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審決分類 審判 全部無効 特29条の2  C22C
審判 全部無効 2項進歩性  C22C
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1322555
審判番号 無効2013-800214  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-02-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-11-08 
確定日 2016-06-28 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3582504号発明「熱間プレス用めっき鋼板」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許第3582504号の請求項1?7に係る発明は、平成13年8月31日に特許出願され、平成16年8月6日にその特許の設定登録がなされたものである。
これに対し、JFEスチール株式会社から平成25年11月8日付けで請求項1?7に係る発明の特許について無効審判の請求がなされたところ、その後の手続の経緯は、おおむね次のとおりである。

平成26年 2月 7日 答弁書、訂正請求書
平成26年 3月31日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成26年 4月30日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成26年 5月 7日 手続補正書(請求人)
平成26年 5月22日 口頭審理陳述要領書(その2)
(被請求人)
平成26年 5月27日 第1回口頭審理

第2.訂正請求について
平成26年2月7日付けの訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)は、本件特許の願書に添付した明細書及び図面について、訂正請求書に添付した訂正明細書及び図面のとおりに一群の請求項ごとに訂正することを請求するものであって、その訂正の内容は次のとおりである。

1.訂正事項
1-1.請求項1?6からなる一群の請求項に係る訂正(以下、「本件訂正1」という。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」を「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1において、「プレスされ」を「プレスされ焼き入れされ」と訂正する。
(3)訂正事項3
明細書の段落【0020】において、「亜鉛めっき鋼板」を「亜鉛系めっき鋼板」と訂正する。
(4)訂正事項4
明細書の段落【0022】において、「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」を「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と訂正する。
(5)訂正事項5
明細書の段落【0022】において、「プレスされ」を「プレスされ焼き入れされ」と訂正する。
(6)訂正事項6
明細書の段落【0036】において、「亜鉛及び亜鉛合金めっき」を「亜鉛合金めっき」と訂正する。
(7)訂正事項7
明細書の段落【0040】において、「制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、」を「制限がなく、」と訂正する。
(8)訂正事項8
明細書の段落【0041】を削除する。
(9)訂正事項9
明細書の段落【0050】において、「【実施例】」を「【参考例】」と、「[実施例1]」を「[参考例1]」と訂正する。
(10)訂正事項10
明細書の段落【0057】における【表2】の「備考欄」において、「実施例」を「参考例」と訂正する。
(11)訂正事項11
明細書の段落【0058】において、「[実施例2]」を「[参考例2]」と、「実施例1」を「参考例1」と訂正する。
(12)訂正事項12
明細書の段落【0060】における【表3】の「備考欄」において、「実施例」を「参考例」と訂正する。
(13)訂正事項13
明細書の段落【0061】において、「[実施例3]」を「[参考例3]」と、「実施例1」を「参考例1」と訂正する。
(14)訂正事項14
明細書の段落【0063】における【表4】の「備考欄」において、「実施例」を「参考例」と訂正する。
(15)訂正事項15
明細書の段落【0064】において、「[実施例4]」を「[実施例]」と、「実施例1」を「参考例1」と訂正する。
(16)訂正事項16
明細書の段落【0066】における【表5】の「備考欄」の「実施例」を、例No.1、例No.4、例No.5、例No.6、例No.7では「参考例」と訂正する。
1-2.請求項7に係る訂正(以下、「本件訂正2」という。)
(1)訂正事項17
特許請求の範囲の請求項7において、「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」を「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と訂正する。
(2)訂正事項18
特許請求の範囲の請求項7において、「プレスされ」を「プレスされ焼き入れされ」と訂正する。
(3)訂正事項19
明細書の段落【0026】において、「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」を「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と訂正する。
(4)訂正事項20
明細書の段落【0026】において、「プレスされ」を「プレスされ焼き入れされ」と訂正する。

2.訂正の適否
2-1.本件訂正1について
2-1-1.訂正の目的の適否、新規事項追加の有無、及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
本件訂正前の請求項1では、鋼板の表面のめっき層について、亜鉛と亜鉛系合金であることを特定していたが、訂正事項1により、本件訂正後の請求項1では、亜鉛めっき層を除外し、亜鉛系合金めっき層について「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と亜鉛合金に含まれる元素を具体的に記載することで、亜鉛系合金めっき層が限定されたから、この訂正事項1は、特許法第134条の2第1項第1号のただし書第1号に該当する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項追加の有無、及び実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
願書に添付された明細書には、
(ア)「例えば亜鉛-鉄合金めっき、亜鉛-12%ニッケル合金めっき、亜鉛-1%コバルト合金めっき、55%アルミニウム-亜鉛合金めっき、亜鉛-5%アルミニウム合金めっき、亜鉛-クロム合金めっき、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、スズ-8%亜鉛合金めっき、亜鉛-マンガン合金めっきなどである。」(段落【0038】)
(イ)「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。その他原料等から不可避的に混入することがあるBe、B、Si、P、S、Ti、V、W、Mo、Sb、Cd、Nb、Cu、Sr等のうちのいくつかが含有されることもある。」(段落【0040】)
との記載がなされているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。
また、上記アで述べたように、訂正事項1は、亜鉛合金に含まれる元素を元素を具体的に記載し、亜鉛系合金めっき層を限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張するものではないし、変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。
(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否
本件訂正前の請求項1では、熱間プレス用鋼板について、熱間プレス後に焼き入れを行わないものも含まれていたが、訂正事項2により、本件訂正後の請求項1では、熱間プレス後に焼き入れを行うもののみに限定されたから、この訂正事項1は、特許法第134条の2第1項第1号のただし書第1号に該当する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項追加の有無、及び実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
願書に添付された明細書には、
(ア)「素地鋼材
本発明にかかる熱間プレス用の素地鋼材は、溶融亜鉛系めっき時のめっき濡れ性、めっき後のめっき密着性が良好であれば特に限定しないが、熱間プレスの特性として、熱間成形後に急冷して高強度、高硬度となる焼き入れ鋼、たとえば下掲の表1にあるような鋼化学成分の高張力鋼板が実用上は特に好ましい。」(段落【0029】)
(イ)「このようにして加熱され、表面にバリア層が形成された本発明にかかる熱間プレス用鋼板には、次いで、熱間プレス成形が行われるが、このときの熱間プレス成形は特に制限はなく、通常行われているプレス成形を行えばよい。熱間プレス成形の特徴として成形と同時に焼入れを行うことから、そのような焼入れを可能とする鋼種を用いることが好ましい。もちろん、プレス型を加熱しておいて、焼き入れ温度を変化させ、プレス後の製品特性を制御してもよい。」(段落【0048】)
との記載がなされているから、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。
また、上記アで述べたように、訂正事項2は、熱間プレス用鋼板について、熱間プレス後に焼き入れを行うもののみに限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張するものではないし、変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。
(3)訂正事項3?16について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項3?8は、それぞれ、明細書の段落【0020】、段落【0022】、段落【0036】、段落【0040】、段落【0041】を訂正事項1又は2の訂正と整合させるために訂正するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項9?16は、それぞれ、明細書の段落【0050】、段落【0057】、段落【0058】、段落【0060】、段落【0061】、段落【0063】、段落【0064】、段落【0066】において、実施例を参考例と訂正するものであり、訂正事項1及び2と整合させるためのものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項追加の有無、及び実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項1及び2は、いずれも、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張するものではないし、変更するものでもないから、この訂正事項1及び2に係る訂正との整合を目的とした訂正事項3?16に係る訂正も、新規事項追加するものではないし、実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更するものでもないことは明らかである。
よって、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第5及び6項に適合する。
2-1-2.一群の請求項についての訂正の可否
ア 本件訂正1に係る訂正後の本件特許の請求項2?6は、請求項1を引用しているから、訂正後の請求項1?6は一群の請求項を構成する。
イ 訂正事項3?16は、訂正後の請求項1?6と関係している。
ウ そうすると、本件訂正請求1は、特許法第134条の2第9項で引用する同法126条第4項に適合するものである。
2-2.本件訂正2について
2-2-1.訂正の目的の適否、新規事項追加の有無、及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
(1)訂正事項17について
ア 訂正の目的の適否
本件訂正前の請求項7では、鋼板の表面のめっき層について、亜鉛と亜鉛系合金であることを特定していたが、訂正事項17により、本件訂正後の請求項7では、亜鉛めっき層を除外し、亜鉛系合金めっき層について「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と亜鉛合金に含まれる元素を具体的に記載することで、亜鉛系合金めっき層を限定されたから、この訂正事項17は、特許法第134条の2第1項第1号のただし書第1号に該当する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである
イ 新規事項追加の有無、及び実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
本訂正事項は、訂正事項1と実質的に同じであるから、訂正事項1について述べたものと同じ理由により、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、実質上特許請求の範囲を拡張、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第5及び6項に適合する。
(2)訂正事項18について
ア 訂正の目的の適否
本件訂正前の請求項7では、熱間プレス用鋼材について、熱間プレス後に焼き入れを行わないものも含まれていたが、訂正事項18により、本件訂正後の請求項7では、熱間プレス後に焼き入れを行うもののみに限定されたから、この訂正事項18は、特許法第134条の2第1項第1号のただし書第1号に該当する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項追加の有無、及び実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
本訂正事項は、訂正事項2と実質的に同じであるから、訂正事項2について述べたものと同じ理由により、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第5及び6項に適合する。
(3)訂正事項19及び20について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項19及び20は、共に、明細書の段落【0026】の記載を訂正事項17及び18の訂正と整合させるために訂正するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項追加の有無、及び実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項17及び18は、いずれも、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、この訂正事項17及び18に係る訂正との整合を目的とした訂正事項19及び20に係る訂正も、新規事項追加するものではないし、実質上の特許請求の範囲の拡張又は変更するものでもないことは明らかである。
よって、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第5及び6項に適合する。
2-3.請求人は、平成26年5月7日付けで補正された同年4月30日の付けの口頭審理陳述要領書(以下、「請求人口頭審理陳述要領書」という。)において、願書に添付された明細書の段落【0038】には、「亜鉛-12%ニッケル合金めっき」、「亜鉛-1%コバルト合金めっき」、「スズ-8%亜鉛合金めっき」が記載され、同明細書の段落【0066】の【表5】には、めっき種として、「亜鉛-12%ニッケル合金めっき」、「亜鉛-1%コバルト合金めっき」等が記載されているものの、同段落【0040】の記載を考慮しても、後述する甲第16号証の記載からみて、「亜鉛-12%ニッケル合金めっき」を「亜鉛-ニッケル合金めっき」に、「亜鉛-1%コバルト合金めっき」を「亜鉛-コバルト合金めっき」に、「スズ-8%亜鉛合金めっき」を「スズ-亜鉛合金めっき」に置き換え、「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」を「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層」を含むめっき層に訂正すること、すなわち、訂正事項1及び17は、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないとの主張をしている。
しかし、願書に添付された明細書の段落【0040】には、「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。・・・。」(下線は当審が付与した。)と記載されており、この記載に基づけば、亜鉛めっき層に添加するニッケル、コバルト、スズなどの添加元素の量について、その目的に応じて適宜量とすればよいとの説明がなされているといえるから、亜鉛-12%ニッケル合金めっき、亜鉛-1%コバルト合金めっき、スズ-8%亜鉛合金めっき以外の亜鉛合金めっきが開示されていないとすることは合理的でない。
よって、訂正事項1及び17は適法な訂正事項であり、請求人の主張は採用することができない。

第3.本件特許発明
上記第2.のとおり、本件訂正請求は認められるから、本件特許発明は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。
【請求項2】
前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る請求項1記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項3】
前記めっき層の片面当たりの付着量が90g/m^(2)以下である請求項1または2記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項4】
前記めっき層を鋼板表面に直接設けた熱間プレス用鋼板であって、該めっき層におけるFe含有量が80質量%以下である請求項1ないし3のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項5】
前記鋼板のC含有量が0.1 %以上、3.0 %以下である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項6】
前記鋼板が780MPa級以上の高強度鋼板である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項7】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼材表面に有することを特徴とする700 ?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼材。」(以下、それぞれ、「本件特許発明1?7」という。)
第4.請求人の主張の概要と証拠方法
1.請求人の主張の概要
請求人は、「特許第3582504号の特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め」、審判請求書と共に証拠方法として甲第1?11号証を、口頭審理陳述要領書とともに甲第12?20号証を提出しており、審判請求書、口頭審理(口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書を含む)、手続補正書において、主張したことを整理すると、概ね次のとおり主張している。
(1)無効理由1
本件特許発明1?5及び7は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(2)無効理由2
本件特許発明1?3は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第6号証に記載された発明を適用することによって、本件特許発明4?7は、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証?甲第7号証に記載された発明を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(3)無効理由3
本件特許発明1?5及び7は、甲第2号証?甲第5号証に記載された発明を考慮すると、甲第8号証に記載された発明であり、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(4)無効理由4
本件特許明細書の請求項1?7の記載は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていないから、これら請求項に係る本件特許発明の特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(5)無効理由5
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、請求項1?7に係る本件特許発明の特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

2.甲号証の記載事項及び視認事項
請求人が証拠方法として提出した甲号証の記載事項及び視認事項は、それぞれ次のとおりである。
(1)甲第1号証:特開2000-234153号公報
(1-1)「【請求項1】 重量%で、
C :0.01?0.20%、
Si:0.01?3.0 %、
Mn:0.01?3.0 %、
P :0.002 ?0.2 %、
S :0.001 ?0.020 %、
Al:0.005 ?2.0 %、
N :0.0002?0.01%、
Mo:0.01?1.5%、
を含有し、更に重量%で、
Cr:0.01?1.5%、
Nb:0.005 ?0.10%、
Ti:0.005 ?0.10%、
V :0.005 ?0.10%、
B :0.0003?0.005 %、
の1 種または2 種以上を含有せしめ、その範囲が、
25<28×√Si+60 ×√P+75×√Mo+35 ×√Cr+38 ×√Nb+30 ×√Ti+42 ×√V+420 ×√B ≦140 …式(A)
を満足し、かつ残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする熱処理硬化能に優れた薄鋼板。
・・・
【請求項4】 請求項1、請求項2、又は請求項3に記載の薄鋼板を用いて、少なくとも強度が必要な部位に2%以上の塑性歪みが加わるプレス成形を200℃?850℃の温度で行うことを特徴とする高強度プレス成形体の製造方法。」(特許請求の範囲の請求項1、4)
(1-2)「【発明の属する技術分野】本発明は、自動車の構造用部品などのように、構造上の強度、特に変形時の耐力および強度が必要とされる箇所に適用されるに好適な、プレス等による加工成形中に所定温度域で強度上昇熱処理がなされる成形体の素材として好適である熱処理硬化能に優れた薄鋼板およびその薄鋼板からなる高強度プレス成形体の製造方法に関するものである。本発明でいう熱処理硬化能とは温間成形中の強度上昇能を意味する。」(段落【0001】)
(1-3)「このような鋼板を得る方法としては、従来、プレス後に焼き付け塗装を行う際の熱を利用して強度を上昇させるBH鋼板(焼付硬化鋼板)がある。例えば、特開昭55-141526号公報、特開昭55-141555号公報に記載されるようなNb添加鋼において、鋼中のC ,N ,AI(当審注:Alの誤記と認める)含有量に応じてNbを添加して、at%でNb/( 固溶C +固溶N )をある範囲内に制限し、さらに、焼鈍後の冷却速度を制御することにより、鋼板中の固溶C 、固溶N を調整する方法や、特公昭61-45689 号公報に記載されるようなTiとNbの複合添加によって焼付硬化性を向上することが開示されている。」(段落【0003】)
(1-4)「【課題を解決するための手段】発明者らは、上記のような問題点を解決すべく、薄鋼板からなる各種成形材料や部品の形状を成形する上での加工性、部材や部品を成形中(例えばプレス中)熱処理することで硬化させる熱処理方法、および該鋼板からなる部品としてのプレス成形体の変形強度特性など鋭意研究を行って、本発明を成し遂げた。」(段落【0006】)
(1-5)「本発明の薄鋼板は、熱延鋼板、冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、各種表面処理鋼板の何れでも構わず、発明の効果を享受出来るが、該薄鋼板の少なくとも片面に1mg/m ^(2) 以上の亜鉛を含む層を付与すると、温間成形(例えば温間プレス)中の酸化や脱炭が防止され、 本発明の効果を最も有効に享受出来る。 少なくとも片面に1mg/m ^(2) 以上の亜鉛を含む層とは、電気めっき法、溶融めっき法、塗布法、蒸着法などいずれの方法で付与しても構わず、その方法は限定されるものではない。 また、1mg/m ^(2) 以上の亜鉛を含む層中には亜鉛以外の元素を含んでいても何ら差し支えない。」(段落【0028】)
(1-6)「加熱方法は、鋼板を事前に予熱しておき、直ちにプレス加工を行う方法が製造上最も安定である。 他の方法としては、金型にヒーターを埋め込み金型全体を保持する方法もある。温間成形の好ましい温度範囲(プレス時の温度)について検討した。プレス成形品の縦壁部( 図4 のA)のビッカース硬度(Hv)を温間温度を100?900℃まで50℃毎に設定してプレス成形しその後に測定した。 これを図3に示す。 強度上昇(Hv上昇)が認められる最低温度は200℃である。更に強度上昇から好ましくは250℃以上である。従来のBH鋼板の焼付温度は、温間成形の温度範囲より低温側である。本発明者等は、BH鋼板が固溶Cだけを用いるメカニズムであるのに対し、本発明は、温間成形時の強度上昇であり、MoやCr等の遷移金属との相互作用も加わるため、強度上昇のための温度域が、焼付硬化に比べ高温側に移るものと考えている。また、適用温度については、Ar_(3) 変態点である850℃以下で可能であるが、実ラインでのプレスをこの温度まで上昇させると金型に熱歪が発生して成型品の精度が低下する場合があったり、また、温度保持のための電源も大きくなり設備投資が膨らみ、消費電力が膨大となり経済的ではなくなる場合があるので、600℃以下とすることが好ましく、更には500℃以下とすることが好ましい。ただし、電源が大きくならない小物の部品についてはこの限りではない。」(段落【0032】)
(1-7)「【実施例】以下に本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。表1、表2に示す成分の鋼を溶製し、常法に従い連続鋳造でスラブとした。次いで、加熱炉中で1200℃まで加熱し、880℃の仕上げ温度で熱間圧延を行い、500 ℃の温度で巻取り後、酸洗を施し熱延鋼板とした。
また、熱延鋼板の一部は更に、70%の圧下率で冷間圧延を行った後、830℃の温度で60秒の再結晶焼鈍を行い冷延鋼板となした。また、一部は電気亜鉛めっきを施し鋼板の表層に亜鉛層を付与した。・・・。
また、別途、該鋼板をプレスにて成形し、図4に示すハット型のプレス成形品となした。このとき、しわ押さえ圧を調整し、たて壁部Aに平均で5%、平坦部Bに2%の塑性相当歪みを加えた。次に、金型にヒーターを埋め込み金型温度を昇温した。・・・。」(段落【0033】?【0035】)
(2)甲第2号証:溶接学会全国大会講演概要-第52集-、社団法人溶接学会、平成5年3月15日、110?111頁
(2-1)「Table 1. Test materials(当審訳:表1. 試験に用いた材料)」において、「Cw: Coating weight(g/m^(2))(当審訳:Cw:コーティング重量(g/m^(2)))」のCwが35?65であり、「Fe: Fe content (wt%) in coating(当審訳:Fe:コーティング中のFe含有量(wt%)」が10.6?14.0wt%であることが示されている。
(2-2)「合金化溶融亜鉛めっき鋼板のめっき表面にZnO系被膜が存在することにより、電極寿命が改善されることを見いだした。」(111頁下から7?8行)
(3)甲第3号証:特開平5-320854号公報
(3-1)「【作用】溶融亜鉛めっき処理された鋼板を、酸素濃度25%以上の酸化性雰囲気に保たれた高周波誘導加熱炉に導入し合金化処理することにより、めっき層の上層に緻密で且つ均一な酸化皮膜(ZnO)が形成される。高周波誘導加熱炉内の雰囲気の酸素濃度が25%未満では、酸化皮膜の付着量が十分ではなく、鋼板各部での酸化皮膜の形成が不均一になり易い。」(段落【0008】)
(3-2)「【実施例】
〔実施例1〕図1に示すラインにおいて、板厚0.80mmの冷延鋼板を溶融亜鉛めっき(めっき目付量:片面当り60g/m^(2))した後、表1に示す炉内雰囲気に保たれた高周波誘導加熱方式の合金化炉で合金化処理し、合金化めっき層中のFe%が10±0.5wt%の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造した。得られた鋼板のめっき皮膜上層(ZnO量)の酸化皮膜量とスポット溶接連続打点数による溶接性試験の結果を表1に併せて示す。」(段落【0035】)
(4)甲第4号証:特開平11-229104号公報
(4-1)「合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、母材鋼板を加熱または焼鈍したのち溶融亜鉛めっきし、500?600℃に加熱して亜鉛めっき層をFe-Zn合金化して製造される。めっき付着量は、通常、片面当り20?70g/m^(2) 、めっき層中のFe含有量の平均値は通常8?12重量%である。付着量がこれよりも少ないものは通常の手段では製造が難しく、これよりも多いものはめっき層の耐パウダリング性が損なわれるので、一般には供給されていない。これらのめっき鋼板の母材としては、低炭素Alキルド鋼板、極低炭素Ti添加鋼板等が用いられている。」(段落【0003】)
(4-2)「通常、めっき層の合金化処理は400?600℃で大気雰囲気中で施される。このため、合金化処理後のめっき層表面には、Al酸化物(Al_(2)O_(3)など)およびZn酸化物(ZnOなど)などからなる、薄い酸化皮膜が生成する。めっき層には通常0.2?0.4重量%程度のAlが含有されるが、高温ではAlの酸化速度が速いために優先的に酸化され、生成する酸化皮膜にはAl酸化物が濃化される。合金化処理したままのめっき層表面の酸化皮膜中のAlとZnの重量比率は、通常の場合、Al/(Al+Zn)で0.3?0.5程度となる。」(段落【0026】)
(4-3)「合金化処理:亜鉛めっきされた鋼板には合金化処理が施される。合金化処理温度は、480?600℃とするのがよい。合金化処理時の加熱方法は、誘導加熱方式、直接通電、バーナー、赤外線による加熱など公知が適用できる。しかし、本発明のようにSiを含有する母材を用いると耐フレーキング性が劣化しやすい。耐フレーキング性を損なわないために合金化時は20℃/秒以上で急速加熱するのが好ましく、急速加熱が可能な誘導加熱方式や直接通電などがよい。処理時間は、めっき層中のFe含有量が9?11%の範囲になるように調整すればよい。合金化処理後は、強制空冷、ミスト冷却などにより急速冷却すれば合金化度の制御精度が向上するので好ましい。」(段落【0050】)
(5)甲第5号証:特開平10-195621号公報
(5-1)「【請求項1】 めっき層表層に200Å以上の酸化膜を有し、めっき層中にTi0.1?5重量%,Fe5?20重量%を含有することを特徴とする美麗で密着性に優れる着色合金化溶融Znめっき鋼板。」(特許請求の範囲の請求項1)
(5-2)「【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記の課題を解決するために種々検討した結果、Znめっき浴中に所定量の特定の金属を含有させてめっき後、合金化炉を用いて所定の加熱条件化でZn-Fe合金化と共に酸化膜を形成させることにより、表面が着色し、美麗でかつめっき密着性に優れる、従来にない合金化溶融Znめっき鋼板が得られることを見いだした。本発明は、この新知見を元に完成した。」(段落【0004】)
(6)甲第6号証:特開2000-38640号公報
(6-1)「本発明では一連の熱間圧延(場合によっては冷間圧延)によって得られた鋼板を、必要に応じて再度冷間圧延して所望最終厚さにした後、アルミニウムをベースとする被覆材、例えば8?11%の珪素、2?4%の鉄を含むアルミニウム浴中でアニール被覆(revetue au trempe)する。得られた鋼板は熱処理後に高い機械強度を有し、高い耐食性と良好な塗装性および接着性を有する。」(段落【0009】)
(6-2)「この鋼板の金属の熱処理はオーブン中でオーステナイト変態開始点の温度Ac1、例えば750℃から1200℃の間の温度に加熱して行う。加熱時間は希望温度と部品の鋼板の厚さに依存する。鋼板組成は熱処理時に粒子が増加するのを制限するように最適化する。目標とする組織が完全なマルテンサイトの場合は、維持温度はオーステナイト形成の終了温度Ac3、例えば840℃以上にしなければならない。温度維持後は目標とする最終組織に合わせて冷却しなければならない。下記実施例の組成を有する完全なマルテンサイト組織の鋼の場合には、鋼板厚さが約1mmで、900℃で5分間オーステナイト化するために冷却速度を27℃/秒の焼入れ臨界速度以上にしなければならない。」(段落【0015】)
(7)甲第7号証:特開平9-13147号公報
(7-1)「【請求項1】 重量%で、
C :0.04?0.1%
Si:0.4?2.0%
Mn:1.5?3.0%
B :0.0005?0.005%
P:≦0.1%
Ti>4N
かつ、 Ti≦0.05%
Nb:≦0.1%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表層に合金化亜鉛めっき層を有し、合金化溶融亜鉛めっき層中のFe%が5?25%であることを特徴とする、引張強度800MPa以上の成型性及びめっき密着性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」(特許請求の範囲の請求項1)
(7-2)「さらに溶融亜鉛めっき浴から出てきたストリップは付着量を制御し合金化炉へ入る。合金化炉ではめっき層中のFeが5?25%になるよう加熱する。めっき層中のFeが5%未満であると合金化が十分でなく外観ムラ、めっき密着性不良などが発生しやすい。めっき層中のFeが25%を越える場合、全伸びについては大きな変化が見られないが過合金となり逆にパウダリング性の密着性不良が発生しやすい。表3のNo.16の例がこのような場合である。めっき密着性の観点からは15%超?25%が特に好ましい。従って、Fe%を5?25%の範囲で合金化させることとした。なお合金化処理の板温を550?700℃とすることでめっき層中のFeが5?25%とすることができた。550℃未満だとFe%が5%未満となることに加えベイナイト硬化相が生じて延性が悪くなる。700℃を超えるとめっき層中のFeが25%を超える。尚15%?25%の好ましい範囲とするための合金化処理板温は600?700℃である。」(段落【0016】)
(8)甲第8号証:特開2001-353548号公報
(8-1)「【請求項3】 被膜を形成する金属または金属合金が5μm-30μmの範囲の厚みの亜鉛または亜鉛ベース合金から成ることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】 金属間合金が亜鉛-鉄ベース化合物または亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
・・・
【請求項7】 型打ち、特に熱間型打ちによる部品の成形によって高い機械的硬度、高い表面硬度などの特性及び極めて優れた耐摩耗性をもつ部品を得るための、鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する金属または金属合金で被覆された圧延鋼板、特に熱間圧延鋼板の帯材の使用。」(特許請求の範囲の請求項3、4及び7)
(8-2)「本発明の別の特徴は:
-被膜を形成する金属または金属合金が5μm-30μmの範囲の厚みの亜鉛または亜鉛ベース合金から成る;
-金属間合金が亜鉛-鉄ベース化合物または亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物である;
-成形前及び/または熱処理前の被覆鋼板に700℃を上回る高温を作用させる;
-主として型打ちによって得られた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度で冷却することによって焼入れする;などである。」(段落【0007】)
(8-3)「圧延鋼板を例えば亜鉛または亜鉛-アルミニウム合金によって被覆し得る。」(段落【0019】)
(8-4)「部品を成形するためまたは熱処理するために、炉で鋼板に好ましくは700℃-1200℃の範囲の高温を作用させる。被膜によって酸化に対する障壁が形成されるので炉の雰囲気は管理不要である。亜鉛ベースの被膜は温度上昇に伴って処理温度に依存する種々の相を含む表面合金層に変態し、600HV/100gを上回る高い硬度をもつようになる。」(段落【0021】)
(8-5)「【実施例】実施例1:鋼に設けた亜鉛被膜
1つの実施態様では、以下の重量組成をもつ鋼から熱間圧延鋼板の帯材を製造する:
炭素:0.15%-0.25%
マンガン:0.8%-1.5%
ケイ素:0.1%-0.35%
クロム:0.01%-0.2%
チタン:0.1%以下
アルミニウム:0.1%以下
リン:0.05%以下
イオウ:0.03%以下
ホウ素:0.0005%-0.01%
厚み1mmの冷間圧延鋼板から、厚み約10μmの亜鉛被膜が両面に連続的にメッキされた部品を製造する。成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し、ツール内で焼入れする。被膜は低温及び高温の腐食防止及び脱炭防止などの本来の機能に加えて、成形処理中に潤滑剤の機能を果たす。合金被膜は焼入れ処理中にツールからの排熱を妨害することがなく、この排熱をむしろ促進する。全処理工程にわたって部品が基本の被膜によって確実に保護されているので、成形及び焼入れの後、部品の酸洗いまたは保護はもはや不要である。」(段落【0028】?【0029】)
(8-6)「実施例2:鋼に設けた亜鉛アルミニウム被膜
約1mmの鋼板に10μmの被膜を形成する。この被膜は50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り、任意に少量のケイ素を含有する。」(段落【0036】)
(8-7)「本発明方法の1つの実施態様を示す概略工程図」である図1をみると、「ツール」とはプレス成形のためのものであることが見て取れる。
(9)甲第9号証:特許第3582504号公報(本件特許公報)
(10)甲第10号証:特許第3582511号公報
(10-1)「ここに、本発明の課題は、いわゆる難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の材料とその製造方法を提供することである。
さらに本発明の具体的課題は、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、例えば難プレス成形材料である高張力鋼の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、かかる課題を解決する手段について種々の角度から鋭意検討の結果、前記のような難プレス成形材料をそのままプレス成形するのではなく、変形抵抗を低減させるべく高温状態でプレス成形を行い、同時にそのときに、後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく、もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いてその熱間プレス成形を行うというアイデアを得た。そして、これに基づき、腐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想した。しかし、熱間プレスは700 ?1000℃という温度で加熱することを意味するのであって、この温度は、亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であって、そのような高温に加熱した場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。
しかしながら、さらに、その後種々の検討を重ねる内に、加熱することによりめっき層と鋼板とが合金化することで何らかの変化が見られるのではないかとの見解を得て予備試験として各種めっき組成および各種雰囲気で、実際に700 ?1000℃の温度に加熱を行い、次いで熱間プレスを行ったところ、それまでの予測に反して、一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。」(段落【0014】?【0017】)
(10-2)「しかしながら、熱間プレスの工程においては様々な理由で、鋼板に充分すぎるあるいは過度な加熱が行われる場合がある。例えば同一鋼材を用いる場合でも高強度を発現させるため、通常想定されるケースよりは高温 (例えば900 ℃以上) あるいは長時間 (例えば5分以上) で加熱される場合、あるいは加熱ラインの異常以上停止や生産上の都合で、加熱ラインのスピードを遅らせる場合もある。このようなケースに遭遇しても安定した品質の熱間プレス品を得るための方法について本発明者らは検討した。
その結果、熱間プレス時の加熱段階で表面に生成するバリア層の主成分であるZnO 層を亜鉛めっき表面にあらかじめ積極的に生成させることで、過度な加熱あるいは高温の加熱が施される条件でも品質の良好な熱間プレス品が得られることを見出して、本発明を完成した。」(段落【0020】?【0021】)
(10-3)「

」(段落【0076】の【表2】)
(11)甲第11号証:平成24年(行ケ)第10151号判決
(11-1)「そもそも,合金は,通常,その構成(成分及び組成範囲等)から,どのような特性を有するか予測することは困難であり,また,ある成分の含有量を増減したり,その他の成分を更に添加したりすると,その特性が大きく変わるものであって,合金の成分及び組成範囲が異なれば,同じ製造方法により製造したとしても,その特性は異なることが通常であると解される。」(16頁16?20行)
(12)甲第12号証:特開2003-73774号公報(本件特許に係る特許出願の公開公報)
(13)甲第13号証:本件特許に係る特許出願の審査における平成16年4月2日付け拒絶理由通知書
(14)甲第14号証:本件特許に係る特許出願の審査における手続補正書
(15)甲第15号証:本件特許に係る特許出願の審査における意見書
(16)甲第16号証:特許庁、特許審査基準、「第I節 新規事項」、「第II節 発明の特別な技術的特徴を変更する補正」
(17)甲第17号証:米国特許第7673485号明細書
(18)甲第18号証:国際特許公開第03/035922号
(19)甲第19号証:本件特許に係る特許出願の「早期審査に関する事情説明書」
(20)甲第20号証:岡本篤樹、「当社の自動車用薄板製品と利用技術」、住友金属、48巻、4号、1996年、14?21頁
(20-1)「3.自動車用表面処理鋼板
・・・
1980年代はまだ鉄鋼会社では低炭素鋼が主流であったため加工性の良い鋼板の製造のし易さおよび外装に適した表面品質の得られ易さから電気めっき鋼板(SECA)が使用された。純亜鉛の電気めっきより数倍の耐食性があり薄目付けが可能なZn-Ni合金電気めっき鋼板(SZCA)はその代表で・・・使用されている.」(16頁右欄下から8行?17頁左欄8行)
(20-2)「第4図 代表的な自動車用防錆鋼板の皮膜構造」をみると、「Electro-plating」の「SZ:Zinc alloy」において、Zn-Ni皮膜が形成されていることが見て取れる。
第5.被請求人の主張の概要と証拠方法
1.請求人の主張の概要
被請求人は、答弁書と共に乙第1?3号証を提出すると共に、訂正請求書を提出し、口頭審理陳述要領書、及び口頭審理陳述要領書(その2)とともに乙第4?8号証を提出して、請求人の主張する理由及び証拠によっては本件特許発明を無効とすることはできないと主張している。

2.乙号証の記載事項及び視認事項
(1)乙第1号証:「岩波 理化学辞典 第5版(第2刷)」、株式会社岩波書店、1998年4月24日、1388頁
(1-a)「焼入れ・・・鋼をオーステナイト領域にまで加熱後,適当な冷却剤中で急冷し,マルテンサイト組織として硬化させる熱処理をいう.」(「焼入れ」の項)
(2)乙第2号証:「JIS ハンドブック 鉄鋼」、財団法人日本規格協会、1986年4月12日、24頁
(2-a)「Ac_(3)点:亜共析鋼において、加熱に際しα鉄からγ鉄へ、またはフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度。」(「Ac_(3)点」の項)
(2-b)「Ar_(3)点:冷却に際し、γ鉄からα鉄へ、またはオーステナイトからフェライトへの変態を始める温度。」(「Ar_(3)点」の項)
(2-c)「Ac_(1)点:加熱に際し、フェライト+セメンタイトからオーステナイトへの変態が始まる温度」(「Ac_(1)」の項)
(2-d)「Ar_(1)点:冷却に際し、オーステナイトからフェライト+セメンタイトへの変態が開始する温度」(「Ar_(1)」の項)
(3)乙第3号証:幸田成康監訳、「レスリー鉄鋼材料学(第2刷)」、丸善株式会社、昭和62年3月30日、272?273頁
(3-a)「Ac_(3)=910-203√%C-15.2(%Ni)+44.7(%Si)+104(%V)+31.5(%Mo)+13.1(%W) (VII-20)
Ac_(3)に対する式(VII-20)以外の含有成分の影響は、次項を追加することで補うことができる.
-[30(%Mn)+11(%Cr)+20(%Cu)-700(%P)-400(%Al)-120(%As)-400(%Ti)]」(273頁22?27行)
(4)乙第4号証:「第138・139回西山記念技術講座 表面処理技術の進歩と今後の動向」、社団法人日本鉄鋼協会、平成3年5月1日、46?51頁
(4-a)「2.3 合金めっき技術
この10余年の間に亜鉛めっきの主として耐食性向上の目的からいくつかの合金めっきが開発された。代表的なものを表4に示す。いずれも優れた耐食性を示すが、Zn-Ni・・・系は既に自動車用防錆鋼板として大量に生産されている。」(47頁12?22行)
(4-b)「表4 亜鉛系耐食電気合金めっき一覧」には合金系として、Zn-Co、Zn-Ni、Zn-Mnが記載されている。(47頁の表4)
(5)乙第5号証:電気鍍金研究会編「めっき教本(初版16刷)」、日刊工業新聞社、2004年10月8日、152?153頁
(6)乙第6号証:英国特許第1490535号
(6-a)「 The present invention provides a method of manufacturing a hardened steel article, in which a blank of hardenable steel is heated to hardening temperature and thereafter placed in a forming apparatus in which the blank is formed to the desired final shape by being subjected to substantial deformation and simultaneous rapid cooling,such that a martensitic and/or bainitic structure is obtained while the blank remains in the forming apparatus, which serves as a gauge for preventing distortion of the blank.」(1頁左欄23?34行)
(当審訳:本発明は、焼入可能な鋼のブランクを焼入温度にまで加熱し、その後、成形装置に入れ、そこでブランクに大きな変形を与えて所望の最終形状に成形し、同時に、ブランクのゆがみを防止するゲージとして作用する成形装置中にブランクがある間に、マルテンサイト及び/又はベイナイト組織が得られるように急速冷却する、焼入鋼部材の製造方法を提供するものである。)
(6-b)「The steel is heated to hardening temperature, i.e. to a temperature above A_(C3) where the steel will be in austenitic state. The steel preferably is heated to a temperature between 775℃. and 1000℃.」(1頁右欄71?75行)
(当審訳:鋼は焼入温度、すなわち鋼がオーステナイト状態になるAc_(3)を超える温度に加熱する。鋼は好ましくは、775℃から1000℃の間の温度に加熱される。)
(6-c)「In the preferred pressing operation the blank is formed between two tools or against one tool by means of some pressure medium.It is desirable to apply a quick-operating press so designed that the position and speed of the tool(s)can be controlled during the entire process. It is,thus,desired that forming takes place in less than five seconds, preferably less than three seconds, so that forming is completed before the desired hardening structure is attained.
The forming and cooling operation is ideally to be carried out so rapidly that a fine-grain martensitic and/or bainitic structure is obtained. The necessary rapidity depends on the analysis of the steel, i.e. on its Continuous Cooling Transfomation graph (CCT-graph).」(1頁右欄最下行?2頁左欄16行)
(当審訳:好ましいプレス工程においては、ブランクは2つの工具の間で、あるいは何らかの抑圧手段から成る方法によって1つの工具に押し付けられて、成形される。全工程を通じて工具の位置及び速度を調整できるように設計された、高速作動するプレス装置の適用が望ましい。そのようにして、所望の焼入組織になる前に成形が完了するように、成形は5秒以下で望ましくは3秒以下で実施されるのが望ましい。
成形及び冷却工程は、細粒なマルテンサイト及び/又はベイナイト組織が得られるように、急速に実施されるのが理想的である。必要な速度は、鋼の調査結果、すなわち、その連続冷却変態グラフ(CCTグラフ)を頼りにすればよい。)
(7)乙第7号証:「JISハンドブック 1鉄鋼I」、財団法人日本規格協会、2010年1月22日、29頁
(7-a)「図2 変態点 b)亜共析鋼」において、Ac_(3)はAr_(3)よりも高温側にあることが見て取れる。
(8)乙第8号証:西川精一著、「新版 金属工学入門(2版第2刷)」、株式会社アグネ技術センター、2006年8月31日、246?249頁
(8-a)「一般に固相中での反応は拡散によって進行するが,そのために反応が開始するのに時間がかかる.したがって冷却の際は過冷を起こしやすく,加熱の際は過熱を起こしやすい.この加熱の際と冷却の際の変態点を区別するため,前者ではc(chauffage),後者ではr(refroidissement)というフランス語の頭文字を使用する.たとえばA_(l)変態ではそれぞれAc_(l)及びAr_(l)となる.
Ar_(1)<A_(1)<Ac_(1)であるので,加熱-冷却によって変態点に履歴現象(hysteresis)が現れる.」(248頁2?8行)

第6.本件審判請求に係る審理範囲
第1回口頭審理調書に記載されたとおり、請求人口頭審理陳述要領書の
(1)2?15頁に記載の「特許請求の範囲の実質的変更」に記載された主張
(2)甲第17?19号証に係る主張
(3)15?24頁(第1回口頭審理調書では21頁と記載したが、これは、24頁の明らかな誤記である。)に記載の実施例がわずかであって、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていないという主張は、請求の趣旨及び理由を変更することが明らかであって、当審は、特許法第131条の2第2項の規定に基づく当該甲号証の提出及び主張の許可をしないとの請求理由の補正諾否の決定を行っており、これらに基づく主張は審理対象としない。
なお、上記(1)の主張は、甲第12?15号証を引用しているから、これら甲号証の記載事項も審理対象としない。また、本件特許発明1?7に関し、「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」前に「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層」は「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」ものでならなければならないという前提に立つ、同24?26頁における主張も上記(1)と実質的に同じ主張であるため審理対象としない。

第7.当審の判断
請求人が主張する無効理由について、無効理由4、5、1、2、3の順に検討する。
1.無効理由4について
(1)請求人が主張する無効理由4に係る特許法第36条第6項第1号及び第2号違反は、次のとおりである。
(ア)本件訂正後の特許明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の段落【0018】「・・・700 ?1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。このバリア層は、熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700 ?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。」との記載によれば、酸化皮膜が熱間プレスに先立つ加熱前に形成されているべきものと解されるが、請求項1及び7の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」との記載は、酸化皮膜が熱間プレスに先立つ加熱前に形成されているかどうかが明らかな記載でなく、仮に、「700?1000℃に加熱される」熱間プレスの加熱時に当該酸化皮膜が形成されるとすれば、この加熱のどの時点で当該酸化皮膜が形成されるのか不明である。
(イ)甲第10号証の【表2】の試番2?4、23の比較例は、ZnOの付着量が、それぞれ、1.2mgm^(-2)、8.2mgm^(-2)、6.5mgm^(-2)、2mgm^(-2)であって、プレス品の外観に「粉化物有」とされていることからみて、酸化皮膜の厚さが薄い場合に加熱時の亜鉛の蒸発を防止するバリア層としての効果がないといえから、本件特許発明における酸化皮膜は、「0.01?5.0μm」の厚さが必要と思われるが、請求項1及び7には、この厚さについての特定がされていない。
(ウ)甲第11号証の判示事項によれば、鋼板(鋼材)の発明において、サポート要件を満たすためには鋼の成分及び組成の特定が必要であるといえるところ、
(ウ-1)請求項1?4及び7において、「熱間プレス用」鋼板(鋼材)は、高強度鋼板(鋼材)とするための鋼成分の特定もしくは高強度鋼板(鋼材)としての特性の特定がないから、700?1000℃に加熱されて熱間プレス成形可能な鋼板(鋼材)であるかどうか不明であるし、
(ウ-2)請求項5に特定される範囲外のC含有量が0.1%未満の鋼板や同請求項に特定されるC含有量の範囲であっても実施例がない2.0%超え?3.0%の鋼板について熱間プレス成形が可能であるか否か明らかでないし、
(ウ-3)請求項6に特定された「780MPa級以上の高強度鋼板」を熱間プレスによって製造できることが記載されていないし、
(ウ-4)請求項1、7で特定される加熱温度の下限である700℃で焼き入れができるとの技術常識はない。
(エ)請求項7の「鋼材」という記載は不明確であり、発明の詳細な説明にサポートされていない。
(オ)「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」を鋼板表面に有する鋼板が「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」ことは、発明の詳細な説明にサポートされていない。
(2)請求人の主張について、順に検討する。
(2-1)(ア)について
ア 本件特許明細書の段落【0018】には、「そこで、700 ?1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。このバリア層は、熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700 ?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。」と記載され、バリア層、すなわち、酸化皮膜は、「熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700 ?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。」と記載されているから、この記載によれば、酸化皮膜は「熱間プレスに先立つ加熱前に」形成が終了していなければならないと解することはできない。
イ 一方、本件特許明細書の段落【0042】?【0043】には、
「鋼板の加熱/熱間プレス成形
上述のようにして用意された表層にバリア層を備えた亜鉛系めっき鋼板を次いで所定温度にまで加熱し、プレス成形を行う。本発明の場合、熱間プレス成形を行うことから、通常700 ?1000℃に加熱するが、素材鋼板の種類によっては、プレス成形性がかなり良好なものがあり、その場合にはもう少し低い温度に加熱するだけでよい。・・・通常は、上述のように700 ?1000℃に加熱する。
この場合の加熱方法としは電気炉、ガス炉や火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱等が挙げられる。また加熱時の雰囲気も特に制限はないが、予めバリア層が形成されている材料の場合には、そのようなバリア層の維持に悪影響を与えない限り、特に制限はない。」
と記載されており、バリア層、すなわち、酸化皮膜は、700?1000℃に加熱する前に予め形成されている場合といない場合があることが示されている。
ウ そして、本件特許明細書の段落【0064】には、
「[実施例]
表1に示す鋼種Aの成分をもち、厚さ1.0mm の鋼板を使用し、実験室でめっきを施した。電気めっきは実際の製造ラインで使用されているめっき浴を用い、実験室でめっきを施した。溶融めっきは実際の製造ラインで用いられる浴を実験室で再現して溶融めっきを行った。亜鉛-鉄めっきの合金化処理は550 ℃の溶融塩浴に浸漬する方法を用いた。得られためっき鋼板は参考例1と同様の熱間成形、評価を実施した。熱間プレスに先立つ加熱は、大気炉で850 ℃、3分間行った。」
と記載されており、電気めっきを施したものは大気炉で850 ℃、3分間という熱間プレスに先立つ加熱、すなわち、「700?1000℃に加熱される」熱間プレスの加熱時により酸化皮膜が形成されていることが理解できる。
エ そうすると、「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は、「700?1000℃に加熱される」熱間プレスの加熱前に形成されていてもよく、あるいは、ある程度形成されていて当該熱間プレス加熱時に形成が進んでもよく、さらには、当該熱間プレスの加熱により形成されていてもよい。すなわち、言い換えると、その形成(完了)は熱間プレス直前までに行われていればよいとみることが自然である。
オ よって、発明の詳細な説明を参照すれば、酸化皮膜の形成時期は明確であり、請求人の主張する記載不備は存在しない。
(2-2)(イ)について
ア 甲第10号証の(10-1)の記載は、本件特許明細書の段落【0014】?【0017】と実質的に同じであり、甲第10号証には、本件特許発明の技術思想が開示されている。
イ しかし、甲第10号証は、その(10-2)に記載されているように、「通常想定されるケースよりは高温 (例えば900 ℃以上) あるいは長時間 (例えば5分以上) で加熱される場合」、すなわち、「充分すぎるあるいは過度な加熱が行われる場合」でも、熱間プレス時の加熱段階で表面に生成するバリア層の主成分であるZnO 層を亜鉛めっき表面にあらかじめ積極的に生成させることで、品質の良好な熱間プレス品が得られるという知見をもとにした発明が記載されており、この知見については本件特許明細書には何ら記載されていない。
ウ すなわち、本件特許発明では、甲第10号証の上記知見の前提となる「通常想定されるケースよりは高温 (例えば900 ℃以上) あるいは長時間 (例えば5分以上) で加熱される」「充分すぎるあるいは過度な加熱が行われる場合」を考慮しておらず、甲第10号証の【表2】の試番2?4、23の比較例における900℃、8分という加熱条件で加熱することを想定していない。
エ そうすると、本件特許発明が想定していない加熱条件に基づく甲第10号証の【表2】の試番2?4、23の比較例の結果を基にして、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載不備を論じることはできず、請求人の主張はその前提において採用することができない。
オ 一方、請求項1及び7において酸化皮膜の厚さについて特定がなされていなくても、その厚さとしてどのくらいのものが適切かは、本件特許明細書の段落【0064】?【0067】の記載等を参照すれば、当業者であれば当然に把握することができるから、これら請求項の記載は明確であり、しかも、明細書に裏付けられているといえ、本件特許発明の範囲まで発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化することができないとはいえない。
(2-3)(ウ)について
ア 「熱間プレス用」鋼板(鋼材)という語は、「熱間プレス成形ができる鋼板(鋼材)」を意味することは明らかであるから、この語自体は明確のものである。
イ-1 本件特許明細書の記載をみると、その段落【0029】?【0032】には、
「素地鋼材本発明にかかる熱間プレス用の素地鋼材は、溶融亜鉛系めっき時のめっき濡れ性、めっき後のめっき密着性が良好であれば特に限定しないが、熱間プレスの特性として、熱間成形後に急冷して高強度、高硬度となる焼き入れ鋼、たとえば下掲の表1にあるような鋼化学成分の高張力鋼板が実用上は特に好ましい。
例えば、Si含有鋼やステンレス鋼のようにめっき濡れ性、めっき密着性に問題のある鋼種でもプレめっき処理等のめっき密着性向上手法を用いてめっき密着性を改善することで本発明に用いることができる。
鋼板の焼き入れ後の強度は主に含有炭素(C) 量によってきまるため、高強度の成型品が必要な場合は、C含有量0.1 %以上、3.0 %以下とすることが望ましい。このときに上限を超えると、靭性が低下するおそれがある。
特に、本発明の場合、プレス成形が難しいと言われている難プレス成形材である高張力鋼板、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V等を添加した機械構造用鋼板、高硬度鋼板等についてその実用上の意義が大きい。」
と記載されており、さらに同段落【0034】の【表1】には、鋼成分として、鋼種A?Eの成分組成が例示されている。
イ-2 このように、本件特許明細書には、「溶融亜鉛系めっき時のめっき濡れ性、めっき後のめっき密着性が良好」な「焼き入れ鋼」について、鋼化学成分までもが例示されている。
イ-3 甲第11号証は、その(11-1)に摘示するように「合金の成分及び組成範囲が異なれば・・・その特性は異なることが通常である」と判示するものであるが、所望の特性を有することが知られている鋼(合金)を選択することまでもが困難であるとの判示をするものではない。
イ-4 すなわち、当業者であれば、「熱間プレス用」鋼板(鋼材)として、本件特許明細書の段落【0029】?【0034】の記載やそこに例示された鋼成分を一例として、所望の強度を持つ熱間プレス成形が可能な公知の鋼板(鋼材)を選択することが十分に可能であるから、請求項1?4及び7で特定される範囲まで発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化することができないとはいえない。
ウ そして、請求項5に特定されるCの含有量は、「鋼板の焼き入れ後の強度は主に含有炭素(C) 量によってきまる」(本件特許明細書の段落【0031】)ことに基づく、単なる例示の範囲とみることができるから、この範囲全体のすべてに実施例がないことが、直ちに、熱間プレス成形ができない理由にはならない。また、この特定されるCの含有量よりも少ないCの含有量であっても、鋼の強度を向上させる他の合金成分の添加等によって、所望の強度を得ることができることは明らかであるから、C含有量が0.1%未満の鋼板であっても熱間プレス成形が可能であるといえ、請求項5で特定される範囲まで発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化できないとはいえない。
エ さらに、請求項6に特定される「780MPa級以上の高強度鋼板」は、熱間プレス前の鋼板の強度であることは、請求項6の「前記鋼板が780MPa級以上の高強度鋼板である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板」(注:下線は当審が付与した。)との発明特定事項から明らかであって、熱間プレス後の鋼板の強度ではないし、熱間プレス用の「780MPa級以上の高強度鋼板」は、高張力綱として種々のものが知られており、当業者ならこれらのものから選択することは可能であるから、請求項6で特定される範囲まで発明の詳細な説明の記載を拡張ないし一般化することができないとはいえない。
オ 加えて、乙第3号証に記載のAc_(3)温度を与える計算式を本件特許明細書の段落【0034】の【表1】に記載の鋼種Eに適用すると、そのAc_(3)温度は、544℃となり、後述するように焼き入れとは、Ac_(3)以上の温度から急冷することであるから(後述の「3.の3-2-1のケ-2」を参照)、このAc_(3)温度は、請求項1、7で特定される加熱温度の下限である700℃よりも低く、この鋼種Eを700℃に加熱すれば焼き入れができることは明らかである。
(2-4)(エ)について
ア 本件特許明細書には、その段落【0002】に、
「【従来の技術】
・・・鋼材としての鋼板をプレス成形、・・・。」
また、同段落【0033】に、
「素材としてのプレス成形母材の形態は、一般には板材であるが、本発明の対象とする熱間プレスの形態として曲げ加工、絞り成型、張出し成型、穴拡げ成型、フランジ成型等があるから、その場合には、棒材、線材、管材などを素材として用いてもよい。」と記載されている。
上記段落【0002】の記載によれば、「鋼材」は「鋼板」の上位概念であって「鋼材」の中に「鋼板」が含まれると解され、上記段落【0033】によれば、「鋼材」は「鋼板」とは別の「棒材、線材、管材」を含むととれる。このことは、「鋼材」とは、「土木・建築・機械などの材料とするため,板・棒・管などに加工した鋼鉄。」(株式会社三省堂 大辞林第3版)、「鋼板」とは、「鋼鉄を圧延して製した板」(株式会社三省堂 大辞林第3版)のことであって、「鋼材」の中に「鋼板」が含まれるという、一般的な「鋼材」と「鋼板」の定義と整合する。
イ そして、同段落【0001】の「熱間プレス用鋼板および鋼材」との記載をみると、本件特許明細書では、「鋼材」とは「鋼板を含まない鋼材」と解釈でき、この解釈は上記段落【0033】の記載と矛盾しない。
ウ そうすると、請求項7で特定される「鋼材」とは、鋼板以外の棒材、線材、管材などの鋼材と解することが自然であるから、この「鋼材」という記載は明確であり、この「鋼材」はどのようなものであるかが本件特許明細書に裏付けられているといえる。
(2-5)よって、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載には、請求人の主張する無効理由4に係る特許法第36条第6項第1号及び第2号違反はない。

2.無効理由5について
(1)請求人が主張する無効理由5に係る特許法第36条第4項第1号違反は、次のとおりである。
(ア)「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」に関し、本件特許明細書の【表2】?【表5】では「加熱後外観」として「均一な酸化皮膜形成」との記載があるものの、亜鉛の蒸発を防止できたかがわからず、熱間プレス後の酸化皮膜は、通常は不均一になっているからそれをもとにどのような基準で均一と判断しているのか、また、高温の鋼板の酸化皮膜を目視で判断することはできないことからみて、均一の酸化皮膜が形成されているとの判断はできないし、しかも、酸化皮膜の厚さがどのくらいであれば、亜鉛の蒸発を防止ができるかの検証もされていないし、めっき層の組成によって酸化皮膜の物性値が異なるため亜鉛の蒸発を防止できる条件も異なるし、
甲第10号証の記載をみると、【表2】の試番23のZnOが2mgm^(-2)の電気亜鉛ニッケルめっきはプレス品の外観に「粉化物有」とされており、本件特許明細書の【表5】の実施例であるNo2の「亜鉛-12%ニッケルめっき」の結果と矛盾しているし、この試番23の加熱条件を本件特許発明は含むから、同試番2、3、4及び23の酸化皮膜に茶変や粉化物が生じても亜鉛の蒸発に問題のないことになり、どのような条件で形成された酸化皮膜が請求項1及び7で特定されたものに該当するのか不明であって、当業者に期待し得る程度を超える必要以上の試行錯誤が必要である。
(イ)「熱間プレス用鋼板(鋼材)の成形性」に関し、本件特許明細書の【表2】?【表5】では「成形性」として「成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定」し、「酸化膜剥離」、「異常なし」と評価しているのみであり、プレス成形性について明確かつ十分に記載されていない。
(ウ)【表1】に記載の鋼の化学成分によって請求項6に記載された「780MPa以上」の高強度が確保されるか不明であり、当業者は、「熱間プレス用鋼板(鋼材)」を得るために、どのような成分、強度を有する鋼板(鋼材)を採用すればよいのかがわからず、当業者に期待し得る程度を超える必要以上の試行錯誤が必要である。
(エ)「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」を鋼板(鋼材)表面に設けるためのめっき条件が記載されておらず、亜鉛の蒸発を防止するめっき層を形成するに当たり、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要である。
(オ)焼入れのための冷却条件の記載がないから、焼き入れ条件の設定のために当業者に期待し得る程度を超える必要以上の試行錯誤が必要である。
(2)請求人の主張について、順に検討する。
(2-1)(ア)について
ア 「加熱後外観」として「均一な酸化皮膜形成」されていることで亜鉛の蒸発を防止が確認できることがわかるのかについて検討する。
ア-1 本件特許明細書の段落【0050】、【0056】には、
「・・・成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定して成形性として評価した。・・・。」(段落【0050】)、
「比較例として、冷延鋼板およびステンレス鋼板について950 ℃×5分の加熱を行ってから同様の熱間プレス成形を行い、上述のような特性評価を行った。
結果は表2にまとめて示すが、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた場合は良好な特性を示すが、ステンレス鋼板や冷延鋼板を用いた場合は、酸化物が形成され、黒色化し、この酸化物が剥離し、プレス成形時押し込み疵が生じた。また、塗膜密着性、耐食性も不合格であった。」(段落【0056】)
と記載されており、同段落【0057】の【表2】をみると、例No.1の「合金化溶融亜鉛めっき鋼板」の加熱後外観は「均一な酸化皮膜形成」とされ、それぞれ、めっき層のない例No.2?4のCr-Mo鋼(SCM430)、冷延鋼板(SPC)、ステンレス鋼(SUS410)加熱後外観は「黒色化」とされており、実際に、目視によって鋼板表面を観察して亜鉛皮膜が均一に形成されていることを確認できること、亜鉛皮膜が均一に形成されていないものは、酸化物が剥離し、プレス成形時押し込み疵が生じること、すなわち、成形性が劣ることや、塗膜密着性、耐食性が不合格であることが明記されているといえる。
ア-2 そして、「均一な酸化皮膜形成」が形成されていることは亜鉛の酸化膜が存在することであり、言い換えると、亜鉛の蒸発が防止されていることに他ならないから、「加熱後外観」として「均一な酸化皮膜形成」との記載をもとに亜鉛の蒸発を防止ができていることを当業者は理解できるといえ、この点について本件特許明細書の記載は明確かつ十分なものである。
ア-3 また、上記段落【0056】の記載によれば、亜鉛の酸化皮膜が形成されていないと、酸化物が剥離して黒色化し、この黒色化は目視によって確認できるから、亜鉛の酸化皮膜の均一性は黒色化の有無により判断していることがおのずと理解される。
ア-4 さらに、上記目視の判断時期は熱間プレス加工後であることは、上記段落【0050】の記載から明らかであるから、目視で判断できないような高温の鋼板(鋼材)の表面を観察していないといえる。
ア-5 よって、「加熱後外観」として「均一な酸化皮膜形成」されていることで亜鉛の蒸発を防止が確認できることがわかると認められる。
イ 次に、酸化皮膜の厚さがどのくらいであれば、亜鉛の蒸発を防止ができるかという点、及びめっき層の組成によってめっき層の物性値が異なるため亜鉛の蒸発を防止できる条件が異なる点について検討する。
イ-1 上記アで述べたように,プレス成形後の鋼板(鋼材)表面に、目視で均一な亜鉛酸化皮膜が形成されていることが確認できれば、亜鉛の蒸発を防止できているといえる。
イ-2 一方、本件特許明細書に記載されている実施例に関し、段落【0064】?【0066】には、均一な亜鉛酸化皮膜を形成しためっき種と片面めっき付着量、及び熱間プレスに先立つ加熱条件が記載されており、この記載は亜鉛の蒸発を防止する亜鉛酸化皮膜の厚さを得るための条件の一例の開示といえ、この開示をもとにすれば、めっき種(めっき膜の組成)に応じて酸化皮膜をどのように形成すれば亜鉛の蒸発を防止できるかとの指針を当業者が得ることは明らかである。
ウ さらに、甲第10号証の【表2】の記載について検討する。
ウ-1甲第10号証の(10-3)の記載をみると、【表2】の試番23は、900℃、5分の加熱を行った後の熱間プレス外観をみたものである。上述のとおり、本件特許発明では、「通常想定されるケースよりは高温 (例えば900 ℃以上) あるいは長時間 (例えば5分以上) で加熱される」「充分すぎるあるいは過度な加熱が行われる場合」を考慮しておらず(第7.の1.の(2-2))、この試番23のような加熱がなされることを想定していないから、この試番23の結果と本件特許明細書の【表5】の結果を比較すること自体に無理がある。
ウ-2 そして、本件特許発明では、甲第10号証に記載されている過熱によって亜鉛酸化皮膜の茶変や粉化物が生じることも想定していない。また、仮に、亜鉛酸化皮膜の茶変や粉化物が生じたとしても、亜鉛酸化皮膜が存在している限りにおいて、亜鉛の蒸発は防止でき、本件特許明細書の段落【0015】に記載された、発明の具体的課題の一つである耐食性の確保はされているものと推定される。
エ よって、どのような条件で形成された酸化皮膜が請求項1、7で特定されているかは、本件特許明細書の発明の詳細な説明から明確に把握でき、本件特許明細書の記載は特許法第36条第4項第1号の規定を満たしている。
(2-2)(イ)について
ア 本件特許発明の課題は、本件特許明細書の段落【0014】?【0015】の記載によれば、「いわゆる難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供し、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、例えば難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供する」ことであると認める。
イ すなわち、本件特許発明の「熱間プレス用鋼板(鋼材)の成形性」の評価は、「耐食性の確保」と「外観劣化が生じない」ことであるといえる。そして、上記第7.の2の(2)の(2-1)で検討したように、耐食性の確保や外観の劣化の有無は酸化亜鉛めっき層の存在によって確認できるから、本件特許明細書の【表2】?【表5】において、「成形性」として「成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定」し、「酸化膜剥離」、「異常なし」と評価することにより可能であって、成形性の評価は明確かつ十分になされている。
ウ よって、成形性の評価に関しても、本件特許明細書の記載は特許法第36条第4項第1号の規定を満たしている。
(2-3)(ウ)について
ア 所望の特性(物性)を有することが知られている鋼板(鋼材)を選択することは困難なことではないし(上記第7.の1.の(2-3))、プレス用の「780MPa級以上の高強度鋼板」は、高張力綱として種々のものが広く知られているから、当業者は、熱間プレス用の「780MPa以上」の高強度鋼板(鋼材)を得るために必要以上の試行錯誤を繰り返す必要はない。
イ よって、780MPa以上の高強度鋼板を得ることについても、本件特許明細書の記載は特許法第36条第4項第1号の規定を満たしている。
(2-4)(エ)について
ア 「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」は、いずれもめっき層として広く知られているものである(要すれば、乙第4号証の(4-a)、当審が発見した特開平7-126863号公報、めっき技術便覧編集委員会編、「めっき技術便覧(3版)」、日刊工業新聞社(昭和52年10月30日)、295?296頁を参照)。
イ 一方、本件特許明細書の実施例に係る段落【0064】?【0066】には、均一な亜鉛酸化皮膜を形成しためっき膜の組成、片面めっき付着量及び熱間プレスに先立つ加熱条件が記載されている。
また、同明細書の【0050】?【0056】には、熱間プレス後の亜鉛の蒸発に係る外観性状、成形性、塗膜密着性に関する評価方法が記載されている。
これらの記載は、めっき種(めっき層の組成)に応じて亜鉛の蒸発を防止する酸化膜を形成するための指針や評価方法となるものである。
ウ そうすると、当業者であれば、この指針や評価方法をもとにして、めっき層の組成、すなわち、めっき浴の組成、電気めっきであれば電流密度などの種々のめっき条件を適宜調整し、亜鉛の蒸発を防止できる酸化皮膜を形成するめっき層を作成できるから、亜鉛の蒸発を防止する「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」を形成するに当たり、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であるとはいえない。
エ よって、亜鉛の蒸発を防止するめっき層の形成についても、本件特許明細書の記載は特許法第36条第4項第1号の規定を満たしている。
(2-5)(オ)について
ア プレス型による焼入れに関して記載のある乙第6号証の(6-a)?(6-c)では、プレス型による焼入れの冷却条件の一例として775?1000℃の加熱後5秒以下の成形を例示しつつ、冷却速度はCCTグラフを頼りに決めればよいと教示し、しかもCCTグラフの作成方法は周知であるから、たとえばこの教示をもとに当業者は、冷却速度、すなわち、冷却条件を決定し得るから、焼き入れ条件の設定のために当業者に期待し得る程度を超える必要以上の試行錯誤をする必要はない。
イ よって、焼き入れ条件の設定についても、本件特許明細書の記載は特許法第36条第4項第1号の規定を満たしている。
(2-6)よって、本件特許明細書の記載には、請求人の主張する無効理由5に係る特許法第36条第4項第1号違反はない。

3.無効理由1、2について
請求人の主張する無効理由4に係る特許法第36条第6項第1号及び第2号違反はないから、本件特許発明1?7は、上記「第3.本件特許発明」のところで述べたように、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定されるとおりのものである(上記「第3.本件特許発明」を参照。)。
3-1.甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証の(1-1)の請求項4は、「請求項1に記載の薄鋼板を用いて、少なくとも強度が必要な部位に2%以上の塑性歪みが加わるプレス成形を200℃?850℃の温度で行う」ことを特定事項としているから、この特定事項を、薄鋼板に着目し、請求項1の特定事項を付け加えて整理して記載すると、
「 重量%で、
C :0.01?0.20%、
Si:0.01?3.0 %、
Mn:0.01?3.0 %、
P :0.002 ?0.2 %、
S :0.001 ?0.020 %、
Al:0.005 ?2.0 %、
N :0.0002?0.01%、
Mo:0.01?1.5%、
を含有し、更に重量%で、
Cr:0.01?1.5%、
Nb:0.005 ?0.10%、
Ti:0.005 ?0.10%、
V :0.005 ?0.10%、
B :0.0003?0.005 %、
の1 種または2 種以上を含有せしめ、その範囲が、
25<28×√Si+60 ×√P+75×√Mo+35 ×√Cr+38 ×√Nb+30 ×√Ti+42 ×√V+420 ×√B ≦140 …式(A)
を満足し、かつ残部が鉄および不可避的不純物からなり、
少なくとも強度が必要な部位に2%以上の塑性歪みが加わるプレス成形を200℃?850℃の温度で行う薄鋼板」が記載されていると認められる。
イ 上記アの薄鋼板は、上記(1-5)の記載によれば、亜鉛を含むめっき層を有しているといえる。
ウ そうすると、甲第1号証には、
「亜鉛を含むめっき層を有し、
重量%で、
C :0.01?0.20%、
Si:0.01?3.0 %、
Mn:0.01?3.0 %、
P :0.002 ?0.2 %、
S :0.001 ?0.020 %、
Al:0.005 ?2.0 %、
N :0.0002?0.01%、
Mo:0.01?1.5%、
を含有し、更に重量%で、
Cr:0.01?1.5%、
Nb:0.005 ?0.10%、
Ti:0.005 ?0.10%、
V :0.005 ?0.10%、
B :0.0003?0.005 %、
の1 種または2 種以上を含有せしめ、その範囲が、
25<28×√Si+60 ×√P+75×√Mo+35 ×√Cr+38 ×√Nb+30 ×√Ti+42 ×√V+420 ×√B ≦140 …式(A)
を満足し、かつ残部が鉄および不可避的不純物からなり、
少なくとも強度が必要な部位に2%以上の塑性歪みが加わるプレス成形を200℃?850℃の温度で行う薄鋼板」の発明(以下、「甲第1号証発明」という。)が記載されていると認められる。
3-2.対比・判断
3-2-1.本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲第1号証発明とを対比する。
イ 甲第1号証発明では、「亜鉛を含むめっき層を有し」ているから、この「めっき層」は、本件特許発明1の「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と「亜鉛を含むめっき層」である点で一致している。
ウ 甲第1号証発明において、「プレス成形を200℃?850℃の温度で行」っているから、薄鋼板を200℃?850℃に加熱しているといえ、その加熱温度は、本件特許発明1と、700?850℃の範囲で共通している。
エ 甲第1号証発明の「薄鋼板」は、プレス成形を行うから「プレス用鋼板」ということができる。
オ そうすると、両者は、
「亜鉛を含むめっき層を鋼板表面に有し、700?850℃に加熱されてプレスされるプレス鋼板」である点で一致し、次の点で相違している。
相違点1:プレス用鋼板に関し、本件特許発明1は、熱間プレス用鋼板であるのに対し、甲第1号証発明は、熱間プレス用鋼板であるのかどうかは不明である点
相違点2:亜鉛を含むめっき層に関し、本件特許発明1では、「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」であるのに対し、甲第1号証発明は、かかる事項を有しているかどうかは不明である点
相違点3:本件特許発明1は、焼き入れされるのに対し、甲第1号証発明は、焼き入れされているかどうか不明である点
カ 次にこれら相違点について検討する。
キ 相違点1について
甲第1号証発明は、700?850℃でプレス成形を行う薄鋼板を含むから、この温度域のプレス成形は熱間加工となる場合があり、甲1号証発明の薄板は「熱間プレス鋼板」を含むといえ、この相違点は実質的なものではない。
ク 相違点2について
ク-1 甲第1号証には、亜鉛めっきの組成に関する記載はなされていない。一方で、めっき手段として、その(1-7)には、実施例として「電気亜鉛めっき」を施したことが記載されている。
ク-2 ところで、この「電気亜鉛めっき」とは亜鉛めっき層を電気めっきによって施すと解することが自然であるから(要すれば、JIS H 8610を参照。)、上記相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項を示しているのではない。
ク-3 そうすると、この相違点2は実質的なものである。
ク-4 そこで、この相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項が甲第1?7号証、及び甲第20号証の記載に基づいて導出できるかについて検討する。
ク-5 甲第1号証発明の「薄鋼板」は、甲第1号証の(1-2)の記載からみて、自動車用の鋼板ということができ、さらに、同(1-5)の記載によれば、「各種表面処理鋼板」であってもよいとされている。
ク-6 一方、甲第1?7号証には、上記相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項について示唆する記載さえも見当たらないが、甲第20号証の(20-1)及び(20-2)、並びに、乙第4号証(4-a)によれば、自動車用鋼板にZn-Ni合金めっきが広くなされており、さらに、鋼板めっきとして、乙第4号証(4-b)によれば、「Zn-Co、Zn-Ni、Zn-Mnの各合金電気亜鉛めっきが記載され、また、上記の当審が発見した特開平7-126863号公報、めっき技術便覧編集委員会編、「めっき技術便覧(3版)」、日刊工業新聞社(昭和52年10月30日)、295?296頁によれば、鋼板のめっきとして「亜鉛-クロム合金めっき、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、スズ-亜鉛合金めっき」は周知のものであるから、甲第1号証発明において、所望の物性を得るためこれら周知のめっきをめっき層として選択し、上記相違点2に係る本件特許発明の発明特定事項をなすことは、当業者であれば困難なくなし得ることである。
ケ 相違点3について
ケ-1 甲第1号証には、焼き入れに関する言及がない。一方、その(1-6)に「本発明は、・・・適用温度については、Ar_(3)変態点である850℃以下で可能であるが、・・・600℃以下とすることが好ましく、更には500℃以下とすることが好ましい。」と記載されており、甲第1号証発明は、Ar_(3)変態点である850℃以下に加熱するものといえるから、この加熱温度が焼入れのための温度であるか否かについて検討する。
ケ-2 ここで、本件特許発明1の「焼き入れ」とは、乙第1号証の(1-a)によれば、「鋼をオーステナイト領域まで加熱後,適当な冷却剤中で急冷し,マルテンサイト組織として硬化させる熱処理をいう.」から、本件特許発明1の700?1000℃の加熱温度はオーステナイト領域となる加熱温度とみることができる。
一方、オーステナイト領域となる加熱温度は、乙第2号証の(2-a)によれば、Ac_(3)点以上の温度であるから、本件特許発明1の700?1000℃の加熱温度はAc_(3)点以上の温度とみることができ、本件特許発明1では、Ac_(3)点以上の温度に加熱しているといえる。
ケ-3 そこで、Ac_(3)点とAr_(3)点の関係を検討する。
ケ-4 Ac_(3)点とAr_(3)点の関係を論ずるために、炭素鋼におけるAc_(1)点とAr_(1)点の関係をまず検討する。
ケ-5 乙第2号証によれば、Ac_(1)点は、加熱に際し、フェライト+セメンタイトからオーステナイトへの変態の始まる温度であり、Ar_(1)点は、冷却に際し、オーステナイトからフェライト+セメンタイトへの変態が開始する温度である。
ケ-6 ここで、当審が発見した下記文献1には、
「5・4・1 急冷によるオーステナイト変態挙動と組織
a.変態点の過冷現象と臨界冷却速度 ・・・共析炭素鋼について考えてみると・・・A_(1)点(725℃)より多少過熱されたAc_(1)点でオーステナイト(・・・)に変態し,それに伴って収縮する.・・・Ac_(1)以上で均一なオーステナイトになった鋼を,徐冷するとA_(1)点より少し過冷されたAr_(1)点でパーライト変態を起こして膨張する.」(6?15行)
と記載されており、共析炭素鋼において、Ac_(1)>A_(1)>Ar_(1)の関係が示されている。
このことは、本件特許に係る特許出願後に公知となった乙第8号証の(8-a)にも記載されている。

文献1:社団法人 日本金属学会編、「改訂3版 金属便覧(第4刷)」、丸善株式会社(昭和53年9月20日)721頁

ケ-7 さらに、当審が発見した下記文献2には、
「A_(3)変態・・・鉄に炭素が入ればその量に応じてA_(3)変態点は910℃より降下し,0.85C(共析鋼)で726℃となり,A_(1)変態点と一致する.そして加熱時のA_(3)変態点をAc_(3),冷却時のものAr_(3)変態という.・・・.」
と記載されており(当審注:「共析鋼」と「共析炭素鋼」は同じものである。また、A_(1)点の温度が上記文献1と異なるが、測定誤差等による違いであると認める。)、共析炭素鋼よりも炭素量が少ないとき、A_(1)点はA_(3)点であることが理解される。

文献2:大和久重雄著、「金属熱処理用語辞典」、日刊工業新聞社(昭和46年2月20日)、16?17頁

ケ-8 そうすると、上記キでみたAc_(1)>Ar_(1)の関係は、炭素量が共析炭素鋼よりも少ない鋼(すなわち、亜共析鋼)においてAc_(3)>Ar_(3)として成り立つことは明らかであり、このことは、本件特許に係る特許出願後に公知となった乙第7号証の(7-a)にも記載されている。
ケ-9 よって、Ac_(3)>Ar_(3)であるから、甲第1号証発明の加熱温度は、本件特許発明1の加熱温度より低く、甲第1号証発明では焼き入れがなされていないといえる。
ケ-10 ここで、甲第1号証の加熱温度は本件特許発明1の加熱温度と700?850℃の範囲で重なっていることについて、さらに、検討する。
ケ-11 Ac_(3)点は、乙第3号証の(3-a)に記載されるように、鋼の成分によって変動するから、本件特許発明1のAc_(3)点の温度は、鋼の組成によって甲第1号証発明の加熱の上限である850℃(Ar_(3)点)よりも低い温度となる場合がある(本件特許明細書の段落【0034】の【表1】に記載の鋼種Eに適用すると、そのAc_(3)温度は、544℃となる(第7.の1の(2-3)のオ))が、この場合においてもAc_(3)点の技術的意味、すなわち、乙第2号証の(2-a)に記載されている、Ac_(3)点では鋼の組織はオーステナイト組織になっていることに変わりはない。
ケ-12 一方、甲第1号証発明の加熱の上限であるAr_(3)点より低い温度では、乙第2号証の(2-b)の記載から明らかなように、鋼の組成はフェライトである。
ケ-13 そうすると、加熱時の鋼の組織が、本件特許発明1では、オーステナイト組織、甲第1号証発明ではフェライト組織であって、焼入れとはオーステナイト組織まで加熱後、急冷し、硬化させる熱処理をいうとの乙第1号証の(1-a)に記載された定義にしたがえば、甲第1号証発明では焼き入れを行っていないということができる。
ケ-14 よって、相違点3は実質的な相違点である。
ケ-15 そこで、甲第1号証発明において焼入れをすることが導出できるかについて、更に、検討すると、甲第1号証の(1-6)に「本発明者等は、BH鋼板が固溶Cだけを用いるメカニズムであるのに対し、本発明は、温間成形時の強度上昇であり、MoやCr等の遷移金属との相互作用も加わるため、強度上昇のための温度域が、焼付硬化に比べ高温側に移るものと考えている。」と記載されていることからみて、甲第1号証発明は、C、Mo、Crの作用により強度を向上させるという、焼入れとは異なる作用機序によって強度を向上させるものであって焼入れを想定しておらず、焼入れを行う動機付けは認められないし、この動機付けの欠如は、甲第2?7号証及び甲第20号証に記載された事項によっても補うことはできない。
コ してみれば、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を導出することはできず、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と甲第2?7号証、及び甲第20号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
3-2-2.本件特許発明2?6について
ア 本件特許発明2?6は、本件特許発明1の発明特定事項のすべてを発明特定事項として有しているから、本件特許発明2?6は、本件特許発明1の検討のところで述べたものと同じ理由により、甲第1号証に記載された発明と甲第2?7号証及び甲第20号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
3-2-3.本件特許発明7について
ア 本件特許発明7は、その発明特定事項に関し、本件特許発明1の「熱間プレス用鋼材」が「熱間プレス用鋼材」となった点以外は、本件特許発明1の発明特定事項を発明特定事項としてすべて有している。
イ そうすると、本件特許発明7と甲第1号証発明を対比すると、相違点として上記相違点1?3は含まれることになるから、本件特許発明7は、本件特許発明1の検討のところで述べたものと同じ理由により、甲第1号証に記載された発明と甲第2?7号証及び甲第20号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
3-3 よって、本件特許発明1?7に係る特許は、特許法第29条第1項第3号及び同法同条第2項の規定に違反して特許されたものではない。

4.無効理由3について
4-1.甲第8号証に記載された発明
ア 甲第8号証の(8-5)の記載によれば、
「以下の重量組成をもつ
炭素:0.15%-0.25%
マンガン:0.8%-1.5%
ケイ素:0.1%-0.35%
クロム:0.01%-0.2%
チタン:0.1%以下
アルミニウム:0.1%以下
リン:0.05%以下
イオウ:0.03%以下
ホウ素:0.0005%-0.01%
鋼板に亜鉛被膜が両面に連続的にメッキされ、成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し、ツール内で焼入れする」鋼板が記載されているといえる。
イ ここで、ツールは(8-7)の視認事項より、プレス成形といえる。
ウ この甲8号証の記載事項を本件特許発明1の記載ぶりに則して整理すると、甲第8号証には、「以下の重量組成をもつ
炭素:0.15%-0.25%
マンガン:0.8%-1.5%
ケイ素:0.1%-0.35%
クロム:0.01%-0.2%
チタン:0.1%以下
アルミニウム:0.1%以下
リン:0.05%以下
イオウ:0.03%以下
ホウ素:0.0005%-0.01%
鋼板に亜鉛被膜が両面に連続的にメッキされ、成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し、プレス成形で焼入れする鋼板」の発明(以下、「甲第8号証発明」という。)が記載されていると認められる。
4-2.対比・判断
4-2-1.本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲第8号証発明とを対比する。
イ 甲第8号証の(8-4)の「被膜によって酸化に対する障壁が形成される」との記載をみると、甲第8号証発明の鋼板の「両面に連続的にメッキされ」た「亜鉛皮膜」は、「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛皮膜」とみることができ(酸化皮膜ができることは、甲第2?5号証の記載からも明らかである)、本件特許発明1の「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層」である点で共通している。
ウ 甲第8号証発明の「950℃でオーステナイト化」することは、本件特許発明1の「700?1000℃に加熱」と「950℃に加熱」で一致している。
エ 甲第8号証の鋼板は、「熱間プレス用鋼板」に他ならない。
オ そうすると、両者は、
「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層を鋼板表面に有する950℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス鋼板」である点で一致し、次の点で相違している。
相違点A:「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えためっき層」に関し、本件特許発明1では、「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」であるのに対し、甲第8号証発明では、亜鉛被膜である点。
カ 次に、この相違点Aについて検討する。
キ 甲第8号証において、めっき層の組成に関する記載は、(8-1)?(8-3)及び(8-5)?(8-6)にあり、「亜鉛」、「亜鉛ベース合金」、「亜鉛-アルミニウム合金」「亜鉛アルミニウム」、金属間合金(化合物)に関しては、「亜鉛-鉄ベース化合物」、「亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物」であるとの記載がなされている。
ク ここで「亜鉛または亜鉛ベース合金」という記載についてみてみると、「亜鉛ベース合金」として、甲第8号証に具体的に開示されているものは、「亜鉛-アルミニウム合金」、「亜鉛アルミニウム」、「亜鉛-鉄ベース化合物」、「亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物」のみである。すなわち、本件特許発明1の発明特定事項である「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」は、甲第8号証に記載されていないし、甲第2?5号証の記載を参照しても記載されているに等しいとみることはできない。
ケ よって、甲第8号証に開示された発明は、本件特許発明1と同一ではない。
4-2-2.本件特許発明2?6について
ア 本件特許発明2?6は、本件特許発明1の発明特定事項のすべてを発明特定事項として有しているから、本件特許発明2?6は、本件特許発明1の検討のところで述べたものと同じ理由により、甲第8号証に開示された発明は、本件特許発明2?6と同一ではない。
4-2-3.本件特許発明7について
ア 本件特許発明7は、その発明特定事項に関し、本件特許発明1の「熱間プレス用鋼材」が「熱間プレス用鋼材」となった点以外は、本件特許発明1の発明特定事項を発明特定事項としてすべて有している。
イ そうすると、本件特許発明7と甲第3号証発明を対比すると、相違点として上記相違点Aは含まれることになるから、本件特許発明7は、本件特許発明1の検討のところで述べたものと同じ理由により、甲第8号証に開示された発明と本件特許発明7と同一ではない。
4-3 よって、本件特許発明1?7に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものではない。

第8.まとめ
以上のとおり、本件特許発明1?7についての特許は、請求人の主張する理由によっては、無効とすることができない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱間プレス用めっき鋼板
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。
【請求項2】
前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る請求項1記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項3】
前記めっき層の片面当たりの付着量が90g/m^(2)以下である請求項1または2記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項4】
前記めっき層を鋼板表面に直接設けた熱間プレス用鋼板であって、該めっき層におけるFe含有量が80質量%以下である請求項1ないし3のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項5】
前記鋼板のC含有量が0.1%以上、3.0%以下である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項6】
前記鋼板が780MPa級以上の高強度鋼板である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項7】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼材表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼材。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、熱間プレス用鋼材、特に自動車用の足廻り、シャ-シ、補強部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板および鋼材に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、自動車の軽量化のため、鋼材の高強度化を図り、使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいる。しかし、鋼材としての鋼板をプレス成形、例えば絞り形成を行うことを考えた場合、使用する鋼板の強度が高くなると絞り成形加工時に金型との接触圧力が高まり鋼板のカジリや鋼板の破断が発生したり、またそのような問題を少しでも軽減しようと鋼板の絞り成形時の材料の金型内への流入を高めるためブランク押さえ圧を下げると成形後の形状がばらつく等の問題点がある。
【0003】
また、形状安定性いわゆるスプリングバックも発生し、これに対しては例えば潤滑剤使用による改善対策等もあるが、780MPa級以上の高強度鋼板ではその効果が小さい。
【0004】
このように難加工材料としての高強度鋼のプレス成形には問題点が多いのが現状である。なお、以下、この種の材料を「難プレス成形材料」という。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、このような難プレス成形材料をプレス成形する技術として、成形すべき材料を予め加熱して成形する方法が考えられる。いわゆる熱間プレス成形および温間プレス成形である。以下、単に熱間プレス成形と総称する。
【0006】
しかし、熱間プレス成形は、加熱した鋼板を加工する成形方法であるため、表面酸化は避けられず、たとえ鋼板を非酸化性雰囲気中で加熱しても、例えば加熱炉からプレス成形のため取り出すときに大気にふれると表面に鉄酸化物が形成される。この鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり、あるいはプレス後の製品にそのような酸化皮膜が残存して外観が不良となるという問題がある。しかも、このような酸化皮膜が残存すると、次工程で塗装する場合に鋼板との塗膜密着性が劣ることになる。またスケールが残存する場合、次工程で塗装してもスケール/鋼板間の密着性不芳のせいで塗膜密着性が劣る。
【0007】
そこで熱間プレス成形後は、ショットブラストを行ってそのようなスケールを構成する鉄酸化層を除去することが必要となるが、これではコスト増は免れない。
【0008】
また加熱時にそのようなスケールを形成させないために低合金鋼やステンレス鋼を用いてもスケール発生は完全に防止できないばかりか、普通鋼に比較して大幅にコスト高となる。
【0009】
このような熱間プレス成形時の表面酸化の問題に対する対策として加熱時の雰囲気とプレス工程全体の雰囲気をともに非酸化性雰囲気にすることも理論上有効ではあるが設備上大幅な高コストとなる。
【0010】
このような事情からも、今日でも熱間プレスについては多くの提案はされているが、実用的な段階には至っていないのが現状である。
ここに、特許出願として提案されている現状の技術について概観すると次のようである。
【0011】
例えば、熱間プレスの利点としては、プレス成形とともに熱処理を行えることが挙げられるが、その際にさらに同時に表面処理をも行うことが、特開平7-116900号公報に提案されている。もちろん、このような技術にも前述のような表面酸化の問題もあるが、複雑な形状の金型に防錆剤等の表面処理剤を均一に塗布することは難しく、またそのように金型に予め塗布した表面処理剤をプレス成形時に製品に均一に転写させることも難しい。もちろん、プレス成形後の処理としてめっき処理等の防錆処理を個別に行うことは自明であるが、生産性が低く、大幅なコスト増をもたらすことは明らかである。
【0012】
このように高強度の鋼板を成形するために熱間でプレス成形する方法があるが生成した鉄酸化物を除去する工程が必要であるのと、たとえ鉄酸化物を除去しても鋼板のみでは防錆性に劣るのが現状である。
【0013】
防錆性あるいは耐食性改善という面だけからでは、特開平6-240414号公報で提案されているように、例えばドア内のインパクトバーのような自動車用部品では、ドア内に浸入した腐食因子の水分が焼入鋼管の管内無塗装部を腐食させることがあるため、そのような焼入鋼管を構成する鋼材の鋼成分にCr、Mo等の元素を添加して耐食性を向上させている例もある。しかし、このような対策では、Cr、Mo添加でコスト高となるばかりでなく、プレス成形用の材料の場合、同合金成分の添加によるプレス成形性の劣化の問題がある。
【0014】
ここに、本発明の課題は、いわゆる難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することである。
【0015】
さらに本発明の具体的課題は、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、例えば難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、かかる課題を解決する手段について種々の角度から鋭意検討の結果、前記のような難プレス成形材料をそのままプレス成形するのではなく、変形抵抗を低減させるべく高温状態でプレス成形を行い、同時にそのときに、後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく、もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いてその熱間プレス成形を行うというアイデアを得た。そして、これに基づき、耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想した。しかし、熱間プレスは700?1000℃という温度で加熱することを意味するのであって、この温度は、亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であって、そのような高温に加熱した場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。
【0017】
しかしながら、さらに、その後種々の検討を重ねる内に、加熱することによりめっき層と鋼板とが合金化することで何らかの変化が見られるのではないかとの見解を得て予備試験として各種めっき組成および各種雰囲気で、実際に700?1000℃の温度に加熱を行い、次いで熱間プレスを行ったところ、それまでの予測に反して、一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。
【0018】
そこで、700?1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。このバリア層は、熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。
【0019】
さらに、めっき層の分析を行ったところ、かなり合金化が進んでおり、それにより、めっき層が高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止しており、かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制していることが判明した。しかも、このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であることが判明した。
【0020】
上記の鋼板を亜鉛系めっき鋼板として利用すれば、高張力鋼板でも熱間プレス成形が行える可能性があることが分かり、さらに実用性ある技術として利用可能か否かについて検討を重ね、ここにその効果を確認し、実用性ある技術であることを確信し、本発明を完成した。
【0021】
このように本発明において、めっき層の融点付近の温度域に加熱してもめっき層が残存する理由は、めっき層表面にめっき層よりも耐熱性を有する密着性良好な酸化皮膜層が亜鉛の蒸発を阻止するバリア層として形成されるためと考えられる。さらに、かかる作用が十分に発揮されるためには、めっき層と鋼板の合金化が進行しめっき層の融点が高くなることも影響しており、好ましくはこれらの両者の作用効果によって、めっき層を構成する亜鉛の沸点以上である950℃に加熱しても鋼板素地の酸化を抑制していると推定される。
【0022】
かかる知見を基に完成された本発明は、次の通りである。
(1)表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱され焼き入れされてプレスされる熱間プレス用鋼板。
【0023】
(2)前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る上記(1)記載の熱間プレス用鋼板。
(3)前記めっき層の片面当たりの付着量が90g/m2以下である上記(1)または(2)記載の熱間プレス用鋼板。
【0024】
(4)前記めっき層を鋼板表面に直接設けた熱間プレス用鋼板であって、該めっき層におけるFe含有量が80質量%以下である上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【0025】
(5)前記鋼板のC含有量が0.1%以上、3.0%以下である上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
(6)前記鋼板が780MPa級以上の高強度鋼板である上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【0026】
(7)表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼材表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱され焼き入れされてプレスされる熱間プレス用鋼材。
【0027】
【発明の実施の形態】
次に、本発明において上述のように限定する理由について詳述する。なお、本明細書において鋼組成およびめっき組成を規定する「%」は「質量%」である。
【0028】
本発明によれば、溶融亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱して表面に酸化皮膜を設けることで、これがバリア層として作用し、例えば900℃以上に加熱しても、表面の亜鉛系めっき層の蒸発が防止され、加熱後に熱間プレスを行うことができる。しかも、プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから、それ自体すでに優れた耐食性を備えており、後処理としての防錆処理を必要としないというすぐれた効果を発揮することができる。
【0029】
素地鋼材
本発明にかかる熱間プレス用の素地鋼材は、溶融亜鉛系めっき時のめっき濡れ性、めっき後のめっき密着性が良好であれば特に限定しないが、熱間プレスの特性として、熱間成形後に急冷して高強度、高硬度となる焼き入れ鋼、たとえば下掲の表1にあるような鋼化学成分の高張力鋼板が実用上は特に好ましい。
【0030】
例えば、Si含有鋼やステンレス鋼のようにめっき濡れ性、めっき密着性に問題のある鋼種でもプレめっき処理等のめっき密着性向上手法を用いてめっき密着性を改善することで本発明に用いることができる。
【0031】
鋼板の焼き入れ後の強度は主に含有炭素(C)量によってきまるため、高強度の成型品が必要な場合は、C含有量0.1%以上、3.0%以下とすることが望ましい。このときに上限を超えると、靭性が低下するおそれがある。
【0032】
特に、本発明の場合、プレス成形が難しいと言われている難プレス成形材である高張力鋼板、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V等を添加した機械構造用鋼板、高硬度鋼板等についてその実用上の意義が大きい。
【0033】
素材としてのプレス成形母材の形態は、一般には板材であるが、本発明の対象とする熱間プレスの形態として曲げ加工、絞り成型、張出し成型、穴拡げ成型、フランジ成型等があるから、その場合には、棒材、線材、管材などを素材として用いてもよい。
【0034】
【表1】

【0035】
亜鉛系めっき層/バリア層
本発明において、バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには、例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち、酸化性雰囲気中での加熱、つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが、そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく、めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550?650℃である。
【0036】
本発明による具体的なめっき操作としては、溶融した亜鉛合金めっき浴に鋼板を浸漬して引き上げる。めっき付着量の制御は引き上げ速度やノズルより吹き出すワイピングガスの流量調整により行う。合金化処理はめっき処理後にガス炉や誘導加熱炉などで追加的に加熱して行う。かかるめっき操作は、コイルの連続めっき法あるいは切り板単板めっき法のいずれによってめっきを行ってもよい。
【0037】
もちろん、所定厚みのめっき層が得られるのであれば、例えば、電気めっき、溶射めっき、蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよい。
亜鉛合金めっきとしては、次のような系が開示されている。
【0038】
例えば亜鉛-鉄合金めっき、亜鉛-12%ニッケル合金めっき、亜鉛-1%コバルト合金めっき、55%アルミニウム-亜鉛合金めっき、亜鉛-5%アルミニウム合金めっき、亜鉛-クロム合金めっき、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、スズ-8%亜鉛合金めっき、亜鉛-マンガン合金めっきなどである。
【0039】
めっき付着量は90g/m2以下が良好である。これを超えるとバリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり外観上問題がある。下限は特に制限しないが、薄過ぎるとプレス成形後に所要の耐食性を確保できなくなったり、あるいは加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすることから、通常は20g/m2程度以上は確保する。加熱温度が高くなるなど、より過酷な加熱の場合、望ましくは40?80g/m2の範囲で性能良好となる。
【0040】
亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。その他原料等から不可避的に混入することがあるBe、B、Si、P、S、Ti、V、W、Mo、Sb、Cd、Nb、Cu、Sr等のうちのいくつかが含有されることもある。
【0041】(削除)
【0042】
鋼板の加熱/熱間プレス成形
上述のようにして用意された表層にバリア層を備えた亜鉛系めっき鋼板を次いで所定温度にまで加熱し、プレス成形を行う。本発明の場合、熱間プレス成形を行うことから、通常700?1000℃に加熱するが、素材鋼板の種類によっては、プレス成形性がかなり良好なものがあり、その場合にはもう少し低い温度に加熱するだけでよい。本発明の場合、鋼種によってはいわゆる温間プレスの加熱領域に加熱する場合も包含されるが、いわゆる難プレス成形材料に適用するときに本発明の効果が効果的に発揮されることから、通常は、上述のように700?1000℃に加熱する。
【0043】
この場合の加熱方法としは電気炉、ガス炉や火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱等が挙げられる。また加熱時の雰囲気も特に制限はないが、予めバリア層が形成されている材料の場合には、そのようなバリア層の維持に悪影響を与えない限り、特に制限はない。
【0044】
このときのプレス成形に先立つ加熱温度は焼き入れ鋼であれば目標とする硬度となる焼入温度に加熱したのち一定時間保持し高温のままプレス成形を行い、その際に金型で急冷する。通常の鋼種、条件では、このときに加熱の際の最高到達温度はおよそ700℃から1000℃の範囲であればよい。
【0045】
ところで、本発明によれば、亜鉛系めっき層の表面には、加熱時の亜鉛の蒸発を防止するバリア層として作用する酸化皮膜が形成されており、通常、その量は、厚さ0.01?5.0μm程度で十分である。
【0046】
また、加熱処理後のめっき層におけるFe含有量は、めっき皮膜の融点に影響するので高い方が有利である。常温のプレス成形では皮膜中Fe量が増加するとめっき皮膜の加工性が低下するのでFe含有量は高くても13%前後であった。しかし、本発明においては熱間プレス成形では常温よりも鋼板およびめっき皮膜が軟質のためFe含有量が高くても成形が可能である。Fe含有量は80%以下である。望ましくはFe含有量は5?80%の範囲であり、さらに望ましくは10?30%である。Fe含有量が下限未満では加熱後の酸化皮膜に不均一さが生じ、上限を超えるとZn-Fe合金化に時間がかかり生産性が低下しコストアップとなる。
【0047】
かかるバリア層およびFe含有量は、熱間プレス成形の際に問題となるのであって、したがって、前述のように予めめっき層形成時の合金化処理によってバリア層が形成され、さらにプレス成形前に加熱が行われる場合には、合金化処理時の加熱条件はプレス成形直前の加熱処理を考慮した条件で行うことが好ましい。
【0048】
このようにして加熱され、表面にバリア層が形成された本発明にかかる熱間プレス用鋼板には、次いで、熱間プレス成形が行われるが、このときの熱間プレス成形は特に制限はなく、通常行われているプレス成形を行えばよい。熱間プレス成形の特徴として成形と同時に焼入れを行うことから、そのような焼入れを可能とする鋼種を用いることが好ましい。もちろん、プレス型を加熱しておいて、焼き入れ温度を変化させ、プレス後の製品特性を制御してもよい。
【0049】
次に、実施例によって本発明の作用効果をさらに具体的に説明する。
【0050】
【参考例】
[参考例1]
本例では、板厚み1.0mmの表2に示す鋼種Aの溶融亜鉛めっき鋼板を650℃で合金化処理を行い、次いで大気雰囲気の加熱炉内で950℃×5分加熱して、加熱炉より取り出し、このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行った。このときの熱間プレス成形条件は、絞り高さ25mm、肩部丸み半径R5mm、ブランク直径90mm、パンチ直径50mm、ダイ直径53mmで実施した。成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定して成形性として評価した。なお、本例においては、鋼板の温度はほぼ2分で900℃に到達していた。
【0051】
このようにして得られた熱間プレス成形品について下記要領で塗膜密着性、塗装後耐食性(単に耐食性という)をぞれぞれ評価した。
塗膜密着性試験
本例で得た円筒絞り体から切り出した試験片に、日本パーカライジング(株)製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理したのち関西ペイント製電着塗料GT-10を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し、焼き付け温度150℃で20分焼き付け塗装した。塗膜厚みは20μmであった。
【0052】
試験片を50℃のイオン交換水に浸漬し240時間後に取り出して、カッターナイフで1mm幅の碁盤目状に傷を入れ、ニチバン製のポリエステルテープで剥離テストを行い、塗膜の残存マス数を比較し、塗膜密着性を評価した。なお、全マス数は100個とした。
【0053】
評価基準は残存マス数90?100個を良好:評価記号○、0?89個を不良:評価記号×とした。
塗装後耐食性試験
本例で得た円筒絞り体から切り出した試験片に、日本パーカライジング(株)製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理を行ったのち関西ペイント製電着塗料GT-10を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し、焼き付け温度150℃で20分焼き付け塗装した。塗膜厚みは20μmであった。
【0054】
試験片の塗膜にカッターナイフで素地に達するスクラッチ傷を入れた後、JIS Z2371に規定された塩水噴霧試験を480時間行った。傷部からの塗膜膨れ幅もしくは錆幅を測定し、塗装後耐食性を評価した。
【0055】
評価基準は錆幅、塗膜膨れ幅のいずれか大きい方の値でOmm以上?4mm未満を良好:評価記号○、4mm以上を不良:評価記号×とした。これらの試験結果を表2にまとめて示す。
【0056】
比較例として、冷延鋼板およびステンレス鋼板について950℃×5分の加熱を行ってから同様の熱間プレス成形を行い、上述のような特性評価を行った。
結果は表2にまとめて示すが、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた場合は良好な特性を示すが、ステンレス鋼板や冷延鋼板を用いた場合は、酸化物が形成され、黒色化し、この酸化物が剥離し、プレス成形時押し込み疵が生じた。また、塗膜密着性、耐食性も不合格であった。
【0057】
【表2】

【0058】
[参考例2]
本例では、鋼種Aについて参考例1と同様の試験を繰り返したが、表3に示すとおり、めっき付着量を種々に変え、まためっき直後の合金化処理の条件を変えることによってめっき皮膜中のFe含有量を変えた。本例では合金化処理めっき鋼板にさらに熱間プレス成形に先立って(A)大気雰囲気加熱炉950℃×5分加熱と、(B)大気雰囲気加熱炉850℃×3分加熱による加熱を行った。例No.9?23では、めっき層のFe含有量を変化させているが、これは熱間プレスに先立つ加熱以前に、合金化処理温度(500?800℃)や時間(30分以下)を変化させることにより行った。また、No.18?23は、熱間プレスに先立つ加熱時の時間を3分から6分間に延長し、より過酷な条件で熱間プレスを行った。
【0059】
結果を表3にまとめて示す。
いずれの例も、加熱後外観、成形性、塗膜密着性および耐食性ともに良好な結果であった。
【0060】
【表3】

【0061】
[参考例3]
本例では、表1の各鋼種について参考例1と同様の試験を繰り返し、得られた試験片について成形性、塗膜密着性、耐食性の評価試験を行った。結果を表4にまとめて示す。
【0062】
いずれの例も、加熱後外観、成形性、塗膜密着性および耐食性ともに良好な結果であった。
【0063】
【表4】

【0064】
[実施例]
表1に示す鋼種Aの成分をもち、厚さ1.0mmの鋼板を使用し、実験室でめっきを施した。電気めっきは実際の製造ラインで使用されているめっき浴を用い、実験室でめっきを施した。溶融めっきは実際の製造ラインで用いられる浴を実験室で再現して溶融めっきを行った。亜鉛-鉄めっきの合金化処理は550℃の溶融塩浴に浸漬する方法を用いた。得られためっき鋼板は参考例1と同様の熱間成形、評価を実施した。熱間プレスに先立つ加熱は、大気炉で850℃、3分間行った。
【0065】
得られた結果を、表5に示すが、めっき方法、めっき層の組成に関係なく、良好な特性が得られている。
【0066】
【表5】

【0067】
これらの結果からも分かるように、本発明によれば、いずれの場合にあっても、プレス成形性のすぐれた材料が得られ、成形品としてすぐれた塗膜密着性および耐食性を示すことが分かる。
【0068】
【発明の効果】
以上説明してきたように、本発明によれば、例えば高張力鋼板およびステンレス鋼板などの難プレス成形材料の熱間プレス成形が可能となり、その際に、加熱炉の雰囲気制御設備が不要となるほか、プレス成形時の鋼板酸化物の剥離処理工程も不要となり生産工程を簡素化できる。また犠牲防食効果のある亜鉛めっき層を有するためプレス成形製品の耐食性も向上する。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2014-06-30 
結審通知日 2014-07-02 
審決日 2014-07-24 
出願番号 特願2001-264591(P2001-264591)
審決分類 P 1 113・ 16- YAA (C22C)
P 1 113・ 536- YAA (C22C)
P 1 113・ 121- YAA (C22C)
P 1 113・ 113- YAA (C22C)
P 1 113・ 537- YAA (C22C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 木村 孔一松本 要  
特許庁審判長 木村 孔一
特許庁審判官 小川 進
鈴木 正紀
登録日 2004-08-06 
登録番号 特許第3582504号(P3582504)
発明の名称 熱間プレス用めっき鋼板  
代理人 齋藤 誠二郎  
代理人 増井 和夫  
代理人 奥井 正樹  
代理人 松本 悟  
代理人 斉藤 誠二郎  
代理人 橋口 尚幸  
代理人 増井 和夫  
代理人 橋口 尚幸  

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