電解液C」に含まれる「アジピン酸ジアンモニウム」は、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩である。
よって、引用発明1の「電解液C」が、「エチレングリコール」、「グリセリン」及び「アジピン酸ジアンモニウム」を含むことは、本件発明1の「前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含」むことに相当する。

(オ)引用発明1の「電解液C」は、脂肪族カルボン酸である「アジピン酸」、「1,6−デカンジカルボン酸」及び「1,7−オクタンジカルボン酸」を含むところ、本件特許明細書等の段落【0070】にも記載されているように、「アジピン酸」の分子量が146.14であることは技術常識であるから、引用発明1の脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であるとはいえない。
してみると、本件発明1は「溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であ」るのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点で相違する。

(カ)上記(オ)で述べた点を踏まえれば、本件発明1は「溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下である」のに対し、引用発明1はその旨特定されていない点で相違する。

(キ)引用発明1の「電解コンデンサ」は、「導電性高分子であるポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層」を有する「コンデンサ素子」を備えるから、「固体電解コンデンサ」といえる。
よって、引用発明1の「電解コンデンサ」は、本件発明1の「固体電解コンデンサ」に相当する。

よって、上記(ア)ないし(キ)によれば、本件発明1と引用発明1とは、次の一致点及び相違点を有する。

(一致点)
「陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、
前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、
前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、
前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む、
固体電解コンデンサ。」

(相違点1)
電解液に関し、本件発明1は「溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であ」るのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点。

(相違点2)
電解液に関し、本件発明1は「溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下である」のに対し、引用発明1はその旨特定されていない点

以上から、本件発明1と引用発明1とは相違点1及び相違点2を有するので、本件発明1は引用文献1(甲第1号証)に記載された発明ではない。

イ 本件発明2ないし4について
本件発明2ないし4も、本件発明1の上記相違点1及び相違点2に係る構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、本件発明2ないし4は引用文献1に記載された発明ではない。

ウ 令和3年10月27日付け意見書について
特許異議申立人は令和3年10月27日付け意見書(2頁5ないし26行を参照)において、
a 訂正後の請求項1には、「前記溶質として含まれる脂肪族カルボン酸はすべて、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり」のように記載されていないため、訂正後の請求項1に記載の電解液から、分子量150未満の脂肪族カルボン酸が排除されているとは言えない、
b 訂正後の明細書の記載(訂正後の明細書段落【0028】、【0055】〜【0058】、表1を参照)からも、訂正後の請求項1に記載の電解液が、分子量未満の脂肪族カルボン酸を含まないものに限定されているとは言えない旨、主張する。
しかし、本件発明1では、「溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり」と規定されているから、該規定は、「溶質である脂肪族カルボン酸」として分子量150未満の脂肪族カルボン酸は含まれないと解するのが自然な解釈であると認められる。
また、特許異議申立人が挙げる段落【0028】、【0055】ないし【0058】には、脂肪族カルボン酸として分子量150未満のアジピン酸を用いることが示唆されているものの、該「アジピン酸」は脂肪族カルボン酸の一例であって、「上記訂正後の請求項1に記載の電解液が、分子量未満の脂肪族カルボン酸を含まないものに限定され」ることを否定する根拠であるとはいえない。
よって、特許異議申立人の主張は採用できない。

エ まとめ
したがって、請求項1ないし請求項4に係る発明は、引用文献1に記載された発明ではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、請求項1ないし請求項4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものでない。

(2)取消理由2について
ア 対比
本件発明5と引用発明2とを対比する。
(ア)引用発明5の「陽極アルミニウム箔」、「陰極アルミニウム箔」、「コンデンサ素子」は、本件特許発明1の「陽極箔」、「陰極箔」、「コンデンサ素子」にそれぞれ相当する。
また、引用発明1の「電解紙」は、陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に介在するから、本件発明1の「セパレータ」に相当する。
よって、引用発明1の「陽極アルミニウム箔と陰極アルミニウム箔との間に電解紙を介在させて巻回したコンデンサ素子を形成する工程」は、本件発明5の「陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程」に相当する。

(イ)引用発明2の「化学重合ポリエチレンジオキシチオフェン」は導電性高分子であることは、引用文献1の段落【0012】、【0070】から明らかであって、「固体有機導電材」は「電解質」であるから、引用発明2の「化学重合ポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層」は、本件発明5の「導電性高分子を含む固体電解質層」に相当する。
してみると、引用発明2の「コンデンサ素子をエチレンジオキシチオフェンと硫酸第2鉄を含む水−エタノール溶液に浸漬−引き上げ−乾燥重合する工程を繰り返すことにより、化学重合ポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層を形成する工程」と本件発明5とは、「導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程」である点で共通する。
ただし、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程に関し、本件発明5は、「コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ」て固体電解質層を形成するのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点で相違する。

(ウ)引用発明2の「多価アルコール」及び「電解液C」は、本件発明5の「多価アルコール」及び「電解液」に相当する。
引用発明2の「アジピン酸」は「脂肪族ポリカルボン酸」であるところ、上記「(1)ア(オ)」で述べたように、「アジピン酸」の分子量が146.14であることは技術常識であるから、引用発明2の「アジピン酸ジアンモニウム」は、「分子量150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニア塩」であるとはいえない。
してみると、引用発明2において、「電解液C」が「アジピン酸ジアンモニウム」と「エチレングリコール及びグリセリン」とを含み、「コンデンサ素子に電解液Cを含侵させることにより、コンデンサ素子の空隙部に電解液Cを充填する工程」と本件発明5とは、「前記固体電解質層が形成されたコンデンサ素子を、溶媒として多価アルコールを含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程」である点で共通する。
ただし、コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程に関し、本件発明5は「電解液」が「溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩」を含むのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点で相違する。

(エ)引用発明2の「電解液C」は、脂肪族カルボン酸である「アジピン酸」、「1,6−デカンジカルボン酸」及び「1,7−オクタンジカルボン酸」を含むところ、上記(ウ)を踏まえれば、引用発明2の脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であるとはいえない。
よって、本件発明5は「溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であ」るのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点で相違する。

(オ)上記(エ)で述べた点を踏まえれば、本件発明5は「溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下である」のに対し、引用発明2はその旨特定されていない点で相違する。

(カ)引用発明2の「電解コンデンサ」は、「化学重合ポリエチレンジオキシチオフェンよりなる固体有機導電材層」を有する「コンデンサ素子」を備え、上記(イ)を踏まえれば「固体電解コンデンサ」といえる。
よって、引用発明1の「電解コンデンサの製造方法」は、本件発明5の「固体電解コンデンサの製造方法」に相当する。

したがって、上記(ア)ないし(カ)によれば、本件発明5と引用発明2とは、次の一致点及び相違点を有する。

(一致点)
「陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程と、
導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程と、
前記固体電解質層が形成されたコンデンサ素子を、溶媒として多価アルコールを含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程と、
を含む固定電解コンデンサの製造方法。」

(相違点3)
導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程に関し、本件発明5は「コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ」て固体電解質層を形成するのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点。
(相違点4)
コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程に関し、本件発明5は「電解液」が「溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩」を含むのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点。
(相違点5)
電解液に関し、本件発明5は「溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であ」るのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点
(相違点6)
電解液に関し、本件発明5は「溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下である」のに対し、引用発明2はその旨特定されていない点。

イ 相違点に対する判断
まず、相違点5について判断する。
上記「2 (2)」で述べたように、引用文献2には「電解コンデンサの製造方法において、陽極箔12Aと陰極箔12Bとの間にセパレータ12Cを介在させてロール状に巻回してコンデンサ素子12を形成し、導電性高分子であるポリ3,4エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)を分散させた分散体溶液にコンデンサ素子12を含浸した後、乾燥させ、コンデンサ素子12の陽極箔12Aと陰極箔12Bの間に、固体電解質層122を形成し、次に、ケース13内に溶質としてアジピン酸のアンモニウム塩を含む電解液16を注入しておき、コンデンサ素子12をケース13に収納する際に電解液16に含浸させること」の技術事項(「引用文献2に記載の技術事項」)が記載されているものの、「電解液」に含まれる「脂肪族カルボン酸」が「分子量150以上の脂肪族カルボン酸」であることは何等記載されていないから、引用発明2に引用文献2に記載された技術事項を採用したとしても、相違点5に係る構成には至らない。
また、引用発明2の電解液Cは「アジピン酸ジアンモニウム(15部)」を含むものであるところ、引用文献1の段落【0033】(上記「1(1)ア」を参照)の「本発明の電解液に用いる有機酸の例としては、ポリカルボン酸(2〜4価):脂肪族ポリカルボン酸[飽和ポリカルボン酸、例えばシュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバチン酸、1,6−デカンジカルボン酸、5,6−デカンジカルボン酸、1,7−オクタンジカルボン酸:不飽和ポリカルボン酸、例えばマレイン酸、フマル酸、イコタン酸];芳香族ポリカルボン酸、例えばフタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸;脂環式ポリカルボン酸[例えばシクロヘキサン−1,2−ジカルボン酸、シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸等]、ヘキサヒドロフタル酸;これらのポリカルボン酸のアルキル(炭素数1〜3)もしくはニトロ置換体、例えばシトラコン酸、ジメチルマレイン酸、ニトロフタル酸(3−ニトロフタル酸、4−ニトロフタル酸);および硫黄含有ポリカルボン酸、例えばチオプロピオン酸;モノカルボン酸;脂肪族モノカルボン酸(炭素数1〜30)[飽和モノカルボン酸、例えばギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、ラウリル酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、ベヘン酸:不飽和モノカルボン酸、例えばアクリル酸、メタクリル酸、オレイン酸];芳香族モノカルボン酸、例えば安息香酸、o−ニトロ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、ケイ皮酸、ナフトエ酸;オキシカルボン酸、例えばサリチル酸、マンデル酸、レゾルシン酸などであり、これらの内で好ましいのは、伝導度が高く熱的にも安定なマレイン酸、フタル酸、シクロヘキサンカルボン酸、シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸、シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸、アジピン酸、安息香酸である。」(下線は、当審が付与。)との記載によれば、引用発明2の電解液Cに含まれる「アジピン酸」は、「伝導度が高く熱的にも安定」な有機酸であることから、引用発明2において「アジピン酸」に換えて、あえて分子量が150以上の他の脂肪族カルボン酸を採用する動機付けはない。
してみると、相違点5に係る構成は、引用発明2及び引用文献2に記載された技術事項に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。

したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明5は、引用発明2及び引用文献2に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。

ウ 令和3年10月27日付け意見書について
(ア)特許異議申立人は令和3年10月27日付け意見書(3頁18ないし24行を参照)において、「訂正後の請求項5に係る発明は、『導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程』を、『前記コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ』ることに特定している点で、引用発明2と異なるが、その余の点は、引用発明2と同一である。上記相違点について検討すると、本件特許の出願時点において、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する方法として、導電性高分子を分散させた分散体溶液にコンデンサ素子を含浸した後、引き上げ、乾燥させることは、周知技術(例えば、引用文献2の段落【0046】参照)であった。」と主張する。
しかし、上記「ア」で述べたように、本件発明5は「溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であ」るのに対し、引用発明2はその旨特定されていない点で相違し(相違点5を参照)、上記「イ」で述べたように、引用文献2に記載の技術事項には、「電解液」に含まれる「脂肪族カルボン酸」が「分子量150以上の脂肪族カルボン酸」であることは何等記載されていないから、引用発明2に引用文献2に記載された技術事項を採用したとしても、相違点5に係る構成には至らない。

(イ)また、特許異議申立人は同意見書(4頁8ないし15行を参照)において、「参考資料1の段落【0017】に『一般に、電解コンデンサの電解液に用いられる有機カルボン酸の総炭素数が大きくなると、一定の濃度に対しては火花電圧は大きくなる』と記載されており、段落【0019】に『これらの(化5)、(化6)の脂肪族飽和ジカルボン酸を溶解した場合の挙動は、(化4)の場合と同様であるが、総炭素数が大きいので、より高い火花電圧を得ることができる』と記載されていることからも明らかなように、脂肪族カルボン酸の炭素数が多いほど、つまり分子量が大きいほど、脂肪族カルボン酸を含む電解液の耐電圧が高くなることは、本件特許の出願日の15年以上前から、当業者に周知の技術である。」と主張する。
しかし、引用文献1の段落【0041】ないし【0044】を参酌すると、引用文献1に記載された電解液Cの火花電圧は340Vであり、電解液A、B、Dの各火花電圧85V、180V、79Vと比較して大幅に高く、さらに同段落【0020】の「請求項12に記載の発明は、・・・、かつ火花発生電圧を80V以上とした構成のものである。この構成によれば、・・・、火花発生電圧も十分に高いために耐電圧の高い電解コンデンサを構成することができるという作用を有する。」、同段落【0072】の「本発明の効果を耐電圧、漏れ電流面において十分に発揮するためには、必須条件ではないものの、極力電解液の火花発生電圧を80V以上とすることが望ましい。」との記載からすれば、引用発明2に記載された電解液Cの耐電圧は十分であり、これ以上耐電圧を高くする必要性はないことは明らかである。
さらに、上記イで述べたように、引用発明2の電解液Cに含まれる「アジピン酸」は、「伝導度が高く熱的にも安定」な有機酸であることから、引用発明2において「アジピン酸」に換えて、あえて分子量が150以上の他の脂肪族カルボン酸を採用することは当業者が容易に想到し得ないといえる。

(ウ)以上から、特許異議申立人の意見書による主張は採用できない。

エ まとめ
以上から、請求項5に係る発明は、引用文献1(甲第1号証)に記載された発明、及び引用文献2(甲第2号証)に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明できたものではないから、特許法第29条第2項に該当せず、請求項5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

(3)取消理由3について
本件訂正により、請求項1及び請求項5において「前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり」と訂正されたことで、請求項1及び請求項5の「溶質」が「分子量150以上の脂肪族カルボン酸」のみからなることは明らかである。
よって、請求項1、5に係る発明、及び、請求項1を引用する請求項2ないし4に係る発明は、明確となった。
したがって、本件の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしているから、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものではない。

(4)取消理由4について
上記(3)で述べたように、本件訂正により、請求項1及び請求項5において「前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり」と訂正されたことで、請求項1及び請求項5の「溶質」が「分子量150以上の脂肪族カルボン」のみからなることは明らかであり、発明の詳細な説明には、溶質として分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のみを含む実施例1ないし5、12(段落【0048】ないし【0054】、【0068】、表1ないし表4を参照)が記載されている。
よって、請求項1、5に係る発明、及び、請求項1を引用する請求項2ないし4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとなった。
したがって、本件の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものではない。

3 特許異議申立についての当審の判断
(1)申立理由1について
申立理由1は取消理由1と同旨であるから、上記(1)で述べた理由と同様な理由により、請求項1ないし請求項4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明ではない。
よって、特許法第29条第1項第3号に該当せず、請求項1ないし請求項4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものでない。

(2)申立理由2について
申立理由2は取消理由2と同旨であるから、上記(2)と同様に、請求項5に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び引用文献2に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。
よって、特許法第29条第2項に該当せず、請求項5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

(3)申立理由3について
上記「2(4)」で述べたように、本件訂正により、請求項1及び請求項5の「溶質」が「分子量150以上の脂肪族カルボン」のみからなることは明らかとなり、発明の詳細な説明には、溶質として分子量が150以上の脂肪族カルボン酸のみを含む実施例1ないし5、12(段落【0048】ないし【0054】、【0068】、表1ないし表4を参照)が記載されていることから、請求項1、5に係る発明、及び、請求項1を引用する請求項2ないし4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとなった。
したがって、請求項1ないし5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているから、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものではない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した異議申立理由によっては、請求項1ないし5に係る特許を取り消すことはできない。また、他に取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解コンデンサおよびその製造方法に係り、特に、80WV以上の高圧用途に好適な固体電解コンデンサ及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、デジタル化された電気機器に対して電力供給用途として使用される固体電解コンデンサには、小型化および大容量化か強く望まれている。アルミニウム等のような弁作用を有する金属を利用した固体電解コンデンサは、陽極箔としての弁作用金属をエッチング箔等の形状にして誘電体を拡面化することにより、小型で大きな容量を得ることができることから、広く一般に用いられている。
【0003】
小型、大容量用途の固体電解コンデンサは、一般に、アルミニウム等の弁作用金属からなる陽極箔と陰極箔とをセパレータを介在させて巻回して形成されたコンデンサ素子を有する。固体電解コンデンサは、コンデンサ素子に駆動用電解液を含浸し、アルミニウム等の金属製ケースや合成樹脂製のケースにコンデンサ素子を収納し、密閉した構造を有している。なお、陽極材料としては、アルミニウムを初めとしてタンタル、ニオブ、チタン等が使用され、陰極材料には、陽極材料と同種の金属が用いられる。
【0004】
また、固体電解コンデンサに用いられる固体電解質としては、二酸化マンガンや7,7,8,8−テトラシアノキノジメタン(TCNQ)錯体が知られているが、近年、反応速度が緩やかで、かつ陽極箔の酸化皮膜層との密着性に優れたポリエチレンジオキシチオフェン(以下、PEDOTと記す)等の導電性ポリマーに着目した技術(特許文献1)が存在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2−15611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、車載用や一般電源回路用の固体電解コンデンサとしては、25WVや63WV程度の低圧用途のものが用いられている。しかし、近年では、80WV以上の高圧用途に使用すべく、高温でのESR特性が良好な固体電解コンデンサが要望されている。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために提案されたものであり、その目的は、80WV以上の高圧用途での特性に優れた固体電解コンデンサ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、種々検討を重ねた結果、80WVを超える高圧領域において、コンデンサ素子に充填する電解液の溶質として脂肪族カルボン酸を用いることでESR特性が良好になるとの知見を得、この知見に基づき本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の固体電解コンデンサは、陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする。
【0010】
前記多価アルコールが、エチレングリコールであっても良い。前記電解液が、前記溶媒として水を含まない非水系電解液であっても良い。前記電解液が、ホウ酸およびマンニットをさらに含んでいても良い。
【0011】
また、前記のような固体電解コンデンサを製造するための方法も本発明の1態様である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、80WV以上の高圧用途での特性に優れた固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】第1の実施形態の固体電解コンデンサの構成の一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[1.構成]
以下、本実施形態の固体電解コンデンサについて図1を参照して詳細に説明する。図1に示す通り、固体電解コンデンサは、陽極箔1と陰極箔2と、がセパレータ3を介して巻回されたコンデンサ素子10を有する。固体電解コンデンサは、コンデンサ素子10を電解液とともに、図示しない有底筒状の外装ケースに収納し、封止することにより作製される。
【0015】
陽極箔1は、表面に誘電体皮膜を有する弁金属箔からなる。弁金属箔としてはアルミニウム、タンタル、ニオブ、チタン等を用いることができる。弁金属箔の表面は、塩化物水溶液中で電気化学的なエッチング処理を行い粗面化することで、表面積が拡大されていても良い。また、誘電体皮膜は、例えば酸化アンモニウムやホウ酸アンモニウム等を用いて化成処理を行うことで形成することができる。陰極箔2は、陽極箔1と同様の弁金属箔からなる。陰極箔も、エッチング処理により表面が粗面化されていても良い。また、陰極箔2に、必要に応じて化成処理により薄い誘電体皮膜(1〜10V程度)を形成しても良い。以下、陽極箔1と陰極箔2をまとめて電極箔と表現する場合がある。電極箔の寸法は、製造する固体電解コンデンサの仕様に応じて任意に設定することができる。
【0016】
陽極箔1と陰極箔2には、図1に示す通り、それぞれの電極を外部に接続するためのリード線4,5が、例えばステッチや超音波溶接等により接続されている。リード線4,5は、アルミニウム等を用いて形成されている。リード線4,5は、陽極箔1と陰極箔2において外部との電気的な接続を行う電極引き出し手段であり、巻回したコンデンサ素子の端面から導出される。
【0017】
セパレータ3としては、合成繊維を主体とする不織布や、ガラス繊維を用いることができる。合成繊維としては、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、レーヨン繊維等が挙げられ、これらの繊維を単独または混合して用いても良い。また天然繊維からなるセパレータを用いても良い。セパレータ3は、陽極箔1および陰極箔2の寸法に応じて、これよりやや大きい幅寸法のものを用いればよい。
【0018】
以上のようにして形成したコンデンサ素子10は、修復化成が行われていても良い。コンデンサ素子の巻回において電極箔に機械的ストレスがかかり、誘電体皮膜に亀裂等の損傷が生じることがある。修復化成において、コンデンサ素子10を化成液中に浸漬して化成することによって、亀裂が発生した部分に誘電体皮膜が形成され、損傷を修復することができる。化成液としては、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素ニアンモニウム等のリン酸系の化成液、ホウ酸アンモニウム等のホウ酸系の化成液、アジピン酸アンモニウム等のアジピン酸系の化成液を用いることができる。この中でも、特に、リン酸二水素アンモニウムを用いることが好ましい。
【0019】
コンデンサ素子10には、固体電解質層が形成されている。具体的には、固体電解質層は、セパレータ3と電極箔に形成されている。固体電解質層は、コンデンサ素子10を、導電性高分子分散体に浸漬後、乾燥させることにより形成することができる。導電性高分子分散体への浸漬・乾燥工程を複数回繰り返し行ってもよい。導電性高分子分散体は、導電性高分子の粒子が溶媒に分散した溶液である。導電性高分子としては、例えばPEDOTの粉末を用いることができる。また、溶媒に、ドーパントとしてポリスチレンスルホン酸の固形分を含めても良い。
【0020】
導電性高分子分散体の溶媒は、導電性高分子の粒子または粉末が溶解するものであれば良く、主として水が用いられる。ただし、必要に応じて分散体の溶媒としてエチレングリコールを単独又は混合して用いても良い。分散体の溶媒としてエチレングリコールを用いると、製品の電気的特性のうち、特にESRを低減できることが判明している。なお、導電性高分子分散体の含浸性、電導度の向上のため、導電性高分子分散体に各種添加剤を添加したり、カチオン添加による中和を行っても良い。特に、添加剤としてソルビトールまたはソルビトールおよび多価アルコールを用いると、ESRを低減し、鉛フリーリフロー等による耐電圧特性の劣化を防止することができる。
【0021】
また、導電性高分子の濃度は、水溶液に対して1〜10wt%とすることができる。導電性高分子の粒子には、導電性高分子の一次粒子や、導電性高分子化合物及びドーパントが凝集した凝集物(二次粒子)やそれらの粉末も含まれる。
【0022】
具体的には、導電性高分子としては、チオフェンまたはその誘導体の粒子と高分子スルホン酸からなるドーパントの固形分を混合したものを用いることが好ましい。導電性高分子分散体は、重合性モノマーであるチオフェンまたはその誘導体をドーパントとなる高分子スルホン酸の存在下で水中または水性液中で酸化重合することによって得られる。導電性高分子であるチオフェンまたはその誘導体におけるチオフェンの誘導体としては、例えば、3,4−エチレンジオキシチオフェン、3−アルキルチオフェン、3−アルコキシチオフェン、3−アルキル−4−アルコキシチオフェン、3,4−アルキルチオフェン、3,4−アルコキシチオフェンなどが挙げられる。そのアルキル基やアルコキシ基の炭素数は1〜16が適しているが、特に3,4−エチレンジオキシチオフェンが好ましい。また、チオフェンに限らず、ピロールやその誘導体を用いても良い。これらの重合性モノマーから得られた導電性高分子として特に好ましいものは、ポリチオフェン、ポリエチレンジオキシチオフェン、ポリピロールが挙げられる。
【0023】
固体電解質層が形成されたコンデンサ素子10は、電解液に浸漬され、コンデンサ素子
10内の空隙部に電解液が充填される。電解液をコンデンサ素子10に充填する場合、その充填量は、コンデンサ素子10内の空隙部に電解液を充填できれば任意であるが、コンデンサ素子10内の空隙部の3〜100%が好ましい。
【0024】
本実施形態の電解液は、溶媒として水を含まない非水系電解液が用いられる。本明細書において、非水系電解液とは電解液作製時に水を添加しない電解液である。非水系電解液を用いると、溶媒として水を含む水系電解液を用いた場合と比較してESRの増加を抑制することができる。ただし、製造工程において空気中やセパレータ中に含まれる水分が固体電解コンデンサに混入するが、この固体電解コンデンサに含まれる水分量を3wt%以下に制御できれば、ESRが増加するおそれはない。
【0025】
電解液に使用できる溶媒としては、その沸点が120℃以上の溶媒を用いると、電解液が揮発しにくいため好ましい。溶媒の例としては、γ−ブチロラクトン、エチレングリコールなどの多価アルコール、スルホラン、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。多価アルコールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、1,2−プロパンジオール、グリセリン、1,3−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール、2−メチル−2,4−ペンタンジオールなどの低分子量の多価アルコールがよい。特に、エチレングリコールを含む溶媒を用いると、初期のESR特性が良好となり、さらに高温特性も良好となる。また、混合溶媒中におけるエチレングリコールの添加量は、好ましくは5wt%以上、さらに好ましくは40wt%以上、最も好ましくは60wt%以上である。
【0026】
また、溶媒としてγ−ブチロラクトンを所定量添加させることで、電解液のコンデンサ素子10への含浸性を改善できる。比較的粘性の高いエチレングリコールと粘性が低いγ−ブチロラクトンを用いることで、コンデンサ素子10への含浸性を高められる。よって、初期特性及び長時間の使用での良好な特性を維持するとともに、低温での充放電特性が良好となる。混合溶媒中におけるγ−ブチロラクトンの添加量は、好ましくは、40wt%以下である。
【0027】
さらに、イオン伝導性物質のエチレングリコール溶媒に、スルホラン、3−メチルスルホラン、2,4−ジメチルスルホランから選ばれる少なくとも1種の溶媒を追加的に用いてもよい。これらスルホラン系の溶媒は高沸点であるため、電解液の揮発を抑制し、高温特性が良好になる。混合溶媒中のこれらスルホラン系の溶媒の添加量は、好ましくは、40wt%以下である。
【0028】
電解液の溶質としては、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を含む。脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いると、耐圧特性が改善されるため良い。この脂肪族カルボン酸としては、アゼライン酸、アジピン酸、1,6−デカンジカルボン酸、1,7−オクタンジカルボン酸、7−メチル−7−メトキシカルボニル−1,9−デカンジカルボン酸、7,9−ジメチル−7,9−ジメトキシカルボニル−1、11−ドデカンジカルボン酸、7,8−ジメチル−7,8−ジメトキシカルボニル−1,14−テトラデカンジカルボン酸等の脂肪族ジカルボン酸や、その他に脂肪族モノカルボン酸や、脂肪族トリカルボン酸等の脂肪族多価カルボン酸を用いることができる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独で又は混合して用いても良い。また、脂肪族カルボン酸は、分子量が150以上のものを用いることが好ましい。脂肪族カルボン酸の分子量が大きくなると、固体電解コンデンサの耐圧特性がさらに改善される。また、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩以外のものを含んでも良いが、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を主溶質として用いることが好ましい。ここで、主溶質とは溶質全体に対して50wt%以上を占めることを指す。
【0029】
上記電解液においては、後述する実施例の結果からも明らかなとおり、溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、溶媒に対する分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量は0.6mol/kg以下とすることが好ましい。溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、溶媒に対する溶質である分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることで、80WV以上の高圧において、負荷試験における静電容量やESRの変化を抑制することができる。
【0030】
さらに、電解液の添加剤として、ポリオキシエチレングリコール、ホウ酸と多糖類(マンニット、ソルビットなど)との錯化合物、ホウ酸と多価アルコールとの錯化合物、ニトロ化合物(o−ニトロ安息香酸、m−ニトロ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、o−ニトロフェノール、m−ニトロフェノール、p−ニトロフェノールなど)、リン酸エステルなどが挙げられる。この中でも、特にホウ酸およびマンニットを添加することで、負荷試験において静電容量やESRの変化をさらに抑制することができるため好適である。
【0031】
[2.固体電解コンデンサの製造方法]
上記のような本実施形態の固体電解コンデンサの製造方法は、以下の工程を含む。
(1)コンデンサ素子を形成する工程
(2)コンデンサ素子に、固体電解質層を形成する工程
(3)コンデンサ素子内の空隙部に、電解液を充填させる工程
(4)固体電解コンデンサを形成する工程
【0032】
以下、各工程について、詳細に説明する。
(1)コンデンサ素子を形成する工程
コンデンサ素子10を形成する工程では、陽極箔1と陰極箔2と、をセパレータ3を介して巻回したコンデンサ素子10を形成する。陽極箔1は、例えば、アルミニウムなどの平板状の弁作用金属箔をエッチング処理し、さらに化成処理により誘電体皮膜を形成したエッチング箔により形成する。陰極箔2は、例えば陽極箔1と同様に平板状の金属箔をエッチング処理したエッチング箔により形成する。陽極箔1と陰極箔2には、それぞれリード線4,5が接続される。コンデンサ素子10は、以上のような陽極箔1と陰極箔2とを、セパレータ3を間に挟むようにして巻き取ることで形成されている。なお、形成されたコンデンサ素子10を、修復液に浸漬して修復化成を行っても良い。浸漬時間は、5〜120分とすることが好ましい。
【0033】
(2)コンデンサ素子に、固体電解質層を形成する工程
コンデンサ素子10を、導電性高分子分散体に浸漬後、乾燥させ、固体電解質層7を形成する。コンデンサ素子10を導電性高分子分散体に浸漬する時間は、コンデンサ素子10の大きさによって決まるが、直径5mm×高さ3mm程度のコンデンサ素子では5秒以上、直径9mm×高さ5mm程度のコンデンサ素子では10秒以上が望ましく、最低でも5秒間は浸漬することが必要である。なお、長時間浸漬しても特性上の弊害はない。また、このように浸漬した後、減圧状態で保持すると好適である。その理由は、揮発性溶媒の残留量が少なくなるためであると考えられる。導電性高分子分散体の含浸ならびに乾燥は、必要に応じて複数回行ってもよい。
【0034】
コンデンサ素子10に導電性高分子分散体を浸漬した後、所定温度でコンデンサ素子10を乾燥する。乾燥温度は100〜160℃、乾燥時間は0.5〜3時間が好ましい。この乾燥工程を経ることで、導電性高分子を含む固体電解質層がコンデンサ素子10中、特にエッチング箔のエッチングピット内の誘電体皮膜の上に形成される。
【0035】
(3)コンデンサ素子内の空隙部に、電解液を充填させる工程
固体電解質層7が形成されたコンデンサ素子10を電解液に浸漬し、コンデンサ素子10内の空隙部に電解液を充填させる。
【0036】
(4)固体電解コンデンサを形成する工程
コンデンサ素子10は、電解液とともに外装ケースに挿入され、開口端部に封口ゴムを装着して、加締め加工によって封止する。その後、エージングを行い、固体電解コンデンサを作製する。また外装ケース以外にも、コンデンサ素子10をエポキシ樹脂などの絶縁性樹脂により外装を被覆し、エージングを行い固体電解コンデンサを作製することもできる。
【0037】
[3.作用効果]
(1)本実施形態の固体電解コンデンサは、陽極箔1と陰極箔2と、がセパレータ3を介して巻回されたコンデンサ素子10を有し、コンデンサ素子10は、固体電解質層を有し、コンデンサ素子10内の空隙部には、電解液が充填され、電解液は、溶質として分子量150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、溶媒に対する溶質である分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下である。
【0038】
以上の通り、電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む。溶質として分子量150以上の脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いた場合、80WV以上の高圧において耐圧特性が改善される。また、溶媒に対する溶質である分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量を0.6mol/kg以下とすることで、80WV以上の高圧において、静電容量やESRの変化を抑制することができる。
【0039】
エチレングリコールなどの多価アルコールを含む溶媒を用いた場合、エチレングリコールを含まない溶媒を用いた場合と比較して、初期のESRが低下するとともに、長時間の使用において静電容量の変化率(ΔCap)が小さいことが判明している。その理由は、エチレングリコールなどの多価アルコールは、導電性ポリマーのポリマー鎖の伸張を促進する効果があるため、電導度が向上し、ESRが低下すると考えられる。
【0040】
特に、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用い、溶媒としてエチレングリコールなどの多価アルコールを用いた電解液においては、固体電解コンデンサが熱雰囲気下に哂されることで電解液中のエステル化反応によって多価アルコールとカルボン酸のエステルが生成される。アミン塩などにおいては、このエステル化反応によってアミニウムイオンがプロトンを失ってガス化するが、沸点が高いため、コンデンサケース内に残留し、この結果電解液のpHが過剰に変化することになり、導電性高分子の劣化が生じ易くなる。しかし、本発明のように溶質として用いた脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩においては、エステル化によってアンモニウムイオンがプロトンを失ってガス化して蒸散していくため、熱雰囲気下に哂されることで電解液のpHの過剰な変化が生じにくく、導電性高分子の劣化が低減されると考えられる。
【0041】
また、種々の溶質を評価した結果、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩は、電解液としての化成性の向上に加え、導電性高分子との相性が良く、高温耐久試験における固体電解質層を劣化させにくいものと考えられ、これは溶質濃度が低いほど固体電解質層の劣化が抑制されるものと考えられる。以上のように、本実施形態によれば、80WV以上の高圧用途での特性に優れた固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法を提供することができる。
【0042】
(2)多価アルコールが、エチレングリコールであっても良い。
γ−ブチロラクトンやスルホランよりも、エチレングリコールのようなヒドロキシル基を有するプロトン性溶媒の方がセパレータや電極箔、導電性ポリマーとの親和性が高い。そのため、固体電解コンデンサ使用時の電解液が揮発する過程において、セパレータや電極箔、導電性高分子と電解液との間で電荷の受け渡しが行われやすく、静電容量変化率(ΔCap)が小さくなると考えられる。
【0043】
(3)電解液が、溶媒として水を含まない非水系電解液であっても良い。
溶媒として水を含む水系電解液を用いると、電極箔や固体電解質層の導電性高分子に劣化が生じ、ESRが上昇するおそれがある。本実施形態では溶媒として水を含まない非水系電解液を用いているため、水系電解液を用いた場合と比較してESRの増加を抑制することができる。
【0044】
(4)電解液が、ホウ酸およびマンニットをさらに含んでいても良い。
電解液にホウ酸およびマンニットを添加することにより、負荷試験において静電容量やESRの変化をさらに抑制することができる。
【0045】
(5)脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であっても良い。
分子量が150以上の脂肪族カルボン酸を用いることで、80WVを超える高圧における耐圧特性をさらに改善することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0047】
(1)固体電解コンデンサの耐圧試験(定格電圧80WV)
まず、定格電圧80WVの固体電解コンデンサの耐圧試験を行うため、以下の固体電解コンデンサを作製した。
【0048】
<実施例1の固体電解コンデンサの作製>
表面に誘電体皮膜層が形成された陽極箔と、陰極箔と、に電極引き出し手段であるリード線を接続し、両電極箔をマニラ系セパレータを介して巻回し、素子形状が直径8mm×高さ10mmのコンデンサ素子を形成した。そして、このコンデンサ素子をリン酸二水素アンモニウム水溶液に40分間浸漬して、修復化成を行った。
【0049】
その後、PEDOTの粒子と、ポリスチレンスルホン酸と、を水溶液に分散した導電性高分子分散体を作製した。コンデンサ素子を導電性高分子分散体に浸漬し、コンデンサ素子を引き上げて150℃で30分間乾燥した。コンデンサ素子は、導電性高分子分散体への浸漬および乾燥が複数回繰り返され、コンデンサ素子に導電性高分子からなる固体電解質層を形成した。
【0050】
次に、エチレングリコールに対して、アゼライン酸アンモニウム塩を添加して電解液を作製した。アゼライン酸アンモニウム塩の添加量の内訳は、溶媒に対しアゼライン酸を0.09mol/kg、アンモニウムイオンを0.09mol/kgであった。また、添加剤として、電解液中にリン酸エステルおよびp−ニトロ安息香酸を合計2wt%添加した。コンデンサ素子を作製した電解液に浸漬した後、有底筒状の外装ケースに挿入し、開口端部に封口ゴムを装着して、加締め加工によって封止した。その後、電圧印加によってエージングを行い、固体電解コンデンサを形成した。なお、この固体電解コンデンサの定格容量は39μFである。
【0051】
<実施例2の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アゼライン酸を0.26mol/kg、アンモニウムイオンを0.26mol/kgとしたこと以外は、実施例1と同様に作製した。
【0052】
<実施例3の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アゼライン酸を0.37mol/kg
、アンモニウムイオンを0.37mol/kgとしたこと以外は、実施例1と同様に作製した。
【0053】
<実施例4の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アゼライン酸を0.60mol/kg、アンモニウムイオンを0.60mol/kgとしたこと以外は、実施例1と同様に作製した。
【0054】
<実施例5の固体電解コンデンサの作製>
電解液の添加剤として、リン酸エステル、p−ニトロ安息香酸、ホウ酸、およびマンニットを合計2.8wt%添加したこと以外は、実施例1と同様に作製した。
【0055】
<実施例6の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩を、アジピン酸アンモニウム塩とした。アジピン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アジピン酸を0.06mol/kg、アンモニウムイオンを0.06mol/kgとした。それ以外は、実施例1と同様に作製した。
【0056】
<実施例7の固体電解コンデンサの作製>
アジピン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アジピン酸を0.10mol/kg、アンモニウムイオンを0.10mol/kgとしたこと以外は、実施例6と同様に作製した。
【0057】
<実施例8の固体電解コンデンサの作製>
アジピン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アジピン酸を0.16mol/kg、アンモニウムイオンを0.16mol/kgとしたこと以外は、実施例6と同様に作製した。
【0058】
<実施例9の固体電解コンデンサの作製>
アジピン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アジピン酸を0.20mol/kg、アンモニウムイオンを0.20mol/kgとしたこと以外は、実施例6と同様に作製した。
【0059】
<実施例10の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩を、1,6−デカンジカルボン酸アンモニウム塩とした。1,6−デカンジカルボン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、1,6−デカンジカルボン酸を0.09mol/kg、アンモニウムイオンを0.09mol/kgとした。それ以外は、実施例1と同様に作製した。なお、この固体電解コンデンサの定格容量は22μFである。
【0060】
<実施例11の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩を、1,7−オクタンジカルボン酸アンモニウム塩、7−メチル−7−メトキシカルボニル−1,9−デカンジカルボン酸アンモニウム塩、7,9−ジメチル−7,9−ジメトキシカルボニル−1,11−ドデカンジカルボン酸アンモニウム塩、7,8−ジメチル−7,8−ジメトキシカルボニル−1,14−テトラデカンジカルボン酸アンモニウム塩とした。溶質の添加量の内訳を、1,7−オクタンジカルボン酸を0.05mol/kg、7−メチル−7−メトキシカルボニル−1,9−デカンジカルボン酸を0.01mol/kg、7,9−ジメチル−7,9−ジメトキシカルボニル−1,11−ドデカンジカルボン酸を0.01mol/kg、7,8−ジメチル−7,8−ジメトキシカルボニル−1,14−テトラデカンジカルボン酸を0.02mol/kg、アンモニウムイオンを0.09mol/kgとした。それ以外は、実施例1と同様に作製
した。なお、この固体電解コンデンサの定格容量は22μFである。
【0061】
<比較例1の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩を、フクル酸トリエチルアミン塩とした。フタル酸トリエチルアミン塩の添加量の内訳を、フタル酸を0.60mol/kg、トリエチルアミンを0.47mol/kgとした。それ以外は、実施例1と同様に作製した。
【0062】
<比較例2の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩を、アゼライン酸トリエチルアミン塩とした。アゼライン酸トリエチルアミン塩の添加量の内訳を、アゼライン酸を0.60mol/kg、トリエチルアミンを0.47mol/kgとした。それ以外は、実施例1と同様に作製した。
【0063】
<比較例3の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アゼライン酸を0.81mol/kg、アンモニウムイオンを0.81mol/kgとしたこと以外は、実施例1と同様に作製した。
【0064】
以上のようにして作製した固体電解コンデンサに電圧を印加し、80WVの固体電解コンデンサに必要な誘電体皮膜の皮膜耐圧まで電圧が上昇するかを確認した結果を表1に示す。表1において、マル印は電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇した固体電解コンデンサである。また、バツ印は電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇せずにショートした固体電解コンデンサである。
【表1】

【0065】
表1からも明らかな通り、アゼライン酸を用いた実施例1〜5、アジピン酸を用いた実施例6〜9、1,6−デカンジカルボン酸を用いた実施例10、および複数の脂肪族カルボン酸の混合溶質を用いた実施例11の全てにおいて、電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇した。また、実施例1から11と同様に、脂肪族カルボン酸を用いた比較例2および3についても、電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇した。しかし、芳香族カルボン酸であるフタル酸を用いた比較例1では、電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇せずにショートした。
【0066】
(2)固体電解コンデンサの耐圧試験(定格電圧100WV)
次に、定格電圧100WVの固体電解コンデンサの耐圧試験を行うため、以下の固体電解コンデンサをさらに作製した。
【0067】
<実施例12の固体電解コンデンサの作製>
固体電解コンデンサの定格容量を18μFとした以外は、実施例4と同様に作製した。
【0068】
<実施例13の固体電解コンデンサの作製>
アゼライン酸アンモニウム塩を、アジピン酸アンモニウム塩とした。アジピン酸アンモニウム塩の添加量の内訳を、アジピン酸を0.60mol/kg、アンモニウムイオンを0.60mol/kgとした。それ以外は、実施例12と同様に作製した。
【0069】
以上のようにして作製した固体電解コンデンサに電圧を印加し、100WVの固体電解コンデンサに必要な誘電体皮膜の皮膜耐圧まで電圧が上昇するかを確認した結果を表2に示す。表2において、マル印は電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇した固体電解コンデンサである。また、バツ印は電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇せずにショートした固体電解コンデンサである。

【0070】
表2からも明らかな通り、100WVの耐圧試験では、アゼライン酸を用いた実施例12では、電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇した。一方、アジピン酸を用いた実施例13では、電極箔の皮膜耐圧まで電圧が上昇せずにショートした。アジピン酸を用いた固体電解コンデンサは、80WVの耐圧試験では皮膜耐圧まで電圧が上昇したが、100WVでは電圧が上昇せずショートした。これは、アジピン酸の分子量が146.1であることに原因があると考えられる。100WVの耐圧試験においても結果が良好であったアゼライン酸の分子量は188.22である。よって、脂肪族カルボン酸の分子量が大きくなると、固体電解コンデンサの耐圧特性が向上することが分かる。特に、分子量が150以上であると耐圧特性が向上されることがわかった。
【0071】
(3)初期および負荷試験後のコンデンサ特性
上記実施例1〜11、比較例2および3の固体電解コンデンサについて、初期のESRおよび誘電損失(tanδ)を測定した。なお、誘電損失は120kHz(20℃)、ESR特性は100kHz(20℃)における値を示す。また、上述の通り、実施例1〜9、比較例2および3の容量は39μF、実施例10および11の容量は22μFである。
【0072】
さらに、各固体電解コンデンサについて、125℃において定格電圧80WVで高温負荷試験を行い、500時間経過後および1500時間経過後のESR変化率(ΔESR)、および誘電損失変化率(Δtanδ)を算出した。表3に500時間経過後の結果を示す。

【0073】
表3からも明らかな通り、負荷試験500時間経過後の結果では、ホウ酸およびマンニットを添加した実施例5において、ESR変化率および誘電損失変化率が最も低い値となった。実施例1〜4より、溶質の酸の添加量が増加するにつれ、誘電損失変化率およびESR変化率が大きくなることがわかった。また、アゼライン酸を0.81mol/kg添加した比較例3において、ESRの変化率が高くなった。一方、溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下の実施例1〜11、および比較例2では、ESR変化率が比較例3よりも小さい値となった。
【0074】
次に、表4に、1500時間経過後の結果を示す。

【0075】
表4からも明らかな通り、負荷試験1500時間経過後の結果においても、他の実施例および比較例と比較して、ホウ酸およびマンニットを添加した実施例5において、ESR変化率および誘電損失変化率が最も低い値となった。さらに、実施例1〜4より、溶質の酸の添加量が増加するにつれ、誘電損失変化率およびESR変化率が増大することがわかった。また、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いず、トリエチルアミン塩を用いた比較例2において、誘電損失変化率およびESR変化率の値が著しく上昇した。一方、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を用いた実施例1〜9では、ESR変化率および誘電損失変化率が比較例2よりも小さい値となった。
【0076】
また、アゼライン酸を0.81mol/kg添加した比較例3において、ESR変化率に加え、誘電損失変化率も高い結果となった。一方、脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩を添加し、かつ、溶質の酸の添加量が0.6mol/kg以下の実施例1〜9では、ESR変化率および誘電損失変化率が比較例3よりも小さい値となった。
【符号の説明】
【0077】
1 陽極箔
2 陰極箔
3 セパレータ
4,5 リード線
10 コンデンサ素子
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、
前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、
前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、
前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、
前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、
前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする固体電解コンデンサ。
【請求項2】
前記多価アルコールが、エチレングリコールであることを特徴とする請求項1記載の固体電解コンデンサ。
【請求項3】
前記電解液が、前記溶媒として水を含まない非水系電解液であることを特徴とする請求項1又は2記載の固体電解コンデンサ。
【請求項4】
前記電解液が、ホウ酸およびマンニットをさらに含むことを特徴とする請求項1〜3いずれか一項記載の固体電解コンデンサ。
【請求項5】
陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程と、
前記コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程と、
前記固体電解質層が形成されたコンデンサ素子を、溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程と、
を含み、
前記溶質である脂肪族カルボン酸は、分子量150以上の脂肪族カルボン酸であり、
前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする固体電解コンデンサの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-01-17 
出願番号 P2015-159562
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (H01G)
P 1 651・ 113- YAA (H01G)
P 1 651・ 121- YAA (H01G)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 酒井 朋広
特許庁審判官 畑中 博幸
須原 宏光
登録日 2020-07-29 
登録番号 6740579
権利者 日本ケミコン株式会社
発明の名称 固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法  
代理人 片桐 貞典  
代理人 木内 光春  
代理人 木内 加奈子  
代理人 木内 加奈子  
代理人 特許業務法人みのり特許事務所  
代理人 片桐 貞典  
代理人 大熊 考一  
代理人 木内 光春  
代理人 大熊 考一  

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