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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2010800088 審決 特許
無効2014800135 審決 特許
無効2012800042 審決 特許
無効2011800071 審決 特許
無効2012800032 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61K
管理番号 1310941
審判番号 無効2007-800192  
総通号数 196 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-04-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-09-13 
確定日 2016-01-18 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3546058号「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」の特許無効審判事件についてされた平成24年10月31日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成24年(行ケ)第10419号、平成25年10月16日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第3546058号に係る明細書を平成27年6月4日付け訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。 特許第3546058号の請求項1、3ないし7に係る発明についての特許を無効とする。 特許第3546058号の請求項2、8ないし10に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判費用は、これを10分し、その6を被請求人の負担とし、その余を請求人の負担とする。 
理由 1 手続の経緯

本件特許第3546058号の請求項1?10に係る発明についての出願は、平成8年2月7日(パリ条約による優先権主張;1995年2月8日・ドイツ、1995年6月7日・米国)を国際出願日とする出願であって、平成16年4月16日に特許権の設定登録がなされたものである。
これに対し、請求人沢井製薬株式会社は、平成19年9月13日に全請求項について無効審判を請求した(無効2007-800192号)。
以後の手続の経緯は次のとおりである。

平成20年 9月17日 登録名義人表示変更(ベーリンガー マンハイム ファーマシューティカルズ コーポレイション スミスクライン ビーチャム コーポレイション リミティド パートナーシップ ナンバー1 から ベーリンガー マンハイム ファーマシューティカルズ コーポレイション?スミスクライン ベックマン コーポレイション リミテッド パートナーシップ ナンバー1へ) 及び 移転登録(ロシュ セラピューティックス インコーポレイテッドへ、そして エフ ホフマン?ラ ロシュ アクチェンゲゼルシャフトへ、更に 第一三共株式会社へ)
平成21年 3月 4日 審決(訂正を認める。特許第3546058号の請求項1?10に係る発明についての特許を無効とする。)
平成21年 4月13日 審決取消しの訴え(平成21年(行ケ)第10101号)
平成21年 5月12日 訂正審判請求(訂正2009-390065号)
平成21年 6月 8日 審決取消し決定(特許法第181条第2項)
平成21年 6月23日 訂正請求(特許法第134条の3第2項)
平成22年 3月29日 審決(訂正を認める。特許第3546058号の請求項1?10に係る発明についての特許を無効とする。)
平成22年 5月 6日 審決取消しの訴え(平成22年(行ケ)10140号)

平成22年 6月 2日 訂正審判請求(訂正2010-390052号)
平成22年12月15日 訂正審判審決(請求は成り立たない。)
平成23年 1月20日 審決取消しの訴え(平成23年(行ケ)10018号)
平成23年11月30日 判決言渡(平成23年(行ケ)10018号:平成22年12月15日にした審決を取り消す。)
平成24年 1月19日 訂正審判審決(特許第3546058号に係る明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。)

平成24年 3月 6日 判決言渡(平成22年(行ケ)10140号:平成22年3月29日にした審決を取り消す。)
平成24年10月31日 審決(請求は成り立たない。)
平成24年12月 3日 審決取消しの訴え(平成24年(行ケ)10419号)
平成25年10月16日 判決言渡(平成24年(行ケ)10419号:平成24年10月31日にした審決を取り消す。)
平成25年12月24日 上告受理申立(平成25年(行ノ)10072号)
平成27年 4月28日 上告受理申立不受理決定(平成25年(行ノ)10072号)

平成27年 6月 4日 訂正請求(特許法第134条の3第1項)
平成27年 8月 5日 弁駁


2 訂正の内容及び訂正の可否に対する判断
(1)訂正の内容
上記のとおり、被請求人は平成27年6月4日付け訂正請求書を提出して訂正を求めた。
当該訂正の内容は、本件特許に係る明細書(以下、「本件訂正前明細書」ともいう。)を訂正請求書に添付した訂正明細書(以下、「本件訂正明細書」ともいう。)のとおりに訂正しようとするものである。
すなわち、本件訂正前明細書の特許請求の範囲は、平成24年10月31日にした審決(以下、「前審決」ともいう。)を取り消すとした上記判決(平成24年(行ケ)第10419号、平成25年10月16日判決言渡)(以下、「前審決取消判決」ともいう。)において判示された、
「【請求項1】 利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている哺乳類における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方である下記構造:

を有するカルベジロールの使用であって、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、カルベジロールの使用。
【請求項2】 1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項3】 1単位中に12.5mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項4】 1単位中に25.0mgまたは50.0mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を維持量として1日1回または2回投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項5】 前記アンギオテンシン変換酵素がカプトプリル、リシノプリル,フォシノプリルおよびエナラプリル並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールに使用。
【請求項6】 前記利尿薬がヒドロクロロチアジド、トラセミドおよびフロセミド並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項7】 前記強心配糖体がジゴキシン、β-メチルジゴキシンおよびジギトキシンから成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項8】 次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている哺乳類において虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のためのカルベジロールの使用。
【請求項9】 カルベジロールを1または複数の別の治療薬と組み合わせて投与することを含んで成り、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、請求項8に記載のカルベジロールの使用。
【請求項10】 10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、請求項1に記載のカルベジロールの使用。」
(以下、本件訂正前明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明を「本件訂正前発明1」、同請求項2に係る発明を「本件訂正前発明2」、以下同様に「本件訂正前発明3」、「本件訂正前発明4」、……「本件訂正前発明9」、「本件訂正前発明10」ともいう。)
であるところ、それを下記訂正事項a.?d.のとおりに訂正するとともに、本件訂正前明細書の発明の詳細な説明の表1は



であるところ、それを
下記訂正事項e.?n.のとおりに訂正することを求めるものである。

a.請求項1の「哺乳類」を「患者」と訂正する。
b.請求項1の「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」を「LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」と訂正する。
c.請求項8の「哺乳類」を「患者」と訂正する。
d.請求項8の「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」を「LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」と訂正する。
e.表1の「年齢、平均+SD(才)」を「年齢、平均±SD(才)」と訂正する。
f.表1の「59.9+11.7」を「59.9±11.7」と訂正する。
g.表1の「58.8+11.8」を「58.8±11.8」と訂正する。
h.表1の「LV駆出率、平均+SD」を「LV駆出率、平均±SD」と訂正する。
i.表1の「0.22+0.7」を「0.22±0.7」と訂正する。
j.表1の「0.23+0.08」を「0.23±0.08」と訂正する。
k.表1の「6分間歩行(m+SD)」を「6分間歩行(m±SD)」と訂正する。
l.表1の「373+88」を「373±88」と訂正する。
m.表1の「379+81」を「379±81」と訂正する。
n.表1の「心拍数(bpm+SD)」を「心拍数(bpm±SD)」と訂正する。

(2)訂正の可否に対する判断
これらの訂正事項について検討する。
(i)上記訂正事項a.及びc.は、本件訂正前明細書の特許請求の範囲の請求項1及び8に記載された「哺乳類」を「患者」に限定するものであるから、これら訂正事項に係る訂正はいずれも、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、本件訂正前明細書に「患者に投与することができる。」(本件特許公報第5頁第25行)と記載されていることから、これら訂正事項に係る訂正はいずれも、本件訂正前明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(ii)上記訂正事項b.及びd.は、本件訂正前明細書の特許請求の範囲の請求項1及び8に記載された「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」を、「LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、」のものに限定しようとするものであるから、これら訂正事項に係る訂正はいずれも、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、本件訂正前明細書に



(本件特許公報第8頁)と記載されているところ、「SD」が「Standard Deviation」すなわち「標準偏差」の略語であり、データの分布の状態を「平均値±SD」との表現で表すものであることは技術常識であることを参酌すると、この表における「カルベジロール(n= 624)」の列かつ「LV駆出率、平均+SD」の行にある「0.23+0.08」は、カルベジロール投与患者群におけるLV駆出率の分布を「平均値±SD」との表現で表すと「0.23±0.08」であったことを示すものであることは明らかであって、この表から、カルベジロール投与患者群には「LV駆出率が0.23±0.08の範囲」の患者がいたこと、すなわち「LV駆出率が0.23±0.08の範囲」の患者をカルベジロール投与の対象としたことが読み取れることから、これら訂正事項に係る訂正はいずれも、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(iii)上記訂正事項e.?n.に係る訂正は、本件訂正前明細書の表1(本件特許公報第8頁)における「+SD」(4箇所)を「±SD」に訂正し、併せて表1における数値に付随する「+」も「±」に訂正するものである。
ここで「SD」が「Standard Deviation」すなわち「標準偏差」の略語であり、データの分布の状態を「平均値±SD」との表現で表すものであることは技術常識であるから、これら訂正事項に係る訂正箇所の「+」が「±」の誤記であることは明らかである。
したがって、これら訂正事項に係る訂正は、誤記の訂正を目的とするものである。
また、これら訂正事項に係る訂正箇所の「+」が「±」の誤記であることは明らかであるから、これら訂正事項に係る訂正は、願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(iv)以上のとおり、平成27年 6月 4日付け訂正請求書による訂正は、特許法第134条の2第1項及び同条第5項で準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。


3 本件訂正発明
上記のとおり、平成27年6月4日付け訂正請求書による訂正が認められたので、本件特許第3546058号の請求項1?10に係る発明は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?10に記載された次のとおりのものである。
「 【請求項1】 利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方である下記構造:

を有するカルベジロールの使用であって、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、カルベジロールの使用。
【請求項2】 1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項3】 1単位中に12.5mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項4】 1単位中に25.0mgまたは50.0mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を維持量として1日1回または2回投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項5】 前記アンギオテンシン変換酵素がカプトプリル、リシノプリル、フォシノプリルおよびエナラプリル並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールに使用。
【請求項6】 前記利尿薬がヒドロクロロチアジド、トラセミドおよびフロセミド並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項7】 前記強心配糖体がジゴキシン、β-メチルジゴキシンおよびジギトキシンから成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項8】 次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者において虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のためのカルベジロールの使用。
【請求項9】 カルベジロールを1または複数の別の治療薬と組み合わせて投与することを含んで成り、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、請求項8に記載のカルベジロールの使用。
【請求項10】 10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、請求項1に記載のカルベジロールの使用。」
(以下、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明を「本件訂正発明1」、同請求項2に係る発明を「本件訂正発明2」、以下同様に「本件訂正発明3」、「本件訂正発明4」、……、「本件訂正発明9」、「本件訂正発明10」ともいう。)


4 請求人の主張
請求人は、「特許第3546058号の請求項1?10に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の書証を提出し、本件特許は、以下(1)?(5)の理由により無効とされるべきである旨主張している。また、請求人は平成27年8月5日付け弁駁書において、本件訂正発明1?10について、前審決取消判決の拘束力に従って特許は無効とされるべきである旨主張している。

(1)本件特許の請求項1ないし8及び10に係る各発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではないので、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである。(以下、「無効理由1」という。)
(2)本件特許の請求項1ないし10に係る各発明は、特許法上定められる3つの発明のカテゴリー(特許法第2条第3項)のいずれの発明に属するか不明確であるので、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである。(以下、「無効理由2」という。)
(3)本件特許の請求項1ないし10に係る各発明のカテゴリーについて、方法の発明であると解される場合は、人間を治療する方法に該当する発明であって、特許法第29条第1項の「産業上利用することができる発明」に該当せず特許を受けることができないものであるから、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し無効とされるべきである。(以下、「無効理由3」という。)
(4)本件特許の請求項1ないし10に係る各発明は、本件発明の出願前に頒布された甲第1号証、甲第2号証に記載された発明とそれぞれ同一であるから、特許法第29条第1項の規定に該当し、また、甲第1又は2号証に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、同法第123条第1項第2号に該当し無効とされるべきである。(以下、「無効理由4」という。)
(5)本件特許の請求項1ないし10に係る各発明は、本件発明の出願前に頒布された甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、同法第123条第1項第2号に該当し無効とされるべきである。(以下、「無効理由5」という。)

請求人が提出した証拠等は次のとおりである。
(なお、文献の表記については、一部当審で補足した。)

甲第1号証:Journal of Cardiovascular Pharmacology, 19(suppl.1):S62-S67,1992
甲第2号証:Journal of the American Co11ege of Cardiology, Vo1.24. No.7 December 1994;1678-1687
甲第3号証:Postgraduate Medicine, 1994,Vol.96,No.5,October, 167-172
甲第4号証:Modern Medicine of Australia, 1994,February, 14-24
甲第5号証:Journal of the American Co11ege of Cardiology, Vol.22. No.4 October 1993;194A-197A
甲第6号証:Drug Safety,1994,11(2), 86-93
参考文献1:「医学研究における統計入門」106ページ 表7
参考文献2:「臨床試験2003」19ページ
<以上、審判請求書に添付>
甲第7号証:今日の治療指針1993年版 (p5,p314?317)
甲第8号証:今日の治療指針1994年版 (p5,p312?313)
甲第9号証:「心不全 最近の進歩」Cardiac Practice ;(1990-7), Vol.1, No.1, p17?23
甲第10号証:「心不全とβ受容体」Cardiac Practice; (1990-7), Vol.1, No.1, p25?32
甲第11号証:「心不全患者の予後」Cardiac Practice ;(1990-7), Vol.1, No.1, p51?56
甲第12号証:The Merck Index,14th Edition 2006年;"Xamoterol"の項
参考文献3.IFPMA 臨床試験ポータルHP
<以上、平成20年9月22日付け上申書に添付>
甲第13号証:医学統計Q&A、昭和62年10月30日発行
甲第14号証:臨床試験の統計解析に関するガイドライン、厚生省薬務局新医薬品課長、平成4年3月4日
甲第15号証:臨床試験2003 薬事日報社
<以上、平成21年8月4日付け弁駁書に添付>
甲第16号証:The New England Journal of Medicine, Vol.334, No.21, p1349-1355,(1996-5-23)
甲第17号証:Circulation, Vol.94, No.11, p2807-2816,(1996-12-1)
甲第18号証:Circulation, Vol.94, No.11, p2793-2799,(1996-12-1)
甲第19号証:Circulation, Vol.94, No.11, p2800-2806,(1996-12-1)
甲第20号証:Journal of Cardiac Failure, Vol.3, No.3, p173-179
甲第21号証:The New England Journal of Medicine, Vol.335, No.17, p1318-1325,(1996-10-24)
甲第22号証:Heart, Vol.82(Supplement IV) IV14-22ページ(1999)
甲第23号証:「抗心不全薬の臨床評価方法に関するガイドラインの改訂」に関する意見の募集について(平成21年11月16日)
甲第24号証:The LANCET, Vol.353, p9-13,(1999)
甲第25号証:The LANCET, Vol.353, p2001-2007,(1999)
甲第26号証:The New England Journal of Medicine, Vol.344, No.22, p1651-1658,(2001-5-31)
<以上、平成24年6月14日付け意見書に添付>


5 被請求人の主張
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求め、上記請求人の主張には、いずれも理由がないと主張し、下記の証拠を提出している。また、被請求人は平成27年 6月 4日付け訂正請求書において、本件訂正発明1?10は、甲第1号証、甲第2号証に記載された発明ではなく、甲第1号証または甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない旨主張する。

乙第1号証:Lancet,Vol.362, July 5, 2003;7-13
乙第2号証:American Journal of Cardiology, Vol.71, 1993;23C-29C
乙第3号証:Lancet, Vol.342 December 11, 1993;1441-1446
乙第4号証:Circulation, Vol.90, No.4 October, 1994;1765-1773
乙第5号証:Lancet, Vol.336, July 7, 1990;1-6
乙第6号証:EBM REPORT Heart Failure,2005年6月30日発行,第8号,ライフサイエンス出版株式会社発行:16-17
乙第7号証:Circulation, Vol.103, No.10 March 13, 2001;1428-1433
乙第8号証:American Heart Journal, Vol.142, No.3, 2001;498-501
乙第9号証:The New England Journal of Medicine, Vol.344, No.22 May 31, 2001;1659-1667
乙第10号証:Journal of the American College of Cardiology, Vol.49, No.9, March 6,2007;963-971
乙第11号証:European Journal of Heart Failure, Vol.9, 2007;1128-1135
参考文献1.平成15年3月10日付意見書(本件特許出願の審査段階で出願人により提出されたもの)
<以上、答弁書に添付>
乙第12号証:今日の治療指針1992年版(Volume 34),p.314-316,1992年2月15日発行
乙第13号証:今日の治療指針1995年版(Volume 37),p.318-320,1995年2月15日発行
乙第14号証:今日の治療指針1996年版(Volume 38),p.333-334,1996年1月1日発行
乙第15号証:今日の治療指針2008年版,p.288-293,2008年1月1日発行
<以上、口頭審理陳述要領書に添付>
乙第16号証:今日の治療指針1993年版(Volume 35),p.314-317,1993年2月15日発行
乙第17号証:今日の治療指針1994年版(Volume 36),p.312-313,1994年2月15日発行
<以上、平成20年9月19日付け上申書に添付>
乙第18号証:Medical Products in the Treatment of Cardiac Failure, p.263-275, Nov.1995
乙第19号証:Clinical Practice Guideline (Number 11),Heart Failure:Evaluation and Care of Patients With Left-Ventricular Systolic Dysfunction,," 6 Pharmacological Management",p. 49-66,June 1994
乙第20号証:ACC/AHA Task Force Report,Guidelines for the Evaluation and Management of Heart Failure,"Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines (Committee on Evaluation and Management of Heart Failure),p.2764-2782,Nov.1995
<以上、平成22年2月26日付け上申書に添付>
乙第21号証:平成22年9月8日 北里大学病院循環器内科の和泉徹教授作成の意見書
乙第22号証:平成22年10月9日 大阪大学の堀正二名誉教授作成の意見書
乙第23号証:知財高裁 平成23年(行ケ)10018号審決取消し訴訟において、被請求人が提出した平成23年3月10日付準備書面(1)
乙第24号証:知財高裁 平成23年(行ケ)10018号審決取消し訴訟において、被請求人が提出した平成23年3月10日付準備書面(2)
乙第25号証:知財高裁 平成23年(行ケ)10018号審決取消し訴訟において、被請求人が提出した平成23年3月10日付証拠説明書(2)及び甲13ないし甲52の写し
乙第26号証:知財高裁 平成23年(行ケ)10018号審決取消し訴訟において、被請求人が提出した平成23年6月30日付準備書面(3)
乙第27号証:知財高裁 平成23年(行ケ)10018号審決取消し訴訟において、被請求人が提出した平成23年8月5日付準備書面(4)
乙第28号証:知財高裁 平成23年(行ケ)10018号審決取消し訴訟において、被請求人が提出した平成23年8月5日付証拠説明書(4)及び甲第55ないし甲57の写し
<以上、平成24年9月10日付け意見書に添付>
乙第29号証:The New England Journal of Medicine, Vol.325, No.5, 1991:293-302
乙第30号証:The New England Journal of Medicine, Vol.316, No.23, 1987:1429-1435
乙第31号証:The New England Journal of Medicine, Vol.327, No.10, 1992:669-677
乙第32号証:Circulation, Vol.90, No.4 October, 1994;1765-1773(乙第4号証に同じ)
<以上、平成27年6月4日付け訂正請求書に添付>


6 前審決取消判決
(1)判示
前審決取消判決は、本件訂正前の請求項1に係る発明(以下、「本件訂正前発明1」ともいう。)が甲第1号証に記載された発明(以下、「甲1発明」ともいう。)と同一であるとの原告((当審註)本件の請求人に同じ)主張の取消事由(甲第1号証に基づく新規性の判断の誤り)は理由がない旨判示した後に、本件訂正前発明1と甲1発明との相違点である、本件訂正前発明1では「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤」であるのに対し、甲1発明では「8週間の投与により虚血性のうっ血性心不全患者の行動態パラメータを改善する薬剤」である点について、その構成という点からは、甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であるといえる、とし、甲第3号証、甲第9号証及び甲第11号証に示された周知事項に甲第6号証の記載を勘案すれば、甲第1号証の記載に接した当業者であれば、カルベジロールの長期間投与により、心不全患者の死亡率を減少させることを予測することはできるといえる、とし、本件訂正前発明1が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は格別顕著なものとはいえないというべきである、として、本件訂正前発明1の進歩性に係る前審決の判断は誤りである、と判示し、さらに、本件訂正前の請求項2?10に係る発明の進歩性については、前審決は、これらの発明はいずれも本件訂正前発明1における発明特定事項をすべて備え、更に他の事項による限定を加えた発明であるから、本件訂正前発明1と同様に理由により進歩性を有する旨の判断をしたものであり、本件訂正前発明1の進歩性に係る前審決の判断が誤りである以上、本件訂正前の請求項2?10に係る発明の進歩性に係る審決の判断も誤りであることは明らかである、と判示したものである。

(2)拘束力
特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法第181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理、審決をするが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理、審決には、同法第33条第1項の規定により、取消判決の拘束力が及ぶ。この拘束力は判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものである。
これを本件についてみると、前審決取消判決は、本件訂正前発明1と甲1発明との相違点について、その構成という点からは、甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに甲第8号証、甲第9号証及び甲第11号証に示された周知事項を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であるといえる、とし、甲第3号証、甲第9号証及び甲第11号証に示された周知事項に甲第6号証の記載を勘案すれば、甲第1号証の記載に接した当業者であれば、カルベジロールの長期間投与により、心不全患者の死亡率を減少させることを予測することはできるといえる、とし、本件訂正前発明1が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は格別顕著なものとはいえないというべきである、として、前審決を取り消したものである。
したがって、少なくとも
本件訂正発明1?本件訂正発明10と甲1発明との相違点のうち、本件訂正前発明1と甲1発明との相違点と変わらない点に係る判断に関する、各甲号証の記載の認定及び周知事項の認定
については、再度の審決に対して前審決取消判決による拘束力が生ずるものというべきである。


7 当審の判断
7-1 無効理由1
本件訂正発明1?8、10は「利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、……薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせた……、カルベジロールの使用。」を発明特定事項としており、カルベジロールを単独で投与する態様を含まないものである。
そして、本件訂正明細書において、「単独での」との語を「利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者に対するカルベジロールの単独での(投与)」を意味すると解することによってなんら矛盾や不整合は生じ得ない。
したがって、本件訂正明細書の記載は特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていないとはいえない。

7-2 無効理由2
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1は、
「 【請求項1】 ……薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせた……カルベジロールの使用であって、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、カルベジロールの使用。」となっており、仮にカルベジロールを別の治療薬と組み合わせることを想定した場合でも、例えば、複数の有効成分を含む単独の薬剤や、複数の別々の薬剤を単一のパッケージの形態とすることも通常行われており、当該請求項1の記載をこのような薬剤の製造のための「カルベジロールの使用」と解することによってなんら矛盾や不整合は生じない。
したがって、本件訂正発明1は「薬剤の製造のための物(カルベジロール)の使用方法。」、すなわち「方法の発明」であってカテゴリーは明確であるので、当該請求項1の記載は特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていないとはいえない。
また、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項2?10も同様である。

7-3 無効理由3
上記7-2で示したとおり、本件訂正発明1?10は「薬剤の製造のための物(カルベジロール)の使用方法。」と解されることから、人間の治療方法に該当する発明でないことは明らかであって、特許法第29条第1項柱書にいう「産業上利用することができる発明」であることも明らかである。
したがって、本件訂正発明1?10は特許法第29条第1項に違反するものとはいえない。

7-4 無効理由4及び無効理由5
7-4-1 甲第1号証ないし甲第11号証
(1)甲第1号証
ア 甲第1号証の記載
前審決取消判決において認定された甲第1号証の記載は以下のとおりである。
(ア)「鬱血性心不全(CHF)の管理におけるβ遮断剤の使用について,最近,かなりの関心が集まっている。いくつかの報告(1-4)によれば,β遮断剤の投与を受けた特発既拡張型心筋症の患者において,血行動態および臨床的機能の改善が認められている。一方,同様の治療を受けた患者において,殆どまたは全く改善が認められなかったとの相反する報告(5,6)も存在する。慢性的心不全に対するβ遮断剤の有効性に関する報告が矛盾していることから,そのような治療法が標準となるためには,さらなる研究が必要である。
慢性的心不全に伴う亢進した交感神経作用によって部分的に現れる反射性神経体液性応答は,心拍出量を維持するのに役立つ代償機構である(7,8)。しかしながら,交感神経作用の亢進は短期間においては有効であるけれども,このような代償機構は,最終的には慢性的心不全の下向きの進行を防ぐことができず,かえって悪化させて,臨床症状の悪化をまねくこともありうる(9)。かくして,β遮断剤による過剰の交感神経刺激の減少をめざす治療法が魅力的に思われる。標準的β遮断剤の使用によって交感神経作用が低減するけれども,結果として起きる陰性変力効果は,しばしば患者にとって逆効果であり,実際に肺水腫を引き起こす(10,11)。従って,心不全の症状がある場合は,従来,β遮断剤の使用禁忌とみなされていた,ただし臨床的試験はこのことを常に支持していたわけでは無い(12)。
カルベジロールは,追加的なα遮断性(すなわち血管拡張性)をもった,新しい非選択的βアドレナリン受容体措抗剤である(13,14)。β遮断と血管拡張の組合せはβ遮断剤による陰性変力作用に拮抗し,CHFにおけるその使用の制限を克服するかもしれないと期待されている。心不全におけるβ遮断剤の使用に関する従前の研究の大部分は,拡張型心筋症の患者に対して行われていた。しかしながら,冠状動脈性心臓病に続く心不全の患者においては,血管拡張性β遮断剤の神経ホルモン効果に加えて,心筋酸素要求量と充満圧の減少は,追加的有益性をもたらすかもしれない。従って,我々は,虚血性心疾患に続く慢性的心不全に対するカルベジロールの有効性を評価し,カルベジロールの静脈投与(i.v.)による“初回投与”応答が長期投与効果を予測するのに有効かいなかを決定するために,この予備的一般試験を計画した。」(S62頁左欄本文下から7行?S63頁左欄39行)
(イ)患者と方法
a 患者
「実験に参加した患者は以下の基準を全て満たしている。6ヶ月以上の慢性的CHFで,利尿剤の投与のみを受けており,入院が必要なほどの急性左心室不全を少なくも1回経験しており,以前に心筋梗塞(MI)が記録されており, New York Heart Association 機能クラスII又はIII(15)に含まれ,安静時左心室駆出分画率が45%未満であり,心電図に洞律動が認められ,さらに,症状,運動負荷テスト,および放射性核種イメージングで急性心筋虚血が認められない。β遮断剤に対する通常の排除基準も適用され,インシュリン依存性糖尿病,慢性的閉塞性肺疾患,及び末梢血管障害の患者は除外された。血圧が,160/95mmHg以上の患者,及び4ヶ月以内にMIになった患者も除外された。
各患者は書面による同意書(インフォームド・コンセント)を提出した。またこの研究は,Harrow Health Authority Ethical Committeeの承認を受けた。」(S633頁左欄下から18行?右欄2行)
b 研究計画
「カルベジロールの静脈投与(2.5から7.5mg)および経口投与(12.5-50mg 1日2回)の有効性及び安全性の評価については,非対照の一般試験計画が採用された。利尿剤以外の全ての心臓作用薬は研究開始の少なくとも4週間前から投与中止された。研究期間中,全患者には経口利尿剤の同一投与量が維持された。試験の基底値を得るための4日間以上の初期研究がなされた,…。第3日において,…各患者は2.5から7.5mgのカルベジロールを注入法により静脈投与された。心臓血行動態の変化が,注射後30分間モニターされた。…カニューレは,…カルベジロールの最初の経口投与(第4日目に12.5mg)の後,正確な血圧がモニターされるように,その場に留められた。その間,患者は入院していた。起立性低血圧の徴候又は副作用が認められないときは,12.5mgのカルベジロール,1日2回,の経口投与が8週間一般試験形式で続けられた。2週間後及び4週間後に上方用量漸増が行われた。全身血圧が…測定された。臨床症状がコントロールとして使用され,必要な場合に,25mgおよび50mg,1日2回,に増量した。しかしながら,血圧が90/60mmHg以下に低下したときは,用量を減少させるか,患者を研究の対象から外した。4週間後に追加の運動負荷テストを実施した。8週間の積極的治療の後に全てのベースライン試験が繰り返された。」(S63頁右欄3?18行)
(ウ)結果
a 「研究グループは,17人の患者(男性11人,女性6人;平均年齢 68歳,年齢範囲 50から78歳)からなる。全ての患者が過去にMIを経験している。3人の患者は3から6年前に,環状動脈バイパスグラフト手術を受けている。
2.5から7.5mgのカルベジロール静脈投与については,全患者が良い認容性を示し,副作用事象は記録されなかった。どの患者も,診療が必要な肺水腫および重篤な低血圧の徴候を示さなかった。17人のうち12人が8週間の長期的投薬期間を終了した。2人の患者が,最初の投薬後,起立性低血圧になった。1人の患者では心不全の症状が悪化した。1人の患者で,不安定狭心症を発症した。また1人の患者が研究の初期段階でMIを持続したあと死亡した。」(S64頁右欄4?19行)
b 長期カルベジロール療法に対する反応
「8週間のカルベジロール経口投与療法の後,血行動態測定が繰り返し行われた。〔データは以前に公開されている(22)〕。静脈投与に対する急性反応とは対照的に,カルベジロールによる長期療法の後の多くの血行動態パラメータでは,著しい改善が認められる。平均収縮期動脈内血圧,心拍数,肺動脈楔入圧,右心房圧,及び体血管抵抗では有意な減少が認められ,12人中11人の患者では付随した症状の改善もあった。心係数には変化が認められなかったけれど,8週間後の平均1回拍出係数には有意な増加が認められた。同様に,長期療法の後,左心室駆出分画率が基礎値から有意に増加した,しかし,カルベジロール静脈投与の後には僅かな一時的増加のみが記録された。」(S64頁右欄下から3行?S65頁14行)
c 短期反応と長期反応の比較
「β遮断剤の静脈投与により,カルベジロールに対する長期反応を予測することができるか否かを決定するために,急性静脈投与と長期経口投与治療の間の変化率を比較した(図2及び表2)。」(S65頁右欄下から10?7行)
(エ)図2(S66頁)

図2 カルベジロール治療後の急性及び長期血行動態パラメーターの基礎値からの変化率(n=12) SBP,動脈内収縮期血圧; HR,心拍数; CI,心係数; SI,1回拍出係数; PAWP,肺動脈楔入圧; SVR,体血管抵抗; EF,左心室駆出分画率; RAP,右心房圧
(オ)考察
「カルベジロールはα1-遮断性をも持つ新しい非選択的β遮断剤であり,強力な血管拡張剤として作用する(13,14)。…
従前の研究によれば,拡張型心筋症において標準的β遮断剤療法がいくらかの血行動態への有効な効果を示している(1-4)。しかしながら,心不全の治療におけるこれらの薬剤の臨床的応用に関しては論争がある(26)。交感神経作用および心筋酸素需要における減少がβ受容体のダウンレギュレーション(下方調節)の逆転と連携して,見かけ上心不全の長期改善に役立っている。不幸にして,これらの薬剤の陰性変力効果が急性肺水腫を引き起こし,それらの潜在的有効性を否定している(27)。
慢性心不全の治療におけるβ遮断剤療法への最近の関心の観点から,我々は虚血性心疾患に続く心不全に対するカルベジロールの急性静脈投与および長期投与の効果を評価するための予備的研究(パイロットスタディ)を実施した。この研究において,我々は,大多数の患者において著明な症状改善が見られたことを発表した。臨床的及び自覚的な改善と共に,血圧,心拍数,肺動脈楔入圧,および体血管抵抗の有意な減少が認められた。さらに,左心室駆出分画率および1回拍出係数の増加も認められた。しかしながら,心係数はカルベジロールによる有意な変化を示さなかった。これは徐脈に起因するのかもしれない。このように,カルベジロールによる長期治療は,左心室充満圧(前負荷)および体血管抵抗(後負荷)の両者を減少させ,それにより1回拍出量および左心室駆出分画率を改善し,本質的心室機能の改善を示している。これに反し,カルベジロールの静脈投与による急性効果としては,心拍数,血圧および肺動脈楔入圧において多くはないが,有意な減少を示した。1回拍出係数,左心室駆出分画率,および体血管抵抗では有意な変化は認められなかった。これらの急性変化は,薬剤の優性的β遮断効果によるものであろう。しかし,血管拡張効果も楔入圧の減少および体血管抵抗の一時的減少から認められる。
この研究で得られたデータは,β遮断剤の静脈投与から,長期投与の成果を予測することはできないことを明白に示している。慢性的心不全に対するカルベジロールの急性効果と長期効果との間の不一致は,長期療法によりそのようなβ受容体のアップレギュレーションが徐々に進行することを示している。拡張型心筋症の研究が,心不全におけるβ1-受容体の有意なダウンレギュレーションを示しており(28,29),このことは,低容量のβ遮断剤療法が心筋におけるそのようなβ受容体の密度のアップレギュレーションを助けるのではないかという仮説を導く。虚血性心筋症に関する同様の研究が存在しないけれど,我々のデータから,これらの患者においても同様なメカニズムが作用していると仮定できる。さらに,この研究の結果は,拡張型心筋症の治療にブシンドロール(血管拡張性β遮断剤)を用いているGilbert等の研究(4)とよく一致している。
結論として,この予備的研究が,虚血に基づく慢性心不全の治療において,カルベジロールの単回静脈投与が安全であり,認容性が良いことを示している。同一の患者に対するカルベジロール経口投与の長期有効性は,カルベジロールの急性期静脈投与の限定的効果をはるかに超えている。これは,酸素要求量の減少,心筋中の交感神経的受容体活性のアップレギュレーション,および血管拡張に起因している。我々の従前のデータによれば,拡張型心筋症におけるカルベジロールの最近の研究は,心臓血行動態に対する同様な有効性も示している(30)。」(S66頁右欄10行?左欄末尾)

甲第1号証には他に以下の記載もある。(原文は英語であるので、請求人の提出した翻訳にを示す。)
(カ)「8週間の療法後、12人中11人で、症状的及び血行動態的改善が認められた。8週間のカルベジロール療法の後、……平均±SD(標準偏差) 1回拍出係数(31±6から40±6ml/m^(2)/回へ、p<0.0005)及び左心室駆出分画率(25±9%から32±10%へ、p<0.01)が増加した。」(S62頁Summary左欄21行?右欄7行)
(キ)「表1 カルベジロールによる治療後の急性および慢性血行動態変化


SBP,動脈内収縮期血圧; HR,心拍数; LVEF,左心室駆出分画率; RAP,右心房圧; PAWP,肺動脈楔入圧; SVR,体血管抵抗; CI,心係数; SI,1回拍出係数; p,基礎値と急性変化の差異; p’,基礎値と慢性変化の差異
n=12
数値は 平均±SD」

イ 甲第1号証の記載の概要及び甲1発明
前審決取消判決において、上記アの甲第1号証の記載(ア)?(オ)に基づき、
(ア)「上記アの甲1文献の記載によれば,甲1文献には,慢性心不全の治療におけるβ遮断剤の使用にはかなりの関心が集まっているが,有効既に関する矛盾する報告があることから,慢性心不全のβ遮断剤による治療法が標準となるためには,さらなる研究が必要であるという認識の下で,α遮断性を有する非選択的βアドレナリン受容体措抗剤であるカルベジロールの虚血性心疾患に続く慢性心不全に対する有効性について,カルベジロールの静脈投与に対する応答がカルベジロールの長期投与効果を予測するのに有効か否かを決定するための予備的研究を実施したこと,この研究の対象者は,6ヶ月以上の慢性心不全で利尿剤の投与のみを受けている,ニューヨーク心臓協会による心不全分類でクラスII及びIIIに該当する17人の患者であったこと,研究方法としては,カルベジロールを初期研究の第3日目に静脈投与(2.5から7.5mg)して各種血行動態パラメータを測定し,その後,第4日目から12.5mgを経口投与し,起立性低血圧の徴候又は副作用が認められない場合には,1日2回の経口投与を続けると共に,2週間後及び4週間後に上方用量漸増(25mgおよび50mg)を行い,8週間の試験終了後に各種血行動態パラメータを測定するという方法で行われ,また,患者全員に期間中同一量の経口利尿剤が投与されたこと(上記アの(ア),(イ)及び(エ)),研究結果としては,患者全員が静脈投与に対して良い認容性を示し,副作用事象は記録されなかったこと,また,8週間の経口投与の試験は,17人のうち12人が終了し,カルベジロールによる長期療法の後,平均収縮期動脈内血圧,心拍数,肺動脈襖入圧,右心房圧,及び体血管抵抗について有意な減少が認められ,12人中11人の患者では付随した症状の改善もあるなど,多くの血行動態パラメータで著しい改善が認められたこと,また,静脈投与の後には僅かな一時的増加しか記録されなかった左心室駆出分画率についても,長期療法の後,基礎値から有意に増加したこと(上記アの(ウ)),この8週間経口投与試験の結果について,甲1文献の執筆者は,「カルベジロールによる長期治療は,左心室充満圧(前負荷)および体血管抵抗(後負荷)の両者を減少させ,それにより1回拍出量および左心室駆出分画率を改善し,本質的心室機能の改善を示している。」と評価し,また,カルベジロールの静脈投与に対する応答がカルベジロールの長期投与効果を予測するのに有効か否かの決定という,この研究のテーマに対しては,「β遮断剤の静脈投与から,長期投与の成果を予測することはできない」との結論を導き,その理由として,カルベジロールの長期療法により,β受容体のアップレギュレーションが徐々に進行するとの考察をしていること(上記アの(オ)),以上の記載がされているものと認められる。」とした上で(前審決取消判決にいう甲1文献は、本件審決にいう甲第1号証に同じ。)、
(イ)甲第1号証には
「利尿薬でのバックグランド療法を受けているクラスII及びIIIの虚血性のうっ血性心不全患者の血行動態パラメータを改善する薬剤であって、2週間及び4週間後にカルベジロールの上方用量漸増を行い、8週間投与される薬剤の製造のための、α1遮断作用を有するβアドレナリン受容体拮抗剤であるカルベジロールと利尿薬を組み合わせて使用する発明」
が記載されているということができる、との認定がされた。
この認定については、上記6(2)のとおり、前審決取消判決による拘束力が生ずる。

(2)甲第2号証
ア 甲第2号証の記載
甲第2号証には以下の記載がある(訳文を記載する)。
(ア)「方法:ジゴキシン,フロセミドおよびアンジオテンシン変換酵素阻害剤による治療を受けている特発性拡張型心筋症の40人の患者が,二重盲験方式で無作為にプラセボ又はカルベジロールの投与を受けた。」(1678頁上段左欄7行目ないし10行目)、
(イ)「結果:プラセボと比べて,カルベジロールは心拍数,肺動脈圧,及び肺動脈楔入圧の短期減少を生じ,長期投与の後では,安静時及びピーク運動負荷時心拍出量及び拍出仕事係数のいずれも増加し,右心房圧,肺動脈圧,及び肺動脈楔入圧のさらなる減少も生じた。カルベジロールの長期投与は安静時左心室駆出分画率(20±7%から30±12%へ,p<0.001),亜最大運動負荷能力,生命の質,New York Heart Association機能クラスを改善した。」(1678頁上段右欄3行目ないし11行目)、
(ウ)「結論:特発性拡張型心筋症の患者において,カルベジロールの短期投与は心拍数,平均肺動脈圧,肺動脈楔入圧を減少させる,一方,長期投与は安静時及び運動負荷時の左心室収縮機能を改善し,心不全徴候を減少させ,亜最高運動負荷耐性を改善する。」(1678頁上段右欄13行目ないし18行目)、
(エ)「カルベジロールは,内因性交感神経刺激作用を持たず,α1-受容体拮抗作用に媒介される血管拡張効果を持つ,新規なβ遮断薬である(7,30,31)。短期認容性が良く(32),冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者において,症状,運動耐容能,及び長期左心室機能を改善する(33)。しかしながら,これらの研究はプラセボを用いて比較されておらず,虚血性心疾患の患者のみで評価されている。これらの患者では,カルベジロールの好ましい効果は,心筋虚血の減少につながるであろう。それに反して,特発性拡張型心筋症の患者では,β遮断薬の有効性に特に敏感である(27,34)。予備報告(35-38)は,カルベジロールが,特発性拡張型心筋症の患者の症状と左心室機能を改善できることを示している。しかしながら,臨床症状,安静時及び運動負荷時の血行動態変数に対する短期及び長期効果に関するデータは欠落している。」(1678頁下段右欄15行目ないし1679頁左欄8行目)、及び
(オ)「患者.研究対象のグループには40人の患者(…)が含まれる。これらの患者は、特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全に1年以上継続して罹患しており、臨床的には安定した状態であり、研究開始の1ヶ月前から投薬計画に変化がない。全ての患者が症候不全(New York Heart Association 機能クラスII又はIII)であり、…」(1679頁左欄18行目ないし24行目)
(カ)「研究の第一段階では,連続した2日間に,プラセボ又はカルベジロール(12.5mg,経口)による短期血行動態効果が評価された。・・・
研究の短期段階の完了後,患者は,プラセボ又はカルベジロールと共に,ジギタリス,利尿薬,アンジオテンシン変換酵素阻害剤及び硝酸エステル剤の常用量を再開した。・・・容量漸増段階の終了後,患者は最高投与量を少なくとも3か月間投与された。」(1679頁右欄下から22行目ないし1780頁左欄5行目)

イ 甲第2号証に記載された発明
上記アの甲第2号証の記載(ア)?(カ)に基づき、甲第2号証には
「利尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグラウンド療法を受けている,特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全患者であって、クラスII又はIIIの患者の安静時及び運動負荷時の左心室収縮機能を改善し,心不全徴候を減少させ,亜最高運動負荷耐性を改善する薬剤として,α1遮断作用を有するβアドレナリン受容体拮抗剤であるカルベジロールを用量漸増段階の終了後少なくとも3ヵ月間投与する発明」(以下、「甲2発明」ともいう。)が記載されているということができる。

(3)前審決取消判決において認定された、甲第3号証ないし甲第11号証の記載は以下のとおりである。
ア 甲第3号証
「Summary」の項には,「心不全の有病率と死亡率は高齢者ほど増加する。もっとも大切な予後指標は,運動許容性と左心室機能である。」(172頁左欄2?8行)と記載されている。
イ 甲第4号証
「other drugs」の項には,「βブロッカーは少量で一部の患者(安静時頻脈,適正な血圧,歩行可能な患者)に有効であり,生存率を上昇させる可能性かおる。オーストラリアとニュージーランドでは,虚血性心疾患による軽度から中程度の心不全患者を対象とした,カルベジロール(血管拡張作用のあるβブロッカー)の大規模試験が行われている。この試験の初期段階では,運動反応と左心室サイズにおける効果を観察する予定である。もしその結果が良好なものであれば,3000名の患者を対象にした死亡率の試験が行われる予定である。」(233頁左欄21?35行)と記載されている。
ウ 甲第5号証
「ベータブロッカーの主な試験のデザイン特徴の要所」という表題の表3には,ニュージーランド及びオーストラリアにおいて,カルベジロールの効果をプラセボと比較する無作為化試験について,ニューヨーク心臓協会機能分類II-IVで駆出率<0.40のエントリー基準を満たす患者450人を対象として,運動耐性を第一エンドポイントとする検証期間が18ヵ月の予備試験が1992年7月に開始されたこと,主試験は上記エントリー基準を満たす3000人の患者を対象とし,死亡率を第一エンドポイントとする検証期間が3年間の試験であり,予定終了日が1996?1997年であることが記載されている。
エ 甲第6号証
「2.4 Congestive heart failure」の項には,「カルベジロールは心不全管理について現在広く研究されている。この疾患におけるβブロッカー使用の論理背景は,慢性的な交感神経刺激の直接の有害作用から心筋を保護することにある。カルベジロールのような血管拡張作用をもつβブロッカーは,その血管拡張作用がβ遮断作用による初期の陰性変力作用を抑制するため,特に心不全に有用である可能性がある。この陰性変力作用は特にβ遮断の初期段階で顕著なものであるので,ごく少量から開始しなければならない。しかし,許容可能であれば,カルベジロールは長期間治療において,機能的,血行動態的,神経ホルモン的なパラメータを有意に改善する。」(90頁左欄25?40行)と記載されている。
オ 甲第7号証
(ア)「うっ血性心不全は心臓のポンプ機能が障害されたために起こる複雑な症候群であり,心臓が身体の各臓器や組織に必要十分な血液を駆出することができない状態である。その結果,運動耐応能低下,体液貯留および生命予後の短縮などをきたす。」(314頁右欄3 5?40行)、及び
(イ)「3.うっ血性心不全に対する薬物療法」の「b.薬物療法」の項
「1)急性うっ血性心不全
…(1)利尿薬 処方例 1)ラシックス(40mg) 1-2錠」
「2)慢性うっ血性心不全
(1)強心薬
(a)ジギタリス剤 …処方例 1) ジゴシン(0.25mg錠) 0.125-0.25mg/日

いずれの強心薬も利尿薬を必要に応じて短期,間歇的に併用する。
(2)血管拡張薬
(a)ACE阻害薬 …処方例 1) エナラプリル(レニベース) 5-15mg …,2) カプトプリル(カプトリル) 7.5-25mg
(3)β遮断薬
前記薬剤による治療でも心機能が改善せずあるいは進行性に悪化する例で,通常の抗不整脈薬が有効でない例に試みる。一時的に心機能が悪化することがあり,かつ効果発現に数か月要する。
処方例 メトプロロール(ロプレソール) 5mg/日より投与開始。2か月程度病態の変化を観察し,心機能悪化を認めなければ漸増。40mg/日で継続する。うっ血性心不全に対する確立された投与法はないので症例選択と増量は慎重に行う。」(315頁右欄24行?316頁右欄42行)(ここで「(1)、(2)、(3)と表記した文字はそれぞれ、原文では○内に1、○内に2、○内に3を記した文字である)と記載されている。
カ 甲第8号証
(ア)「1 心不全治療の原則」の項
「…心不全の治療は,(1)患者の症状の改善と生活の向上,および(2)生命予後の改善を目的とする。」(312頁右欄8?10行)(ここで「(1)、(2)と表記した文字はそれぞれ、原文では○内に1、○内に2を記した文字である)、
「e .β遮断薬 近年,難洽性心不全の病因として重要な拡張型心筋症に対するβ遮断薬療法が注目を集め,その有効性が確認されつつあり,今後の発展が期待されている。しかし,従来β遮断薬は心不全には禁忌とされていた薬剤であり,また一部には悪化する例もあり,投与にさいしては慎重を要する。」(313頁左欄7?12行)、及び
(イ)「2 慢性心不全の治療」の項
「処方例 …11)ロプレソール 5mg 分2 重症例では2.5mgを初回投与量とし,1-2週間隔で5-10mgずつ増量,40-80mgを維持量とする。」(313頁右欄7?9行)と記載されている。
キ 甲第9号証
「慢性心不全の治療の目的は,運動耐容能を上げることと,予後を良くすることである。」(17頁左欄1?3行)と記載されており,また,「予後」という見出しに続いて,「心不全患者の予後を規定している因子は,心室の収縮性と心室性不整脈である。…図3aに見るように左室駆出率が低下するほど死亡率が高い。…心不全の予後を良くするためには,心筋の収縮吐の低下をいかにくいとめ,可能なら良くすることが重要となる。」(18頁右欄4?18行)と記載されている。
ク 甲第10号証
(ア)「従来,心不全では,交感神経活性の充進が不全心の機能を代償しているため,心不全にβ遮断薬を投与することは,禁忌とされてきた。しかし,重症心不全における交感神経活性先進が,心筋不全の増悪因子となることが解明されつつあり,この悪循環を断ち切るものとして,β遮断薬療法が注目されている。」(25頁中央欄5?14行)、
(イ)「心不全治療におけるβ遮断薬療法」の「1.心不全に対するβ遮断薬投与の是非」の項
「…Waagstein…らのグループは,心不全には禁忌とされている交感神経β受容体遮断薬を重症の拡張型心筋症患者に長期投与したところ運動能力,心機能および生命予後が改善したという,逆説的な一連の報告を行った。その後,いくつかのグループにより,少なくとも一部の拡張型心筋症患者においては,β遮断薬の長期投与により臨床的改善が認められることが追試,確認され,β遮断薬療法は拡張型心筋症を始めとする慢性心不全の有力な治療法の一つと見なされるようになった。」(26頁右欄32行?27頁左欄図2の下13行)
「表1にβ遮断薬が有効であったとする報告の一覧を示す。一方,表2に無効とする報告をまとめた。両者を比較すると,無効とする報告では投与の期間が短く,単回投与か,長くても1ヵ月の投与である。一方,有効とする報告では投与期間は長く,多くは数ヶ月以上である。また,多くのプロトコールで薬剤の漸増投与により,25?100mg/日の維持量にまで増やしている場合が多い。これら3ヵ月以上投与した報告においては,自覚症状および運動能力の改善,左室駆出率,左室内径,心拍出量などの心機能の改善がほとんどの場合に認められており,長期効果の発現には数ヶ月以上の長期投与が必要と考えられている。また,年単位で投与した報告では生命予後の改善も認められているが,少数例での検討であり,生命予後の改善についてはまだ検討の余地がある。」(27頁図2の下左欄14?中央欄17行)、
(ウ)表1(28頁)
「β遮断薬の有効例の報告」との表題が付された表1には,メトプロロールを28人の患者に対して2?26ヵ月間,50?200mg/日で投与した例が記載されている。(「報告者」欄「(2)Swedberg」の行)(ここで「(2)と表記した文字は、原文では○内に2を記した文字である)、
(エ)「心不全治療におけるβ遮断薬療法」の「2.β遮断薬の効果発現機序」の項
「β遮断薬の心不全改善効果の機序としては,(1)心拍数の減少による消費エネルギーの節約(収縮装置の修復,再生に利用できるエネルギーの増加),(2)主に心拍数の減少による心室拡張期特性の改善,(3)レニン放出抑制による体液量減少と血管拡張(前,後負荷軽減),(4)カテコラミンによる心筋障害の抑制(カルシウム過負荷の軽減),(5)心筋β受容体のup-regulation (カテコーラミン反応性の回復)(6)抗不整脈効果,などが考えられる。β受容体のup-regulationは,最も注目されている機序のひとつである。…心拍数の減少も有力な作用機序である。…さらに,最近筆者らは,培養心筋細胞においてβ受容体刺激が主要な細胞骨格である微小管(microtuble)を解重合させることを見いだした。…β遮断薬は,β受容体刺激によるこの様な細胞骨格の変化に措抗して,心筋細胞障害を抑制する可能性もある。」(27頁右欄31行?30頁図5の下右欄1行)(ここで「(1)、(2)、……、(6)と表記した文字はそれぞれ、原文では○内に1、○内に2、……、○内に6を記した文字である)、及び
(オ)「心不全治療におけるβ遮断薬療法」の「3.β遮断薬の選択と導入」の項
「導入時に循環不全に陥る危険を少なくするには,ごく少量から開始し,ゆっくり増量していくことが重要であり,交感神経活動の充進が著しい重症例ほど慎重に増量する。」(31頁左欄2?5行)と記載されている。
ケ 甲第11号証
(ア)「はじめに」の項
「心不全は症候名であって病名ではない。したがって,それをいかに定義するのが臨床的に最も都合がよいかという点に関しては異論が多い。古くは…と定義されてきたが, Cohnはより有用で,現状に合った定義として,心機能障害が,1)運動耐容能の減少,2)心室性不整脈の頻発,3)生存率の低下を伴う場合という概念を提唱した。この定義に基づくと,心不全治療の目的は,最終的には患者の生存率を増大させることになる。」(51頁中央欄2?15行)、及び
(イ)「心不全の予後に影響を与える因子」の「2.左室機能障害」の項
「Schwartzらは,拡張型心筋症患者63例で…,形態学的所見と左室血行動態指標が予後を判定する上にどの程度有意であるかを検討した。…累積生存率は駆出率が35.5%以上の患者で,1年目97%,2年目94%,4年目85%であるのに対して,35.5%未満では,各々71%,44%,41%であった。多変量解析によると,この駆出率の低下は,p<0.00001の有意差をもって生存率の予測を可能にするという。…Likoffらは,拡張型心筋症と虚血性心筋症201例を28ヵ月間フォローアップして,心不全患者の死亡率に影響を及ぼす因子を検討した。…この場合も駆出率が20%以上と以下の患者では,生存率が有意に異なることが示されている。 Cohnらは,V-HeFTと呼ばれる血管拡張薬が慢性心不全患者の生存率を変えることを明らかにした有名な治験を再度分析して,予後に影響を与える種々の因子を検討した。…hydralazine-nitrateはプラセボ群に比して死亡率を28%減少させたが, prazosinでは何ら効果が見られなかったことが報告された。このデータを基に,左室機能が治療効果に対してどのような影響を与えたかという点に関して,駆出率に焦点を合わせて解析が行われた。治験開始時における全ての患者の平均駆出率は28%であったので,28%より大きい値を有する群とこれ以下の群に分けると,駆出率の低い群で死亡率が著しく高いことが示された。そして,この群でhydralazine-nitrateによる生存率の改善はより著明であったという。このように,心不全の原因とは無関係に心機能と生存率が相関することは,心筋障害それ自体が予後を不良にすることを示唆するものである。」(52頁左欄7行?中央欄28行)と記載されている。


7-4-2 対比及び判断
7-4-2-1 甲1発明との対比及び判断
(1)本件訂正発明1
本件訂正発明1と甲1発明とを比較すると、両者は、
(一致点1)
「利尿薬でのバックグラウンド療法を受けている患者に投与される薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方である下記構造:

を有するカルベジロールの使用であって、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、カルベジロールの使用。」である点で一致し、
(相違点1-1-1)
薬剤の投与される患者が、本件訂正発明1では「LV駆出率が0.23±0.08の範囲である」患者であるのに対し、甲1発明では「クラスII及びIIIの虚血性のうっ血性心不全」患者である点、
(相違点1-1-2)
薬剤の投与方法が、本件訂正発明1では「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」とされるのに対し、甲1発明では「2週間及び4週間後にカルベジロールの上方用量漸増を行い、8週間投与される」とされる点、及び
(相違点1-1-3)
薬剤の効果が、本件訂正発明1では「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる」とされるのに対し、甲1発明では「クラスII及びIIIの虚血性のうっ血性心不全患者の血行動態パラメータを改善する」とされる点、
で相違する。
なお、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、本件訂正前発明1と甲1発明との相違点と一致する。

(2)本件訂正発明2
本件訂正発明2と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3並びに
(相違点1-2-1)
薬剤の投与方法について、本件訂正発明2では「1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する」との規定があるのに対し、甲1発明では1単位中のカルベジロール含有量並びに初回量、投与頻度及び投与期間の規定のない点
で相違する。
なお、相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致する。

(3)本件訂正発明3
本件訂正発明3と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3並びに
(相違点1-3-1)
薬剤の投与方法について、本件訂正発明3では「1単位中に12.5mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する」と規定されるのに対し、甲1発明では1単位中のカルベジロール含有量並びに投与頻度及び投与期間の規定のない点
で相違する。
なお、相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致する。

(4)本件訂正発明4
本件訂正発明4と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3並びに
(相違点1-4-1)
薬剤の投与方法について、本件訂正発明4では「1単位中に25.0mgまたは50.0mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を維持量として1日1回または2回投与する」と規定されるのに対し、甲1発明では1単位中のカルベジロール含有量並びに維持量、投与頻度及び投与期間の規定のない点
で相違する。
なお、相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致する。

(5)本件訂正発明5
本件訂正発明5と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3で相違する。したがって、本件訂正発明5と甲1発明との一致点及び相違点は、本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点と変わるものではない。
なお、本件訂正発明5では「前記アンギオテンシン変換酵素がカプトプリル、リシノプリル、フォシノプリルおよびエナラプリル並びにそれらの任意の医薬上許容される塩より選ばれる、」と規定されるが、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項5の引用する同請求項1には「利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者」及び「前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる」と記載されており、このうち「利尿薬」の選択肢はアンギオテンシン変換酵素阻害剤の規定によって何ら影響を受けるものではないので、本件訂正発明5のアンギオテンシン変換酵素阻害剤の規定によって新たな相違点は生じない。

(6)本件訂正発明6
本件訂正発明6と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3並びに
(相違点1-6-1)
利尿剤について、本件訂正発明6では「前記利尿剤がヒドロクロロチアジド、トラセミドおよびフロセミド並びにそれらの任意の医薬上許容される塩より選ばれる、」と規定されるのに対し、甲1発明では利尿剤についての規定のない点
で相違する。
なお、相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致する。

(7)本件訂正発明7
本件訂正発明7と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3で相違する。したがって、本件訂正発明7と甲1発明との一致点及び相違点は、本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点と変わるものではない。
なお、本件訂正発明7では「前記強心配糖体がシゴキシン、β-メチルジゴキシンおよびジギトキシンから成る群より選ばれる、」と規定されるが、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項7の引用する同請求項1には「前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる」と記載されており、このうち「利尿薬」の選択肢は強心配糖体の規定によって何ら影響を受けるものではないので、本件訂正発明7の強心配糖体の規定によって新たな相違点は生じない。

(8)本件訂正発明8
本件訂正発明8と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1及び相違点1-1-3並びに
(相違点1-8-1)
薬剤の投与方法が、本件訂正発明8は
「次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、」かつ「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」と規定されるのに対し。甲1発明では「2週間及び4週間後にカルベジロールの上方用量漸増を行い、8週間投与される」と規定される点、
で相違する。

(9)本件訂正発明9
本件訂正発明9と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1及び相違点1-1-3並びに上記(8)の相違点1-8-1で相違する。
なお、本件訂正発明9では「カルベジロールを1または複数の別の治療薬と組み合わせて投与することを含んで成り、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体からなる群より選ばれる」と規定されるが、甲1発明も上記のとおり「カルベジロールと利尿薬を組み合わせて使用する発明」と認定されるので、本件訂正発明9の組み合わせ薬の規定によって新たな相違点は生じない。
相違点1-1-1及び相違点1-1-3並びに相違点1-8-1は、本件訂正発明8と甲1発明との相違点と一致する。

(10)本件訂正発明10
本件訂正発明10と甲1発明とを比較すると、両者は、上記(1)の一致点1で一致し、
上記(1)の相違点1-1-1及び相違点1-1-3並びに
(相違点1-10-1)
薬剤の投与方法が、本件訂正発明10は
「10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、」と規定されるのに対し、甲1発明では「2週間及び4週間後にカルベジロールの上方用量漸増を行い、8週間投与される」とされる点、
で相違する。

7-4-2-2 甲1発明との相違点についての判断
上記相違点について検討する。
(1)本件訂正発明1
(ア)相違点1-1-1
甲第1号証の上記7-4-1(1)ア(カ)の記載及び同7-4-1(1)ア(キ)の記載から、甲1発明の投与対象とされた「クラスII及びIIIの虚血性のうっ血性心不全」患者のLV駆出率は0.25±0.09であったと認められる。したがって、甲1発明は薬剤の投与される患者として本件訂正発明1にいう「LV駆出率が0.23±0.08の範囲である」患者を含んでおり、相違点1-1-1は実質的な相違点ではない。

(イ)相違点1-1-2及び相違点1-1-3
相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、上記7-4-2-1(1)のとおり、本件訂正前発明1と甲1発明との相違点と一致する。
そして、前審決取消判決の「第5 当裁判所の判断」の1(4)において、本件訂正前発明1が甲1発明と同一であるとの原告((当審註)本件請求人に同じ)主張の取消事由(甲第1号証に基づく新規性の判断の誤り)は理由がない旨判示された。
前審決取消判決はその上で、「第5 当裁判所の判断」の1(4)において、甲第8号証、甲第9号証及び甲第11号証の記載を摘記した上で「これらの記載によれば,心不全治療の目的の一つが生命予後を改善すること,すなわち,生存率を増大させることである点は,本件特許の優先権主張日において当業者に周知であったことが認められる。」と判示され、さらに、甲第5号証及び甲第4号証の記載を摘記した上で「これらの記載によれば,カルベジロールによる心不全治療の目的も生存率の増大であることが理解できる。」と判示され、甲第10号証の記載を摘記した上で「これによれば,β遮断薬を使用して心不全治療の目的すなわち生存率の増大を達成するためには,少なくとも数か月から年単位で投与することが必要であることが理解できる。」と判示された。
その上で、「そうすると,カルベジロールの8週間の投与により虚血性のうっ血性心不全患者の血行動態パラメータが改善することが記載された甲1文献に接した当業者であれば,カルベジロールを使用して虚血性のうっ血性心不全の治療を行う場合,カルベジロールの投与期間については,甲1文献に記載された血行動態パラメータの改善効果が示された8週間に限定して理解するものではなく,虚血性のうっ血性心不全患者の生命予後の改善という治療目的を達成するためには,数か月から年単位の期間が必要であると理解するものといえる。
したがって,本件発明1と甲1発明の相違点のうち,カルベジロールの投与期間の点については,甲1発明に甲4文献,甲5文献及び甲10文献並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であるといえる。」と判示された。
また、同1(5)において、「上記の周知事項に甲6文献の上記記載を勘案すれば、甲1文献の上記記載に接した当業者であれば、カルベジロールの長期間投与により、心不全患者の死亡率を減少させることを予測することはできるといえる。」と判示された。
(前審決取消判決にいう甲1文献、甲4文献、甲5文献、甲6文献、甲10文献は、それぞれ本件審決にいう甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証、甲第6号証、甲第10号証に同じ。)
ここに判示された認定については、上記6(2)のとおり、前審決取消判決による拘束力が生ずる。

(ウ)効果の顕著性
前審決取消判決の「第5 当裁判所の判断」の2(1)ウにおいて「本件発明が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は、格別顕著なものとはいえないというべきである。」と判示され、同2(2)イ(カ)において「カルベジロールによる突然死予防の効果をもって、本件発明が当業者が予測をすることができない効果を有すると言おうことはできない。」と判示され、同2(2)ウにおいて「米国カルベジロール試験においてプラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたからといって、本件発明に顕著な効果があるということはできない。」と判示された。
ここに判示された認定は本件訂正前発明1の効果についてのものであるが、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正発明1の効果は、本件訂正前明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正前発明1の効果と何ら変わるものではないので、同様に認定する。

(エ)小括
上記(イ)のとおり、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、本件訂正前発明1と甲1発明との相違点と変わらないものであるところ、前審決取消判決において、本件訂正前発明1が甲1発明と同一であるとの原告((当審註)本件請求人に同じ)主張の取消事由(甲第1号証に基づく新規性の判断の誤り)は理由がない旨判示された以上、本件訂正発明1が甲1発明であるとすることはできない。
一方、上記(ア)のとおり、相違点1-1-1は実質的な相違点ではなく、上記(イ)及び(ウ)のとおり、相違点1-1-2については上記のとおり前審決取消判決により、甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であり、相違点1-1-3については上記のとおり前審決取消判決により、甲第1号証の上記記載に接した当業者であれば、カルベジロールの長期間投与により心不全患者の死亡率を減少させることを予測することはできるものであり、虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は格別顕著なものとはいえないとされた以上、本件訂正発明1は甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件訂正発明2
(ア)相違点
相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、上記7-4-2-1(2)のとおり、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致するので、上記7-4-2-2(1)(エ)に示した理由と同様の理由で、本件訂正発明2が甲1発明であるとすることはできない。
また、相違点1-2-1に係る、本件訂正発明2における「1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する」との規定については、甲第1号証には、上記7-4-1(1)ア(イ)bに示した箇所に、研究開始の第4日目に1日2回カルベジロール12.5mgの経口投与が開始され、2週間後及び4週間後に上方用量漸増が行われたことが記載されているところ、甲第1号証ないし甲第6号証の記載及び周知技術を検討しても、12.5mgの半量以下の量である3.125?6.25mgのカルベジロールの経口投与を7?28日間の期間に渡り投与する動機づけとなるものは見出せず、甲1発明において「1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する」とすることを当業者が容易に想到し得たとする根拠は見出せない。
(イ)小括
したがって、本件訂正発明2が甲1発明であるとすることはできず、また、本件訂正発明2は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、甲1発明に甲第1号証ないし甲第6号証の記載並びに周知技術を勘案して当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3)本件訂正発明3
(ア)相違点
相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、上記7-4-2-1(3)のとおり、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致するので、上記7-4-2-2(1)(エ)に示した理由と同様の理由で、本件訂正発明3が甲1発明であるとすることはできない。
一方、上記7-4-2-1(1)(ア)及び(イ)のとおり、相違点1-1-1は実質的な相違点ではなく、相違点1-1-2は、甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であり、相違点1-1-3は、甲第1号証の上記記載に接した当業者であれば、予測することのできるものである。
また、相違点1-3-1については、甲第1号証に、第4日目から12.5mgを経口投与し、起立性低血圧の徴候又は副作用が認められない場合には、1日2回の経口投与を続けると共に、2週間後に上方用量漸増を行ったことが記載されており(上記7(1)ア(イ)b)、これは相違点1-3-1に係る本件訂正発明3の「1単位中に12.5mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する」との規定を満たすものである。
したがって、本件訂正発明3は、甲1発明に甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到することのできたものである。
(イ)効果の顕著性
前審決取消判決の「第5 当裁判所の判断」の2(1)ウにおいて「本件発明が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は、格別顕著なものとはいえないというべきである。」と判示され、同2(2)イ(カ)において「カルベジロールによる突然死予防の効果をもって、本件発明が当業者が予測をすることができない効果を有すると言おうことはできない。」と判示され、同2(2)ウにおいて「米国カルベジロール試験においてプラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたからといって、本件発明に顕著な効果があるということはできない。」と判示された。
ここに判示された認定は本件訂正前発明1の効果についてのものであるが、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正発明3の効果は、本件訂正前明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正前発明1の効果と何ら変わるものではないので、同様に認定する。

(ウ)小括
以上のとおり、本件訂正発明3が甲1発明であるとすることはできない一方、本件訂正発明3は、甲1発明に甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)本件訂正発明4
(ア)相違点
相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、上記7-4-2-1(4)のとおり、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致するので、上記7-4-2-2(1)(エ)に示した理由と同様の理由で、本件訂正発明4が甲1発明であるとすることはできない。
一方、上記7-4-2-2(1)(ア)及び(イ)のとおり、相違点1-1-1は実質的な相違点ではなく、相違点1-1-2は、甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であり、相違点1-1-3は、甲第1号証の上記記載に接した当業者であれば、予測することのできるものである。
また、相違点1-4-1については、甲第1号証に、2週間後及4週間後に上方用量漸増を行い必要な場合に25mgおよび50mg、1日2回に増量したことが記載されており(上記7(1)ア(イ)b)、これは相違点1-4-1に係る本件訂正発明4の「1単位中に25.0mgまたは50.0mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を維持量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する」との規定を満たすものである。
したがって、本件訂正発明4は、甲1発明に甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到することのできたものである。
(イ)効果の顕著性
前審決取消判決の「第5 当裁判所の判断」の2(1)ウにおいて「本件発明が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は、格別顕著なものとはいえないというべきである。」と判示され、同2(2)イ(カ)において「カルベジロールによる突然死予防の効果をもって、本件発明が当業者が予測をすることができない効果を有すると言おうことはできない。」と判示され、同2(2)ウにおいて「米国カルベジロール試験においてプラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたからといって、本件発明に顕著な効果があるということはできない。」と判示された。
ここに判示された認定は本件訂正前発明1の効果についてのものであるが、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正発明4の効果は、本件訂正前明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正前発明1の効果と何ら変わるものではないので、同様に認定する。
(ウ)小括
以上のとおり、本件訂正発明4が甲1発明であるとすることはできない一方、本件訂正発明4は、甲1発明に甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)本件訂正発明5
本件訂正発明5と甲1発明との一致点及び相違点は、上記7-4-2-1(5)に示したとおり、本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点と変わるものではないので、上記7-4-2-2(1)(エ)に示した理由と同様の理由により、本件訂正発明5が甲1発明であるとすることはできない一方、本件訂正発明5は甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。

(6)本件訂正発明6
(ア)相違点
相違点1-1-1、相違点1-1-2及び相違点1-1-3は、上記7-4-2-1(6)のとおり、本件訂正発明1と甲1発明との相違点と一致するので、上記7-4-2-2(1)(エ)に示した理由と同様の理由で、本件訂正発明6が甲1発明であるとすることはできない。
一方、上記(1)(ア)及び(イ)のとおり、相違点1-1-1は実質的な相違点ではなく、相違点1-1-2は、甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に想到可能な事項であり、相違点1-1-3は、甲第1号証の上記記載に接した当業者であれば、予測することのできるものである。
また、相違点1-6-1については、フロセミドは販売名「ラシックス」として、うっ血性心不全に対してごく一般的に投与される利尿薬であることは技術常識であることが、上記7-4-1(3)オに示される甲第7号証の記載から認められるから、甲1発明において、さらに利尿薬としてフロセミドを採用することも、当業者が容易に想到することのできたものである。

(イ)効果の顕著性
前審決取消判決の「第5 当裁判所の判断」の2(1)ウにおいて「本件発明が虚血性のうっ血性心不全の死亡率を減少させる効果は、格別顕著なものとはいえないというべきである。」と判示され、同2(2)イ(カ)において「カルベジロールによる突然死予防の効果をもって、本件発明が当業者が予測をすることができない効果を有すると言おうことはできない。」と判示され、同2(2)ウにおいて「米国カルベジロール試験においてプラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたからといって、本件発明に顕著な効果があるということはできない。」と判示された。
ここに判示された認定は本件訂正前発明1の効果についてのものであるが、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正発明6の効果は、本件訂正前明細書の発明の詳細な説明に示された本件訂正前発明1の効果と何ら変わるものではないので、同様に認定する。

(ウ)小括
以上のとおり、本件訂正発明6が甲1発明であるとすることはできない一方、本件訂正発明6は、甲1発明に甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証、甲第7号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。


(7)本件訂正発明7
本件訂正発明7と甲1発明との一致点及び相違点は、上記7-4-2-1(7)に示したとおり、本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点と変わるものではないので、上記7-4-2-2(1)(エ)に示した理由と同様の理由により、本件訂正発明7が甲1発明であるとすることはできない一方、本件訂正発明7は甲1発明に甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証の記載並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものである。

(8)本件訂正発明8
(ア)相違点
相違点1-8-1に係る、本件訂正発明8における
「次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、」かつ「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」との規定は、甲1発明にはなく、甲1発明において技術常識を勘案すれば当然採用されるものであるとする根拠も見出せないから、本件訂正発明8は甲1発明ではない。
また、相違点1-8-1に係る、本件訂正発明8における
「次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、」かつ
「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」との規定について、甲第1号証ないし甲第6号証の記載及び周知技術を検討しても、甲1発明において
「次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、」かつ
「低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」とすることを当業者が容易に想到し得たとする根拠は見出せない。
(イ)小括
したがって、本件訂正発明8は、甲1発明ではなく、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、甲1発明に甲第1号証ないし甲第6号証の記載並びに周知技術を勘案して当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(9)本件訂正発明9
本件訂正発明9と甲1発明との相違点1-1-1、1-1-3及び相違点1-8-1は、上記7-4-2-1(9)に示したとおり、本件訂正発明8と甲1発明との相違点と変わらないので、上記7-4-2-2(8)に示した理由により、本件訂正発明9は、甲1発明ではなく、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、甲1発明に甲第1号証ないし甲第6号証の記載並びに周知技術を勘案して当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(10)本件訂正発明10
相違点1-10-1に係る、本件訂正発明10における
「10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、」と規定は、甲1発明にはなく、甲1発明において技術常識を勘案すれば当然採用されるものであるとする根拠も見出せないから、本件訂正発明10は甲1発明ではない。
また、相違点1-10-1に係る、本件訂正発明10における
「10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、」との規定について、甲第1号証ないし甲第6号証の記載及び周知技術を検討しても、甲1発明において
「10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、」とすることを当業者が容易に想到し得たとする根拠は見出せない。
(イ)小括
したがって、本件訂正発明10は、甲1発明ではなく、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、甲1発明に甲第1号証ないし甲第6号証の記載並びに周知技術を勘案して当業者が容易に発明をすることができたものでもない。


7-4-2-3 甲2発明との対比及び判断
(1)本件訂正発明1
本件訂正発明1と甲2発明とを比較すると、両者は、
(一致点)
「利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグラウンド療法を受けている患者に投与される薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方であるカルベジロールの使用。」である点で一致し、
(相違点2-1-1)
薬剤の投与される患者が、本件訂正発明1では「虚血性のうっ血性心不全」であり「LV駆出率が0.23±0.08の範囲である」患者であるのに対し、甲2発明では「特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全患者であって、クラスII又はIIIの患者」である点、
(相違点2-1-2)
薬剤の投与方法が、本件訂正発明1では「低用量のチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される」とされるのに対し、甲2発明では「用量漸増段階の終了後少なくとも3ヵ月間投与される」とされる点、及び
(相違点2-1-3)
薬剤の効果が、本件訂正発明1では「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる」とされるのに対して、甲2発明は「安静時及び運動負荷時の左心室収縮機能を改善し、心不全徴候を減少させ、亜最高運動負荷耐性を改善する」とされる点、
で相違する。
相違点2-1-1に関して、甲第2号証の上記7(2)ア(イ)の記載から、甲2発明の対象とされた「特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全患者であって、クラスII又はIIIの患者」のLV駆出率は0.20±0.07であったと認められるものの、「特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全」は「非虚血性のうっ血性心不全」であることは明らかであるので、薬剤の投与される患者は甲2発明と本件訂正発明1とで異なっている。
したがって、本件訂正発明1を甲2発明であるとすることはできない。
また、甲第2号証には「カルベジロールは、……、冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者において、症状、運動耐容能、及び長期左心室機能を改善する。しかしながら、これらの研究はプラセボを用いて比較されておらず、虚血性心疾患の患者のみで評価されている。」(上記7-4-1(2)ア(エ))との記載があるものの、甲2発明における薬剤の投与される患者を「特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全患者であって、クラスII又はIIIの患者」から「虚血性のうっ血性心不全」患者に変更できることは記載されておらず、甲第1号証?甲第6号証の記載及び周知技術を検討しても、甲2発明における薬剤の投与される患者を「特発性拡張型心筋症により引き起こされたうっ血性心不全患者であって、クラスII又はIIIの患者」から「虚血性のうっ血性心不全」患者に変更することを当業者が容易に想到し得たとする根拠は見出せない。
したがって、本件訂正発明1は甲2発明ではなく、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、甲2発明に甲第1号証?甲第6号証の記載並びに周知技術を勘案して当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本件訂正発明2?10
本件訂正発明2?10は、いずれも本件訂正発明1における発明特定事項をすべて備え、更に他の事項による限定を加えた発明であるから、本件訂正発明1と同様の理由により、甲2発明ではなく、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、甲2発明に甲第1号証?甲第6号証を勘案して当業者が容易に発明をすることができたものでもない。


8 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正発明1、3ないし5、7は、甲第1号証に記載された発明に、甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証及び甲第10号証並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件訂正発明6は、甲第1号証に記載された発明に、甲第1号証、甲第4号証、甲第5号証、甲第7号証及び甲第10号証並びに周知技術を勘案することにより当業者が容易に発明をすることができたものであって、本件訂正発明1、3ないし7に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきものである。
また、本件訂正発明2、8ないし10に係る特許は、請求人の主張及び証拠方法によっては無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により、これを10分し、その6を被請求人の負担とし、その余を請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のための、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα_(1)-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方である下記構造:

を有するカルベジロールの使用であって、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、カルベジロールの使用。
【請求項2】 1単位中に3.125mgまたは6.25mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を初回量として1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項3】 1単位中に12.5mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を1日1回または2回7?28日間の期間に渡り投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項4】 1単位中に25.0mgまたは50.0mgのカルベジロールを含有する医薬製剤を維持量として1日1回または2回投与する、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項5】 前記アンギオテンシン変換酵素がカプトプリル、リシノプリル、フォシノプリルおよびエナラプリル並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールに使用。
【請求項6】 前記利尿薬がヒドロクロロチアジド、トラセミドおよびフロセミド並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項7】 前記強心配糖体がシゴキシン、β-メチルジゴキシンおよびジギトキシンから成る群より選ばれる、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【請求項8】 次の摂生:
(a)3.125mgまたは6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間を渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する
に従った、利尿薬、アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている患者において虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって、LV駆出率が0.23±0.08の範囲である前記患者に対して、低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のためのカルベジロールの使用。
【請求項9】 カルベジロールを1または複数の別の治療薬と組み合わせて投与することを含んで成り、前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる、請求項8に記載のカルベジロールの使用。
【請求項10】 10?100mgカルベジロールの1日維持量において投与されるうっ血性心不全治療用薬剤の調製のためのカルベジロールの使用であって、前記薬剤が3段階の投与摂生を含んで成る増分投薬スキームにおいて投与され、第一摂生が7?28日間の期間に渡りカルベジロールの前記1日維持量の10?30%の量を投与することを含んで成り、第二摂生が7?28日後の期間に渡り前記1日維持量の20?70%の量を投与することを含んで成り、そして第二摂生の終了後に始まる第三摂生が前記1日維持量の100%を投与することを含んで成る、請求項1に記載のカルベジロールの使用。
【発明の詳細な説明】
発明の分野
本発明は、うっ血性心不全(CHF)患者の死亡率を減少させるために、二元性非選択的β-アドレナリン受容体およびα_(1)-アドレナリン受容体アンタゴニストである化合物、特に式Iのカルバゾリル-(4)-オキシプロパノールアミン化合物、好ましくはカルベジロールを使用する新規治療方法に関する。本発明はまた、CHF患者の死亡率を減少させるために、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選択された1または複数の別の治療薬と組み合わせて二元性非選択的β-アドレナリン受容体およびα_(1)-アドレナリン受容体アンタゴニストである化合物、特に式Iのカルバゾリル-(4)-オキシプロパノールアミン化合物、好ましくはカルベジロールを使用する治療方法に関する。本発明は更に、β-アドレナリン受容体およびα_(1)-アドレナリン受容体アンタゴニストである化合物を投与するための増分(incremental)投与スキームにも関する。
発明の背景
うっ血性心不全は心臓のポンプ機能の損傷の結果として起こり、この疾患は水とナトリウムの異常停留に関連づけられる。慣例的には、軽度の慢性不全の治療には、身体運動の制限、塩分の摂取の制限、および利尿薬の使用が含まれている。それらの手法が十分でない場合、心筋の収縮力を増強する薬剤である強心配糖体が治療プログラムに加えられる。
その後、アンギオテンシンIから昇圧活性アンギオテンシンIIへの変換を防止する化合物であるアンギオテンシン変換酵素阻害剤が、利尿薬、強心配糖体またはその両者と併用してうっ血性心不全の慢性治療に処方される。
また、うっ血性心不全は高死亡率を引き起こす周知の心臓障害である。Applefeld,M.M.,(1986)Am.J.Med.,80,Suppl.2B,73-77。従って、CHF患者においてCHFに起因する死亡率を減少させるであろう治療薬は非常に望ましい。
発明の要約
本発明は、うっ血性心不全の治療用の薬剤の調製のための、二元性非選択的β-アドレナリン受容体およびα_(1)-アドレナリン受容体アンタゴニストである化合物の新規使用に関する。特に、哺乳類においてうっ血性心不全に起因する死亡率を減少させるための治療薬として、単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と併用した式Iのカルバゾリル-(4)-オキシプロパノールアミン化合物が好ましい。ここで前記治療薬は、ACE阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選択される。特に、本発明は好ましくは、単独でのまたはACE阻害剤、利尿薬および強心配糖体から成る群より選択された1もしくは複数の別の治療薬と併用した、式Iの化合物(式中、R_(1)は-Hであり、R_(2)は-Hであり、R_(3)は-Hであり、R_(4)は-Hであり、Xは0であり、Arはフェニルであり、R_(5)はオルト-OCH_(3)であり、そしてR_(6)は-Hである;この化合物はカルベジロールとしてよく知られている1-(カルバゾール-4-イルオキシ)-3-{〔2-(2-メトキシフェノキシ)エチル〕アミノ}-2-プロパノールである)または医薬上許容されるその塩での治療方法を提供する。
発明の詳細な説明
米国特許第4,503,067号明細書は、式Iのカルバゾリル-(4)-オキシプロパノールアミン化合物:

(上式中、
R_(1)は水素、炭素原子数6までの低級アルカノイル、またはベンゾイルおよびナフトイルより選ばれたアロイルであり;
R_(2)は水素、炭素原子数6までの低級アルキル、またはベンジル、フェニルエチルおよびフェニルプロピルより選ばれたアリールアルキルであり;
R_(3)は水素または炭素原子数6までの低級アルキルであり;
R_(4)は水素もしくは炭素原子数6までの低級アルキルであるか、またはXが酸素である時、R_(4)はR_(5)と一緒になって-CH_(2)-O-を表すことができ;
Xは一価結合、-CH_(2)-、酸素または硫黄であり;
Arはフェニル、ナフチル、インダニルおよびテトラヒドロナフチルより選ばれ;
R_(5)およびR_(6)は個々に水素、フッ素、塩素、臭素、ヒドロキシル、炭素原子数6までの低級アルキル、-CONH_(2)基、炭素原子数6までの低級アルコキシ、ベンジルオキシ、炭素原子数6までの低級アルキルチオ、炭素原子数6までの低級アルキルスルホニル、および炭素原子数6までの低級アルキルスルホニルより選ばれ;または
R_(5)とR_(6)は一緒になってメチレンジオキシを表す)
および医薬上許容されるその塩を開示している。
この特許明細書は更に、式IIに示される構造を有する1-(カルバゾール-4-イルオキシ)-3-{〔2-(2-メトキシフェノキシ)エチル〕アミノ}-2-プロパノールである、カルベジロールとして良く知られている式IIの化合物を開示している:

カルベジロールがその典型例である式Iの化合物は、軽度から中程度の高血圧の治療に有用である新規の多効性薬剤である。カルベジロールは競合的な非選択的β-アドレナリン受容体アンタゴニストと血管拡張薬の両方であることが知られており、そして高濃度ではカルシウムチャンネルアンタゴニストでもある。カルベジロールの血管拡張作用は主にα_(1)-アドレナリン受容体の遮断から生じ、一方該薬剤のβ-アドレナリン受容体遮断活性は、高血圧の治療に使うと反射頻拍を防止する。カルベジロールのこれらの多重作用は、動物、特にヒトにおけるこの剤の抗高血圧薬効の原因である。
Willette,R.N.,Sauermelch,C.F.& Ruffolo,R.R.,Jr.(1990)Eur.J.Pharmacol.,176,237-240;Nichols,A.J.,Gellai,M.& Ruffolo,R.R.,Jr.(1991)Fundam.Clin.Pharmacol., 5,25-38;Ruffolo,R.R.,Ir.,Gellai,M.,Hieble,J.P.,Willette,R.N.& Nichols,A.J.(1990)Eur.J.Clin.Pharmacol.,38,S82-588;Ruffolo,R.R.,Ir.,Boyle,D.A.,Venuti,R.P.& Lukas,M.A.(1991)Drugs of Today,27,465-492;およびYue,T.-L.,Cheng,H.,Lysko,P.G.,Mckenna,P.J.,Feuerstein,R.,Gu,I.,Lysko,K.A.,Davis,L.L.& Feuerstein,G.(1992)J.Pharmacol.Exp.Ther.,263,92-98を参照のこと。
カルベジロールの抗高血圧作用は、主として、他の抗高血圧薬に通常伴う付随の反射による心拍数変化を引き起こすことなく、全体的な末梢血管抵抗を減らすことにより媒介される。Willette,R.N.他(前掲);Nichols,A.J.他(前掲);Ruffolo,R.R.,Jr.,Gellai,M.,Hieble,J.P.,Willette,R.N.& Nichols,A.J.(1990)Eur.J.Clin.Pharmacol.,38,S82-S88。カルベジロールはまた、おそらく酸素遊離基によって開始される脂質過酸化を弱めるというそれの抗酸化作用の結果として(Yue,T.-L.,他,前掲)、急性心筋梗塞のラット、イヌおよびブタモデルにおいて梗塞サイズを顕著に減少させる(Ruffolo,R.R.,Jr.,他,Drugs of Today,前掲)。
最近、臨床実験において、二元性非選択的β-アドレナリン受容体およびα_(1)-アドレナリン受容体アンタゴニストである医薬化合物、特に式Iの化合物、好ましくはカルベジロールが、単独でまたは従来の薬剤(ACE阻害剤、利尿薬および強心配糖体である)と併用して、CHFを治療するのに有効な薬剤であることが発見された。CHFの治療の際にカルベジロールのような薬剤を使用することは驚くべきことである。何故なら、一般に、β-遮断薬は望ましくない心臓機能低下作用を有することが知られているためにβ-遮断薬は心不全患者において禁忌であるからである。CHFを治療するためにこの化合物を使った実験からの最も驚くべき結果は、前記化合物、特にカルベジロールが、ヒトにおいてCHFに起因する死亡率を約67%減少させることかできることである。更に、この結果はCHFの全分類および両方の病因(虚血性と非虚血性)にまたがって認められる。CHFの治療にβ-遮断薬であるメトプロロール(Waagstein他(1993)Lancet,342,1441-1446)とビソプロロール(CIBIS研究者と委員、(1994)Circulation,90,1765-1773)を使った最近の2つの死亡率研究では、薬剤治療患者と偽薬治療患者とで死亡率に全く差が示されなかったことから、この結果は驚くべきことである。
本発明の治療方法によれば、式Iの化合物、特にカルベジロールの望ましい治療効果は、前記化合物のいずれか1つ、または前記化合物の任意の医薬上許容される塩を、CHFの治療に有効な治療薬であるACE阻害剤、利尿薬および強心配糖体と併用することにより、増強することができる。特に、本発明の好ましいACE阻害剤はカプトプリル、リシノプリル、フォシノプリルおよびエナラプリル並びにそれらの任意の医薬上許容される塩から成る群より選択され、そして本発明の好ましい利尿薬はヒドロクロロチアジド、フロセミドもしくはトラセミドまたはそれらの任意の医薬上許容される塩である。本発明の好ましい強心配糖体はジゴキシン、β-メチルジゴキシンまたはジギトキシンである。組み合わせて投与すると、そのようなACE阻害剤または利尿薬または強心配糖体の効果と式Iの化合物、特にカルベジロールの望ましい治療効果とか付加される。カプトプリルはE.R.Squibb & Sons,Inc.から市販されており、リシノプリル、エナラプリルおよびヒドロクロロチアジドはMerck & Co.から市販されている。フロセミドはHoechst-Roussel Pharma-ceuticals,Inc.から市販されている。ジゴキシンはBurroughs Wellcome Co.およびBoehringer Mannheim GmbHから市販されている。ジギトキシン、β-メチルジゴキシン、フォシノプリオルおよびトラセミドはBoehringer Mannheim GmbHから市販されている。
式Iの化合物は、便利には米国特許第4,503,067号明細書に記載されたようにして調製することかできる。カルベジロールはSmithKline Beecham CorporationおよびBoehringer Mannheim GmbH(ドイツ)から市販されている。
単独でのまたはACE阻害剤もしくは利尿薬もしくは強心配糖体と組み合わせた式Iの化合物(カルベジロールを含む)の医薬組成物は、本発明に従って任意の医学的に許容される方法で、好ましくは経口で、患者に投与することができる。非経口投与用の医薬組成物は、適当な容器(例えばアンプル)中に貯蔵された無菌注射液の形、または水性もしくは非水性液体懸濁液の形であろう。医薬担体、希釈剤または賦形剤の性質および組成は、もちろん意図する投与経路、例えば静脈内注射によるのか筋肉内注射によるのか、に依存するだろう。
本発明に従って使われる式Iの化合物の医薬組成物は、非経口投与用に溶液としてまたは凍結乾燥粉末として製剤化することができる。粉末は適当な希釈剤または他の医薬上許容される担体の添加により使用前に再構成することができる。液体製剤は通常は緩衝化された等張水溶液である。適当な希釈剤の例は規定等張塩溶液、標準5%ブドウ糖水溶液または緩衝化された酢酸ナトリウムもしくは酢酸アンモニウム溶液である。そのような製剤は特に非経口投与に適当であるが、経口投与に使ってもよく、または計量吸入器もしくはガス注入用噴霧器(ネブライザー)の中に入れてもよい。エタノール、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、ヒドロキシセルロース、アカシア、ポリエチレングリコール、マンニトール、塩化ナトリウムまたはクエン酸ナトリウムのような賦形剤を添加することが望ましいかもしれない。
あるいは、それらの化合物を経口投与用にカプセル化し、錠剤化し、または乳液もしくはシロップ中に調剤することができる。組成物を増強もしくは安定化するために、または組成物の調製を容易にするために、医薬上許容される固体または液体担体を添加してもよい。液状担体としては、シロップ、落花生油、オリーブ油、グリセリン、食塩水、エタノールおよび水が挙げられる。固形担体としては、デンプン、ラクトース、硫酸カルシウムニ水和物、石膏、ステアリン酸マグネシウムもしくはステアリン酸、タルク、ペクチン、アカシア、寒天またはゼラチンが挙げられる。担体は、単独でまたはワックスと共に、グリセリルモノステアレートまたはグリセリルジステアレートのような徐放性物質を含んでもよい。固形担体の量は異なるが、好ましくは投与単位あたり約20mg?約1gであろう。医薬製剤は、錠剤形には粉砕、混合、造粒および必要な時は圧縮;または硬質ゼラチンカプセル形には粉砕、混合、造粒および充填、を含む常用の製剤技術に従って製造される。液状担体が使われる時、製剤はシロップ剤、エリキシル剤、乳剤または水性もしくは非水性懸濁液の形態であろう。そのような液体製剤は直接p.o.投与されるかまたは軟質ゼラチンカプセル中に充填することができる。
上述の二元的性質を有する化合物は、好ましくは三段階投薬スキームに従って投与される。このスキームは、規定の維持量を与えるまでの或る期間に渡り活性成分の増分用量を患者に投与するという事実によって特徴づけられる。この維持量を100%である設定値として定義すると、第一期の投薬摂生(application regimen)が7?28日の期間に及び、そこでは設定量の10?30%のみが投与される。この期の後、、第二の投薬摂生が続き、この第二期では7?28日の期間に渡り設定量の20?70%の用量が患者に投与される。第二期の終了後、第三の投薬期間が続き、そこでは完全な1日設定量(維持量)が毎日投与される。1日維持量は前記活性成分10?100mgの範囲で異なることができる。
カルベジロールの場合、本発明に従った病気の治療のためのヒトへの投与は、好ましくは1日2回与えられる式Iの化合物(特にカルベジロール)約3.125?約50mgの用量範囲を越えるべきではない。患者を式Iの所望の化合物(特にカルベジロール)の低用量摂生から出発し、そのような化合物に対する周知の不耐症(例えば失神)について患者をモニタリングすべきであることは当業者の容易に理解するところであろう。患者がそのような化合物に対して耐容であるとわかったら、ゆっくりと増分的に維持用量まで持ってくるべきである。好ましい治療過程は、患者を3.125または6.25mg活性成分/1投与単位(好ましくは1日2回投与される)を含む製剤での7?28日間に渡る投薬摂生で開始することである。特定の患者に対する最も適当な初回量の選択は、体重を含むがそれに限定されない周知の医学理論を使って医師により決定される。患者が医学上許容される該化合物の耐容性を示す場合には、2週間の終了時に用量を倍増し、追加の期間に渡り、好ましくはもう2週間に渡り、患者を新たな高用量に維持し、そして不耐症の徴候について観察する。患者が維持量に到達するまでこの過程を続ける。好ましい維持量は、85kgまでの体重を有する患者について25.0mgの活性成分/1単位(好ましくは1日2回投与される)てある。85kgを越える体重を有する患者については、維持量は約25.0mg?約50.0mgであり、好ましくは1日2回投与され;好ましくは約50mgの活性成分/1単位であり、好ましくは1日2回投与される。
本発明は、哺乳類においてうっ血性心不全に起因する死亡率を減少させるための治療方法にも関し、該方法は次のスケジュールに従って、カルベジロールの有効量をそれを必要とする前記哺乳類に投与することを本質的に含んで成る:
(a)3.125または6.25mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、7?28日間の期間に渡り投与し、
(b)その後、12.5mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、追加の7?28日間の期間に渡り投与し、そして
(c)最後に、25.0mgまたは50.0mgカルベジロール/1単位を含有する医薬製剤を1日1回または2回、維持量として投与する。
本発明に従った病気の治療のためのヒトへの投与は、式Iの化合物と常用薬剤との併用を包含する。例えば、ヒドロクロロチアジドの一般的成人量は1回量または分割量として1日25?100mgである。エナラプリルの推奨される出発量は1日1回または2回投与される2.5mgである。エナラプリルの通常の治療量範囲は、1回量または分割量として投与される1日5?20mgである。大部分の患者については、カプトプリルの通常の初回1日量は1日3回(tid)25mgであり、大部分の患者に1日3回(tid)の50または100mgの投与で十分な臨床的改善が見られる。
本発明の組成物において使われる化合物の好ましい実際量は、処方される特定の組成、投与形式、特定の投与部位および治療しようとする宿主に応じて異なるだろう。
式IIの化合物を含む式Iの化合物を本発明に従って使用する時、許容できないような毒性作用は全く予想されない。以下に記載する実施例は本発明の範囲を限定するためのものではなく、本発明の化合物の使い方を具体的に説明するために与えられる。その他の多くの実施態様は当業者に容易に明らかであろう。
実験
CHF患者における死亡率研究
要約。β-アドレナリン作用の遮断が心不全(CHF)を有する生存者に対する交感神経系の有害作用を阻害することができるかどうかを調べるために、先を見越して1052人のCHF患者をマルチセンター試行プログラムに登録し、その登録患者を無作為に偽薬(プラシーボ)(PBO)またはカルベジロール(CRV)での6?12カ月の治療に割り当てた(二重盲目試験)。共通のスクリーニング期間の後、クラスII?IVのCHF(CIの分類の定義については次の段落を参照のこと)および<0.35の駆出率を有する患者を、6分間の歩行試験での遂行能力に基づいて4つのプロトコールの1つに割り当てた。ジゴキシン、利尿薬およびACE阻害剤による現行療法にPBOまたはCRVを加えた。先を見越して作製したデータ&セイフティーモニタリングボード(DSMB)によりあらゆる原因の死亡率をモニタリングした。登録から25カ月後、DSMBは生存者に対するCRVの好結果のためにプログラムの終結を勧めた。死亡率はPBOグループで8.2%であったがCRVグループではわずか2.9%であった(P=0.0001、Cochran-Mantel-Haensel分析)。これは、CRVによる死亡の危険性が67%減少することを意味する(95%CI:42%→81%)。治療効果はクラスIIとクラスIII?IVの症状を有する患者とで同様であった。死亡率はクラスII患者で5.9%から1.9%に減少し、68%の減少(95%CI:20%→97%)〔P=0.015〕、クラスIII?IV患者では11.0%から4.2%に減少し、67%の減少(95%CI:30%→84%)〔P=0.004,log-rank〕であった。重要なのは、CRVの効果が虚血性心臓病(危険性が67%減少した、P=0.003)と非虚血性拡張型心筋症(危険性が67%減少した、P=0.014)において同様であったことである。結果として、従来の療法へのCRVの追加は、慢性CHF患者の死亡率の実質的(67%)減少に関連づけられる。治療効果は広範囲の重症度および病因に渡って観察される。
本明細書中で用いる時の「クラスII CHF」とは、身体運動の軽度または中程度の制限を引き起こす心臓病を有する患者を意味する。これらの患者は静止していると楽である。普通の運動をすると疲労、動悸、呼吸困難、またはアンギナ性痛を生じる。「クラスIII CHF」とは、身体運動の顕著な制限を引き起こす心臓病を有する患者を意味する。これらの患者は静止していると楽である。普通以下の運動でも疲労、動悸、呼吸困難、またはアンギナ性疼痛を生じる。「クラスIV CI」とは、不快感、症状または心不全を伴わずにどんな身体運動も行うことができなくなる心臓病を有するかまたはアンギナ性症候群の患者を意味する。「普通以下の身体運動」とは、ひと続きの階段を昇ることまたは200ヤード(182.88メートル)を歩くことを意味する。
研究計画:利尿薬、ACE阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグラウンド療法を実施中の患者を、基準の最大下運動能力に基づいて次の4つの試行の1つに層別化した:
・研究220、第一次終点として運動試験についての中程度(NYHA II?IV)CHFにおける用量応答研究。
・研究221、第一次終点として運動試験についての中程度(NYHA II?IV)CIにおける用量滴定研究。
・研究239、第一次終点として生活の質についての重度(NYHA III?IV)CHFにおける用量滴定研究。
・研究240、第一次終点としてCHFの進行についての軽度(NYHA II?III)CHFにおける用量滴定研究。
米国の64箇所のセンターがこの試験プログラムに参加した。全所がプロトコール239と240を実施し、33箇所がプロトコール220をそして31箇所がプロトコール221を実施した。
各試験はそれぞれ独自の個別の目標を有したが、先を見越して定められた全体的なプログラム目標は全ての原因の死亡率の評価であった。計画した1100人の患者の登録に基づいて、試験期間に渡る偽薬グループの死亡率を12%と仮定すると、プログラムはカルベジロールと偽薬の間での死亡率の50%減少(両側での)を検出するのに90%の検出率を有した(α=0.05)。
無作為化に先立って前記4つのプロトコールに共通したスクリーニングとチャレンジ期間が置かれた。スクリーニング期間の目的は、研究に入る患者を量化して再現性のある基準測定値を得ること、そして最大下運動試験に基づいて適当な試行に患者を層別化することであった。チャレンジ期間の間、患者はラベル公開下で低用量カルベジロール(6.25mg b.i.d.)を二週間投与された。この用量を耐容できない患者は無作為化に進めなかった。低用量カルベジロールを耐容する患者を次いで盲目薬物治療(カルベジロールか偽薬)に向けて無作為化し、6.25mg?50mg b.i.d.の範囲のカルベジロール(または同等レベルの偽薬)を使って数週間に渡り用量滴定した。各実験の維持期間は6?12カ月に及び、その後、患者は延長研究においてラベル公開下でカルベジロールを受ける選択権を有した。
結果。下記に与える分析は、DSMBが試験を終わらせるよう勧告を行ったデータセットに相当する。このintent-to-eat分析には、1995年1月20日より米国試験に登録された全患者が含まれ;624人がカルベジロールをそして356人が偽薬を投与された。患者のベースライン特徴の分析(表1)は、無作為化したグループ間で良好なバランスを示す。

このプログラムの全死亡率結果を表2に示す。治療目的期間中に起こった全ての死亡が含まれる。カルベジロールでの治療は全ての原因での死亡率の危険性を67%減少させた。幾つかのベースライン特徴による死亡率の分析は、これがCIの重症度または病因に関係なく広範囲の効果であることを証明する。この効果は軽い心不全患者にも中程度?重度の心不全患者にも一様であった。同様に、死亡率の減少率は虚血性心不全患者と非虚血性心不全患者において同等であった。

今までの記載は本発明の化合物の使用法の例示である。しかしながら、本発明は本明細書中に記載されるそのままの態様に限定されるのではなく、下記に記載する請求の範囲内に含まれる全ての変更を包含する。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2015-11-19 
結審通知日 2015-11-24 
審決日 2015-12-07 
出願番号 特願平8-523982
審決分類 P 1 113・ 121- ZA (A61K)
最終処分 一部成立  
前審関与審査官 瀬下 浩一  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 村上 騎見高
前田 佳与子
登録日 2004-04-16 
登録番号 特許第3546058号(P3546058)
発明の名称 うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用  
代理人 高石 秀樹  
代理人 杉本 進介  
代理人 浅井 賢治  
代理人 辻居 幸一  
復代理人 佐野 辰巳  
代理人 平山 孝二  
代理人 高橋 隆二  
代理人 小川 信夫  
代理人 奥村 直樹  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 箱田 篤  
代理人 奥村 直樹  
代理人 辻居 幸一  
代理人 高石 秀樹  
代理人 小川 信夫  
代理人 平山 孝二  
代理人 浅井 賢治  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 箱田 篤  

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