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審決分類 審判 全部無効 特29条特許要件(新規)  A61K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部無効 特123条1項5号  A61K
管理番号 1347309
審判番号 無効2016-800082  
総通号数 230 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-02-22 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-07-13 
確定日 2018-12-13 
事件の表示 上記当事者間の特許第5204646号発明「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5204646号(以下、「本件特許」という。)は、平成18年 4月25日(パリ条約に基づく優先権主張 外国庁受理 2005年 4月25日、2006年 1月13日 、アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願(以下、この出願を「本願」ということがある。)について、平成25年 2月22日に特許権の設定登録がされたものである。
請求人は、平成28年 7月13日に甲第1号証の1?3、甲第2?6号証を添付した審判請求書を提出して本件特許の請求項1?17に係る特許の無効を求める審判を請求した。

以後の手続の経緯の概略は以下のとおりである。
平成28年10月26日付け 答弁書、乙第1?3号証、乙第4号証の1?3及び乙第5号証
平成28年12月14日付け 審理事項通知書
平成29年 1月19日付け 口頭審理陳述要領書(1)?(3)、甲第7号証、甲第8号証の1?4、甲第9号証の1?2、甲第10号証の1?2、甲第11号証、甲第12号証の1?4、甲第13及び14号証(請求人)
平成29年 1月19日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成29年 2月 2日 口頭審理
平成29年 2月 6日付け 上申書、乙第6及び7号証(被請求人)
平成29年 2月10日付け 上申書及び請求人口頭審理原稿(参考資料)(請求人)

第2 本件発明
請求項1?17に係る発明(まとめて「本件発明」ということがある。)は、特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるとおりの以下のものであると認める。

「 【請求項1】必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、該処方物は、自己集合性ペプチドを含み、ここで、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである、処方物。
【請求項2】身体上もしくは体内への投与のための薬学的に許容され得る担体および/または非線維性因子をさらに含む、請求項1に記載の処方物。
【請求項3】前記処方物が、治療剤、予防剤、診断剤、薬学的に許容され得る希釈剤、充填剤または油をさらに含む、請求項1に記載の処方物。
【請求項4】前記処方物が、微粒子、ポリマーマトリックス、ヒドロゲル、織物、包帯、縫合糸またはスポンジ内に組み込まれる、請求項1に記載の処方物。
【請求項5】前記自己集合性ペプチドが、1.0%?10.0%の濃度である、請求項1に記載の処方物。
【請求項6】前記自己集合性ペプチドが、1.0%?3.0%の濃度である、請求項5に記載の処方物。
【請求項7】前記自己集合性ペプチドが、2.0%?3.0%の濃度である、請求項5に記載の処方物。
【請求項8】前記処方物が、スプレー、注射、注入、塗布もしくはコーティングの形態である、請求項1?7のいずれかに記載の処方物。
【請求項9】前記処方物が、オブラート、ディスク、ゲル、ストリップ、膜、錠剤、溶液、懸濁液またはエマルジョンの形態である、請求項1?7のいずれかに記載の処方物。
【請求項10】前記処方物がさらに、抗炎症剤、血管収縮薬、抗感染薬、麻酔剤、増殖因子、細胞、有機化合物、生体分子、着色剤、ビタミンまたは金属を含む、請求項1?9のいずれかに記載の処方物。
【請求項11】前記必要部位が、血管、組織、泌尿器系領域、肺、硬膜、腸、胃、心臓、胆管、尿路、食道、脳、脊髄、胃腸管、肝臓、筋肉、動脈、静脈、神経系、眼、耳、鼻、口、咽頭、呼吸器系、心血管系、消化器系、泌尿器系、生殖器系、筋骨格系、外皮もしくは吻合部位の内部にあるか、または隣接している部位である、請求項1?10のいずれかに記載の処方物。
【請求項12】腫瘍の切除の間に投与されることを特徴とする、請求項1?11のいずれかに記載の処方物。
【請求項13】角膜の修復の間に投与されることを特徴とする、請求項1?11のいずれかに記載の処方物。
【請求項14】動脈瘤に投与されることを特徴とする、請求項1?11のいずれかに記載の処方物。
【請求項15】潰瘍に投与されることを特徴とする、請求項1?11のいずれかに記載の処方物。
【請求項16】火傷に投与されることを特徴とする、請求項1?11のいずれかに記載の処方物。
【請求項17】前記処方物がさらに着色剤を含む、請求項1?11のいずれかに記載の処方物。」

第3 請求人の主張の概要
請求人は、「特許第5204646号の特許請求の範囲の請求項1ないし17に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、以下の無効理由により、本件特許は、無効とされるべきものであると主張している。
審判請求書及び口頭審理陳述要領書(1)?(3)の記載からみて、請求人の主張する無効理由は、以下に示すものと認められる。

無効理由1:特許法第29条第2項(特許法第123条第1項第2号)
請求項1?17に係る発明は、特許出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証の1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由2:特許法第36条第6項第1号(特許法第123条第1項第4号)
請求項1?17に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、その特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由3:特許法第36条第4項第1号(特許法第123条第1項第4号)
発明の詳細な説明の記載は、請求項1?17に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなく、その特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由4:特許法第29条柱書(特許法第123条第1項第2号)
請求項1?17に係る発明は、未完成であり、その特許は、特許法第29条柱書の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由5:特許法第123条第1項第5号
本件特許の特許請求の範囲に記載した事項は、国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載されたものでないから、本件特許は、特許法第184条18で読み替えて適用する特許法第123条第1項第5号に該当し、無効とされるべきものである。

第4 被請求人の主張の概要
被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、請求人の主張する無効理由及び証拠によっては、請求項1ないし17に係る発明についての特許を無効とすることはできないと主張している。

第5 証拠の記載
請求人が提出した以下の証拠には、それぞれ以下の事項が記載されている。

甲第1号証の1:ウェイバック・マシーンによるhttp://www.3d-matrix.co.jp/pr01.htmlの2005年4月15日のアーカイブ、インターネット<URL:http://web.archive.org/web/20050415004502/http://www.3d-matrix.co.jp/pr01.html>(検索日 2015年 7月31日)のプリントアウト

1ア 「 製品
PuraMatrix^(TM)とは、1992年に米国マサチュセッツ工科大学(MIT)のShuguang Zhang教授によって発明されたペプチドのバイオマテリアルです。・・・応用分野も骨充填、美容形成注入材(しわとり等)、再生医療用Scaffold、臍帯血造血幹細胞増殖用Scaffold、じょくそう用製剤材料、化粧品材料など多岐に渡っています。・・・水溶液(1%、3%)でのご提供もゲル(3%)でのご提供もできます。」(1?16行)

1イ 「

」(下段)

1ウ 「

」(左側のナビゲーション用のコラム)

甲第1号証の2:ウェイバック・マシーンによるhttp://www.3d-matrix.co.jp/pr02.htmlの2005年4月16日のアーカイブ、インターネット<URL:http://web.archive.org/web/20050416044014/http://www.3d-matrix.co.jp/pr02.html>(検索日 2015年 7月31日)のプリントアウト

2ア 「 製品
製品一覧
PuraMatrix^(TM)
PuraMatrix^(TM)ペプチドゲルは、通常の細胞培養液、血清、増殖因子、サイトカインと共に使用できる合成3次元細胞外マトリックス細胞培養ゲルです。

ご提供形態
■水溶液(1%、3%)
■ゲル (3%)」(1?8行)

2イ 「

」(左側のナビゲーション用のコラム)

甲第1号証の3:ウェイバック・マシーンによるhttp://www.3d-matrix.co.jp/pr03.htmlの2005年4月16日のアーカイブ、インターネット<URL:http://web.archive.org/web/20050416044014/http://www.3d-matrix.co.jp/pr03.html>(検索日 2015年 7月31日)のプリントアウト

3ア 「 製品
製品の特徴
メディカル分野、化粧品分野
■骨充填剤
■再生医療における細胞培養用scaffold
■美容形成(しわとり)注入剤
■止血剤
■じょくそう用製剤
■化粧品」(1?9行)

3イ 「

」(左側のナビゲーション用のコラム)

第6 明細書及び図面の記載

本件特許の明細書及び図面には以下の記載がある(なお、下線は審決において便宜的に追加したものである。)

ア 「【背景技術】
【0003】
(発明の背景)
血液製品が利用可能であるにもかかわらず、失血は罹病率および死亡率の主な原因である。失血の原因は数多くあり、重症な損傷および臨床状態、例えば、動脈瘤の破裂、食道または胃の潰瘍および食道の静脈瘤などが挙げられる。主要な動脈の完全性が失われると急速に死に至ることになり得、特に、医療ケアが早急な利用手段がない状況では、そのような事態が起こる。
【0004】
手術の際の出血は、多くの場合、大きな懸念事項である。失血は患者に対して無数の問題を引き起こし得るとともに、望ましくない位置における血液の存在は、正常組織に対して有害であり得るか、または手術野に対する外科医の視界を妨げ得る。血液を除去し、出血を抑制状態に至らせる間、手術を遅滞させなければならない。出血は、低侵襲手術(例えば、腹腔鏡手術)中でさえ問題となり得る。出血が充分に抑制され得ない場合、場合によっては、外科医は、このような好ましい手順を伝統的な切開術(open surgery)に切り替えなければならない。
【0005】
出血はまた、動脈、静脈またはより小さな血管内への内視鏡の経皮的導入を伴う診断手順および介入手順においても問題となり得る。例えば、冠動脈血管形成術、血管造影、粥腫切除術および動脈へのステント留置などの処置は、多くの場合、大腿動脈などの血管内に配置したカテーテルを介した脈管構造への侵入を伴う。該処置が完了したら、カテーテルまたは他の器具を取り出し、穿刺された血管からの出血を抑制しなければならない。
【0006】
このような状況のいずれかにおいて出血を抑制するための選択肢は限定されている。最も古い方法の1つに、直接血管または血管の外面の身体のいずれかに対する圧力の負荷が挙げられる。圧力は、出血が抑制状態になるまで維持されなければならない。この処置は時間がかかり、不便であり、患者には血腫のリスクがかかる。他の物理的方法としては、鉗子、クリップ、止血用脱脂綿(plug)、スポンジなどの使用が挙げられる。これらの器具は、その有効性が限定的であり、特に、出血している小血管が多く存在する場合は、適用するのが煩雑であり得る。血液の凝固および出血している血管の焼灼のための熱の使用は、手術の際に広く利用されているが、これは、側副(collateral)組織に損傷がもたらされ得る破壊的な処置である。さらにまた、このような方法には設備や専門技術が必要とされ、したがって医療現場外部での使用に適さない。熱および機械器具類に加え、さまざまな化合物が止血を促進するために使用されているが、これらはいずれも理想的ではない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の目的は、血液、間質液および脳脊髄液などの体液の漏出をより良好に抑制するための方法および組成物を提供することである。
【0008】
本発明の別の目的は、さまざまな様式、例えば、包帯、スプレー剤、コーティングまたは散剤などに処方されたかかる組成物を提供することである。
【0009】
本発明のまたさらなる目的は、体液の漏出を抑制するために使用され得るが、医師が該物質を通して見たり作業したりできる充分に透明な組成物を提供することである。」

イ 「【0019】
(詳細な説明)
I.処方物
A.自己集合性ペプチド
用語「ペプチド」は、本明細書で用いる場合、「ポリペプチド」、「オリゴペプチド」および「タンパク質」を含み、共有結合(例えば、ペプチド結合)によって互いに連結された少なくとも2つのα-アミノ酸残基の一連の鎖をいう。使用されるペプチドは、本明細書に記載の目的の1つ以上に有用な程度まで自己集合する能力を保持している限り、長さは種々であり得る。2つ程度の少ないα-アミノ酸残基を有するペプチドまたは約200残基ものペプチドも適切であり得、自己集合することが認識されるものは、典型的には、この範囲内の長さ(例えば、8?200、8?36、8?24、8?16、12?20、6?64または16?20個のアミノ酸残基)を有する。・・・
【0024】
本明細書に記載の構造体は、米国特許第5,670,483号;同第5,955,343号;同第6,548,630号;および同第6,800,481号ならびにHolmesら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,97:6728-6733(2000);Zhangら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:3334-3338(1993);Zhangら,Biomaterials,16:1385-1393(1995);Caplanら,Biomaterials,23:219-227(2002);Leonら,J.Biomater.Sci.Polym.Ed.,9:297-312(1998);およびCaplanら,Biomacromolecules,1:627-631(2000)に記載のペプチドの自己集合により形成され得る。代表的な自己集合性ペプチドを表1に示す。
【0025】
【化3】

・・・
【0028】
・・・自己集合性ペプチドは、天然または組換えにより作製された供給源から、当該技術分野でよく知られた方法によって化学的に合成または精製されたものであり得る。例えば、ペプチドは標準的なf-moc化学を用いて合成され、高速(pressure)液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて精製され得る。・・・
【0030】
EAKA16-I、RADA16-I、RAEA16-IおよびKADA16-Iなどの自己相補的ペプチドを表1に示す。・・・
【0032】
・・・ある一部の実施形態において、混合物中の各々の型のペプチドは、単独で自己集合する能力を有する。他の実施形態において、各々の型のペプチドの1種類以上は単独では自己集合し得ないが、不均一なペプチドの組合せでは自己集合し得る(すなわち、混合物中のペプチドは相補的であり、互いに構造的に適合性である)。したがって、同じ配列の、もしくは同じ反復サブユニットを含有する自己相補的で自己適合性のペプチドの均一な混合物、または互いに相補的で構造的に適合性である種々のペプチドの不均一な混合物のいずれかが使用され得る。・・・
【0035】
所与のペプチドは、いずれか一方または両方の末端が修飾され得る。例えば、カルボキシル-およびアミノ-末端残基のカルボキシル基および/またはアミノ基は、それぞれ、保護されていても保護されていなくてもよい。また、末端の電荷が修飾されていてもよい。例えば、アシル基(RCO-、式中、Rは有機基(例えば、アセチル基(CH_(3)CO-)である)などの基またはラジカルをペプチドのN末端に存在させ、別に存在し得る「余分な」正の電荷(例えば、N-末端アミノ酸の側鎖に起因しない電荷)を中和させ得る。同様に、アミン基(NH_(2))などの基が、C末端に別に存在し得る「余分な」負の電荷(例えば、C末端アミノ酸残基側鎖に起因しない電荷)を中和するために使用され得る。アミンが使用される場合、C末端はアミド(-CONH_(2))を有し得る。末端上の電荷の中和により自己集合が助長され得る。当業者は、他の適当な基を選択することができよう。
・・・
【0038】
図1は、代表的な自己集合性ペプチドRADA16-Iの配列、および反復構造および概算縮尺比を示す空間充填モデルを示す。織り合わされたナノ繊維および個々のナノ繊維が、ペプチド自己集合によって形成された物質の顕微鏡検査時に観察される。ペプチド自己集合後に形成されたゲル様構造体は、透明で柔軟性のようであった。」

ウ 「【0040】
B.自己集合性ペプチド物質の形成
自己集合の前に、該ペプチドを、実質的にイオン(例えば、1価のイオン)を含まない溶液、または有意な自己集合を抑制するのに充分に低い濃度のイオン(例えば、10mM未満、5mM未満、1mM未満または0.1mM未満の濃度のイオン)を含む溶液に含め得る(例えば、溶解させ得る)。自己集合は、後続の任意の時点で、ペプチド溶液へのイオン性の溶質もしくは希釈剤の添加によって、またはpHの変更によって開始または増強され得る。例えば、ほぼ5mM?5Mの間の濃度のNaClにより、短時間内(例えば、数分以内)に巨視的構造体の集合が誘導される。また、より低い濃度のNaClでは、集合は誘導され得るが、より低速となる。あるいはまた、自己集合は、ペプチドを(乾燥状態であれ、半固形ゲル状であれ、実質的にイオンを含まない液の溶液中に溶解された状態であれ)、かかるイオンを含む液(例えば、血液もしくは胃液などの生理液)または領域(例えば、鼻もしくは口などの体腔または外科的処置によって露出させた腔)内に導入することにより開始または増強され得る。一般的に、自己集合は、ペプチドをかかる溶液に任意の様式で接触させると起こると予測される。
・・・
【0051】
集合していないペプチドを含有する溶液を生物学的組織上に配置すると、組織に対して充分な近接性を有するペプチドが集合し、溶液のゲル化を引き起こす。組織から遠くにとどまる溶液はいずれも、自己集合性ペプチドがその集合を促進する条件に未だ曝露されていないため、液状のままである。物質が破壊されるにつれて(例えば、外科的処置が行なわれることにより)、液状物質は身体と充分に接触されるとゲル化するようである。時として、該組成物は液状から固形に及ぶ範囲の特徴を呈し得、ゲル様もしくは軟膏様またはスラリーとしての外観となり得る。」

エ 「【0095】
II.投与方法
本明細書に記載の任意の薬剤、例えば、細胞、治療用、予防用または診断用化合物(例えば、抗生物質および増殖因子など)は、インビトロまたはインビボで自己集合する前にペプチド溶液中に導入するのがよく、成形前(pre-molded)構造体は、これらの薬剤の1種類以上を含むものであり得、任意選択で、滅菌物質中に包装され得る、および/または使用のための取扱い説明書が備えられ得る。・・・造体内での物質のほぼ均一な分布を達成するため、前駆物質含有溶液と該物質(これはまた、自己集合開始前の溶液状であり得る)を混合してもよい。
【0096】
A.投与部位
該物質はさまざまな異なる表面に、液の通過を抑制もしくは制御するため(例えば、止血を促進するため)、またはバリアとしての機能を果たすため(例えば、汚染を低減するため)に適用され得る。自己集合性薬剤の量は、一部、液の流量の制御における該物質の機能、ならびに自己集合性ペプチドと関連する任意の他の物質または構造体(単独もしくは他の生物活性物質との組合せ)の特性によって決定される。
【0097】
第1の実施形態において、該物質は、出血を抑制または制御するために使用される。該物質は、液体、ゲルとして、・・・適用され得る。・・・該物質は組織に、手術前、手術中または手術後に、出血を抑制するため(出血は、肝臓、腎臓もしくは脾臓などの組織、または輸血が指示されるリスクが高い他の手術では特に問題である)、または組織(例えば、移植のために選択もしくは採取された組織、または再付着に適した組織(例えば、切断された指))を密閉および保護するために適用され得る。
【0098】
該物質はまた、硝子体液中での出血(hemorrhage/bleeding)を抑制するため(すなわち、止血を促進するため)の目における使用に特に充分に適している。該物質が有益なはずである他の手術としては、角膜移植、結膜の手術および緑内障手術が挙げられる。該物質は、透明であり、外科医が手術の際に該物質を通しても見えるため、手術の際に特に好都合である。
【0099】
該物質は、血液以外の液の流れを抑止または妨害するために使用され得る。該物質は、間質液の漏出を抑止または妨害するために火傷に適用され得る。該物質は硬膜または肺に、硬膜または肺用シーラントとして適用され得る。
【0100】
また、該物質は、一般的な口腔手術、歯周病処置(periodontistry)、および一般的な歯学的処置において、バリアとして、および出血の制御または抑制のための両方に利用され得る。・・・
【0102】
別の実施形態において、該物質は腫瘍などの組織の外面に、手術時の破断または転移を抑制するために適用される。該物質の利点の1つは、所定に注射されるとゲル化し得ることである。その結果、該物質は、必要に応じて、手術中に適用および再適用され得る。
【0103】
さらに別の実施形態において、該物質は、例えば、腸の手術の際に、組織に対する、またはある1つの組織から別の組織へのいずれかの汚染を抑制または低減するバリアとしての機能を果たすことに特に充分に適している。該物質は、手術前もしくは手術中に内部部位、特に洞腔などの部位を作製するため、経尿道手術および経膣手術などの手術のため、ならびに予防薬および/または治療薬として適用され得る。また、該物質は、心血管系手術において特に有用なはずであり、この場合、バリア特性および止血特性の両方が、有害な結果、例えば、弁輪状膿瘍(弁にコーティングする、抗生物質を添加する)、心内膜炎(弁をコーティングする)、動脈根解離(即時の止血を提供する)などになる傾向がある心臓弁患者に価値があり得る。・・・
【0115】
C.投与方法
該組成物は、被験体の身体の表面上に提供され得る、および/または力によって(例えば、不測の外傷または外科的処置によって)生成される腔内に提供され得る。このようにして、望ましくない生体物質の移動は、広範な状況、例えば、外傷性の損傷、病状(例えば、出血と関連する慢性もしくは長期の病状)、または外科的処置(例えば、整形外科手術、歯科手術、心臓手術、眼科手術、または整形外科もしくは再構築手術)において抑制され得る。・・・
【0122】
該骨格(例えば、ナノスケール構造体物質)は、被験体(例えば、ヒト患者)に該骨格の前駆物質を、該骨格が所望される位置またはその位置付近(例えば、生体物質の移動もしくは漏出を制御するため、創傷を保護するため、または組織修復を促進するため)に導入することにより提供され得る。前駆物質(例えば、自己集合性ペプチド)は、標的領域(例えば、出血している血管、消化管の疾患部分または皮膚の火傷部分)に充分近い位置に提供される場合、標的領域に有効量で到達する位置付近に提供される。前駆物質は、均一でも不均一でもよく(例えば、単一の型の自己集合性ペプチドまたは2種類以上の異なるかかるペプチドの混合物として適用され得る)、組成物内に内包され得、生理学的条件で接触すると、集合して該骨格(例えば、ナノスケール構造体物質)を形成する。したがって、前駆物質は原位置(すなわち、被験体の体内の投与位置またはその付近)で集合するものであり得る。
【0123】
ナノスケール構造体物質またはその集合体は、原位置に存在するさらなる成分(例えば、イオン)を含み得る。したがって、自己集合性ペプチドなどの前駆物質は、実質的にイオンを含まない(例えば、実質的に1価のカチオンを含まない)溶液で適用され、体内(例えば、血液、胃腸内容物などの生体物質中)のかかるイオンと接触すると、自己集合して巨視的構造体を形成し得る。例えば、前駆物質を含有する溶液は、胃または腸の穿孔部位または外科的切開が行なわれた、もしくは行なわれる部位またはその付近に適用され得る。」

オ 「【0154】
実施例1:自己集合性ペプチド物質は、脳内において止血を加速させる
ラットおよびハムスターの脳内の上矢状静脈洞の分枝の完全な横方向の切開を、横方向に切開した組織の上部にある頭蓋骨の一部を除去した後に行なった。・・・10匹の成体ハムスターおよび12匹の幼若成体雌Spraque-Dawleyラット(200?250g)を含む22匹の動物を、氷冷生理食塩水または20μlの1%ペプチド溶液のいずれかで、洞分枝の横方向切開部位において処置した。該物質は、RADA16-I(n-RADARADARADARADA-c;配列番号:1)ペプチドを滅菌水に溶解することにより調製し、該ペプチド含有溶液を損傷組織に、2cc容シリンジに取り付けた31ゲージニードルを用いて適用した。
【0155】
・・・止血は目視により評価し、「完全な止血」は、創傷部位からの血液の移動の完全な欠如と規定した。すべての場合で、完全な止血はペプチド溶液の適用から10秒以内に達成された。・・・
【0157】
・・・完全な止血は平均8.3秒間で達成された。生理食塩水対照では、出血の停止は全く達成されなかった。*は、動物が出血により死亡するのを回避するため、生理食塩水対照実験を表示した時点で終了したことを示す。
【0158】
同様の結果が、上矢状静脈洞の完全な横方向の切開後に得られた。後半の実験では、止血を達成するため、より高い濃度のペプチド(例えば、約3%?4%)を用いた。3つの生理食塩水対照例は、20秒後、出血が継続していた。対照動物において氷冷生理食塩水を除去し、ペプチド溶液を適用すると、ほぼ直後に完全な止血がもたらされた。
【0159】
合計22匹のラットおよび64匹のハムスターを実験に供し、このとき、ペプチド含有溶液により、頭蓋内の出血部位への適用後、10秒以内に有効に止血が達成された。」

カ 「【0160】
実施例2:自己集合性ペプチド物質は、大腿動脈の横方向の切開後の止血を加速させる
成体ラットにおいて、坐骨神経および隣接する大腿動脈を露出させ、大腿動脈を横方向に切開した。12匹のラットを、RADA16-Iペプチドの1%溶液20μlを横方向切開部位に、シリンジ本体に取り付けたガラスピペットを用いて適用することによって処置し、一方、対照は、低温生理食塩水を横方向切開部位に適用することにより処置した。すべての処置例において、止血は10秒以内に達成された。生理食塩水対照例は、実験を110秒間で終了するまで出血が継続した。これらの対照動物において、続いて低温生理食塩水をペプチド溶液に交換すると、ほぼ直後に完全な止血の達成がもたらされた。・・・
【0162】
図3は、ペプチド溶液の適用開始から大腿動脈の横方向の切開後止血の終了まで測定された、生理食塩水処置対照(左バー)およびペプチド(右)処置例の出血持続時間を示すグラフである。処置群を要約するバーは6例のハムスターの時間(秒)の平均を示し、この場合、完全な止血は10秒以内に達成された。生理食塩水対照では、止血は決して達成されなかった。*は、動物が出血により死亡しないように、実験を終了したことを示す。
【0163】
筋肉外傷実験では、ラットの背部の筋肉に1?2cmの切開を行なった後、速やかな止血が示された。ラットの背部の脊柱僧帽筋を露出させ、筋肉内に深い切り傷を作製した後、1%ペプチド溶液(RADA16-I)をその切り傷内に適用した。10秒以内に、出血はすべて停止した。氷冷生理食塩水単独の適用では、対照動物は、20秒後、出血が継続していた。
【0164】
この手順を後肢の筋肉(頭側脛骨筋の後尾側(porteocaudalis and musculus tibialis cranialis))において繰返し、同様の結果が得られた。1%?100%のペプチド(RADA16-I)を肢部創傷に適用し、止血はすべての場合で達成された。しかしながら、動脈または静脈を横方向に切開すると、止血をもたらすのに2%以上の物質が必要であった。氷冷生理食塩水単独の適用では、対照動物は、20秒後、出血が継続していた。」

キ 「【0165】
実施例3:自己集合性ペプチド物質は、肝臓において止血を加速させる
ペプチド含有構造体が、比較的低い圧力を有する血管の出血を停止させる能力をさらに実証するため、成体ラットの腹腔を開き、肝臓を曝露させ、左外側葉(lobus sinister lateralis)に、吻側(rostral)から尾側(caudal)まで肝臓の一部を完全に離断する切開を行なった。大量の出血が起こった。1%ペプチド溶液(RADA16-I)を該切開部およびその付近に、27ゲージニードルおよび4cc容シリンジを用いて適用した。出血はすべて10秒以内に停止した。・・・1%ペプチド溶液での該部位の処置後(経表面的に該切開部内に適用)、出血はすべて10秒以内に停止した。透明な領域が、左外側葉の両半分間に観察された。この手順を数回繰返し、同じ結果となった。
【0166】
同様の実験により、ペプチド構造体は、肝臓内のより高い圧力を有する血管の出血を停止させる能力が示された。・・・切開部を、経表面的に該切開部内に適用した4%ペプチド溶液で処置した。出血はすべて10秒以内に停止した。左外側葉の下側部分を、該ペプチド構造体が切開部内にあることが示されるまで下側に引いた。該部位は、このような物理的応力に供した場合であっても出血しなかった。10分後、依然として出血は見られなかった。したがって、4%ペプチド溶液の適用は、高圧出血環境において10秒以内に完全な止血をもたらす。
【0167】
2%または3%ペプチド溶液での処置を同じ型の実験において試験すると、やはり完全な止血が達成された。1%溶液での処置では、出血の一部停止がもたらされた。また、処置の30秒後、過剰のペプチド構造体を損傷部位から拭き取ると、止血は維持されていた。この手順を数回繰返し、同じ結果となった。
【0168】
他の実験において、左外側葉(lobus sinistras laterialis)の右下四分円の4分の1葉を取り出し、縁部を損傷部位への2%ペプチド(RADA16-I)の経表面的適用により処置した。出血は、10秒以内に停止した。1分後に該ペプチドを除去すると、完全な止血が該肝臓縁部で達成されていた。」

ク 「【0173】
【図1】図1は、代表的な自己集合性ペプチドRADA16-Iの配列、および反復構造および概算縮尺比(approximate scale)を示す空間充填モデルを示す。」

ケ 「

」(図1)

第7 無効理由についての判断

1 無効理由1について
まずはじめに、甲第1号証の1?3に記載された情報が電子通信回線を通じて公衆に利用可能となった日について述べる。
甲第1号証の1?3は、ウェイバック・マシーンにアーカイブされたスリー・ディー・マトリックス・ジャパンのウェブページのプリントアウトである。甲第1号証の1に記載された情報がアーカイブされた日は4月15日、甲第1号証の2及び甲第1号証の3に記載された情報がアーカイブされた日は4月16日であって、甲第1?3号証に記載された情報がアーカイブされた日は完全には一致していない。甲第1号証の1に記載された情報の元のウェブページであるURL:http://www.3d-matrix.co.jp/pr01.htmlの情報がアーカイブされた日を示す甲第8号証の4によれば、当該ウェブページは、2005年4月15日の前後の同年2月9日及び同年9月4日にもアーカイブされたと認められ、この3つの日付におけるアーカイブのプリントアウトである甲第8号証の1?3の記載は全て一致し、データの書き換えを疑わせるような不整合も認められない。そうすると、2005年2月16日から同年9月4日の間に、当該甲第1号証の1に記載された情報の元のウェブページに変更はなかったと考えるのが自然である。また、甲第1号証の1?3に記載された情報にもデータの書き換えを疑わせるような不整合はない。したがって、甲第1の1?3号証に記載された情報は、本願の優先日前の2005年4月16日にスリー・ディー・マトリックス・ジャパンのウェブページに掲載され、電子通信回線を通じて公衆に利用可能であったと認められる。

(1)引用発明
甲第1号証の1には、「PuraMatrix^(TM)とは、1992年に米国マサチュセッツ工科大学(MIT)のShuguang Zhang教授によって発明されたペプチドのバイオマテリアルです。」(1ア)と記載され、当該製品について、「水溶液(1%、3%)でのご提供もゲル(3%)でのご提供もできます。」(1ア)と記載されている。甲第1号証の1には、PuraMatrix^(TM)と称する当該製品(以下、「甲1製品」ということがある。)について、「培地中の塩NaCl成分との接触によりゲル化する。培地中の塩NaCl成分との接触によりゲル化する。(AとAとの疎水結合、RとDのイオン結合、R:アルギニン、A:アラニン、D:アスパラギン酸)」(1ウ)との記載があり、その右にR、A、Dを含む「(a)Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)」(1ウ)というペプチドの構造式が記載されている。これらの記載からみて、ペプチドのバイオマテリアルである甲1製品は、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)を含む水溶液(1%、3%)又はゲル(3%)の形態の組成物であると認められる。そうすると、甲第1号証の1には、以下の発明が記載されているといえる(以下、これを「引用発明」という。)
(引用発明)
「Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル。」

(2)対比
引用発明と本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」ということがある。)とを対比する。
ペプチドとは、一般的には、α-アミノ酸の2個以上がペプチド結合をもって連結した形の化合物のことをいい、アミノ末端とカルボキシ末端を有するものを指すところ、本件発明1におけるペプチドについて、明細書(上記イ)には、「所与のペプチドは、いずれか一方または両方の末端が修飾され得る。・・・例えば、アシル基(RCO-、式中、Rは有機基(例えば、アセチル基(CH_(3)CO-)である)などの基またはラジカルをペプチドのN末端に存在させ、別に存在し得る「余分な」正の電荷(例えば、N-末端アミノ酸の側鎖に起因しない電荷)を中和させ得る。同様に、アミン基(NH_(2))などの基が、C末端に別に存在し得る「余分な」負の電荷(例えば、C末端アミノ酸残基側鎖に起因しない電荷)を中和するために使用され得る。アミンが使用される場合、C末端はアミド(-CONH_(2))を有し得る。」と記載されている。また、図1は代表的な自己集合性ペプチドを示したものであって(上記イ、ク)、当該図には、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)の構造を有するペプチドが示されている(上記ケ)。これらの記載からみて、本件発明1における「アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなる」自己集合性ペプチドは、アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなる配列を有し、N末端がアミノ基であり、C末端がカルボキシ基であるペプチドそのものだけでなく、そのN末端がアセチル基(CH_(3)CO-)で修飾され、C末端がアミド(-CONH_(2))に修飾されたものを包含すると認められる。そうすると、引用発明におけるAc-RADARADARADARADA-CONH_(2)は、本件発明1における「アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物」に該当する。そして、引用発明のペプチドは、NaCl成分との接触によりゲル化するものであるから、本件発明1における「自己集合性ペプチド」に相当する。引用発明は、ペプチドの水溶液又はゲルであるから、「処方物」に該当する。したがって、本件発明1と引用発明の一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりとなる。
(一致点)
自己集合性ペプチドを含む処方物であって、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなる、処方物である点。
(相違点)
本件発明1の自己集合性ペプチドを含む処方物は、必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、処方物中の該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物のみであるのに対し、引用発明は、必要部位において、出血を抑制するための処方物ではなく、処方物中の自己集合性ペプチドの組成も明らかでない点。

(3)判断
上記相違点につき、検討する。
甲第1号証の3には、「製品の特徴」として、「メディカル分野、化粧品分野 ■骨充填剤 ■再生医療における細胞培養用scaffold ■美容形成(しわとり)注入剤 ■止血剤 ■じょくそう用製剤 ■化粧品」と記載され(3ア)、この記載は、「製品」の応用分野を紹介するものと認められる。ここで、甲第1号証の3には、当該「製品」の名称は明記されていないが、甲第1号証の3の画面左側のナビゲーション用のコラム(3イ)には、「PRODUCT」との記載に続き、甲第1号証の3の標題と一致する「製品の特徴」という記載と、甲第1号証の2の標題と一致する「製品一覧」という記載があり、同コラムからハイパーリンクによって、当該コラムの項目と同じ標題の甲第1号証の2の画面が表示されるようになっている。また、甲第1号証の1及び甲第1号証の2の画面左側のナビゲーション用のコラム(1ウ、2イ)からも当該コラムの項目と同じ標題の画面が表示されるようになっている。そうすると、甲第1号証の3号証の「製品」とは、甲第1号証の1及び2に記載されたPuraMatrix^(TM)と称する甲1製品を含むスリー・ディー・マトリックス・ジャパンの製品を指すと認められる。
引用発明である甲1製品の使用方法について、甲第1号証の1には、「水溶液(1%、3%)でのご提供もゲル(3%)でのご提供もできます。」との記載(1ア)、及び、「培地中の塩NaCl成分との接触によりゲル化する。」との記載(1イ)があり、細胞培養に用いる場合には、水溶液を培地と接触させてゲル化させることが理解できる。また、甲第1号証の2には、「PuraMatrix^(TM)は、通常の細胞培養液、血清、増殖因子、サイトカインと共に使用できる合成3次元細胞外マトリックス細胞培養ゲルです。」との記載(2ア)がある。これらの記載からみて、甲1製品は、用途に応じて組成を変更して利用される製品であって、細胞培養ゲルとして用いる場合には、培地、血清、増殖因子、サイトカインと共に使用するものであると理解できる。
なお、ウェイバック・マシーンによる(株)スリー・ディー・マトリックス・ジャパンのウェブサイトの2005年4月15日のアーカイブの情報を示す乙第3号証には、「よくある質問(FAQ)」の項目において、「Q.15)PuraMatrix^(TM)ペプチドハイドロゲルの機械的強度はどの程度ですか。 原液強度1%(w/v)(スクロースと混合して0.5%w/v)では、比較的弱い機械的強度を示すやわらかい繊維状のネットワークを形成します。そのため培養液を交換する際には注意深く扱わなければなりません。0.5%のハイドロゲルは多くの細胞腫の結合や増殖を促進することがわかっています。ハイドロゲルの強度を高めるには、原液強度3%(w/v)(スクロースと混合で1.5%w/v)での使用がお勧めです。」との記載があり、甲1製品の使用方法に関する上記の理解は、この記載にも沿うものである。
一方、甲第1号証の1?3には、引用発明を止血剤に応用する場合の組成、適用方法については記載されておらず、また、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)が、止血剤の有効成分として含まれるのか、不活性担体として含まれるのか等を含め、引用発明がどのようにして止血剤としての効果を発揮するのかについても何ら記載されていない。また、甲1製品と同様のゲル形成ペプチドの製品であるBD PuraMatrix^(TM)の製品カタログである甲第7号証を見ても、細胞培養に関する説明が記載されているだけであって、止血剤に関する情報は何ら記載されていない。
従来の止血手段について、明細書には、止血の際に圧力の負荷、鉗子、クリップ、止血用脱脂綿、スポンジなどの使用、血管の焼灼、止血を促進するための化合物が使用されていたが、これらはいずれも理想的ではなかった旨が記載されている(上記ア)。そして、本件発明は、血液、間質液および脳脊髄液などの体液の漏出をより良好に抑制するための方法および組成物を提供することができ、医師が該物質を通して見たり作業したりできる充分に透明な組成物を提供することであり、また、上記エの記載によれば、本件発明の組成物は、液状、ゲル状であり得る組成物を、出血部位の表面に適用すると、血液等の流体の移動を抑制するバリアとして機能するものであると認められる。
これに対し、甲第1号証の1の記載における、培地中のNaClと接触すると、AとAとの疎水結合、RとDのイオン結合によってゲル化するとの記載(1イ)から、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)が自己集合性ペプチドであることは理解できる。しかしながら、提出された証拠を検討しても、自己集合性ペプチドとして機能するペプチドあるいは細胞培養ゲルとして機能する物質を、止血剤として用いた例が本願の優先日前に存在したことは示されておらず、また、自己集合性ペプチドとして機能するペプチドあるいは細胞培養ゲルとして機能する物質を止血剤として利用することが、本願の優先日において、当業者に広く知られていたと認められるような証拠も示されていない。
そうすると、甲1製品を含むスリー・ディー・マトリックス・ジャパンの製品に関し、応用分野として止血剤が挙げられていても、当該製品を止血剤に応用する場合の組成、使用方法や、当該製品に含まれるAc-RADARADARADARADA-CONH_(2)が、止血剤の有効成分として含まれるのか、不活性担体として含まれるのか等を含め、当該製品がどのようにして止血剤としての効果を発揮するのかについて何ら記載のない甲第1号証の1?3の記載からは、技術常識を考慮しても、当業者が、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)さえ含んでいれば止血剤となると理解するとはいえず、処方物中に含まれる自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAで示される1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物のみであるような処方物を止血剤とすることを想到し得たということはできない。

さらに、本件発明1の効果について、本件の特許明細書には、たとえば、実施例1(上記オ)において、配列n-RADARADARADARADA-cのRADA16-Iペプチド(上記イ、オ)を滅菌水に溶解したものである、当該ペプチドのみを含むと認められるペプチド溶液を、ラットおよびハムスターの脳内の上矢状静脈洞の分枝の横方向の切開により生じた損傷に適用したところ、ペプチド溶液で処理した6匹の群では、平均8.3秒間で完全に止血されたのに対し、6匹の生理食塩水の対照群では、出血の停止は全く達成されなかったとの試験結果が示されている。また、実施例2(上記カ)において、成体ラットにおける大腿動脈の横方向の切開に対する止血効果を確認したところ、ペプチド溶液で処理した群では、10秒以内に完全に止血したのに対し、生理食塩水の対照群では、出血の停止は達成されなかったとの試験結果が示され、本件の特許明細書には、この他にも、筋肉の外傷に対する止血効果(上記カ)、肝臓に対する止血効果(上記キ)を示す試験結果などが記載されている。このように、本件の特許明細書には、本件発明1の処方物である自己集合性ペプチドの水溶液を出血部位に適用し、10秒以内という短時間で完全に止血することができることが示されている。そして、本願の優先日において、細胞培養ゲルとして機能する物質を止血剤として利用すること、及び、止血剤を水溶液又はゲルの状態で出血部位に適用して止血することが技術常識であったとはいえないことからすれば、本件の特許明細書に示された本件発明1の上記効果を当業者が予測し得たとはいえない。
したがって、本件特許の請求項1に係る発明は、甲第1号証の1?3が示す情報に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

そして、請求項1に係る発明をさらに限定して特定したものである本件特許の請求項2?17に係る発明が、上記と同様の理由で甲第1号証の1?3が示す情報に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことも、明らかである。

(4)請求人の主張について
(4-1) 請求人は、甲第1号証の1?3に、アミノ酸配列RADARADARADARADAのペプチドを有効成分として止血に用いることを示唆する記載があり、当該示唆に従い、水溶液である甲1製品を出血部位に適用して出血が抑制されるかどうかを確認することは当業者が格別の創意を要さずになし得たことであるから、本件発明は、甲第1の1?3に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張している。
しかしながら、既に上記(3)で述べたように、甲第1号証の1?3には、甲1製品がどのようにして止血効果を発揮するのか、何ら説明されておらず、また、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)の機能については、自己集合性に基づくと考えられるゲル化が記載されるにとどまり、提出された証拠を検討しても、自己集合性ペプチドが止血剤となることが本願の優先日における技術常識であるとは認められない。そうすると、技術常識を考慮しても、甲第1?3号証の記載からは、Ac-RADARADARADARADA-CONH_(2)が止血剤の有効成分であると理解することはできないのであって、当該ペプチドの水溶液を出血部位に適用することによって出血が抑制できることは、本件特許の明細書の記載を見てはじめて理解できることであるから、請求人の上記主張は失当である。

(4-2) 請求人は、また、甲第2号証に示された比較実験に用いたサンプルは、請求項1におけるアミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなる自己集合ペプチドに関する「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を満たすものではなく、甲第2号証に記載された比較実験の結果は、上記特定事項の有無による効果の差を示しているとはいえないから、請求項1?17に係る発明は進歩性が認められない旨を主張している。
しかしながら、上記(3)で述べたように、そもそも、引用発明を止血剤に応用する場合の組成、適用方法及び引用発明がどのようにして止血効果を発揮するのかについて記載されていない、甲第1号証の1?3の記載からは、技術常識を考慮しても、処方物中の自己集合性ペプチドとして、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみを含む処方物を、出血を抑制するための処方物として用いるという本件発明の構成に到達することができたものではない。また、上記(3)で述べたように、当該処方物が止血効果を示すことは、当業者が予測し得たものではないところ、本件発明は、実施例2(上記カ)のラットの大腿動脈の横方向の切開や、実施例3(上記キ)の肝臓内の高い圧力を有する血管の出血に対しても、10秒以内に出血を停止させるという顕著な止血効果を示すものであるから、本件発明が「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を満たしていない処方物よりも優れた止血効果を示すことが比較実験で示されていなくても、本件発明は当業者の予測を超える顕著な効果を奏するものと認められる。 したがって、請求人の上記主張も誤りである。

(5)小括
以上のとおり、請求項1?17に係る発明は、甲第1号証の1?3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、請求項1?17に係る発明は、無効理由1によって取り消されるべきものではない。

2 無効理由2について
請求人は、無効理由2として、本件発明の処方物は、必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、該処方物は、自己集合性ペプチドを含み、ここで、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなるものであって、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を有するものであるのに対し、本件の特許明細書には、当該特定事項を満たす処方物の実施例は記載されておらず、当該処方物の発明が当業者に認識可能に記載されていないから、請求項1?17に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第4号の規定により無効にされるべきものである旨を主張している。

(1)特許法第36条第6項第1号への適合性の判断
上記エの【0122】には、生体物質の移動もしくは漏出を制御するために、出血している血管等の近くに前駆物質である自己集合性ペプチドを提供すること、及び、前記前駆物質は、均一でも不均一でもよいことが記載されている。そして、上記イの【0032】に「同じ配列の、もしくは同じ反復サブユニットを含有する自己相補的で自己適合性のペプチドの均一な混合物、または互いに相補的で構造的に適合性である種々のペプチドの不均一な混合物のいずれかが使用され得る。」との記載があり、【0030】に「自己相補的ペプチド」の例として、表1にRADA16-Iが挙げられ、その配列が「配列番号 1」の「n-RADARADARADARADA-c」であると記載されている。このように、本件の特許明細書の発明の詳細な説明には、出血の抑制のために、RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなるもののみを自己集合性ペプチドとして用いる点が記載されていると認められる。
また、上記オ?キの発明の詳細な説明の実施例には、止血試験にRADA16-Iペプチドの溶液を使用したことが記載され、実施例1(上記オ)には、当該溶液の調製について、「RADA16-I(n-RADARADARADARADA-c;配列番号:1)ペプチドを滅菌水に溶解することにより調製」したことが記載されている。ここで調製したRADA16-Iペプチドの溶液には、当該ペプチドの他に自己集合性ペプチドを添加したことは記載されていない。そして、上記イの【0028】には、自己集合性ペプチドが、標準的なf-moc化学のような技術分野でよく知られた方法によって化学的に合成され、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて精製され得ることが記載されているから、実施例1の処方物の調製に用いたペプチドは、周知技術によって、RADA16-Iペプチドの他には自己集合性ペプチドを含まないものとして得られたと認められる。そうすると、実施例1で用いた処方物は、自己集合性ペプチドを含む処方物であって、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである処方物に該当するものであると認められる。そして、発明の詳細な説明には、実施例1?3において、この処方物について、実際に出血を抑制する効果があることを試験により確認したことが記載されている。
このように、本件の特許明細書の発明の詳細な説明には、出血を抑制するための処方物であって、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである処方物が、止血効果を確認することができる実施例とともに記載されているから、請求項1?17に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された発明として当業者が認識可能なものである。

(2)請求人の主張について
(2-1) 請求人は、甲第2号証の比較実験に用いたペプチドについて、入手先が明らかにされておらず、B-2のHPLCチャートにおけるメインピーク以外の成分が自己集合性ペプチドである蓋然性が高く、出願人が実際にアミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである処方物を得ていたとはいえない旨の主張をしている。
しかしながら、サポート要件は、明細書の発明の詳細な説明の記載と技術常識に基づいて判断されるものであって、本件発明において用いる自己集合ペプチドは、上記イの【0024】に挙げられた公知文献に記載されたものであり、上記(1)で述べたように、表1に代表的なものとして挙げられた配列n-RADARADARADARADA-cのRADA16-Iペプチドを含むものであって、このようなペプチドは、標準的なf-moc化学を用いて合成され、HPLCを用いて精製され得るものである。そして、明細書に記載された実施例1(上記オ)において使用した処方物は、配列n-RADARADARADARADA-cのRADA16-Iペプチドを滅菌水に溶解したものであることから、請求項1における特定事項を満たす処方物であることは、既に述べたとおりである。甲第2号証は、発明の詳細な説明に記載された実験とは別の実験を記載したものであり、当該実験において用いた特定のサンプルが、発明の詳細な説明に記載された実施例で用いたペプチドのサンプルそのものであるという根拠もないから、甲第2号証に記載された比較実験において用いられた特定のサンプルの組成がどのようなものであっても、実施例の処方物が自己集合性ペプチドとして、配列n-RADARADARADARADA-cの自己集合性ペプチドのみを含むものであるということと何ら矛盾するものではない。
したがって、請求人の主張は誤りである。

(2-2) 請求人は、RADA16ペプチドは副生物や分解物が存在し得るものであるのに、発明の詳細な説明には、実施例において使用したペプチドの入手先が記載されておらず、HPLCによる分析結果も記載されていないので、実施例の水溶液が自己集合性ペプチドとして、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである処方物は、発明の詳細な説明に記載されたものでない旨を主張している。
しかしながら、発明の詳細な説明には、処方物に用いる自己集合性ペプチドが、同じ配列の、もしくは同じ反復サブユニットを含有する自己相補的で自己適合性のペプチドの均一な混合物であり得ることが記載され、代表的な自己集合性ペプチドとして、表1(上記イ)に配列n-RADARADARADARADA-cのRADA16-Iペプチドが記載されていることは、既に上記(1)で述べたとおりである。そして、上記イに記載されたように、本件発明において用いる自己集合ペプチドは、標準的なf-moc化学を用いて合成され、HPLCを用いて精製され得るものである。そして、このようなHPLC精製後のRADA16-Iペプチド中に、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるもの以外のペプチドであって、かつ、自己集合性を示すペプチドが存在すると認めるに足りる証拠は請求人からは何ら提出されていない。そうすると、実施例において使用したペプチドについて、個別に入手先やHPLCによる分析結果が示されていないからといって、RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである処方物が発明の詳細な説明に記載したものでないということはできない。
したがって、請求人の上記主張は誤りである。

(3)小括
請求項1?17に係る発明は、発明の詳細な説明の記載に記載したものであるから、請求項1?17に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に違反してされたものではなく、無効理由2によって無効とされるべきものではない。

3 無効理由3について
請求人は、無効理由3として、本件発明の処方物は、必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、該処方物は、自己集合性ペプチドを含み、ここで、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなるものであって、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を有するものであるのに対し、発明の詳細な説明には、当該特定事項を満たす処方物の実施例は記載されておらず、当該処方物の発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、請求項1?17に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第4号の規定により無効にされるべきものである旨を主張している。
発明の詳細な説明には、出血を抑制するための処方物であって、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである処方物であることが理解できるような記載がされ、具体的処方とその効果を確認できる実施例が記載されていることは、既に上記2(2)において述べたとおりである。このような発明の詳細な説明の記載に基づけば、当業者は、請求項1?17に係る発明の処方物を得ることができ、これを実際に出血の抑制のために使用できるといえるから、発明の詳細な説明の記載は、請求項1?17に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
請求人は、甲第2号証を根拠として、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである、との特定事項を満たす実施例が発明の詳細な説明には記載されておらず、また、そのような処方物が得られたとはいえない旨を主張しているが、既に上記2(2)(2-1)及び(2-2)で述べたのと同様の理由で、請求人の主張によっては、本件特許の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号の要件を満たしていないとはいえない。
したがって、請求項1?17に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件に違反してされたものではなく、無効理由3によって無効とされるべきものではない。

4 無効理由4について
請求人は、無効理由4として、本件発明の処方物は、必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、該処方物は、自己集合性ペプチドを含み、ここで、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなるものであって、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を有するものであるのに対し、当該特定事項を満たす処方物の実施例は記載されておらず、請求項1?17に係る発明は、未完成であるから、本件特許は特許法第29条柱書の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効にされるべきものである旨を主張している。
上記2及び3において検討したとおり、請求項1?17に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されており、また、発明の詳細な説明には、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載され、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を有する処方物についても、同様に明確かつ十分に記載されているのであるから、請求人の主張する理由で未完成発明であるということはできない。
したがって、請求項1?17に係る発明の特許は、特許法第29条柱書の規定に違反してされたものではなく、無効理由4によって無効とされるべきものではない。

5 無効理由5について
請求人は、無効理由5として、本件発明は、必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、該処方物は、自己集合性ペプチドを含み、ここで、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなるものであって、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を有するものであるのに対し、国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下、「国際出願時の明細書等」という。)には、当該特定事項を満たす処方物の実施例は記載されておらず、当該特定事項に関する一般的な記載も存在せず、本件発明は、国際出願時の明細書等に記載した事項の範囲内のものでないから、本件特許は、特許法第184条の18で読み替えて適用する特許法第123条第1項第5号に該当し、無効とされるべきものである旨を主張している。
既に上記2で述べたとおり、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を含め、本件発明は明細書及び図面に記載されている。そして、上記2で判断の根拠とした明細書及び図面の上記ア?ケの記載は、国際出願時の明細書等にも対応する記載が存在するものである。具体的には、それぞれ、上記アの記載は、国際出願時の明細書1頁14行?2頁24行、上記イの記載は、国際出願時の明細書8頁1行?15頁16行、上記ウの記載は、国際出願時の明細書17頁4行?22頁8行、上記エの記載は、国際出願時の明細書39頁3行?48頁16行、上記オの記載は、国際出願時の明細書59頁1行?60頁11行、上記カの記載は、国際出願時の明細書60頁12行?61頁14行、上記キの記載は、国際出願時の明細書61頁15行?62頁16行の記載、上記クの記載は、国際出願時の明細書6頁29行?32行の記載、上記ケの記載は、国際出願時のFIG.1に対応する。このことから、「該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである」との特定事項を含め、本件発明が、国際出願時の明細書等に記載されたものであることは明らかである。
そうすると、本件発明は、国際出願時の明細書等に記載された事項の範囲内のものであるから、本件特許は、請求人の主張する理由によって、特許法第184条の18で読み替えて適用する特許法第123条第1項第5号に該当するものではなく、無効理由5によって無効とされるべきものではない。

第8 むすび
以上のとおり、無効理由1?5は、いずれも理由がなく、請求人の主張する無効理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1?17に係る発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、上記結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-03-02 
結審通知日 2017-03-07 
審決日 2017-03-21 
出願番号 特願2008-509090(P2008-509090)
審決分類 P 1 113・ 1- Y (A61K)
P 1 113・ 536- Y (A61K)
P 1 113・ 54- Y (A61K)
P 1 113・ 537- Y (A61K)
P 1 113・ 121- Y (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀬下 浩一  
特許庁審判長 福井 美穂
特許庁審判官 大久保 元浩
齋藤 恵
登録日 2013-02-22 
登録番号 特許第5204646号(P5204646)
発明の名称 止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法  
代理人 松谷 道子  
代理人 瀬田 あや子  
代理人 坂田 啓司  
代理人 松谷 道子  
代理人 南条 雅裕  
代理人 伊波 興一朗  
代理人 坂田 啓司  

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