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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) B41F
審判 全部無効 1項2号公然実施 無効とする。(申立て全部成立) B41F
管理番号 1091175
審判番号 審判1997-12278  
総通号数 51 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1993-08-03 
種別 無効の審決 
審判請求日 1997-07-17 
確定日 2003-10-09 
事件の表示 上記当事者間の特許第2534949号「段ボ―ルシ―ト用印刷機」の特許無効審判事件についてされた平成10年5月29日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成10(行ケ)年第0215号平成12年3月1日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第2534949号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第2534949号(平成4年1月18日出願)は、平成8年6月27日に特許の設定登録後、平成9年7月17日付で請求人・株式会社梅谷製作所より登録無効の審判請求を受けたものであって、平成10年5月29日付けの「特許第2534949号発明の特許を無効とする。」との審決に対し、東京高等裁判所において前記無効審決を取り消す判決(平成10年(行ケ)第215号、平成12年3月1日判決言渡)があったものである。

2.本件発明
本件特許第2534949号の請求項1に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)と、前記版胴(44)に対し近接・離間自在に配設され、近接時には該版胴(44)に装着した印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、このインキ転移ロール(50)に運転中は常に接触して回転し、供給されるインキの量を絞り調整する絞りロール(52)とを備え、前記インキ転移ロール(50)を介して前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)における軸方向の両端部に配置され、両ロール(50,52)の間に画成されるインキ貯留部(A)の長手方向両端部を閉成する堰部材(74,74)と、前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方に配設されて該ロール(50,52)と平行に移動可能で、前記インキ貯留部(A)への低粘度かつ高度速乾性インキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置(54)とを備え、前記供給・回収装置(54)は、前記インキ貯留部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と、前記保持手段(92)に配設され、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり、前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯留部(A)に供給し、また該モータ(96)の逆付勢によりインキ貯留部(A)中の残留インキをインキポット(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機。」(以下、「本件発明」という。)。

3.請求人の主張
3-1.無効理由1
請求人は、本件発明は、インクの供給について、「重点供給方式」を「全幅供給方式」とした補正が要旨を変更するものであり、その出願日が平成5年4月19日とみなされ、それ以前に本件発明の実施品が販売されていたことから、特許法第29条第1項第2号に該当し、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべき旨主張し、甲第20号証を提出している。
3-2.無効理由2
請求人は、本件発明は、進歩性が欠如しており、特許法第29条第2項の規定に該当し、同法第123条第1項第1号の規定により無効とすべき旨主張し、証拠方法として甲第1号証〜甲第19号証を提出すると共に、その後、甲第21号証及び甲第22号証を追加提出している。
(証拠方法)
甲第1号証:特開昭60-192635号公報
甲第2号証:実願昭58-111347号(実開昭60-19439号)のマイクロフィルム
甲第3号証:実願昭54-10547号(実開昭55-110239号)のマイクロフィルム
甲第4号証:実願昭59-6965号(実開昭60-119540号)のマイクロフィルム
甲第5号証:実公平3-14367号公報
甲第6号証:特開平1-62373号公報
甲第7号証:特開平3-183549号公報
甲第8号証:特開平4-7153号公報
甲第9号証:カタログ「イギリスWATSON-MARLOWチュービングポンプ」、発行者 日機装株式会社 機械事業部、印刷日 1988年(昭和63年)7月
甲第10号証:実願昭61-171269号(実開昭63-77737号)のマイクロフィルム
甲第11号証:特開平5-193116号公報(本件特許の公開公報)
甲第12号証:印刷機の印刷方式とインキおよびインキの供給・回収装置一覧表
甲第13号証:本件発明の構成要件と甲第1号証の対比表
甲第14号証:本件特許と登録実用新案の比較表
甲第15号証:登録実用新案第3002218号公報(本件特許の出願分割および出願変更に係る)
甲第16号証:特開昭61-266248号公報
甲第17号証:特公昭52-27758号公報
甲第18号証:実願昭59-61842号(実開昭60-I73328号)のマイクロフィルム
甲第19号証:東京高等裁判所平成8年(行ケ)第21号判決(平成9年6月10日言渡)
甲第20号証:名古屋地方裁判所平成7年(ワ)第4290号の訴状(1〜2頁、18〜19頁、26頁)
甲第21号証:平成7年審判第40012号審決(平成9年11月28日付け)
甲第22号証:本件発明の構成要件と甲第6号証の対比表

4.被請求人の主張
4-1.無効理由1について
本件明細書では、当初から、「全幅供給方式」を前提にし、これに「重点供給方式」を組み合わせることができることを開示しており、要旨を変更する補正ではないことから、請求人の主張する無効理由1には理由がない。
4-2.無効理由2について
本件発明は、新規なインキの利点を生かし得る進歩性のある段ボールシート用印刷機であり、請求人の主張する無効理由2には理由がない。

5.甲各号証の記載事項
甲第1号証〜甲第20号証には、それぞれ下記の事項が記載されている。
(甲第1号証の記載事項)
「例えばフレキソ印刷装置においては、第1図に示す如く、アニロックスロール10とインキロール12とからインキ転移機構が構成され、インキリザーバ14からポンプ16を介して吸上げたインキを、前記両ロール10,12の長手方向における接触領域αに供給するようになっている。このインキは両ロール間で均一に絞られてアニロックスロール10上にインキ被膜として形成され、版胴18に巻装した印版20に転移されるものである。なお符号22は圧胴、24はインキ回収箱を夫々示す。」(第2頁左上欄第9〜19行)、
「第2管路系36に連通する前記負圧箱38は、これに接続する負圧源40により常に負圧形成がなされているものではなく、通常の印刷運転時には、負圧解除がなされている。従って、両ロール10,12間に供給されたインキは、回収箱24に回収された後、第2管路系36および負圧箱38(負圧解除がなされている)を介してインキリザーバ14に自重により帰還して、インキの自然循環がなされるようになっている。」(第3頁右上欄第2〜10行)、
「第3図は、本願の別の発明に係るインキ回収洗浄装置に関するものであって、この装置は、第2図に示した実施例に係る装置の構成に欠くことができない主要事項をそっくり備えている。すなわち、第2図の実施例装置と同じく、主としてインキを回収し、洗浄終了後には洗浄水を回収する第2管路系64が設けられている。・・・なお負圧箱38およびインキリザーバ14へのインキ回収管路系並びに外部排水管45等の配列構成は、第2図の構成と全く同様である。本実施例装置では、インキおよび洗浄水の供給および回収を選択的に行う第1管路系60が設けられ、当該第1管路系60は、図示の如く多数の管体が平行に束ねられた状態で構成され、その一方の開放端部は、両ロール10,12の長手方向接触領域αに臨んでいる。そして第2図の実施例装置と同様に、各管路系60は前記アクチュエータ52により進退駆動される支持棒50に支承されて、該アクチュエータ52の作用下に両ロール対し近接および離間し得るようになっている。また、第1管路系60の他端部は、チュービングポンプ62および切換弁30(外部給水および排水管66に切換接続する)を介して、インキリザーバ14に連通接続している。」(第3頁左下欄第10行〜第3頁右下欄第17行)、
「第3図に示す実施例の場合は、第1管路系60を介してインキが供給されているが、印刷オーダーの変更に伴いカラーチェンジを行う必要が生ずると、チュービングポンプ62が停止する。また前記アクチュエータ52が作動して、、第1管路系60の開放端部を一斉に両ロールの長手方向接触領域αに近接させ、この領域αに残留するインキをチュービングポンプ62の逆転により第1管路系60を介してリザーバ14に積極的に回収する。また第2管路系64においても、当該管路系の他端部が連通接続している負圧箱38に負圧形成がなされ、これにより回収箱24中のインキを第2管路系64を介して積極的に負圧吸引して、インキリザーバ14に回収する。」(第4頁右上欄第18行〜左下欄第11行)、
「以上説明した如く、本発明に係る方法および装置によれば、印刷オーダーの変更に伴いカラーチェンジを行う必要が生じた際に、インキの回収および洗浄水の回収を負圧作用下に積極的に行うものであるので、洗浄時間の短縮およびインキ損失の低減が図られるものである。」(第4頁右下欄第4〜9行)。

(甲第2号証の記載事項)
「アニロックスロール7は、版胴2に対し、ドクターロール6の中心6aを支点として昇降するようになっており、」(第3頁第10〜13行)。

(甲第3号証の記載事項)
「本考案は印刷インキ交換の能率向上を図り、特に少量の印刷枚数に適応した段ボール印刷機におけるインキ供給装置に関するものである。」(第1頁第18〜20行)、
「オッシレーションロール4aは転移ロール(トランスファーロール)5を介して、オッシレーションロール4bと接する。オッシレーションロール4a,4bは回転しつつ、軸方向をゆっくり往復運動を繰り返す。オッシレーションロール4aに移送されたインキはこれらのロール群によって均一、かつ均等に練られながら、これらのロール群を経て、移しロール(フォームロール)6から版胴7に載置された印版8に乗せられる。」(第2頁第9〜18行)、
「以下、本考案を第2図に示す一実施例について説明する。なお、同図において、第1図と同一部分には同一符号を用いて示してある。印刷機フレーム上にレール12をオッシレーションロール4aと平行に並設し、該レール12上を摺動自在に台板13を係合し、該台板13は台板に螺合したねじ軸14を回動することによってレール上を移動する。該台板13上に、ポンプ15を載置する。・・・該ポンプは第3図に示すように、回転軸101に固定した円板102の同一円周上に複数個の押圧用コロ108を等間隔をもって回転自在に取付け、その下部には上面に円弧状の受け面104をもつ受け台105を上下調節が自由に行えるよう設置し、該受け台105の上面受け面104に後述の可撓チューブ18を固定的に載せて円版102を一定方向に回動することにより押圧用コロ108が可撓チューブ18を受け面104に沿って一方向へ扁平状に押圧しながら移動してチューブ内のインキを吸入側から排出側へ強制的に移送するようにしたポンプである。また、台板13上にインキつぼ16及び該インキつぼよりポンプ15を経て台板よりの支持部材17により、オッシレーションロール4a上に臨む可撓チューブ18を固定的に載せる。ねじ軸14の回動、及びポンプ15の運転の操作は印刷機の下部床面から遠隔操作できる構成とする。上記のように構成された本考案装置は、床上からの遠隔操作によりねじ軸14を回動して台板13をオッシレーションロール4aに対し任意の位置に移動させ、ポンプ15を駆動することによって、極めて簡単に所望の箇所に所望の量だけのインキを補給することができる。また、異った色のインキを供給する場合は、インキつぼ16とチューブ18をともに換装すれば足りる。」(第4頁第12行〜第6頁第8行)。

(甲第4号証の記載事項)
「本考案は段ボール紙印刷機において印刷し終えた後の該印刷機内に滞った残留インクを素早く吸い上げる印刷インク回収装置に関する。」(第1頁第19行〜第2頁第1行)、
「インク溜溝3の上方に位置するように両端を該印刷機の機枠7,7に固着させて水平に水平杆8を横架させる。そして該水平杆8に取付杆9を上下動自在に取付ける。即ち、取付杆9の両端部に鉤状の掛金具10,10を固着し、該掛金具10,10を水平杆8に跨ぐように乗せて取付杆9を水平に支持し、該掛金具10,10上に小型の空圧シリンダ11,11を固着しその作動杆12端に固着した当金13を水平杆8の上面に等接させ、該空圧シリンダ11,11が作動することによって作動杆12が伸縮すると取付杆9が上下動するように構成する。そして取付杆9の両端部および中間部にブラケット14を固着し、該ブラケット端に吸引ノズル15を夫々前記インク溜溝3と相対するように固着する。16は先端が該吸引ノズル15に連結された可撓性のホースである。第5図に本考案に係る装置の配管系統図を示す。同図中、17は印刷インク用のタンク、18は洗浄水用の給水管、19はポンプ、20は該ポンプの吸引側に継がれた三方向切換弁で該三方向切換弁20はポンプ19の吸引側を前記タンク17または給水管18に連通の切換ができるようにしている。・・・前記ゴムロール1の端面とアニロックスロール2の端面にまたがって圧着するように設けられた一対のインク堰止板27,27に連結され、該堰止板27,27にはL形のノズル孔28が夫々穿設されていてインク溜溝3の両端部から該ノズル孔28を通して印刷インクを吸引できるようにしている。しかしてこの装置では印刷中は取付杆9を空圧シリンダ11の作動杆12を伸長させることで上動させて各吸引ノズル15をインク溜溝3中から出た状態としておく。そしてポンプ19の駆動でタンク17の印刷インクをインク溜溝3に供給すると共に、真空ポンプ22、ポンプ24を駆動することで堰止板27,27のノズル孔28よりそのインク溜溝3中を両端へ流れたインクを吸引しタンク17に回収させる。そして所定の印刷を終えてその印刷インクを色の異なるものに変更するに際しては取付杆9を下げて各吸引ノズル15をインク溜溝3中に臨ませ該インク溜溝3中に残留した印刷インクを短時間で残すことなく吸い上げてタンク17に回収させる。しかる後三方向切換弁20を切換えて吸水管18の洗浄用水をインク溜溝3に供給し該インク溜溝3を水洗浄しその洗浄水は吸引ノズル15、ノズル孔28より吸収させて排棄する。」(第4頁第3行〜第6頁16行)。

(甲第5号証の記載事項)
「ゴムロールとアニロックスロールとを一水平面内で圧接させ、その両ロールの上位置に形成される断面略V型のインク溜溝に印刷インクを保有させ、前記アニロックスロール上に含浸せしめた印刷インクを印刷ドラム上に点着させる段ボール印刷機において、先端が前記インク溜溝に臨む吸引ノズルを設けると共に、該吸引ノズルを該インク溜溝に沿い往復動させる移動手段を設け、該吸引ノズルを回収ポンプに継いでインク溜溝に沿い往復動させることによりインク溜溝上の残留インクを回収ポンプに吸引させるようにしたことを特徴とする段ボール印刷機における印刷インク回収装置。」(実用新案登録請求の範囲)、
「段ボール印刷はインク溜溝3に印刷インクを保有させ、アニロックスロール2の胴表面の凹凸に含浸せしめた印刷インクを回転に伴い連動する印刷ドラム4上のゴム版へ転着し、印刷する段ボール紙6を該印刷ドラム4と圧着ロール5間に挟んで印刷していくが、印刷完了後にもインク溜溝3には未だ多量の印刷インクが溜っている。かかる印刷インクは一旦受液皿7で受けホース8で系外へ取出されるが、ある一定レベルからインク溜溝3に滞る残留インクはなかなか流れ出ない。しかるにこの回収装置によれば、インク溜溝3に臨んだ吸引ノズル9の先端を残留インク内に沈めるように該吸引ノズル9と継がるビニルホース11を止金21で調節固定して回収ポンプ10を起動させれば、インク溝内に滞留する残留インクを強制的に吸い上げることになる。」(第3欄第31行〜第4欄第11行)。

(甲第6号証の記載事項)
「従来、段ボールのフレキソ印刷は水性インキが使用される為に、インキの乾燥は早く、印刷後製函、打抜き等の二次加工に直結できる利点はあるが、その反面水性インキは少量のインキで印刷する場合には機上の安定性に欠け、粘度の変化が大きい。・・・色換えの際に印刷機のインキロール、循環パイプ、インキポンプ、インキタンク等に付着し、又は残留するインキのために、インキの損失が大きく、更にこれの洗浄に当って多量の排水が発生する為之が処理に莫大な設備と経費を要していた。・・・上記のように従来の水性インキによるフレキソ印刷は、上記のような欠点を有する為にインキの補給を少量づゝとすれば、水分が極めて蒸発し易く、インキが増粘して印刷不能となり、更に設備の洗浄の必要、インキロスの増加等の大きな欠点があった。」(第1頁右下欄第6行〜第2頁左上欄第4行)、
「この発明に係る、フレキソ印刷用インキ組成物は、固形のスチレン変性アクリル酸樹脂、アクリル樹脂、スチレン変性マレイン酸樹脂等をビヒクルの主体とし、溶媒として溶媒量の95〜50%の水をグリコール及び5〜50%の水を用いることによって、前記の固型樹脂とグリコール及び水の相乗作用によって、ビヒクルの増粘が妨げられ、インキの乾燥速度は促進されるにも拘らず、インキの安定度が保たれる点を特徴とするものである。」(第2頁右上欄第13行〜左下欄第1行)、
「上記各実施例について、図面に示す如くアニロックスロールとゴムロールの両端を遮蔽して循環装置を使用せず少量のインキで印刷したところ、従来の水性インキは5分間の印刷によってインキの粘度が上昇して印刷不能となったが、本発明によるインキA及びインキBは1時間印刷継続後も粘度上昇を起こさずに安定した印刷適正を得ることが出来た。」(第3頁左下欄第3〜10行)、
「この発明は、従来の水性フレキソインキの欠点、即ち少量のインキで印刷する場合に印刷機上の粘度変化が大きく、従って作業が非能率的であり、更に色換え時のロスの多発、洗浄排水の処理等に多くの工程や経費を要する点等の欠点を無くし、・・・少量のインキによっても、機上安定性が大で、印刷適正に優れ、・・・而も乾燥速度も良い(10秒〜40秒)等の目的が達せられるものである。」(第3頁左下欄第12行〜右下欄第1行)。

(甲第7号証の記載事項)
「本発明は、版胴にインキを供給する装置に関するものである。」(第1頁左下欄第13〜14行)、
「インキは従来の速乾性タイプのものより、少し粘度が高く、乾燥時間の少し遅いものを使用する。インキはロール表面の微細な凹部に溜まり、余分のインキは主ロール(1)に近接して対向配備した部材(2)との間に溜まる。このインキ溜まりによって、ロール表面の微細な凹部に確実にインキが溜まり、又、部材(2)によって余分のインキが掻き取られて、部材(2)を通過したロールの表面には全長に亘って略均一にインキが付着する。主ロール(1)と部材(2)との間に溜まるインク量は僅かであって、主ロール(1)の回転によるロールの摩擦によってインクが絶えず攪拌されインキが固まることは防止される。版胴(4)の凸部に接してインキが吸収された主ロール(1)には、該ロールの回転によって、上記の如くインキが供給される。即ち、主ロール(1)が段ボールシート(9)に接する直前には、主ロール(1)の軸方向には、ロール表面の微細な凹部にインキが溜まってロールの全長に亘って、略均一にインキが付着しており、印刷の際のインキむら、色振れ、ゴースト等の問題は生じない。又、従来の速乾性インキによる印刷に比べて粘度の低いインキを使用できることに対応して、印刷面に艶のある美しい印刷が実現できる。又、速乾性インキの場合の様に、インキを循環させる必要はなく、装置を簡素化できると共に、インキ変えの際には主ロール(1)と部材(2)との間に溜まった僅かの量のインキが無駄になるだけであり、更に、主ロール(1)、部材(2)及び版胴(4)を洗い流せば可いので段取り変えも迅速に行なうことができる。」(第2頁右下欄第1行〜第3頁左上欄第12行)、
「主ロール(1)に対向配備された部材(2)は実施例ではドクターナイフ(21)であって、・・・主ロール(1)に対向して該ロールにインキを噴射する複数基のスプレー装置(3)がロールの軸方向にスライド可能に配備されている。インキは粘度が500〜1000センチポイズで、従来の段ボールシート印刷に使用する速乾性インキの乾燥時間約1秒、遅乾性インキの乾燥時間約3分に対して、約10秒で乾燥する。前記スプレー装置(3)は、インキを霧状に噴射できるものであれば、スプレー方式は問わない。前記ドクターナイフ(21)の両端に、受け皿(5)が配備され、該受け皿はドクターナイフ(21)と主ロール(1)の端部から滴下するインキを受ける。」(第3頁右上欄第4行〜左下欄第5行)。

(甲第8号証の記載事項)
「本発明は、版胴にインキを供給する装置に関するものである。」(第1頁右下欄第5〜6行)、
「版胴に接触し表面に微細な凹凸を形成した主ロール(1)と、主ロール(1)に対向して接触配備した補助ロール(10)と、ロールにインキを補給するインキ補給装置(2)[(3)の誤記と認められる。]と、両ロール間の両端側に配備されロール間にエアーを噴射するエアー噴射ノズル(31)(31)を配備した版胴へのインキ供給装置。」(特許請求の範囲第2項)、
「従来、製箱に使用される段ボールシート用の印刷装置として、第4図に示すものと、第6図に示すものの2種類がある。第4図の印刷装置は、インキの粘度が200〜300センチポイズで、紙シートに付着すれば1秒程度で乾燥する速乾性インキが使用され、・・・又、インクを絶えず流動させなければ固まってしまう。このため、第5図に示す如く、・・・過剰供給のインキを絶えず循環させインキが固まることを防止しなければならない。この様に、循環管路(9)にて常時インキを循環させると、インキの色変えの際、・・・パイプ内のインキを洗い流さねばならず、多量のインキが無駄になる問題がある。第6図の装置は、粘度が3000〜3500センチポイズで、紙に付着したインキの乾燥に要する時間は長いが、印刷面に艶があり商品価値の高い印刷が望めるインキを使用するものである。・・・上記インキ供給装置は、前記第4図のインキ供給装置の様に多量のインキを循環させる必要はないから、インキ換えの際に無駄となるインキ量は少なくて済む。しかし、粘度の高いインキを練りながら下流側のロールに順に受け渡すため、版胴(4)が実際にインキ供給を必要とする部分、即ち、版胴(4)の凸部に均一にインキを供給することが出来ず、印刷インキ斑、ロールの左右での色振れ、ゴースト等の問題が生じる。」(第1頁右下欄第8行〜第2頁左下欄第8行)、
「本発明は上記実状に鑑み、印刷面が美しく、インキ変えの際のロールの洗浄が容易で、然もインキロスを少なくでき、更にインキ供給量の調整が容易なインキ供給装置を明らかにするものである。」(第2頁左下欄第11〜14行)、
「インキは、ロール上に付着しているときは乾燥し難く、段ボールシートSに付着した際には速やかに乾燥する特性のインキ、例えば粘度が500〜1000センチポイズで、約10秒で乾燥するものを使用するのが望ましい。インキは主ロール(1)表面の微細な凹部に溜まって版胴に受け渡される。余分のインキは主ロール(1)と該ロールに接近して対向配置した補助ロール(10)との間に溜まる。このインキ溜りによって、主ロール(1)表面の微細な凹部に確実にインキが溜まり、又、補助ロール(10)によって余分のインキが掻き取られて、補助ロール(10)を通過した主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する。従って、該主ロール(1)からインキが受け渡される版胴(4)の凸部には均一にインキが付着し、印刷の際のインキ斑、色振れ、ゴースト等の問題は生じない。前記の如く、主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まるインク量は僅かであって、主ロール(1)の回転によるロールの摩擦によってインクが絶えず攪拌されインキが固まることは防止される。又、従来の速乾性インキによる印刷に比べて粘度の高いインキを使用して、印刷面に艶のある美しい印刷が実現できる。又、速乾性インキの場合の様に、インキを循環管路にて循環させる必要はなく、装置を簡素化できると共に、インキ換えの際には主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まった僅かのインキが無駄になるだけであり、更に、主ロール(1)、補助ロール(10)及び版胴(4)を洗い流せば可いので段取り変えも迅速に行なうことができる。」(第2頁右下欄第6行〜第3頁左上欄第16行)、
「補助ローラ(10)の上方に主ロール(1)或は補助ロール(10)にインキを補給するインキ補給装置(3)を配備する。実施例のインキ補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロール軸方向にスライド可能に配備して構成されている。・・・前記スプレー装置(30)は、インキを霧状に噴射できるものであれば、スプレー方式は問わない。第2図、第3図に示す如く、主ロール(1)と補助ロール(10)の両端部間に、エアー噴射ノズル(31)(31)が先端を互いに接近する方向に斜め下向きにして対向配備されている。上記ノズル(31)(31)から噴射されるエアーが、ロールの端部にてエアーカーテンを形成し、主ロール(1)と補助ロール(10)の間に溜まったインキがロールの端部側に落ちることを効果的に防止する。ノズル(31)(31)の間に、ローラ(1)(10)上に溜まったインキの量を検出する検出手段(32)を配備し、前記インキスプレー装置(30)の作動を制御し、適正量のインキをローラに噴射させることもできる。検出手段(32)は電極式の液面検出器、光電管による液面検出、光反射式液面検出器等が実施できる。」(第3頁右下欄第7行〜第4頁左上欄第14行)、
「版胴(4)の下方には段ボールシートSの移行路を挟んで印圧ロール(7)、版胴(4)と印圧ロール(7)の下流側に一対の送りロール(8)(8)が配備されている。」(第4頁右上欄第2〜5行)。

(甲第9号証の記載事項)
イギリスWATSON-MARLOW社のチュービングポンプについて、その動作、特性、用途が記載されていると共に、各機種が紹介されている。
また、第2頁[特性]の欄には、「チューブのサイズ変更により、流量を変えることが出来ます。」、「可逆転で送液方向が変えられます。」と記載されている。

(甲第10号証の記載事項)
「本考案は、フレキソ印刷機に於いて、色換時のインキ交換を効率的に行わしめる装置に関するものである。」(第1頁第15〜17行)、
「インキを転移供給する1対の相接するロールと、前記ロールのロールニップ部にインキを供給するインキ供給装置と、それらのインキ経路を洗浄するインキ洗浄装置とを備えたフレキソ印刷機において、前記ロールニップ部に近接して吸引用ノズルを設けるとともに、同ノズルで吸引した液をインキ経路の排出管に強制的に流入させるようにしてなることを特徴とするフレキソ印刷機。」(実用新案登録請求の範囲)。

(甲第11号証の記載事項)
特開平5-193116号公報で、本件特許の出願公開公報である。

(甲第12号証の記載事項)
「印刷方式とインキおよびインキの供給・回収装置一覧表」として、請求人の作成したものである。

(甲第13号証の記載事項)
「本件発明の構成要件と甲弟1号証との対比表」として、請求人の作成したものである。

(甲第14号証の記載事項)
「本件特許と登録実用新案の比較表」として、請求人の作成したものである。

(甲第15号証の記載事項)
本件特許の出願分割および出願変更に係る登録実用新案第3002218号公報。

(甲第16号証の記載事項)
「本発明は、輪転印刷機、紙工機械等における印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するものである。」(第1頁左下欄第13〜15行)、
「従来の前記印刷インキ(高粘性液)供給装置においては、その供給装置における印刷インキの粘度が高く・・・高圧で圧送されており、版替え作業等で印刷機を停止した時にインキレールから印刷インキが漏出するため、・・・チェック弁を設け該チェック弁の設定圧を前記圧送圧力よりも高く設定することにより、前記印刷インキの漏出を防止する構造になっているが、・・・チェック機能が低下したり・・・の問題点がある。・・・本発明は、・・・駆動モータを逆転モータにするとともに移送ポンプを逆転によって吸引に切換え制御されるようにすることにより、運転停止時に送出側の高粘性液を吸い戻して高粘性液の漏出を積極的に防止し、」(第1頁右下欄第13行〜第2頁左上欄第18行)。

(甲第17号証の記載事項)
「本発明はウエブ材料特に繊維材料を捺染する機械の圧力ノズルへ捺染インキを供給する制御装置に関する。」(第2欄第14〜16行)、
「捺染工程の終了後、ポンプ3を逆回転させることによって捺染インキを圧力ノズル7および送出管4から供給容器へ戻すことができ、その後、吸引管2を洗浄液容器に接続してポンプ3を作動させることにより装置全体を簡単に清掃することができる。」(第9欄第24行〜第10欄第4行)。

(甲第18号証の記載事項)
「この考案の目的は、インキ量の調節が容易で、かつインキ練りローラの長さ方向の位置によって任意にインキ量を変えうるインキ供給装置を提供することにある。」(第2頁第12〜15行)、
「インキ練りローラ(3)に沿って往復動する移動部材(6)を備えており、インキタンク(11)に接続されたインキ量の調節が可能なインキ噴出ノズル(13)が移動部材(6)に設けられている印刷機におけるインキ供給装置。」(実用新案登録請求の範囲)。

(甲第19号証の記載事項)
甲第15号証として提示された本件特許の出願分割および出願変更に係る登録実用新案第3002218号の無効審判事件(平成7年審判第40012号)審決についての、審決を取り消す旨の東京高等裁判所の判決。

(甲第20号証の記載事項)
第26頁に、「原告は、平成四年一二月ころから、本件考案にかかるインキ供給・回収機構を装備した印刷機(プリンタスロッタ)を「EXCEED」の商品名を付して製造し、これを販売してきた(以下、「原告印刷機」という。)。」と記載されている。

(甲第21号証の記載事項)
甲第19号証として提示された東京高等裁判所の判決により、更に審理され、甲第15号証として提示された登録実用新案第3002218号を無効とする旨の審決。

(甲第22号証の記載事項)
「本件発明の構成要件と甲弟6号証との対比表」として、請求人の作成したものである。

6.当審の判断
6-1.無効理由1について
出願当初の明細書及び図面に記載された構成からみて、「全幅供給方式」となるか「重点供給方式」となるかは、操作者が必要に応じてどちらの操作をするかという単なる操作上の問題であって、どちらの方式に比重を置いて記載したとしても当初記載の構成に影響を与えるものではなく、要旨を変更する補正があったとは認められない。
したがって、甲第20号証でいう原告(本件における被請求人)印刷機(平成4年12月ころから製造・販売)に本件特許が採用されていたとしても、本件発明の出願日は平成4年1月18日であって、請求人の主張は理由がないものであり採用できない。
6-2.無効理由2について
まず、本件発明について、平成10年(行ケ)第215号判決は、「本件発明の要旨にインクの循環についての規定がないことは、本件発明においてはインクを循環させる構成が積極的に廃され、インク循環機構を備えないものであることを示しているものと認められる。」(判決第38頁第16〜19行)、「本件発明のインキ貯留部Aは、インキ転移ロール50及び絞りロール52の間に画成され・・・、インキポット58から供給されるインクを溜める機能を有しており、また、堰部材74は、インキ貯留部Aの長手方向両端部を閉成して、インクがインキ貯留部Aの両端から流れ落ちるのを防止し、インキ貯留部Aにインクを溜める機能を有するものと認められるが、・・・、本件発明においてはインクを循環させる構成が積極的に廃され、インク循環機構を備えていないのであるから、インキ貯留部A、堰部材74とも、インク循環機構を構成するものではなく、したがって、堰部材74はノズル孔を備えておらず、洗浄水を吸引して廃棄する作用を有するものでもないことが認められる。」(判決第43頁第16行〜第44頁第12行)と判示している。
一方、前記した甲第8号証の記載から判断すると、甲第8号証には、印刷面が美しく、インキ変えの際のロールの洗浄が容易で、然もインキロスを少なくでき、更にインキ供給量の調整が容易なインキ供給装置を明らかにすることを目的としたインキ循環機構を備えない印刷機において、次の発明が記載されている。
「凸部を有する版胴(4)と、この版胴(4)に対向配置した印圧ロール(7)と、前記版胴(4)と接触して回転する主ロール(1)と、この主ロール(1)に接近して対向配置した余分のインキを掻き取る補助ロール(10)とを備え、前記主ロール(1)を介して前記版胴(4)の凸部にインキを受け渡すと共に、版胴(4)の下方には段ボールシートSの移行路を挟んで印圧ロール(7)が配備され、該段ボールシートSに所要の印刷を行なうようにした段ボールシート用の印刷装置において、前記主ロール(1)と補助ロール(10)の両端部間に、エアー噴射ノズル(31)(31)が先端を互いに接近する方向に斜め下向きにして対向配備され、上記ノズル(31)(31)から噴射されるエアーが、ロールの端部にてエアーカーテンを形成し、主ロール(1)と補助ロール(10)の間に溜まったインキがロールの端部側に落ちることを効果的に防止すると共に、補助ローラ(10)の上方に配備されロール軸方向にスライド可能である複数基のスプレー装置(30)等からなるインキ補給装置(3)により主ロール(1)に例えば粘度が500〜1000センチポイズで、約10秒で乾燥するインキを供給するように構成したことを特徴とする段ボールシート用の印刷装置。」
そこで、本件発明と甲第8号証に記載された発明とを対比する。
まず、甲第8号証に記載された印刷装置は、「主ロール(1)と補助ロール(10)の両端部間に、エアー噴射ノズル(31)(31)が先端を互いに接近する方向に斜め下向きにして対向配備され、上記ノズル(31)(31)から噴射されるエアーが、ロールの端部にてエアーカーテンを形成し、主ロール(1)と補助ロール(10)の間に溜まったインキがロールの端部側に落ちることを効果的に防止する」ものであるので、本件発明において「インキ貯留部(A)における長手方向両端の閉成を、エアカーテンにより行なうようにしてもよい。」(特許公報第16欄第18〜20行)としているが如きエアカーテンでインキ溜りが形成されており、主ロール(1)と補助ロール(10)の間に画成されるインキ溜りの長手方向両端部を閉成する堰となる部材を備えているものと解することができる。
また、従来の謂わばプリスロ印刷機およびフレキソ印刷機は、版胴にゴムや感光性樹脂版材で弾性のある凸版を貼り付け、インキを用いて印刷する凸版印刷機の一種であることからも、甲第8号証における凸部は、凸版即ち印版と解されるものである。
さらに、甲第8号証のものは、「インキは主ロール(1)表面の微細な凹部に溜まって版胴に受け渡される。余分のインキは主ロール(1)と該ロールに接近して対向配置した補助ロール(10)との間に溜まる。このインキ溜りによって、主ロール(1)表面の微細な凹部に確実にインキが溜まり、又、補助ロール(10)によって余分のインキが掻き取られて、補助ロール(10)を通過した主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する。従って、該主ロール(1)からインキが受け渡される版胴(4)の凸部には均一にインキが付着し、印刷の際のインキ斑、色振れ、ゴースト等の問題は生じない。」というものであるから、甲第8号証における一実施例であるインキ供給にスプレー装置を採用している場合においても、主ロール(1)と補助ロール(10)との間に、印刷に際して必要な適当量のインキに加え、余分のインキが溜まるものである。
それ故に、甲第8号証のものは、主ロール(1)にインキを供給すると表現しているが、実質的に主ロール(1)と補助ロール(10)との間に画成されるインキ溜りにインキを供給するものであるから、本件発明の「前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方に配設されて該ロール(50,52)と平行に移動可能で、前記インキ貯留部(A)への低粘度かつ高度速乾性インキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置(54)」と、甲第8号証の「補助ローラ(10)の上方に配備されロール軸方向にスライド可能である複数基のスプレー装置(30)等からなるインキ補給装置(3)により主ロール(1)に例えば粘度が500〜1000センチポイズで、約10秒で乾燥するインキを供給する」とは、「少なくとも前記絞りロール(52)[補助ロール(10)。以下、[]の括弧内の記載は甲第8号証のものを指す。]の上方に配設されて該ロール(50,52)[主ロール(1),補助ロール(10)]と平行に移動可能で、少なくとも前記インキ貯留部(A)[インキ溜り]へのインキの供給を行なう移動装置」である点で共通している。
また、本件明細書には、インキの特性について明記されておらず、ただ「謂わばプリスロおよびフレキソ印刷の各長所を備えた印刷機を実用化するためには、前記の仕様を満たすに適したインキの開発がキーポイントとなる・・・フレキソインキに近い低粘度と速乾性とを有するグリコール系のインキ」(特許公報第6欄第10〜11行参照)、「この印刷機40に使用されるインキは、・・・出願人により新たに開発された低粘度かつ高度に速乾性のグリコール系インキであって、フレキソ印刷機の如くインキ循環させる必要はない。」(特許公報第10欄第18〜22行参照)と記載されている。一方、甲第8号証に記載されたインキは、本件発明と同様にインキ循環機構を備えない印刷機に使用されるもので、比較例としている所謂フレキソ印刷機においては、インキの粘度が200〜300センチポイズで、紙シートに付着すれば1秒程度で乾燥する速乾性インキであり、所謂プリスロ印刷機においては粘度が3000〜3500センチポイズで、紙に付着したインキの乾燥に要する時間は長いものであるのに対して、例えば粘度が艶のある印刷ができる500〜1000センチポイズで、しかし約10秒で速やかに乾燥するインキとしていることから、フレキソインキに近い低粘度かつ高度速乾性を有するインキであるといえるものであり、謂わばプリスロおよびフレキソ印刷の各長所を備えた印刷機に適用されるものである。
そうすると、両者は、つまるところ、低粘度かつ高度速乾性インキを用いるものでありながら、インキ循環機構を備えない段ボールシート用印刷機であるという点で軌を一にするものであり、次の一致点及び相違点がある。
〈一致点〉:「印版(42)[甲第8号証における凸部が相当。以下、[]の括弧内の記載は甲第8号証のものを指す。]を装着した版胴(44)[版胴(4)]と、この版胴(44)[版胴(4)]に対向配置した圧胴(46)[印圧ロール(7)]と、前記版胴(44)[版胴(4)]に対し近接して配設され、該版胴(44)[版胴(4)]に装着した印版(42)[凸部]と接触して回転するインキ転移ロール(50)[主ロール(1)]と、このインキ転移ロール(50)[主ロール(1)]に運転中は常に接触して回転し、供給されるインキの量を絞り調整する絞りロール(52)[補助ロール(10)]とを備え、前記インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]を介して前記印版(42)[凸部]にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)[版胴(4)]と圧胴(46)[印圧ロール(7)]との間に段ボールシート(43)[段ボールシートS]を通過させて、該シート(43)[段ボールシートS]に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機[段ボールシート用の印刷装置]において、前記インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]および絞りロール(52)[補助ロール(10)]における軸方向の両端部に配置され、両ロール(50,52)[主ロール(1),補助ロール(10)]の間に画成されるインキ貯留部(A)[インキ溜り]の長手方向両端部を閉成する堰部材(74,74)[エアーカーテン]と、少なくとも前記絞りロール(52)[補助ロール(10)]の上方に配設されて該ロール(50,52)[主ロール(1),補助ロール(10)]と平行に移動可能で、少なくとも前記インキ貯留部(A)[インキ溜り]への低粘度かつ高度速乾性インキの供給を行なう移動装置とを備えるよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機[段ボールシート用の印刷装置]。」
〈相違点1〉:インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]が、本件発明では、版胴(44)に対し近接・離間自在に配設され、近接時には該版胴(44)に装着した印版(42)と接触して回転するものであるのに対して、甲第8号証のものでは、主ロール(1)が版胴(4)に対し近接・離間自在に配設されているのかどうか明記されていない点。
〈相違点2〉:移動装置について、本件発明では、インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方にインキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置(54)を備え、前記供給・回収装置(54)は、インキ貯留部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と、前記保持手段(92)に配設され、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり、前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯留部(A)に供給し、また該モータ(96)の逆付勢によりインキ貯留部(A)中の残留インキをインキポット(58)に回収するものであるのに対して、甲第8号証のものでは、補助ローラ(10)の上方にインキ補給装置(3)を配備し、インキ換えの際には主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まった僅かのインキが無駄になるだけであるとして回収装置を有していない点。

これらの相違点について検討する。
まず、相違点1について。
インキ転移ロールを、版胴に対し近接・離間自在に配設し、近接時には該版胴に装着した印版と接触して回転するようにすることは、甲第2号証にもみられるように、印刷機において周知のことであるから、相違点1は当業者が適宜なし得る設計上の問題にすぎない。
次に、相違点2について。
相違点2のうち、移動装置がインキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方にある点については、インキの供給装置を備えた移動装置を配備する位置を、絞りロール(52)[補助ロール(10)]の上方に代えて、インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]および絞りロール(52)[補助ロール(10)]の上方とすることは、当業者が適宜なし得る単なる設計的事項である。
ところで、本件発明に係る段ボールシート用印刷機及び甲第8号証に係る段ボールシート用の印刷装置は、いずれも従来の謂わばプリスロ印刷機およびフレキソ印刷機を比較検討の対象としてなされたものであると窺知されることから、従来の謂わばプリスロ印刷機およびフレキソ印刷機において使用されている技術的事項のうち採用し得るものについて、印刷機の形式に拘わらず採用しようとすることは、当業者であれば当然に考慮することである。
特に、本件発明及び甲第8号証の発明は、インキの供給に関しては、ともに循環系を不要とする点で所謂プリスロ印刷機と共通している。
ここで、甲第3号証をみると、段ボール印刷機において、インキ供給部に沿って摺動自在に配設した台板13にチュービングポンプ15、インキつぼ16を載置し、該インキつぼ16よりポンプ15に載置された可撓チューブ18内のインキをポンプ15を経て吸入側から排出側へ強制的に移送し、移送したインキを循環させることがなく、また、異った色のインキを供給する場合は、インキつぼ16とチューブ18をともに換装すれば足りる点が記載されていることからみて、甲第3号証の段ボール印刷機がインキ非循環系の所謂プリスロ印刷機であることは明らかであり、甲第8号証の発明のインキの供給手段に所謂プリスロ印刷機タイプである甲第3号証のインキの供給手段を適用することは当業者が容易に想到し得ることである。
そこで、甲第3号証のインキの供給手段をみると、甲第3号証の「台板13」、「チュービングポンプ15」、「インキつぼ16」、「可撓チューブ18」は、それぞれ本件発明の「保持手段(92)」、「チュービングポンプ(95)」、「インキポット(58)」、「チューブ(60)」に対応する。また、甲第3号証の「台板13上にインキつぼ16及び該インキつぼよりポンプ15を経て台板よりの支持部材17により、オッシレーションロール4a上に臨む可撓チューブ18を固定的に載せる。」と、本件発明の「一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり」とは、「インキ供給部に沿って移動自在に配設した保持手段に、インキポットと共にチュービングポンプを配設した」点で共通する。そして、甲第3号証のチュービングポンプ15がモータを備えていることは、明らかである。
ただ、甲第3号証のインキの供給手段は、インキを回収する手段については備えていない。しかし、本件発明あるいは甲第8号証の印刷装置の如き低粘度のインキを使用しながらもインキ循環機構を備えない印刷機においては、使用後の残留インキの処理について、無駄にしてしまう態様、回収する態様がありうるものと考えられるが、いずれの態様を選択するかは当業者が必要に応じて適宜採用し得る設計的事項にすぎない。
そして、甲第8号証には、インキを無駄にしてしまう旨の記載があるが、公害防止、インキの有効利用等を勘案して、この無駄にしてしまうインキを回収しようと考えることは当業者において自然なことであり、その回収のための具体的手段として、甲第8号証には、「第4図のインキ供給装置の様に多量のインキを循環させる必要はないから、インキ換えの際に無駄となるインキ量は少なくて済む」とあるように、甲第8号証においてインキの回収を考える時、インキを換える際に無駄となるインキ量が多くなるような回収のための特別な配管系を設けることのない回収を考えることもまた自然である。
そうすると、上記のように甲第3号証にはプリスロ印刷機ではあるがチュービングポンプとインキつぼを備えたインキ供給装置が記載され、チュービングポンプはその特性として、可逆転で送液方向が変えられることは甲第9号証にもみられるように技術常識であり、しかも、印刷機においても、インキ循環系を有するフレキソ印刷機ではあるが、甲第1号証には可逆性チュービングポンプによって同一の管路系でインキの供給と回収をしようとする技術思想があるので、甲第8号証のインキ供給手段をチュービングポンプの適用に伴い、そのように変更することは当業者において何ら発明力を要することとはいえない。
尚、甲第8号証における一実施例としてインキ供給方式をスプレー装置によるものとしているのは、インキを効率良くインキ転移ロールである主ロール(1)に付着させるためでもあると考えられ、「ローラ(1)(10)上に溜まったインキの量を検出する検出手段(32)を配備し、前記インキスプレー装置(30)の作動を制御し、適正量のインキをローラに噴射させることもできる。検出手段(32)は電極式の液面検出器、光電管による液面検出、光反射式液面検出器等が実施できる。」としていることからも、余分のインキが溜まるものであることは明らかであり、一実施例のインキ供給方式がスプレー装置によるものであるとしても、残留インキの回収という選択肢は採用しえないとする積極的な理由を見出し難い。

7.むすび
以上のとおり、本件発明は甲第8号証、甲第3号証に記載された発明並びに周知技術、技術常識に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定に該当し無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 1998-05-14 
結審通知日 1998-05-26 
審決日 1998-05-29 
出願番号 特願平4-27236
審決分類 P 1 112・ 121- Z (B41F)
P 1 112・ 112- Z (B41F)
最終処分 成立  
前審関与審査官 青木 和夫神 悦彦  
特許庁審判長 砂川 克
特許庁審判官 石川 昇治
小沢 和英
六車 江一
番場 得造
登録日 1996-06-27 
登録番号 特許第2534949号(P2534949)
発明の名称 段ボ―ルシ―ト用印刷機  
代理人 宍戸 嘉一  
代理人 丸山 敏之  
代理人 小川 信夫  
代理人 今城 俊夫  
代理人 富岡 英次  
代理人 松下 満  
代理人 宮野 孝雄  
代理人 竹内 英人  
代理人 村社 厚夫  
代理人 大塚 文昭  
代理人 中村 稔  

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