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審決分類 審判 一部無効 1項3号刊行物記載  C23C
審判 一部無効 2項進歩性  C23C
管理番号 1345090
審判番号 無効2013-800225  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-12-12 
確定日 2018-09-04 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4849186号発明「熱間プレス部材およびその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4849186号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕、〔5-11〕について訂正することを認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4849186号についての手続の経緯は、以下のとおりである。
平成21年10月28日 国内優先出願(特願2009-247384号)
平成22年 4月28日 国内優先出願(特願2010-102849号)
平成22年 9月29日 特許出願
平成23年10月28日 特許権の設定登録
平成25年12月12日 無効審判請求
平成26年 3月 6日 被請求人:訂正請求書、答弁書
平成26年 4月16日 請求人:弁駁書
平成26年 8月 8日 被請求人:口頭審理陳述要領書
平成26年 8月22日 請求人:口頭審理陳述要領書
平成26年 8月29日 口頭審理
平成26年 9月12日 被請求人:上申書
平成28年 4月27日 請求人:上申書
平成28年 6月21日 訂正拒絶理由通知
平成28年 7月26日 被請求人:意見書
平成28年12月 5日 補正許否の決定

第2 平成26年3月6日付け訂正請求の適否について
被請求人は、平成26年3月6日付けで下記のとおりの訂正請求を行い、これに対し、平成28年4月27日付けで請求人より上申書が提出され、同年6月21日付けで当審による訂正拒絶理由通知がなされ、同年7月26日付けで被請求人より意見書が提出された。

1.訂正の内容
・訂正事項1:
特許請求の範囲の請求項1の冒頭に「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、」を付加することにより請求項1を訂正する。請求項1の記載を引用する請求項2?6、請求項5又は6の記載を引用する請求項7?9、請求項9の記載を引用する請求項10及び11も同様に訂正する。

・訂正事項2:
特許請求の範囲の請求項5の冒頭に「請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、」を付加することにより、請求項5を訂正する。請求項5の記載を引用する請求項7?9、請求項9の記載を引用する請求項10及び11も同様に訂正する。

・訂正事項3:
特許請求の範囲の請求項6の冒頭に「請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、」を付加することにより、請求項6を訂正する。請求項6の記載を引用する請求項7?9、請求項9の記載を引用する請求項10及び11も同様に訂正する。

・訂正事項4
特許請求の範囲の請求項8の「Ni系めっき鋼板として、Zn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用いることを特徴とする請求項5から7のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法。」を、「Ni系めっき鋼板として、Zn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用い、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する熱間プレス部材を製造することを特徴とする請求項5から7のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法。」に訂正する。請求項8の記載を引用する請求項9、請求項9の記載を引用する請求項10及び11も同様に訂正する。

・訂正事項5
願書に添付した明細書の段落【0012】に記載された「本発明は、このような知見に基づきなされたもので、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材を提供する。」を、「本発明は、このような知見に基づきなされたもので、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材を提供する。」に訂正する。

2.当審の判断
・訂正事項1について
「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、」という事項を直列的に付加することにより、後述するように、「Ni拡散領域」が十分に形成されていることを限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、該訂正は、請求項5、6及び【0028】?【0030】の記載に基づくものといえるので、同明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

・訂正事項2について
「請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、」という事項を直列的に付加することにより、対象となる熱間プレス部材を限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、該訂正は、請求項1?3及び【0028】及び【0029】の記載に基づくものといえるので、同明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

・訂正事項3について
「請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、」という事項を直列的に付加することにより、対象となる熱間プレス部材を限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、該訂正は、請求項1?3及び【0028】及び【0029】の記載に基づくものといえるので、同明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

・訂正事項4について
「ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する熱間プレス部材を製造する」を直列的に付加することにより、対象となる熱間プレス部材を限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、該訂正は、請求項4及び【0036】の記載に基づくものといえるので、同明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

・訂正事項5について
上記訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の【0012】の記載を訂正するものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものに相当する。
そして、該訂正は、【0028】、【0029】、【0030】の記載に
基づくものといえるので、同明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

また、請求項4は、請求項1ないし3を引用するものであり、上記訂正事項1の訂正がなされるが、請求項4は無効理由の対象ではなく、無効理由が存在しない、すなわち、特許出願の際独立して特許を受けられるものであることは明らかである。(なお、後述する「第8」の「1.」、「5.」のとおり、本件訂正後の請求項1ないし3に係る発明は、無効理由1の1及び1の2、無効理由8には該当せず、請求項1ないし3を引用する請求項4に係る発明についても同様である。)

そして、本件訂正前の請求項2ないし4は、訂正前の請求項1を引用するものであり、本件訂正前の請求項7ないし11は、訂正前の5、6を引用するものであり、本件訂正は、一群の請求項毎に請求されたものである。

したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書きに掲げる事項を目的とするものに該当し、同条第3項、同条第9項で準用する特許法第126条第5項、第6項および第7項の規定に適合するので、適法な訂正と認める。

なお、平成28年6月21日付け訂正拒絶理由通知において、上記訂正事項1(請求項1についての訂正)につき、特許法第134条の2第1項ただし書きのいずれの目的にも該当しない旨の通知をしたが、上記「・訂正事項1について」のとおり、当該訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。

また、請求人は、平成28年4月27日付け上申書において、仮に本件訂正が認められたとしても、訂正後の請求項1ないし3、5ないし11は、PBPクレーム最高裁判決の判示に照らして、特許法第36条第6項第2号明確性要件を充足しない旨の主張をしている。
そこで、本件明細書の記載を見ると、下記のとおりの記載がある。
・「【0019】
1) 熱間プレス部材
1-1) 部材を構成する鋼板のNi拡散領域
上述したように、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域を存在させると、腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される。この理由は必ずしも明確ではないが、次のように考えられる。すなわち、腐食による鋼板内部への水素侵入は湿潤環境下におけるFe錆の酸化還元反応に関係しており、水素侵入を抑制するにはFe錆が変化しにくい安定な錆であることが必要である。Fe錆の安定化にはNi拡散領域が有効であり、Ni拡散領域の存在が腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制することになる。
【0020】
しかし、こうした水素侵入の抑制を効果的に図るには、部材を構成する鋼板の深さ方向に1μm以上、好ましくは2μm以上、より好ましくは3μm以上にわたってNi拡散領域を存在させることが好ましい。深さの上限は、特に限定しないが、50μm程度でその効果は飽和する。Ni拡散領域の深さは、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)による厚み方向断面の分析、またはGDS(Glow Discharge Spectroscopy)による深さ方向の分析によって求めることができる。」
・「【0028】
2) 製造方法
本発明の熱間プレス部材は、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、A_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって製造できる。
【0029】
上記のようなNi系めっき鋼板をA_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱することにより、めっき層のNiが鋼板内へ拡散し、Ni拡散領域を形成する。また、表面にある13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層により、上記のような金属間化合物層が形成されるとともに、Znの一部が表面まで拡散し、最表層にZnO層が形成される。
【0030】
Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が13質量%未満であっても、Ni含有率を10質量%以上とし、鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量を50g/m^(2)超えとし、12℃/秒以上の平均昇温速度でA_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって本発明の熱間プレス部材を製造できる。Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が10質量%未満だったり、平均昇温速度が12℃/秒未満だと、Ni拡散領域の形成が不十分となるだけでなく、Znの蒸発が活発となり過ぎるため上記のような金属間化合物層を形成することができない。また、鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量が50g/m^(2)以下では、Ni拡散領域の形成が不十分となる。ここで、A_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱するに際の平均昇温速度とは、室温から最高到達板温に至るまでの温度差を、室温から最高到達板温に至るまでの時間で除した値で定義する。」

上記記載によれば、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」を熱間プレスすることにより、得られる熱間プレス部材におけるNi拡散領域は、部材を構成する鋼板の深さ方向に1μm以上存在する、すなわち、Ni拡散領域が十分に形成されているものと一応把握される。
そうすると、上記訂正事項1による訂正後の請求項1の「熱間プレス部材」について明確でないとまではいえない。

第3 請求人の主張の概要
請求人は、特許第4849186号の請求項1ないし3、及び請求項5ないし11に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は、被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、以下のとおり主張し、その証拠方法として、下記甲1号証ないし甲10号証を、また、平成26年4月16日付け弁駁書とともに、下記甲9号証の3(差し替え)及び甲11号証ないし甲14号証を、さらに、口頭審理陳述要領書とともに、下記甲15号証ないし甲23号証を提出した。

(i)無効理由1の1
本件特許請求項1ないし3の発明は、甲1号証【0064】乃至【0066】段落の実施例4のうち、【表5】の例No.2の鋼板と同じ構成を有する熱間プレス部材であるから、特許法第29条第1項第3号及び特許法第123条第1項第3号の規定により、無効とされるべきである。(審判請求書第19頁)

(ii)無効理由1の2
本件特許請求項1ないし3の発明は、甲1号証【0064】乃至【0066】段落の実施例4の【表5】の例No.2の鋼板について、甲3号証の1及び2に開示されたハット絞り成形を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項及び第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべきである。(審判請求書第19?20頁)

(iii)無効理由2
本件特許請求項5の発明は、甲1号証【0064】乃至【0066】段落の実施例4の【表5】の例No.2の鋼板について、甲5号証の1ないし5に開示されたZn-Niめっき鋼板についての開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべきである。(審判請求書第20頁)

(iv)無効理由3
本件特許請求項6の発明は、甲1号証【0064】乃至【0066】段落の実施例4の【表5】の例No.2の鋼板について、甲6号証の1ないし3の開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべきである。(審判請求書第20頁)

(v)無効理由4
本件特許請求項7の発明は、無効理由2に甲6号証の1ないし3の開示を組み合わせること、又は無効理由3により、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない。(審判請求書第20頁)

(vi)無効理由5
本件特許請求項8の発明は、無効理由2、3又は4に、甲7号証の1ないし5の開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない。
(審判請求書第20?21頁)

(vii)無効理由6
本件特許請求項9及び10の発明は、無効理由2、3、4又は5に、甲8号証の開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない。(審判請求書第21頁)

(viii)無効理由7
本件特許請求項11の発明は、無効理由6に、甲9号証の1ないし4の開示を組合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない。(審判請求書第21頁)

(ix)訂正後の請求項1ないし3、5-11に係る本件特許発明は、進歩性を欠き無効とされるべきである。
(ix-1)無効理由1
訂正後の請求項1ないし3に係る本件特許発明は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲5号証の1ないし5の開示を組合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第27頁第5行?第49頁第7行)。

(ix-2)無効理由2
訂正後の請求項5に係る本件特許発明は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲5号証の1ないし5の開示を組合わせることで、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第49頁第8行?第51頁第10行)。

(ix-3)無効理由3
訂正後の請求項6に係る本件特許発明は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲6号証の1ないし3の開示を組合わせることで、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第51頁第11行?第54頁末行)。


(ix-4)無効理由4
訂正後の請求項7に係る本件特許発明は、無効理由2又は3に甲6号証の1ないし3の開示を組合わせることで、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第55頁第1行?第57頁下から5行)。

(ix-5)無効理由5
訂正後の請求項8に係る本件特許発明は、無効理由2、3又は4に甲7号証の1ないし5の開示を組合わせることで、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第57頁下から4行?第60頁下から9行)。

(ix-6)無効理由6
訂正後の請求項9及び10に係る本件特許発明は、無効理由2、3、4又は5に甲8号証の開示を組合わせることで、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第60頁下から8行?第63頁下から7行)。

(ix-7)無効理由7
訂正後の請求項11に係る本件特許発明は、無効理由6に、甲9号証の1なし4の開示を組合わせることで、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項及び特許法第123条第1項第2号の規定により特許を受けることができない(弁駁書第63頁下から6行?第65頁下から12行)。

なお、被請求人は、弁駁書において請求人が主張する本件訂正後の本件請求項1ないし3、5ないし11の発明に対する無効理由1ないし7による、更なる意見の主張や訂正請求は望まない旨、陳述した(「第1回口頭審理調書」)。

甲1号証 :特許第3582504号公報
甲2号証 :Zn-Ni合金電気めっきを施した鋼板の熱間プレス後の 表面被膜状態の調査結果
甲3号証の1:特開2002-102980号公報
甲3号証の2:特開2002-282951号公報
甲4号証 :レスリー鉄鋼材料学(監訳:幸田成康、訳:熊井 浩、野 田龍彦、丸善株式会社、昭和62年3月30日第2刷発行 第273頁)
甲5号証の1:亜鉛系めっき鋼板の塗膜下腐食の支配要因(鉄と鋼 第7 2年(1986)第1号、101?106頁)
甲5号証の2:電気Zn-Ni合金めっき鋼板のりん酸塩処理性(鉄と鋼 第77年(1991)第7号、200?207頁)
甲5号証の3:自動車外板用Zn-Niめっき鋼板のプレス成形性とりん 酸塩処理性に及ぼすNi含有量の影響(川崎製鉄技報23 (1991)4、321?326頁)
甲5号証の4:特開2000-328257号公報
甲5号証の5:特開2004-124207号公報
甲6号証の1:特開2002-18531号公報
甲6号証の2:特開2009-142853号公報
甲6号証の3:特開2009-142854号公報
甲7号証の1:特開2007-63578号公報
甲7号証の2:特開2007-291508号公報
甲7号証の3:特開2010-90462号公報
甲7号証の4:特開2010-90463号公報
甲7号証の5:特開2010-90464号公報
甲8号証 :特開2006-110713号公報
甲9号証の1:特開2005-139485号公報
甲9号証の2:調質鋼の靱性値に及ぼすMnSの影響について(鉄と鋼 Vol.65(1979)No.11、354頁)
甲9号証の3:特開2004-315836号公報(差し替え)
甲9号証の4:特開2004-323951号公報
甲10号証 :JISハンドブック 鉄鋼 1986(24頁)
甲11号証 :「Zn-Ni合金電気めっきを施した鋼板の熱間プレス後 の表面皮膜状態の調査結果」に関する陳述書
甲12号証 :1420MPa級高強度鋼の遅れ破壊特性に及ぼすNi, Siの影響(鉄と鋼 Vol.82(1996)No.9 、777-782頁)
甲13号証 :特開2006-70327号公報
甲14号証 :鉄鋼材料の水素含有量の電気化学測定法におけるニッケル 被覆法の開発(防食技術,24,第511-515頁(1 975))
甲15号証 :特公昭62-15635号公報
甲16号証 :高電流密度下でのNiZn合金の電析(金属表面技術 V ol.33 No.10 1982 第544?549頁
)
甲17号証 :亜鉛-ニッケル合金めっき鋼板の開発(金属表面技術 V ol.37 No.2 1986 第55?61頁)
甲18号証 :Zn-Ni合金電気めっきに及ぼす浴中鉄イオンの影響
(鉄と鋼 1985年 第68頁)
甲19号証 :電着亜鉛-ニッケル合金の結晶形態と微細構造(鉄と鋼 第77年(1991)第7号 第886-891頁)
甲20号証 :ZnおよびZn-Ni合金電析膜のエピタキシャル成長( 鉄と鋼 第77年(1991)第7号 第892-897 頁)
甲21号証 :電気化学概論(松田好晴 岩倉千秋共著 丸善株式会社、 平成21年2月10日 第16版発行 第32-43頁)
甲22号証 :特開昭60-56088号公報
甲23号証 :ZnNi目付の違いによるNi拡散領域形成差異調査報告

第4 被請求人の主張
被請求人は、答弁書、口頭審理陳述要領書において、請求人が主張する無効理由はいずれも理由がない旨主張し、口頭審理陳述要領書において下記乙1号証を提出し、平成26年9月12日付け上申書において下記乙第2、3号証を提出した。


乙1号証 :審査基準 「新規性進歩性」 特許庁
乙2号証 :川崎製鉄技報 VOL 15bNo.1 1983「新電気 亜鉛めっき設備(KM-RCEL)の概要」p.1-9
乙3号証 :THE FOURTH AES CONTINUOUS S TRIP PLATING SYMPOSIUM May 1-3,1984 「Zn-Ni ALLOY PLATI NG AT HIGH CURRENT DENSITIE S」p.1-29

第5 審理範囲について
請求人が、平成26年4月16日付け弁駁書において主張する「無効理由1」ないし「無効理由7」(上記「第3」の「(ix-1)ないし(ix-7」)については、検討を行うものとする(以下、それぞれ、「無効理由8」・・・「無効理由14」という。)。
また、平成26年8月22日付け口頭審理陳述要領書における甲第16号証ないし甲23号証に基づく請求人の主張、及び平成28年4月27日付け上申書において新たに主張する特許法第36条第6項第2号に関する無効理由については審理対象としない。(平成28年12月5日付け補正許否の決定)

第6 本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし11に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」、・・・、「本件特許発明11」という。)は、平成26年3月6日付け訂正特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載される事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した、0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材。
【請求項2】
Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在することを特徴とする請求項1に記載の熱間プレス部材。
【請求項3】
金属間化合物層が島状に存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の熱間プレス部材。
・・・
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、A_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
【請求項6】
請求項1から3のいずれかに一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、12℃/秒以上の平均昇温速度でA_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
【請求項7】
A_(C3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱するに際して、85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することを特徴とする請求項5又は6に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項8】
Ni系めっき鋼板として、Zn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用い、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する熱間プレス部材を製造することを特徴とする請求項5から7のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項9】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板が、質量%で、C:0.15?0.5%、Si:0.05?2.0%、Mn:0.5?3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項5から8のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項10】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.01?1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005?0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有することを特徴とする請求項9に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項11】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板が、さらに、質量%で、Sb:0.003?0.03%を含有することを特徴とする請求項9又は10に記載の熱間プレス部材の製造方法。」

第7 甲各号証の記載事項
(1)甲1号証(特許第3582504号公報)
(1a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛または亜鉛系合金のめっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700 ?1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用鋼板。
【請求項2】
前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る請求項1記載の熱間プレス用鋼板。
・・・ 」
(1b)「【0035】
亜鉛系めっき層/バリア層
本発明において、バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには、例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち、酸化性雰囲気中での加熱、つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが、そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく、めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550 ?650 ℃である。
・・・
【0037】
もちろん、所定厚みのめっき層が得られるのであれば、例えば、電気めっき、溶射めっき、蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよい。
亜鉛合金めっきとしては、次のような系が開示されている。
【0038】
例えば亜鉛-鉄合金めっき、亜鉛-12%ニッケル合金めっき、亜鉛-1%コバルト合金めっき、55%アルミニウム-亜鉛合金めっき、亜鉛-5%アルミニウム合金めっき、亜鉛-クロム合金めっき、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、スズ-8%亜鉛合金めっき、亜鉛-マンガン合金めっきなどである。
【0039】
めっき付着量は90g/m^(2)以下が良好である。これを超えるとバリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり外観上問題がある。下限は特に制限しないが、薄過ぎるとプレス成形後に所要の耐食性を確保できなくなったり、あるいは加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすることから、通常は20g/m^(2)程度以上は確保する。加熱温度が高くなるなど、より過酷な加熱の場合、望ましくは40?80g/m^(2)の範囲で性能良好となる。
【0040】
亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。その他原料等から不可避的に混入することがあるBe、B、Si、P、S、Ti、V、W、Mo、Sb、Cd、Nb、Cu、Sr等のうちのいくつかが含有されることもある。
【0041】
しかし、純亜鉛めっき層または合金化亜鉛めっき層の方が低コストで望ましい。・・・」

(1c)「【0050】
【実施例】
[実施例1]
本例では、板厚み1.0mmの表2に示す鋼種Aの溶融亜鉛めっき鋼板を650 ℃で合金化処理を行い、次いで大気雰囲気の加熱炉内で950 ℃×5分加熱して、加熱炉より取り出し、このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行った。このときの熱間プレス成形条件は、絞り高さ25mm、肩部丸み半径R5mm、ブランク直径90mm、パンチ直径50mm、ダイ直径53mmで実施した。成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定して成形性として評価した。なお、本例においては、鋼板の温度はほぼ2分で900 ℃に到達していた。
【0051】
このようにして得られた熱間プレス成形品について下記要領で塗膜密着性、塗装後耐食性( 単に耐食性という) をぞれぞれ評価した。
塗膜密着性試験
・・・
【0053】
評価基準は残存マス数 90?100 個を良好:評価記号○、0 ?89個を不良:評価記号×とした。
塗装後耐食性試験
・・・
【0055】
評価基準は錆幅、塗膜膨れ幅のいずれか大きい方の値で Omm以上?4mm 未満を良好:評価記号○、4mm 以上を不良:評価記号×とした。」(なお、アンダーラインは当審において付与した。)

(1d)「【0064】
[実施例4]
表1に示す鋼種Aの成分をもち、厚さ1.0mmの鋼板を使用し、実験室でめっきを施した。電気めっきは実際の製造ラインで使用されているめっき浴を用い、実験室でめっきを施した。溶融めっきは実際の製造ラインで用いられる浴を実験室で再現して溶融めっきを行った。亜鉛-鉄めっきの合金化処理は550 ℃の溶融塩浴に浸漬する方法を用いた。得られためっき鋼板は実施例1と同様の熱間成形、評価を実施した。熱間プレスに先立つ加熱は、大気炉で850 ℃、3分間行った。
【0065】
得られた結果を、表5に示すが、めっき方法、めっき層の組成に関係なく、良好な特性が得られている。」

(1e)






(1f)「【0067】
これらの結果からも分かるように、本発明によれば、いずれの場合にあっても、プレス成形性のすぐれた材料が得られ、成形品としてすぐれた塗膜密着性および耐食性を示すことが分かる。」

(2)甲2号証(「Zn-Ni合金電気めっきを施した鋼板の熱間プレス後 の表面皮膜状態の調査結果」)
(2a)「1.目的
特許3582504号の実施例4【0064】記載のZn-12%Ni合金電気めっきを施した鋼板(以下、Ni%の異なるZn-Ni合金めっき鋼板も含め「Zn-Niめっき鋼板」という。)の熱間プレス後の表面皮膜状態の再現実験(以下、「本実験」という。)を行い、特許4849186号の請求項1?3に記載の表面皮膜状態に関する項目の調査を行う。」(第1頁第2-6行)

(2b)「2. 本実験内容
2.1. 供試鋼
特許3582504号の明細書【0034】,【0064】に記載の鋼種Aを含む、以下の2種類を用いた。
・鋼種A :特許3582504号の明細書【0034】,【0064】に記載の成分を狙って製造(ラボにおいて製造、製造方法は、下記1)?5)参照。)
・鋼種X :鋼種Aに近い成分にCr、Bを加えて製造(実機において製造)


1)表1に示す鋼種Aの化学成分を狙い値として、高周波真空熔解を行い、17kgインゴットを鋳造した。
※実機では転炉により成分調整後に連続鋳造されるが、この工程を模擬したもので、ラボにおいては常法として行われる。
2)17kgインゴットを、1250℃で30分加熱した後に、950℃以上の温度域で熱間鍛造し、板厚20mm、幅110mmに展伸した後に、長さ180mm毎に切断した。
3)2)で得られた板厚20mm、幅110mm、長さ180mmのスラブを、1250℃で30分加熱した後に、シングルスタンドの圧延機で、厚さ6.0mmまで熱間圧延した。熱間圧延は、4パス行い、狙いの板厚を1パス目15mm、2パス目11mm、3パス目8.5mm、4パス目6.0mmとした。熱間圧延温度は、4パス目の開始を860℃とした。熱間圧延後、得られた熱延鋼板を送風機で600℃まで冷却し、その後600℃に保持された徐冷炉に挿入した。徐冷炉は、熱延鋼板挿入後30分経過後に、炉温を毎時20℃ずつ低下させた。
※実機ではスラブを粗圧延後多段スタンドの圧延機で熱間圧延されるが、この工程を模擬したもので、ラボにおいては常法として行われる。熱間圧延後の送風冷却は、熱間圧延後コイルに巻き取るまでの冷却を模擬したものである。熱延鋼板がコイルに巻き取られると、温度の低下が遅くなるため、徐冷炉はコイルを巻き取られた場合の温度履歴を模擬したものである。
いずれも、ラボにおいては常法として行われる。
4)徐冷炉で冷却された熱延鋼板は、表面の機械研削を行い、板厚4.0mm、幅110mm、長さ260mmの研削板に加工した。
・・・
2.2. Zn-Niめっき鋼板の作成
・・・







※A1?A4およびB1?B6、B11,B12については、表3に記載のA浴を用い、表4に示した条件にて電気Znめっきを行い、水洗・乾燥を行い、各鋼板の片面にめっき層を形成させた。ただし、A1?A4とB1?B6、B11、B12については、異なるチャンスで、電気Znめっきを行ったために、Al?A4についてのめっきNi%は12.0%であり、B1?B6、B11、B12についてのめっきNi%は12.1%であった。B7、B8については表3に記載のB浴を用い、B9、B10については表3に記載のC浴を用い、それぞれ表4に示した条件にて電気Znめっきを行い、水洗・乾燥を行い、各鋼板の片面にめっき層を形成させた。

2.3.熱間プレス試験
作成したZn-Niめっき鋼板を用い、熱間プレス試験を行った。

1-a) フラットな金型が設置されたプレス試験機を用いた熱間プレス試 験(平板プレス)
所定のサイズに切断した表5に記載のA1?A4のZn-Niめっき鋼板を用い、850℃に設定した電気加熱炉内に挿入し加熱した。このときZn-Niめっき鋼板に熱電対を接続し、その昇温挙動を調査すると、850℃まで2分程度で昇温した。炉内でZn-Niめっき鋼板を850℃×3分加熱した後、そのままの高温状態で炉から出し、その出炉後5秒以内に、フラットな金型が設置されたプレス試験機に当該Zn-Niめっき鋼板を設置し、直ちにプレスを実施し、上下のフラットな金型で挟むことにより急速冷却し、焼きを入れた(以下、本工程を平板プレスとする。)。・・・

1-b1) クランクプレス試験機を用いた熱間プレス試験1(ハット絞り 成形)
所定のサイズに切断した表5に記載のB1、B2、B3、B4、B7、B8、B9、B10、B11、B12のZn-Niめっき鋼板を用い、850℃に設定した電気加熱炉内に挿入し加熱した。このときZn-Niめっき鋼板に熱電対を接続し、その昇温挙動を調査すると、850℃まで2分程度で昇温した。B1、B3、B7、B9、B11については炉内でZn-Niめっき鋼板を850℃×3分加熱した後、B2、B4、B8、B10、B12については炉内で材料を850℃×5分加熱した後、そのままの高温状態で炉から出し、その出炉後3秒後までに、図5に記載のクランププレス試験機に当該Zn-Niめっき鋼板を設置し、直ちにハット絞り成形を実施し、急速冷却し、焼きを入れた。・・・

1-b2) クランクプレス試験機を用いた熱間プレス試験3(ハット絞り 成形)
所定のサイズに切断した表5に記載のB5、B6のZn-Niめっき鋼板を用い、950℃に設定した電気加熱炉内に挿入し加熱した。このときZn-Niめっき鋼板に熱電対を接続し、その昇温挙動を調査すると、950℃まで75s程度で昇温した。B5については炉内で950℃×3分加熱した後、B6については炉内で950℃×5分加熱した後、そのままの高温状態で炉から出し、その出炉後3秒後までに、図5に記載のクランププレス試験機に当該Zn-Niめっき鋼板を設置し、直ちにハット絞り成形を実施し、急速冷却し、焼きを入れた。・・・

2.4. 熱間プレス材の調査・評価
1) 2.3で得られた、平板プレスを行ったZn-Niめっき鋼板(A1?A4)およびハット絞り成形を行ったZn-Niめっき鋼板(B1?B12)を、25mm×40mmのサイズで切り出した(ハット絞り成形を行ったZn-Niめっき鋼板(B1?B12)については、図9に図示するとおり部材頭部の平坦部から切り出した。)(以下、切り出したA1?A4およびB1?B12をそれぞれ「試料」という」。)につき、熱間プレス後のめっき皮膜の調査・評価を行った。試料についての調査・評価方法は、特許4849186号公報に記載されている方法にて行った。その方法は表7に記載の通りである。」(第1頁第7行-第10頁第7行)

(2c)「3.実験結果
3.1. 熱間プレス後のZn-Niめっき鋼板の皮膜状態
写真4にハット絞り成形を行ったZn-Niめっき鋼板の外観を示す。ハット絞り成形を行っても皮膜が剥離することなく、熱間プレスが可能なことが確認された。・・・
なお、表9、10に分析結果のまとめを記載する。・・・

3.2. X線回折分析
分析結果と得られた回折パターンから同定した結果を図10に示す。図10から明らかなように、試料にはZnOおよびZn-Ni平衡状態図に含まれるγ相、そしてフェライト相(α相)とZnO層が含まれていることがわかった。
・・・



・・・
3.4. 電気化学測定
25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で測定した自然浸漬電位測定結果を表8に示す。自然浸漬電位は通常、水溶液に浸漬した後に電位が安定した値をとるが、安定の目安として100秒間での電位変化が5mV以下となった場合を安定とした。ここで、取り扱いの都合上測定は参照極に甘こうカロメル電極(標準電位:水素電極基準-224mV)を用い、対極にはカーボン電極を用いて行った。その結果、全ての条件で水素電極基準の自然浸漬電位が-600mV?-360mVの値であることがわかった。
・・・





3.7. まとめ
3.1から3.5に記載した特許3582504号の再現試験実験結果と、特許4849186号の請求項1?3に記載の表面被膜状態に関する項目との関係を表9、10に示す。
請求項1?3に記載の表面被膜状態に関する項目は、具体的には以下のとおりである。
請求項1
1a.鋼板の表層に、Ni拡散領域
1b.Ni拡散領域上に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に 相当する金属間化合物層
1c.金属間化合物層の上に、ZnO層
1d.自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mV
請求項2
Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在
請求項3
金属間化合物層が島状に存在

特許3582504号、実施例4 表5のNo.2に記載の鋼板を、実施例4に記載の熱間プレスを行った時の、鋼板の表面構造・組成・構成は、前記請求項1?3に記載の表面被膜状態に関する項目を満たしていることがわかった。



なお、試料A3の「1d 電化」の値「-308」は、表8に示されるような「-508」の誤記と認められる。)
(3)甲3号証の1(特開2002-102980号公報)
(3a)「【0041】次に、前記長尺状の金属板30を加熱装置内に封入し、所定の目標温度(本実施形態では950℃)にまで加熱した。加熱装置として電気炉を用いると共に、電気炉内を不活性ガス雰囲気(例えば窒素ガス雰囲気)とし、常温から徐々に温度を上げて目標温度に到達させ、若干時間その目標温度を保持した。続いて、目標温度に加熱した金属板30を加熱装置から成形用プレス機の固定型11及び可動型12間に高速搬送し、直ちにプレス加工を施した。すなわち、金属板30を加熱装置から取り出してプレス機にセットし押圧動作を開始するまでの時間を5秒以内として、プレス直前の金属板30の温度が摂氏850度を下回らないように配慮した。プレス型としての固定型11及び可動型12の温度は常温(又は室温)のままとした。更に、可動型12を固定型11に押圧するときの圧力(プレス圧)を、1千MPa?1万MPaに設定(本実施形態では約5千MPaに設定)するとともに、可動型12が上死点位置から下死点位置に移動し再び上死点位置に復帰するまでの一押圧工程に要する時間を5秒以内とした。なお、押圧完了後、プレス型から取り出した直後の製品の温度は100?200℃であったが、その後、数十分間自然放冷することで常温近くに達した。
【0042】このようなプレス加工により、図6(B)、図7及び図8に示すように、金属板30には横断面ハット形の形状が付与されてその本体部31には左右一対の側壁31aが出現する・・・」

(3b)「



(4)甲3号証の2(特開2002-282951号公報)
(4a)「【0028】
【実施例】以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
(実施例1)本実施例1は、被加工材の冷却を金型の接触抜熱効果で行うタイプであって、クリアランスClwを変更した際のプレス製品の強度、寸法精度及び生産性について検討したものである。また、本実施例1では、実施態様1で説明したプレス成形装置1(図1参照)を使用して、ハット絞り成形によりハット製品25(図4(a)参照)を試作した例(後述する表1の実験例1?10)を示す。また、金属板材20として、冷延鋼材:300mm×80mm×1.2mm(板厚t)を用いた。また、上記プレス成形装置1において、ダイス幅:80mmとし、ダイス及びパンチ肩幅:10mmとした。また、パンチ幅及び成形深さを変更して、クリアランスClwを絶対値0.8?2.4mmの範囲内で変更し、クリアランスClhは絶対値1.2mmで固定した。特に、実験例1,2は、クリアランスClwを冷延鋼材の板厚tの0.8倍未満とした例である。また、実験例3?9は、クリアランスClwを板厚tの0.8?1.9倍とした例である。また、実験例10は、クリアランスClwを板厚tの1.9倍を超える例である。これら実験例1?10の各クリアランスClwの具体的な値を表1に示す。尚、潤滑剤としてグラファイト系潤滑剤を用いた。また、ダイス2と板押えホルダ6との間のクッション圧は9.8kNとした。
・・・
【0030】上記ハット製品25の成形手順として、先ず、冷延鋼材20を雰囲気炉内で約950℃まで加熱した。次に、この加熱された鋼材を、プレス成形装置1まで搬送し、パンチ4とダイス2との間の成形位置にセットした。その後、鋼材20の温度が900℃以上の状態で、パンチ4とダイス2で熱間プレス成形を行い、・・・」

(4b)「





(5)甲4号証(「レスリー鉄鋼材料学」(監訳:幸田成康、訳:熊井浩、 野田龍彦、丸善株式会社、昭和62年3月30日第2刷発行 第273頁))
(5a)「VII.8 恒温変態図」の欄に、 「A_(C3)=910-203√%C-15.2(%Ni)+44.7(%Si)+104(%V)+31.5(%Mo)+13.1(%W)(VII-20)
A_(C3)に対する式(VII-20)以外の含有成分の影響は,次項を追加することで補うことができる.
-[30(%Mn)+11(%Cr)+20(%Cu)-700(%P)-400(%Al)-120(%As)-400(%Ti)]」(273頁22?27行)

(6)甲5号証の1(「亜鉛系めっき鋼板の塗膜下腐食の支配要因」(鉄と 鋼 第72年(1986)第1号、第101?106頁))
(6a)「1.緒言
・・・
本報告では、自動車用表面処理鋼板としてZnめっき鋼板、Zn-Feめっき鋼板、Zn-Niめっき鋼板を用い、まず未塗装材と塗装材との腐食挙動の相違を明らかにした。次に、めっき層の組成、表面性状による塗装密着性の相違、塗膜ブリスター下のpHに着目しながら、塗膜下腐食の支配要因について検討した。」(第101頁左下欄第1?末行)

(6b)「3.1 未塗装材の耐食性
電気Znめっき鋼板(1?150g/m^(2))、・・・Zn-Niめっき鋼板(Ni比率 15%、20g/m^(2))未塗装材のSSTにおける耐赤錆性の結果をFig.1に示す。同一目付量(20g/m^(2))のZnめっき鋼板に対して、・・・Zn-Niめっき鋼板は、2?3倍の耐赤錆性を有する。
」(第102頁左欄第29?36行)

(6c)「3.2 塗膜密着性
3.2.1 めっき層組成との関係
Zn-Feめっき層中のFe比率とSSTにおける塗膜密着性との関係をFig.3に示す。Fe比率0%がZnめっき鋼板の場合である。Zn-Feめっき鋼板の塗膜密着性はZnめっき鋼板よりも優れ、めっき層中のFe比率の増大と共に良好となる。Zn-Niめっき鋼板の場合をFig.4に示す。この場合も、めっき層中のNi比率の増大と共に塗装密着性は良好となる。」(第103頁左欄下から9行?末行)

(6d)「




(7)甲5号証の2(「電気Zn-Ni合金めっき鋼板のりん酸塩処理性」 (鉄と鋼 第77年(1991)第7号、第200?207 頁))
(7a)「1.緒言
自動車車体の防錆対策として、Zn-Ni合金めっき鋼板を始めとしてZn系の表面処理鋼板が開発され広く使用されてきた。」(第1058頁左下欄第1?4行)

(7b)「りん酸塩処理において不均一な仕上がりの場合、電着塗装でもそのまま同様な不均一外観となり、中塗り、上塗り後でもそのままの不均一外観を呈し塗装仕上がり性を損なうことがある。ここでは、代表的な車体外装用材料であるZn-Ni合金めっきのりん酸塩処理仕上がり性におよぼすめっき表面特性について検討したので報告する。」(第1058頁右下欄下から2行?第1059頁左欄第5行)

(7c)「3.2 りん酸塩処理仕上がり性に及ぼすめっき皮膜組成の影響 次に、りん酸塩処理仕上がり性に及ぼすめっき皮膜の影響を調査するため、実験室で作成したNi含有率4から15.6wt%のZn-Ni合金めっき及びZnめっきをアルカリ脱脂時間30sの条件でりん酸塩処理を施し、その仕上がり外観を調査した。その結果、4から13wt%未満のZn-Ni合金めっきには化成仕上がり外観に流れムラが生じ、13%以上のZn-Ni合金めっき及び純Znのめっきには流れムラが生じなかった。」(第1062頁左下欄第14?23行)

(7d)「4.結言
・・・
(2)りん酸塩処理仕上がり性に及ぼすZn-Ni合金めっきのNi含有率の影響調査から、Ni含有率が13wt%以下ではりん酸塩被膜に流れムラが生じる。これは、Ni含有率が13%以下ではZnの酸化物が表面に生成しやすく、この酸化物がりん酸塩反応を阻害するため、りん酸塩溶液の流れの影響を受けたものと考えられる。」(第1065頁左欄下から3号?右欄
第11行)

(8)甲5号証の3(「自動車外板用Zn-Niめっき鋼板のプレス成形性 とりん酸塩処理性に及ぼすNi含有量の影響(川崎製鉄技報23(199 1)4、第321?326頁))
(8a)「2.2 プレス成形性試験
Zn-Niめっき鋼板のプレス成形性をFig.1に示す形状の円筒形深絞り試験機で調査した。33mmφのポンチを使用し、ブランク径を変化させ、鋼板が割れずに成形できる限界絞り比(LDR=ブランク径/ポンチ径)で評価した。・・・」(第322頁左欄下から4?8行)

(8b)「3 実験結果
3.1 プレス成形性
Zn-Niめっき鋼板のプレス成形性におけるNi含有率の影響を評価した結果をFig.2に示す。めっき面をダイに当たるように鋼板をセットした結果、Ni含有率が高くなるようにしたがいLDRが高くなり成形性が向上する。9%以下ではLDRが1.85以下であるのに対し、11.5%以上では冷延鋼板と同等の2.10以上になり、良好な成形性が得られる。」(第323頁左欄第4?10行)

(8c)「




(9)甲5号証の4(特開2000-328257号公報)
(9a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】少なくとも一方の表面に亜鉛含有めっき層を有する母材鋼板のめっき層表面に結晶質のリン酸塩系化成皮膜を形成し、その上にマグネシウムイオン、カルシウムイオンおよびバリウムイオンの中の1種以上とリン酸イオンとを含有し、かつリン酸以外の酸根を含有しない水溶液を塗布し、水洗することなく乾燥することによりリン酸系皮膜を形成することを特徴とする高耐食性表面処理鋼板の製造方法。」

(9b)「【0015】
【発明の実施の形態】本発明鋼板の少なくとも一方の表面上には亜鉛含有めっき層が設けられている。ここで、亜鉛含有めっきには純亜鉛めっきのほか、Zn-Ni,Zn-Co,Zn-Fe,Zn-Al等の2元系合金めっきや、Zn-Co-Cr等の3元系合金めっき、さらにはZn-SiO_(2)等の複合分散めっきが含まれる。また、めっき層が複層化されているものでもよい。
・・・
【0016】このめっき種の選定は、当然本発明の表面処理鋼板の性能に大いに影響をあたえるものである。自動車車体用鋼板としての経済性を加味したトータルバランスからは、純亜鉛めっき鋼板またはZn-13%Ni合金めっき鋼板などが最も好ましい。」

(10)甲5号証の5(特開2004-124207号公報)
(10a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.1?0.8%、Mn:0.5?3%を含有する鋼板表面に、Zn60%以上を含有するZn系めっきを有することを特徴とする塗装後耐食性に優れた熱間プレス用Zn系めっき鋼板。
【請求項2】
質量%で、C:0.1?0.8%、Mn:0.5?3%を含有する鋼板表面に、Zn60%以上を含有するZn系めっきを有し、更にその表面に、Ni,Cu,Cr,Snの1種または2種以上の元素を重量%で合計80%以上含有する層を有することを特徴とする塗装後耐食性に優れた熱間プレス用Zn系めっき鋼板。
【請求項3】
Zn系めっき層中に更に質量%で、Al:40%以下、Si:10%以下、Mg:10%以下、Ca:10%以下、ミッシュメタル:1%以下、Ti:5%以下、Ni:20%以下、Cr:10%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の塗装後耐食性に優れた熱間プレス用Zn系めっき鋼板。」

(10b)「【0016】
下層のZn系めっき層中には、他にAl:40%以下、Si:10%以下、Mg:10%以下、Ca:10%以下、ミッシュメタル:1%以下、Ti:5%以下、Ni:20%以下、Cr:10%以下の1種または2種以上を添加することが可能である。これらの元素は0.01%以上添加することが好ましい。但し、Alは1%以上が望ましい。また、上層中にはNi,Cu,Cr,Sn以外にFe,Zn,Mg,Ca,Al,P,C,B等を
含有することもできる。具体的なめっき種としては、Ni,Ni-Fe,Sn,Sn-Zn,Sn-Zn-Al,Sn-Zn-Mg,Cr,Cu,Ni-P,Ni-Zn,Ni-B,Ni-C等が考えられる。耐熱性に寄与する金属はNi,Cu,Cr,Snであり、めっき種としてはこれらが主成分となることが望ましい。」

(11)甲6号証の1(特開2002-18531号公報)
(11a)「【0021】熱間成形の場合には、昇温速度は50℃/sec以上が好ましい。昇温速度が50℃/sec未満の場合には、被加工材表面に生成するスケールが厚く、量産時のタクトタイムから考える実用上のショットブラスト処理時間では、その後の化成処理において良好な化成皮膜が生成しない。」

(11b)「【0036】熱間成形の場合、スケール生成を抑制する観点より、加熱速度は50℃/secとすることが望ましい。これよりも遅い場合には、スケール厚が大きくなるために、ショットブラストや酸洗などでの除去工程において、問題を生じる。ただし、一般的には、酸洗による除去は水素脆化などの問題を引き起こすために使用しないほうが望ましい。」

(12)甲6号証の2(特開2009-142853号公報)
(12a)「【0002】
車両部品等の高強度が要求される部品の製造方法の一つとして、熱間プレス工法ないしダイクエンチ工法がある。この工法は、例えば鋼板の場合約900℃まで加熱し、プレス成形する、又はプレス成形と同時に急冷させ、製品に焼きを入れる工法である。
【0003】
この際の加熱方法は、加熱炉等の加熱装置中に入れて加熱することが一般的であるが、加熱炉内で900℃まで昇温させるには約3?5分程度の時間がかかり、プレス工程に要する時間よりかなり長い。また昇温させた鋼板を炉内から取り出し、プレス工程へ搬送するまでにある程度の時間を要することから、温度低下や温度むら、さらにはスケール付着の問題がある。
【0004】
そこで、この問題を解決するために加熱方法として通電加熱が用いられる。これは被加工材の両端部に電極を取り付け、電極間に大電流を流してジュール熱で加熱する方法である。この場合、電極の形状は半球状か、又は平面的に接するフラットバー電極が用いられる。・・・」

(12b)「【0032】
図5は、図4(a)の形状のフラットバー電極(電極長さ125mm、電極幅約20mm程度)を用いて、800×125mm、厚さ1.6mmの鋼板を通電加熱した場合の温度上昇曲線と、同等の鋼板を従来技術の加熱炉で加熱した場合の温度上昇曲線を比較したものである。従来技術の加熱炉では、室温から900℃まで加熱するのに約160秒必要であったが、本発明の電極支持構造を用いて通電加熱した場合は、室温から900℃まで加熱するのに約15秒であり、全体を均一に加熱することができた。」

(13)甲6号証の3(特開2009-142854号公報)
「【0024】
本発明は、通電加熱、及び熱間加工が可能な種々の材質のワークの加熱さらには加熱成形、特にダイクエンチに好適に適用され、例えば、鋼系、アルミニウム系などの種々の金属材の成形に適用される。本発明は、一般鋼板の他に、めっき鋼板(例えば、亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、アルミニウムめっき鋼板など)の加熱、さらには熱間成形にも好適に適用される。」

(14)甲7号証の1(特開2007-63578号公報)
「【0015】
前述したように、耐食性に優れた溶融Znめっき鋼板をホットプレス工程に適用して高強度高張力鋼板を製造する技術は、これまでにも提案されているが、得られた鋼板は、Znの蒸発を充分に防止できず、加熱によって生成したZnO等が容易に剥離してしまうため、りん酸塩などとの塗装後密着性に劣り、塗装後耐食性が不充分であった。
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、ホットプレス時における亜鉛の蒸発が抑制され、りん酸塩などの上塗り塗膜との処理性および耐食性が高められたホットプレス用溶融Znめっき鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、鋼のAc_(3)点以上の温度に加熱してプレスされるホットプレス用溶融Znめっき鋼板であって、該溶融Znめっき鋼板は、シラノール基を有するシリコーン樹脂皮膜で被覆されていることに要旨を有している。」

「【0027】
このようにシラノール基含有シリコーン樹脂を用いることにより、これらの特性が高められる理由は、詳細には不明であるが、上記樹脂の皮膜が被覆された溶融Znめっき鋼板をA_(c3)点以上の温度まで加熱することにより、Znの蒸発防止および密着性向上に有用な層(保護皮膜)がZnめっき層の上に生成されるためと考えられる。
【0028】
繰り返し述べるように、ホットプレス技術では、鋼母材のA_(c3)点以上の温度まで加熱するが、この温度域はZnの沸点(大気圧下では907℃)近傍であるため、Znが蒸発してめっき層が劣化してしまう。しかし、本発明では、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜がZnめっき層に被覆されているため、上記樹脂皮膜を前述した温度域まで加熱すると、後に図1から図3を用いて詳しく説明するように、シラノール基が溶融Znめっき層と反応し、シラノール基由来のOHに由来して生成されたSiOHと、加熱によって生成されたSiO_(2)とを含む樹脂皮膜(以下、加熱前のシラノール基含有シリコーン樹脂皮膜と区別するため、便宜上、「保護皮膜」と呼ぶ場合がある。)が、Znめっき層の上に薄く形成され、Znの蒸発を防ぐことができた。また、Znめっき層の酸化を最表面でとどめることができた。さらに、上記保護皮膜は、めっき層や、ホットプレス後に必要に応じて施される上塗り塗膜との密着性も良好であり、優れた耐食性を発揮することが分かった(後記する実施例を参照)。このうちSiO_(2)はZnの蒸発防止に寄与し、SiOHはZnめっき層との密着性向上に寄与していると考えられる。」

「【0032】
加熱前鋼板は、Znめっき層の上にシラノール基含有シリコーン樹脂皮膜が薄く被覆されている。このような樹脂皮膜は、後に詳しく説明するように、シラノール基含有シリコーン樹脂を含有する塗料を溶融Znめっき層の上に塗布し、おおむね、150℃から250℃に加熱することによって得られる。・・・」

(15)甲7号証の2(特開2007-291508号公報)
「【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、鋼のA_(c3)点以上の温度まで加熱したときの溶融Znめっき層のZnの蒸発を充分抑制することができ、ホットプレス時の潤滑性(プレス成形のしやすさ)にも優れており、素地鋼板や上塗り塗膜との密着性、および塗装後耐食性に優れたホットプレス用溶融Znめっき鋼板、並びに、これを用いた溶融Znめっき鋼板およびホットプレス成形材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決することができた本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、鋼のA_(c3)点以上の温度に加熱してプレスされるホットプレス用溶融Znめっき鋼板であって、前記ホットプレス用溶融Znめっき鋼板の溶融Znめっき層の表面は、加熱後のZnの蒸発を防止するバリア層で被覆されており、前記バリア層中のPとSiの比(P/Si)は0.5以上2.5以下であることに要旨を有している。」

(16)甲7号証の3(特開2010-90462号公報)
(16a)「【0004】
しかしながら、熱間プレス成形は、加熱した鋼板を加工する成形方法であるため、表面酸化は避けられず、たとえ鋼板を非酸化性雰囲気中で加熱しても、例えば、加熱炉からプレス成形のために取り出すときに大気にふれると表面に鉄系酸化物が形成される。この鉄系酸化物はプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させる。あるいは、プレス後の製品に残存して外観不良の原因となる。さらには、次工程で塗装する場合に鋼板と塗膜との密着性が劣ることになる。
【0005】
そこで、熱間プレス成形後は、ショットブラストを行ってそのような鉄系酸化物から成るスケールを除去することが必要になる。しかし、これはコスト増を免れない。
【0006】
このような問題を解決するべく、特許文献1では熱間成形時に母材鋼板の耐酸化抵抗性を持たせるためにアルミニウムを被覆し、所定の組成および組織とした鋼板を提案している。しかしながら、このような鋼板は普通鋼と比較した場合、大幅なコスト増となる。
以上のように、高強度の鋼板に熱間プレス成形を行った場合、生成した鉄系酸化物を除去する工程が必要であり、大幅なコスト増なしに該酸化物を除去する工程を省略できないこと、そして、たとえ該酸化物を除去してもめっき層などの表面処理層を有しない鋼板では防錆性に劣るのが現状である。
【特許文献1】特開2000-38640号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる事情に鑑み、優れた耐酸化性を有する熱間プレス成形用めっき鋼板およびその製造方法を大幅なコスト増を伴うことなく提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた。その結果、以下の知見を得た。
【0009】
熱間プレス成形前にTiイオンを含有する酸性溶液に鋼板(亜鉛系めっき層)を接触させ、めっき層の表面にZnおよびTiを必須成分として含む酸化物層を形成させることで、熱間プレス成形後に外観を損ねることなく、また大幅なコスト増を伴うことなく、耐酸化性に顕著な改善が見られることを見出した。」

(16b)「【0019】
めっき鋼板の表面に上記酸化物層を形成させる方法としては、めっき層の水溶液による反応を利用する方法が最も効果的である。例えば、亜鉛系めっき鋼板をTiイオンを含有する酸性溶液に接触させ、接触処理終了後1?90秒間保持した後、水洗及び乾燥を行うことによりめっき鋼板表面に平均厚さ10nm以上の酸化物層を形成することができる。」

(16c)「【0037】
次いで、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板および溶融亜鉛-アルミニウムめっき鋼板に対して、酸性溶液接触処理を行った。なお、酸性溶液処理は、緩衝性を持つ酢酸ナトリウム40g/lの酸性水溶液を作成し、次いで、pHを硫酸で調整した酸性溶液に3秒浸漬した。その後、ロール絞りを行い、液量を調整した後、1?90秒間大気中、室温にて放置し、十分水洗を行った後、乾燥を実施し、めっき鋼板表面に、Zn及びTiを含む酸化物層を形成した。形成した酸化物層の断面をエネルギー分散型蛍光X線分析装置により分析することにより、ZnとTiの存在を確認した。なお、詳細な条件は、表1?表4に示す。また、比較例として、上記酸性溶液処理を行わないもの、及びTiイオンを含有しない酸性溶液処理を行ったものも作製した。」

(17)甲7号証の4(特開2010-90463号公報)
「【0037】
次いで、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板および溶融亜鉛-アルミニウムめっき鋼板に対して、酸性溶液接触処理を行った。なお、酸性溶液処理は、緩衝性を持つ酢酸ナトリウム40g/lの酸性水溶液を作成し、次いで、pHを硫酸で調整した酸性溶液に3秒浸漬した。その後、ロール絞りを行い、液量を調整した後、1?90秒間大気中、室温にて放置し、十分水洗を行った後、乾燥を実施し、めっき鋼板表面に、Zn及びZrを含む酸化物層を形成した。形成した酸化物層の断面をエネルギー分散型蛍光X線分析装置により分析することにより、ZnとZrの存在を確認した。なお、詳細な条件は、表1?表4に示す。また、比較例として、上記酸性溶液処理を行わないもの、及びZrイオンを含有しない酸性溶液処理を行ったものも作製した。」

(18)甲7号証の5(特開2010-90464号公報)
「【0035】
次いで、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板および溶融Zn-Alめっき鋼板に対して、酸性溶液接触処理を行った。なお、酸性溶液処理は、緩衝性を持つ酢酸ナトリウム40g/lの酸性水溶液を作成し、次いで、pHを硫酸で調整した酸性溶液に3秒浸漬した。その後、ロール絞りを行い、液量を調整した後、1?90秒間大気中、室温にて放置し、十分水洗を行った後、乾燥を実施し、めっき鋼板表面に、Zn及びAlを含む酸化物層を形成した。形成した酸化物層の断面をエネルギー分散型蛍光X線分析装置により分析することにより、ZnとAlの存在を確認した。なお、詳細な条件は、表1?表4に示す。また、比較例として、上記酸性溶液処理を行わないもの、及びAlイオンを含有しない酸性溶液処理を行ったものも作製した。」

(19)甲8号証(特開2006-110713号公報)
(19a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05?0.55%、Mn:0.1?3%、Si:1.0%以下、Al:0.005?0.1%、S:0.02%以下、P:0.03%以下、N:0.01%以下を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる化学成分を含有する鋼板を用い、水素量が体積分率で10%以下、かつ露点が30℃以下である雰囲気にて、Ac3?融点までに鋼板を加熱した後、フェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト変態が生じる温度より高い温度で成形を開始し、成形後に金型中にて冷却して焼入れを行い高強度の部品を製造した後に部品の一部を溶融して切断する加工を施すことを特徴とする高強度部品の製造方法。」

(19b)「【0004】
このように、自動車等に使用される高強度鋼板は高強度化されるほど上述した成形性の問題や特に1000MPaを超えるような高強度材においては従来から知られているように水素脆化(置きわれや遅れ破壊と呼ばれることもある)という本質的な課題がある。ホットプレス用鋼板として用いられる場合、高温でのプレスによる残留応力は少ないものの、プレス前の加熱時に水素が鋼中に浸入すること、また後加工での残留応力により水素脆化の感受性が高くなる。したがって単に高温でプレスするだけでは本質的な課題解決にならず、加熱工程および後加工までの一貫工程での工程条件最適化が必要となる。
【0005】
剪断加工などの後加工時の残留応力を減少する可能性がある技術としては、後加工を行う部位の冷却速度を低下させて焼入れを不十分として、その部位の強度を低下させる技術が特許文献5に示されている。この方法によれば部品の一部の強度が低下し、剪断加工などの後加工後の残留応力が低下する可能性が考えられる。しかし、この方法を用いる場合には、金型構造が複雑になり、経済的に不利であると考えられる。さらに、この方法では水素脆化に対してはなんか言及しておらず、この方法により鋼板強度が若干低下して後加工後の残留応力がある程度低下した場合であっても、鋼中に水素が残存した状態であれば水素脆化が生じる可能性は否定できない。本発明は上記のような従来技術の問題点を解決し、高温成形後に1200MPa以上の強度を得ることができる耐水素脆性に優れた高強度部品及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々の検討を実施した。その結果、水素脆化を抑制するためには、成形前の加熱炉中の雰囲気を制御して鋼中の水素量を減少させ、さらに加工後の残留応力が小さい溶断や切削などの加工方法にて後加工を行うことが効果的であることを見出した。
・・・」

(19c)「【0016】
TiはBの効果を有効に発揮させるため、Bと化合物を生成するNを固着する目的で添加する。この効果を発揮させるためには、(Ti-3.42×N)が0.001%以上必要であるが、Ti量がむやみに増加するとTiと結合していないC量が減少し冷却後に十分な強度が得られなくなるため、その上限として、Tiと結合していないC量が0.1%以上確保できるTi当量、すなわち、3.99×(C-0.1)%とした方がよい。
スクラップから混入すると考えられるNi, Cu, Snなどの元素が含有してもよい。更に介在物の形状制御の観点からCa, Mg, Y, ,As, Sb, REMを添加してもよい。さらに強度を向上する目的でTi, Nb, Zr, Mo, Vを添加してもよいが、これらの元素がむやみに増加するとこれらの元素と結合していないC量が減少し冷却後に十分な強度が得られなくなるため、各々1%以下の添加が望ましい。
その他、不可避的に含まれる不純物が含有しても特に問題は生じない。」

(19d)「【実施例】
【0018】
表1に示す化学成分のスラブを鋳造した。これらのスラブを1050?1350℃に加熱し、熱間圧延にて仕上温度800?900℃、巻取温度450?680℃で板厚4mmの熱延鋼板とした。その後、酸洗を行った後、冷間圧延により板厚1.6mmの冷延鋼板とした。また、その冷延板の一部に溶融アルミめっき、溶融アルミ?亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融亜鉛めっきを施した。表2にめっき種の凡例を示す。その後、それらの冷延鋼板、表面処理鋼板を炉加熱によりA_(c3) 点以上である950℃のオーステナイト領域に加熱した後、熱間成型加工を行った。・・・」

(19e)




(20)甲9号証の1(特開2005-139485号公報)
(20a)「【請求項1】
質量%で、
C :0.1?0.55%、
Si:1.0%以下、
Mn:0.2?3%、
Al:0.005?0.1%、
S :0.02%以下、
P :0.03%以下、
Cr:0.0l?1%、
Ni,Cu,Snの1種または2種以上の合計が0.005?2%、
Ca,Mg,Y,As,Sb,REMの1種または2種以上の合計が0.0005?0.05%、
残部Fe及び不可避的不純物(付随的不純物を含む)からなることを特徴とする熱間成形加工後の衝撃特性・遅れ破壊特性に優れた熱間成形加工用鋼板。」

(20b)「【0011】
本発明においては、特定の化学組成を有する熱延素材あるいは冷延素材を用いるが、その熱延素材あるいは冷延素材を製造する手段は特に限定されない。また、熱間成形加工とは、Ac3 変態点以上のオーステナイト領域に加熱後、Ac3 変態点以上の温度で成形加工(例えばプレス加工)を開始し、加工と同時に金型で抜熱することにより急速冷却し、マルテンサイト変態させて硬化させる加工をいう。」

(20c)「【0020】
Ca,Mg,Y,As,Sb,REMは、主な硫化物であるMnSの形状を変化させて衝撃特性と遅れ破壊特性を向上させると考えられるため、これらの1種または2種以上の合計が0.0005%以上の添加が必要である。しかし過度の添加は加工性を劣化させるため、その上限を0.05%以下に規制した。」

(21)甲9号証の2(「調質鋼の靱性値に及ぼすMnSの影響について」 (鉄と鋼 Vol.65(1979)No.11,354頁))
(21a)「1. 緒言
・・・今回は、MnSの量、形状の靱性に及ぼす影響を、脆性破壊の発生及び伝播・停止特性の観点から詳細に調査、検討し、・・・
2. 実験方法
・・・。機械試験は、シャルピー衝撃試験、疲労ノッチ付COD試験、及びNRL落重試験を行ない、それぞれvTs、T_(δC)=0.1mm、及びNDTTの各特性値を求め、これらの値により靱性を評価した。
3. 結果
a)シャルピー試験においては、MnS量の低減、及び形状制御により、vEsとともにvTsも改善される現象が認められた。・・・」

(22)甲9号証の3(特開2004-315836号公報)
(22a)「【請求項2】
質量%で、
C :0.2?0.35%、
Si:0.03?0.3%、
Mn:0.15?1.2%、
Cr:0.02?1.2%、
P :0.02%以下、
S :0.02%以下、
Mo:0.2%以下、
Ti:0.01?0.10%、
B :0.0005?0.0050%
を含み、かつ、Sn,Sb,Bi,Seの一種以上を合計で0.0003?0.5%含むことを特徴とする加工性、焼き入れ性、溶接性、耐浸炭および耐脱炭性に優れた高炭素鋼板。」

(22b)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、加工用に熱処理することにより硬化させる高炭素鋼板に関するものであり、熱処理時の鋼板表層での浸炭、脱炭を抑制することが出来る高炭素鋼板に係るものである。」

(22c)「【0016】
Sn,Sb,Bi,Seは本発明で最も重要な元素である。本発明者らは、Cを含有する鋼板にSn,Sb,Bi,Seを添加することで、顕著に表面での炭素の反応を抑制できることを見出し本発明を完成した。これらSn,Sb,Bi,Seのメカニズムについて詳細は分かっていないが、これら元素が鋼板の最表層に偏析して表面での反応を抑制しているのではないかと考えている。
表面での浸炭、脱炭を抑制するためにはSn,Sb,Bi,Seの一種以上を合計で0.0003%以上必要である。しかし、Sn,Sb,Bi,Se含有量が高くなると、浸炭、脱炭を抑制する効果が飽和するので、上限を0.5%とした。浸炭、脱炭の抑制のために、Sn,Sb,Bi,Seの一種以上を0.003%以上添加することが望ましい。さらに好ましくは0.010%以上添加することにより有効に効果を発揮する。」

(23)甲9号証の4(特開2004-323951号公報)
(23a)「【請求項3】
更に、質量%にて、
Se:0.0002?0.05%、
As:0.0002?0.05%、
Sb:0.0002?0.05%、
Sn:0.0002?0.05%、
Pb:0.0002?0.05%、
Bi:0.0002?0.05%、
の1種または2種以上を含有し、かつ、それらの合計が0.05%以下を満たすことを特徴とする請求項1又は2記載の耐水素脆化、溶接性および穴拡げ性に優れた高強度薄鋼板。」

(24)甲10号証(「JISハンドブック 鉄鋼 1986(24頁)」)
(24a) 「A_(C3)点:亜共析鋼において、加熱に際しα鉄からγ鉄へ、またはフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度。」

(25)甲11号証(「Zn-Ni合金電気めっきを施した鋼板の熱間プレ ス後の表面皮膜状態の調査結果」に関する陳述書))
(25a)甲2号証(「Zn-Ni合金電気めっきを施した鋼板の熱間プレス後の表面皮膜状態の調査結果」)における実験が、熱間プレス技術について専門性を有する請求人従業員らが、請求人及び請求人子会社の事業所内において、平成25年4月?8月の間に実施した旨、説明されている。

(26)甲12号証(「1420MPa級高強度鋼の遅れ破壊特性に及ぼすNi,Siの影響」(鉄と鋼 Vol.82(1996)No.9、第59-64頁) )
(26a)「本研究ではこれまでとは視点を変え、水素の侵入抑制からNi添加に着目し、高強度鋼の遅れ破壊特性の向上を検討した。すなわち、Ni添加鋼では鋼が酸化するときNiが表面に濃化すること、また、Ni中では水素の拡散係数が小さいことを活用した。」(第59頁左欄下から第2行-右欄第3行)

(27)甲13号証(特開2006-70327号公報)
(27a)「【0002】
自動車や産業機械の軽量化、建築構造物の大型化に伴い、高い締め付け力に耐える高強度ボルトへの要望が高まっている。従来、一般に使用されている高強度低合金鋼には、例えばJIS G 4105(1989)に規定された引張強度1000MPa級のSCM 440等がある。しかし、今日では強度レベルがより高い材質が求められているが、引張強さが1200MPaを超えるとボルトの破壊が発生し易くなることが知られており、ボルトの高強度化の最大の障害となっている。この破壊は遅れ破壊と呼ばれ、静荷重下に置かれた鋼が、一定時間経過後に脆性的に破断する現象であり、腐食により鋼中に侵入した水素による水素脆化の一種と考えられている。」

(27b)「【0008】
種々の検討の結果、水素侵入抑制には、硫化物の制御がもっとも効果的であり、さらに、必要により、Ni、Cuの活用、そして、さらにMo、W、Vの活用が有効であることを知り、本発明を完成した。」

(27c)「【0025】
(2) Cu、 Ni
表1中の鋼FはCuおよびNiを含有させた鋼である。この鋼は図3に示したように、鋼A?Eに比べて水素侵入の抑制効果が改善されている。Cu、Niは酸化されにくい元素であり、鋼材中に含有させた場合には、大気腐食に伴って鋼材が腐食されていくと、鋼材の表層に残留し堆積する。CuおよびNiそのものは水素透過能が小さいため、堆積物による水素侵入抑制効果が発現する。さらにこれらの元素はMn硫化物の溶出に伴って発生する硫化水素と結びつき、不溶性のCu系硫化物および不溶性のNi系硫化物を生成することにより、硫化水素による水素侵入を阻害する効果も有する。」

(27d)「【実施例】
【0048】
表3に示す化学組成の鋼を溶製し、種々の寸法のビレットを鋳造し、熱間加工と焼鈍を施し外径30mmの線材とした。この際のビレットの冷却速度と加工度を種々変化させた。線材から冷間転造により、M22の寸法のボルトを作成した。その後、焼入れ焼戻し処理により引張り強さを1500MPa級に調質した。
【0049】
このようにして製造したボルトを用いて、以下の試験により水素侵入特性と耐遅れ破壊性を調査した。まず、ボルトから径20mm、厚さ0.5mmの円板試験片を採取し、前述した酸浸漬法(a法)および温度湿度制御法(b法)により水素侵入特性を評価した。また、ボルトを85%降伏応力で板材に締結した物を試験片に用いて、a法と同じ浴中に200時間浸漬し、破断の有無により耐遅れ破壊性を評価した。表4に、鋼の化学組成、製造条件、介在物組成、最大水素透過係数、遅れ破壊試験結果を示した。表中、遅れ破壊試験の結果は「○」は破断がみられなかった場合、「×」は破断がみられた場合をそれぞれ示す。」

(28)甲14号証(「鉄鋼材料の水素含有量の電気化学測定法におけるニ ッケル被覆法の開発」(防食技術24、511-515頁(1975)))
(28a)「1.緒言
鋼中の水素溶解量をもとめるのに、最近電気化学測定法がしばしば用いられている。この測定法では、板状鉄鋼試料の両側に2個の電解槽をとりつけ,試料片面に陰極電流を流して水素ガスを発生させて中間生成物である水素原子を材料中に溶解させる(以下、この面を水素供給面と呼ぶ)。溶け込んだ水素は拡散によって試料他面に達するが,この面(以下,水素引き抜き面と呼ぶ)はポテンショスタットにより水素のイオン化反応に十分な電位に設定されているので,その時流れる電流の経時変化をもとめることにより水素溶解量および拡散定数を算出することができる。・・・
・・・ 極微量の(<0.1μgH/gFe)の水素溶解量を定量するにはパラジウム被覆法では困難であると判断し、他種金属の被覆法について種々検討を加えた結果,ニッケル被覆法を見つけた。」(第511頁左下欄第1行-右下欄第18行)

(28b)「また,メッキ層厚さがますとDはふたたび減少するのは,ニッケル中での拡散定数(10^(-7)cm^(2)/sec程度)が鉄鋼材料中にくらべて小さいので当然の帰結である。」(第514頁右欄第26-29行)

(29)甲15号証(特公昭62-15635号公報)
(29a)「この発明は、高耐食性Ni-Zn合金メッキ鋼板の製造方法に関する。」(第1頁第1欄第11-12行)

(29b)「(1)メッキ浴:硫酸ニツケル(NiSO_(4)・6H_(2)O)265g/lと硫酸亜鉛(ZnSO_(4)/7H_(2)O)145g/lを添加してNi^(2+)/Zn^(2+)を1.99に調整(Ni^(2+)濃度59.1g/l、Zn^(2+)濃度33.1g/l)とし、これにNa_(2)SO_(4)75g/lを加えてpH2.1?2.5としたもの、・・・」(第2頁第4欄第21-26行)

(30)甲16号証(「高電流密度下でのNi-Zn合金の電析」(金属表面技術 Vol.33,No.10,1982,第106-111頁))
(30a)「Ni-Zn合金めっき被膜を安定に析出させるために異常析出といわれている高電流密度下でのNi-Zn合金電析被膜組成の影響を調べ、その電析挙動の考察を行なった。」(第106頁左欄第21行-右欄第2行)

(30b)「めっき浴は硫酸亜鉛、硫酸ニッケル、硫酸ソーダより成る硫酸浴を用い、種々のめっき条件下でめっきを行なった。」(第106頁右欄第15-17行)

(31)甲17号証(「亜鉛-ニッケル合金めっき鋼板の開発」(金属表面技術 Vol.37,No.2,1986、第11-17頁))
(31a)「ニッケル含有量が10wt%を超えるとγ相単相析出になり、しかも(411,330)面の配向性が非常に強くなる。・・・」 (第12頁左欄第28-30行)

(31b)図2には、γ相単相よりなる亜鉛-ニッケル合金(Ni含有量10?16wt%)の5%NaCl水溶液中での腐食電位(V,vs.SCE)が、測定開始時において、-0.94V程度であることが示されている。
(32)甲18号証(「Zn-Ni合金電気めっきに及ぼす浴中鉄イオンの影響」(鉄と鋼 1985年、68頁))
(32a)「Zn-Ni合金電気めっき鋼板はめっき皮膜中Ni含有率10?16wt%のγ相のとき、最も耐食性に優れていることが知られている。」(第68頁第2-3行)

(33)甲19号証(「電着亜鉛-ニッケル合金の結晶形態と微細構造」(鉄と鋼 第77年(1991)第7号,第28-33頁))
(33a)「Zn-Ni合金めっき鋼板は、自動車の外板など耐食性とともに加工性が要求される部材に広く利用されている。これらの性能は電着物の組成、結晶構造、結晶形態また微細構造に支配される・・・」(第28頁左欄第2-5行)

(33b)「電解浴にZnSO_(4)を添加することによりZn^(++)濃度を増加させ、異なったZn含有量の電着物を得た。・・・。Table2のZ浴が基本浴であり、この浴にZnSO_(4)を添加しZn^(++)濃度が0.174から1.62×10^(3)mol・m^(-3) の電解浴を得た。・・・」(第29頁左欄第2-6行)

(33c)Table2には、電解めっき浴の構成が示されており、BathAないしZの6種類全てが、NiSO_(4)、ZnSO_(4)及びNa_(2)SO_(4)から成っている。

(34)甲20号証(「ZnおよびZn-Ni合金電析膜のエピタキシャル成長」(鉄と鋼 第77年(1991)第7号、第34-39頁))
(34a)「電解浴には、所定の組成のZn-Ni合金電析膜を得るために、ZnSO_(4)・7H_(2)OとNiSO_(4)・6H_(2)Oの比率を変化させたものを用いた。支持電解質としてNa_(2)SO_(4)を加えた。・・・」(第35頁左欄下から第16-19行)

(35)甲21号証(電気化学概論(松田好晴 岩倉千秋共著 丸善株式会社、平成21年2月10日第16版発行、32-43頁)
(35a)「表3・1 標準電極電位(25℃)」には、Fe^(2+)+2e^(-)⇔FeのE_(0)(V)が、-0.440であることが示されている。

(36)甲22号証(特開昭60-56088号公報)
(36a)「また、5%食塩水浸漬電位の測定用に、Zn-Ni合金めっき、Zn-Fe合金めっきの夫々単独の電気めっきをも実施した。この電位測定用試片は5%食塩水、中性、室温で飽和甘汞電極(SCE)を基準としてその浸漬電位を測定した。」(第5頁左上欄第6-10行)

(36b)
第1表には、Zn-Ni合金の5%食塩水の浸漬電位が、Ni含有率11%、13%、15%、17%でそれぞれ-920mV、-825mV、-780mV、-760mVであることが示されている。

(37)甲23号証(「ZnNi目付の違いによるNi拡散領域形成差異調 査報告」)
Zn-Niめっき付着量が40g/m^(2) 、70g/m^(2)の場合において、Ni拡散層は1μm以上の厚みにて形成される旨の報告がなされている。

第8 当審の判断
1.無効理由1の1及び1の2について
(1)甲1号証記載の発明
上記記載事項(1b)-(1e)および鋼には何らかの不可避的不純物が含有されるとの技術常識によれば、甲1号証には、表1における鋼種A(mass%で、C:0.2%、Si:0.3%、Mn:1.3%、P:0.01%、S:0.002%、Al:0.05%、Ti:0.02%,N:0.004%、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する)の鋼板表面に、亜鉛-12%ニッケル電気めっき(表5におけるNo.2)を50g/m^(2)施すこと、そして、該めっき鋼板は、熱間プレス成形に先立ち、大気炉で850℃、3分間加熱されること、同(1e)、(1f)によれば、これらにより、すぐれた塗膜密着性および塗装後耐食性を示すプレス成形品が得られることが記載されている。

よって、甲1号証には、以下の2つの発明が記載されていると認められる。
「mass%で、C:0.2%、Si:0.3%、Mn:1.3%、P:0.01%、S:0.002%、Al:0.05%、Ti:0.02%,N:0.004%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板の表面に亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施しためっき鋼板を、大気炉で850℃、3分間加熱した後、熱間プレスを行った、酸化皮膜が形成され、塗膜密着性と塗装後耐食性を有する熱間プレス成形品。」(以下、「甲1-1発明」という。)

「mass%で、C:0.2%、Si:0.3%、Mn:1.3%、P:0.01%、S:0.002%、Al:0.05%、Ti:0.02%,N:0.004%、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板表面に亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施しためっき鋼板を熱間プレスした、酸化皮膜が形成され、塗膜密着性と耐食性を有する熱間プレス成形品の製造方法であって、大気炉で850℃、3分間加熱した後、熱間プレスする方法。」(以下、「甲1-2発明」という。)

(2)本件特許発明1について
(2-1)対比・判断
本件特許発明1と甲1-1発明とを対比すると、甲1-1発明における「成形品」は、本件特許発明1における「部材」に相当する。
また、上記(1a)によれば、甲1-1発明における「酸化皮膜」は、「亜鉛の酸化物」であるから、本件特許発明1における「ZnO層」に相当する。
そして、甲1-1発明における「鋼板表面に亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施しためっき鋼板」は、本件特許発明1の「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」と、「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」である点で共通する。

よって、両者は、以下の以下の一致点および相違点を有する。
(一致点)
「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、構成する鋼板の表層にZnO層を有する熱間プレス部材。」である点で一致し、下記の点で相違する。

・(相違点1)
Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板が、本件特許発明1では、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」か、又は、「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有する」のに対し、甲1-1発明では、「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施した」ものである点。

・(相違点2)
本件特許発明1では、「部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVである」のに対し、甲1-1発明では、それが明らかではない点。

上記相違点について検討すると、少なくとも上記相違点1が実質的な相違点であることは明らかである。
したがって、本件特許発明1は、甲1号証に記載された発明であるとはいえない。

そして、上記記載事項(4a)、(5a)によれば、甲3号証の1、甲3号証の2には、それぞれ、熱間プレス成形においてハット絞り成形を行うことが記載されるものの、Ni系めっき鋼板が「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」か、又は、「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有する」ことについては、記載も示唆もない。
したがって、本件特許発明1は、甲1号証に記載された発明に甲3号証の1及び2に記載される事項を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件特許発明2、3について
本件特許発明1を引用する本件特許発明2、3についても、上記(2)において述べたのと同様の理由により、甲1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲1号証に記載された発明に甲3号証の1及び2に記載される事項を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2.無効理由2について
本件特許発明5と甲1-2発明とを対比すると、甲1-2発明における「成形品」は、本件特許発明5における「部材」に相当する。
また、上記(1a)によれば、甲1-2発明における「酸化皮膜」は、「亜鉛の酸化物」であるから、本件特許発明5における「ZnO層」に相当する。
そして、甲1-2発明における「鋼板表面に亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施しためっき鋼板」は、本件特許発明5の「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」と、「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」である点で共通する。
また、甲1-2発明に係る鋼板のA_(c3)変態点は、上記「第7(5)」の甲4号証の式(VII-20)及びその追加式によれば、(910-203(%C)1/2+44.7(%Si)-30(%Mn)-11(%Cr)+700(%P)+400(%Al)+400(%Ti)=811℃となる。
よって、甲1-2発明における「850℃で、3分間加熱」は、本件特許発明5の「A_(c3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱」と加熱温度において重複する。

よって、両者は以下の一致点および相違点を有する。
(一致点)
「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、部材を構成する鋼板の表層にZnO層を有する熱間プレス部材の製造方法であって、Ni系めっき鋼板を、A_(c3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスする熱間プレス部材の製造方法」である点。

・(相違点3)
Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板が、本件特許発明5では、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」のに対し、甲1発明では、「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施した」ものである点。

・(相違点4)
本件特許発明5では、熱間プレス部材が「部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVである」のに対し、甲1発明では、それが明らかではない点。

上記相違点について検討する。
・(相違点3)について
上記(1b)のとおり、甲1号証には、「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni・・・などの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」(【0040】)、「めっき付着量は90g/m^(2)以下が良好である。・・・通常は20m^(2) 以上程度以上は確保する。」(【0039】)と記載され、実施例として、亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m^(2)有するめっき鋼板が示されているところ、この場合、Ni添加およびその含有量とそれらの目的との関係についての記載は無く、また、【表5】に示されるとおり、当該実施例においては、加熱後には均一酸化皮膜が形成され、プレス成形性、塗膜密着性、塗装後耐食性のいずれも良好であることが認められる。

一方、甲5号証の1には、自動車用亜鉛系めっき鋼板において、未塗装材の耐食性評価として、同一目付量(20g/m^(2))のZnめっき鋼板に対して、Zn-Niめっき鋼板(Ni比率15%)が2?3倍の耐赤錆性を有すること、また、Zn-Niめっき鋼板において、Ni比率の増大とともに塗膜密着性は良好となるものの、耐穴あき性を考慮するとZn比率が高く犠牲防食能を有することが必要であり、実用的範囲としては、Ni比率10?20%が通常使用されている旨記載されている。
甲第5号証の2には、自動車用のZn-Ni合金めっき鋼板において、Ni含有率が13%以上であると、リン酸塩処理性が上がり、仕上がり外観が良好になることが記載されている。
甲5号証の3には、Zn-Niめっき鋼板は、Ni含有量が高いほどプレス成形性が良いこと、具体的にはNi含有量が13%のめっき鋼板が、最も成形性に優れていることが記載されている。
甲5号証の4には、自動車車体用の有機複合被覆鋼板として、Zn-13%Ni合金めっき鋼板が使用されていたこと、表面にリン酸塩系化成処理被膜を形成し、その上にリン酸系被膜を形成する高耐食性表面処理鋼板としてZn-13%Ni合金めっきが好ましいことが記載されている。
甲5号証の5には、熱間プレス用の自動車用の亜鉛系めっき鋼板として、
Zn系めっき層中に20%以下のNiを含有し得る塗装後耐食性に優れたものが記載されている。
しかしながら、上記甲5号証の1ないし4のいずれにも熱間プレスを行うことについての記載はなく、また、甲5号証の5には、熱間プレス用の亜鉛系めっき鋼板ではあるが、Niを12%あるいはそれ以上含むような具体例は示されておらず、また、Ni含有量20%以下の範囲における、Ni含有量と塗装後耐食性との関係も明らかではない。
そして、一般的に、加熱することにより、めっき鋼板の表面構造が変化することも考慮すると、均一酸化皮膜が形成され、プレス成形性、塗膜密着性、塗装後耐食性のいずれも良好である熱間プレス用亜鉛系めっき鋼板の製造方法に係る甲1-2発明において、「亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m^(2)」のものを、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」ものに変更することが直ちに動機付けられるものとは認められない。

そうすると、本件特許発明5は、甲1号証に記載された発明に、甲5号証の1ないし5に開示されたZn-Niめっき鋼板についての開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであるとはいえない。

3.無効理由3について
本件特許発明6と甲1-2発明とを対比すると、以下の一致点および相違点を有する。
(一致点)
「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、部材を構成する鋼板の表層にZnO層を有する熱間プレス部材の製造方法であって、Ni系めっき鋼板を、A_(c3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスする熱間プレス部材の製造方法」である点。

(相違点5)
本件特許発明6では、「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」であって、「12℃/秒以上の平均昇温速度で」加熱するのに対し、甲1-2発明では、「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m^(2)施した」ものであり、平均昇温速度は明らかでない点。

(相違点6)
本件特許発明6では、「部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVである」のに対し、甲1-2発明では、それが明らかではない点。

上記相違点について検討する。
・(相違点5)について
上記(1b)のとおり、甲1号証には、「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni・・・などの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」(【0040】)、「めっき付着量は90g/m^(2)以下が良好である。・・・通常は20m^(2) 以上程度以上は確保する。」(【0039】)と記載され、実施例として、亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m^(2)有するめっき鋼板が示されているところ、特に、Ni添加およびその含有量とそれらの目的との関係についての記載は無く、また、【表5】に示されるとおり、当該実施例においては、加熱後には均一酸化皮膜が形成され、プレス成形性、塗膜密着性、塗装後耐食性のいずれも良好なものである。また、上記のとおり、付着量について「20?90g/m^(2)」の範囲を区別していない。
そして、甲6号証の1には、熱間プレス成形において、熱間成形の際に、鋼板表面のスケール生成を抑制し、スケール厚さを薄くするために、昇温速度を50℃/sec以上にすることが記載され、甲6号証の2には、熱間プレスの加熱において、鋼板を室温から900℃まで約15秒で通電加熱したこと(平均昇温速度約58.7℃/秒と算出される。)が記載され、また、甲6号証の3には、熱間加工における通電加熱は、亜鉛めっき鋼版のようなめっき鋼板にも、好適に適用されることが記載されている。
しかしながら、甲6号証の1?3のいずれにも、Zn-12%Niめっき鋼板を12℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することが記載されているわけではなく、一般的に、めっき付着量や加熱条件により、めっき鋼板の表面構造が変化し、その特性も変化することも考慮すると、甲1-2発明において「鋼板片面当たりの付着量」を「50g/m^(2)超え」とし、「12℃/秒以上の平均昇温速度で」加熱することが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
よって、本件特許請求項6の発明は、甲1号証に記載された発明に、甲6号証の1ないし3の開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

4 無効理由4?7について
本件特許発明7ないし11は、いずれも本件特許発明5、6を直接または間接的に引用するものであり、上記「2 無効理由2について」、「3 無効理由3について」で述べたとおり、本件特許発明5は、甲1発明に、甲5号証の1ないし5に開示されたZn-Niめっき鋼板についての開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであるとはいえず、また、本件特許発明6は、甲1発明に、甲6号証の1ないし3の開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであるとはいえない。
よって、本件特許発明7は、無効理由2又は無効理由3と甲6号証の1ないし3の開示を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず(無効理由4)、本件特許発明8は、無効理由2、3又は4に、甲7号証の1ないし5の開示を組み合わせること、又は無効理由3により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず(無効理由5)、本件特許発明9及び10は、無効理由2、3、4又は5に、甲8号証の開示を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず(無効理由6)、本件特許発明11は、無効理由6に、甲9号証の1ないし5の開示を組合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない(無効理由7)。

5 無効理由8について
本件特許発明1と甲1-1発明とを対比すると、両者は、上記「1」で述べたとおりの(相違点1)、(相違点2)を有する。
そして、(相違点1)について検討すると、上記「1」で述べたとおり、甲3号証の1及び2には、Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板が、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」か、又は「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有する」ことについては、記載も示唆もない。
また、上記「2」で述べたとおり、甲5号証の1ないし4には、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」ものは記載されるが、いずれも熱間プレスを行うことについての記載はなく、また、甲5号証の5には、熱間プレス用のZn系めっき鋼板ではあるが、Niを10%以上含む具体例は示されておらず、Ni含有量と塗装後耐食性との関係も明らかではない。
そして、一般的に、加熱により、めっき鋼板の表面構造が変化することも考慮すると、甲1-1発明において、均一酸化皮膜が形成され、プレス成形性、塗膜密着性、塗装後耐食性のいずれも良好である「亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m^(2)」施したものを、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」もの、又は「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有する」ものに変更することが直ちに動機付けられるものとは認められない。
よって、本件特許発明1は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲5号証の1ないし5の開示を組合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2、3についても同様である。

6 無効理由9について
本件特許発明5と甲1-2発明とを対比すると、両者は、上記「2」のとおりの(相違点3)、(相違点4)を有する。
そして、相違点3について検討すると、上記「5」のとおり、甲3号証の1、2のいずれにも、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」ことについては、記載も示唆もない。
また、上記「2」で述べたとおり、甲5号証の1ないし4には、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」ものは記載されるが、いずれも熱間プレスを行うことについての記載はなく、甲5号証の5には、Zn系めっき鋼板ではあるが、Niを10%以上含む例は示されておらず、Ni含有量と塗装後耐食性との関係も明らかではない。
そして、一般的に、加熱により、めっき鋼板の表面構造が変化することも考慮すると、均一酸化皮膜が形成され、プレス成形性、塗膜密着性、塗装後耐食性のいずれも良好である熱間プレス用亜鉛系めっき鋼板の製造方法に係る甲1-2発明において、「亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m^(2)」施したのものを、「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」ものに変更することが直ちに動機付けられるものとは認められない。
そうすると、本件特許発明5は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲5号証の1ないし5の開示を組合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7 無効理由10について
本件特許発明6と甲1-2発明とを対比すると、両者は、上記「3」のとおりの(相違点5)、(相違点6)を有する。
そして、(相違点5)について検討すると、上記「1(2)」のとおり、甲3号証の1、2のいずれにも、「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」であって、「12℃/秒以上の平均昇温速度で」加熱することについて記載も示唆もない。
また、上記「3」で述べたとおり、甲1号証においては、Zn系めっきの付着量について「20?90g/m^(2)」の範囲を区別しておらず、甲6号証の1?3のいずれにも、Zn-12%Niめっき鋼板を12℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することが記載されているわけではない。
そして、一般的に、めっき付着量および加熱条件により、めっき鋼板の表面構造が変化し、その特性も変化することも考慮すると、均一酸化皮膜が形成され、プレス成形性、塗膜密着性、塗装後耐食性のいずれも良好である熱間プレス用亜鉛系めっき鋼板の製造方法に係る甲1-2発明において、「鋼板片面当たりの付着量」を「50g/m^(2)超え」とし、「12℃秒以上の平均昇温速度で」加熱することが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
よって、本件特許発明6は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲6号証の1ないし3の開示を組合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

8 無効理由11?14について
本件特許発明7ないし11は、いずれも本件特許発明5、6を直接または間接的に引用するものであり、上記「5 無効理由7について」、「6 無効理由8について」で述べたとおり、本件特許発明5は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲5号証の1ないし5の開示を組合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、本件特許発明6は、甲1号証に記載された発明に、甲3号証の1及び2、甲6号証の1ないし3の開示を組合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。、
よって、本件特許発明7は、無効理由9又は10と甲6号証の1ないし3により、当業者が容易に想到し得たものとはいえず(無効理由11)、本件特許発明8は、無効理由9、10又は11と甲7号証の1ないし5の開示により、当業者が容易に想到し得たものとはいえず(無効理由12)、本件特許発明9及び10は、無効理由9、10、11又は12に、甲8号証の開示を組合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものとはいえず(無効理由13)、本件特許発明11は、無効理由13に、甲9号証の1ないし4の開示を組合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものとはいえない(無効理由14)。

第9 むすび
以上のとおりであるから、本件請求項1ないし3、5ないし11に係る特許は、請求人が主張する無効理由及び提出した証拠方法によっては、無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定によって、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱間プレス部材およびその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱された鋼板をプレス加工して製造する熱間プレス部材、特に、自動車の足廻り部や車体構造部などで用いられる熱間プレス部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足廻り部材や車体構造部材などの多くは、所定の強度を有する鋼板をプレス加工して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が熱望され、使用する鋼板を高強度化して、その板厚を低減する努力が続けられている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になる場合が多くなっている。
【0003】
そのため、特許文献1には、ダイとパンチからなる金型を用いて加熱された鋼板を加工すると同時に急冷することにより加工の容易化と高強度化の両立を可能にした熱間プレスと呼ばれる加工技術が提案されている。しかし、この熱間プレスでは、熱間プレス前に鋼板を950℃前後の高い温度に加熱するため、鋼板表面にはスケール(Fe酸化物)が生成し、そのスケールが熱間プレス時に剥離して、金型を損傷させる、または熱間プレス後の部材表面を損傷させるという問題がある。また、部材表面に残ったスケールは、外観不良や、塗装密着性の低下や、塗装後耐食性の低下の原因にもなる。このため、通常は酸洗やショットブラストなどの処理を行って部材表面のスケールは除去されるが、これは製造工程を複雑にし、生産性の低下を招く。
【0004】
このようなことから、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を抑制し、熱間プレス後の部材の塗装密着性や塗装後耐食性を向上させることのできる熱間プレス技術が要望され、表面にめっき層などの被膜を設けた鋼板やそれを用いた熱間プレス方法が提案されている。例えば、特許文献2には、AlまたはAl合金が被覆された被覆鋼板が開示されている。この被覆鋼板を用いることにより、熱間プレス前の加熱時に脱炭や酸化が防止され、極めて高い強度と優れた耐食性を有する熱間プレス部材の得られることが示されている。また、特許文献3には、ZnまたはZnベース合金を被覆した鋼板を熱間プレスする際に、熱間プレス前の加熱時に、腐食や脱炭を防止するとともに、潤滑機能を有するZn-Feベースの化合物やZn-Fe-Alベースの化合物などの合金化合物を鋼板表面に生成させる熱間プレス方法が開示されている。この方法で製造された熱間プレス部材、特に、Zn-50?55質量%Alの被覆された鋼板を用いた熱間プレス部材では、優れた腐食防止効果の得られることが示されている。さらに、特許文献4には、AlもしくはZnを主体とするめっきを施した鋼板を用い、水素濃度6体積%以下、露点10℃以下の雰囲気中でAc_(3)変態点以上1100℃以下の加熱温度に加熱後熱間プレスする耐水素脆性に優れた熱間プレス方法が開示されている。この熱間プレス方法では、加熱時に雰囲気中の水素や水蒸気の量を低減して鋼中に侵入する水素量を低減し、1000MPaを超える高強度化に伴う水素脆化の回避が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】英国特許第1490535号公報
【特許文献2】特許第3931251号公報
【特許文献3】特許第3663145号公報
【特許文献4】特開2006-51543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2から4に記載の熱間プレス部材では、熱間プレス前の加熱時の鋼中への水素侵入よりむしろ使用環境中の腐食に伴う鋼中への水素侵入による水素脆化の問題がある。
【0007】
本発明は、スケールの生成がなく製造でき、優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに、腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的とする熱間プレス部材について鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0009】
i)部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域を存在させると、腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される。
【0010】
ii)Ni拡散領域上にZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層を設けると、優れた塗装後耐食性が得られる。
【0011】
iii)金属間化合物層上にZnO層を設けると、優れた塗装密着性が得られる。
【0012】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材を提供する。
【0013】
本発明の熱間プレス部材では、Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在すること、金属間化合物層が島状に存在すること、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有すること、が好ましい。
【0014】
本発明の熱間プレス部材は、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後、あるいは鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、12℃/秒以上の平均昇温速度でAc_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスすることによって製造できる。このとき、Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱するに際して、85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することが好ましい。
【0015】
また、Ni系めっき鋼板として、Zn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用いることが好ましい。
【0016】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板として、質量%で、C:0.15?0.5%、Si:0.05?2.0%、Mn:0.5?3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板や、さらに、質量%で、Cr:0.01?1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005?0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種や、Sb:0.003?0.03%を、個別にあるいは同時に含有する鋼板を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、スケールの生成がなく製造でき、優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに、腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材を製造できるようになった。本発明の熱間プレス部材は、980MPa以上の強度を有する自動車の足廻り部材や車体構造部材に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】熱間プレス部材を構成する鋼板の板厚断面方向の組織を模式的に示す図である。
【図2】本実施例で用いたプレス方法を模式的に示す図である。
【図3】本実施例で用いた電気化学セルを模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1)熱間プレス部材
1-1)部材を構成する鋼板のNi拡散領域
上述したように、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域を存在させると、腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される。この理由は必ずしも明確ではないが、次のように考えられる。すなわち、腐食による鋼板内部への水素侵入は湿潤環境下におけるFe錆の酸化還元反応に関係しており、水素侵入を抑制するにはFe錆が変化しにくい安定な錆であることが必要である。Fe錆の安定化にはNi拡散領域が有効であり、Ni拡散領域の存在が腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制することになる。
【0020】
しかし、こうした水素侵入の抑制を効果的に図るには、部材を構成する鋼板の深さ方向に1μm以上、好ましくは2μm以上、より好ましくは3μm以上にわたってNi拡散領域を存在させることが好ましい。深さの上限は、特に限定しないが、50μm程度でその効果は飽和する。Ni拡散領域の深さは、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)による厚み方向断面の分析、またはGDS(Glow Discharge Spectroscopy)による深さ方向の分析によって求めることができる。
【0021】
なお、本発明におけるNi拡散領域とは、熱間プレス前の加熱時にNi系めっき層から鋼中に拡散してくるNiが固溶状態で存在している領域をいう。また、本発明の熱間プレス部材はZn-Ni合金層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスして製造されるため、Ni拡散領域に不純物としてZnが含まれる場合もあるが、本発明の効果が損なわれることはない。
【0022】
1-2)Ni拡散領域上のZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層
Ni拡散領域上に設けたこの金属間化合物層は、その腐食電位が鋼に対する犠牲防食効果を有するので、塗装後耐食性の向上に効果的である。なお、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層とは、Ni_(2)Zn_(11)、NiZn_(3)、Ni_(5)Zn_(21)のいずれかの金属間化合物からなる層のことをいう。こうした金属間化合物は、部材表面に直接X線回折を行い、または厚み方向断面からFIB(Focused Ion Beam)加工して作製した薄片をTEM(Transmission Electron Microscopy)で観察しながら電子線回折を行い検出できる。
【0023】
この金属間化合物層の上記効果を得るには、その存在量を次のように制御する必要がある。
【0024】
金属間化合物層の存在量は、電気化学的な方法で、すなわち25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す標準水素電極を基準とした自然浸漬電位で測定できる。金属間化合物層が少なく、自然浸漬電位が-360mVより貴になると、鋼に対する犠牲防食効果が失われ、塗装後耐食性が劣化する。一方、金属間化合物層が多く、自然浸漬電位が-600mVより卑になると、腐食に伴い水素発生量が増大し、Ni拡散領域が存在しても水素侵入が起こる場合が生じる。したがって、25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVとなるような存在量の金属間化合物層を設けることが必要である。上記のような存在量とするには、金属間化合物層を島状に存在させることが好ましい。ここで、本発明において、島状の金属間化合物層とは断面SEM(Scanning Electron Microscopy)観察を行い、以下のように定義する。
(1)部材より10mm×10mm×板厚の検体を切り出し、樹脂モールドに埋め込み研磨する。
(2)(1)の埋め込み研磨した検体を用いて、SEMにて加速電圧5?25kVで反射電子組成像を倍率500倍で撮影する。
(3)任意の10視野で写真を撮影する。
(4)撮影した写真において、図1に模式的に例示するように、金属間化合物層が鋼板の表面に不連続に存在していれば評点1とし、金属間化合物層が連続的に存在している、あるいは金属間化合物層が視野の中に存在していなければ評点0とする。
(5)10枚の写真の評点の合計点が7点以上の場合に、島状であると判断する。
【0025】
1-3)Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層上のZnO層
最表層に設けられるZnO層は、上記金属間化合物層との密着性に優れるのみならず、塗装下地処理時に形成される化成処理皮膜との密着性にも優れているため、塗装密着性を大きく向上させる。その厚みは、0.1μm以上とすると化成処理皮膜との密着性が十分となり、また、5μm以下とするとZnO層自体が凝集破壊して、塗料密着性を損なうことがないので、0.1?5μmとすることが好ましい。
【0026】
なお、ZnO層は、上記の金属間化合物層の場合と同様、X線回折、またはTEM観察による電子線回折で確認でき、また、その厚みも測定できる。
【0027】
ZnO層はその下の金属間化合物層との密着性に優れているが、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けるとその密着性がさらに向上し、その結果、より優れた塗装密着性が得られる。
【0028】
2)製造方法
本発明の熱間プレス部材は、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって製造できる。
【0029】
上記のようなNi系めっき鋼板をAc_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱することにより、めっき層のNiが鋼板内へ拡散し、Ni拡散領域を形成する。また、表面にある13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層により、上記のような金属間化合物層が形成されるとともに、Znの一部が表面まで拡散し、最表層にZnO層が形成される。
【0030】
Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が13質量%未満であっても、Ni含有率を10質量%以上とし、鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量を50g/m^(2)超えとし、12℃/秒以上の平均昇温速度でAc_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって本発明の熱間プレス部材を製造できる。Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が10質量%未満だったり、平均昇温速度が12℃/秒未満だと、Ni拡散領域の形成が不十分となるだけでなく、Znの蒸発が活発となり過ぎるため上記のような金属間化合物層を形成することができない。また、鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量が50g/m^(2)以下では、Ni拡散領域の形成が不十分となる。ここで、Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱するに際の平均昇温速度とは、室温から最高到達板温に至るまでの温度差を、室温から最高到達板温に至るまでの時間で除した値で定義する。
【0031】
Ni含有量にかかわらず、鋼板表面がZn-Ni合金めっき層で被覆されているため、熱間プレス前の加熱時にスケールが生成することはない。
【0032】
Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱するに際しては、85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することが好ましい。昇温速度を速めることは、それだけ鋼板が高温維持される時間を短縮することになるため、加熱時の鋼板のオーステナイト粒を細粒化できるため熱間プレス後の部材の靱性を向上でき、また、Znの蒸発を著しく抑制できるため上記のような金属間化合物層を形成させて塗装後耐食性を良好にでき、さらには、過度のZnO層の形成を防止できるため塗装密着性を安定して確保できることになる。なお、こうした昇温速度は通電加熱や高周波加熱で実現できる。
【0033】
Ni系めっき鋼板のNi系めっき層は、Zn-Ni合金めっき単層でもよいが、Ni層上あるいはZnを含まないNi基合金層上に上記Zn-Niめっき合金層を設けた多層としてもよい。Ni基合金としては、NiにFe、Co、Cr、Mn、Cu、Moなどから選ばれた少なくとも1種の元素を合計で20質量%以下含有されるものが挙げられる。
【0034】
Ni拡散領域の深さやZnO層の厚みは加熱条件(温度、時間)により、また、金属間化合物層の存在量はNi系めっきの付着量により調整可能である。なお、ZnO層は、通常行われているような大気中における加熱のみならず、酸素濃度が0.1体積%以上である雰囲気中での加熱であっても自然形成される。
【0035】
こうしたNi系めっき層は、電気めっき法などで形成できる。
【0036】
鋼板表面にあるZn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けて、Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱すると、Znの一部はこれらの化合物層を貫通して表面まで拡散し、最表層にZnO層を形成するので、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けることが可能になる。このとき、Zn-Ni合金層上に設けるこうした化合物層の厚みは、0.1μm以上とすると塗装密着性を十分に向上でき、3.0μm以下とするとSi含有化合物層が脆くなることがなく、塗装密着性が低下することがないので、0.1?3.0μmが好ましく、より好ましくは0.4?2.0μmである。
【0037】
Si含有化合物としては、例えば、シリコーン樹脂、リチウムシリケート、珪酸ソーダ、コロイダルシリカ、シランカップリング剤などを適用できる。Ti含有化合物としては、例えば、チタン酸リチウムやチタン酸カルシウムなどのチタン酸塩、チタンアルコキシドやキレート型チタン化合物を主剤とするチタンカップリング剤などを適用できる。Al含有化合物としては、例えば、アルミン酸ナトリウムやアルミン酸カルシウムなどのアルミン酸塩、アルミニウムアルコキシドやキレート型アルミニウム化合物を主剤とするアルミニウムカップリング剤などを適用できる。Zr含有化合物としては、例えば、ジルコン酸リチウムやジルコン酸カルシウムなどのジルコン酸塩、ジルコニウムアルコキシドやキレート型ジルコニウム化合物を主剤とするジルコニウムカップリング剤などを適用できる。
【0038】
Zn-Ni合金めっき層上にこうした化合物層を形成するには、上記のSi含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物、Zr含有化合物のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物をZn-Ni合金めっき層上に付着処理した後、水洗することなく加熱乾燥すればよい。これらの化合物の付着処理は塗布法、浸漬法、スプレー法のいずれでもよく、ロールコーター、スクイズコーター、ダイコーターなどを用いればよい。このとき、スクイズコーターなどによる塗布処理、浸漬処理、スプレー処理の後に、エアナイフ法やロール絞り法により塗布量の調整、外観の均一化、厚みの均一化を行うことも可能である。また、加熱乾燥は鋼板最高到達温度が40?200℃となるように行うことが好ましい。50?160℃で行うことがより好ましい。
【0039】
また、Zn-Ni合金めっき層上にこうした化合物層を形成するには、Si、Ti、Al、Zrのうちから選ばれた少なくとも一種のカチオンを含有し、リン酸イオン、フッ素酸イオン、フッ化物イオンのうちから選ばれた少なくとも一種のアニオンを含有する酸性の水溶液にZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を浸漬する反応型処理を行った後、水洗するかまたは水洗することなく加熱乾燥する方法によっても可能である。
【0040】
980MPa以上の強度を有する熱間プレス部材を得るには、Ni系めっき鋼板の下地鋼板として、例えば、質量%で、C:0.15?0.5%、Si:0.05?2.0%、Mn:0.5?3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板や、さらに、質量%で、Cr:0.01?1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005?0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003?0.03%を、個別にあるいは同時に含有する鋼板を用いることが好ましい。
【0041】
各成分元素の限定理由を、以下に説明する。ここで、成分の含有率を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0042】
C:0.15?0.5%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.15%以上とする必要がある。一方、C量が0.5%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性が著しく低下する。したがって、C量は0.15?0.5%とする。
【0043】
Si:0.05?2.0%
Siは、C同様、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.05%以上とする必要がある。一方、Si量が2.0%を超えると、熱間圧延時に赤スケールと呼ばれる表面欠陥の発生が著しく増大するとともに、圧延荷重が増大したり、熱延鋼板の延性の劣化を招く。さらに、Si量が2.0%を超えると、ZnやAlを主体としためっき皮膜を鋼板表面に形成するめっき処理を施す際に、めっき処理性に悪影響を及ぼす場合がある。したがって、Si量は0.05?2.0%とする。
【0044】
Mn:0.5?3%
Mnは、フェライト変態を抑制して焼入れ性を向上させるのに効果的な元素であり、また、Ac_(3)変態点を低下させるので、熱間プレス前の加熱温度を低下するにも有効な元素である。このような効果の発現のためには、その量を0.5%以上とする必要がある。一方、Mn量が3%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下する。したがって、Mn量は0.5?3%とする。
【0045】
P:0.1%以下
P量が0.1%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下するとともに、靭性も著しく低下する。したがって、P量は0.1%以下とする。
【0046】
S:0.05%以下
S量が0.05%を超えると、熱間プレス部材の靭性が低下する。したがって、S量は0.05%以下とする。
【0047】
Al:0.1%以下
Al量が0.1%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、Al量は0.1%以下とする。
【0048】
N:0.01%以下
N量が0.01%を超えると、熱間圧延時や熱間プレス前の加熱時にAlNの窒化物を形成し、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、N量は0.01%以下とする。
【0049】
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、以下の理由により、Cr:0.01?1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005?0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003?0.03%を、個別にあるいは同時に含有させることが好ましい。
【0050】
Cr:0.01?1%
Crは、鋼を強化するとともに、焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果の発現のためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr量が1%を超えると、著しいコスト高を招くため、その上限は1%とすることが好ましい。
【0051】
Ti:0.2%以下
Tiは、鋼を強化するとともに、細粒化により靭性を向上させるのに有効な元素である。また、次に述べるBよりも優先して窒化物を形成して、固溶Bによる焼入れ性の向上効果を発揮させるのに有効な元素でもある。しかし、Ti量が0.2%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間プレス部材の靭性が低下するので、その上限は0.2%以下とすることが好ましい。
【0052】
B:0.0005?0.08%
Bは、熱間プレス時の焼入れ性や熱間プレス後の靭性向上に有効な元素である。こうした効果の発現のためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、B量が0.08%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間圧延後にマルテンサイト相やベイナイト相が生じて鋼板の割れなどが生じるので、その上限は0.08%とすることが好ましい。
【0053】
Sb:0.003?0.03%
Sbは、熱間プレス前に鋼板を加熱してから熱間プレスの一連の処理によって鋼板を冷却するまでの間に鋼板表層部に生じる脱炭層を抑制する効果を有する。このような効果の発現のためにはその量を0.003%以上とする必要がある。一方、Sb量が0.03%を超えると、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。したがって、Sb量は0.003?0.03%とする。
【0054】
熱間プレス前の加熱方法としては、電気炉やガス炉などによる加熱、火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱などを例示できるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0055】
質量%で、C:0.23%、Si:0.12%、Mn:1.5%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.4%、B:0.0022%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、Ac_(3)変態点が818℃で、板厚1.6mmの冷延鋼板の両面に、50g/L(リットル)の硫酸ナトリウム、100g/Lの硫酸ニッケル・6水和物、50g/Lの硫酸亜鉛・7水和物からなるpH2、温度50℃のめっき浴中で電流密度を10?50A/dm^(2)に変えて電気めっき処理を施し、表1、2に示すNi含有率および付着量の異なるZn-Ni合金めっき層を形成した。その後、一部の鋼板を除いて表1、2に示すSi含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物、Zr含有化合物を塗布後、到達温度が140℃となる条件で乾燥し、厚み0.5μmのSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のいずれかの化合物層を形成した。こうして得られた素材の鋼板から採取した200mm×220mmのブランクを、平均昇温速度8℃/秒で加熱する場合は大気雰囲気の電気炉内で、表1、2に示す加熱温度で10分間加熱後、炉内から取り出し、直ちに図2に模式的に示したようなプレス方法で絞り加工し、熱間プレス部材No.1、4、7?21、28?30、34、37、40、41を作製した。また、一部の鋼板については、直接通電加熱により平均昇温速度12℃/秒または90℃/秒で加熱し、表1、2に示す加熱温度に到達後、炉内から取り出し、直ちに上記と同様のプレス方法で絞り加工し、熱間プレス部材No.2、3、5、6、22?27、31?33、35、36、38、39を作製した。なお、絞り加工を行うときのポンチ幅は70mm、加工高さは30mmとした。そして、部材頭部の平坦部から試料を採取し、上記の方法で、Ni拡散領域の深さ、ZnO層の厚み、金属間化合物層の存在量の指標となる自然浸漬電位を測定するとともに、金属間化合物層の状態を上記した断面SEM観察により確認した。また、次の方法により、耐スケール性、塗装密着性、塗装後耐食性、耐水素侵入性を調査した。
耐スケール性:熱間プレス後の非ポンチ接触面を目視観察し、以下の基準で評価した。
○:スケールの付着なし
×:スケールの付着あり
塗装密着性:部材頭部の平坦部から試料を採取し、非ポンチ接触面に日本パーカライジング株式会社製PB-SX35を使用して標準条件で化成処理を施した後、関西ペイント株式会社製電着塗料GT-10HTグレーを170℃×20分間の焼付け条件で膜厚20μm成膜して、塗装試験片を作製した。そして、作製した試験片の化成処理および電着塗装を施した面に対してカッターナイフで碁盤目(10×10個、1mm間隔)の鋼素地まで到達するカットを入れ、接着テープにより貼着・剥離する碁盤目テープ剥離試験を行った。以下の基準で評価し、○、△であれば本発明の目的を満足しているとした。
○:剥離なし
△:1?10個の碁盤目で剥離
×:11個以上の碁盤目で剥離
塗装後耐食性:上記塗装密着性の場合と同様な方法で作製した塗装試験片の化成処理および電着塗装を施した面に、カッターナイフで塗膜にクロスカットを入れた後、SAE-J2334に準拠した腐食試験サイクル条件で腐食試験を行い、25サイクル後の最大片側塗膜膨れ幅を測定し、以下の基準で評価し、○、△であれば本発明の目的を満足しているとした。
○:0mm≦膨れ幅<1.5mm
△:1.5mm≦膨れ幅<3.0mm
×:3.0mm≦膨れ幅
耐水素侵入性:部材頭部の平坦部から試料を採取し、一方の面(ポンチ接触面)を鏡面研削して板厚を1mmとした。次に、作用極を試料、対極を白金とし、研削面にNiめっきを行い水素検出面として、図3に模式的に示す電気化学セルにセットし、非研削面を大気中、室温で腐食させながら鋼中に侵入する水素量を電気化学的水素透過法で測定した。すなわち、水素検出面側には0.1MNaOH水溶液を充填し、塩橋を通じて参照電極(Ag/AgCl)をセットして、非研削面(評価面:非ポンチ接触面)側に0.5MNaCl溶液を滴下し、大気中、室温で腐食させ、水素検出面側の電位が0VvsAg/AgClになるようにして、1回/日の頻度で腐食部に純水を滴下しながら水素透過電流値を連続的に5日間測定し、その最大電流値から腐食に伴う耐水素侵入性を、以下の基準で評価した。◎、○であれば本発明の目的を満足しているとした。なお、熱間プレス時のスケールの生成が著しい部材に対しては、ショットブラストで表面のスケールを除去してから試験を行った。
◎:最大電流値が冷延鋼板の場合の1/10以下
○:最大電流値が冷延鋼板の場合の1/10超?1/2以下
×:最大電流値が冷延鋼板の場合の1/2超?冷延鋼板と同じ
結果を表3、4に示す。本発明である熱間プレス部材No.1?27、30は、耐スケール性、塗装密着性、塗装後耐食性のみならず、耐水素侵入性にも優れていることがわかる。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
【表4】

(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板、又は、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600?-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材。
【請求項2】
Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在することを特徴とする請求項1に記載の熱間プレス部材。
【請求項3】
金属間化合物層が島状に存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の熱間プレス部材。
【請求項4】
ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み、かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m^(2)超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、12℃/秒以上の平均昇温速度でAc_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
【請求項7】
Ac_(3)変態点?1200℃の温度範囲に加熱するに際して、85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することを特徴とする請求項5又は6に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項8】
Ni系めっき鋼板として、Zn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用い、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する熱間プレス部材を製造することを特徴とする請求項5から7のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項9】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板が、質量%で、C:0.15?0.5%、Si:0.05?2.0%、Mn:0.5?3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項5から8のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項10】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.01?1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005?0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有することを特徴とする請求項9に記載の熱間プレス部材の製造方法。
【請求項11】
Ni系めっき鋼板の下地鋼板が、さらに、質量%で、Sb:0.003?0.03%を含有することを特徴とする請求項9又は10に記載の熱間プレス部材の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2016-12-07 
結審通知日 2016-12-13 
審決日 2016-12-27 
出願番号 特願2010-218094(P2010-218094)
審決分類 P 1 123・ 113- YAA (C23C)
P 1 123・ 121- YAA (C23C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 祢屋 健太郎  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 板谷 一弘
小川 進
登録日 2011-10-28 
登録番号 特許第4849186号(P4849186)
発明の名称 熱間プレス部材およびその製造方法  
代理人 奥井 正樹  
代理人 奥井 正樹  
代理人 橋口 尚幸  
代理人 松本 悟  
代理人 齋藤 誠二郎  
代理人 松本 悟  
代理人 増井 和夫  

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