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審決分類 審判 査定不服 発明同一 特許、登録しない。 C12P
管理番号 1352941
審判番号 不服2018-4617  
総通号数 236 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-08-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-04-05 
確定日 2019-06-26 
事件の表示 特願2016- 93361「微生物由来の油の単離方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年12月15日出願公開、特開2016-208974〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成28年5月6日の出願であって、平成13年8月1日を国際出願日とする特願2002-516339号(パリ条約による優先権主張 平成12年8月2日 欧州特許庁)の一部を特許法第44条第1項の規定に基づいて分割出願した特願2011-196284号の一部を同規定に基づいて分割出願した特願2014-31850号の一部を更に同規定に基づいて分割出願したものであり、平成29年4月3日付け拒絶理由通知に対し、同年7月10日に意見書および手続補正書が提出され、同年11月27日付けで拒絶査定がなされ、平成30年4月5日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに同日付けで手続補正がなされたものである。


第2 平成30年4月5日付け手続補正についての補正却下の決定
[結論]
平成30年4月5日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正
本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1ないし3が、
「【請求項1】
(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり、
前記段階(c)において有機溶媒を用いず、
当該方法が、段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む、方法。
【請求項2】
細胞が、物理的、酵素的または機械的に破壊される請求項1記載の方法。
【請求項3】
破壊が、均質化を含む請求項2記載の方法。」であったものを、

「【請求項1】
(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程であって、破壊が150?900barの圧力でのホモジナイザーによる均質化を含む、工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり、
前記段階(c)において有機溶媒を用いず、
当該方法が、段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む、方法。」とする補正事項を含むものである。

2.目的要件について
上記補正事項は、補正後の請求項1において、補正前の請求項1の(a)工程の「破壊」について、請求項1を引用する請求項2の「機械的に破壊される」こと、および請求項2を引用する請求項3の「破壊が、均質化を含む」ことを特定し、さらに、本願の当初明細書段落0017の記載等に基づいて、「破壊」について「150?900barの圧力でのホモジナイザーによる均質化を含む」ことを特定し、これに伴い、請求項2、3を削除するものと認められる。
したがって、補正後の請求項1に上記事項を特定する本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件を満たすか)否かについて以下に検討する。

3.独立特許要件について
(1)本件補正発明
本件補正発明は、補正後の請求項1に記載された以下のとおりのものである。
「(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程であって、破壊が150?900barの圧力でのホモジナイザーによる均質化を含む、工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり、
前記段階(c)において有機溶媒を用いず、
当該方法が、段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む、方法。」

(2)先願明細書
この出願の日前の外国語特許出願であって、その出願後に国際公開がされた外国語特許出願であるPCT/US01/01806号(優先権主張 平成12年1月19日)の国際出願日における国際出願の明細書(以下、「先願明細書」という。なお、先願明細書の内容を公開する国際公開第01/053512号は英文であるから、これの翻訳文として、対応する日本出願の公表公報である特表2003-520046号公報の記載を用いる。)には、以下の事項が記載されている。

ア 「1. 微生物から脂質を得るプロセスであって、
(a)微生物の細胞を溶解して、溶解した細胞混合物を生成する工程と、
(b)前記溶解した細胞混合物を処理して、水溶液を含む重い層と前記脂質を含む軽い層から成る相分離混合物を生成する工程と、
(c)前記軽い層から前記重い層を分離する工程と、
(d)前記軽い層から前記脂質を得る工程と、から成るプロセス。
2. 前記工程(b)は前記溶解した細胞混合物を遠心することを含む、請求項1に記載のプロセス。
3. 前記軽い層は乳化された脂質を含む、請求項2に記載のプロセス。
4. (e)工程(c)の前記軽い層に水性抽出溶液を加える工程と、
(f)前記脂質が前記工程(d)に先立って実質的に乳化されていないようになるまで、前記工程(c)、(d)および(e)を繰り返す工程とからさらに成る、請求項3に記載のプロセス。
・・・・
11. 前記工程(a)は、前記微生物を少なくとも約50℃の温度に加熱することを含む、請求項1に記載のプロセス。
・・・・
18. 前記微生物は、コレステロール、フィトステロール、デスモステロール、トコトリエノール、トコフェロール、ユビキノン、β-カロチン等のカロテノイドおよびキサントフィル、ルテイン、リコピン、アスタキサンチン、ゼアキサンチン、カンタキサンチン、および共役リノール酸のような脂肪酸、ならびにエイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸、アラキドン酸、ステアリドン酸、ジホモガンマリノレン酸およびγ-リノレン酸のようなω-3およびω-6高度不飽和脂肪酸、またはそれらの混合物を少なくとも約0.1g/L/h生産することができる、請求項1に記載のプロセス。」(特許請求の範囲)

イ 「発明の属する技術分野
本発明は、任意の多くの量の無極性有機溶媒を使用せずに、微生物から脂質を抽出するプロセスに関する。」(第1頁3?5行、上記公報の段落【0001】)

ウ 「本発明のプロセスは、細胞内に存在する脂質を放出するために微生物細胞を破裂または溶解させることも含み得る。細胞は、化学的方法;熱的方法;フレンチプレス、ミル、超音波処理、均質化、および蒸気爆発を含むがそれらに限定されない機械的方法;およびそれらの組み合わせを含む既知の方法のうちの任意のものを使用して溶解することができる。細胞の熱的溶解では、微生物の細胞(つまり細胞壁)が分解または崩壊するまで、微生物を含む発酵培養液が加熱される。一般に、発酵培養液は、少なくとも約50℃、少なくとも約75℃、より好ましくは約100℃、最も好ましくは少なくとも約130℃の温度まで加熱される。このプロセスの重要な態様は、抽出された脂質が分解される温度よりも低い温度を維持することである。微生物の細胞壁の熱による溶解は、細胞壁がタンパク質から構成されている微生物に対して有効である。このプロセス中、発酵槽のヘッドスペース(上部の空間)は、酸素による脂質の酸化を防止するために窒素や別の不活性ガスで充填することができる。」(第9頁4?17行、上記公報の段落【0026】)

エ 「実施例」の項には、油に富んだ微生物(シゾチトリウム属)の発酵培養液からDHAを含む脂質が回収されたことが記載されていると認められる。(第12?15行、表2、表3、表5、表6、上記公報の段落【0035】?【0042】)

(3)先願明細書に記載された発明
上記ア?エより、先願明細書には以下の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されていると認められる。
「無極性有機溶媒を用いずに水性抽出溶液を用いて、微生物からDHAを含む脂質を得るプロセスであって、
(a)化学的方法、熱的方法、機械的方法、およびそれらを組み合わせた方法のいずれかの方法によって微生物の細胞を溶解して、溶解した細胞混合物を生成する工程と、
(b)前記溶解した細胞混合物を処理して、水溶液を含む重い層と前記脂質を含む軽い層から成る相分離混合物を生成する工程と、
(c)前記軽い層から前記重い層を分離する工程と、
(d)前記軽い層から前記脂質を得る工程と、から成るプロセスであって、
工程(a)は、前記微生物を少なくとも約50℃の温度に加熱することを含む、プロセス。」

(4)対比
本件補正発明と先願発明とを対比する。
先願発明の「DHAを含む脂質」は、本件補正発明の「1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油」に相当すると認められる。
また、先願発明における微生物の細胞の溶解とは、上記ウに記載されるように、細胞内に存在する脂質を放出するために微生物細胞を破裂または溶解させることであると認められるから、先願発明の「(a)・・・微生物の細胞を溶解して、溶解した細胞混合物を生成する工程」は、本件補正発明の「(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程」に相当すると認められる。
さらに、先願発明の「工程(a)は、前記微生物を少なくとも約50℃の温度に加熱することを含む」ことは、本件補正発明の「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む」ことと、「細胞を加熱することを含む」点で共通すると認められる。

<加熱>の場合
まず、請求項1に記載される「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む」が、「段階(a)の前に、前記細胞を加熱することを含む」場合の本件補正発明と先願発明を対比すると、両者は、
「(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記段階(c)において有機溶媒を用いず、
当該方法が、前記細胞を加熱することを含む、方法。」
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。
(相違点1)
本件補正発明では(a)工程の破壊が「150?900barの圧力でのホモジナイザーによる均質化を含む」こと、及び細胞の加熱が「段階(a)の前」であることが特定されているのに対して、先願発明ではこれらの点が特定されていない点。
(相違点2)
本件補正発明では油が「前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり」と特定されているのに対して、先願発明は特定されていない点。

<低温殺菌>の場合
次に、請求項1に記載される「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む」が、「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌することを含む」場合の本件補正発明と先願発明を対比すると、両者は、
「(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記段階(c)において有機溶媒を用いない、方法。」
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。
(相違点1’)
本件補正発明では(a)工程の破壊が「150?900barの圧力でのホモジナイザーによる均質化を含む」こと、及び「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌することを含む」ことが特定されているのに対して、先願発明ではこれらの点が特定されていない点。
(相違点2)
本件補正発明では油が「前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり」と特定されているのに対して、先願発明は特定されていない点。

(5)当審の判断
<加熱>の場合
(相違点1)について
先願発明は(a)の微生物の細胞を溶解する工程において、熱的方法と機械的方法とを組み合わせる態様を包含している。
そして、先願発明の「工程(a)は、前記微生物を少なくとも約50℃の温度に加熱することを含む」ことは、(a)の工程における熱的方法の温度を特定するものと認められる。
また、先願明細書の上記ウにおいて機械的方法として挙げられた「フレンチプレス、ミル」は、本願明細書の段落【0016】の記載からみて本願補正発明にいう「ホモジナイザー」に該当すると認められるから、先願発明の機械的方法が「フレンチプレス、ミル」を用いる場合である溶解は、本願補正発明の「ホモジナイザーによる均質化」に相当すると認められる。そして、本件補正発明に特定される「150?900barの圧力」という圧力条件の範囲は、拒絶査定において文献4として引用された国際公開第97/04121号明細書の実施例1に細胞の破壊のために高圧ホモジナイザーが400barの圧力で使用されることが記載されていること、前置報告書において引用例16として引用されたMicrobiology, 1999, Vol.145, p.1911-1917に、Mortierella alpinaから細胞抽出物を得るにあたり、リン酸バッファーを加え、35MPaでフレンチプレスを行ったことが記載され(1912頁右欄「Production of cell extracts」)、35Mpaは換算すると350barであること、および、ホモジナイザーを使用する際の圧力条件として100?900bar程度は周知であること(必要であれば、特表2000-500146号公報の特許請求の範囲、特開平7-64348号公報を参照。)を考慮すると、「150?900barの圧力」という圧力条件はホモジナイザー使用時の圧力として一般的な範囲であると認められるから、先願明細書に記載された「フレンチプレス、ミル」を用いて細胞の細胞壁を溶解する際の圧力条件は、「150?900barの圧力」に該当するものと認められる。
先願明細書には、熱的方法と機械的方法を組み合わせる際に、熱的方法が機械的方法の「前」に行われることは明記されていない。しかし、熱的方法と機械的方法とを組み合わせる場合、熱的方法は機械的方法の「前」または「後」、或いは、熱的方法と機械的方法とが「同時」に行われることが想定されるところ、先願明細書にはこれらのいずれもが記載されているに等しいと認められる。
また、上記ウの「細胞の熱的溶解では、微生物の細胞(つまり細胞壁)が分解または崩壊するまで、微生物を含む発酵培養液が加熱される」の記載から、熱的方法とは発酵培養液をそのまま加熱することであることが理解されるから、培養後に行われる熱的方法による溶解は機械的方法よりも「前」であるとも認められる。
そうすると、相違点1は実質的な相違点ではない。
(相違点2)について
先願明細書には、油に含有されるトリグリセリドの割合については記載されていないが、一般に微生物から回収される油が主にトリグリセリドを含むことは技術常識であると認められる(必要であれば、拒絶査定において文献4として引用された国際公開第97/04121号、第1頁末行?第2頁1行)。したがって、先願発明で得られる油(脂質)も、主にトリグリセリドを含有する、つまり、油に含有される脂肪酸の多くの割合がトリグリセリドの形態であると認められる。
また、先願発明で使用される微生物について、先願明細書には「好ましくは、微生物は脂質に富んだ微生物である。より好ましくは、微生物は、藻類、細菌類、真菌類および原生生物から成る群より選択される。より好ましくは、微生物は、黄金色藻、緑藻、渦鞭毛虫、酵母、モルティエラ(Mortierella )属の真菌類、およびストラメノパイルから成る群より選択される。好ましくは、微生物には、モルティエラ属、クリプテコディニウム(Crypthecodinium )属およびヤブレツボカビ(Thraustochytriales)目の微生物が含まれる。」(段落【0009】)と記載されており、先願発明において、モルティエラ属の微生物が用いられることが記載されている。
そして、拒絶査定において文献7として引用された特表2000-508888号公報の「Yamadaら(単細胞オイルの工業的応用(Industrial applications of single cell oils)KyleおよびRatledge編、118?138頁、1992年)は、トリグリセリド含有量が90%である、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)から精製されるアラキドン酸含有オイルを記載する。」(第7頁)の記載、および、当審が周知例として引用する、New Food Industry, 1995, Vol.37, No.9, p.1-9の「M.aipinaiS-4株のPUFA生合成経路を図2に示した。・・・生成したARAの70-90%はトリアシルグリセリンとして菌糸中に蓄積する。」(第3頁)の記載を考慮すると、先願発明において微生物としてモルティエラ属アルピナが使用された場合に得られる油は、「1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する」ものであり、ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であると認められる。
そうすると、相違点2も実質的な相違点ではない。
したがって、上記の場合の本願発明は先願発明と同一であると認められるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

<低温殺菌>の場合
(相違点1’)について
上記のとおり、先願明細書に記載された「フレンチプレス、ミル」を用いて細胞の細胞壁を溶解する際の圧力条件は「150?900barの圧力」を包含すると認められる。
また、先願明細書に記載された「熱的方法」とは微生物の細胞を“加熱処理する”という工程であり、同じく微生物の細胞を“加熱処理する”「低温殺菌」と工程として相違するとは認められないから、「低温殺菌」することについても、上記と同様の理由から、先願明細書に記載されていると認められる。
さらに、「低温殺菌」が「熱的方法」とは異なる工程であったとしても、微生物を培養した培養物中には様々な酵素を産生する生きた微生物が含まれており、これらの微生物が産生する酵素は培養物中に含まれる有用物を分解してしまうおそれがあるから、培養物からの有用物の分離に先立って培養物を加熱することで微生物を殺菌したり酵素を失活させたりすること、その際に有用物が過度の加熱によって変質しないように低温殺菌条件を採用することは、当業者の常套手段であると認められ、先願発明においてもこのような手段が採用されると認められる。有用物の分解を防ぐことに関しては、先願明細書にも「このプロセスの重要な態様は、抽出された脂質が分解される温度よりも低い温度を維持することである。」(上記ウ)と記載されている。
そして、「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌することを含む」との特定は、このような常套手段の付加を記載するに過ぎないと認められるから、この特定が実質的な相違点であるは認められない。
したがって、相違点1’は実質的な相違点ではない。
(相違点2)について
上記のとおり、相違点2は実質的な相違点ではない。
したがって、上記の場合の本件補正発明も先願発明と同一であると認められるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

よって、本件補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件を満足しない。

(6)審判請求人の主張について
審判請求人は審判請求書において以下の点を主張している。
ア 先願明細書に記載される「約50℃の温度に加熱すること」は、細胞を溶解させる「工程(a)」に含まれるから、細胞の溶解及びそれによる細胞の破壊のための加熱を、細胞を溶解する「工程(a)」の前に行われる加熱と解することはできない。
イ 「150?900barの圧力でのホモジナイザーによる均質化」は、先願明細書に一切記載されていない。

ア について
本件補正発明には「段階(a)の前に、前記細胞を・・・加熱すること」における加熱温度は特定されておらず、少なくとも約50℃の温度範囲を包含していると認められ、また、本件補正発明の加熱によって微生物の細胞の細胞壁が全く溶解されないともいえない。先願発明における少なくとも約50℃の温度での加熱は、それが細胞を溶解させるためのものであっても、方法の発明である本件補正発明における「細胞を加熱すること」と相違するものではない。そして、上記(5)で述べたとおり、先願発明は溶解工程において熱的方法と機械的方法とを組み合わせる態様を包含しており、熱的方法が行われるタイミングについて、先願明細書には、機械的方法の「前」、「後」、「同時」のいずれもが記載されているに等しいと認められる。
イ について
上記(5)で述べたとおり、「150?900barの圧力」という圧力条件はホモジナイザーの圧力として一般的な範囲であると認められるから、先願明細書に記載された「フレンチプレス、ミル」を用いて細胞の細胞壁を溶解する際の圧力条件を包含すると認められる。
したがって、審判請求人の主張は採用することができない。

4.小括
以上のとおり、上記の補正事項を含む本件補正は、特許法第17条の2第6項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、この出願の請求項1?17に係る発明は、平成29年7月10日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?17に記載の事項により特定される発明であり、そのうち、この出願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1に記載される以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】
(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり、
前記段階(c)において有機溶媒を用いず、
当該方法が、段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱することを含む、方法。」

2.先願明細書に記載された発明
上記第2の3.(2)のとおり、先願明細書には以下の先願発明が記載されていると認められる。
「無極性有機溶媒を用いずに水性抽出溶液を用いて、微生物からDHAを含む脂質を得るプロセスであって、
(a)化学的方法、熱的方法、機械的方法、およびそれらを組み合わせた方法のいずれかの方法によって微生物の細胞を溶解して、溶解した細胞混合物を生成する工程と、
(b)前記溶解した細胞混合物を処理して、水溶液を含む重い層と前記脂質を含む軽い層から成る相分離混合物を生成する工程と、
(c)前記軽い層から前記重い層を分離する工程と、
(d)前記軽い層から前記脂質を得る工程と、から成るプロセスであって、
工程(a)は、前記微生物を少なくとも約50℃の温度に加熱することを含む、プロセス。」

3.対比
本願発明と先願発明とを対比すると、両者は、
「(a)微生物の細胞の細胞壁を破壊して油を放出させる工程、
(b)前記工程(a)で形成された細胞壁細片の少なくとも一部から油を分離する工程、および
(c)前記微生物由来の油または1種以上のポリ不飽和脂肪酸を抽出、精製または単離する工程を含む微生物の細胞から1種以上のポリ不飽和脂肪酸を含有する油を生成する方法であって、
前記段階(c)において有機溶媒を用いず、
当該方法が、前記細胞を加熱することを含む、方法。」
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1”)
本願発明では「段階(a)の前に、前記細胞を低温殺菌および/または加熱すること」が特定されているのに対して、先願発明では特定されていない点。
(相違点2)
本願発明では油が「前記油に含有される前記ポリ不飽和脂肪酸の50%以上がトリグリセリドの形態であり」と特定されているのに対して、先願発明は特定されていない点。

4.当審の判断
上記第2の3.(5)で述べたとおりであるから、(相違点1”)、(相違点2)はいずれも実質的な相違点ではない。
したがって、本願発明は先願発明と同一であると認められる。


第4 むすび
以上のとおり、この出願の請求項1に係る発明は、この出願の日前の外国語特許出願であって、その出願後に国際公開がされた外国語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、この発明者がその出願前の外国語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記外国語特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第184条の13の規定により同法第29条の2が適用され、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-01-25 
結審通知日 2019-01-29 
審決日 2019-02-12 
出願番号 特願2016-93361(P2016-93361)
審決分類 P 1 8・ 161- Z (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福間 信子  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 小暮 道明
中島 庸子
発明の名称 微生物由来の油の単離方法  
代理人 沖田 英樹  
代理人 酒巻 順一郎  
代理人 山口 和弘  
代理人 野田 雅一  
代理人 池田 成人  
代理人 清水 義憲  
代理人 阿部 寛  
代理人 山田 行一  

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