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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 特174条1項  C08L
管理番号 1385217
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-28 
確定日 2022-05-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第6899208号発明「樹脂組成物及びそれを用いて作製された成形体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6899208号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6899208号(請求項の数4。以下、「本件特許」という。)は、平成28年10月13日にされた出願(特願2016−201850号、以下「本願」ともいう。)に係る特許であって、令和3年6月16日に設定登録がされたものである(特許掲載公報の発行日は同年7月7日である。)。
その後、令和3年12月28日に、本件特許の請求項1〜4に係る特許に対して、特許異議申立人である中谷 浩美(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされた。

申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:特開2011−195705号公報
甲第2号証:特開2012−201767号公報
甲第3号証:特開2014−180833号公報
甲第4号証:国際公開第2014/046139号
甲第5号証:国際公開第2015/005374号
甲第6号証:特開2016−074824号公報
(以下、上記「甲第1号証」〜「甲第6号証」を、それぞれ「甲1」〜「甲6」という。)

第2 本件発明
請求項1〜4に係る発明は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、請求項1〜4に係る発明を、順に「本件発明1」等といい、これらを総称して「本件発明」ともいう。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

「【請求項1】
下記成分(A)〜(C)を下記の含有割合で含む樹脂組成物。
(A)230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが5〜200g/10分であるポリマーであって、ホモポリプロピレン、及びエチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%であるプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマー 成分(A)〜(C)の合計に対して20質量%〜94質量%
(B)前記成分(A)とは異なる、230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが0.2〜50g/10分であるエチレン−αオレフィン共重合体エラストマー 成分(A)〜(C)の合計に対して5〜40質量%
(C)平均繊維径が5〜500nmであるセルロースナノ繊維 成分(A)〜(C)の合計に対して1〜40質量%
【請求項2】
さらに、前記成分(A)に相溶する化合物であり、前記成分(B)とは異なる成分(D)を、前記成分(A)〜(C)の合計100質量部に対して0.5〜20質量部含む請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
前記成分(D)がテルペン系化合物である請求項2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の樹脂組成物を用いて作製された成形体。」

第3 特許異議申立理由
申立人が申し立てた特許異議申立の理由(以下、「申立理由」という。)の概要は、以下のとおりである。

1 申立理由1(新規事項)
請求項1〜4に係る発明の特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第1号に該当し、取り消すべきものである。

2 申立理由2(新規性
請求項1、4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 申立理由3(進歩性
請求項1〜4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

4 申立理由4(実施可能要件
明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が特許請求の範囲の請求項2〜4に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、請求項2〜4に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

本件特許の請求項2では、成分(D)が「前記成分(A)に相溶する化合物」と規定され、本件明細書の段落【0030】では「「成分(A)に相溶する」とは、成分(A)と成分(D)との混合物を透過型電子顕微鏡により観察した場合、ドメインサイズが0.2μm以下で観察されることをいう。」と記載されている。
しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明では「成分(A)と成分(D)との混合物を透過型電子顕微鏡により観察した場合、ドメインサイズが0.2μm以下で観察される」成分(D)をどのようにして得るのか、具体的な製造方法について何ら記載されておらず、かかる製造方法は周知のものでもない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明2〜4を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

5 申立理由5(サポート要件)
特許請求の範囲の請求項1〜4の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、請求項1〜4に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

ア 本件特許の請求項1では、成分(A)が「ホモポリプロピレン、及びエチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%であるプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマー」である旨を規定している。
発明の詳細な説明では、実施例において、成分(A)としてプロピレン−エチレン共重合体を用いた樹脂組成物について剛性、耐衝撃性、寸法精度及び塗装性のいずれにも優れる成形体が得られることが記載され、本件発明の課題を解決すると認められるものの、ホモポリプロピレンを用いた樹脂組成物について本件発明の課題を解決できることは示されておらず、出願時の技術常識に照らしても発明の詳細な説明の開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

イ 本件特許の請求項2では、成分(D)が「前記成分(A)に相溶する化合物」と規定され、本件明細書の段落【0030】では「「成分(A)に相溶する」とは、成分(A)と成分(D)との混合物を透過型電子顕微鏡により観察した場合、ドメインサイズが0.2μm以下で観察されることをいう。」と記載されている。
しかしながら、発明の詳細な説明では、実施例で成分(D)として用いたテルペンフェノール樹脂について、成分(A)との混合物が透過型電子顕微鏡により観察されておらず、「成分(A)に相溶する化合物」に相当するか否かが不明である。
また、成分(D)としてテルペン系化合物以外の化合物が本件発明の課題を解決できることが発明の詳細な説明に示されていないし、出願時の技術常識に照らしても発明の詳細な説明の開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

ウ 本件特許の請求項1では成分(A)〜(C)の合計含有量が規定されず、請求項2では成分(A)〜(D)の合計含有量が規定されていない。そして、発明の詳細な説明では、これらの合計含有量が任意のものであっても本件発明の課題を解決できることが発明の詳細な説明に示されていないし、出願時の技術常識に照らしても発明の詳細な説明の開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

以上のとおり、本件の特許異議申立てに係る審理対象は、全ての請求項に係る特許についてであり、審理対象外の請求項は存しない。

第4 当審の判断
当審は、以下に述べるとおり、特許異議申立書に記載した申立理由1〜5のいずれによっても、本件発明1〜4に係る特許を取り消すことはできないと判断する。

1 申立理由1(新規事項)について
(1)申立人の主張
申立人は、特許異議申立書の第24〜25頁「(4-3) 新規事項追加の理由(特許法第17条の2第3項)」において、概略、
令和2年9月23日付けの手続補正書において、「前記成分(A)の前記プロピレン−エチレン共重合体におけるエチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%である」と規定する請求項2を追加し、同日付けの意見書において当該補正が適法である根拠として明細書の段落【0013】が挙げられ、令和3年4月14日付けの手続補正書において上記規定が請求項1に追加されたが、本願出願時の明細書の段落【0013】には、「プロピレン−エチレン共重合体におけるエチレンに由来する構造単位の含有量は例えば5〜95wt%であり、好ましくは5〜50wt%であり、プロピレンに由来する構造単位の含有量は例えば5〜95wt%であり、好ましくは10〜40wt%である。」と記載されており、上記共重合体の「エチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%である」ことは開示されていないから、上記補正は新たな技術的事項を導入するものであり、新規事項を追加する補正である。
と主張している。

(2)検討
本願の願書に最初に添付した明細書等(以下、「当初明細書等」という。)の記載をみるに、「成分(A)として、ホモポリプロピレン及びプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマーを用いる」こと(明細書の段落【0012】)が記載され、当該共重合体について段落【0013】には「プロピレン−エチレン共重合体におけるエチレンに由来する構造単位の含有量は例えば5〜95wt%であり、好ましくは5〜50wt%であり、プロピレンに由来する構造単位の含有量は例えば5〜95wt%であり、好ましくは10〜40wt%である。」と各構造単位の含有量の範囲が記載されているものの、当該共重合体における各構造単位の含有量の技術的意義は何ら記載されておらず、むしろ各構造単位の含有量について「5〜95wt%」という極めて幅広い数値範囲が許容されている。そして、これらの箇所以外に、当該共重合体における各構造単位の含有量について何らの言及もなされていない。してみると、当初明細書等の記載においては、プロピレン−エチレン共重合体におけるエチレンに由来する構造単位の含有量自体には特段の技術的意義があるものとはいえない。
さらに、エチレンに由来する構造単位の含有量について、補正で追加された「10〜40wt%」という範囲そのものは当初明細書等に記載されていないものの、当該範囲は段落【0013】に記載の「5〜95wt%」の範囲内であるし、好ましいとされる「5〜50wt%」よりも少し減縮した程度の範囲であるから、当初明細書等の記載とは技術的に全く異なる範囲へ限定したものとまではいえない。
以上のことから、上記補正が、当初明細書等に記載した事項との関係において新たな技術的事項を追加するものとはいえない。

(3)まとめ
したがって、上記補正は新規事項の追加とはいえず、申立理由1には理由がない。

2 申立理由2、3(新規性進歩性)について
(1)各甲号証に記載された事項
ア 甲1
甲1には、以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
プロピレン重合体成分を製造する工程およびプロピレン−エチレン共重合体ゴム成分を製造する工程を含む製造方法によって得られ、下記の要件[1]〜[8]を同時に満たすプロピレン系ブロック共重合体(A)40重量部以上、95重量部以下、
エラストマー(B)5重量部以上、30重量部以下、および
フィラー(E)0重量部以上、30重量部以下(ただし、(A)、(B)、および(E)の合計は100重量部である)を含有するプロピレン系樹脂組成物に、発泡剤を添加して発泡成形した発泡成形体。
[1]ASTM D1238Eに準拠し、230℃、2.16kg荷重で測定したメルトフローレート(MFR)が、20g/10分以上、150g/10分以下、
[2]室温n−デカンに可溶な部分(Dsol)5重量%以上、50重量%以下と室温n−デカンに不溶な部分(Dinsol)50重量%以上、95重量%以下から構成される(ただし、DsolとDinsolとの合計量は100重量%である)、
[3]Dsolの分子量分布(Mw/Mn)が7.0以上、20以下、
[4]Dsolのエチレン含有量が25mol%以上、60mol%以下、
[5]Dsolの極限粘度[η]が1.5dl/g以上、5.0dl/g以下、
[6]Dinsolの分子量分布(Mw/Mn)が7.0以上、20以下、かつMz/Mwが6.0以上、20以下、
[7]Dinsolのペンタド分率(mmmm)が95%以上、および
[8]Dsolにおいて、下記式(i)で定義されるCSDの値が1.0以上、2.0以下。
【数1】

(式(i)中、[EE]はDsol中のエチレン連鎖のモル分率、[PP]はDsol中のプロピレン連鎖のモル分率、[PE]はプロピレン−エチレン連鎖のモル分率である。)」
「【0190】
[エラストマー(B)]
本発明に係るプロピレン系樹脂組成物にはエラストマー(B)が含まれていてもよい。前記エラストマー(B)としては、エチレン・α−オレフィンランダム共重合体(B−a)、エチレン・α−オレフィン・非共役ポリエンランダム共重合体(B−b)、水素添加ブロック共重合体(B−c)、その他弾性重合体、およびこれらの混合物などが挙げられる。
【0191】
前記エチレン・α−オレフィンランダム共重合体(B−a)は、エチレンと炭素数3〜20のα−オレフィンとのランダム共重合体ゴムである。上記炭素数3〜20のα−オレフィンとしては、具体的にはプロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、4−メチル−1−ペンテン、1−ヘプテン、1−オクテン、1−デセン、1−ドデセン、1−テトラデセン、1−ヘキサデセン、1−エイコセンなどが挙げられる。これらのα−オレフィンは、単独でまたは組み合せて用いることができる。これらの中では、特にプロピレン、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテンが好ましく用いられる。」
「【0203】
[フィラー(E)]
本発明に係るプロピレン系樹脂組成物の構成成分であるフィラー(E)とは、タルク、硫酸マグネシウム繊維、ガラス繊維、炭素繊維、マイカ、炭酸カルシウム、水酸化マグネシウム、リン酸アンモニウム塩、珪酸塩類、炭酸塩類、カーボンブラック等の無機フィラーと、木粉、セルロース、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、ケナフ繊維、竹繊維、ジュード繊維、米粉、澱粉、コーンスターチ等の有機フィラーとに大別される。
前記無機フィラーとしては、タルク、硫酸マグネシウム、ガラス繊維、炭素繊維が好適に使用される。以下、詳細に説明する。
・・・
【0217】
(セルロース)
セルロースは、セルロース繊維と結晶セルロースが好適に使用される。
セルロース繊維は、純度が高い繊維であるのが好ましく、例えば、α−セルロース含量が80重量%以上の繊維であるのが好ましい。セルロース繊維などの有機繊維としては、平均繊維径0.1〜1000μmおよび平均繊維長0.01〜5mmを有する繊維が使用できる。」
「【実施例】
【0272】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
以下の実施例において、プロピレン系ブロック共重合体およびプロピレン系樹脂組成物の物性は下記の方法によって測定した。
【0273】
(1)メルトフローレート(MFR:〔g/10分〕):
ASTM D1238Eに準拠し、2.16kg荷重で測定した。測定温度は230℃とした。
・・・
【0302】
[製造例3]
内容量58Lのジャケット付循環式管状重合器にプロピレンを30kg/時間、水素を261NL/時間、製造例1の(2)で得られた触媒スラリーを固体触媒成分として0.27g/時間、トリエチルアルミニウム1.1ml/時間、ジシクロペンチルジメトキシシラン1.3ml/時間を連続的に供給し、気相の存在しない満液の状態にて重合した。管状重合器の温度は66℃であり、圧力は3.6MPa/Gであった。
【0303】
得られたスラリーは内容量100Lの攪拌機付きベッセル重合器へ送り、更に重合を行った。重合器へは、プロピレンを15kg/時間、水素を気相部の水素濃度が12.6mol%になるように供給した。重合温度63℃、圧力3.2MPa/Gで重合を行った。
【0304】
得られたスラリーを内容量2.4Lの移液管に移送し、当該スラリーをガス化させ、気固分離を行った後、内容量480Lの気相重合器にプロピレンホモポリマーパウダーを送り、エチレン/プロピレンブロック共重合を行った。気相重合器内のガス組成が、エチレン/(エチレン+プロピレン)=0.20(モル比)、水素/エチレン=0.034(モル比)になるようにプロピレン、エチレン、水素を連続的に供給した。重合温度70℃、圧力0.80MPa/Gで重合を行った。
【0305】
得られたプロピレン系ブロック共重合体は、80℃で真空乾燥を行った。
得られた重合体の物性は、MFR=43g/10分、室温n−デカン可溶な部分(Dsol)は12.4重量%、Dsolのエチレン含量は30モル%、Dsolの[η]は4.1dl/gであった。
【0306】
[製造例4]
内容量58Lのジャケット付循環式管状重合器にプロピレンを30kg/時間、水素を293NL/時間、製造例1の(2)で得られた触媒スラリーを固体触媒成分として0.27g/時間、トリエチルアルミニウム1.1ml/時間、ジシクロペンチルジメトキシシラン1.3ml/時間を連続的に供給し、気相の存在しない満液の状態にて重合した。管状重合器の温度は66℃であり、圧力は3.6MPa/Gであった。
【0307】
得られたスラリーは内容量100Lの攪拌機付きベッセル重合器へ送り、更に重合を行った。重合器へは、プロピレンを15kg/時間、水素を気相部の水素濃度が14.4mol%になるように供給した。重合温度63℃、圧力3.3MPa/Gで重合を行った。
【0308】
得られたスラリーを内容量2.4Lの移液管に移送し、当該スラリーをガス化させ、気固分離を行った後、内容量480Lの気相重合器にプロピレンホモポリマーパウダーを送り、エチレン/プロピレンブロック共重合を行った。気相重合器内のガス組成が、エチレン/(エチレン+プロピレン)=0.20(モル比)、水素/エチレン=0.085(モル比)になるようにプロピレン、エチレン、水素を連続的に供給した。重合温度70℃、圧力0.82MPa/Gで重合を行った。
【0309】
得られたプロピレン系ブロック共重合体は、80℃で真空乾燥を行った。
得られた重合体の物性は、MFR=59g/10分、室温n−デカン可溶な部分(Dsol)は14.4重量%、Dsolのエチレン含量は30モル%、Dsolの[η]は3.1dl/gであった。
【0310】
[製造例5]
内容量58Lのジャケット付循環式管状重合器にプロピレンを30kg/時間、水素を210NL/時間、製造例1の(2)で得られた触媒スラリーを固体触媒成分として0.37g/時間、トリエチルアルミニウム1.6ml/時間、シクロヘキシルメチルジメトキシシラン1.4ml/時間を連続的に供給し、気相の存在しない満液の状態にて重合した。管状重合器の温度は66℃であり、圧力は3.6MPa/Gであった。
【0311】
得られたスラリーは内容量100Lの攪拌機付きベッセル重合器へ送り、更に重合を行った。重合器へは、プロピレンを15kg/時間、水素を気相部の水素濃度が11.9mol%になるように供給した。重合温度60℃、圧力3.3MPa/Gで重合を行い、得られたプロピレンホモポリマーは、80℃で真空乾燥を行った。
得られた重合体の物性は、MFR=110g/10分であった。
・・・
【0330】
【表1】

【0331】
【表2】

[実施例1]
成分(A−2)製造例2で製造されたプロピレン系ブロック共重合体83重量部、成分(B)シングルサイト触媒で製造された、密度=0.87g/cm3、MFR190=35g/10minの低分子量エチレン・1−ブテン共重合体(EBR)(三井化学社製A−35070S):17重量部を混合し、造粒して発泡成形用樹脂組成物を得た。
【0332】
この樹脂組成物を、重炭酸ナトリウム系無機発泡剤マスターバッチ(永和化成工業(株)製ポリスレンEE25C)を、上記樹脂組成物100重量部に対して6重量部(発泡剤としての量が上記樹脂組成物100重量部に対して1.8重量部となるように)ドライブレンドした後、前記の条件で射出成形し、発泡成形体を得た。この発泡成形体の外観・物性を評価し、その結果を表3に示した。得られた成形品の板厚は3.1mmでありセルも形状を保っていた。
【0333】
[実施例2]
実施例1において、成分(A−2)の使用量を73重量部、成分(C)微粉末タルク(平均粒径:4.1μm):10重量部としたことの他は、実施例1と同様にして発泡成形用樹脂組成物を製造し、発泡成形体を得た。結果を表3に示す。
・・・
【0335】
[実施例4]
実施例1において、成分(A−2)に変えて、成分(A−3)の使用量を61重量部、成分(E)製造例5で製造されたホモプロピレンを12重量部とし、成分(B)の使用量を17重量部、成分(C)の使用量を10重量部としたことの他は、実施例1と同様にして発泡成形用樹脂組成物を製造し、発泡成形体を得た。結果を表3に示す。
【0336】
[実施例5]
実施例4において、成分(A−3)に変えて、成分(A−4)の使用量を52重量部、成分(E)の使用量を21重量部としたことの他は、実施例4と同様にして発泡成形用樹脂組成物を製造し、発泡成形体を得た。結果を表3に示す。
・・・
【0343】
【表3】



イ 甲2
甲2には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
成分(a)熱可塑性樹脂 25〜84.5質量%、
成分(b)セルロース繊維 15〜60質量%、および
成分(c)無機物 0.5〜15質量%、
(ただし、前記成分(a)〜(c)の合計は100質量%である)
を含む、樹脂組成物。」
「【0008】
そこで、本発明は、アスペクト比が高いセルロース繊維を良好に分散することができ、高い機械的強度と優れた衝撃強度とを有し、かつ成形性に優れた樹脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題に鑑み鋭意研究を積み重ねた。その結果、熱可塑性樹脂およびセルロース繊維を含む樹脂組成物中に、さらに無機物を配合することにより、上記課題を解決できることを見出した。」
「【0125】
(実施例1〜26、比較例1〜6)
下記表6〜8に示す配合比で、成分(a)〜(c)、ならびに必要に応じて成分(d)およびその他の添加物を二軸押出機に投入し、溶融混練し、組成物をペレット化した。その後、ペレットを120トンの射出成形機で、下記表3に示す条件で8.5mm×5mm×厚さ3mmのシートに成形した。
・・・
【0127】
得られたシートについて、以下の各評価を行った。
【0128】
比重、引張強度、曲げ強度、曲げ弾性率、およびノッチ付シャルピー衝撃強度は、JIS K6758「ポリプロピレン試験方法」(1995年)に準拠して測定した。メルトフローレート(MFR)は、JIS K7210「熱可塑性プラスチックの流れ試験方法」(1999年)に準拠して、230℃、21.2N荷重で測定した。硬度は、JIS K6758「ポリプロピレン試験方法」(1995年)に準拠して、ロックウェル硬度を測定した。
【0129】
(射出成形性)
得られたシートについて、下記表4に示す基準で目視評価を行った。
・・・
【0131】
(射出成形品外観)
得られたシートの表面について、下記表5に示す基準で目視評価を行った。
・・・
【0133】
各実施例および各比較例の配合比を表6〜8に、評価結果を表9〜11にそれぞれ示す。なお、表6〜8の配合比は、すべて質量部で表されている。
【0134】
【表6】

【0135】
【表7】

【0136】
【表8】

【0137】
【表9】

【0138】
【表10】

【0139】
【表11】

【0140】
表9〜11の評価結果から明らかなように、実施例の樹脂組成物は、熱可塑性樹脂およびセルロース繊維の中に、特定の無機物を配合しているので、セルロース繊維を良好に分散することができ、高い機械的強度と衝撃強度とを有し、かつ成形性に優れている。したがって、実施例の樹脂組成物は、特に自動車内外装用部材用として有用であり、上記特性に優れた自動車内外装用部材を提供することができる。なお、実施例27は、水酸基価が好ましい範囲から外れる成分(d)(分散剤)を用いた樹脂組成物の例であるが、曲げ弾性率がやや低下した。
【0141】
一方、比較例1は特許文献1に準じて作製した樹脂組成物であり、成分(a)の含有量が高く成分(b)の含有量が低いため、機械的強度(曲げ弾性率)およびシャルピー衝撃強度が低下した。
【0142】
比較例2は、成分(a)の含有量が高く成分(b)の含有量が低いため、機械的強度および衝撃強度が低下した。また、比較例3は、成分(b)の含有量が高いため、成形性が悪く射出成形ができず、評価ができなかった。
【0143】
比較例4および比較例5は、成分(c)の含有量が範囲外にあるもので、機械的強度、衝撃強度、成形性、および外観の全ての点において満足することができない。」

(2)甲1に記載された発明
甲1には、実施例4で得られる樹脂組成物に着目して、製造例3、5、実施例1、2の記載も踏まえると、
「MFR=43g/10分、室温n−デカン可溶な部分(Dsol)が12.4重量%、Dsolのエチレン含量が30モル%、Dsolの[η]が4.1dl/gであるプロピレン系ブロック共重合体(A−3)61重量部と、
MFR=110g/10分である高流動性ホモポリプロピレン12重量部と、
低分子量エチレン・1−ブテン共重合体(EBR)(三井化学社製A−35070S)であるエチレンブテン共重合体(B)17重量部と、
微粉末タルク(平均粒径:4.1μm)10質量部と、を含む樹脂組成物」の発明(以下「甲1発明1」という。)が記載されていると認められる。

また、甲1には、実施例5で得られる樹脂組成物に着目して、製造例4、5、実施例1、2の記載も踏まえると、
「MFR=59g/10分、室温n−デカン可溶な部分(Dsol)が14.4重量%、Dsolのエチレン含量が30モル%、Dsolの[η]が3.1dl/gであるプロピレン系ブロック共重合体(A−4)52重量部と、
MFR=110g/10分である高流動性ホモポリプロピレン21重量部と、
低分子量エチレン・1−ブテン共重合体(EBR)(三井化学社製A−35070S)であるエチレンブテン共重合体(B)17重量部と、
微粉末タルク(平均粒径:4.1μm)10質量部と、を含む樹脂組成物」の発明(以下「甲1発明2」という。)が記載されていると認められる。

また、甲1には、請求項1に記載の樹脂組成物に着目すると、
「プロピレン重合体成分を製造する工程およびプロピレン−エチレン共重合体ゴム成分を製造する工程を含む製造方法によって得られ、下記の要件[1]〜[8]を同時に満たすプロピレン系ブロック共重合体(A)40重量部以上、95重量部以下、エラストマー(B)5重量部以上、30重量部以下、およびフィラー(E)0重量部以上、30重量部以下(ただし、(A)、(B)、および(E)の合計は100重量部である)を含有するプロピレン系樹脂組成物
[1]ASTM D1238Eに準拠し、230℃、2.16kg荷重で測定したメルトフローレート(MFR)が、20g/10分以上、150g/10分以下、
[2]室温n−デカンに可溶な部分(Dsol)5重量%以上、50重量%以下と室温n−デカンに不溶な部分(Dinsol)50重量%以上、95重量%以下から構成される(ただし、DsolとDinsolとの合計量は100重量%である)、
[3]Dsolの分子量分布(Mw/Mn)が7.0以上、20以下、
[4]Dsolのエチレン含有量が25mol%以上、60mol%以下、
[5]Dsolの極限粘度[η]が1.5dl/g以上、5.0dl/g以下、
[6]Dinsolの分子量分布(Mw/Mn)が7.0以上、20以下、かつMz/Mwが6.0以上、20以下、
[7]Dinsolのペンタド分率(mmmm)が95%以上、および
[8]Dsolにおいて、下記式(i)で定義されるCSDの値が1.0以上、2.0以下。
【数1】

(式(i)中、[EE]はDsol中のエチレン連鎖のモル分率、[PP]はDsol中のプロピレン連鎖のモル分率、[PE]はプロピレン−エチレン連鎖のモル分率である。)」の発明(以下「甲1発明3」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比・判断
ア 本件発明1と甲1発明1、2との対比・判断について
(ア)対比
本件発明1と甲1発明1、2とをまとめて対比する。
甲1発明1の「プロピレン系ブロック共重合体(A−3)」は、甲1の段落【0302】〜【0304】に記載の重合方法によればモノマーとしてプロピレンとエチレンとを重合していることからみて、プロピレンとエチレンの共重合体であり、本件発明1の「プロピレン−エチレン共重合体」に相当するといえる。同様に、甲1発明2の「プロピレン系ブロック共重合体(A−4)」も、甲1の段落【0306】〜【0308】の記載からみて、プロピレンとエチレンの共重合体であり、本件発明1の「プロピレン−エチレン共重合体」に相当する。
甲1発明1、2の「高流動性ホモポリプロピレン」は、本件発明1の「ホモポリプロピレン」に相当する。
甲1発明1、2の「MFR」は、甲1の段落【0273】の記載の条件によるメルトフローレートであるから、本件発明1の「230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイト」と同等の条件で測定される物性値といえる。そして、甲1発明1の「プロピレン系ブロック共重合体(A−3)」と「高流動性ホモポリプロピレン」はともにポリマーであって、「プロピレン系ブロック共重合体(A−3)」は「MFR=43g/10分」であり、「高流動性ホモポリプロピレン」は「MFR=110g/10分」であるから、本件発明1の「(A)230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが5〜200g/10分であるポリマー」に一致するものといえる。甲1発明2の「MFR=59g/10分」である「プロピレン系ブロック共重合体(A−4)」と「MFR=110g/10分である高流動性ホモポリプロピレン」とについても同様に、本件発明1の「(A)230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが5〜200g/10分であるポリマー」に一致するものといえる。
甲1発明1、2の「低分子量エチレン・1−ブテン共重合体(EBR)(三井化学社製A−35070S)であるエチレンブテン共重合体(B)」は、甲1の段落【0190】〜【0191】の記載によればエラストマー(B)の一態様のエチレン・α−オレフィンランダム共重合体(B−a)に該当する具体的材料であるから、本件発明1の「(B)前記成分(A)とは異なる、」「エチレン−αオレフィン共重合体エラストマー」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明1、2とは、
「 下記成分(A)〜(B)を含む樹脂組成物。
(A)230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが5〜200g/10分であるポリマーであって、ホモポリプロピレン、及びプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマー
(B)前記成分(A)とは異なる、エチレン−αオレフィン共重合体エラストマー」
の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:成分(A)のプロピレン−エチレン共重合体において、本件発明1では「エチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%である」のに対して、甲1発明1、2ではエチレンに由来する構造単位の含有量が不明である点。
相違点2:成分(B)の230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトについて、本件発明1では「0.2〜50g/10分である」のに対して、甲1発明1、2では不明である点。
相違点3:本件発明1は「(C)平均繊維径が5〜500nmであるセルロースナノ繊維」をさらに含み、(A)〜(C)の合計に対する各成分の含有割合が特定されているのに対して、甲1発明1、2では、セルロースナノ繊維を含んでおらず、したがって(A)〜(C)の合計に対する各成分の含有割合が特定されていない点。

(イ)判断
事案に鑑みて、相違点3について検討する。
相違点3は、組成物における特定の成分の有無であるから、明らかに実質的な相違点である。
そして、甲1発明1、2では「微粉末タルク(平均粒径:4.1μm)」を含んでいるところ、甲1ではタルクがフィラーの1つとして記載されており(段落【0203】)、さらにフィラーとして様々な材料が列挙され、その1例としてセルロース繊維が記載されているにとどまる(段落【0217】)。さらに、「セルロース繊維などの有機繊維としては、平均繊維径0.1〜1000μm・・・を有する繊維が使用できる。」との記載があるものの、極めて幅広い数値範囲であって、本件発明1の規定する5〜500nmと重複するのはごく一部にすぎない。
してみると、甲1の記載からでは、甲1発明1、2におけるタルクに代わるフィラーとして、多種多様なフィラーの中からセルロース繊維を選択し、さらにその平均繊維径を本件発明1の規定と同等の範囲に設定することは、動機づけられるものとはいえない。
また、相違点3に関連する他の甲号証の記載をみるに、甲2には、熱可塑性樹脂とセルロース繊維と無機物とを所定の組成比率で含む樹脂組成物について記載され(請求項1)、アスペクト比が高いセルロース繊維を良好に分散でき、高い強度を有し成形性に優れた樹脂組成物を提供するという課題を、樹脂組成物にさらに無機物を配合するという手段によって解決する旨が記載され(段落【0008】〜【0009】)、具体的な実験例として、セルロース繊維として平均繊維径4nmのものを使用した実施例及び比較例の各組成物を用意して試験したところ、上記所定の組成比率を満たす実施例組成物が、そうでない比較例組成物よりも機械的強度及び成形性に優れることが確認されている(段落【0125】〜【0143】、実施例1〜3、6〜27、比較例1〜5)。
このように、甲2には、セルロースナノ繊維を含んでいる樹脂組成物において、そのセルロースナノ繊維の分散性を改善し、機械的強度等を向上するための技術事項が開示されているものの、上記のように、甲1発明1、2において、タルクに代わるフィラーとして、多種多様なフィラーの中から特にセルロースナノ繊維を選択することは積極的に動機づけられないから、甲2を参酌しても、甲1発明1、2において、本件発明1の規定と同等の平均繊維径であるセルロースナノ繊維を用いることも動機づけられない。
さらにいえば、本件発明は樹脂組成物から得られる成形体の塗装性の改善を解決すべき課題の1つとしており(本件明細書の段落【0007】)、実際に、セルロースナノ繊維の使用により塗装性の改善効果が具体的に確認されている(同【0055】〜【0057】)。しかしながら、甲1、2のいずれにおいても、セルロースナノ繊維を採用することによる塗装性の改善効果は記載も示唆もされていない。してみると、相違点3に係る本件発明の構成によって奏される上記効果は、本願出願時の技術水準からみて当業者が予測し得た程度のものとはいえない。

よって、他の相違点1、2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明1、2、すなわち、甲1に記載された発明でなく、また、甲1に記載された発明と甲1、2に記載された事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明1と甲1発明3との対比・判断について
(ア)対比
甲1発明3の「下記の要件[1]〜[8]を同時に満たすプロピレン系ブロック共重合体(A)」「[1]ASTM D1238Eに準拠し、230℃、2.16kg荷重で測定したメルトフローレート(MFR)が、20g/10分以上、150g/10分以下」は、プロピレン系ブロック共重合体がポリマーであるから、本件発明1の「(A)230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが5〜200g/10分であるポリマー」に相当する。
さらに、甲1発明3の「プロピレン重合体成分を製造する工程およびプロピレン−エチレン共重合体ゴム成分を製造する工程を含む製造方法によって得られ」は、前者の工程でホモポリプロピレンが、後者の工程でプロピレン−エチレン共重合体が得られているとも、あるいは、両工程を含む製造方法全体でプロピレン−エチレン共重合体が得られているとも解することができるが、いずれにしても、本件発明1の「ホモポリプロピレン、及び」「プロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマー」に相当するといえる。
甲1発明3の「エラストマー(B)」は、本件発明1の「(B)前記成分(A)とは異なる、」「エラストマー」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明3とは、
「 下記成分(A)〜(B)を含む樹脂組成物。
(A)230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが5〜200g/10分であるポリマーであって、ホモポリプロピレン、及びプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマー
(B)前記成分(A)とは異なる、エラストマー」
の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点4:成分(A)のプロピレン−エチレン共重合体において、本件発明1では「エチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%である」のに対して、甲1発明3ではエチレンに由来する構造単位の含有量が特定されていない点。
相違点5:成分(B)について、本件発明1では「230℃、2.16kg荷重の条件で測定したメルトフローレイトが0.2〜50g/10分であるエチレン−αオレフィン共重合体エラストマー」であるのに対して、甲1発明3では、エラストマーのメルトフローレイトが特定されておらず、エラストマーがエチレン−αオレフィン共重合体であることも特定されていない点。
相違点6:本件発明1は「(C)平均繊維径が5〜500nmであるセルロースナノ繊維」をさらに含み、(A)〜(C)の合計に対する各成分の含有割合が特定されているのに対して、甲1発明3では、セルロースナノ繊維を含むことを特定しておらず、したがって(A)〜(C)の合計に対する各成分の含有割合が特定されていない点。

(イ)判断
事案に鑑みて、相違点6について検討する。
相違点6は、上記「ア(ア)」に記載の相違点3と同内容の相違点である。そして、甲1発明1及び2は、甲1の特許請求の範囲で記載された発泡成形体(すなわち、これは甲1発明3である。)の具体例であることからすれば、その判断についても、上記「ア(イ)」で述べたとおりである。
よって、他の相違点4、5について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明3、すなわち、甲1に記載された発明でなく、また、甲1に記載された発明と甲1、2に記載された事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2〜4について
本件発明2〜4は本件発明1を直接的又は間接的に引用して限定した発明であるから、上記「ア」及び「イ」で示した理由と同じ理由により、本件発明4は、甲1に記載された発明でなく、本件発明2〜4は、甲1に記載された発明及び甲1、2に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものでない。

エ まとめ
以上のことから、申立理由2、3は理由がない。

3 申立理由4(実施可能要件)について
(1)申立人の主張
申立人の主張は、申立書第25頁の「ア 実施可能要件違反」によれば、概略、次のとおりである。
本件特許の請求項2では、成分(D)が「前記成分(A)に相溶する化合物」と規定され、本件明細書の段落【0030】では「「成分(A)に相溶する」とは、成分(A)と成分(D)との混合物を透過型電子顕微鏡により観察した場合、ドメインサイズが0.2μm以下で観察されることをいう。」と記載されている。
しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明では「成分(A)と成分(D)との混合物を透過型電子顕微鏡により観察した場合、ドメインサイズが0.2μm以下で観察される」成分(D)をどのようにして得るのか、具体的な製造方法について何ら記載されておらず、かかる製造方法は周知のものでもない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明2〜4を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

(2)実施可能要件の考え方
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、その第1号において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。
特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載が無い場合には、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されていなければならないと解される。
以下、この観点に立って、実施可能要件の判断をする。

(3)発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0030】〜【0039】には成分(D)について記載されており、同【0030】の記載によって定義された成分(D)の具体例として、同【0031】〜【0036】にはテルペン系化合物の種類及び製造方法の説明があり、同【0037】には同じくテルペン系化合物以外の具体的な化合物が例示され、さらに、実施例では、成分(D)として市販のテルペンフェノール樹脂を用いたことも記載されている(同【0048】)。

(4)判断
上記(3)で挙げた箇所の記載を踏まえれば、段落【0031】〜【0039】、【0048】に記載されたテルペン系化合物や他の例示された化合物が、成分(A)に相溶する化合物である成分(D)として使用できることを当業者が認識できると解され、さらに、これらの化合物が本願出願時の技術常識から製造可能であり又は市販品を入手可能であるといえる。そうすると、本願出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を要することなく、成分(D)として成分(A)に相溶する化合物を当業者が製造又は入手することができ、したがってそれを含む樹脂組成物も当業者が製造することができるといえる。

(5)申立人の主張の検討
申立人は、成分(D)をどのようにして得るのか、具体的な製造方法について何ら記載されておらず、かかる製造方法は周知のものでもない旨を主張するが、上記(4)で述べたとおり、段落【0031】〜【0039】、【0048】に成分(D)の種類や製造・入手についての具体的な記載があるから、成分(D)は、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を要することなく製造又は入手可能であるといえる。
さらにいえば、「相溶」という用語自体は高分子の分野で従来より慣用されていた表現である(例えば、申立人の提示した甲1の段落【0007】や甲5の段落[0018]にも「相溶」の記載がある)ことを考慮すると、本件明細書の段落【0030】に記載の定義は、その「相溶」という用語を含む規定を、客観性や明確性といった観点から念のため数値化したという程度のものと解することが妥当である。そのため、実際に当該ドメインサイズを測定したことが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないからといって、本件発明の「樹脂組成物」を製造することについて、当業者に過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を課すものとはいえない。
よって、申立人の主張は採用できるものでない。

(6)まとめ
以上のことから、申立理由4は理由がない。

4 申立理由5(サポート要件)について
(1)申立人の主張
申立人の主張は、申立書第25〜28頁の「イ サポート要件違反1」〜「エ サポート要件違反3」によれば、概略、次のとおりである。
ア 本件特許の請求項1では、成分(A)が「ホモポリプロピレン、及びエチレンに由来する構造単位の含有量が10〜40wt%であるプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマー」である旨を規定している。
発明の詳細な説明では、実施例において、成分(A)としてプロピレン−エチレン共重合体を用いた樹脂組成物について剛性、耐衝撃性、寸法精度及び塗装性のいずれにも優れる成形体が得られることが記載され、本件発明の課題を解決すると認められるものの、ホモポリプロピレンを用いた樹脂組成物について本件発明の課題を解決できることは示されておらず、出願時の技術常識に照らしても発明の詳細な説明の開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

イ 本件特許の請求項2では、成分(D)が「前記成分(A)に相溶する化合物」と規定され、本件明細書の段落【0030】では「「成分(A)に相溶する」とは、成分(A)と成分(D)との混合物を透過型電子顕微鏡により観察した場合、ドメインサイズが0.2μm以下で観察されることをいう。」と記載されている。
しかしながら、発明の詳細な説明では、実施例で成分(D)として用いたテルペンフェノール樹脂について、成分(A)との混合物が透過型電子顕微鏡により観察されておらず、「成分(A)に相溶する化合物」に相当するか否かが不明である。
また、成分(D)としてテルペン系化合物以外の化合物が本件発明の課題を解決できることが発明の詳細な説明に示されていないし、出願時の技術常識に照らしても発明の詳細な説明の開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

ウ 本件特許の請求項1では成分(A)〜(C)の合計含有量が規定されず、請求項2では成分(A)〜(D)の合計含有量が規定されていない。そして、発明の詳細な説明では、これらの合計含有量が任意のものであっても本件発明の課題を解決できることが発明の詳細な説明に示されていないし、出願時の技術常識に照らしても発明の詳細な説明の開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

(2)サポート要件の考え方
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

(3)本件発明の課題
本件発明の課題は、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0007】によれば、「剛性、耐衝撃性、寸法精度及び塗装性のいずれにも優れる成形体を製造できる樹脂組成物を提供すること」と認められる。

(4)発明の詳細な説明の記載
上記課題に関連した本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみてみると、段落【0015】には「成分(A)のMFRが5〜200g/10分であることによって、得られる成形体は剛性と耐衝撃性のバランスに優れ、さらに良好な寸法精度と塗装性を有する。」と記載され、段落【0018】には「成分(B)のMFRが0.2〜50g/10分であると、本発明の樹脂組成物から得られた成形体は、上述した効果のうち特に剛性、耐衝撃性及び寸法精度により優れる。この理由として、成分(B)のMFRが上記範囲内にあることにより、成分(C)のセルロースナノ繊維が、成分(B)よりも、マトリクスである成分(A)に選択的に分散するようになるためと推定される。」と記載され、段落【0026】には「成分(C)のセルロースナノ繊維の平均繊維径は、ナノメータサイズであれば特に限定されないが、例えば5〜500nm・・・である。平均繊維径を上記の範囲とすることによって、表面積が大きく、マトリクス部に選択的に分散するようになるため、剛性、耐衝撃性、寸法精度及び塗装性のいずれにも優れる成形体とすることができる。また、成形体の接着性も向上することができる。」と記載され、段落【0029】には「成分(C)が1質量%以上であると、成形体の剛性と寸法精度に優れる。また、40質量%以下であると、成形体の耐衝撃性に優れる。」と記載されている。
そして、段落【0044】以降の実施例において、本件発明1〜3の発明特定事項を満たす樹脂組成物から得られる成形体又は本件発明4の成形体は引張弾性率、耐衝撃性、寸法精度及び塗装性のいずれにも優れることが具体的な試験結果に基づいて確認されている。

(5)判断
まず、本件発明1について判断する。
上記(4)における摘記から、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の構成、特に、成分(A)のMFRが5〜200g/10分であること、成分(B)のMFRが0.2〜50g/10分であること、成分(C)のセルロースナノ繊維の平均繊維径がナノメータサイズ、例えば5〜500nmであること、及び、成分(C)が1〜40質量%であることによって、樹脂成形物から得られる成形体が剛性、耐衝撃性、寸法精度及び塗装性に優れ、本件発明の課題を解決することが記載されているといえる。そして、本件発明1の当該構成によって本件発明の課題を解決できることが、実施例における具体的な試験結果の開示によって、技術的に裏付けられているといえる。
してみると、発明の詳細な説明の記載によれば、本件発明1が発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載がされているといえる。

次に本件発明2〜4について判断するに、本件発明2〜4は本件発明1の構成をすべて有するものであるから、本件発明1と同様に、本件発明2〜4も発明の課題を解決することができることを当業者が認識できるように記載がされているといえる。

(6)申立人の主張の検討
ア 上記「(1)ア」の主張について
当該主張に関して本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみるに、確かに実施例では、成分(A)としてもっぱらプロピレン−エチレン共重合体3種のいずれかを用いた樹脂組成物が記載されているのみであり、ホモポリプロピレンを用いた樹脂組成物の実施例は開示されていない。
しかしながら、本件明細書の段落【0012】では「成分(A)として、ホモポリプロピレン及びプロピレン−エチレン共重合体から選択される1以上のポリマーを用いる。」と記載され、両者を発明の課題の解決手段としては区別していない。そして、成分(A)について、そのMFRが本件発明の課題と関連付けられて記載されている(同【0015】)ことも考慮すると、成分(A)についていえば、ポリマーの種類がホモポリプロピレンであるかプロピレン−エチレン共重合体であるかは本件発明の課題の解決と直接関係するものではなく、そのMFRさえ所定の範囲内であれば本件発明の課題の解決に寄与するものと解することが妥当である。
さらにいえば、ホモポリプロピレンとプロピレン−エチレン共重合体とはともにプロピレンに由来する構造単位を含むポリオレフィン樹脂であるという化学的な類似性を踏まえると、両者を本件発明の課題の解決手段として区別しないことに一定の合理性があるといえるし、申立人は、成分(A)がホモポリプロピレンである場合に本件発明の課題を解決できないことを具体的な反証を挙げて主張しているわけでもない。
よって、上記「(1)ア」の主張は採用することはできない。

イ 上記「(1)イ」の主張について
本件明細書の発明の詳細な説明には、成分(D)について「本発明の樹脂組成物は、上記の成分に加えて、成分(A)に相溶する化合物(成分(D))を含んでもよい。」と記載されている(段落【0030】)ことから、成分(D)は本件発明の課題解決のために必須ではなく、あくまで任意成分であると解される。なお、同【0036】、【0038】、【0057】には、成分(D)を用いた場合に、成分(C)の分散性が向上し、成形体の引張弾性率、耐衝撃性及び寸法精度が向上できるという更なる効果を奏することが記載されている。
また、実施例において成分(D)として用いたテルペンフェノール樹脂D−1について、ドメインサイズの観察がされていないというだけでは、当該樹脂が「成分(A)に相溶する」との規定に該当するか否かの判断でただちに問題とならないことは、上記「4(5)」でも述べたとおりである。
したがって、本件発明2で規定される成分(D)は、より一層の効果向上のための任意成分として発明の詳細な説明に記載されているといえるのであって、本件発明の課題に必須のものとはいえない。
よって、上記「(1)イ」の主張は採用することはできない。

ウ 上記「(1)ウ」の主張について
本件発明の樹脂組成物の組成について、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0040】には、「(その他の添加剤)」と題して「本発明の樹脂組成物は、上記成分の他に、本発明の効果を損なわない範囲で必要に応じて従来公知の添加剤を添加することができる。」と記載され、続く同【0041】には「本発明の樹脂組成物の、例えば、70質量%以上、80質量%以上、90質量%以上、98質量%以上、99質量%以上、99.5質量%以上、99.9質量%以上が成分(A)〜(C)及び任意成分(例えば、成分(D)及び酸化防止剤から選択される1以上の成分)であってもよい。」と記載されており、要するに、本件発明の樹脂組成物では、成分(A)〜(D)及び一般的に少量成分である各種添加剤が組成物全体の70質量%以上を占めることが示されているといえる。一方、組成物全体において成分(A)〜(C)又は(A)〜(D)の合計含有量を低い割合としてよい旨の記載は見当たらない。そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、樹脂組成物において成分(A)〜(C)又は(A)〜(D)の合計含有量が少なくそれ以外の成分が組成の大部分を占めてしまい、本件発明の課題を明らかに解決できないような態様は、本件発明として通常想定しないものと認識するといえる。
したがって、本件発明において成分(A)〜(C)又は(A)〜(D)の合計含有量が明示的に規定されていないからといって、ただちに本件発明が発明の課題を解決できるように発明の詳細な説明に記載されていないとはいえない。
よって、上記「(1)ウ」の主張は採用することはできない。

(7)まとめ
以上のことから、申立理由5は理由がない。

第5 むすび
特許異議申立人がした申立理由1〜5によっては、本件発明1〜4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-04-21 
出願番号 P2016-201850
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 55- Y (C08L)
P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 113- Y (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 土橋 敬介
佐藤 健史
登録日 2021-06-16 
登録番号 6899208
権利者 出光ファインコンポジット株式会社
発明の名称 樹脂組成物及びそれを用いて作製された成形体  
代理人 弁理士法人平和国際特許事務所  

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