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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16J
審判 全部申し立て 2項進歩性  F16J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  F16J
管理番号 1384277
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-16 
確定日 2022-04-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6889692号発明「アルコール燃料用ピストン」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6889692号の請求項1〜3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6889692号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜3に係る特許についての出願は、平成30年10月10日に出願され、令和3年5月25日にその特許権の設定登録がされ、令和3年6月18日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和3年12月16日に特許異議申立人小松一枝他1名(以下。「異議申立人」という。)により全ての請求項についての特許異議申立がされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜3に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜3に記載される事項により特定される次のとおりのものである(以下、それぞれ、「本件発明1」〜「本件発明3」という。)。

[本件発明1]
「ピストンリングが装着される3つのリング溝を有する内燃機関用ピストン、並びに
該ピストンのリング溝に、前記ピストンの燃焼室側から順に装着されたトップリング、セカンドリング及び組合せオイルリング、
からなる、アルコール燃料用ピストンであって、
前記トップリング及びオイルリングは、その外周摺動面にDLC被膜を有し、
前記セカンドリングは、その外周摺動面に、前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有し、
前記アルコール燃料は、アルコール含有量が20体積%以上である、
アルコール燃料用ピストン。」
[本件発明2]
「前記セカンドリングは、その外周摺動面にPVD被膜を有する、請求項1に記載のアルコール燃料用ピストン。」
[本件発明3]
「3つのリング溝を有する内燃機関用ピストンに、トップリング、セカンドリング及び組合せオイルリングを装着する工程、を有するアルコール燃料用の内燃機関の製造方法であって、
該ピストンのリング溝に、前記ピストンの燃焼室側から順に前記トップリング、前記セカンドリング及び前記組合せオイルリングが装着され、
前記トップリング及びオイルリングは、その外周摺動面にDLC被膜を有し、
前記セカンドリングは、その外周摺動面に、前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有し、
前記アルコール燃料は、アルコール含有量が20体積%以上である、
アルコール燃料用の内燃機関の製造方法。」

第3 申立理由の概要
異議申立人は、主たる証拠として甲第1号証及び従たる証拠として甲第2号証〜甲第11号証を提出し、請求項1〜3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1〜3に係る特許を取り消すべきものである旨主張する。
また、請求項1〜3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号、同条第6項第2号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、請求項1〜3に係る特許を取り消すべきものである旨も主張する。

証拠方法
・甲第1号証:Edney Deschauer Rejowski,Eduardo Tomanik,Juliano Pallaoro Souza,
「Low viscosity oils impact on heavy duty diesel engine components」,Conference: XXIV Simposio Internacional de Engenharia Automotiva,2016年9月
・甲第2号証:赤理孝一郎,「AIP/UBMS法によるトライボロジ皮膜の自動車部品への適用」,神戸製鋼所技報Vol.54 No.3(Dec.2004),第77頁〜第80頁,平成16年12月
・甲第3号証:Simon C.Tung,Hong Gao,「Tribological characteristics and surface interaction between piston ring coatings and a blend of energy-conserving oils and ethanol fuels」,Wear 255(2003) p.1276-p.1285,2003年8月
・甲第4号証:Hoppe,S.and Kantola,T.,「DuroGlide-New Generation Piston Ring Coating for Fuel-Efficient Commercial Vehicle Engines」,SAE Technical Paper 2014-01-2323,2014年9月30日(当審注:「DuroGlide」の後には登録商標であることを示すRマークが付されている。)
・甲第5号証:Simon C.Tung,Hong Gao,「Tribological Investigation of Piston Ring Coatings Operating in an Alternative Fuel and Engine Oil Blend」,TRIBOLOGY TRANSACTIONS,45:3,p.381-p.389,2002年
・甲第6号証:馬渕豊,「DLC膜の自動車部品への適用」,トライボロジスト 第58巻第8号,第557頁〜第565頁,平成25年8月
・甲第7号証:特開平5−70786号公報
・甲第8号証:M.Zolty,J.Jakobiec,「The influence of E85 ethanol fuel on the course of deposits formation in a Flex Fuel engine during a bench test」,2018 XI International Science-Technical Conference Automotive Safety,2018年4月20日(当審注:M.Zolty,J.Jakobiecの「Z」には、ドット符号が、「o」には、アキュートアクセントが、「l」には、ストロークが付されている。)
・甲第9号証:Harald Schwahn,Uwe Lutz,「Deposit Formation of Flex Fuel Engines Operated on Ethanol and Gasoline Blends」,SAE Vol.3 No.2,p,22-p.37,2010年
・甲第10号証:実願平5−63440(実開平7−30347号)のCD−ROM
・甲第11号証:衛飛他,「メタノール燃料を用いた小型2ストローク機関のシリンダートライボロジー(実機実験と摺動試験の比較)」,日本機械学会論文集(C編)79巻804号 第266頁〜第275頁,平成25年8月25日

第4 各文献の記載
1 甲第1号証
(1)甲第1号証に記載の事項
甲第1号証には、次の記載がある。(なお、訳は異議申立人が提出した訳を基に当審で訳したものである。以下、同様。)
ア)「Low viscosity oils impact on Heavy Duty Diesel engine components」(第1頁第1行)
(訳「大型車両用ディーゼルエンジン部品に対する低粘度オイルの影響」)
イ)「3.4. PISTON RINGS
The current top ring with CrN PVD coating [11] in the running face over Gas nitrited steel (GNS) were tested with both oil variants. In the 10W-30 test, 3 cylinders (cyls) were assembled a high wear resistance DLC H-free coating over CrN PVD surface [13]. After test, both top ring variants presented good visual aspect without burning marks, cracks or coating spallation. In the 10W-30 test, the CrN PVD top ring presented 18% avg. wear increase in the contact face, while the DLC H-Free showed wear reduction of 44% compared to CrN. See figures 11 and 12. The DLC H-free with the low viscosity oil showed lower wear than the current ring with the 15W-40.」(第8頁第1行〜第9行)
(訳「3.4 ピストンリング
走行面に、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティング[11]を施した現行のトップリングについて、両タイプのオイルを用いて試験を行った。10W−30テストでは、3つのシリンダに対して、CrN PVD表面上に耐摩耗性の高いDLC H−フリーコーティングを施した[13]。試験後、どちらのトップリングも、焼付き痕、クラック、コーティング剥離のない良好な外観を呈した。10W−30テストでは、CrN PVDトップリングは、接触面において、平均18%の摩耗増加を示した。一方、DLC H−フリーは、CrNに比べて44%の摩耗低減を示した。図11と図12を参照されたい。低粘度のオイルを使用したDLC H−フリーは、15W−40を使用した現行のリングよりも摩耗が少なかった。」)
ウ)「Similar evaluation was done for 2nd rings, where a more wear resistance CrN PVD coating over GNS ring was compared to the current GNS. Again, no issues were found, and the more resistant variant presented lower wear with the low viscosity oil than the current ring with the current oil. See figure 13.」(第9頁第1行〜第4行)
(訳「セカンドリングについても同様の評価を行い、GNSリングに耐摩耗性の高いCrN PVDコーティングを施したものと、現行のGNSとを比較した。ここでも問題は見つからなかった。また、低粘度オイルを使用した場合、現行のオイルを使用した場合よりも、耐摩耗性の高いタイプの方が摩耗料が少なくなった。図13を参照されたい。」)
エ)「Similar evaluation was done for the oil control ring, where the DLC H-free over the CrN PVD was compared with the current CrN only oil ring. No issues were found and again the more wear resistant DLC H-free showed lower wear with the low viscosity oil than the current ring with current oil. See figure 14.」(第9頁第5行〜第8行)
(訳「オイルコントロールリングについても同様の評価を行い、CrN PVD上にDLC H−フリーを施したものと現行のCrNのみのオイルリングとを比較した。問題は見つからなかった。また、耐摩耗性の高いDLC H−フリーは、低粘度のオイルを使用した場合、現行のオイルを使用したリングよりも摩耗が少ないことがわった。図14を参照されたい。」)
オ)「図8


カ)「図12

キ)「図13

ク)「図14


ケ)図8より、ピントンは、ピストンリングが装着される3つのリング溝を有するものであり、当業者における技術常識を勘案すると、それぞれに、トップリング、セカンドリング及びオイルコントロールリングが装着されるものといえる。

(2)甲第1号証に記載の発明
上記摘記事項及び認定事項より、甲第1号証には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているといえる。

[引用発明1]
「ピストンリングが装着される3つのリング溝を有するディーゼルエンジン用ピストン、並びに該ピストンのリング溝に装着される、トップリング、セカンドリング及びオイルコントロールリングからなる、ディーゼルエンジンピストンであって、
トップリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したもの、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)上のCrN PVD表面上にDLC H−フリーコーティングを施したものであり、
セカンドリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したものであり、
オイルコントロールリングは、CrN PVDコーティング上に DLC H−フリーコーティングを施したもの、又は、CrN PVDコーティングを施したものである、
ディーゼルエンジンピストン。」

2 甲第2号証
甲第2号証には次の記載がある。
ア)「図4に,UBMS 法による DLC 膜と各種窒化物被膜の無潤滑下での摩擦係数の比較を示す。DLC 膜は無潤滑下でも0.1〜0.2 の低摩擦係数を示す。」(第79頁左欄第9行〜第12行)
イ)「図4



3 甲第3号証
甲第3号証には次の記載がある。
ア)「Cylinder bore wear with E85 ethanol fuel(a fuel blend of 85% ethanol and 15% unleaded gasoline)has been a concern for all US automakers.」(1276頁左下欄第16行〜第18行)
(訳「E85エタノール燃料(エタノール85%と無鉛ガソリン15%とのブレンド燃料)を用いた場合のシリンダボアの摩耗が全ての米国の自動車製造業者において懸念されていた。」)
イ)「図10



4 甲第4号証
甲第4号証には次の記載がある。
ア)「As can be seen in Figure2,piston ring coating types can be ranked according to friction measured in an oscillating rig-test. The results indicate that Hydrogenated DLC(Diamond-Like Carbon)coatings and ta-C(DuroGlide)offer the highest potential to reduce friction losses compared to PVD-CrN and particle-enhanced chrome coatings.」(第3頁左欄第15行〜第20行)
(訳「図2に示すように、ピストンリング被膜の種類は、摺動リングテストで測定された摩耗によってランク付けされる。その結果、水素化DLC(ダイヤモンドライクカーボン)被膜とta−C(デュログライド)は、PVD−CrN及び粒子強化クロム被膜と比較して、摩耗損失を低減する可能性が高いことがわかった。」)
イ)「図2



5 甲第5号証
甲第5号証には次の記載がある。
ア)「The friction characteristics and wear resistance of ring coatings operating in a blend of engine oil and alternative fuel were investigated. Surface topographies were analyzed for such coatings as Mo, CrN and DLC. The effects of MoDTC firction modifier on friction and wear were tested for the piston ring-cylinder bore system. Among all of the ring coatings, the DLC coating exhibits a lower and more stable friction coefficient than the other coatings. For a blend of E85 and engine oil without MoDTC, the lowest coefficient of friction occurs for the DLC coating.」(第388頁左欄第4行〜第12行)
(訳「エンジンオイルと代替燃料の混合物で作動するリングコーティングの摩擦特性と耐摩耗性を調査した。表面トポグラフィーは、Mo、CrN、DLCなどのコーティングについて分析した。摩擦と摩耗に対するMoDTC摩擦調整剤の効果は、ピストンリング-シリンダーボアシステムでテストした。すべてのリングコーティングの中で、DLCコーティングは他のコーティングよりも低く安定した摩擦係数を示す。 E85とMoDTCを含まないエンジンオイルのブレンドの場合、DLCコーティングで最も低い摩擦係数が発生する。」
イ)「図10



6 甲第6号証
甲第6号証には次の記載がある。
ア)「一方,ガソリンエンジンでは,化石燃料の代替としアルコール燃料が注目され,北米や欧州の地域では無水アルコール85 %(E85)までの混合比を,ブラジルでは含水アルコール100 %(E100)まで対応したFlex Fuel Vihicle(FFV)がすでに普及している.アルコール燃料はガソリン燃料に比べて極性が高いために,燃料中の異物が凝集しにくくなり,このためフィルタを通り抜けて燃料ポンプのしゅう動部品のアブレシブ摩耗につながる懸念があった5).アルコール中の水分による錆や電食防止のため,ポンプ部品には陽極酸化処理したアルミダイカスト材が用いられている.陽極酸化膜の封孔処理による,基材の洗浄中の侵食・面荒れ防止と,絶縁体に対する帯電対応を行った熱陰極PIG プラズマCVD 方式を用いることにより,良好な密着力を有するDLC 膜が得られた.図2 はポンプカバーとポンプハウジングの成膜有無での摩耗量の比較であり,DLC 膜により双方の摩耗量の大幅な低減に繋がった.」(第558頁右欄第3行〜第559頁左欄第2行)
イ)「現在自動車用ピストンリングの表面処理として,Cr めっき,ステンレス鋼への窒化処理,PVD のイオンプレーティング法によるCrN 膜が用いられているが,さらなるフリクションの低減のためDLC 膜の適用が始まっている.」(第560頁右欄第11行〜第15行)
ウ)「図2



7 甲第7号証
甲第7号証には次の記載がある。
「【0003】アルコールエンジンの開発には、潤滑油の開発も重要であり、従来のガソリンエンジン用潤滑油とは大きく性格を異にする性能が要求されている。即ち、アルコール燃料エンジンにおいては、アルコール、例えばメタノールの燃焼により水やギ酸などの酸性物質が多く発生する。水の発生量は同一発熱量基準で比較するとガソリンエンジンの約1.7倍とされており、また低温運転(メタノールの露点以下)の時には、クランクケース内への水の混入が著しく、更に酸性物質も共存するため潤滑系統の摩耗が著しく増加することになる。これは、混入した水が乳化し、摩耗面で潤滑油の摩耗防止性能を低下させるとともに、金属表面に酸性の燃焼生成物が付着して腐食摩耗を促進させてしまうからである。」

8 甲第8号証
甲第8号証には次の記載がある。
ア)「E85 ethanol fuel propensity to form deposits in combustion chambers of the test object was tested based on the MERCEDES BENZ M111 method acc. to procedure CEC F-20-98[12].」(第4頁左欄第15行〜第18行)
(訳「燃焼室に堆積物を形成するというE85メタノール燃焼の性質を、メルセデスベンツM111メソッドに基づいてCEC F−20−98にしたがって試験した[12]。」
イ)「Unfavourable effects related to chemical stability, including the propensity to form deposits in the combustion chamber, on intake valves, and fouling of fuel system injectors are a significant issue in E85 ethanol fuel application to feed Flex Fuel type engines.」(第7頁左欄第2行〜第6行)
(訳「燃焼室や吸気バルブへの堆積物の形成、燃料システムのインジェクターのファウリングなど、化学的安定性に関する好ましくない影響は、E85エタノール燃料をフレックス燃料タイプのエンジンに適用する際の重要な問題です。」

9 甲第9号証
甲第9号証には次の記載がある。
ア)「A test procedure was developed to assess the deposit-forming tendencies of gasoline/ethanol fuel blends, ranging from 0% to 100% ethanol (E0 to E100). The test engine was a Ford 1.8l-4 cylinder-16 valve natural aspirated flex fuel engine, which is used in various vehicle models, such as the European Focus and C-MAX.」(第22頁左欄第2行〜第7行)
(訳「エタノールの範囲が0%〜100%(E0〜E100)のガソリン/エタノール燃料混合物において堆積物を形成する傾向を調査するための試験手順を開発した。試験エンジンは、European Focus及びC−MAXのような様々な車両モデルにおいて用いられる、フォード1.8リッター−4シリンダー−16バルブ−自然吸気フレックス燃料エンジンである。」)

イ)「・With unadditized E85 the test engine was prone to accumulate deposits on intake valves and injectors, whereas with unadditized E0 deposits were found only on the intake valves but not on the injectors.」(第29頁左欄第7行〜第10行)
(訳「添加物を入れなかったE85を用いた試験エンジンは、吸気バルブ及びインジェクターに堆積物を堆積しやすかった。これに対し、添加物を入れなかったE0を用いた試験エンジンにおいては、堆積物は吸気バルブのみに見られ、インジェクターには見られなかった。」)

10 甲第10号証
甲第10号証には次の記載がある。
ア)「【符号の説明】
1 シリンダブロック
2 シリンダライナ
3 ピストン
4 トップリング
5 セカンドリング
6 コイルエキスパンダ付きオイルリング
7 CrN被膜
8 窒化層
9 硬質Crめっき
10 オイルリング
11 コイルエキスパンダ
12 窒化層
13 窒化層」
イ)「【図1】



11 甲第11号証
甲第11号証には次の記載がある。
ア)「実験には,二組(No.1,No.2 と称す)のシリンダーおよびピストンを使用し,No.1 は燃料としてガソリン(G100)を用い,No.2 はメタノール(M100)を用いた.なお,潤滑油供給量は供試機関のメーカー推奨値であるガソリンと潤滑油の混合比率が 25:1 となるように設定し,No.2 では No.1 と同量の潤滑油供給量に設定した.このとき,メタノールの消費量から求めた潤滑油との供給比率は 34:1 となった.また,No.3 は壁面に存在する油を採取する実験に用いたシリンダーである.初期摩耗の影響を少なくするため,50 時間まで回転数 1000min-1(空気過剰率 EAR=0.9,給気比 DR=0.20)で運転し,その後,150 時間まで回転数 2200min-1(EAR=0.90,DR=0.35)で運転した.なお,1 時間の定常運転と,始動時及び停止時間にそれぞれ 15 分間のアイドリングを入れたものを1 サイクルとして,定常運転時間の積算を運転時間とした.各運転条件での潤滑油供給量を表 1 に示す.
実機実験では一定時間の繰り返し運転した後,シリンダーについては真円度測定機(TALYROND300)を用いて,円周方向および摺動方向の形状を測定して摩耗の進行を求めた.また,ピストリングは運転前に摺動面につけたビッカース痕の深さを,レーザ顕微鏡(OLS1000)を用いて測定することで摩耗量を調査した.」(第267頁第13行〜第23行)
イ)「図4には,50時間毎に測定によって得られたNo.1(G100),No.2(M100)のRND7(吸気孔上部・トップリング下死点位置)の第5本目における円周方向の形状変化を示す.」(第268頁第10行〜第11行)
ウ)「表1


ウ)「図4



第5 当審の判断
1 特許法第29条第2項に関して
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「トップリング」、及び「セカンドリング」は、それぞれ、本件発明1の「トップリング」、及び「セカンドリング」に相当する。
また、引用発明1の「オイルコントロールリング」は、本件発明1の「組合せオイルリング」との対比において、「オイルリング」の限度で一致する。
さらに、当業者における技術常識からすれば、引用発明1の「トップリング」、「セカンドリング」及び「オイルコントロールリング」は、この順番で、3つのリング溝の燃焼室側から順に装着されているものであるといえる。
(イ)引用発明1の「ディーゼルエンジン」は、内燃機関であるから、引用発明1の「ディーゼルエンジン用ピストン」は、本件発明1の「内燃機関用ピストン」に相当する。
(ウ)引用発明1の「トップリング」、「セカンドリング」、及び、「オイルコントロールリング」のそれぞれに施されたコーティングは、その機能から見て、外周摺動面に施されたものであるといえる。
(エ)引用発明1の「トップリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したもの、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)上のCrN PVD表面上にDLC H−フリーコーティングを施したものであり、セカンドリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したものであり、オイルコントロールリングは、CrN PVDコーティング上に DLC H−フリーコーティングを施したもの、又は、CrN PVDコーティングを施したものである」であることは、DLC H−フリーコーティングとはDLC被膜であり、CrN PVDコーティングとは窒化物被膜であるから、上記(ウ)を踏まえると、本件発明1の「前記トップリング及びオイルリングは、その外周摺動面にDLC被膜を有し、前記セカンドリングは、その外周摺動面に、前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有」するとの対比において、「前記トップリング及びオイルリングの外周摺動面にDLC被膜が選択される場合があり、前記セカンドリングの外周摺動面に窒化物被膜が選択される場合がある」との限度で一致する。
(オ)引用発明1の「ディーゼルエンジンピストン」は、本件発明1の「アルコール燃料用ピストン」との対比において、「ピストン」との限度で一致する。
(カ)以上のとおりであるから、本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は、次のとおりとなる。

[一致点1]
「ピストンリングが装着される3つのリング溝を有する内燃機関用ピストン、並びに、
該ピストンのリング溝に、前記ピストンの燃焼室側から順に装着されたトップリング、セカンドリング及びオイルリング、
からなる、ピストンであって、
前記トップリング及びオイルリングの外周摺動面にDLC被膜が選択される場合があり、前記セカンドリングの外周摺動面に窒化物被膜が選択される場合がある、
ピストン。」

[相違点1]
「ピストン」に関し、本件発明1は、「アルコール含有量が20体積%以上」の「アルコール燃料用ピストン」であるのに対し、引用発明1は、「ディーゼルエンジン用ピストン」である点。
[相違点2]
「オイルリング」に関し、本件発明1は、「組合せオイルリング」であるのに対し、引用発明1は、組合せオイルリングであるとは特定されていない点。
[相違点3]
「トップリング」、「セカンドリング」、及び「オイルリング」の被膜に関し、本件発明1は、「トップリング及びオイルリングは」、「DLC被膜を有し」、「セカンドリングは」、「トップリングの外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有」すると、各リングと被膜の組合せが特定されているのに対し、引用発明1は、「トップリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したもの、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)上のCrN PVD表面上にDLC H−フリーコーティングを施したものであり、セカンドリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したものであり、オイルコントロールリングは、CrN PVDコーティング上に DLC H−フリーコーティングを施したもの、又は、CrN PVDコーティングを施したものである」とされ、各リングと被膜の組合せについては特定されていない点。

イ 判断
ア)相違点1について
(ア)アルコールを燃料とするエンジンと、主に軽油、重油を燃料とするディーゼルエンジンとでは、圧縮比、着火方式、燃焼方式などが異なることから、引用発明1のディーゼルエンジン用ピストンをアルコール燃料用ピストンとして適用することは単なる設計事項であるとはいえず、当業者が容易になし得たことではない。
(イ)異議申立人は、甲第3号証、甲第5号証、及び甲第6号証を挙げ、引用発明1のピストンを、アルコール含有量が20体積%以上のアルコール燃料用とすることは単なる設計事項であると主張するが(特許異議申立書第36頁第16行〜第37頁第14行。)、甲第3号証、甲第5号証、及び甲第6号証のいずれも、ディーゼルエンジン用ピストンをアルコール燃料用ピストンとして用いることを記載ないし示唆するものではなく、異議申立人の主張は採用できない。
イ)相違点3について
(ア)引用発明1は、「トップリング」、「セカンドリング」、及び「オイルリング」の被膜に関し、低粘度エンジンオイルの影響という観点から、「トップリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したもの、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)上のCrN PVD表面上にDLC H−フリーコーティングを施したものであり、セカンドリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したものであり、オイルコントロールリングは、CrN PVDコーティング上に DLC H−フリーコーティングを施したもの、又は、CrN PVDコーティングを施したものである」とするに留まり、本件発明1のように、「トップリング及びオイルリングは」、「DLC被膜を有し」、「セカンドリングは」、「トップリングの外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有」すると、その被膜の組合せを特定するものではない。
しかも、甲第1号証は、ディーゼルエンジン用ピストンに対する低粘度エンジンオイルの影響という観点から、「トップリング」、「セカンドリング」、及び「オイルリング」の被膜を検討しているものであって、本件発明1のように、アルコールを使用する内燃機関において、燃費の改善とLOC悪化の防止とを両立させるという観点から、トップリング及びオイルリングは、DLC被膜を有するものとして低フリクションとし、セカンドリングは、トップリングの外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有するものとして、シリンダ内壁に堆積したアルコール燃料生成物を掻き落とすものとするという各リングと被膜との組合せとしたものではない(本件特許の明細書段落【0008】を参照。)。
してみると、引用発明1において、燃費の改善とLOC悪化の防止とを両立させるという観点から、「トップリングは」、「ガス窒化された鋼材(GNS)上のCrN PVD表面上にDLC H−フリーコーティングを施したもの」とし、「セカンドリングは」、「ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したもの」とし、「オイルコントロールリングは」、「CrN PVDコーティング上に DLC H−フリーコーティングを施したもの」とするという、各リングと被膜との組合せを選択することは当業者が容易になし得たことではない。
また、甲第2、4及び7〜11にも、相違点3に係る本件発明1の構成は記載も示唆もされていない。
したがって、引用発明1において、相違点3に係る本件発明1の構成となすことは当業者が容易になし得たことではない。
(イ)異議申立人の主張について
異議申立人は、甲第1号証には、トップリング及びオイルリングは、その外周摺動面にDLC被膜を有し、セカンドリングは、その外周摺動面に、PVD被膜または窒化物被膜有するものとした各リングと被膜との組合せが記載されていると主張する(特許異議申立書第17頁第9行〜第21頁第17行。)。
しかしながら、甲第1号証に上記各リングと被膜との組合せは、ディーゼルエンジン用ピストンに対する低粘度エンジンオイルの影響という観点から選択されたものであって、アルコール燃料用ピストンでの燃費の改善とLOC悪化の防止とを両立させるという観点から選択されたものでなく、しかも、甲第1号証に異議申立人の主張する、上記各リングと被膜との組合せが記載されているとはいえないことは、上記(ア)で説示のとおりである
したがって、甲第1号証に、相違点3に係る本件発明1の構成が示唆されているとはいえず、異議申立人の主張は採用できない。
ウ)小括
以上のとおりであるから、残る相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明1及び甲第1号証〜甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項をすべて含みさらに限定するものであるから、本件発明2と引用発明1との間には、少なくとも相違点1〜3が存在し、そのうち、相違点1及び3については、上記(1)イと同じ理由により、当業者が容易になし得たことではない。
したがって、本件発明2は、引用発明1及び甲第1号証〜甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明3について
ア 対比
甲第1号証には、引用発明1を備えるディーゼルエンジン(内燃機関)を用いて試験した結果が記載されているから、甲第1号証には、引用発明1を備える内燃機関の製造方法(以下、「引用発明2」という。)も実質的に記載されているといえるところ、当業者における技術的常識を踏まえれば、引用発明2において、トップリング、セカンドリング及びオイルリングを装着する工程が含まれていることは明らかである。
したがって、上記(1)アを踏まえれば、本件発明3と引用発明2との一致点及び相違点は次のとおりとなる。

[一致点2]
「3つのリング溝を有する内燃機関用ピストンに、トップリング、セカンドリング及びオイルリングを装着する工程、を有する内燃機関の製造方法であって、
該ピストンのリング溝に、前記ピストンの燃焼室側から順に装着されたトップリング、セカンドリング及びオイルリングが装着され、
前記トップリング及びオイルリングの外周摺動面にDLC被膜が選択される場合があり、前記セカンドリングの外周摺動面に窒化物被膜が選択される場合がある、
内燃機関の製造方法。」
[相違点1’]
「内燃機関」に関し、本件発明3は、「アルコール含有量が20体積%以上」の「アルコール燃料用の内燃機関」であるのに対し、引用発明2は、「ディーゼルエンジン」である点。
[相違点2’]
「オイルリング」に関し、本件発明3は、「組合せオイルリング」であるのに対し、引用発明2は、組合せオイルリングであるとは特定されていない点。
[相違点3’]
「トップリング」、「セカンドリング」、及び「オイルリング」の被膜に関し、本件発明3は、「トップリング及びオイルリングは」、「DLC被膜を有し」、「セカンドリングは」、「トップリングの外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有」すると、各リングと被膜の組合せが特定されているのに対し、引用発明2は、「トップリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したもの、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)上のCrN PVD表面上にDLC H−フリーコーティングを施したものであり、セカンドリングは、ガス窒化された鋼材(GNS)、又は、ガス窒化された鋼材(GNS)の上にCrN PVDコーティングを施したものであり、オイルコントロールリングは、CrN PVDコーティング上に DLC H−フリーコーティングを施したもの、又は、CrN PVDコーティングを施したものである」とされ、各リングと被膜の組合せについては特定されていない点。

イ 判断
ア)相違点1’について
アルコールを燃料とするエンジンと、主に軽油、重油を燃料とするディーゼルエンジンとでは、圧縮比、着火方式、燃焼方式などが異なることから、引用発明2のディーゼルエンジンをアルコール燃料用エンジン(内燃機関)として適用することは、単なる設計事項であるとはいえず、当業者が容易になし得たことではない。

イ)相違点3’について
相違点3’は、実質的に相違点3と同じであるから、上記(1)イのイ)と同様の理由により引用発明2において、相違点3’に係る本件発明3の構成となすことは当業者が容易になし得たことではない。

ウ)小括
したがって、残る相違点2’について検討するまでもなく、本件発明3は、引用発明2及び甲第1号証〜甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2 特許法第36条第6項第1号、同条第6項第2号及び同条第4項第1号に関して
(1)異議申立人は、本件特許明細書には、本件発明1〜3の構成要件を充足する発明例が何ら記載されていないから、本件発明1〜3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号、及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張している(特許異議申立書第39頁第17行〜第42頁第20行。)ので、この点について検討する。
本件特許明細書の段落【0015】〜【0027】には、【発明を実施するための形態】が記載されているところ、その段落【0017】には、「本実施形態では、トップリング20及び組合せオイルリング10の、シリンダ1の内壁との摺動面、即ちトップリング20及び組合せオイルリング10の外周面は、DLC被膜を有する。」とあり、段落【0020】には、「本実施形態では、・・・セカンドリングの外周面に、DLCよりも摩擦係数の高い被膜、すなわちPVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有する。」とあるから、本件特許明細書には、本件発明1〜3の発明特定事項(構成要件)を充足する例が記載されているといえる。
そして、本件特許明細書の段落【0008】及び【0013】の記載からすれば、トップリング20及び組合せオイルリング10の外周面がDLC被膜を有することにより、低摩擦による燃費の改善という作用があり、セカンドリングの外周面がDLCよりも摩擦係数の高いPVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜を有することにより、シリンダ内壁の堆積物を掻き落とすことによるLOCの悪化を防止する作用があるということは、当業者であれば十分理解ができるといえる。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。

(2)異議申立人は、本件発明1〜3の「トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜」という発明特定事項について、セカンドリングの外周摺動面に設けられる被膜の摩擦係数が、トップリングの外周摺動面よりも少しでも高ければ発明特定事項を満たすが、このような場合に課題を解決することができることが、当業者に自明であるとはいえないので、本件発明1〜3は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が発明の課題を解決できると認識するとはいえないから、発明の詳細な説明に記載したものではなく、本件発明1〜3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張する(特許異議申立書第42頁第20行〜第43頁第7行。)。
しかしながら、ピストンリングの外周摺動面に設けられる被膜とシリンダ内壁との摩擦によってシリンダ内壁の堆積物掻き落とすという作用効果からすれば、ピストンリングの外周摺動面に設けられる被膜の摩擦係数が少しでも高ければ低いものに比べ、ピストンリングの外周摺動面に設けられる被膜とシリンダ内壁との摩擦が大きくなり、このことによる堆積物を掻き落とす効果が期待できることは当業者であれば理解できるといえる。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。

(3)異議申立人は、本件発明1〜3の「PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜」という発明特定事項について、これらはいずれも膨大な種類の被膜を包含し得るものであり、これらの種類の全ての被膜について、本件発明1〜3の課題を解決することができることが、当業者に自明であるとはいえないから、本件発明1〜3は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明の課題を解決できると認識するとはいえず、したがって、発明の詳細な説明に記載したものではなく、本件発明1〜3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張する(特許異議申立書第43頁第10行〜第21行。)。
しかしながら、本件発明1〜3においては、「PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜」について、「前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である」との限定が付されているのであり、上記(2)での説示を踏まえれば、この限定によって、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜のうち、本件発明1〜3が解決しようとする課題を解決しえないものは排除されるとえいるから、本件発明1〜3は、発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。

(4)異議申立人は、本件発明1〜3の「PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜」との発明特定事項について、「PVD被膜」に関しては、いわゆるプロダクトバイプロセスに該当する特定であり、被膜の特徴を当業者が理解することができないし、また、「窒化物被膜」に関しては、どの物質の窒化物か特定されておらず、材質が不明瞭であり、さらに、「硬質クロムメッキ」に関しては、どの程度の硬度を有すれば「硬質」に該当するのか把握することができないから、本件発明1〜3の「PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜」との記載は被膜の特定として不明瞭であり、本件発明1〜3に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張する(特許異議申立書第43頁第22行〜第44頁第3行。)。
しかしながら、本件発明1〜3においては、「PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜」について、「前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である」との限定が付されているのであり、上記(1)及び(2)での説示も踏まえれば、この限定によって、当業者がPVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜のうち、膜の特性として、本件発明1〜3が解決しようとする課題である、燃費の改善とLOCの悪化の防止とを両立させる被膜を特定できるといえ、本件発明1〜3の「前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である、PVD被膜、窒化物被膜、及び硬質クロムメッキから選択される被膜」との記載は不明瞭であるということはできない。
なお、「PVD被膜」については、「前記トップリングの前記外周摺動面より摩擦係数が高い被膜である」との文言とも相俟って、物の構造又は特性を特定する用語として概念が定着しているともいえ、請求項において、その物の製造方法が記載されていることによって請求項の記載が不明瞭になる記載であるとはいえない。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。

第6 むすび
以上の「第5」のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-03-30 
出願番号 P2018-191361
審決分類 P 1 651・ 537- Y (F16J)
P 1 651・ 536- Y (F16J)
P 1 651・ 121- Y (F16J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 尾崎 和寛
田村 嘉章
登録日 2021-05-25 
登録番号 6889692
権利者 TPR株式会社
発明の名称 アルコール燃料用ピストン  
代理人 特許業務法人秀和特許事務所  

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