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審決分類 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 一部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1384205
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-22 
確定日 2022-01-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第6849104号発明「二相ステンレス継目無鋼管およびその製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6849104号の請求項1〜6,9〜11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6849104号(請求項の数11。以下「本件特許」という。)は,2019年(令和元年)8月7日(優先権主張:平成30年8月31日)を国際出願日とする特許出願(特願2019−568420号)に係るものであって,令和3年3月8日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和3年3月24日である。)。
その後,令和3年9月22日に,本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る特許に対して,特許異議申立人である谷口 充弘(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載

1 本件発明
本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜6,9〜11に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,各々「本件発明1〜6,9〜11」といい,これらを総称して「本件発明」という。)。

【請求項1】
質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:0.005〜0.150%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成であり、管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である二相ステンレス継目無鋼管。
【請求項2】
管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85以上である請求項1に記載の二相ステンレス継目無鋼管。
【請求項3】
さらに質量%で、W:0.1〜6.0%、
Cu:0.1〜4.0%のうちから選ばれた1種または2種を含有する請求項1または2に記載の二相ステンレス継目無鋼管。
【請求項4】
さらに質量%で、Ti:0.0001〜0.51%、
Al:0.0001〜0.29%、
V:0.0001〜0.55%、
Nb:0.0001〜0.75%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の二相ステンレス継目無鋼管。
【請求項5】
さらに質量%で、B:0.0001〜0.010%、
Zr:0.0001〜0.010%、
Ca:0.0001〜0.010%、
Ta:0.0001〜0.3%、
REM:0.0001〜0.010%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の二相ステンレス継目無鋼管。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の二相ステンレス継目無鋼管の製造方法であって、管軸方向への延伸加工を行い、その後、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理する二相ステンレス継目無鋼管の製造方法。

【請求項9】
請求項1〜5のいずれかに記載の二相ステンレス継目無鋼管の製造方法であって、管周方向の曲げ曲げ戻し加工を行う二相ステンレス継目無鋼管の製造方法。
【請求項10】
前記管周方向の曲げ曲げ戻し加工の加工温度は、460〜480℃を除く600℃以下である請求項9に記載の二相ステンレス継目無鋼管の製造方法。
【請求項11】
前記曲げ曲げ戻し加工後、さらに、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理する請求項9または10に記載の二相ステンレス継目無鋼管の製造方法。

2 本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本願の願書に添付した明細書(以下,「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には,次の記載がある(下線は,当審が付したものである。また,「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。

(1)「【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明について説明する。
【0022】
まず、本発明の鋼管の組成限定理由について説明する。以下、とくに断らない限り、質量%は単に%と記す。
・・・
【0029】
N:0.005〜0.150%未満
Nは強力なオーステナイト相形成元素であり、かつ安価である。また、単体では耐食性向上元素であるため積極的に利用される。しかし、固溶体化熱処理の後で低温の熱処理を行う場合は、多量のN添加は窒化物析出を招き、耐食性元素の消費による耐食性低下を引き起こす。そのため、上限は0.150%未満とする。なお、下限については特に制限はないが、N量が低すぎると、溶解時の処理が複雑になり生産性低下を招く。そのため、下限値は0.005%以上とする。なお、耐食性に問題のない範囲でNを含有することはその他のオーステナイト相形成元素であるNi、Mn、Cuの含有量を抑えコストダウンにつながるため、好ましくは0.08%以上であり、また好ましくは0.14%以下である。
【0030】
残部はFeおよび不可避不純物である。なお、不可避的不純物としては、P:0.05%以下、S:0.05%以下、O:0.01%以下が挙げられる。P、S、Oは製錬時に不可避的に混入する不純物である。これらの元素は不純物として残留量が多すぎた場合、熱間加工性の低下や耐食性、低温靱性の低下など様々な問題が生じる。そのためそれぞれP:0.05%以下、S:0.05%以下、O:0.01%以下に管理が必要である。
・・・
【0040】
次に、本発明の二相ステンレス継目無鋼管の製造方法について説明する。
【0041】
まず、上記の二相ステンレス鋼組成を有する鋼素材を作製する。二相ステンレス鋼の溶製は各種溶解プロセスが適用でき、制限はない。たとえば、鉄スクラップや各元素の塊を電気溶解して製造する場合は真空溶解炉、大気溶解炉が利用できる。また、高炉法による溶銑を利用する場合はAr-O2混合ガス底吹き脱炭炉や真空脱炭炉等が利用できる。溶解した材料は静止鋳造、または連続鋳造により凝固させ、インゴットやスラブとし、その後、熱間圧延、または鍛造で丸ビレット形状に成形し鋼素材となる。
【0042】
次に、丸ビレットは加熱炉で加熱され、各種熱間圧延プロセスを経て鋼管形状となる。丸ビレットを中空管にする熱間成形(穿孔プロセス)を行う。熱間成形としては、マンネスマン方式、押出製管法等のいずれの手法も利用できる。また、必要に応じて、中空管に対し減肉、外径定型を行う熱間圧延プロセスであるエロンゲーター、アッセルミル、マンドレルミル、プラグミル、サイザー、ストレッチレデューサー等を利用してもよい。
【0043】
次に、熱間成形後、固溶体化熱処理を行うことが望ましい。熱間圧延中の二相ステンレス鋼は加熱時の高温状態から熱間圧延中に徐々に温度が低下する。また熱間成形後も空冷されることが多く、サイズや品種により温度履歴が異なり制御できない。そのため、耐食性元素が温度低下中の種々の温度域で熱化学的に安定な析出物となり消費され、耐食性が低下する可能性がある。また、脆化相への相変態が生じ低温靱性を著しく低下させる可能性もある。さらに二相ステンレス鋼は種々の腐食環境に耐えるため、利用時のオーステナイト相とフェライト相分率が適切な2相状態であることが重要であるが、加熱温度からの冷却速度が制御できないため、保持温度により逐次変化する二相分率の制御が困難となる。以上の問題があることから、析出物の鋼中への固溶、脆化相の非脆化相への逆変態、相分率を適切な2相状態とする目的で高温加熱後、急速冷却を行う固溶体化熱処理が多用される。この処理により、析出物や脆化相を鋼中に溶かし込み、かつ、相分率を適切な2相状態へ制御する。固溶体加熱処理の温度は析出物の溶解、脆化相の逆変態、相分率が適切な2相状態となる温度が添加元素により多少異なるが、1000℃以上の高温であることが多い。また加熱後は固溶体化状態を維持するため急冷を行うが、圧空冷却やミスト、油、水など各種冷媒が利用できる。
【0044】
固溶体化熱処理後の継目無素管は低降伏強度であるオーステナイト相を含むため、そのままでは油井・ガス井採掘に必要な強度が得られない。そのため、各種冷間圧延による転位強化を利用して管の高強度化を行う。なお、高強度化後の二相ステンレス継目無鋼管の強度グレードは管軸方向引張降伏強度により決定される。
【0045】
本発明では、以下に説明するように、(1)管軸方向への延伸加工、もしくは、(2)管周方向への曲げ曲げ戻し加工、のいずれかの方法により、管の強度化を行う。
【0046】
(1)管軸方向への延伸加工:冷間引抜圧延、冷間ピルガー圧延
管の冷間圧延法で油井・ガス井採掘に関して規格化されているのは冷間引抜圧延、冷間ピルガー圧延の2種類であり、いずれの手法も管軸方向への高強度化が可能であり、適宜利用できる。これらの手法では、主に圧下率と外径変化率を変化させて必要な強度グレードまで高強度化を行う。一方で、冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延は管の外径と肉厚を減じ、その分を管軸長手方向に大きく延伸する圧延形態であるため、管軸長手方向へは高強度化が容易に起こる。その反面、管軸圧縮方向へ大きなバウシンガー効果が発生し、管軸方向圧縮降伏強度が管軸引張降伏強度に対し最大20%程度低下することが問題として知られている。
【0047】
そこで本発明では、管軸方向への延伸加工を行った後に460〜480℃を除く150〜600℃の熱処理を行う。N量が0.150%未満であれば上記熱処理後でも耐食性元素の消費による耐食性能低下を起こすことなく管軸方向への延伸加工により生じた管軸方向圧縮降伏強度の低下を改善することができる。
【0048】
また、管軸方向への延伸加工温度を460〜480℃を除く150〜600℃として延伸加工を行うことも有効である。N量が0.150%未満であれば延伸加工後の熱処理同様に耐食性能低下を起こすことなく管軸方向への延伸加工により生じた管軸方向圧縮降伏強度の低下を改善することができる。また、材料の軟化による加工負荷の低減効果も期待できる。延伸加工後の熱処理と、延伸加工は上昇した温度で組み合わせて行っても、N量が0.150%未満であれば耐食性に影響を与えることなく管軸方向への延伸加工により生じた管軸方向圧縮降伏強度の低下を改善することができる。本発明では、460〜480℃を除く150〜600℃として延伸加工を行った後、熱処理を行ってもよく、熱処理時の加熱温度は460〜480℃を除く150〜600℃であることが好ましい。
【0049】
延伸加工時の加工温度および熱処理時の加熱温度の上限は、加工による転位強化が消失しない温度であることが必要であり600℃以下まで適用できる。また、フェライト相の脆化温度である460〜480℃での加工は管の脆化による製品特性の劣化に加え、加工中の割れにもつながるため避けるべきである。
【0050】
なお、熱処理時の加熱温度や、延伸加工時の加工温度が150℃未満では急激な降伏強度低下が生じる温度域となる。また、十分な加工負荷低減効果を得るために、150℃以上とする。好ましくは、加熱冷却時の脆化相通過を避ける為に350〜450℃とする。
【0051】
(2)管周方向への曲げ曲げ戻し加工
油井・ガス井採掘用二相ステンレス継目無鋼管の冷間加工手法として規格化されていないが、管周方向への曲げ曲げ戻し加工による転位強化を利用した管の高強度化も利用できる。図面に基づいて、本加工手法について説明する。この手法は、圧延によるひずみが管軸長手方向へ生じる冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延と異なり、図3に示すように、ひずみは管の扁平による曲げ加工後(1回目の扁平加工)、再び真円に戻す際の曲げ戻し加工(2回目の扁平加工)により与えられる。この手法では、曲げ曲げ戻しの繰り返しや曲げ量の変化を利用してひずみ量を調整するが、与えるひずみは加工前後の形状を変えることがない付加的せん断ひずみである。さらに、管軸方向へのひずみがほとんど発生せず管周方向と管肉厚方向へ与えられたひずみによる転位強化で高強度化するため、管軸方向へのバウシンガー効果発生を抑制できる。つまり、冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延のように管軸圧縮強度の低下がない、または少ないため、ネジ締結部の設計自由度が向上できる。さらに、管外周長が減ずるように加工を行えば、管周方向圧縮強度が向上し、高深度の油井・ガス井採掘時の外圧に対しても強い鋼管とすることができる。管周方向への曲げ曲げ戻し加工は、冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延のように大きな外径、肉厚変化を与えることはできないが、特に管軸方向と管軸引張に対する管周方向圧縮方向の強度異方性の低減が求められる場合に有効である。
【0052】
なお、図3(a)(b)は、工具接触部を2ヶ所とした場合の断面図であり、図3(c)は工具接触部を3か所とした場合の断面図である。また、図3における太い矢印は、鋼管に偏平加工を行う際の力の掛かる方向である。図3に示すように、2回目の偏平加工を行う際、1回目の偏平加工を施していない箇所に工具が接触するように、鋼管を回転させるように工具を動かしたり、工具の位置をずらしたりなどの工夫をすればよい(図3中の斜線部は1回目の扁平箇所を示す。)。
【0053】
図3のように、鋼管を扁平させる管周方向への曲げ曲げ戻し加工を、管の周方向全体に間欠的、または連続的に与えることで、鋼管の曲率の最大値付近で曲げによるひずみが加えられ、鋼管の曲率の最小値に向けて曲げ戻しによるひずみが加わる。その結果、鋼管の強度向上(転位強化)に必要な曲げ曲げ戻し変形によるひずみが蓄積される。また、この加工形態を用いる場合、管の肉厚や外径を圧縮して行う加工形態とは異なり、多大な動力を必要とせず、偏平による変形であるため加工前後の形状変化を最小限にとどめながら加工可能な点が特徴的である。
【0054】
図3のような鋼管の扁平に用いる工具形状について、ロールを用いてもよく、鋼管周方向に2個以上配置したロール間で鋼管を扁平させ回転させれば、容易に繰り返し曲げ曲げ戻し変形によるひずみを与えることが可能である。さらにロールの回転軸を管の回転軸に対し、90°以内で傾斜させれば、鋼管は偏平加工を受けながら管回転軸方向に進行するため、容易に加工の連続化が可能となる。また、このロールを用いて連続的に行う加工は、例えば、鋼管の進行に対して扁平量を変化させるように、適切にロールの間隔を変化させれば、容易に一度目、二度目の鋼管の曲率(扁平量)を変更できる。したがって、ロールの間隔を変化させることで中立線の移動経路を変更して、肉厚方向でのひずみの均質化が可能となる。また同様に、ロール間隔ではなく、ロール径を変更することにより扁平量を変化させることで同様の効果が得られる。また、これらを組み合わせても良い。設備的には複雑になるが、ロール数を3個以上とすれば、加工中の管の振れ回りが抑制でき、安定した加工が可能になる。
【0055】
管周方向への曲げ曲げ戻し加工における加工温度については、常温でも良い。一方、加工温度が常温であればNをすべて固溶した状態にできるため、耐食性の観点で好ましいが、N量が0.150%未満の範囲であれば、冷間加工負荷が高く、加工が困難な場合は加工温度を上昇させて材料を軟化させることが有効である。加工温度の上限は、加工による転位強化が消失しない温度であることが必要であり600℃以下まで適用できる。また、フェライト相の脆化温度である460〜480℃での加工は管の脆化による製品特性の劣化に加え、加工中の割れにもつながるため避けるべきである。したがって、管周方向への曲げ曲げ戻し加工の場合、加工温度は460〜480℃を除く600℃以下とすることが好ましい。加工温度の下限について、加工温度が150℃未満では急激な降伏強度低下が生じる温度域となるため、加工温度は150℃以上とすることがより好ましい。加工温度の上限については、より好ましくは、省エネと加熱冷却時の脆化相通過を避ける為に450℃とする。また、加工温度の上昇は加工後の管の強度異方性を若干低減する効果もあるため、強度異方性が問題になる場合も有効である。
【0056】
転位強化に利用した上記(1)もしくは(2)の加工後、本発明ではさらに熱処理を行っても良い。熱処理を行うことにより、耐食性を維持したまま強度異方性を改善できる。熱処理の加熱温度が150℃未満では急激な降伏強度低下が生じる温度域となるため、加熱温度は150℃以上とすることが好ましい。また、加熱温度の上限は、加工による転位強化が消失しない温度であることが必要であり600℃以下まで適用できる。一方で、フェライト相の脆化温度である460〜480℃での熱処理は管の脆化による製品特性の劣化につながるため避けるべきである。したがって、さらに熱処理を行う場合は、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理することが好ましい。異方性の改善効果を得つつ、省エネ、加熱冷却時の脆化相通過を避ける為に350〜450℃とすることがより好ましい。加熱後の冷却速度は空冷相当、水冷相当いずれでもよい。
【0057】
以上の製造方法により、本発明の二相ステンレス継目無鋼管を得ることができる。油井・ガス井用二相ステンレス継目無鋼管の強度グレードはもっとも高い荷重の発生する管軸方向引張降伏強度で決定されており、本発明の二相ステンレス継目無鋼管においても、管軸方向引張降伏強度689MPa以上とする。通常、二相ステンレス鋼は軟質なオーステナイト相を組織中に含むため、固溶体加熱処理の状態では管軸方向引張降伏強度が689MPaに到達しないため、上述した冷間加工(管軸方向への延伸加工もしくは管周方向の曲げ曲げ戻し加工)による転位強化により管軸方向引張降伏強度を調整されて利用される。なお、管軸方向引張降伏強度が高いほど、管を薄肉厚で採掘用井戸デザインを設計でき、コスト的に有利となるが、管の外径が変わらないままに肉厚のみ薄くすると高深度部の外圧による圧潰に対し弱くなり、利用できない。以上の理由から、管軸方向引張降伏強度は高くても1033.5MPa以内の範囲で用いられることが多い。
【0058】
また、本発明では、管軸方向圧縮降伏強度と管軸方向引張降伏強度の比、すなわち管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15とする。0.85〜1.15とすることにより、ネジ締結時や、井戸内で鋼管が湾曲した際に発生する管軸方向圧縮応力に対し、より高い応力まで耐えられるようになり、耐圧縮応力のために必要であった管肉厚の減少が可能になる。管肉厚の自由度の向上、特に減肉範囲の拡大は材料費の削減によるコストダウンや生産量向上につながる。なお、N量を0.005〜0.150%未満として、温間延伸加工、または曲げ曲げ戻し加工をすることにより、耐食性を維持しつつ、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を0.85〜1.15とすることができる。更に、曲げ曲げ戻し加工を温間にする、またはそれぞれの加工後に低温熱処理をさらに行うと、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度をより異方性が少ない1に近づけることができる。
・・・
【0060】
さらに、本発明では、管軸方向肉厚断面の結晶方位角度差15°以上で区切られたオーステナイト粒のアスペクト比が9以下であることが好ましい。また、アスペクト比が9以下のオーステナイト粒が面積分率で50%以上であることが好ましい。本発明の二相ステンレス鋼は、固溶体化熱処理温度により適切なフェライト相分率へ調整される。ここで、残部のオーステナイト相内部では、熱間加工時や熱処理時に再結晶化により方位角15°以上で区切られた結晶粒を複数有する組織となる。その結果、オーステナイト粒のアスペクト比は小さい状態となる。この状態の二相ステンレス継目無鋼管は、油井管に必要な管軸方向引張降伏強度を有していない一方で、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度も1に近い状態となる。その後、油井管に必要な管軸方向引張降伏強度を得るために、(1)管軸方向への延伸加工:冷間引抜圧延、冷間ピルガー圧延や、(2)管周方向への曲げ曲げ戻し加工がおこなわれる。これらの加工により、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度とオーステナイト粒のアスペクト比に変化が生じる。つまり、オーステナイト粒のアスペクト比と管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度は密接に関係している。具体的には、(1)または(2)の加工において、管軸方向肉厚断面のオーステナイト粒が加工前後で延伸した方向は降伏強度が向上するが、代わりにその反対方向はバウシンガー効果により降伏強度が低下し、管軸方向圧縮降伏強度と管軸方向引張降伏強度の強度差が大きくなるのである。このことより、(1)または(2)の加工前後のオーステナイト粒のアスペクト比を小さく制御すれば、管軸方向に強度異方性の少ない鋼管を得ることができる。
【0061】
本発明において、オーステナイト相のアスペクト比は9以下であれば安定した強度異方性の少ない鋼管を得られることができる。また、アスペクト比が9以下のオーステナイト粒が面積分率で50%以上とすれば、安定した強度異方性の少ない鋼管を得られる。なお、アスペクト比は5以下とすることでより安定して強度異方性の少ない鋼管を得ることができる。アスペクト比は小さくなれば、より強度異方性を減らせるため、特に下限は限定せず、1に近いほどよい。また、オーステナイト粒のアスペクト比は、例えば管軸方向肉厚断面の結晶方位解析によりオーステナイト相の結晶方位角度15°以上の粒を観察し、その粒を長方形の枠内に収めた際の長辺と短辺の比で求められる。なお、粒径が小さいオーステナイト粒は測定誤差が大きくなるため、粒径が小さいオーステナイト粒が含まれるとアスペクト比にも誤差が出る可能性がある。そのため、アスペクト比を測定するオーステナイト粒は、測定した粒の面積を用いて同じ面積の真円を作図した際の直径で10μm以上が好ましい。
【0062】
管軸方向肉厚断面のオーステナイト粒のアスペクト比が小さい組織を安定して得るには、(1)または(2)の加工において、管軸方向に延伸させず、さらに肉厚を減じないのが有効である。(1)の加工方法については、原理的に管軸方向延伸と減肉を伴うため、加工前に比べアスペクト比が大きくなり、それによる強度異方性が発生しやすい。このため、加工量を小さくすること(肉厚圧下を40%以下とする。または管軸方向への延伸を50%以下とし、組織の延伸を抑制する。)や、延伸減肉と同時に管外周長を小さくして(管軸方向への延伸時に外周長を10%以上減少させる。)アスペクト比を小さく保つことに加え、発生した強度異方性を緩和するために加工後の低温熱処理(熱処理温度が560℃以下であれば、再結晶や回復による軟化が起こらない。)等が必要となる。一方、(2)の加工方法は管周方向への曲げ曲げ戻し変形であるため、基本的にアスペクト比は変化しない。そのため、(2)の加工方法は管の延伸や減肉などの形状変化量に制限はあるがアスペクト比を小さく保ち、強度異方性を低減させることに極めて有効であり、(1)で必要となるような加工後の低温熱処理も必要ない。なお、(1)の加工温度や熱処理条件を本発明の範囲内に制御する、もしくは(2)の加工方法を用いることにより、アスペクト比が9以下のオーステナイト粒が面積分率で50%以上に制御することができる。
【0063】
なお、(1)または(2)の加工方法において、加工後に熱処理を施してもアスペクト比に変化は生じない。また、フェライト相についてはオーステナイト相と同様の理由でアスペクト比が小さい方が好ましいが、オーステナイト相の方が低い降伏強度を有し、フェライト相よりも加工後のバウシンガー効果へ影響を与えやすい。」

(2)「【実施例】
【0064】
以下、実施例に基づいて本発明を説明する。
【0065】
表1に示すA〜Lの化学成分を真空溶解炉で溶製し、その後φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延した。
【0066】
【表1】

【0067】
熱間圧延後、丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し、1200℃以上の高温で保持した後マンネスマン式穿孔圧延機で外径Φ70mm、内径58mm(肉厚6mm)の継目無素管へ熱間成形した。熱間成形後のそれぞれの成分の素管はフェライト相とオーステナイト相の分率が適切な2相状態になる温度で固溶体化熱処理を実施し、高強度化のための加工を行った。加工方法は、表2に示すように、管軸方向への延伸加工の一つである引抜圧延と曲げ曲げ戻し加工の2種類を行った。なお、引抜圧延もしくは曲げ曲げ戻し加工後、一部を切り出して組織観察を行い、フェライト相とオーステナイト相の適切な2相分率状態であることを確認した。さらに、管軸方向に平行な管断面の肉厚方向について、EBSDによる結晶方位解析を行い、結晶方位角度15°で区切られるオーステナイト粒のアスペクト比を測定した。測定面積は1.2mm×1.2mmとし、真円と仮定した際の粒径が10μm以上のオーステナイト粒についてアスペクト比を測定した。
【0068】
引き抜き加工は肉厚圧下を10〜30%の範囲で行い、外周長を20%低減させる条件で行った。
【0069】
なお、曲げ曲げ戻し加工は管外周上に円柱形状ロールを120°ピッチで3個配置した圧延機を準備し(図3(c))、ロール間隔を管外径より小さくした状態で管外周を挟み込み、管を回転させて行った。また、一部の条件で150〜550℃の温間加工を行った。また、各冷、温間での加工後、一部の条件には低温熱処理として150〜550℃の熱処理を行った。
【0070】
冷間、温間での加工、低温熱処理で得られた鋼管は管軸長手方向の引張、圧縮降伏強度と管周方向圧縮降伏強度を測定し、油井・ガス井用鋼管の強度グレードである管軸方向引張降伏強度と、強度異方性の評価として管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度と管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を測定した。
【0071】
さらに、塩化物、硫化物環境で応力腐食試験を実施した。腐食環境は採掘中の油井を模擬した水溶液(20%NaCl+0.5%CH3COOH+CH3COONaの水溶液に0.01〜0.10MPaの圧力でH2Sガスを添加しpHを3.0に調整、試験温度25℃)とした。応力は管軸長手方向へ応力が付与できるように肉厚5mmの4点曲げ試験片を切り出し、管軸方向引張降伏強度に対し、90%の応力を付与して腐食水液に浸漬した。腐食状況の評価は、応力付与状態で腐食水溶液に720hr浸漬し、その後、取り出して直ぐの応力付与面にクラックがないものは○、クラックの発生が認められたものは×として評価した。
【0072】
製造条件および評価結果を表2に示す。
【0073】
【表2】



(当審注;上記表1,2は当審が右回りに90°回転させたものである。)

(3)「【図3】


(当審注;上記図3は当審が右回りに90°回転させたものである。)

第3 特許異議の申立ての理由の概要
本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る特許は,下記1〜2のとおり,特許法第113条第2号に該当する。証拠方法は,甲第1号証〜甲第8号証(以下,各々「甲1〜8」という。下記3を参照。),参考資料A(下記4を参照。)である。

1 申立理由1(新規性
本件発明1〜3,6,9〜11は,甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明であり,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり,同発明に係る特許は,同法第113条第2号に該当する。

2 申立理由2(進歩性
本件発明1〜6,9〜11は,甲1に記載された発明,甲2に記載された発明,甲3に記載された発明又は甲4に記載された発明と,甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)とに基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が,容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものであり,同発明に係る特許は,同法第113条第2号に該当する。

3 申立人が提出した証拠方法
・甲1 特開平2−290920号公報
・甲2 国際公開第2014/034522号
・甲3 特開平11−57842号公報
・甲4 特開昭57−131347号公報
・甲5 特開2002−241838号公報
・甲6 特開昭61−157626号公報
・甲7 特開2013−234344号公報
・甲8 国際公開第2018/131412号

4 当審の職権探知により発見した証拠方法
・参考資料A
“JISハンドブック2鉄鋼II(棒・形・板・帯/鋼管/線・二次製品)”
日本規格協会,2016年1月29日,第1版第1刷,pp.1276〜1279

第4 当審の判断
次に述べるように,特許異議申立書(以下,「申立書」という。)に記載した特許異議の申立ての理由によっては本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1(新規性)について

(1)各証拠に記載された発明

ア 甲1に記載された発明
甲1の記載(第2頁左上欄第4〜14行,第2頁右下欄第1〜11行,第3頁第1〜2表)によれば,特に比較法の番号12に着目すると,甲1には次の発明が記載されていると認められる。

「wt%で,C:0.02%,Si:0.41%,Mn:1.53%,Cr:22.7%,Ni:5.4%,Mo:3.1%,N:0.06%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成であって,
上記成分組成の二相ステンレス鋼を使用し,マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプにされ,上記パイプを1050℃×20分→水冷の条件で溶体化処理した後に,冷間での断面減少率15%の冷間加工および250℃×10分の時効処理を施すことにより製造された,二相ステンレス継目無鋼管。」
(以下,「甲1発明(比12)」という。)

イ 甲2に記載された発明
甲2の段落[0057]〜[0060]に,P等の「不純物」が鋼の製錬時に,「不可避的」に混入するものであることが記載されており,甲2の記載(請求項1〜2,段落[0046]〜[0065])によれば,特に請求項2に着目すると,甲2には次の発明が記載されていると認められる。

「質量%で,
C:0.008〜0.03%;
Si:0〜1%;
Mn:0.1〜2%;
Cr:20〜35%;
Ni:3〜10%;
Mo:0〜4%;
W:0〜6%;
Cu:0〜3%;
N:0.15〜0.35%を含有し,
残部が鉄および不可避的不純物からなる二相ステンレス鋼管であって,
前記二相ステンレス鋼管の管軸方向に,689.1〜1000.5MPaの引張降伏強度YSLTを有し,
前記引張降伏強度YSLT,前記管軸方向の圧縮降伏強度YSLC,前記二相ステンレス鋼管の管周方向の引張降伏強度YSCT及び前記管周方向の圧縮降伏強度YSCCが,1式〜4式を全て満たす二相ステンレス鋼管。
0.90≦YSLC/YSLT≦1.11 ・・・(1)
0.90≦YSCC/YSCT≦1.11 ・・・(2)
0.90≦YSCC/YSLT≦1.11 ・・・(3)
0.90≦YSCT/YSLT≦1.11 ・・・(4)」
(以下,「甲2発明(請求項2)」という。)

(2)本件発明1について

ア 甲1発明(比12)との対比

(ア)対比
本件発明1と甲1発明(比12)とを対比する。

a 本件発明1の成分組成と,甲1発明(比12)の成分組成とは,C,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,Nを含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる点で共通し,また,前者における「質量%」と後者における「wt%」は,同視でき(以下,いずれも単に「%」ということがある。),甲1発明(比12)の上記の各成分の含有量は,いずれも本件発明1の同成分の含有量の各数値範囲内であるから,本件発明1と甲1発明(比12)は成分組成が一致する。

b 甲1発明(比12)における「上記成分組成の二相ステンレス鋼を使用し,マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプにされ,上記パイプを1050℃×20分→水冷の条件で溶体化処理した後に,冷間での断面減少率15%の冷間加工および250℃×10分の時効処理を施すことにより製造された」「二相ステンレス継目無鋼管」は,本件発明1における「二相ステンレス継目無鋼管」に相当する。

c 以上によれば,本件発明1と甲1発明(比12)とは,
「質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:0.005〜0.150%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成である二相ステンレス継目無鋼管」
の点で一致し,次の点で相違する。

・相違点1
本件発明1では,「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」のに対し,甲1発明(比12)では,管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度がいずれも不明である点。

(イ)相違点1の検討

a 相違点1に関連して,甲1の第2頁右下欄第6〜7行には,引張試験による0.2%耐力の測定を実施した旨が記載されており,具体的には,第3頁第2表には,比較法の番号12の試験結果として「95kgf/mm2」が記載されており,「95kgf/mm2」は,換算すると,932MPa程度(当審注;1kgf/mm2を9.81MPaとして換算。)であるといえる。

b しかしながら,甲1には,上記引張試験が鋼管のどのような方向に対して実施されたものであるか記載されておらず,少なくとも,上記試験結果をもって,甲1発明(比12)の管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であるとはいえない。

c その他に,甲1には,管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度に関連する記載は見あたらず,また,甲1の記載から,甲1発明(比12)における管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度を計算等により算出することもできない。

d よって,上記a〜cの意味で,甲1には「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり,管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」ことは記載も示唆もされていないが,更に,製造方法の観点も考慮し,相違点1について以下検討する。

e 一般に,最終的に製造される物(例えば,合金等の化学物質)の特性はその物の製造方法(特に,出発材料の組成,各工程の順序及び各工程の条件)により定まるところ,仮に,具体的な製造方法が,甲1発明(比12)と本件発明1とで同じであれば,甲1発明(比12)の特性(管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度)は,本件発明1と同じであると推認することができるといえる。

f そこで,まず,本件発明1の具体的な製造方法として,本件発明1に属する具体例の一つである,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたNo.2の発明例の製造方法を認定して,両発明の製造方法の異同について確認し,上記推認が成り立つか否かを以下に検討する。

(a)本件発明1(No.2の発明例)の製造方法
上記第2 2(1)に摘示した,本件発明の鋼管の成分組成に関する説明及び本件発明の製造方法に関する説明を踏まえ,本件発明1(No.2の発明例)の製造方法(特に,段落【0065】〜【0073】を参照。)をまとめると次のとおりである(なお,当審が便宜上「工程1」〜「工程5」と区分。)。

・工程1
表1に示すAの化学成分,すなわち,「質量%で,C:0.030%,Si:0.5%,Mn:0.4%,Cr:22.5%,Ni:4.0%,Mo:2.5%,N:0.145%を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成」を真空溶解炉で溶製する(段落【0065】〜【0066】)。
・工程2
その後φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延し(段落【0065】),熱間圧延後,丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し,1200℃以上の高温で保持した後,マンネスマン式穿孔圧延機で外径Φ70mm,内径58mm(肉厚6mm)の継目無素管へ熱間成形する(段落【0067】)。
・工程3
熱間成形後の素管についてフェライト相とオーステナイト相の分率が適切な2相状態になる温度で固溶体化熱処理を実施する(段落【0067】)。
(上記No.2の発明例の固溶体化熱処理の具体的な条件は明記されていないが,本件明細書の段落【0043】の記載を考慮すれば,1000℃以上の温度に加熱し,フェライト相とオーステナイト相の分率を適切な2相状態にした後,急冷を行う処理であると理解できる。)
・工程4
上記固溶体化熱処理後に,引き抜き圧延(肉厚圧下を10〜30%の範囲で行い,外周長を20%低減させる条件)を常温で1パス行う(段落【0067】〜【0068】,段落【0073】)。
・工程5
上記引き抜き圧延後に,350℃の熱処理を行う(段落【0069】,段落【0073】)。

(b)甲1発明(比12)の製造方法
甲1発明(比12)の製造方法は,上記(1)アのとおりであり,当審が対比のために「工程1」〜「工程5」と区分すると,次のとおりである。

・工程1
wt%で,C:0.02%,Si:0.41%,Mn:1.53%,Cr:22.7%,Ni:5.4%,Mo:3.1%,N:0.06%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成の二相ステンレス鋼を使用する。
・工程2
マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプにする。
・工程3
上記パイプを1050℃×20分→水冷の条件で溶体化処理する。
・工程4
上記容体化処理した後に,冷間での断面減少率15%の冷間加工をする。
・工程5
上記冷間加工後に,250℃×10分の時効処理を施す。

(c)本件発明1(No.2の発明例)と甲1発明(比12)の製造方法の対比
本件発明1(No.2の発明例)の製造方法と甲1発明(比12)の製造方法とは,少なくとも次の点で相違する。

・工程1の相違点
工程1について,成分組成が,本件発明1(No.2の発明例)では,「質量%で,C:0.030%,Si:0.5%,Mn:0.4%,Cr:22.5%,Ni:4.0%,Mo:2.5%,N:0.145%を含有し,」残部がFeおよび不可避的不純物からなるのに対し,甲1発明(比12)では,「wt%で,C:0.02%,Si:0.41%,Mn:1.53%,Cr:22.7%,Ni:5.4%,Mo:3.1%,N:0.06%を含有し,」残部がFe及び不可避的不純物からなる点。

・工程2の相違点
工程2について,本件発明1(No.2の発明例)では,「φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延」し,「熱間圧延後,丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し,1200℃以上の高温で保持」した後,「マンネスマン式穿孔圧延機で外径Φ70mm,内径58mm(肉厚6mm)の継目無素管へ熱間成形」しているのに対し,甲1発明(比12)では,「マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプ」にしているものの,上記マンネスマン圧延法を行う前に,「φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延」し,「熱間圧延後,丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し,1200℃以上の高温で保持」しているのか不明であり,加えて,マンネスマン圧延を熱間で行っているのか不明であり,更に,管の径及び肉厚が異なる点。

・工程4の相違点
工程4について,本件発明1(No.2の発明例)では,「引き抜き圧延(肉厚圧下を10〜30%の範囲で行い,外周長を20%低減させる条件)を常温で1パス」行っているのに対し,甲1発明(比12)では,「冷間での断面減少率15%の冷間加工」を行っているものの,上記冷間加工が,具体的にどのような冷間加工であるのか明示が無く,「引き抜き圧延」であるかどうかが不明であり,更に,加工条件が異なる点。

・工程5の相違点
工程5について,本件発明1(No.2の発明例)では,「350℃の熱処理」を行っているのに対し,甲1発明(比12)では,「250℃×10分の時効処理」を行っているものの,処理温度等が異なる点。

g 上記f(c)のとおり,両発明の製造方法は少なくとも工程1,2,4,5において異なり,同じであるとはいえず,また,実質的にも同じであるとまではいえず,本件発明1(No.2の発明例)の製造方法と甲1発明(比12)の製造方法とを対比することにより,甲1発明(比12)において管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度が本件発明1と同じであると推認することはできない。

h 本件発明1の他の発明例(No.3〜12,14〜15,19〜26,29〜34,37〜43)の製造方法と,甲1発明(比12)の製造方法とを対比しても,同様に,甲1発明(比12)の製造方法は,少なくとも,工程1,2及び4の具体的な条件が,本件発明1のいずれの発明例の製造方法とも相違しており,甲1発明(比12)において,管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度が,本件発明1と同じであると推認することができない。

i よって,製造方法の観点から相違点1を検討しても,相違点1が実質的な相違点ではないとまではいえない。

j 申立人は,申立書の第28頁第2行〜第29頁第18行において,甲1発明(比12)の化学組成及び製造方法が本件特許の請求項6と同じであるから,甲1発明(比12)は,本件発明1の管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度に関する発明特定事項を満たすとの旨を主張するが,以上のとおり,化学組成及び製造方法について甲1発明(比12)は本件発明1と相違しており,甲1発明(比12)において上記発明特定事項を満たすとまではいえず,申立人の主張を採用することができない。

k その他に,甲1に相違点1が実質的な相違点ではないと考えるに足りる記載や示唆は見あたらず,相違点1は実質的な相違点であるといえる。

l よって,本件発明1は,甲1発明(比12)と相違点1で相違しており,甲1発明(比12)であるとはいえない。

イ 甲2発明(請求項2)との対比

(ア)対比
本件発明1と甲2発明(請求項2)とを対比する。
a 本件発明1の成分組成と,甲2発明(請求項2)の成分組成とは,「C,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,Nを含有する」点で共通しており,また,「鉄」を元素記号で表すと「Fe」であるから,W,Cuを除く「残部」に限り,両成分組成は「Feおよび不可避的不純物からなる」点で共通する。

b 上記C,Mn,Cr,Niについて,甲2発明(請求項2)の質量%の各数値は,いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

c 甲2発明(請求項2)の「管軸方向」の「引張降伏強度YSLT」は,本件発明1の「管軸方向引張降伏強度」に相当する。甲2発明(請求項2)の上記YSLTの数値範囲「689.1〜1000.5MPa」は,本件発明1の管軸方向引張降伏強度「689Mpa以上」の数値範囲内である。

d 甲2発明(請求項2)の「管軸方向の圧縮降伏強度YSLc」は,本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度」に相当するので,甲2発明(請求項2)の「YSLC/YSLT」は,本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」に相当する。

e 甲2発明(請求項2)の上記1式「0.90≦YSLC/YSLT≦1.11」は,本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」の「0.85〜1.15」の数値範囲内である。

f 甲2発明(請求項2)の「二相ステンレス鋼管」と,本件発明1の「二相ステンレス継目無鋼管」とは,「二相ステンレス鋼管」である限りにおいて共通する。

g 以上によれば,本件発明1と甲2発明(請求項2)とは,
「質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:所定量、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:所定量、
N:所定量を含有し、W,Cuを除く残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成であり、管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である二相ステンレス鋼管」の点で一致し,次の点で相違する。

・相違点2
成分組成のNについて,本件発明1では,「0.005〜0.150%未満」であるのに対し,甲2発明(請求項2)では,「0.15〜0.35%」である点。

・相違点3
成分組成について,本件発明1では,Siが「0.01〜1.0%」であり,Moが「0.5〜6.0%」であって,W及びCuについては規定されていないのに対し,甲2発明(請求項2)では,Siが「0〜1%」であり,Moが「0〜4%」であって,「W:0〜6%」,「Cu:0〜3%」である点。

・相違点4
二相ステンレス鋼管が,本件発明1では,「継目無」であるのに対し,甲2発明(請求項2)では,継目の有無について不明である点。

(イ)相違点2の検討
事案に鑑み,まず,相違点2について検討する。

a 本件発明1では,「N:0.005〜0.150%未満」であるところ,この点に関し,上記第2 2(1)で摘示したとおり,本件明細書の段落【0029】には次の記載がある。

「N:0.005〜0.150%未満
Nは強力なオーステナイト相形成元素であり、かつ安価である。また、単体では耐食性向上元素であるため積極的に利用される。しかし、固溶体化熱処理の後で低温の熱処理を行う場合は、多量のN添加は窒化物析出を招き、耐食性元素の消費による耐食性低下を引き起こす。そのため、上限は0.150%未満とする。なお、下限については特に制限はないが、N量が低すぎると、溶解時の処理が複雑になり生産性低下を招く。そのため、下限値は0.005%以上とする。・・・」

b 一方,甲2発明(請求項2)においては,「N:0.15〜0.35%」であるところ,この点に関し,甲2の段落[0056]には次の記載がある。

「N:0.15〜0.35% 窒素(N)は、オーステナイトの安定性を高め、鋼の強度を高める。Nはさらに、二相ステンレス鋼の耐孔食性および耐隙間腐食性を高める。N含有量が0.15%未満では、上記効果は得られにくい。したがって、N含有量は0.15%以上とする。一方、N含有量が0.35%を超えると、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。したがって、N含有量は0.35%以下とする。N含有量の下限を0.15%超、0.17%超又は0.20%としてもよい。またN含有量の上限は0.35%未満、0.33%又は0.30%としてもよい。」

c 上記a〜bのとおり,本件発明1と甲2発明(請求項2)とでは,成分組成中の窒素(N)について,オーステナイト相形成元素であり,耐食性向上元素である点で作用が共通する。
しかしながら,本件発明1と甲2発明(請求項2)とでは,Nの含有量の上限値及び下限値を規定した技術思想,並びに,上限値及び下限値を規定することで奏される作用・効果(以下,総称して「技術思想等」という。)が,次の(a),(b)のとおり異なる。

(a)Nの上限値について
本件発明1では,固溶体化熱処理の後で低温の熱処理を行う場合は,多量のN添加は窒化物析出を招き,耐食性元素の消費による耐食性低下を引き起こすため,上限を0.150%未満としているのに対し,甲2発明(請求項2)では,N含有量が0.35%を超えると,鋼の靱性及び熱間加工性が低下するため,N含有量を0.35%以下としている。

(b)Nの下限値について
本件発明1では,N量が低すぎると,溶解時の処理が複雑になり生産性低下を招くため,下限値を0.005%以上としているのに対し,甲2発明(請求項2)では,N含有量が0.15%未満では,二相ステンレス鋼の耐孔食性および耐隙間腐食性を高める効果が得られにくいため,N含有量は0.15%以上としている。

d 以上のとおり,本件発明1と甲2発明(請求項2)とでは,N含有量について規定されている数値範囲が異なり,更に,上記N含有量の各数値範囲の上限値及び下限値について技術思想等がいずれも異なるので,両数値範囲に部分的な重複があろうともなかろうとも,いずれにせよ相違点2は実質的な相違点であるといえる。

e 申立人は,申立書の第34頁第25行〜第35頁第9行において,有効桁数を前提として,本件発明1と甲2発明(請求項2)とのN含有量の数値範囲の重複を主張しているが,上記dのとおりであるから,申立人の主張を採用することができない。

f よって,本件発明1は,他の相違点について検討するまでもなく,甲2発明(請求項2)と相違点2で相違するので,甲2発明(請求項2)であるとはいえない。

ウ 小括
以上から,本件発明1は,甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明であるとはいえない。

(3)本件発明2〜3,6,9〜11について
本件発明2〜3,6,9〜11は,いずれも本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって,甲1に記載された発明と,少なくとも相違点1と同じ相違点で相違しているといえ,また,甲2に記載された発明と,少なくとも相違点2と同じ相違点で相違しているといえる。
上記(2)で述べたとおり,甲1に記載された発明において相違点1は実質的な相違点であり,甲2に記載された発明において相違点2は実質的な相違点であり,本件発明1が,甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明であるとはいえない以上,本件発明2〜3,6,9〜11についても,同様に,甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明であるとはいえない。

(4)まとめ
以上から,本件発明1〜3,6,9〜11は,甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明であるとはいえない。
したがって,申立理由1(新規性)によっては請求項1〜3,6,9〜11に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由2(進歩性)について

(1)各証拠に記載された発明

ア 甲1に記載された発明
甲1の記載(第2頁左上欄第4〜14行,第2頁右下欄第1〜11行,第3頁第1〜2表)によれば,特に本発明法の番号1に着目すると,甲1には次の発明が記載されていると認められる。

「wt%で,C:0.02%,Si:0.45%,Mn:1.48%,Cr:22.5%,Ni:5.6%,Mo:3.0%,N:0.17%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成であって,
上記成分組成の二相ステンレス鋼を使用し,マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプにされ,上記パイプを1050℃×20分→水冷の条件で溶体化処理した後に,冷間での断面減少率5%の冷間加工および200℃×50分の時効処理を施すことにより製造された,二相ステンレス継目無鋼管。」
(以下,「甲1発明(本1)」という。)

イ 甲2に記載された発明
甲2の段落[0057]〜[0060]に,P等の「不純物」が鋼の製錬時に,「不可避的」に混入するものであることが記載されており,甲2の記載(段落[0087]〜[0105])によれば,特に実施例のマーク6に着目すると,甲2には次の発明が記載されていると認められる。

「質量%で,
C:0.019%;
Si:0.35%;
Mn:0.49%;
Cr:25.1%;
Ni:6.7%;
Mo:3.09%;
W:2.1%;
Cu:0.5%;
N:0.28%を含有し,
残部が鉄および不可避的不純物からなる二相ステンレス鋼管であって,
前記二相ステンレス鋼管の管軸方向に,932MPaの引張降伏強度YSLTを有し,
前記引張降伏強度YSLT,前記管軸方向の圧縮降伏強度YSLC,前記二相ステンレス鋼管の管周方向の引張降伏強度YSCT及び前記管周方向の圧縮降伏強度YSCCが,1式〜4式を全て満たす二相ステンレス鋼管。
YSLC/YSLT=0.90 ・・・(1)
YSCC/YSCT=1.02 ・・・(2)
YSCC/YSLT=1.02 ・・・(3)
YSCT/YSLT=1.00 ・・・(4)」
(以下,「甲2発明(マーク6)」という。)

ウ 甲3に記載された発明
甲3の記載(段落【0001】〜【0009】,段落【0025】,段落【0046】〜【0049】)によれば,特に実施例−2のNo.4に着目すると,甲3には次の発明が記載されていると認められる。

「二相ステンレス鋼からなり,管軸長方向(L方向)の引張強度(0.2%耐力)が1061MPaであり,以下4の式で定義されるLCTが85%である二相ステンレス鋼管。
LCT=(Y/X)×100%・・・・(4)
ただし,
Y:管軸長方向の圧縮強度(0.2%耐力,MPa)、
X:管軸長方向の引張強度(0.2%耐力,MPa)」
(以下,「甲3発明」という。)

エ 甲4に記載された発明
甲4の記載(特許請求の範囲(1),第3頁右上欄第5〜18行,第3頁左下欄第1表)によれば,特に本発明例No.3に着目すると,甲4には次の発明が記載されていると認められる。

「重量%で,C:0.05%,Si:0.35%,Mn:0.50%,Cr:22.6%,Ni:6.4%,Mo:3.1%,N:0.08%,P:0.004%,S:0.002%を含有し,残部は実質的にFeよりなる成分組成であって,上記成分組成の鋼を溶製し,外径60mm,肉厚4mmの鋼管を通常の製管法にて製作し,これに20%の冷間加工を加えて強度を高めることにより製造された,油井用二相ステンレス鋼管。」
(以下,「甲4発明」という。)

(2)本件発明1について

ア 甲1発明(本1)との対比

(ア)対比
本件発明1と甲1発明(本1)とを対比する。

a 本件発明1の成分組成と,甲1発明(本1)の成分組成とは,C,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,Nを含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる点で共通し,また,前者における「質量%」と後者における「wt%」は,同視できる(以下,いずれも単に「%」ということがある。)。

b 上記C,Si,Mn,Cr,Ni,Moについて,甲1発明(本1)のwt%の各数値は,いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

c 甲1発明(本1)における「上記成分組成の二相ステンレス鋼を使用し,マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプにされ,上記パイプを1050℃×20分→水冷の条件で溶体化処理した後に,冷間での断面減少率15%の冷間加工および250℃×10分の時効処理を施すことにより製造された」「二相ステンレス継目無鋼管」は,本件発明1における「二相ステンレス継目無鋼管」に相当する。

d 以上によれば,本件発明1と甲1発明(本1)とは,
「質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:所定量を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成である二相ステンレス継目無鋼管」
の点で一致し,次の点で相違する。
(なお,仮に,申立書の第11〜13頁,第29〜30頁において申立人が甲1から認定した他の本発明法(番号3〜6)を本件発明1と対比しても,その際の本件発明1との各相違点は次の相違点5〜6と同旨の内容である。)

・相違点5
本件発明1では,「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」のに対し,甲1発明(本1)では,管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度がいずれも不明である点。

・相違点6
成分組成のNについて,本件発明1では,「0.005〜0.150%未満」であるのに対し,甲1発明(本1)では,「0.17%」である点。

(イ)相違点5の検討
事案に鑑み,まず,相違点5について検討する。

a 相違点5に関連して,甲1の第2頁右下欄第6〜7行には,引張試験による0.2%耐力の測定を実施した旨が記載されており,具体的には,第3頁第2表には,本発明法の番号1の試験結果として「79kgf/mm2」が記載されており,「79kgf/mm2」は,換算すると,775MPa程度(当審注;1kgf/mm2を9.81MPaとして換算。)であるといえる。

b しかしながら,甲1には,上記引張試験が鋼管のどのような方向に対して実施されたものであるか記載されておらず,少なくとも,上記試験結果をもって,甲1発明(本1)の管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であるとはいえない。

c その他に,甲1には,管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度に関連する記載は見あたらず,また,甲1の記載から,甲1発明(本1)における管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度を計算等により算出することもできない。

d よって,上記a〜cの意味で,甲1には「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり,管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」ことは記載も示唆もされていないが,更に,製造方法の観点も考慮し,相違点5について以下検討する。

e 一般に,最終的に製造される物(例えば,合金等の化学物質)の特性はその物の製造方法(特に,出発材料の組成,各工程の順序及び各工程の条件)により定まるところ,仮に,具体的な製造方法が,甲1発明(本1)と本件発明1とで同じであれば,甲1発明(本1)の特性(管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度)は,本件発明1と同じであると推認することができるといえる。

f そこで,まず,本件発明1の具体的な製造方法として,本件発明1に属する具体例の一つである,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたNo.2の発明例の製造方法を認定して,両発明の製造方法の異同について確認し,上記推認が成り立つか否かを以下に検討する。

(a)本件発明1(No.2の発明例)の製造方法
上記第2 2(1)に摘示した,本件発明の鋼管の成分組成に関する説明及び本件発明の製造方法に関する説明を踏まえ,本件発明1(No.2の発明例)の製造方法(特に,段落【0065】〜【0073】を参照。)をまとめると次のとおりである(なお,当審が便宜上「工程1」〜「工程5」と区分。)。

・工程1
表1に示すAの化学成分,すなわち,「質量%で,C:0.030%,Si:0.5%,Mn:0.4%,Cr:22.5%,Ni:4.0%,Mo:2.5%,N:0.145%を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成」を真空溶解炉で溶製する。
・工程2
その後φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延し,熱間圧延後,丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し,1200℃以上の高温で保持した後,マンネスマン式穿孔圧延機で外径Φ70mm,内径58mm(肉厚6mm)の継目無素管へ熱間成形する。
・工程3
熱間成形後の素管についてフェライト相とオーステナイト相の分率が適切な2相状態になる温度で固溶体化熱処理を実施する。
(上記No.2の発明例の固溶体化熱処理の具体的な条件は明記されていないが,本件明細書の段落【0043】の記載を考慮すれば,1000℃以上の温度に加熱し,フェライト相とオーステナイト相の分率を適切な2相状態にした後,急冷を行う処理であると理解できる。)
・工程4
上記固溶体化熱処理後に,引き抜き圧延(肉厚圧下を10〜30%の範囲で行い,外周長を20%低減させる条件)を常温で1パス行う。
・工程5
上記引き抜き圧延後に,350℃の熱処理を行う。

(b)甲1発明(本1)の製造方法
甲1発明(本1)の製造方法は,上記(1)アのとおりであり,当審が,対比のために「工程1」〜「工程5」と区分すると,次のとおりである。

・工程1
wt%で,C:0.02%,Si:0.45%,Mn:1.48%,Cr:22.5%,Ni:5.6%,Mo:3.0%,N:0.17%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成の二相ステンレス鋼を使用する。
・工程2
マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプにする。
・工程3
上記パイプを1050℃×20分→水冷の条件で溶体化処理する
・工程4
上記容体化処理した後に,冷間での断面減少率5%の冷間加工をする。
・工程5
上記冷間加工後に,200℃×50分の時効処理を施す。

(c)本件発明1(No.2の発明例)と甲1発明(本1)の製造方法の対比
本件発明1(No.2の発明例)の製造方法と甲1発明(本1)の製造方法とは,少なくとも次の点で相違する。

・工程1の相違点
工程1について,成分組成が,本件発明1(No.2の発明例)では,「質量%で,C:0.030%,Si:0.5%,Mn:0.4%,Cr:22.5%,Ni:4.0%,Mo:2.5%,N:0.145%を含有し,」残部がFeおよび不可避的不純物からなるのに対し,甲1発明(本1)では,「wt%で,C:0.02%,Si:0.45%,Mn:1.48%,Cr:22.5%,Ni:5.6%,Mo:3.0%,N:0.17%を含有し,」残部がFe及び不可避的不純物からなる点。

・工程2の相違点
工程2について,本件発明1(No.2の発明例)では,「φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延」し,「熱間圧延後,丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し,1200℃以上の高温で保持」した後,「マンネスマン式穿孔圧延機で外径Φ70mm,内径58mm(肉厚6mm)の継目無素管へ熱間成形」しているのに対し,甲1発明(本1)では,「マンネスマン圧延法によって150φ×11tサイズのパイプ」にしているものの,上記マンネスマン圧延法を行う前に,「φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延」し,「熱間圧延後,丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し,1200℃以上の高温で保持」しているのか不明であり,加えて,マンネスマン圧延を熱間で行っているのか不明であり,更に,管の径及び肉厚が異なる点。

・工程4の相違点
工程4について,本件発明1(No.2の発明例)では,「引き抜き圧延(肉厚圧下を10〜30%の範囲で行い,外周長を20%低減させる条件)を常温で1パス」行っているのに対し,甲1発明(本1)では,「冷間での断面減少率5%の冷間加工」を行っているものの,上記冷間加工が,具体的にどのような冷間加工であるのか明示が無く,「引き抜き圧延」であるかどうか不明であり,更に,加工条件が異なる点。

・工程5の相違点
工程5について,本件発明1(No.2の発明例)では,「350℃の熱処理」を行っているのに対し,甲1発明(本1)では,「200℃×50分の時効処理」を行っているものの,処理温度等が異なる点。

g 上記f(c)のとおり,両発明の製造方法は少なくとも工程1,2,4,5において異なり,同じであるとはいえず,また,実質的にも同じであるとまではいえず,本件発明1(No.2の発明例)の製造方法と甲1発明(本1)の製造方法とを対比することにより,甲1発明(本1)において,管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度が,本件発明1と同じであると推認することができない。

h 本件発明1の他の発明例(No.3〜12,14〜15,19〜26,29〜34,37〜43)の製造方法と,甲1発明(本1)の製造方法とを対比しても,同様に,甲1発明(本1)の製造方法は,工程1,2及び4の具体的な条件が,本件発明1のいずれの発明例の製造方法とも相違しており,甲1発明(本1)において,管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度が,本件発明1と同じであると推認することができない。

i よって,製造方法の観点から相違点5を検討しても,相違点5が実質的な相違点ではないとまではいえない。

j そして,申立書の第11〜13頁,第29〜30頁において,申立人が甲1から認定した他の本発明法(番号3〜6)を本件発明1と対比しても,同様に,相違点5と同旨の相違点が実質的な相違点ではないとはいえない。

k 申立人は,申立書の第32頁第9行〜第33頁第25行において,甲1発明(本1)等において容易に到達し得る組成,及び,甲1発明(本1)等の製造方法から,甲1発明(本1)等は本件発明1の管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度に関する発明特定事項を満たすとの旨を主張するが,以上のとおり,製造方法について,甲1発明(本1)等は本件発明1と相違しており,甲1発明(本1)等において,上記発明特定事項を満たすとまではいえず,申立人の主張を採用することができない。

l また,甲2〜8のいずれの甲号証及び周知技術(JIS)を参照しても甲1発明(本1)において,管軸方向引張降伏強度を689MPa以上とし,更に管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を0.85〜1.15とすることを,動機付ける記載や示唆を見出すことができない。

m 同様に,甲1発明(本1)以外の甲1に記載された発明(例えば,上記番号3から認定できる発明等)において,甲2〜8のいずれの甲号証及び周知技術(JIS)を参照しても,管軸方向引張降伏強度を689MPa以上とし,管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を0.85〜1.15とすることを,動機付ける記載や示唆を見出すことができない。

n したがって,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明1は甲1に記載された発明と甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)とに基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 甲2発明(マーク6)との対比

(ア)対比
本件発明1と甲2発明(マーク6)とを対比する。

a 本件発明1の成分組成と,甲2発明(マーク6)の成分組成とは,「C,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,Nを含有する」点で共通しており,また,「鉄」を元素記号で表すと「Fe」であるから,W,Cuを除く「残部」に限り,両成分組成は「Feおよび不可避的不純物からなる」点で共通する。

b 上記C,Si,Mn,Cr,Ni,Moについて甲2発明(マーク6)の質量%の各数値は,いずれも本件発明1の質量%の各数値範囲内である。

c 甲2発明(マーク6)の「管軸方向」の「引張降伏強度YSLT」は,本件発明1の「管軸方向引張降伏強度」に相当する。甲2発明(マーク6)の上記YSLTの数値「932MPa」は,本件発明1の管軸方向引張降伏強度「689Mpa以上」の数値範囲内である。

d 甲2発明(マーク6)の「管軸方向の圧縮降伏強度YSLc」は,本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度」に相当し,甲2発明(請求項2)の「YSLC/YSLT」は,本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」に相当する。

e 甲2発明(マーク6)の上記1式「YSLC/YSLT=0.90」は,本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」の「0.85〜1.15」の数値範囲内である。

f 甲2発明(マーク6)の「二相ステンレス鋼管」と,本件発明1の「二相ステンレス継目無鋼管」とは,「二相ステンレス鋼管」である限りにおいて共通する。

g 以上によれば,本件発明1と甲2発明(マーク6)とは,
「質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:所定量を含有し、W,Cuを除く残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成であり、管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である二相ステンレス鋼管」の点で一致し,次の点で相違する。

・相違点7
成分組成のNについて,本件発明1では,「0.005〜0.150%未満」であるのに対し,甲2発明(マーク6)では,「0.28%」である点。

・相違点8
成分組成について,本件発明1では,W及びCuについては規定されていないのに対し,甲2発明(マーク6)では,「W:2.1%」,「Cu:0.5%」である点。

・相違点9
二相ステンレス鋼管が,本件発明1では,「継目無」であるのに対し,甲2発明(マーク6)では,継目の有無について不明である点。

(イ)相違点7の検討
事案に鑑み,まず,相違点7について検討する。

a 成分組成のNについて,本件発明1では,「0.005〜0.150%未満」であるのに対して,甲2発明(マーク6)の「0.28%」は,本件発明1の数値範囲外であり,相違点7は実質的な相違点である。

b 次に,相違点7の容易想到性について検討する。

c 甲2発明(マーク6)においては,「N:0.28%」であるところ,N含有量に関し,甲2の段落[0056]には次の記載がある。

「N:0.15〜0.35% 窒素(N)は、オーステナイトの安定性を高め、鋼の強度を高める。Nはさらに、二相ステンレス鋼の耐孔食性および耐隙間腐食性を高める。N含有量が0.15%未満では、上記効果は得られにくい。したがって、N含有量は0.15%以上とする。一方、N含有量が0.35%を超えると、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。したがって、N含有量は0.35%以下とする。N含有量の下限を0.15%超、0.17%超又は0.20%としてもよい。またN含有量の上限は0.35%未満、0.33%又は0.30%としてもよい。」

d 甲2発明(マーク6)において,N含有量を本件発明1の数値範囲「0.005〜0.150%未満」に変更する動機は,甲2に記載も示唆もされておらず,上記段落[0056]の記載は,むしろ甲2発明(マーク6)のN含有量を「0.005〜0.150%未満」にすることを妨げるものであるといえる。

e また,甲1,3〜8のいずれの甲号証,及び,周知技術(JIS)を参照しても,甲2発明(マーク6)のN含有量について,「0.005〜0.150%未満」に変更することを動機付ける記載や示唆を見出すことができない。

f そして,申立書の第13〜19頁,第36〜37頁において,申立人が甲2から認定した他の実施例(マーク7〜16)を本件発明1と対比しても上記相違点7と同様に,成分組成のNについて,本件発明1では「0.005〜0.150%未満」であるのに対し,甲2発明(マーク7〜16)では,「0.28%」(マーク7〜14)又は「0.29%」(マーク15〜16)である点で,少なくとも相違しており,上記a〜eと同様の理由により,甲2発明(マーク7〜16)において,甲1〜8のいずれの甲号証,及び,周知技術(JIS)を参照しても,N含有量について,「0.005〜0.150%未満」に変更することを動機付ける記載や示唆を見出すことができない。

g 申立人は,申立書の第37頁第18行〜第38頁第17行において,有効桁数を前提とし,甲2発明(マーク6)等の化学組成のN含有量から出発し,本件発明1のN含有量の数値範囲と重複する数値範囲に容易に到達できる旨を主張するが,上記c〜fのとおり,甲2発明(マーク6)等の化学組成のN含有量を,そのように変更する動機が見出せず,申立人の主張を採用することができない。

h 以上のとおり,甲2発明(マーク6),甲2発明(マーク6)以外の甲2に記載された発明のいずれを主たる引用発明とし,甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)を考慮しても,N含有量について「0.005〜0.150%未満」の数値範囲内に当業者が容易に想到することができたとはいえない。

i したがって,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明1は甲2に記載された発明と甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)とに基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 甲3発明との対比

(ア)対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
a 甲3発明の「管軸長方向」と,本件発明1の「管軸方向」が同じ方向であることは自明である。

b そうすると,甲3発明の「管軸長方向」の「引張強度(0.2%耐力)」と本件発明1の「管軸方向引張降伏強度」とは,「管軸方向」の「引張強度」である限りにおいて共通し,甲3発明の上記引張強度の数値「1061MPa」は本件発明1の上記引張降伏強度「689Mpa以上」の数値範囲内である。

c 甲3発明の「管軸長方向」の「圧縮強度(0.2%耐力,MPa)」と本件発明1の「管軸方向圧縮降伏強度」とは,「管軸方向」の「圧縮強度」である限りにおいて共通し,甲3発明のLCTの数値「85%」(すなわち,「0.85」)は本件発明1の管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度「0.85〜1.15」の数値範囲内である。

d 甲3発明の「二相ステンレス鋼管」と,本件発明1の「二相ステンレス継目無鋼管」とは,「二相ステンレス鋼管」である限りにおいて共通する。

e 以上によれば,本件発明1と甲3発明とは,
「管軸方向引張強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮強度/管軸方向引張強度が0.85〜1.15である二相ステンレス鋼管」の点で一致し,次の点で相違する。
(なお,仮に,申立書の第19〜21頁,第38〜39頁において,申立人が甲3から認定した他の本発明例(実施例−2のNo.5〜6)を本件発明1と対比しても,その際の本件発明1との各相違点は次の相違点10〜12と同旨の内容である。)

・相違点10
成分組成について,本件発明1では,
「質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:0.005〜0.150%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる」のに対し,甲3発明では,「二相ステンレス鋼」であるものの,具体的な成分組成が不明である点。

・相違点11
管軸方向引張強度及び管軸方向引張強度について,本件発明1では,いずれも「降伏強度」を指標とするのに対し,甲3発明では,いずれも「0.2%耐力」を指標とする点。

・相違点12
二相ステンレス鋼管が,本件発明1では,「継目無」であるのに対し,甲3発明では,継目の有無について不明である点。

(イ)相違点10の検討
事案に鑑み,まず,相違点10について検討する。

a 以下に,相違点10が実質的な相違点であるか否かについて検討する。

(a)甲3発明は上記(1)ウのとおり二相ステンレス鋼からなるところ,二相ステンレス鋼の成分組成に関し,参考資料Aには次の記載がある。



」(p.1276)



」(p.1277)



」(p.1279)

(b)参考資料Aには,JIS G 3463(2012) ボイラ・熱交換器用ステンレス鋼鋼管に関する周知技術が開示されており(pp.1276〜1279),参考資料Aのp.1277の表1の「種類の記号」の列には,オーステナイト・フェライト系として「SUS329J1TB」,「SUS329J3LTB」,「SUS329J4LTB」が例示されており,これらが,いずれも二相ステンレス鋼であることは自明である。

(c)上記表1の「製造方法を表す記号」項目の中の「製管方法」の列に,「継目無し:S」,「レーザー溶接:L」という記載があるが,上記「SUS329J3LTB」及び上記「SUS329J4LTB」は,いずれも,「SUS329」という記号より後に「S」という記号が付与されていないことから,継目無しの管ではなく,「L」という記号が付与されていることから,レーザー溶接による「継目が有る」管であると理解できる。

(d)また,参考資料Aのp.1279の表3に,上記(a)のとおり,上記「SUS329J1TB」,上記「SUS329J3LTB」及び上記「SUS329J4LTB」の各化学成分が記載されている。

(e)上記「SUS329J1TB」の化学成分を確認すると(表3の上から12行目),Cが「0.08%以下」,Siが「1.00%以下」,Mnが「1.50%以下」と記載されているものの,下限値がいずれも規定されておらず,また,Nの数値範囲について規定されておらず,上記「SUS329J1TB」の化学成分が,本件発明1の成分組成の数値範囲内の成分組成であるとはいえない。

(f)上記「SUS329J3LTB」及び上記「SUS329J4LTB」の各化学成分を確認すると(表3の上から13〜14行目),いずれも,Cが「0.030%以下」,Siが「1.00%以下」,Mnが「1.50%以下」と記載されているものの,下限値がいずれも規定されておらず,上記「SUS329J3LTB」,上記「SUS329J4LTB」の化学成分はいずれも本件発明1の成分組成の数値範囲内の成分組成であるといえない。

(g)上記(e)〜(f)のとおり,二相ステンレス鋼の化学成分であれば必ず本件発明1の組成の数値範囲内になるとまではいえないので,甲3発明が二相ステンレス鋼からなることをもって,必然的に,本件発明1の組成の数値範囲内の組成を有するとはいえない。

(h)その他に,甲3発明において,本件発明1の組成の数値範囲内の組成を有することが自明であると考えるに足りる根拠も無いので,相違点10は実質的な相違点である。

b 次に,相違点10の容易想到性について検討する。

(a)上記a(d)〜(f)のとおり,上記「SUS329J1TB」,上記「SUS329J3LTB」及び上記「SUS329J4LTB」の各化学成分は,いずれも本件発明1の成分組成の数値範囲内の成分組成であるといえないので,仮に,甲3発明の成分組成として,上記「SUS329J1TB」,上記「SUS329J3LTB」又は,上記「SUS329J4LTB」の化学成分を適用する動機が何らかあったとしても,いずれの場合においても,本件発明1の成分組成の数値範囲内に到達しない。

(b)加えて,上記a(c)のとおり,上記「SUS329J3LTB」及び上記「SUS329J4LTB」の場合については,「L」という記号が付与されていることからレーザー溶接による継目が有る管であると理解でき,仮に,これらのうちのいずれかを甲3発明に適用すると,いずれの場合も「継目が有る」管になってしまい,上記相違点12の構成を充足することができなくなり,その結果,本件発明1に到達することができない。

(c)申立人は,申立書の第39頁第17行〜第40頁第9行において,甲3発明の二相ステンレス鋼として,SUS329J3L及びSUS329J4Lの化学組成を適用することにより,本件発明1の化学組成に到達する旨を主張するが,以上のとおり,SUS329J3L及びSUS329J4Lの化学組成はいずれも本件発明1の化学組成と相違しているので,当該適用により,本件発明1の化学組成に到達するとはいえず,申立人の主張を採用することができない。

(d)更に,甲1〜2,4〜8のいずれの甲号証を参照しても,甲3発明の成分組成について,本件発明1の成分組成の数値範囲内にすることを動機付ける記載や示唆を見出すことができない。

(e)甲3発明以外の甲3に記載された発明(例えば,実施例−2のNo.5から認定できる発明等)を主たる引用発明として検討しても同様である。

(f)したがって,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明1は甲3に記載された発明と甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)とに基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 甲4発明との対比

(ア)対比
本件発明1と甲4発明とを対比する。

a 甲4発明の成分組成において,「P:0.004%」,「S:0.002%」であるところ,上記P,Sの成分に関し,甲4の第3頁右上欄第1〜4行には,次の記載がある。

「P:応力腐食割れ性に有害であるので0.03%以下とする。
S:Sは熱間加工性を著しく劣化させるので0.005%以下とする。」

b 甲4発明の成分組成中の「P:0.004%」,「S:0.002%」は,上記aの記載や,上記第2 2(1)に摘示した本件明細書の段落【0030】の「不可避的不純物としては、P:0.05%以下、S:0.05%以下・・・が挙げられる。」との記載から,いずれも,本件発明1の「不可避的不純物」に相当する。

c そうすると,本件発明1における成分組成と,甲4発明における成分組成とは,C,Si,Mn,Cr,Ni,Mo,Nを含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる点で共通し,また,前者における「質量%」と後者における「重量%」は同視でき(以下,いずれも単に「%」ということがある。),甲4発明の上記の各成分の含有量は,いずれも本件発明1の同成分の含有量の各数値範囲内であるから,本件発明1と甲4発明は,成分組成が一致する。

d 本件発明1の「二相ステンレス継目無鋼管」は,用途について限定されておらず,甲4発明の「油井用」という用途の二相ステンレス継目無鋼管の態様も,下位概念として包括する。

e 甲4発明の「二相ステンレス鋼管」と,本件発明1の「二相ステンレス継目無鋼管」とは,「二相ステンレス鋼管」である限りにおいて共通する。

f 以上によれば,本件発明1と甲4発明とは,
「質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:0.005〜0.150%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成である二相ステンレス鋼管」
の点で一致し,次の点で相違する。

・相違点13
本件発明1では,「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」のに対し,甲4発明では,「上記成分組成の鋼を溶製し,外径60mm,肉厚4mmの鋼管を通常の製管法にて製作し,これに20%の冷間加工を加えて強度を高めることにより製造」されているものの,管軸方向引張降伏強度,管軸方向圧縮降伏強度がいずれも不明である点。

・相違点14
二相ステンレス鋼管が,本件発明1では,「継目無」であるのに対し,甲4発明では,「上記成分組成の鋼を溶製し,外径60mm,肉厚4mmの鋼管を通常の製管法にて製作し,これに20%の冷間加工を加えて強度を高めることにより製造」されているものの,継目の有無について不明である点。

(イ)相違点13の検討
事案に鑑み,まず,相違点13について検討する。

a 以下に,相違点13が実質的な相違点であるか否かについて検討する。

(a)甲4発明の「上記成分組成の鋼を溶製し,外径60mm,肉厚4mmの鋼管を通常の製管法にて製作し,これに20%の冷間加工を加えて強度を高めることにより製造」されている点から,製造される二相ステンレス鋼管について,「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」といえるに足りる根拠は甲1〜8のいずれの甲号証及び周知技術(JIS)にも見あたらない。

(b)また,その他に,甲1〜8のいずれの甲号証及び周知技術(JIS)にも,甲4の二相ステンレス鋼管について,「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」といえるに足りる記載や示唆も無いので,相違点13は実質的な相違点である。

b 次に,相違点13の容易想到性について検討する。

(a)甲4には,発明の技術分野及び課題等に関して,次の記載がある。

「この発明は、耐食性、なかんずく耐応力腐食割れ性に優れた油井用二相ステンレス鋼に関する。」(第1頁右下欄第3〜5行)

「本発明は、このきわめて腐食性のつよい、H2S−CO2−Cl−環境下でも優れた耐久性を発揮する油井管用鋼の提供を目的とするものである。」
(第2頁左上欄第7〜10行)

「本発明者らは、冷間加工後も二相ステンレス鋼本来のH2S−CO2−Cl−環境に対する耐応力腐食割れ性が維持される鋼組成について系統的に実験、研究を推進し、その結果、冷間加工を加えてもT方向の応力腐食割れ抵抗性の劣化が小さい二相ステンレス鋼の開発に至つたものである。」
(第2頁左下欄第3〜9行)

(b)甲4の実施例においては,本発明例及び比較例について,応力腐食割れの発生の有無を調査しており(第3頁右上欄第5行〜右下欄第5行),第3頁右下欄第6〜11行には,「以上の説明から明らかな如く本発明二相ステンレス鋼は、冷間加工後もH2S−CO2−Cl−環境下での耐応力腐食割れに対する高い抵抗性が維持される特徴を有しているから、冷間加工して使用される油井管に用いて優れた耐久性を発揮するものである。」と記載がある。

(c)上記(a)〜(b)のとおり,甲4には,冷間加工後のH2S−CO2−Cl−環境下での耐応力腐食割れに関する記載はあるものの,「管軸方向引張降伏強度」向上の観点及び「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」の調節の観点に関する記載や示唆は何も無いので,甲4発明において,「管軸方向引張降伏強度」及び「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」を向上又は調節しようとする動機がない。

(d)よって,甲4発明において,甲4の記載や示唆から,「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上」とし,更に「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15」とすることは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

(e)甲1には,管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度の数値が記載されておらず,上記1(2)ア及び上記2(2)アで検討したとおり,甲1の製造方法によって製造された二相ステンレス鋼管の管軸方向引張降伏強度及び管軸方向圧縮降伏強度が,本件発明1と同じであると推認することもできないので,甲4発明において,更に甲1の記載を考慮しても,本件発明1の「管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15である」という事項に到達しない。

(f)甲2及び甲3には,上記1(2)イ及び上記2(2)イ〜ウで検討したとおり,管軸方向引張降伏強度や管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が記載されているものの,上記(c)のとおり,甲4には,「管軸方向引張降伏強度」向上の観点及び「管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度」の調節の観点に関する記載や示唆は無いので,甲4発明において,甲2〜3に記載された管軸方向引張降伏強度や管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を採用する動機や,甲2〜3に開示された上記管軸方向引張降伏強度等を達成するための製造方法を採用する動機がない。

(g)申立人は,申立書の第42頁第8行〜第46頁第19行において,甲4発明の油井管用二相ステンレス鋼から油井管を製造する場合に,甲1,2又は3の製造方法を適用すれば,その結果得られる二相ステンレス鋼管が,上記相違点13の構成を満たす旨を主張するが,甲1の適用については上記(e)のとおりであり,甲2〜3の適用については上記(f)のとおりであり,申立人の主張を採用することができない。

(h)更に,甲5〜8のいずれの甲号証及び周知技術(JIS)を参照しても甲4発明において,管軸方向引張降伏強度について689MPa以上とし,管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度について0.85〜1.15とすることを動機付ける記載や示唆を見出すことができない。

(i)甲4発明以外の甲4に記載された発明(例えば,第1表の本発明例No.1から認定できる発明等)を主たる引用発明として検討しても,同様である。

(j)したがって,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明1は甲4に記載された発明と甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)とに基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

オ 小括
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明,甲2に記載された発明,甲3に記載された発明又は甲4に記載された発明と,甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2〜6,9〜11について
本件発明明2〜6,9〜11は,いずれも本件発明1の発明特定事項を全て含むものであり,甲1に記載された発明と,少なくとも相違点5と同じ相違点で相違し,甲2に記載された発明と,少なくとも相違点7と同じ相違点で相違し,甲3に記載された発明と,少なくとも相違点10と同じ相違点で相違し,甲4に記載された発明と,少なくとも相違点13と同じ相違点で相違しているといえる。
上記(2)で述べたとおり,甲1,2,3又は4に記載された発明において相違点5,7,10,13に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは,いずれも,当業者が容易になし得たことであるといえず,本件発明1が,甲1に記載された発明,甲2に記載された発明,甲3に記載された発明又は甲4に記載された発明と,甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2〜6,9〜11についても,同様に,甲1に記載された発明,甲2に記載された発明,甲3に記載された発明又は甲4に記載された発明と,甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上から,本件発明1〜6,9〜11は,甲1に記載された発明,甲2に記載された発明,甲3に記載された発明又は甲4に記載された発明と,甲1〜8に記載された事項及び周知技術(JIS)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由2(進歩性)によっては本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり,申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に,本件特許の請求項1〜6,9〜11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-12-28 
出願番号 P2019-568420
審決分類 P 1 652・ 113- Y (C22C)
P 1 652・ 121- Y (C22C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 祢屋 健太郎
井上 猛
登録日 2021-03-08 
登録番号 6849104
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 二相ステンレス継目無鋼管およびその製造方法  
代理人 熊坂 晃  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 森 和弘  
代理人 坂井 哲也  

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