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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 出願人同一(特32条特許を受け入れられない発明)  C08J
管理番号 1384104
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-04-21 
確定日 2021-12-27 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6772763号発明「積層ポリエステルフィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6772763号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項4について訂正することを認める。 特許第6772763号の請求項1〜4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6772763号の請求項1〜4に係る特許についての出願は、平成28年10月31日にされた出願であって、令和2年10月5日にその特許権の設定登録がされ、令和2年10月21日に特許掲載公報が発行された。
その後、その特許について、令和3年4月21日に特許異議申立人水野智之(以下「申立人」という。)により本件特許異議の申立てがされ、当審は、令和3年7月13日付けで取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である令和3年8月18日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、その訂正の請求に対して、申立人は、令和3年9月28日に意見書を提出した。

第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項4において、「前記ポリエステルフィルムとして、160〜200℃でオフラインアニールする工程を経て得られたものを用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層ポリエステルフィルムの製造方法。」と記載されているのを、
「前記ポリエステルフィルムとして、フィルム走行速度10〜300m/minにて160〜200℃でオフラインアニールする工程を経て得られたものを用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層ポリエステルフィルムの製造方法。」と訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
訂正事項1に係る訂正は、請求項4において、「フィルム走行速度10〜300m/minにて」というオフラインアニール条件を追記することにより、「積層ポリエステルフィルムの製造方法」を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
訂正事項1で追記する「フィルム走行速度10〜300m/minにて」は、願書に添付した明細書の段落0063に記載されていた事項であるから、新規事項の追加に該当しない。また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)小括
上記のとおり、訂正事項1に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項4について訂正することを認める。

第3 本件発明
請求項1〜4に係る発明(以下「本件発明1」〜「本件発明4」という。)は、それぞれ、訂正特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
ポリエステルフィルムの少なくとも片面に塗布層が積層された積層ポリエステルフィルムであって、当該塗布層は、架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有する塗布剤から形成された層であり、前記架橋剤としてメラミン化合物及び/またはオキサゾリン化合物を含有し、かつ、
150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%およびフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDが−0.05%〜0.05%であることを特徴とする積層ポリエステルフィルム。
【請求項2】
前記オキサゾリン化合物のオキサゾリン基量が0.5〜10mmol/gであることを特徴とする請求項1に記載の積層ポリエステルフィルム。
【請求項3】
前記塗布層上に金属層がさらに積層されてなること特徴とする請求項1または2に記載の積層ポリエステルフィルム。
【請求項4】
前記ポリエステルフィルムとして、フィルム走行速度10〜300m/minにて160〜200℃でオフラインアニールする工程を経て得られたものを用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層ポリエステルフィルムの製造方法。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1.取消理由の概要
訂正前の請求項4に係る特許に対して、当審が特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
請求項4に係る発明は、課題を解決する手段であるフィルムの搬送速度(加工速度)の範囲が特定されていないため、上記発明の課題を解決できないものを含んでいる。
したがって、請求項4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである。
よって、請求項4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、請求項4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

2.当審の判断
本件発明の課題は、本件特許明細書の段落【0010】の記載よると、「耐熱性フィルムと貼り合わせを行っても剥がれを生じにくいポリエステルフィルムを提供すること」である(下線は、当審で付与した。以下同様。)。

「積層ポリエステルフィルムの製造方法」における「オフラインアニール」に関して、本件特許明細書の段落【0063】には、「本発明において、前記収縮率を調整(最適化)するためには、アニール処理を行うのが好ましい。アニール処理に関しては、公知の手法を採用することが可能であるが、中でもオフラインアニールがより好ましい。アニールの温度範囲は160〜200℃が好ましく、より好ましくは165〜195℃であり、さらに好ましくは、170〜190℃である。・・・フィルム走行速度は10〜300m/minが好ましく、・・・。またアニールに関しては、一旦製造したフィルムを系外で再度熱入れする、いわゆるオフラインアニールを採用してもよい。」と記載されている。
オフラインアニール処理に関する実施例として、段落【0090】には、「実施例1:・・・一旦製造した積層ポリエステルフィルムを系外で熱風式オーブン内にて、フィルム張力(オーブン内)を3kg/1000mm幅の条件下にて、50m/minのフィルム搬送速度で、190℃で10秒間、再度熱入れ(オフラインアニール)した。」と記載されており、同【0091】には、「実施例2〜10:下記表1に示す塗布剤組成物からなる塗布層を変更する以外は、実施例
1と同様の方法で積層ポリエステルフィルムを得た。」と記載されている。
他方、本件特許明細書の段落【0094】には、「比較例2:実施例2において、オフラインアニール時の加工速度を5m/minに変更する以外は実施例2と同様の方法で積層ポリエステルフィルムを得た。」と記載されており、同【0099】に記載された表3の比較例2の列を参照すると、耐熱フィルムと貼合後の加熱試験欄に「×」と記載されている。そして、同【0083】には、「×」について、
「(12)耐熱性フィルムと貼合後の加熱試験(耐熱性の実用特性代用評価)
試料フィルムにシリコーン系粘着剤を塗布し、耐熱性フィルム(ポリイミド)を貼り合わせた。貼り合わせ後、150℃に保ったオーブンで90分間熱処理し、剥がれの有無を確認した。その後10cm四方に切り出し、耐熱性フィルムを下にして、水平な机の上に置き、各頂点の机からの高さの測定を行い、下記判定基準により判定を行った。
《判定基準》
○:剥がれがなく、かつ、各頂点の机からの高さが10mm以下。
×:剥がれがあり、いずれかの頂点の机からの高さが10mmより大きく、耐熱性フィルム側へカール。これらの現象のうちいずれか一つ以上が発生。」と記載されている。

そうすると、「積層ポリエステルフィルムの製造方法」において、5m/minのフィルム搬送速度(加工速度)で、190℃のオフラインアニールした比較例2の態様では、「耐熱性フィルムと貼り合わせを行っても剥がれを生じにくいポリエステルフィルムを提供する」という本件発明の課題を解決することができないため、課題を解決する手段には、「オフラインアニールする工程」における温度だけでなく、フィルムの搬送速度も含まれると解される。
ここで、上記の訂正事項1により、本件発明4は、課題を解決する手段であるフィルムの搬送速度(加工速度)の範囲が特定されたため、上記発明の課題を解決できないものを含まなくなった。
したがって、本件発明4は、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されているため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものではない。
よって、本件発明4は、発明の詳細な説明に記載したものである。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.特許法第29条の2について
申立人は、特許異議申立書において、訂正前の請求項1〜4に係る発明は、本件特許の出願の日前の特許出願であって、本件特許の出願後に出願公開された、甲第1号証(特願2015−192356号;特開2017−65035号。)に係る特許出願(以下「甲1特許出願」という。)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明、又は甲第2号証(特願2016−65216号;特開2017−177427号)に係る特許出願(以下「甲2特許出願」という。)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時に、その出願人が甲1特許出願又は甲2特許出願の出願人と同一でもない旨を主張する。
しかしながら、本件特許の出願の日(平成28年10月31日)に、甲1特許出願の出願人と甲2特許出願の出願人はいずれも三菱樹脂株式会社であり、本件特許の出願の出願人と同一であった。
したがって、申立人の上記主張は、採用することができない。

2.特許法第36条第6項第1号及び第4項第1号について
(1)発明の詳細な説明の記載について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、耐熱性フィルムとポリエステルフィルムとを貼り合わせる場合、耐熱性フィルムとポリエステルフィルムとで収縮率に差があるため、貼り合わせ後に加熱加工を行うと剥がれを生じるおそれがあった。
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであって、その目的は、耐熱性フィルムと貼り合わせを行っても剥がれを生じにくいポリエステルフィルムを提供することである。」

「【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記実情に鑑み鋭意検討した結果、架橋剤を特定の割合で含有する塗布層を設け、しかも架橋剤として特定の化合物を用い、特定の収縮率を有するポリエステルフィルムを構成部材として用いれば、上述の課題を容易に解決できることを知見し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち本発明は、ポリエステルフィルムの少なくとも片面に塗布層が積層された積層ポリエステルフィルムであって、当該塗布層は、架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有する塗布剤から形成された層であり、前記架橋剤としてメラミン化合物及び/またはオキサゾリン化合物を含有し、かつ、150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%およびフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDが−0.05%〜0.05%であることを特徴とする積層ポリエステルフィルムに存する。」

「【0015】
本発明において、ポリエステルとは、芳香族ジカルボン酸と脂肪族グリコールとを重縮合させて得られる。芳香族ジカルボン酸としては、テレフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸などが挙げられ、脂肪族グリコールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、1,4−シクロヘキサンジメタノール等が挙げられる。代表的なポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレ−ト(PET)、ポリエチレン−2,6−ナフタレンジカルボキシレ−ト(PEN)等が例示される。
【0016】
また、本発明に使用するポリエステルは、ホモポリエステルであっても共重合ポリエステルであってもよい。共重合ポリエステルの場合は、30モル%以下の第三成分を含有した共重合体であることが好ましい。共重合ポリエステルのジカルボン酸成分としては、イソフタル酸、フタル酸、テレフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、アジピン酸、および、セバシン酸等の一種または二種以上が挙げられ、グリコール成分として、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール、ネオペンチルグリコール等の一種または二種以上が挙げられる。
【0017】
本発明に使用するポリエステルフィルムは、耐熱性フィルムと貼り合わされる前に加熱工程を経る場合、ポリエステルフィルムからオリゴマーが発生し、製造工程を汚染する可能性がある。そのため、ポリエステルフィルムに含まれるオリゴマー量は0.7重量%以下が好ましく、さらに好ましくは0.5重量%以下である。オリゴマー量が0.7重量%より多い場合、製造工程を汚染する場合がある。
【0018】
本発明に使用するポリエステルフィルムにおいては、通常のオリゴマー含有量のポリエステルからなる層の少なくとも片側の表面に、かかるオリゴマー含有量の少ないポリエステルを共押出積層した構造を有するフィルムであってもよく、かかる構造を有する場合、本発明で得られるオリゴマー析出の抑制効果を高度に発揮できる。
【0019】
本発明に使用するポリエステルフィルムが積層構成を有する場合、両外層中には、易滑性の付与および各工程での傷発生防止を主たる目的として、平均粒径が0.1〜0.6μmの粒子を配合することが好ましい。
【0020】
配合する粒子は易滑性付与可能な粒子であれば特に限定されるものではなく、具体例としては、例えば、シリカ、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、カオリン、酸化アルミニウム、酸化チタン等の粒子が挙げられる。また、特公昭59−5216号公報、特開昭59−217755号公報等に記載されている耐熱性有機粒子を用いてもよい。
この他の耐熱性有機粒子の例として、熱硬化性尿素樹脂、熱硬化性フェノール樹脂、熱硬化性エポキシ樹脂、ベンゾグアナミン樹脂等が挙げられる。さらに、ポリエステル製造工程中、触媒等の金属化合物の一部を沈殿、微分散させた析出粒子を用いることもできる。
【0021】
一方、使用する粒子の形状に関しても特に限定されるわけではなく、球状、塊状、棒状、扁平状等のいずれを用いてもよい。また、その硬度、比重、色等についても特に制限はない。
【0022】
さらに両外層中の粒子含有量は、通常0.05〜1.0重量%、好ましくは0.05〜0.5重量%の範囲である。粒子含有量が0.05重量%未満の場合には、フィルムの易滑性が不十分な場合があり、その結果、フィルム加工時に傷等の外観不良が生じることがある。一方、粒子を1.0重量%を超えて添加する場合、フィルムの透明性が不十分な場合がある。
【0023】
さらに、本発明に使用するポリエステルフィルムを構成する両外層のポリエステル層中には、傷つき防止あるいは易滑性付与を目的として、酸化アルミニウム粒子を使用することが好ましい。酸化アルミニウム粒子の平均粒径が前記範囲を外れる場合には、傷つき防止効果あるいは易滑性が乏しくなる場合がある。
【0024】
本発明において使用する酸化アルミニウム粒子の具体例として、例えば、無水塩化アルミニウムを原料に火炎加水分解によって製造される、γ型、δ型酸化アルミニウム等が挙げられる。
【0025】
ポリエステル中に粒子を添加する方法としては、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を採用しうる。例えば、各層を構成するポリエステルを製造する任意の段階において添加することができるが、好ましくはエステル化もしくはエステル交換反応終了後、添加するのが良い。
【0026】
また、ベント付き混練押出機を用い、エチレングリコールまたは水などに分散させた粒子のスラリーとポリエステル原料とをブレンドする方法、または、混練押出機を用い、乾燥させた粒子とポリエステル原料とをブレンドする方法などによって行われる。
【0027】
なお、本発明における積層ポリエステルフィルム中には、上述の粒子以外に必要に応じて従来公知の紫外線吸収剤、酸化防止剤、帯電防止剤、熱安定剤、潤滑剤、染料、顔料等を添加することができる。
【0028】
次に本発明におけるポリエステルフィルムの製造例について具体的に説明するが、以下の製造例に何ら限定されるものではない。
【0029】
すなわち、先に述べたポリエステル原料を使用し、ダイから押し出された溶融シートを冷却ロールで冷却固化して未延伸シートを得る方法が好ましい。この場合、シートの平面性を向上させるためシートと回転冷却ドラムとの密着性を高めることが好ましく、静電印加密着法および/または液体塗布密着法が好ましく採用される。次に、得られた未延伸シートは二軸方向に延伸される。その場合、まず、前記の未延伸シートを一方向にロールまたはテンター方式の延伸機により延伸する。延伸温度は、通常70〜120℃、好ましくは80〜110℃であり、延伸倍率は通常2.5〜7.0倍、好ましくは3.0〜6.0倍である。
次いで、一段目の延伸方向と直交する方向に延伸するが、その場合、延伸温度は通常70〜170℃であり、延伸倍率は通常3.0〜7.0倍、好ましくは3.5〜6.0倍である。そして、引き続き180〜270℃の温度で緊張下または30%以内の弛緩下で熱処理を行い、二軸配向フィルムを得る。上記の延伸においては、一方向の延伸を2段階以上で行う方法を採用することもできる。その場合、最終的に二方向の延伸倍率がそれぞれ上記範囲となるように行うのが好ましい。
【0030】
また、本発明においてはポリエステルフィルムの製造に関しては同時二軸延伸法を採用することもできる。同時二軸延伸法は、前記の未延伸シートを通常70〜120℃、好ましくは80〜110℃で温度コントロールされた状態で走行方向および走行方向と直交方向に同時に延伸し配向させる方法であり、延伸倍率としては、面積倍率で4〜50倍、好ましくは7〜35倍、さらに好ましくは10〜25倍である。そして引き続き、170〜250℃の温度で緊張下または30%以内の弛緩下で熱処理を行い、延伸配向フィルムを得る。上述の延伸方式を採用する同時二軸延伸装置に関しては、スクリュー方式、パンタグラフ方式、リニアー駆動方式等、従来から公知の延伸方式を採用することができる。
【0031】
さらに上述のポリエステルフィルムの延伸工程中にフィルム表面を処理する、いわゆる塗布延伸法(インラインコーティング)を施すことができる。塗布延伸法により積層ポリエステルフィルム上に塗布層が設けられる場合には、延伸と同時に塗布が可能になると共に塗布層の厚みを延伸倍率に応じて薄くすることができ、積層ポリエステルフィルムとして好適なフィルムを製造できる。
【0032】
本発明におけるポリエステルフィルムの厚みは、フィルムとして製膜可能な範囲であれば特に限定されるものではないが、薄膜の耐熱性フィルムの支持体として好適なのは通常50〜250μmの範囲である。
【0033】
本発明におけるポリエステルフィルムは、加工時の滑り性向上などを目的として塗布層を有することが特徴である。塗布層に関しては、ポリエステルフィルムの製膜工程中にフィルム表面を処理する、インラインコーティングにより設けられてもよく、一旦製造したフィルム上に系外で塗布する、オフラインコーティングを採用してもよい。製膜と同時に塗布が可能であるため、製造が安価に対応可能であることから、インラインコーティングが好ましく用いられる。
【0034】
本発明において、塗布層の不揮発成分全体に対して架橋剤が70重量%以上含有されていることが重要であり、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上である。一方、上限としては特に限定しないが、好ましくは98重量%以下、より好ましくは95重量%以下である。架橋剤が70重量%以上含有されていることによって、外部からの熱的ダメージによるオリゴマー析出を十分に低減することができる。なお塗布層中には、その他の成分を含有していても構わない。
【0035】
本発明において、架橋剤として、メラミン化合物または/及びオキサゾリン化合物を含むことが重要である。メラミン化合物が含まれることによって、加熱によるフィルム表面へのエステル環状三量体の析出防止や、塗布層の耐久性や塗布性向上という効果が得られ、オキサゾリン化合物が含まれることによって、塗布層上に金属層を設ける用途に用いる場合、耐久密着性が向上するという効果が得られる。
【0036】
メラミン化合物とは、化合物中にメラミン構造を有する化合物のことであり、例えば、アルキロール化メラミン誘導体、アルキロール化メラミン誘導体にアルコールを反応させて部分的あるいは完全にエーテル化した化合物、およびこれらの混合物を用いることができる。エーテル化に用いるアルコールとしては、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブタノール、イソブタノール等が好適に用いられる。また、メラミン化合物としては、単量体、あるいは2量体以上の多量体のいずれであってもよく、あるいはこれらの混合物を用いてもよい。さらに、メラミンの一部に尿素等を共縮合したものも使用できるし、メラミン化合物の反応性を上げるために触媒を使用することも可能である。
【0037】
加熱後のエステル環状三量体の析出防止の観点から、架橋剤の一つにメラミン化合物を選択する場合、塗布層の不揮発成分全体に対する割合として、メラミン化合物の割合は、通常5〜95重量%の範囲、好ましくは15〜80重量%の範囲、特に好ましくは30〜65重量%の範囲である。メラミン化合物の割合が上記範囲以下の場合、加熱後のエステル環状三量体の析出を効果的に抑えることができない場合がある。割合が上記範囲以上の場合、塗布外観が悪化する場合がある。
【0038】
オキサゾリン化合物とは、分子内にオキサゾリン基を有する化合物であり、特にオキサゾリン基を含有する重合体が好ましく、付加重合性オキサゾリン基含有モノマー単独もしくは他のモノマーとの重合によって作成できる。付加重合性オキサゾリン基含有モノマーは、2−ビニル−2−オキサゾリン、2−ビニル−4−メチル−2−オキサゾリン、2−ビニル−5−メチル−2−オキサゾリン、2−イソプロペニル−2−オキサゾリン、2−イソプロペニル−4−メチル−2−オキサゾリン、2−イソプロペニル−5−エチル−2−オキサゾリン等を挙げることができ、これらの1種または2種以上の混合物を使用することができる。これらの中でも2−イソプロペニル−2−オキサゾリンが工業的にも入手しやすく好適である。他のモノマーは、付加重合性オキサゾリン基含有モノマーと共重合可能なモノマーであれば制限なく、例えばアルキル(メタ)アクリレート(アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、2−エチルヘキシル基、シクロヘキシル基)等の(メタ)アクリル酸エステル類;アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマール酸、クロトン酸、スチレンスルホン酸およびその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、第三級アミン塩等)等の不飽和カルボン酸類;アクリロニトリル、メタクリロニトリル等の不飽和ニトリル類;(メタ)アクリルアミド、N−アルキル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジアルキル(メタ)アクリルアミド、(アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、2−エチルヘキシル基、シクロヘキシル基等)等の不飽和アミド類;酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル等のビニルエステル類;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル等のビニルエーテル類;エチレン、プロピレン等のα−オレフィン類;塩化ビニル、塩化ビニリデン、フッ化ビニル等の含ハロゲンα,β−不飽和モノマー類;スチレン、α−メチルスチレン、等のα,β−不飽和芳香族モノマー等を挙げることができ、これらの1種または2種以上のモノマーを使用することができる。
【0039】
本発明の積層ポリエステルフィルムを構成する塗布層に含有されるオキサゾリン化合物のオキサゾリン基量は、通常0.5〜10mmol/g、好ましくは3〜9mmol/g、より好ましくは5〜8mmol/gの範囲である。上記範囲で使用することで、塗膜の耐久性が向上する。
【0040】
前記架橋剤は、さらに種々の架橋剤が含まれていてもよい。例えば、エポキシ化合物、イソシアネート系化合物、カルボジイミド系化合物等が具体的に挙げられる。
【0041】
エポキシ化合物とは、分子内にエポキシ基を有する化合物であり、例えば、エピクロロヒドリンとエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ポリグリセリン、ビスフェノールA等の水酸基やアミノ基との縮合物が挙げられ、ポリエポキシ化合物、ジエポキシ化合物、モノエポキシ化合物、グリシジルアミン化合物等がある。ポリエポキシ化合物としては、例えば、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、トリグリシジルトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアネート、グリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ジエポキシ化合物としては、例えば、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、レゾルシンジグリシジルエーテル、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリテトラメチレングリコールジグリシジルエーテル、モノエポキシ化合物としては、例えば、アリルグリシジルエーテル、2−エチルヘキシルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、グリシジルアミン化合物としてはN,N,N’,N’−テトラグリシジル−m−キシリレンジアミン、1,3−ビス(N,N−ジグリシジルアミノ)シクロヘキサン等が挙げられる。
【0042】
イソシアネート系化合物とは、イソシアネート、あるいはブロックイソシアネートに代表されるイソシアネート誘導体構造を有する化合物のことである。イソシアネートとしては、例えば、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、メチレンジフェニルジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート等の芳香族イソシアネート、α,α,α’,α’−テトラメチルキシリレンジイソシアネート等の芳香環を有する脂肪族イソシアネート、メチレンジイソシアネート、プロピレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート等の脂肪族イソシアネート、シクロヘキサンジイソシアネート、メチルシクロヘキサンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、メチレンビス(4−シクロヘキシルイソシアネート)、イソプロピリデンジシクロヘキシルジイソシアネート等の脂環族イソシアネート等が例示される。また、これらイソシアネートのビュレット化物、イソシアヌレート化物、ウレトジオン化物、カルボジイミド変性体等の重合体や誘導体も挙げられる。これらは単独で用いても、複数種併用してもよい。上記イソシアネートの中でも、紫外線による黄変を避けるために、芳香族イソシアネートよりも脂肪族イソシアネートまたは脂環族イソシアネートがより好ましい。
【0043】
ブロックイソシアネートの状態で使用する場合、そのブロック剤としては、例えば重亜硫酸塩類、フェノール、クレゾール、エチルフェノールなどのフェノール系化合物、プロピレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコール、ベンジルアルコール、メタノール、エタノールなどのアルコール系化合物、イソブタノイル酢酸メチル、マロン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、アセト酢酸メチル、アセト酢酸エチル、アセチルアセトンなどの活性メチレン系化合物、ブチルメルカプタン、ドデシルメルカプタンなどのメルカプタン系化合物、ε‐カプロラクタム、δ‐バレロラクタムなどのラクタム系化合物、ジフェニルアニリン、アニリン、エチレンイミンなどのアミン系化合物、アセトアニリド、酢酸アミドの酸アミド化合物、ホルムアルデヒド、アセトアルドオキシム、アセトンオキシム、メチルエチルケトンオキシム、シクロヘキサノンオキシムなどのオキシム系化合物が挙げられ、これらは単独でも2種以上の併用であってもよい。
【0044】
また、イソシアネート系化合物は単体で用いてもよいし、各種ポリマーとの混合物や結合物として用いてもよい。イソシアネート系化合物の分散性や架橋性を向上させるという意味において、ポリエステル樹脂やウレタン樹脂との混合物や結合物を使用することが好ましい。
【0045】
カルボジイミド系化合物とは、カルボジイミド構造を有する化合物のことであり、分子内にカルボジイミド構造を1つ以上有する化合物であるが、より良好な密着性等のために、分子内に2つ以上有するポリカルボジイミド系化合物がより好ましい。
【0046】
カルボジイミド系化合物は従来公知の技術で合成することができ、一般的には、ジイソシアネート化合物の縮合反応が用いられる。ジイソシアネート化合物としては、特に限定されるものではなく、芳香族系、脂肪族系いずれも使用することができ、具体的には、トリレンジイソシアネート、キシレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、シクロヘキサンジイソシアネート、メチルシクロヘキサンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネートなどが挙げられる。
【0047】
カルボジイミド系化合物に含有されるカルボジイミド基の含有量は、カルボジイミド当量(カルボジイミド基1molを与えるためのカルボジイミド化合物の重さ[g])で、通常100〜1000、好ましくは250〜700、より好ましくは300〜500の範囲である。上記範囲で使用することで、塗膜の耐久性が向上する。
【0048】
さらに本発明の効果を消失させない範囲において、ポリカルボジイミド系化合物の水溶性や水分散性を向上するために、界面活性剤を添加することや、ポリアルキレンオキシド、ジアルキルアミノアルコールの四級アンモニウム塩、ヒドロキシアルキルスルホン酸塩などの親水性モノマーを添加して用いてもよい。
【0049】
これらの架橋剤は単独でも2種類以上の併用でもあってもよいが、2種類以上組み合わせることにより、両立が困難であった金属層との密着性と加熱後のエステル環状三量体の析出防止性を向上させることを見いだした。その中でも、特に金属層との密着性を向上させられるオキサゾリン化合物と、加熱後のエステル環状三量体の析出防止性が良好なメラミン化合物との組み合わせが最適である。
【0050】
また、金属層との密着性をより向上させるためには、3種類の架橋剤を組み合わせることがより好ましい。3種類以上の架橋剤の組合せとしては、架橋剤の1つとしてはメラミン化合物を選択することが最適であり、メラミン化合物との組合せとしては、オキサゾリン化合物とエポキシ化合物、カルボジイミド系化合物とエポキシ化合物が特に好ましい。
【0051】
なお架橋剤は、乾燥過程や製膜過程において、熱架橋で塗布層の性能を向上させるものが好ましい。この時、熱架橋を促進するために、架橋触媒などを併用してもよい。
なお、できあがった塗布層中には、架橋剤の未反応物、反応後の化合物、あるいはそれらの混合物が存在しているものと推測できる。」

「【0061】
本発明の積層ポリエステルフィルムは、150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%であり、好ましくは0.23%〜0.05%、より好ましくは0.20%〜0.05%である。
前記収縮率SMDが0.25%より大きいと、積層ポリエステルフィルムの耐熱性が不十分となるだけでなく、貼りあわせた耐熱性フィルムとの収縮率差が大きくなるため、高温環境下で長時間加工が実施された際に剥がれが生じる。一方、前記収縮率SMDが0.05%未満である場合、耐熱性フィルムよりも収縮率が小さくなるため、加工後のカール方向が逆転し、不具合を生じる。
【0062】
また本発明の積層ポリエステルフィルムは、150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDが−0.05%〜0.05%であり、好ましくは−0.04%〜0.04%、より好ましくは−0.03%〜0.03%である。
前記収縮率STDが規定した範囲から外れる場合、積層ポリエステルフィルムの耐熱性が不十分になるだけでなく、耐熱性フィルムとの貼合時に幅変化が大きくなり不具合を生じる。」

「【0077】
(6)収縮率(SMD、STD)
試料フィルムのそれぞれのMD、TDの収縮率について、試料フィルムを無張力状態で所定の温度(150℃)に保ったオーブンで90分間熱処理し、その熱処理前後の試料フィルムの長さを測定。下記式にて収縮率を算出した。
収縮率=[{(熱処理前の長さ)−(熱処理後の長さ)}/(熱処理前の長さ)]×100」

「【0083】
(12)耐熱性フィルムと貼合後の加熱試験(耐熱性の実用特性代用評価)
試料フィルムにシリコーン系粘着剤を塗布し、耐熱性フィルム(ポリイミド)を貼り合わせた。貼り合わせ後、150℃に保ったオーブンで90分間熱処理し、剥がれの有無を確認した。その後10cm四方に切り出し、耐熱性フィルムを下にして、水平な机の上に置き、各頂点の机からの高さの測定を行い、下記判定基準により判定を行った。
《判定基準》
○:剥がれがなく、かつ、各頂点の机からの高さが10mm以下。
×:剥がれがあり、いずれかの頂点の机からの高さが10mmより大きく、耐熱性フィルム側へカール。これらの現象のうちいずれか一つ以上が発生。」

「【0090】
実施例1:
前記ポリエステル(II)、(III)をそれぞれ99重量%、1重量%の割合で混合した混合原料をa層の原料とし、ポリエステル(I)100重量%の原料をb層の原料として、2台の押出機に各々を供給し、各々285℃で溶融した後、a層を両外層、b層を中間層として、40℃に冷却したキャスティングドラム上に、2種3層(a層/b層/a層)で厚み構成比がa層:b層:a層=2:19:2になるように共押出し冷却固化させて無配向シートを得た。
次いで、ロール周速差を利用してフィルム温度85℃でフィルムの走行方向(MD)に3.3倍延伸した後、下記表1に示す塗布剤組成物からなる塗布層1を乾燥後の塗布層厚みが片面で0.04μmとなるように、フィルム両面に塗布した後に、テンターに導き、フィルムの走行方向と直交方向(TD)に120℃で5.1倍延伸し、235℃で熱処理を行った後、横方向に弛緩し、フィルムをロール上に巻き上げ、フィルム幅1000mm、巻長さ6000m、塗布層厚み50μmが設けられた積層ポリエステルフィルムを得た。
一旦製造した積層ポリエステルフィルムを系外で熱風式オーブン内にて、フィルム張力(オーブン内)を3kg/1000mm幅の条件下にて、50m/minのフィルム搬送速度で、190℃で10秒間、再度熱入れ(オフラインアニール)した。
【0091】
実施例2〜10:
下記表1に示す塗布剤組成物からなる塗布層を変更する以外は、実施例1と同様の方法で積層ポリエステルフィルムを得た。
【0092】
実施例11〜13:
実施例2において、フィルム厚みを変更する以外は、実施例2と同様の方法で積層ポリエステルフィルムを得た。」

「【0096】
上記実施例および比較例で得られた各積層ポリエステルフィルムの物性を下記表2〜3に示す。」

「【0098】
【表2】



(2)当審の判断
ア.特許法第36条第6項第1号について
本件特許の発明が解決しようとする課題は、「耐熱性フィルムと貼り合わせを行っても剥がれを生じにくいポリエステルフィルムを提供すること」(段落0010)である。そして、課題を解決するための手段は、「架橋剤を特定の割合で含有する塗布層を設け、しかも架橋剤として特定の化合物を用い、特定の収縮率を有するポリエステルフィルムを構成部材として用い」ること(段落0011)である。
ここで、架橋剤の含有割合については、段落0034に、架橋剤として用いる化合物については、段落0035に、ポリエステルフィルムの収縮率については、段落0061、0062に記載されている。
また、実施例1〜13について、フィルムの走行方向(MD)の収縮率SMD及びフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDを、上記表2から読み取ると、それぞれ本件発明1で特定された範囲内の値となっている。そして、実施例1〜13について、耐熱フィルムと貼合後の加熱試験の結果を見ると、全て「○」「剥がれがなく、かつ、各頂点の机からの高さが10mm以下」となっており、上記課題を解決できることが確かめられている。
そして、本件発明1〜4は、「当該塗布層は、架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有する塗布剤から形成された層であり、前記架橋剤としてメラミン化合物及び/またはオキサゾリン化合物を含有し、かつ、150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%およびフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDが−0.05%〜0.05%であること」を発明特定事項としており、上記課題を解決するための手段を有している。
よって、本件発明1〜4は、発明の詳細な説明に記載したものである。

イ.特許法第36条第4項第1号について
本件発明1〜4の発明特定事項に関して、本件特許の発明の詳細な説明を参照すると、ポリエステルフィルムについては、本件特許明細書の段落0015〜0032に、塗布層については、段落0033に、架橋剤については、段落0034〜0051に、収縮率については、段落0061〜0062に、オフラインアニールする工程については、段落0063、0090、0093、0094に記載されている。
そうすると、本件発明1〜4は、発明の詳細な説明の記載を参照することで実施可能である。
また、実施例(段落0071〜0099)において、本件発明1〜4の「積層ポリエステルフィルム」の製造方法が具体的に記載されている。
さらに、発明の詳細な説明には、技術分野(段落0001)及び背景技術(段落0002)に具体的な用途が記載されており、当業者が本件発明1〜4の「積層ポリエステルフィルム」を使用できる程度に記載されている。
よって、本件発明1〜4について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(3)申立人の主張についての判断
ア.申立人は、[1]本件特許発明1〜4における「ポリエステルフィルムの少なくとも片面に塗布層が積層された積層ポリエステルフィルム」は、本件特許の発明の詳細な説明にサポートされてないとして、両面塗布した積層フィルムが、耐熱性フィルムと貼り合わせたときに剥がれが生じにくくなるという課題が解決できたことが示されていたとしても、片面塗布した積層フィルムにおいても同様に当該課題が解決できるとはいえない旨の主張をしている(申立書21ページ5〜末行)。
しかし、塗布層は、加工時の滑り性向上などを目的として設けられたものであるから(段落0033)、ポリエステルフィルムの片面のみに塗布層を積層した場合であっても、「耐熱性フィルムと貼り合わせを行っても剥がれを生じにくいポリエステルフィルムを提供する」という本件発明の課題は解決できる。

イ.申立人は、[2]本件特許発明1〜4における「塗布層は、架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有する塗布剤から形成された層」のうち、70重量%以上の含有量で課題が解決できることがサポートされてないとして、下限値70重量%は、課題を解決できない比較例6(塗布液14)の60重量%に近くなっているため、実施例において下限値70重量%の近傍で、発明の課題が解決できることが確認されていない旨の主張をしている(申立書22ページ1〜15行)。
しかし、発明の詳細な説明における、「本発明において、塗布層の不揮発成分全体に対して架橋剤が70重量%以上含有されていることが重要であり・・・架橋剤が70重量%以上含有されていることによって、外部からの熱的ダメージによるオリゴマー析出を十分に低減することができる」(段落0034)との説明から、「架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有」させることにより「外部からの熱的ダメージによるオリゴマー析出を十分に低減する」ことができると理解でき、このことは60重量%の比較例の存在により技術的に何ら否定されるものではない。

ウ.申立人は、[3]本件特許発明1〜4における「塗布層」の厚みが規定されていないためサポート要件及び実施可能要件に違反しているとして、本件特許明細書の実施例1〜13では、塗布層の厚みはすべて0.04μmのみであり、一般に、塗布層の厚みが変われば熱収縮率も変化することは周知の事実であるところ、実施例で示された塗布層の厚み0.04μmから離れて広範な厚み範囲においても耐熱性フィルムとの剥がれを防ぐという発明の課題が解決できるとはいえない旨の主張をしている(申立書22ページ16行〜23ページ9行)。
しかし、本件特許明細書の段落0056には、「また、塗布層の厚みは、最終的に得られるフィルム上の塗布層の厚みとして、通常0.003μm〜1μmの範囲であり、好ましくは0.005μm〜0.5μm、さらに好ましくは0.01μm〜0.2μmの範囲である。」と記載されていることから、塗布層の厚みは、「0.04μm」を含む所定の範囲の値を取り得ることが理解できるし、厚みを変更しても、本件特許明細書の発明の詳細な説明に基づき、各収縮率を範囲内とすることによって、「耐熱性フィルムと貼り合わせを行っても剥がれを生じにくいポリエステルフィルムを提供する」という本件発明の課題は解決できる。

エ.申立人は、本件特許明細書には、収縮率の差を評価するための前提となる「耐熱性フィルム」に対する具体的な情報が不足しているために、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たしていないとして、本件特許発明の課題を解決できたことを確認するための試験方法や結果が極めて曖昧であるため、実施例に記載された加熱試験を再現性よく実施するためには当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験を強いるものである旨の主張をしている(申立書24ページ4行〜25ページ4行)。
しかし、発明の詳細な説明に、加熱試験で用いられる「耐熱性フィルム」について、その材料として「ポリイミド」が例示されている(段落0083)。そして、加熱試験については、本件発明の「積層ポリエステルフィルム」と実際に貼り合わせて用いることのできる「ポリイミド」を含め他の「耐熱性フィルム」を選択して、段落0083の記載に基づき加熱試験を行い、判断基準に従い評価できることは明らかであるから、当業者が過度な試行錯誤をすることなく、加熱試験を実施することができる。

オ.申立人は、[6]本件特許発明1〜4の「150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%」はサポート要件及び実施可能要件に違反しているとして、剥がれが生じてしまう比較例2の積層ポリエステルフィルムの収縮率SMDは「0.03%」であり、構成Dの下限値0.05%により近い値である。剥がれの程度は、積層ポリエステルフィルムの収縮率SMDの変化に伴い徐々に変化するものであると考えられることから、構成Dの範囲のうち下限値0.05%の近傍で所望の剥がれ防止の効果が発揮できる蓋然性は極めて低い旨の主張をしている(申立書25ページ5〜18行)。
しかし、段落0061には、「積層ポリエステルフィルム」の「収縮率SMDが0.05%未満である場合、耐熱性フィルムよりも収縮率が小さくなるため、加工後のカール方向が逆転し、不具合を生じる」と記載されていることより、収縮率SMDが0.05%以上の場合には、加工後のカール方向が逆転するなどの不具合が生じないことが理解できる。
また、範囲外の0.03%の存在により剥がれ防止の効果が発揮できないとする理由はない。

カ.申立人は、訂正発明4は、発明の詳細な説明に記載された課題を解決するための手段が反映されていないためサポート要件に違反しているとして、フィルム張力、アニール時間等が定まらないと、所望の収縮率を有するフィルムを得ることはできない旨の主張をしている(令和3年9月28日付け意見書3ページ6行〜4ページ5行)。
しかし、課題を解決するための手段は、本件発明1の「当該塗布層は、架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有する塗布剤から形成された層であり、前記架橋剤としてメラミン化合物及び/またはオキサゾリン化合物を含有し、かつ、150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%およびフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDが−0.05%〜0.05%であること」であるから、課題を解決するための手段で規定された条件が成立する範囲で、アニールする際のフィルム張力、アニール時間は、当業者が決め得ることが理解できる。

3.特許法第36条第6項第2号について
(1)申立人は、請求項4の内容は、「160〜200℃でオフラインアニールする工程を経て得られた前記(積層)ポリエステルフィルムを用いることを特徴とする、積層ポリエステルフィルムの製造方法。」が記載されているのであり、これは、最終物である「(積層)ポリエステルフィルムを用いること」が、最終物である「積層ポリエステルフィルムの製造方法」として規定されていることになり、発明の技術的意味が理解できない旨(申立書25ページ20行〜26ページ18行)を主張している。
しかし、請求項4に記載の「前記ポリエステルフィルム」は、最終的に製造される「積層ポリエステルフィルム」を指すのではなく、「積層ポリエステルフィルム」構成する層のうちの一つである「ポリエステルフィルム」を指しているのは、表記が完全に一致していることより明らかであるから、申立人の主張は、その前提において誤りがある。

(2)申立人は、積層ポリエステルフィルムは、本来、特定の「耐熱性フィルム」との貼り合わせることを前提とした発明であり、それらが記載されていない点で、発明特定事項が不足している(申立書26ページ19行〜27ページ15行)旨を主張している。
しかし、上記2.(2)ア.で示したように、本件発明1〜4は、本件特許の課題を解決するための手段を有しているから、本件発明1〜4の発明特定事項に不足はない。さらに、本件発明1〜4は、「積層ポリエステルフィルム」自体又はその製造方法の発明であるから、貼り合わせる対象である「耐熱性フィルム」についての特定がなくても、本件発明1〜4に発明特定事項が不足しているともいえない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1〜4に係る特許は、取消理由通知書に記載した取消理由及び本件特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に本件発明1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステルフィルムの少なくとも片面に塗布層が積層された積層ポリエステルフィルムであって、当該塗布層は、架橋剤を不揮発成分全体に対して70重量%以上含有する塗布剤から形成された層であり、前記架橋剤としてメラミン化合物及び/またはオキサゾリン化合物を含有し、かつ、
150℃で90分間加熱後のフィルムの走行方向(MD)の収縮率SMDが0.05%〜0.25%およびフィルムの走行方向と直交方向(TD)の収縮率STDが−0.05%〜0.05%であることを特徴とする積層ポリエステルフィルム。
【請求項2】
前記オキサゾリン化合物のオキサゾリン基量が0.5〜10mmol/gであることを特徴とする請求項1に記載の積層ポリエステルフィルム。
【請求項3】
前記塗布層上に金属層がさらに積層されてなること特徴とする請求項1または2に記載の積層ポリエステルフィルム。
【請求項4】
前記ポリエステルフィルムとして、フィルム走行速度10〜300m/minにて160〜200℃でオフラインアニールする工程を経て得られたものを用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層ポリエステルフィルムの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-12-17 
出願番号 P2016-212671
審決分類 P 1 651・ 163- YAA (C08J)
P 1 651・ 536- YAA (C08J)
P 1 651・ 537- YAA (C08J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 藤原 直欣
特許庁審判官 藤井 眞吾
矢澤 周一郎
登録日 2020-10-05 
登録番号 6772763
権利者 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 積層ポリエステルフィルム  
代理人 特許業務法人竹内・市澤国際特許事務所  
代理人 特許業務法人竹内・市澤国際特許事務所  

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