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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
管理番号 1332803
審判番号 無効2014-800138  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-11-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-08-28 
確定日 2017-10-10 
事件の表示 上記当事者間の特許第4568827号発明「アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4568827号についての手続の経緯の概要は,以下のとおりである。

原出願(特願2006-510907号)
原出願日 平成17年 2月28日
新規性喪失の例外適用申請書 平成18年 8月22日
国内優先(特願2004-71477号)
優先日 平成16年 3月12日
国内優先(特願2004-325938号)
優先日 平成16年11月10日
国際出願(PCT/JP2005/3273号)
国際出願日 平成17年 2月28日

特許出願(特願2010-68707号)
出願日 平成22年 3月24日
出願審査請求書 平成22年 3月25日
手続補正書 平成22年 3月30日
早期審査に関する事情説明書 平成22年 4月13日
上申書 平成22年 4月19日
面接記録 平成22年 5月19日
拒絶理由通知書(発送日) 平成22年 5月25日
手続補正書・意見書 平成22年 6月21日
特許査定(発送日) 平成22年 7月13日
登録日 平成22年 8月20日
無効審判請求 平成26年 8月28日
被請求人:答弁書 平成26年11月20日
審理事項通知書(発送日) 平成26年12月25日
請求人:口頭審理陳述要領書 平成27年 2月 9日
被請求人:口頭審理陳述要領書 平成27年 2月 9日
被請求人:上申書 平成27年 2月17日付(平成27年2月18日受付日)
被請求人:口頭審理陳述要領書(2)平成27年 2月20日
口頭審理 平成27年 2月23日
請求人:上申書 平成27年 2月26日
被請求人:上申書 平成27年 3月13日(受付日)
請求人:上申書(2) 平成27年 3月13日

第2 本件発明
本件特許4568827号の請求項1-5に係る発明(以下「本件特許発明1」-「本件特許発明5」という。)は,次のとおりのものであると認める。
「【請求項1】
結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,
該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,
成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。
【請求項2】
結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,
該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,
成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。
【請求項3】
基板として,ガラス基板,プラスチック基板またはプラスチックフィルムを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。
【請求項4】
パルスレーザー堆積法を用いて,酸素分圧が5Pa超の真空雰囲気で成膜することを特徴とする請求項1記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。
【請求項5】
高周波スパッタ法を用いて,酸素分圧が4×10^(-2)Pa超の酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気で成膜することを特徴とする請求項1に記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。」
なお,特許請求の範囲の請求項2には,「室温での電子移動度が0.1cm_(2)/(V・秒)以上」と記載されているが,電子移動度の単位として,「cm_(2)/(V・秒)」は存在せず,請求項1で用いられている電子移動度の単位である「cm^(2)/(V・秒)」が正しい表記であると認められるから,請求項2の「室温での電子移動度が0.1cm_(2)/(V・秒)以上」は,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上」の誤記と認め,本件特許発明2を上記のように認定した。

第3 請求人の主張
1 これに対して,請求人は,「特許第4568827号の請求項1?5に係る発明についての特許を無効にする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決を求め,証拠方法として,審判請求書に添付して,以下の甲第1号証-甲第22号証を提出している。
また,請求人は,平成27年2月23日の口頭審理で,上記審判請求書,及び,平成27年2月9日付け口頭審理陳述要領書のうち,32ページ4行ないし33ページ12行まで及び37ページ15行ないし38ページ14行まで,ならびに添付した参考資料4及び参考資料5を除いて陳述した。
さらに,請求人は,平成27年2月26日付け,及び,平成27年3月13日付けで,上申書を提出した。

・甲第1号証:特開平5-251705号公報
・甲第2号証:国際公開第03/098699号
・甲第3号証:特表平11-505377号公報
・甲第4号証:特開2000-44236号公報
・甲第5号証:特開2002-289859号公報
・甲第6号証:透明導電膜の技術 日本学術振興会 透明酸化物光・電子材料第166委員会,平成12年4月25日第1版第2刷発行,pp.78-81,pp.148-155
・甲第7号証:M.ORITA et.al.,”Amorphous transparent conductive oxide InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4):a Zn4s conductor”,PHILOSOPHICAL MAGAZINE B,2001,VOL.81, No.5,pp.501-515
・甲第8号証:2000年春季第47回応用物理学関係連合講演会 講演予稿集,第2分冊,577ページ,28a-ZB-1
・甲第9号証:Satoru Narushima et.al.,”A p-Type Amorphous Oxide Semiconductor and Room Temperture Fabrication of Amorphous Oxide p-n Heterojunction Diodes”,Adv.Mater.2003,15,No.17,September 3,pp.1409-1413
・甲第10号証:Kenji Nomura et.al.,”Thin-Film Transistor Fabricated in Single-Crystalline Transparent Oxide Semiconductor”,Science 300,1269(2003),pp.1269-1272
・甲第11号証:国際公開第03/040441号
・甲第12号証:特開平8-245220号公報
・甲第13号証:特開昭63-239117号公報
・甲第14号証:特表2007-529119号公報(特願2007-502848号の公表特許公報)
・甲第15号証:特願2007-502848号,平成22年6月2日付け拒絶理由通知書
・甲第16号証:特願2007-502848号,平成22年12月8日付け手続補正書
・甲第17号証:特願2007-502848号,平成23年9月12日付け拒絶査定
・甲第18号証:特願2007-502848号,平成24年1月20日付け審判請求書
・甲第19号証:特願2007-502848号,平成24年1月20日付け手続補正書
・甲第20号証:不服2012-1120号(特願2007-502848号),平成25年1月28日付け拒絶理由通知書
・甲第21号証:不服2012-1120号(特願2007-502848号),平成25年7月29日付け手続補正書
・甲第22号証:不服2012-1120号(特願2007-502848号),平成25年9月20日付け審決

なお,被請求人は,甲第1号証ないし甲第22号証の成立を認めている。

2 そして,請求人が,審判請求書,口頭審理において主張したことを整理すると,無効理由1-5について,概ね次のように主張しているものと認められる。

(1)無効理由1:無効理由1(特許法第29条第2項)の概要
下記ア-オのとおり,本件特許の請求項1-5に係る発明は,その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,本件特許の請求項1-5に係る発明は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

ア 請求項1に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 請求項2に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 請求項3に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 請求項4に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 請求項5に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)無効理由2:無効理由2(特許法第29条第2項)の概要
下記ア-オのとおり,本件特許の請求項1-5に係る発明は,その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,本件特許の請求項1-5に係る発明は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

ア 請求項1に係る発明は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 請求項2に係る発明は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 請求項3に係る発明は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 請求項4に係る発明は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 請求項5に係る発明は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)無効理由3:無効理由3(特許法第29条第2項)の概要
下記ア-オのとおり,本件特許の請求項1-5に係る発明は,その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,本件特許の請求項1-5に係る発明は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

ア 請求項1に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 請求項2に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 請求項3に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 請求項4に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 請求項5に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)無効理由4:無効理由4(特許法第29条第2項)の概要
下記ア-エのとおり,本件特許の請求項1,3,4,5に係る発明は,その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,本件特許の請求項1,3,4,5に係る発明は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

ア 請求項1に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 請求項3に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 請求項4に係る発明は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をするこができたものである。

エ 請求項5に係る発明は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)無効理由5:無効理由5(特許法第36条第4項第1号)の概要
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が本件特許の請求項1,3,4,5に係る発明についての実施可能要件を満たしていないから,本件特許の請求項1,3,4,5に係る発明についての特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,特許法第123号第1項第4号の規定に該当し,無効とすべきものである。

第4 被請求人の主張
被請求人は,平成26年11月20日付けの答弁書によれば,「本件審判の請求は成り立たない 審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め,上記答弁書によれば,無効理由1-5に理由はないと主張している。
また,被請求人は,答弁書に添付して,以下の乙第1号証-乙第3号証を提出している。

・乙第1号証 「Nature」〈Vol.432,25 November 2004,pp.488-492〉
・乙第2号証 特許第5219369号公報
・乙第3号証 ”ZnO Thin Film Transistors for Flexible Electronics”,Mat.Res.Soc.Symp.Proc., Vol.769,2003

なお,請求人は,乙第1号証ないし乙第3号証の成立を認めている。

また,被請求人は,平成27年2月23日の口頭審理で,上記答弁書,平成27年2月9日付け口頭審理陳述要領書,平成27年2月17日付け上申書,及び,平成27年2月20日付け口頭審理陳述要領書(2)は,口頭審理陳述資料の18ページの「約10^(-7)アンペアのリーク電流」を,「約10^(-6)アンペアのリーク電流」と訂正して陳述した。
さらに,被請求人は,平成27年3月13日付けで上申書を提出した。

第5 無効理由1について
1 本件特許発明1
本件特許発明1は,「第2 本件発明」で認めたとおりであり,再掲すると,以下のとおりである。
【請求項1】
結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,
該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,
成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

2 甲第1号証の記載事項
甲第1号証には,「薄膜トランジスタ」(発明の名称)に関して,図1-6とともに,以下の事項が記載されている。(下線は,当審で付与した。以下同じ。)

(甲1a)「【請求項2】ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が10^(18)個・cm^(-3)以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタ。」(【特許請求の範囲】)

(甲1b)「本発明は上記実情に鑑みて為されたもので,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とする。」(【0007】)

(甲1c)「【課題を解決するための手段】上記従来例の間題点を解決するための請求項1記載の発明は,ゲート電極とゲート絶縁膜とソース電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴としている。」(【0008】)

(甲1d)「【作用】請求項1記載の発明によれば,半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,半導体層を透光性膜とした薄膜トランジスタとしているので,光が透過した場合でも導電性が変化しにくくなる。」(【0010】)

(甲1e)「・・・膜中の酸素濃度を調整し,半導体活性層8となるITO膜をスパッタリングにより500オングストローム程度着膜する。
具体的には,着膜時の酸素ガス濃度を1%以上にしてスパッタリングを行うことで実現することができる。このとき,ITO膜のキャリア濃度が10^(18)個・cm^(-3)以下となれば,縮退が解け半導体としてのITO膜(半導体活性層8)が実現される。」(【0015】-【0016】)
(甲1f)「一般にITOなどの酸化物の透明導電膜は,膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができるものである。これは,化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)によりキャリアが発生していることによる。」(【0019】)

(甲1g)「ITO(Indium Tin Oxide)膜の電気抵抗率のスパッタ時での酸素濃度依存性は,図2に示すような特性をもっているので,Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,酸素ガスの割合(O_(2)/Ar+O_(2))を1%以上にすれば,ITO膜における電気抵抗率(ρ[Ω・cm]を増加させることができ,ITO膜の導電性を低下するように制御できるものである。」(【0020】)

(甲1h)「実施例1の薄膜トランジスタによれば,従来透明電極として用いられていたITO膜の膜中の酸素量を増加させることにより,膜中のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御して導電性を低下させ,半導体活性層8にITO膜を使用することで,光に影響されず,素子特性を向上できる効果がある。」(【0022】)

3 本件特許発明1についての当審の判断
(1)引用発明1
上記摘記(甲1a)-(甲1h)の記載を総合すると,甲第1号証には,次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が10^(18)個・cm^(-3)以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタの前記半導体層の気相成膜方法において,
Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O_(2)/Ar+O_(2))を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する,気相成膜方法。」

(2)対比
ア 本件特許発明1と,引用発明1とを対比する。

イ 引用発明1の「ITO(Indium Tin Oxide)膜」と,本件特許発明1の「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」とは,いずれも「酸化物薄膜」である点で共通する。

ウ また,引用発明1の「半導体としてのITO膜(半導体活性層)」と,本件特許発明1の「透明In-Ga-Zn-O薄膜」とは,「透明酸化物薄膜」である点で共通する。

エ そうすると,引用発明1の「Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O_(2)/Ar+O_(2))を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する」成膜方法と,本件特許発明1の「該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜する」方法とは,いずれも「酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する」方法である点で共通する。

オ してみれば,本件特許発明1と,引用発明1との一致点と相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
酸化物薄膜の気相成膜方法において,
酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。

<相違点>
・相違点1-1:成膜する透明酸化物薄膜が,本件特許発明1では,「『該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに』行う『パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法』」によって成膜した「『結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜』であって,『成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下』,かつ,『室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上』の『半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜』である『アモルファス酸化物薄膜』」であるのに対して,引用発明1では,「スパッタ法」によって成膜した「『従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜』であって,『キャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下』に制御した『ITO膜』」である点。

(3)相違点についての判断
・相違点1-1について
ア <本件特許の優先日前当時の透明酸化物薄膜に対する技術的知見>
(ア)甲第1号証には,以下の事項が記載されている。
(甲1e)(再掲)「・・・膜中の酸素濃度を調整し,半導体活性層8となるITO膜をスパッタリングにより500オングストローム程度着膜する。
具体的には,着膜時の酸素ガス濃度を1%以上にしてスパッタリングを行うことで実現することができる。このとき,ITO膜のキャリア濃度が10^(18)個・cm^(-3)以下となれば,縮退が解け半導体としてのITO膜(半導体活性層8)が実現される。」(【0015】-【0016】)

(甲1f)(再掲)「一般にITOなどの酸化物の透明導電膜は,膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができるものである。これは,化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)によりキャリアが発生していることによる。」(【0019】)

(甲1h)(再掲)「実施例1の薄膜トランジスタによれば,従来透明電極として用いられていたITO膜の膜中の酸素量を増加させることにより,膜中のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御して導電性を低下させ,半導体活性層8にITO膜を使用することで,光に影響されず,素子特性を向上できる効果がある。」(【0022】)

(イ)甲第5号証には,以下の事項が記載されている。
(甲5a)「ここでZnO膜は透明導電膜として一般的に利用されているが,本発明の薄膜トランジスタの半導体活性層として用いるZnO膜はキャリア濃度が10^(18)cm^(-3)以下に制御されている。ZnO膜等の導電性酸化膜においては,一般的にその化学量論組成から少し還元気味にずれることにより酸素空孔などの真性欠陥がドナー準位を形成するため,キャリア濃度が10^(18)?10^(19)cm^(-3)程度にまで達する。キャリア濃度が10^(18)cm^(-3)よりも増えるとフェルミ準位が伝導体に達して縮退の状態になり,ZnOは金属のような振る舞いをする。反対にこのキャリア濃度を10^(18)cm^(-3)以下にしてやると縮退の状態が解け,ZnO膜を半導体活性層として用いることができる。」(【0036】)

(甲5b)「電極を可視光に対して透明にする場合には,電極は透明導電膜とすればよい。電極としての透明導電膜は,可視光に対して透明であって,低抵抗率が得られるのであれば,どのような材料からなるものでもよい。例えば,酸化インジウム(In_(2 )O_(3 )),酸化錫(SnO_(2 )),ZnO等の酸化物材料や,この酸化物材料に不純物をドープしたものを透明導電膜材料として採用することができる。In_(2 )O_(3 ),SnO_(2 ),ZnO等の酸化物材料(酸化物半導体)は,元々抵抗率が10^(-1)?10^(-3)Ωcm程度と低いn型の縮退半導体である。このような酸化物材料に不純物をドープすることで,キャリア密度を10^(20)?10^(21)cm^(-3)程度に増大させ,抵抗率を10^(-3)?10^(-4)Ωcm程度にまでさらに低減することができる。具体的に言うと,透明導電膜材料としては,例えば,In_(2) O_(3) に錫(Sn)をドープしたもの(一般的にITO(Indium Tin Oxide)と呼ばれる),SnO_(2) にアンチモン(Sb)又はフッ素(F)をドープしたもの,ZnOにInをドープしたもの,ZnOにガリウム(Ga)をドープしたもの(一般的にGZOと呼ばれる),ZnOにAlをドープしたもの(一般的にAZOと呼ばれる)などを採用すればよい。」(【0039】)

(甲5c)「半導体活性層4としてのZnO膜は,パルスレーザー蒸着法によって,基板温度を450℃にして形成した。ZnO膜は,約500Åの厚みに形成した。ZnO膜中の酸素濃度を調整することで,ZnO膜のキャリア密度及び導電率を所定値に調整した。」(【0067】)

(ウ)甲第6号証には,以下の事項が記載されている。
(甲6a)「ある程度十分な導電性を持つ代表的な電気伝導性酸化物薄膜としてはIn_(2)O_(3)^(1),2)),SnO_(2)^(3),4)),ZnO^(5),6)),CdO^(7),8)),CdIn_(2)O_(4)^(9)),Cd_(2)SnO_(4)^(10),11)),Zn_(2)SnO_(4),In_(2)O_(3)-ZnO系^(12))などが報告されている。これらの酸化物半導体は,3eV以上のバンドギャップを持つため,電子のバンド間遷移による光吸収は350?400nm以上のエネルギーである紫外領域で生じ可視光領域では生じない。可視域の光のエネルギーでは,価電子帯の電子をバンドギャップを超えて伝導帯まで励起するのに不十分だからである。そのため可視域で透明となる。」(79ページ下6行-80ページ1行)

(甲6b)「また,化学量論組成から少し還元気味にずれることにより酸素空孔などの真性欠陥がドナー準位を形成するため,伝導電子密度(キャリヤ濃度)が10^(18)?10^(19)cm^(-3)程度まで達する。これらの導電性酸化物のバンド構造において,価電子帯は主として酸素原子の2p軌道で,また,伝導帯は金属原子のs軌道で構成されている。(4・2・2参照)。キャリヤ密度が10^(18)cm^(-3)よりも増えるとフェルミ準位が伝導帯に達し,縮退と呼ばれる状態になる。」(80ページ2行-7行)

(甲6c)「さらにIn_(2)O_(3)にはSn(ITO)^(1),13)),SnO_(2)にはSb^(14),15)),F^(16)?18)),ZnOにはIn^(19)),Ga(GZO)^(20)),Al(AZO)^(21),22))などをドーパントとして添加することによって伝導電子密度を10^(20)?20^(21)cm^(-3)に増加させ,比抵抗を10^(-3)?10^(-4)Ω・cm程度まで低下させることも可能である。これらの不純物ドーパントは,たとえばITO(indium tin oxide)の場合は3価のInサイトに4価のSnが,GZOやAZOの場合は2価のZnサイトに3価のGaやAlが置換型固溶することにより,1原子当りキャリアを1個放出することができる。」(80ページ17-23行)

(甲6d)「これらの不純物がドープされた電気伝導性酸化物薄膜の中でもSnドープIn_(2)O_(3)(ITO)薄膜は,ほかの材料と比較して高透過率性と高電気伝導性の双方で最も優れており,・・・」(81ページ5-7行)

(エ)上記各甲号証の記載から,導電性酸化物の電子キャリヤ濃度は10^(18)cm^(-3)よりも多いこと,及び,この導電性が,導電性酸化膜において,組成が化学量論組成から少し還元気味にずれることにより酸素空孔などの真性欠陥がドナー準位を形成することにより生じている場合があること,したがって,膜中の酸素量を増加させることにより,このキャリア濃度を10^(18)cm^(-3)以下にしてやると縮退の状態が解け,導電性酸化膜を半導体活性層として用いることができる場合があるとする技術的知見が,本件特許の優先日前当時に知られていたことが理解できる。

イ <InGaO_(3)(ZnO)_(m)について>
(ア)甲第7号証には,以下の事項が記載されている。
(甲7a)「アモルファス透明導電性酸化物 InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4):Zn4s導電体」(表題)

(甲7b)「要約
ZnO系のアモルファス透明導電体を作り出すことを目的として,さまざまなアモルファス膜InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)をパルスレーザー蒸着法を用いて作製した。・・・伝導帯テイルが大きな分散を有し,フェルミ準位が伝導帯端に位置していることが明らかとなった。・・・本系はZn4s軌道が広がった伝導帯を形成する初めてのアモルファス酸化物半導体である。」(訳文の1ページ10行-2ページ2行)

(甲7c)「薄膜試料は,パルスレーザー蒸着法(PLD法)により作製した。In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),およびZnOの粉末を用いて,従来のセラミックプロセスとその後のダイヤモンド研磨機を用いた研磨により,化学量論的組成を有する,高密度に焼成したInGaO_(3)(ZnO)_(m)の円板を,ターゲットとして用意した。」(訳文の5ページ2行-5行)

(甲7d)「表1は室温におけるアモルファスInGaO_(3)(ZnO)_(m)膜の電気輸送パラメータを示している。ドーピングは意図的に行わなかったが,移動度12?20cm^(2)V^(-1)s^(-1),キャリア密度10^(19)?10^(20)cm^(-3)で170?400Scm^(-1)の伝導率が得られた。」(訳文の9ページ1行-5行)

(イ)甲第6号証には,以下の事項が記載されている。
(甲6b)(再掲)「また,化学量論組成から少し還元気味にずれることにより酸素空孔などの真性欠陥がドナー準位を形成するため,伝導電子密度(キャリヤ濃度)が10^(18)?10^(19)cm^(-3)程度まで達する。これらの導電性酸化物のバンド構造において,価電子帯は主として酸素原子の2p軌道で,また,伝導帯は金属原子のs軌道で構成されている。(4・2・2参照)。キャリヤ密度が10^(18)cm^(-3)よりも増えるとフェルミ準位が伝導帯に達し,縮退と呼ばれる状態になる。」(80ページ2行-7行)

(甲6e)149ページの表4・5は,「透明導電性金属酸化物の結晶構造と電気的・光学的性質」を表題とする表であって,同表には,透明導電性金属酸化物の結晶構造と物質名について,結晶構造が「スピネル」の物質名として「CdIn_(2)O_(4),MgIn_(2)O_(4)(バルク),MgIn_(2)O_(4),MgIn_(2)O_(4):H,MgIn_(2)O_(4):Li,ZnGa_(2)O_(4)(バルク),CdGa_(2)O_(4)(バルク),Zn_(2)SnO_(4)」が,結晶構造が「YbFe_(2)O_(4)」の物質名として「InGaMgO_(4)(バルク),InGaZnO_(4)(バルク),InGaZnO_(4),In_(2)O_(3)(ZnO)_(3)(バルク),In_(2)O_(3)(ZnO)_(5)」が,結晶構造が「β-Ga_(2)O_(3)」の物質名として「Ga_(2)O_(3)(単結晶),GaInO_(3):Sn」が,結晶構造が「パイロクロア」の物質名として「AgSbO_(3),Cd_(2(1-x))Y_(2x)Sb_(2)O_(7)」が,結晶構造が「オリヴィン」の物質名として「Cd_(2)GeO_(4),Cd_(2)GeO_(4):In」が,結晶構造が「デラフォサイト」の物質名として「AgInO_(2)」が,結晶構造が「Sr_(2)PbO_(4)」の物質名として「Cd_(2)SnO_(4)」が,結晶構造が「イルメナイト」の物質名として「CdSnO_(3)」が,結晶構造が「Na_(2)SiF_(6)」の物質名として「In_(2)TeO_(6)」が,結晶構造が「ペロブスカイト」の物質名として「ZnSnO_(3)」が,結晶構造が「その他」の物質名として「Zn_(2)In_(2)O_(5),Zn_(0.66)In_(2)O_(3.66),Zn_(1.2)In_(1.9)Sn_(0.1)O_(4.25)」が,それぞれ開示されるとともに,InGaZnO_(4)(バルク),及び,InGaZnO_(4)の,キャリヤ密度が,それぞれ,5.2×10^(19)cm^(-3),及び,1.2×10^(20)cm^(-3)であることが記載されている。

(ウ)甲第4号証には,以下の事項が記載されている。
(甲4a)「透明導電性酸化物薄膜を有する物品及びその製造方法」(【発明の名称】)

(甲4b)「本発明の物品の第1の態様は,基材の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする。」(【0009】)

(甲4c)「本発明の製造方法においては,例えば,ターゲットとしてIn:Ga:Zn=1:1:1の焼結体を用いた場合,6.2×10^(-3)[Ωcm]の薄膜を容易に得ることができる。この場合,高導電性の主因は非晶質物質にも関わらず移動度が10以上と高い値を示すことによる。また,ターゲットとしてZn成分を増加させたホモロガスIGZO InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m:2以上の整数)の焼結体を用いた場合,4.3×10^(-3)[Ωcm]の抵抗率を有する薄膜を容易に得ることができる。」(【0034】)

(甲4d)「1.ターゲットの作成
In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率がそれぞれ1になるように秤量した。秤量した粉末を,遊星ボールミル装置で湿式混合。1000℃で5時間仮焼した後,再び遊星ボールミルで解砕処理した。この粉体を一軸加圧で直径20mmの円板状に成形の後CIPをかけた。大気下,1550℃で2時間焼成して焼結体を得た。 XRDによりInGaZnO_(4)で表される酸化物が生成していることを確認した。」(【0040】)

(甲4e)「ホモロガスInGaO_(3)(ZnO)_(m)の場合は,In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率が1:1:m(mは2以上の整数)となるように秤量した。」(【0041】)

(甲4f)「【図1】InGaZnO_(4)で表される酸化物が生成していることを確認するXRDの結果。」(【図面の簡単な説明】)

(エ)甲第8号証には,以下の事項が記載されている。
(甲8a)「新しい型のアモルファス透明導電膜InGaO_(3)(ZnO)_(m)」(表題)

(甲8b)「2.実験 InGaO_(3)(ZnO)_(m)の焼結体(m=1?4)に酸素雰囲気中でKrFエキシマレーザー光を照射し,対抗して配置した石英ガラス基板上に薄膜を室温形成した。
3. 結果及び考察 ・・・m=1の試料について観察した・・・アモルファス膜であることが確認できた。」(本文5-10行)

(オ)甲第9号証には,以下の事項が記載されている。
(甲9a)「アモルファスのInGaZnO_(4)はn型半導体として知られており,室温での高周波(RF)スパッタリングにより作製した^([17] )。その導電率は室温で1.4×10^(-1)Scm^(-1)であった。キャリア密度は,以前報告した移動度の値21cm^(2)V^(-1)s^(-1[17]) を用いると,4.2×10^(16)cm^(-3)と見積もられる。プラスチックシート上に作製した素子は,図3bに示す通り,可撓性を有する。」(訳文の8ページ1行-6行)

(甲9b)「a-InGaZnO_(4)膜は,多結晶InGaZnO_(4)膜の円盤状ターゲットを用い,Ar中で成膜した。」(訳文の12ページ1-2行)

(カ)上記各甲号証の記載から,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」が,本件特許の優先日前当時において,知られていたこと,及び,InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)が縮退半導体であることが示唆されていたことが認められる。

ウ <引用発明1において,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」を用いることの容易想到性について>

(ア)本件特許明細書には,以下の事項が記載されている。
(本a)「【0003】
また,最近では,ZnOを用いた透明伝導性酸化物多結晶薄膜をチャネル層に用いたTFTの開発が活発に行われている(特許文献1)。上記薄膜は,低温で成膜でき,かつ可視光に透明であるため,プラスチック板やフィルムなどの基板上にフレキシブルな透明TFTを形成することが可能である。
【0004】
しかし,従来のZnOは室温で安定なアモルファス相を形成することができず,殆どのZnOは多結晶相を呈するために,多結晶粒子界面の散乱により,電子移動度を大きくすることができない。さらに,ZnOは,酸素欠陥が入りやすく,キャリア電子が多数発生し,電気伝導度を小さくすることが難しい。このために,トランジスタのオン・オフ比を大きくすることも難しい。」

(本b)「【0005】
また,特許文献2には,アモルファス酸化物として,Zn_(x)M_(y)In_(z)O(_(x+3y/2+3z/2))(式中,MはAl及びGaのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある。)で表される非晶質酸化物が記載されている。しかし,ここで得られている非晶質酸化物膜の電子キャリア濃度は,10^(18)/cm^(3)以上であり,単なる透明電極として用いるには充分であるもののTFTのチャネル層には適用し難いものであった。なぜなら,上記非晶質酸化物膜をチャネル層としたTFTでは,オン・オフ比が充分にとれず,ノーマリーオフ型のTFTにはふさわしくないことが判明したからである。
【0006】
【特許文献1】特開2003-298062号公報
【特許文献2】特開2000-044236号公報」

(本c)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで,本発明は,電子キャリア濃度が低い,アモルファス酸化物薄膜の成膜方法を提供すること,更には当該アモルファス酸化物薄膜をチャネル層に用いた薄膜トランジスタを提供することを目的としている。」

(本d)「【0010】
薄膜トランジスタのチャネル層としては,電子キャリア濃度が,10^(18)/cm^(3)未満であるアモルファス酸化物を用いることができるが,電子キャリア濃度が,10^(17)/cm^(3)以下が好ましく,あるいは10^(16)/cm^(3)以下のアモルファス酸化物であることがさらに好ましい。また,本発明の方法により,電子キャリア濃度が増加すると共に,電子移動度が増加することを特徴とするアモルファス酸化物を成膜できる。また,本発明の方法により,縮退伝導を示すアモルファス酸化物を成膜できる。なお,ここでの縮退伝導とは,電気抵抗の温度依存性における熱活性化エネルギーが,30meV以下の状態をいう。」

(本e)「【0020】
また,本発明の方法により,薄膜トランジスタに,前記アモルファス酸化物として,電子キャリア濃度が増加すると共に,電子移動度が増加する材料を用いることができる。」

(本f)「【0025】
なお,本発明の成膜法に係るアモルファス酸化物の電子キャリア濃度は,0℃から40℃の範囲全てにおいて,10^(16)/cm^(3)以下を充足する必要はない。例えば,25℃において,キャリア電子密度10^(16)/cm^(3)以下が実現されていればよい。また,電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)以下にするとノーマリーオフのTFTが歩留まり良く得られる。電子キャリア濃度の測定は,ホール効果測定により求めることが出来る。」

(本g)「【0030】
結晶状態における組成がInGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜は,mの値が6未満の場合は,800℃以上の高温まで,アモルファス状態が安定に保たれるが,mの値が大きくなるにつれ,すなわち,InGaO_(3)に対するZnOの比が増大して,ZnO組成に近づくにつれ,結晶化しやすくなる。したがって,アモルファスTFTのチャネル層としては,mの値が6未満であることが好ましい。スパッタリング法やパルスレーザー蒸着法により成膜を行う際のターゲット材料(例えば多結晶体)の組成比を,上記m<6を満たすようにすれば,所望のアモルファス酸化物が得られる。」

(本h)「【0031】
また,上記アモルファス酸化物としては,上記InGaZnの構成比において,ZnをZn_(1-x)Mg_(x)に置換することもできる。Mgの置換量は,0<x≦1の範囲で可能であり,置換量が多くなるほど電子キャリア濃度が小さくなる。なお,Mgに置換すると,酸化物膜の電子移動度は,Mg無添加膜に比べて低下するが,その程度は少なく,一方でさらに,電子キャリア濃度を置換しない場合に比べて下げることができるので,TFTのチャネル層としてはより好適である。Mgの置換量は,好ましくは,20%超,85%未満(xにして,0.2<x<0.85),より好ましくは,0.5<x<0.85であり,電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)以下にするには,図4に示すように0.80≦x<0.85とする。」

(本i)「【0037】
(トランジスタ)
電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下のアモルファス酸化物膜をチャネル層に用い,ソース端子,ドレイン端子及びゲート絶縁膜を介してゲート端子を配した電界効果型トランジスタを構成すると,ソース・ドレイン端子間に5V程度の電圧を印加したとき,ゲート電圧を印加しないときのソース・ドレイン端子間の電流を約10^(-7)アンペヤにすることができる。電子キャリア濃度の理論的下限界は,価電子帯の電子が熱的に励起されるとすると仮定すると,10^(5)/cm^(3)以下であるが,実際的な可能性としては,10^(12)/cm^(3)程度である。」

(本j)「【0038】
また,Al_(2)O_(3),Y_(2)O_(3),又はHfO_(2)の1種,又はそれらの化合物を少なくとも二種以上含む混晶化合物をゲート絶縁層として用いれば,ソース・ゲート端子間及びドレイン・ゲート端子間のリーク電流を約10^(-7)アンペヤにすることができ,ノーマリーオフ・トランジスタを実現できる。
【0039】
酸化物結晶の電子移動度は,金属イオンのs軌道の重なりが大きくなるほど,大きくなり,原子番号の大きなZn,Inの酸化物結晶は,0.1から200cm^(2)/(V・秒)の大きな電子移動度を持つ。さらに,酸化物では,酸素と金属イオンとがイオン結合しているために,化学結合の方向性がなく,構造がランダムで,結合の方向が不均一なアモルファス状態でも,電子移動度は,結晶状態の電子移動度に比較して,同程度の大きさを有することが可能となる。一方で,Zn,Inを原子番号の小さな元素で置換することにより,電子移動度は小さくなる。従って,上記したアモルファス酸化物を用いることにより,電子移動度を,約0.01cm^(2)/(V・秒)から20cm^(2)/(V・秒)の範囲に制御できる。」

(本k)「【0040】
また,通常の化合物では,キャリア濃度が増加するにつれて,キャリア間の散乱などにより,電子移動度は減少するが,それに対して,本発明の成膜方法に係わるアモルファス酸化物では,電子キャリア濃度の増加とともに,電子移動度が増加するが,その物理機構は明確でない。」

(本l)「【0041】
ゲート端子に電圧を印加すると,上記アモルファス酸化物チャネル層に,電子を注入できるので,ソース・ドレイン端子間に電流が流れ,両端子間がオン状態になる。本発明の成膜方法によるアモルファス酸化膜は,電子キャリア濃度が増加すると,電子移動度が大きくなるので,トランジスタがオン状態での電流を,より大きくすることができる。すなわち,飽和電流及びオン・オフ比をより大きくすることができる。電子移動度が大きなアモルファス酸化物膜をTFTのチャネル層として用いれば,飽和電流を大きくすることができるし,また,TFTのスウィッチング速度を大きくでき,高速動作が可能となる。」

(本m)「【0042】
例えば,電子移動度が,0.01cm^(2)/(V・秒)程度であれば,液晶表示素子を駆動するTFTのチャネル層として用いることができる。また,電子移動度が,0.1cm^(2)/(V・秒)程度であるアモルファス酸化物膜を用いれば,アモルファスシリコン膜を用いたTFTと同等以上の性能を有し,動画像用表示素子を駆動するTFTを作成することができる。
【0043】
さらに,電流で駆動する有機発光ダイオードを動作させる場合など大きな電流を必要とするTFTを実現するためには,電子移動度は,1cm^(2)/(V・秒)超であることが望ましい。なお,本発明の成膜方法により得られる縮退伝導を示すアモルファス酸化物をチャネル層に用いた場合,電子キャリア濃度が多い状態での電流,すなわちトランジスタの飽和電流の温度依存性が小さくなり,温度特性に優れたTFTを実現できる。」

(本n)「【0053】
得られた薄膜は,図2に示す様に,電子移動度が1cm^(2)/(V・秒)超であった。しかし,本実施例のパルスレーザー蒸着法では,酸素分圧を6.5Pa以上にすると,堆積した膜の表面が凸凹となり,TFTのチャネル層として用いることが困難となる。従って,酸素分圧を望ましくは5Pa超,6.5Pa未満の雰囲気で,パルスレーザー蒸着法で作製したIn-Ga-Zn-Oから構成され,結晶状態における組成InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜を用いれば,ノーマリーオフのトランジスタを構成することができる。
【0054】
また,該薄膜の電子移動度は,1cm^(2)/V・秒超が得られ,オン・オフ比を10^(3)超に大きくすることができた。以上,説明したように,本実施例に示した条件下でPLD法によりInGaZn酸化物の成膜を行う場合は,酸素分圧を5Pa以上6.5Pa未満になるように制御することが望ましい。なお,電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)を実現するためには,酸素分圧の条件,成膜装置の構成や,成膜する材料や組成などに依存する。」

(本o)「【0061】
InGaO_(3)(ZnO)_(4)組成を有する多結晶焼結体をターゲットとし,異なる酸素分圧で成膜したIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜に関して,電子キャリア濃度と電子移動度の関係を調べた。その結果を図2に示す。電子キャリア濃度が,10^(16)/cm^(3)から10^(20)/cm^(3)に増加すると,電子移動度は,約3cm^(2)/(V・秒)から約11cm^(2)/(V・秒)に増加こと(審決注「増加すること」の誤り。以下同じ。)が示された。また,InGaO_(3)(ZnO)組成を有する多結晶焼結体をターゲットとして得られたアモルファス酸化膜に関しても,同様の傾向が見られた。」

(本p)「【0069】
すなわち,酸素分圧4×10^(-2)Pa超,望ましくは5×10^(-1)Pa以下のアルゴンガス雰囲気で,スパッタ蒸着法で作製したIn-Ga-Zn-Oから構成され,結晶状態における組成InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜を用い,ノーマリーオフで,かつオン・オフ比を10^(3)超のトランジスタを構成することができた。」

(本q)「【0070】
本実施例で示した装置,材料を用いる場合は,スパッタによる成膜の際の酸素分圧としては,例えば,4×10^(-2)Pa以上,5×10^(-1)Pa以下の範囲である。なお,パルスレーザー蒸着法およびスパッタ法で作成された薄膜では,図2に示す様に,伝導電子数の増加と共に,電子移動度が増加する。」

(本r)「【0071】
上記のとおり,酸素分圧を制御することにより,酸素欠陥を低減でき,その結果,電子キャリア濃度を減少できる。また,アモルファス状態では,多結晶状態とは異なり,本質的に粒子界面が存在しないために,高電子移動度のアモルファス薄膜を得ることができる。なお,ガラス基板の代わりに厚さ200μmのポリエチレン・テレフタレート(PET)フィルムを用いた場合にも,得られたInGaO_(3)(ZnO)_(4)アモルファス酸化物膜は,同様の特性を示した。」

(本s)「【0085】
本実施例によれば,電子キャリア濃度が小さく,したがって,電気抵抗が高く,かつ電子移動度が大きいチャネル層を有する薄膜トランジスタを実現でさる(審決注「できる」の誤り。)。なお,上記したアモルファス酸化物は,電子キャリア濃度の増加と共に,電子移動度が増加し,さらに縮退伝導を示すという優れた特性を備えていた。本実施例では,ガラス基板上に薄膜トランジスタを作製したが,成膜自体が室温で行えるので,プラスチック板やフィルムなどの基板が使用可能である。また,本実施例で得られたアモルファス酸化物は,可視光の光吸収が殆どなく,透明なフレキシブルTFTを実現できる。」

(イ)そうすると,本件特許明細書の上記記載から,本件特許発明1が,ZnOを用いた透明伝導性酸化物多結晶薄膜をチャネル層に用いたTFTにおける,ZnOは,酸素欠陥が入りやすく,キャリア電子が多数発生し,電気伝導度を小さくすることが難しく,このために,トランジスタのオン・オフ比を大きくすることも難しいという課題,及び,電子キャリア濃度が,10^(18)/cm^(3)以上であり,アモルファス酸化物である,Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,MはAl及びGaのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある。)で表される非晶質酸化物をチャネル層としたTFTでは,オン・オフ比が充分にとれず,ノーマリーオフ型のTFTにはふさわしくないという,従来の技術における課題を解決しようとする発明であることが理解できる。
さらに,本件特許明細書の記載から,本件特許発明1に係る,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を,本件特許発明1おいて特定する成膜方法,すなわち,パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いて,該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性の透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜するという特定の成膜方法を用いて成膜することによって,当該成膜方法を用いて成膜されたアモルファス酸化物薄膜が,以下の特性を奏することが認められる。
(i)「電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下のアモルファス酸化物膜をチャネル層に用い,ソース端子,ドレイン端子及びゲート絶縁膜を介してゲート端子を配した電界効果型トランジスタを構成すると,ソース・ドレイン端子間に5V程度の電圧を印加したとき,ゲート電圧を印加しないときのソース・ドレイン端子間の電流を約10^(-7)アンペヤにすることができる」,すなわち,「電子キャリア濃度が小さく,したがって,電気抵抗が高く,かつ電子移動度が大きいチャネル層を有する薄膜トランジスタを実現」できるので,「ノーマリーオフのTFT」を得るために好適であること。
(ii)「通常の化合物では,キャリア濃度が増加するにつれて,キャリア間の散乱などにより,電子移動度は減少するが,それに対して,本発明の成膜方法に係わるアモルファス酸化物では,電子キャリア濃度の増加とともに,電子移動度が増加」することから,例えば,「InGaO_(3)(ZnO)_(4)組成を有する多結晶焼結体をターゲットとし,異なる酸素分圧で成膜したIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜」は,「電子キャリア濃度が,10^(16)/cm^(3)から10^(20)/cm^(3)に増加すると,電子移動度は,約3cm^(2)/(V・秒)から約11cm^(2)/(V・秒)に増加」する電気的特性を呈すること。そして,その結果として,
(iii)「ゲート端子に電圧を印加すると,上記アモルファス酸化物チャネル層に,電子を注入できるので,ソース・ドレイン端子間に電流が流れ,両端子間がオン状態になる」ところ,「本発明の成膜方法によるアモルファス酸化膜は,電子キャリア濃度が増加すると,電子移動度が大きくなるので,トランジスタがオン状態での電流を,より大きくすることができ」,「さらに縮退伝導を示すという優れた特性を備えてい」ることから,例えば,「オン・オフ比を10^(3)超のトランジスタを構成することができ」,かつ,「本発明の成膜方法により得られる縮退伝導を示すアモルファス酸化物をチャネル層に用いた場合,電子キャリア濃度が多い状態での電流,すなわちトランジスタの飽和電流の温度依存性が小さくなり,温度特性に優れたTFTを実現できる」こと。
すなわち,本件特許明細書の記載から,本件特許発明1は,上記(i)-(iii)の特性を奏することから,TFTのチャネル層に用いる薄膜の成膜方法として好適であるという効果を奏するものと認められる。

(ウ)他方,引用発明1は,Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O_(2)/Ar+O_(2))を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する,気相成膜方法である。

(エ)そして,上記ア(イ)によれば,甲第5号証には,酸化物の導電膜について,「具体的に言うと,透明導電膜材料としては,例えば,In_(2) O_(3) に錫(Sn)をドープしたもの(一般的にITO(Indium Tin Oxide)と呼ばれる),SnO_(2) にアンチモン(Sb)又はフッ素(F)をドープしたもの,ZnOにInをドープしたもの,ZnOにガリウム(Ga)をドープしたもの(一般的にGZOと呼ばれる),ZnOにAlをドープしたもの(一般的にAZOと呼ばれる)などを採用すればよい。」との記載(摘記(甲5b))がある。
また,上記ア(イ)によれば,甲第6号証には,酸化物の導電膜について,「ある程度十分な導電性を持つ代表的な電気伝導性酸化物薄膜としてはIn_(2)O_(3)^(1),2)),SnO_(2)^(3),4)),ZnO^(5),6)),CdO^(7),8)),CdIn_(2)O_(4)^(9)),Cd_(2)SnO_(4)^(10),11)),Zn_(2)SnO_(4),In_(2)O_(3)-ZnO系^(12))などが報告されている。」との記載(摘記(甲6a))がある。
さらに,上記イ(イ)によれば,甲第6号証には,「透明導電性金属酸化物の結晶構造と電気的・光学的性質」を表題とする表に,結晶構造が「スピネル」の物質名として「CdIn_(2)O_(4),MgIn_(2)O_(4)(バルク),MgIn_(2)O_(4),MgIn_(2)O_(4):H,MgIn_(2)O_(4):Li,ZnGa_(2)O_(4)(バルク),CdGa_(2)O_(4)(バルク),Zn_(2)SnO_(4)」が,結晶構造が「YbFe_(2)O_(4)」の物質名として「InGaMgO_(4)(バルク),InGaZnO_(4)(バルク),InGaZnO_(4),In_(2)O_(3)(ZnO)_(3)(バルク),In_(2)O_(3)(ZnO)_(5)」が,結晶構造が「β-Ga_(2)O_(3)」の物質名として「Ga_(2)O_(3)(単結晶),GaInO_(3):Sn」が,結晶構造が「パイロクロア」の物質名として「AgSbO_(3),Cd_(2(1-x))Y_(2x)Sb_(2)O_(7)」が,結晶構造が「オリヴィン」の物質名として「Cd_(2)GeO_(4),Cd_(2)GeO_(4):In」が,結晶構造が「デラフォサイト」の物質名として「AgInO_(2)」が,結晶構造が「Sr_(2)PbO_(4)」の物質名として「Cd_(2)SnO_(4)」が,結晶構造が「イルメナイト」の物質名として「CdSnO_(3)」が,結晶構造が「Na_(2)SiF_(6)」の物質名として「In_(2)TeO_(6)」が,結晶構造が「ペロブスカイト」の物質名として「ZnSnO_(3)」が,結晶構造が「その他」の物質名として「Zn_(2)In_(2)O_(5),Zn_(0.66)In_(2)O_(3.66),Zn_(1.2)In_(1.9)Sn_(0.1)O_(4.25)」がそれぞれ記載(摘記(甲6e))されている。
してみれば,甲第5号証及び甲第6号証にみられるように,本件特許の優先日前当時において,酸化物の導電膜として,数多くの材料が知られていたといえる。

(オ)しかしながら,本件特許の優先日前当時において,薄膜トランジスタの半導体層として用いられる薄膜の,「室温での電子移動度」,「室温での電子キャリヤ濃度」,及び,「電子キャリヤ濃度」の大小が「電子移動度」の大小に与える影響等の電気的特性を,前記薄膜を構成する材料の組成,結晶構造,及び,当該薄膜を成膜する方法から,定量的に予測する方法が知られていたとは,いずれの甲号証の記載からも認めることはできず,また,このような予測をする方法が技術常識であったとも認めることはできない。

(カ)そうすると,引用発明1に,酸化物の透明導電膜の膜中の酸素量を増加させることで,化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,キャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体を実現するという技術的思想が示されており,また,上記アで検討したように,導電性酸化膜において,組成が化学量論組成から少し還元気味にずれることにより酸素空孔などの真性欠陥がドナー準位を形成し,キャリア濃度が増大することにより導電性が生じている場合があり,したがって,膜中の酸素量を増加させることにより,このキャリア濃度を10^(18)cm^(-3)以下にしてやると縮退の状態が解け,導電性酸化膜を半導体活性層として用いることができる場合があるとする知見が,本件特許の優先日前当時に知られており,さらに,上記イで検討したように,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」が,本件特許の優先日前当時において,知られていたこと,及び,InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)が縮退半導体であることが示唆されていたことが認められたとしても,上記(オ)で検討したように,薄膜トランジスタの半導体層として用いられる薄膜の,「室温での電子移動度」,「室温での電子キャリヤ濃度」,及び,「電子キャリヤ濃度」の大小が「電子移動度」の大小に与える影響等の電気的特性を,前記薄膜を構成する材料の組成,結晶構造,及び,当該薄膜を成膜する方法から,定量的に予測する方法が,本件特許の優先日前当時において知られていたとは認められないから,上記(エ)に記載されるように,多数の材料が,酸化物の導電膜として知られているときに,当業者が,酸化物の導電膜の膜中の酸素量を増加させることで,化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,キャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体を実現するという技術的思想を実現する材料として,引用発明1の「ITO」膜に替えて,前記多数の材料の中から,特に,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を選択する動機を見いだすことはできない。
したがって,引用発明1の「ITO」膜に替える材料として,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を用いることが容易であったとは認めることはできない。

請求人は,口頭審理陳述要領書の16-17ページにおいて,作用,機能の共通性という強い動機付けがあると主張するが,上記(エ)に記載されるような多数の材料のなかで,エネルギバンドギャップが3eV以上等の作用,機能の共通性を有する材料は,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」だけではないから,エネルギバンドギャップが3eV以上等の作用,機能の共通性という点に鑑みて,前記多数の材料の中から,引用発明1の「ITO」膜に替える材料として,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を選択する動機があったとは認めることはできない。

また,請求人は,口頭審理陳述要領書の17ページにおいて,甲第4号証に記載のIn_(2)O_(3)の含有量が低い材料が要請されていることに接した当業者は,甲第4号証に開示された「In-Ga-Zn-O」を用いる強い動機付けがあると主張するが,In_(2)O_(3)の原料コストが高く,資源の枯渇が予測されるのであれば,引用発明1の「ITO」膜に替える材料としては,In_(2)O_(3)を含む,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」ではなく,上記(エ)に記載される材料の中から,In_(2)O_(3)を含まない材料を選択することにこそ,強い動機付けがあるというべきであって,前記多数の材料の中から,引用発明1の「ITO」膜に替える材料として,In_(2)O_(3)を含む「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を選択する動機があったとは認めることはできない。

(キ)しかも,引用発明1において,ITO膜に置き換えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」を用いることを当業者が容易になし得たといえるためには,前記置き換えを想起する動機があることに加えて,阻害要因がなく,かつ,引用発明1の「膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する」という技術的思想を,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」において実現する手段が,本件特許の優先日前当時において,当業者において明らかであり,さらに,前記置き換えをしたことによって奏される効果が,当業者が予測する範囲内のものであることを要するといえる。

(ク)そこで検討すると,引用発明1の「膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する」という技術的思想に基づいて,当業者が,ITO膜に置き換える「酸化物の透明導電膜」を採用する際には,膜中の酸素量を増加させることで,着膜した膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らし,膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御することが容易な材料であるか否かを考慮することが自然といえるところ,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」は,材料を構成する元素の数が4種類と多いことから,膜の組成を化学量論組成からずれないように成膜するという制御の容易さという点で,材料を構成する元素の種類が前記4種類よりも少ない他の材料と比べると,より困難であるといえる。
すなわち,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を選択した場合には,化学量論的組成からのずれが少なくなるように制御すべき元素の種類が4種類となるから,材料を構成する元素の種類が2種類,あるいは,3種類である材料,例えば,引用発明1のITO(In_(2) O_(3) に錫(Sn)をドープしたもの)と比べて,膜の組成を化学量論組成からずれないように成膜するという制御において,より困難が伴うことが予測される。
そうすると,上記(エ)に記載されるように,酸化物の導電膜として多数の材料が知られていたときに,材料を構成する元素の種類が3種類である,引用発明1の「ITO」膜に置き換える材料として,材料を構成する元素の種類が4種類であり,膜の組成を化学量論組成からずれないように成膜するという制御において,材料を構成する元素の種類が3種類である場合よりも困難が伴うことが予測される,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」をあえて選択することには,阻害事由があるといえる。
また,「アモルファス」という状態も,酸素空孔などの真性欠陥の量を減少させる上で,単結晶等の他の結晶状態と比べて,より困難であるといえるから,引用発明1において,アモルファスという状態を選択することにも阻害事由があるといえる。
そうすると,これらの観点においても,当業者が,引用発明1の「ITO」膜に置き換える材料として,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を選択することを容易に想到し得たとは認められない。
さらに,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)は(m6未満の自然数)」である材料が,本件特許の優先日前において公知であったとしても,上記(エ)で摘記した記載に照らして,「具体的に言うと,透明導電膜材料としては,例えば」として例示されるような一般的な材料,あるいは,「代表的な電気伝導性酸化物薄膜」として例示されるような代表的な材料であったとまでは認められないから,引用発明1のITOを置き換えるにあたり,当業者であれば,まず最初に検討する材料であるということもできない。

(ケ)しかも,上記アの検討から,着膜時の酸素ガスの割合を増やすことで,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」のキャリア濃度が減ることを,一般的な技術的思想として理解したとしても,前記「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」のキャリア濃度を,10^(18)個・cm^(-3)以下にまで下げる具体的な成膜方法が知られていたとはいえない。したがって,引用発明1の技術的思想を,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」において実現する手段が明らかであるともいえないから,ITO膜に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」を用いることは当業者が容易になし得たこととは認められない。
なお,審判請求人の主張に沿って,甲第9号証における,上記摘記(甲9a)の「アモルファスのInGaZnO_(4)はn型半導体として知られており,室温での高周波(RF)スパッタリングにより作製した^([17] )。その導電率は室温で1.4×10^(-1)Scm^(-1)であった。キャリア密度は,以前報告した移動度の値21cm^(2)V^(-1)s^(-1[17]) を用いると,4.2×10^(16)cm^(-3)と見積もられる。」との記載を,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」において,キャリア密度を,4.2×10^(16)cm^(-3)とする成膜方法が知られていたことを示すものとして解したとすると,甲第9号証の上記摘記(甲9b)の「a-InGaZnO_(4)膜は,多結晶InGaZnO_(4)膜の円盤状ターゲットを用い,Ar中で成膜した。」との記載に照らして,前記膜は,酸素ガスを含まない成膜方法によって成膜されたものであり,かつ,前記膜は,前記酸素ガスを含まない成膜方法によって,引用発明1が求める,膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下とする条件を既に満たしていることとなる。
そうすると,甲第9号証に記載された上記成膜方法を,引用発明1に適用して,更に酸素ガスを添加する必要があるとは認めることはできない。
したがって,引用発明1に,甲第9号証に記載された成膜方法を組み合わせることは,その動機を欠くので,引用発明1と甲第9号証に記載された発明とに基づいて,着膜時の酸素ガスの割合を増やして,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としての膜(半導体活性層)を実現することが容易であったとは認めることはできない。

(コ)さらに,本件特許発明1は,室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下,かつ,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上という特性を発明特定事項として有するものであるところ,引用発明1は,キャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体半導体活性層を実現する発明であるから,キャリア濃度は,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体半導体活性層が実現する,10^(18)個・cm^(-3)以下であれば,発明の課題解決において十分といえ,引用発明1において,キャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下とした発明特定事項を,さらに二桁少ない,10^(16)個・cm^(-3)以下とすることに,動機を見い出すことはできない。
しかも,薄膜トランジスタの半導体層として用いられる薄膜の,「室温での電子移動度」,「室温での電子キャリヤ濃度」,及び,「電子キャリヤ濃度」の大小が「電子移動度」の大小に与える影響等の電気的特性を,前記薄膜を構成する材料の組成,結晶構造,及び,当該薄膜を成膜する方法から,定量的に予測する方法が知られていたとは,いずれの甲号証の記載からも認めることはできず,また,このような予測をする方法が技術常識であったとも認めることができないことは,上記(オ)で検討したとおりであるから,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」の室温での電子キャリヤ濃度を10^(16)/cm^(3)以下とした場合において,室温での電子移動度を0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度を10^(16)/cm^(3)以下とすることを,本件特許の優先日前において,当業者が容易になし得たとも認めることはできない。
また,上記(エ)に記載されるように,多数の酸化物の導電膜が知られているところ,前記多数の酸化物のアモルファス薄膜において,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下という特性が,普通に備わっている程度の特性であったとも認めることはできない。
したがって,引用発明1において,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下とすることは,当業者が容易になし得たこととはいえない。

(サ)なお,甲第10号証,及び,甲第11号証には,以下の事項が記載されている。
(甲10a)「単結晶透明酸化物半導体で形成した薄膜トランジスタ」(文献の表題)

(甲10b)「単結晶の透明酸化物半導体InGaO_(3)(ZnO)_(5)を電子チャネルに,アモルファス酸化物ハフニウムをゲート絶縁膜に用いた透明電界効果トランジスタの作製について報告する。」(訳文の1ページ4-6行)

(甲10c)「InGaO_(3)(ZnO)_(5)は特徴的な層状超格子構造(図1A),つまり・・・を有し,その構造によって優れた電子特性がもたらされると考えられている。・・・さらに,In_(2)O_(3)層は酸素が外部に拡散することを防ぐブロッキングバリアとして機能し,それによって酸素欠損の形成が抑えられていることがある。・・・したがって,材料を化学量論比に保つことや,単結晶での真性レベルまでキャリア濃度を下げることがより容易である。」(訳文の2ページ21行-3ページ9行)

(甲10d)「図2に,作製した単結晶InGaO_(3)(ZnO)_(5)薄膜の・・・。(電界効果移動度として得られる)電子移動度の値が・・・であることから,キャリア濃度はおよそ10^(13)cm^(-3)と見積もられる。」(訳文の4ページ10行-11行)

(甲10e)「このTFETはエンハンスメント型として動作していることが分かる。」(訳文の5ページ15行-16行)

(甲11a)「自然超格子ホモロガス単結晶薄膜,その製造方法,該単結晶薄膜を用いたデバイス」(発明の名称)

(甲11b)「背景技術
異なる物質の極薄結晶層を規則的に何層か重ね合わせた構造を総称して『超格子』と呼ぶ。」(明細書1ページ9-11行)

(甲11c)「また,均質な超格子が形成できないことは,ホモロガス相の化学組成が化学量論比からずれることを意味する。化学組成がずれることによりホモロガス相中に酸素欠陥が生成し伝導キャリアを発生させてしまう。一般に,酸素欠陥に起因して生成する伝導キャリアは,その濃度制御が極めて困難である。一般的に,ノーマリオフ型の電界効果型トランジスタなどの電子デバイスを製造するためには,その濃度を内因性レベル以下(<10^(14)cm^(-3))に低減する必要がある。」(明細書8ページ3-8行)

そうすると,上記摘記(甲10c)の「InGaO_(3)(ZnO)_(5)は特徴的な層状超格子構造(図1A),つまり・・・を有し,その構造によって優れた電子特性がもたらされると考えられている。・・・さらに,In_(2)O_(3)層は酸素が外部に拡散することを防ぐブロッキングバリアとして機能し,それによって酸素欠損の形成が抑えられていることがある。・・・したがって,材料を化学量論比に保つことや,単結晶での真性レベルまでキャリア濃度を下げることがより容易である」,及び,上記摘記(甲11c)の「均質な超格子が形成できないことは,ホモロガス相の化学組成が化学量論比からずれることを意味する。化学組成がずれることによりホモロガス相中に酸素欠陥が生成し伝導キャリアを発生させてしまう。一般に,酸素欠陥に起因して生成する伝導キャリアは,その濃度制御が極めて困難である。」との記載に照らして,「単結晶」の透明酸化物半導体InGaO_(3)(ZnO)_(5)は,特徴的な層状超格子構造を有し,In_(2)O_(3)層は酸素が外部に拡散することを防ぐブロッキングバリアとして機能し,それによって酸素欠損の形成が抑えられることから,材料を化学量論比に保つことや,単結晶での真性レベルまでキャリア濃度を下げることがより容易であるといえるが,均質な超格子が形成できない,例えば,「アモルファス」においては,ホモロガス相の化学組成が化学量論比からずれ,その結果,ホモロガス相中に酸素欠陥が生成し,伝導キャリアを発生させてしまうので,酸素欠陥に起因して生成する伝導キャリアの濃度制御が極めて困難となることが理解できる。

すなわち,甲第10号証及び甲第11号証の記載からは,薄膜中に均質な超格子が存在しない,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」のキャリア濃度を,10^(16)個・cm^(-3)以下にまで下げることが,極めて困難であることが理解できるものの,甲第10号証及び甲第11号証の記載からは,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」のキャリア濃度を,10^(16)個・cm^(-3)以下にまで下げる具体的な成膜方法を読み取ることはできない。

そうすると,甲第10号証及び甲第11号証の記載によっても,ノーマリーオフ型の電界効果型トランジスタを得るために,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」の室温での電子キャリヤ濃度を,10^(16)cm^(-3)以下まで下げることは,当業者が容易に想到できたことであるとは認めることはできない。

(シ)そして,本件特許発明1は,上記(イ)で検討したように,従来技術における,トランジスタのオン・オフ比を大きくすることが難しい等という課題を,本件特許発明1において規定する,特定の薄膜の組成・結晶構造及び成膜条件による,室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下,かつ,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上である半絶縁性である薄膜の成膜方法を採用することによって,当該薄膜をチャネル層に用いた電界効果型トランジスタにおいて,(i)ソース・ドレイン端子間に5V程度の電圧を印加したとき,ゲート電圧を印加しないときのソース・ドレイン端子間の電流を約10^(-7)アンペヤにすることができ,(ii)電子キャリア濃度の増加とともに,電子移動度が増加し,(iii)さらに,オン・オフ比を10^(3)超のトランジスタを構成することができ,しかも縮退伝導を示すという優れた特性を備えていることから,電子キャリア濃度が多い状態での電流,すなわちトランジスタの飽和電流の温度依存性が小さくなり,温度特性に優れたTFTを実現できる等の,TFTのチャネル層に好適である効果を得たものといえるところ,甲第1号証には,ゲート電圧を印加しないときのソース・ドレイン端子間の電流の具体的な値,及び,電子キャリア濃度と電子移動度との関係も開示されておらず,また,他の各甲号証にも,これらの効果を予測する記載は認められないから,引用発明1に上記相違点1-1の構成を採用した場合において,前記効果を奏することは予測することができたとはいえない。

(ス)以上の理由から,引用発明1において,上記相違点1-1について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められないから,本件特許発明1は,当業者が,引用発明1及び上記各甲号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認めることはできない。


(セ)審判請求人は審判請求書において,「上述したような,優先日前当時の透明酸化物薄膜の技術常識等を参酌すれば,本件特許の優先日前当時に縮退半導体である透明酸化物薄膜としてITO膜と同様に知られていた「In-Ga-Zn-O薄膜」を引用発明1に採用することは,当業者であれば容易に想到できたことと認められる。
そして,本件特許の優先日前当時に「In-Ga-Zn-O薄膜」であって,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)mは(m6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」を引用発明1に採用することは,当業者であれば容易に想到できたことと認められる。」と主張する。
しかしながら,上記「(3)相違点についての判断」で検討したように,本件特許の優先日前において,薄膜トランジスタの半導体層として用いられる薄膜の,「室温での電子移動度」,「室温での電子キャリヤ濃度」,及び,「電子キャリヤ濃度」の大小が「電子移動度」の大小に与える影響等の電気的特性を,前記薄膜を構成する材料の組成,結晶構造,及び,当該薄膜を成膜する方法から,定量的に予測することができていたとすることはできないから,酸化物の導電膜として知られている多数の材料の中から,特に,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を選択する動機を見いだすことはできず,また,前記「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」のキャリア濃度を,酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度を0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度を10^(16)個・cm^(-3)以下にまで下げる具体的な成膜方法が知られていたともいえない。
しかも,本件特許発明1は,本件特許発明1によって成膜した薄膜をチャネル層に用いた電界効果型トランジスタにおいて,(i)ソース・ドレイン端子間に5V程度の電圧を印加したとき,ゲート電圧を印加しないときのソース・ドレイン端子間の電流を約10^(-7)アンペヤにすることができ,(ii)電子キャリア濃度の増加とともに,電子移動度が増加し,(iii)さらに,オン・オフ比を10^(3)超のトランジスタを構成することができ,しかも縮退伝導を示すという優れた特性を備えていることから,電子キャリア濃度が多い状態での電流,すなわちトランジスタの飽和電流の温度依存性が小さくなり,温度特性に優れたTFTを実現できる等の,TFTのチャネル層に好適であるという格別の効果を有するといえる。
したがって,「本件特許の優先日前当時に「In-Ga-Zn-O薄膜」であって,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」を引用発明1に採用することは,当業者であれば容易に想到できたことと認められる。」とする審判請求人の主張は,採用することはできない。

(4)小括
本件特許発明1は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

4 本件特許発明2
本件特許発明2は,「第2 本件発明」で認めたとおりであり,再掲すると,以下のとおりである。
【請求項2】
結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,
該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,
成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

5 甲各号証の記載事項
甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証には,前記「第5 無効理由1について 2 甲第1号証の記載事項」及び「第5 無効理由1について 3 当審の判断」において摘記した事項が記載されている。
また,甲第12号証には,以下の事項が記載されている。
(甲12a)「【請求項1】 一般式M(1)_(x) M(2)_(y) In_(z) O_((x+3y/2+3z/2)-d )(式中,M(1)はマグネシウム及び亜鉛のうちの少なくとも1つの元素であり,M(2)はアルミニウム及びガリウムのうちの少なくとも1つの元素であり,比率(x:y)が0.2?1.8:1の範囲であり,比率(z:y)が0.4?1.4:1の範囲であり,かつ酸素欠損量dが(x+3y/2+3z/2) の3×10^(-5)?1×10^(-1)倍の範囲である)で表されることを特徴とする導電性酸化物。」(【特許請求の範囲】)

(甲12b)「【請求項13】 透明基板上に,一般式M(1)_(x) M(2)_(y) In_(z )O_((x+3y/2+3z/2)) (式中,M(1)はマグネシウム及び亜鉛のうちの少なくとも1つの元素であり,M(2)はアルミニウム及びガリウムのうちの少なくとも1つの元素であり,比率(x:y)が0.1?2.2:1の範囲であり,比率(z:y)が0.4?1.8:1の範囲である)で表される酸化物をターゲットとして,スパッター法により酸化物膜を形成する方法であって,前記基板の加熱温度を100?900℃の範囲とし,成膜時の圧力を5×10^(-4)?1Torrの範囲とすることを特徴とする,請求項1記載の導電性酸化物からなる層であって,該導電性酸化物の(00n)面(但し,nは正の整数である)が前記透明基板の表面と実質上平行に配向している導電層を有する電極の製造方法。」(【特許請求の範囲】)

(甲12c)「【産業上の利用分野】
本発明は,優れた電気伝導性を有する導電性酸化物,この導電性酸化物を用いた電極及びその製造方法に関する。本発明の導電性酸化物は,優れた電気伝導性を有すのみならず,可視域全域での透明性にも優れるので,光透過性が必要なディスプレイや太陽電池用の電極等として特に有用である。」(【0001】)

(甲12c)「すなわち,従来,吸収端が450nmより短波長側にあり,しかもITOと同等かそれ以上の電気伝導率を有する材料は,知られていなかった。そこで本発明の目的は,吸収端が450nmより短波長側にあって,かつITOと同等かそれ以上の電気伝導率を有するために,ITO膜より大きな膜厚としても着色を生じない新規な材料を提供することにある。さらに本発明の目的は,上記の新たな材料を用いた,液晶ディスプレイ,ELディスプレイ及び太陽電池等に有用な電極を提供することにある。」(【0008】)

(甲12d)「本発明の第1の態様の導電性酸化物
一般式M(1)_(x) M(2)_(y) In_(z) O_((x+3y/2+3z/2)-d) 中,M(1)はマグネシウム及び亜鉛のうちの少なくとも1つの元素である。従って,M(1)はマグネシウム及び亜鉛のいずれか単独であってもよいし,M(1)はマグネシウム及び亜鉛が共存してもよい。マグネシウム及び亜鉛が共存する場合,マグネシウムと亜鉛の比率には特に制限はない。但し,マグネシウムの比率が増えると吸収端が短波長側にシフトして透明性が増大する傾向がある。亜鉛の比率が増えると導電性が増大する傾向がある。」(【0013】)

(甲12e)「M(2)はアルミニウム及びガリウムのいずれか単独であってもよいし,M(2)はアルミニウム及びガリウムが共存してもよい。アルミニウム及びガリウムが共存する場合,アルミニウムとガリウムの比率には特に制限はない。但し,アルミニウムの比率が増えると結晶化温度が高くなる傾向がある。ガリウムの比率が増えると結晶化温度が低くなる傾向がある。」(【0014】)

(甲12f)「一般式M(1)M(2)InO_(4) で表わされる本発明の導電性酸化物は,一般式Mg_(a )Zn_(1-a )A1_(b )Ga_(1-b) InO_(4) で表すこともでき,式中aは0?1の範囲であり,bは0?1の範囲である。Mg_(a) Zn_(1-a) A1_(b) Ga_(1-b) InO_(4) で表わされる本発明の導電性酸化物の具体例としては,例えばMgA1InO_(4) ,ZnA1InO_(4) ,MgGaInO_(4) ,ZnGaInO_(4) ,Mg_(a) Zn_(1-a) A1InO_(4) ,Mg_(a) Zn_(1-a) GaInO_(4) ,MgA1b Ga_(1-b) InO_(4) ,ZnA1_(b) Ga_(1-b) InO_(4 )を挙げることができる。式中のa及びbは,導電性酸化物に要求される光学的特性及び導電性を考慮して,組成により適宜決定することができる。」(【0028】)

(甲12g)「本発明の一般式M(1)_(x )M(2)_(y )In_(z) O_((x+3y/2+3z/2)) で示される酸化物は,基本的にはInO_(6) の八面体構造を有する。InO_(6) の八面体構造を示す原子模型(白丸がIn原子であり,黒丸が酸素原子である)を図1に示す。図1は,(00n)面に垂直な方向から見た図であり,図1のBは(00n)面と平行な方向から見た図である。図2は,InO_(6) の八面体及び八面体の(00n)面,さらには基板との関係を模式的に示した図である。本発明の電極では,導電性酸化物の(00n)面(但し,nは正の整数である)が透明基板の表面と実質上平行に配向していることが,高い導電性を有すという観点から好ましい。この点は,図3に模式的に示すように,無配向性の膜においては,電子の経路がジグザグになるのに対して,配向性の膜においては,電子の経路は直線的になり,導電性も高くなる。」(【0048】)

(甲12h)「実施例2-22?2-30
仮焼粉末中の含有金属元素の比率が表8の値となるように仮焼粉体を実施例2-1と同様の方法で調製し,一軸加圧(100kg/cm^(2) )によって直径25ミリのディスク状に成形して,大気中,1300℃?1700℃で2時間焼成して相対密度90%以上の焼結体を得た。焼結体の表面を研磨し,パッキングプレート上に接着剤を用いて固定してスパッタリングターゲットとした。これを日本真空社製BC1457型スパッタリング装置に固定してAr/O_(2) 比45/5のガスを装置内に導入し,180WのRFパワーを40分間入力して,500℃に加熱した石英ガラス基板上に厚み800Åのアモルファス薄膜を作製した。これを大気中400℃?800℃で加熱処理した。生成物を実施例2-1で使用した装置を用いて構造解析を行って,YbFe_(2 )O_(4 )型構造の結晶が生成したことを確認した。
次いで,電子を注入するために結晶化した薄膜試料を水素気流中400℃?800℃で処理して本発明の導電性酸化物を得た。これらの導電性酸化物について,実施例2-1と同様の方法により電気伝導率と吸収端波長を測定した。ただし吸収端波長の測定には光透過法を用い,透過率が50%となった波長を吸収端波長とした。得られた電気伝導率と吸収端波長を表8に示す。表8の結果から,本発明の導電性酸化物の電極として優れていることが分かる。」(【0100】-【0101】)

6 本件特許発明2についての当審の判断
(1)対比
引用発明1は,上記「3 本件特許発明1についての当審の判断」で検討したとおりであり,再掲すると以下のとおりである。

「ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が10^(18)個・cm^(-3)以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタの前記半導体層の気相成膜方法において,
Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O_(2)/Ar+O_(2))を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する,気相成膜方法。」

ア 本件特許発明2と,引用発明1とを対比する。

イ 引用発明1の「ITO(Indium Tin Oxide)膜」と,本件特許発明2の「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜」とは,いずれも「酸化物薄膜」である点で共通する。

ウ また,引用発明1の「半導体としてのITO膜(半導体活性層)」と,本件特許発明2の「透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜」とは,「透明酸化物薄膜」である点で共通する。

エ そうすると,引用発明1の「Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O_(2)/Ar+O_(2))を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する」成膜方法と,本件特許発明2の「該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜を成膜する」方法とは,いずれも「酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する」方法である点で共通する。

オ してみれば,本件特許発明2と,引用発明1との一致点と相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
酸化物薄膜の気相成膜方法において,
酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。

<相違点>
・相違点1-2:成膜する酸化物薄膜が,本件特許発明2では,「『該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに』行う『パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法』」によって成膜した「『結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜』であって,『成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下』,かつ,『室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上』の『半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜』である『アモルファス酸化物薄膜』」であるのに対して,引用発明1では,「スパッタ法」によって成膜した「『従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜』であって,『キャリア濃度を10^(18)個・cm^(-3)以下』に制御した『ITO膜』」である点。

(2)相違点についての判断
・相違点1-2について
ア<透明酸化物薄膜の置き換えについて>
引用発明1において,上記相違点1-1について,本件特許発明1の構成とすること,すなわち,「ITO膜」に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を用いることが,当業者が容易に想到し得たことであるとは認められないことは,上記「相違点1-1について」で検討したとおりである。

そうすると,透明In-Ga-Zn-Mg-Oアモルファス酸化物薄膜が公知であり,前記Znと前記Mgの比率は適宜決定することができるものであり,さらに,前記Znの比率が増えると導電性が増大することが,甲第12号証の記載に照らして,本件特許の優先日前当時において知られており,したがって,導電性酸化物に要求される光学的特性及び導電性を考慮して,InGaO_(3)(ZnO)_(m)のような透明In-Ga-Zn-Oアモルファス酸化物薄膜において,Znを,Zn+Mgに置換し,かつ,ZnとMgの比率を調整することを当業者が容易に想到し得たことであると解する余地があったとしても,そもそも,引用発明1において,上記相違点1-1について,本件特許発明1の構成とすること,すなわち,「ITO膜」に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を用いることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるとは認められないのであるから,引用発明1において,前記「ITO膜」に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を用いることに思い至り,さらに,前記「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜」で置き換えることを,当業者が容易に想到し得たことであるとは認められない。
しかも,甲第12号証の上記摘記(甲12d)の「マグネシウム及び亜鉛が共存する場合,マグネシウムと亜鉛の比率には特に制限はない。但し,マグネシウムの比率が増えると吸収端が短波長側にシフトして透明性が増大する傾向がある。亜鉛の比率が増えると導電性が増大する傾向がある。」との記載からは,Zn_(1-x)に対してMg_(x)の割合を,特に,0.80≦x<0.85とする動機を見いだすことはできない。そして,本件特許発明2は,Zn_(1-x)に対してMg_(x)の割合を,特に,0.80≦x<0.85とすることによって,本件特許明細書の上記摘記(本h)に記載された,「Mgに置換すると,酸化物膜の電子移動度は,Mg無添加膜に比べて低下するが,その程度は少なく,一方でさらに,電子キャリア濃度を置換しない場合に比べて下げることができるので,TFTのチャネル層としてはより好適である。・・・電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)以下にするには,図4に示すように0.80≦x<0.85とする。」とする,当業者の予測する範囲を超えた,格別の効果を奏するものと認められる。
したがって,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証の記載からは,引用発明1において,「ITOなどの酸化物薄膜」を,「In-Ga-Zn-Mg-O薄膜」であって,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)」である「アモルファス酸化物薄膜」とすることは,当業者であれば容易に想到できるものと解することはできない。

(3)小括
本件特許発明2は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

7 本件特許発明3-5
本件特許発明3-5は,「第2 本件発明」で認めたとおりであり,再掲すると,以下のとおりである。
【請求項3】
基板として,ガラス基板,プラスチック基板またはプラスチックフィルムを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

【請求項4】
パルスレーザー堆積法を用いて,酸素分圧が5Pa超の真空雰囲気で成膜することを特徴とする請求項1記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

【請求項5】
高周波スパッタ法を用いて,酸素分圧が4×10^(-2)Pa超の酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気で成膜することを特徴とする請求項1に記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

8 本件特許発明3-5についての当審の判断
本件特許発明3-5は,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2を引用して,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2について,基板の材料,あるいは,酸素分圧等を,更に限定するものである。
一方,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証には,上記摘記した事項が記載されている。
また,甲第1号証には,ガラス等の透明絶縁性の基板を用いること(【0013】)が記載されており,甲第9号証には,「ガラス基板またはプラスチック基板上に,p-ZnO・Rh_(2)O_(3)とn-InGaZnO_(4)から成るアモルファス酸化物p-nヘテロ接合ダイオードを,スパッタリング技術を用いて室温で作製した。」(訳文の1ページ12行-15行)と記載されており,甲第3号証には,パルスレーザー堆積法で酸素分圧を0.2mbarにして,酸化物薄膜を作製する方法(10ページ6-8行,20-26行)が記載されている。
しかしながら,本件特許発明1,及び,本件特許発明2は,上記で検討したとおり,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできないものであるから,前記本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2をさらに限定した本件特許発明3-5もまた,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明3-5は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

9 無効理由1のまとめ
以上のとおりであるから,本件特許発明1-5は当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
したがって,本件特許発明1-5について,無効理由1は,理由がない。

第6 無効理由2について
1 本件特許発明1
本件特許発明1は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

2 甲第2号証の記載事項
甲第2号証には,「半導体装置およびそれを用いる表示装置」(発明の名称)に関して,図1-7とともに,以下の事項が記載されている。

(甲2a)「技術分野
本発明は,II族酸化物を半導体層として用いた半導体装置およびそれを用いる表示装置に関し,特に酸化亜鉛を半導体層として用いた半導体装置に好適な性能改善の手法に関するものである。」(明細書1ページ3-6行)

(甲2b)「日本国公開公報である特開2000-150900号公報(公開日2000年5月30日;以下,特許文献2と記す)には,トランジスタのチャネル層に酸化亜鉛等の透明半導体を使用し,ゲート絶縁層にも透明絶縁性酸化物を使用する等してトランジスタを透明にすることにより,液晶表示装置の開口率を向上させることが記載されている。」(明細書2ページ1行-5行)

(甲2c)「本発明の目的は,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,汎用的な手法で性能が向上された半導体装置およびそれを用いる表示装置を提供することである。」(明細書5ページ6行-8行)

(甲2d)「本発明の半導体装置は,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウム(Al_(2)O_(3))が積層されていることを特徴とする。
上記の構成によれば,半導体層が酸化亜鉛等のII族酸化物を含む半導体装置の性能の向上を図るにあたって,従来では,積層膜の結晶性の向上や前記結晶性の制御,それに伴う界面制御,さらには不純物のドープという手法が用いられていたのに対して,本発明では,半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムを積層する。このような構造とすることで,アモルファス状の酸化アルミニウム以外の積層膜では不可能な,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることが可能になる。これは,前記II族酸化物の半導体層に前記アモルファス状の酸化アルミニウムを積層することで,それらの界面での欠陥準位が低減されるためであると考えられる。前記欠陥準位とは,半導体層のキャリア移動の際に障害となるような電子的欠陥である。」(明細書5ページ7行-23行)

(甲2e)「これによって,酸化亜鉛等の半導体層に対して,従来程,結晶性の向上の要求は強くなく,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応することができるII族酸化物を半導体層とする半導体装置を実現することができる」(明細書5ページ24行-6ページ3行)

(甲2f)「本発明の半導体装置では,前記II族酸化物は,酸化亜鉛であることが好ましい。半導体層として用いることができるII族酸化物としては,たとえば酸化亜鉛(ZnO),酸化マグネシウム亜鉛(Mg_(x)Zn_(1-x)O),酸化カドミウム亜鉛(Cd_(x)Zn_(1-x)),酸化カドミウム(CdO)等があるが,そのなかでも酸化亜鉛は特に好適であり,特性の向上が特に期待できる。」(明細書6ページ10行-15行)

(甲2g)「チャネル層5は,酸化亜鉛(ZnO),酸化マグネシウム亜鉛(Mg_(x)Zn_(1-x)O),酸化カドミウム亜鉛(Cd_(x)Zn_(1-x)O),酸化カドミウム(CdO)等のII族酸化物あるいはそれらを含む半導体層であり,酸化亜鉛が特に好適である。該チャネル層5の膜厚は,通常,100nm以上,200nm以下の範囲内に設定されるが,特に限定は無い。
チャネル層5には,移動度の向上を意図して結晶性を持たせてもよいし,結晶粒界による散乱を考慮してアモルファス状でもよい。」(明細書8ページ19行-9ページ1行)

(甲2h)「酸化亜鉛は,結晶性や配向性を自ら帯びやすい性質を持つことから,たとえばスパッタリング法を用いる場合,成膜レートをチャネル層5に結晶性および配向性を持たせない場合よりも低く調整する等の方法が挙げられる。」(明細書9ページ4行-7行)

(甲2i)「表1に,図1の構造のFET1による特性の改善効果を,本件発明者の実験結果から,具体的に示す。FETの性能を表す重要な特性として,ゲート電圧に対するソース-ドレイン間の電流変化特性であるVg-Id特性がある。このVg-Id特性を特徴付ける指標として,閾値電圧,移動度,オンオフ比,ヒステリシスがあるが,それをこの表1に示す。
実験条件は以下の通りとした。閾値電圧,移動度,オンオフ比,ヒステリシスは,半導体パラメータアナライザ(Agilent社製,型番4155C)を使用し,Vg-Id特性を測定することにより求めた。
なお,これらの総ての試料は,チャネル層5として酸化亜鉛を使用している。
具体的には,以下の実験には,無アルカリガラスからなる0.7mmの基板2上に,タンタル(Ta)からなる150nmのゲート層3,それぞれ以下に示す材料からなる200nmのゲート絶縁層4,結晶性を持たせた酸化亜鉛からなる100nmのチャネル層5,アルミニウム(Al)からなる100nmのソース層6およびドレイン層7が,図1に示すようにこの順に積層されてなるFETを使用した。
従来の試料は各積層膜に結晶性を持たせて作製したものであり,本発明の試料は上述のようにアモルファス状の酸化アルミニウム(抵抗率5×10^(13)Ω・cm)のゲート絶縁層4上に,チャネル層5として,結晶性を持たせた酸化亜鉛を積層したものであり,比較用の試料は前記ゲート絶縁層4を本発明のアモルファス状の酸化アルミニウムからアモルファス状の窒化シリコン(抵抗率1×10^(16)Ω・cm)に置換えて,その上に,結晶性を持たせた酸化亜鉛を積層したものである。また,前記従来の試料では,ゲート絶縁層4として,ジルコン酸カルシウム(抵抗率3×10^(14)Ω・cm)を用いている。」(明細書10ページ7行-11ページ8行)

(甲2j)表1には,甲第2号証に記載された発明において,閾値電圧が0.0±3.0V,オンオフ比が10^(7),移動度が3.0?4.0cm^(2)/V・s,ヒステリシスが,3.0V以内であることが示されている。

(甲2k)「チャネル層25は,前記チャネル層5,15と同様に,酸化亜鉛等から成り,結晶性を持たせてもよいしアモルファス状でもよい。」(明細書14ページ12行-13行)

(甲2l)「続いて,前記チャネル層5として,上記ゲート絶縁層4上に,酸化亜鉛(ZnO)をPLD法により堆積した。堆積条件は,以下のとおりとした。すなわち,KrFエキシマレーザを使用し,レーザパワー密度は1.0J/cm^(2),レーザパルス繰り返し周波数は10Hz,堆積雰囲気は酸素,堆積圧力は200mTorr(≒26.7Pa)とし,ターゲットには酸化亜鉛焼結体を使用し,膜厚は,5?100nm程度とした。」(明細書20ページ16行-22行)

(甲2m)「請求の範囲
1.半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,
前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムが積層されていることを特徴とする半導体装置。
2.前記II族酸化物は,酸化亜鉛であることを特徴とする請求の範囲1記載の半導体装置。」(明細書24ページ1-7行)

3 本件特許発明1についての当審の判断
(1)引用発明2
上記摘記(甲2a)-(甲2m)の記載を総合すると,甲第2号証には,次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

「半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムが積層されていることを特徴とする半導体装置の,前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)のPLD法を用いる成膜方法において,
酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,
堆積圧力を26.7Paとすることによって,Zn-Oの透明酸化物半導体層を成膜する酸化物半導体層の成膜方法。」

(2)対比
ア 本件特許発明1と,引用発明2とを対比する。

イ 引用発明2の「透明酸化物半導体層」は,本件特許発明1の「『透明』『酸化物薄膜』」に相当する。

ウ 引用発明2の「PLD法」は,本件特許発明1の「パルスレーザー堆積法」に相当し,これは「気相成膜方法」である。

エ 酸化物について,引用発明2の「ZnO」の酸化物半導体層と,本件特許発明1の「『透明In-Ga-Zn-O薄膜』,『結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)』である『酸化物薄膜』」とは,「Zn及びOを含む酸化物薄膜」という点で一致する。

オ 引用発明2の「酸素を含む雰囲気中で」及び「堆積圧力を26.7Paとすることによって」との構成は,本件特許発明1の「酸素ガスを含む雰囲気中で」との構成に相当する。
そして,引用発明2は,「酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,堆積圧力を26.7Paとする」ものであって,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加するものではない。
したがって,本件特許発明1と,引用発明2とは,「電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積」するものである点で一致する。

カ してみれば,本件特許発明1と,引用発明2との一致点と相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
「Zn及びOを含む酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法において,
該酸化物の焼結体をターゲットとして,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる,透明酸化物薄膜を成膜する気相成膜方法。」

<相違点>
相違点2-1:「Zn及びOを含む酸化物薄膜」が,本件特許発明1では,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である薄膜であるのに対して,
引用発明2では,「ZnO」の層である点。

・相違点2-2:基板上に堆積させた薄膜が,本件特許発明1では,「アモルファス酸化物薄膜」であって,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下」である「半絶縁性である」薄膜であるのに対して,
引用発明2の「酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,堆積圧力を26.7Paとすることによって」成膜した「Zn-Oの透明酸化物半導体層」がアモルファスであるか否か明示されておらず,また,電子移動度及び電子キャリヤ濃度が不明である点。

・相違点2-3:本件特許発明1は,「酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で」,「基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御」して成膜するとの構成を有しているのに対し,
引用発明2では,当該構成について特定されていない点。

(3)相違点についての判断
・相違点2-1について
ア 甲第9号証には,以下の事項が記載されている。
(甲9c)「アモルファス半導体には,大面積基板への低温薄膜堆積が可能といった特有の利点があるため,太陽電池や平面ディスプレイなどの大面積電子機器への応用に非常に好適であり」(訳文の1ページ5行-8行)

(甲9d)「この発見は後に,全てが透明「酸化物」で構成された紫外発光ダイオード(UV-LED)^([7]),透明トランジスタ^([8]),透明ホモダイオード^([9]),および光照射による透明回路^([10])の実現につながった。](訳文の2ページ3行-6行)

(再掲)(甲9a)「アモルファスのInGaZnO_(4)はn型半導体として知られており,室温での高周波(RF)スパッタリングにより作製した^([17] )。その導電率は室温で1.4×10^(-1)Scm^(-1)であった。キャリア密度は,以前報告した移動度の値21cm^(2)V^(-1)s^(-1[17]) を用いると,4.2×10^(16)cm^(-3)と見積もられる。プラスチックシート上に作製した素子は,図3bに示す通り,可撓性を有する。」(訳文の8ページ1行-6行)

(再掲)(甲9b)「a-InGaZnO_(4)膜は,多結晶InGaZnO_(4)膜の円盤状ターゲットを用い,Ar中で成膜した。」(訳文の12ページ1-2行)

(甲9e)「一連のn型アモルファス酸化物半導体として,a-In_(2)O_(3)^([13]),a-AgSbO_(3)^([14]),a-2CdO・GeO_(2)^([15]),a-CdO・PbO_(x)^([16]),a-InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)^([17]),a-ZnO・SnO_(2)^([18])などがこれまでに発見されている。これらの半導体は,特有の電子輸送性を持つ,つまり,既存のアモルファス半導体に共通して見られるHall電圧符号の二重異常がない^([19]),そして結晶性材料と同等の高い移動度をもつ(電子Hall移動度が>10cm^(2)V^(-1)s^(-1))^([20])という点に特徴がある。」(訳文の2ページ20行-27行)

イ すなわち,甲第9号証には,InGaO_(3)(ZnO)_(m)を,「アモルファス」である透明酸化物薄膜として用いること,アモルファス半導体は,「大面積基板への低温薄膜堆積が可能」であること,及び,「室温での高周波(RF)スパッタリングにより作製した」,「多結晶InGaZnO_(4)膜の円盤状ターゲットを用い,Ar中で成膜した」アモルファスInGaZnO_(4)の「キャリア密度は,以前報告した移動度の値21cm^(2)V^(-1)s^(-1[17]) を用いると,4.2×10^(16)/cm^(3)と見積もられる」こと,並びに,「一連のn型アモルファス酸化物半導体として,a-In_(2)O_(3)^([13]),a-AgSbO_(3)^([14]),a-2CdO・GeO_(2)^([15]),a-CdO・PbO_(x)^([16]),a-InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)^([17]),a-ZnO・SnO_(2)^([18])などがこれまでに発見されている」ことが記載されている。

ウ そうすると,引用発明2の半導体層と,甲第9号証に記載されたn型アモルファス酸化物半導体である,アモルファスInGaZnO_(4)とは,半導体である透明酸化物薄膜である点で一致し,また,上記摘記(甲2d)の「結晶性の向上の要求は強くなく,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応する」との記載から,「結晶性の向上の要求は強くなく,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応する」という点において,引用発明2の半導体層と,甲第9号証に記載されたn型アモルファス酸化物半導体であるアモルファスInGaZnO_(4)とは共通するとはいえる。

エ また,上記に加えて,「In-Ga-Zn-O」であり「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である酸化物は,甲第7号証の上記摘記(7b),甲第4号証の上記摘記(甲4c),(甲4e),(甲4f),甲第6号証の上記摘記(甲6e),甲第8号証の上記摘記(甲8a),及び,甲第13号証の
「この化合物は光機能材料,半導体材料及び触媒材料などとして有用なものである。例えば,蛍光体,半導体用の素子,等としての利用が挙げられる。
この化合物は次の方法によって製造し得られる。
金属インジウムあるいは酸化インジウムもしくは加熱により酸化インジウムに分解される化合物と,金属ガリウムあるいは酸化ガリウムもしくは加熱により酸化ガリウムに分解される化合物と,金属亜鉛あるいは酸化亜鉛もしくは加熱により酸化亜鉛に分解される化合物とを,In,Ga,Znの割合が原子比で1対1対2の割合で混合し,該混合物を600℃以上で,大気中,酸化性雰囲気中あるいはInおよびGaが各々3価状態,Znが2価状態より還元されない還元雰囲気中で加熱することによって製造することができる。
本発明に用いる出発物質は市販のものをそのまま使用し得られるが,化学反応を速やかに進行させるためには粒径が小さいものがよく,特に10μm以下であることが好ましい。
また光機能材料,半導体材料として用いる場合には,不純物の混入をきらうので純度の高いものが好ましい。
これらをそのままあるいはアルコール類アセトン等と共に十分混合する。
これらの混合割合はIn,GaおよびZnの割合が,原子比で1対1対2の割合である。この割合をはずすと目的とする化合物の単一相を得ることができない。
この混合物を大気中,酸化性雰囲気中あるいはInおよびGaが各々3価状態,Znが2価状態から還元されない還元雰囲気中で600℃以上で加熱する。加熱時間は数時間もしくはそれ以上である。加熱の際の昇温速度には制約はない。加熱終了後は0℃に急冷するかあるいは大気中に急激に引き出せばよい。
得られたInGaZnMgO_(4)化合物の粉末は無色で,X線回折法によって結晶構造を有することが分かった。その結晶構造は層状構造で,InO_(1.5)層,(GaZn)O_(2.5)層及びZnO層の積み重ねによって形成されている。
実施例
純度99.99%以上の酸化インジウム粉末,純度99.9%以上の酸化ガリウム粉末および試薬特級の酸化亜鉛粉末をモル比で1対1対4の2割合に秤量し,これらを乳鉢内でエタノールを加えて約30分間混合し,平均粒径数μmの微粉末混合物を得た。この混合物を白金管内に封入し,1300℃に設定された炉内に入れ3日間加熱し試料を炉外に取り出し室温まで急速に冷却した。
得られた試料はInGaZn_(2)O_(5)単一相であった。粉末X線回折法によって各反射の面間隔(do)及び相対反射強度を測定した。その結果は表-2の通りであった。六方晶系としての格子定数は
a=3.292 ±0.001(Å)
c=22.52 ±0.01 (Å)
であった。上記の格子定数および表-2の各反射(hkl)より算出した面間隔〔d_(c)(Å)〕は,実測の面間隔〔d_(o)(Å)〕と極めてよく一致した。」(3ページ左欄1行-4ページ左上欄19行)の,いずれにも記載されているとおり周知であるともいえる。

オ しかしながら,引用発明2において,「半導体層がII族酸化物を含む」,「前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)」に置き換えて,甲第9号証に記載された,アモルファス酸化物半導体である,InGaZnO_(4)を用いることを当業者が容易に想到し得たといえるためには,引用発明2における,「半導体層がII族酸化物を含む」,「前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)」という発明特定事項の技術的意義を理解したうえで,前記置き換えが,引用発明2の前記技術的意義を損なうものでないことを要するといえる。

カ そこで,引用発明2における,「半導体層がII族酸化物を含む」,「前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)」という発明特定事項の技術的意義を,以下検討する。

キ 甲第2号証の上記摘記(甲2a)-(甲2m)の記載から,以下の事項を理解することができる。
(i)2000年5月30日には,トランジスタのチャネル層に酸化亜鉛等の透明半導体を使用したトランジスタが知られていた。
(ii)半導体層が酸化亜鉛等のII族酸化物を含む半導体装置の性能の向上を図るにあたって,従来では,積層膜の結晶性の向上や前記結晶性の制御,それに伴う界面制御,さらには不純物のドープという手法が用いられていた。
(iii)引用発明2では,半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムを積層する構造とすることで,アモルファス状の酸化アルミニウム以外の積層膜では不可能な,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることが可能になる。
(iv)これは,前記II族酸化物の半導体層に前記アモルファス状の酸化アルミニウムを積層することで,それらの界面での欠陥準位が低減されるためであると考えられる。前記欠陥準位とは,半導体層のキャリア移動の際に障害となるような電子的欠陥である。

ク そうすると,引用発明2における,「半導体層がII族酸化物を含む」,「前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)」であることの技術的意義は,酸化亜鉛(ZnO)等のII族酸化物の半導体層と,アモルファス状の酸化アルミニウムとを,積層することによって,両者の界面における,半導体層のキャリア移動の際に障害となるような電子的欠陥,すなわち,欠陥準位を低減して,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を有する半導体装置を得ることにあると理解することができる。

ケ ところで,半導体装置の技術分野において,半導体装置を構成する部材に含まれる元素が属する族の違いによって,当該半導体装置の電気的特性が異なる場合があることは,当業者において周知の事項といえる。

コ 一方,甲第9号証に記載された,InGaZnO_(4)において,「In」及び「Ga」は,いずれもIII族に属する元素である。そうすると,引用発明2において,「半導体層がII族酸化物を含む」,「前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)」に置き換えて,アモルファス酸化物半導体である,InGaZnO_(4)を用いた場合には,前記InGaZnO_(4)と,アモルファス状の酸化アルミニウムとの間に形成される界面の欠陥準位の状態には,前記InGaZnO_(4)に含まれるIII族元素である「In」及び「Ga」の影響が出るであろうと,当業者であれば予測するものと認められる。
しかも,InGaZnO_(4)において,III族の元素である「In」及び「Ga」の数の合計は,II族の元素である「Zn」の数の200%となるから,前記InGaZnO_(4)と,アモルファス状の酸化アルミニウムとを,積層することによって,形成される界面の欠陥準位に与える前記III族元素である「In」及び「Ga」の影響は,相当程度大きいと当業者であれば予想するといえる。
してみれば,酸化亜鉛(ZnO)等のII族酸化物の半導体層と,アモルファス状の酸化アルミニウムとを,積層することによって,両者の界面における,半導体層のキャリア移動の際に障害となるような電子的欠陥,すなわち,欠陥準位を低減して,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を有する半導体装置を得ることに技術的な意義を有する引用発明2において,前記酸化亜鉛(ZnO)等のII族酸化物に替えて,III族元素をII族元素の200%含むInGaZnO_(4)に変更することは,InGaZnO_(4)と,アモルファス状の酸化アルミニウムとを,積層することによって,両者の界面における,半導体層のキャリア移動の際に障害となるような電子的欠陥,すなわち,欠陥準位が低減することが自明であるとは認められないことから,引用発明2の欠陥準位を低減するという課題の解決を妨げるものということができ,引用発明2において,酸化亜鉛(ZnO)等のII族酸化物の半導体層に置き換えて,甲第9号証のInGaZnO_(4)を用いようと当業者が思い至るには,阻害事由が存在するといえる。

サ しかも,「酸化亜鉛(ZnO)」を構成する元素である「亜鉛(Zn)」は,比較的安価な材料であるところ,InGaZnO_(4)を構成する元素である「In」,「Ga」は,いずれも希少金属(レアメタル)として知られる材料であって,「亜鉛(Zn)」と比べて高価な材料といえる。
そうすると,引用発明2の安価な「酸化亜鉛(ZnO)」に置き換えて,高価な「In」,「Ga」を多く含む甲第9号証に記載された,InGaZnO_(4)を用いることには,前記の価格差を超えるに足る動機を要するといえるところ,上記ウで検討した共通点は,前記価格差を超えて,前記置き換えに思い至るに十分な動機であるとは認めることはできない。

シ 以上の理由から,引用発明2において,上記相違点2-1について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められない。

・相違点2-2について
甲第10号証の上記摘記(甲10d)には,「図2に,作製した単結晶InGaO_(3)(ZnO)_(5)薄膜の・・・。(電界効果移動度として得られる)電子移動度の値が・・・であることから,キャリア濃度はおよそ10^(13)cm^(-3)と見積もられる。」とあり,上記摘記(甲10e)には,「このTFETはエンハンスメント型として動作していることが分かる。」と記載されている。そして,エンハンスメント型はノーマリオフ型である。
また,甲第11号証には,「一般的に,ノーマリオフ型の電界効果型トランジスタなどの電子デバイスを製造するためには,その濃度を内因性レベル以下(<10^(14)cm^(-3))に低減する必要がある。」(明細書8ページ6行-8行)と記載されている。
このように,トランジスタにおいてノーマリーオフ型にするために,10^(14)cm^(-3)または10^(13)cm^(-3)程度まで電子キャリヤ濃度を下げることが周知であったとはいえる。
しかしながら,甲第10号証の「10^(13)cm^(-3)と見積もられる」キャリア濃度は,単結晶InGaO_(3)(ZnO)_(5)薄膜において見積もられた値であるから,甲第10号証において見積もられた「10^(13)cm^(-3)」のキャリア濃度を,結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示されるアモルファス酸化物薄膜において,適用することが当業者において容易になし得たことであるとは認めることはできない。
さらに,甲第9号証の上記摘記(甲9a)には,移動度の値として21cm^(2)V^(-1)s^(-1)を用いて求めた電子キャリヤ濃度が4.2×10^(16)cm^(-3)であるアモルファスInGaZnO_(4)膜を作製したことが記載されているが,甲第9号証の上記摘記(9b)の記載からも明らかなように,甲第9号証において作製された前記a-InGaZnO_(4)膜は,Ar中で成膜することで,電子キャリヤ濃度が4.2×10^(16)cm^(-3)であるアモルファスInGaZnO_(4)膜を作製したしたものであるから,甲第9号証に記載された発明に,甲第1号証の上記摘記(甲1e),上記摘記(甲1h),及び甲第5号証の上記摘記(甲5a),上記摘記(甲5c)に記載された,酸素濃度を調整する発明を適用することが容易であったとも認められない。
すなわち,当業者が,甲第1号証,甲第5号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証の記載に接したとしても,引用発明2の半導体層をトランジスタに適用する際,ノーマリーオフ型にすることを目的とし,酸素分圧を制御することによって電子キャリヤ濃度を10^(16)cm^(-3)以下程度まで下げることを,当業者が容易になし得たと認めることはできない。
さらに,引用発明2の半導体層の電子キャリヤ濃度を,10^(16)cm^(-3)以下まで下げた場合に,電子移動度の値が変化することは明らかであるところ,甲第1号証,甲第5号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証のいずれにも,アモルファス酸化物薄膜において,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上」という特性と,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下」という特性とを同時に実現したことは記載されておらず,また,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上」という特性と,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下」という特性とを同時に実現することが当業者にとって容易になし得たことであるとも認められない。
以上の理由から,引用発明2において,上記相違点2-2について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められない。

・効果について
ア 上記摘記(甲2i)及び(甲2j)の記載によれば,引用発明2は,チャネル層5として酸化亜鉛を使用することで,閾値電圧が0.0±3.0ボルト,オンオフ比が10^(7),移動度が3.0?4.0cm^(2)/V・sという電気的特性を実現しているところ,引用発明2において,チャネル層5として酸化亜鉛を使用することに替えて,甲第9号証に記載されたInGaZnO_(4)を用いることで,前記甲第2号証に記載された引用発明2の電気的特性よりも優れた特性を得ることができることを,当業者が予測し得たとも認められない。したがって,引用発明2において,チャネル層5として酸化亜鉛を使用することに替えて,甲第9号証に記載されたInGaZnO_(4)を用いることを当業者が容易に想到し得たとは認められない。

イ さらに,「第5 無効理由1について 1 本件特許発明1(3)相違点についての判断 ・相違点1-1について ウ(イ)」で検討したように,本件特許発明1は,「本発明の成膜方法によるアモルファス酸化膜は,電子キャリア濃度が増加すると,電子移動度が大きくなるので,トランジスタがオン状態での電流を,より大きくすることができ」る等の効果を奏するところ,引用発明2及び甲各号証の記載からは,そのような効果を予測することもできない。

(4)小括
以上の理由から,引用発明2において,上記相違点2-1及び上記相違点2-2について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められないから,他の相違点については検討するまでもなく,本件特許発明1は,当業者が,引用発明2及び上記各甲号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明1は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

4 本件特許発明2
本件特許発明2は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

5 各甲号証の記載事項
甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証には,先に摘記した事項が記載されている。

6 本件特許発明2についての当審の判断
(1)対比
引用発明2は,上記「3 本件特許発明1についての当審の判断」で検討したとおりであり,再掲すると以下のとおりである。

「半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムが積層されていることを特徴とする半導体装置の,前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)のPLD法を用いる成膜方法において,
酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,
堆積圧力を26.7Paとすることによって,Zn-Oの透明酸化物半導体層を成膜する酸化物半導体層の成膜方法。」

ア 本件特許発明2と,引用発明2とを対比する。

イ 引用発明2の「透明酸化物半導体層」は,本件特許発明2の「『透明』『酸化物薄膜』」に相当する。

ウ 引用発明2の「PLD法」は,本件特許発明2の「パルスレーザー堆積法」に相当し,これは「気相成膜方法」である。

エ 酸化物について,引用発明2の「ZnO」の酸化物半導体層と,本件特許発明2の「『透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜』,『結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)』である『酸化物薄膜』」とは,「Zn及びOを含む酸化物薄膜」という点で一致する。

オ 引用発明2の「酸素を含む雰囲気中で」及び「堆積圧力を26.7Paとすることによって」との構成は,本件特許発明2の「酸素ガスを含む雰囲気中で」との構成に相当する。
そして,引用発明2は,「酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,堆積圧力を26.7Paとする」ものであって,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加するものではない。
したがって,本件特許発明2と,引用発明2とは,「電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積」するものである点で一致する。

カ してみれば,本件特許発明2と,引用発明2との一致点と相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
Zn及びOを含む酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法用いる気相成膜方法において,
該酸化物の焼結体をターゲットとして,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる,透明酸化物薄膜を成膜する気相成膜方法。

<相違点>
・相違点2-4:「Zn及びOを含む酸化物薄膜」が,本件特許発明2では,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)」である薄膜であるのに対して,
引用発明2では,「ZnO」の酸化物である点。

・相違点2-5:基板上に堆積させた薄膜が,本件特許発明2では,「アモルファス酸化物薄膜」であって,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下」である「半絶縁性である」薄膜であるのに対して,
引用発明2では,該薄膜がアモルファスであるか否か明示されておらず,また,電子移動度及び電子キャリヤ濃度が不明である点。

・相違点2-6:本件特許発明2は,「酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で」,「基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御」して成膜するとの構成を有しているのに対し,
引用発明2では,当該構成について特定されていない点。

(2)相違点についての判断
・相違点2-4について
ア<酸化物の置き換えについて>
甲第2号証に記載されているZn,Oなどの元素から構成される酸化物,甲第4号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第13号証に記載されているIn,Ga,Zn,Oの元素から構成される酸化物以外にも,甲第12号証に記載されているとおり,In,Ga,Zn,Mg,Oの元素から構成される酸化物が知られている。さらに甲第12号証には,ZnとMgの比率を適宜決定することができるものであり,Znの比率が増えると導電性が増大することについても記載されている。
しかしながら,仮に,本件特許の優先日前当時に知られていた甲第12号証の記載に鑑みて,導電性酸化物に要求される光学的特性及び導電性を考慮して,InGaO_(3)(ZnO)_(m)のような透明In-Ga-Zn-Oアモルファス酸化物薄膜において,Znを,Zn+Mgに置換し,かつ,ZnとMgの比率を調整することを当業者が容易に想到し得たことであると解する余地があったとしても,上記「相違点2-1について」で検討したように,そもそも,引用発明2において,「ZnO」に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を用いることは,当業者が容易に想到し得たことであるとは認められないのであるから,引用発明2において,「ZnO」に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」を用いることに思い至り,さらに進んで,Znを,Zn+Mgに置換し,かつ,ZnとMgの比率を調整することを容易になし得たことであるとは,上記「相違点2-1について」での検討と同様の理由により,認めることはできない。
しかも,甲第12号証の上記摘記(甲12d)の「マグネシウム及び亜鉛が共存する場合,マグネシウムと亜鉛の比率には特に制限はない。但し,マグネシウムの比率が増えると吸収端が短波長側にシフトして透明性が増大する傾向がある。亜鉛の比率が増えると導電性が増大する傾向がある。」との記載からは,Zn_(1-x)に対してMg_(x)の割合を,特に,0.80≦x<0.85とする動機を見いだすことはできない。そして,本件特許発明2は,Zn_(1-x)に対してMg_(x)の割合を,特に,0.80≦x<0.85とすることによって,本件特許明細書の上記摘記(本h)に記載された,「Mgに置換すると,酸化物膜の電子移動度は,Mg無添加膜に比べて低下するが,その程度は少なく,一方でさらに,電子キャリア濃度を置換しない場合に比べて下げることができるので,TFTのチャネル層としてはより好適である。・・・電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)以下にするには,図4に示すように0.80≦x<0.85とする。」とする,当業者の予測する範囲を超えた,格別の効果を奏するものと認められる。
以上の理由から,引用発明2において,上記相違点2-4について,本件特許発明2の構成とすることは,容易であったとは認められない。

・相違点2-5について
上記「相違点2-2について」と同様の理由によって,引用発明2において,上記相違点2-5について,本件特許発明2の構成とすることは,容易であったとは認められない。

(3)小括
以上の理由から,引用発明2において,上記相違点2-4及び上記相違点2-5について,本件特許発明2の構成とすることは,容易であったとは認められないから,他の相違点については検討するまでもなく,本件特許発明2は,当業者が,引用発明2及び上記各甲号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明2は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

7 本件特許発明3-5
本件特許発明3-5は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

8 本件特許発明3-5についての当審の判断
本件特許発明3-5は,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2を引用して,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2について,基板の材料,あるいは,酸素分圧等を,更に限定するものである。
一方,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証には,上記摘記した事項が記載されている。
そして,本件特許発明1,及び,本件特許発明2は,上記で検討したとおり,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできないものであるから,前記本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2をさらに限定した本件特許発明3-5もまた,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明3-5は,甲第1号証,甲第2号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

9 無効理由2のまとめ
以上のとおりであるから,本件特許発明1-5は,当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
したがって,本件特許発明1-5について,無効理由2は,理由がない。

第7 無効理由3について
1 本件特許発明1
本件特許発明1は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

2 甲第3号証の記載事項
甲第3号証には,「半導体装置」(発明の名称)に関して,図1-14とともに,以下の事項が記載されている。

(甲3a)「【特許請求の範囲】
1.透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置において,前記半導体材料は,伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具えることを特徴とする半導体装置。
2.前記塩基性材料は非遷移金属の共有結合酸化物を具えることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。
3.前記塩基性材料はSn,ZnおよびInより成る群から選択された共有結合酸化物を具えることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。
4.前記接続電極,ゲート電極およびチャネル領域は同一の型のドーパント原子を設けた同一の塩基性材料を具え,前記半導体材料は導電材料のドーズ量よりも少量のドーパント原子を含むようにしたことを特徴とする請求項1?3の何れかの項に記載の半導体装置。
5.導電材料は0.5%以上のドーパント原子を含み,半導体材料は0.3%以下のドーパント原子を含むことを特徴とする請求項4に記載の半導体装置。
6.前記塩基性材料はSnO^(2)を(審決注「SnO_(2)」の誤り。)含み,前記ドーパント原子はSbを含むことを特徴とする請求項5に記載の半導体装置。」(2ページ1-21行)

(甲3b)「発明の技術分野
本発明は透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置に関するものである。」(4ページ3-7行)

(甲3c)「発明の背景
特許願60-198861 には透明接続電極およびゲート電極を錫ドープ酸化インジウムで構成し,絶縁層を酸化シリコンで構成するようにした上述した種類の半導体装置が記載されている。チャネル領域の透明半導体材料としてはWO_(3)が用いられている。
既知の半導体装置はいわゆる“電子-クロミック装置”(ECD)である。かかる装置の接続上には電解液が存在する。従ってこの電解液からWO_(3)内にH^(+)イオンが拡散される。従って,WO_(3)は可視光を吸収することができる。即ち,スイッチング素子はカラーと見なすことができる。このH^(+)イオンの拡散は緩慢に進行する。スイッチング素子はH^(+)イオンのこの緩慢な拡散のためにあるメモリ効果を有する。即ち,スイッチング素子はある時間に亘って所定の状態に保持される。この既知の半導体装置は極めて限定された度合で,即ち,WO_(3)内にH^(+)イオンが存在しない場合にのみ透明となる。それ自体絶縁体であるWO_(3)の導電度はWO_(3)内の酸素の量が減少することによって決まる(“酸素空乏WO_(3)”)。
上述した既知の半導体装置では,これが比較的緩慢に状態切換を行うと云う実際的な欠点があることを確かめた。その理由はスイッチング素子のスイッチングが部分的にはH+イオンの固体拡散によっても決まるからである。また,既知の半導体材料においては,既に酸素が比較的僅かだけ除去されているため可視光の吸収が強く増大し,従って半導体材料の導電度がある所望の値となった場合には材料はもはや透明とはならない。これは,既知のスイッチング素子を全ての状況の下で透明となるスイッチング素子として用いることができないことを意味する。
本発明の目的は上述した欠点に対処し得るようにした半導体装置を提供せんとするにある。」(4ページ10行-5ページ5行)

(甲3d)「発明の概要
この目的のため,本発明は透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置において,前記半導体材料は,伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具えることを特徴とする。
従って塩基性材料はそのバンドギャップを2.5 eV以上とし,移動度を10cm^(2)/Vs以上とするように選択し,その後導電度をドーパント原子の性質および濃度を好適に選択することによって決定する。ドーパント原子の濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲に選択すると充分な導電度が得られるようになる。不純物エネルギー準位はこれがバンドギャップからほぼ0.1 eV以下の距離にある場合には,価電子帯または伝導帯に隣接する。電子は室温で不純物エネルギー準位から価電子帯または伝導帯に容易に変換され得るようになる。
可視光のエネルギーはほぼ2.5 eV以上のバンドギャップを有する半導体材料に電子-正孔対を形成するには不充分であるため,この可視光は半導体材料によっては吸収されない。本発明による縮退半導体材料は透明となる。その理由は可視光の吸収が大きなバンドギャップのために不可能であり,これと同時に不純物エネルギー準位のため可視光の吸収が生じないからである。加うるに,本発明半導体材料を設けたスイッチング素子は電荷キャリアの高移動度のため比較的迅速に作動する。
前記塩基性材料は非遷移金属の共有結合酸化物を具えるようにするのが好適である。かかる金属の酸化物およびかかる金属,例えば,Ga,Sn,Zn,Sb,Pb,GeおよびInの酸化物の化合物は,その移動度が10cm^(2)/Vs以上であり,バンドギャップが2.5 eV以上である(例えば,J.Phys.Chem.Ref.Data,Vol.2,No.1,1973,P.163 ff.参照)。非遷移金属の一層イオン的な酸化物は塩基性材料としては好適ではない。その理由は電荷キャリアと結晶格子のイオンとの間に強い相互作用が働くからである。
前記塩基性材料はSn,ZnおよびInより成る群から選択された共有酸化物を具えるようにするのが好適である。これら共有結合酸化物はその移動度が比較的高く,ドーパント原子を設けた場合でも30cm^(2)/Vs以上である。ドーパント原子は使用する共有結合酸化物に対し減衰する。従って,Sb,FまたはClのようなドーパント原子はSnO_(3)が共有結合酸化物である際に用いることができ,Snドーパント原子はIn_(2)O_(3)が共有結合酸化物である際に用いることができ,Gaドーパント原子はZnOが共有結合酸化物である際に用いることができる。
好適な例では,前記接続電極,ゲート電極およびチャネル領域は同一の型のドーパント原子を設けた同一の塩基性材料を具え,前記半導体材料は導電材料のドーズ量よりも少量のドーパント原子を含むようにする。かかる半導体装置は比較的容易に製造することができる。その理由はドーパント原子の量がことなるだけで同一の材料を用いるからである。好適には,導電材料は0.5%以上のドーパント原子を含み,半導体材料は0.3%以下のドーパント原子を含むようにする。前記塩基性材料はSnO_(2)を含み,前記ドーパント原子はSbを含むようにするのが有利である。」(5ページ6行-6ページ23行)

(甲3e)「図1および2は透明材料の2つの接続電極2,3を有するスイッチング素子1と,半導体材料の介在透明チャネル領域4とを設けた透明半導体装置を示す。本例では,接続電極およびチャネル領域は同一半導体材料から造る。接続電極2,3の抵抗値はその幅のみにに起因して比較的低い。チャネル領域4には透明な導電性ゲート電極5を設け,これを透明絶縁層6によってチャネル領域4から分離する。本発明によればチャネル領域4の半導体材料は塩基性材料およびドーパント原子を有する縮退半導体材料を具える。図3は縮退半導体の電子のエネルギー準位13を示す。塩基性材料は2.5 eV以上の電子の伝導帯11および価電子帯12間のバンドギャップ10を有し,塩基性材料の電荷キャリアの移動度は10cm^(2)/Vsである。塩基性材料にはドーパント原子を設け,このドーパント原子は塩基性材料の,適用可能なように,価電子帯または伝導帯12,11 に,またはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位13を形成する。この不純物エネルギー準位13は伝導帯または価電子帯の縁部からほぼ0.1 eV以下の距離14の箇所において価電子帯または伝導帯12,11 に隣接して位置する。不純物エネルギー準位13は全価電子帯または伝導帯12,11 内に存在する。導電度はドーパント原子を好適に選定することによって決めることができる。ドーパント原子濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲にすると充分に高い導電度を得ることができる。電子は室温で不純物エネルギー充分に13から価電子帯または伝導帯12,11 と容易に交換することができる。
図1および2の半導体装置は次のように製造することができる。厚さ50nmの導電性SrRuO_(3)層5は絶縁単結晶SrTiO_(3)基板7上にエピタキシヤル堆積により設ける。SrRuO_(3)はそれ自体透明ではないが,ほぼ60nm以下のSrRuO_(3)の極めて薄い層は透明である。このSrRuO_(3)層5上に厚さ0.7 μmのモリブデン層を蒸着する。このモリブデン層はフォトレジストおよびCF_(4)/O_(2)によるAr補助反応性エッチング(RIE)によって既知のようにパターン化する。次いで,パターン化されたモリブデンはCHF_(3)によるRIEによってSrRuO_(3)層をパターン化するためのマスクとして用いてゲート電極5を形成する。次いで残存するモリブデンはヘキサシアノ鉄酸カリウムによるいわゆる酸化還元エッチング処理によって除去する。次に,ゲート電極5上および基板7の表面上に透明絶縁層6および半導体材料4を設ける。本例では,BaZrO_(2)の厚さ0.2 μmの絶縁層6は650 ℃の温度で,且つ0.2mbar の酸素圧でパルスレーザ堆積によって設ける。次いで,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)の厚さ0.1 μmの層4を,0.2mbar の酸素圧および505 ℃の温度でパルスレーザ堆積によって絶縁層6上および基板7の表面上に既知のように設ける。層4および6は,ゲート電極5に対する導電層の場合と同様に,フォトレジストおよびモリブデン層を用いて再びパターン化する。ゲート電極5に損傷を与えないように限定期間のみエッチングを行う。チャネル領域4および接続電極2は斯様にして形成する。
接続電極2に対するゲート電極5の-4V以下の電圧で,この第1例により製造されたスイッチング素子のチャネル領域は電荷キャリアを完全に空乏化する。従って接続電極2および3間には200 kΩ以上の抵抗が得られる。ゲート電極5における零V以上の電圧で,スイッチング素子が導通状態となり,接続電極2および3間の抵抗値はほぼ10kΩとなる。第1例によるスイッチング素子は種々に変更することができる。これがため,スイッチング素子の電気特性は例えばチャネル領域の寸法または絶縁層の厚さのような幾何学的形状を変更することによって変化させることができる。また,チャネル領域4の半導体材料に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物を用いることもできる。これら金属の酸化物およびその混合物は10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する。例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる。これら共有結合酸化物はレーザ堆積,ガス相からの分解後の堆積(CVD)または蒸着によって得ることができる。ドーパント原子は蒸着源または使用ガスによって塩基性材料内に導入することができる。ドーパント原子の濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲とすることによってスイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる。
好適には,半導体材料はSn,Zn,Inより成る群から選択された金属の共有結合酸化物を具える。これら共有結合酸化物はドーパント原子を設けた場合でも30cm^(2)/Vs以上の移動度を有する。従って,これらドーパント原子は使用する共有結合酸化物まで減衰する。これがため,SnO_(2)を共有結合酸化物とする場合にはSb,FまたはClのようなドーパント原子を用いることができ,In_(2)O_(3)を共有結合酸化物とする場合にはSnのようなドーパント原子を用いることができ,且つZnOを共有結合酸化物とする場合にはGaのようなドーパント原子を用いることができる。特にATOとしても既知のSbドープSnO_(2),またはITOとしても既知のSnドープIn_(2)O_(3)は著しく好適な材料である。」(9ページ5行-11ページ11行)

(甲3f)「 図4は本発明スイッチング素子1の第2実施例を示す。ガラス基板7,本例では,0.2mbar のO_(2)圧且つ505 ℃の温度でパルスレーザ堆積により既知のように堆積されたSb1.5 %ドープの厚さ0.2 μmのSnO_(2)層上に透明導電材料を設ける。この透明導電材料の上に蒸着により厚さ0.7 μmのモリブデン層を設ける。このモリブデン層はフォトレジストおよびCF_(4)/O_(2)を用いるRIEによって既知のようにパターン化する。次に,パターン化されたモリブデン層をマスクとして用いてCFH_(3)によるRIEによってドープされたSnO_(2)層をパターン化してゲート電極5を形成する。次いで,モリブデン層をヘキサシアノ鉄酸カリウムによる酸化還元エッチング処理によって除去する。次に,強誘電材料の厚さ0.25μmの透明絶縁層6をゲート電極5上および基板7の表面上に設ける。使用し得る強誘電材料は例えば,ニオブ酸リチウム(LiNbO_(3)),タンタル酸リチウム(LiTaO_(3))またはチタン酸鉛-ジルコニウム(PbZr_(x)Ti_(1-x)O_(3))がある。本例では,チタン酸鉛-ジルコニウムPbZr_(0.2)Ti_(0.8)O_(3)を用いる。その理由はこの材料は他の使用材料との両立性を考慮する事なく比較的容易に提供できるからである。さらにこの材料はその偏光性が比較的高く(ほぼ60μC/cm^(2)),且つスイッチング電界が低い(ほぼ50kV/cm)。チタン酸鉛-ジルコニウムは0.2mbar の酸素圧および587 ℃の温度でパルスレーザ堆積することによって既知のように得られる。
次いで,0.2mbar のO_(2)圧且つ505 ℃の温度でパルスレーザ堆積により既知のように強誘電層6上および基板7の表面上に0.03%のSbがドープされたSnO_(2)の厚さ0.1 μmの層4を設ける。ゲート電極5に対する導電層の場合と同様に,これら層4および6はフォトレジストおよびモリブデン層を用いて再びパターン化する。ゲート電極5に損傷を与えないように限定された期間のみエッチングを行う。次いで,モリブデン損傷を再び除去する。斯くしてチャネル領域4を形成する。次に,その表面にSbが1.5 %ドープされたSnO_(2)の厚さ0.5 μmの導電層を設ける。この層をフォトレジストおよびモリブデン層によりパターン化してゲート電極に対する導電層の場合と同様に導電性接続電極2および3を形成する。
本例では,接続電極2,3,ゲート電極5およびチャネル領域4は同一の方のドーパント原子を設けた同一の塩基性材料,接続電極2.3の半導体材料およびゲート電極5の導電材料よりも少量のドーパント原子を有するチャネル領域4の半導体材料を具える。かかる半導体装置は比較的簡単に製造することができる。その理由はこれら材料に1種類の製造処理のみが必要となるだけであるからである。」(11ページ12行-12ページ16行)

(甲3g)「第5実施例では,トランジスタを第2実施例にならって形成するが,チャネル領域には別の層4,即ち0.1%のS_(b)(審決注「Sb」の誤り。)をドープした10nmの厚さのSnO_(2)層を用いる。トランジスタには10nmの厚さのBaZrO_(3)製のキャッピング層をかぶせる。」(16ページ2-5行)

(甲3h)「本発明は上述した実施例に限定されるものではない。従って,上記実施例では非遷移金属の所定の共有結合酸化物を透明半導体及び導電材料として選定したが,本発明による半導体装置は非遷移金属の別の共有結合酸化物でも極めて良好に製造することができる。接続電極間の抵抗値及びオン/オフ比,即ちスイッチング素子のスイッチング中又はそうでない期間中の接続電極間の抵抗値の差は,例えば半導体の種類や,絶縁材料や,強誘電材料を適合させるか,又はチャネル構造,即ちチャネル領域の幅,長さ及び厚さを適合させることにより特殊な諸要求に適合させることができる。従って,各用途に対し,チャネル抵抗や,オン/オフ比や,強誘電材料のスイッチングの面で,最適な材料及び最適な構造のものを選定することができる。強誘電材料として別のものを選定するか,又は強誘電材料層の厚さを異なる厚さとして,強誘電材料によりスイッチング素子のスイッチング電圧を相違させることもできる。さらに,半導体装置の材料は,撮像素子又は表示素子以外は透明とする必要はない。スイッチング素子は,これらのスイッチング素子1を撮像及び表示素子30とオーバラップさせる場合にだけは透明とする必要がある。従って,例えばバスライン22及び25並びに接続電極2及びゲート電極5の部分には第3及び第4実施例における金属層,例えば導電性を促進するためにモリブデン又はアルミニウム層を設けるのが極めて好適である。
材料を堆積したり,パターン化する方法としてレーザ堆積法,CVD法及びホトリソグラフィ法の如き所定の技法のみを提案したが,これは本発明をこのような技法でしか実施できないと云うことを意味するのではない。エピタキシャル成長(MBE)や,印刷技法により材料をマスクしたりするような他の技法も極めて良好に用い得ることは明らかである。」(16ページ19行-17ページ12行)

3 本件特許発明1についての当審の判断
(1)引用発明3
上記摘記(甲3a)-(甲3h)の記載を総合すると,甲第3号証には,次の発明(以下「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。

「透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置の前記半導体材料の成膜方法において,前記半導体材料が,伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具えることを特徴とする半導体装置の前記半導体材料の成膜方法であって,
導電性SrRuO_(3)層5を絶縁単結晶SrTiO_(3)基板7上にエピタキシヤル堆積により設け,このSrRuO_(3)層5をパターン化してゲート電極5を形成し,次に,前記ゲート電極5上および前記基板7の表面上に透明絶縁層6であるBaZrO_(2)を設け,次いで,前記半導体材料として,0.03%のSnがドープされた厚さ0.1 μmのIn_(2)O_(3)の層4を,0.2mbar の酸素圧および505 ℃の温度でパルスレーザ堆積によって前記透明絶縁層6上および前記基板7の表面上に既知のように設ける成膜方法において,
前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる成膜方法。」

(2)対比
ア 引用発明3の「成膜方法」は「パルスレーザ堆積」を用いることから,本件特許発明1の「気相成膜方法」に相当する。

イ 引用発明3の「層4」は,「酸化物から形成された化合物」を用いること,及び,「0.1μm」の薄膜であることから,本件特許発明1の「酸化物薄膜」及び「『透明』『薄膜』」に相当する。

ウ 引用発明3の「0.2mbar の酸素圧および505 ℃の温度でパルスレーザ堆積によって前記透明絶縁層6上および前記基板7の表面上に既知のように設ける」との構成と,本件特許発明1の「該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜する」との構成は,「酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる」点で共通する。

エ 電子移動度に関し,引用発明3の「移動度」は本件特許発明1の「電子移動度」に相当し,引用発明3の「10cm^(2)/Vs以上」は本件特許発明1の「0.1cm^(2)/(V・秒)以上」を満たしている。

オ してみれば,上記ア-エを整理すると,本件特許発明1と,引用発明3との一致点及び相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法において,
酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上である透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。

<相違点>
・相違点3-1:成膜する酸化物が,本件特許発明1では,「In-Ga-Zn-O」であり「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」であるのに対し,引用発明3では,「伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具え」たものであり,「前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる」ものであり,また,「アモルファス」であることが特定されていない点。

・相違点3-2:本件特許発明1は「該酸化物の多結晶をターゲットとして」「電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに」薄膜を堆積する構成を有しているのに対し,引用発明3では当該構成について特定されていない点。

・相違点3-3:本件特許発明1は「基板の温度は意図的に加温しない状態で」薄膜を堆積するのに対し,引用発明3は「505℃の温度で」堆積する点。

・相違点3-4:本件特許発明1は「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である」透明酸化物薄膜を成膜するとの構成を有しているのに対し,引用発明3は当該構成について特定されていない点。
すなわち,本件特許発明1は,基板上に薄膜を堆積させる際に,酸素分圧の大きさを,室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる薄膜が成膜されるように制御することによって,当該制御の結果として,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明酸化物薄膜を得ているのに対して,引用発明3は,結果として,10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を得ているものの,前記0.2mbarという酸素圧が,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度を所定の値とすることを目的として制御された酸素分圧であるとは明らかではない点。

オ なお,請求人は,審判請求書において,甲第3号証には,「厚さ10nm又は0.1μmの層4のパルスレーザ堆積を用いる成膜方法において,該層4として,透明半導体であり,且つ,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用い,温度を505℃にした状態で,基板上に層4を成膜する際に,酸素圧を0.2mbarにすることによって,移動度が10cm^(2)/Vs以上である透明半導体を用いた層4を成膜することを特徴とする層4の成膜方法。」という発明が記載されているものと認められると主張するが,以下の理由により,当該主張は採用することができない。

カ 発明とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法第2条第1項)であるところ,請求人が主張する引用発明3の発明特定事項である「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用い」という事項が記載されている,甲第3号証の上記摘記(甲3e)には,以下の記載がある。
「また,チャネル領域4の半導体材料に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物を用いることもできる。これら金属の酸化物およびその混合物は10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する。例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる。これら共有結合酸化物はレーザ堆積,ガス相からの分解後の堆積(CVD)または蒸着によって得ることができる。ドーパント原子は蒸着源または使用ガスによって塩基性材料内に導入することができる。ドーパント原子の濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲とすることによってスイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる。
好適には,半導体材料はSn,Zn,Inより成る群から選択された金属の共有結合酸化物を具える。これら共有結合酸化物はドーパント原子を設けた場合でも30cm^(2)/Vs以上の移動度を有する。従って,これらドーパント原子は使用する共有結合酸化物まで減衰する。これがため,SnO_(2)を共有結合酸化物とする場合にはSb,FまたはClのようなドーパント原子を用いることができ,In_(2)O_(3)を共有結合酸化物とする場合にはSnのようなドーパント原子を用いることができ,且つZnOを共有結合酸化物とする場合にはGaのようなドーパント原子を用いることができる。特にATOとしても既知のSbドープSnO_(2),またはITOとしても既知のSnドープIn_(2)O_(3)は著しく好適な材料である。」
そうすると,上記記載によれば,ドーパント原子を設けた半導体装置に係る発明が記載されているだけであって,ドーパント原子を設けることを前提としない発明は記載されていないのであるから,ドーパント原子を設けないことを前提とする発明,すなわち技術的思想が,甲第3号証に記載されているとする請求人の主張は認められない。
しかも,上記摘記(甲3e)の前記「ドーパント原子の濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲とすることによってスイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる。」との記載から,ドーパント原子を設けることは,引用発明3の半導体材料が,「スイッチング素子」に用いられる充分な高さの導電度を得るために必要なことであると理解できるから,この観点からも,ドーパント原子を設けないことを前提とする請求人の主張は認められない。

請求人は,平成27年2月9日付けの口頭審理陳述要領書の25ページ11-26行において,「一方,本件特許明細書の【0046】を見ると,「・・・(各4N試薬)・・・してみると,本件特許発明1には,結果として,『0.01%』までは不純物が含まれていることは明らかである。・・・したがって,仮に,引用発明3にドーパント原子が含まれていたとしても,半導体として用いる際には,本件特許発明1より1桁超も低い値であると甲第3号証には記載されているのであるから,両者を対比する上で,ドーパント原子は相違点とはならないのである。」と主張する。
しかしながら,引用発明3の認定は,本件特許明細書に記載された事項の如何によらず,甲第3号証に記載された事項に基づいて,技術的思想として特定すべきものであるから,甲第3号証に記載された発明特定事項の内の一部のみを,甲第3号証に開示された技術的思想から離れて切り出して引用発明3として認定することは適切とは認められない。したがって,請求人の前記主張は採用することはできない。

しかも,少なければ少ないほど望ましいが,製造上の理由で除去しきれなかった「不純物」と,所定の目的を達成するために特定の量を添加する「ドーパント原子」とは,技術的意義が異なるから,両者を同様に扱う請求人の前記主張に沿った引用発明3の理解は,当業者の技術的常識に反するものであり,この観点からも,請求人の前記主張は採用することはできない。

キ さらに,請求人は,審判請求書において,本件特許発明1と引用発明3とは,「Ga_(2)O_(3),ZnO及びIn_(2)O_(3)から形成された化合物からなる酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,酸素分圧の大きさを制御することによって,成膜した薄膜の電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上である半絶縁性である透明酸化物薄膜を形成することを特徴とする酸化物薄膜の気相成膜方法。」の点で一致すると主張するが,以下の理由により,当該主張は採用することができない。

ク すなわち,甲第3号証の「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いる」との記載事項には,「Ga_(2)O_(3),ZnO及びIn_(2)O_(3)から形成された化合物」は,その特定の組合せを有する化合物としては明記されていない。
なるほど,「Ga_(2)O_(3)」,「ZnO」,及び「In_(2)O_(3)」は,いずれも,前記記載事項に「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),」として列記された酸化物内に含まれてはいる。しかしながら,前記記載事項において,酸化物から形成された化合物として例示されているのは,二つの酸化物から形成された化合物である「GaInO_(3)」,「ZnGa_(2)O_(4)」及び「CdGa_(2)O_(4)」だけである。
すなわち,「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いる」との記載事項から,「Ga_(2)O_(3)」,「ZnO」及び「In_(2)O_(3)」という特定の酸化物を3つのみ選択して化合物とすることは,想定し得る多数の組合せの中から,わずか一つの化合物を選択することであり,この選択そのものが技術的思想の創作,すなわち,いわゆる「選択発明」と成り得る場合もありえるものである。
したがって,「Ga_(2)O_(3),ZnO及びIn_(2)O_(3)から形成された化合物」が,組合せの上で,「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物」に含まれるとしても,前記「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物」との記載から,甲第3号証に,「Ga_(2)O_(3),ZnO及びIn_(2)O_(3)から形成された化合物」が開示されていると認めることはできない。
よって,本件特許発明1と,引用発明3とが,「Ga_(2)O_(3),ZnO及びIn_(2)O_(3)から形成された化合物からなる酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,酸素分圧の大きさを制御することによって,成膜した薄膜の電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上である半絶縁性である透明酸化物薄膜を形成することを特徴とする酸化物薄膜の気相成膜方法。」の点で一致すると認めることはできない。

ケ 以上のとおりであるから,無効理由3における,請求人の主張する,一致点の認定,及び,前記一致点の認定を前提とした相違点の認定は,採用することはできない。

(3)相違点についての判断
上記で検討したように,無効理由3における,請求人の主張する,一致点の認定,及び,相違点の認定は,これを採用することができないから,請求人の主張する,前記一致点,及び,相違点の認定に基づく無効理由3は,その主張の前提を欠き,採用することはできない。しかしながら,引用発明3において,上記相違点3-1ないし相違点3-5について,無効理由3において証拠として示された甲第1号証,甲第4号証-甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得た場合には,本件特許発明1には,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとする理由があることとなるから,一応,この点について検討する。

・相違点3-1について
ア 引用発明3の「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物」によって特定される一群の「これら酸化物の混合物」,または,「これら酸化物から形成された化合物」の範囲に含まれる多数の材料の中から,「In-Ga-Zn-O」であり「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」という材料を選択する動機は,甲第3号証の記載からは見いだすことはできない。したがって,引用発明3において,相違点3-1について,本件特許発明1の構成を採用することが当業者にとって容易に想到し得たこととは認められない。

イ すなわち,引用発明3の,上記摘記(甲3d)には,次の記載がある。
「発明の概要
この目的のため,本発明は透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置において,前記半導体材料は,伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具えることを特徴とする。
従って塩基性材料はそのバンドギャップを2.5 eV以上とし,移動度を10cm^(2)/Vs以上とするように選択し,その後導電度をドーパント原子の性質および濃度を好適に選択することによって決定する。ドーパント原子の濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲に選択すると充分な導電度が得られるようになる。不純物エネルギー準位はこれがバンドギャップからほぼ0.1 eV以下の距離にある場合には,価電子帯または伝導帯に隣接する。電子は室温で不純物エネルギー準位から価電子帯または伝導帯に容易に変換され得るようになる。
可視光のエネルギーはほぼ2.5 eV以上のバンドギャップを有する半導体材料に電子-正孔対を形成するには不充分であるため,この可視光は半導体材料によっては吸収されない。本発明による縮退半導体材料は透明となる。その理由は可視光の吸収が大きなバンドギャップのために不可能であり,これと同時に不純物エネルギー準位のため可視光の吸収が生じないからである。加うるに,本発明半導体材料を設けたスイッチング素子は電荷キャリアの高移動度のため比較的迅速に作動する。
前記塩基性材料は非遷移金属の共有結合酸化物を具えるようにするのが好適である。かかる金属の酸化物およびかかる金属,例えば,Ga,Sn,Zn,Sb,Pb,GeおよびInの酸化物の化合物は,その移動度が10cm^(2)/Vs以上であり,バンドギャップが2.5 eV以上である(例えば,J.Phys.Chem.Ref.Data,Vol.2,No.1,1973,P.163 ff.参照)。非遷移金属の一層イオン的な酸化物は塩基性材料としては好適ではない。その理由は電荷キャリアと結晶格子のイオンとの間に強い相互作用が働くからである。」

ウ 上記記載から,引用発明3において,成膜する酸化物の組成が,「伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具え」たものであり,「前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる」ことには,引用発明3で用いられる,2.5 eV以上のバンドギャップを有する半導体材料は,可視光のエネルギーが電子-正孔対を形成するには不充分であるため,この可視光は当該半導体材料によっては吸収されず,縮退半導体材料は透明となり,加うるに,引用発明3で用いられる,移動度を10cm^(2)/Vs以上とするように選択した半導体材料を設けたスイッチング素子は電荷キャリアの高移動度のため比較的迅速に作動し,引用発明3で用いられる,ドーパント原子は,濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲に選択することで,充分な導電度が得られるようになるという技術的意義があることを理解することができる。

エ しかし,上記の記載からは,「可視光のエネルギーが電子-正孔対を形成するには不充分であるため,この可視光は当該半導体材料によっては吸収されず,縮退半導体材料は透明となり」,「移動度を10cm^(2)/Vs以上とするように選択した半導体材料を設けたスイッチング素子は電荷キャリアの高移動度のため比較的迅速に作動し」,及び,「ドーパント原子は,濃度は0.001 %乃至0.3 %の範囲に選択することで,充分な導電度が得られるようになる」という点で,「In-Ga-Zn-O」であり「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」という材料が,「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物」として特定される材料の中において,特に優れていることが明らかであるとはいえない。

オ してみれば,引用発明3において,「半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属」に替えて用いる「Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物」の材料として,「In-Ga-Zn-O」であり「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」を選択することが当業者にとって容易とはいえない。

カ しかも,上記「第5 無効理由1について 3 当審の判断(3)相違点についての判断」で検討したように,本件特許明細書の記載から,本件特許発明1は,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を,本件特許発明1おいて特定する成膜方法,すなわち,パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いて,該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性の透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜するという特定の成膜方法によって成膜することによって,当該成膜方法によって成膜されたアモルファス酸化物薄膜が,以下の特性を奏することが認められる。
(i)「電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下のアモルファス酸化物膜をチャネル層に用い,ソース端子,ドレイン端子及びゲート絶縁膜を介してゲート端子を配した電界効果型トランジスタを構成すると,ソース・ドレイン端子間に5V程度の電圧を印加したとき,ゲート電圧を印加しないときのソース・ドレイン端子間の電流を約10^(-7)アンペヤにすることができる」,すなわち,「電子キャリア濃度が小さく,したがって,電気抵抗が高く,かつ電子移動度が大きいチャネル層を有する薄膜トランジスタを実現」できるので,「ノーマリーオフのTFT」を得るために好適であること。
(ii)「通常の化合物では,キャリア濃度が増加するにつれて,キャリア間の散乱などにより,電子移動度は減少するが,それに対して,本発明の成膜方法に係わるアモルファス酸化物では,電子キャリア濃度の増加とともに,電子移動度が増加」することから,例えば,「InGaO_(3)(ZnO)_(4)組成を有する多結晶焼結体をターゲットとし,異なる酸素分圧で成膜したIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜」は,「電子キャリア濃度が,10^(16)/cm^(3)から10^(20)/cm^(3)に増加すると,電子移動度は,約3cm^(2)/(V・秒)から約11cm^(2)/(V・秒)に増加」する電気的特性を呈すること。そして,その結果として,
(iii)「ゲート端子に電圧を印加すると,上記アモルファス酸化物チャネル層に,電子を注入できるので,ソース・ドレイン端子間に電流が流れ,両端子間がオン状態になる」ところ,「本発明の成膜方法によるアモルファス酸化膜は,電子キャリア濃度が増加すると,電子移動度が大きくなるので,トランジスタがオン状態での電流を,より大きくすることができ」,「さらに縮退伝導を示すという優れた特性を備えてい」ることから,例えば,「オン・オフ比を10^(3)超のトランジスタを構成することができ」,かつ,「本発明の成膜方法により得られる縮退伝導を示すアモルファス酸化物をチャネル層に用いた場合,電子キャリア濃度が多い状態での電流,すなわちトランジスタの飽和電流の温度依存性が小さくなり,温度特性に優れたTFTを実現できる」こと。
すなわち,本件特許明細書の記載から,本件特許発明1は,上記(i)-(iii)の特性を奏することから,TFTのチャネル層に用いる薄膜の成膜方法として好適であるという効果を奏するものと認められる。
そうすると,本件特許発明1において,「In-Ga-Zn-O」であり「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)」である「アモルファス酸化物薄膜」という材料を選択したことには,顕著な効果が存在し,前記材料の選択が適宜なし得た事項であるとはいえない。

キ したがって,相違点3-1は,引用発明3に基づいて容易に想到できたものとはいえない。

ク 続いて,当業者が他の公知文献に基づいて,引用発明3において,上記相違点3-1を,本件特許発明1の構成とすることが容易であったかを,以下検討する。

ケ 「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である酸化物について,以下の事項が知られている。

(ア)甲第7号証の記載事項
(再掲)(甲7b)「要約
ZnO系のアモルファス透明導電体を作り出すことを目的として,さまざまなアモルファス膜InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)をパルスレ一ザー蒸着法を用いて作製した。・・・伝導帯テイルが大きな分散を有し,フェルミ準位が伝導帯端に位置していることが明らかとなった。・・・本系はZn4s軌道が広がった伝導帯を形成する初めてのアモルファス酸化物半導体である。」(訳文の1ページ1行-2ページ2行)

(イ)甲第4号証の記載事項
(再掲)(甲4c)「本発明の製造方法においては,例えば,ターゲットとしてIn:Ga:Zn=1:1:1の焼結体を用いた場合,6.2×10^(-3)[Ωcm]の薄膜を容易に得ることができる。この場合,高導電性の主因は非晶質物質にも関わらず移動度が10以上と高い値を示すことによる。また,ターゲットとしてZn成分を増加させたホモロガスIGZO InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m:2以上の整数)の焼結体を用いた場合,4.3×10^(-3)[Ωcm]の抵抗率を有する薄膜を容易に得ることができる。」(【0034】)

(再掲)(甲4e)「ホモロガスInGaO_(3)(ZnO)_(m)の場合は,In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率が1:1:m(mは2以上の整数)となるように秤量した。」(【0041】)

(甲4g)「2.成膜
以下に実施例としてレーザーアブレーション法を用いる成膜法を示す。
実施例1
上で作成した焼結体のうち,In:Ga:Zn=1:1:1の焼結体の表面を研磨し,金属Inでインコネル製のホルダーに固定した。これを日本真空(株)製レーザーアブレーション装置に固定し,自転させている表面上にラムダフィジック社製KrFエキシマレーザー光を4J/cm^(2)のエネルギー密度,パルス間隔5Hzで照射し,プルームをたてた。チャンバー中の雰囲気はO_(2)ガスを15 - 25CCM流し,全圧を0.8- 1.0[Pa]とした。ターゲットから30mm直上に10mm角で厚さ0.5mmの石英ガラス基板を設置し,膜厚が均等となるように自転させながら30分プルーム中に曝すことにより,約300nmの薄膜を得た。組成比は蛍光X線法により得た。膜が均一な非晶質であることはXRDより確認した(図1)。吸収端は試料の透過及び反射スペクトルから光学定数を計算することから求めた。電気特性はファンデアパウ法によるHall効果測定より求めた。」(【0042】)

(再掲)(甲4f)「【図1】InGaZnO_(4)で表される酸化物が生成していることを確認するXRDの結果。」(【図面の簡単な説明】)

(ウ)甲第6号証の記載事項
(甲6f)「また,同様の観点から,・・・InGaZnO_(4)の場合には,・・・と考えられる(図4・55)(149ページ6行-9行)

(エ)甲第8号証の記載事項
(再掲)(甲8a)「新しい型のアモルファス透明導電膜InGaO_(3)(ZnO)_(m)」(表題)

(オ)甲第9号証の記載事項
(再掲)(甲9e)「一連のn型アモルファス酸化物半導体として,a-In_(2)O_(3)^([13]),a-AgSbO_(3)^([14]),a-2CdO・GeO_(2)^([15]),a-CdO・PbO_(x)^([16]),a-InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m≦4)^([17]),a-ZnO・SnO_(2)^([18])などがこれまでに発見されている。これらの半導体は,特有の電子輸送性を持つ,つまり,既存のアモルファス半導体に共通して見られるHall電圧符号の二重異常がない^([19]),そして結晶性材料と同等の高い移動度をもつ(電子Hall移動度が>10cm^(2)V^(-1)s^(-1))^([20])という点に特徴がある。」(訳文の2ページ20行-27行)

(カ)甲第13号証の記載事項
(甲13a)「この化合物は光機能材料,半導体材料及び触媒材料などとして有用なものである。例えば,蛍光体,半導体用の素子,等としての利用が挙げられる。
この化合物は次の方法によって製造し得られる。
金属インジウムあるいは酸化インジウムもしくは加熱により酸化インジウムに分解される化合物と,金属ガリウムあるいは酸化ガリウムもしくは加熱により酸化ガリウムに分解される化合物と,金属亜鉛あるいは酸化亜鉛もしくは加熱により酸化亜鉛に分解される化合物とを,In,Ga,Znの割合が原子比で1対1対2の割合で混合し,該混合物を600℃以上で,大気中,酸化性雰囲気中あるいはInおよびGaが各々3価状態,Znが2価状態より還元されない還元雰囲気中で加熱することによって製造することができる。
本発明に用いる出発物質は市販のものをそのまま使用し得られるが,化学反応を速やかに進行させるためには粒径が小さいものがよく,特に10μm以下であることが好ましい。
また光機能材料,半導体材料として用いる場合には,不純物の混入をきらうので純度の高いものが好ましい。
これらをそのままあるいはアルコール類アセトン等と共に十分混合する。
これらの混合割合はIn,GaおよびZnの割合が,原子比で1対1対2の割合である。この割合をはずすと目的とする化合物の単一相を得ることができない。
この混合物を大気中,酸化性雰囲気中あるいはInおよびGaが各々3価状態,Znが2価状態から還元されない還元雰囲気中で600℃以上で加熱する。
加熱時間は数時間もしくはそれ以上である。加熱の際の昇温速度には制約はない。加熱終了後は0℃に急冷するかあるいは大気中に急激に引き出せばよい。
得られたInGaZnMg0_(4)化合物の粉末は無色で,X線回折法によって結晶構造を有することが分かった。その結晶構造は層状構造で,In_(1.5)層,(GaZn)O_(2.5)層及びZnO層の積み重ねによって形成されている。
実施例
純度99.99%以上の酸化インジウム粉末,純度99.9%以上の酸化ガリウム粉末および試薬特級の酸化亜鉛粉末をモル比で1対1対4の2割合に秤量し,これらを乳鉢内でエタノールを加えて約30分間混合し,平均粒径数μmの微粉末混合物を得た。この混合物を白金管内に封入し,1300℃に設定された炉内に入れ3日間加熱し試料を炉外に取り出し室温まで急速に冷却した。
得られた試料はInGaZn_(2)O_(5)単一相であった。粉末X線回折法によって各反射の面間隔(d_(O))及び相対反射強度を測定した。その結果は表-2の通りであった。六方晶系としての格子定数は
a=3.292 ±0.001(Å)
c=22.52 ±0.01(Å)
であった。上記の格子定数および表-2の各反射(hkl)より算出した面間隔〔d_(C)(Å)〕は,実測の面間隔〔d_(O)(Å)〕と極めてよく一致した。」(3ページ左欄1行-4ページ左欄19行)

コ そうすると,上記(ア)-(カ)の記載から,本件の優先日前において,「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である酸化物が知られていたことは認められる。
しかしながら,上記各甲号証の記載からは,引用発明3の「例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物」から,特に,「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である酸化物を選択する動機を見いだすことはできない。
さらに,引用発明3は,上記「4 当審の判断 (1)引用発明3」で検討したように,ドーパント原子を設けることを発明特定事項としており,かつ,ドーパント原子を設けることには,上記イ-ウで検討したように,充分な導電度を得るという技術的意義が存在すると認められるところ,引用発明3の酸化物として,仮に,「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である酸化物を選択することが容易であったとしても,当該「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である酸化物に設けることで,充分な導電度を得ることができるドーパント原子は知られていたとは認められないから,引用発明3の酸化物として,「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である酸化物を用いることを当業者が容易になし得たとは認められない。
しかも,本件特許発明1は,「組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)」である「アモルファス酸化物薄膜」を用いることで,上記カで検討した効果が得られると解されるところ,上記各甲号証の記載を参酌しても,前記効果が当業者が予測する範囲内のものであるとは認めるとはできない。
以上の理由から,上記各甲号証に記載された事項を参酌したとしても,引用発明3において,上記相違点3-1について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められない。

・相違点3-4について
甲第10号証の上記摘記(甲10d)には,「図2に,作製した単結晶InGaO_(3)(ZnO)_(5)薄膜の・・・。(電界効果移動度として得られる)電子移動度の値が・・・であることから,キャリア濃度はおよそ10^(13)cm^(-3)と見積もられる。」とあり,上記摘記(甲10e)には,「このTFETはエンハンスメント型として動作していることが分かる。」と記載されている。そして,エンハンスメント型はノーマリオフ型である。
また,甲第11号証には,「一般的に,ノーマリオフ型の電界効果型トランジスタなどの電子デバイスを製造するためには,その濃度を内因性レベル以下(<10^(14)cm^(-3))に低減する必要がある。」(明細書8ページ6行-8行)と記載されている。
このように,トランジスタにおいてノーマリーオフ型にするために,10^(14)cm^(-3)または10^(13)cm^(-3)程度まで電子キャリヤ濃度を下げることが周知であったとはいえる。
しかしながら,甲第10号証の「10^(13)cm^(-3)と見積もられる」キャリア濃度は,単結晶InGaO_(3)(ZnO)_(5)薄膜において見積もられた値であるから,甲第10号証において見積もられた「10^(13)cm^(-3)」のキャリア濃度を,結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示されるアモルファス酸化物薄膜において,適用することが当業者において容易になし得たことであるとは認めることはできない。
さらに,甲第9号証の上記摘記(甲9a)には,移動度の値として21cm^(2)V^(-1)s^(-1)を用いて求めた電子キャリヤ濃度が4.2×10^(16)cm^(-3)であるアモルファスInGaZnO_(4)膜を作製したことが記載されているが,甲第9号証の上記摘記(甲9b)の記載からも明らかなように,甲第9号証において作製された前記a-InGaZnO_(4)膜は,Ar中で成膜することで,電子キャリヤ濃度が4.2×10^(16)cm^(-3)であるアモルファスInGaZnO_(4)膜を作製したしたものであるから,甲第9号証に記載された発明に,甲第1号証の上記摘記(甲1e),上記摘記(甲1h),及び甲第5号証の上記摘記(甲5a),上記摘記(甲5c)に記載された,酸素濃度を調整する発明を適用することが容易であったとも認められない。
すなわち,当業者が,甲第1号証,甲第5号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証の記載に接したとしても,引用発明3の半導体材料をトランジスタに適用する際,ノーマリーオフ型にすることを目的とし,酸素分圧を制御することによって電子キャリヤ濃度を10^(16)cm^(-3)以下程度まで下げることを,当業者が容易になし得たと認めることはできない。
さらに,引用発明3の半導体層の電子キャリヤ濃度を,10^(16)cm^(-3)以下まで下げた場合に,電子移動度の値が変化することは明らかであるところ,甲第1号証,甲第5号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証のいずれにも,アモルファス酸化物薄膜において,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上」という特性と,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下」という特性とを同時に実現したことは記載されておらず,また,「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上」という特性と,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下」という特性とを同時に実現することが当業者にとって容易になし得たことであるとも認められない。
以上の理由から,引用発明3において,上記相違点3-4について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められない。

(4)小括
以上の理由から,引用発明3において,上記相違点3-1及び上記相違点3-4について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められないから,他の相違点については検討するまでもなく,本件特許発明1は,当業者が,引用発明3及び上記各甲号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明1は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

4 他の出願の審査経過について
請求人は,特願2007-502848号の審査経過を,甲第14号証-甲第22号証として示し,本件特許発明1等には,甲第14号証-甲第22号証に記載された上記出願についての判断が同様に適用されるべきものである旨を主張するが,当該特願2007-502848号と,本件とは,発明を異にする別の出願であり,当合議体が,特願2007-502848号の審査経過における判断に拘束される理由はなく,また,判断の実態においても,特願2007-502848号の審決においては,「格別の効果を奏するとの記載を見い出せない。」(審決10ページ末行,同11ページ5-6行,同13ページ10行)ことを判断の根拠としているところ,本件特許発明1においては,上記エで検討したように格別の効果を認めることができるのであるから,本件特許発明1等には,甲第14号証-甲第22号証に記載された上記出願についての判断が同様に適用されるべきものであるとする請求人の主張は採用し得ない。

5 本件特許発明2
本件特許発明2は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

6 各甲号証の記載事項
甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証には,上記摘記した事項が記載されている。

7 本件特許発明2についての当審の判断
(1)対比
引用発明3は,上記「3 本件特許発明1についての当審の判断」で検討したとおりであり,再掲すると以下のとおりである。

「透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置の前記半導体材料の成膜方法において,前記半導体材料が,伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具えることを特徴とする半導体装置の前記半導体材料の成膜方法であって,
導電性SrRuO_(3)層5を絶縁単結晶SrTiO_(3)基板7上にエピタキシヤル堆積により設け,このSrRuO_(3)層5をパターン化してゲート電極5を形成し,次に,前記ゲート電極5上および前記基板7の表面上に透明絶縁層6であるBaZrO_(2)を設け,次いで,前記半導体材料として,0.03%のSnがドープされた厚さ0.1 μmのIn_(2)O_(3)の層4を,0.2mbar の酸素圧および505 ℃の温度でパルスレーザ堆積によって前記透明絶縁層6上および前記基板7の表面上に既知のように設ける成膜方法において,
前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる成膜方法。」

ア 本件特許発明2と,引用発明3とを対比する。

イ 引用発明3の「成膜方法」は「パルスレーザ堆積」を用いることから,本件特許発明2の「気相成膜方法」に相当する。

ウ 引用発明3の「層4」は,「酸化物から形成された化合物」を用いること,及び,「0.1μm」の薄膜であることから,本件特許発明2の「酸化物薄膜」及び「『透明』『薄膜』」に相当する。

エ 引用発明3の「0.2mbar の酸素圧および505 ℃の温度でパルスレーザ堆積によって前記透明絶縁層6上および前記基板7の表面上に既知のように設ける」との構成と,本件特許発明2の「該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜を成膜する」との構成は,「酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる」点で共通する。

オ 電子移動度に関し,引用発明3の「移動度」は本件特許発明2の「電子移動度」に相当し,引用発明3の「10cm^(2)/Vs以上」は本件特許発明2の「0.1cm^(2)/(V・秒)以上」を満たしている。

カ してみれば,本件特許発明2と,引用発明3との一致点と相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法において,
酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上である透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。

<相違点>
・相違点3-5:成膜する酸化物が,本件特許発明2では,「In-Ga-Zn-O」であり「「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)」である「アモルファス酸化物薄膜」であるのに対し,引用発明3では,「伝導帯と2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯または伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具え」たものであり,「前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn_(2)O_(3)に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる」ものであり,「アモルファス酸化物薄膜」であることが特定されていない点。

・相違点3-6:本件特許発明2は「該酸化物の多結晶をターゲットとして」「電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに」薄膜を堆積する構成を有しているのに対し,引用発明3では当該構成について特定されていない点。

・相違点3-7:本件特許発明2は「基板の温度は意図的に加温しない状態で」薄膜を堆積するのに対し,引用発明3は「505℃の温度で」堆積する点。

・相違点3-8:本件特許発明2は「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である」透明酸化物薄膜を成膜するとの構成を有しているのに対し,引用発明3は当該構成について特定されていない点。
すなわち,本件特許発明2は,基板上に薄膜を堆積させる際に,酸素分圧の大きさを,室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる薄膜が成膜されるように制御することによって,当該制御の結果として,室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である透明酸化物薄膜を得ているのに対して,引用発明3は,結果として,10cm^(2)/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を得ているものの,前記0.2mbarという酸素圧が,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度を所定の値とすることを目的として制御された酸素分圧であるとは明らかではない点。

(2)相違点についての判断
・相違点3-5について
ア<酸化物の置き換えについて>
甲第3号証に記載されている酸化物,甲第4号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第13号証に記載されているIn,Ga,Zn,Oの元素から構成される酸化物以外にも,甲第12号証に記載されているとおり,In,Ga,Zn,Mg,Oの元素から構成される酸化物が知られている。さらに甲第12号証には,ZnとMgの比率を適宜決定することができるものであり,Znの比率が増えると導電性が増大することについても記載されている。
そうすると,本件特許の優先日前当時に知られていた甲第12号証の記載に鑑みて,導電性酸化物に要求される光学的特性及び導電性を考慮して,InGaO_(3)(ZnO)_(m)のような透明In-Ga-Zn-Oアモルファス酸化物薄膜において,Znを,Zn+Mgに置換し,かつ,ZnとMgの比率を調整することは当業者が容易に想到し得たことであると解する余地はあるといえる。
しかしながら,上記「相違点3-1について」で検討したように,引用発明3において,上記相違点3-1について,本件特許発明1の構成とすること,すなわち,「ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いること」に替えて,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」を用いることは,当業者が容易に想到し得たことであるとは認められないのであるから,仮に,InGaO_(3)(ZnO)_(m)のような透明In-Ga-Zn-Oアモルファス酸化物薄膜において,Znを,Zn+Mgに置換し,かつ,ZnとMgの比率を調整することは当業者が容易に想到し得たことであったとしても,そもそも,引用発明3において,前記「ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm^(2)/Vs以上の移動度および2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),SnO_(2),ZnO,Sb_(2)O_(3),PbO,GeO_(2)またはIn_(2)O_(3),これら酸化物の混合物,またはGaInO_(3),ZnGa_(2)O_(4),またはCdGa_(2)O_(4)のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いること」を,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(Zn_(1-x)Mg_(x)O)_(m)(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜」とすることは,上記「相違点3-1について」での検討と同様の理由により,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。
しかも,甲第12号証の上記摘記(甲12d)の「マグネシウム及び亜鉛が共存する場合,マグネシウムと亜鉛の比率には特に制限はない。但し,マグネシウムの比率が増えると吸収端が短波長側にシフトして透明性が増大する傾向がある。亜鉛の比率が増えると導電性が増大する傾向がある。」との記載からは,Zn_(1-x)に対してMg_(x)の割合を,特に,0.80≦x<0.85とする動機を見いだすことはできない。そして,本件特許発明2は,Zn_(1-x)に対してMg_(x)の割合を,特に,0.80≦x<0.85とすることによって,本件特許明細書の上記摘記(本h)に記載された,「Mgに置換すると,酸化物膜の電子移動度は,Mg無添加膜に比べて低下するが,その程度は少なく,一方でさらに,電子キャリア濃度を置換しない場合に比べて下げることができるので,TFTのチャネル層としてはより好適である。・・・電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)以下にするには,図4に示すように0.80≦x<0.85とする。」とする,当業者の予測する範囲を超えた,格別の効果を奏するものと認められる。
以上の理由から,引用発明3において,上記相違点3-5について,本件特許発明2の構成とすることは,容易であったとは認められない。

・相違点3-8について
上記「相違点3-4について」と同様の理由によって,引用発明3において,上記相違点3-8について,本件特許発明2の構成とすることは,容易であったとは認められない。

(3)小括
以上の理由から,引用発明3において,上記相違点3-5及び上記相違点3-8について,本件特許発明2の構成とすることは,容易であったとは認められないから,他の相違点については検討するまでもなく,本件特許発明2は,当業者が,引用発明3及び上記各甲号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明2は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

8 本件特許発明3-5
本件特許発明3-5は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

9 本件特許発明3-5についての当審の判断
本件特許発明3-5は,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2を引用して,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2について,基板の材料,あるいは,酸素分圧等を,更に限定するものである。
一方,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証には,上記摘記した事項が記載されている。
そして,本件特許発明1,及び,本件特許発明2は,上記で検討したとおり,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできないものであるから,前記本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2をさらに限定した本件特許発明3-5もまた,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
すなわち,本件特許発明3-5は,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証,甲第12号証,甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

10 無効理由3のまとめ
以上のとおりであるから,本件特許発明1-5は,当業者が容易に発明することができたとはいえない。
したがって,本件特許発明1-5について,無効理由3は,理由がない。

第8 無効理由4について
1 本件特許発明1
本件特許発明1は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

2 甲第4号証に記載された発明
甲第4号証には,「透明導電性酸化物薄膜を有する物品及びその製造方法」(発明の名称)に関して,図1,表1-表4とともに,以下の事項が記載されている。

(甲4h)「【請求項1】 基材の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする物品。
【請求項2】 基材の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表され,かつ陽イオンを注入したものである非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする物品。
【請求項3】 キャリア電子の量が1×10^(18)?1×10^(22)/cm^(3)の範囲になるように,酸素欠損量d及び陽イオンの注入量を選んだ請求項2記載の物品。
【請求項4】 比率x/(x+y+z)が0.5以上である請求項1?3のいずれか1項に記載の物品。
【請求項5】 基材が高分子性基板,高分子性可撓性基板またはガラス基板である,請求項1?4のいずれか一項に記載の物品。
【請求項6】 基材がフィルム上またはシート上の透明高分子からなる,請求項5に記載の物品。
【請求項7】 請求項1?6のいずれか1項に記載の物品からなる電極。
【請求項8】 導電層が均質な非晶質酸化物膜からなる請求項7に記載の電極。
【請求項9】 基板と導電層との間に下地層を有する請求項7または8に記載の電極。
【請求項10】 下地層がフィルター層,TFT層,EL層半導体層及び絶縁層から成る群から選ばれる1または2以上の層である請求項9記載の電極。
【請求項11】 液晶ディスプレイ,ELディスプレイまたは太陽電池に用いられる請求項8?10のいずれか1項に記載の電極。
【請求項12】 請求項1に記載の物品の製造方法であって,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される酸化物をターゲットとし,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ圧力を1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の範囲として,スパッタリング法またはレーザーアブレーション法により,酸化物膜を形成することを特徴とする方法。
【請求項13】 請求項2に記載の物品の製造方法であって,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される酸化物をターゲットとし,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ圧力を1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の範囲として,スパッタリング法またはレーザーアブレーション法により,酸化物膜を形成し,次いで前記酸化物膜に陽イオンを注入することを特徴とする方法。
【請求項14】 成膜後に10?300℃の範囲の温度で熱処理及び/または還元処理を行う,請求項12または13に記載の製造方法。」(【特許請求の範囲】)

(甲4i)「【発明の属する技術分野】本発明は,高い導電性と可視,特に青色光透過性を有し,かつ作製が容易である非晶質性酸化物を含む透明導電体膜を有する物品およびその製造方法に関する。さらに本発明は,本発明の物品からなる電極に関する。」(【0001】)

(甲4j)「【従来の技術】
光透過型液晶パネルディスプレイは薄型,軽量の表示装置として各種の電気製品に幅広く用いられている。特にパーソナルコンピュータやワードプロセッサ等のOA機器への導入は活発であり,現在対角約10インチ程度のノート型パソコンや,省スペースのデスクトップパソコン用のディスプレイとして益々需要が高まっており,更に大面積化,多画素化,高精細化の方向で改良が加えられている。
光透過型の液晶では透明電極が不可欠であり,透明電極材料としては主にITOが使用されている。ITOは紫外域のほぼ全域で透明であり,電気抵抗率を1×10^(-4)Ωcm程度まで低減できるので,液晶ティスプレイ等の透明電極材料として好適であった。近年は,高精細化の要求に応えてITOのアモルファス相,いわゆるアモルファスITOが使用されるようになってきている。アモルファスITOは結晶性のITOに比べてパターニング性が良好なため,細い電極パターンをきれいに切れるからである。電気抵抗率は結晶性ITOに比べて増大してしまうが,液晶ティスプレイの主流を占めるTFT型の画素電極用には十分な抵抗値であるからである。また,ティスプレイを軽量化するためにプラスチック基板が用いられる傾向にあり,室温成膜の可能なアモルファスITOが好適と考えられる。結晶性ITOの成膜には200℃以上の温度を要するからである。
【発明が解決しようとする課題】アモルファスITOはその成分の90%以上がIn_(2)O_(3)からなる。このため,近年の液晶ディスプレイの普及に伴ってIn_(2)O_(3)の価格が2倍程度まで高騰して,原料コトス(注:「コスト」の誤記)を大きくする要因となっている。また,In_(2)O_(3)は希少金属であって,あと30年程度採掘を継続すると枯渇すると予測されている。このような理由から,In_(2)O_(3)の含有量が低く,原料コストが低く,資源環境負荷が低い材料が必要になりつつある。
そこで本発明の目的は,資源環境負荷の高いIn_(2)O_(3)の含有量を低く抑えることができ,室温付近の温度で容易に作製することができ,低抵抗かつ光学吸収端が紫外域にあり,青色透過性に優れた新規な透明導電体材料及びその製造方法,さらには,そのような透明導電体材料を用いた電極を提供することにある。」(【0002】-【0005】)

(甲4k)「本発明者らは,亜鉛-インジウム系酸化物であって,所定量のアルミニウム又はガリウムを含む酸化物が,室温付近の温度で容易に作製することができ,低抵抗かつ光学吸収端が紫外域にあり,青色透過性に優れていることを見いだして本発明を完成した。」(【0006】)

(再掲)(甲4b)「本発明の物品の第1の態様は,基材の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O(_(x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする。」(【0009】)

(甲4l)「本発明の第1の製造方法は,上記本発明の第1の態様の物品の製造方法であって,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される酸化物をターゲットとし,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ圧力を1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の範囲として,スパッタリング法またはレーザーアブレーション法により,酸化物膜を形成することを特徴とする。」(【0011】)

(甲4m)「比率(x/y)は0.2以上,12以下の範囲であり,x/yが0.2未満では原料コストが高くなる。x/yが12を超えるとZn成分が大きくなりすぎて大気中で化学的に不安定になる。好ましい比率(x/y)は1?10の範囲であり,より好ましくは4?10の範囲である。比率(z/y)は0.4以上,1.4以下の範囲であり,z/yが0.4未満ではIn_(2)O_(3)が不足し,電気伝導性が低下する。z/yが1.4を超えるとGa_(2)O_(3)成分が不足して青色領域の透明性が低下する。好ましい比率(z/y)は0.6以上1.4以下の範囲であり,より好好ましくは0.8以上1.2以下の範囲である。」(【0014】)

(甲4n)「さらに本発明の物品において,比率x/(x+y+z)が0.5以上であることが,原料コストを下げ,環境負荷を低減するという観点から好ましい。比率x/(x+y+z)は,好ましくは0.6?0.9の範囲である。さらに本発明の物品が有する膜において,上記酸化物は,実質的全量が非晶質であることが,透過率及び導電性の点で好ましいが,透過率及び導電性を損なわない程度に,結晶質の酸化物を含有することもできる。」(【0015】)

(甲4o)「本発明の酸化物の導電性は,伝導帯におけるキャリア電子の量が所定の範囲にあるときに良好となる。そのようなキャリア電子の量は,1×10^(18)/cm^(3)?1×10^(22)/cm^(3)の範囲である。また,好ましいキャリア電子の量は,1×10^(19)/cm^(3)?5×10^(21)/cm^(3)の範囲である。尚,キャリア電子の量は,例えば,ファンデアパウ法電気伝導率測定装置により測定することができる。」(【0016】)

(甲4p)「本発明の第1の製造方法では,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される酸化物をターゲットとして用いる。」(【0027】)

(甲4q)「形成される薄膜の組成はターゲットとのずれは少なく,多くても5%であることから,ターゲット組成は,所望の薄膜組成と同一とすることができる。」(【0028】)

(甲4r)「ターゲットは,例えば,x/y>1の範囲では,ZNの酸化物との混晶焼結体,あるいはZNの酸化物を整数倍だけ含んだ,ホモロガスの焼結体を用いることができる。」(【0029】)

(甲4s)「本発明の製造方法では,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の圧力範囲の酸素雰囲気あるいは酸素ラジカル雰囲気中で,スパッタリング法またはレーザーアブレーション法により,酸化物膜を形成する。スパッタリング法及びレーザーアブレーション法においても,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ圧力(酸素分圧)を1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の範囲とすることで,非晶質の酸化物膜を形成することができる。基板温度は,好ましくは0?150℃の範囲であり,かつ圧力は,好ましくは0.01[Pa]?1[Pa]の範囲である。」(【0030】)

(再掲)(甲4c)「本発明の製造方法においては,例えば,ターゲットとしてIn:Ga:Zn=1:1:1の焼結体を用いた場合,6.2×10^(-3)[Ωcm]の薄膜を容易に得ることができる。この場合,高導電性の主因は非晶質物質にも関わらず移動度が10以上と高い値を示すことによる。また,ターゲットとしてZn成分を増加させたホモロガスIGZO InGaO_(3)(ZnO)_(m)(m:2以上の整数)の焼結体を用いた場合,4.3×10^(-3)[Ωcm]の抵抗率を有する薄膜を容易に得ることができる。」(【0034】)

(甲4t)「【発明の効果】 本発明の物品は,材料中のIn_(2)O_(3)含有量が少ないので材料コストが低く,環境負荷が小さく,かつ可視光透過率が85%以上であり,かつ吸収短波長が385nmであることから,白黒画面でもカラー画面でも膜厚を厚くすることで低抵抗化を図ることが可能である。また,膜を構成する材料の結晶化温度が400℃以上と高いため,通常の使用温度範囲では,安定な非晶質性を維持し,抵抗率の変動がないという利点がある。安定な酸化物であることから耐環境性に優れており,野外で使用する太陽電池用の透明電極として利用できる。」(【0036】)

(再掲)(甲4d)「1.ターゲットの作成
In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率がそれぞれ1になるように秤量した。秤量した粉末を,遊星ボールミル装置で湿式混合。1000℃で5時間仮焼した後,再び遊星ボールミルで解砕処理した。この粉体を一軸加圧で直径20mmの円板状に成形の後CIPをかけた。大気下,1550℃で2時間焼成して焼結体を得た。 XRDによりInGaZnO_(4)で表される酸化物が生成していることを確認した。」(【0040】)

(再掲)(甲4e)「ホモロガスInGaO_(3)(ZnO)_(m)の場合は,In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率が1:1:m(mは2以上の整数)となるように秤量した。」(【0041】)

(再掲)(甲4g)「2.成膜
以下に実施例としてレーザーアブレーション法を用いる成膜法を示す。
実施例1
上で作成した焼結体のうち,In:Ga:Zn=1:1:1の焼結体の表面を研磨し,金属Inでインコネル製のホルダーに固定した。これを日本真空(株)製レーザーアブレーション装置に固定し,自転させている表面上にラムダフィジック社製KrFエキシマレーザー光を4J/cm^(2)のエネルギー密度,パルス間隔5Hzで照射し,プルームをたてた。チャンバー中の雰囲気はO_(2)ガスを15 - 25CCM流し,全圧を0.8- 1.0[Pa]とした。ターゲットから30mm直上に10mm角で厚さ0.5mmの石英ガラス基板を設置し,膜厚が均等となるように自転させながら30分プルーム中に曝すことにより,約300nmの薄膜を得た。組成比は蛍光X線法により得た。膜が均一な非晶質であることはXRDより確認した(図1)。吸収端は試料の透過及び反射スペクトルから光学定数を計算することから求めた。電気特性はファンデアパウ法によるHall効果測定より求めた。」(【0042】)

(甲4u)【0043】の表1には,
流量:15CCM(全圧0.6Pa)であるときに,組成比(In/Ga):0.87,組成比(Zn/Ga):0.85,抵抗率:6.5×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:8.3×10^(19)/cm^(3),移動度:11.6cm^(2)/Vs,吸収端:403nm,
流量:20CCM(全圧0.8Pa)であるときに,組成比(In/Ga):0.94,組成比(Zn/Ga):0.84,抵抗率:6.2×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:8.5×10^(19)/cm^(3),移動度:11.9cm^(2)/Vs,吸収端:383nm,
流量:25CCM(全圧1.0Pa)であるときに,組成比(In/Ga):0.88,組成比(Zn/Ga):0.88,抵抗率:8.8×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:4.8×10^(19)/cm^(3),移動度:14.9cm^(2)/Vs,吸収端:382nm,
であることが示されている。

3 本件特許発明1についての当審の判断
(1)引用発明4
上記摘記(甲4a)-(甲4u)の記載を総合すると,甲第4号証には,次の発明(以下「引用発明4」という。)が記載されていると認められる。

「基材の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に,一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする,高い導電性と可視,特に青色光透過性を有し,かつ作製が容易である非晶質性酸化物を含む透明導電体膜を有する物品の製造方法であって,
一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される酸化物をターゲットとし,
基板温度を室温から300℃の範囲とし,
かつ圧力を1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の範囲として,
スパッタリング法またはレーザーアブレーション法により,
酸化物膜を形成する方法において,
In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率がそれぞれ1になるように秤量し,秤量した粉末を,遊星ボールミル装置で湿式混合し,1000℃で5時間仮焼した後,再び遊星ボールミルで解砕処理し,この粉体を一軸加圧で直径20mmの円板状に成形の後CIPをかけ,大気下,1550℃で2時間焼成して焼結体を得ることで,前記ターゲットを作製し,
前記In:Ga:Zn=1:1:1の焼結体の表面を研磨し,金属Inでインコネル製のホルダーに固定し,これを日本真空(株)製レーザーアブレーション装置に固定し,自転させている表面上にラムダフィジック社製KrFエキシマレーザー光を4J/cm^(2)のエネルギー密度,パルス間隔5Hzで照射し,プルームをたて,チャンバー中の雰囲気はO_(2)ガスを15 - 25CCM流し,全圧を0.8- 1.0[Pa]とし,ターゲットから30mm直上に10mm角で厚さ0.5mmの石英ガラス基板を設置し,膜厚が均等となるように自転させながら30分プルーム中に曝すことにより,
流量:15CCM(全圧0.6Pa)であるときに,組成比(In/Ga):0.87,組成比(Zn/Ga):0.85,抵抗率:6.5×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:8.3×10^(19)/cm^(3),移動度:11.6cm^(2)/Vs,吸収端:403nmである薄膜を,
流量:20CCM(全圧0.8Pa)であるときに,組成比(In/Ga):0.94,組成比(Zn/Ga):0.84,抵抗率:6.2×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:8.5×10^(19)/cm^(3),移動度:11.9cm^(2)/Vs,吸収端:383nmである薄膜を,
流量:25CCM(全圧1.0Pa)であるときに,組成比(In/Ga):0.88,組成比(Zn/Ga):0.88,抵抗率:8.8×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:4.8×10^(19)/cm^(3),移動度:14.9cm^(2)/Vs,吸収端:382nmである薄膜を,
約300nmの,均一な非晶質である薄膜として形成する方法。」

(2)対比
ア 本件特許発明1と,引用発明4とを対比する。

イ 引用発明4の「レーザーアブレーション法」は,本件特許発明1の「パルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法」に相当する。

ウ 引用発明4の「In_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),ZnOの各粉末を,含有金属の比率がそれぞれ1になるように秤量し,秤量した粉末を,遊星ボールミル装置で湿式混合し,1000℃で5時間仮焼した後,再び遊星ボールミルで解砕処理し,この粉体を一軸加圧で直径20mmの円板状に成形の後CIPをかけ,大気下,1550℃で2時間焼成して焼結体を得ることで」作製したターゲットは,技術常識に照らして,「多結晶」と認められる。

エ 引用発明4の「基板温度を室温から300℃の範囲」には,本件特許発明1の「基板の温度は意図的に加温しない状態」が含まれるものと認められる。

オ 引用発明4と,本件特許発明1とは,「電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる」点で共通する。

カ 引用発明4の「キャリア密度」,「移動度」及び「非晶質」は,それぞれ,本件特許発明1の「室温での電子キャリヤ濃度」,「室温での電子移動度」及び「アモルファス」に相当する。

キ 引用発明4と,本件特許発明1とは,いずれも「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上」である点で一致する。

ク 引用発明4の「『一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする,高い導電性と可視,特に青色光透過性を有し,かつ作製が容易である非晶質性酸化物を含む透明導電体膜』,『組成比(In/Ga):0.87,組成比(Zn/Ga):0.85,抵抗率:6.5×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:8.3×10^(19)/cm^(3),移動度:11.6cm^(2)/Vs・・・である薄膜』,『組成比(In/Ga):0.94,組成比(Zn/Ga):0.84,抵抗率:6.2×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:8.5×10^(19)/cm^(3),移動度:11.9cm^(2)/Vs・・・である薄膜』,『組成比(In/Ga):0.88,組成比(Zn/Ga):0.88,抵抗率:8.8×10^(-3)Ω・cm,キャリア密度:4.8×10^(19)/cm^(3),移動度:14.9cm^(2)/Vs・・・である薄膜』」を形成する方法と,本件特許発明1の「室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜」の気相成膜方法とは,いずれも,「透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜するアモルファス酸化物薄膜」の成膜方法である点で共通する。

ケ してみれば,本件特許発明1と,引用発明4との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,
該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,
室温での電子移動度が0.1cm^(2)/(V・秒)以上である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜するアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

<相違点>
・相違点4-1:成膜した薄膜が,本件特許発明1では,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である」薄膜であるのに対して,引用発明4では,「『キャリア密度:8.3×10^(19)/cm^(3)』,『キャリア密度:8.5×10^(19)/cm^(3)』,『キャリア密度:4.8×10^(19)/cm^(3)』である『透明導電体膜』」である点。

・相違点4-2:本件特許発明1が,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御する」ものであるのに対して,引用発明4は,「『圧力を1×10^(-2)[Pa]?10[Pa]の範囲として』,『チャンバー中の雰囲気はO_(2)ガスを15 - 25CCM流し,全圧を0.8- 1.0[Pa]と』」するものである点。すなわち,引用発明4において,「酸素分圧の大きさを制御する」ことで,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度」を特定の値にするという技術的思想が明らかでない点。

・相違点4-3:本件特許発明1が,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」の成膜方法であるのに対して,引用発明4は,「『一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜』であって,『組成比(In/Ga):0.87,組成比(Zn/Ga):0.85・・・である薄膜』,『組成比(In/Ga):0.94,組成比(Zn/Ga):0.84・・・である薄膜』,『組成比(In/Ga):0.88,組成比(Zn/Ga):0.88・・・である薄膜』」を形成する方法である点。すなわち,引用発明4において,結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)であること,すなわち,InとGaの組成比(In/Ga)が「1」となり,ZnとGaとの組成比(Zn/Ga)が,「1」,「2」・・・「5」のいずれかである自然数となることが特定されていない点。

(3)相違点についての判断
・相違点4-1について
甲第4号証の上記摘記(甲4j)の記載から,
「光透過型液晶パネルディスプレイは薄型,軽量の表示装置として各種の電気製品に幅広く用いられて」おり,この「光透過型の液晶では透明電極が不可欠であり,透明電極材料としては主にITOが使用されて」おり,当該「ITOは紫外域のほぼ全域で透明であり,電気抵抗率を1×10^(-4)Ωcm程度まで低減できるので,液晶ティスプレイ等の透明電極材料として好適であ」るが,「アモルファスITOはその成分の90%以上がIn_(2)O_(3)からなる」ので,「近年の液晶ディスプレイの普及に伴ってIn_(2)O_(3)の価格が2倍程度まで高騰して,原料コトス(注:「コスト」の誤記)を大きくする要因となって」おり,「また,In_(2)O_(3)は希少金属であって,あと30年程度採掘を継続すると枯渇すると予測されている」ので,「このような理由から,In_(2)O_(3)の含有量が低く,原料コストが低く,資源環境負荷が低い材料が必要になりつつある。」という解決すべき課題のもと,引用発明4は,「資源環境負荷の高いIn_(2)O_(3)の含有量を低く抑えることができ,室温付近の温度で容易に作製することができ,低抵抗かつ光学吸収端が紫外域にあり,青色透過性に優れた新規な透明導電体材料及びその製造方法,さらには,そのような透明導電体材料を用いた電極を提供する」ものであると理解される。

すなわち,引用発明4において,薄膜が「導電体」であることは,発明の解決しようとする課題との関係において,発明の前提といえる。
そして,甲第4号証からは,前記薄膜を,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である」薄膜とすべき動機についての記載,若しくは,示唆を見いだすことはできない。
他方,引用発明4において,相違点4-1について,本件特許発明1の特定事項を採用すること,すなわち,引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である」薄膜とすることが,前記薄膜の電気抵抗率を,液晶ティスプレイ等の透明電極材料として好適である範囲から外れたものとすることは明白である。そうすると,引用発明4において,相違点4-1について,本件特許発明1の特定事項とすることは,引用発明4の前記課題の解決を妨げるものであると認められる。
したがって,引用発明4において,上記相違点4-1について,本件特許発明1の特定事項とすることは,阻害要因があり,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。

なお,審判請求人は審判請求書の76ページ10-22行において,
「(4-1-5)相違点15の検討
前記(1-1-5)に記載した<本件特許の優先日前当時の酸化物薄膜に対する技術常識>,<縮退半導体である透明酸化物薄膜の周知性について>及び<電子キャリヤ濃度について>を援用する。

<相違点15のまとめ>
前記(1-1-5)の記載を考慮すると,引用発明4の『電子キャリヤ濃度が10^(18)/cm^(3)以上であり,導電性である』In-Ga-Zn-O薄膜を,『電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下であり,半絶縁性である』In-Ga-Zn-O薄膜とすることは当業者が容易に想到できたことである。

また,本件特許明細書等の記載を参酌しても,本件特許発明1が格別顕著な効果及び予測できる範囲を超えた効果を奏することは見い出せない。」
と主張する。

しかしながら,「前記(1-1-5)に記載した<本件特許の優先日前当時の酸化物薄膜に対する技術常識>,<縮退半導体である透明酸化物薄膜の周知性について>及び<電子キャリヤ濃度について>」は,引用発明1が,電子キャリア濃度が10^(18)/cm^(3)以下の半導体としての電気的特性を有する薄膜の成膜方法であって,この場合において,電子キャリヤ濃度を10^(16)/cm^(3)以下とすることの容易性を主張するものである。すなわち,「電子キャリア濃度が10^(18)/cm^(3)以下の半導体薄膜」という,半導体の活性層として使用し得る電気的特性の枠内において,電子キャリア濃度の値を10^(18)/cm^(3)以下から,電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下へと置き換えることの容易性を主張しているのであって,引用発明4と本件特許発明1との間における相違点4-1である,「透明導電体膜」に替えて,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下である半絶縁性である」薄膜を用いることの容易性,すなわち,電極として使用される電気的特性を有する「導電体膜」を,半導体の活性層として使用される電気的特性を有する「半絶縁性」の薄膜に置き換えることの容易性を主張するものではない。
甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証には,上記「第5 無効理由1について」において摘記した事項がそれぞれ記載されているが,請求人が主張する,「前記(1-1-5)の記載」には,「導電体膜」を「半絶縁性」の薄膜に置き換えることの容易性について主張されていないから,「前記(1-1-5)の記載」を考慮しても,引用発明4の「電子キャリヤ濃度が10^(18)/cm^(3)以上であり,導電性である」In-Ga-Zn-O薄膜を,「電子キャリヤ濃度が10^(16)/cm^(3)以下であり,半絶縁性である」In-Ga-Zn-O薄膜とすることは当業者が容易に想到できたことであるとは認めることはできない。

・相違点4-2について
引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「半絶縁性」薄膜とすることを容易に想到することができないことは,上記「相違点4-1について」で検討したとおりであるが,仮に,引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「半絶縁性」薄膜とすることが容易であったとして,相違点4-2について,以下検討する。

甲第4号証の上記摘記(甲4o)の「本発明の酸化物の導電性は,伝導帯におけるキャリア電子の量が所定の範囲にあるときに良好となる。そのようなキャリア電子の量は,1×10^(18)/cm^(3)?1×10^(22)/cm^(3)の範囲である。また,好ましいキャリア電子の量は,1×10^(19)/cm^(3)?5×10^(21)/cm^(3)の範囲である。」との記載,及び,甲第4号証の上記摘記(甲4m)の「比率(z/y)は0.4以上,1.4以下の範囲であり,z/yが0.4未満ではIn_(2)O_(3)が不足し,電気伝導性が低下する。」との記載から,甲第4号証に接した当業者であれば,引用発明4の導電性の制御を,比率(z/y)を,0.4以上,1.4以下の範囲で調整することで行っており,キャリア電子の量を,1×10^(18)/cm^(3)未満とする場合には,「In」と「M」の比である,z/yを0.4未満として,In_(2)O_(3)を不足させることで,電気伝導性を低下させることが自然といえる。
そして,このように,In_(2)O_(3)の使用量を下げることは,上記摘記(甲4j)に記載されている「そこで本発明の目的は,資源環境負荷の高いIn_(2)O_(3)の含有量を低く抑えることができ」という,引用発明4の課題解決にも沿ったものであると認められる。
そうすると,仮に,引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「半絶縁性」薄膜とすることが容易であったとしても,引用発明4において,キャリア電子の量を減少させるには,「In」と「M」の比である,z/yを0.4未満とすることによって行うことが自然であるから,甲第4号証に記載されている,「In」と「M」の比である,z/yを0.4未満とすることに替えて,酸素分圧の大きさを制御するという相違点4-2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。

・相違点4-3について
引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「半絶縁性」薄膜とすることを容易に想到することができないことは,上記「相違点4-1について」で検討したとおりであるが,仮に,引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「半絶縁性」薄膜とすることが容易であったとして,相違点4-3について,以下検討する。

引用発明4において,組成比(In/Ga),及び,組成比(Zn/Ga)は,いずれも「1」ではないから,結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜になるとは認められない。
しかも,引用発明4の「透明導電体膜」に替えて,「半絶縁性」薄膜とすることが容易であった場合には,上記「相違点4-2について」で検討したように,「In」と「M」の比である,z/yを0.4未満とすることで,In_(2)O_(3)を不足させて,電気伝導性を低下させるものと理解することが自然といえるところ,前記「z/yを0.4未満」とした場合には,結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜とならないことは明らかである。
したがって,引用発明4において,上記相違点4-3について,本件特許発明1の特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。

また,甲第4号証は,本件特許明細書に,【特許文献2】として開示された文献であって,上記摘記(本b)の「しかし,ここで得られている非晶質酸化物膜の電子キャリア濃度は,10^(18)/cm^(3)以上であり,単なる透明電極として用いるには充分であるもののTFTのチャネル層には適用し難いものであった。なぜなら,上記非晶質酸化物膜をチャネル層としたTFTでは,オン・オフ比が充分にとれず,ノーマリーオフ型のTFTにはふさわしくないことが判明したからである。」との記載に照らして,引用発明4によって成膜された薄膜をチャネル層としたTFTでは,オン・オフ比が充分にとれないという課題を有するものと解されるところ,上記「(1)引用発明1(3)相違点についての判断 ・相違点1-1について ウ(イ)」で検討したように,本件特許発明1は,「本発明の成膜方法によるアモルファス酸化膜は,電子キャリア濃度が増加すると,電子移動度が大きくなるので,トランジスタがオン状態での電流を,より大きくすることができ」等の効果を奏するものであり,当該効果は,引用発明4及び各甲号証の記載からは,予測することができないものである。

(シ)以上の理由から,引用発明4において,上記相違点4-1ないし相違点4-3について,本件特許発明1の構成とすることは,容易であったとは認められないから,本件特許発明1は,当業者が,引用発明4及び甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

(4)小括
本件特許発明1は,甲第1号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

4 本件特許発明3-5
本件特許発明3-5は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

5 本件特許発明3-5についての当審の判断
本件特許発明3-5は,本件特許発明1を引用するか,無効理由4が申し立てられていない本件特許発明2を引用して,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明2について,基板の材料,あるいは,酸素分圧等を,更に限定するものである。
一方,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証,甲第9号証,甲第10号証,甲第11号証には,上記摘記した事項が記載されている。
そして,本件特許発明1は,上記「3 当審の判断」で検討したとおり,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできないものであり,また,本件特許発明2については,無効理由4が申し立てられていないのであるから,本件特許発明1,あるいは,本件特許発明1又は本件特許発明2をさらに限定した本件特許発明3-5もまた,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

6 無効理由4のまとめ
以上のとおりであるから,本件特許発明1,3,4,5は当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
したがって,本件特許発明1,及び,本件特許発明3,4,5について,無効理由4は,理由がない。

第9 無効理由5について
1 本件特許発明1
本件特許発明1は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

2 本件特許発明1についての無効理由5の具体的理由
審判請求書の記載によれば,本件特許発明1についての無効理由5の具体的理由は,略以下のとおりのものと認められる。

本件特許明細書の【背景技術】には,特許文献2(特開2000-044236号公報:以下,甲第4号証)のアモルファス酸化物について,「電子キャリア濃度は,10^(18)/cm^(3)以上であり,単なる透明電極としては用いるには充分であるもののTFTのチャネル層には適用し難い」及び「ノーマリーオフ型のTFTにはふさわしくないことが判明した」(【0005】)と記載されている。
そこで,本件特許明細書では,ノーマリーオフ型のTFTを実現するため,本件特許発明1の「電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下」であり「半絶縁性」であるアモルファス酸化物薄膜を成膜するにあたり,パルスレーザー蒸着法で成膜する際,及び,スパッタ法で成膜する際において,酸素分圧を制御することが重要であるとされている。

しかしながら,下記表1に示すように,本件特許明細書の酸素分圧は,パルスレーザー蒸着法及びスパッタ法のいずれにおいても,上記特許文献2(甲第4号証)の酸素分圧と,重複している。
そして,酸素分圧が重複するにも関わらず,本件特許発明1では「半絶縁性」が得られ,特許文献2(甲第4号証)は「導電性」が得られている。

してみると,本件特許明細書と,その【背景技術】に記載された特許文献2(甲第4号証)との間には極めて重大な齟齬・矛盾があり,両記載に接した当業者は,本件特許発明1の「電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下」であり「半絶縁性」であるアモルファス酸化物薄膜を得るために,期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことが必要であると言わざるを得ない。
したがって,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明1を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでない。

審判請求人は,審判請求書において表1を作成し,当該表1には,本件特許明細書の【0046】,【0047】,【0051】?【0060】,【0063】?【0065】,【0067】?【0070】の記載,及び,特許文献2(甲第4号証)の【0011】,【0030】,【0027】?【0029】,【0030】,【0031】,【0040】の記載をまとめたものが記載されており,
同表には,本件特許発明1及び本件特許明細書と,特許文献2(甲第4号証)では,ターゲット出発原料,仮焼温度,及び,本焼結温度・時間が共通し,

・PLDにおいて,
本件特許発明1及び本件特許明細書では,
ターゲットの仮焼時間:2h
圧力(酸素分圧)Pa:4.5以上6.5以下,
基板温度:25℃の成膜条件において,
半絶縁性であるアモルファス酸化物膜が得られ,
特許文献2(甲第4号証)では,
ターゲットの仮焼時間:5h
圧力(酸素分圧)Pa:1×10^(-2)?10,
好ましくは0.01?1,
7.9×10^(-2)?1.4(実施例)
基板温度:室温から300℃の成膜条件において,
導電性であるアモルファス酸化物膜が得られ,

・スパッタにおいて,
本件特許発明1及び本件特許明細書では,
ターゲットの仮焼時間:2h
圧力(酸素分圧)Pa:3×10^(-2)以上,5×10^(-1)以下,
基板温度:25℃の成膜条件において,
半絶縁性であるアモルファス酸化物膜が得られ,
特許文献2(甲第4号証)では,
ターゲットの仮焼時間:5h
圧力(酸素分圧)Pa:1×10^(-2)?10,
好ましくは0.01?1,
基板温度:室温から300℃の成膜条件において,
導電性であるアモルファス酸化物膜が得られると整理されている。

すなわち,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
よって,本件特許の請求項1に係る発明は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

3 本件特許発明1についての当審の判断
(1)本件特許明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
(本t)「【0044】
実施例
(実施例1:PLD法によるアモルファスIn-Ga-Zn-O薄膜の作製)
図7に示すようなPLD成膜装置を用いて,成膜を行った。同図において,701はRP(ロータリーポンプ),702はTMP(ターボ分子ポンプ),703は準備室,704はRHEED用電子銃,705は基板を回転,上下移動するための基板保持手段,706はレーザー入射窓,707は基板,708はターゲット,709はラジカル源,710はガス導入口,711はターゲットを回転,上下移動するためのターゲット保持手段,712はバイパスライン,713はメインライン,714はTMP(ターボ分子ポンプ),715はRP(ロータリーポンプ),716はチタンゲッターポンプ,717はシャッターである。また,図中718はIG(イオン真空計),719はPG(ピラニ真空計),720はBG(バラトロン真空計),721は成長室(チャンバー)である。
【0045】
KrFエキシマレーザーを用いたパルスレーザー蒸着法により,SiO_(2)ガラス基板(コーニング社製1737)上にIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物半導体薄膜を堆積させた。堆積前の処理として,基板の超音波による脱脂洗浄を,アセトン,エタノール, 超純水を用いて,各5分間行った後,空気中100℃で乾燥させた。
【0046】
前記多結晶ターゲットには,InGaO_(3)(ZnO)_(4)焼結体ターゲット(サイズ20mmΦ5mmt)を用いた。これは,出発原料として,In_(2)O_(3):Ga_(2)O_(3):ZnO(各4N試薬)を湿式混合した後(溶媒:エタノール),仮焼(1000℃: 2h),乾式粉砕,本焼結(1550 ℃: 2h))を経て得られるものである。こうして作製したターゲットの電気伝導度は,90(S/cm)であった。
【0047】
成長室の到達真空を2×10^(-6)(Pa)にして,成長中の酸素分圧を6.5 (Pa)に制御して成膜を行った。チャンバー721内酸素分圧は6.5Pa,基板温度は25℃である。なお,ターゲット708と被成膜基板707間の距離は,30(mm)であり,入射窓716から入射されるKrFエキシマレーザーのパワーは,1.5-3(mJ/cm^(2)/pulse)の範囲である。また,パルス幅は,20(nsec),繰り返し周波数は10(Hz),そして照射スポット径は,1×1(mm角)とした。こうして,成膜レート7(nm/min)で成膜を行った。
【0048】
得られた薄膜について,薄膜のすれすれ入射X線回折(薄膜法,入射角0.5度)を行ったところ,明瞭な回折ピークは認めらなかったことから,作製したIn-Ga-Zn-O系薄膜はアモルファスであるといえる。さらに,X線反射率測定を行い,パターンの解析を行った結果,薄膜の平均二乗粗さ(Rrms)は約0.5 nmであり,膜厚は約120 nmであることが分かった。蛍光X線(XRF)分析の結果,薄膜の金属組成比はIn:Ga:Zn=0.98:1.02:4であった。電気伝導度は,約10^(-2) S/cm未満であった。電子キャリア濃度は約10^(16)/cm^(3)以下,電子移動度は約5cm^(2)/(V・秒)と推定される。
【0049】
光吸収スペクトルの解析から,作製したアモルファス薄膜の禁制帯エネルギー幅は,約3eVと求まった。以上のことから,作製したIn-Ga-Zn-O系薄膜は,結晶のInGaO_(3)(ZnO)_(4)の組成に近いアモルファス相を呈しており,酸素欠損が少なく,電気伝導度が小さな透明な平薄膜であることが分かった。
【0050】
具体的に図1を用いて説明する。同図は,In-Ga-Zn-Oから構成され,結晶状態を仮定した時の組成がInGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜を本実施例と同じ条件下で作成する場合に,酸素分圧を変化させた場合に,成膜された酸化物の電子キャリア濃度の変化を示したものである。
【0051】
本実施例と同じ条件下で酸素分圧を4.5Pa超の高い雰囲気中で,成膜することにより,図1に示すように,電子キャリア濃度を10^(18)/cm^(3)未満に低下させることができた。この場合,基板の温度は意図的に加温しない状態で,ほぼ室温に維持されている。フレキシブルなプラスチックフィルムを基板として使用するには,基板温度は100℃未満に保つことが好ましい。
【0052】
酸素分圧をさらに大きくすると,電子キャリア濃度をさらに低下させることができる。例えば,図1に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧5Paで成膜したInGaO_(3)(ZnO)_(4)薄膜では,さらに,電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)に低下させることができた。」

(本u)「【0063】
(実施例3:SP法によるIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜の成膜)
雰囲気ガスとしてアルゴンガスを用いた高周波SP法により,成膜する場合について説明する。SP法は,図8に示す装置を用いて行った。同図において,807は被成膜基板,808はターゲット,805は冷却機構付き基板保持手段,814は,ターボ分子ポンプ,815はロータリーポンプ,817はシャッター,818はイオン真空計,819はピラニ真空計,821は成長室(チャンバー),830はゲートバルブである。被成膜基板807としては,SiO2ガラス基板(コーニング社製1737)を用意した。成膜前処理として,この基板の超音波脱脂洗浄を,アセトン,エタノール,超純水により各5分ずつ行った後,空気中100℃で乾燥させた。
【0064】
ターゲット材料としては,InGaO_(3)(ZnO)_(4)組成を有する多結晶焼結体(サイズ20mmΦ5mmt)を用いた。この焼結体は,出発原料として,In_(2)O_(3):Ga_(2)O_(3):ZnO(各4N試薬)を湿式混合(溶媒:エタノール)し,仮焼(1000℃:2h),乾式粉砕,本焼結(1550℃:2h)を経て作製した。このターゲット808の電気伝導度は90(S/cm)であり,半絶縁体状態であった。
【0065】
成長室821内の到達真空は,1×10^(-4)(Pa)であり,成長中の酸素ガスとアルゴンガスの全圧は,4?0.1x10^(-1)(Pa)の範囲での一定の値とし,アルゴンガスと酸素との分圧比を変えて,酸素分圧を,10^(-3)?2x10^(-1)(Pa)の範囲で変化させた。また,基板温度は,室温とし,ターゲット808と被成膜基板807間の距離は,30(mm)であった。投入電力は,RF180Wであり,成膜レートは,10(nm/min)で行った。
【0066】
得られた膜に関し,膜面にすれすれ入射X線回折(薄膜法,入射角=0.5度)を行ったところ,明瞭な回折ピークは検出されず,作製したIn-Zn-Ga-O系膜はアモルファス膜であることが示された。さらに,X線反射率測定を行い,パターンの解析を行った結果,薄膜の平均二乗粗さ(Rrms)は約0.5nmであり,膜厚は約120nmであることが分かった。蛍光X線(XRF)分析の結果,薄膜の金属組成比はIn: Ga : Zn = 0.98 : 1.02 : 4であった。
【0067】
成膜時の雰囲気の酸素分圧を変化させて得られたアモルファス酸化物膜の電気伝導度を測定した。その結果を図3に示す。図3に示すように,酸素分圧を4×10^(-2)Pa超の高い雰囲気中で,成膜することにより,電気伝導度を10^(-2)S/cm未満に低下させることができた。
【0068】
酸素分圧をさらに大きくすることにより,電子キャリア濃度を低下させることができた。例えば,図3に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧10^(-1)Paで成膜したInGaO_(3)(ZnO)_(4)薄膜では,さらに,電気伝導度を約10^(-10)S/cmに低下させることができた。また,酸素分圧10^(-1)Pa超で成膜したInGaO_(3)(ZnO)_(4)薄膜は,電気抵抗が高すぎて電気伝導度は測定できなかった。この場合,電子移動度は測定できなかったが,電子キャリア濃度が大きな膜での値から外挿して,電子移動度は,約1cm^(2)/V・秒と推定された。」

(2)そうすると,上記摘記(本t)及び上記摘記(本u)の記載は,成膜装置の構造,材料の事前処理,成膜条件等のいずれについても詳細かつ具体的なものであり,また,酸素分圧を大きくすることで,電子キャリア濃度を低下させることができるという指針も理解できるから,本件特許明細書の記載は,本件特許発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。

(3)審判請求人は,本件特許発明1の酸素分圧が,甲第4号証の酸素分圧とが重複するにも関わらず,本件特許発明1では「半絶縁性」が得られ,特許文献2(甲第4号証)は「導電性」が得られており,両者には極めて重大な齟齬・矛盾があり,両記載に接した当業者は,本件特許発明1の「電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下」であり「半絶縁性」であるアモルファス酸化物薄膜を得るために,期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことが必要であると言わざるを得ない旨を主張する。
しかしながら,甲第4号証に記載された酸素分圧,及び,基板温度の範囲に比べて,本件特許発明1で規定する酸素分圧,及び,基板温度の範囲は十分に小さいものであり,また,成膜される膜の組成においても,甲第4号証が,「一般式Zn_(x)M_(y)In_(z)O_((x+3y/2+3z/2))(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2?12の範囲であり,比率z/yが0.4?1.4の範囲にある)で表される酸化物」であり,x,y,zの範囲が広く規定されているのに対して,本件特許発明1は,「結晶化したときの組成が,式InGaO_(3)(ZnO)_(m)(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」であり,前記M,及び,x,y,zに対応する値の範囲が,Mは「ガリウム」に,xは「6未満の自然数」に,y及びzは「1」にと,より狭く特定されていることに照らして,本件特許発明1は,従来は,導電性の膜が得られると想定されていた幅広い条件の中において,特定の狭い範囲の条件を選択することによって,半絶縁性の膜が得られることを見いだした発明であると理解することができるから,成膜装置の構造,材料組成及び事前処理,成膜条件等のいずれについても詳細かつ具体的に記載しており,また,酸素分圧を大きくすることで,電子キャリア濃度を低下させることができるという指針も理解することができる,上記摘記(本t)及び上記摘記(本u)を含む,本件特許明細書の記載は,本件特許発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。
すなわち,本件特許発明1と特許文献2(甲第4号証)に,極めて重大な齟齬・矛盾があるとまではいえないので,本件特許発明1の「電子キャリア濃度が10^(16)/cm^(3)以下」であり「半絶縁性」であるアモルファス酸化物薄膜を得るために,期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことが必要であるとする審判請求人の主張は採用することはできない。

4 本件特許発明3-5
本件特許発明3-5は,「第2 本件発明」で認めたとおりである。

5 本件特許発明3-5についての無効理由5の具体的理由
審判請求書の記載によれば,本件特許発明3-5についての無効理由5の具体的理由は,略以下のとおりのものと認められる。

本件特許発明3ないし本件特許発明5は,いずれも,請求項1を引用する発明であるから,本件特許発明1と同様の理由により,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明3ないし本件特許発明5を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでない。

さらに,本件特許発明4は,前記理由に加えて,以下の理由においても実施できない。

すなわち,本件特許発明4が引用する本件特許発明1における電子キャリヤ濃度が「10^(16)/cm^(3)以下」は,「10^(16)/cm^(3)オーダー以下」と解釈される旨を(1-1-5)の<電子キャリヤ濃度について>において説明したが,仮に「1×10^(16)/cm^(3)以下」とみなした場合,本件特許明細書と本件特許発明4との間に以下のような齟齬・矛盾が生じる。
本件特許明細書には,「酸素分圧をさらに大きくすると,電子キャリア濃度をさらに低下させることができる。例えば,図1に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧5Paで成膜したInGaO_(3)(ZnO)_(4)薄膜では,さらに,電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)に低下させることができた。」(【0052】)と記載されているが,「1×10^(16)/cm^(3)以下」とみなした場合,図1を参照すると5Paにおいて1×10^(16)/cm^(3)以下が得られていないことは明らかである。

以上のように,本件特許発明4が引用する本件特許発明1における「10^(16)/cm^(3)以下」を「1×10^(16)/cm^(3) 以下」とみなした場合,本件特許明細書と本件特許発明4との間に齟齬・矛盾が生じ,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明4を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでないこととなる。

すなわち,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
よって,本件特許の請求項3,4,5に係る発明は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

6 本件特許発明3-5についての当審の判断
(1)本件特許発明3ないし本件特許発明5は,いずれも,請求項1を引用する発明であるところ,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明1を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものといえることは,上記「3 当審の判断」で検討したとおりである。
そして,本件特許発明3ないし本件特許発明5において,本件特許発明1に対して附加的に限定した発明特定事項は,いずれも周知の構成であると認められる。
したがって,本件特許発明3ないし本件特許発明5が,いずれも,請求項1を引用する発明であり,しかも,本件特許発明3ないし本件特許発明5において,附加的に限定した発明特定事項は,いずれも周知の構成であると認められるから,本件特許発明1と同様の理由により,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明3ないし本件特許発明5を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでないとすることはできない。

(2)また,審判請求人は,電子キャリヤ濃度が「10^(16)/cm^(3)以下」を,「1×10^(16)/cm^(3)以下」とみなした場合には,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明4を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでないこととなる旨を主張する。
すなわち,審判請求人は,審判請求書の16-17ページにおいて,本件特許の願書に添付した図1を参照すると,酸素分圧5Paのとき,電子キャリヤ濃度は,10^(16)/cm^(3)以下となっておらず,10^(16)/cm^(3)から10^(17)/cm^(3)の間であることがわかるから,「10^(16)/cm^(3)以下」とは,「1×10^(16)/cm^(3)以下」ではなく,「10^(16)/cm^(3)オーダー以下」を示すものであると解釈できると主張する。
しかしながら,本件特許の願書に添付した図1において,一番右側の丸印であって,6Paを示す目盛りよりも若干右側の位置に記入されているデータが,本件特許明細書の【0060】に,「図1に示すように,・・・6Paで成膜した・・・8×10^(15)/cm^(3)・・・に低下させることができた。」として記載されたデータを表し,図1において,右側から2番目の丸印であって,5Paを示す目盛りよりも若干右側,かつ,10^(16)/cm^(3)を示すの目盛りよりも若干上側の位置に記入されているデータを,本件特許明細書の【0059】に,「酸素分圧が5Paの時,・・・10^(16)/cm^(3)・・・であった。」として記載されたデータを表しているものと認識することは,データの有効数字を考慮すれば,本件特許明細書と図1に接した当業者において,自然な理解であると認められる。
そして,「1×10^(16)/cm^(3)」の「1×」を省略して,「10^(16)/cm^(3)」のように表記することは,しばしば行われていることであると認められるから,審判請求人が主張するように,前記特許明細書の記載から,本件特許の願書に添付した図1において,右側から3番目の丸印であって,5Paを示す目盛りよりも若干左側,かつ,10^(17)/cm^(3)を示す目盛りよりも若干上側の位置に記入されているデータを,本件特許明細書の【0059】に,「酸素分圧が5Paの時,・・・10^(16)/cm^(3)・・・であった。」として記載されたデータを表しているものであると,あえて解した上で,当該データが,「1×10^(16)/cm^(3)」ではないことから,特許明細書における,「10^(16)/cm^(3)」の表記は,「10^(16)/cm^(3)オーダー」を示すものであると解釈することは,前記したような自然な理解がありえる場合において,合理的な解釈であるとはいえない。

(3)しかも,仮に,審判請求人の主張するように,本件特許明細書において,「10^(16)/cm^(3)」等の表記が,「1×10^(16)/cm^(3)」ではなく,「10^(16)/cm^(3)オーダー」を示すものであると認めると,本件特許明細書の【0058】における,「その結果を図1に示す。酸素分圧が4.5Pa超の雰囲気中で成膜することにより,電子キャリア濃度を10^(18)/cm^(3)未満に低下させることができた。」との記載における,「10^(18)/cm^(3)未満」は,「1×10^(18)/cm^(3)未満」ではなく,「10^(18)/cm^(3)オーダー未満」を意味することとなるが,この場合,「オーダー未満」が,どのような数値範囲を示すのかを,理解することは困難である。
さらに,本件特許明細書の【0065】の「酸素分圧を,10^(-3)?2x10^(-1)(Pa)の範囲で変化させた。」との記載は,「酸素分圧を,10^(-3)オーダー?2x10^(-1)(Pa)の範囲で変化させた。」との記載であると解釈することとなるが,数値範囲の一方をオーダーで特定し,他方を一定の値で特定することは不自然といえる。
したがって,本件特許明細書において,「10^(16)/cm^(3)」等の表記は,「1×10^(16)/cm^(3)」の「1×」を省略したものであると認められる。

(4)そして,審判請求人は,本件特許発明4が引用する本件特許発明1における「10^(16)/cm^(3)以下」を「1×10^(16)/cm^(3) 以下」とみなした場合,本件特許明細書と本件特許発明4との間に齟齬・矛盾が生じ,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明4を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでないこととなると主張するが,先に検討したように,本件特許の願書に添付した図1において,右側から2番目の丸印であって,5Paを示す目盛りよりも若干右側,かつ,10^(16)/cm^(3)を示すの目盛りよりも若干上側の位置に記入されているデータを,本件特許明細書の【0059】に,「酸素分圧が5Paの時,・・・10^(16)/cm^(3)・・・であった。」として記載されたデータを表しているものと認識することは,データの有効数字を考慮すれば,本件特許明細書と図1に接した当業者において,自然な理解であり,かつ,同データは,略10^(16)/cm^(3)の値を示していると認められるから,本件特許明細書には,「酸素分圧をさらに大きくすると,電子キャリア濃度をさらに低下させることができる。例えば,図1に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧5Paで成膜したInGaO_(3)(ZnO)_(4)薄膜では,さらに,電子キャリア濃度を10^(16)/cm^(3)に低下させることができた。」(【0052】)との記載が,当該記載と整合する表示を有する図1とともに開示されているものと認められる。
すなわち,本件特許明細書と本件特許発明4との間に齟齬・矛盾はなく,本件特許明細書は,当業者が本件特許発明4を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されたものでないとはいえない。

7 無効理由5のまとめ
以上のとおりであるから,本件特許明細書の発明の詳細な説明が,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえない。
よって,本件特許発明1,3,4,5に係る発明について,無効理由5は,理由がない。

第10 むすび
以上のとおりであるから,特許4568827号の請求項1-5に係る発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではないから,特許法第123条第1項第2号に該当しない。
また,本件特許の請求項1,請求項3,4,5に係る発明についての特許は,特許法第36条第4項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではないから,特許法第123条第1項第4号に該当しない。
したがって,本件特許の請求項1-5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人の負担とする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-07-08 
結審通知日 2015-07-13 
審決日 2015-07-28 
出願番号 特願2010-68707(P2010-68707)
審決分類 P 1 113・ 536- Y (H01L)
P 1 113・ 121- Y (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 棚田 一也  
特許庁審判長 鈴木 匡明
特許庁審判官 飯田 清司
加藤 浩一
登録日 2010-08-20 
登録番号 特許第4568827号(P4568827)
発明の名称 アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法  
代理人 加茂 裕邦  
代理人 高橋 雄一郎  
復代理人 吉本 智史  
代理人 望月 尚子  

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