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審決分類 審判 全部無効 判示事項別分類コード:857  D03D
審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  D03D
審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  D03D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D03D
審判 全部無効 1項2号公然実施  D03D
審判 全部無効 2項進歩性  D03D
管理番号 1334604
審判番号 無効2014-800017  
総通号数 217 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-01-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-01-24 
確定日 2017-11-02 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5100895号発明「エアバッグ用基布」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 (目次)
第1.手続の経緯
第2.訂正請求について
1.訂正請求の内容
(1)請求項1及び4?6からなる一群の請求項に係る訂正
(2)請求項2及び9?12からなる一群の請求項に係る訂正
(3)請求項3及び13?15からなる一群の請求項に係る訂正
(4)請求項7に係る訂正
(5)請求項8に係る訂正
2.訂正請求についての当審の判断
(1)請求項1及び4?6からなる一群の請求項に係る訂正
(2)請求項2及び9?12からなる一群の請求項に係る訂正
(3)請求項3及び13?15からなる一群の請求項に係る訂正
(4)請求項7に係る訂正
(5)請求項8に係る訂正
第3.本件発明
第4.請求人の主張
1.主張の要点
(1)第29条第2項
(2)第36条第6項第1号
(3)第36条第6項第2号
2.証拠
第5.被請求人の主張
1.主張の要点
2.証拠
第6.第36条第6項第2号の無効理由についての当審の判断
1.沸水収縮率
2.構成糸強度
3.一定荷重伸び率
4.小括
第7.第36条第6項第1号の無効理由についての当審の判断
第8.一事不再理についての当審の判断
1.第167条の規定
2.請求時期
3.同一事実、同一証拠
第9.甲1に基づく第29条第2項の無効理由についての当審の判断
1.本件発明
2.エアバッグモジュールの生産・流通
3.エアバッグモジュールの構造
4.対比
5.相違点の判断
6.本件発明4、5、6
7.本件発明2、9、10、11、12
8.本件発明3、13、14、15
9.本件発明7
10.本件発明8
11.小括
第10.甲3に基づく第29条第2項の無効理由についての当審の判断
1.本件発明
2.基布の生産・流通
3.基布の構造
4.対比
5.相違点の判断
6.本件発明4、5、6
7.本件発明2、9、10、11、12
8.本件発明3、13、14、15
9.本件発明7
10.本件発明8
11.小括
第11.甲3(続)に基づく第29条第2項の無効理由についての当審の判断
1.本件発明
2.基布の生産・流通
3.基布の構造
4.対比
5.相違点の判断
6.本件発明4、5、6
7.本件発明2、9、10、11、12
8.本件発明3、13、14、15
9.本件発明7
10.本件発明8
11.小括
第12.むすび

(本文)
第1.手続の経緯
平成22年 8月23日 優先権基礎出願(特願2010-1863 23)
平成23年 8月23日 本件国際出願(優先権主張)
平成24年10月 5日 設定登録(特許第5100895号)
平成25年 7月25日 第一次無効審判請求(無効2013-80 0132号)
平成25年12月17日付 第一次無効審判審決(不成立)
平成26年 1月24日 本件無効審判請求
平成26年 3月11日付 上申書
平成26年 4月18日付 答弁書、訂正請求書(1)
平成26年 5月20日付 審理事項通知(1)
平成26年 6月27日付 請求人・口頭審理陳述要領書(1)
平成26年 7月 1日付 被請求人・口頭審理陳述要領書(1)
平成26年 7月 2日付 審理事項通知(2)
平成26年 7月 7日付 審理事項通知(3)
平成26年 7月11日付 両者・口頭審理陳述要領書(2)
平成26年 7月15日 口頭審理(1)、補正許否の決定
平成26年 7月17日付 請求人・上申書
平成26年 8月22日付 被請求人・上申書
平成26年10月15日付 答弁書(2)、訂正請求書(2)
平成26年10月27日付 訂正拒絶理由通知
平成26年11月17日付 請求人・上申書
平成26年11月19日付 弁駁書
平成26年11月21日付 被請求人・意見書、手続補正書
平成26年11月28日付 請求人・意見書
平成26年12月22日付 審理事項通知(4)
平成27年 1月20日付 両者・口頭審理陳述要領書(3)
平成27年 1月23日付 審理事項通知(5)
平成27年 1月30日付 両者・口頭審理陳述要領書(4)
平成27年 2月 2日付 請求人・上申書(1)、(2)
平成27年 2月 3日付 請求人・上申書
平成27年 2月 3日 口頭審理(2)
平成27年 3月31日付 審決の予告
平成27年 6月 5日付 訂正請求書(3)、被請求人・上申書
平成27年 7月13日付 弁駁書(2)
平成27年 7月16日付 請求人・上申書

以下、口頭審理陳述要領書を、「要領書」と略記する。

第2.訂正請求について
1.訂正請求の内容
平成27年6月5日付け訂正請求(3)がされたため、先にした平成26年4月18日付け訂正請求(1)、及び平成26年10月15日付け訂正請求(2)は、取り下げられたものとみなされた。
被請求人が求めた訂正の内容は、平成27年6月5日付け訂正請求書(3)に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおりであって、以下のとおりである。
なお、訂正請求(3)は、訂正請求(2)に基づく審決の予告に係る請求項をさらに減縮している(平成27年6月5日付け被請求人・上申書の4ページ カ)。

(1)請求項1及び4?6からなる一群の請求項に係る訂正
ア.訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「単糸繊度が2.0?7.0dtex」とあるのを、「単糸繊度が2.0?4.0dtex」に訂正する。

イ.訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?15%...であり」とあるのを、「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?11.7%...であり」に訂正する。

ウ.訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ...15?30%であり」とあるのを、「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値で...15?28%であり」に訂正する。

エ.訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1に「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて2300mm/s以下であり」とあるのを、「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり」に訂正する。

オ.訂正事項5
特許請求の範囲の請求項4に「構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である」とあるのを、「前記特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である」に訂正する。

カ.訂正事項6
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1?3のいずれか一項に記載の」とあるのを、「請求項1に記載の」に訂正する。

キ.訂正事項7
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1?4のいずれか一項に記載の」とあるのを、「請求項1又は4に記載の」に訂正する。

ク.訂正事項8
特許請求の範囲の請求項6に「請求項1?5のいずれか一項に記載の」とあるのを、「請求項4又は5に記載の」に訂正する。

ケ.訂正事項9
明細書の段落[0037]、[0039]?[0041]、[0043]、[0045]、[0046][表1]、[0048]、[0049]に記載されていた「実施例3」なる記載を、「参考例3」に訂正する。

コ.訂正事項10
明細書の段落[0040]、[0046][表1]に記載されていた「実施例7」なる記載を、「参考例7」に訂正する。

サ.訂正事項11
明細書の段落[0048]、[0050][表3]に記載されていた「実施例10」なる記載を、「参考例10」に訂正する。

シ.訂正事項12
明細書の段落[0049]、[0050][表3]に記載されていた「実施例11」なる記載を、「参考例11」に訂正する。

ス.訂正事項13
明細書の段落[0010]の記載を、訂正後の特許請求の範囲に相当する事項を記載するように訂正する。

(2)請求項2及び9?12からなる一群の請求項に係る訂正
ア.訂正事項14
特許請求の範囲の請求項2に「ASTM D4032剛軟度が3.0?7.5Nである請求項1に記載の基布。」とあるのを、「沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、ASTM D4032剛軟度が3.0?7.5Nであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」に訂正する。

イ.訂正事項15
特許請求の範囲の請求項2が引用する請求項1に「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?15%...であり」とあるのを、「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?11.7%...であり」に訂正する。

ウ.訂正事項16
特許請求の範囲の請求項2が引用する請求項1に「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ...15?30%であり」とあるのを、「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値で...15?28%であり」に訂正する。

エ.訂正事項17
特許請求の範囲の請求項2が引用する請求項1に「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて2300mm/s以下であり」とあるのを、「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり」に訂正する。

オ.訂正事項18
特許請求の範囲の請求項3に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項2のみを引用する新たな請求項9を追加する。

カ.訂正事項19
特許請求の範囲の請求項4に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項2のみを引用する新たな請求項10を追加する。

キ.訂正事項20
特許請求の範囲の請求項5に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項2のみを引用する新たな請求項11を追加する。

ク.訂正事項21
特許請求の範囲の請求項6に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項2のみを引用する新たな請求項12を追加する。

(3)請求項3及び13?15からなる一群の請求項に係る訂正
ア.訂正事項22
特許請求の範囲の請求項3に「構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%である請求項1または2に記載の基布。」とあるのを、「沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で146?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」に訂正する。

イ.訂正事項23
特許請求の範囲の請求項3が引用する請求項1に「構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり」とあるのを、「構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で146?200N/cm/cmであり」に訂正する。

ウ.訂正事項24
特許請求の範囲の請求項3が引用する請求項1に「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?15%...であり」とあるのを、「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?11.7%...であり」に訂正する。

エ.訂正事項25
特許請求の範囲の請求項3が引用する請求項1に「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ...15?30%であり」とあるのを、「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値で...15?28%であり」に訂正する。

オ.訂正事項26
特許請求の範囲の請求項3が引用する請求項1に「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて2300mm/s以下であり」とあるのを、「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり」に訂正する。

カ.訂正事項27
特許請求の範囲の請求項4に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項3のみを引用する新たな請求項13を追加する。

キ.訂正事項28
特許請求の範囲の請求項5に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項3のみを引用する新たな請求項14を追加する。

ク.訂正事項29
特許請求の範囲の請求項6に記載された特徴を規定し、かつ、訂正請求項3のみを引用する新たな請求項15を追加する。

(4)請求項7に係る訂正
ア.訂正事項30
特許請求の範囲の請求項7に「膨張部と被膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と被膨張部の境界部における動的通気度が差圧50kPaにおいて2300mm/s以下である」とあるのを、「膨張部と被膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と被膨張部の境界部における動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり」に訂正する。

イ.訂正事項31
特許請求の範囲の請求項7に「・・・請求項6に記載のエアバッグ。」とあるのを、「・・・かつ、沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」に訂正する。

(5)請求項8に係る訂正
ア.訂正事項32
特許請求の範囲の請求項4を引用する請求項6を、新たな請求項8として追加するとともに、新たな請求項8に「エアバッグ」とあるのを、「サイドカーテンエアバッグ」に訂正する。

イ.訂正事項33
訂正事項32による新たな請求項8を、「沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?15%および15?30%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布からなるサイドカーテンエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」に訂正する。

2.訂正請求についての当審の判断
(1)請求項1及び4?6からなる一群の請求項に係る訂正
訂正事項1は、請求項1の「単糸繊度が2.0?7.0dtex」を、「単糸繊度が2.0?4.0dtex」へと訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0013、0046、0050の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

請求人は、単糸繊度を「2.0?4.0dtex」の範囲として動的通気度を抑制するとの発明は記載されていない旨、各要素は関係するから単糸繊度のみ変更することはできない旨、主張する(弁駁書(2)6ページ(一))。
しかしながら、特許請求の範囲は「特許を受けようとする発明」(特許法第36条第6項)、すなわち出願人の自由意思による発明が記載されるものであり、作用効果と一対一に対応することを義務付けるものでも、連動する全ての要素を同時に訂正することを義務付けるものでもない。訂正事項1は、単糸繊度を、他の特定の値に変更するものではなく、単糸繊度の値を広い範囲から、当該範囲内で、より狭い範囲に限定するものであるから、当然許容されるべきものである。請求人の主張は根拠がない。

訂正事項2は、請求項1の「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?15%...であり」を、「50N/cm...荷重時の伸度が経緯の平均値で...5?11.7%...であり」へと訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0014、0046の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

訂正事項3は、請求項1の「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ...15?30%であり」を、「300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値で...15?28%であり」へと訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0014の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

訂正事項4は、請求項1の「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて2300mm/s以下であり」とあるのを、「下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり」へと訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0016、0046の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

請求人は、動的通気度を「1300mm/s以下」の範囲とすることで展開速度やインフレータ到達圧により優れたエアバッグ用基布となることは記載されていない旨、動的通気度が「1300mm/s」である実施例4の繊維の単糸繊度は「6.6dtex」であり実施例ではない旨、主張する(弁駁書(2)8ページ(二))。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明(段落0046)に、実施例5として単糸繊度が2.2dtexであり動的通気度が「650mm/s」のものが、実施例6として単糸繊度が3.3dtexであり動的通気度が「1000mm/s」のものが、記載されている。
特許請求の範囲は、出願人の自由意思による発明が記載されるものであり、先行技術との関係の観点から、動的通気度の範囲の境界値として、実施例4の「1300mm/s」を用いたことをもって、発明の詳細な説明に記載されていないとすることはできない。

訂正事項5は、請求項4に「構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である」とあるのを、「前記特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である」へと訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0016、0050の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

請求人は、動的通気度を「800mm/s以下」の範囲とすることで展開速度やインフレータ到達圧により優れたエアバッグ用基布となることは記載されていない旨、各要素は関係するから動的通気度のみ変更することはできない旨、主張する(弁駁書(2)11ページ(三))。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明(段落0046、0050)に、実施例5として動的通気度が「650mm/s」のものが、実施例12として動的通気度が「800mm/s」のものが、記載されている。
特許請求の範囲は、出願人の自由意思による発明が記載されるものであり、作用効果と一対一に対応することを義務付けるものでも、連動する全ての要素を同時に訂正することを義務付けるものでもない。訂正事項5は、動的通気度を、他の特定の値に変更するものではなく、動的通気度の値を広い範囲から、当該範囲内で、より狭い範囲に限定するものであるから、当然許容されるべきものである。請求人の主張は根拠がない。

訂正事項6は、特許請求の範囲の請求項4の「請求項1?3のいずれか一項に記載の」を、「請求項1に記載の」に訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項7は、特許請求の範囲の請求項5の「請求項1?4のいずれか一項に記載の」を、「請求項1又は4に記載の」に訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項8は、特許請求の範囲の請求項6の「請求項1?5のいずれか一項に記載の」を、「請求項4又は5に記載の」に訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項9は、明細書の段落0037、0039?0041、0043、0045、0046、0048、0049の「実施例3」を、「参考例3」に訂正するものである。これは、上記訂正事項2、3、及び4により、「実施例3」が訂正請求項1の範囲外となるためであり、明瞭でない記載の釈明を目的としている。

訂正事項10は、明細書の段落0040、0046の「実施例7」を、「参考例7」に訂正するものである。これは、上記訂正事項2により「実施例7」が訂正請求項1の範囲外となるためであり、明瞭でない記載の釈明を目的としている。

訂正事項11は、明細書の段落0048、0050の「実施例10」を「参考例10」に訂正するものである。これは、上記訂正事項2、3、及び4により、「実施例10」が訂正請求項1の範囲外となるためであり、明瞭でない記載の釈明を目的としている。

訂正事項12は、明細書の段落0049、0050の「実施例11」を「参考例11」に訂正するものである。これは、上記訂正事項1?4により「実施例11」が訂正請求項1の範囲外となるためであり、明瞭でない記載の釈明を目的としている。

訂正事項13は、明細書の段落0010の記載を、訂正後の特許請求の範囲に対応するように訂正するものであり、明瞭でない記載の釈明を目的としている。

訂正後の請求項4?6は、それぞれ、上記訂正事項1?4を含む訂正後の請求項1の記載を引用しているものであるから、当該訂正後の請求項1及び4?6は、一群の請求項である。

(2)請求項2及び9?12からなる一群の請求項に係る訂正
訂正事項14は、請求項2に「...である請求項1に記載の基布。」と記され、請求項1を引用していたところ、かかる引用を止め、上記訂正事項1を除き、訂正事項2?4により訂正された訂正請求項1の記載に代えたものである。これは、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするものである。

訂正事項15?17は、上記訂正事項2?4と同様であり、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
訂正事項2?4が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないこと、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であることについては、(1)訂正事項2?4において検討したとおりである。

訂正事項18は、特許請求の範囲の請求項2を引用する請求項3に記載されていた特徴を規定する新たな請求項9を追加するものである。上記訂正事項14?17はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項2のみを引用する新たな請求項9は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項19は、特許請求の範囲の請求項2を引用する請求項4に記載されていた特徴を規定する新たな請求項10を追加するものである。上記訂正事項14?17はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項2のみを引用する新たな請求項10は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項20は、特許請求の範囲の請求項2を引用する請求項5に記載されていた特徴を規定する新たな請求項11を追加するものである。上記訂正事項14?17はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項2のみを引用する新たな請求項11は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項21は、特許請求の範囲の請求項2を引用する請求項6に記載されていた特徴を規定する新たな請求項12を追加するものである。上記訂正事項14?17はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項2のみを引用する新たな請求項12は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正後の請求項9?12は、それぞれ、上記訂正事項14?17を含む訂正後の請求項2の記載を引用しているものであるから、当該訂正後の訂正後の請求項2及び9?12は、一群の請求項である。

(3)請求項3及び13?15からなる一群の請求項に係る訂正
訂正事項22は、請求項3に「...である請求項1または2に記載の基布。」と記され、請求項1又は2を引用していたところ、かかる引用を止め、訂正事項23?26により訂正された請求項1の記載に代えたものである。これは、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするとともに、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

訂正事項23は、請求項3が引用する請求項1に「構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり」とあるのを、「構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で146?200N/cm/cmであり」に訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0015、0046の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

請求人は、構成糸の引抜抵抗を「146?200N/cm/cm」の範囲とすることは記載されていない旨、各要素は関係するから構成糸の引抜抵抗のみ変更することはできない旨、主張する(弁駁書(2)14ページ(二))。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明(段落0046、0050)に、実施例6として構成糸の引抜抵抗が「146N/cm/cm」のものが、実施例12として構成糸の引抜抵抗が「185N/cm/cm」のものが、記載されている。
特許請求の範囲は、出願人の自由意思による発明が記載されるものであり、連動する全ての要素を同時に訂正することを義務付けるものではない。訂正事項23は、構成糸の引抜抵抗を、他の特定の値に変更するものではなく、構成糸の引抜抵抗の値を広い範囲から、当該範囲内で、より狭い範囲に限定するものであるから、当然許容されるべきものである。請求人の主張は根拠がない。

訂正事項24?26は、訂正事項22により訂正後の請求項3に記載される請求項1の記載を、上記訂正事項2?4と同様に訂正するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項2?4が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないこと、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であることについては、(1)訂正事項2?4において検討したとおりである。

訂正事項27は、特許請求の範囲の請求項3を引用する請求項4に記載されていた特徴を規定する新たな請求項13を追加するものである。上記訂正事項22?26はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項3のみを引用する新たな請求項13は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項28は、特許請求の範囲の請求項3を引用する請求項5に記載されていた特徴を規定する新たな請求項14を追加するものである。上記訂正事項22?26はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項3のみを引用する新たな請求項14は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正事項29は、特許請求の範囲の請求項3を引用する請求項6に記載されていた特徴を規定する新たな請求項15を追加するものである。上記訂正事項22?26はいずれも、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする又は特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、訂正後の請求項3のみを引用する新たな請求項15は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

訂正後の請求項13?15は、それぞれ、上記訂正事項22?26を含む訂正後の請求項3の記載を引用しているものであるから、当該訂正後の訂正後の請求項3及び13?15は、一群の請求項である。

(4)請求項7に係る訂正
訂正事項30は、請求項7に「膨張部と被膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と被膨張部の境界部における動的通気度が差圧50kPaにおいて2300mm/s以下である」とあるのを、「膨張部と被膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と被膨張部の境界部における動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり」に訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0016、0050の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

訂正事項31は、請求項7に「・・・請求項6に記載のエアバッグ。」とされ、また、請求項6に「請求項1?5のいずれか一項に記載の基布からなるエアバッグ。」と記載され、請求項1を引用していたところ、かかる引用を止め、訂正請求項1の記載に代えるとともに、動的通気度について「2300mm/s以下」を「800mm/s以下」とするものである。これは、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするとともに、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

請求項1に係る訂正事項1?4が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないこと、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であることについては、(1)訂正事項1?4において検討したとおりである。

(5)請求項8に係る訂正
訂正事項32は、特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項6に「エアバッグ」とあるのを、「サイドカーテンエアバッグ」とし、新たな請求項8とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、本件特許明細書の段落0011、0002、0003、0006、0012、0031?0034、0052の記載からみて、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

訂正事項33は、請求項6に「請求項1?5のいずれか一項に記載の基布からなるエアバッグ。」と記載され、請求項1を引用していたところ、かかる引用を止め、上記訂正事項2、3を除き、訂正事項1により訂正された訂正請求項1の記載に代えるとともに、動的通気度について「2300mm/s以下」を「800mm/s以下」とし、新たな請求項8とするものである。これは、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするとともに、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

したがって、上記訂正は、特許法(以下、特記なきは「特許法」である。)第134条の2第1項の規定に適合し、同条第9項で準用する第126条第3?6項の規定にも適合するので、上記訂正を認める。

第3.本件発明
訂正により、本件特許の請求項1?15に係る発明(以下「本件発明1?15」という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項2】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、ASTM D4032剛軟度が3.0?7.5Nであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項3】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で146?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項4】
前記特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である請求項1に記載の基布。
【請求項5】
JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた請求項1又は4に記載の基布。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の基布からなるエアバッグ。
【請求項7】
膨張部と被膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と被膨張部の境界部における動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項8】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?15%および15?30%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布からなるサイドカーテンエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項9】
構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%である請求項2に記載の基布。
【請求項10】
構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である請求項2に記載の基布。
【請求項11】
JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた請求項2に記載の基布。
【請求項12】
請求項2に記載の基布からなるエアバッグ。
【請求項13】
構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である請求項3に記載の基布。
【請求項14】
JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた請求項3に記載の基布。
【請求項15】
請求項3に記載の基布からなるエアバッグ。」

第4.請求人の主張
1.主張の要点
請求人は、以下の理由により、本件特許は、第123条第1項第2号、第4号に該当し、無効とするとの審決を求めている。
請求人の主張する理由は、審決の予告(訂正請求(2)に基づく)において整理したものを、訂正請求(3)に伴う弁駁書(2)の主張を踏まえ、修正した。

(1)第29条第2項
理由1の甲1:請求項1?15に対し、甲1の市中エアバッグによる進歩性欠如。沸水収縮率は甲18?20、21?23、26?29、引抜抵抗は甲69?71、動的通気度は甲38?41、48?53、甲3続、又は設計事項、サイドカーテンは甲55?57。
理由1の甲3:請求項1?15に対し、甲3のア又はイの基布保管サンプル(LTA203LS)による進歩性欠如。沸水収縮率は甲18?20、21?23、26?29、引抜抵抗は甲69?71、動的通気度は甲38?41、48?53、甲3続、又は設計事項、サイドカーテンは甲55?57。
理由1の甲3続:請求項1?15に対し、甲3続のウ又はエの基布保管サンプル(LTA303LS)による進歩性欠如。沸水収縮率は甲18?20、21?23、26?29、単糸繊度は甲1、3、54、又は設計事項、引抜抵抗は甲69?71、サイドカーテンは甲55?57、剛軟度は甲1、3、43?45、又は設計事項。
請求項4、10、13の構成糸強度は、甲33又は設計事項(甲42)
請求項5、11、14の一定荷重時伸び率は、甲34又は設計事項
(請求書7.(8)、請求人要領書(3)の表2(改)、3(改)、6(新)、請求人要領書(4)の2?3ページ、請求人弁駁書(2)の34?41ページ、別紙1)

(2)第36条第6項第1号
以下は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
請求項1の沸水収縮率、単糸繊度、動的通気度、荷重時伸度。
請求項2、9、12の沸水収縮率、動的通気度、剛軟度。
請求項3、15の沸水収縮率、動的通気度、荷重時伸度。
請求項4の沸水収縮率、単糸繊度、動的通気度、荷重時伸度、構成糸強度。
請求項5、6の沸水収縮率、単糸繊度、動的通気度、荷重時伸度、構成糸強度、一定荷重時伸び率。
請求項7の沸水収縮率、単糸繊度、動的通気度。
請求項8の沸水収縮率、単糸繊度、動的通気度、荷重時伸度、動的通気度。
請求項10の沸水収縮率、動的通気度、荷重時伸度、剛軟度、構成糸強度。
請求項11の沸水収縮率、動的通気度、荷重時伸度、剛軟度、一定荷重時伸び率。
請求項13の沸水収縮率、動的通気度、荷重時伸度、構成糸強度。
請求項14の沸水収縮率、動的通気度、荷重時伸度、一定荷重時伸び率。
(請求書7.(9)、請求人要領書(3)の表4、請求人弁駁書(2)の5.(5))

(3)第36条第6項第2号
以下は、明確でない。
請求項1?3、7、8、9、12、15の沸水収縮率。
請求項4、10、13の沸水収縮率、構成糸強度。
請求項5?6の沸水収縮率、構成糸強度、一定荷重時伸び率。
請求項11、14の沸水収縮率、一定荷重時伸び率。
(請求書7.(9)、請求人要領書(3)の表4)

2.証拠
請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。以下、「甲第1号証」を「甲1」のように略記する。
ここで、甲1?37は審判請求時に、「(続)」が付された証拠、及び甲38?71はその後、提出されたものである。
弁駁書(2)に添付して提出された甲65?67は、既に甲68まで提出されており、証拠番号が重複するので、本審決において甲69?71とした。
なお、甲7?17は欠番である。枝番については、割愛した。

甲1 「三菱自動車株式会社」の岡崎工場で保管されていたエアバッグ・モジュール回収品から分解して回収されたエアバッグ基布を試験試料として物性などを測定した結果
甲2 甲1の回収品にかかるエアバッグ・モジュールから分解されたハンドルカバー(モジュール筐体に相当する)の背面写真および要部拡大写真
甲3 「一般財団法人日本繊維製品品質技術センターの福井試験センター」で保管されていたサンプル(LTA203LS)の中から、製造年月の異なるア系列とイ系列を入手し、それらを試験試料として物性などを測定した結果
甲3(続)「一般財団法人日本繊維製品品質技術センターの福井試験センター」で保管されていたサンプル(LTA303LS)の中から、製造年月の異なるエ系列とウ系列を入手し、それらを試験試料として物性などを測定した結果
甲4 エアバッグ用基布(LTA203LS)のア、イ系列の商流
甲4(続)エアバッグ用基布(LTA303LS)のエ、ウ系列の商流
甲5 東洋紡株式会社 自動車テキスタイル事業部 エアバッグ・グループの足立将孝氏による陳述書(平成26年1月22日)
甲6 東洋紡株式会社 自動車テキスタイル事業部長の加島壮郎氏による陳述書(平成25年7月16日)
甲6(続)東洋紡株式会社 自動車テキスタイル事業部長の加島壮郎氏による陳述書(平成26年11月17日)
甲18 日本工業新聞(1993年7月13日版)朝刊第11面
甲19 日刊工業新聞(1993年7月13日版)朝刊第16面
甲20 化学工業日報(1998年1月30日版)朝刊第3面
甲21 特開2001-32145号公報
甲22 特開2002-317342号公報
甲23 特開2006-124859号公報
甲24 三菱自動車の部品照合システムを示す同社の出力帳票
甲25 東洋紡株式会社 自動車テキスタイル事業部長の加島壮郎氏による陳述書(平成25年11月25日)
甲26 特開2002-327350号公報
甲27 特開2003-293240号公報
甲28 特開2005-105445号公報
甲29 特開2006-118084号公報
甲30 「LTA203LS1」についての中央倉庫社の貨物受払明細表
甲30(続)「LTA303LS1」についての中央倉庫社の貨物受払明細表
甲31 公然実施品ア系列と公然実施品イ系列を対象とする、原糸がナイロン66であることを証明する東洋紡株式会社総合研究所による報告書
甲32 公然実施品ア系列と公然実施品イ系列には樹脂被膜の存在しないことを証明する東洋紡株式会社総合研究所による「エアバッグ基布に関する試験成績証明書」
甲33 特開2009-235593号公報
甲34 特開2005-344266号公報
甲35 フリー百科事典『ウィキペディア』三菱・グランディスのページ
甲36 第一次無効審判において、被請求人が平成25年11月29日付けで提出した口頭審理陳述要領書(2)
甲37 本件特許の出願審査過程で提出された平成24年8月28日付け意見書
甲38 特開2002-67850号公報
甲39 特開2010-100988号公報
甲40 特開2002-220761号公報
甲41 特開2003-55861号公報
甲42 信州大学繊維学部編「はじめて学ぶ繊維」、138?139ページ、株式会社工業調査会、2008年9月25日発行
甲43 特表2001-505263号公報
甲44 特表2003-528991号公報
甲45 特開2010-47872号公報
甲46 審判便覧30-02
甲47 第一次無効審判の無効審判請求書
甲48 特開2005-14841号公報
甲49 特開2009-256860号公報
甲50 特表2001-520712号公報
甲51 特表2006-526079号公報
甲52 TEXTEST社製FX3350のカタログ
甲53 ASTM D6476
甲54 「第44回人工繊維会議」で発表されたスライド
甲55 特開2004-190158号公報
甲56 特開2003-165413号公報
甲57 再公表特許WO2005/031052
甲58 豊田合成株式会社の経歴書
甲59 「新カーエアバッグ全容」株式会社大阪ケミカルマーケティングセンター、1999年2月20日発行
甲60 「2010 新自動車部品マーケティング便覧」株式会社富士キメラ総研、2010年5月24日発行
甲61 芦森工業株式会社のウェブサイト
甲62 セーレン株式会社のウェブサイト
甲63 日本プラスト株式会社から請求人への回答のメール
甲64 東京高判平成15年11月27日判決(平成12年(行ケ)第429号)
甲65 日本プラスト株式会社への質問と請求人への回答
甲66 請求人の質問に対する芦森工業株式会社の回答
甲67 「機能材料」2000年12月号、53?66ページ
甲68 「LTA303LS」についての中央倉庫社の貨物受払明細表
甲69 特開2006-256474号公報
甲70 特開2007-224486号公報
甲71 東洋紡株式会社 エアバッグ技術部松井美弘氏による陳述書(平成27年7月8日)

第5.被請求人の主張
1.主張の要点
これに対し、被請求人は、本件審判請求は成り立たないとの審決を求めている。
また、第29条第2項の無効理由のうち、甲1、甲3に基づくもの(理由1の甲1、理由1の甲3)については、同一事実及び同一証拠に基づく請求であるから、第167条違反を主張する(答弁書6.及び7.(4))。

2.証拠
被請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。
なお、乙1?2、4、6、9?21は欠番である。

乙3 特許第5100895号公報
乙5 本件特許出願の審査における審査官との面接記録
乙7 本件特許出願の平成24年8月28日付け意見書
乙8 本件特許出願の平成24年8月28日付け手続補正書
乙22 知財高判平成22年8月31日・平成21年(行ケ)第10434号判決
乙23 東京高判平成16年3月23日・平成15年(行ケ)第43号判決
乙24 知財高判平成17年10月13日・平成17年(行ケ)第10468号判決
乙25 知財高判平成18年2月16日・平成17年(行ケ)第10467号判決
乙26 第一次無効審判の審決(送達日:平成25年12月26日)
乙27 第一次無効審判の第1回口頭審理調書(期日:平成25年11月29日)
乙28 第一次無効審判の平成25年10月23日付け審理事項通知書
乙29 第一次無効審判の平成25年11月15日付け請求人要領書
乙30 第一次無効審判の平成25年11月15日付け被請求人要領書
乙31 第一次無効審判の平成25年11月18日付け審理事項通知書(2)
乙32 第一次無効審判の平成25年11月29日付け請求人要領書(2)
乙33 「最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(上)」平成15年10月20日、財団法人法曹会発行、第28?53ページ
乙34 「新・注解特許法【別冊】平成23年改正特許法解説」2012年8月8日、株式会社青林書院発行、第165?168ページ
乙35 最高裁平成12年1月27日判決、民集第54巻1号第69頁(平成7年(行ツ)第105号)判決
乙36 知財高判平成26年3月13日・平成25年(行ケ)第10226号判決
乙37 審判便覧51-04.1
乙38 知財高判平成17年11月11日・平成17年(行ケ)第10042号判決
乙39 東京高判平成12年12月25日判決・特許凡例百選[第4版]2012年4月5日、有斐閣発行、第22?23ページ
乙40 東洋紡(株)ニュースリリース
http://www.toyobo.co.jp/news/2010/release_1406.html(2015年1月12日印刷)「コート材を分離せずにリサイクルできるエアバッグ用コート布を開発」

以下、事案に鑑み、第36条第6項第2号第36条第6項第1号第29条第2項の順に検討する。

第6.第36条第6項第2号の無効理由についての当審の判断
1.沸水収縮率
請求項1?15に係る発明において「沸水収縮率」が特定されている。
「沸水収縮率」とは、沸騰水で処理したときの収縮率であることを意味し、技術用語としては明確である。
「沸水収縮率」に関し、本件特許明細書(乙3)には、以下の記載がある。

「【0015】
・・・。基布の構成糸の引抜抵抗が高いほど基布の縫目開きが抑制され、エアバッグの気密性が向上する一因となる。・・・。すなわち、構成糸の引抜抵抗は、基布を構成する繊維の単糸表面の油剤付着量や油剤組成、構成糸物性、特に収縮率や収縮応力に影響される。・・・。構成糸の引抜抵抗を高めるための好ましい条件は、高収縮原糸を用い、かつ、温水工程を経ずに高温乾熱加工をするという、原糸特性と加工条件の相乗効果により、十分に収縮力を発現させて織物構造を形成することである。これらの調整により、上記範囲の構成糸の引抜抵抗を達成できる。」

「【0022】
使用する原糸においては、・・・。
また、沸水収縮率を5?13%とすることでしわの少ない高品質の基布が得られるので好ましい。より好ましくは7%以上であり、さらに好ましくは7.3%以上であり、一層好ましくは8%以上である。また、より好ましくは12%以下である。原糸の沸水収縮率が高ければ、製織以降の加工時に高収縮力が発現し、クリンプの構造が発達するため、構成糸の引抜抵抗を高めることに寄与する。高強度タイプの合成繊維で実質的に入手可能な繊維としては、沸水収縮率は13%以下である。」

「【0025】
・・・。精練工程で効果的に洗浄を行うために温水に通すと、繊維の収縮が起こると同時に織糸の拘束構造が緩んでしまい、構成糸の引抜抵抗が低下するため、無精練が好ましい。
【0026】
次いで、織物を乾燥し、熱固定を行ってエアバッグ用織物に仕上げることができる。織物の乾燥および熱固定では織物幅と経糸方向の送りについてそれぞれ収縮量や張力を制御することが好ましい。・・・。織物の引張試験における50N/cmおよび300N/cm荷重時の特定荷重伸度を低く保つためには、加熱処理しながらも収縮するに任せず張力をかけながら加工することが好ましい。また、加熱温度は高温で十分収縮力発現させたほうが織糸の拘束構造が発達するため、170℃以上とすることが好ましい。・・・。特に、冷却時には、定長保持では織物がたるむ挙動があり、張力を保持して冷却することで、織糸の拘束構造が強固になり、相互に織目を覆うため、境界部の負荷後通気度を下げることに寄与する。」

特許明細書において、「沸水収縮率」を、技術用語としての一般的解釈である沸騰水で処理したときの収縮率と解したとしても、何ら矛盾はない。
また、「沸水収縮率」は、構成糸の引抜抵抗に寄与し、その結果、エアバッグの気密性の向上に寄与するものであり、技術的意義も明確である。
請求人は、沸水に触れる工程・条件が特定されておらず、乾熱収縮率を特定もしていないから、明確でない旨、主張する(要領書(3)表4)。
しかし、「沸水収縮率」は、糸の収縮の程度についての特定であり、収縮の程度が特定されれば十分であって、請求人の主張する「沸水に触れる工程・条件」、「乾熱収縮率」の特定が必須とは認められない。
よって、「沸水収縮率」に関し、請求項1?15に係る発明が明確でないとすることはできない。

2.構成糸強度
請求項4?6、10、13に係る発明において「構成糸強度」が特定されている。
「構成糸強度」とは、エアバッグ用基布を構成する糸の強度であることを意味し、技術用語としては明確である。
「構成糸強度」に関し、本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0021】
構成糸強度は経緯の平均値で7.5cN/dtex以上であることが好ましい。・・・。構成糸強度が7.5cN/dtex未満では基布の強力が不足し、エアバッグ展開時の応力に耐えられず、破壊する場合がある。」

「構成糸強度」は、エアバッグ展開時の破壊防止に寄与するもので、技術的意義は明確であり、上記一般的解釈とも矛盾しない。
請求人は、破壊との関係が明確でない旨、主張する(要領書(3)表4)。
しかし、「構成糸強度」は、糸の強度についての特定であり、強度が特定されれば十分であって、作用効果である「破壊」との関係が必須とは認められない。
よって、「構成糸強度」に関し、請求項4?6、10、13に係る発明が明確でないとすることはできない。

3.一定荷重伸び率
請求項5?6、11、14に係る発明において「一定荷重伸び率」が特定されている。
「一定荷重伸び率」とは、対象に一定荷重を与えたときの伸び率であることを意味し、技術用語としては明確である。
「一定荷重伸び率」に関し、本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0014】
・・・。50N/cm荷重伸度が5%以上であれば、展開したバッグが硬くなりすぎて、乗員への衝撃を吸収できないということがない。つまり、エアバッグによる乗員拘束自体が乗員への衝撃や障害となることがない。50N/cm荷重伸度が15%以下であれば、展開速度が遅くなるようなことがない。・・・。300N/cm荷重伸度が15%以上であれば、展開時の衝撃を吸収できなかったり、特に膨張部と非膨張部の境界部分の特定箇所に応力が集中し過ぎることによるバッグ破壊となるようなことがない。300N/cm荷重伸度が30%以下であれば、展開時の膨張部と非膨張部の境界部分の目開きが発生しやすくなることなく、展開速度の低下が起こらない。・・・。50N/cm及び300N/cm荷重での伸度は、JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率を低く抑えた原糸を用いることで低下させることができる。・・・。
織物を製織するための原糸の一定荷重時伸び率は5?15%が好ましく、より好ましくは8?12%である。原糸の一定荷重時伸び率が15%以下であれば、基布の上記特定荷重伸度の抑制に寄与する。原糸の他の特性を考慮すると原糸の一定荷重時伸び率は、実質的に5%以上である。原糸の一定荷重時伸び率は、原糸を紡糸する際の延伸条件にて調整できる。例えば、延伸倍率の増加や延伸温度の低下により、JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率を低く抑えた原糸が得られる。」

「一定荷重伸び率」は、荷重時伸度の抑制に寄与し、その結果、乗員への衝撃、展開速度に寄与するものであり、技術的意義は明確であり、上記一般的解釈とも矛盾しない。
請求人は、製織条件、加工条件について特定がなく、技術的意義が明確でない旨、主張する(要領書(3)表4)。
しかし、上記のとおり技術的意義は明確であり、製織条件、加工条件が必須であるとは認められない。
よって、「一定荷重伸び率」に関し、請求項5?6、11、14に係る発明が明確でないとすることはできない。

4.小括
以上、沸水収縮率、構成糸強度、一定荷重伸び率のいずれも、これにより発明が明確でないとすることはできない。
よって、請求項1?15に係る発明の特許が、第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたとすることはできない。
なお、審決の予告において同様の判断を示したが、その判断に対し、両者からの主張はない。

第7.第36条第6項第1号の無効理由についての当審の判断
請求人が主張する無効理由は、要すれば、以下のとおりである(要領書(3)表4、弁駁書(2)の5.(5))。

ア.本件発明1?15は、実施例の数が少なく、請求項で特定する沸水収縮率、単糸繊度、荷重時伸度、剛軟度、構成糸強度、一定荷重時伸び率、動的通気度の各要素の範囲のうちの一部しか、実施例として記載されていない。
イ.審決の予告で採用された、ある要素の変更により他の要素も変更されるという判断によれば、ある要素の数値を変更すれば、他の要素の数値も変更され、発明の構成・効果が変わることとなるが、発明の詳細な説明に何ら記載されていない。

まず、沸水収縮率、単糸繊度、荷重時伸度、剛軟度、構成糸強度、一定荷重時伸び率、動的通気度の各要素の技術的意義について検討する。

本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【0001】
本発明は合成繊維からなる基布に関し、特にエアバッグ製造用途に適した基布に関する。更に詳しくは、目開きし難く、展開速度の速いエアバッグ用基布に関する。」

「【0008】
本発明の目的は、・・・通気度を抑えてより高度な気密性能を有し、早い展開速度と、膨張部と非膨張部の境界部分の高い耐圧性とを達成し、高度な乗員の衝撃吸収を有する汎用的なエアバッグの作製に適した基布を提供する事である。さらには、乗員を早く捉えて拘束する急速拘束性に優れたバッグの作製に適した基布を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、特定の繊度を有するマルチフィラメント合成繊維から構成され、構成糸の引抜抵抗が特定範囲にあり、かつ特定荷重時における伸度が特定範囲にある基布が上記目的を達成することを見出し、本発明を完成した。」

「【0011】
本発明の基布でエアバッグを作製した場合、応力がかかった状態での膨張部と非膨張部の境界部分における目開きが抑えられ、気密性および耐圧性に優れた、展開速度の速いエアバッグとなる。また、ガス利用率が良く、高出力のインフレータを要しないエアバッグとなる。さらには、急速拘束性に優れたエアバッグとなる。とりわけサイドカーテンエアバッグ用途にも適したエアバッグ用基布が提供される。」

すなわち、本件発明1?15は、特定の繊度を有するマルチフィラメント合成繊維から構成され、構成糸の引抜抵抗が特定範囲にあり、かつ特定荷重時における伸度が特定範囲にある基布を用いることで、目開きが抑えられ、気密性および耐圧性に優れた、展開速度の速い、急速拘束性に優れたエアバッグとしたものである。
沸水収縮率、単糸繊度、構成糸強度、一定荷重時伸び率は、糸としての特性、荷重時伸度、剛軟度、動的通気度は、基布としての特性であり、糸としての特性が、基布又はエアバッグとしての特性に影響を与えるものである。
また、これらは、エアバッグの効果である展開速度、急速拘束性に、必ずしも一対一の相関関係があるものではなく、相互に関係しあっている(請求人要領書(4)別紙、被請求人要領書(4)別紙)。
これら要素は、物理的要素であり、かつ化合物の生成における成分比のように、特定の範囲の内外で予測不可能な臨界的意義を生じるというものではない。
すなわち、実施例で特定する各要素の値を変更したとき、発明の効果への影響は、単糸繊度を大、すなわち糸を太くすると基布の剛軟度が大、すなわち基布が硬くなるというように予測性がある。
したがって、各要素の値の変更により、本件発明1?15の技術的意義が異なるものになると認めることはできない。
また、本件発明1?15は、第2.の2.(訂正請求についての当審の判断)でも述べたとおり、発明の詳細な説明に記載されている。
特許法は、発明の要素を数値範囲で特定したときに、特定の範囲の内外で予測不可能な臨界的意義を生じるような発明は別論として、全ての数値範囲の実施例を記載することを求めるものではない。全ての数値範囲の実施例を記載すべきとすると、出願人、特許権者に過大な要求をすることとなり、適切でない。
本件発明1?15は、糸によって構成された基布又はエアバッグであって、発明の効果に予測性があるから、実施例の数が少ないことをもって、直ちに、本件発明1?15が、発明の詳細な説明に記載したものでないとすることはできない。
また、特許請求の範囲には「特許を受けようとする発明」が記載され、保護を求める範囲を出願人の自由意思により特定している。そのため、先行技術との関係等により、保護を求める範囲を選択することは、当然に許容される。また、一部の要素の数値を変更したときに、影響を受ける他の要素の数値も同時に変更すべきとする旨の規定はない。
請求人は、実施例の数が少ない、関係する他の要素の記載がない旨、主張する(弁駁書(2)の41ページ(5))が、上記のとおり、根拠がない。

よって、請求項1?15に係る発明の特許が、第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたとすることはできない。

第8.一事不再理についての当審の判断
1.第167条の規定
被請求人は、甲1又は甲3に基づく第29条第2項の無効理由は、第167条違反の主張である旨、主張するので、以下、検討する。
第167条の規定は、以下のとおりである。
「特許無効審判・・の審決が確定したときは、当事者・・は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」

2.請求時期
第167条の規定は、文理上、審決確定後に請求行為をすることはできないとすることが法の予定するところと解され、最高裁判所平成12年判決(乙35)も、この解釈を採用している。
本件請求について、かかる解釈を変更すべき、又は妥当しないとする個別具体的な事情は認められない。
そこで、審決確定日と審判請求日の関係を検討する。
審決に対する訴えは、第178条第3項の規定により、審決の送達があった日から30日以内とされている。
第一次無効審判の審決(乙26)は、平成25年12月26日に、請求人代理人、被請求人代理人に送達された。第一次審決に対する訴えは、平成26年1月25日まで可能であるところ、審決に対する訴えはなく、第一次審決は、平成26年1月26日に確定した。
本件無効審判請求は、第一次審決の確定前である、平成26年1月24日にされたものであるから、本件審判請求は、第167条の規定の前提を欠き、同条に違反するものではない。

3.同一事実、同一証拠
仮に、請求時期を別論として、同一事実、同一証拠についても、一応検討する。
被請求人は、両審判請求の無効理由は、第29条第2項で同一事実、主たる証拠は甲1又は甲3であり同一証拠であると主張する。
第一次無効審判の関係する請求理由は、以下のとおりである(甲47)。
「理由1の1:甲1の市中エアバッグによる公然実施(29条1項2号)
理由1の2:甲3の基布保管サンプルによる公然実施(29条1項2号)
理由2の2:甲1又は甲3から容易(29条2項)」

甲1又は甲3から容易(理由2の2)とする具体的理由は、以下のとおりである。
「本件発明1ないし3,5ないし7に係る広い数値範囲の発明は、理由1の1および理由1の2で述べた公然実施発明を明らかに包含している点を含めて、該公然実施発明に基づいて、当業者が容易に数値範囲の設定を想定できた発明である。
また当該広い数値範囲の設定によって達成される効果はいずれも当該公然実施発明または当業者の技術知識から容易に推測できるほどのものと言うべきである。」
(甲47の9ページの(3-3))

すなわち、第一次無効審判では、本件発明1ないし3,5ないし7が、本件発明1が甲1発明又は甲3発明と同一であることを前提に、「広い数値範囲」の部分について、容易性を主張するものである。
そこで、第一次審決(乙26)では、「本件発明1が甲1発明又は甲3発明と同一とすることはできないから、請求人の主張はその前提を欠く」として、審決している(乙26の第5.の4.)。

本件無効審判における、甲1又は甲3に基づく第29条第2項の無効理由は、甲1発明との対比において、原糸の沸水収縮率が相違点とされているように(請求書14ページ(6-3)表1)、甲1発明と同一であることを前提とするものではない。
同様に(請求書23ページ(7-3)表2)、甲3発明と同一であることを前提とするものではない。
したがって、本件無効審判請求と第一次無効審判請求とでは、無効理由の論理が異なるから、「同一事実」に当たらない。
本件無効審判請求は、「同一事実」に該当しないから、第167条に違反するものではない。
なお、審決の予告において同様の判断を示したが、その判断に対し、両者からの主張はない。

第9.甲1に基づく第29条第2項の無効理由(理由1の甲1)についての当審の判断
1.本件発明
本件発明1?15は、上記第3.のとおりである。

2.エアバッグモジュールの生産・流通
甲1のエアバッグモジュールには、その箱、本体に「MN103444XA」なる番号、エアバッグに「BGCA3FZ9ADC」なる番号が付されている(甲1-2)。
品名が「モジュールエアバッグ」で、部品番号「MN103444XA」のものは、2005年5月から2007年5月まで、及び2007年6月から2009年3月まで、「MITSUBISHI」の「グランディス」に用いられていたことが、甲24の「三菱自動車の部品照合システムを示す出力帳票」より明らかである。
また、ウィキペディア、ホームページ(甲35)によれば、三菱自動車のグランディスは、2003年5月発売、2005年5月及び2007年7月にモデルチェンジ、2009年3月国内販売終了とされ、上記の時期と整合している。
以上から、部品番号「MN103444XA」のエアバッグモジュールは、少なくとも2005年5月から2009年3月まで販売された、三菱自動車のグランディスに用いられていたものである。
甲1のエアバッグモジュールには、本体に「BGCA3FZ9ADC」なる番号が付されており、甲1のエアバッグモジュールは2010年4月19日にオートリブ社により製造されたものである(甲5-1)。
自動車用交換部品は、その車種の生産・販売が終了した後であっても、部品交換のため、生産・販売が継続される。
よって、甲1のエアバッグモジュールが、グランディスの国内販売終了後である2010年4月に、オートリブ社により製造されたことに、不自然なところはない。
甲1のエアバッグモジュールは、三菱自動車の部品を取り扱う東都ピストン社を経由して、請求人が入手したものであり、修理・交換用部品として保管されていたことは明らかである。
保管時期については、オートリブ社が、製造後、部品を保管し続けることは、保管費用を生じること、自動車用部品は、必要な場合、直ちに供給する必要があることからみて、オートリブ社による2010年4月の製造後、速やかに三菱自動車名古屋製作所(愛知県岡崎市)に保管されたと考えることが自然である。
このことは、2010年4月22日に三菱自動車に納入した旨のオートリブ社の回答(甲5-2)とも整合する。
すなわち、本体に「BGCA3FZ9ADC」なる番号が付された甲1のエアバッグモジュール(部品番号「MN103444XA」)は、2010年4月22日に、オートリブ社から三菱自動車名古屋製作所に譲渡され、求めに応じて販売される用意があったと認められる。
エアバッグモジュールは、特定車種のみが備える専用部品ではなく、汎用性のある部品であるから、取引に際し、秘密保持義務があるとは考えられない。
よって、譲渡された以上、リバースエンジニアリングを含め、自由に処分が可能である。
以上から、「BGCA3FZ9ADC」なる番号が付された甲1のエアバッグモジュールは、2010年4月22日に、秘密保持義務を課すことなく譲渡がなされ、公然実施されたと認められる。

また、自動車部品、特に安全に関する部品は、一般に部品管理が厳格であり、物性を変えた際に、部品番号を変えないとは、到底考えらない。
甲1と同一の物性を持つ、部品番号「MN103444XA」のエアバッグモジュールは、三菱自動車のグランディスに、少なくとも2005年5月から2009年3月まで搭載され、グランディスが販売された結果、エアバッグモジュールについても譲渡されたと認められる。
自動車は、多くの台数が一般消費者に販売され、交換部品も修理工場等に多く保管されること、エアバッグモジュールは汎用部品であることから、エアバッグモジュールについて秘密管理されているとは考えられない。
したがって、「BGCA3FZ9ADC」なる番号が付された甲1のエアバッグモジュール、及び甲1と同一物性の部品番号「MN103444XA」のエアバッグモジュールは、オートリブ社から出荷された後は、自由な取引が行われ、公然実施されていたと認められる。

3.エアバッグモジュールの構造
甲1のエアバッグモジュールを解体し、取り出した基布を、福井試験センターが分析・試験した結果である甲1-1には、以下の記載がある。


また、甲1-9の左下の写真から、基布が平織りであることは明らかである。
これらを、本件発明1?15に照らし整理すると、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が236dtexおよび単糸繊度が3.3dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.3%および24.3%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で53N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1498mm/sであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)、
かつ、
ASTM D4032剛軟度が4.3Nであり、
構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で19.0%であり、
構成糸の強度が経緯の平均値で6.4cN/dtexであり、
上記基布からなるエアバッグ。」

なお、甲1発明の認定について、両者間に争いはない(請求人要領書(1)15ページ(第4)(1)、被請求人要領書(1)7ページ(4))。
4.対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の各数値は、「動的通気度」を除き、本件発明1の各数値範囲に含まれる。
甲1発明の「上記基布からなるエアバッグ」は、布の特性の観点から見れば、「エアバッグ用基布」ということができる。
したがって、両者は次の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が236dtexおよび単糸繊度が3.3dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.3%および24.3%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で53N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明1と甲1発明は、次の点で相違する。
相違点1の1:原糸について、本件発明1では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲1発明では明らかでない点。
相違点1の2:動的通気度について、本件発明1では「1300mm/s以下」であるが、甲1発明では「1498mm/s」である点。

なお、甲1発明との一致点、相違点について、両者間に争いはない(請求人要領書(1)15ページ(第4)(1)、被請求人要領書(1)7ページ(4))。
また、上記第7.(第36条第6項第1号についての判断)で述べたように、糸や基布の特性である各要素は、相互に関係しあっているから、一括して相違点とすることも考えられるが、検討の便のため、要素ごとに相違点とし、相互の関係については「5.相違点の判断」において検討した。後記第10(理由1の甲3)、第11(理由1の甲3(続))においても同様である。

5.相違点の判断
相違点1の1について検討する。
甲1発明の原糸は、ナイロン66繊維であって、沸水収縮率は不明であるが、エアバッグに高収縮のナイロン66繊維を用いることは、周知である(甲18?20)。
エアバッグ用ナイロン66繊維として、以下の沸水収縮率のものが知られている。
甲21 5?15%(段落0015、0018)
タテ9.5%、ヨコ9.5%(段落0033、実施例1)
タテ10%、ヨコ6.5%(段落0033、実施例2)
タテ10.5%、ヨコ10.5%(段落0033、実施例3)
甲22 5?15%(段落0011、0013)
経9.2%、緯9.2%(段落0023、実施例1)
経9.1%、緯9.1%(段落0023、実施例2)
経9.2%、緯9.2%(段落0023、実施例3)
経9.4%、緯9.4%(段落0025、実施例4)
経9.3%、緯9.3%(段落0025、実施例5)
甲23 5?10(好ましくは6?9)% (段落0030、0033)
8.7?10.8%(段落0102、実施例1?10)
甲26 5?15%(段落0015、0017)
経9.2%、緯9.2%(段落0027、実施例1?3)
甲27 6?15(好ましくは7?13)%(段落0021、0013)
8.0%(段落0047、実施例1)
8.3%(段落0047、実施例2)
甲28 5?15(好ましくは7?12)%(段落0024、0015)
8.0%(段落0081、実施例1)
8.2%(段落0081、実施例3)
甲29 5?15(好ましくは7?12)%(段落0008、0010)
9.5%(段落0018?0020、実施例1?3)
なお、口頭審理(1)調書の別紙2に、一覧表が添付されている。

これらによれば、エアバッグ用ナイロン66繊維の沸水収縮率は、おおむね5?15%が周知であり、「好ましい」値として7?12%(甲28、29)が、実施例として8?10.8%(甲21?23、26?29)が知られていることから、甲1発明において、甲21?23、26?29の実施例として知られている値を選択し、相違点1の1に係る構成とすることに格別の困難性は認められない。

相違点1の2について検討する。
エアバッグは、非常時に迅速に展開する必要があり、そのためには、動的通気度が低いことが望まれる。
しかし、甲1発明において、動的通気度を低下させるという動機があったとしても、動的通気度は、沸水収縮率、構成糸の単糸繊度、構成糸の引抜抵抗、カバーファクターという要素を選択した結果として定まる(請求人要領書(4)別紙、被請求人要領書(4)別紙)。
すなわち、甲1発明において特定する沸水収縮率、構成糸の単糸繊度、構成糸の引抜抵抗、カバーファクターを変更することなしに、動的通気度のみを低くすることは困難である。
甲1発明において、各要素の微調整により、動的通気度に、多少の相違が生じるとしても、本件発明1が特定する範囲内において微調整するという技術思想はいずれの証拠にもなく、各要素の微調整により、甲1発明における「1498mm/s」が、本件発明1における「1300mm/s以下」となるとまでは、想定できない。

請求人は、甲38?41、48?51に動的通気度を低下させること(例えば、甲48では200mm/s以下とする)が記載され、かかる課題が周知である旨、主張する(要領書(2)20ページ(V)、第1回口頭審理調書別紙1、要領書(3)表3(改))。
しかし、課題が周知であるとしても、甲1発明は「既存の製品」であって機能に応じた最適化がなされているから、変更のためには、相応の動機が必要と解される。
甲1発明において、動的通気度に影響を与える、沸水収縮率、構成糸の単糸繊度、構成糸の引抜抵抗、カバーファクターを、本件発明1が特定する範囲内で変更し、動的通気度を「1300mm/s以下」という具体的範囲にするまでの動機があるとは言えず、これが可能であることを示す証拠もない。
請求人は、また、ある特定の要素の数値を変更した場合に、他の要素の数値が変更することを考慮せずに判断すべき旨、主張する(弁駁書(2)23ページの五)。
しかし、糸又は布の特性である各要素は、上記第7.(第36条第6項第1号についての判断)でも述べたとおり、相互に関係する(請求人要領書(4)別紙、被請求人要領書(4)別紙)ものであるから、請求人の主張は技術常識に反し、採用できない。
よって、相違点1の2を容易想到とすることはできない。

以上、本件発明1を、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

6.本件発明4、5、6
本件発明4、5、6は、上記第3.(本件発明)のとおり、本件発明1をさらに限定したものである。
よって、本件発明1が、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明4、5、6についても、同様の理由により、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

7.本件発明2、9、10、11、12
本件発明2は、上記第3.のとおりであり、甲1発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が236dtexおよび単糸繊度が3.3dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.3%および24.3%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で53N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、ASTM D4032剛軟度が4.3Nであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明2と甲1発明は、次の点で相違する。
相違点1の3:原糸について、本件発明2では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲1発明では明らかでない点。
相違点1の4:動的通気度について、本件発明2では「1300mm/s以下」であるが、甲1発明では「1498mm/s」である点。

相違点1の3は、相違点1の1と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点1の4は、相違点1の2と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

以上、本件発明2を、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

本件発明9、10、11、12は、上記第3.のとおり、本件発明2をさらに限定したものである。
よって、本件発明2が、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明9、10、11、12についても、同様の理由により、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

8.本件発明3、13、14、15
本件発明3は、上記第3.のとおりであり、甲1発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が236dtexおよび単糸繊度が3.3dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.3%および24.3%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で所定値であり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で19.0%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明3と甲1発明は、次の点で相違する。
相違点1の5:原糸について、本件発明3では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲1発明では明らかでない点。
相違点1の6:動的通気度について、本件発明3では「1300mm/s以下」であるが、甲1発明では「1498mm/s」である点。
相違点1の7:構成糸の引抜抵抗について、本件発明3では「146?200N/cm/cm」であるが、甲1発明では「53N/cm/cm」である点。

相違点1の5は、相違点1の1と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点1の6は、相違点1の2と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

相違点1の7について検討する。
相違点1の2についての検討で述べたように、エアバッグは、動的通気度が低いことが望まれる。
しかし、甲1発明において、動的通気度を低下させるという動機があったとしても、動的通気度は、沸水収縮率、構成糸の単糸繊度、構成糸の引抜抵抗、カバーファクターという要素を選択した結果として定まる(請求人要領書(4)別紙、被請求人要領書(4)別紙)。
甲1発明において、動的通気度を低下させようとする際は、上記各要素を調整することとなるが、かかる4要素の中から、構成糸の引抜抵抗のみに着目し、甲1発明の「53N/cm/cm」から「146?200N/cm/cm」に大幅に変更するという技術思想はいずれの証拠にもなく、かかる動機があるとは認められない。

請求人は、縫製部の目ズレを防ぐために糸同士の摩擦力と密接に関係する引抜き強力や滑脱抵抗力を高く保つことは周知(甲69、甲70)である旨、本件発明2と3とで他の要素の数値範囲が同じであるのに構成糸の引抜抵抗のみ異なっているから構成糸の引抜抵抗を変更しても他の要素への影響はない旨、主張する(弁駁書(2)の28ページ(三)イ、37ページ(二))。
しかし、課題が周知であるとしても、甲1発明は「既存の製品」であって機能に応じた最適化がなされているから、変更のためには、相応の動機が必要と解されるが、かかる動機はなく、構成糸の引抜抵抗のみに着目する必然性もない。
請求人の主張は、採用できない。

よって、相違点1の7を容易想到とすることはできない。

以上から、本件発明3を、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

本件発明13、14、15は、上記第3.のとおり、本件発明3をさらに限定したものである。
よって、本件発明3が、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明13、14、15についても、同様の理由により、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

9.本件発明7
本件発明7は、上記第3.のとおりであり、甲1発明と対比すると、以下の点で一致する。

「膨張部と非膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と非膨張部の境界部分における動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が236dtexおよび単糸繊度が3.3dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.3%および24.3%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で53N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなるエアバッグ用基布からなるエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明7と甲1発明は、次の点で相違する。
相違点1の8:原糸について、本件発明7では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲1発明では明らかでない点。
相違点1の9:動的通気度について、本件発明7では「800mm/s以下」であるが、甲1発明では「1498mm/s」である点。

相違点1の8は、相違点1の1と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点1の9は、相違点1の2と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

以上から、本件発明7を、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

10.本件発明8
本件発明8は、上記第3.のとおりであり、甲1発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が236dtexおよび単糸繊度が3.3dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.3%および24.3%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で53N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなる基布からなるエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明8と甲1発明は、次の点で相違する。
相違点1の10:原糸について、本件発明8では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲1発明では明らかでない点。
相違点1の11:動的通気度について、本件発明8では「800mm/s以下」であるが、甲1発明では「1498mm/s」である点。
相違点1の12:エアバッグについて、本件発明8では「サイドカーテンエアバッグ」であるが、甲1発明では「エアバッグ」である点。

相違点1の10は、相違点1の1と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点1の11は、相違点1の2と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

相違点1の12について検討する。
甲1発明の「エアバッグ」は、その形状からみて、「サイドカーテンエアバッグ」ではないと解される。
しかし、同じエアバッグ用基布を、サイドカーテンエアバッグ、運転席用エアバッグに用いることは周知である(甲55の段落0035)。
被請求人は、サイドカーテンエアバッグは、運転席用エアバッグに比べ、「より早い展開速度、より高い展開到達圧力、急速拘束性、負荷がかかった場合に応力の集中が起こる膨張部と非膨張部の境界部分についての所望の特性が要求される」から、用途が異なる旨、主張する(答弁書(2)33?38ページ)。
しかし、被請求人が主張する点は、設置部位にかかわらず求められる性能であって、サイドカーテンエアバッグ特有のものではなく、程度問題にすぎないし、そもそも甲1発明も備えている特性である。
よって、甲1発明の「エアバッグ」用基布を、「サイドカーテンエアバッグ」用基布として用いることを試みることに、困難性は認められない。

以上から、本件発明8を、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

11.小括
本件発明1?15は、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

第10.甲3に基づく第29条第2項の無効理由(理由1の甲3)についての当審の判断
1.本件発明
本件発明1?15は、上記第3.のとおりである。

2.基布の生産・流通
甲3は、福井試験センターで保管されていた、ロット番号「HR02548-101」反番「21-08A01」の基布(以下「ア系列基布」という。)、ロット番号「HS02929-101」反番「21-08A06」の基布(以下「イ系列基布」という。)で、ともに品名「LTA203LS」である2つの基布に関するものである。

ア系列基布は、シミズ社により、11月8日に製織・検反され(甲4のアの2)、かかる基布の一部が11月10日に福井試験センターに送付され(甲3-2の11ページ)、試験結果が2008年11月13日にシミズ社にファクシミリ送信された(甲4のアの3)。
ア系列基布はさらに、シミズ社から株式会社中央倉庫(以下「中央倉庫社」という。)に2008年11月28日着として「LOT NO 101」である620m分が移送され(甲4のアの4)、2009年6月1日に中央倉庫社からセーレンオーカス社に620m分納入する旨の指示が2009年5月28日になされ(甲4のアの5)、中央倉庫社はセーレンオーカス社あてに620m分を6月1日必着で出庫する旨の報告書を2009年5月29日に作成している(甲4のアの6)。

イ系列基布は、同様に、シミズ社により、12月2日に製織・検反され(甲4のイの2)、かかる基布の一部が12月4日に福井試験センターに送付され(甲3-2の12ページ)、試験結果が2008年12月8日にシミズ社にファクシミリ送信された(甲4のイの3)。
イ系列基布はさらに、シミズ社から中央倉庫社に2008年12月26日着として「LOT NO 101」である505m分が移送され(甲4のイの4)、2009年10月6日に中央倉庫社からセーレンオーカス社に505m分納入する旨の指示が2009年9月25日になされ(甲4のイの5)、中央倉庫社はセーレンオーカス社あてに505m分を10月6日必着で出庫する旨の報告書を2009年10月5日に作成している(甲4のイの6)。

品名「LTA203LS」なる基布は、エアバッグ用として、2002年から2008年までの間、継続的に生産・販売されている(甲6)。
同基布は、2008年6月から2009年9月の間に、シミズ社から中央倉庫社に入庫後、豊田合成、セーレンオーカス、芦森工業の各社に出庫している(甲30)。
豊田合成、セーレンオーカス、芦森工業の各社は、いずれも、エアバッグを製造している(甲58?62)。

品名「LTA203LS」のエアバッグ用基布(甲3)は、自動車部品として、継続的に生産され、エアバッグを製造する者に販売されたことから、部品番号「MN103444XA」のエアバッグモジュール(甲1)に用いられたか、三菱自動車のグランディスに搭載されたかは別論として、エアバッグとして、何らかの自動車に搭載されたと認められる。
自動車は、多くの台数が一般消費者に販売され、交換部品も修理工場等に多く保管されることから、交換部品についての秘密管理は困難であり、一般には秘密として管理されていない。
したがって、品名「LTA203LS」であるア系列基布、イ系列基布は、ともに2008年から2009年にかけて、シミズ社が生産し、中央倉庫社を経て、セーレンオーカス社に販売され、ほかにも、品名「LTA203LS」のエアバッグ用基布が、2002年から2008年までの間に、自由な取引が行われ、公然実施されていたと認められる。

3.基布の構造
福井試験センターで保管されていた品名「LTA203LS」である、ア系列基布、イ系列基布を、請求人総合研究所が分析・試験した結果である甲3-1には、以下の記載がある。


かかる記載を本件発明1?15に照らし整理すると、以下の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されている。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が245又は243dtexおよび単糸繊度が3.4dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.5又は9.3%および26.0又は25.7%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で57又は67N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1598又は1488mm/sであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2133又は2128である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)、
かつ、
ASTM D4032剛軟度が6.9又は6.5Nであり、
構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で16.6又は16.5%であり、
構成糸の強度が経緯の平均値で7.3又は7.4cN/dtexである
基布。」

なお、甲3発明の認定について、両者間に争いはない(請求人要領書(1)21ページ(第5)(1)、被請求人要領書(1)7ページ(4))。

4.対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の各数値は、原糸の沸水収縮率、動的通気度を除き、本件発明1の各数値範囲に含まれる。

したがって、両者は次の点で一致する。
「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が245又は243dtexおよび単糸繊度が3.4dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.5又は9.3%および26.0又は25.7%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で57又は67N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2133又は2128である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明1と甲3発明は、次の点で相違する。
相違点2の1:原糸について、本件発明1では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3発明では明らかでない点。
相違点2の2:動的通気度について、本件発明1では「1300mm/s以下」であるが、甲3発明では「1598又は1498mm/s」である点。

なお、甲3発明との一致点、相違点について、両者間に争いはない(請求人要領書(1)21ページ(第5)(1)、被請求人要領書(1)7ページ(4)、答弁書(2)6ページ)。

5.相違点の判断
相違点2の1は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点2の2は、相違点1の2と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

以上から、本件発明1を、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

6.本件発明4、5、6
本件発明4、5、6は、上記第3.のとおり、本件発明1をさらに限定したものである。
よって、本件発明1が、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明4、5、6についても、同様の理由により、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

7.本件発明2、9、10、11、12
本件発明2は、上記第3.のとおりであり、甲3発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が245又は243dtexおよび単糸繊度が3.4dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.5又は9.3%および26.0又は25.7%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で57又は67N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、ASTM D4032剛軟度が6.9又は6.5Nであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2133又は2128である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明2と甲3発明は、次の点で相違する。
相違点2の3:原糸について、本件発明2では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3発明では明らかでない点。
相違点2の4:動的通気度について、本件発明2では「1300mm/s以下」であるが、甲3発明では「1598又は1488mm/s」である点。

相違点2の3は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点2の4は、相違点1の2と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

以上から、本件発明2を、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

本件発明9、10、11、12は、上記第3.のとおり、本件発明2をさらに限定したものである。
よって、本件発明2が、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明9、10、11、12についても、同様の理由により、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

8.本件発明3、13、14、15
本件発明3は、上記第3.のとおりであり、甲3発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が245又は243dtexおよび単糸繊度が3.4dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.5又は9.3%および26.0又は25.7%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で所定値であり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で16.6又は16.5%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2133又は2128である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明3と甲3発明は、次の点で相違する。
相違点2の5:原糸について、本件発明3では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3発明では明らかでない点。
相違点2の6:動的通気度について、本件発明3では「1300mm/s以下」であるが、甲3発明では「1598又は1488mm/s」である点。
相違点2の7:構成糸引抜抵抗について、本件発明3では「146?200N/cm/cm」であるが、甲3発明では「57又は67N/cm/cm」である点。

相違点2の5は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点2の6は、相違点1の2と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。
相違点2の7は、相違点1の7と同様であり、上記第9の8.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。

以上から、本件発明3を、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

本件発明13、14、15は、上記第3.のとおり、本件発明3をさらに限定したものである。
よって、本件発明3が、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明13、14、15についても、同様の理由により、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

9.本件発明7
本件発明7は、上記第3.のとおりであり、甲3発明と対比すると、以下の点で一致する。

「膨張部と非膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と非膨張部の境界部分における動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が245又は243dtexおよび単糸繊度が3.4dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.5又は9.3%および26.0又は25.7%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で57又は67N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2131である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明7と甲3発明は、次の点で相違する。
相違点2の8:原糸について、本件発明7では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3発明では明らかでない点。
相違点2の9:動的通気度について、本件発明7では「800mm/s以下」であるが、甲3発明では「1598又は1488mm/s」である点。
相違点2の10:エアバッグ用基布について、本件発明7では「エアバッグ用基布からなるエアバッグ」であるが、甲3発明では「エアバッグ用基布」である点。

相違点2の8は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点2の9は、相違点1の2と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。
相違点2の10について検討する。
甲3発明の「エアバッグ用基布」は、エアバッグに用いるものであるから、かかる「エアバッグ用基布」から「エアバッグ」を作ることは、ごく自然なことであり、容易想到である。

以上から、本件発明7を、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

10.本件発明8
本件発明8は、上記第3.のとおりであり、甲3発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が245又は243dtexおよび単糸繊度が3.4dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ9.5又は9.3%および26.0又は25.7%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で57又は67N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2133又は2128である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明8と甲3発明は、次の点で相違する。
相違点2の11:原糸について、本件発明8では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3発明では明らかでない点。
相違点2の12:動的通気度について、本件発明8では「800mm/s以下」であるが、甲3発明では「1598又は1488mm/s」である点。
相違点2の13:エアバッグ用基布について、本件発明8では「エアバッグ用基布からなるサイドカーテンエアバッグ」であるが、甲3発明では「エアバッグ用基布」である点。

相違点2の11は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点2の12は、相違点1の2と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。
相違点2の13について検討する。
エアバッグ用基布からエアバッグを作ることは、相違点2の10で検討したとおり、ごく自然なことであり、サイドカーテンエアバッグとすることも、相違点1の12で検討したとおり、容易想到である。

以上から、本件発明8を、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

11.小括
本件発明1?15は、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

第11.甲3(続)に基づく第29条第2項の無効理由(理由1の甲3(続))についての当審の判断
1.本件発明
本件発明1?15は、上記第3.のとおりである。

2.基布の生産・流通
甲3(続)は、福井試験センターで保管されていた、ロット番号「HP03427-101」反番「4-08009」の基布(以下「エ系列基布」という。)、ロット番号「HR02554-101」反番「5-08A01」の基布(以下「ウ系列基布」という。)で、ともに品名「LTA303LS」である2つの基布に関するものである。

エ系列基布は、シミズ社により、基布の一部が11月4日に福井試験センターに送付され(甲3(続)-2の11ページ)、試験結果が2008年11月10日にシミズ社にファクシミリ送信された(甲4(続)のエの3)。
エ系列基布はさらに、シミズ社から中央倉庫社に2008年11月11日着として「LOT NO 101」である620m分が移送され(甲4(続)のエの4)、2008年11月14日に中央倉庫社からセーレンオーカス社に620m分納入する旨の指示が2008年11月10日になされ(甲4(続)のエの5)、中央倉庫社はセーレンオーカス社あてに620m分を11月14日必着で出庫する旨の報告書を2008年11月13日に作成し(甲4(続)のエの6)、2008年11月13日に出庫している(甲68の2)。

ウ系列基布は、同様に、シミズ社により、基布の一部が11月10日に福井試験センターに送付され(甲3(続)-2の11ページ)、試験結果が2008年11月14日にシミズ社にファクシミリ送信された(甲4(続)のウの3)。
ウ系列基布はさらに、シミズ社から中央倉庫社に2008年11月17日着として「LOT NO 101」である575m分が移送され(甲4(続)のウの4)、2008年11月21日に中央倉庫社からセーレンオーカス社に575m分納入する旨の指示が2008年11月14日になされ(甲4(続)のウの5)、中央倉庫社はセーレンオーカス社あてに575m分を11月21日必着で出庫する旨の報告書を2008年11月20日に作成し(甲4(続)のウの6)、2008年11月20日に出庫している(甲68の1)。

品名「LTA303LS」なる基布は、エアバッグ用として、2002年から2008年までの間、継続的に生産・販売されている(甲6(続))。
同基布は、2004年9月、2008年10月、11月に、シミズ社から中央倉庫社に入庫後、豊田合成、セーレンオーカス、芦森工業の各社に出庫している(甲30(続))。
豊田合成、セーレンオーカス、芦森工業の各社は、いずれも、エアバッグを製造している(甲58?62)。

品名「LTA303LS」のエアバッグ用基布(甲3(続))は、自動車部品として、継続的に生産され、エアバッグを製造する者に販売されたことから、三菱自動車のグランディスに搭載されたかは別論として、エアバッグとして、何らかの自動車に搭載されたと認められる。
このことは、日本プラスト株式会社からの回答(甲63、甲65)、芦森工業株式会社からの回答(甲66)によっても、裏付けられる。
自動車は、多くの台数が一般消費者に販売され、交換部品も修理工場等に多く保管されることから、交換部品についての秘密管理は困難であり、一般には秘密として管理されていない。
したがって、品名「LTA303LS」であるエ系列基布、ウ系列基布は、ともに2008年に、シミズ社が生産し、中央倉庫社を経て、セーレンオーカス社に販売され、ほかにも、品名「LTA303LS」のエアバッグ用基布が、2002年から2008年までの間に、自由な取引が行われ、公然実施されていたと認められる。

3.基布の構造
福井試験センターで保管されていた品名「LTA303LS」である、エ系列基布、ウ系列基布を、福井試験センターが分析・試験した結果であり、平成26年11月17日付け上申書で訂正された甲3(続)-1には、以下の記載がある。


なお、甲3(続)エ系列基布、ウ系列基布の特性については、両当事者立ち会いのもと、平成26年10月1?2日に、再度、測定が行われている(平成26年8月22日付け被請求人上申書、答弁書(2)の20ページ)。
また、かかる基布が平織りであることは明らかである。
かかる記載を本件発明1?15に照らし整理すると、以下の発明(以下「甲3(続)発明」という。)が記載されている。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が372又は367dtexおよび単糸繊度が5.2又は5.1dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ7.2%および22.6又は22.4%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で80N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて933又は969mm/sであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2265又は2254である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)、
かつ、
ASTM D4032剛軟度が14.8又は13.3Nであり、
構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で18.4又は18.3%であり、
構成糸の強度が経緯の平均値で7.1cN/dtexである
基布。」

なお、甲3(続)発明の認定について、両者間に争いはない(請求人要領書(3)7ページ、被請求人要領書(3)4ページ(3))。

4.対比
本件発明1と甲3(続)発明とを対比する。
甲3(続)発明の各数値は、原糸の沸水収縮率、単糸繊度を除き、本件発明1の各数値範囲に含まれる。

したがって、両者は次の点で一致する。
「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が372又は367dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ7.2%および22.6又は22.4%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で80N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて933又は969mm/sであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2265又は2254である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明1と甲3(続)発明は、次の点で相違する。
相違点3の1:原糸について、本件発明1では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3(続)発明では明らかでない点。
相違点3の2:構成糸の単糸繊度について、本件発明1では「2.0?4.0dtex」であるが、甲3(続)発明では「5.2又は5.1dtex」である点。

5.相違点の判断
相違点3の1は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。

相違点3の2について検討する。
構成糸の単糸繊度は、エアバッグに必要な急速拘束性、展開速度の点の観点からは、低いことが望まれる(被請求人要領書(4)別紙)。
しかし、甲3(続)発明の構成糸の単糸繊度を低くしようとすると、各要素は、相互に関係するため、「既存の製品であり、製品スペックを実現する要素間バランス」(被請求人要領書(3)11?13ページ)を有する甲3(続)発明の構成糸の単糸繊度に着目して、これをあえて変更する動機があるとはいえず、これが可能であることを示す証拠もない。
また、構成糸の単糸繊度を「5.2又は5.1dtex」から、本件発明1の上限値である「4.0dtex」に変更することは、変更の程度が大きく、関係する他の要素の値が本件発明1の範囲を外れるおそれが高い。

請求人は、かかる構成糸の単糸繊度の値自体は、甲1、3、54に記載されており、本件発明1と2とで他の要素の数値範囲が同じであるのに構成糸の単糸繊度のみ異なっているから構成糸の単糸繊度を変更しても他の要素への影響はない旨、主張する(弁駁書(2)の35ページ イ)。
しかし、他の要素への影響の有無にかかわらず、甲3(続)発明は「既存の製品」であって機能に応じた最適化がなされているから、変更のためには、相応の動機が必要と解されるが、上記のとおり、かかる動機はなく、構成糸の単糸繊度のみに着目する必然性もない。
請求人の主張は、採用できない。

以上、本件発明1を、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

6.本件発明4、5、6
本件発明4、5、6は、上記第3.のとおり、本件発明1をさらに限定したものである。

よって、本件発明1が、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明4、5、6についても、同様の理由により、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

7.本件発明2、9、10、11、12
本件発明2は、上記第3.のとおりであり、甲3(続)発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が372又は367dtexおよび単糸繊度が5.2又は5.1dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ7.2%および22.6又は22.4%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で80N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて933又は969mm/sであり、ASTM D4032剛軟度が所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2265又は2254である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明2と甲3(続)発明は、次の点で相違する。
相違点3の4:原糸について、本件発明2では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3(続)発明では明らかでない点。
相違点3の5:ASTM D4032剛軟度について、本件発明2では「3.0?7.5N」であるが、甲3(続)発明では「14.8又は13.3N」である点。

相違点3の4については、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。

相違点3の5について検討する。
剛軟度について、本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【0018】
本発明のエアバッグ用基布をASTM D4032に従って測定した剛軟度は3.0?7.5Nであることが好ましい。剛軟度が7.5N以下であることにより、エアバッグに乗員が突入する場合に、乗員人体の曲面を柔軟に覆い、比較的大面積で突入衝撃を受け止め始めるようになる。そのため、突入エネルギーの受け止め時期は早まり、急速拘束型のエアバッグとすることができる。剛軟度は、基布の曲げ剛性であり、構成する織糸の総繊度が細ければ概ね低くなり、あるいは、構成する織糸の単糸繊度が小さいほうが低くて好ましい。基布の単位面積あたり重量にも関係し、基布の単位面積あたり重量が小さいほど、剛軟度は概ね小さい。本発明において、基布の引張り強力などの特性を最小限満たすため、最小限の単位面積あたり重量も必要なため、剛軟度は実質的に3.0N以上となることが好ましい。また、急速拘束性能は、曲げ剛性である剛軟度と高速展開特性が相俟った相乗効果である。」

すなわち、剛軟度が低いほうが軟らかく、急速拘束性に優れ、人体を柔軟に覆うものとなる。
甲3(続)発明では、剛軟度は「14.8又は13.3N」であり、本件発明2の「3.0?7.5N」を大幅に外れている。
また、剛軟度には、構成糸の総繊度、単糸繊度が影響を与える(請求人要領書(4)別紙、被請求人要領書(4)別紙)。
剛軟度は、低いほうが望ましいものの、甲3(続)発明は、好ましい上限を大幅に外れており、何らかの事情のため、かかる高い剛軟度とされたものと認められ、あえて低くする動機を見出すことはできない。
しかも、甲3(続)発明は「既存の製品」であって機能に応じた最適化がなされているから、変更のためには、相応の動機が必要と解されるが、かかる動機はなく、剛軟度のみに着目する必然性もない。
仮に、低くしようとすると、構成糸の総繊度、単糸繊度が、本件発明2の範囲内で変更可能か否かも明らかでない。
請求人は、かかる剛軟度の値自体は、甲1、3、43?45に記載されている旨主張するが、上記のとおり、あえて低くする動機がない。
相違点3の5を容易想到とすることはできない。

以上、本件発明2を、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

本件発明9、10、11、12は、上記第3.のとおり、本件発明2をさらに限定したものである。
よって、本件発明2が、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明9、10、11、12についても、同様の理由により、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

8.本件発明3、13、14、15
本件発明3は、上記第3.のとおりであり、甲3(続)発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が372又は367dtexおよび単糸繊度が5.2又は5.1dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ7.2%および22.6又は22.4%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で所定値であり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて933又は969mm/sであり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で18.4又は18.3%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2265又は2254である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明3と甲3(続)発明は、次の点で相違する。
相違点3の6:原糸について、本件発明3では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3(続)発明では明らかでない点。
相違点3の7:構成糸の引抜抵抗について、本件発明3では「146?200N/cm/cm」であるが、甲3(続)発明では「80N/cm/cm」である点。

相違点3の6は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。

相違点3の7について検討する。
構成糸の引抜抵抗について、本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0015】
・・・。基布の構成糸の引抜抵抗が高いほど基布の縫目開きが抑制され、エアバッグの気密性が向上する一因となる。構成糸の引抜抵抗は、後述する構成糸の糸-糸間摩擦力が大きいことに加えて、構成糸のクリンプの屈曲形態が大きくて接触面積が多く、かつ、屈曲構造が堅固に形状固定されることで大きな抵抗値を有するようになる。すなわち、構成糸の引抜抵抗は、基布を構成する繊維の単糸表面の油剤付着量や油剤組成、構成糸物性、特に収縮率や収縮応力に影響される。また加工時の製織張力や温度にも影響される。」

すなわち、構成糸の引抜抵抗が高いほど、エアバッグの気密性が向上する一因となる。
甲3(続)発明では、構成糸の引抜抵抗は「80N/cm/cm」であり、本件発明3の「146?200N/cm/cm」を大幅に外れている。
また、構成糸の引抜抵抗には、原糸の沸水収縮率、構成糸の総繊度が影響を与える(請求人要領書(4)別紙、被請求人要領書(4)別紙)。
構成糸の引抜抵抗は、高いほうが望ましいものの、甲3(続)発明は、本件発明3の下限を大幅に外れており、何らかの事情のため、かかる低い引抜抵抗とされたものと認められ、あえて高くする動機を見出すことはできない。
仮に、高くしようとすると、原糸の沸水収縮率、構成糸の総繊度が、本件発明3の範囲内で変更可能か否かも明らかでない。

請求人は、本件発明2と3とで他の要素の数値範囲が同じであるのに構成糸の引抜抵抗のみ異なっているから構成糸の引抜抵抗を変更しても他の要素への影響はない旨、主張する(弁駁書(2)の37ページ(二))。
しかし、他の要素への影響の有無にかかわらず、甲3(続)発明は「既存の製品」であって機能に応じた最適化がなされているから、変更のためには、相応の動機が必要と解されるが、上記のとおり、かかる動機はなく、構成糸の引抜抵抗のみに着目する必然性もない。
請求人の主張は、採用できない。

相違点3の7を容易想到とすることはできない。

以上、本件発明3を、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

本件発明13、14、15は、上記第3.のとおり、本件発明3をさらに限定したものである。
よって、本件発明3が、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない以上、本件発明13、14、15についても、同様の理由により、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

9.本件発明7
本件発明7は、上記第3.のとおりであり、甲3(続)発明と対比すると、以下の点で一致する。

「膨張部と非膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と非膨張部の境界部分における動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が372又は367dtexおよび単糸繊度が所定値のマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ7.2%および22.6又は22.4%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で80N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2265又は2254である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明7と甲3(続)発明は、次の点で相違する。
相違点3の8:原糸について、本件発明7では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3(続)発明では明らかでない点。
相違点3の9:構成糸の単糸繊度について、本件発明7では「2.0?4.0dtex」であるが、甲3(続)発明では「5.2又は5.1dtex」である点。
相違点3の10:動的通気度について、本件発明7では「800mm/s以下」であるが、甲3(続)発明では「933又は969mm/s」である点。
相違点3の11:エアバッグ用基布について、本件発明7では「エアバッグ用基布からなるエアバッグ」であるが、甲3(続)発明では「エアバッグ用基布」である点。

相違点3の8については、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点3の9については、相違点3の2と同様であり、上記5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。
相違点3の10については、相違点1の2と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。
相違点3の11については、相違点2の10と同様であり、上記第10の9.と同様の理由により、容易想到である。

以上、本件発明7を、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

10.本件発明8
本件発明8は、上記第3.のとおりであり、甲3(続)発明と対比すると、以下の点で一致する。

「ナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が372又は367dtexおよび単糸繊度が所定値のマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ7.2%および22.6又は22.4%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で80N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて所定値であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2265又は2254である平織りからなるエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)」

本件発明8と甲3(続)発明は、次の点で相違する。
相違点3の12:原糸について、本件発明8では「沸水収縮率が7.3?13%」であるが、甲3(続)発明では明らかでない点。
相違点3の13:構成糸の単糸繊度について、本件発明8では「2.0?4.0dtex」であるが、甲3(続)発明では「5.2又は5.1dtex」である点。
相違点3の14:動的通気度について、本件発明8では「800mm/s以下」であるが、甲3(続)発明では「933又は969mm/s」である点。
相違点3の15:本件発明8では「エアバッグ用基布からなるサイドカーテンエアバッグ」であるが、甲3(続)発明では「エアバッグ用基布」である点。

相違点3の12は、相違点1の1と同様であり、上記第9の5.と同様の理由により、容易想到である。
相違点3の13、相違点3の14については、相違点3の9、相違点3の10と同様であり、上記9.と同様の理由により、容易想到とすることはできない。
相違点3の15は、相違点2の13と同様であり、上記第10の10.と同様の理由により、容易想到である。

以上、本件発明8を、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたとすることはできない。

11.小括
本件発明1?15は、甲3(続)発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

第12.むすび
以上、本件発明1?15は、無効とすべき理由を発見しない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第64条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
エアバッグ用基布
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は合成繊維からなる基布に関し、特にエアバッグ製造用途に適した基布に関する。更に詳しくは、目開きし難く、展開速度の速いエアバッグ用基布に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今のエアバッグは、車両の小型化、安全向上の観点から、より高速に展開することが望まれている。特に近年装着率が向上しているサイドカーテンエアバッグにおいては運転席等のエアバッグと比較して車体と搭乗者間のスペースが狭いことから、より早い展開速度が求められている。この要求を満たすためには、袋体を軽量化することとインフレータより出力されたガスの漏れを最小限にとどめることが必要である。また、衝突時には、搭乗員が袋と接触して袋体がつぶされ、内圧がより高くなっても袋体の気密性を維持する必要があり、気密性が維持されないと、展開したバッグが乗員を受け止めることが出来なくなり、搭乗者が車体に接触し、障害を負う場合がある。すなわち、展開時に到達する圧力(展開到達圧力)の高いバッグが望まれている。さらには、狭いスペースで早く乗員を捉えるために、すなわち、限られた短い距離で拘束するように、乗員を早く捉えて拘束する急速拘束性が望まれている。
【0003】
エアバッグのコンパクト性および軽量化を実現するために、低繊度かつ高強力な糸を用いることが特許文献1に開示されている。しかし、実際は搭乗員がバッグに接触した場合、膨張部と非膨張部の境界部に応力が集中するため、単に原糸の強力向上を行った場合、繊維のフィブリル化が進み、繊維軸と垂直な方向の強度が低くなり、その結果、膨張部と非膨張部の境界部分の破壊が起こり、実用上十分なバッグ強力を維持できない場合がある。特に、サイドカーテンエアバッグのように、より高速展開が求められる用途では破裂して破袋する問題があった。
【0004】
袋体の気密向上の方法として、織糸の単糸繊度を従来よりも細くして、平織りされた基布の平均動的通気度を500mm/s以下にし、かつ動的通気度曲線指数を1.5以下にすることが特許文献2に開示されている。しかしながら実際に袋体の展開速度を左右する部分は通気量の大きい膨張部と非膨張部の境界部分、すなわち、縫製部であり、基布のみの通気量を低下させても十分とはいえない。
【0005】
また、袋織りエアバッグ基布において、袋織の多重布部(膨張部)と膨張しない部分(非膨張部)との境界部の通気度を50kPa差圧下において0.25リットル/cm/min以下にすることが特許文献3に開示されている。しかしながら、実際に袋体の展開速度を左右する部分は、乗員が展開したバッグに接触し、これによって応力がよりかかる袋織の接結部であり、より実際的な負荷条件では、糸特性によっては展開時の膨張部と非膨張部の境界部分に目開きが発生し、通気量が高くなり展開速度が遅くなる場合がある。
【0006】
さらに、エアバッグ展開速度を速めるために基布の50N/cm荷重時伸度を15%以下に、かつ、基布の300N/cm荷重時伸度を30%以下にするとともに、エアバッグへの乗員の接触時に発生する衝撃力を低減するために、基布の300N/cm荷重時伸度を15%以上にすることが特許文献4で提案されている。しかし、この基布物性においても、より高速展開が要求されるサイドカーテンエアバッグには十分な効果を発揮できない場合がある。つまり、実際の展開時には、負荷がかかった場合に応力の集中が起こる、膨張部と非膨張部の境界部分についての特性が重要であり、この部分の詳細な検討はいまだなされておらず、実用的な技術はいまだ提案されていない。特に、コンパクトでバースト耐性と高速展開性とを両立させた技術はいまだ提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-167551号公報
【特許文献2】特開2009-256860号公報
【特許文献3】特開2002-327352号公報
【特許文献4】特開2003-171842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、従来技術での上記問題を解決するために、通気度を抑えてより高度な気密性能を有し、早い展開速度と、膨張部と非膨張部の境界部分の高い耐圧性とを達成し、高度な乗員の衝撃吸収を有する汎用的なエアバッグの作製に適した基布を提供する事である。さらには、乗員を早く捉えて拘束する急速拘束性に優れたバッグの作製に適した基布を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、特定の繊度を有するマルチフィラメント合成繊維から構成され、構成糸の引抜抵抗が特定範囲にあり、かつ特定荷重時における伸度が特定範囲にある基布が上記目的を達成することを見出し、本発明を完成した。即ち、本発明は下記の発明を提供する。
【0010】
[1]沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
[2]沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、ASTM D4032剛軟度が3.0?7.5Nであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
[3]沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で146?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
[4]前記特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である前記[1]に記載の基布。
[5]JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた前記[1]又は[4]に記載の基布。
[6]前記[4]又は[5]に記載の基布からなるエアバッグ。
[7]膨張部と非膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と非膨張部の境界部分における動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布からなるエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
[8]沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?15%および15?30%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布からなるサイドカーテンエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
[9]構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%である前記[2]に記載の基布。
[10]構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である前記[2]に記載の基布。
[11]JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた前記[2]に記載の基布。
[12]前記[2]に記載の基布からなるエアバッグ。
[13]構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である前記[3]に記載の基布。
[14]JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた前記[3]に記載の基布。
[15]前記[3]に記載の基布からなるエアバッグ。
【発明の効果】
【0011】
本発明の基布でエアバッグを作製した場合、応力がかかった状態での膨張部と非膨張部の境界部分における目開きが抑えられ、気密性および耐圧性に優れた、展開速度の速いエアバッグとなる。また、ガス利用率が良く、高出力のインフレータを要しないエアバッグとなる。さらには、急速拘束性に優れたエアバッグとなる。とりわけサイドカーテンエアバッグ用途にも適したエアバッグ用基布が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】糸-糸間摩擦力の測定装置を説明する図である。
【図2】引抜抵抗の測定方法を説明する図である。
【図3】本発明の実施例で用いたサイドカーテンエアバッグの平面図である。
【図4】本発明の実施例におけるインパクター評価の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を詳細に説明する。
基布を構成する繊維の総繊度は200?550dtexである。より好ましくは235?350dtexである。200dtex以上の繊度であれば、基布強力が不足するようなことがなく、550dtex以下の繊度であれば、展開速度が遅くなるようなことがなくなる。また、総繊度が低ければ、基布の剛軟度を低く抑えることができる。より好ましくは350dtex以下である。基布を構成する繊維の単糸繊度は2.0?7.0dtexである。より好ましくは2.0?5.0dtexである。2.0dtex以上であると、縫製した場合に縫い針によるフィラメントの損傷となるようなことが無く、縫い目部(膨張部と非膨張部の境界部)の強力が低下したり、展開時に破壊が起こることがない。7.0dtex以下であれば通気量が大きくなり展開速度が遅くなるようなことがない。また、単糸繊度が低ければ基布の剛軟度を低く抑えることができ、より好ましくは4.0dtex以下である。
【0014】
基布の特性としては50N/cmの荷重をかけたときの伸度が経糸方向および緯糸方向の平均値で5?15%である。より好ましくは7?12%である。50N/cm荷重伸度が5%以上であれば、展開したバッグが硬くなりすぎて、乗員への衝撃を吸収できないということがない。つまり、エアバッグによる乗員拘束自体が乗員への衝撃や障害となることがない。50N/cm荷重伸度が15%以下であれば、展開速度が遅くなるようなことがない。また、300N/cmの荷重をかけたときの伸度は経糸方向および緯糸方向の平均値で15?30%であることが好ましい。より好ましくは20?28%である。300N/cm荷重伸度が15%以上であれば、展開時の衝撃を吸収できなかったり、特に膨張部と非膨張部の境界部分の特定箇所に応力が集中し過ぎることによるバッグ破壊となるようなことがない。300N/cm荷重伸度が30%以下であれば、展開時の膨張部と非膨張部の境界部分の目開きが発生しやすくなることなく、展開速度の低下が起こらない。300N/cm荷重伸度が低いことで、基布の引張り剛性が高まり、基布は展開ガスのガス圧に対して応答良く速く展開できる。また、300N/cm荷重伸度が低いことで、基布はガス圧による応力に対して伸びにくく、縫目開きや縫目通気、また、接結部組織の目開きや接結部通気が抑制されるため、エアバッグの展開到達圧が向上する。50N/cm及び300N/cm荷重での伸度は、JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率を低く抑えた原糸を用いることで低下させることができる。また、製織後、緊張下での加工時の処理温度を高くしたり、緊張下での冷却を行うことにより、50N/cm及び300N/cm荷重での伸度を低下させることができる。
織物を製織するための原糸の一定荷重時伸び率は5?15%が好ましく、より好ましくは8?12%である。原糸の一定荷重時伸び率が15%以下であれば、基布の上記特定荷重伸度の抑制に寄与する。原糸の他の特性を考慮すると原糸の一定荷重時伸び率は、実質的に5%以上である。原糸の一定荷重時伸び率は、原糸を紡糸する際の延伸条件にて調整できる。例えば、延伸倍率の増加や延伸温度の低下により、JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率を低く抑えた原糸が得られる。
延伸条件を上記のように適宜選択して紡糸された繊維を原糸として用い、また、製織後の加工条件を上記のように適宜選択することによって、50N/cm及び300N/cm荷重での伸度が上記範囲を満足する基布を得ることができる。
【0015】
基布を構成する繊維の引抜抵抗は経糸および緯糸の平均で50?200N/cm/cmである。なお、測定方法については後述する。より好ましくは60?150N/cm/cmである。50N/cm/cm以上であれば、基布の経糸と緯糸が外力に対し移動しやすくなるということがなく、その結果、目開きがし易くなって展開速度低下を起こすということがない。200N/cm/cm以下であれば、構成糸への局所的な応力集中が起こらないようになり、エアバッグ破壊を起こすということがない。基布の構成糸の引抜抵抗が高いほど基布の縫目開きが抑制され、エアバッグの気密性が向上する一因となる。構成糸の引抜抵抗は、後述する構成糸の糸-糸間摩擦力が大きいことに加えて、構成糸のクリンプの屈曲形態が大きくて接触面積が多く、かつ、屈曲構造が堅固に形状固定されることで大きな抵抗値を有するようになる。すなわち、構成糸の引抜抵抗は、基布を構成する繊維の単糸表面の油剤付着量や油剤組成、構成糸物性、特に収縮率や収縮応力に影響される。また加工時の製織張力や温度にも影響される。例えば、基布を構成する単糸表面に存在する油剤付着量を多くする、油剤組成において高分子量のものを用いる、収縮率の小さい原糸や収縮応力の小さい原糸を用いる、加工時の水中処理による形態緩和を行う、不十分な収縮処理あるいは、低い張力での後処理はいずれも、引抜抵抗を低くしてしまう傾向にある。構成糸の引抜抵抗を高めるための好ましい条件は、高収縮原糸を用い、かつ、温水工程を経ずに高温乾熱加工をするという、原糸特性と加工条件の相乗効果により、十分に収縮力を発現させて織物構造を形成することである。これらの調整により、上記範囲の構成糸の引抜抵抗を達成できる。
【0016】
基布の膨張部と非膨張部の境界部の動的通気度は、100N/cmの応力をかけた後に、差圧50kPaにおいて2300mm/s以下であることが展開速度の観点より好ましい。より好ましくは1800mm/s以下である。ここで、基布の膨張部と非膨張部の膨張境界部は、エアバッグを構成する際の基布パネルを縫合する縫目部、または、袋織りにおける接結部である。膨張境界部の負荷後通気度は、エアバッグがガス圧で膨張し負荷がかかった際の通気度を模した特性である。つまり、膨張境界部の負荷後通気度が低いことは、縫目や袋織り接結部の展開時の通気度が低いということであり、展開ガスを失うことなくエアバッグが高速展開する一因となる。つまり、膨張境界部の負荷後通気度が低いことと、300N/cm荷重伸度が低く、基布の引張り剛性が高いということの二つが相俟って、エアバッグの高速展開が可能になる。さらには、境界部での熱ガス通過を阻止することで、境界部での熱交換に起因する破裂による破袋を回避する要因となる。したがって、膨張境界部の負荷後通気度が低いことでエアバッグの展開到達圧が高まる。膨張境界部の負荷後通気度は、構成糸が引抜きにくいことに加えて、膨張境界部が目開きをしようとしても相互に目開き部が噛合い覆い合っているような、構成糸が相互に拘束することを促進することで低通気にすることができる。基布における構成糸のこの相互拘束は、原糸の引張り特性において特定荷重伸度が低く引張り抵抗があること、かつ、加工時の緊張下での高温処理と、緊張下での冷却による織目締まりで実現できる。
【0017】
エアバッグ用基布は基布表面に樹脂加工を施す場合と施さない場合があるが、基布の特性として、樹脂加工を施さない基布を含めて、後述する構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が低く、構成糸の引抜抵抗が高く、50N/cm及び300N/cm荷重時の基布伸度が低く、カバーファクターが高いものは動的通気度が低くなる傾向にあり、これらを調整することにより上記動的通気度を達成できる。また袋織においては、上記に加え、接結組織が2/2斜子のように、構成繊維が応力に対して移動し難い境界部であることも動的通気度を低下せしめる。更に基布に樹脂加工を施すものについては、上記に加えて、樹脂の量が多く、樹脂伸度が高いほど動的通気度は一層低くなる傾向となる。
エアバッグ基布を樹脂加工する場合は、実質上、基布を非通気にするための樹脂加工(エラストマー加工を含む)を施す。加工樹脂としては、例えば、広い温度範囲で柔軟性を有し、耐久性にも優れるシリコーン樹脂(エラストマーを含む)を用いることが好ましい。
【0018】
本発明のエアバッグ用基布をASTM D4032に従って測定した剛軟度は3.0?7.5Nであることが好ましい。剛軟度が7.5N以下であることにより、エアバッグに乗員が突入する場合に、乗員人体の曲面を柔軟に覆い、比較的大面積で突入衝撃を受け止め始めるようになる。そのため、突入エネルギーの受け止め時期は早まり、急速拘束型のエアバッグとすることができる。剛軟度は、基布の曲げ剛性であり、構成する織糸の総繊度が細ければ概ね低くなり、あるいは、構成する織糸の単糸繊度が小さいほうが低くて好ましい。基布の単位面積あたり重量にも関係し、基布の単位面積あたり重量が小さいほど、剛軟度は概ね小さい。本発明において、基布の引張り強力などの特性を最小限満たすため、最小限の単位面積あたり重量も必要なため、剛軟度は実質的に3.0N以上となることが好ましい。また、急速拘束性能は、曲げ剛性である剛軟度と高速展開特性が相俟った相乗効果である。
【0019】
基布のカバーファクター(CF)は展開性能と生産性の両立の観点から、2000?2500が好適である。より好ましくは2100?2500である。膨張境界部の負荷後通気度を下げるために構成糸の相互拘束を高めた織構造を達成するには、カバーファクターは高いほうが良く、高密度織物であることが好ましい。なお、カバーファクター(CF)は下式で表される。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【0020】
構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度は経緯の平均値で10?20%であることが展開速度と乗員拘束性能の観点から好ましい。基布の300N/cm荷重時の伸度を低くするため、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度は20%以下で低いほうが好ましい。構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度は10%以上が好ましく、展開時に膨張部と非膨張部の境界部分に応力が過剰にかかって、破壊するようなことがない。構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度をこの範囲とするには、繊維の素材となるポリマーの分子量や紡糸時の延伸条件を最適に調整し、原糸の前記一定荷重時伸び率を低くすることが好ましい。この観点からも、原糸の一定荷重伸び率は5?15%が好ましく、より好ましくは8?12%である。さらには、製織以降の加工工程にて緊張下での熱処理と、緊張下での冷却も好ましい。
【0021】
構成糸強度は経緯の平均値で7.5cN/dtex以上であることが好ましい。より好ましくは8.0cN/dtex以上である。構成糸破断伸度は経緯平均で25%以上が乗員の拘束性や、バッグが乗員拘束しきれず乗員が車体などに触れてしまう底付きの防止のために好ましい。構成糸強度が7.5cN/dtex未満では基布の強力が不足し、エアバッグ展開時の応力に耐えられず、破壊する場合がある。構成糸破断伸度が25%以上であれば、展開時の衝撃を分散できず、特に膨張部と非膨張部の境界部分に過剰な応力が集中し、バッグ破壊となるようなことがない。紡糸時の延伸条件等により、この範囲に調整することが可能である。
【0022】
使用する原糸においては、糸?糸間摩擦力が1.5?3.0であると展開時の目ズレ防止の観点から特に好ましく、糸?糸間摩擦力が高ければ構成糸の引抜抵抗を高めることに寄与する。
また、沸水収縮率を5?13%とすることでしわの少ない高品質の基布が得られるので好ましい。より好ましくは7%以上であり、さらに好ましくは7.3%以上であり、一層好ましくは8%以上である。また、より好ましくは12%以下である。原糸の沸水収縮率が高ければ、製織以降の加工時に高収縮力が発現し、クリンプの構造が発達するため、構成糸の引抜抵抗を高めることに寄与する。高強度タイプの合成繊維で実質的に入手可能な繊維としては、沸水収縮率は13%以下である。
【0023】
基布を構成する構成糸の素材としては、合成繊維であれば特に限定されないが、ポリアミド類が高強力であり、適度な柔軟性を有するので好適である。さらに言えば、ポリアミド繊維で、ポリアミド6、ポリアミド6・6、ポリアミド11、ポリアミド12、ポリアミド6・10、ポリアミド6・12、ポリアミド4・6、それらの共重合体およびそれらの混合物からなる繊維が挙げられる。なかでも、主としてポリヘキサメチレンアジパミド繊維からなるポリアミド6・6繊維が好ましい。ポリヘキサメチレンアジパミド繊維とは100%のヘキサメチレンジアミンとアジピン酸とから構成される融点が250℃以上のポリアミド繊維を指す。本発明で用いられるポリアミド6・6繊維は、融点が250℃未満とならない範囲で、ポリヘキサメチレンアジパミドにポリアミド6、ポリアミド6・I、ポリアミド6・10、ポリアミド6・Tなどを共重合、あるいはブレンドしたポリマーからなる繊維でもよい。これらの繊維成分ポリマー及び繊維表面には工程性改善や後加工性および耐熱性能向上のために添加剤を加える場合もある。たとえば酸化防止剤や熱安定剤、平滑剤、帯電防止剤等である。
【0024】
製織時に使用される織機についてはウォータージェットルーム、エアージェットルーム、レピア等々既存に存在する織機が適用出来、開口機はジャガード等の既知の装置が使用でき、目的の基布が製造可能であれば特に限定されない。
織組織についても特に限定されず、強度の観点から平織り組織が特に好ましい。袋織りする場合の袋部(膨張部)と非膨張部の境界部分の織り組織構成は既知の構成を用いることが出来る。製織時には例えば経糸に糊剤付与等の収束性向上を行ってもよいがこれを使用しないほうがコストの面でより好ましい。
【0025】
製織後の生機は、糊剤や過剰な油剤成分や汚れの除去の精練洗浄をすることがある。しかし、精練せずに織物に仕上げることが好ましい。ウォータージェット織機によって油剤成分が概ね脱落し、油剤成分付着量が適度になった織物を精練せずにエアバッグ用織物に仕上げるのも好ましい。精練工程で効果的に洗浄を行うために温水に通すと、繊維の収縮が起こると同時に織糸の拘束構造が緩んでしまい、構成糸の引抜抵抗が低下するため、無精練が好ましい。
【0026】
次いで、織物を乾燥し、熱固定を行ってエアバッグ用織物に仕上げることができる。織物の乾燥および熱固定では織物幅と経糸方向の送りについてそれぞれ収縮量や張力を制御することが好ましい。たとえば、テンターやドラム乾燥機などが用いられる。織物の引張試験における50N/cmおよび300N/cm荷重時の特定荷重伸度を低く保つためには、加熱処理しながらも収縮するに任せず張力をかけながら加工することが好ましい。また、加熱温度は高温で十分収縮力発現させたほうが織糸の拘束構造が発達するため、170℃以上とすることが好ましい。また、緊張加熱処理はテンター法など経緯方向に張力制御して緊張加工できる方法が好ましい。特に、経緯とも定長以上の拡張条件が好ましい。緊張加熱処理条件としては、経方向送りは収縮方向となるようなオーバーフィードではなく、また、緯方向は収縮方向となるような幅入れではないほうが好ましい。むしろ、いずれも拡張方向の緊張条件が好ましい。経緯の拡張量は、寸法比の合計において、マイナスの値(収縮)ではなく、0%以上5%程度までの拡張条件が好ましい。さらには、加熱処理直後も張力をかけながら冷却することが好ましい。特に、冷却時には、定長保持では織物がたるむ挙動があり、張力を保持して冷却することで、織糸の拘束構造が強固になり、相互に織目を覆うため、境界部の負荷後通気度を下げることに寄与する。冷却においてもテンター法など経緯方向に張力制御して緊張加工できる方法が好ましく、0%を超え5%程度までの拡張条件が好ましい。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに説明する。しかし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。実施例に記述される各種評価は以下のごとく行なった。
なお、JISは1999年度版を用いた。
(1)原糸の沸水収縮率:原糸を1mの枷巻きにして、沸騰水に30分浸漬した後取り出し、8時間以上風乾後、その縮量を元の長さからの割合で算出した。
(2)原糸の糸-糸間摩擦力(F):図1に示したように、原糸を3回よりかけして互いに接触させ、給糸側の荷重(T1)を140gとして、よりかけの後の引き取り張力(T2)を測定し、T2/T1を摩擦力Fとした。測定時の引き取り速度は3cm/minとした。
(3)原糸の一定荷重時伸び率:JIS L1017 7.7に準じて評価した。
【0028】
(4)基布の伸度と強力:JIS L1096 8.14.1a法に準じて実施した。
(5)構成糸の諸特性:JIS L1096 附属書14に準じて、織物を分解し、経緯の構成織糸につき、クリンプ率はJIS L1096 8.7b法にて実施した。伸度および強度はJIS L1017 8.5a法を参考に試料長200mm、引張り速度200mm/minにて実施した。
【0029】
(6)構成糸の引抜抵抗(P):図2の(a)に引抜抵抗測定試料を示す。構成糸の引抜抵抗P(N/cm/cm)は、基布を縦4cm×横6cmに切り出し、横方向6cm長の織糸15本分を残して横方向の織糸を除去し、横端より2cm、3cm、4cmの3箇所の縦の織糸をそれぞれ1本ずつの引張り試料とした。なお、図2において、11は縦方向の3本の織糸(右端より2cm、3cm、4cmの位置で選定)を示し、12は横方向の織糸15本を残した織物部を示す。次に、図2の(b)に示したように、縦の織糸引張試料1本ずつを25mm長で把持するチャック(21)で把持し、一方、横方向の織糸が残っている織物部について、引抜く縦の織糸を15mm幅でまたぐようにスペーサー(23)を入れてチャック(22)で把持し、引張試験機にて10mm/minの速度で引張って引抜いた時の最大の力f(N)を求めた。この測定を織物の経緯の両方向とも実施した。下記式にて経糸が1cm幅の相当本数で緯糸と1cm幅の相当本数で直交する場合の抵抗値として算出した。緯糸方向についても同様に算出した。
P=f×(Dx/2.54)/(15×2.54/Dy)
(ただし、f:測定値(N)、Dx:測定部分の織密度(本/2.54cm)、Dy:測定部分と垂直方向の織密度(本/2.54cm)、P:引き抜き抵抗値(N/cm/cm))
但し、Dx、Dyがほぼ同じ密度であれば平均の密度を代入してもかまわない。
【0030】
(7)膨張部と非膨張部の境界部の通気度(負荷縫目通気度):サンプル基布として縦28cm×横15cmを2枚切り出し、平織りコート布であればコート面を互いに向かい合わせで、長辺の端から1cmの部分より1350dtexの撚り糸である縫製糸にて50回/10cmで本縫いにて縫製し、縫い糸両端を結ぶ。その後、縫い合わせたサンプル基布を開いて、縫目を中心にした基布端のそれぞれを6cm×6cmの把持治具を用いて40cmの治具間隔で縫目を中央にして把持し、A&D社製引っ張り試験機を用い、100mm/minの引張速度にて1500Nの荷重をかけた後、一旦取り出し、10時間後に動的通気度を測定した。動的通気度は、TEXTEST社製FX3350を用い、充填圧300kPa、充填容量400ccにて負荷縫目を中心にして測定を実施し、50kPa時の通気度を測定した。袋織布については、縦28cm×横15cmを切り出し、シーム部が端から1cmの部分となるようにして、同様の負荷処理を加えて測定した。
(8)剛軟度:ASTM D4032-94にしたがって測定した。
【0031】
(9)サイドカーテンエアバッグの作製:平織りのエアバッグ用織物では、図3に示す形状で容量24Lのサイドカーテンエアバッグを、縫糸が235dtex/2×3、運針数が5.0針/cmで4mm幅の2列本縫いで縫製した。
サイドカーテンエアバッグにはインナーチューブを挿入し、展開ガスをリア端のガス供給口からフロント膨張部とリア膨張部へ誘導するようにした。インナーチューブはポリアミド6・6繊維700dtex/105fによる経緯38×38本/2.54cmの平織り布で、20g/m^(2)のシリコーンコーティング布を用いた。この布をガス供給口が挿入できるような口径で筒状にバイアス縫製した。縫製は1400dtexの縫い糸で、36本/10cmの運針数で7mm幅の2列の二重環縫いで行なった。インナーチューブの先端は開口であり、さらに、縫製部を上側として、リア膨張部のガス供給の切り欠き口を下側に向けて設けた。
【0032】
(10)展開速度:上記(7)項に記載のサイドカーテンエアバッグをロール状に畳み込み、粘着テープで6箇所にわたって仮止めして水平に保持ラックに設置した。マイクロシス社製CGSシステムを用い、急速ガス導入から展開が完了するまでの時間を、高速カメラによる0.5msコマの撮影で計測した。展開完了の判断は、ロール状の全長に渡ってサイドカーテンエアバッグが広がり、鉛直方向は水平の全長に渡って一旦全展開長まで達し、かつ、ガスによって全膨張部にガスが行き渡った状態を展開完了とした。このときに用いたガス導入条件は、ヘリウムガスを6MPaで720ccタンクに充填したものをエアバッグに供給した。
【0033】
(11)インフレータ展開:上記(7)項に記載のサイドカーテンエアバッグを、畳むことなくカーテン状に保持ラックに設置した。ガス出力1モルのパイロ型インフレータを用いて展開し、破壊にかかわる展開後のバッグの様子を観察した。また、展開時のガスリーク状況を知るためインフレータ到達ガス圧を評価した。
(12)総合評価:展開速度、到達ガス圧、インフレータ展開後の観察結果から、◎:大変良い、○:良い、△:普通、×:悪い、の基準で評価した。
【0034】
(13)インパクター試験:FMVSS201に準じて実施した。上記(7)項に記載のサイドカーテンエアバッグを、畳むことなくカーテン状に保持ラックに設置した。2.0molストアードガスインフレーターをガス供給口にホースバンドで取り付け、展開させた。側面から展開膨張を観察し、膨張断面積が99%に達した時点に合わせて、ヘッドフォームを衝突させた。すなわち、サイドカーテンエアバッグの運転席保護エリアのクッション中心部に向けてカーテン面に対して垂線方向から、FMVSS201用ヘッドフォーム(重さ4.5kg)を24km/Hrで放出した。ヘッドフォーム内の加速度計により衝撃吸収の加速度(m/s^(2))の時間経過(msec)を計測した。図4に示した「加速度-時間」曲線の下部面積の中で、減速加速度が検出され始める拘束開始時点から全面積の15%の時点での時間を拘束立ち上がり時間とし、この時間の短さで急速拘束性を評価した。比較例14のケースを100として相対値にて示した。
【0035】
[実施例1、2および比較例1、2]
実施例1および2として総繊度の検討を実施した。表1に示した諸特性を有するナイロン66マルチフィラメント原糸を用い、糊剤等付与することなくウォータージェットルームを用いて平織にて織布を作製し、95℃で30秒乾燥した。次いで、片面にシリコーン樹脂を20g/cm^(2)塗布して、180℃で2分間の加硫をピンテンターで経方向が1%のオーバーフィード、緯方向が0%ストレッチで行い、15℃のシリンダー冷却を行った。引き続き、常温のピンテンターにて経方向に1%の緊張フィード、緯方向つまり幅方向に1%のストレッチで4分間処理し、基布を作製した。得られた基布を用いサイドカーテンエアバッグを縫製作製し、展開速度計測とインフレータ展開を実施した。得られた結果を基布および構成糸の特性と共に表1に示す。
【0036】
比較例1および2として、表2に示した諸特性を有するナイロン66マルチフィラメント原糸を用いたことを除いて実施例1および2と同様の方法で、実施例1および2とカバーファクターを合せた基布を作製し、実施例1および2と同様に評価した。その結果を表2に示す。
これらの結果から分かるように、総繊度が本発明範囲内のものは展開速度およびインフレータ展開性とも良好な結果を示している一方で、比較例1は総繊度が細くガス圧に耐えず破袋した。比較例2は総繊度が太く展開速度が遅くなった。
【0037】
[参考例3、実施例4および比較例3、4]
参考例3および実施例4として、実施例1および2と同じ原糸をそれぞれ用い、織密度を参考例3では74本/inch、実施例4では55本/inchとして実施例1および2と同様に平織の織布を製織し、95℃で30秒乾燥後、テンターを用いて180℃にて1分間オーバーフィード0%および幅出し2%で熱セットし、この後に、15℃のシリンダー冷却を行った。さらに、常温のピンテンターにて経方向に1%の緊張フィード、緯方向つまり幅方向に1%のストレッチで4分間処理し、シリコーン樹脂を塗布することなく基布を得た。得られた基布について実施例1および2と同様に評価を行なった。得られた結果を表1に併せて示す。
【0038】
また比較例3および4として、比較例1および2と同じ原糸をそれぞれ用い、織密度を比較例3では85本/inch、比較例4では39本/inchとして比較例1および2と同様に平織の織布を製織し、95℃で30秒乾燥後、180℃にて1分間オーバーフィード0%および幅出し2%で熱セットし、シリコーン樹脂を塗布することなく基布を得た。得られた基布について実施例1および2と同様に評価を行なった。得られた結果を表2に併せて示す。
これらの結果より、総繊度が本発明範囲内のものは展開速度およびインフレータ展開性とも良好な結果を示している一方で、比較例3は総繊度が細くガス圧に耐えず破袋した。比較例4は総繊度が太く展開速度が遅くなった。
【0039】
[実施例5および比較例5、6]
実施例5では、単糸繊度2.2dtexで構成されたナイロン66マルチフィラメント原糸を用いたことを除いて、参考例3と同様に基布を作製した。得られた基布について実施例1と同様に評価を行なった。得られた結果を表1に併せて示す。比較例5、6では単糸繊度1.7dtexおよび8.1dtexで構成されたナイロン66マルチフィラメント原糸を用いたことを除いて、実施例4および5とそれぞれ同じ条件で基布を作製し、評価を行なった。その結果を表2に併せて示す。
実施例4、5および比較例5、6の結果から分かるように、単糸繊度が本発明の範囲のものは、展開速度が速いが、比較例5では単糸繊度が細く、縫製部破壊で破袋した。比較例6では単糸繊度が太く縫目負荷通気が多くて展開速度も遅く到達圧も低かった。
【0040】
[実施例6、参考例7および比較例7、8]
表1および2に示したナイロン66マルチフィラメント原糸を用いたことを除いて、参考例3と同様に基布を作製し、基布物性として50N/cm荷重時伸度および300N/cm荷重時伸度を変化させた。得られた基布について実施例1と同様に評価を行ない、結果を表1および2に併せて示した。
これらの結果から分かるように、50N/cm荷重時伸度および300N/cm荷重時伸度が本発明の範囲内にあるものは良好な結果を示す一方、比較例7は原糸物性を反映して基布の50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が大きいため展開速度も遅く到達圧も低かった。比較例8は原糸の沸水収縮率を大きくしたため、基布の50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が小さすぎ、特定縫製部に応力集中して破袋した。
【0041】
[比較例9および10]
比較例9は、織布作製後熱セット前に有機溶剤にて織布表面の紡糸油剤を除去したことを除いて、参考例3と同様に基布を作製した。また、比較例10は、織布作製後熱セット前に、織布にチオジプロピオン酸ジオレートを塗布したことを除いて参考例3と同様に基布を作製した。得られた基布を実施例1と同様に評価し、その結果を表2に併せて示す。これらの結果から分かるように、比較例9は引抜抵抗が大きすぎて特定縫製部に応力集中して破袋した。比較例10は引抜抵抗が小さすぎて展開到達圧が低かった。
【0042】
[実施例8]
原糸の原料ポリマーとしてナイロン46を用いたことを除いて、実施例1と同様に基布を作製した。得られた基布を実施例1と同様に評価し、その結果を表1に併せて示す。表1から明らかなように、展開速度およびインフレータ展開性とも良好な結果を示した。
【0043】
[比較例11]
表2に示したナイロン66マルチフィラメント原糸を用い、レピア織機にて平織物を得た。次いで、アルキルベンゼンスルホン酸ソーダ0.5g/lおよびソーダ灰0.5g/lを含んだ80℃温水浴中でたるみ無く布送りして3分間洗浄し、130℃で3分間乾燥し、180℃で30秒間オーバーフィード0%および幅出し1%で熱セットし、積極冷却はせずに振落としで受箱に受け取り、シリコーン樹脂を塗布することなく基布を得た。得られた基布について参考例3と同様に評価を行なった。得られた結果を表2に示す。引抜抵抗が小さすぎて展開到達圧が低かった。
【0044】
[比較例12]
表2に示したナイロン66マルチフィラメント原糸を用い、糊剤等付与することなくウォータージェットルームを用いて平織にて織布を作製し、95℃で30秒乾燥後、160℃にて1分間オーバーフィード2%および幅入れ2%で熱セットし、冷却はファンで風を当てながら振落としで受箱に受け取り、シリコーン樹脂を塗布することなく基布を得た。得られた基布について実施例1および2と同様に評価を行なった。得られた結果を表2に併せて示す。加工が緊張加工ではなく、引抜抵抗が低い。展開到達圧も低かった。
【0045】
[比較例13]
表2に示したナイロン66マルチフィラメント原糸を用いたことを除いて、参考例3と同様に基布を作製し、得られた基布について参考例3と同様に評価を行なった。得られた結果を表2に併せて示す。低収縮の原糸を用いており、引抜抵抗が低い。展開到達圧も低かった。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
[比較例14]
比較例6に記載の基布を用いて剛軟度の評価を行った。また、インパクター拘束立ち上がり時間を評価し、基準とした。結果を表3に示す。
[参考例10]
参考例3に記載の基布を用いて剛軟度とインパクター拘束立ち上がり時間の評価を行った。結果を表3に併せて示す。剛軟度は柔軟さを示しており、インパクター拘束立ち上がり時間は早いものであった。
【0049】
[参考例11および実施例12]
表3に示したナイロン66マルチフィラメント原糸を用い、参考例3と同様に基布を作製し、得られた基布について参考例3と同様に評価を行なうと共に、剛軟度およびインパクター拘束立ち上がり時間を評価した。結果を表3に併せて示す。剛軟度は柔軟さを示しており、インパクター拘束立ち上がり時間は早いものであった。
【0050】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の基布で作製したエアバッグは、応力がかかった状態での膨張部と非膨張部の境界部分における目開きが抑えられ、耐圧性に優れ、展開速度が速い。
【符号の説明】
【0052】
1 糸
2 錘(T1)
3 ロードセル(T2)
4 滑車
11 縦方向の3本の織糸
12 横方向の織糸15本を残した織物部
21 チャック
22 チャック
23 スペーサー
31 開口部
32 開口部
41 サイドカーテンエアバッグ
42 袋境界部
43 インナーチューブ
44 インフレータ取付部
45 保護エリア中心部位
46 接合部
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項2】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、ASTM D4032剛軟度が3.0?7.5Nであり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項3】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?7.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で146?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて1300mm/s以下であり、構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項4】
前記特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である請求項1に記載の基布。
【請求項5】
JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた請求項1又は4に記載の基布。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の基布からなるエアバッグ。
【請求項7】膨張部と非膨張部の境界部に100N/cmの荷重を負荷した後、膨張部と非膨張部の境界部分における動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、かつ、沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?11.7%および15?28%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布からなるエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項8】
沸水収縮率が7.3?13%であるナイロン66繊維を原糸として用いた、総繊度が200?550dtexおよび単糸繊度が2.0?4.0dtexのマルチフィラメントから構成され、樹脂被膜を有さず、50N/cmおよび300N/cm荷重時の伸度が経緯の平均値でそれぞれ5?15%および15?30%であり、構成糸の引抜抵抗が経緯の平均値で50?200N/cm/cmであり、下記の特定縫製で縫合した縫合境界部における100N/cm負荷後の動的通気度が差圧50kPaにおいて800mm/s以下であり、下式で表されるカバーファクター(CF)が2100?2500である平織りからなることを特徴とするエアバッグ用基布からなるサイドカーテンエアバッグ。
特定縫製:織物を2枚、1350dtexの撚り糸を用いて50回/10cmで本縫いする。
CF=√(0.9×d)×(2×W)
(但し、dは構成糸の経緯平均の総繊度(dtex)であり、Wは経緯平均の織密度(本/2.54cm)である。)
【請求項9】
構成糸の4.7cN/dtex荷重時の伸度が経緯の平均値で10?20%である請求項2に記載の基布。
【請求項10】
構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である請求項2に記載の基布。
【請求項11】
JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた請求項2に記載の基布。
【請求項12】
請求項2に記載の基布からなるエアバッグ。
【請求項13】
構成糸の強度が経緯の平均値で7.5cN/dtex以上である請求項3に記載の基布。
【請求項14】
JIS L1017 7.7に規定の一定荷重時伸び率が5?15%であるナイロン66繊維を原糸として用いた請求項3に記載の基布。
【請求項15】
請求項3に記載の基布からなるエアバッグ。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2015-08-12 
結審通知日 2015-08-14 
審決日 2015-08-26 
出願番号 特願2011-553636(P2011-553636)
審決分類 P 1 113・ 851- YAA (D03D)
P 1 113・ 537- YAA (D03D)
P 1 113・ 857- YAA (D03D)
P 1 113・ 121- YAA (D03D)
P 1 113・ 112- YAA (D03D)
P 1 113・ 853- YAA (D03D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 奥野 剛規  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 栗林 敏彦
熊倉 強
登録日 2012-10-05 
登録番号 特許第5100895号(P5100895)
発明の名称 エアバッグ用基布  
代理人 古賀 哲次  
代理人 中村 和広  
代理人 岡田 春夫  
代理人 柴田 有佳理  
代理人 中村 和広  
代理人 古賀 哲次  
代理人 青木 篤  
代理人 胡田 尚則  
代理人 中西 淳  
代理人 山口 健司  
代理人 青木 篤  
代理人 内田 誠  
代理人 植木 久一  
代理人 胡田 尚則  
代理人 植木 久彦  
代理人 山口 健司  

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