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審決分類 |
審判 全部無効 2項進歩性 E04H 審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 E04H 審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 E04H |
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管理番号 | 1281647 |
審判番号 | 無効2011-800263 |
総通号数 | 169 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2014-01-31 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2011-12-22 |
確定日 | 2013-10-09 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4700817号発明「制震架構」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第4700817号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 特許第4700817号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。 審判費用は,その2分の1を請求人の負担とし,2分の1を被請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 平成13年 2月 2日:出願(特願2001-26928号) 平成23年 3月11日:設定登録(特許第4700817号) 平成23年12月22日:本件審判請求 平成24年 3月19日:被請求人より答弁書,訂正請求書提出 平成24年 5月 8日:請求人より弁駁書提出 平成24年 7月20日:審理事項通知 平成24年 8月10日:請求人より口頭審理陳述要領書提出 平成24年 8月14日:被請求人より口頭審理陳述要領書提出 平成24年 8月28日:請求人より口頭審理陳述要領書2提出 平成24年 8月28日:口頭審理 第2 請求人の主張 請求人は,特許第4700817号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め,その理由として,以下の第1及び第2の無効理由を主張し,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第12号証を提出した。また,平成24年3月19日付け訂正請求書による訂正事項1,2は,訂正の要件を満たしておらず容認されることはないと主張した。 1.無効理由の概要 (1)第1の無効理由(特許法第29条第1項第3項) 本件の特許請求の範囲の請求項1に記載の発明は,甲第1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。 (2)第2の無効理由(特許法第29条第2項) 本件の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載の発明は,甲第1号証に記載された発明に基づき,出願前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって,本件発明1及び2に係る特許は,特許法第123条第1項第2号の規定に該当するため,無効とすべきである。 2.証拠方法 請求人の提出した証拠方法は,以下のとおりである。 -審判請求書で提示- 甲第1号証 :コンクリート工学年次論文報告集 第21巻第3号 199 9年,社団法人 日本コンクリート工学協会,1999年6月21日発行 ,第1147頁?第1152頁,「論文 履歴型ダンパーを付加した鉄筋 コンクリート造剛性偏心建物の地震応答特性に関する研究」 甲第2号証 :特開平9-88182号公報 甲第3号証 :日本建築学会大会学術講演梗概集(関東),1997年9月 発行,第913頁?第914頁,「高層建物への弾塑性ダンパの適用(そ の1)捩じれ振動の制御」 甲第4号証 :日本建築学会大会学術講演梗概集(九州),1998年9月 発行,第437頁?第438頁,「偏心のある架構建築の制振ブレースに よる補強法について (その1)偏心剛性を零とするブレース補強効果」 甲第5号証 :第9回日本地震工学シンポジウム(1994)論文集 第2 分冊 東京,日本学術会議地震工学研究連絡委員会,第1591頁?第1 596頁,「偏心のある立体RC壁フレーム構造の動的弾塑性挙動」 -平成24年5月8日付け弁駁書で提示- 甲第6号証 :日本建築学会大会学術講演梗概集(関東) ,1993年9月 発行,第643頁?第644頁,「ねじれる建物の制震(ねじれ振動に対 する粘性体ダンパーの効果の実験的研究)」 甲第7号証 :日本建築学会大会学術講演梗概集(九州) ,1998年9月 発行,第379頁?第380頁,「建築構造物付加粘性ダンパーの伝達関 数を用いた有効配置法」 甲第8号証 :日本建築学会大会学術講演梗概集(九州) ,1998年9月 発行,第893頁?第894頁,「粘弾性体ダンパーの木造在来構法住宅 への利用(その4:ダンパーを付加した実在木造住宅の振動実験)」 -平成24年8月28日付け口頭審理陳述要領書2で提示- 甲第9号証 :新日鉄技法第356号(1995),第38頁?第46頁, 「耐震,免震,制振技術の開発」 甲第10号証 :日本建築学会大会学術講演梗概集(中国), 1999年9 月発行,第1081頁?第1082頁,「鋼梁ダンパーで連結された連層 耐震壁架構に関する研究(その1 地震応答特性)」 甲第11号証 :日本建築学会 構造工学論文集Vol.49B(2003 年3月),「低降伏点鋼を用いた境界梁ダンパーの実験的研究」 甲第12号証 :コンクリート工学年次論文集,Vol.24,No.2, 2002,第1057頁?第1062頁,「論文 制振デバイス付きRC 造骨組の耐震性能に関する研究」 第3 被請求人の主張 被請求人は,本件特許第4700817号の明細書を,平成24年3月19日付け訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを求める,本件無効審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求め,以下のように主張している。 1.訂正請求の適法性について 訂正請求は,「特許請求の範囲の減縮」を目的とし,訂正請求により訂正された発明は,いずれも,願書に添付された明細書又は図面に記載された範囲内のものである。 2.請求人の主張する第1の無効理由及び第2の無効理由には理由がない。 第4 平成24年3月19日付け訂正請求による訂正についての当審の判断 1.訂正の内容 平成24年3月19日付けの訂正請求による訂正(以下,「本件訂正」という。)は,本件特許第4700817号の明細書を訂正請求書に添付した全文訂正明細書のとおり訂正することを求めるものであり,その訂正の内容は次のとおりである。 (1)訂正事項1:特許請求の範囲の請求項1に「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されていることを特徴とする,」とあるのを,「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され,小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮することを特徴とする,」と訂正する。 (2)訂正事項2:特許請求の範囲の請求項2に「前記構造物の質量が均質で,前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合に,対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1となるように設計されていることを特徴とする,請求項1に記載した制震架構。」とあるのを,「減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって,構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており,重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,前記構造物の質量が均質で,前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合に,対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1となるように設計されると共に前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されていることを特徴とする,制震架構。」と訂正する。 (3)訂正事項3:明細書の段落【0010】を, 「上述の課題を解決するための手段として,請求項1に記載した発明に係る制震架構は,減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架橋であって,構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており,重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され,小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮することを特徴とする。」 と訂正する。 (4)訂正事項4:明細書の段落【0011】を, 「請求項2記載の制震架構は,減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって,構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており,重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,前記構造物の質量が均質で,前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合に,対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1となるように設計されると共に前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されていることを特徴とする。」と訂正する。 2.訂正事項についての当事者の主張の概要 (1)被請求人の主張 (ア)明細書の段落【0008】,【0009】,【0022】及び明細書全体の記載から明らかなように,訂正前の請求項1に記載の発明は,次の2つの発明(技術的思想)を含んでいた。 第1の発明は,例えば,明細書の段落【0009】及び図1等に示されるように,小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する制震架構である。これに対して第2の発明は,明細書の段落【0022】の後段に記載の通り,減衰装置(鋼材系のダンパー等)が降伏しない小地震時には,捻れること無く振動して制震効果を発揮しない一方で,減衰装置が降伏する大地震時には,捩れて制震効果を発揮する制震架構である。 そして,訂正事項1は,訂正前の請求項1に記載の発明に対して「小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する」との限定事項を付加することにより,訂正前の請求項1に記載の発明から上記第2の発明を排除したものであるから,何ら新規事項を追加するものではない。 (イ)訂正事項2は,上記訂正事項1による請求項1の訂正に伴い,訂正前の請求項1に記載の発明と訂正前の請求項2に記載の発明とを併合し,訂正前の請求項2に記載の発明を従属形式請求項から独立形式請求項へ形式的に書き換えたものである。つまり,上記訂正事項2は,特許請求の範囲の減縮を目的とした上記訂正事項1に付随するものである。また,訂正後の請求項2に記載の発明は、訂正前の請求項2に記載の発明と実質的に同一であるから,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではなく,また,何ら新規事項を追加するものではない。 (ウ)訂正事項3は,上記訂正事項1による訂正後の請求項1に応じて明細書の段落【0009】を訂正するものであり,その目的は上記訂正事項1と同じである。また,上記訂正事項3は,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではなく,また,何ら新規事項を追加するものではない。 (エ)上記訂正事項4は,上記訂正事項2による訂正後の請求項2に応じて明細書の段落【0010】を訂正するものであり,上記訂正事項2と同様に上記訂正事項1に付随するものである。また,上記訂正事項4は,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではなく,また,何ら新規事項を追加するものではない。 (2)請求人の主張 (ア)訂正事項1は,特許時請求項1第3段落の「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されている」を「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され,小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する」に訂正することを請求内容とし,実体的には「小地震時に制震効果を発揮すること」の要件が付加されている。 訂正請求書には訂正請求の根拠が特許時明細書(特許第4700817号公報)の段落0008,0009,0022にあると説明されているが,「本件特許発明(請求項1と請求項2を含む)の制震架構が小地震時に制震効果を発揮すること」は,特許時明細書中,記載も,類推可能な説明もされていないため,訂正事項1は特許時明細書の記載内容を超えた拡張訂正になっている。 よって,訂正事項1は,願書に添付された特許請求の範囲,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものではないから,特許法第134条の2第1項第1号に該当しないので,特許法第134条の2第1項の訂正の目的に違反している。 (イ)訂正事項2は,特許時請求項2が引用していた請求項1の全文を,特許時請求項2にのみ記載の内容を組み合わせながら,訂正請求項2において繰り返す内容であるため,訂正事項2自体は特許時の明細書に記載の範囲内にあると考えられる。しかしながら,訂正事項2が特許時の明細書に記載の範囲内にあるとしても,特許時の請求項1の全文の繰り返しであるとすれば,特許時請求項2の要件を更に限定する内容になっていないため、特許法第134条の2第1項に規定する訂正の目的(特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明 )(特許法第134条の2第1項各号)のいずれにも該当せず,訂正の要件を満たしていない。 3.当審の判断 本件特許明細書【0009】段落には,発明の目的として「構造物が水平方向に加振されたときに,同構造物が捻れ振動を起こすことにより,減衰装置を設置した特定の架構面に変形を集中させ,減衰装置の作用効果を最大限度に発揮させるように工夫した制震架構を提供することである。」と記載されている。そして,減衰装置は,地震の大小に関係なく地震時に機能すれば良いことが根底にあると考えられ,【0022】段落には,「ダンパー3、7の構造形式と種類に関しては,オイルダンパー,粘弾性ダンパー,鋼材系のダンパー,摩擦ダンパー等々を適宜に使用することができる。」と記載されていることから,ダンパーの種類として,オイルダンパー,粘弾性ダンパーを用いた場合には,それらのダンパーの機能特性からして,小地震時には捻れて制震効果を発揮し,大地震時にも捻れて制震効果を発揮するといえるものである。 また,【0022】段落の「小地震時には捻れること無く振動し,大地震時には捻れて制震効果を発揮する制震架構として実施することができる。」の記載は,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーの使用を前提としたものであり,この記載をもって,「小地震時に制震効果を発揮すること」を排除しているとはいえない。 したがって,訂正事項1の「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され,小地震時にも大地震時にも制振効果を発揮する」点は,訂正前の請求項1の「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されている」点について,【0022】段落の「特に,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーは,降伏(又は滑り)の前と後とでは特性が変わるため,例えば降伏前の剛構面と柔構面の剛性比を同じ1:1にして,降伏後に剛性が2:1になるように設計すれば,小地震時には捻れること無く振動」することを除いている,すなわち,「小地震時には,捻れること無く振動して制震効果を発揮しない」点を除いていると認められるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして,訂正事項1の「前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され,小地震時にも大地震時にも制振効果を発揮する」点は,【0022】段落の「ダンパー3、7の構造形式と種類に関しては,オイルダンパー,粘弾性ダンパー,鋼材系のダンパー,摩擦ダンパー等々を適宜に使用することができる。」の記載において,「オイルダンパー,粘弾性ダンパー」を使用する場合には,それらのダンパーの特性から,【0022】段落の「特に,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーは,降伏(又は滑り)の前と後とでは特性が変わるため,例えば降伏前の剛構面と柔構面の剛性比を同じ1:1にして,降伏後に剛性が2:1になるように設計すれば,小地震時には捻れること無く振動」することとされたものではなく,「小地震時には捻れて制震効果を発揮し,大地震時にも捻れて制震効果を発揮する」ことになるので,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 次に,訂正事項2に関し,訂正事項2は,特許明細書の請求項1と引用形式の請求2を合体して,独立形式で新たな請求項2として訂正したもので,実質的な内容は変更されていない。一方,上記のように訂正事項1により,請求項1は減縮されているので,特許請求の範囲の欄全体を考えると減縮されていることになり,訂正事項2は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。 また,訂正事項3,4は,訂正前の明細書の段落【0009】,【0010】の記載を,訂正された特許請求の範囲に整合させるための訂正であるから,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。 したがって,上記訂正事項1ないし4は,平成23年改正前特許法第134条の2第1項の訂正の目的に適合し,同法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び4項の規定に適合するから,当該訂正を認める。 第5 本件特許発明 上記のとおり訂正が認められるから,本件特許の請求項1及び2に係る発明は,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。 【請求項1】 減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって, 構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており, 重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され,小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮することを特徴とする,制震架構。 【請求項2】 減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって, 構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており, 重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,前記構造物の質量が均質で,前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合に,対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1となるように設計されると共に前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されていることを特徴とする,制震架構。 (以下,請求項1及び2に係る発明を,それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という。) 第6 無効理由についての判断 1.甲号各証の記載内容 (1)本件特許の出願前に頒布された甲第1号証(コンクリート工学年次論文報告集 第21巻第3号 1999年,社団法人 日本コンクリート工学協会,1999年6月21日発行,第1147頁?第1152頁,「論文 履歴型ダンパーを付加した鉄筋 コンクリート造剛性偏心建物の地震応答特性に関する研究」)には,次の記載が認められる。 (1a)「要旨:・・・本論はねじれ応答成分を低減させるように低降伏点鋼ダンパーを建物に付加し,建物に無偏心建物と同等の耐震性を与えることを考える。」(第1147頁第1行?第4行) (1b)「ねじれの影響により耐震性が低下している建物に対し,構造部材を補強するのではなく,履歴型ダンパーを用いねじれ応答を低減させ無偏心建物と同程度の耐震性を建物に与える制震補強を提案するために,履歴型ダンパーによるねじれ応答低減効果を検討する。」(第1147頁左欄第7行?第13行) (1c)「図-1に示す様に無偏心モデルと偏心モデルは連層耐震壁を含む構面(Y2)と純フレームの構面(Y1)を入れ換えることにより作成する。」(第1147頁右欄第7行?第10行) (1d)「平面的配置位置はねじれ応答に効果を発揮させるために振られ側の構面であるY5とし,同じ特性のHD1とHD2を2つ設置する(図-1)。鉛直方向には同位置に同特性の履歴ダンパーを全階に設置する。」(第1147頁右欄第21行?第1148頁左欄第3行)ここで,この記載事項から,「HD」は履歴ダンパー(Hysteresis Damper)の略であると認められる。 (1e)上記(1c)の記載と図-1を参照すると,図-1左側の無偏心モデルには構面Y2と構面Y4に連層耐震壁が配置されている構成が,右側の偏心モデルには,無偏心モデルの構面Y1の位置に入れ換えられた構面Y2と,無偏心モデルと同一位置の構面Y4に連層耐震壁が配置されている構成が図示されている。右側の偏心モデルの構面Y1,構面Y3,構面Y5は耐震壁のない柱・梁のフレームで構成されている。 そして,図-1における右側の平面形状は「偏心」モデルであることから,重心と剛心が偏心していると認められる。 ここで,連層耐震壁を含む構面は連層耐震壁を含まない構面より構面内方向の曲げ剛性が大きいから,右側の偏心モデルでの構面Y2と構面Y4は横面Y1,Y3,Y5との対比では剛である構面になり,構面Y1,Y3,Y5は相対的に柔である構面になるといえる。 また,右側の偏心モデルでは長辺方向に架構の外周側に位置する2構面の内,一方の構面である耐震壁のない構面Y5が,上記(1d)の「振られ側の構面であるY5」との記載から,ねじれ振動を想定した柔である構面であることが明らかにされている。そして,剛である構面Y2は,偏心していることから重心よりも剛心に近い側の構面となり,柔である構面(Y5)は,構面(Y2)よりも剛心からの距離が遠い側の構面となるものである。 さらに,右側の偏心モデルでは,剛である構面Y2は,建物の外周の構面に,剛である構面Y4は建物の内部に有り,履歴ダンパーは建物の外周の構面Y5のみにあること、すなわち履歴ダンパーが集中的に設置されていることが図示されている。そして,剛である構面と履歴ダンパーは剛性要素といえる。 (1f)図-1における右側の偏心モデルにおいて,構面Y2の中心線を基準線にし,構面Y2から,位置が不明な剛心Seまでの距離をL1とし,X方向(長辺方向)に隣接する全構面間(Y2-Y1間,Y1-Y3間,Y3-Y4間,Y4-Y5間)の距離が等しいと仮定し,この距離をLOとする。X方向(長辺方向)とY方向(短辺方向)の各構面の交わる点には水平二方向に均等に柱が配置されているから,柱の存在は剛心Seの位置には影響しないため,剛心Seの位置を求める上では偏心モデルの平面内に構面Y2と構面Y4に耐震壁のみが配置されていることと同等である。 そこで,X2-X3間の構面Y2と構面Y4に配置されている耐震壁の幅(Y方向の距離)をW,厚さをdとすると,構面Y2の中心線から剛心Seまでの距離L1はL1=(W×d×3LO)/(2×W×d)=1.5LOになる。分子の「W×d」は1枚の耐震壁の面積であり,構面Y4の耐震壁の面積である。構面Y2の耐震壁の面積も「W×d」であるが,基準線(構面Y2の中心線)から構面Y2の耐震壁の中心までの距離が0であるため,分子には加えていない。「3L」は基準線(構面Y2の中心線)から構面Y4の耐震壁の中心線までの距離であり,分母の「2×W×d」は構面Y2と構面Y4の耐震壁の面積(W×d)の和である。 構面Y2の中心線から剛心Seまでの距離L1は基準線に関するX方向の断面1次モーメントの和/全断面積であるから,上記の通り,L1=1.5LOを得る。L1(構面Y2の中心線から剛心Seまでの距離)=1.5LOであるから,剛心Seから構面Y5の中心線までの距離L2は2.5LOになる。 ここで,L1/L2=1.5/2.5=0.6になるが,構面Y5の内,二つの壁面(X1-X2間とX3-X4間)の全階に配置されている履歴ダンパー(HD)の剛性を考慮すれば,剛心Seは構面Y5に寄るため,L2(=2.5),すなわち1.5/2.5の分母は少し小さくなる。そこで,L1/L2を例えば1.5/2.2に補正することにすれば,約0.68になるから,約1.6/2.4(=0.67)?1.7/2.3(=0.74)の程度になる。 以上により,L1/L2は約1.6/2.4?1.7/2.3程度になり,その逆数のL2/L1が約1.35?1.5:1になるものであり,請求人の弁駁書の主張のとおりであると認められる。 これらの記載によれば,甲第1号証には,次の発明が記載されていると認められる。 「履歴型ダンパーを付加して建物のねじれ応答成分を低減させる耐震性を建物に与える制震補強をした建物であって, 前記建物は,ねじれの影響により耐震性が低下し,剛心と重心が偏心していて, 前記建物の外周の構面と内部に剛性要素が有り, 重心よりも剛心に近い側の構面(Y2)と,該構面(Y2)に対面して配置され,該構面(Y2)よりも剛心からの距離が遠い側の構面(Y5)とがあり,構面(Y5)に履歴ダンパーが集中的に設置されており, 剛心から対面する構面(Y2)と構面(Y5)までの距離の比が約1.35?1.5:1となっている制震補強をした建物。」(以下、「甲1発明」という。) (2)本件特許の出願前に頒布された甲第6号証(日本建築学会大会学術講演梗概集(関東) ,1993年9月発行,第643頁?第644頁,「ねじれる建物の制震(ねじれ振動に対する粘性体ダンパーの効果の実験的研究)」)には,次の記載が認められる。 (2a)「1.はじめに アスファルト系粘性体を用いた減衰機構を付加することにより,ねじれ振動を抑制させることができるか,水平力によりねじれない建物模型と水平力によりねじれる建物模型との場合に分け,実験により調査した」(第643頁左欄第1行?第6行) (2b)「○2水平力によりねじれる建物 水平力によりねじれる建物は,減衰機構による減衰力は,回転中心からはなれた構面に付加することが必要である。」(第644頁右欄第16行?第19行。なお,○2は丸の中に数字2等を表す。以下同様。) (3)本件特許の出願前に頒布された甲第7号証(日本建築学会大会学術講演梗概集(九州) ,1998年9月発行,第379頁?第380頁,「建築構造物付加粘性ダンパーの伝達関数を用いた有効配置法」)には,次の記載が認められる。 「1.序 これまでに,ダンパーの最適配置に関する種々の研究がなされている(例えば,[1,2])。本論文では,剛性が与えられた構造物に粘性ダンパーを有効配置する問題に対する理論およびそれに基づく数値的手法を新たに提案する。」(第379頁左欄第1行?第5行) (4)本件特許の出願前に頒布された甲第8号証(日本建築学会大会学術講演梗概集(九州) ,1998年9月発行,第893頁?第894頁,「粘弾性体ダンパーの木造在来構法住宅への利用(その4:ダンパーを付加した実在木造住宅の振動実験)」)には,次の記載が認められる。 「我々は前報で一般的な木造在来構法を対象とし粘弾性体によるダンパー機構を考案し,その性能について報告した。本報では,そのダンパーを実在する2階建て木造住宅に取り付け,自由振動実験及び起振機による強制振動実験を行い,ダンパーの効果を実験的に調査した。」(第893頁左欄第3行?第8行) (5)本件特許の出願前に頒布された甲第9号証(新日鉄技法第356号(1995),第38頁?第46頁,「耐震,免震,制振技術の開発」)には,次の記載が認められる。 「中小地震から大地震に至るまでの広範囲にわたって制震効果を発揮しうる制震機構として開発されたのが,極低降伏点鋼を用いた鋼板パネルを制震源とする制震パネルであり,」(第40頁左欄第18行?第21行) (6)本件特許の出願前に頒布された甲第10号証(日本建築学会大会学術講演梗概集(中国),1999年9月発行,第1081頁?第1082頁,「鋼梁ダンパーで連結された連層耐震壁架構に関する研究(その1 地震応答特性)」)には,次の記載が認められる。 「鋼梁ダンパーはそのエネルギー吸収能力を十分に発揮するためレベル1クラスの地震に対しても降伏を許すものである。このように初期から降伏する鋼梁ダンパーは建物の剛性,耐力に寄与する構造体というよりはむしろ減衰機構(エネルギー吸収機構)としての性質が強い。」(第1081頁左欄第18行?第23行) 2.本件発明1と甲1発明との対比・判断 2-1 対比 本件発明1と甲1発明とを対比する。 甲1発明の「履歴型ダンパー」が,本件発明1の「減衰装置」に, 「制震補強をした建物」が「制震架構」に相当している。 次に,甲1発明の建物は「ねじれの影響により耐震性が低下」しているので,水平方向の加振に対して,本件発明1のように「捻れ振動を発生」することになるといえる。 甲1発明では,剛性のある面の位置を入れ換えて偏心モデルとして「剛心と重心が偏心」していることから,本件発明1の「構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心」に相当する。 (1e)の記載事項から,甲1発明の「構面(Y2)」が本件発明1の「剛構面」に,「構面(Y5)」が「柔構面」に相当するといえる。 甲1発明の「構面(Y5)に履歴ダンパーが集中的に設置」は,剛構面に相当する構面(Y2)には履歴ダンパーが設置されていないことから,本件発明1の「柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置」に相当する。 したがって,両者は以下の点で一致している。 「減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって, 構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生し構面の剛性を崩して剛心と重心が偏心しており, 重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されている制震架構。」 そして,以下の点で相違している。 (相違点1) 構造物の架構は,本件発明1では,「剛心と重心が偏心するように設計されて」いるのに対し,甲1発明は,「剛心と重心が偏心して」いる点。 (相違点2) 本件発明1では,「小地震時にも大地震時にも制振効果を発揮する」のに対し,甲1発明は,そのような制振効果を発揮するか記載がない点。 2-2 判断 (1)相違点1について 本件発明1では,「剛心と重心が偏心するように設計されて」いるという記載であるのに対し,甲1発明は,「剛心と重心が偏心して」いるという記載であり,両者は表現上相違しているが,制震架構が「剛心と重心が偏心している」という構成において,相違するものではなく,この点は実質的な相違点とは認められない。 (2)相違点2について 被請求人は,請求項1の「小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する」の記載は,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーの使用は含まれないことを意図していると口頭審理において主張した。 このことから,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーの使用ではない,「速度依存型ダンパー(オイルダンパー,粘弾性ダンパー等)の使用」について検討する。 例えば,甲第6号証?甲第8号証には,履歴型ダンパー(弾塑性ダンパー等)以外の,すなわち降伏点を境界として履歴特性に変化がある変位依存型ダンパー以外の速度依存型ダンパー(オイルダンパー,粘性ダンパー等)を建物に使用した周知技術が記載されている。同様に,本件の審査時に,平成22年8月19日付け拒絶理由通知書で提示された特開2000-179180号公報(【0042】段落に「また,外部耐震構造体に,粘性体を使用したもの,オイルダンパーを使用してもよい。」等審査官が指摘した事項)にも,地震動エネルギーを吸収するために,外部耐震構造体としてオイルダンパー,粘性ダンパー等を使用することが記載されている。 そして,例えば,甲第6号証で,ねじれる建物に粘性体ダンパーを付加した技術事項が記載されているように,甲1発明の履歴型ダンパーに代えて,甲第6号証?甲第8号証,特開2000-179180号公報記載のような従来周知の速度依存型ダンパー(オイルダンパー、粘性ダンパー等)を採用し,本件発明1の相違点2の構成とすることは当業者が容易に想到し得るものである。 一方,上記のように,被請求人は,請求項1の「小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する」の記載は,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーの使用は含まれないことを意図していると主張したが,請求項1には,減衰装置の構造形式と種類を限定する記載はないので,文言上,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーの使用は除かれていないものである。そこで,鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーの使用を前提とした「小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する」ことが容易に想到し得るものであるか否かについても検討しておく。例えば,甲第9号証及び甲第10号証には,中小地震から大地震に至るまでの広範囲にわたって制震効果を発揮する極低降伏点鋼を用いた鋼板パネルを制震源とする制震パネルを用いた点や鋼梁ダンパーはそのエネルギー吸収能力を十分に発揮するためレベル1クラスの地震にも降伏を許すものが記載されている。 甲1発明の履歴型ダンパーは,記載事項(1a)のように低降伏点鋼ダンパーを用いているが,例えば,従来周知の上記甲第9号証及び甲第10号証のような,「小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮する」極低降伏点鋼を用いた履歴型ダンパーを選択して,本件発明1の相違点2の構成とすることも当業者が容易に想到し得るものである。 したがって,本件発明1は,甲1発明及び従来周知の技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものである。 3 本件発明2と甲1発明との対比・判断 3-1 対比 本件発明2と甲1発明とを対比する。 甲1発明の「履歴型ダンパー」が,本件発明2の「減衰装置」に, 「制震補強をした建物」が「制震架構」に相当している。 次に,甲1発明の建物は「ねじれの影響により耐震性が低下」しているので,水平方向の加振に対して,本件発明2のように「捻れ振動を発生」することになるといえる。 甲1発明では,剛性のある面の位置を入れ換えて偏心モデルとして「剛心と重心が偏心」していることから,本件発明2の「構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心」に相当する。 (1e)の記載事項から,甲1発明の「構面(Y2)」が本件発明2の「剛構面」に,「構面(Y5)」が「柔構面」に相当するといえる。 甲1発明の「構面(Y5)に履歴ダンパーが集中的に設置」は,剛構面に相当する構面(Y2)に履歴ダンパーが設置されていないことから,本件発明2の「柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置」に相当する。 甲1発明の「剛心から対面する構面(Y2)と構面(Y5)までの距離の比」(すなわちL1/L2)は,その逆数(L2/L1)が本件発明2の「対面する剛構面と柔構面との剛性比」に相当するので,甲1発明の「剛心から対面する構面(Y2)と構面(Y5)までの距離の比が約1.35?1.5:1」と,本件発明2の「対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1」とは,「対面する剛構面と柔構面との剛性比が所定値」である点で共通する。 したがって,両者は以下の点で一致している。 「減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって, 構造物の架構は,水平方向の加振に対して捻れ振動を発生し構面の剛性を崩して剛心と重心が偏心しており, 重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし,該剛構面に対面して配置され,該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし,対面する剛構面と柔構面との剛性比が所定値であり前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されている制震架構。」 そして,以下の点で相違している。 (相違点イ) 構造物の架構は,本件発明2では,「剛心と重心が偏心するように設計されて」いるのに対し,甲1発明は,「剛心と重心が偏心して」いる点。 (相違点ロ) 本件発明2では,構造物が「構造物の質量が均質で,前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合」と限定されたものであるに対し,甲1発明では,建物の質量が均質かどうか不明であり,前記建物の外周の構面と内部に剛性要素が有る点。 (相違点ハ) 剛性比の所定値が,本件発明2では,「2:1となるように設計されている」のに対し,甲1発明では,約1.35?1.5:1である点。 3-2 判断 (1)相違点イについて 上記「2-2 (1)」に記載のとおり,実質的な相違点とはならない。 (2)相違点ロ,ハについて 本件発明2と甲1発明との上記相違点ロ,ハについては,甲第2号証ないし甲第10号証の何れにも記載されていないし示唆もない。 そして,本件発明2は,相違点ロ,ハに係る構成を共に備えることにより,構造物が水平方向に加振されたときに,同構造物が捻れ振動を起こすことにより,減衰装置を設置した特定の架構面に変形を集中させ,減衰装置の作用効果を最大限度に発揮させるという効果が得られると認められる。 したがって,本件発明2は,甲第1号証ないし甲第10号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 なお,甲第11号証及び甲第12号証は,本件特許の出願以降に発行された刊行物であるため,本件出願時の技術水準を表わす証拠としては採用しない。 4.まとめ 上記「2-2」及び「3-2」で判断した結果を第1の無効理由及び第2の無効理由に沿ってまとめると以下のとおりとなる。 4-1 第1の無効理由について 本件発明1と甲1発明と対比すると,相違点2が存在するので,両者は同一ではなく,理由がない。 4-2 第2の無効理由について (1)本件発明1と甲1発明と対比すると,相違点2の点は当業者が容易に想到し得るので,理由がある。 (2)本件発明2と甲1発明と対比すると,相違点ロ,ハが存在し,当業者が容易に想到することができたとはいえないので,理由がない。 第7 むすび 以上のとおり,本件発明1に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。また,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては,本件発明2に係る特許を,無効とすることはできない。 審判に関する費用については,特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第64条の規定により,請求人及び被請求人がそれぞれ負担すべきものとする。 よって,結論のとおり審決する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 制震架構 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって、 構造物の架構は、水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており、 重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし、該剛構面に対面して配置され、該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし、前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され、小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮することを特徴とする、制震架構。 【請求項2】 減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって、 構造物の架構は、水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており、 重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし、該剛構面に対面して配置され、該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし、前記構造物の質量が均質で、前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合に、対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1となるように設計されると共に前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されていることを特徴とする、制震架構。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【発明の属する技術分野】 この発明は、地震時や強風時における構造物の振動応答の低減を図った制震架構の技術分野に属する。 【0002】 【従来の技術】 地震時や強風時における構造物の振動応答の低減を図る手段として、従来、オイルダンパー、粘弾性ダンパー、鋼材系のダンパー、摩擦ダンパー等、種々の減衰装置が開発され実用に供されている。そして、前記のような減衰装置(以下、単にダンパーと言う場合がある。)を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構も種々知られている。但し、同じ容量の減衰装置を設置しても、設置した場所の力学性状ないし条件によっては、減衰装置が架構若しくは構造物に与える制震効果(揺れを小さく抑制する減衰効果)が異なることは、既に当業者に良く知られている。一般的に、減衰装置に加えられる変形量と力が大きい場所に設置するのが、減衰装置の効率の良い使い方と配置であると理解されている。例えば、 【0003】 A.特開2000-27294号公報に開示された制震架構は、柱梁接合部を通常の剛接合よりも低剛性のピン接合に近い半剛接合(セミリジッド)として、地震時等の水平力の大半を減衰装置へ集中させ、減衰装置による減衰作用(地震エネルギーの吸収作用)の効率化が図られている。 【0004】 B.特開平11-50688号公報に開示された制振架構は、振動性状が異なる2種の構造物(例えば建物の水平断面の中心部に位置するコア部と、その外周部に位置する居住部のような一般架構部)とをエキスパンションジョイントと減衰装置で連結した、いわゆる連結制震の架構である。 【0005】 【発明が解決しようとする課題】 上記Aの制震架構の場合、構造物における主架構の一つの架構面(柔構面)において減衰装置が効率的に働くように工夫したものであり、構造物全体の振動特性を考慮した発明ではない。したがって、構造物全体としては振動特性を更に最適化する工夫の余地がある。 【0006】 一方、上記Bの制振建物は、構造物全体の振動特性を考慮した発明と認められるが、架構の剛性や質量、配置に制約が多く、この発明を実施可能な建物は限られている。 【0007】 ところで、一般的に構造物にとって捻れ振動は望ましくないものであり、構造設計者は、捻れ振動が発生しないように構造物の質量及び剛性の平衡度を考慮した設計を行うよう努力している。しかし、構造物に捻れ振動が起こらない場合、構造物の各層に発生する変形量は、層毎に場所に拘らず一定であり、減衰装置の配置に関してある程度以上の最適化を図ることができないという問題を包んでいる。 【0008】 本発明の目的は、一般的に構造物にとって捻れ振動は望ましくないという一般常識を覆して、逆転の発想として、敢えて捻れ振動が発生するような架構形式に設計した上で、減衰装置の作用効果を最適化して、結果的に構造物の捻れ振動が発生しないように改良工夫した制震架構を提供することである。 【0009】 本発明の次の目的は、構造物が水平方向に加振されたときに、同構造物が捻れ振動を起こすことにより、減衰装置を設置した特定の架構面に変形を集中させ、減衰装置の作用効果を最大限度に発揮させるように工夫した制震架構を提供することである。 【0010】 上述の課題を解決するための手段として、請求項1に記載した発明に係る制震架構は、 減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって、 構造物の架構は、水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており、重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし、該剛構面に対面して配置され、該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし、前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置され、小地震時にも大地震時にも制震効果を発揮することを特徴とする。 【0011】 請求項2記載の制震架構は、 減衰装置を取り付けて構造物の振動応答を低減する制震架構であって、 構造物の架構は、水平方向の加振に対して捻れ振動を発生するように構面の剛性又は構造物の質量の平衡を崩して剛心と重心が偏心するように設計されており、重心よりも剛心に近い側の構面を剛構面とし、該剛構面に対面して配置され、該剛構面よりも剛心からの距離が遠い側の構面を柔構面とし、前記構造物の質量が均質で、前記構造物の外周の構面にのみ剛性要素が有る場合に、対面する剛構面と柔構面との剛性比が2:1となるように設計されると共に前記柔構面に前記剛構面よりも減衰装置が集中的に設置されていることを特徴とする。 【0012】 【発明の実施形態】 以下、図示した本発明の実施形態を説明する。 【0013】 図1は、請求項1記載の発明に係る制震架構の第1の実施形態を示している。これは説明を簡単にするために、2構面をもつ構造物1に関して、1方向(振動方向=Y方向)にのみ本発明を適用した場合の実施形態である。即ち、制震を考慮する方向(振動方向)は、図1中に指示したY方向(1方向)のみである。X方向の両端に位置する2構面のうち、一つの構面は、重心よりも剛心に近い側の比較的剛な構面(以下、これを剛構面Aという。)であり、図1の場合はブレース2を採用して剛性を高めた構成を示している。他の一つの構面は該剛構面Aに対面して配置され、該剛構面Aよりも剛心からの距離が遠い側の比較的柔らかい構面(以下、これを柔構面Bという。)であり、図1の場合はブレースの無いフレーム構造とされている。 【0014】 構造物1の質量の分布に偏りがない場合、図1の剛構面Aと柔構面Bとの剛性比は2:1程度が目安とされる。このような構造物1を振動方向(Y方向)へ加振した場合を、平面的に見ると、図2a、b、cのような捻れ振動を発生し、捻れの中心から遠い柔構面Bの振動が、剛構面Aよりも大きくなる。 【0015】 そこで前記の柔構面Bへ集中的に減衰装置(ダンパー)3を設置することにより、同柔構面Bの振動が比較的大きい性質を利用して減衰装置3を効果的に活用する、というのが本発明の要点である。図1及び図2cはブレース型のダンパー3の適用を模式化して示している。 【0016】 勿論、本発明の実施は、図1のように2構面、1方向への振動のみする架構への適用に限らない。剛心位置が上述した2構面の場合の目安である剛性比2:1の場合(図11aを参照)と同じ位置(剛構面A側から柔構面B側に向かって建物幅の1/3の位置=図11bを参照)となるように各構面の剛性を設計すれば良いのである。但し、前記した剛性比の目安の位置は、構造物1の質量の分布に偏りがないことを前提条件とした場合の値である。質量に偏りがある場合には、同程度の偏心(重心と剛心のズレ)を生ずるように各構面の設計を行えば良い。例えば重心位置が剛構面側に向かって建物幅の2/3の位置にある場合、剛構面と柔構面の剛性は同程度(1:1)であっても良い。 【0017】 要するに、敢えて2方向に適用する必要はないが、2方向に適用する場合は、各方向別に同様の設計を行えば良く、そうすると全く同様に本発明を実施できるのである。 【0018】 図3と図5には、本発明の第2、第3の実施形態を示している。これらの実施形態は、本発明を水平2方向に捻れ振動する架構に適用した場合の実施例であり、長辺方向(X方向)の両端部に剛構面Aと柔構面Bがある構成が図1の例と共通する。もっとも、ブレース2やダンパー3は構造物1の全層に設置しているが、この限りではない。主要な層にのみ設置して実施することもできる。図3において特徴的な構成は、長辺方向の両構面(図3の正面側と背面側に相当)に剛性の差を付与する手段として、正面側の柱の一部を間柱4として柔構面に設計し、この柔構面にダンパー5を取り付けている構成法は図1の実施例と同じである。図3の構造物1が短辺方向(Y方向)に振動する場合の様子を図4aに示し、長辺方向に振動する場合の様子を図4bに示す。 【0019】 図5に示す制震架構の実施形態は、短辺方向に3構面A、B、Cがあり、中間の構面Cを図中左方(剛構面A寄り)に寄せることにより、いわゆる剛心位置が左方に位置し、捻れを生ずること、及び振動の様子は図4a、bと同じになる。図5の場合、長辺方向の両構面(正面側と背面側)に剛性の差を付与する手段として、柱梁の接合部6(丸印の箇所)を半剛接合(もしくはピン接合)として柔構面に設計している。そして、ブレース形式のダンパー7を取り付けている点は図1の基本構成と同じである。通常、耐震架構面は剛接合(と見なせる方法による半剛接合を含む)とされるが、前記のように半剛接合で良い場合には接合のコストダウンを図れるメリットが大きい。 【0020】 次に、図6に示す制震架構の実施形態は、構造物1の質量に偏りを付与して捻り振動を生じさせる実施例を示す。図6の場合は、図中左側部分Dのみ高さを大きくしてあり、重心位置が左方へ偏っている。その結果、図7に示すような捻り振動を生じる。振幅が大きい柔構面B(捻れの中心から遠い側の構面)にブレース型のダンパー3が設置されていることも図1の例と同じである。 【0021】 なお、剛構面Aと柔構面Bの設計は、部材断面の調整によって剛性に差を付与する手法で実現することも可能であるし、構造形式の違いにより剛性に差異を生じさせることも可能である。たとえば「剛構面を剛接合のラーメン構造、柔構面を半剛接合のラーメン構造」としたり、「剛構面をブレース構造、柔構面をブレースの無い剛接合のラーメン構造」とする場合のほか、「RC構造で剛構面側に壁を設ける」等々の設計で対処することができる。 【0022】 また、ダンパー3、7の構造形式と種類に関しては、オイルダンパー、粘弾性ダンパー、鋼材系のダンパー、摩擦ダンパー等々を適宜に使用することができる。特に、鋼材系のダンパーや摩擦ダンパーは、降伏(又は滑り)の前と後とでは特性が変わるため、例えば降伏前の剛構面と柔構面の剛性比を同じ1:1にして、降伏後に剛性が2:1になるように設計すれば、小地震時には捻れること無く振動し、大地震時には捻れて制震効果を発揮する制震架構として実施することができる。 【0023】 次に、本発明の作用効果を示すために、1質点の構造物を対象にパラメータスタディを行った結果を説明する。 【0024】 先ず構造物のモデルとして、図8に示す1質点2構面の建物を考える。階層の水平剛性を一定とし、図8に示す剛構面Aの剛性と、柔構面Bの剛性との比をr:1-r、及びパラメータrを用いて定義する。図8の架構におけるそれぞれの構面に付加ダンパーをq:1-qの割合で配置し、その伝達特性(各振動数における入力加速度に対する応答加速度の比)を調べた。付加ダンパーの総減衰係数は、r=0.5におけるモデルの固有振動数が1となるよう基準化している。パラメータr、qの各値に対する伝達関数の最大値を図9にプロットする。捻れ振動の場合は、質点の場所によって応答が異なる為、最大値としては両端の応答値の大きい方の値を示している。 【0025】 図9によれば、伝達関数の最大値を最も小さくするのは、r=0.7、q=0の場合であることが分かる。即ち、剛構面の剛性:柔構面の剛性=0.7:0.3≒2:1とし、ダンパーを全て柔構面側に取り付けるのが最適であることがわかる。このとき伝達関数の最大値は75%程度に低減される。 【0026】 前記の伝達関数を、r=0.5、q=0.5の場合(剛性及び減衰をバランス良く配置する従来の設計法)と比較して、図10に示す。 【0027】 従来の設計法による場合は、捻れを生じないように設計するので、解析上、質点の場所による応答の違いはない。一方、本発明による設計法による場合は、質点の場所による応答の違いがあるので、図中には「柔構面」と「剛構面」及び構造物の「中心」の3箇所の応答値をそれぞれ示しているように、架構に生ずる捻れの如何により応答の差が出る。「柔構面」の応答値が最も大きくなるが、それでも従来の設計法における応答値よりは小さくなり、構造物の「中心」位置や「剛構面」の位置では更に応答が小さくなっていることがわかる。 【0028】 このように構造物を敢えて捻れるように設計した上で、ダンパーを集中的に配置することにより、同じダンパー数量でも、応答を小さくすること、即ちダンパーを効率的に活用していることがわかる。 【0029】 【発明の効果】 請求項1、2に記載した発明は、構造物にとって望ましくないという一般常識を覆して、逆転の発想として、敢えて捻れ振動が発生するような架構形式に設計した上で、減衰装置の作用効果を最適化したので、結果的に捻れ振動を含めた構造物の振動が小さくなる制震架構を提供する。 【0030】 本発明はまた、構造物が水平方向に加振されたときに、同構造物が捻れ振動を起こすことにより、減衰装置を設置した特定の架構面に変形を集中させ、減衰装置の作用効果を最大限度に発揮させる制震架構を提供する。 【図面の簡単な説明】 【図1】請求項1、2記載の発明に係る制震架構の第1の実施形態をスケルトンで示した斜視図である。 【図2】a、b、cは図1の構造物の振動状態を示した平面図と立面図である。 【図3】本発明に係る制震架構の第2の実施形態をスケルトンで示した斜視図である。 【図4】a、bは図3の構造物の振動状態を示した平面図である。 【図5】本発明に係る制震架構の第3の実施形態をスケルトンで示した斜視図である。 【図6】本発明に係る制震架構の第4の実施形態をスケルトンで示した斜視図である。 【図7】図6の構造物の振動状態を示した平面図である。 【図8】1質点2構面の建物モデル図である。 【図9】伝達関数の最大値を示す図である。 【図10】aは従来の設計法、bは本発明の設計法による伝達関数の比較図である。 【図11】a、bは剛心位置についての説明図である。 【符号の説明】 A 剛構面 B 柔構面 3、7 減衰装置(ダンパー) |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審決日 | 2012-10-05 |
出願番号 | 特願2001-26928(P2001-26928) |
審決分類 |
P
1
113・
853-
ZD
(E04H)
P 1 113・ 121- ZD (E04H) P 1 113・ 851- ZD (E04H) |
最終処分 | 一部成立 |
前審関与審査官 | 田中 洋行 |
特許庁審判長 |
高橋 三成 |
特許庁審判官 |
鈴野 幹夫 中川 真一 |
登録日 | 2011-03-11 |
登録番号 | 特許第4700817号(P4700817) |
発明の名称 | 制震架構 |
代理人 | 清武 史郎 |
代理人 | 加藤 和詳 |
代理人 | 上野 敏範 |
代理人 | 福田 浩志 |
代理人 | 清武 史郎 |
代理人 | 坂手 英博 |
代理人 | 中島 淳 |
代理人 | 竹内 満 |
代理人 | 塩田 康弘 |
代理人 | 中島 淳 |
代理人 | 坂手 英博 |
代理人 | 加藤 和詳 |
代理人 | 福田 浩志 |
代理人 | 上野 敏範 |
代理人 | 竹内 満 |