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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 発明同一  H01M
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  H01M
管理番号 1101105
異議申立番号 異議2002-73054  
総通号数 57 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-01-10 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-12-24 
確定日 2004-06-03 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3294400号「非水電解液及び非水電解液電池」の請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3294400号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3294400号の手続の経緯は次のとおりである。

特許出願: 平成 5年10月19日
(優先権主張番号 特願平4-309042号
優先日 平成 4年11月18日)
設定登録: 平成14年 4月 5日
特許掲載公報発行: 平成14年 6月24日
特許異議申立て: 平成14年12月24日
取消理由通知: 平成15年 4月30日付け
訂正請求: 平成15年 7月14日
(平成16年 4月20日 取下)
特許異議意見書: 平成15年 7月14日
審尋: 平成15年10月 3日付け
回答書: 平成15年12月15日
取消理由通知: 平成16年 2月 6日付け
訂正請求: 平成16年 4月20日

2.訂正の適否についての判断
2-1.訂正の内容
本件訂正請求の内容は、本件特許明細書を平成16年4月20日付け訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり、すなわち次の(1)〜(8)のとおりに訂正するものである。

(1)訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1「一般式[I]で表わされる炭酸エステルを含有する非水電解液。R1O-CO-OR2[I](式中R1はアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わし、R2はβ位置に水素を持たないアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わす。)」を、「一般式[I]で表わされる炭酸エステルを含有する非水電解液。R1O-CO-OR2[I](式中R1はメチル基を表し、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)」と訂正する。

(2)訂正事項b
特許請求の範囲の請求項2「請求項1記載の一般式[I]において、R1又はR2の少なくとも一方はβ位置に水素を持たないアルキル基又はフッ素原子置換アルキル基である炭酸エステルを含有する非水電解液。」を、「一般式[I]で表される炭酸エステルを含有する非水電解液。R1O-CO-OR2[I](式中R1はメチル基であり且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)であるか、R1は炭素数2又は3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり且つR2がβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である)」と訂正する。

(3)訂正事項c
特許請求の範囲の請求項3の「請求項1の一般式[I]において」を、「請求項2の一般式[I]において」と訂正する。

(4)訂正事項d
特許請求の範囲の請求項4,6,7の「請求項1記載の」を「請求項1又は2記載の」と訂正する。

(5)訂正事項e
特許請求の範囲の請求項5の「体積比で1:9〜9:1」を、「体積比で2:8〜8:2」と訂正する。

(6)訂正事項f
特許請求の範囲の請求項6の「LiN(SO3CF3)2」を、「LiN(SO2CF3)2」と訂正する。

(7)訂正事項g
特許明細書中の段落番号【0010】の「(式中R1はアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わし、R2はβ位置に水素を持たないアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わす。)」(特許公報4欄39〜42行)を、「(式中R1はメチル基を表し、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)或いは(式中R1はメチル基であり且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)であるか、R1は炭素数2又は3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり且つR2がβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である)」と訂正する。

(8)訂正事項h
特許明細書の段落番号【0012】の「炭素数1〜5」(特許公報5欄19行)を、「炭素数2又は3」と訂正するとともに、「ハロゲン原子置換アルキル基」(特許公報5欄18行及び24〜25行)を「β位水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基」と訂正し、さらに、「2-フルオロエチル基(-CH2CFH2)、2,2-ジフルオロエチル基(-CH2CF2H)」(特許公報5欄27〜29行)を削除する。

2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項aについて
訂正事項aは、請求項1に記載された一般式[I]で表わされる炭酸エステル「R1O-CO-OR2[I]」のR1及びR2の定義「式中R1はアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わし、R2はβ位置に水素を持たないアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わす」を、より下位概念である「式中R1はメチル基を表わし、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす」とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、R1についての「メチル基」は、特許明細書の段落番号【0012】に「R1は、・・・好ましくは炭素数1〜5のアルキル基」、「アルキル基としてはメチル基」と記載があり、R2についての「ネオペンチル基」及び「トリエチルエチル基」は、段落番号【0012】にその記載があり、さらに「-CH2CX3(Xはハロゲン原子)」は、段落番号【0012】に記載された「2,2,2-トリフルオロエチル基」及び【0013】に記載された「炭酸メチルトリクロロエチル」の「トリクロロエチル基」、「炭酸メチルトリブロモエチル」の「トリブロモエチル基」、「炭酸メチルトリヨードエチル」の「トリヨードエチル基」の総称であるから、上記訂正事項aは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項bについて
訂正事項bは、請求項1の従属項である請求項2を独立項に訂正するとともに、一般式[I](「R1O-CO-OR2」)におけるR1及びR2の定義「R1又はR2の少なくとも一方はβ位置に水素を持たないアルキル基又はフッ素原子置換アルキル基」を、より下位概念である「R1はメチル基であり且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)であるか、R1は炭素数2又は3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり且つR2がβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である)」とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、前段のR1についての「メチル基」は、特許明細書中の段落番号【0012】記載の「好ましくは炭素数1〜5のアルキル基」、及び「アルキル基としてはメチル基」を根拠とし、前段のR2についての「β位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基」は、同【0012】の記載「R2はβ位水素を持たないアルキル基、好ましくは炭素数5〜8のアルキル基」、及び「β位水素を持たないアルキル基としては・・・2,2,2-トリエチルエチル基(-CH2C(CH2CH3)3)」を根拠とするものであり、同R2についての「β位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基」は、同【0012】の記載「R2は・・・ハロゲン原子置換アルキル基、好ましくは炭素数1〜5のハロゲン原子置換アルキル基」、及び「ハロゲン原子置換アルキル基としては・・・2,2,2-トリフルオロエチル基(-CH2CF3)、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル基(-CH2CF2CF3)、2,2,3,3-テトラフルオロプロピル基(-CH2CF2CF2H)、2,2,2,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピル基(-CH(CF3)2)」等を根拠とするものであり、同R2の「(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)」なる限定は、後述する先願発明との同一性を回避するために、例外的に新規事項の追加とされない、いわゆる「除くクレーム」とするための限定である。
また、後段のR1についての「炭素数2又は3のアルキル基」は、段落番号【0012】記載の「好ましくは炭素数1〜5のアルキル基」、及び「アルキル基としては、・・・エチル基、プロピル基、イソプロピル基」を根拠とするものであり、同R1についての「炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基」は、同【0013】記載の「このような炭酸エステルとして・・・炭酸ジ2,2,2-トリフルオロエチル、炭酸2,2,2-トリフルオロエチル2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル等のハロゲン原子置換炭酸エステル」における「2,2,2-トリフルオロエチル基」、「2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル基」を根拠とするものであり、後段のR2については、前段のR2についてと同様の明細書の記載を根拠とするものである。
したがって、上記訂正事項bは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項c,dについて
訂正事項cは、訂正前の請求項3が引用する「請求項1」を「請求項2」とし、訂正事項dは、訂正前の請求項4,6,7が引用する「請求項1」を、「請求項1又は2」とするものであるが、訂正後の請求項2は、訂正前の請求項2を下位概念に減縮したものであり、訂正前の請求項2は、元々、訂正前の請求項1を下位概念に減縮したものであったから、訂正後の「請求項2」、及び「請求項1又は2」は、訂正前の「請求項1」の下位概念に当たる。
したがって、訂正事項c,dは、実質的には、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項eについて
訂正事項eは、一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルとの混合比を体積比で「1:9〜9:1の範囲」から「2:8〜8:2の範囲」に減縮するものであって、特許明細書【0015】に記載の「一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルとの混合比が体積比で・・・好ましくは2:8〜8:2」を根拠とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項fについて
訂正事項fは、化学式における明らかな誤記の訂正を目的とするものであるから、上記訂正事項fは、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項g,hについて
訂正事項g,hは、明細書の発明の詳細な説明の記載を上記訂正事項a,bに整合させるものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、かつ、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

2-3.むすび
したがって、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.特許異議の申立てについての判断
3-1.本件訂正発明
特許権者が請求した上記訂正は、上記のとおり認められるから、本件特許の請求項1〜7に係る発明(以下、それぞれ「本件訂正発明1〜7」という)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1〜7に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】 一般式[I]で表わされる炭酸エステルを含有する非水電解液。
R1O-CO-OR2 [I]
(式中R1はメチル基を表わし、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)
【請求項2】 一般式[I]で表される炭酸エステルを含有する非水電解液。
R1O-CO-OR2 [I]
(式中R1はメチル基であり且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)であるか、R1は炭素数2又は3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり且つR2がβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である)
【請求項3】 請求項2記載の一般式[I]において、R1が-CH3、-CH2CH3及び-CH2CF3の群から選ばれる基であり、R2が-CH2C(CH3)3、-CH2CF3、-CH2CF2CF3、-CH2CF2CF2H、-CH(CF3)2の群から選ばれる基である炭酸エステルを含有する非水電解液。
【請求項4】 一般式[I]で表わされる炭酸エステルの他に、更に環状炭酸エステルを含むことを特徴とする請求項1又は2記載の非水電解液。
【請求項5】 一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルとの混合比が体積比で2:8〜8:2の範囲であることを特徴とする請求項4記載の非水電解液。
【請求項6】 電解質が、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiAlCl4、LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3の群から選ばれるリチウム化合物であることを特徴とする請求項1又は2記載の非水電解液。
【請求項7】 電解液として請求項1又は2記載の非水電解液を含む非水電解液電池。」

3-2.異議申立理由、及び取消理由の概要
特許異議申立人は、証拠方法として、下記の甲第1〜14号証を提出し、本件請求項1〜7に係る発明は、甲第1〜11号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1〜7に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり(理由1)、また本件請求項1,2,7に係る発明は、甲第12号証(本件特許の出願の日前の他の出願であって、これを優先権主張の基礎とした出願が本件特許出願後に出願公開されたもの(甲第13号証)に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面)に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人がその出願前の出願に係る上記出願の出願人と同一でもないので、本件請求項1,2,7に係る発明の特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである(理由2)と、主張している。
平成15年4月30日付け取消理由の概要は、本件請求項1,2,4〜7に係る発明の特許は、上記理由1,2と同様の理由により、特許法第29条第2項、及び第29条の2の規定に違反してされたものであり、また、本件請求項1〜7に係る発明の特許は、明細書及び図面の記載が特許法第36条第4項若しくは第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(理由3)というものである。
平成16年2月6日付け取消理由の概要は、平成15年7月14日付け訂正請求による訂正は認められず、先の取消理由は依然として解消しないというものである。

証拠一覧
甲第1号証:特開平5-198316号公報
甲第2号証:特開昭62-290071号公報
甲第3号証:特開昭62-290072号公報
甲第4号証:特開昭62-290073号公報
甲第5号証:特開平4-104468号公報
甲第6号証:特開平2-148665号公報
甲第7号証:特開平4-162370号公報
甲第8号証:Journal f. prakt. Chemie., Band 332, Heft 3, 1990, S.375-380
甲第9号証:特公昭51-4242号公報
甲第10号証:「溶剤ハンドブック(増訂版)」産業図書株式会社版(1963年)89〜91頁、122〜123頁
甲第11号証:「安全工学」Vol.6、No.1(1967)、45〜51頁
甲第12号証:特願平4-309041号(特願平5-261266号の優先権主張の基礎出願)の願書に最初に添付した明細書及び図面
甲第13号証:特開平6-219992号公報(特願平5-261266号の公開公報)
甲第14号証:特願平4-309042号(本件出願の優先権主張の基礎出願)の願書に最初に添付した明細書及び図面

3-3.証拠の記載事項
(1)甲第1号証(特開平5-198316号公報)
1-ア.「【請求項1】 正極と、リチウムを活物質とする負極と、非水系電解液とを備えた非水系電解液電池において、前記非水系電解液に、少なくとも一種類のハロゲン元素を含む有機溶媒を用いたことを特徴とする非水系電解液電池。
【請求項2】 前記ハロゲン元素を含む有機溶媒が、エーテル又はエステル類の水素原子の一部をハロゲン置換したものであることを特徴とする請求項1記載の非水系電解液電池。」(特許請求の範囲の請求項1,2)
1-イ.「【作用】本発明によると、電池の保存特性や二次電池のサイクル特性を向上せしめることができる。この理由を考察するに、エーテルやエステルなどの水素原子の一部をハロゲン置換すると、置換前に比べて溶媒分子の電子的安定性が増し、還元性の強いリチウムに対する化学的安定性や、高電圧下での電気化学的安定性も大きく向上するためと考えられる。しかもこうした効果は分子内の1ケ所の水素原子をハロゲンで置換するだけで十分に現れるため、メチル基などの置換基導入に比べて電解液の電導度低下などは起こらず、優れた放電特性を維持したままで電解液の安定性向上が可能になるものと思われる。」(【0008】)
1-ウ.「 ・・・電解液としてはテトラヒドロフルフリルクロライド(THFC)とプロピレンカーボネート(PC)の混合溶媒(体積比で5:5)に、溶質としてトリフルオロメタンスルホン酸リチウム(LiCF3S O3)を1モル/lの割合で溶解したものを使用した。・・・」(【0013】)
1-エ.「次に電解液として1,2-ビス(2-クロロエトキシ)エタン(CEE)、エチレンカーボネ-ト(EC)、及びブチレンカーボネート(BC)の混合溶媒(体積比で6:2:2)に、溶質としてトリフルオロメタンスルホン酸リチウムを1モル/lの割合で溶解したものを使用して、・・・」(【0016】)
1-オ.「また電解液としてβ-メトキシエトキシメチルクロライド(MEMC)とエチレンカーボネート(EC)の混合溶媒(体積比で5:5)に、溶質としてヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6)を1モル/lの割合で溶解したものを使用して・・・」 (【0019】)

(2)甲第2号証(特開昭62-290071号公報)
2-ア.「負極と正極と有機電解質とからなり、有機電解質の溶媒に、少なくとも3または4の位置の水素を塩素またはフッ素で置換したプロピレンカーボネートを用いたことを特徴とする有機電解質二次電池。」(特許請求の範囲)
2-イ.「本発明者は、PCの場合C-Oの結合がLiとの反応により切れると考えて、このCの位置の水素を、塩素またはフッ素で置換することにより、これらの強い電子吸引性のため、C-Oの結合は切れにくくなり、これにより電流効率は向上すると考えた。」(第2頁左上欄第7〜12行)

(3)甲第3号証(特開昭62-290072号公報)
3-ア.「負極と正極と有機電解質とからなり、有機電解質の溶媒に、3の位置の水素を塩素またはフッ素で置換したエチレンカーボネートを用いたことを特徴とする有機電解質二次電池。」(特許請求の範囲)
3-イ.「本発明者は、PCの場合C-Oの結合がLiとの反応により切れると考えて、このCの位置の水素を塩素またはフッ素で置換することにより、これらの強い電子吸引性のため、C-Oの結合は切れにくくなり、これにより電流効率は向上すると考えた。また骨格をエチレンカーボネートとすることによりCH3電子供与性がなくなる。さらに充放電効率が向上すると考えた。」(第2頁左上欄第5〜12行)

(4)甲第4号証(特開昭62-290073号公報)
4-ア.「負極と正極と有機電解質とからなり、前記有機電解質の溶媒に、少なくとも3または4の位置の水素を塩素またはフッ素で置換したγ-ブチロラクトンを用いたことを特徴とする有機電解質二次電池。」(特許請求の範囲)
4-イ.「本発明者は、BLの場合にもC-Oの結合がLiとの反応により切れると考えて、このCの位置の水素を、塩素またはフッ素で置換することにより、これらの強い電子吸引性のため、C-Oの結合は切れにくくなり、これにより電流効率は向上するものと考えた。」(第2頁左上欄第5〜12行)

(5)甲第5号証(特開平4-104468号公報)
5-ア.「1.正極と、リチウムを活物質とする負極と、溶媒と溶質からなる非水系電解液とを備える電池であって、前記溶媒が、非対称(「非対象」なる記載は「非対称」の明らかな誤記と認められるので、置き換えた。以下同様。)の非環状炭酸エステルを含有していることを特徴とする非水系電解液電池。
2.前記非対称の非環状炭酸エステルが、メチルエチル炭酸エステル、メチルプロピル炭酸エステル、エチルプロピル炭酸エステル、メチルブチル炭酸エステルからなる群より選択された少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載の非水系電解液電池。」(特許請求の範囲第1,2項)
5-イ.「電解液の溶媒に非対称の非環状炭酸エステルを使用すると、それ自体化学的に安定であるため、分解反応が起こりにくくなると考えられる。」(第2頁左下欄第5〜8行)

(6)甲第6号証(特開平2-148665号公報)
「リチウム塩を溶解させた溶媒からなるリチウム二次電池用電解液であって、前記溶媒が次式で示す鎖状炭酸エステル
R1-O-(C=O)-O-R2(但しR1≠R2,R1,R2は炭素数1〜4のアルキル基)
を含むことを特徴とするリチウム二次電池用電解液。」

(7)甲第7号証(特開平4-162370号公報)
7-ア.「(1)リチウムイオンを吸蔵・放出できる炭素材からなる負極と、非水電解液と、リチウム含有化合物からなる正極とを備え、上記非水電解液は溶媒に鎖状カーボネートと環状カーボネートを含み、その鎖状カーボネートの体積+環状カーボネートの体積比率が1以上9以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。」(特許請求の範囲第1項)
7-イ.「鎖状カーボネートとしてジエチルカーボネートを例に挙げたが、ジプロピルカーボネートやメチルエチルカーボネートなどでも良く・・・」(第3頁右上欄第3〜6行)

(8)甲第8号証(Journal f. prakt Chemie, Band 332, Heft 3, 1990, S.375-380 )
化学式(3a)として、H(CF2)4CH2O-(C=O)-OCH2(CF2)4H、及び化学式(3b)として、H(CF2)4CH2O-(C=O)-OCH2CH3で表される鎖状炭酸エステルが記載されている。(第377頁)

(9)甲第9号証(特公昭51-4242号公報)
9-ア.「軽金属を活物質とする負極と、正極と、非水系電解質とをそなえ、前記電解質中に電解質と相溶する不燃性の有機溶媒を添加したことを特徴とする電池。」(特許請求の範囲)
9-イ.「非水系の電解質としては、γ-ブチロラクトン1lに1モルのLiClO4を溶解し、さらに三弗化塩化エチレン0.2lと四塩化炭素0.2lとを添加したものを使用した。」(第2欄第24〜27行)
9-ウ.「非水系の電解質中に不燃の有機溶媒を添加することにより、安全性、信頼性の点で大きな向上を図ることができる。」(第4欄第4〜6行)

(10)甲第10号証(溶剤ハンドブック(増訂版)、産業図書株式会社版(1963年)89〜91頁、122〜123頁)
10-ア.「1.4.2 ハロゲン化炭化水素類
この溶剤は炭化水素の一部または全部がハロゲンにより置換されたもので、工業用溶剤のほとんどが持っている引火性、可燃性を持たない溶剤として、また高引火性溶剤の引火点を下げるものとして特徴のある工業用溶剤である。ハロゲン化炭化水素の一般的性状は次のようである。
(1)不燃性または難燃性である。」(第89頁第1〜5行。但し、○付き数字は、()付き数字で表記した。)
10-イ.ハロゲン化炭化水素であるジクロルエチルエーテル、ジクロルジイソプロピルエーテルの引火点が、ともに85℃であるのに対して、エチルエーテル、イソプロピルエーテルの引火点は、それぞれ-40℃、-9℃であることが記載されている。(第90,91,122,123頁)

(11)甲第11号証(安全工学 Vol.6、No.1(1967)、45〜51頁)
「6・158 ハロゲン化炭化水素の空気中および酸素中における燃焼性(火炎伝播性)の特徴」の項に、「燃焼性の低下の傾向は、炭化水素の水素原子に対するハロゲン置換数の増加、およびハロゲンの種類によってある程度規則的に変化する」ことが記載されている。(第45頁)

(12)甲第12号証(特願平4-309041号(特願平5-261266号の優先権主張の基礎出願)の願書に最初に添付した明細書及び図面)
12-ア.「一般式[I]で表される炭酸エステル化合物。
CH3O-(C=O)-OCH2CR3 [I]
(式中Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基、またはハロゲン原子を表す)」(特許請求の範囲の請求項1)
12-イ.「実施例1及び実施例2で得られた化合物とプロピレンカーボネート(PC)との混合溶媒(体積比で1:1)を用いて1M(モル)LiPF6溶液の(「の」は「を」の誤記と認める。)調整した。」(【0017】)
12-ウ.「本発明の炭酸エステルは・・・電池用電解液溶媒として好適に適用できる・・・」(【0019】)

(13)甲第13号証(特開平6-219992号公報(特願平5-261266号の公開公報))
13-ア.「【請求項1】 一般式[I]で表される炭酸エステル化合物。
R1CH2O-(C=O)-OCH2R2 [I]
(式中R1は水素原子、アルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わし、R2はα位置に水素を持たないアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わす。但しR1≠R2とする。)」(特許請求の範囲の請求項1)
13-イ.「本発明の炭酸エステルは・・・特に電池用電解液溶媒として好適に適用できることが示された。」(【0026】)

(14)甲第14号証(特願平4-309042号(本願の優先権主張の基礎出願)の願書に最初に添付した明細書及び図面)
14-ア.「【請求項1】一般式[I]で表わされる炭酸エステルを含有する非水電解液。 CH3O-CO-OCH2CR3 [I]
(式中Rはメチル基、エチル基、またはハロゲン原子を表す)」(特許請求の範囲の請求項1)
14-イ.「【請求項3】電解液として請求項1記載の非水電解液を含む非水電解液電池。」(特許請求の範囲の請求項3)
14-ウ.「電解液溶媒は、一般式[I]で表わされる鎖状炭酸エステル単独でもよいが、環状カーボネートとの混合溶媒を用いることができる。・・・一般式[I]で表わされる鎖状炭酸エステルと環状カーボネートとの混合溶媒として用いる場合には、鎖状炭酸エステル:環状カーボネートが体積比で2:8〜8:2の範囲とすることが特に好ましい。・・・電解質としては、通常の電池電解液に用いられる電解質を使用することができるが、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiAlCl3(「LiAlCl3」は「LiAlCl4」の明らかな誤記と認める。)、LiSiF6などのリチウム塩が好ましく・・・」(【0013】〜【0015】)

3-4.当審の判断
(1)本件訂正発明の出願日について
本件訂正発明1〜7は、特許法第41条第1項の規定により、先の特許出願に基づいて優先権を主張した特許出願に係るものであって、同条第2項の規定により、本件訂正発明1〜7のうち、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明についての特許法第29条、及び第29条の2の規定の適用については、その出願は、当該先の特許出願の時にされたものとみなされる。
本件訂正発明1、及び請求項1を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7(但し、請求項6において電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合を除く)は、優先権の主張の基礎となる先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲第14号証)に記載されていた発明であるから、その特許法第29条、及び第29条の2の規定の適用についての出願の時は、優先日である平成4年11月18日である。
本件訂正発明2,3、請求項2を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7、及び請求項1を引用する本件訂正発明6(但し、電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合)は、優先権の主張の基礎となる先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていた発明ではないから、その特許法第29条、及び第29条の2の規定の適用についての出願の時は、出願日である平成5年10月19日である。

(2)理由1について
(i)本件訂正発明1、及び請求項1を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7(但し、請求項6において電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合を除く)について
甲第1号証は、その頒布日が、上記本件訂正発明についての出願日とみなされる優先日の後の平成5年8月6日であるから、公知刊行物であるとはいえず、理由1の根拠とならないので、甲第2〜11号証の記載に基づいて、以下に検討する。
甲第2〜4号証には、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、またはγ-ブチロラクトンの特定位置の水素を塩素またはフッ素で置換した電解質溶媒の発明が記載されている。
本件訂正発明1(前者)と、甲第2〜4号証記載の発明(後者)とを対比すると、両者は、「エステルを含有する非水電解液」である点で一致するが、前者は、エステルが、「一般式[I]で表わされる炭酸エステル(式中R1はメチル基を表し、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)」である、すなわち、「一般式[I]で表わされるR2がβ位に水素を持たないアルキル基又はβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」をさらに限定したものであるのに対して、後者は、いずれも「環状エステル」である点で相違する。
そこで、検討すると、本件訂正発明1は、「炭酸エステルの少なくとも一方のアルキル基のβ位水素を置換すると、炭酸エステルは、化学的安定性が向上し金属リチウムとの反応性が低くなり、また耐酸化性も向上することを見出した。そして少なくとも一方のアルキル基のβ位水素を置換した炭酸エステルを含有する電解液を使用した電池が、安全性が向上し、加えて充放電サイクル寿命が向上することを見出した。」(本件明細書【0007】)という知見に基づいて、炭酸エステルの少なくとも一方のアルキル基のβ位水素を置換した「一般式[I]で表わされるR2がネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)である鎖状炭酸エステル」を非水電解液としたものである。
これに対して、甲第2〜4号証記載の発明は、「環状エステル」に関するものであって、本件訂正発明1の鎖状炭酸エステルとは化合物の骨格が全く相違するから、本件訂正発明1の一般式[I]における-O-CO-O-と鎖状に結合すべきR1やR2に相当する基は存在しないし、ましてや、R2のβ位水素の置換により、化学的安定性が向上し金属リチウムとの反応性が低くなり、また耐酸化性も向上するという上記知見に関して、何ら示唆するものではない。
甲第5〜7号証には、鎖状炭酸エステルを含有する非水電解液について記載されているが、具体的に記載された鎖状炭酸エステルは、メチルエチル炭酸エステル、メチルプロピル炭酸エステル、エチルプロピル炭酸エステル、メチルブチル炭酸エステル(甲第5号証)、R1-O-CO-O-R2(但しR1≠R2,R1,R2は炭素数1〜4のアルキル基)(甲第6号証)、ジエチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルエチルカーボネート(甲第7号証)であって、いずれも-O-CO-O-と結合する両方のアルキル基のβ位に水素を持つものであるから、「R2がβ位に水素を持たないアルキル基又はβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」について記載がないことはもちろん、本件訂正発明1の「R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)」であるものについて、記載も示唆もない。
甲第8号証には、「一般式[I]で表されるR2がCH2(CF2)4Hである鎖状炭酸エステル」である、すなわち、「R2がβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」については記載されているが、「R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)である炭酸エステル」について記載がない。また、この炭酸エステルの非水電解液としての用途は記載されていないし、比誘電率、金属Liとの耐反応性、耐引火性、電気伝導度、耐電圧等の、非水電解液として考慮すべき性質についても、何ら示唆されていない。
甲第9号証には、非水系の電解質中に不燃の有機溶媒を添加することにより、安全性、信頼性が向上することが記載されているが(9-ア、9-ウ)、具体的に開示されている不燃性の非水電解液は、γ-ブチロラクトンに三弗化塩化エチレン、四塩化炭素を添加したものである(9-イ)。
甲第10号証には、炭化水素の一部または全部をハロゲンにより置換したハロゲン化炭化水素類よりなる溶剤は、不燃性、難燃性であること、エチルエーテルやイソプロピルエーテルの水素元素の一部を塩素元素で置換したジクロルエチルエーテルやジクロルジイソプロピルエーテルは、置換しないものより引火点が高いことが記載されている。
甲第11号証には、燃焼性の低下(不燃性の向上)は、炭化水素の水素原子に対するハロゲン置換数の増加、及びハロゲンの種類によって変化することが記載されている。
してみると、甲第9〜11号証には、一般的に炭化水素のハロゲン置換により、不燃性が向上することが記載されているといえる。しかしながら、甲第9〜11号証には、鎖状炭酸エステルの少なくとも一方のアルキル基のβ位水素を置換した「一般式[I]で表わされるR2がβ位に水素を持たないアルキル基、またはβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」について記載がないことはもちろん、「R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)である鎖状炭酸エステル」について、記載も示唆もない。
以上のとおり、甲第2〜11号証には、「一般式[I]で表されるR2がネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3基(Xはハロゲン原子)である鎖状炭酸エステル」について、記載も示唆もないから、甲第2〜11号証記載の発明を寄せ集めても、上記の鎖状炭酸エステルを導くことはできない。そして、本件訂正発明1は、上記の鎖状炭酸エステルを用いることにより、「引火点が高く、電気伝導度、耐電圧共に優れた非水電解液を提供することができた。」(本件明細書【0030】)という作用、効果を奏するものである。
したがって、本件訂正発明1は、甲第2〜11号証記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものではない。
請求項1を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7(但し、請求項6において電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合を除く)は、いずれも本件訂正発明1の非水電解液に係る構成を含むから、本件訂正発明1と同様の理由により、甲第2〜11号証記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものではない。

(ii)本件訂正発明2,3、請求項2を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7、及び請求項1を引用する本件訂正発明6(但し、電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合)について
甲第1号証には、エーテル又はエステル類の水素原子の一部をハロゲン元素で置換した有機溶媒を非水系電解液に用いること、エーテルやエステルなどの水素原子の一部をハロゲン置換すると、置換前に比べて溶媒分子の電子的安定性が増し、還元性の強いリチウムに対する化学的安定性や、高電圧下での電気化学的安定性も大きく向上すること、こうした効果は分子内の1ケ所の水素原子をハロゲンで置換するだけで十分に現れることが記載されている(1-ア、1-イ)。
しかしながら、甲第1号証に具体的に記載されたハロゲン置換エーテルまたはエステル類は、テトラヒドロフルフリルクロライド(THFC)、1,2-ビス(2-クロロエトキシ)エタン(CEE)、β-メトキシエトキシメチルクロライド(MEMC)であって、「一般式[I]で表わされるR2がβ位に水素を持たないアルキル基又はβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」となるように水素原子をハロゲン置換した鎖状炭酸エステルについては、記載も示唆もされていない。
また、甲第2〜7,9〜11号証にも、「一般式[I]で表わされるR2がβ位に水素を持たないアルキル基又はβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」について、記載も示唆もないことは、上記3-4.(2)(i)で述べたとおりである。
甲第8号証には、「一般式[I]で表されるR2がCH2(CF2)4Hである、すなわち、R2がβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」が記載されている。そして、甲第8号証記載の炭酸エステルは、甲第9〜11号証に記載の「一般的に炭化水素のハロゲン置換により、不燃性が向上する」効果を参酌すると、不燃性であるといえる。しかしながら、甲第8号証にはこの炭酸エステルの非水電解液としての用途は記載されていないし、比誘電率、金属Liとの耐反応性、電気伝導度、耐電圧等、非水電解液として考慮すべき性質についても、何ら示唆されていないから、単に不燃性であることを以てして、その炭酸エステルを、甲第1〜7号証記載のエステル類と置き換えて非水電解液に用いるとする動機付けは存在しないし、そのような置き換えにより、「引火点が高く、電気伝導度、耐電圧共に優れた非水電解液を提供することができた。」(本件明細書【0030】)という本件訂正発明1の作用、効果を、当業者が容易に予想できたということもできない。
したがって、甲第1〜11号証記載の発明を組み合わせて、本件訂正発明2を想到することは、当業者が容易になし得たことではない。
また、本件訂正発明3,及び請求項2を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7は、いずれも本件訂正発明2の非水電解液に係る構成を含むから、本件訂正発明2についてと同様の理由により、甲第1〜11号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
請求項1を引用する本件訂正発明6(但し、電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合)については、甲第1号証には、「一般式[I]で表わされるR2がβ位に水素を持たないアルキル基又はβ位に水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」について記載がなく、そのさらに下位概念である、「一般式[I]で表されるR2がネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3基(Xはハロゲン原子)である鎖状炭酸エステル」についても、当然、記載されていないから、本件訂正発明2と同様の理由により、甲第1〜11号証記載の発明に基づいて、当業者が容易になし得たものではない。

(3)理由2について
(i)本件訂正発明1及び請求項1を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7(但し、請求項6において電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合を除く)について
上記本件訂正発明についての、特許法第29条の2の規定に適用される出願日は、3-4.(1)で述べたように優先日であって、甲第12号証に係る出願日と同日である。
したがって、甲第12号証に記載された発明は、上記本件訂正発明の先願発明とはなり得ない。
よって、上記本件訂正発明について、理由2は根拠がないものである。

(ii) 本件訂正発明2、請求項2を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7、及び請求項1を引用する本件訂正発明6(但し、電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合)
甲第12号証には、「一般式[I]で表される炭酸エステル化合物。
CH3O-(C=O)-OCH2CR3 [I]
(式中Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基、またはハロゲン原子を表す)」(12-ア)を、「電池用電解液溶媒として好適に適用できる」(12-ウ)こと、すなわち、
「一般式[I]で表される炭酸エステル化合物を含有する非水電解液。
CH3O-(C=O)-OCH2CR3 [I]
(式中Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基、またはハロゲン原子を表す)」
の発明が記載されており、この発明は、甲第13号証として公開されているから、上記本件訂正発明についての特許法第29条の2の規定の適用における先願発明とみなされる発明である(以下、この発明を「先願発明」という。)。
これに対して、本件訂正発明2は、一般式[I]で表される炭酸エステルが「R1がメチル基の場合、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く」ものであるところ、先願発明は、一般式[I](R1O-CO-OR2)で表される炭酸エステルが「R1がメチル基であって、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である」発明であるから、本件訂正発明2は、先願発明と同一ではない。
また、請求項2を直接又は間接に引用する本件訂正発明4〜7は、いずれも本件訂正発明2の非水電解液の構成を含むから、本件発明2についてと同様の理由により、先願発明と同一ではない。
請求項1を引用する本件訂正発明6(但し、電解質が「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」である場合)については、甲第12号証には、電解質として「LiPF6」の記載はあるものの(12-イ)、「LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3」については、記載も示唆もされていないから、上記発明も先願発明と同一であるとはいえない。

(4)理由3について
理由3の趣旨は、請求項1〜7に係る炭酸エステルは、広範な範囲の物質を含むが、実施例に記載されたもの以外の請求項1〜7に係る広範な範囲の炭酸エステルを含有する非水電解液では、その特有の効果が不明である、というものである。
これに対して、平成16年4月20日付け訂正請求による訂正により、本件訂正発明1〜7は、大略、「一般式[I]において、R1は炭素数1〜3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり、且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」を構成とするものに限定された。
そして、その目的は、本件明細書の発明の詳細な説明の【0007】に記載され、その構成の根拠は、【0012】〜【0013】に記載されており、具体的な実施例としては、【0018】に化合物1〜7が例示され、化合物1〜7によれば、非水電解液として、比誘電率、Liとの耐反応性、耐引火性、電気伝導度、耐電圧の少なくともいずれかの点で、一定の効果を有することが示されている(表1〜4、【0028】、【0029】、図2)。
また、特許権者が平成15年7月14日付けの特許異議意見書に添付した実験報告書には、β位置以外の水素をハロゲン元素で置換し、β位置に水素が残存している鎖状炭酸エステル(比較化合物)では、Liとの反応性が阻止できなかったことが、さらに、平成16年4月20日付けの特許異議意見書に添付した実験報告書には、R1が炭素数3のアルキル基であり、R2が炭素数3のβ位置に水素を持たないフッ素原子置換アルキル基である非対称鎖状炭酸エステル(本発明化合物3)、及び、R1とR2がともに炭素数3のβ位置に水素を持たないフッ素原子置換アルキル基である対称性鎖状炭酸エステル(本件化合物4)は、両者とも耐Li反応性、耐引火性において効果を奏したのに対して、R1とR2がともに炭素数3のアルキル基である(β位置に水素を持つ)対称性鎖状炭酸エステル(参考化合物2)は、耐Li反応性、耐引火性に難があることが示されている。これらの実験報告書からは、一定の「R1、R2の炭素数」の範囲内の鎖状炭酸エステルであれば、「対称性」の有無に係わりなく、「R2がβ位に水素を持たない基」である点で、耐Li反応性、耐引火性において効果を奏する蓋然性が高いことが十分に窺える。
そうすると、本件訂正発明1〜7は、大略、「一般式[I]において、R1は炭素数1〜3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり、且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である鎖状炭酸エステル」という構成により、先行技術と区別できる特有の効果を奏するものといえる。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件の特許発明を容易に実施することができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないとはいえないし、特許請求の範囲は、本件特許発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものでないともいえないから、本件特許は、特許法第36条第4項若しくは第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

3-5.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては本件発明1〜7の特許を取り消すことはできない。
また、他に本件訂正発明1〜7の特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件訂正発明1〜7についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
非水電解液及び非水電解液電池
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[I]で表わされる炭酸エステルを含有する非水電解液。
【化1】
R1O-CO-OR2 [I]
(式中R1はメチル基を表わし、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)
【請求項2】
一般式[I]で表される炭酸エステルを含有する非水電解液。
【化2】
R1O-CO-OR2 [I]
(式中R1はメチル基であり且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)であるか、R1は炭素数2又は3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり且つR2がβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である)
【請求項3】
請求項2記載の一般式[I]において、R1が-CH3、-CH2CH3及び-CH2CF3の群から選ばれる基であり、R2が-CH2C(CH3)3、-CH2CF3、-CH2CF2CF3、-CH2CF2CF2H、-CH(CF3)2の群から選ばれる基である炭酸エステルを含有する非水電解液。
【請求項4】
一般式[I]で表わされる炭酸エステルの他に、更に環状炭酸エステルを含むことを特徴とする請求項1又は2記載の非水電解液。
【請求項5】
一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルとの混合比が体積比で2:8〜8:2の範囲であることを特徴とする請求項4記載の非水電解液。
【請求項6】
電解質が、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiAlCl4、LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3の群から選ばれるリチウム化合物であることを特徴とする請求項1又は2記載の非水電解液。
【請求項7】
電解液として請求項1又は2記載の非水電解液を含む非水電解液電池。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は新規な非水電解液及びそれを用いた非水電解液電池に関する。
【0002】
【従来の技術】
非水電解液を用いた電池は、高電圧・高エネルギー密度を有し、かつ貯蔵性などの信頼性に優れているため、広く民生用電子機器の電源に用いられている。しかし、非水電解液系の電解液は水溶液系の電解液に比べて電気伝導度が1〜2桁低いのが実情で、特に、耐電圧の低い非水電解液の場合はそれを使用した電池の充放電効率が低くなり寿命が短くなる。また、非水電解液を用いた電池は充放電を繰返すとデンドライトと呼ばれる針状の金属が析出する場合があり、電極から脱落して反応性の高い金属粉末が生成することや、正極と負極を隔てるセパレータをデンドライトが突き破ってショートするなどの危険性が高いことが問題である。
【0003】
非水電解液の電気電導度を向上するため、高誘電率の溶媒である炭酸プロピレン、γ-ブチロラクトン、スロホラン等の電解液に低粘度溶媒であるジメトキシエタンやテトラヒドロフランまた1,3-ジオキソラン等を加えることが試みられている(例えば、電気化学、53 No.3、173(1985))。また電解液の耐久性を向上させる試みとしては、ジメトキシエタンなど耐電圧の低い溶媒の代りに耐電圧の高い炭酸ジエチル等の炭酸エステルを使用し電池の充放電効率を高めることや(例えば特開平2-10666号公報)、燐酸エステルを電解液に添加すること(特開平4-184870号公報)によって電解液に自己消火性を持たせることなどが挙げられる。
【0004】
【発明が解決すべき課題】
ところで、エネルギー密度の高い電池が望まれていることから、高電圧電池について各方面から研究が進められている。例えば、電池の正極にLiCoO2、LiNiO2、LiMn2O4等のリチウムと遷移金属の複合酸化物を使用し、負極に金属リチウムやリチウムの合金またリチウムと炭素の化合物を使用した場合、4Vを発生することのできる電池が研究されてきた。この場合、酸化による電解液の分解が起こりやすくなるため、従来用いられてきたγ-ブチロラクトン、エチルアセテート等のエステル類や1,3-ジオキソラン、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン等のエーテル類は耐電圧が低く正極と反応するため好ましい溶媒ではなく、充放電を繰返すごとに電池の容量が低下したりガスが発生し電池の内圧が上昇するなどの問題があり、耐酸化性のある電解液溶媒が望まれていた。
【0005】
電池の負極に金属リチウム、リチウムの合金またはリチウムの化合物を使用する場合は、充電又は過充電により析出する金属リチウムは高い反応性を持つため、耐酸化性に優れた電解液溶媒とでも反応する可能性がある。また充放電を繰返すとデンドライトと呼ばれる針状のリチウムが析出する場合があり、電極から脱落して反応性の高いリチウム粉末が生成することや、正極と負極を隔てるセパレータをデンドライトが突き破ってショートするなどの安全性上の問題点も提起されている。
【0006】
【発明の目的】
本発明は上記の問題点に鑑みなされたもので、耐電圧および充放電サイクル特性に優れ、引火点が高く安全性に優れた非水電解液を提供することを目的とする。また、本発明は、安全で高電圧を発生することができ、かつ電池性能の優れた非水電解液電池を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
発明者らは安全で高電圧を発生でき、かつ電池性能の優れた非水電解液電池を作るため、耐電圧および充放電サイクル特性に優れた電解液を見出すため鋭意研究を行った。その結果、炭酸エステルの少なくとも一方のアルキル基のβ位水素を置換すると、炭酸エステルは、化学的安定性が向上し金属リチウムとの反応性が低くなり、また耐酸化性も向上することを見出した。そして少なくとも一方のアルキル基のβ位水素を置換した炭酸エステルを含有する電解液を使用した電池が、安全性が向上し、加えて充放電サイクル寿命が向上することを見出した。
【0008】
即ち、本発明の非水電解液は一般式[I]の炭酸エステルを含有するものであり、
【0009】
【化3】

【0010】
(式中R1はメチル基を表わし、R2はネオペンチル基、トリエチルエチル基、または-CH2CX3(Xはハロゲン原子)を表わす)或いは(式中R1はメチル基であり且つR2はβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基(但し、R2が-CH2CR3(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基又はハロゲン原子を表す)である場合を除く)であるか、R1は炭素数2又は3のアルキル基又は炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基であり且つR2がβ位置に水素を持たない炭素数5〜8のアルキル基又はβ位置に水素を持たない炭素数2又は3のフッ素原子置換アルキル基である)
また、本発明の非水電解液電池は、電解液として一般式[I]の炭酸エステルを含有する電解液を用いるものである。本発明の非水電解液電池において、負極材料としては、金属リチウム、リチウム合金等の金属材料、金属硫化物及び各種炭素材料を用いることができるが、特にリチウムイオンを吸蔵・放出することのできる炭素材料が好ましい。このような炭素材料としてグラファイトでも非晶質炭素でもよく、活性炭、炭素繊維、カーボンブラック、メソカーボンマイクロビーズなどあらゆる炭素材料を用いることができる。
【0011】
また、正極材料としては、MoS2、TiS2、MnO2、V2O5などの遷移金属酸化物、遷移金属硫化物或いはLiCoO2、LiMnO2、LiMn2O4、LiNiO2などのリチウムと遷移金属から成る複合酸化物等を用いることができ、好ましくはリチウムと遷移金属酸化物から成る複合酸化物が用いられる。本発明によれば電解液溶媒として、一般式[I]で表わされる炭酸エステルを含有する電解液溶媒を用いることによって、金属リチウムとの反応性が低くなり、また酸化による電解液溶媒の分解も起こりにくくなり、引火点が高くなると共に電池の充放電のサイクル寿命が長くなる。
【0012】
以下、本発明の非水電解液について更に詳しく説明する。
一般式[I]で表わされる炭酸エステルのR1は、アルキル基、好ましくは炭素数1〜5のアルキル基又はハロゲン原子置換アルキル基を表わし、R2はβ位水素を持たないアルキル基、好ましくは炭素数5〜8のアルキル基、またはβ位水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基、好ましくは炭素数2又は3のハロゲン原子置換アルキル基を表わす。アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基等が挙げられ、β位水素を持たないアルキル基としてはネオペンチル基(-CH2C(CH3)3)、2,2,2-トリエチルエチル基(-CH2C(CH2CH3)3)等が挙げられる。β位水素を持たないハロゲン原子置換アルキル基としては、ハロゲン原子がフッ素原子、塩素原子等で置換されたアルキル基、特にフッ素原子置換アルキル基であることが望ましく、2,2,2-トリフルオロエチル基(-CH2CF3)、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル基(-CH2CF2CF3)、2,2,3,3-テトラフルオロプロピル基(-CH2CF2CF2H)、2,2,2,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピル基(-CH(CF3)2)等が挙げられる。
【0013】
このような炭酸エステルとして、炭酸メチルネオペンチル、炭酸メチル2,2,2-トリエチルエチル等のβ位水素を持たない炭酸エステルや、炭酸メチルトリクロロエチル、炭酸メチルトリブロモエチル、炭酸メチルトリヨードエチル、炭酸メチル2,2,2-トリフルオロエチル、炭酸エチル2,2,2-トリフルオロエチル、炭酸メチル2,2,3,3,3-ペンタフルオロエチル、炭酸メチル2,2,3,3-テトラフルオロエチル、炭酸メチル2,2,2,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピル、炭酸ジ2,2,2-トリフルオロエチル、炭酸2,2,2-トリフルオロエチル2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル等のハロゲン原子置換炭酸エステルを挙げることができる。これら炭酸エステルは1種または2種以上を混合して、電解液溶媒として用いることができる。
【0014】
電解液溶媒は、一般式[I]で表わされる炭酸エステル単独でもよいが、炭酸プロピレン等の環状炭酸エステルやγ-ブチロラクトン、スルホラン等との混合溶媒を用いることができ、これによって電解質の溶解度を高めることができ、電気伝導度を更に向上することができる。環状炭酸エステルとしては5〜6員環状の炭酸エステルを用いることができるが、5員環の炭酸エステルが好ましく、特に炭酸エチレン、炭酸プロピレン、炭酸ブチレン、炭酸ビニレンが好ましい。
【0015】
一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルとの混合溶媒として用いる場合には、一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルとの混合比が体積比で1:9〜9:1、好ましくは2:8〜8:2の範囲とする。この範囲にあると、粘度が低くかつ誘電率が高いので、電気伝導度が高くなるので好ましい。
【0016】
本発明の電解用溶媒は、一般式[I]で表わされる炭酸エステルと環状炭酸エステルの他、通常電池用電解液溶媒として用いられるエーテル系、鎖状炭酸エステル等の非水溶媒を、本発明の電解液溶媒の特性を損わない範囲で適宜添加することができる。
電解液に一般式[I]の炭酸エステルを含有する電解液溶媒を用いる場合の電解質としては、通常の電池電解液に用いられる電解質を使用することができ、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiAlCl4、LiN(SO2CF3)2、LiC4F9SO3、LiC8F17SO3などのリチウム塩が好ましく、特にLiPF6、LiBF4、LiCF3SO3、LiClO4が好ましい。
【0017】
電解質を溶媒に溶かす濃度は通常、0.1〜3モル/lで実施することができ、好ましくは、0.5〜1.5モル/lで用いることができる。本発明の非水電解液電池は、電解液として以上説明した非水電解液を含むものであり、その形状、形態等は本発明の範囲内で任意に選択することができる。
【0018】
【実施例】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
1.炭酸エステルの合成
以下に示す炭酸エステル(R1-O-CO-O-R2)を、触媒として28%ナトリウムメトキシド/メタノール溶液を用い、対応するアルコール(R2OH)と炭酸ジメチル又は炭酸ジエチルとのエステル交換反応によって合成した。尚、化合物3については、トリフルオロエタノールとクロロ炭酸エチルをジエチルエーテルを溶媒に使用して反応させて合成した。また化合物7については、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロパノールと化合物6とエステル交換反応によって合成した。
化合物1-炭酸メチルネオペンチル
化合物2-炭酸メチル2,2,2-トリフルオロエチル
化合物3-炭酸エチル2,2,2-トリフルオロエチル
化合物4-炭酸メチル2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル
化合物5-炭酸メチル2,2,3,3-テトラフルオロプロピル
化合物6-炭酸ジ2,2,2-トリフルオロエチル
化合物7-炭酸2,2,2-トリフルオロエチル-2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル
これら炭酸エステル化合物の粘度(cP、25℃)及び比誘電率(25℃)を表1に示した。
【0019】
【表1】

【0020】
比較例として従来化合物である炭酸ジエチル(DEC)及び炭酸ジイソプロピル(DIPC)の粘度、比誘電率についても併せて表1に示した。
2.金属リチウムとの反応性
上記のように得られた7つの炭酸エステル化合物のうち炭酸メチルネオペンチル(MNPC)と炭酸メチル2,2,2-トリフルオロエチル(MFEC)について金属リチウムとの反応性を調べた。
【0021】
アルゴンボックス中で、炭酸メチルネオペンチル(MNPC)5gにサイコロ状に切削した金属リチウム0.1gを加え、液中でリチウムにスパーテルを押しつけてリチウムの清浄面を露出して、25℃で48時間放置後、金属リチウムの表面状態及び液部の状態を調べ、反応性を判断した。炭酸メチル2,2,2-トリフルオロエチル(MFEC)及び比較例として従来化合物である炭酸ジエチル(DEC)、炭酸ジイソプロピル(DIPC)についても同様の実験を行い、得られた結果を表2に示した。
【0022】
【表2】

【0023】
表2からも明らかなようにMNPC、MFECはともに金属リチウムと反応することなく、電解液として極めて安定性が高く、好適であることが示された。
3.引火点の測定
化合物2、化合物3、化合物4、化合物6、化合物7及び比較例として炭酸ジメチル(DMC)の引火点を、また化合物2、化合物4、炭酸ジメチルのそれぞれと炭酸プロピレン(PC)の1:1(体積比率)混合溶液の引火点をそれぞれタグ密閉式(JIS-K2265)で測定した。測定結果を表3に示した。
【0024】
【表3】

【0025】
表3から明らかなように本発明の炭酸エステルは、炭酸ジメチルなどの通常の炭酸エステルに比べて高い引火点を示した。
4.電気伝導度及び耐電圧の測定
電解質として六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)3.8g(25mmol)を電解液溶媒に溶かし25mlの電解液を調整した。溶媒としては上記合成で得た炭酸エステル単独及び上記合成で得た炭酸エステルと炭酸プロピレン(PC)との1:1(体積比)混合溶媒を用いた。この電解液の電気伝導度をインピーダンスメーターを用い10kHzで測定した。またこの電解液の耐電圧の測定は、作用極、対極に白金を使用し参照極に金属リチウムを使用した3電極式耐電圧測定セルに上記溶液を入れ、ポテンシオスタットで50mV/secで電位走引し、分解電流が0.1mA以上流れなかった範囲を耐電圧とした。結果を表4に示した。
【0026】
【表4】

【0027】
表3及び表4からも明らかなように、本発明の電解液は高い耐電圧と、実用レベルの優れた電気伝導度を示した。
5.電池サイクル寿命
図1に示すような電池寸法が外形20mm、高さ2.5mmのコイン形非水電解液電池を作成した。負極1には金属リチウムを、正極2にはLiCoO285重量部に導電剤としてグラファイト12重量部、結合剤としてフッ素樹脂3重量部を加えた混合物を加圧成形したものを用いた。これら負極1、正極2を構成する物質は、ポリプロピレンから成る多孔質セパレータ3を介してそれぞれ負極缶4及び正極缶5に圧着されている。このような電池の電解液として、炭酸メチルトリフルオロエチル(MFEC)と炭酸プロピレン(PC)とを体積比で1:1の割合で混合した溶媒に六フッ化リン酸リチウムを1.0モル/lの割合で溶解させたものを用い、封口ガスケット6により封入した。
【0028】
このように作成した電池について、1.0mAの電流で上限電圧を4.1Vとして10時間充電し、続いて1.0mAの電流で3.0Vとなるまで放電した時の充放電効率を測定した。また、このような充放電を所定サイクル繰返し、充放電効率の変化を観察した。図2はその結果を示すもので、充放電効率をサイクル数に対してプロットしたもの(〇)である。またMNPCとPCとの混合溶媒(体積比1:1)を用いた以外はMFEC-PC系と同様に作成した電池についても、図2にその結果を示した(△)。なお、比較例として電解液溶媒として炭酸ジエチルと炭酸プロピレンの混合溶媒(体積比1:1)を用い、その他はMFEC-PC系と同様に作成したコイン形電池について、同様の充放電効率を測定した(●)。
【0029】
図2からも明らかなように、本実施例の電解液溶媒を用いた電池は、4V以上の高い電圧にさらされても、高いエネルギー密度を維持し、非常に優れたサイクル特性を示した。
【0030】
【発明の効果】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、電解液溶媒として新規な鎖状炭酸エステルを含む有機溶媒を用いることにより、引火点が高く、電気伝導度、耐電圧共に優れた非水電解液を提供することができた。また、本発明によれば、これら非水電解液を電池に応用することによって、充放電効率及びサイクル特性が優れ、エネルギー密度の高い電池を作ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明の非水電解液二次電池の1実施例を示す概略断面図。
【図2】
本発明の非水電解液電池のサイクル特性を示す図。
【符号の説明】
1・・・・・・負極
2・・・・・・正極
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-05-17 
出願番号 特願平5-261267
審決分類 P 1 651・ 531- YA (H01M)
P 1 651・ 121- YA (H01M)
P 1 651・ 161- YA (H01M)
P 1 651・ 534- YA (H01M)
最終処分 維持  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 吉水 純子
酒井 美知子
登録日 2002-04-05 
登録番号 特許第3294400号(P3294400)
権利者 三井化学株式会社 ソニー株式会社
発明の名称 非水電解液及び非水電解液電池  
復代理人 多田 公子  
代理人 守谷 一雄  
代理人 守谷 一雄  
復代理人 多田 公子  
代理人 守谷 一雄  
代理人 西森 浩司  
復代理人 多田 公子  

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