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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
管理番号 1385138
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-01-28 
確定日 2022-05-27 
異議申立件数
事件の表示 特許第6729904号発明「樹脂組成物及び該樹脂組成物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6729904号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6729904号(請求項の数1。以下、「本件特許」という。)は、令和1年5月28日を出願日とする特願2019−99325号に係る特許であって、令和2年7月6日に設定登録がされたものである(特許掲載公報の発行日は同年7月29日である。)。
その後、令和3年1月28日に、本件特許の請求項1に係る特許に対して、特許異議申立人である森川真帆(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。その後の経緯は、以下のとおりである。
令和3年 5月13日付け取消理由通知書
同年 7月15日 意見書、訂正請求書(特許権者)
同年 8月12日付け通知書(申立人あて)
同年 9月 6日 意見書(申立人)
同年10月28日付け訂正拒絶理由通知書、審尋
同年11月29日 面接(特許権者)
同年12月 3日 手続補正書、意見書、回答書(特許権者)
令和4年 1月20日付け審尋(申立人あて)
同年 3月11日 回答書(申立人)

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和3年7月15日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。

請求項1における「 膨張性黒鉛の原料を100℃〜250℃の範囲で加熱して、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ、」と記載されているものを、「膨張性黒鉛の原料を100℃〜250℃の範囲で加熱して、該加熱によって生じる黒鉛粒子の厚みの増加により測定される、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ、」に訂正する。

その後、当審からの訂正拒絶理由通知に対して、特許権者は令和3年12月3日に手続補正書を提出して、本件訂正を手続補正書に記載のとおり補正することを求めたので、この手続補正が本件訂正の要旨を変更するものか否かを検討する。

2 訂正請求書の手続補正の内容
手続補正書の内容は、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲を、以下のとおりに補正するというものである。
「膨張性黒鉛と樹脂成分とを含む樹脂組成物で形成された熱膨張性の製品の形成に用いられる樹脂組成物の作製方法であって、
膨張性黒鉛を樹脂成分と混合して樹脂組成物とする前に、
膨張性黒鉛の原料を100℃〜250℃の範囲で加熱して、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ、得られた加熱処理済の膨張性黒鉛を樹脂成分と混合することを特徴とする樹脂組成物の製造方法。」

3 訂正請求書の手続補正についての当審の判断
手続補正書により補正される特許請求の範囲は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲と同じものであり、手続補正の内容は本件訂正の訂正事項を実質的に削除するものであって、訂正請求書の要旨を変更するものではないから、手続補正を認める。

4 本件訂正の当審の判断
訂正拒絶理由通知書について、訂正請求書の手続補正により本件訂正による訂正事項がないものとなるから、訂正拒絶理由の対象がなくなり、訂正拒絶理由は理由がないものとなった。
そして、訂正請求書の手続補正を認めることにより、本件訂正の唯一の訂正事項が実質的に削除されたことになり、本件訂正による訂正事項がないものとなるから、本件訂正の適否について判断を要しないこととなった。

第3 本件発明
第2で述べたとおり、訂正請求書の手続補正により補正された特許請求の範囲は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲となり、請求項1に係る発明は、請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「膨張性黒鉛と樹脂成分とを含む樹脂組成物で形成された熱膨張性の製品の形成に用いられる樹脂組成物の作製方法であって、
膨張性黒鉛を樹脂成分と混合して樹脂組成物とする前に、
膨張性黒鉛の原料を100℃〜250℃の範囲で加熱して、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ、得られた加熱処理済の膨張性黒鉛を樹脂成分と混合することを特徴とする樹脂組成物の製造方法。」
(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」といい、本件特許の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。)

第4 特許異議申立書の申立理由と当審が通知した取消理由
1 特許異議申立書の申立理由
申立人がした申立ての理由は、以下のとおりである。
本件発明は、下記(1)のとおりの取消理由があるから、本件発明に係る特許は、特許法第113条第2号又は第4号に該当し、取り消されるべきものである。証拠方法として下記(2)の甲第1号証〜甲第4号証を提出する。

(1)申立ての理由
ア 申立理由1(サポート要件)
請求項1に係る特許は、以下の点で、その特許請求の範囲が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

本件発明における膨張性黒鉛の原料の加熱処理条件によっては膨張性黒鉛に付着している水分及び低温揮発分が十分に除去できず、成形物の耐火性能に悪影響を与えることは明らかである。

イ 申立理由2(明確性
請求項1に係る特許は、以下の点で、その特許請求の範囲が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

本件明細書には、カサ体積の測定方法について、具体的にどのような測定機器、測定手法等を用いて測定されたのかが明確に記載ないし定義されていない。

ウ 申立理由3(実施可能要件
請求項1に係る特許は、以下の点で、その発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

本件明細書の実施例1〜4で、膨張性黒鉛がどのような温度、時間等の加熱処理条件で加熱されたものであるのかは何ら示されておらず、また、本件発明の「カサ体積変化率」がどのようなカサ密度測定方法を用いたものであるのかが定義されていないから、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が、発明の課題を解決できるように本件発明を実施するためには、過度の試行錯誤を要する。

エ 申立理由4(新規性
本件発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第2号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

オ 申立理由5(進歩性
本件発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第2号証に記載された発明、並びに、甲第3号証及び甲第4号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(2)証拠方法
甲第1号証:最新粉体物性図説(第三版)、(有)エヌジーティー、2004年10月28日、46〜57頁
甲第2号証:特開2018−109091号公報
甲第3号証:特開平5−178605号公報
甲第4号証:特開平6−64911号公報
(以下、甲第1号証〜甲第4号証を、順に「甲1」等という。)

2 当審が通知した取消理由
当審が令和3年5月13日付け取消理由通知で通知した理由は、概略、以下のとおりである。

取消理由(明確性
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

本件発明の「カサ体積変化率」は、特許請求の範囲及び明細書の記載、並びに、本件出願時の技術常識を参酌しても、どのような方法及び条件により測定されたものであるのかが判然としないから、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であると解さざるを得ない。そうすると、本件発明は明確であるとはいえない。

第5 当審の判断
以下に述べるように、当審が通知した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、本件発明に係る特許は取り消すことはできない。

1 本件明細書に記載された事項
本件明細書には以下の記載がある。
(1)「【0007】
したがって、本発明の目的は、膨張性黒鉛と樹脂成分とを含む構成の樹脂組成物における「耐火性能」の向上効果に対し、重要な材料である膨張性黒鉛をどのようにして使用することが有効であるかを検討し、「耐火性能」の向上に対してより有用な膨張性黒鉛を含む樹脂組成物の構成を見出すことである。」

(2)「【0019】
本発明者らの検討によれば、本発明が目的とする「優れた耐火性能」を得るために必須となる加熱処理済の膨張性黒鉛は、そのカサ体積変化率が、加熱前の原料に比べて1.05〜3.0倍に増加したもの、より好ましくは、1.5〜3.0倍に増加したものである。1.05倍未満では、本発明が目的とする膨張特性に対する効果が少なく、また、3.0倍を超えると黒鉛粒子が脆くなるので、成形工程に悪影響を与えるので好ましくない。本発明の技術的特徴は、上記したように、樹脂組成物の製造原料に用いる膨張性黒鉛について、予め比較的低温で加熱するという簡便な操作で、しかも、本発明の「優れた耐火性能」を得るために必須となる加熱処理済の膨張性黒鉛の管理を、極めて簡単な「カサ体積の変化率」で管理できるようにしたことである。これに対し、先に述べたように、従来技術では、樹脂組成物の製造原料に用いる天然物由来の膨張性黒鉛を、個々の黒鉛粒子の形状的な特徴や、配合する膨張性黒鉛の初期における膨張速度の傾向といったもので管理することになるので、その管理ははなはだ難しく、このことが原因して、製造した樹脂組成物の品質を従来技術で規定する状態に安定に保つことは難しいという問題がある。
【0020】
加熱処理済の膨張性黒鉛のカサ体積を、加熱前の原料に比べて1.05〜3.0倍に増加したものにするための加熱温度は、比較的低温の、カサ体積変化率が上記範囲になる温度であればよく、特に限定されない。本発明者らの検討によれば、膨張性黒鉛の銘柄によっても異なるが、例えば、150〜250℃の範囲内の温度で管理して前処理すれば、加熱前の原料に比べて1.05〜3.0倍に増加した加熱処理済の膨張性黒鉛を容易に得ることができる。
【0021】
本発明者らの検討によれば、本発明で規定するカサ体積の増加の範囲内での重量減少は、概ね1〜3%程度と極僅かである。このため、この重量減少で、本発明の顕著な効果が得られる加熱処理済の膨張性黒鉛を管理することは難しい。一方、驚くべきことに、この程度の僅かな重量減少でありながら、膨張性黒鉛を構成するグラファイトの層間が僅かながらも開き、結果として、その厚みが増加し、加熱処理済の膨張性黒鉛のカサ体積変化率が視認可能な1.05〜3.0倍になり、この値を用いれば、十分に安定して管理することができる。
【0022】
本発明の樹脂組成物における樹脂成分中の、上記した加熱処理済の膨張性黒鉛の配合比率は、樹脂成分100質量部を基準にして、5〜300質量部、より好ましくは10〜200質量部である。加熱処理前の原料とする膨張性黒鉛の銘柄に特別な選択はないが、その長径が100μm〜1000μmのものを使用する。また、加熱処理前の原料とする膨張性黒鉛を製造する際の処理条件についても制限がなく、中和品以外の、酸性、アルカリ性黒鉛でも使用できる。黒鉛粒子を扱う分野での用語として、表面の水平方向の一番長い距離を、その黒鉛粒子の長径と呼んでおり、この表面に垂直な方向の距離を厚みと呼んでいる。本発明のような目的で使用される場合、一般的には、膨張性黒鉛の厚みは50μm以下であり、本発明においても、このようなものを原料に使用する。本発明者らの検討によれば、本発明を構成する、カサ体積が増加した加熱処理済の膨張性黒鉛は、後述するように、上記した厚みが5μm〜150μmに増大するものの、その長径は100μm〜1000μmであり、原料の膨張性黒鉛と特に異なるものではない。
【0023】
本発明の樹脂組成物を構成する樹脂成分についての制限はなく、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂のいずれでも使用できる。必要に応じて、例えば、可塑剤などを配合してもよい。例えば、熱可塑性樹脂としては、塩化ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂及びポリウレタン樹脂などが挙げられる。熱硬化性樹脂としては、熱硬化性ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂及び不飽和ポリエステル樹脂などが挙げられる。」

(3)「【0031】
本発明者らの検討によれば、膨張体の膨張前との体積の比は、膨張倍率と呼ばれ、膨張性黒鉛に含侵されている酸の量や、膨張性黒鉛の形態、特に、長径によって影響を受ける。一般的に、同一の銘柄であっても、黒鉛粒子の長径が大きい程、倍率は大きくなる。従って、延焼防止効果を向上させるためには、樹脂組成物中における膨張性黒鉛の含有量を多くし、加えて、使用する膨張性黒鉛を、含侵されている酸の量が多く、かつ、長径の大きい形状の黒鉛粒子にすることが有効である。また、本発明者らの検討によれば、樹脂組成物中の樹脂成分が、膨張性黒鉛の表面全体、特に、厚み面に濡れ性がよい程、炭化物の付着が多くなるので好ましい。何故なら膨張は、厚み方向の拡大によって引き起こされるからである。以上の諸点から、少ない配合量の膨張性黒鉛で、十分な膨張後の特性、即ち、膨張体が、安定して高い粘結力を有するものになる樹脂組成物を得る方法が課題となっている。

【0033】
しかしながら、この条件は、体積の大きい膨張性黒鉛を多く使用することなので、結局は樹脂組成物における膨張性黒鉛の配合量を多くする結果となるので、膨張性黒鉛の使用量を変更することなく、膨張体の高い粘結力を安定して得るとしている本発明の課題の解決にはならない。

【0041】
図3は、室温〜255℃にある温度を段階的に選択していき、その温度で30分間維持した場合における、膨張性黒鉛のカサ体積の変化率を示す図である。カサ体積の変化率とは、加熱前の原料の膨張性黒鉛のカサ体積と、各温度に30分間ホールドした後の、加熱処理後の膨張性黒鉛のカサ体積の比と定義される。」

(4)「【0043】
…勿論、この黒鉛粒子の厚みの拡大は、単に樹脂の密着面積の増加効果だけでなく、前述したように、濡れ特性の改善も意図している。即ち、上記した条件の加熱処理によってグラファイトの層間が僅かながらも開くので、混合して樹脂組成物にした場合に、樹脂成分が、この層間に喰い込むことになり、樹脂成分を構成している炭化物が、燃焼して膨張した時に、黒鉛表面に強固に付く要因となり、その結果、膨張体の粘結力の向上が実現できたものと考えられる。本発明者らの検討によれば、この加熱処理をせずに、単に厚みの大きい膨張性黒鉛を使用しても、本発明によってもたらされる、樹脂成分に対する濡れの向上、即ち、樹脂成分の黒鉛粒子の層間への喰い込み効果が少ないので、良好な膨張特性が得られない。また、上記した加熱処理操作をしないままの厚みの大きな膨張性黒鉛を用いるのは、前述の如く、膨張性黒鉛の重量の増加を伴うので形成工程に悪い要因となる。」

(5)「【0045】
図4に示されるように、200〜250℃では、重量変化は、1〜3%程度の僅かな減少となっている。膨張性黒鉛は、製造工程中で、水洗、中和等の工程を経るので多量の水分を含んでいる。最終工程で乾燥を実施しているが、完全な水分除去はされていない。先に述べた如く、図2は、200℃で、長時間加熱した時の減量カーブを示すものであるが、初期段階で重量減少を示すが、その後は大きな減少を示さない。図1及び図2の対比から、比較的低温(200〜250℃)における膨張性黒鉛の重量減少は、水分、及び、グラファイト中にカチオンとアニオンのイオン結合でホールドされていないで殆どが表面に付着している揮発分、であると推定される。従って、この程度の減少は、膨張性黒鉛本来の高温時での膨張性には大きな影響を与えない。なお、本発明で記載した、例示した熱膨張性黒鉛の加熱による重量の変化や体積の変化率の測定データは、加熱の方法等で変わるので、加熱温度と時間は、参考例である。」

(6)「【0048】
表3に、上記で定義した黒鉛粒子の厚みと、膨張性黒鉛のカサ体積の加熱による変化率の対応の測定例を示す。測定は、膨張性黒鉛を金属製の容器に入れて電気炉にて連続的に昇温加熱して途中で適時サンプリングし、黒鉛粒子の厚みの変化率と、膨張性黒鉛のカサ体積変化率を測定して対応させた。
【0049】

【0050】
表3の対比から、膨張性黒鉛の粒子の平均厚みと、カサ体積変化率は、相関しているのがわかる。但し、カサ体積変化率が非常に大きいと粒子の平均厚み比率が、相関性がズレてくることが見出された。恐らく、体積の変化率が大きくなると粒子が脆くなるのでグラファイト層の剥離が生じていると推定される。」

(7)「【実施例】
【0052】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
膨張性黒鉛には、下記の銘柄のものを使用した。以下、商品名で説明する。
・SYZR802(商品名):三洋貿易社製、粒径180μm(80メッシュ)、1000℃膨張度(ml/g)230
・SYZR502:三洋貿易社製、粒径300μm(50メッシュ)、1000℃膨張度(ml/g)250
・GREP−EG(商品名):鈴裕化学社製、粒径300〜400μ、1000℃膨張度(ml/g)180〜230
・EXP−50S160(商品名):富士黒鉛工業社製、粒度50メッシュ、1000℃膨張度(ml/g)200
・EG−E300(商品名):Qingdao Yanhai carbon materiaIs社製、粒度80メッシュ、1000℃膨張度(ml/g)270
【0053】
[実施例1、比較例1]
本例では、樹脂成分として、FRPに使用されている手積用ポリエステル樹脂である、不飽和ポリエステル/硬化剤=100/1(日本特殊塗料社製)を用いた。使用に際し、樹脂と硬化剤と、下記に述べるカサ体積が異なる3種の膨張性黒鉛をそれぞれに混合して、3種の樹脂組成物を得た。本例の樹脂成分は熱硬化樹脂であるので、試験用の試料の作製の際に、70℃、30分間加熱処理して不飽和ポリエステル樹脂を硬化させ、硬化物を試験用の試料とした。
【0054】
膨張性黒鉛には、前記SYZR802を使用し、表4の配合で使用した。SYZR802には、先に述べたようにして加熱処理してカサ体積を増加させた、カサ体積変化率がそれぞれ、1.55と2.60の加熱処理済のものと、比較例1として、加熱処理を行わない原料のままのカサ体積変化率1.0のものを用いた。
【0055】
<評価>
上記で得た試験用試料を用い、下記の方法で、発泡倍率と、粘結力を測定した。
(発泡倍率の測定)
上面が開放され底辺の寸法が外径50mm×25mmで、高さ50mmの鉄製容器の底面に、評価のために底面と同じ大きさにカットした上記で調製した試験用試料を、それぞれに置いた。カットした評価試験用試料の厚みは、1.0〜2.0mmの範囲内とし、3種の試料が同一の厚みになるように調整し、その厚みを加熱前の試料の厚みとした。具体的には、試料の厚みを1.93mmに調整した。そして、試料を入れた容器を電気炉入れ、600℃で30分間加熱した。室温で冷却後に膨張体を容器から取り出し、膨張体の厚みを測定し、それぞれの試料について発泡倍率を測定した。具体的には、膨張特性を示す発泡倍率とは、加熱前の試料の厚みと、加熱膨張体の厚みの比(=加熱後の厚み/加熱前の厚み)とした。
【0056】
(粘結力)
発泡倍率の測定で加熱して得た膨張体の上面に、500gの平滑な板をのせ、この板の自重で圧縮された後における膨張体の厚み値(mm)を測定した。この値を相対的に比較して評価した。参考に、比較例1における値に対する比を算出し、表4に示した。
【0057】

【0058】
[実施例2、比較例2]
本例では、樹脂成分として、熱可塑性ポリウレタン樹脂(商品名:レザミンNE−8811、大日精化工業社製、25%溶液)を用いた。また、膨張性黒鉛に、実施例1−1と同様の、加熱処理済のカサ体積変化率が1.55であるSYZR802を使用した。本例では、表4に示した配合物を、室温で48時間放置後に、160℃で、10分間加熱して、溶剤を揮発させて試験用の試料とした。そして、このようにして得られたものを実施例2の試料とし、膨張性黒鉛に、加熱処理を行わない原料のままのカサ体積変化率1.0のものを用いて得たものを比較例2の試料とした。これらの試料の評価を、実施例1で行ったと同様にして、膨張体についての、発泡倍率及び粘結力を測定して行った。結果を表5に示した。

【0060】
[実施例3、比較例3]
樹脂成分として、熱可塑性アクリル樹脂(商品名:MH101ベース、藤倉化成社製、酢酸エチル25%溶液)を用いた。また、膨張性黒鉛に、実施例1−1と同様の、加熱処理済のカサ体積変化率が1.55であるSYZR802を使用した。本例では、表6に示した配合物を、室温で48時間放置後に、160℃で、10分間加熱して、溶剤を揮発させて、実施例3の試験用試料とした。そして、このようにして得られたものを実施例3の試料とし、膨張性黒鉛に、加熱処理を行わない原料のままのカサ体積変化率1.0のものを用いて得たものを比較例3の試料とした。これらの試料の評価を、実施例1で行ったと同様にして、膨張体についての、発泡倍率及び粘結力を測定して行った。結果を表6に示した。

【0062】
[実施例4、比較例4]
本例では、樹脂成分としてポリ塩化ビニル(商品名:リューロンペースト772A、東ソー社製)を用い、膨張性黒鉛として、表8に示す5種類を用い、それぞれ加熱処理をしない原料のままの膨張性黒鉛を比較例とし、加熱処理してカサ体積変化率がそれぞれ異なる2種の膨張性黒鉛を使用した。また、表7に、実施例4及び比較例4の基本配合を示した。いずれの例もこの基本配合で樹脂組成物を調製した。
【0063】

【0064】
また、上記した各配合物を用い、160℃、10分間加熱して、1.70〜1.95mmの厚みのシートをそれぞれに作製した。得られたシートを50mm×25mmの寸法にカットして、評価試験用の試料とした。これらの試料についての評価を、実施例1で行ったと同様にして、600℃で30分間加熱して得た膨張体についての、発泡倍率及び粘結力を測定することで行った。結果を表8にまとめて示した。」

2 甲号証に記載された事項
(1)甲1
甲1には、以下の記載がある。

(46頁)







(51〜56頁)

(2)甲2
甲2には、【0013】(発明の効果)、【0048】〜【0050】(熱膨張性黒鉛)、【0059】〜【0060】(熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法)、【0064】〜【0070】(検討例1)の記載があり、天然に産出される鱗片状黒鉛の粉末を無機酸或いは有機酸と、強酸化剤とで処理し、中和処理したものであることが好ましいことが記載され(【0050】)、検討例1で用いた塩化ビニル樹脂組成物の製造方法が記載されている(【0065】、【0066】)。
そして、甲2には、検討例1に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。
「塩化ビニル樹脂(リューロンペースト772A)28.0質量部、可塑剤(サンソサイザーDOP)22.0部、Zn/Ca複合安定剤(LX−550)0.5質量部、ポリリン酸アンモニウム22.0質量部、熱膨張性黒鉛(SYZR802)23.5質量部、カーボンブラック1.0質量部、酸化亜鉛又は炭酸カルシウム3.0質量部を配合して調製した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法」(以下、「甲2発明」という。)

(3)甲3及び甲4
甲3には、【0002】(従来の技術)、【0007】〜【0008】(熱膨張性黒鉛の製造方法)の記載があり、甲4には、【0002】(従来の技術)、【0011】(熱膨張性黒鉛の製造方法)の記載があり、甲3及び甲4には、熱膨張性黒鉛はポリウレタンフォーム等に添加して難燃性を付与できること、及び、黒鉛を酸処理、水洗した後に、105℃で2時間加熱したときの加熱減量が、1%前後となるように120〜180℃程度の温度で乾燥(甲3)、又は、2重量%以下となるまで乾燥(甲4)されることが記載されている。

3 当審が通知した取消理由及び申立理由2(明確性)について
申立理由2(明確性)は取消理由と同旨であるから、これらを併せて検討する。
(1)本件発明の「カサ体積」及び「カサ体積変化率」について
本件発明の「カサ体積変化率」に関連して、本件明細書には、種々の膨張性黒鉛を室温〜255℃の各温度におけるカサ体積変化率を示した図3の説明として「カサ体積の変化率とは、加熱前の原料の膨張性黒鉛のカサ体積と、各温度に30分間ホールドした後の、加熱処理後の膨張性黒鉛のカサ体積の比と定義される」(【0041】)と記載され、本件発明の「カサ体積変化率」が、(加熱処理後の膨張性黒鉛のカサ体積)/(加熱前の原料の膨張性黒鉛のカサ体積)によって表されることが示されている。
そして、本件明細書には、上記「カサ体積」について具体的な記載は見当たらないが、本件明細書には、「カサ体積」の測定方法に関連して、「表3に、上記で定義した黒鉛粒子の厚みと、膨張性黒鉛のカサ体積の加熱による変化率の対応の測定例を示す。測定は、膨張性黒鉛を金属製の容器に入れて電気炉にて連続的に昇温加熱して途中で適時サンプリングし…膨張性黒鉛のカサ体積変化率を測定して」(【0048】)と記載されており、上記「カサ体積変化率」の算出に用いる「加熱処理後の膨張性黒鉛」は、膨張性黒鉛を容器に入れ、電気炉で加熱して膨張させて得られたものであることが示されている。
一方、特許権者が回答書に添付した参考資料2(特開平2−19597号公報)には、熱膨張性黒鉛の膨張度の測定法として「ビーカーを炉外に取出して素早く熱膨張性黒鉛0.5gを入れ、再びビーカーを素早く1000℃の電気炉に入れて10秒間保持した後、ビーカーを炉外に取出し、自然冷却後、ビーカーの目盛りにより、膨張後の黒鉛層の容量を読み取り」と記載され(2頁右下欄6〜16頁)、また、参考資料4(特開2006−69809号公報)には、「1000℃膨張度は…石英ビーカーを炉外に取り出し、直ちに熱膨張性黒鉛の試料0.5gを投入し、直ちに1000℃に保持された電気炉内に入れる。そのまま10秒間保持した後、炉外に取り出し、放冷後、ビーカーについた目盛りにより膨張後の容積を測定した」(【0025】)と記載され、膨張後の膨張性黒鉛の容積は、膨張性黒鉛をビーカー等の容器に入れ、電気炉で加熱して膨張させたそのままの状態で測定されることが示されており、このことは本件出願時の技術常識であると解される。このことから、本件発明における「加熱処理済みの膨張性黒鉛」の「カサ体積」は、膨張性黒鉛を容器に入れ、電気炉で加熱して膨張させたままの状態で測定されるものであるといえる。
これらのことから、本件発明の「カサ体積変化率」は、膨張性黒鉛を容器に入れて加熱前の原料の膨張性黒鉛のカサ体積と、上記容器に入った膨張性黒鉛を電気炉で加熱して膨張させたそのままの状態における、加熱処理後の膨張性黒鉛のカサ体積をそれぞれ測定し、(加熱処理後の膨張性黒鉛のカサ体積)/(加熱前の原料の膨張性黒鉛のカサ体積)によって表されるものであると解される。
したがって、本件発明は明確である。

(2)申立人の主張について
申立人は、申立理由2において、本件発明の「カサ体積」に相当する「かさ密度」は、甲1に記載されるように、測定機器や測定手法により異なってくることが本件出願時の技術常識であり、本件明細書には、カサ体積の測定方法について、具体的にどのような測定機器、測定手法等を用いて測定されたのかが明確に記載ないし定義されていないから、本件発明1の「カサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ」る工程は不明確である旨を主張する。
しかしながら、甲1には、かさ密度の一般的な測定方法として、ロートによる方法(金属粉、樹脂粉)、タップを使用する方法(顔料や電池用アセチレンブラック、活性炭、ファインセラミックス粉末)、プランジャーによる方法(熱硬化性プラスチック、ゴム用配合剤)が記載されているにすぎず、かさ密度(g/cm3)の測定方法であってカサ体積の測定方法ではないし、膨張性黒鉛について何ら記載されておらず、ましてや、膨張させた後のカサ体積の測定方法は明示されていないから、上記主張を採用することはできない。
また、申立人が回答書に参考資料1〜4を添付して提出し、参考資料1(特開2019−70119号公報)には、「熱膨張性黒鉛1.00gを50ml容量の耐熱ビーカに計量し…所定温度に昇温した電気炉に準備した耐熱ビーカを投入し、30分間加熱した。30分経過後、熱膨張性黒鉛をメスシリンダーに投入して50回タップした後の体積を測定した」(【0075】)と記載され、確かに、ビーカに膨張性黒鉛を入れて膨張させて、膨張後の膨張性黒鉛をメスシリンダーに充填し、50回タップした後に、その体積を測定することが示されている。
しかしながら、参考資料2(特表2017−537181号公報)には、凝縮膨張性黒鉛の膨張前のタップ密度について記載されているのみであり(【0015】)、この凝縮膨張性黒鉛は、膨張性黒鉛を圧縮して得たバルク材を分割して調製されるもの(【0028】)であって通常の膨張性黒鉛とは異なるものである。また、同じく参考資料3(特許6753591号公報)には、メスシリンダーに、加熱前の熱膨張性黒鉛原料と、体積が若干増加した加熱処理済の「膨張黒鉛」試料とを各々入れて、軽く2回タップして体積を測定することが記載されているが、これは、本件出願後にされた出願の特許掲載公報であるから、本件出願時の技術常識を示すものではない。参考資料4(特開2012−193053号公報)には、熱膨張性黒鉛(TEG)とアルカリ土類金属化合物とのTEG混合物をガラスシリンダーに投入し、電気炉に入れて昇温して、膨張したTEG混合物の容積を読み取ったことが記載されている(【0065】)。
このように、参考資料1以外に、膨張後の膨張性黒鉛を容器に充填し、タップした後に、その体積を測定することを記載した文献は提示されておらず、膨張後の膨張性黒鉛の体積を測定する方法として、膨張後の膨張性黒鉛を容器に充填しタップする方法が本件出願時の技術常識であると解することはできない。
そして、上記(1)で述べたとおり、本件明細書の【0048】の記載及び上記技術常識によれば、本件発明の「カサ体積」は、金属製の容器に入れた膨張性黒鉛を加熱して、膨張したそのままの状態の体積を測定するものであるのに対し、参考資料1〜3に記載の測定方法はいずれも、膨張後の膨張性黒鉛を容器に充填して測定するものであり、本件発明とは基本的な測定手法が異なる方法に関するものであって参酌することはできない。
さらに、申立人は、膨張性黒鉛のかさ密度をタップすることなく測定する方法が、タップして測定する方法と同様に一般的であるとしても、本件明細書には膨張性黒鉛のカサ体積を測定する方法について何ら記載されていないから、本件発明がタップをせずにカサ体積を測定するのか、どの程度タップして測定するのかが明確でない旨を主張する。しかしながら、かさ密度はカサ体積とは異なるものであるし、上述のように、参考文献1〜3の記載を根拠にして膨張後の膨張性黒鉛を容器に充填しタップする方法が本件出願時の技術常識であるとは解せないから、上記主張を採用することはできない。
なお、本件発明において、膨張前の膨張性黒鉛である原料の体積を測定する際に、膨張性黒鉛を容器に充填した後にタップするか否かは、本件明細書や特許権者が提出した参考資料2、4及び5の記載から明らかでないが、甲1に記載されるように、メスシリンダーで体積を測定する場合には、メスシリンダーと壁面と粒子の間にできる空間に粒子が入らないことを原因とする壁面効果に注意が必要であることは、本件出願時の技術常識であり、申立人が提出した参考資料3の上記記載のように、必要に応じて、軽く2回程度タップすることは行われるものと解される。

4 取消理由通知に採用しなかった申立理由について
(1)申立理由1(サポート要件)
ア 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、この観点に立って判断する。

イ 本件発明が解決しようとする課題
本件明細書には、「本発明の目的は、膨張性黒鉛と樹脂成分とを含む構成の樹脂組成物における「耐火性能」の向上効果に対し、重要な材料である膨張性黒鉛をどのようにして使用することが有効であるかを検討し、「耐火性能」の向上に対してより有用な膨張性黒鉛を含む樹脂組成物の構成を見出すことである」と記載されており(【0007】)、この記載によると、本件発明の課題は、耐火性能の向上に対してより有用な膨張性黒鉛を含む樹脂組成物の製造方法を提供することであると解される。
なお、本件明細書には、「少ない配合量の膨張性黒鉛で、十分な膨張後の特性、即ち、膨張体が、安定して高い粘結力を有するものになる樹脂組成物を得る方法が課題となっている」(【0031】)、「膨張性黒鉛の使用量を変更することなく、膨張体の高い粘結力を安定して得るとしている本発明の課題の解決」(【0033】)との記載があり、上記課題における耐火性能とは樹脂組成物の膨張体が安定して高い粘結力を有することであることが示されている。

ウ 本件発明について
本件発明は、膨張性黒鉛として、「膨張性黒鉛を樹脂成分と混合して樹脂組成物とする前に、膨張性黒鉛の原料を100℃〜250℃の範囲で加熱して、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ」るものである。
本件明細書には、本件発明の「カサ体積変化率」と相関している膨張性黒鉛の厚みの変化について、「この黒鉛粒子の厚みの拡大は、単に樹脂の密着面積の増加効果だけでなく、前述したように、濡れ特性の改善も意図している。即ち、上記した条件の加熱処理によってグラファイトの層間が僅かながらも開くので、混合して樹脂組成物にした場合に、樹脂成分が、この層間に喰い込むことになり、樹脂成分を構成している炭化物が、燃焼して膨張した時に、黒鉛表面に強固に付く要因となり、その結果、膨張体の粘結力の向上が実現できたものと考えられる。本発明者らの検討によれば、この加熱処理をせずに、単に厚みの大きい膨張性黒鉛を使用しても、本発明によってもたらされる、樹脂成分に対する濡れの向上、即ち、樹脂成分の黒鉛粒子の層間への喰い込み効果が少ないので、良好な膨張特性が得られない。また、上記した加熱処理操作をしないままの厚みの大きな膨張性黒鉛を用いるのは、前述の如く、膨張性黒鉛の重量の増加を伴うので形成工程に悪い要因となる。」(【0043】)と記載されており、原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加した膨張性黒鉛を用いることにより、膨張体の粘結力を向上させることができるものと解される。そして、本件明細書には、本件発明の具体例である実施例1〜4は、加熱処理を行わない原料のままの膨張性黒鉛を用いた比較例1〜4と比べて、膨張体の発泡倍率及び粘結力が向上し、耐火性能に優れる有用なものであることが具体的に確認できる。
そうすると、発明の詳細な説明は、本件発明が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。

エ 申立人の主張について
申立人は、本件発明における膨張性黒鉛の原料の加熱処理条件によっては膨張性黒鉛に付着している水分及び低温揮発分が十分に除去できず、成形物の耐火性能に悪影響を与えることは明らかであると主張する(申立書15頁9〜14行)。
しかしながら、本件明細書には、「200〜250℃では、重量変化は、1〜3%程度の僅かな減少となっている。…比較的低温(200〜250℃)における膨張性黒鉛の重量減少は、水分、及び…殆どが表面に付着している揮発分、であると推定される。従って、この程度の減少は、膨張性黒鉛本来の高温時での膨張性には大きな影響を与えない」(【0045】)と記載され、本件発明1の「膨張性黒鉛の原料を100〜250℃の範囲で加熱し」て「得られた加熱処理済の膨張性黒鉛」に付着している水分及び低温揮発分が成形物の耐火性能に悪影響を与えることは具体的に記載されていないし、申立人は、膨張性黒鉛に付着している水分及び低温揮発分が成形物の耐火性能に悪影響を与えることが本件出願時の技術常識であることを示す証拠を提出していない。
仮に、膨張性黒鉛に付着している水分及び低温揮発分が成形物の耐火性能に悪影響を与えるとしても、本件明細書には、「膨張性黒鉛は、製造工程中で、水洗、中和等の工程を経ているので多量の水分を含んでいる。最終工程で乾燥を実施している…」(【0045】)及び膨張性黒鉛の具体例として市販品を用いることが記載されている(【0030】、【0037】)ように、本件発明の「膨張性黒鉛の原料」は乾燥工程を経ることによって製造され、市販品としても入手可能な一般的な膨張性黒鉛である。本件発明の「加熱処理済の膨張性黒鉛」は、このような一般的な膨張性黒鉛を「100〜250℃で加熱し」たものであり、上述のとおり、上記加熱処理によって1〜3%程度の重量変化をもたらす水分及び揮発分が除去されたものであると解されるが、本件発明の「100〜250℃の加熱」によって水分及び揮発分が十分に除去されないとしても、未加熱の膨張性黒鉛を用いた比較例1〜4の樹脂組成物であっても、実施例1〜4には劣るものの、所定の発泡倍率及び粘結力を有することを考慮すれば、本件発明の「加熱処理済の膨張性黒鉛」は、成形物の耐火性能に悪影響を与えるほどの水分や揮発分は含んでいないと解される。
したがって、申立人の上記主張を採用することはできない。

オ まとめ
以上のとおりであるから、発明の詳細な説明には、本件発明が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されている。

(2)申立理由3(実施可能要件
実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)の判断手法
特許法第36条第4項第1号は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と定めている。
これは、当業者が明細書に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、物の発明については、その物を作れ、かつ、その物を使用することができ、物を生産する方法の発明については、その方法により物を生産することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならないことを意味するものである。そこで、この点について以下に検討する。

イ 本件発明について
本件明細書には、本件発明の具体例である実施例1〜4が記載され、また、実施例1〜4で用いた市販品の膨張性黒鉛について、室温〜255℃の温度を選択し、その温度で30分間維持した場合における膨張性黒鉛のカサ体積変化率を図3に示したことが記載されている(【0041】)。そして、表4〜6及び表8に示された膨張性黒鉛のカサ体積変化率に対応する温度を図3から読み取ることにより、実施例1〜4で用いた膨張性黒鉛を得るために加熱処理する温度を知ることができると解される。このような記載をみた当業者であれば、過度の試行錯誤をすることなく、本件発明で特定されるカサ体積変化率の膨張性黒鉛を製造できるといえる。また、本件発明の「カサ体積」の測定方法は、上記2(1)で述べたように明確であるといえる。
また、本件明細書には、樹脂組成物における樹脂成分と加熱処理済の膨張性黒鉛との配合比(【0022】)、樹脂成分中の樹脂成分の具体例(【0023】)が記載されている。
したがって、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

ウ 申立人の主張について
申立人は、本件明細書の実施例1〜4で、膨張性黒鉛がどのような温度、時間等の加熱処理条件で加熱されたものであるのかは何ら示されておらず、また、本件発明の「カサ体積変化率」がどのようなカサ密度測定方法を用いたものであるのかが定義されていないから、当業者が、発明の課題を解決できるように本件発明を実施するためには、過度の試行錯誤を要する旨を主張する。
しかしながら、上記イで述べたように、本件明細書の記載から、実施例1〜4で用いた膨張性黒鉛を得るために加熱処理する温度及び時間を知ることができると解されるし、本件発明の「カサ体積」及び「カサ体積変化率」の測定方法も明確であるといえる。
したがって、申立人の上記主張を採用することはできない。

エ まとめ
以上のとおりであるから、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(3)申立理由4(新規性)及び申立理由5(進歩性
ア 対比
本件発明と甲2発明を対比する。
甲2発明の「熱膨張性黒鉛」、「塩化ビニル」及び「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料」は、本件発明の「膨張性黒鉛」、「樹脂成分」及び「樹脂組成物」にそれぞれ相当する。また、甲2には、上記「樹脂材料」をシート状やペースト状にして、膨張後に高い粘結力を示す加熱膨張体になる各種製品を提供することが記載されているから(【0013】)、甲2発明の上記「樹脂材料」は、本件発明の「熱膨張性の製品の形成に用いられる」ものであるといえる。

そうすると、本件発明と甲2発明とは、「膨張性黒鉛と樹脂成分とを含む樹脂組成物で形成された熱膨張性の製品の形成に用いられる樹脂組成物の作製方法であって、膨張性黒鉛を樹脂成分と混合することを特徴とする樹脂組成物の製造方法。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点:本件発明は、「膨張性黒鉛を樹脂成分と混合して樹脂組成物とする前に、膨張性黒鉛の原料を100℃〜250℃の範囲で加熱して、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ」るのに対して、甲2発明は、熱膨張性黒鉛の体積をそのように増加させたものであるかが不明である点

イ 検討
相違点について検討する。
本件明細書には、「膨張性黒鉛は、黒鉛に強い酸化剤と酸で処理して層を形成しているグラファイトの一部をカチオン化し、酸根のアニオンと結びつけた結果として多量の酸を含有した構造にしたものである」(【0028】)、「膨張性黒鉛は、製造工程中で、水洗、中和等の工程を経ているので多量の水分を含んでいる。最終工程で乾燥を実施しているが…」(【0045】)と記載され、甲3及び甲4にも記載されるように、膨張性黒鉛は、黒鉛に対し、酸処理、水洗及び乾燥の各工程を経ることによって製造され、このような記載をみた当業者であれば、過度の試行錯誤をすることなく、本件発明で特定されるカサ体積変化率の膨張性黒鉛を製造できるといえる。また、本件明細書には、膨張性黒鉛の具体例として市販品を用いることも記載されている(【0030】、【0037】)。
このような技術常識を踏まえて、甲2の記載を見ると、甲2には、酸処理、水洗及び乾燥の各工程を経て製造された膨張性黒鉛である原料に、「100℃〜250℃の範囲で加熱して、前記原料に比べてカサ体積変化率が1.05〜3.0倍になるように体積を増加させ」る前処理を施すことは記載も示唆もされておらず、上述のように、甲3及び甲4にも記載されていない。また、膨張性黒鉛に上記前処理を施した後、樹脂成分と混合して樹脂組成物とすることが、本願出願前の技術常識であったとはいえない。
そうすると、上記相違点は実質的な相違点であり、本件発明は甲2に記載された発明ではない。
また、甲2〜甲4の記載を見ても、上記相違点に係る本件発明の前処理工程を採用することが動機づけられず、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

ウ 本件発明の効果
本件発明によって奏される「膨張性黒鉛を…「耐火性能」の向上効果が確実に得られるように改質して利用したことで、より安定して、従来よりも効果的な「耐火性能」を発揮する成形物(製品)の提供を可能にできる有用な樹脂組成物が提供される」(【0011】)という効果は、実施例1〜4に示された樹脂組成物の膨張体の発泡倍率と粘結力から具体的に確認することができる。
一方、甲2には、上記前処理を施していない熱膨張性黒鉛を用いた熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、構成成分及びその含有量を所定のものとすることにより、膨張後に、高い粘結力を示し、形状保持性及び機械的強度に優れた加熱膨張体となる各種製品の提供が可能になることが記載されているに留まり、甲3及び甲4の記載をみても、本件発明の上記効果は当業者が予測し得ない格別顕著なものであるといえる。

エ まとめ
したがって、本件発明は、甲2に記載された発明ではないし、甲2に記載された発明及び甲2〜甲4に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第6 結び
以上のとおりであるから、当審が通知した取消理由及び特許異議申立ての申立理由によっては、本件発明に係る特許は取り消すことはできない。
また、他に本件発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-05-16 
出願番号 P2019-099325
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 113- Y (C08L)
P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 近野 光知
土橋 敬介
登録日 2020-07-06 
登録番号 6729904
権利者 株式会社レグルス 都化工株式会社
発明の名称 樹脂組成物及び該樹脂組成物の製造方法  
代理人 菅野 重慶  
代理人 近藤 利英子  
代理人 近藤 利英子  
代理人 竹山 圭太  
代理人 竹山 圭太  
代理人 岡田 薫  
代理人 菅野 重慶  
代理人 岡田 薫  

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