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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
管理番号 1327919
異議申立番号 異議2016-701157  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-06-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-12-19 
確定日 2017-05-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第5944114号発明「熱可塑等方性プリプレグ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5944114号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第5944114号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成23年5月30日に特許出願され、平成28年6月3日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人 特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2.本件発明
本件特許の請求項1?8に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明8」といい、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、その特許請求の範囲の請求項1?8にそれぞれ記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
繊維長10mm超100mm以下の強化繊維と熱可塑性樹脂とから構成され、強化繊維が炭素繊維であり、下記式(1)で定義される面配向度σが90%以上となり、強化繊維として下記式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)と、それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束を含むことを特徴とする厚み1.0?100.0mmの板状の熱可塑等方性プリプレグ。
面配向度σ=100×(1-(面配向角γが10°以上の繊維本数)/(全繊維本数)) (1)
面配向角γは下記式(2)で定義される。

臨界単糸数=600/D (3)
(ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)
【請求項2】
強化繊維が25?3000g/m^(2)の目付けにて2次元ランダムに配向している請求項1に記載のプリプレグ。
【請求項3】
下記式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)について、強化繊維全量に対する割合が体積分率で30%以上から90%未満である請求項1または2に記載のプリプレグ。
臨界単糸数=600/D (3)
(ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)
【請求項4】
強化繊維として、太さ0.2mm単位で分類される、異なった太さの強化繊維束を含む請求項1?3のいずれかに記載のプリプレグ。
【請求項5】
強化繊維の繊維体積含有率が17.3%以下のものを除く、請求項1?4のいずれかに記載のプリプレグ。
【請求項6】
任意の方向、及びこれと直交する方向についての引張弾性率の大きい方の値を小さい方の値で割った比(Eδ)が1.0から1.3となる、請求項1?5のいずれかに記載のプリプレグ。
【請求項7】
以下1?5の工程を含む請求項1?6のいずれかに記載のプリプレグの製造方法。
1.強化繊維をカットする工程、
2.カットされた強化繊維を、下部に円錐形のテーパ管が溶接された管内に導入し、空気を強化繊維に吹き付ける事により、繊維束をバラバラに開繊させる工程、
3.ベンチュリー効果を利用して開繊され、テーパ管内にて空気の拡散による回転力が与えられた強化繊維を拡散させると同時に、繊維状又はパウダー状の熱可塑性樹脂とともに吸引し、強化繊維と熱可塑性樹脂を同時に散布する塗布工程、
4.塗布された強化繊維および熱可塑性樹脂を定着させ、ランダムマットを得る工程。
5.ランダムマットを熱プレスしてプリプレグを得る工程。
【請求項8】
請求項1?6のいずれかに記載のプリプレグを、マトリックス樹脂が結晶性樹脂の場合は融点以上、融点+80℃以下または分解温度以下、非晶性樹脂の場合はガラス転移温度以上、ガラス転移温度+200℃以下または分解温度以下に加熱し、結晶性樹脂の場合は融点、非晶性樹脂の場合は軟化点より低い温度の型内に下記式(5)で算出されるチャージ率20?80%で設置して型を閉じ加圧する成形体の製造方法。
チャージ率(%)=100×基材面積(mm^(2))/金型キャビティ総面積(mm^(2)) (5)」


第3.申立理由の概要
異議申立人は、特許異議申立書において、概要以下の(A)?(D)の取消理由を挙げ、証拠として以下の各甲号証を提出して、本件特許の請求項1?8に係る発明は、特許法第113条第2号(下記の(A)及び(B))又は、第4号(下記の(C)及び(D))に該当し、取り消すべきものであると主張している。

<証拠方法>
甲第1号証:Thermoplastic press sheet with in-plane randomly oriented and dispersed carbon fibers、11th JAPAN INTERNATIONAL SAMPE SYMPOSIUM&EXHIBITION、2009年11月26日にて発表、第1?6頁(写しおよび抄訳文。なお、本論文の発表年月日は、併せて添付された11th JAPAN INTERNATIONAL SAMPE SYMPOSIUM&EXHIBITIONの会場にて配布された電子媒体(USB)に格納されたプログラムに記載された期日による。)
甲第2号証:特開2012-36247号公報
甲第3号証:橋本雅弘ら、単糸分散炭素繊維による熱可塑性プレス基材の開発とその力学特性評価、日本複合材料学会誌、第37巻、第4号、138-146頁、平成23年7月15日(写し)
甲第4号証:特開2011-84038号公報
甲第5号証:特開2006-77343号公報
甲第6号証:特開2004-217829号公報
甲第7号証:特開2010-235779号公報
甲第8号証:特開平4-163109号公報
甲第9号証:特願2010-44286号に対して通知された拒絶査定、1?4頁、写し
甲第10号証:神田橋博之、スタンパブルシートによる自動車部品の開発、塑性と加工(日本塑性加工学会誌)、第41巻、第476号、18?22頁、2000年9月(写し)
甲第11号証:特開平3-296427号公報
甲第12号証:特開平6-91229号公報
甲第13号証:特開平6-118712号公報
甲第14号証:特開昭61-57279号公報
甲第15号証:広辞苑第六版、株式会社岩波書店、2008年1月11日発行、第1750頁(写し)
甲第16号証:日本国語大辞典第十三巻、株式会社小学館、昭和50年1月10日第1版第1刷発行、149頁(写し)
甲第17号証:A RANDOM FIBRE NETWORK MODEL FOR PREDICTING THE STOCHASTIC EFFECTS OF DISCONTINUOUS FIBRE COMPOSITES (2007)、1?10頁(写しおよび抄訳文)

(以下、甲第1号証?甲第17号証を、それぞれ、単に「甲1」から「甲17」ともいう。)

(A)特許法第29条第1項第3号(請求項1、5?6;新規性)
甲第2号証及び甲第3号証を参酌するに、本件特許の請求項1、5?6に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当する。よって、請求項1、5?6に係る本件特許は、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由1」という。)
(B)特許法第29条第2項(請求項1?8;進歩性)
本件特許の請求項1?8に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証に記載の発明及び甲第2?14号証に記載の技術的事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当する。よって、請求項1?8に係る本件特許は、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由2」という。)
(C)特許法第36条第6項第1号(請求項1?6、8;サポート要件)
請求項1?6及び8に係る本件特許は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由3」という。なお、特許法36条第6項第1号に規定する要件を、以下、「サポート要件」ともいう。)
(D)特許法第36条第6項第2号(請求項1?8;明確性)
請求項1?8に係る本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるために特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由4」という。)

第4.甲各号証の記載及び甲第1号証に記載された発明
甲第1?14号証には、以下の記載事項が記載されている。
なお、甲第1号証及び甲第4?14号証は、本件特許の出願前に頒布された刊行物であり、甲第2号証及び甲第3号証は、本件特許の出願後に頒布された刊行物である。
また、甲第1号証は英語文献であるので、異議申立人による訳文で記載する。

1.甲第1号証の記載事項
(ア)「本研究により、炭素繊維および熱可塑性樹脂からなる、新規な圧縮成形基材を提案する。この基材は、複合材における、炭素繊維の2次元ランダムな配向および分散を可能にする。複合材は、基材を積層し、ホットプレスにより基材を一体化することによって作製される。図1(a)および1(b)は、基材により作製された複合材の概観および断面部を示す。炭素繊維は良好に分散され、マトリックスリッチの領域は最小化された。これらの特徴は、優れた成形性に寄与する。リブ構造のような複雑形状のコンポーネントが容易に作製される(図1(c))。


(2頁12?18行及び図1)

(イ)「複合材の強度に対する繊維長の影響
複合材における繊維配向および繊維長は、基材の前駆体である炭素繊維マット(CFマット)の繊維配向および繊維長を制御することにより、容易に調整することができる。この研究において、異なる繊維長を有する6個の引張り試験用の試験片を用意した。各試験片の繊維は、2次元ランダムに配向されていた(図2(a))。複合材は、炭素繊維T700S(東レ)およびポリプロピレンマトリックス樹脂(東レ)で作製された。各複合材の繊維体積含有率Vfは、20%とした。
図2(b)は、各複合材における繊維長分布を示す試験データをプロットしたものである。繊維長が分布され、上限l_(ini)は、CFマットの初期の繊維長である。簡略化のために、複合材の強度に対する繊維長の影響を検討するために平均繊維長(l_(ave))を使用した。

(a)CFマットの繊維配向分布(l_(ini)=6.4mm)(b)繊維長分布

(3頁1?11行及び図2)

2.甲第1号証に記載された発明
上記1.によれば、甲第1号証には、複合材における炭素繊維の2次元ランダムな配向および分散を可能にする、炭素繊維および熱可塑性樹脂からなる、圧縮成形基材が記載され(記載事項(ア))、基材を積層し、ホットプレスにより基材を一体化することによって複合材が作製されること(同左)、作製された複合材は、図1(a)および図1(b)によれば、炭素繊維が良好に分散され、マトリックスリッチの領域は最小化されていたこと(同左)も記載されている。
また、甲第1号証には、複合材の強度に対する繊維長の影響を調べる目的で、炭素繊維T700S(東レ)およびポリプロピレンマトリックス樹脂(東レ)からなる複合材試験片であって、該試験片を構成する基材の前駆体である炭素繊維(CF)マットを構成する炭素繊維の初期繊維長が、12mmまたは20mmである試験片を作製したこと(記載事項(イ))、各試験片の繊維は、繊維が2次元ランダムに配向されていたこと(同左図2(a))が記載され、図2(b)には、繊維長が12mmまたは20mmからの試験片には繊維長が10mmから20mmの範囲内の炭素繊維が含まれていることが示されている。

そうすると、甲第1号証には、
「繊維長が12mmまたは20mmの炭素繊維T700S(東レ)とポリプロピレンマトリックス樹脂とからなる炭素繊維マットであって、繊維が2次元ランダムに配向されている炭素繊維マットであって、複合材を作製するための基材である炭素繊維マット」の発明(以下「甲1発明」という。)
が、記載されているといえる。

3.甲第2?14号証の記載事項
(1)甲第2号証
「(b):直径7μ、PAN系炭素繊維(東レ社製“トレカ”T700S)」(【0062】)
(2)甲第3号証
「本研究で述べる熱可塑性プレス基材とは、東レが開発した新しい面内等方向のスタンパブルシートである。基材は炭素繊維のマットに熱可塑性樹脂をホットプレスによって含浸させて作製する。基材を複数枚積層し、予熱・冷間プレスする高速スタンピング成形により成形品を作製することが可能である。・・・基材の複雑形状への成形性を示すため、モデル構造部材としてT型のリブを作製した。作製したリブの断面写真をFig.2に示す。樹脂リッチ領域も少なく、繊維の分散性も保たれていることが確認できる。

Fig.2 シートのリブ構造

(139頁左欄下から14行?右欄1行及びFig.2)
(3)甲第4号証
「[実施例5]
平織織物の代わりに炭素繊維ランダムマット[東邦テナックス社製 STS24Kを10mmにカットし目付200g/m^(2)に抄紙したもの)を使用した他は実施例1と同様に、繊維強化複合材料成形板Aを得て、金型にて賦形・打ち抜きを行なった。」(【0024】)
(4)甲第5号証
「(実施例1)
・・・炭素繊維チョップドストランドを目付390g/m^(2)となるよう調整し、湿式抄造法にて、炭素繊維マットを得・・・」(【0064】)
(5)甲第6号証
「ウェブの目付量は、通常100?1000g/m^(2)程度である」(【0031】)
(6)甲第7号証
「プリプレグの目付としては好ましくは10?500g/m^(2)であり、より好ましくは30?400g/m^(2)であり、さらに好ましくは100?300g/m^(2)である」(【0033】)
(7)甲第8号証
「1、強化繊維と熱可塑性樹脂を主成分として、抄造技術により得られる不織材料を加熱、加圧し、さらに冷却して繊維強化熱可塑性樹脂成形素材を製造する方法において、不織材料が複数本に集束された強化繊維束もしくは、単一の繊維の状態で分散している強化繊維と複数本に集束された強化繊維束の混合体から構成されていることを特徴とする繊維強化熱可塑性樹脂成形素材の製造方法」(特許請求の範囲)。
「抄造法で製造された不織材料は、強化繊維がランダムに配向しているために、非常に嵩高いという性質を示す。・・・シート状成形素材は、成形前にマトリックスを構成する熱可塑性樹脂の軟化点または融点以上に加熱されるが、その際に熱可塑性樹脂の強化繊維に対する結合力が弱まるため強化繊維が元に戻ろうとするスプリングバックによりシートの膨張が発生する。この膨張は、シートの表面から始まり次第に熱が板厚中心部に及ぶにつれて全体的に膨張し、それと共にシート内に断熱空気層が形成されるため熱伝導率が低下する。この結果、シート板厚中心部の熱可塑性樹脂の温度上昇が阻害されることによる成形時の流動性の低下と、シート表面が局部的に加熱されるため熱可塑性樹脂が熱分解することにより劣化し、強化繊維が浮き上がり、成形品の外観の悪化と強度低下という問題を引き起こす。・・・
[発明が解決しようとする課題]
本発明の目的は、上記の欠点を除去した加熱効率の高い繊維強化熱可塑性樹脂シート状成形素材の製造方法を提供するものである。
[課題を解決するための手段]
本発明は、強化繊維と熱可塑性樹脂を主成分として、抄造技術により得られる不織材料を加熱、加圧し、さらに冷却して繊維強化熱可塑性樹脂成形素材を製造する方法において、不織材料が複数本に集束された強化繊維束もしくは、単一の繊維の状態で分散している強化繊維と複数本に集束された強化繊維束の混合体から構成されていることを特徴とする繊維強化熱可塑性樹脂の製造方法である。・・・本発明により嵩密度を上げた不織材料を原料として製造される繊維強化熱可塑性樹脂シート状成形素材は、加熱時の強化繊維のスプリングバックが抑えられるため、シート膨張が小さくなり、加熱効率が向上し、均一加熱により優れた成形時の流動性と成形品外観の改善を図ることができる。
強化繊維束の使用によるシート膨張の抑制効果は、不織材料を構成する強化繊維全体の割合で変化するが、強化繊維束の集束本数とその混合割合が増加することにより向上する。しかし、強化繊維束の集束本数とその混合割合の増加に伴い、強化繊維束の表面露出による成形品外観の低下が生じるため、直径3μmφから30μmφで、長さ3mmから50mm程度に切断された強化繊維が10本から1000本に集束された強化繊維束を成形用途に応じて混合割合を決定し、不織材料を製造することが望ましい。
・・・
(実施例1)
強化繊維として水溶性高分子、潤滑剤、シランカップリング剤で処理された直径10μmφ、長さ25mmのガラス繊維Aと、シランカップリング剤、ウレタンバインダーで直径10μmφ、長さ13mmのガラス繊維が67本に集束されているガラス繊維束Bを用いて、抄造法により全体の強化繊維が40wt%とポリプロピレン樹脂60wt%の組成で、目付量が4500g/m^(2)の不織材料を製造した。
ポリプロピレン樹脂は、直径3mmφの球状のペレットを粉砕し、その粉砕品をふるい分けにより70mesh(開孔径0.212mm)から10mesh(開孔径1.7mm)までに分級した粉末を用いた。不織材料を構成するガラス繊維Aとガラス繊維束Bの混合割合を表1に示した。これらの不織材料を原料として、ホットプレス成形で空隙が除去された厚み3.7mmの繊維強化熱可塑性樹脂シートを成形した。」(2頁右上6行?4頁右上欄8行)。
(8)甲第9号証
甲第9号証は、特願2010-44286号に対して通知された拒絶査定の写しである。
(9)甲第10号証
「2.5 スタンパブルシートの成形
・・・チャージパターンは、以下の項目を考慮して決定する必要がある。 ・・・
1) ・・・
2)流動性:原料を積み重ねるほど、流動性は良好となる・・・」(20頁左欄7?17行)
(10)甲第11号証
「分散混合方法およびその装置」に関するものである甲第11号証には、以下の記載がある。
「(1)先細ノズル部、スロート部、ディフューザー部を順に設けた外筒と、上記先細ノズル部内に設けた内筒を同軸上に配し、外筒と内筒に、それぞれ接線方向から高圧空気とともに混合微粉体を供給して二種類の異なった旋回流を形成させ、前記スロート部で両旋回流を超音速まで加速させて微粉体を分散混合した後、ディフューザー部で膨張拡散させることを特徴とする分散混合方法」 (請求項1)。
「混合微粉体を先細ノズル部2に接続した導入管5に加圧気流と共に供給し、内筒10の導入管12に加圧気流を供給すると、混合微粉体は、先細ノズル部2内において旋回する。一方、加圧気流は内筒10の内部において旋回し、その旋回気流は、内筒10から先細ノズル部2の前部に流入して先細ノズル部2内を旋回する混合微粉体と合流する」(2頁右下欄18行?3頁左上欄5行)。


」(第1図)

(11)甲第12号証
「分級装置」に関するものである甲第12号証には、以下の記載がある。
「【0016】・・・第1導入路11に加圧気流を供給すると、この気流は円筒路8内に流入して旋回し、円錐路9から噴出路10に流れ、粗粉回収室18内に流出する。・・・
【0017】粉体は、第2供給筒12内で旋回し、その粉体を含む気流は先細ノズル部13から第1供給筒4内の円錐路9に流れ、その円錐路9内で旋回する気流と合流する。・・・
【0018】上記合成流は噴出路10に至り、その噴出路10によって音速まで加速され、強力な旋回流が形成される。」


」(図1)

(12)甲第13号証
「磁性トナー」に関するものである甲第13号証には、以下の記載がある。
「少なくともバインダー樹脂と磁性体と外添剤からの成分と、製法して混合と、混練と、粉砕と、分級と、外添処理とから成る磁性トナーであって、前記外添処理が少なくとも撹拌羽根により前記磁性トナーを撹拌するミキサーと、前記ミキサー内の前記磁性トナーに対して圧縮空気により前記外添剤を分散噴霧する同軸二重管ノズルと、を具備する外添処理装置により行われることを特徴とする磁性トナー」(請求項1)


」(図2)
(13)甲第14号証
「アニュラ分級機」に関するものである甲第14号証には、以下の記載がある。
「前記加速域21は、第1図に示す如く断面略三角形状で前記中央胴部17の下部に設けたテーパ部34の外周面と湾曲壁本体27のテーパ面35とによって形成された軸対称の円環状空間をなし、前記スリット室28と18の各流出部36及び37はその間に決まれた混合流用整流格子32、従ってスリット33の中心に対して流体力学的に対称となるように構成されている。また上記テーパ部34の外周面とテーパ面35の形状も、前記混合流用整流格子32、即ちスリット33の中心に対して流体力学的に対称な構造となるように設定されている」(第3頁右下欄第5?16行)



」(第1図)


第5 当合議体の判断
当合議体は、以下に述べるように、取消理由1?4によっては、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。

1.取消理由1(新規性)について(特許異議申立書3(6))
(1)本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「繊維長が12mmまたは20mmの炭素繊維T700S(東レ)」は、本件発明1の「繊維長10mm超100mm以下の強化繊維」であって、「強化繊維が炭素繊維」であるものに相当するし、甲1発明の「ポリプロピレンマトリックス樹脂」は、本件発明1の「熱可塑性樹脂」に相当する。
また、甲1発明の「炭素繊維マット」は、「板状」であるといえるし、繊維が2次元ランダムに配向されているから「等方性」であり、複合材を作製するための基材であるから「プリプレグ」に相当する。
そうすると、両者は、
「繊維長10mm超100mm以下の強化繊維と熱可塑性樹脂とから構成され、強化繊維が炭素繊維である、板状の熱可塑等方性プリプレグ。」の点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1>
プリプレグについて、本件発明1では「下記式(1)で定義される面配向度σが90%以上」と特定されているのに対し、甲1発明では、かかる特定がない点。
(なお、式(1)の定義は、第2の請求項1に記載のとおりであるが、記載は省略する。以下、この決定中において同様である。)
<相違点2>
プリプレグに含まれる炭素繊維である強化繊維について、本件発明1では、「下記式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)と、それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束を含む」と特定されているのに対し、甲1発明では、かかる特定がない点。
(なお、式(3)の定義は、第2の請求項1に記載のとおりであるが、記載は省略する。以下、この決定中において同様である。)
<相違点3>
プリプレグの厚みについて、本件発明1では、「1.0?100.0mm」と特定されているのに対し、甲1発明では、かかる特定がない点。

そうすると、本件発明1は、甲1発明と相違点1?3の点で相違するから、本件発明1が甲1発明、すなわち、甲1に記載された発明であるということはできない。

なお、上記相違点1?3について、異議申立人は、特許異議申立書において、概略、以下の主張をしている。

<相違点1についての主張>(特許異議申立書33?34頁)
甲1発明のスタンパブルシート(当合議体注;甲1には、「スタンパブルシート」なる記載はないが、異議申立人は、特許異議申立書の33頁で「CFマット(カーボンファイバーマット、スタンパブルシート)」と記載しており、甲1発明の「炭素繊維マット」、すなわち、本件発明1でいうところの「プリプレグ」を意図する記載であると解されるので、以下、この決定中では「炭素繊維マット」或いは、「プリプレグ」と記載する。)は、図1(b)に示される断面部の写真によれば、3次元方向に配向された繊維は略無いから、面配向度σが90%以上となっている例が開示されているに等しい。(以下、「主張1」という。)

<相違点2についての主張>(特許異議申立書35?36頁)
T700Sの平均繊維径は7μmであるから(要すれば甲第2号証を参照)、T700Sの臨界単糸数は86(=600/7)である。
甲1の開示および図1(b)によれば、図1(b)には、プリプレグに、「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)」の領域のほかに、「それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束」の領域が確認できる。(以下、「主張2」という。)

<相違点3についての主張>(特許異議申立書36?38頁)
甲1の開示および図1(c)によれば、甲1発明のプリプレグから、厚み約1.83mmの平面部の形成されたリブ構造が作製され得る(要すれば甲第3号証の図2右図も参照)。
このような厚みの平面部が形成されたことからすれば、元のプリプレグの厚みは、1.0?100.0mmの範囲内であったことが自明である。(以下、「主張3」という。)

そこで、検討すると、
まず、主張1については、甲1の図1(b)に示される断面部の写真は、「3次元方向に配向された繊維」があるかないかを判別することができる程度の精度及び鮮明性を有しておらず、該写真から、「3次元方向に配向された繊維は略無い」と結論付けることはできないし、ましてや、式(1)で定義される面配向度σが90%以上となっている例が開示されているとはいえない。
したがって、甲1に、相違点1にかかる本件発明1の構成が開示されているに等しいとはいえない。

次に、主張2については、まず、甲1に記載される「T700S(東レ)」が、甲2に記載の直径7μの「PAN系炭素繊維(東レ社製“トレカ”T700S)」と同じ会社による同じ型番の製品であるとしても、そのことから直ちに、甲1の「T700S(東レ)」が、甲2の直径7μの「PAN系炭素繊維(東レ社製“トレカ”T700S)」と同じであると結論付けることはできないし、仮にそうであったとしても、甲1の図1(b)に示される断面部の写真は、「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束」、「単糸の状態」または「臨界単糸数未満で構成される強化繊維束」が存在するか否かを判別できる程度の精度及び鮮明性を有していないから、図1(b)から、プリプレグに、「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)」の領域のほかに、「それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束」の領域の存在が確認できると結論付けることはできない
よって、甲1に、相違点2にかかる本件発明1の構成が開示されているに等しいともいえない。

さらに、主張3については、甲1の図1(c)は、プリプレグを使用して製造された成形体自体の写真であり、プリプレグ自体は記載されていないし、甲1には、成形体を何枚のプリプレグをどのように配置して製造したのかについての記載もなく、図1(c)からプリプレグの厚さを推認することもできない。
そうすると、仮に甲1の図1(c)の写真のリブ構造の平面部の厚みが本件発明1を満足する場合であっても、そのことから、プリプレグの厚さを特定することはできないから、主張3は失当であり、本件発明1の相違点3にかかる構成が甲1に記載されているとはいえない。
なお、特許権者は、甲1の図1(c)の成形体が甲3のFig.2の成形体と同じであることを前提として甲1の図1(c)の成形体の厚さについて言及しているが、両成形体が同じものであるとの主張自体に根拠がない点も付記する。

以上のとおり、異議申立人の主張を参酌しても、本件発明1は、甲1に記載された発明であるということはできない。

(2)本件発明5及び6について
本件発明5及び6は、いずれも、本件発明1を引用する発明であるから、同様に、甲1に記載された発明ということはできない。

(3)小括
よって、異議申立人が主張する取消理由1によっては、請求項1、5及び6に係る特許を取り消すことはできない。


2.取消理由2(進歩性)について
(1)本件発明1について
1.(1)で説示したとおり、甲1には、上記相違点1?3にかかる本件発明1の構成は記載されていないし、甲1の記載からは、相違点1?3にかかる本件発明1の構成を導き出すことはできない。

異議申立人は、進歩性の取消理由に関して、参考資料あるいは周知技術を示すとして、甲2?14を提出しているので、検討する。
まず、甲2及び甲3は、相違点2及び3についての主張に関連して提出されたものであるが、相違点2及び3に係る本件発明1の構成は記載も示唆もされておらず、また、相違点1に係る本件発明1の構成も記載も示唆もされていない。なお、甲2及び甲3は、本件特許の出願より後に頒布されたものであって、進歩性を否定する本件特許出願時の公知技術とはなり得ないものである。
甲4?7は、本件発明2の発明特定事項である、「強化繊維が25?3000g/m^(2)の目付け」とする点が、周知技術であることを示すために異議申立人により提示されたものであり、甲10は、本件発明8の発明特定事項である、「式(5)で算出されるチャージ率20?80%で設置して型を閉じ加圧する工程」に関し、チャージ率が、プリプレグの原料の流動性等を考慮して適宜規定されることが自明であることを示すとして提出されたものであり、甲11?14は、本件発明7の発明特定事項である、「カットされた強化繊維を、下部に円錐形のテーパ管が溶接された管内に導入し、空気を強化繊維に吹き付ける事により、繊維束をバラバラに開繊させる工程」に関し、原料を分散、混合させる装置の構成として、円錐状のテーパ管を備えたものを用い、その管内にて空気を吹き付ける工程点が周知技術であることを示すとして、異議申立人により提示されたものであるが、これらはいずれも、本件発明1の上記相違点1?3にかかる構成を記載或いは示唆するものではない。
また、甲11?14は、それぞれ、粉体の分散混合装置、粉体の分級装置、磁性トナー製造のための外添処理装置、アニュラ分級機に関するものであって、いずれも本件発明(熱可塑性等方性プリプレグ)とは異なる技術分野の文献である点で、本件発明7の繊維束の開繊工程を示唆するものともいえない。
さらに、甲8は、本件発明3の発明特定事項である、「式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)について、強化繊維全量に対する割合が体積分率で30%以上から90%未満である」点に関し、表面平滑性や力学特性を考慮して、繊維の開繊、集束の度合いを最適化することは容易であることを示すとして異議申立人により提示されたものであり、甲8の記載(上記3.(7))から、繊維強化熱可塑性樹脂成形素材として、ある程度集束した繊維を用いることで、スプリングバックが防止できること、集束本数および集束した繊維の割合が大きすぎると、繊維束の表面露出により外観が低下することが理解できる。また、甲8の実施例1には、強化繊維がガラス繊維であり、炭素繊維ではない点で本件発明1とは異なるが、本件発明1の相違点2にかかる構成を満足する繊維を使用して熱可塑性樹脂とともに抄造して不織材料とし、これをホットプレス成形して、相違点3にかかる構成を満足する厚みの繊維強化熱可塑性樹脂シートが得られたことが記載されている。
しかしながら、甲8には、繊維強化熱可塑性樹脂シートを本件発明1の相違点1にかかる構成を満足するものとする点についての記載はないし、抄造後に得られた不織材料からの実施例1のホットプレス成形シートが、本件発明1の相違点2にかかる構成を満足するかも不明である。
(なお、甲9は、本件特許権者による他の特許出願の出願経過における拒絶査定であり、この拒絶査定における判断が本件特許発明の進歩性の判断に影響するものではない。)

一方、上記相違点1?3を備えたプリプレグである本件発明1は、本件特許明細書の記載によれば、「等方性を維持したまま型内で流動させ成形することができ、等方性に優れた成形体が提供できる」(【0009】)ものであり、このことは実施例1?3で確認されている。
そして、この効果は上記甲1?14に記載の技術的事項からも予期し得ない。

よって、本件発明1は、甲1発明及び甲2?甲14に記載された技術的事項から当業者が容易になし得るものであるとはいえない。

なお、異議申立人は、特許異議申立書において「本件特許発明1は、甲第1号証に記載の発明であり、新規性がない。そうすると、本件特許発明1は、当然に進歩性がない。」と主張するのみで、本件発明1が、甲1発明から進歩性を有しないとする具体的な理由を何ら述べていないことを付言する。

(2)特許発明2?8について
本件発明2?6は本件発明1を更に減縮したものであり、また、本件発明7は、本件発明1?6のプリプレグを製造する方法に関するものであり、さらに、本件発明8は、本件発明1?6のプリプレグから成形体を製造する方法の発明である。
そして、本件発明1が甲1発明及び甲2?甲14に記載された技術的事項から当業者が容易になし得るものであるとはいえないことは(1)で述べたとおりであり、本件発明2?8についても、同様に、甲1発明及び甲2?甲14に記載された技術的事項から当業者が容易になし得るものであるとはいえない。

(3)小括
よって、異議申立人が主張する取消理由2によっても、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。


3.取消理由3(サポート要件)について(特許異議申立書3(5))
取消理由3についての異議申立人の主張の概要は、具体的には、本件特許の出願経過において平成27年12月8日付(発送日)の拒絶理由通知書の引用文献1に基づく新規性進歩性の拒絶理由対する応答として、特許権者が平成28年2月5日付で提出した意見書での主張によれば、本件発明1において面配向度σが90%以上を達成できるのは、「テーパ管内にて強化繊維に空気の拡散による回転力が与えられてから散布するような特段の創意工夫がなされたこと」によると解されるのに、このような工程が採用されたことは、本件特許発明1には発明特定事項として規定されていないから、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるし、請求項1を引用する請求項2?6及び8に記載の発明についても同様である、というものである。
上記拒絶理由通知書、意見書及び引用文献1は、いずれも、本件異議申立書の証拠方法としては提出されておらず、取消理由3の主張の趣旨も必ずしも明らかとはいえないが、異議申立人が主張する取消理由3は、本件発明1の発明特定事項である「面配向度σが90%以上」を満足する達成できるのは「テーパ管内にて強化繊維に空気の拡散による回転力が与えられてから散布する」特定の製造方法の場合のみであるのに、本件発明1?6及び8の発明特定事項としてその点の特定がないから、本件発明はサポート要件を満足しないとの主張であるとも解される。
以下は、この前提で判断する。

サポート要件を満足するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、そして、出願時の技術常識も考慮して、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において、発明が解決しようとする課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると判断された場合には、該請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に実質的に記載されているとはいえず、特許法第36条第6項第1号の規定に反するものとなる。
本件について検討すると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載(特に、【0001】?【0010】)によれば、本件発明1?6が解決しようとする課題は、「金型への基材のチャージ率を100%以下とし成形時に金型内部で基材を流動させても、等方性を維持し、等方性に優れた成形体を製造可能な、熱可塑性等方性プリプレグを提供すること」(以下、「課題1」という。)であり、また、本件発明8が解決しようとする課題は、「等方性に優れた成形体の製造方法であって、機械物性を落とすことなく成形時のバリや端材を低減し、トリミングなどの工程を省いて成形することが可能な製造方法を提供すること」(以下、「課題2」という。)であると認められる。
そこで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、出願時の技術常識も考慮して、本件発明1?6及び本件発明8が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであると言えるかについて検討する。

(1)本件発明1について
本件発明1は、第2の請求項1に記載したとおりのものであるところ、本件発明1の発明特定事項に関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0007】には、本件発明1の発明特定事項を備えることで、課題1を解決できる旨が記載されている。
また、【0019】に、「繊維長」について、「ある程度長い強化繊維」を含むことで「強化機能が発現できる」ことが、【0015】に、「式(1)で定義される面配向度σ」について、「面配向度σが高いほど、プリプレグ内の繊維の面内配向割合が高い」こと、「面配向度σが90%以上であることで成形時に金型内部で基材を流動させた場合に流動抵抗を少なくすることができ」、また、「流動抵抗が小さいことで、流動時に繊維配向が乱れにくくなり、等方性が維持されやすくなる」ことが記載されている。
【0029】に、「強化繊維として下記式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)と、それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束を含むこと」について、「式(1)で定義される臨界単糸以上の強化繊維束(A)と、単糸の状態又は臨界単糸数未満の強化繊維(B)が同時に存在するランダムマットにより、面配向性が高く、嵩の小さい本発明のプリプレグを得るためのランダムマットを得る事が可能である。このランダムマットを用いて熱プレスすることで1.0mm?100.0mmの本発明の熱可塑等方性プリプレグを得ることが出来る。」と記載されている。(なお、【0029】中の式(1)は、式(3)の誤記と認める。)
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1の発明特定事項を備えるプリプレグは、成形時に金型内部で基材を流動させた場合の流動抵抗が少なく、流動時に繊維配向が乱れにくく、等方性が維持されやすい、面配向性が高く嵩の小さい熱可塑等方性プリプレグであって、課題1を解決できるものであることが理解できる。
また、本件特許明細書(【0054】?【0058】)には、本件発明1の具体例として、実施例1及び2に、炭素繊維とポリカーボネートとからなるプリプレグ及び該プリプレグからの成形体の製造例が、実施例3に、炭素繊維とポリアミドとからなるプリプレグ及び該プリプレグからの成形体の製造例がそれぞれ記載されている。
そして、実施例1?3には、本件発明1で特定される「繊維長」、「式(1)で定義される面配向度σ」、「式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)と、それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束の割合」、「厚み」及び「等方性」(これは、プリプレグの0度及び90度方向の引張り弾性率を測定し、その値のうち大きいものを小さいもので割った比(Eδ)を算出する事で確認でき、弾性率の比が1に近いほど、等方性に優れる。)は、それぞれ、実施例1(20mm,97%,35%,6.1mm,プリプレグのEδは1.03)、実施例2(20mm,98%,35%,2.1mm,成型体のEδは1.18であるがプリプレグは「等方性」であったとのみ記載されている。)、実施例3(20mm,95%,86%,6.2mm,プリプレグのEδは1.07))であったことが記載されており、これらはいずれも本件発明1の発明特定事項を満足するものである。
また、実施例1には、「得られたプリプレグを・・・正方形にカットしたものを・・・表面温度が270℃になるまで加熱し、加熱したプリプレグの5倍の投影面積をもつ、120℃に設定した平面の金型に配置し、130Tonの荷重を加えて流動させたところ、プレス前の3.1倍の投影面積の成形体が得られた。このとき式(6)より求めた適用可能チャージ率は32%であった。得られた成形体の・・・弾性率の比(Eδ)は1.14であり、繊維配向は殆ど無いことが確認できた。上記から、この基材は良好な流動性と、成形物全体の等方性を併せ持つプリプレグであることが確認できた。」と記載されている。
また、実施例2にも、同様に、得られたプリプレグから、プレス前の1.3倍の投影面積の成形体が得られ、適用可能チャージ率は76%であり、成形体のEδは1.18で、繊維配向は殆ど無いことが確認できたことから、この基材が良好な流動性と、成形物全体の等方性を併せ持つプリプレグであることが確認できたことが記載され、さらに、実施例3にも、プリプレグの表面温度が280℃になるまで加熱し、平面の金型を140℃に設定した点を除いて同様にして成形して、プレス前の2.9倍の投影面積、チャージ率は34%で、Eδ1.18で繊維配向が殆ど無い成形体が得られ、この基材は良好な流動性と、成形物全体の等方性を併せ持つプリプレグであることが確認できたことが記載されている。

これらの本件特許明細書の発明の詳細な記載によれば、本件発明1の発明特定事項を満足することで、「金型への基材のチャージ率を100%以下とし成形時に金型内部で基材を流動させても、等方性を維持し、等方性に優れた成形体を製造可能な、熱可塑性等方性プリプレグを提供する」という本件発明1が解決しようとする課題が達成出来ることを当業者は理解できる。
そうすると、仮に、異議申立人が主張するように、「面配向度σが90%以上」を満足するプリプレグが得られるのが、「テーパ管内にて強化繊維に空気の拡散による回転力が与えられてから散布する」という特定の製造方法で製造する場合のみであったとしても、本件発明1の発明特定事項により、本件発明1が解決しようとする課題が達成出来るのであるから、本件発明1について、サポート要件を満足しないとすることはできない。

なお、「面配向度σが90%以上」とする条件について、本件特許明細書の【0015】には、「このような面配向度を満たす熱可塑等方性プリプレグは、後述する好ましい製造方法のうち、本発明のプリプレグを得るためのランダムマットの開繊工程および塗布工程、および含浸プレス工程で適宜制御することができる。特に塗布工程で制御できる。」と記載されており、「テーパ管内にて強化繊維に空気の拡散による回転力が与えられてから散布する」特定の製造方法が「面配向度σが90%以上」を満足するプリプレグを製造するのに好適であるとしても、本件特許明細書の記載からは、当該方法によらなければ絶対に製造できないとまでは解されないことを付言する。

(2)本件発明2?6について
本件発明2?6は、第2の請求項2?6にぞれぞれ記載したとおりのものである。
そして、本件発明2?6は、本件発明1を更に好ましい態様に限定するものであるところ、本件特許明細書の上記実施例1?3のプリプレグは、いずれも、本件発明2?6で更に限定されている発明特定事項を満足するものであり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載からは、本件発明2?6の発明特定事項を満足することで、「金型への基材のチャージ率を100%以下とし成形時に金型内部で基材を流動させても、等方性を維持し、等方性に優れた成形体を製造可能な、熱可塑性等方性プリプレグを提供する」という本件発明2?6が解決しようとする課題が達成出来ることが理解できる。
したがって、本件発明2?6についても、サポート要件を満足しないとすることはできない。

(3)本件発明8について
本件発明8は、第2の請求項8に記載したとおり、
「請求項1?6のいずれかに記載のプリプレグを、マトリックス樹脂が結晶性樹脂の場合は融点以上、融点+80℃以下または分解温度以下、非晶性樹脂の場合はガラス転移温度以上、ガラス転移温度+200℃以下または分解温度以下に加熱し、結晶性樹脂の場合は融点、非晶性樹脂の場合は軟化点より低い温度の型内に、下記式(5)で算出されるチャージ率20?80%で設置して型を閉じ加圧する成形体の製造方法。
チャージ率(%)=100×基材面積(mm^(2))/金型キャビティ総面積(mm^(2)) (5)」
というものである。
そして、本件発明8で特定される製造方法に関し、成形体材料であるプリプレグが、「金型への基材のチャージ率を100%以下とし成形時に金型内部で基材を流動させても、等方性を維持し、等方性に優れた成形体を製造可能」なものであることは、上記(1)及び(2)で記載したとおりであるところ、本件特許明細書の実施例1?3では、そのようなプレプリグから、本件発明8で特定される成形条件を経て等方性に優れた成形体が得られたことが記載されている(上記(1)の実施例1?3についての説示参照。)。
また、本件特許明細書の【0002】には、「強化繊維、なかでも炭素繊維と熱可塑性樹脂からなる繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、比強度、比剛性に優れている」と記載され、【0019】には、「プリプレグを構成する強化繊維は不連続であり、繊維長10mm超100mm以下である。本発明のプリプレグは、ある程度長い強化繊維を含んで強化機能が発現できることを特徴とし・・・。マトリクス樹脂が熱可塑性樹脂であって、熱プレス等で成形できることから、・・・混練せずに複合材料を得ることができる。そのため、用いた強化繊維の長さを成形体中で保つことが可能であり、優れた物性を有する複合材料が好ましく提供できる。」と記載されているから、熱プレスによる製造に相当する本件発明8の製造方法では、炭素繊維と熱可塑性樹脂からなり、比強度、比剛性といった機械物性に優れた材料の特性を保った成形体が得られることが理解できる。
さらに、【0047】に、「クローズドキャビティの型を用いることで、型内に熱可塑等方性プリプレグが完全に充填され、端材が発生せず、バリの少ない成形物が得られる」と記載されているから、本件特許発明8の製造方法では、クローズドキャビティの型を用いることで、端材が発生せず、バリの少ない成形物が得られることが理解できる。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明8により、「等方性に優れた成形体の製造方法であって、機械物性を落とすことなく成形時のバリや端材を低減し、トリミングなどの工程を省いて成形することが可能な製造方法を提供する」という上記課題2を解決できることが理解できる。
したがって、本件発明8についても、サポート要件を満足しないとすることはできない。

(4)小括
よって、異議申立人が主張する取消理由3によっては、請求項1?6、8に係る特許を取り消すことはできない。


4.取消理由4(明確性)について(特許異議申立書3(6))
(1)取消理由4についての異議申立人の主張の概略
異議申立人は、取消理由4について次のとおり主張し、後述の(i)?(iii)の点を指摘している。

本件発明1は、「強化繊維として下記式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)と、それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束を含むことを特徴とする、
臨界単糸数=600/D (3)
(ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」(構成要件1D)を具備する。
そして、強化繊維束(A)の割合の算出については、本件特許明細書の【0049】及び【0050】によれば、本件発明1において、繊維束は、ピンセットで取り出され得るとのことであるが、強化繊維束(A)の定義内容は、繊維束の取り方で変わり得るのに、本件特許明細書には、繊維束について明確な定義があるとはいえないから、当業者が本件発明1の範囲を明確に把握することができない。
よって、当該構成要件1Dを具備する本件特許発明1は、明確でない。
請求項1を引用する請求項2?8に記載の発明についても同様である。

(i)「繊維束」における「束」に関する定義自体が自明でないし、本件特許明細書に「繊維束」についての明確な定義があるとはいえない。そして、出願時の技術常識(甲15及び甲16)を考慮しても、「繊維束」とはどのような「束」を一義的にさすのかが明確でない。
(ii)実際のランダムマット等において確認される繊維の状態(どのような繊維束が存在するか、また、そもそもどのような繊維の状態を繊維束として取り扱うか等)は、本件特許発明に記載の内容のみからは、一義的に把握できるものではない。本件特許明細書では、「繊維束をピンセットで全て取り出す」とピンセットで取り出すことが記載されており、ピンセットで摘まむことで繊維束が束ねられて繊維束が確定されるが、ピンセットでどの位置を摘んで取り出すかによって、繊維束の大きさは異なるし、繊維束とはどのようなものか明確でなければ、誤差が生じる。
(iii)具体的な事例として、甲第17号証の図1のI?VIIの部分を選び、その拡大図に基づいて、本件特許明細書記載の内容から、強化繊維束の割合を算出できるか検証を行ったが、いずれの拡大図の場合であっても、明確な定義がなければ繊維束を実質取り出すことができない。強化繊維束(A)の定義及び強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が繊維束の取り方で変わり得ることは明らかであるから、当業者であっても、本件特許明細書の記載のみからは、得られた強化繊維束に関する数値を一義的に決定することができない。

(2)当合議体の判断
(i)「繊維束」における「束」という用語自体は、異議申立人の証拠方法である甲15に記載されているとおり「一まとめにたばねたもの」を意味しており、日本語として明確である。また、特に「繊維束」については、例えば異議申立人自らも証拠方法である甲17の2頁右欄7?13行の抄訳で「繊維束」と記載しているように、束状の形態の繊維を意味するものとして当業者に一般に認識使用されている用語であって、これを用語として不明確とすることはできない。

(ii)ランダムマットにおける「繊維束」については、本件特許明細書の【0049】?【0050】に、「[ランダムマットにおける強化繊維束の分析]」として、強化繊維束(A)のマットの繊維全量に対する割合の分析方法が、下記のとおり記載されている。

「ランダムマットを100mm×100mmに切り出し、厚み(Ta)と重量を測定した(Wa)。
切り出したマットより、繊維束をピンセットで全て取り出し、繊維束を太さ毎に分類した。・・・
分類毎に、全ての繊維束の長さ(Li)と重量(Wi)、繊維束数(I)を測定し、記録した。ピンセットにて取り出す事ができない程度に繊維束が小さいものについては、まとめて最後に重量を測定した(Wk)。このとき、1/1000gまで測定可能な天秤を用いた。なお、特に強化繊維を炭素繊維とした場合や、繊維長が短い場合には、繊維束の重量が小さく、測定が困難であったので、こういった場合には、分類した繊維束を複数本まとめて重量を測定した。
測定後、以下の計算を行う。使用している強化繊維の繊度(F)より、個々の繊維束の繊維本数(Ni)は次式により求めた。Ni=Wi/(Li×F)。
強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)は以下の式により求めた。
N=ΣNi/I
また、個々の繊維束の体積(Vi)及び、強化繊維束(A)の繊維全体に対する割合(VR)は、使用した強化繊維の繊維比重(ρ)を用いて次式により求めた。
Vi=Wi/ρ
VR=ΣVi/Va×100
ここで、Vaは切り出したマットの体積であり、Va=100×100×Ta」

上記段落の記載によれば、本件発明の「繊維束」は、当業者が、「繊維束」として認識するものであって、ピンセットで取り出すことが可能なものであるといえる。そして、ピンセットでつまんだ位置にかかわらず、一まとめの束の状態としてくっついている繊維束は、取り出したときに一まとめの束として取り出されるから、その場合、繊維束の範囲は明確である。
なお、「繊維束」と区別されるものは「単糸」であるところ、ランダムマットを構成する炭素繊維が単糸である場合には、通常、ピンセットで取り出すことはできないと解される(このことは、上記段落の「ピンセットにて取り出す事ができない程度に繊維束が小さいもの・・・」及び「特に強化繊維を炭素繊維とした場合・・・繊維束の重量が小さく」なる記載からも理解できる。)。
また、本件特許明細書の【0026】の「繊維全量に対する強化繊維束(A)の割合が体積分率で30%未満になると、本発明のプリプレグを成形した際に、機械物性に優れた繊維強化複合材料が得にくくなる。強化繊維束(A)の割合が体積分率で90%以上になると、繊維の交絡部が局部的に厚くなり、厚みムラや繊維の局所的な偏りが生まれる。」の記載によれば、「強化繊維束(A)」を含む点の意義は、プリプレグを成形した際の機械物性を担保することであるから、「繊維束」をピンセットで取り出す場合に、複数の束が存在するように見え、複数の束として取り出すことが可能であるものを、あえて1つの束とみなして取り出すことは、強化繊維束の分析目的からして想定出来ない。
よって、当業者は、本件特許明細書の記載から、本件発明1の「繊維束」を把握できるから、本件発明1の「繊維束」が明確でないとはいえない。

(iii)異議申立人は、具体的な事例として、甲17の図1(炭素プリフォームの写真)から複数箇所の部分を選び、拡大図とし、特許異議申立書63?73頁において個々に論じているが、いずれの部分から「繊維束」を取り出す場合であっても、(ii)でも記載したとおり、当業者が「繊維束」として認識するものであって、ピンセットで取り出すことが可能なものを取り出せば足りるのであって、その際には、当業者であれば、「繊維束」として認識し得る最小単位をピンセットでつまんで取り出せばよく、その際に、一まとめの束の状態としてくっついている他の繊維束があれば、それは本来1つの繊維束として一緒に取り出されるべきものである。また、開繊された一見繊維束に見えるものであっても、他の繊維と交絡してマットを形成しており、繊維束としては取り出すことができないものが、本件特許明細書の【0049】に記載されている「繊維束」に当たらないことは明らかである。
すなわち、甲17の図1の各部分の拡大図における繊維束についても、ピンセットで実際に取り出したときに、束となるものが繊維束として取り出されるのであり、繊維束の取り出し方が複数存在するものではなく、当業者は、いずれの拡大図の場合であっても、本件発明1でいう「繊維束」を取り出すことができる。そして、取り出された繊維束について本件特許明細書の【0050】の数式に従い個々の繊維束の繊維本数を計算することで、強化繊維束(A)の定義に合致する繊維束であるかを決定することができる。
従って、当業者であれば、本件特許明細書の記載に従い、「繊維束をピンセットで取り出す」ことで、強化繊維束(A)が存在するかを確認することができるといえる。

(iv)以上のとおり、本件特許明細書の記載に従えば、当業者は、本件発明1の「繊維束」を取り出して、
「強化繊維として下記式(3)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)と、それ以外の単糸の状態または臨界単糸数未満で構成される強化繊維束を含むことを特徴とする、
臨界単糸数=600/D (3)
(ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」(上記構成要件1D)
を具備するか否かを理解することができるから、当該構成要件1Dが明確でないことを根拠として、本件発明1が明確ではないとする異議申立人の主張は採用することができず、本件発明1が明確でないと認めることはできない。

また、請求項1を引用する請求項2?8に係る発明についても同様である。

(3)小括
よって、異議申立人が主張する取消理由4によっては、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。

第6.むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-04-13 
出願番号 特願2011-120480(P2011-120480)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C08J)
P 1 651・ 537- Y (C08J)
P 1 651・ 121- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 村松 宏紀原田 隆興  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大島 祥吾
渕野 留香
登録日 2016-06-03 
登録番号 特許第5944114号(P5944114)
権利者 帝人株式会社
発明の名称 熱可塑等方性プリプレグ  
代理人 為山 太郎  

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