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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23D
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  A23D
審判 全部申し立て 1項2号公然実施  A23D
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  A23D
管理番号 1065960
異議申立番号 異議2002-70042  
総通号数 35 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-05-21 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-01-08 
確定日 2002-08-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3185084号「水中油型乳化油脂組成物」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3185084号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第3185084号の請求項1及び2に係る発明についての出願は、平成6年10月31日に特許出願され、平成13年5月11日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、異議申立人 市場智子により特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内に意見書が提出され、その後、再度の取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成14年7月5日に訂正請求がなされたものである。

2.訂正の適否についてに判断
(1)訂正の内容
ア.訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1の「【請求項1】起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物において、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有してなることを特徴とする耐酸性水中油型乳化油脂組成物。」とある記載を、
「【請求項1】起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物において、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有し、グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であることを特徴とする耐酸性水中油型乳化油脂組成物。」と訂正する。
イ.訂正事項b
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
上記訂正事項aは、発明を特定する事項である「グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有してなる」をこれに含まれる事項である「グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有し、グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上である」に変更するものであり、また、上記訂正事項bは請求項2を削除するものであるから、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とした明細書の訂正に該当する。
そして、上記訂正事項a及びbについては、新規事項の追加に該当せず、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

(3)むすび
したがって、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項で準用する第126条第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.特許異議の申立てについての判断
(1)本件発明
上記2.で示したように上記訂正が認められるから、本件の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物において、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有し、グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であることを特徴とする耐酸性水中油型乳化油脂組成物。」

(2)申立ての理由の概要
異議申立人 市場智子は、下記の甲第1号証〜甲第7号証を提出して、
ア.訂正前の本件請求項1には記載不備が存在し、発明物の具体的内容がまったく不明であるばかりか、比較例を用いた発明の評価結果自体不明瞭であるから、当該請求項1に係る発明の特許は、特許法第36条第4項、第5項(本件特許については、平成6年10月31日に出願されたものであり、平成5年法が適用されるから、「第6項」は誤記であり、正しくは「第5項」である。)の規定に違反してなされたものである、
イ.訂正前の本件請求項1に係る発明は、甲第3号証、甲第4号証から確認できる従来品の組成を包含するものであり、従来品は甲第5号証に示すごとく発明品同様の使用態様を持つものであるから従来行われている技術も含む内容となっており、同法第29条第1項第2号の規定により特許を受けることができないものである、
ウ.訂正前の本件請求項1及び2に係る発明は、甲第2号証及び甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到できるものであるから、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、
旨主張している。

甲第1号証 「最新乳化技術ハンドブック」工業技術会、昭和61年
11月20日、27〜29頁
甲第2号証 特開平7-184578号公報
甲第3号証 特開昭55-139827号公報
甲第4号証 特公昭56-32896号公報
甲第5号証 「月刊洋菓子店経営 記事 洋経製菓研究27」1985年 以前発行の証明書、52〜53頁、48〜49頁、54〜5 7頁
甲第6号証 特公昭58ー26309号公報
甲第7号証 「理研ビタミン(株)食品用乳化剤パンフレット」1994 年発行

(3)各甲号証に記載の発明
甲第1号証には、モノグリセリドの製造法に関し「反応生成物のグリセリド組成は、グリセリンが分離しない程度のものであれば、モノ約40%、ジ約40%、トリ約10%であり、グリセリンを回収するものであれば、モノ50〜60%、ジ40〜30%、トリ約5%であって、………」(29頁)、及び「なお、グリセリン脂肪酸エステルとは食品衛生法による名称であり、分子蒸留によるモノグリセリド(モノエステル含量90%以上)、反応精製したモノ及びジグリセリド(モノエステル含量40〜50%)を言い、一般にはこれらを併せてモノグリセリドと言う。」(27頁)と記載されている。
甲第2号証には、「油脂、蛋白質、乳化剤及び水を含み、3〜50重量%のトリグリセリドを主成分とする油相と50〜97重量%の水相とからなる起泡性水中油型乳化物であって、該油相中に構成脂肪酸残基のうちの40重量%以上がラウリン酸残基であり、上昇融点20℃以上のグリセリンジ脂肪酸エステルが1〜50重量%含有されていることを特徴とする起泡性水中油型乳化物。」(請求項1)、「グリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸残基中には、飽和脂肪酸残基が50重量%(更に好ましくは70重量%以上、特に80重量%以上)を占めていることが好ましい。」(2頁2欄43行〜46行)、「[実施例1](グリセリンジ脂肪酸エステル(試料1)の調製)硬化パーム核油(ヨウ素価8.2)75重量部及び精製グリセリン25重量部を混合し、これに水酸化カルシウム0.1重量部を加え、250℃で30分加熱撹拌し、グリセロリシス反応を行った。……………ラウリン酸を主構成脂肪酸残基とするグリセリンジ脂肪酸エステル(試料1)を得た。」(4頁5欄8行〜17行)、及び「上記のようにして得られた試料1及び試料2を用いて以下のような起泡性水中油型乳化物を調製した。……………下記配合の油性液(油相)と水性液(水相)を調製した。………………試料1 4.0%……………水 54.0%」(4頁5欄40行〜6欄45行)と記載され、さらに甲第2号証の表1には、試料1として得られたグリセリンジ脂肪酸エステルのグリセリド組成がモノ0.1%、ジ90.2%、トリ9.7%であり、構成脂肪酸の組成がカプリル酸(C8)3.8%、カプリン酸(C10)3.6%、ラウリン酸(C12)47.2%、ミリスチン酸(C14)15.6%、パルミチン酸(C16)9.1%、ステアリン酸(C18)11.0%、オレイン酸(C18:1)9.1%、及びその他0.6%であることが示されている。
甲第3号証には、昭和54年当時市販されていた乳化剤として、モノエステル27%、ジエステル47%の組成比のグリセリン脂肪酸エステルが例示されている。
甲第4号証には、油脂を28〜60重量%含み、油脂に対して脂肪酸モノグリセリドを2.5重量%含む起泡性油脂組成物が記載されている。
甲第5号証には、合成クリームを用いて起泡に際してレモン汁又はヨーグルトを加えて菓子を製造することが記載されている。
甲第6号証には、クリーム用組成物に関し「ここでいうグリセリン脂肪酸モノエステルは脂肪酸炭素原子数が16〜22個の飽和および/または不飽和脂肪酸とグリセリンおよびジグリセリンとのエステルであり、グリセリン脂肪酸モノエステルを50%以上含むものであれば混合物でも使用できる。」(2頁4欄29行〜34行)と記載されている。
甲第7号証には、ヨウ素価が4以下であるグリセリン脂肪酸エステルの各種市販品が記載されている。

(4)対比・判断
36条4項、5項違反について>
異議申立人は、本件明細書に記載不備が存在する理由の1つとして、「本発明の明細書中に記載されているグリセリン脂肪酸ジエステルの製法は通常用いられているグリセリン脂肪酸エステルの製法となんら変わらない。またその製法によれば甲第1号証に示すごとくグリセリン脂肪酸エステルはモノエステル、ジエステル、トリエステル等がいろいろな割合で存在する混合物となる。従って、甲第2号証のごとくジエステルとしてどのようなものを用いているかを明記しなければ本発明は実施できない。しかしながら、本件特許発明には本発明を実施する上で重要なポイントである用いているグルセリン脂肪酸ジエステルの性状やジエステル含量の基準がどこにも記載されていない。」と主張する。
そこで、上記主張について検討すると、本件発明における「グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%……………含有してなる」という記載は、グリセリン脂肪酸ジエステルという化学物質を0.50〜3.0重量%含有してなることを意味することはその文言からみて明らかである。
ところで、本件明細書の段落0008には、油脂とグリセリンの混合物をエステル交換反応させてグリセリン脂肪酸ジエステルを製造する方法が記載されているが、該製法により得られる反応生成物には、甲第1号証及び甲第2号証にも記載されているようにジグリセリド以外にもモノグリセリド及びトリグリセリドが種々の割合で含まれるものと認められる。
本件発明においては、「グリセリン脂肪酸ジエステルという化学物質を0.50〜3.0重量%含有してなる」という構成を実現するのに、上記反応生成物から純度100%に近いグリセリン脂肪酸ジエステルにまで精製したものを使用するのか、あるいはモノ、ジ、トリグリセリドがある割合で含まれる混合物の形態で使用するのか本件明細書に具体的な記載はないが、上記反応生成物から純度100%に近いグリセリン脂肪酸ジエステルを取得することは本件特許の出願時当業者において周知であり(例えば、特開平5ー146270号公報参照)、またグリセリン脂肪酸ジエステルをモノ、ジ、トリグリセリドの混合物の形態で使用する場合であっても、モノ、ジ、トリグリセリドの組成比さえ確認すれば、グリセリン脂肪酸ジエステルの含有量が0.50〜3.0重量%となるように上記混合物を添加することは当業者ならば容易に実施できることである。
してみると、甲第1及び2号証の記載を参酌するも、上記の点に異議申立人が指摘するような記載不備があるということはできない。

また、異議申立人は、「表2、表3に示される不飽和脂肪酸含量と耐酸性との関係を評価した結果をみるとクエン酸0%の時点でグリセリン脂肪酸ジエステル含量に関わらず評価が不良であり、本発明の目的である「耐酸性」と不飽和脂肪酸含量との関係を評価した結果とはなっていない。またその表中の数字自体も例えばグリセリン脂肪酸ジエステル0.5%添加時を表1、2、3間で比較するとほとんど差が無く、なぜ発明品の評価のみ、すべてのポイントにおいて「やや良好」となるのかその根拠についての記載も無い為、発明品の評価自体不明瞭と言わざるを得ない。」と主張する。
上記主張について検討する。
本件明細書の表1には、本件発明の水中油型乳化油脂組成物について、ホイップ時間、オーバーラン、保形性、硬度、組織の評価の試験結果が記載され、かかる試験結果に基づいて、グリセリン脂肪酸ジエステルを添加しなかったものはホイップ性が悪く、ホイップクリームの組織が不良であるのに対して、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.5〜3.0%添加した場合、クエン酸の添加量が0.3〜1%の範囲では、中性域にあるクリームとほぼ同等の良好なホイップ性、保形性を示し、硬度及び組織も良好であることを確認することができる。
また、本件明細書の表4には、実施例1〜3及び比較例1〜3により調製した乳化油脂組成物のホイップ時間、オーバーラン、硬度、保形性、風味及び組織の評価の試験結果が記載され、かかる試験結果によっても、本件発明において奏される上記効果を確認することができる。
さらに、本件明細書の表2、表3には、構成脂肪酸の20%あるいは30%が不飽和脂肪酸からなるグリセリン脂肪酸ジエステルを使用して水中油型乳化油脂組成物を調製した場合には、荒い組織のホイップクリームが得られるという試験結果が記載され、かかる試験結果から構成脂肪酸中の飽和脂肪酸の量を「90%以上」に限定したことによる本件発明の効果を確認することができる。
してみると、上記の点に異議申立人が指摘するような記載不備があるということはできない。

29条1項2号違反について>
甲第3号証の記載によれば、モノエステル27%、ジエステル47%の組成比のグリセリン脂肪酸エステルが、本件特許の出願前に乳化剤として市販されていたという事実を認めることはできる。
しかし、甲第3号証には、グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であるグリセリン脂肪酸エステルについての記載は何もなく、甲第3号証の記載から、ジエステルを所定量含み、かつグリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であるグリセリン脂肪酸エステルが、本件特許の出願前に乳化剤として市販されていたという事実は認められない。
また、甲第5号証には、合成クリームを用いて起泡に際してレモン汁やヨーグルト等の酸性物質を添加して菓子を製造することが記載されているが、かかる菓子の製造において、如何なる乳化剤を使用するのか具体的な記載は何もない。
そうだとすれば、甲第3号証及び甲第5号証の記載から、ジエステルを所定量含み、かつグリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であるグリセリン脂肪酸エステルを乳化剤として用い、酸性物質を添加した酸性域においてホイップすることにより菓子を製造することが、本件特許の出願前当業者において公知、あるいは周知であったと認めることはできず、本件発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明であるとすることはできない。

29条2項違反について>
甲第2号証には、グリセリド組成がモノ0.1%、ジ90.2%、トリ9.7%からなるグリセリン脂肪酸ジエステルであって、該グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸が90.9重量%(試料1の「その他 0.6% 」がすべて飽和脂肪酸と仮定する)であるグリセリン脂肪酸ジエステルを4.0重量%含有させてなる起泡性水中油型乳化物が記載されているが、甲第2号証に記載の起泡性水中油型乳化物は、中性域においてホイップする起泡性水中油型乳化物に関するものである。
甲第2号証には、乳化剤として上記試料1のグリセリン脂肪酸ジエステルを、起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物に酸味物質と共に含有させることについて何も記載されていない。
一般に、水中油型乳化油脂組成物の製造に用いる乳化剤について、中性域において良好な起泡性や保形性を示す乳化剤が、酸味物質を添加した酸性域においても同等の起泡性や保形性を示すとはいえない以上、甲第2号証に記載の上記試料1のグリセリン脂肪酸ジエステルを、起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物に酸味物質と共に含有させること、及びその構成に基づいて酸性域において優れた起泡性、ホイップ時のオーバーラン及び保形性を実現できるということは、当業者において容易に想到し得ることではない。
してみると、ヨウ素価が4以下(飽和脂肪酸含量90重量%以上)のグリセリン脂肪酸エステルの各種市販品が示されている甲第7号証の記載を参酌するも、本件発明は、甲第2号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(5)むすび
以上のとおりであるから、異議申立ての理由及び提出した証拠方法によっては、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
水中油型乳化油脂組成物
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物において、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有し、グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であることを特徴とする耐酸性水中油型乳化油脂組成物。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、果汁、発酵乳等の酸味物質を添加した酸性域において、優れた起泡性および保形性を有する耐酸性水中油型乳化油脂組成物に関する。さらに詳しくは、酸味の強いフルーツソースや水分の多いフルーツ果汁を、クリームに対して30重量%程度加えても起泡性を有するイミテーションクリームあるいは合成クリームに関する。
【0002】
【従来の技術】従来より、食用クリーム類は、コーヒーに添加してコーヒーの味に乳風味を付与する目的で使用されたり、デコレーションケーキ等に使用される。さらに製菓、製パン分野、あるいは調理食品分野等にも広く利用されている。一般にこれらの食用クリーム類は適当な起泡性、ホイップ時のオーバーランを有すると同時に良好な保形性を有することが求められている。通常、この食用クリーム類は中性付近のpHで使用されるものであるので、ストロベリー、レモン、オレンジ等の果汁を添加して起泡させると、食用クリームのpHが酸性域に偏るため、クリームの乳化が不安定になり、著しく起泡性の劣ったものになるといった問題がある。
【0003】そこで従来より、酸性域でのホイップ性を向上させた水中油型乳化物についての研究開発がなされ、その成果として、油脂の特性を利用した酸性水中油型乳化脂の製造法(特開昭58-209947)や乳化剤の組合せによる酸性ホイッピングクリームの製造法(特開昭63-14674、特公昭64-6738)、さらに乳化剤としてポリグリセリン脂肪酸エステルと他の添加物を組合せたサワーホイッピングクリーム用組成物や酸性ホイップドクリームの製造法(特開昭58-111639、特開平4-144660)等の技術が提案されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】これらのクリームは、製造時に予め酸性物質としてクエン酸や乳酸菌発酵液等を添加してpHを酸性に調整してあるものである。
【0005】近年、果汁類やヨーグルト等の発酵乳、食用の酸等を加えて酸性域にしても良好な起泡性や保形性を発揮するものが要望されてきており、従来の製造技術では解決困難な課題となっていた。
【0006】従って本発明は、果汁、発酵乳等の酸味物質を添加した酸性域において優れた起泡性、ホイップ時のオーバーラン及び保形性を有する乳化油脂組成物を提供することを課題とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは上記のような状況に鑑み、耐酸性に優れた水中油型乳化油脂組成物を提供すべく鋭意研究の結果、水中油型乳化油脂組成物の調製に用いられる種々の乳化剤のうちから蛋白質の凝集による乳化効力の低下や乳化後の安定性の低下を起こさない乳化剤として、グリセリン脂肪酸ジエステルに注目し、試験したところ、特に構成脂肪酸の90重量%以上が飽和脂肪酸であるグリセリン脂肪酸ジエステルを一定範囲で添加混合して調製した乳化油脂組成物は優れた耐酸性を示すことを見い出し本発明をなすに至った。
【0008】すなわち、本発明は、起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物中にグリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有してなる耐酸性水中油型乳化油脂組成物であって、水中油型乳化油脂組成物中のグリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上である耐酸性水中油型乳化油脂組成物に関する。本発明に使用する構成脂肪酸の90重量%以上が飽和脂肪酸であるグリセリン脂肪酸ジエステルは、油脂とグリセリンの混合物をアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物の存在下でエステル交換するか、あるいは酵素を用いてエステル交換することによって得られる。その際、飽和脂肪酸含量が高い脂肪酸組成物とグリセリンの混合物をエステル交換して得られるものを用いるのが望ましい。
【0009】通常、果汁、クエン酸等の酸性物質を添加した時のクリームのpHは酸性域にあるので、その構成成分である蛋白質や乳化剤の凝集が起こり、乳化剤の効力の低下が促進される。このため、クリームの製造時に酸性物質を添加して、クリームのpHを酸性にする場合には蛋白質の凝集を防止する目的で、安定剤としてペクチン、CMC(カルボキシメチルセルロース)が使用されたり、乳化剤としてポリグリセリン脂肪酸エステルが使用されている。
【0010】本発明は従来から存在するこのような、予め酸性pHの状態に設計された酸性クリームとは異なり、中性付近のpHに調整し、そのクリームに果汁、クエン酸等の酸性物質を加えてそのpHを酸性にしてからホイップした時の起泡性、すなわち、オーバーランとホイップ時間においてpHが中性域のものと差が認められなく、また、保形性等においてもpHが中性域のものと何ら遜色のない耐酸性水中油型乳化油脂組成物を開発し提供するものである。
【0011】以下本発明について詳細に説明する。本発明の耐酸性水中油型乳化油脂組成物(以下、単に水中油型乳化油脂組成物という。)において使用する脂肪としては、大豆油、パーム油、ナタネ油、ヤシ油等の植物油脂および乳脂、魚油等の動物油脂またはこれらの油脂を水素添加もしくはエステル交換して得られる改質油脂、さらにはこれらの混合油脂等が挙げられる。このような脂肪は、本発明の水中油型乳化油脂組成物の全体の重量に基づいて20〜50重量%の範囲で用いることが望ましい。
【0012】次に、本発明の水中油型乳化油脂組成物において使用する乳成分の例としては、全乳、脱脂乳、バターミルク、ホエー等、またはこれらを乾燥して得られる粉乳類が挙げられる。このような乳成分は、本発明の水中油型乳化油脂組成物において6%未満の量で使用することが望ましい。特に、ホエー蛋白質の添加は、水中油型乳化油脂組成物のpHが酸性になった時、乳化を安定にするとともに水中油型乳化油脂組成物の組織を良好にするので極めて望ましい。
【0013】本発明の水中油型乳化油脂組成物において使用する乳化剤としては、食品添加物として使用されるすべての乳化剤をグリセリン脂肪酸ジエステルと併用して使用できるが、水中油型乳化油脂組成物を調製した場合、ホイップ性を有し、しかも調製された水中油型乳化油脂組成物に酸性の物質を入れたときに適度な粘度を示す物質を使用する必要がある。そのために、レシチン、蔗糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル等の併用が好ましい。
【0014】本発明の水中油型乳化油脂組成物において、その他の成分として、安定剤、ガム質あるいはリン酸塩類等、通常の食用クリーム類に使用されるものを添加して使用できる。また、本発明の水中油型乳化油脂組成物に添加することができるpHが酸性の素材としてはクエン酸、リンゴ酸、コハク酸等の有機酸の他、ストロベリー、レモン、オレンジ、ブルーベリー等の果汁またはそれらの濃縮物や発酵乳等が例として挙げられる。これらの酸性の素材は、1乃至2種類の併用も勿論可能であるが、本発明の水中油型乳化油脂組成物全体に対して30重量%以内の量で用いることができる。これより多い添加量では、ホイップ後の水中油型乳化油脂組成物の硬度が低くなり保形性が悪くなるので好ましくない。
【0015】以下、本発明の水中油型乳化油脂組成物を得るに至った試験例について説明する。本試験例においてはグリセリン脂肪酸ジエステルの添加量変化によるホイップ特性をみた。ホイップ性能は、GE社製ミキサーを改造したものを用い、試験例の水中油型乳化油脂組成物400gに砂糖を32g添加したものをボールに入れ、撹拌羽根の回転数900rpmでホイップし、ホイップ中のクリームに掛かる歪み量が25gになった時をホイップ終点とし、ホイップ時間、オーバーラン、保形性、硬度、組織の評価を行った。
〔試験例〕水中油型乳化油脂組成物のでき上がり量を100重量%とし、食用油脂(ヤシ油およびパーム油の混合油:融点34℃)40重量%に、レシチン(日清製油製:レシチンDX)0.5重量%、構成脂肪酸の90重量%以上が飽和脂肪酸からなるグリセリン脂肪酸ジエステル添加量を0〜4重量%になるように調整して油相とし、これを75℃に加温した。また、脱脂粉乳(雪印乳業製)3.5重量%とホエー蛋白質0.3重量%、リン酸2ナトリウム(太平化学製)0.25重量%をグリセリン脂肪酸ジエステルの含量に応じて54.95〜50.05重量%の水に溶解し65℃まで加温して水相とした。ついで、この水相に前記油相を加えてTKホモミキサーで5分間乳化し、60kg/cm2の均質圧力で均質化した後、5℃まで冷却して水中油型乳化油脂組成物を調製した。
【0016】得られた各々の水中油型乳化油脂組成物にクエン酸の40%水溶液をクリームのpHが段階的に酸性域を示すように添加量を変えて添加し実施例に示すホイップ条件でホイップ性能を評価した。ホイップ時間、オーバーラン、保形性、硬度の測定結果、および評価結果を表1に示した。グリセリン脂肪酸ジエステルを添加しなかったものはホイップ性の非常に悪いものが得られた。また、表2、表3に示すように、構成脂肪酸の10重量%以上が不飽和脂肪酸からなるグリセリン脂肪酸ジエステルを使用して本試験例と同様の水中油型乳化油脂組成物を調製してホイップしたが、荒い組織のものとなり、オーバーランの低下も見られ、ホイップクリームとして好ましくないものであった。
【0017】
【表1】

【0018】
【表2】

【0019】
【表3】

【0020】表1に示す結果から明らかなように、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.5〜3.0%添加した時、クエン酸の添加量が0.3〜1%の範囲では、中性域にあるクリームとほぼ同等の良好なホイップ性、保形性を示すことが判明した。また、グリセリン脂肪酸ジエステルの添加量が4%以上になるとホイップしたクリームの硬度が低くなりまた離水も認められることからこれ以上の添加は望ましくないことが明らかとなった。
【0021】
【実施例】次に実施例および比較例を示し、本発明をより詳細に説明する。なお以下に示す実施例は本発明をより具体的に説明するためのものであり、これによって本発明の内容を限定するものではない。
実施例1
水中油型乳化油脂組成物のでき上がった量を100重量%として、食用油脂(ヤシ油およびパーム油の混合油:融点34℃)40重量%に、レシチン(日清製油製:レシチンDX)0.5重量%、構成脂肪酸の90重量%以上が飽和脂肪酸であるグリセリン脂肪酸ジエステル1.5重量%を添加して油相とし、これを75℃に加温した。また、脱脂粉乳(雪印乳業製)3.5重量%とホエー蛋白質0.3重量%、リン酸2ナトリウム(太平化学製)0.25重量%を53.95重量%の水に溶解し65℃まで加温して水相とした。ついで、この水相に前記油相を加えてTKホモミキサーで5分間乳化し、60kg/cm2の均質圧力で均質化した後、直接滅菌装置で150℃、4秒間保持し、更に50kg/cm2の圧力で均質化を再度行い、5℃まで冷却した。この時の水中油型乳化油脂組成物の粘度は、110cPであった。
【0022】このようにして得られた水中油型乳化油脂組成物をホイップしたところ、ホイップ時間3分でオーバーラン126%、硬度は35gで戻りもない良好なホイップ性と保形性を示した。ホイップ条件は、600gの乳化油脂組成物に砂糖を48g添加したものを用い、ケンウッドミキサーを使用して回転数160回転/分で行った。硬度はレオナー(山電製)を用いて測定した。測定条件は直径16ミリメートルの円柱型プランジャーを、貫入スピード5mm/秒で侵入させ、クリーム表面から10mm侵入した時のホイップクリームに掛かる荷重で表した。また、オーバーランは一定容積のカップを用いて測定を行い数1式で算出した。
【0023】
【数1】
{(ホイップ前重量-ホイップ後重量)/ホイップ後重量}×100
【0024】次にこの水中油型乳化油脂組成物にクエン酸酸度3.9%の5倍濃縮オレンジ果汁を10%添加してpHを4.69にしたものをホイップしたところ、ホイップ時間5分15秒、オーバーラン110%、硬度35gで戻りもない良好なホイップ性と保形性を示した。
【0025】実施例2
実施例1の方法により調製して得られた水中油型乳化油脂組成物にクエン酸酸度15.4%の5.5倍濃縮カシス果汁を、3%添加してpH3.5としたものをホイップしたところ、オーバラン135%、硬度40g、ホイップ時間3分45秒で、良好なホイップ性と保形性を示した。
【0026】実施例3
実施例1の方法により調製して得られた水中油型乳化油脂組成物にクエン酸酸度4.1%の5倍濃縮ストロベリー果汁を25%添加してpH4.03としたものをホイップしたところ、ホイップ時間4分50秒、オーバーラン149%、硬度35gで良好なホイップ性と保形性を示した。
【0027】比較例1
水中油型乳化油脂組成物のでき上がり量を100重量%として、食用油脂(ヤシ油およびパーム油の混合油:融点34℃)40重量%に、レシチン(日清製油製:レシチンDX)0.5重量%、HLB2のショ糖脂肪酸エステル(第一工業製薬製DKF20)を0.1%、HLB10のショ糖脂肪酸エステル(第一工業製薬製DKF110)0.2重量%を添加して油相とし、これを75℃に加温した。また、脱脂粉乳(雪印乳業製)3.5重量%とホエー蛋白質0.3重量%、リン酸2ナトリウム(太平化学製)0.25重量%を53.95重量%の水に溶解し65℃まで加温して水相とした。ついで、この水相に前記油相を加えてTKホモミキサーで5分間乳化し、60kg/cm2の均質圧力で均質化した後、直接滅菌装置で150℃、4秒間保持し、更に50kg/cm2の圧力で均質化を再度行い、5℃まで冷却した。この時の水中油型乳化油脂組成物の粘度は、110cPであった。
【0028】このようにして得られた水中油型乳化油脂組成物を実施例と同様の条件でホイップしたところ、ホイップ時間3分でオーバーラン126%、硬度は35gであった。また、戻りもない良好なホイップ性と保形性を示した。しかし、実施例1と同じように、この水中油型乳化油脂組成物にクエン酸酸度3.9%である5倍濃縮オレンジ果汁を10%添加してホイップしたところ、ホイップ時間2分15秒で脂肪分離が発生しホイップ不可能であった。この時、オーバーラン60%、硬度41gとなり、非常にホイップ性の評価が悪いものであった。
【0029】比較例2
比較例1の方法により得られた水中油型乳化油脂組成物にクエン酸酸度15.4%の5.5倍濃縮カシス果汁を3%添加してホイップしたところ、水中油型乳化油脂組成物が凝固した。さらにホイップを続けたところ、ホイップ時間が1分40秒で脂肪分離が発生し、ホイップ不可能であった。この時、オーバーラン59%、硬度60gとなり、ホイップ性の評価が悪いものであった。
【0030】比較例3
比較例1の方法により得られた水中油型乳化油脂組成物にクエン酸酸度4.1%の5倍濃縮ストロベリー果汁を25%添加してホイップしたところ、水中油型乳化油脂組成物が凝固した。さらにホイップを続けたところ、ホイップ時間が2分20秒で脂肪分離が発生し、ホイップ不可能であった。この時、オーバーラン60%、硬度48gとなり、ホイップ性の評価が悪いものであった。以上の実施例及び比較例により調製した乳化油脂組成物のホイップ時間、オーバーラン、硬度、保形性、風味および評価結果は表4に示す通りである。
【0031】
【表4】

【0032】
【発明の効果】本発明は、以上説明したような特徴を有するので、次のような効果を奏する。すなわち、本発明の水中油型乳化油脂組成物は、果汁等の酸性物質を加え、pHが3.45付近の酸性域でも良好なホイップ特性および保形性を示す。このため果汁や酸味物質を添加してホイップすることができ、バラエティーに富んだ風味のものが得られ、利用範囲の広いものを提供できる。さらに、本発明の水中油型乳化油脂組成物は、使用するときpH5以下で自由に酸度を選択できるので、飲食店等において、客の希望によって好みのものを即座に調製し提供できるといった利点も有している。
 
訂正の要旨 <訂正の要旨>
訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1の「【請求項1】起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物において、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有してなることを特徴とする耐酸性水中油型乳化油脂組成物。」とある記載を、「【請求項1】起泡に際して酸性域に調整する水中油型乳化油脂組成物において、グリセリン脂肪酸ジエステルを0.50〜3.0重量%及び酸味物質を含有し、グリセリン脂肪酸ジエステルを構成する脂肪酸中の飽和脂肪酸の量が90重量%以上であることを特徴とする耐酸性水中油型乳化油脂組成物。」と訂正する。
訂正事項b
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
異議決定日 2002-07-16 
出願番号 特願平6-290673
審決分類 P 1 651・ 534- YA (A23D)
P 1 651・ 112- YA (A23D)
P 1 651・ 531- YA (A23D)
P 1 651・ 121- YA (A23D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉住 和之北村 弘樹  
特許庁審判長 田中 久直
特許庁審判官 斎藤 真由美
近 東明
登録日 2001-05-11 
登録番号 特許第3185084号(P3185084)
権利者 雪印乳業株式会社
発明の名称 水中油型乳化油脂組成物  
代理人 舟橋 榮子  
代理人 舟橋 榮子  

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