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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部無効 2項進歩性  C08J
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
管理番号 1340414
審判番号 無効2015-800090  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-07-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-03-30 
確定日 2018-01-09 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5638533号「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」の特許無効審判事件についてされた平成28年2月2日付け審決(以下,「一次審決」という。)に対し,知的財産高等裁判所において審決取消しの判決(平成28年(行ケ)第10064号,平成29年6月29日)があったので,さらに審理のうえ,次のとおり審決する。 
結論 特許第5638533号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?14〕について訂正することを認める。 特許第5638533号の請求項5,6,8及び11?13に係る発明についての本件審判の請求を却下する。 特許第5638533号の請求項1?4,7,9,10及び14に係る発明についての本件審判の請求は成り立たない。 審判費用は,請求人らの負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5638533号(請求項の数14。以下,「本件特許」という。)は,平成23年4月14日(優先権主張:平成22年4月20日)を国際出願日とする特許出願(特願2011-536689号)に係るものであって,平成26年10月31日に設定登録されたものである。
本件審判における一次審決までの手続の経緯は,以下のとおりである。

平成27年 3月30日 審判請求書
6月18日 答弁書,訂正請求書
7月30日 弁駁書
8月31日 審理事項通知書
9月18日 口頭審理陳述要領書(請求人ら)
口頭審理陳述要領書(被請求人)
10月 2日 第1回口頭審理
12月14日 補正許否の決定
平成28年 2月 2日 一次審決(請求不成立(請求項5,8については却下))

請求人は,平成28年3月14日,知的財産高等裁判所に一次審決の取り消しを求める訴えを提起した(平成28年(行ケ)第10064号)。同裁判所は,平成29年6月29日,一次審決を取り消す旨の判決(以下,「本件取消判決」という。)を言渡し,この判決はその後確定した。
その後の手続の経緯は,以下のとおりである。

平成29年 7月18日 訂正請求申立書
7月26日 通知書(訂正請求のための期間指定通知)
8月 8日 訂正請求書

審判長は,平成29年8月15日,請求人らに対して同年同月8日付けの訂正請求書の副本を送付するとともに,同訂正請求書による訂正の請求に対して意見があれば弁駁書を提出するよう求めたが,請求人らから弁駁書は提出されなかった。

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
平成29年8月8日付けの訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の明細書及び特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?14について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。
なお,平成27年6月18日付けの訂正請求書による訂正の請求は,本件訂正の請求がされたことに伴い,特許法134条の2第6項の規定により,取り下げられたものとみなす。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に,
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?8.0であるポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
と記載されているのを,
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,
前記界面活性剤(B)が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5,6及び8を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項7に「請求項1?6のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。」と記載されているのを,「請求項1,2,3および4のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項9に「上記製膜原液が,界面活性剤(B)を70質量%以上含む混合物を用いて得られたものである,請求項1?8のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法。」と記載されているのを,「当該製膜原液が,界面活性剤(B)としてジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いて得られたものである,請求項1,2,3,4および7のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法。」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項11,12及び13を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項14に「請求項1?8のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムを,」と記載されているのを,「請求項1,2,3,4および7のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムを,」に訂正する。

(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落【0008】に,
「すなわち,本発明は,
[1]PVA系重合体(A),および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むPVA系重合体フィルムであって,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?8.0であるPVA系重合体フィルム,
[2]PVA系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である,上記[1]のPVA系重合体フィルム,
[3]酸性物質(C)を用いて得られたものである,上記[1]または[2]のPVA系重合体フィルム,
[4]酸性物質(C)の25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上であり,且つ当該酸性物質(C)の常圧下での沸点が120℃を超える,上記[3]のPVA系重合体フィルム,
[5]界面活性剤(B)がノニオン系界面活性剤である,上記[1]?[4]のいずれか1つのPVA系重合体フィルム,
[6]ノニオン系界面活性剤がアルカノールアミド型の界面活性剤である,上記[5]のPVA系重合体フィルム,
[7]酸化防止剤(D)を界面活性剤(B)に対して0.01?3質量%含む,上記[1]?[6]のいずれか1つのPVA系重合体フィルム,
[8]水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,上記[1]?[7]のいずれか1つのPVA系重合体フィルム,
[9]PVA系重合体(A)および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含む製膜原液を調製する工程と,当該製膜原液を製膜する工程とを含み,上記製膜原液が,界面活性剤(B)を70質量%以上含む混合物を用いて得られたものである,上記[1]?[8]のいずれか1つのPVA系重合体フィルムの製造方法,
[10]上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである,上記[9]の製造方法,
[11]上記混合物が,水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが8.0以上となるものである,上記[9]または[10]の製造方法,
[12]上記混合物が,
・界面活性剤(B),および,
・当該界面活性剤(B)を製造する際に使用した原料,触媒,溶媒,当該界面活性剤(B)が分解して生じた分解物,および,安定剤のうちのいずれか
を含む,上記[9]?[11]のいずれか1つの製造方法,
[13]上記混合物が,
・アルカノールアミド型のノニオン系界面活性剤,および,
・それに対応するアルカノールアミン
を含む,上記[9]?[11]のいずれか1つの製造方法,
[14]上記[1]?[8]のいずれか1つのPVA系重合体フィルムを,温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管することを特徴とする,PVA系重合体フィルムの保管方法,
に関する。」
と記載されているのを,
「すなわち,本発明は,
[1]PVA系重合体(A),および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むPVA系重合体フィルムであって,
前記界面活性剤(B)が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,
ことを特徴とするPVA系重合体フィルム,
[2]PVA系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である,上記[1]のPVA系重合体フィルム,
[3]酸性物質(C)を用いて得られたものである,上記[1]または[2]のPVA系重合体フィルム,
[4]酸性物質(C)の25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上であり,且つ当該酸性物質(C)の常圧下での沸点が120℃を超える,上記[3]のPVA系重合体フィルム,
[5](削除)
[6](削除)
[7]酸化防止剤(D)を界面活性剤(B)に対して0.01?3質量%含む,上記[1],[2],[3]および[4]のいずれか1つのPVA系重合体フィルム,
[8](削除)
[9]PVA系重合体(A)および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含む製膜原液を調製する工程と,当該製膜原液を製膜する工程とを含み,当該製膜原液が,界面活性剤(B)としてジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いて得られたものである,上記[1],[2],[3],[4]および[7]のいずれか1つのPVA系重合体フィルムの製造方法,
[10]上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである,上記[9]の製造方法,
[11](削除)
[12](削除)
[13](削除)
[14]上記[1],[2],[3],[4]および[7]のいずれか1つのPVA系重合体フィルムを,温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管することを特徴とする,PVA系重合体フィルムの保管方法,
に関する。」
に訂正する。

(8)訂正事項8
願書に添付した明細書の段落【0010】における「界面活性剤(B)」という記載を,「特定の界面活性剤(B)」に訂正する。

(9)訂正事項9
願書に添付した明細書の段落【0018】の「本発明において使用される界面活性剤(B)の種類に特に制限はないが,例えば,アニオン系界面活性剤,ノニオン系界面活性剤が挙げられる。」という記載を,「本発明では,界面活性剤(B)として,特定のノニオン系界面活性剤を用いる。」に訂正する。

(10)訂正事項10
願書に添付した明細書の段落【0019】の記載を削除する。

(11)訂正事項11
願書に添付した明細書の段落【0022】の記載全体を,
「界面活性剤(B)としては,入手が容易であり安価でもあることから,界面活性剤を含む混合物の形態で使用することが好ましい。本発明では,界面活性剤(B)として,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いる。当該混合物における界面活性剤の含有率は70質量%以上であることが好ましく,80質量%以上であることがより好ましく,90質量%以上であることがさらに好ましい。また当該混合物における界面活性剤の含有率の上限としては,例えば,99.99質量%が挙げられる。当該混合物が含む界面活性剤以外の成分としては,例えば,界面活性剤を製造する際に使用した原料,触媒,溶媒;界面活性剤が分解して生じた分解物;界面活性剤の安定性を向上させるために添加される安定剤などが挙げられ,より具体的には,界面活性剤がラウリン酸ジエタノールアミドよりなるノニオン系界面活性剤である本発明の場合に,対応するジエタノールアミンが挙げられる。」
に訂正する。

(12)訂正事項12
願書に添付した明細書の段落【0023】における「界面活性剤(B)を含む混合物」という記載(3箇所)を,「界面活性剤(B)として用いる混合物」に訂正する。

(13)訂正事項13
願書に添付した明細書の段落の【0025】において,
ア 段落【0025】の冒頭の「本発明のPVA系重合体フィルムは,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が2.0?8.0の範囲内にあることが,長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で極めて重要である。」という記載を,「本発明のPVA系重合体フィルムは,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が2.0?6.8の範囲内にあることが,長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。」に訂正し;
イ 段落【0025】の中程の「この観点より,上記のpHは7.5以下であることが好ましく,7.0以下であることがより好ましく,6.8以下であることがさらに好ましく,6.5以下であることが特に好ましく,6.0以下であることが最も好ましい。」という記載を,「この観点より,上記のpHは7.5以下であることが好ましく,7.0以下であることがより好ましく,6.8以下であることがさらに好ましく,6.5以下であることが特に好ましく,6.0以下であることが最も好ましく,本発明ではPVA系重合体フィルムのpHを前記した「さらに好ましい6.8以下」に規定している。」に訂正する。

(14)訂正事項14
願書に添付した明細書の段落【0026】,【0030】及び【0031】における「pHが2.0?8.0」という記載及び「pHを2.0?8.0」という記載を,それぞれ,「pHが2.0?6.8」及び「pHを2.0?6.8」に訂正する。

(15)訂正事項15
願書に添付した明細書の段落【0031】における「殆ど認めらない。」という記載を,「殆ど認められない。」に訂正する。

(16)訂正事項16
願書に添付した明細書の段落【0040】の冒頭における「また製膜原液の調製時に界面活性剤(B)を配合するにあたり,上記した界面活性剤(B)を含む混合物の形態で使用すれば,」という記載を,「また製膜原液の調製時に界面活性剤(B)を配合するにあたり,界面活性剤(B)として上記した混合物を使用することにより,」に訂正する。

(17)訂正事項17
願書に添付した明細書の段落【0044】における「以下の実施例および比較例において採用された」という記載を,「以下の実施例,比較参考例および比較例において採用された」に訂正する。

(18)訂正事項18
願書に添付した明細書の段落【0055】と【0056】の「実施例8」,並びに段落【0064】の【表1】中の「実施例8」を,それぞれ,「比較参考例1」に訂正する。

(19)訂正事項19
願書に添付した明細書の段落【0056】の「実施例9」および段落【0064】の【表1】中の「実施例9」を,それぞれ,「比較参考例2」に訂正する。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1に対して,「前記界面活性剤(B)が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,」との記載を追加する訂正を含むものである。
(ア)この訂正は,訂正前の請求項1における「界面活性剤(B)」を,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
(イ)a 本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下,「本件明細書等」という。)には,以下の記載がある。
「【0018】
本発明において使用される界面活性剤(B)の種類に特に制限はないが,例えば,アニオン系界面活性剤,ノニオン系界面活性剤が挙げられる。」
「【0020】
ノニオン系界面活性剤としては,例えば,・・・ラウリン酸ジエタノールアミド,オレイン酸ジエタノールアミド等のアルカノールアミド型・・・などが挙げられる。」
「【0022】
界面活性剤(B)は,入手が容易であり安価でもあることから,界面活性剤(B)を含む混合物の形態で使用することが好ましい。・・・当該混合物が含む界面活性剤(B)以外の成分に特に制限はないが,例えば,界面活性剤(B)を製造する際に使用した原料・・・;界面活性剤(B)が分解して生じた分解物・・・などが挙げられ,より具体的には,界面活性剤(B)がアルカノールアミド型のノニオン系界面活性剤である場合に,対応するアルカノールアミンが挙げられる。」
「【0047】
[実施例1]
・・・
そのPVA含水チップ・・・に対してグリセリン・・・,界面活性剤を含む混合物(ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し,且つジエタノールアミンを不純物として含む混合物。当該混合物を水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH・・・は9.64。)・・・,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)・・・を添加し,さらに・・・リン酸二水素カリウム水溶液を・・・添加した後,よく混合して混合物とし,これを・・・加熱溶融した。・・・冷却した後,・・・溶融押出製膜して乾燥することにより,・・・PVAフィルムを得た。・・・」
b 以上によれば,本件明細書等には,界面活性剤(B)としては,アルカノールアミド型のノニオン系界面活性剤であるラウリン酸ジエタノールアミドが使用できるが(【0018】【0020】),界面活性剤(B)を含む混合物の形態が好ましく(【0022】),界面活性剤(B)以外の成分としては,界面活性剤(B)がアルカノールアミド型のノニオン系界面活性剤である場合には,対応するアルカノールアミンが挙げられ(【0022】),実施例においては,界面活性剤を含む混合物として,ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し,ジエタノールアミンを不純物として含む混合物を使用したこと(【0047】)が記載されている。
そうすると,本件明細書等には,「界面活性剤(B)」として,ラウリン酸ジエタノールアミドを含む混合物であって,それ以外の成分として,ジエタノールアミンを不純物として含むもの,すなわち,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」が記載されているということができる。
c 以上によれば,上記訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。
イ 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH」について,「2.0?8.0」を「2.0?6.8」とする訂正を含むものである。
この訂正は,上記pHについて,「2.0?8.0」を「2.0?6.8」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,・・・ポリビニルアルコール系重合体フィルム。」(【請求項8】)との記載があるから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2及び5について
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項5,6及び8を削除するものであり,また,訂正事項5に係る訂正は,訂正前の請求項11,12及び13を削除するものであるから,いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また,これらの訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)訂正事項3及び6について
訂正事項3に係る訂正は,訂正前の請求項7における引用請求項について,「請求項1?6のいずれか1項」を,「請求項1,2,3および4のいずれか1項」に訂正するものであり,また,訂正事項6に係る訂正は,訂正前の請求項14における引用請求項について,「請求項1?8のいずれか1項」を,「請求項1,2,3,4および7のいずれか1項」に訂正するものであるが,いずれも,上記(2)の訂正事項2及び5による請求項の削除に合わせて,引用請求項の一部を削除するものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。また,これらの訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(4)訂正事項4について
ア 訂正事項4に係る訂正は,訂正前の請求項9における「製膜原液」の原料である「混合物」について,「界面活性剤(B)を70質量%以上含む混合物」を,「界面活性剤(B)として」の「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」とする訂正を含むものである。
(ア)a 訂正の目的について検討するにあたり,まず,訂正後の「混合物」について検討すると,ジエタノールアミンは,不純物として混合物に含まれるものであるから,その含有量は微量であって,混合物における含有量が30質量%を超えるものでないことは,当業者にとって明らかであり,一方,界面活性剤であるラウリン酸ジエタノールアミドは,その含有量が70質量%を大きく超えるものであることも,当業者にとって明らかである。
そうすると,上記(1)ア(イ)で述べたことも踏まえると,訂正後の「混合物」は,(界面活性剤である)ラウリン酸ジエタノールアミドを含む(その含有量は70質量%を大きく超える。)混合物であって,それ以外の成分として,ジエタノールアミンを不純物として含む(その含有量は微量である。)ものであり,その「混合物」は界面活性剤(B)として用いられるものであるということができる。
b 以上によれば,訂正前の「界面活性剤(B)を70質量%以上含む混合物」を,「界面活性剤(B)として」の「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」に訂正することは,「混合物」に含まれる界面活性剤とそれ以外の成分について,それらの種類と含有量を限定するとともに,その「混合物」が界面活性剤(B)として用いられることを限定するものといえる。
したがって,上記訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
(イ)また,上記(1)ア(イ)で述べたことも踏まえると,上記訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。
イ 訂正事項4に係る訂正は,訂正前の請求項9における「上記製膜原液」を「当該製膜原液」とする訂正を含むものである。この訂正は,「上記」を「当該」に変更するにすぎないものであり,その意味は実質的に変更されていないが,上記アの訂正と併せて全体としてみれば,上記アで述べたとおり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するといえる。また,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。
ウ 訂正事項4に係る訂正は,訂正前の請求項9における引用請求項について,「請求項1?8のいずれか1項」を,「請求項1,2,3,4および7のいずれか1項」とする訂正を含むものであるが,上記(2)の訂正事項2による請求項の削除に合わせて,引用請求項の一部を削除するものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。また,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(5)訂正事項7?14及び16?19について
訂正事項7?14及び16?19に係る訂正は,上記(1)?(4)の訂正事項1?6による訂正に合わせて,願書に添付した明細書の記載を整合させるものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。また,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(6)訂正事項15
訂正事項15に係る訂正は,訂正前の本件明細書等の段落【0031】における「殆ど認めらない。」を,「殆ど認められない。」に訂正するものであるが,この訂正は,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。また,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(7)一群の請求項について
訂正前の請求項1?14について,請求項2?14は,請求項1を直接的又は間接的に引用するものであり,上記(1)の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項1?14に対応する訂正後の請求項1?14は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。
また,上記(5)及び(6)の訂正事項7?19に係る訂正は,願書に添付した明細書を訂正するものであるが,いずれも一群の請求項である訂正前の請求項1?14に対応する訂正後の請求項1?14に関係するする訂正である。そして,本件訂正は,明細書の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全てについて行われている。

3 まとめ
前記2のとおり,各訂正事項に係る訂正は,特許法134条の2第1項ただし書き1号又は3号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条3項に適合するとともに,同条9項において準用する同法126条4項ないし6項に適合するものであるから,結論のとおり,本件訂正を認める。

第3 本件訂正発明
前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1?14に係る発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?14に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件訂正発明1」等といい,これらをまとめて「本件訂正発明」という場合がある。)。

【請求項1】
ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,
前記界面活性剤(B)が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項2】
ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である,請求項1に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項3】
酸性物質(C)を用いて得られたものである,請求項1または2に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項4】
酸性物質(C)の25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上であり,且つ当該酸性物質(C)の常圧下での沸点が120℃を超える,請求項3に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
酸化防止剤(D)を界面活性剤(B)に対して0.01?3質量%含む,請求項1,2,3および4のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
ポリビニルアルコール系重合体(A)および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含む製膜原液を調製する工程と,当該製膜原液を製膜する工程とを含み,当該製膜原液が,界面活性剤(B)としてジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いて得られたものである,請求項1,2,3,4および7のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法。
【請求項10】
上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである,請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
(削除)
【請求項13】
(削除)
【請求項14】
請求項1,2,3,4および7のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムを,温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管することを特徴とする,ポリビニルアルコール系重合体フィルムの保管方法。

第4 当事者の主張の概要
1 請求人らの主張の概要
(1)請求の趣旨
特許第5638533号の請求項1ないし14に記載された発明についての特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。
(2)無効理由
本件訂正発明は,下記ア?オのとおりの無効理由があるから,本件特許は特許法123条1項2号及び4号に該当し,無効とすべきものである。証拠方法として,甲第1号証?甲第19号証(以下,単に「甲1」等という。)を提出する。
ア 無効理由1(新規性)
本件訂正発明1,2,5及び6に係る発明は,甲2に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないものである。あるいは,本件訂正発明1及び2に係る発明は,甲3に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないものである。
イ 無効理由2(サポート要件)
本件訂正発明は,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではない。
ウ 無効理由3(実施可能要件)
本件訂正発明は,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではない。
エ 無効理由4-1(進歩性)
本件訂正発明1?8及び14は,甲2を主引用例として,周知技術又は周知技術及び甲4を副引用例として,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
オ 無効理由4-2(進歩性)
本件訂正発明3及び本件訂正発明3を引用する本件訂正発明4?8及び14は,甲2を主引用例として,甲8を副引用例として,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
カ なお,請求人らは,第1回口頭審理調書に記載の無効理由4-3として,平成27年7月30日付けの弁駁書において,本件訂正発明9?13は当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないとも主張するが,かかる主張は請求の理由の補正であってその要旨を変更するものであり,特許法131条の2第1項に規定する要件を満足しないから,補正許否の決定により,当該補正は許可されていない。
(3)証拠方法
・甲1の1 特許第5638533号公報
・甲1の2 国際公開第2011/132592号
・甲2 特開2001-311828号公報
・甲3 特開2006-193694号公報
・甲4 特開2001-253956号公報
・甲5 「材料」 第22巻 第239号 第48?56頁
・甲6 「高分子化学」 第19巻 第210号(1962)第598?602頁
・甲7の1 「化学大事典」 第1巻 第872?873頁(1997)共立出版
・甲7の2 C.A.Finch編「Polyvinyl Alcohol - Properties and Applications」(1973年)第91?120頁
・甲8 特開昭61-95054号公報
・甲9の1 長野浩一他著「ポバール 改訂新版」 株式会社高分子刊行会 1981年4月1日発行
・甲9の2 「株式会社クラレの2010年1月29日現在のホームページ」
・甲10の1 三澤忠則他「水溶性高分子 新増補三版」 株式会社化学工業社発行
・甲10の2 「ゴーセノール」 日本合成化学工業株式会社 2007年2月発行
・甲11 特開2001-253993号公報
・甲12 特開2005-206809号公報
・甲13 特許庁編「特許・実用新案の審査基準」 第II部第2章 新規性進歩性(2006.6)
・甲14 特許法 逐条解説 19版
・甲15 特許庁編「特許・実用新案の審査基準」 第I部第1章明細書及び特許請求の範囲の記載要件(2003.10)
・甲16 知財高裁判決 平成21年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件
・甲17 知財高裁判決 平成24年(行ケ)第10178号 審決取消請求事件
・甲18 知財高裁判決 平成25年(行ケ)第10225号 審決取消請求事件
・甲19 特許庁編「特許・実用新案の審査基準」 第II部第2章 新規性進歩性(2006.6)

2 被請求人の主張の概要
(1)答弁の趣旨
本件審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人らの負担とする旨の審決を求める。(2)請求人ら主張の無効理由について
請求人ら主張の無効理由は,いずれも理由がない。証拠方法として,乙第1号証?乙第6号証(以下,単に「乙1」等という。)を提出する。
(3)証拠方法
・乙1 株式会社クラレ 倉敷事業所 ポバールフィルム研究開発部所属 風藤修の作成した実験成績証明書(1)
・乙2 「油化学」 第6巻 第7号 第391?399頁(1957)
・乙3 株式会社クラレ 倉敷事業所 ポバールフィルム研究開発部所属 風藤修の作成した実験成績証明書(2)
・乙4 長野浩一,山根三郎,豊島健太郎著「ポバール」 株式会社高分子刊行会発行 1989年10月1日増刷 第118?119頁
・乙5 「高分子化学」 第14巻 第150号 第528?532頁(1957)
・乙6 「高分子化学」 第10巻 第98号 第271?276頁(昭和28年12月25日発行)

第5 当審の判断
本件特許の請求項5,6,8及び11?13が本件訂正により削除された結果,同請求項5,6,8及び11?13に係る発明についての本件審判の請求は対象を欠くこととなったため,特許法135条の規定により審決をもって却下すべきものである。
また,以下に述べるように,無効理由1,2,3,4-1及び4-2はいずれも理由がなく,請求人らの主張する無効理由及び証拠方法によっては,本件特許の請求項1?4,7,9,10及び14に係る発明についての特許を無効とすることはできない。
以下,事案に鑑み,本件訂正発明の技術的意義について検討した上で,無効理由2,3,1,4-1,4-2の順で検討する。

1 本件訂正発明について
(1)本件訂正発明は,前記第3のとおりのものであるところ,本件訂正後の明細書(以下,「本件訂正明細書」という。)には,以下の記載がある。

【技術分野】
【0001】
本発明はポリビニルアルコール(以下,「ポリビニルアルコール」を「PVA」と略記することがある)系重合体フィルムおよびその製造方法ならびに当該PVA系重合体フィルムの保管方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PVA系重合体を用いて形成されるPVA系重合体フィルムは,水溶性というユニークな特徴とその他の様々な優れた物性を生かして,偏光フィルム製造原料等の光学用途,農薬・洗剤等の化学薬品の包装用途,繊維製品の包装用途など,各種の用途に使用されている。
【0003】
ところで,Tダイ等を用いてPVA系重合体フィルムを製膜する際におけるダイラインの発生や異物の発生を抑制し,製膜性を改善する方法としてノニオン系界面活性剤を配合する方法が提案されている・・・。また光学的スジや光学的色ムラ等のない優れた光学特性を有し,耐ブロッキング性に優れた効果を発揮することができるPVA系重合体フィルムを提供する方法として,特定の界面活性剤を複数種配合する方法が提案されている・・・。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら,界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムをロール状に巻いて,これを常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管した時に,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題があることが近年明らかになってきた。この黄変はPVA系重合体フィルムの機械的強度・延伸性・ヘイズ等の物性にはほとんど影響を与えないが,包装材料として使用した場合に内容物の色が黄色味を帯びたり,偏光フィルムを製造する際の原料として使用した場合に得られる偏光フィルムを透過した光線が黄色味を帯びたりして,消費者や使用者に対して悪印象を与える可能性があった。
【0006】
本発明は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は,上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果,PVA系重合体および界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムであって,水に溶解させた際のpHが一定範囲にあるPVA系重合体フィルムにより上記目的が達成されることを見出し,当該知見に基づいてさらに検討を重ねて本発明を完成させた。
・・・
【発明の効果】
【0009】
本発明のPVA系重合体フィルムは,倉庫内などに長期間保管してもフィルムの色が黄色味を帯びにくい。・・・また,本発明の製造方法によれば,上記のPVA系重合体フィルムを容易に且つ安価に製造することができる。
さらに,本発明の保管方法によりPVA系重合体フィルムを保管すれば,フィルムの黄変をより効果的に抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
・・・
本発明のPVA系重合体フィルムは,PVA系重合体(A)と特定の界面活性剤(B)とを含む。
【0011】
PVA系重合体(A)としては,ビニルエステル系モノマーを重合して得られるビニルエステル系重合体をけん化することにより製造されたものを使用することができる。・・・これらの中でも酢酸ビニルが好ましい。
・・・
【0016】
またPVA系重合体(A)のけん化度は90モル%以上であることが好ましく,93モル%以上であることがより好ましい。・・・
・・・
【0020】
ノニオン系界面活性剤としては,例えば,ポリオキシエチレンオレイルエーテル等のアルキルエーテル型;ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル等のアルキルフェニルエーテル型;ポリオキシエチレンラウレート等のアルキルエステル型;ポリオキシエチレンラウリルアミノエーテル等のアルキルアミン型;ポリオキシエチレンラウリン酸アミド等のアルキルアミド型;ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンエーテル等のポリプロピレングリコールエーテル型;ラウリン酸ジエタノールアミド,オレイン酸ジエタノールアミド等のアルカノールアミド型;ポリオキシアルキレンアリルフェニルエーテル等のアリルフェニルエーテル型などが挙げられる。
【0021】
界面活性剤は1種類を単独で使用しても,2種類以上を併用してもよい。これらの界面活性剤の中でも,製膜時の膜面異常の低減効果に優れることから,ノニオン系界面活性剤が好ましく,また本発明の効果がより顕著に奏されることから,アルカノールアミド型の界面活性剤がより好ましく,脂肪族カルボン酸(例えば,炭素数8?30の飽和または不飽和脂肪族カルボン酸など)のジアルカノールアミド(例えば,ジエタノールアミド等)がさらに好ましい。
【0022】
界面活性剤(B)としては,入手が容易であり安価でもあることから,界面活性剤を含む混合物の形態で使用することが好ましい。本発明では,界面活性剤(B)として,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いる。当該混合物における界面活性剤の含有率は70質量%以上であることが好ましく,80質量%以上であることがより好ましく,90質量%以上であることがさらに好ましい。また当該混合物における界面活性剤の含有率の上限としては,例えば,99.99質量%が挙げられる。当該混合物が含む界面活性剤以外の成分としては,例えば,界面活性剤を製造する際に使用した原料,触媒,溶媒;界面活性剤が分解して生じた分解物;界面活性剤の安定性を向上させるために添加される安定剤などが挙げられ,より具体的には,界面活性剤がラウリン酸ジエタノールアミドよりなるノニオン系界面活性剤である本発明の場合に,対応するジエタノールアミンが挙げられる。
【0023】
上記の界面活性剤(B)として用いる混合物は,本発明の効果がより顕著に奏されることから,水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が8.0以上となるものであることが好ましく,8.5?12.0の範囲内となるものであることがより好ましい。・・・
【0024】
PVA系重合体フィルムにおける界面活性剤(B)の含有率はPVA系重合体100質量部に対して0.001?1質量部の範囲内であることが必要であり,0.01?0.7質量部の範囲内であることが好ましく,0.05?0.5質量部の範囲内であることがより好ましい。上記含有率が0.001質量部より少ないと製膜時の膜面異常の低減効果が現れにくく,1質量部より多いとフィルム表面に溶出してブロッキングの原因になり取り扱い性が低下する。
【0025】
本発明のPVA系重合体フィルムは,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が2.0?6.8の範囲内にあることが,長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。上記のpHが2.0未満の場合には,PVA系重合体自体の劣化によるものと思われる黄変が生じやすくなる。また上記のpHが2.0未満のフィルムは,製膜の際に防腐加工が施された特殊な製膜設備が必要となる。この観点より,上記のpHは2.5以上であることが好ましく,3.0以上であることがより好ましい。一方,上記のpHが8.0を超える場合には,十分な黄変抑制効果が得られない。この観点より,上記のpHは7.5以下であることが好ましく,7.0以下であることがより好ましく,6.8以下であることがさらに好ましく,6.5以下であることが特に好ましく,6.0以下であることが最も好ましく,本発明ではPVA系重合体フィルムのpHを前記した「さらに好ましい6.8以下」に規定している。
なお,PVA系重合体フィルムを7質量%となるように水に添加して攪拌し(必要に応じてさらに加熱および/または冷却をしてもよい),その後20℃に温度を維持した際に,当該PVA系重合体フィルムに含まれる成分の一部が完全には溶解しておらず分散液の形態になっている場合においても,当該分散液のpHを測定することにより得られる値を上記のpHとみなすことができる。
【0026】
本発明のPVA系重合体フィルムについて,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHを2.0?6.8の範囲内にコントロールする方法は必ずしも限定されないが,コントロールが容易であることからPVA系重合体フィルムの製造過程において酸性物質(C)を適量配合する方法が好適である。
【0027】
酸性物質(C)の種類に特に制限はないが,25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上の酸性物質であることが好ましい。・・・
【0028】
また酸性物質(C)の常圧下(絶対圧力で1atm)での沸点は120℃を超えることが好ましい。・・・
【0029】
25℃におけるpKaが3.5以上で常圧下の沸点が120℃を超える酸性物質としては,例えば,乳酸,コハク酸,アジピン酸,安息香酸,カプリン酸,クエン酸,ラウリン酸等の有機酸;ホウ酸,リン酸二水素カリウム,リン酸二水素ナトリウム等の無機酸性物質;アスパラギン酸,グルタミン酸等のアミノ酸などを挙げることができるが,必ずしもこれらに限定されない。これらの酸性物質は1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。これらの中でも,揮発による散逸が実質的に無視できることから無機酸性物質が好ましい。
【0030】
本発明のPVA系重合体フィルムの製造過程において好ましく使用される酸性物質(C)の量は,最終的に得られるPVA系重合体フィルムを水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8の範囲内となる量である。PVA系重合体フィルム中における使用された酸性物質(C)の含有率・・・は,使用される酸性物質(C)の種類などによって一概に定めることはできないが,例えば,PVA系重合体(A)100gに対して0.0001?0.05モルとなる割合が挙げられる。
【0031】
本発明のPVA系重合体フィルムは上記のとおり,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8の範囲内にあるが,・・・さらに酸化防止剤(D)を含むと,理由は定かではないが,黄変の抑制効果をより長期間にわたって持続させることができる。・・・
酸化防止剤(D)の種類に特に制限はないが,フェノール系,ホスファイト系,チオエステル系,ベンゾトリアゾール系,ヒンダードアミン系などの有機系酸化防止剤が好適な物として例示される。
【0032】
本発明のPVA系重合体フィルムにおける酸化防止剤(D)の含有率は,界面活性剤(B)の質量に基づいて0.01?3質量%の範囲内であることが好ましく,0.05?1質量%の範囲内であることがより好ましい。・・・
【0033】
PVA系重合体フィルムは可塑剤を含まない状態では他のプラスチックフィルムに比べ剛直であり,衝撃強度等の機械的物性や二次加工時の工程通過性などが問題になることがある。それらの問題を防止するために,本発明のPVA系重合体フィルムには可塑剤(E)を含有させることが好ましい。好ましい可塑剤としては多価アルコールが挙げられ,・・・本発明のPVA系重合体フィルムを延伸して使用する際における延伸性向上効果などの観点から,エチレングリコールまたはグリセリンが好ましい。・・・
【0034】
本発明のPVA系重合体フィルムは,PVA系重合体(A)および界面活性剤(B)のみからなっていても,PVA系重合体(A)および界面活性剤(B)と上記した酸性物質(C)(但し,共役塩基の形態になっている場合には当該共役塩基を含む塩を含む),酸化防止剤(D)および可塑剤(E)のうちの少なくとも1種のみからなっていてもよいが,必要に応じて本発明の効果を阻害しない範囲で,PVA(A),界面活性剤(B),酸性物質(C)(但し,共役塩基の形態になっている場合には当該共役塩基を含む塩を含む),酸化防止剤(D)および可塑剤(E)以外の他の成分をさらに含んでいてもよい。このような他の成分としては,例えば,水分,紫外線吸収剤,滑剤,着色剤,充填剤,防腐剤,防黴剤,上記した成分以外の他の高分子化合物などが挙げられる。但し,ポリカルボン酸,ポリアミンに代表されるキレート化剤やそれに金属が配位してなるキレート化合物を含むPVA系重合体フィルムはその製造過程においてゲルを生じやすく,用途によっては当該ゲルが最終製品の品質を低下させる場合があることから,PVA系重合体フィルムはキレート化剤およびキレート化合物のいずれも含まないことが好ましい。
・・・
【0037】
PVA系重合体フィルムを製造するための具体的な方法としては,例えば,上記PVA系重合体溶液を使用して,流延製膜法・・・や,押出機などを使用して上記溶融物を得てこれをTダイなどから押出すことにより製膜する溶融押出製膜法など,任意の方法を採用することができる。・・・
【0038】
上記の製膜原液の揮発分濃度(製膜時などに揮発や蒸発によって除去される溶媒等の揮発性成分の濃度)は50?90質量%の範囲内であることが好ましく,55?80質量%の範囲内であることがより好ましい。・・・
【0039】
上記の製膜原液の調製方法に特に制限はなく,例えば,水にPVA系重合体(A)を溶解させたものに,界面活性剤(B)と,必要に応じてさらに酸性物質(C),酸化防止剤(D),可塑剤(E)および上記した他の成分のうちの少なくとも1種を添加する方法や,押出機を使用して含水状態のPVA系重合体(A)を溶融混練する際に,界面活性剤(B)と,必要に応じてさらに酸性物質(C),酸化防止剤(D),可塑剤(E)および上記した他の成分のうちの少なくとも1種を共に溶融混練する方法などが挙げられる。・・・
【0040】
また製膜原液の調製時に界面活性剤(B)を配合するにあたり,界面活性剤(B)として上記した混合物を使用することにより,界面活性剤(B)の煩雑な精製作業をせずに,また,より高価な高純度の界面活性剤(B)を使用する必要がなく製膜原液を容易に且つ安価に調製することができることから好ましい。さらに,上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである場合には,酸性物質(C)の配合時にその配合量を調整することにより得られるPVA系重合体フィルムを水に溶解させた際のpHを容易に上記範囲に調整することができることから好ましい。
・・・
【0042】
また本発明は,上記した本発明のPVA系重合体フィルムを温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管するPVA系重合体フィルムの保管方法を包含する。本発明のPVA系重合体フィルムは,従来のPVA系重合体フィルムに比べて長期間保管した時の黄変が少ない特徴があるが,保管時の温度が高くなるほど黄変しやすくなる傾向があるため,40℃以下の温度で保管するのが好ましい。また保管時の温度が低すぎると,保管場所から使用のために取り出した時にフィルム表面に結露を生じて,それが原因となってフィルムのブロッキングやタルミなどの異常を生じるおそれがある。この観点より,保管時の温度は0℃以上であることが好ましい。同様に,湿度75%RHを超える条件で保管すると,PVA系重合体フィルムの吸湿によりフィルムのブロッキングやタルミなどの異常を生じるおそれがある。PVA系重合体フィルムを保管する際の保管期間に特に限定はないが,あまりに長すぎると,特に高温下に保管した際などにおいて徐々に黄変が進行する可能性があることから,1週間以上2年以内であることが好ましく,1ヶ月以上1.5年以内であることがより好ましく,3ヶ月以上1年以内であることがさらに好ましい。
【0043】
本発明のPVA系重合体フィルムの用途に特に制限はなく,例えば,包装材料;偏光フィルム,位相差フィルム等の光学フィルムを製造するための原料;ランドリーバッグ等の水溶性フィルム;人工大理石を製造する際の離型フィルムなどとして使用することができるが,本発明のPVA系重合体フィルムは,倉庫内などに長期間保管してもフィルムの色が黄色味を帯びにくく,消費者や使用者に対して悪印象を与えにくいことから,包装材料,偏光フィルムまたは位相差フィルムを製造するための原料として使用することが好ましい。・・・
・・・
【0047】
[実施例1]
けん化度99.9モル%,重合度2400,酢酸ナトリウム含量2.4質量%のPVA(ポリ酢酸ビニルのけん化物)のチップ100質量部を35℃の蒸留水2500質量部に24時間浸漬した後,遠心脱水を行いPVA含水チップを得た。得られたPVA含水チップ中の酢酸ナトリウム含量はPVAに対して0.1質量%であり,またPVA含水チップ中の揮発分濃度は70質量%であった。
そのPVA含水チップ333質量部(乾燥状態PVA換算で100質量部)に対してグリセリン12質量部,界面活性剤を含む混合物(ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し,且つジエタノールアミンを不純物として含む混合物。当該混合物を水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(PVAフィルムの場合について上記したのと同様の方法により測定)は9.64。)0.3質量部,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)(フェノール系酸化防止剤)0.003質量部を添加し,さらに1mol/lのリン酸二水素カリウム水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加した後,よく混合して混合物とし,これを最高温度130℃の二軸押出機で加熱溶融した。熱交換機で100℃に冷却した後,95℃の金属ドラム上に溶融押出製膜して乾燥することにより,フィルム幅1.2mで平均厚さ60μmのPVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。得られたPVAフィルムを用いて,水に溶解させた際のpHを上記した方法により測定したところ6.0であった。
【0048】
また得られたPVAフィルムをA4サイズにカットして,まず初期状態での黄色度(YI値)を上記した方法により測定したところ4.6であった。このPVAフィルムを80℃に調整された熱風乾燥機中に吊り下げて放置した。そして放置してから3日後,5日後および10日後のフィルムの黄色度(YI値)を上記した方法により測定したところ,それぞれ7.6,9.0,10.1であった。したがって,黄色度(YI値)の初期値からの増加量である黄変度(ΔYI)は,それぞれ3.0,4.4,5.5と計算された。
以上の各種評価の結果を表1に示した。なお,240時間連続して上記の製膜を行ったが,スジ状の欠点の発生は認められなかった。
【0049】
[実施例2]
実施例1において,1mol/lのリン酸二水素カリウム水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加したことに代えて,1mol/lの乳酸水溶液をPVA100gに対して5mlとなる割合で添加したこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0050】
[実施例3]
実施例1において,1mol/lのリン酸二水素カリウム水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加したことに代えて,1mol/lの酢酸水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加したこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0051】
[実施例4]
実施例2において,乳酸水溶液の添加量をPVA100gに対して5mlとなる割合からPVA100gに対して2mlとなる割合に変更したこと以外は実施例2と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0052】
[実施例5]
PVAのチップとして,けん化度88.0モル%,重合度2400,酢酸ナトリウム含量2.0質量%のPVA(ポリ酢酸ビニルのけん化物)のチップを使用して,実施例1と同様にしてPVA含水チップを得た。得られたPVA含水チップ中の酢酸ナトリウム含量はPVAに対して0.08質量%であり,またPVA含水チップ中の揮発分濃度は86質量%であった。このPVA含水チップを20℃で減圧乾燥して,揮発分濃度を70質量%に調整した。
得られたPVA含水チップを,実施例1において使用された揮発分濃度が70質量%のPVA含水チップの代わりに用いたこと以外は実施例1と同様にしてPVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0053】
[実施例6]
実施例1において,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0054】
[実施例7]
実施例1において,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)の添加量を,PVA含水チップ333質量部(乾燥状態PVA換算で100質量部)に対して0.003質量部から0.018質量部に変更したこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムには実用上の支障になるほどではないが,日光などの強い光の元で観察すると,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)によって生じたと推定される凝集物状の欠点が薄く見られた。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0055】
[比較参考例1]
実施例1において,リン酸二水素カリウム水溶液の添加量をPVA100gに対して10mlとなる割合からPVA100gに対して5mlとなる割合に変更したこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。なお,240時間連続して上記の製膜を行ったところ,スジ状の欠点の発生がわずかに認められた。
【0056】
[比較参考例2]
比較参考例1において,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)を添加しなかったこと以外は比較参考例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0057】
[比較例1]
実施例1において,グリセリン,界面活性剤を含む混合物,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール),リン酸二水素カリウム水溶液のいずれも添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにはスジなどの欠陥が多くて外観が悪かった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0058】
[比較例2]
実施例1において,4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)およびリン酸二水素カリウム水溶液のいずれも添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0059】
[比較例3]
実施例1において,リン酸二水素カリウム水溶液を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。なお,240時間連続して上記の製膜を行ったところ,スジ状の欠点の発生が認められた。
【0060】
[比較例4]
実施例2において,1mol/lの乳酸水溶液をPVA100gに対して5mlとなる割合で添加したことに代えて,乳酸を水に希釈せずそのまま用いてそれをPVA100gに対して0.1molとなる割合で添加したこと以外は実施例1と同様にして,PVA含水チップと各種添加物の混合物を得た。この混合物に水を加えることにより固形分濃度7質量%の水溶液を作製した。得られた水溶液のpHをPVAフィルムの場合について上記したのと同様の方法により測定したところ1.7であった。この混合物を押出機を用いて溶融製膜した場合,溶融樹脂流路に施されているメッキが腐食する可能性があるため,製膜を断念した。
【0061】
[比較例5]
実施例1において,界面活性剤を含む混合物の添加量を,PVA含水チップ333質量部(乾燥状態PVA換算で100質量部)に対して0.3質量部から3質量部に変更したこと以外は実施例1と同様にして,PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにはスジなどの欠陥が多くて外観が悪かった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0062】
[実施例10]
実施例1で得られたPVAフィルムを直径3インチの紙管にロール状に50m巻き取り,温度30℃および湿度50%RHに調整した恒温恒湿機内に保管した。6ヶ月後に取り出してPVAフィルムの黄色度(YI値)を上記した方法により測定したところ,保管開始前の4.6に対して5.4であり,黄変度(ΔYI)は0.8と小さかった。また,膜面は保管前と特に変化なく,良好であった。評価結果を表2に示した。
【0063】
[比較例6]
実施例10において,実施例1で得られたPVAフィルムを使用する代わりに比較例3で得られたPVAフィルムを使用したこと以外は実施例10と同様にしてPVAフィルムを保管した。6ヶ月間後取り出したPVAフィルムの評価結果を表2に示した。
【0064】
【表1】



【0065】
【表2】


(2)以上の本件訂正明細書の記載によれば,本件訂正発明の技術的意義について,以下のとおり認めることができる(本件取消判決(75?76頁)も同様に判示する。)。
本件訂正発明は,ポリビニルアルコール系重合体フィルム(以下,「PVA系重合体フィルム」という。)並びにその製造方法及び保管方法に関するものである(【0001】)。
従来から,PVA系重合体フィルムの製膜性等を改善するためにノニオン系界面活性剤を配合する方法が提案され,また,優れた光学特性等を有するPVA系重合体フィルムを提供するために特定の界面活性剤を複数種配合する方法が提案されていたが,界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムには,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題があった(【0003】,【0005】)。
そこで,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的として(【0006】),PVA系重合体及び界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムであって,水に溶解させた際のpHが一定範囲にあるPVA系重合体フィルム,すなわち,界面活性剤が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,当該界面活性剤を,PVA系重合体100質量部に対して0.001?1質量部を含み,また,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8であるPVA系重合体フィルムを見い出して,本件訂正発明を完成させた(【0007】,【0010】,【0011】,【0020】?【0025】)。
本件訂正発明は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくく,また,PVA系重合体フィルムを容易にかつ安価に製造することができるという効果を有するものである(【0006】,【0007】,【0009】)。

2 無効理由2(サポート要件)について
(1)特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者である被請求人が証明責任を負うと解するのが相当である(知的財産高等裁判所,平成17年(行ケ)第10042号,同年11月11日特別部判決)。
以下,上記の観点に立って,本件について検討することとする。

(2)本件訂正発明1について
ア 本件訂正発明1の技術的意義は,前記1(2)のとおりであり,本件訂正発明1は,従来,製膜性等の改善や光学特性等の向上のために界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムには,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題(以下,「常温長期保管時の黄変」という。)があったことから,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的とするものであり,本件訂正発明1の課題は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することであると認められる(本件取消判決(79頁)が判示するとおりである。)。
イ このような課題に対して,本件訂正明細書には,「PVA系重合体および界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムであって,水に溶解させた際のpHが一定範囲にあるPVA系重合体フィルムにより上記目的が達成される」(【0007】),「本発明のPVA系重合体フィルムは,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が2.0?6.8の範囲内にあることが,長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。」(【0025】)との記載があり,これらの記載によれば,本件訂正発明1の課題は,PVA系重合体及び界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることによって解決されるとされていることが理解できる。また,本件訂正明細書には,本件訂正発明1における「ポリビニルアルコール系重合体(A)」(【0011】),「界面活性剤(B)」及びその含有量(【0020】?【0024】),「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」(【0025】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
また,本件訂正明細書には,実施例,比較参考例及び比較例が記載されている(【0047】?【0063】,【表1】,【表2】)。ところで,本件訂正発明1に係るPVA系重合体フィルムは,その成分として,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」と,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」である「界面活性剤(B)」を含むものであり,その界面活性剤(B)の含有量は,「ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して・・・0.001?1質量部」であり,また,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」というものである。すなわち,本件訂正発明1は,その成分については,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」と,特定の「界面活性剤(B)」を含むことが特定されるのみであり,これら以外の成分を含むことを排除するものではない。実際,本件訂正明細書においても,PVA系重合体フィルムが,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」及び「界面活性剤(B)」のほかに,さらに,「酸性物質(C)」,「酸化防止剤(D)」,「可塑剤(E)」等の成分を含み得ることが記載されている(【0026】【0031】【0033】【0034】)。そうすると,本件訂正明細書に記載された実施例1?7及び10は,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」及び「界面活性剤(B)」以外の成分を含むものの,本件訂正発明1における上記の成分,含有量及びpHに関する各条件をいずれも満たすものであるから,これら実施例1?7及び10は,いずれも本件訂正発明1を特定の条件で具体的に実施した実施例と認められる。そして,これらの実施例,比較参考例及び比較例によれば,実施例1?7及び10においては,30℃長期保管試験(PVA系重合体フィルムを直径3インチの紙管にロール状に50m巻き取り,温度30℃及び湿度50%RHに調整した恒温恒湿機内に6ヶ月間保管する試験)及び80℃短期保管試験(PVA系重合体フィルムをA4サイズにカットして,80℃に調整された熱風乾燥機中に吊り下げて放置する試験。加速試験と解される。)において,黄変の抑制効果が得られたことが示されているといえる。
この点については,本件取消判決が以下のように判示するとおりである。
「・・・当業者が,界面活性剤として本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を採用し,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.3質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「3.6?6.2」とした実施例において,30℃長期保管試験及び80℃短期保管試験において,黄変の抑制効果が得られたことが開示されていることに接した場合・・・」(82頁)
(審決注:本件取消判決における本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物は,「ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し,かつジエタノールアミンを不純物として含む混合物」を意味する。)
ウ ここで,一般に,同一の成分を含有する組成物どうしでは,各成分の含有量や組成物の物性値が近接している場合には,その性質も同様となるのが通常であり,また,組成物においては,各成分の含有量や組成物の物性値が連続的に変化するに従って,組成物の性質も連続的に変化していくことが通常である。また,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」については,それに含まれる各種のものは,一群のものとして性質が類似するものである。そうすると,上記のとおり,特定の条件で本件訂正発明1を具体的に実施した実施例1?7及び10において,黄変の抑制効果が得られたことが示されている以上,当業者であれば,界面活性剤(B)として「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」を採用し,界面活性剤(B)の含有量を「0.001?1質量部」とし,PVA系重合体フィルムを水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(以下,単に「PVA系重合体フィルムのpH」などということがある。)を「2.0?6.8」とした本件訂正発明1においても,実施例1?7及び10と同様に,黄変の抑制効果が得られることが理解できるといえる。
エ 以上によれば,本件訂正発明1は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって,本件訂正発明1は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

(3)本件訂正発明2?4及び7について
本件訂正発明2は,本件訂正発明1に対して,さらに「ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である」ことを特定するものである。
本件訂正発明3は,本件訂正発明1又は2に対して,さらに「酸性物質(C)を用いて得られたものである」ことを特定するものである。
本件訂正発明4は,本件訂正発明3に対して,さらに「酸性物質(C)の25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上であり,且つ当該酸性物質(C)の常圧下での沸点が120℃を超える酸性物質(C)を用いて得られたものである」ことを特定するものである。
本件訂正発明7は,本件訂正発明1,2,3又は4に対して,さらに「酸化防止剤(D)を界面活性剤〈B)に対して0.01?3質量%含む」ことを特定するものである。
本件訂正発明2?4及び7の課題は,本件訂正発明1と同様,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することであり,本件訂正明細書の記載(【0007】【0025】)によれば,このような課題は,前記(2)のとおり,PVA系重合体及び界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることによって解決されるとされているものである。
本件訂正明細書には,「けん化度」(【0016】),「酸性物質(C)」及びその性質(【0026】?【0029】),「酸化防止剤(D)」及びその含有量(【0031】【0032】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
そして,本件訂正明細書に記載された実施例1?4,6,7及び10は,本件訂正発明2の条件を満たすものであり,同実施例1?7及び10(酸性物質として,リン酸二水素カリウム,乳酸又は酢酸を使用)は,本件訂正発明3の条件を満たすものであり,同実施例1,2,4?7及び10(酸性物質として,リン酸二水素カリウム又は乳酸を使用)は,
本件訂正発明4の条件を満たすものであり,同実施例1?5,7及び10は,本件訂正発明7の条件を満たすものである。
そうすると,これらの実施例は,いずれも特定の条件で本件訂正発明2?4及び7を具体的に実施した実施例であると認められるところ,これらの実施例において,黄変の抑制効果が得られたことが示されている以上,当業者であれば,前記第3のとおりの発明特定事項により特定される本件訂正発明2?4及び7においても,黄変の抑制効果が得られることが理解できる。
以上によれば,本件訂正発明2?4及び7は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件訂正発明2?4及び7の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって,本件訂正発明2?4及び7は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

(4)本件訂正発明9及び10について
本件訂正発明9は,本件訂正発明1,2,3,4又は7に係るPVA系重合体フィルムの製造方法であり,「ポリビニルアルコール系重合体(A)および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含む製膜原液を調製する工程と,当該製膜原液を製膜する工程とを含み,当該製膜原液が,界面活性剤(B)としてジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いて得られたものである」ことを特定するものである。
本件訂正発明10は,本件訂正発明9に対して,さらに「上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである」ことを特定するものである。
本件訂正発明9及び10の課題は,本件訂正発明1と同様,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することであり,本件訂正明細書の記載(【0007】【0025】)によれば,このような課題は,前記(2)のとおり,PVA系重合体及び界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることによって解決されるとされているものである。本件訂正発明9及び10は,このようなPVA系重合体フィルムを製造するために,上記のような工程等を有することとしたものである。
本件訂正明細書には,PVA系重合体フィルムの製造方法(【0037】?【0040】),「酸性物質(C)」及びその性質(【0026】?【0029】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
そして,本件訂正明細書に記載された実施例1?7及び10は,本件訂正発明1,2,3,4又は7の条件を満たすPVA系重合体フィルムを製造するものであり,その製造方法は,本件訂正発明9及び10の条件を満たすものである。
そうすると,これらの実施例は,いずれも特定の条件で本件訂正発明9及び10を具体的に実施した実施例であると認められるところ,これらの実施例において,黄変の抑制効果が得られたことが示されている以上,当業者であれば,前記第3のとおりの発明特定事項により特定される本件訂正発明9及び10においても,黄変の抑制効果が得られることが理解できる。
以上によれば,本件訂正発明9及び10は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件訂正発明9及び10の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって,本件訂正発明9及び10は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

(5)本件訂正発明14について
本件訂正発明14は,本件訂正発明1,2,3,4又は7に係るPVA系重合体フィルムの保管方法であり,「温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管する」ことを特定するものである。
本件訂正発明14の課題は,本件訂正発明1と同様,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することであり,本件訂正明細書の記載(【0007】【0025】)によれば,このような課題は,前記(2)のとおり,PVA系重合体及び界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることによって解決されるとされているものである。本件訂正発明14は,このようなPVA系重合体フィルムを上記のような条件で保管することとしたものである。
本件訂正明細書には,PVA系重合体フィルムを保管する方法(【0042】)について,具体的な説明がなされている。
そして,本件訂正明細書に記載された実施例1?7及び10は,本件訂正発明1,2,3,4又は7の条件を満たすPVA系重合体フィルムを製造するものであるが,これらのうち,実施例10について,30℃長期保管試験(PVA系重合体フィルムを直径3インチの紙管にロール状に50m巻き取り,温度30℃及び湿度50%RHに調整した恒温恒湿機内に6ヶ月間保管する試験)が行われており,この保管方法は,本件訂正発明14の条件を満たすものである。また,実施例1?7については,80℃短期保管試験(PVA系重合体フィルムをA4サイズにカットして,80℃に調整された熱風乾燥機中に吊り下げて放置する試験)が行われているが,この試験は,以下の(6)ア(ア)で述べるとおり,30℃長期保管試験に代えて,短期間で実施するための高温での加速試験と解されるから,保管方法としては,30℃長期保管試験と同視し得るものであり,本件訂正発明14の条件と同等のものといえる。
そうすると,これらの実施例は,いずれも特定の条件で本件訂正発明14を具体的に実施した実施例であると認められるところ,これらの実施例において,黄変の抑制効果が得られたことが示されている以上,当業者であれば,前記第3のとおりの発明特定事項により特定される本件訂正発明14においても,黄変の抑制効果が得られることが理解できる。
以上によれば,本件訂正発明14は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件訂正発明14の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって,本件訂正発明14は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

(6)請求人らの主張について
ア(ア)請求人らは,本件訂正明細書には,本件訂正発明1の構成要件からなるPVA系重合体フィルムを常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管した具体例は記載されておらず,また,本件訂正発明1の構成要件からなるPVA系重合体フィルムを製造した具体例も記載されていないと主張する。また,本件訂正発明2?4,9,10及び14についても同様に主張する。
しかしながら,前記(2)のとおり,本件訂正明細書に記載された実施例1?7及び10は,いずれも本件訂正発明1を具体的に実施した実施例であり,これらのうち少なくとも,実施例1のPVA系重合体フィルムを用いた実施例10については,30℃長期保管試験が行われており,この試験は,「常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管」する試験に相当するものといえる。
また,実施例1?7については,80℃短期保管試験が行われているが,この試験は,30℃長期保管試験のような常温長期間の試験に代えて,短期間で実施するための高温での加速試験と解される。実施例1(80℃短期保管試験)と,実施例1のPVA系重合体フィルムを用いた実施例10(30℃長期保管試験)を比較すると,本件取消判決(80頁)が判示するように,80℃短期保管試験における3日後や5日後の黄変度(ΔYI)(それぞれ,「3.0」,「4.4」)は,30℃長期保管試験における6ヶ月後の黄変度(ΔYI)(「0.8」)よりも黄変が進行していることを示している(このことは,比較例3と,比較例3のPVA系重合体フィルムを用いた比較例6との比較でも,同様である。)ことから,80℃短期保管試験における3日後や5日後の状態は,30℃長期保管試験における6ヶ月後の状態を大きく超える状態(すなわち,30℃でより長期間の保管がされた後の状態)に相当すると解される。実施例1?7は,このような80℃短期保管試験が行われたものであるが,30℃長期保管試験における6ヶ月後の状態を大きく超えると解される80℃短期保管試験における3日後や5日後の状態においても,黄変の抑制効果が得られているのであるから,当業者は,常温で数ヶ月程度の保管であれば,黄変の抑制効果が得られることを理解できるといえる。すなわち,当業者は,80℃短期保管試験の結果によっても,「常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供する」との本件訂正発明1の課題を解決できると認識できる。
また,以上のことは,本件訂正発明2?4,9,10及び14についても同様である。
よって,請求人らの主張は採用できない。
(イ)請求人らの上記(ア)の主張は,本件訂正発明1は,その成分については,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」と,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」である「界面活性剤(B)」のみからなるものであるのに対し,本件訂正明細書には,本件訂正発明1の構成要件のみからなるPVA系重合体フィルムについての実施例が記載されていないことをいうものとも解される(本件訂正発明2,9,10及び14についても同様)。
しかしながら,請求人らの主張を前提としても,以下のとおり,少なくとも実施例6は,本件訂正発明1の実施例ということができる。
本件訂正発明1は,「界面活性剤(B)」として「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」を用いるものであるが,この「混合物」は,「当該混合物を水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH・・・は9.64」(【0047】)と記載されるように,高pHとなるものであり,このような「界面活性剤(B)」を「ポリビニルアルコール系重合体(A)」に配合した比較例2では,PVA系重合体フィルムのpHは「8.3」と,やはり高pHとなるものである。本件訂正発明1は,上記のほか,さらにPVA系重合体フィルムのpHを「2.0?6.8」とするものであるが,「界面活性剤(B)」として,高pHの上記「混合物」を用いることを前提とすれば,PVA系重合体フィルムのpHを「2.0?6.8」とするには,低pHとするための何らかの手段が必要であることは,当業者にとって明らかである。
この点について,本件訂正明細書には,「本発明のPVA系重合体フィルムについて,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHを2.0?6.8の範囲内にコントロールする方法は必ずしも限定されないが,コントロールが容易であることからPVA系重合体フィルムの製造過程において酸性物質(C)を適量配合する方法が好適である。」(【0026】)と記載されている。このような酸性物質の配合によるpHのコントロールは,最も基本的な通常の手段の一つであり,pHをコントロールする場合にこのような手段を採用することは,当業者にとって自然なことである。そうすると,請求人らの主張を前提としても,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」,「界面活性剤(B)」のほか,「酸性物質(C)」を含む実施例6は,「酸性物質(C)」を配合するという最も基本的な通常の手段により,PVA系重合体フィルムのpHを「5.9」としたものと理解できるから,少なくとも実施例6は,本件訂正発明1の実施例ということができる。そのことは,「酸性物質(C)を用いて得られたものである」ことを特定した本件訂正発明3が別途存在するとしても,変わるものではない。
そして,実施例6(pH5.9)は,比較例2(pH8.3)と比較して,30℃長期保管試験における6ヶ月後の状態を大きく超えると解される80℃短期保管試験における3日後や5日後の状態においても,黄変の抑制効果が得られることが示されているから,当業者は,実施例6について,常温で数ヶ月程度の保管であれば,黄変の抑制効果が得られることを理解できるといえる。
(なお,80℃短期保管試験における10日後の状態では,却って実施例6のほうが黄変が進行しているが,上記(ア)で述べたとおり,80℃短期保管試験における10日後の状態は,30℃長期保管試験における6ヶ月後の状態を相当程度大きく超える状態(すなわち,30℃で相当程度の長期間の保管がされた後の状態)に相当すると解されるから,上記のような結果は,常温で数ヶ月程度の保管であれば,黄変の抑制効果が得られるとの判断を左右するものではない。)
また,以上のことは,本件訂正発明2,9,10及び14についても同様である。
よって,請求人らの主張は採用できない。
イ 請求人らは,本件訂正発明3について,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」,「界面活性剤(B)」,「酸性物質(C)」のそれぞれについて膨大な数が存在し,その組み合わせの数は天文学的な数であるが,本件訂正明細書には,ただ1つの組み合わせとして実施例6が記載されているにすぎないから,当業者は課題を解決できると認識できるとはいえないと主張する。また,本件訂正発明4,7,9,10及び14についても同様に主張する。
しかしながら,実施例1?7及び10は,いずれも特定の条件で本件訂正発明3を具体的に実施した実施例であり,これらの実施例において,黄変の抑制効果が得られたことが示されている以上,当業者であれば,前記第3のとおりの発明特定事項により特定される本件訂正発明3においても,黄変の抑制効果が得られることが理解できることは,前記(3)のとおりである。
また,以上のことは,本件訂正発明4,7,9,10及び14についても同様である。
よって,請求人らの主張は採用できない。
ウ 請求人らは,本件訂正発明3の唯一の実施例である実施例6については,酸性物質の添加の有無のみ異なる比較例2や,酸性物質の添加量のみ異なる比較参考例2と比較すると,「80℃-10日後」では,むしろ黄変度(△YI)が小さくなっていると主張する。また,本件訂正発明4,10及び14についても同様に主張する。
しかしながら,上記ア(ア)で述べたとおり,実施例6は,80℃短期保管試験が行われたものであるが,比較例2や比較参考例2と比較して,30℃長期保管試験における6ヶ月後の状態を大きく超えると解される80℃短期保管試験における3日後や5日後の状態においても,黄変の抑制効果が得られているのであるから,当業者は,常温で数ヶ月程度の保管であれば,黄変の抑制効果が得られることを理解できるといえる。そして,上記ア(イ)で述べたとおり,80℃短期保管試験における10日後の状態は,30℃長期保管試験における6ヶ月後の状態を相当程度大きく超える状態に相当すると解されるから,請求人らが指摘するような結果は,常温で数ヶ月程度の保管であれば,黄変の抑制効果が得られるとの判断を左右するものではない。
また,以上のことは,本件訂正発明4,10及び14についても同様である。
よって,請求人らの主張は採用できない。
エ 請求人らは,本件訂正発明7について,本件訂正明細書の【表2】には,実施例10(実施例1のPVA系重合体フィルムを使用)と比較例6(比較例3のPVA系重合体フィルムを使用)との比較が示されているが,比較例3のPVA系重合体フィルムは,「酸性物質(C)」が添加されていないから,「酸性物質(C)」が添加されている実施例1との関係において,「比較例」ということができないと主張する。また,本件訂正発明14についても同様に主張する。
しかしながら,「酸性物質(C)」の配合の有無の点で,実施例10(実施例1)と比較例6(比較例3)とが異なるとしても,実施例1において「酸性物質(C)」を配合しているのは,上記ア(イ)で述べたとおり,PVA系重合体フィルムのpHを「2.0?6.8」にコントロールするためであると理解し得るものである。そして,実施例10(実施例1)では,「酸性物質(C)」を配合することにより,PVA系重合体フィルムのpHを「6.0」とし,比較例6(比較例3)では,「酸性物質(C)」を配合しないことにより,PVA系重合体フィルムのpHを「8.2」としたものである一方,両者は,いずれも「酸化防止剤(D)」を含むものであるから,「酸化防止剤(D)」を含む本件訂正発明7について,PVA系重合体フィルムのpHが異なる実施例10(実施例1)と比較例6(比較例3)とを比較することは,適切であるということができる。
また,以上のことは,本件訂正発明14についても同様である。
よって,請求人らの主張は採用できない。

(7)まとめ
以上のとおりであるから,請求人らが主張する無効理由2は理由がない。

3 無効理由3(実施可能要件)について
(1)本件訂正発明1?4及び7について
ア 明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する(特許法36条4項1号)。
本件訂正発明1?4及び7は,「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」という物の発明であるところ,物の発明における発明の「実施」とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について実施をすることができるとは,その物を生産することができ,かつ,その物を使用することができることであると解される。
したがって,本件において,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明1?4及び7に係るPVA系重合体フィルムを生産し,使用することができるのであれば,特許法36条4項1号に規定する要件(実施可能要件)を満たすということができる。
イ 本件訂正明細書には,前記2(2),(3)で述べたとおり,本件訂正発明1?4及び7に係るPVA系重合体フィルムについて具体的な説明がなされている。すなわち,本件訂正明細書には,「ポリビニルアルコール系重合体(A)」及びそのけん化度(【0011】【0016】),「界面活性剤(B)」及びその含有量(【0020】?【0024】),「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」(【0025】),「酸性物質(C)」及びその性質(【0026】?【0029】),「酸化防止剤」及びその含有量(【0031】【0032】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
また,本件訂正明細書には,PVA系重合体フィルムの製造方法(【0037】?【0040】)及び用途(【0043】)について,具体的な説明がなされている。
そして,実施例1?7及び10には,実際にPVA系重合体フィルムを製造したことが記載されている。また,実施例以外のPVA系重合体フィルムについても,当業者であれば,各種の「ポリビニルアルコール系重合体(A)」や「界面活性剤(B)」等の原料を入手し,上記各種の製造方法により製造することができ,得られたPVA系重合体フィルムを上記各種の用途に使用することができる。
以上によれば,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明1?4及び7に係るPVA系重合体フィルムを生産し,使用することができるといえるから,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件訂正発明1?4及び7について,実施可能要件を満たすものである。

(2)本件訂正発明9及び10について
ア 本件訂正発明9及び10は,「ポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法」であって,「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」という物を生産する方法の発明であるところ,物を生産する発明における発明の「実施」とは,その物を生産する方法の使用をする行為のほか,その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法2条3項3号),物を生産する方法の発明について実施をすることができるとは,その物を生産する方法を使用することができ,その方法により生産した物を使用することができることであると解される。
したがって,本件において,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明9及び10に係るポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法を使用することができ,その製造方法により製造したポリビニルアルコール系重合体フィルムを使用することができるのであれば,実施可能要件を満たすということができる。
イ 本件訂正発明9及び10に係るポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法により製造されるのは,本件訂正発明1?4及び7に係るPVA系重合体フィルムであるが,これらのPVA系重合体フィルムについて,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,生産し,使用することができることは,上記(1)で述べたとおりである。
そうすると,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明9及び10に係るポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法を使用することができ,その製造方法により製造したポリビニルアルコール系重合体フィルムを使用することができるといえるから,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件訂正発明9及び10について,実施可能要件を満たすものである。

(3)本件訂正発明14について
ア 本件訂正発明14は,「ポリビニルアルコール系重合体フィルムの保管方法」であって,方法の発明であるところ,方法の発明における発明の「実施」とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明について実施をすることができるとは,その方法を使用することができることであると解される。
したがって,本件において,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明14に係るポリビニルアルコール系重合体フィルムの保管方法を使用することができるのであれば,実施可能要件を満たすということができる。
イ 当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明1?4及び7に係るPVA系重合体フィルムを生産し,使用することができるといえることは,上記(1)で述べたとおりである。
そして,本件訂正明細書には,そのようなPVA系重合体フィルムを保管する方法(【0042】)について,具体的な説明がなされている。そして,実施例1?7及び10には,実際にPVA系重合体フィルムを製造し,保管したことが記載されている。
以上によれば,当業者が,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明14に係るポリビニルアルコール系重合体フィルムの保管方法を使用することができるといえるから,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件訂正発明14について,実施可能要件を満たすものである。

(4)請求人らの主張について
請求人らは,本件訂正発明1に係る「ポリビニルアルコール系重合体(A)」及び「界面活性剤(B)」は,それぞれ,膨大な数の選択肢が存在し,その組み合わせの数は,天文学的な数であるところ,本件訂正明細書には,PVA系重合体フィルムを「常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管」した実験が一例(実施例10)記載されているものの,本件訂正発明1に係るPVA系重合体フィルムを製造した実施例は一例も記載されていないため,当業者が本件訂正発明1を実施するには,天文学的な数の組み合わせについて,膨大な実験を行うという過度の試行錯誤を必要とするから,実施可能要件に違反すると主張する。また,本件訂正発明2?4,7,9,10及び14についても同様に主張する。
しかしながら,本件訂正発明1は,本件訂正によって,「界面活性剤(B)」が「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」に限定されているところ,本件訂正発明1について,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすものであることは,上記(1)のとおりである。
また,上記(1)で述べたとおり,物の発明について実施をすることができるとは,その物を生産することができ,かつ,その物を使用することができることであるが,物の発明である本件訂正発明1に係るPVA系重合体フィルムは,「常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくい」ことを発明特定事項とするものではないから,本件訂正発明1について実施可能要件を満たすというために,実際に黄変の抑制効果が得られるPVA系重合体フィルムを生産することができることまでは,必要とされるものではない。請求人らの主張は,実質的にサポート要件についての主張と同旨であり,実施可能要件の主張としては妥当性を欠くものであるが,請求人らの主張を前提としても,本件訂正発明1について,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであることは,前記2のとおりである。そうである以上,本件訂正発明1の課題を解決できると認識する(すなわち,実際に黄変の抑制効果が得られるPVA系重合体フィルムを生産することができることを確認する)ために,請求人らがいうような過度の試行錯誤を行うことまでは,要しないといえる。
また,以上のことは,本件訂正発明2?4,7,9,10及び14についても同様である。
よって,請求人らの主張は採用できない。

(5)まとめ
以上のとおりであるから,請求人らが主張する無効理由3は理由がない。

4 無効理由1(新規性)について
(1)甲2に基づく新規性欠如について
ア 本件特許に係る優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲2には,以下の記載がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 アルカリ金属化合物の含有量がポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下であることを特徴とする偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルム。
・・・
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,不要な着色が少なく,偏光フィルムの原料として有用な偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルムとその製造法および偏光フィルムに関する。
・・・
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかし,偏光フィルムの原料であるPVAフィルムの従来品では,偏光フィルム製造時に加熱処理を行うことにより,不要な着色が発生しやすいという問題があった。特に乾式延伸法で偏光板を作成したときに,黄色等の不要な着色が発生しやすい。そのため,偏光フィルム製造時に加熱処理を行っても,不要な着色の少ない偏光フィルム用PVAフィルムの実現が望まれていた。
【0006】本発明の目的は,不要な着色が少なく,偏光フィルムの原料として有用な偏光フィルム用PVAフィルムとその製造法および偏光フィルムを提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために,本発明にかかる偏光フィルム用PVAフィルムは,アルカリ金属化合物の含有量がポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下であることを特徴とする。この発明によれば,不要な着色の少ない偏光フィルム用PVAフィルムが得られる。
・・・
【0016】本発明の偏光フィルム用PVAフィルムにおいて,その含有量が制限されるアルカリ金属化合物とは,リチウム,ナトリウム,カリウムなどのアルカリ金属を有する化合物のことであり,例えば,酢酸リチウム,酢酸ナトリウム,酢酸カリウム,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,酒石酸ナトリウム,乳酸ナトリウム,燐酸ナトリウム等が挙げられる。これらのなかでも,PVAフィルムの着色に影響を及ぼしやすいことから,酢酸ナトリウムの含有量を制限するのが好ましい。
【0017】本発明の偏光フィルム用PVAフィルム中のアルカリ金属化合物の含有率はPVAに対して0.5重量%以下であり,好ましくは0.3重量%以下,より好ましくは0.1重量%以下である。アルカリ金属化合物の含有量が0.5重量%を超えると乾熱延伸等の工程で加熱された際に,偏光フィルムに着色が起こる。着色の点からは,PVA中のアルカリ金属化合物の濃度は低いほど好ましいが,工業的な実施の点から,下限は0.001重量%であるのが好ましい。
・・・
【0021】PVAフィルムを製造する際に界面活性剤を添加することが好ましい。界面活性剤の種類としては特に限定はないが,アニオン性またはノニオン性の界面活性剤が好ましい。・・・ノニオン性界面活性剤としては,例えば,・・・オレイン酸ジエタノールアミドなどのアルカノールアミド型,・・・などのノニオン性界面活性剤が好適である。これらの界面活性剤の1種または2種以上の組み合わせで使用することができる。
【0022】界面活性剤の添加量としては,PVA100重量部に対して0.01?1重量部が好ましく,0.02?0.5重量部がより好ましく,0.05?0.3重量部が最も好ましい。0.01重量部より少ないと,延伸性向上や染色性向上の効果が現れにくく,1重量部より多いと,フィルム表面に溶出してブロッキングの原因になり,取り扱い性が低下する場合がある。
・・・
【0040】実施例1
酢酸ナトリウム含量2.4重量%のPVA(けん化度99.9モル%,重合度4000)100重量部を,35℃の蒸留水2500重量部に24時間浸漬した後,遠心脱水を行った。得られたPVAの酢酸ナトリウム含量はPVAに対して0.1重量%であった。そのPVA含水チップ200重量部と,グリセリン15重量部と,ラウリン酸ジエタノールアミド0.1重量部と,水とを120℃でタンク溶解し,揮発分90重量%のPVA溶液を作製した。そのPVA溶液を熱交換機で100℃に冷却後,95℃の金属ドラムに流延製膜して乾燥し,幅1.2mで平均厚さ75μm,酢酸ナトリウム含量がPVAに対して0.1重量%のPVAフィルムを得た。
【0041】このPVAフィルムを一軸延伸,染色,固定処理,乾燥,熱処理の順に処理して偏光フィルムを作製した。すなわち,PVAフィルムを110℃で4.5倍に一軸延伸を行った。この一軸延伸PVAフィルムを緊張状態に保ったままヨウ素濃度0.8g/リットル,ヨウ化カリウム濃度50g/リットルの40℃の水溶液中に1分間浸漬した。次に,ヨウ化カリウム60g/リットル,ホウ酸70g/リットルの65℃の水溶液中に5分間浸漬して固定処理を行った。これを20℃の蒸留水で10秒間水洗した後,定長下,40℃で熱風乾燥し,さらに100℃で5分間熱処理を行った。
【0042】得られた偏光フィルムの幅方向中心部の厚さは35μmであり,透過率は44.0%,偏光度は99.2%,二色性比は42.8であった。JIS Z 8719(C光源,2度視野)に従い,単体での色相を測定したところ,a*は-1.2,b*値は+0.8であった。
・・・
【0049】
【発明の効果】以上のように,本発明によれば,不要な着色の少ない偏光フィルム用PVAフィルムが得られる。この偏光フィルム用PVAフィルムを用いた偏光板は色相に優れており,カラー液晶ディスプレイ用として好適である。

イ 甲2には,アルカリ金属化合物の含有量がポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下である,偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルムが記載されている(【請求項1】)。
また,甲2には,上記アルカリ金属化合物について,PVAフィルムの着色に影響を及ぼしやすいことから,酢酸ナトリウムの含有量を制限するのが好ましいことが記載されている(【0016】)。さらに,甲2には,PVAフィルムを製造する際に界面活性剤を添加することが好ましく,例えば,オレイン酸ジエタノールアミドなどのアルカノールアミド型などのノニオン性界面活性剤が好適であることが記載され(【0021】),その添加量としては,PVA100重量部に対して0.01?1重量部が好ましいことが記載されている(【0022】)。
そして,甲2には,実施例1(【0040】?【0042】)において,ラウリン酸ジエタノールアミド0.1重量部を含むPVA溶液を作製したこと,そのPVA溶液を用いて,酢酸ナトリウム含量がPVAに対して0.1重量%のPVAフィルムを得たことが記載されている。
ここで,上記実施例1におけるPVAフィルムに含まれる酢酸ナトリウムは,その含有量を制限すべきアルカリ金属化合物に相当するものと解される。また,同PVA溶液に含まれるラウリン酸ジエタノールアミドが,アルカノールアミド型のノニオン性界面活性剤の一種であることは,当業者にとって明らかである。
以上によれば,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。
「ポリビニルアルコール,当該ポリビニルアルコール100重量部に対して界面活性剤を0.01?1重量部含み,
前記界面活性剤が,ラウリン酸ジエタノールアミドであり,
酢酸ナトリウムの含有量がポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下である,偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルム。」(以下,「甲2発明」という。)
ウ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「ポリビニルアルコール」,「偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルム」は,それぞれ,本件訂正発明1の「ポリビニルアルコール系重合体(A)」,「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」に相当する。
また,甲2発明の界面活性剤の配合量は,本件訂正発明1の配合量と重複一致する。
そうすると,本件訂正発明1と甲2発明とは,
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1
界面活性剤(B)に関し,本件訂正発明1は,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」であるのに対して,甲2発明は,「ラウリン酸ジエタノールアミド」である点。
・相違点2
ポリビニルアルコール系重合体フィルムに関し,本件訂正発明1では,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である」と特定するのに対して,甲2発明では,このようなpHについて特定されていない点。
(イ)相違点の検討
事案に鑑み,まず相違点2について検討する。
甲2には,偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルムのpHについては,何ら記載されていない。また,当該フィルムには,そのpHに影響を及ぼすと考えられる成分(酢酸ナトリウムなど)が含まれているが,当該成分が含まれていることにより,実際にどの程度のpHとなっているかは不明というほかなく,甲2発明の偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルムについて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である」とはいえない。
以上によれば,相違点2は,実質的な相違点である。そうすると,相違点1について検討するまでもなく,本件訂正発明1は,甲2発明と同一ではない。
したがって,本件訂正発明1は,甲2に記載された発明とはいえない。
エ 本件訂正発明2について
本件訂正発明2は,本件訂正発明1に対して,さらに「ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である」ことを特定するものである。
本件訂正発明2と甲2発明とを対比すると,両者は,上記ウ(ア)の一致点で一致し,少なくとも,同相違点2で相違するから,本件訂正発明2は,甲2発明と同一ではない。
したがって,本件訂正発明2は,甲2に記載された発明とはいえない。

(2)甲3に基づく新規性欠如について
ア 本件特許に係る優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲3には,以下の記載がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキルスルホン酸塩系の界面活性剤を含むポリビニルアルコール系樹脂水溶液を用いて,キャスト法によりポリビニルアルコール系フィルムを製膜する工程からなることを特徴とするポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。
・・・
【請求項6】
請求項1,2,3,4または5記載の製造方法により得られることを特徴とするポリビニルアルコール系フィルム。
・・・
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,無色透明性に優れたポリビニルアルコール系フィルムの製造方法及びそれにより得られるポリビニルアルコール系フィルムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来,ポリビニルアルコール系フィルムは,ポリビニルアルコール系樹脂を水などの溶媒に溶解して原液を調製した後,溶液流延法(キャスティング法)により製膜して,金属加熱ロール等を使用して乾燥することにより製造される。このようにして得られたポリビニルアルコール系フィルムは,透明性に優れたフィルムとして多くの用途に利用されており,その有用な用途の一つに偏光膜が挙げられる。かかる偏光膜は液晶ディスプレイの基本構成要素として用いられており,近年では高品位で高信頼性の要求される機器へとその使用が拡大されている。
【0003】
このような中,液晶テレビなどの画面の高輝度化,高精細化に伴い,従来品より一段と無色透明性に優れたポリビニルアルコール系フィルムが要望されている。また,高輝度化に伴い,光源からの紫外線や熱線によるフィルムの黄変が問題になっている。・・・
・・・
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は,光学特性に加え,無色透明性に優れたポリビニルアルコール系フィルムの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は,アルキルスルホン酸塩系の界面活性剤を含むポリビニルアルコール系樹脂水溶液を用いて,キャスト法によりポリビニルアルコール系フィルムを製膜する工程からなるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法に関する。
・・・
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法により製造されるポリビニルアルコール系フィルムは,光線透過率に優れるうえ,色調に優れて無色透明性に優れており,偏光サングラスや液晶表示装置などに用いられる偏光フィルムの原反として,あるいは衣類や食品などの包装に用いられる包装材料として有用である。
・・・
【0026】
したがって,本発明の製造方法においては,界面活性剤として,アルキルスルホン酸塩系のアニオン界面活性剤を使用する。・・・
・・・
【0030】
アルキルスルホン酸塩系の界面活性剤の添加量は,ポリビニルアルコール系樹脂に対して,好ましくは50?1000ppm,より好ましくは100?800ppm,特に好ましくは200?600ppmの範囲である。添加量が50ppm未満では,界面活性剤の能力が発揮されず,製膜性が確保できない。特に,2000m以上の長尺フィルムを製膜する際に,キャストドラムからフィルムを剥離するのが困難になる。逆に,1000ppmを超えると,析出が発生し外観不良となる。

イ 以上の甲3の記載によれば,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。
「ポリビニルアルコール系樹脂,当該ポリビニルアルコール系樹脂に対して界面活性剤を50?1000ppm含むポリビニルアルコール系フィルムであって,
前記界面活性剤が,アルキルスルホン酸塩系の界面活性剤である,
ポリビニルアルコール系フィルム。」(以下,「甲3発明」という。)
ウ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「ポリビニルアルコール系樹脂」,「ポリビニルアルコール系フィルム」は,それぞれ,本件訂正発明1の「ポリビニルアルコール系重合体(A)」,「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」に相当する。
また,甲3発明の界面活性剤の配合量は,本件訂正発明1の配合量と重複一致する。
そうすると,本件訂正発明1と甲3発明とは,
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3
界面活性剤に関し,本件訂正発明1は,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」であるのに対して,甲3発明は「アルキルスルホン酸塩系」である点。
・相違点4
ポリビニルアルコール系重合体フィルムに関し,本件訂正発明1では,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である」と特定するのに対して,甲3発明では,このようなpHについて特定されていない点。
(イ)相違点の検討
事案に鑑み,まず相違点3について検討する。
界面活性剤の種類として,甲3発明における「アルキルスルホン酸塩系」はアニオン系に属するものである(甲3【0026】)のに対して,本件訂正発明1における「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」は,ノニオン系(非イオン系)(本件訂正明細書【0020】?【0022】)であって,その種類が異なるものであり,そもそも物質として別物であるから,相違点3は,実質的な相違点である。そうすると,相違点4について検討するまでもなく,本件訂正発明1は,甲3発明と同一ではない。
したがって,本件訂正発明1は,甲3に記載された発明とはいえない。
エ 本件訂正発明2について
本件訂正発明2は,本件訂正発明1に対して,さらに「ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である」ことを特定するものである。
本件訂正発明2と甲3発明とを対比すると,両者は,上記ウ(ア)の一致点で一致し,少なくとも,同相違点3で相違するから,本件訂正発明2は,甲3発明と同一ではない。
したがって,本件訂正発明2は,甲3に記載された発明とはいえない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから,請求人らが主張する無効理由1は理由がない。

5 無効理由4-1(進歩性)について
(1)甲2には,前記4(1)イのとおり,以下の甲2発明が記載されている。
「ポリビニルアルコール,当該ポリビニルアルコール100重量部に対して界面活性剤を0.01?1重量部含み,
前記界面活性剤が,ラウリン酸ジエタノールアミドであり,
酢酸ナトリウムの含有量がポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下である,
偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルム。」

(2)甲2には,前記4(1)アのとおりの記載があるところ,これらの記載によれば,甲2発明の技術的意義について,以下のとおり認めることができる。
甲2発明は,偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルムに関するものである(【0001】)。
偏光フィルムの原料であるポリビニルアルコール(以下,「PVA」という。)フィルムの従来品では,偏光フィルム製造時に加熱処理を行うことにより,不要な着色が発生しやすいという問題があり,特に乾式延伸法で偏光板を作成したときに,黄色等の不要な着色が発生しやすい(【0005】)。
甲2発明は,このような問題を解決するものであって,偏光フィルム製造時に加熱処理を行っても,不要な着色が少なく,偏光フィルムの原料として有用な偏光フィルム用PVAフィルムを提供することを課題とするものである(【0005】【0006】)。
甲2発明は,偏光フィルム用PVAフィルムにおいて,酢酸ナトリウムの含有量をポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下とするものであり,それにより,不要な着色の少ない偏光フィルム用PVAフィルムが得られるという効果を奏するものである(【0007】【0049】)。

(3)本件特許に係る優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲4,甲7の1及び甲7の2には,それぞれ以下の記載がある。

ア 甲4
【0002】
【従来の技術】ポリビニルアルコール系樹脂を原料として製造されるフィルムはその優れた特性と品質の多様性とが相まって多方面で応用されており,・・・
【0003】かかるポリビニルアルコール系フィルムを製造するに当たっては,生産速度が大きいこと等の利点を期待して,含水ポリビニルアルコール系樹脂を押出機にて溶融製膜する方法が行われることが多い。そして,得られたポリビニルアルコール系フィルムは必要に応じて延伸処理が施されている。
【0004】上記溶融製膜においては,通常,押出機からTダイまでのライン(メルトライン)中における管壁と樹脂との滑り性を付与するため,ステアリン酸マグネシウムを滑剤としてポリビニルアルコール系樹脂に添加する方法が行われている。
【0005】又,その他,ポリビニルアルコール系樹脂の滑剤としては,例えば特公昭52-22856号公報にはポリオキシエチレンアルキルアミンが,特公昭52-2416号公報にはポリアミン系陽イオン界面活性剤が,特開平5-163369号公報には第4級アンモニウム塩化合物の陽イオン性界面活性剤等が記載されている。
・・・
【0007】又,特公昭52-22856号公報,特公昭52-2416号公報及び特開平5-163369号公報では,離型性や耐ブロッキング性等のフィルムの物性改善を考慮したものであるが,製膜時の熱履歴による臭気の発生及び滑剤の酸化劣化によるフィルムの黄変等,経時変化を引き起こすなどの問題がある。更には長期にわたってのフィルムの製膜性等,成形加工面の問題については検討されておらず,まだまだ改良の余地が残るものであった。

イ 甲7の1
「エステル・・・
化学的性質1)水と加熱すると酸とアルコールに分解される.この反応をエステルの加水分解といい,酸やアルカリによって著しく促進される:」(872?873頁)

ウ 甲7の2(抄訳)
(ア)「ポリビニルアセテートの加水分解法は,通常,使用する触媒に従って,アルカリ加水分解,アンモニア分解,酸分解に分類される。・・・」(92頁)
(イ)「これらの結果から,いくつかの加水分解現象が理解されうる。たとえば,メタノール-水混合物中での,少量のアルカリ触媒・・・の存在下におけるポリビニルアセテート加水分解法は,低い温度において,高い温度におけるよりも,さらに24時間進行する。・・・」(101頁)

(4)本件訂正発明1について
ア 本件訂正発明1と甲2発明とを対比すると,両者は,前記4(1)ウ(ア)のとおり,以下の一致点で一致し,以下の相違点1及び2の点で相違する。
・一致点
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルム。」の点。
・相違点1
界面活性剤(B)に関し,本件訂正発明1は,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」であるのに対して,甲2発明は,「ラウリン酸ジエタノールアミド」である点。
・相違点2
ポリビニルアルコール系重合体フィルムに関し,本件訂正発明1では,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である」と特定するのに対して,甲2発明では,このようなpHについて特定されていない点。
イ 相違点の検討
事案に鑑み,まず相違点2について検討する。
(ア)本件訂正発明1及び甲2発明のそれぞれの技術的意義については,前記1(2)及び上記(2)で述べたとおりである。
本件訂正発明1と甲2発明とは,いずれも界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムに関するものであり,PVA系重合体フィルムの着色(黄色)を問題とする点で共通するものである。
しかしながら,その着色(黄色)について,本件訂正発明1では,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるというものであるのに対して,甲2発明では,偏光フィルム製造時に加熱処理を行うことにより,不要な着色が発生しやすいというものであり,同じくPVA系重合体フィルムの着色(黄色)を問題としているといっても,その内容が全く異なるものである。
そして,本件訂正発明1は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供するために,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」である「界面活性剤(B)」を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とするものであるのに対して,甲2発明は,偏光フィルム製造時に加熱処理を行っても,不要な着色が少なく,偏光フィルムの原料として有用な偏光フィルム用PVAフィルムを提供するために,「酢酸ナトリウムの含有量」を「ポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下」とするものであり,その技術的意義が全く異なるものである。
(イ)a 甲2には,偏光フィルム用PVAフィルムについて,本件訂正発明1のような,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるという問題については記載されておらず,また,偏光フィルム用PVAフィルムのpHがどの程度であるのかについても,そのpHを調整することについても,いずれも記載も示唆もない。甲2の記載によっては,甲2発明において,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることが動機付けられるものではない。
b また,甲4には,PVA系フィルムを製造する際に,含水PVA系樹脂を押出機にて溶融製膜する方法が行われること(【0003】),溶融製膜においては,通常,押出機からTダイまでのライン(メルトライン)中における管壁と樹脂との滑り性を付与するため,滑剤として,ポリオキシエチレンアルキルアミン,ポリアミン系陽イオン界面活性剤,第4級アンモニウム塩化合物の陽イオン性界面活性剤等を使用するが(【0004】【0005】),製膜時の熱履歴による臭気の発生及び滑剤の酸化劣化によるフィルムの黄変等,経時変化を引き起こすなどの問題がある(【0007】)ことが記載されている。しかしながら,上記のフィルムの黄変が,本件訂正発明1のような,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるというものであるかどうかは明らかではなく,また,PVA系フィルムのpHについて何ら記載されていない。
また,請求人らが技術常識(周知技術)を示すものとして提出した甲7の1には,エステルの加水分解における酸やアルカリによる促進について,同甲7の2には,ポリビニルアセテートの加水分解法の触媒による分類について,それぞれ記載されるのみであり,PVA系重合体フィルムの着色や,そのpHについて何ら記載されていない。
以上のとおり,甲4,甲7の1及び甲7の2にも,PVA系重合体フィルムについて,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるという問題については記載されておらず,また,PVA系重合体フィルムのpHを調整することについても,記載も示唆もない。甲4,甲7の1及び甲7の2の記載によっても,甲2発明において,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることが動機付けられるものではない。
(ウ)そして,前記1(2)で述べたとおり,本件訂正発明1は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくく,また,PVA系重合体フィルムを容易にかつ安価に製造することができるという効果を有するものであるが,このような効果については,甲2のほか,甲4,甲7の1及び甲7の2のいずれにも記載されておらず,また,当業者にとって自明のものともいえないから,このような本件訂正発明1の効果は,当業者が予測することができない格別顕著なものと認められる。
(エ)そうすると,上記(イ)のとおり,甲2,甲4,甲7の1及び甲7の2のいずれにも,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供するために,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」である「界面活性剤(B)」を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることが記載も示唆もされておらず,また,上記(ウ)のとおり,本件訂正発明1の効果が当業者が予測することができない格別顕著なものである以上,上記相違点2に係る本件訂正発明1の発明特定事項については,甲2発明並びに甲4,甲7の1及び甲7の2に記載の事項に基づいて,当業者が容易に想到することができたものということはできない。
ウ したがって,相違点1について検討するまでもなく,本件訂正発明1は,甲2発明並びに甲4,甲7の1及び甲7の2に記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
エ 請求人らの主張について
請求人らは,甲7の1及び甲7の2によれば,(1)PVAがエステルの一種であるポリ酢酸ビニル(=ポリビニルアセテート)をけん化することにより製造されること,(2)けん化(=エステルの加水分解)は,一般にアルカリを使用して実施されること,(3)ポリ酢酸ビニル(=ポリビニルアセテート)をけん化(=加水分解)すると,酢酸塩(典型的には,酢酸ナトリウム)が生成することは,本件出願前において技術常識(周知技術)であり,また,(4)エステルの加水分解が,pHの高いアルカリ領域だけでなく,pHが低い領域(強い酸性領域)においても促進されることも,本件出願前に技術常識(周知技術)であったから,このような技術常識を有する当業者が,甲2の記載に接すれば,甲2に記載のPVAフィルムのpHとして,アルカリ性の領域を避け,中性または弱酸性の領域(とりわけ,広く市販されている代表的なPVA(=ポバール)が有するpHの領域(=5?7))とすることを想到することは,極めて容易であり,また,このような領域を選択することにはなんらの阻害要因もないと主張する。
しかしながら,上記相違点2に係る本件訂正発明1の発明特定事項については,甲2発明並びに甲4,甲7の1及び甲7の2に記載の事項に基づいて,当業者が容易に想到することができたものということができないことは,上記イのとおりである。また,請求人らが主張する技術常識を前提としても,甲2発明において,偏光フィルム用PVAフィルムのpHを,あえてアルカリ性の領域のみ避け,中性又は弱酸性の領域とすること,すなわち,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることが動機付けられるとはいえない。
よって,請求人らの主張は採用できない。

(5)本件訂正発明2?4,7及び14について
本件訂正発明2?4,7及び14は,いずれも直接的に又は間接的に本件訂正発明1を引用し,さらに限定を付するものであるが,上記(4)のとおり,本件訂正発明1が,甲2発明並びに甲4,甲7の1及び甲7の2に記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,同様の理由により,本件訂正発明2?4,7及び14についても,当業者が容易に発明をすることができたものということができない。

(6)まとめ
以上のとおりであるから,請求人らが主張する無効理由4-1は理由がない。

6 無効理由4-2(進歩性)について
(1)甲2には,前記4(1)イのとおり,以下の甲2発明が記載されている。
「ポリビニルアルコール,当該ポリビニルアルコール100重量部に対して界面活性剤を0.01?1重量部含み,
前記界面活性剤が,ラウリン酸ジエタノールアミドであり,
酢酸ナトリウムの含有量がポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下である,
偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルム。」

(2)甲2の記載によれば,甲2発明の技術的意義について,前記5(2)のとおり認めることができる。

(3)本件特許に係る優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲8には,以下の記載がある。

ア 「該ポリビニルアルコール系ポリマーは熱安定性に乏しく,溶融成形不能であるか,あるいは可能であつても,溶融成形時極めて着色,熱劣化しやすい特性がある。また溶融成形時のみならず,熱処理,熱延伸,熱接着,乾燥等,要するに加熱時,容易に着色し,また分解したり,あるいは逆に架橋現象を呈しやすく,溶融粘度が変化したり,溶剤,に対して不溶化するなど,いわゆる熱安定性に劣る欠点があり,工業上重大な問題点となつている。」(2頁左上欄8行?17行)
イ 「本発明者等は,ポリビニルアルコール系ポリマーのかかる欠点を克服し,フイシエ・アイが少なく,着色し難く,分解や架橋を起こし難い,熱安定性良好なポリビニルアルコール系ポリマーを製造する方法について,鋭意検討した結果,本発明に到達した。」(2頁左上欄18行?右上欄3行)
ウ 「すなわち,酢酸アルカリ金属塩を含有するポリビニルアルコール系ポリマーに,25℃におけるpkaが式
X=1/2(pk_(1)+pk_(2)) 3.5<X<6.0 ・・・○1
(但し,pk_(1)<pk_(2))
を満足する無機多塩基酸であつて,該無機多塩基酸のpk_(1),pk_(2)に相当する酸基が,いずれも遊離状態にある無機多塩基酸の1種または2種以上を添加し,該無機多塩基酸pk_(1)に相当する酸基を,該酢酸アルカリ金属塩と反応させ,実質的に,該ポリビニルアルコール系ポリマーに対して,該無機多塩基酸のpk_(1)に相当する酸基が,アルカリ金属塩を形成しpk_(2)に相当する酸基が遊離状態にある様な無機多塩基酸の部分アルカリ金属塩の1種または28以上を,0.001?0.5重量%含有させ,かつ酢酸ナトリウムを0.005?0.1重量%と,酢酸を式
α=ポリビニルアルコール系ポリマー中の酢酸の含有率(重量%)/ポリビニルアルコール系ポリマー中の酢酸ナトリウムの含有率(重量%) 1<α<10 ・・・○2
を満足するように含有させることによって,フイシユ・アイが少なく,着色し難く,分解や架橋を起こし難い,熱安定性良好なポリビニルアルコール系ポリマーを得ることができることを認め,本発明を完成した。」(2頁右上欄4行?左下欄下から11行)
(審決注:「○1」等は,まる囲みの数字を意味する。以下同じ。)
エ 「すなわち,ポリビニルアルコール系ポリマーに対して,酢酸ナトリウムを0.005?0.1重量%と酢酸を,前記した○2式を満足するように含有させ,更に,前記した○1式を満足する無機多塩基酸の部分アルカリ金属塩を0.001?0.5重量%含有させることによつて極めて良好な結果が得られるのである。」(3頁右上欄16行?左下欄2行)
オ 「実施例及び対照例
ポリ酢酸ビニルをメタノール溶液中,苛性ソーダを用いて公知の方法でケン化し,母液分離後,粉砕し,メタノールで洗浄後,風乾してポリビニルアルコール(ケン化度98.5モル%,重合度1700)のチップを作成した。
該チップ100部を水200部に溶解して水溶液とし,該水溶液に,酢酸0.2部を添加し該チップ中に残存していた苛性アルカリを中和して酢酸ナトリウムとし,次いで25℃におけるpkaが前記した○1式を満足するリン酸(酸基がすべて遊離状態のもの)0.04部を添加して,リン酸のpk_(1)に相当する酸基を酢酸ナトリウムと反応せしめた。かくして,実質的に,酢酸,酢酸ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを含有するポリビニルアルコールの水溶液をシャーレ上に流延して風乾後,ミキサーで粉砕して,チップを作成し,次いで80℃,16時間,熱風循環式乾燥器で乾燥した。該ポリビニルアルコール中の酢酸含有率は0.1413重量%,酢酸ナトリウム含有率は0.0364重量%(α値3.88),リン酸二水素ナトリウムの含有率は0.0458重量%であつた。
該ポリビニルアルコールの乾燥チップの水に対する溶解性は極めて良好であつた。
更に該乾燥チップ32を加熱した熱板(シンド-式卓上型テストプレスYS-5)の間にはさみ,熱板間の間隙をm/mに保つて加熱する加熱着色試験を,230℃,5分間加熱の条件で実施したところ,着色は認められず,良好な熱安定性を示した。
一方,対照例として実施例におけるリン酸の添加を行なわない場合の試料(酢酸含有率0.1204重量%,酢酸ナトリウム含有率0.0685重量%,α値1.76)の水に対する溶解性はやや劣り,また実施例で示した加熱着色試験を行なつたところ,黄色に着色した。」(4頁右上欄20行?右下欄15行)

(4)本件訂正発明3について
ア 本件訂正発明3は,本件訂正発明1又は2を引用する発明であることから,本件訂正発明1を引用するものを本件訂正発明3Aとし,本件訂正発明2を引用するものを本件訂正発明3Bとし,それぞれを独立形式で表すと以下のとおりである。
(ア)本件訂正発明3A
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含み,酸性物質(C)を用いて得られたものであるポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,
前記界面活性剤(B)が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
(イ)本件訂正発明3B
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含み,ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上であり,酸性物質(C)を用いて得られたものであるポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,
前記界面活性剤(B)が,ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり,
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である,
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
イ 本件訂正発明3Aと甲2発明とを対比する。
甲2発明の「ポリビニルアルコール」,「偏光フィルム用ポリビニルアルコールフィルム」は,それぞれ,本件訂正発明3Aの「ポリビニルアルコール系重合体(A)」,「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」に相当する。
また,甲2発明の界面活性剤の配合量は,本件訂正発明3Aの配合量と重複一致する。
そうすると,本件訂正発明3Aと甲2発明とは,
「ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルム。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点5
界面活性剤(B)に関し,本件訂正発明3Aは,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」であるのに対して,甲2発明は,「ラウリン酸ジエタノールアミド」である点。
・相違点6
ポリビニルアルコール系重合体フィルムに関し,本件訂正発明3Aでは,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である」と特定するのに対して,甲2発明では,このようなpHについて特定されていない点。
・相違点7
ポリビニルアルコール系重合体フィルムに関し,本件訂正発明3Aは,「酸性物質(C)を用いて得られたものである」と特定するのに対して,甲2発明では,このような酸性物質について特定されていない点。
ウ 相違点の検討
事案に鑑み,まず相違点6及び7について検討する。
(ア)本件訂正発明3Aは,本件訂正発明1に対して,さらに「酸性物質(C)を用いて得られたものである」ことを特定するものであるから,本件訂正発明3Aの技術的意義については,本件訂正発明1と同様のものといえる。
前記5(4)イにおいて,本件訂正発明1及び甲2発明について検討したのと同様に,本件訂正発明3Aと甲2発明とは,同じくPVA系重合体フィルムの着色(黄色)を問題としているものの,その内容が全く異なるものである。
そして,本件訂正発明3Aは,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供するために,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」である「界面活性剤(B)」を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とするものであり,そのために「酸性物質(C)」を用いるものであるのに対して,甲2発明は,偏光フィルム製造時に加熱処理を行っても,不要な着色が少なく,偏光フィルムの原料として有用な偏光フィルム用PVAフィルムを提供するために,「酢酸ナトリウムの含有量」を「ポリビニルアルコールに対して0.5重量%以下」とするものであり,その技術的意義が全く異なるものである。
(イ)a 甲2には,偏光フィルム用PVAフィルムについて,本件訂正発明3Aのような,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるという問題については記載されておらず,また,偏光フィルム用PVAフィルムのpHがどの程度であるのかについても,そのpHを調整することについても,いずれも記載も示唆もなく,そのために「酸性物質(C)」を用いることについても,記載も示唆もない。甲2の記載によっては,甲2発明において,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることが動機付けられるものではなく,また,そのために「酸性物質(C)」を用いることが動機付けられるものでもない。
b また,甲8には,PVA系ポリマーは,溶融成形時や加熱時に容易に着色しやすい等の欠点があること(上記(3)ア),PVA系ポリマーに対して,酢酸ナトリウムを0.005?0.1重量%と,酢酸を所定量含有させ,更に,所定の無機多塩基酸の部分アルカリ金属塩を0.001?0.5重量%含有させることによって,着色し難いPVA系ポリマーを得ることができること(上記(3)ウ,エ)が記載され,具体的には,PVAのチップを水に溶解した水溶液に酢酸を添加して,該チップ中に残存していた苛性アルカリを中和して酢酸ナトリウムとし,次いでリン酸(酸基がすべて遊離状態のもの)を添加して,リン酸のpk_(1)に相当する酸基を酢酸ナトリウムと反応させることにより,実質的に,酢酸,酢酸ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを含有するPVAのチップを作成したこと(上記(3)オ)が記載されている。
上記のとおり,甲8には,PVA系ポリマーは,溶融成形時や加熱時に容易に着色しやすいことが記載されているものの,このような溶融成形時や加熱時における着色は,本件訂正発明3Aのような,PVA系重合体フィルムをロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるものとは,その内容が全く異なるものである。また,甲8には,溶融成形時や加熱時に着色し難いPVA系ポリマーを得るために,PVAのチップを水に溶解した水溶液に酢酸を添加した後,リン酸(酸基がすべて遊離状態のもの)を添加することにより,実質的に,酢酸,酢酸ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを含有するPVAのチップを作成することが記載されており,ある種の酸性物質を添加することが記載されているものの,得られたPVAのチップのpHを所定の範囲に調整することについては記載されておらず,また,得られたPVAのチップのpHが実際にどの程度であるのかも不明である。
以上のとおり,甲8にも,PVA系重合体フィルムについて,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びるという問題については記載されておらず,また,PVA系重合体フィルムのpHを所定の範囲に調整することについても記載されていない。仮に,甲2発明に対して,甲8に記載の事項を適用することが技術的には可能であったとしても,甲8の記載によっても,甲2発明において,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすることが動機付けられるものではなく,また,そのために「酸性物質(C)」を用いることが動機付けられるものでもない。
(ウ)そして,前記1(2)で述べたとおり,本件訂正発明3Aは,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってフィルムの色が黄色味を帯びにくく,また,PVA系重合体フィルムを容易にかつ安価に製造することができるという効果を有するものであるが,このような効果については,甲2及び甲8のいずれにも記載されておらず,また,当業者にとって自明のものともいえないから,このような本件訂正発明3Aの効果は,当業者が予測することができない格別顕著なものと認められる。
(エ)そうすると,上記(イ)のとおり,甲2及び甲8のいずれにも,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供するために,「ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物」である「界面活性剤(B)」を含むPVA系重合体フィルムにおいて,「水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8」とすること,及びそのために「酸性物質(C)」を用いることが記載も示唆もされておらず,また,上記(ウ)のとおり,本件訂正発明3Aの効果が当業者が予測することができない格別顕著なものである以上,上記相違点6及び7に係る本件訂正発明3Aの発明特定事項については,甲2発明及び甲8に記載の事項に基づいて,当業者が容易に想到することができたものということはできない。
エ したがって,相違点5について検討するまでもなく,本件訂正発明3Aは,甲2発明及び甲8に記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
オ 本件訂正発明3Bについて
本件訂正発明3Bは,本件訂正発明3Aに対して,さらに「ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である」ことを特定するものである。
本件訂正発明3Bと甲2発明とを対比すると,両者は,上記イのとおりの一致点で一致し,同相違点5?7(ただし,「本件訂正発明3A」を「本件訂正発明3B」と読み替える。)で相違するほか,さらに以下の相違点8で相違する。
・相違点8
本件訂正発明3Bは,「ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である」のに対して,甲2発明は,このようなけん化度について特定されていない点。
相違点6及び7について検討すると,上記ウと同様に,相違点6及び7に係る本件訂正発明3Bの発明特定事項については,甲2発明及び甲8に記載の事項に基づいて,当業者が容易に想到することができたものということはできない。
したがって,相違点5及び8について検討するまでもなく,本件訂正発明3Bは,甲2発明及び甲8に記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
カ 請求人らの主張について
請求人らは,甲8には常温で長期保存した場合における着色については触れられていないが,高温で黄変が防止されるとの記載に接した当業者が,常温においても黄変が防止される可能性があることは,直ちに理解できると主張する。
しかしながら,PVA系重合体フィルムにおける高温での黄変と常温での黄変とが同様の機序によるものであるかどうかは明らかではなく,ある手段によって高温での黄変が防止されるからといって,直ちに常温での黄変についても同様に防止されるかどうかは不明というほかないから,請求人らの主張は採用できない。

(5)本件訂正発明4,7及び14について
本件訂正発明4,7及び14は,いずれも直接的に又は間接的に本件訂正発明3を引用し,さらに限定を付するものであるが,上記(4)のとおり,本件訂正発明3A及びBが,甲2発明及び甲8に記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,同様の理由により,本件訂正発明4,7及び14についても,当業者が容易に発明をすることができたものということができない。

(6)まとめ
以上のとおりであるから,請求人らが主張する無効理由4-2は理由がない。

第6 むすび
以上のとおり,本件特許の請求項5,6,8及び11?13が本件訂正により削除された結果,同請求項5,6,8及び11?13に係る発明についての本件審判の請求は対象を欠くこととなったため,特許法135条の規定により審決をもって却下すべきものである。
また,請求人らの主張する無効理由1,2,3,4-1,4-2及び証拠方法によっては,本件特許の請求項1?4,7,9,10及び14に係る発明についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法169条2項において準用する民事訴訟法61条の規定により,請求人らの負担とする。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ポリビニルアルコール系重合体フィルム
【技術分野】
【0001】
本発明はポリビニルアルコール(以下、「ポリビニルアルコール」を「PVA」と略記することがある)系重合体フィルムおよびその製造方法ならびに当該PVA系重合体フィルムの保管方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PVA系重合体を用いて形成されるPVA系重合体フィルムは、水溶性というユニークな特徴とその他の様々な優れた物性を生かして、偏光フィルム製造原料等の光学用途、農薬・洗剤等の化学薬品の包装用途、繊維製品の包装用途など、各種の用途に使用されている。
【0003】
ところで、Tダイ等を用いてPVA系重合体フィルムを製膜する際におけるダイラインの発生や異物の発生を抑制し、製膜性を改善する方法としてノニオン系界面活性剤を配合する方法が提案されている(特許文献1参照)。また光学的スジや光学的色ムラ等のない優れた光学特性を有し、耐ブロッキング性に優れた効果を発揮することができるPVA系重合体フィルムを提供する方法として、特定の界面活性剤を複数種配合する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-253993号公報
【特許文献2】特開2005-206809号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムをロール状に巻いて、これを常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管した時に、ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題があることが近年明らかになってきた。この黄変はPVA系重合体フィルムの機械的強度・延伸性・ヘイズ等の物性にはほとんど影響を与えないが、包装材料として使用した場合に内容物の色が黄色味を帯びたり、偏光フィルムを製造する際の原料として使用した場合に得られる偏光フィルムを透過した光線が黄色味を帯びたりして、消費者や使用者に対して悪印象を与える可能性があった。
【0006】
本発明は、常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、PVA系重合体および界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムであって、水に溶解させた際のpHが一定範囲にあるPVA系重合体フィルムにより上記目的が達成されることを見出し、当該知見に基づいてさらに検討を重ねて本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1] PVA系重合体(A)、および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むPVA系重合体フィルムであって、
前記界面活性剤(B)が、ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり、
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である、
ことを特徴とするPVA系重合体フィルム、
[2] PVA系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である、上記[1]のPVA系重合体フィルム、
[3] 酸性物質(C)を用いて得られたものである、上記[1]または[2]のPVA系重合体フィルム、
[4] 酸性物質(C)の25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上であり、且つ当該酸性物質(C)の常圧下での沸点が120℃を超える、上記[3]のPVA系重合体フィルム、
[5] (削除)、
[6] (削除)、
[7] 酸化防止剤(D)を界面活性剤(B)に対して0.01?3質量%含む、上記した[1]、[2]、[3]および[4]のいずれか1つのPVA系重合体フィルム、
[8] (削除)、
[9] PVA系重合体(A)および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含む製膜原液を調製する工程と、当該製膜原液を製膜する工程とを含み、当該製膜原液が、界面活性剤(B)としてジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いて得られたものである、上記〔1]、[2]、[3]、[4]および[7]のいずれか1つのPVA系重合体フィルムの製造方法、
[10] 上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである、上記[9]の製造方法、
[11] (削除)、
[12] (削除)、
[13] (削除)、
[14] 上記[1]、[2]、[3]、[4]および[7]のいずれか1つのPVA系重合体フィルムを、温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管することを特徴とする、PVA系重合体フィルムの保管方法、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のPVA系重合体フィルムは、倉庫内などに長期間保管してもフィルムの色が黄色味を帯びにくい。そのため、当該PVA系重合体フィルムを包装材料や偏光フィルムを製造する際の原料として使用した場合にも、消費者や使用者に対して悪印象を与えにくい。また、本発明の製造方法によれば、上記のPVA系重合体フィルムを容易に且つ安価に製造することができる。
さらに、本発明の保管方法によりPVA系重合体フィルムを保管すれば、フィルムの黄変をより効果的に抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本発明をさらに詳細に説明する。
本発明のPVA系重合体フィルムは、PVA系重合体(A)と特定の界面活性剤(B)とを含む。
【0011】
PVA系重合体(A)としては、ビニルエステル系モノマーを重合して得られるビニルエステル系重合体をけん化することにより製造されたものを使用することができる。ビニルエステル系モノマーとしては、例えば、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、バレリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニル、バーサティック酸ビニル等を挙げることができ、これらの中でも酢酸ビニルが好ましい。
【0012】
上記のビニルエステル系重合体は、単量体として1種または2種以上のビニルエステル系モノマーのみを用いて得られたものが好ましく、単量体として1種のビニルエステル系モノマーのみを用いて得られたものがより好ましいが、1種または2種以上のビニルエステル系モノマーと、これと共重合可能な他のモノマーとの共重合体であってもよい。
【0013】
このようなビニルエステル系モノマーと共重合可能な他のモノマーとしては、例えば、エチレン;プロピレン、1-ブテン、イソブテン等の炭素数3?30のオレフィン;アクリル酸またはその塩;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n-プロピル、アクリル酸i-プロピル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸i-ブチル、アクリル酸t-ブチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸ドデシル、アクリル酸オクタデシル等のアクリル酸エステル;メタクリル酸またはその塩;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n-プロピル、メタクリル酸i-プロピル、メタクリル酸n-ブチル、メタクリル酸i-ブチル、メタクリル酸t-ブチル、メタクリル酸2-エチルヘキシル、メタクリル酸ドデシル、メタクリル酸オクタデシル等のメタクリル酸エステル;アクリルアミド、N-メチルアクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、アクリルアミドプロパンスルホン酸またはその塩、アクリルアミドプロピルジメチルアミンまたはその塩、N-メチロールアクリルアミドまたはその誘導体等のアクリルアミド誘導体;メタクリルアミド、N-メチルメタクリルアミド、N-エチルメタクリルアミド、メタクリルアミドプロパンスルホン酸またはその塩、メタクリルアミドプロピルジメチルアミンまたはその塩、N-メチロールメタクリルアミドまたはその誘導体等のメタクリルアミド誘導体;N-ビニルホルムアミド、N-ビニルアセトアミド、N-ビニルピロリドン等のN-ビニルアミド;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n-プロピルビニルエーテル、i-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、i-ブチルビニルエーテル、t-ブチルビニルエーテル、ドデシルビニルエーテル、ステアリルビニルエーテル等のビニルエーテル;アクリロニトリル、メタクリロニトリル等のシアン化ビニル;塩化ビニル、塩化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデン等のハロゲン化ビニル;酢酸アリル、塩化アリル等のアリル化合物;マレイン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物;イタコン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物;ビニルトリメトキシシラン等のビニルシリル化合物;酢酸イソプロペニルなどを挙げることができる。上記のビニルエステル系重合体は、これらの他のモノマーのうちの1種または2種以上に由来する構造単位を有することができる。
【0014】
上記のビニルエステル系重合体に占める上記他のモノマーに由来する構造単位の割合は、ビニルエステル系重合体を構成する全構造単位のモル数に基づいて、15モル%以下であることが好ましく、5モル%以下であることがより好ましい。
【0015】
PVA系重合体(A)の重合度に特に制限はないが、フィルム強度などの点から200以上であることが好ましく、200?15,000の範囲内であることがより好ましく、300?5,000の範囲内であることがさらに好ましい。ここで重合度とは、JIS K6726-1994の記載に準じて測定される平均重合度を意味し、PVA系重合体を再けん化し、精製した後、30℃の水中で測定した極限粘度[η](単位:デシリットル/g)から次式により求められる。
Po = ([η]×10^(3)/8.29)^((1/0.62))
【0016】
またPVA系重合体(A)のけん化度は90モル%以上であることが好ましく、93モル%以上であることがより好ましい。けん化度が90モル%未満の場合には、PVA系重合体フィルムの耐水性・耐久性が不十分になるおそれがある。ここでPVA系重合体のけん化度は、PVA系重合体が有する、けん化によってビニルアルコール単位に変換され得る構造単位(典型的にはビニルエステル系モノマー単位)とビニルアルコール単位との合計モル数に対して当該ビニルアルコール単位のモル数が占める割合(モル%)をいう。PVA系重合体のけん化度は、JIS K6726-1994の記載に準じて測定することができる。
【0017】
本発明のPVA系重合体フィルムを製造する際には、PVA系重合体(A)として、1種類のPVA系重合体を単独で用いてもよいし、重合度やけん化度あるいは変性度などが互いに異なる2種以上のPVA系重合体をブレンドして用いてもよい。但し、本発明のPVA系重合体フィルムがカルボキシル基、スルホン酸基等の酸性官能基を有するPVA系重合体;酸無水物基を有するPVA系重合体;アミノ基等の塩基性官能基を有するPVA系重合体;これらの中和物など、架橋反応を促進させる官能基を有するPVA系重合体を含むと、PVA系重合体分子間の架橋反応によってPVA系重合体フィルムの二次加工性が低下する場合がある。そのため、特に光学用途に代表されるように優れた二次加工性が求められる場合などにおいては、PVA系重合体フィルムは、酸性官能基を有するPVA系重合体、酸無水物基を有するPVA系重合体、塩基性官能基を有するPVA系重合体およびこれらの中和物のいずれも含まないことが好ましく、PVA系重合体(A)として、ビニルエステル系モノマーのみを単量体に用いて得られたビニルエステル系重合体をけん化することにより製造されたPVA系重合体、および/または、ビニルエステル系モノマーとエチレンおよび/または炭素数3?30のオレフィンのみを単量体に用いて得られたビニルエステル系重合体をけん化することにより製造されたPVA系重合体のみを含むことがより好ましく、PVA系重合体(A)として、ビニルエステル系モノマーのみを単量体に用いて得られたビニルエステル系重合体をけん化することにより製造されたPVA系重合体のみを含むことがさらに好ましい。
【0018】
本発明では、界面活性剤(B)として、特定のノニオン系界面活性剤を用いる。
【0019】
(削除)
【0020】
ノニオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンオレイルエーテル等のアルキルエーテル型;ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル等のアルキルフェニルエーテル型;ポリオキシエチレンラウレート等のアルキルエステル型;ポリオキシエチレンラウリルアミノエーテル等のアルキルアミン型;ポリオキシエチレンラウリン酸アミド等のアルキルアミド型;ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンエーテル等のポリプロピレングリコールエーテル型;ラウリン酸ジエタノールアミド、オレイン酸ジエタノールアミド等のアルカノールアミド型;ポリオキシアルキレンアリルフェニルエーテル等のアリルフェニルエーテル型などが挙げられる。
【0021】
界面活性剤は1種類を単独で使用しても、2種類以上を併用してもよい。これらの界面活性剤の中でも、製膜時の膜面異常の低減効果に優れることから、ノニオン系界面活性剤が好ましく、また本発明の効果がより顕著に奏されることから、アルカノールアミド型の界面活性剤がより好ましく、脂肪族カルボン酸(例えば、炭素数8?30の飽和または不飽和脂肪族カルボン酸など)のジアルカノールアミド(例えば、ジエタノールアミド等)がさらに好ましい。
【0022】
界面活性剤(B)としては、入手が容易であり安価でもあることから、界面活性剤を含む混合物の形態で使用することが好ましい。本発明では、界面活性剤(B)として、ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いる。当該混合物における界面活性剤の含有率は70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることがさらに好ましい。また当該混合物における界面活性剤の含有率の上限としては、例えば、99.99質量%が挙げられる。当該混合物が含む界面活性剤以外の成分としては、例えば、界面活性剤を製造する際に使用した原料、触媒、溶媒;界面活性剤が分解して生じた分解物;界面活性剤の安定性を向上させるために添加される安定剤などが挙げられ、より具体的には、界面活性剤がラウリン酸ジエタノールアミドよりなるノニオン系界面活性剤である本発明の場合に、対応するジエタノールアミンが挙げられる。
【0023】
上記の界面活性剤(B)として用いる混合物は、本発明の効果がより顕著に奏されることから、水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が8.0以上となるものであることが好ましく、8.5?12.0の範囲内となるものであることがより好ましい。なお、界面活性剤(B)として用いる混合物を0.1質量%となるように水に添加して攪拌し(必要に応じてさらに加熱および/または冷却をしてもよい)、その後20℃に温度を維持した際に、当該界面活性剤(B)として用いる混合物に含まれる成分の一部が完全には溶解しておらず分散液の形態になっている場合においても、当該分散液のpHを測定することにより得られる値を上記のpHとみなすことができる。
【0024】
PVA系重合体フィルムにおける界面活性剤(B)の含有率はPVA系重合体100質量部に対して0.001?1質量部の範囲内であることが必要であり、0.01?0.7質量部の範囲内であることが好ましく、0.05?0.5質量部の範囲内であることがより好ましい。上記含有率が0.001質量部より少ないと製膜時の膜面異常の低減効果が現れにくく、1質量部より多いとフィルム表面に溶出してブロッキングの原因になり取り扱い性が低下する。
【0025】
本発明のPVA系重合体フィルムは、水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が2.0?6.8の範囲内にあることが、長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。上記のpHが2.0未満の場合には、PVA系重合体自体の劣化によるものと思われる黄変が生じやすくなる。また上記のpHが2.0未満のフィルムは、製膜の際に防腐加工が施された特殊な製膜設備が必要となる。この観点より、上記のpHは2.5以上であることが好ましく、3.0以上であることがより好ましい。一方、上記のpHが8.0を超える場合には、十分な黄変抑制効果が得られない。この観点より、上記のpHは7.5以下であることが好ましく、7.0以下であることがより好ましく、6.8以下であることがさらに好ましく、6.5以下であることが特に好ましく、6.0以下であることが最も好ましく、本発明ではPVA系重合体フィルムのpHを前記した「さらに好ましい6.8以下」に規定している。
なお、PVA系重合体フィルムを7質量%となるように水に添加して攪拌し(必要に応じてさらに加熱および/または冷却をしてもよい)、その後20℃に温度を維持した際に、当該PVA系重合体フィルムに含まれる成分の一部が完全には溶解しておらず分散液の形態になっている場合においても、当該分散液のpHを測定することにより得られる値を上記のpHとみなすことができる。
【0026】
本発明のPVA系重合体フィルムについて、水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHを2.0?6.8の範囲内にコントロールする方法は必ずしも限定されないが、コントロールが容易であることからPVA系重合体フィルムの製造過程において酸性物質(C)を適量配合する方法が好適である。
【0027】
酸性物質(C)の種類に特に制限はないが、25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上の酸性物質であることが好ましい。上記のpKaが3.5未満である強い酸性物質を使用すると、酸性物質の使用量のわずかな変動によって得られるPVA系重合体フィルムを水に溶解させた際の上記pHが大きく変わる可能性があり目的とするPVA系重合体フィルムを得ることが困難になったり、またPVA系重合体フィルム中においてこのような強い酸性物質の濃度にバラツキが生じた場合には、濃度の高い部位に黄変などの問題を生じたりする可能性もある。
【0028】
また酸性物質(C)の常圧下(絶対圧力で1atm)での沸点は120℃を超えることが好ましい。常圧下での沸点が120℃以下である場合、長期保管中に酸性物質がPVA系重合体フィルムから徐々に揮発して、黄変の抑制効果が低下するおそれがある。なお本明細書においては、酸性物質が常圧下120℃において実質的に揮発性を有さないものも常圧下での沸点が120℃を超えると考えるものとする。ここで実質的に揮発性を有さない酸性物質としては、例えば、蒸発皿に精秤された当該酸性物質を約1g載せ、これを常圧下120℃で10分間保持した後においても、当該酸性物質の質量の減少量が10質量%以下である酸性物質などが挙げられる。酸性物質(C)の沸点は125℃以上であることがより好ましく、130℃以上であることがさらに好ましい。
【0029】
25℃におけるpKaが3.5以上で常圧下の沸点が120℃を超える酸性物質としては、例えば、乳酸、コハク酸、アジピン酸、安息香酸、カプリン酸、クエン酸、ラウリン酸等の有機酸;ホウ酸、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム等の無機酸性物質;アスパラギン酸、グルタミン酸等のアミノ酸などを挙げることができるが、必ずしもこれらに限定されない。これらの酸性物質は1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。これらの中でも、揮発による散逸が実質的に無視できることから無機酸性物質が好ましい。
【0030】
本発明のPVA系重合体フィルムの製造過程において好ましく使用される酸性物質(C)の量は、最終的に得られるPVA系重合体フィルムを水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8の範囲内となる量である。PVA系重合体フィルム中における使用された酸性物質(C)の含有率(但し、共役塩基の形態になっているものについては当該共役塩基と同じモル数の酸性物質(C)が含まれていると考えるものとする)は、使用される酸性物質(C)の種類などによって一概に定めることはできないが、例えば、PVA系重合体(A)100gに対して0.0001?0.05モルとなる割合が挙げられる。
【0031】
本発明のPVA系重合体フィルムは上記のとおり、水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8の範囲内にあるが、水に溶解させた際にこのようなpHを示す本発明のPVA系重合体フィルムがさらに酸化防止剤(D)を含むと、理由は定かではないが、黄変の抑制効果をより長期間にわたって持続させることができる。このような酸化防止剤(D)の効果は、水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが上記範囲から外れるPVA系重合体フィルムの場合には殆ど認められない。
酸化防止剤(D)の種類に特に制限はないが、フェノール系、ホスファイト系、チオエステル系、ベンゾトリアゾール系、ヒンダードアミン系などの有機系酸化防止剤が好適な物として例示される。
【0032】
本発明のPVA系重合体フィルムにおける酸化防止剤(D)の含有率は、界面活性剤(B)の質量に基づいて0.01?3質量%の範囲内であることが好ましく、0.05?1質量%の範囲内であることがより好ましい。当該含有率が界面活性剤(B)の質量に基づいて0.01質量%未満であると黄変の抑制効果をより長期間にわたって持続させることができなくなる場合があり、3質量%を超えると酸化防止剤(D)が凝集してPVA系重合体フィルム上の欠点として表れて外観を損ねるおそれがある。
【0033】
PVA系重合体フィルムは可塑剤を含まない状態では他のプラスチックフィルムに比べ剛直であり、衝撃強度等の機械的物性や二次加工時の工程通過性などが問題になることがある。それらの問題を防止するために、本発明のPVA系重合体フィルムには可塑剤(E)を含有させることが好ましい。好ましい可塑剤としては多価アルコールが挙げられ、具体的には、例えば、エチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、トリメチロールプロパン等を挙げることができる。これらの可塑剤(E)は1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。これらの可塑剤の中でも、本発明のPVA系重合体フィルムを延伸して使用する際における延伸性向上効果などの観点から、エチレングリコールまたはグリセリンが好ましい。PVA系重合体フィルムにおける可塑剤(E)の含有率としては、PVA系重合体フィルムに含まれるPVA系重合体100質量部に対して1?30質量部の範囲内であることが好ましく、3?25質量部の範囲内であることがより好ましく、5?20質量部の範囲内であることがさらに好ましい。上記の含有率が1質量部未満であると上記の問題が起きやすくなる傾向があり、30質量部を超えるとフィルムが柔軟になりすぎて、取り扱い性が低下する場合がある。
【0034】
本発明のPVA系重合体フィルムは、PVA系重合体(A)および界面活性剤(B)のみからなっていても、PVA系重合体(A)および界面活性剤(B)と上記した酸性物質(C)(但し、共役塩基の形態になっている場合には当該共役塩基を含む塩を含む)、酸化防止剤(D)および可塑剤(E)のうちの少なくとも1種のみからなっていてもよいが、必要に応じて本発明の効果を阻害しない範囲で、PVA(A)、界面活性剤(B)、酸性物質(C)(但し、共役塩基の形態になっている場合には当該共役塩基を含む塩を含む)、酸化防止剤(D)および可塑剤(E)以外の他の成分をさらに含んでいてもよい。このような他の成分としては、例えば、水分、紫外線吸収剤、滑剤、着色剤、充填剤、防腐剤、防黴剤、上記した成分以外の他の高分子化合物などが挙げられる。但し、ポリカルボン酸、ポリアミンに代表されるキレート化剤やそれに金属が配位してなるキレート化合物を含むPVA系重合体フィルムはその製造過程においてゲルを生じやすく、用途によっては当該ゲルが最終製品の品質を低下させる場合があることから、PVA系重合体フィルムはキレート化剤およびキレート化合物のいずれも含まないことが好ましい。
【0035】
PVA系重合体(A)、界面活性剤(B)、酸性物質(C)(但し、共役塩基の形態になっている場合には当該共役塩基を含む塩を含む)、酸化防止剤(D)および可塑剤(E)の各質量の合計値が本発明のPVA系重合体フィルムの全質量に占める割合は、60?100質量%の範囲内であることが好ましく、80?100質量%の範囲内であることがより好ましく、90?100質量%の範囲内であることがさらに好ましい。
【0036】
本発明のPVA系重合体フィルムは、PVA系重合体(A)および当該PVA系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部(好ましくは0.01?0.7質量部、より好ましくは0.05?0.5質量部)含む製膜原液を製膜することにより製造することができる。当該製膜原液の具体例としては、例えば、PVA系重合体(A)が溶剤に溶解してなるとともに界面活性剤(B)を上記割合で含むPVA系重合体溶液や、含水状態のPVA系重合体(A)(有機溶剤等をさらに含んでいてもよい)が溶融してなるとともに界面活性剤(B)を上記割合で含む溶融物などが挙げられる。
【0037】
PVA系重合体フィルムを製造するための具体的な方法としては、例えば、上記PVA系重合体溶液を使用して、流延製膜法、湿式製膜法(貧溶媒中への吐出)、乾湿式製膜法、ゲル製膜法(PVA系重合体溶液を一旦冷却ゲル化した後、溶媒を抽出除去し、PVA系重合体フィルムを得る方法)、あるいはこれらの組み合わせにより製膜する方法や、押出機などを使用して上記溶融物を得てこれをTダイなどから押出すことにより製膜する溶融押出製膜法など、任意の方法を採用することができる。これらの中でも、流延製膜法および溶融押出製膜法が、透明性が高く着色の少ないPVA系重合体フィルムが得られることから好ましい。
【0038】
上記の製膜原液の揮発分濃度(製膜時などに揮発や蒸発によって除去される溶媒等の揮発性成分の濃度)は50?90質量%の範囲内であることが好ましく、55?80質量%の範囲内であることがより好ましい。揮発分濃度が50質量%未満であると、粘度が高くなり製膜が困難となる場合がある。一方、揮発分濃度が90質量%を超えると、粘度が低くなり得られるフィルムの厚さ均一性が損なわれやすいため好ましくない。
【0039】
上記の製膜原液の調製方法に特に制限はなく、例えば、水にPVA系重合体(A)を溶解させたものに、界面活性剤(B)と、必要に応じてさらに酸性物質(C)、酸化防止剤(D)、可塑剤(E)および上記した他の成分のうちの少なくとも1種を添加する方法や、押出機を使用して含水状態のPVA系重合体(A)を溶融混練する際に、界面活性剤(B)と、必要に応じてさらに酸性物質(C)、酸化防止剤(D)、可塑剤(E)および上記した他の成分のうちの少なくとも1種を共に溶融混練する方法などが挙げられる。これらの中でも、流延製膜法でPVA系重合体フィルムを製造する場合には、水にPVA系重合体(A)を溶解させたものに、界面活性剤(B)と、必要に応じてさらに酸性物質(C)、酸化防止剤(D)、可塑剤(E)および上記した他の成分のうちの少なくとも1種を添加する方法が好ましい。
【0040】
また製膜原液の調製時に界面活性剤(B)を配合するにあたり、界面活性剤(B)として上記した混合物を使用することにより、界面活性剤(B)の煩雑な精製作業をせずに、また、より高価な高純度の界面活性剤(B)を使用する必要がなく製膜原液を容易に且つ安価に調製することができることから好ましい。さらに、上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである場合には、酸性物質(C)の配合時にその配合量を調整することにより得られるPVA系重合体フィルムを水に溶解させた際のpHを容易に上記範囲に調整することができることから好ましい。
【0041】
本発明のPVA系重合体フィルムの厚みに特に制限はなく、用途に応じて適切な厚みに設定することができる。具体的には、例えば、包装材料用途では平均厚みとして5?500μmの範囲内であることが好ましく、偏光フィルムの原料として使用する場合には平均厚みとして5?150μmの範囲内であることが好ましい。なお、PVA系重合体フィルムの平均厚みは任意の10箇所(例えば、PVA系重合体フィルムの幅方向に引いた直線上にある任意の10箇所)の厚みを測定し、それらの平均値として求めることができる。
【0042】
また本発明は、上記した本発明のPVA系重合体フィルムを温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管するPVA系重合体フィルムの保管方法を包含する。本発明のPVA系重合体フィルムは、従来のPVA系重合体フィルムに比べて長期間保管した時の黄変が少ない特徴があるが、保管時の温度が高くなるほど黄変しやすくなる傾向があるため、40℃以下の温度で保管するのが好ましい。また保管時の温度が低すぎると、保管場所から使用のために取り出した時にフィルム表面に結露を生じて、それが原因となってフィルムのブロッキングやタルミなどの異常を生じるおそれがある。この観点より、保管時の温度は0℃以上であることが好ましい。同様に、湿度75%RHを超える条件で保管すると、PVA系重合体フィルムの吸湿によりフィルムのブロッキングやタルミなどの異常を生じるおそれがある。PVA系重合体フィルムを保管する際の保管期間に特に限定はないが、あまりに長すぎると、特に高温下に保管した際などにおいて徐々に黄変が進行する可能性があることから、1週間以上2年以内であることが好ましく、1ヶ月以上1.5年以内であることがより好ましく、3ヶ月以上1年以内であることがさらに好ましい。
【0043】
本発明のPVA系重合体フィルムの用途に特に制限はなく、例えば、包装材料;偏光フィルム、位相差フィルム等の光学フィルムを製造するための原料;ランドリーバッグ等の水溶性フィルム;人工大理石を製造する際の離型フィルムなどとして使用することができるが、本発明のPVA系重合体フィルムは、倉庫内などに長期間保管してもフィルムの色が黄色味を帯びにくく、消費者や使用者に対して悪印象を与えにくいことから、包装材料、偏光フィルムまたは位相差フィルムを製造するための原料として使用することが好ましい。また、界面活性剤(B)を上記の割合で含み、且つ水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが上記の範囲内にある本発明のPVA系重合体フィルムは、長時間(好ましくは72時間以上、より好ましくは120時間以上、さらに好ましくは180時間以上)連続して製造した場合においても、界面活性剤(B)の凝集物に起因すると推測されるスジ状の欠点(フィルムの流れ方向と平行に連続的または断続的に発生する、フィルムの微細な凹凸による欠点)の発生を高度に抑制することができることから、偏光フィルムや位相差フィルムのように最終製品に高い品質が要求される場合に、これらを製造するための原料として特に好ましく使用することができる。
【実施例】
【0044】
以下に本発明を実施例等により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
なお、以下の実施例、比較参考例および比較例において採用された、PVAフィルムを水に溶解させた際のpHおよびPVAフィルムの黄色度(YI値)の各測定方法を以下に示す。
【0045】
[PVAフィルムを水に溶解させた際のpHの測定]
PVAフィルム7gを室温の脱イオン水93g中に入れ、攪拌下に約90℃に加熱してフィルムを完全に溶解させた後、得られた水溶液を20℃に冷却し、pHメーター(METTLER TOLEDO社製「MP230」)を用いてその水溶液のpHを測定した。
【0046】
[PVAフィルムの黄色度(YI値)の測定]
サンプルとなるフィルムを8枚重ねて、色差計(日本電色工業株式会社製 Model「NF-902」)を用いてフィルムのYI値を8枚全体の値として測定した。
【0047】
[実施例1]
けん化度99.9モル%、重合度2400、酢酸ナトリウム含量2.4質量%のPVA(ポリ酢酸ビニルのけん化物)のチップ100質量部を35℃の蒸留水2500質量部に24時間浸漬した後、遠心脱水を行いPVA含水チップを得た。得られたPVA含水チップ中の酢酸ナトリウム含量はPVAに対して0.1質量%であり、またPVA含水チップ中の揮発分濃度は70質量%であった。
そのPVA含水チップ333質量部(乾燥状態PVA換算で100質量部)に対してグリセリン12質量部、界面活性剤を含む混合物(ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し、且つジエタノールアミンを不純物として含む混合物。当該混合物を水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(PVAフィルムの場合について上記したのと同様の方法により測定)は9.64。)0.3質量部、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)(フェノール系酸化防止剤)0.003質量部を添加し、さらに1mol/lのリン酸二水素カリウム水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加した後、よく混合して混合物とし、これを最高温度130℃の二軸押出機で加熱溶融した。熱交換機で100℃に冷却した後、95℃の金属ドラム上に溶融押出製膜して乾燥することにより、フィルム幅1.2mで平均厚さ60μmのPVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。得られたPVAフィルムを用いて、水に溶解させた際のpHを上記した方法により測定したところ6.0であった。
【0048】
また得られたPVAフィルムをA4サイズにカットして、まず初期状態での黄色度(YI値)を上記した方法により測定したところ4.6であった。このPVAフィルムを80℃に調整された熱風乾燥機中に吊り下げて放置した。そして放置してから3日後、5日後および10日後のフィルムの黄色度(YI値)を上記した方法により測定したところ、それぞれ7.6、9.0、10.1であった。したがって、黄色度(YI値)の初期値からの増加量である黄変度(ΔYI)は、それぞれ3.0、4.4、5.5と計算された。
以上の各種評価の結果を表1に示した。なお、240時間連続して上記の製膜を行ったが、スジ状の欠点の発生は認められなかった。
【0049】
[実施例2]
実施例1において、1mol/lのリン酸二水素カリウム水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加したことに代えて、1mol/lの乳酸水溶液をPVA100gに対して5mlとなる割合で添加したこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0050】
[実施例3]
実施例1において、1mol/lのリン酸二水素カリウム水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加したことに代えて、1mol/lの酢酸水溶液をPVA100gに対して10mlとなる割合で添加したこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0051】
[実施例4]
実施例2において、乳酸水溶液の添加量をPVA100gに対して5mlとなる割合からPVA100gに対して2mlとなる割合に変更したこと以外は実施例2と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0052】
[実施例5]
PVAのチップとして、けん化度88.0モル%、重合度2400、酢酸ナトリウム含量2.0質量%のPVA(ポリ酢酸ビニルのけん化物)のチップを使用して、実施例1と同様にしてPVA含水チップを得た。得られたPVA含水チップ中の酢酸ナトリウム含量はPVAに対して0.08質量%であり、またPVA含水チップ中の揮発分濃度は86質量%であった。このPVA含水チップを20℃で減圧乾燥して、揮発分濃度を70質量%に調整した。
得られたPVA含水チップを、実施例1において使用された揮発分濃度が70質量%のPVA含水チップの代わりに用いたこと以外は実施例1と同様にしてPVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0053】
[実施例6]
実施例1において、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0054】
[実施例7]
実施例1において、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)の添加量を、PVA含水チップ333質量部(乾燥状態PVA換算で100質量部)に対して0.003質量部から0.018質量部に変更したこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムには実用上の支障になるほどではないが、日光などの強い光の元で観察すると、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)によって生じたと推定される凝集物状の欠点が薄く見られた。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0055】
[比較参考例1]
実施例1において、リン酸二水素カリウム水溶液の添加量をPVA100gに対して10mlとなる割合からPVA100gに対して5mlとなる割合に変更したこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。なお、240時間連続して上記の製膜を行ったところ、スジ状の欠点の発生がわずかに認められた。
【0056】
[比較参考例2]
比較参考例1において、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)を添加しなかったこと以外は比較参考例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0057】
[比較例1]
実施例1において、グリセリン、界面活性剤を含む混合物、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)、リン酸二水素カリウム水溶液のいずれも添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにはスジなどの欠陥が多くて外観が悪かった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0058】
[比較例2]
実施例1において、4,4’-ブチリデンビス(6-t-ブチル-3-メチルフェノール)およびリン酸二水素カリウム水溶液のいずれも添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0059】
[比較例3]
実施例1において、リン酸二水素カリウム水溶液を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにスジなどの欠陥は見られず外観が良好であった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。なお、240時間連続して上記の製膜を行ったところ、スジ状の欠点の発生が認められた。
【0060】
[比較例4]
実施例2において、1mol/lの乳酸水溶液をPVA100gに対して5mlとなる割合で添加したことに代えて、乳酸を水に希釈せずそのまま用いてそれをPVA100gに対して0.1molとなる割合で添加したこと以外は実施例1と同様にして、PVA含水チップと各種添加物の混合物を得た。この混合物に水を加えることにより固形分濃度7質量%の水溶液を作製した。得られた水溶液のpHをPVAフィルムの場合について上記したのと同様の方法により測定したところ1.7であった。この混合物を押出機を用いて溶融製膜した場合、溶融樹脂流路に施されているメッキが腐食する可能性があるため、製膜を断念した。
【0061】
[比較例5]
実施例1において、界面活性剤を含む混合物の添加量を、PVA含水チップ333質量部(乾燥状態PVA換算で100質量部)に対して0.3質量部から3質量部に変更したこと以外は実施例1と同様にして、PVAフィルムを得た。得られたPVAフィルムにはスジなどの欠陥が多くて外観が悪かった。
得られたPVAフィルムを用いて実施例1と同様にして各種測定を行った。結果を表1に示した。
【0062】
[実施例10]
実施例1で得られたPVAフィルムを直径3インチの紙管にロール状に50m巻き取り、温度30℃および湿度50%RHに調整した恒温恒湿機内に保管した。6ヶ月後に取り出してPVAフィルムの黄色度(YI値)を上記した方法により測定したところ、保管開始前の4.6に対して5.4であり、黄変度(ΔYI)は0.8と小さかった。また、膜面は保管前と特に変化なく、良好であった。評価結果を表2に示した。
【0063】
[比較例6]
実施例10において、実施例1で得られたPVAフィルムを使用する代わりに比較例3で得られたPVAフィルムを使用したこと以外は実施例10と同様にしてPVAフィルムを保管した。6ヶ月間後取り出したPVAフィルムの評価結果を表2に示した。
【0064】
【表1】

【0065】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明によれば、倉庫内などに長期間保管してもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムが得られることから、当該PVA系重合体フィルムは、例えば、包装材料;偏光フィルム、位相差フィルム等の光学フィルムを製造するための原料;ランドリーバッグ等の水溶性フィルム;人工大理石を製造する際の離型フィルムなどとして好ましく使用することができる。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系重合体(A)、および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルムであって、
前記界面活性剤(B)が、ジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物であり、
水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0?6.8である、
ことを特徴とするポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項2】
ポリビニルアルコール系重合体(A)のけん化度が90モル%以上である、請求項1に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項3】
酸性物質(C)を用いて得られたものである、請求項1または2に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項4】
酸性物質(C)の25℃におけるpKa(酸解離定数)が3.5以上であり、且つ当該酸性物質(C)の常圧下での沸点が120℃を超える、請求項3に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
酸化防止剤(D)を界面活性剤(B)に対して0.01?3質量%含む、請求項1、2、3および4のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルム。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
ポリビニルアルコール系重合体(A)および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対して界面活性剤(B)を0.001?1質量部含む製膜原液を調製する工程と、当該製膜原液を製膜する工程とを含み、当該製膜原液が、界面活性剤(B)としてジエタノールアミンを不純物として含むラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いて得られたものである、請求項1、2、3、4および7のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法。
【請求項10】
上記製膜原液が酸性物質(C)を用いて得られたものである、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
(削除)
【請求項13】
(削除)
【請求項14】
請求項1、2、3、4および7のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール系重合体フィルムを、温度0?40℃および湿度75%RH以下の条件下に保管することを特徴とする、ポリビニルアルコール系重合体フィルムの保管方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2017-11-15 
結審通知日 2017-11-17 
審決日 2017-11-29 
出願番号 特願2011-536689(P2011-536689)
審決分類 P 1 113・ 113- YAA (C08J)
P 1 113・ 537- YAA (C08J)
P 1 113・ 121- YAA (C08J)
P 1 113・ 536- YAA (C08J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 芦原 ゆりか  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 井上 猛
渕野 留香
登録日 2014-10-31 
登録番号 特許第5638533号(P5638533)
発明の名称 ポリビニルアルコール系重合体フィルム  
代理人 辻 良子  
代理人 辻 邦夫  
代理人 辻 邦夫  
代理人 辻 良子  

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