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審決分類 審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  G11B
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G11B
審判 一部無効 2項進歩性  G11B
管理番号 1353605
審判番号 無効2017-800135  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-09-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2017-10-13 
確定日 2018-12-03 
事件の表示 上記当事者間の特許第4459248号発明「磁気記録媒体、磁気信号再生システムおよび磁気信号再生方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1 本件特許の出願の経緯
平成19年 3月30日 出願(優先権主張 平成18年3月31日)
平成21年10月 1日 拒絶理由通知(起案日)
平成21年12月 7日 意見書、手続補正書
平成22年 1月25日 特許査定(起案日)
平成22年 2月19日 設定登録

2 本件無効審判の経緯
平成29年10月13日 審判請求書 [請求人]
平成30年 1月 9日 答弁書 [被請求人]
平成30年 3月12日 審理事項通知(起案日)
平成30年 5月17日 口頭審理陳述要領書 [請求人、被請求人]
平成30年 5月24日 上申書 [被請求人]
平成30年 5月31日 口頭審理
平成30年 6月14日 上申書 [請求人]


第2 当事者の主張
1 請求人
(1)請求の趣旨、概要
特許第4459248号の請求項1および2にかかる発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。

ア 無効理由1(進歩性欠如)
特許第4459248号に係る特許請求の範囲の請求項1および2に係る特許発明は、本件特許の優先日(平成18年3月31日)前に公然実施された発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当する。

イ 無効理由2および無効理由5(実施可能要件違反)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許の請求項1および2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当する。

ウ 無効理由3(明確性要件違反)
本件特許の請求項1および2の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当する。

エ 無効理由4(サポート要件違反)
本件特許の請求項1および2の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当する。

(2)提出した証拠
甲第1号証 磁気テープの開封及びスペクトル密度の測定に関する事実実験公正証書
甲第2号証の1および2 Lot No. 変更履歴一覧表
甲第3号証の1ないし3 U-316 Revision D
甲第4号証 HP StorageWorks Ultrium 960
テープ・ドライブ テクニカル・ホワイト・ペーパー
甲第5号証 特開平11-86261号公報
甲第6号証 特開2000-293845号公報
甲第7号証 特開2000-315301号公報
甲第8号証 特開2001-67646号公報
甲第9号証 特開2001-84551号公報
甲第10号証 特開2001-110032号公報
甲第11号証 特開2001-118235号公報
甲第12号証 特開2001-118236号公報
甲第13号証 特開2001-118239号公報
甲第14号証 特開2002-109715号公報
甲第15号証 特開2002-358622号公報
甲第16号証 特開2002-373414号公報
甲第17号証 特開2003-36515号公報
甲第18号証 特開2003-36516号公報
甲第19号証 特開2004-259399号公報
甲第20号証 特開2005-25905号公報
甲第21号証 特開2005-146187号公報
甲第22号証 特開2005-216428号公報
甲第23号証 特開2005-228377号公報
甲第24号証 特開2006-40346号公報
甲第25号証 特開2006-53982号公報
甲第26号証 特開2000-113421号公報
甲第27号証 特開2005-196913号公報
甲第28号証 陳述書
甲第29号証 Revised Report of Results: MVA11766
Surface Roughness Measurement of Magnetic Tape
甲第30号証 サポートについてのお知らせ
甲第31号証 照会申出書
甲第32号証 照会申出書(添付資料1)
甲第33号証 照会事項(回答)
甲第34号証 初回ロット判定基準
甲第35号証の1および2 Expert Report of Dr.Frank E.Talke
甲第36号証 特開2003-338023号公報
甲第37号証の1ないし3 WYKO HD-2000 Operator's Guide
甲第38号証 結果報告書(NT17050066-2)
甲第39号証 結果報告書(NT17060092-2)
甲第40号証 陳述書
甲第41号証 実験報告書
甲第42号証 準備書面(4)
甲第43号証 準備書面(7)

2 被請求人
(1)答弁の趣旨
本件審判の請求はいずれも成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。

(2)提出した証拠
乙第1号証 Field Maintenance Report
乙第2号証 報告書
乙第3号証 事実実験公正証書
乙第4号証 LTO ULTRIUM 3に係るソニー製データカートリッジの
スペックシート
乙第5号証 Friction, wear and magnetic performance of metal
evaporated and particulate magnetic tapes
乙第6号証 「テープ装置 媒体の定期交換とクリーニングで
安心バックアップ!」
乙第7号証 Wyko HD2000 Operator's Guide(抄)
乙第8号証 「光干渉粗さ測定装置のサポート終了について」
乙第9号証 「3D Optical Microscopes」
乙第10号証 「3次元白色干渉型顕微鏡」
乙第11号証 「設備機器情報」
乙第12号証 意見書
乙第13号証 PSDのHelp画面
乙第14号証 WYKO Surface Profilers Technical Reference Manual(抄)
乙第15号証 「走査型プローブ顕微鏡」
乙第16号証 広辞苑(第7版)1998頁
乙第17号証 第7回弁論準備手続調書


第3 本件特許発明
特許第4459248号に係る特許請求の範囲の請求項1および2に係る特許発明(以下、「本件特許発明1」および「本件特許発明2」という。まとめて「本件特許発明」という。)は、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
非磁性支持体の一方の面に、六方晶フェライト粉末および結合剤を含む磁性層を有し、他方の面にバックコート層を有する磁気記録媒体であって、
磁性層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は800?10000nm^(3)の範囲であり、
バックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は20000?80000nm^(3)の範囲であり、
原子間力顕微鏡によって測定される磁性層の中心面平均表面粗さRaは0.5?2.5nmの範囲であり、かつ
六方晶フェライト粉末の平均板径は10?40nmの範囲であることを特徴とする磁気記録テープ。
【請求項2】
再生ヘッドとして巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッドを使用する磁気信号再生システムにおいて使用される請求項1に記載の磁気記録テープ。」

ここで、本件特許発明1を分説すると、次のようになる。(以下、「構成要件A」ないし「構成要件F」という。)

A 非磁性支持体の一方の面に、六方晶フェライト粉末および結合剤を含む磁性層を有し、他方の面にバックコート層を有する磁気記録媒体であって、
B 磁性層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は800?10000nm^(3)の範囲であり、
C バックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は20000?80000nm^(3)の範囲であり、
D 原子間力顕微鏡によって測定される磁性層の中心面平均表面粗さRaは0.5?2.5nmの範囲であり、かつ
E 六方晶フェライト粉末の平均板径は10?40nmの範囲である
F ことを特徴とする磁気記録テープ。


第4 当審の判断
無効理由1ないし5について、以下検討をする。

1 無効理由1について
無効理由1は、本件特許発明1および2について「公然実施された発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたもの」との趣旨である。
ここでいう「公然実施された発明」とは、請求人の主張によると、「製品名LTX400G、ロット番号1A452P00704である磁気テープカートリッジ」である。そして、当該磁気テープカートリッジの構成は、これらを出荷する前に、その中から製品を一点抜き取り、抜き取りサンプルとして未使用のまま保管していた磁気テープカートリッジについての事実実験公正証書(甲第1号証)で特定できる旨を請求人は主張している。

(1)甲第1号証で特定される磁気テープカートリッジは本件特許の優先日前に公然実施された発明か否か
甲第1号証で示された磁気テープカートリッジ(以下、「甲1製品」という。)は、ロット番号の決定方法を示した甲第2号証の2によれば、ロット番号の3番目の数字が組立年の西暦の末尾(「4」=2004年)を、4番目および5番目の数字が組立週(「52」=52週目)を、6番目の数字ないしアルファベットが包装月(「P」=12月)をそれぞれ表しており、2004年(平成16年)12月に組立ておよび包装が行われたものと認められる。
ここで、請求人は、甲1製品が「平成16年12月に公然実施テープを製造した後、これらを出荷する前に、その中から製品を一点抜き取り、抜き取りサンプルとして未使用のまま請求人の倉庫に保管していた」ものであると主張している(審判請求書第14頁)。一方、被請求人は、甲1製品が請求人の倉庫に保管されていた点については特に争っていないが、甲1製品が公然と実施されていたことは立証されていないと主張している(答弁書第6頁)。
そこで、公然実施されていた事実(出荷や販売の事実)に関する請求人の主張について検討をすると、まず請求人は、審判請求書において「未使用のまま保管されていた抜き取りサンプル以外の製品は、製造直後の平成16年12月頃に出荷された」(第13?14頁)、「公然実施テープが本件特許の優先日前に販売されていたことに示されるとおり・・・」(第15頁)と主張している。しかしながら、審判請求書や各甲号証を参照しても、出荷や販売されていたことが立証されているとは認められない。
また、請求人は、平成30年5月17日付け口頭審理陳述要領書(第4頁)において、「他方、上記「初回ロット判定基準」に基づくサンプルの抜き取りは、製造事業所において初めて出荷する製品の品質が各種使用・規格に合致するか等を最終確認するために行われていたものである(甲第34号証・3頁1?3行)。換言すれば、サンプルの抜き取りが行われたもの(甲第1号証にかかる測定が行われたもの)以外の製品が、サンプルの抜き取り後、上記社内規則に基づき、直ちに出荷されたことは明らかである。以上のとおり、公然実施テープのうち、抜き取りサンプルとして保管されていた製品以外の製品は、製造直後の平成16年12月頃に出荷されたものであり、公然実施テープは本件特許の優先日前に販売されていたものである。」と主張している。しかしながら、甲第34号証の「初回ロット判定基準」には、サンプルとして抜き取った以外の製品が出荷された事実の記載は何も認められない。この点を口頭審理において請求人に確認したところ、請求人は「甲第1号証には、測定された磁気テープが甲第34号証の社内規則によって保存されたサンプルである旨の記載はない。甲第34号証には、サンプルとして抜き取られた以外の製品が出荷された事実は記載されていない。」と認めている(口頭審理調書の「請求人 4」)。
更に、請求人は、「サンプルとして抜き取られた以外の製品が出荷された事実について、上申書を提出して補足説明する。」(口頭審理調書の「請求人 4」)として、平成30年6月14日付けで上申書を提出したが、「甲第1号証に記載の磁気テープカートリッジ(製品名「LTX40G」、ロット番号「1A452P00704」)が甲第34号証の社内規則(平成16年当時のもの)に基づいて保存されたサンプルであることについては、当該磁気テープカートリッジの包装やプラスチック製カートリッジそれ自体には記載がないものの、請求人の社内において確認済みの事項です。」(第3頁)と主張したものの、結局のところ、甲1製品と共に製造された甲1製品と同一の磁気テープカートリッジが、販売先等に出荷された事実や販売されていた事実を立証するには至っていない。
したがって、甲1製品は出荷されることなくずっと請求人の倉庫に保管されていたものであり、また、甲1製品と共に製造された甲1製品と同一の磁気テープカートリッジが本件特許の優先日よりも前に出荷や販売されていた証拠は何も示されておらず、甲1製品および甲1製品と共に製造された甲1製品と同一の磁気テープカートリッジが公然実施されていたことを立証できないから、甲第1号証によって特定できる「ロット番号1A452P00704」の磁気テープカートリッジによって本件特許発明1および2の進歩性がないとする無効理由1を採用することはできない。

(2)予備的判断
上記(1)のとおり、甲1製品および共に製造された甲1製品と同一の磁気テープカートリッジが本件特許の優先日前に公然実施されたものとは認められないが、仮に、甲1製品と共に製造された甲1製品と同一の製品(甲第1号証で特定できる磁気テープカートリッジ)が公然実施されたもの(本件特許の優先日である平成18年3月31日以前に出荷され販売されたもの)として、予備的に判断を示す。

ア 引用発明
甲1製品は、甲第1号証の第3頁、写真1、写真7ないし9によれば、「LTO Ultrium3」規格に準拠するものである。この規格に準拠した磁気テープは、甲第3号証の2及び乙第4号証によれば、支持体(ポリエチレン2,6-ナフタレート(PEN)または同等のもの)の一方の面が強磁性素材(メタル)が結合剤に分散された層に覆われ、他方の面が非強磁性の伝導性を有するコーティングにより覆われる構成を備えている。なお、「強磁性素材(メタル)が結合剤に分散された層」は審判請求書で使用されている「磁性層」、「非強磁性の伝導性を有するコーティング」層は審判請求書で使用されている「バックコート層」に相当するので、以下審判請求書で使用された用語に統一する。よって、甲1製品で特定される磁気テープは、「磁性層、支持体、バックコート層」からなるものである。
また、甲第1号証には、甲1製品の磁気テープを引き出し、磁気テープ片を切り出した上で、新潟県工業技術総合研究所が保有するWyko社製のNT-3300非接触光学式粗さ測定機(三次元構造解析顕微鏡)を用いて、前記磁気テープ片の磁性層表面とバックコート層表面のスペクトル密度を測定したことが記載されている。その測定結果は、甲第1号証の写真22ないし27、審判請求書の15頁に記載されているとおり、磁性層は、9.634μmピッチにおけるスペクトル密度が6001?6410nm^(3)、10.65μmピッチにおけるスペクトル密度が8257?9264nm^(3)であり、バックコート層は、9.634μmピッチにおけるスペクトル密度が49560?62780nm^(3)、10.65μmピッチにおけるスペクトル密度が67680?72210nm^(3)である。
更に、甲第1号証の写真25ないし27(磁性層のサンプル測定結果)によれば、磁性層の表面粗さRaは3.20?3.82nmである。
そうすると、甲1製品から特定できる発明(以下、「引用発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「支持体の一方の面に強磁性素材(メタル)が結合剤に分散された磁性層を有し、他方の面にバックコート層を有する磁気テープであって、
磁性層は、9.634μmピッチにおけるスペクトル密度が6001?6410nm^(3)、10.65μmピッチにおけるスペクトル密度が8257?9264nm^(3)であり、
バックコート層は、9.634μmピッチにおけるスペクトル密度が49560?62780nm^(3)、10.65μmピッチにおけるスペクトル密度が67680?72210nm^(3)であり、
磁性層の表面粗さRaは3.20?3.82nmである
磁気テープ。」

イ 本件特許発明1と引用発明との対比
(ア)構成要件AおよびEについて
引用発明の「支持体」は、ポリエチレン2,6-ナフタレート(PEN)または同等のものであるから、本件特許発明1の「非磁性支持体」に相当する。また、引用発明の「バックコート層」は、本件特許発明1の「バックコート層」に相当する。
また、本件特許発明1の「六方晶フェライト粉末」および引用発明の「強磁性素材(メタル)」は、共に「磁性粉末」といえる。よって、引用発明の「強磁性素材が結合剤に分散された磁性層」は、本件特許発明1の構成の一部といえる「磁性粉末および結合剤を含む磁性層」に相当する。
そして、引用発明の「磁気テープ」は、情報を記録できる磁性層を有するから記録媒体といえ、本件特許発明1の「磁気記録媒体」に相当する。
但し、磁性粉末について、本件特許発明1は「六方晶フェライト粉末」と特定されているのに対し、引用発明は「強磁性素材(メタル)」である点で相違する。
更に、本件特許発明1は「六方晶フェライト粉末の平均板径は10?40nmの範囲である」のに対し、引用発明にはその旨の特定がされていない点で相違する。

(イ)構成要件BおよびCについて
引用発明の「磁性層は、9.634μmピッチにおけるスペクトル密度が6001?6410nm^(3)、10.65μmピッチにおけるスペクトル密度が8257?9264nm^(3)」であることは、10μmピッチ近傍のスペクトル密度を測定した結果であるから、これらを勘案すると、10μmピッチのスペクトル密度は「6001?9264nm^(3)」の範囲内であると認められ、本件特許発明1の「磁性層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は800?10000nm^(3)の範囲」に含まれるものである。
同様に、引用発明の「バックコート層は、9.634μmピッチにおけるスペクトル密度が49560?62780nm^(3)、10.65μmピッチにおけるスペクトル密度が67680?72210nm^(3)」であることは、10μmピッチ近傍のスペクトル密度を測定した結果であるから、これらを勘案すると、10μmピッチのスペクトル密度は「49560?72210nm^(3)」の範囲内であると認められ、本件特許発明1の「バックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は20000?80000nm^(3)の範囲」に含まれるものである。
この点について、被請求人は、10μmピッチにおけるスペクトル密度を測定した顕微鏡の状態について、メンテナンスを行っている専門業者(ブルカ-社)に検証を依頼したところ、10倍対物+2倍中間レンズのフォーカスがずれている(=正確な表面からコントラストが取れない)ため、磁気テープ表面のPSD値を正確に測定することができない状態であるとのことから(乙第1号証、第2号証)、甲第1号証にかかる測定結果は信用性を欠く旨を主張している(答弁書第7?8頁)。
しかしながら、請求人が口頭審理陳述要領書で主張しているとおり、乙第2号証には「コントラストが取れない」具体的な基準や判断が説明されているわけではなく、乙第2号証に添付された図面を参照しても「(表面の形状が全体的にぼやけており)コントラストが取れない」ようには見えない。よって、被請求人の主張を採用することはできない。

(ウ)構成要件Dについて
磁性層の表面粗さについて、本件特許発明1は「原子間力顕微鏡によって測定される磁性層の中心面平均表面粗さRaは0.5?2.5nmの範囲」であるのに対し、引用発明は「原子間力顕微鏡によって測定」されたものではない点、「磁性層の表面粗さRaは3.20?3.82nm」である点で相違する。

(エ)構成要件Fについて
引用発明の「磁気テープ」は、情報を記録することができるものであるから、本件特許発明1の「磁気記録テープ」に相当する。

上記(ア)ないし(エ)から、本件特許発明1と引用発明とは次の点で一致ないし相違する。
<一致点>
「非磁性支持体の一方の面に、磁性粉末および結合剤を含む磁性層を有し、他方の面にバックコート層を有する磁気記録媒体であって、
磁性層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は800?10000nm^(3)の範囲の一部に含まれ、
バックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度は20000?80000nm^(3)の範囲の一部に含まれる、
磁気記録テープ。」

<相違点1>(構成要件Aについて)
磁性粉末について、本件特許発明1は「六方晶フェライト粉末」と特定されているのに対し、引用発明は「強磁性素材(メタル)」である。

<相違点2>(構成要件Eについて)
六方晶フェライト粉末の平均板径について、本件特許発明1は「六方晶フェライト粉末の平均板径は10?40nmの範囲である」のに対し、引用発明にはその旨の特定がされていない。

<相違点3>(構成要件Dについて)
磁性層の表面粗さについて、本件特許発明1は「原子間力顕微鏡によって測定される磁性層の中心面平均表面粗さRaは0.5?2.5nmの範囲」であるのに対し、引用発明は「原子間力顕微鏡によって測定測定」されたものではなく、「磁性層の表面粗さRaは3.20?3.82nm」である。

ウ 相違点についての判断
上記相違点1について判断をする。
請求人は、「磁気テープの磁性層における強磁性粉末として六方晶フェライト粉末を使用することは公知文献(甲第5ないし第20号証)に開示されており、本件特許の優先日前より周知の技術であった。また、上記公知文献において、強磁性金属粉末および六方晶フェライト粉末が並列的に挙げられていることからも明らかであるとおり、六方晶フェライト粉末は、磁気テープの磁性層に使用する強磁性粉末として、強磁性金属粉末に代替し得るものとして当業者に認識されていた。」旨を主張している(審判請求書25頁)。また、請求人は、「規格とは、あくまで製品の仕様に関する取り決めに過ぎず、規格それ自体は、規格から外れた発明を当業者が行うことを何ら技術的に妨げるものではないからである。従って、LTO3においてメタル塗布テープが採用されたことは、LTO3に用いられている金属粉末を他の強磁性粉末を塗布したテープに置き換えることの阻害要因となるものではない。」旨を主張している(請求人口頭審理陳述要領書第20頁)。
引用発明は、「LTO Ultrium3」(以下、「LTO3」と省略する。)規格に準拠した磁気テープであり、磁性層に「メタル」を使用することが規定されている。この点は、請求人も審判請求書(第14頁)で認めている。ここで、規格に準拠した製品は、互換性や適切な品質を確保するために、形状、寸法、材質、機能、特性などを規定されたものである。そうすると、規格に定められた構成を他の構成に置き換えると、異なる機能や特性を備えた別の物となるから、引用発明において、磁性層の「メタル」をわざわざ他素材に置き換える動機付けはない。また、LTO規格に準拠した磁気テープは、後方互換性の確保が設計目標になっており(甲第4号証第3頁、第19頁)、本件特許の優先日(2006年3月31日)より後に規格化されたLTO4(2007年)もLTO3と同様に磁性層は「メタル」を使用しているのだから、この点からも磁性層を他の素材に置き換える動機付けはない。なお、磁性層に「フェライト」を用いたのは、LTO3やLTO4よりも(また、本件特許の優先日よりも)かなり後のLTO6(2012年)からである。
よって、規格に準拠した引用発明を出発点として容易性(組み合わせ)の判断を行う場合は、必須構成要件(規格で定められた構成)を置き換えると異なる機能や特性を持つものになるから、たとえ当業者であっても置き換えるような組み合わせはしない。
したがって、相違点1は、引用発明および周知技術から容易になし得た事項ではない。
また、相違点2については、「フェライト」を用いた場合の平均板径を要件にしており、相違点1で判断したとおり、引用発明の磁性層を「メタル」から「六方晶フェライト」に置き換えることはできないから、引用発明および周知技術から容易になし得た事項ではない。
そして、相違点3については、磁性層が「メタル」である場合に「中心面平均粗さRaは0.5?2.5nmの範囲」である証拠はなく、当該範囲を満たす周知技術(甲第6、8、10ないし13、19号証)は全て磁性層が「フェライト」であるから、相違点1で判断したとおり、引用発明の磁性層を「メタル」から「六方晶フェライト」に置き換えることはできず、引用発明および周知技術から容易になし得た事項ではない。

エ むすび
以上のとおり、本件特許発明1は引用発明および周知技術から容易になし得たとはいえず、更に、他の構成要件を加えた本件特許発明2も同様に引用発明および周知技術から容易になし得たとはいえないから、請求人の無効理由1についての主張は採用することはできない。

(3)無効理由1についてのまとめ
上記(1)および(2)のとおり、請求人の主張する無効理由1は存在しない。

2 無効理由2について
請求人は、「同一の磁気テープから切り出したサンプルを用いた場合であっても、測定機器によって、得られるスペクトル密度の値は大きく変動する。また、同一のサンプル、同一の測定機器を用いた場合であっても、レンズの倍率により、得られるスペクトル密度の値は大きく変動する。そして、スペクトル密度の値が大きく変動する結果、同一の磁気テープ(あるいは同一のサンプル)であるにも関わらず、スペクトル密度の値は、構成要件BおよびCが規定する数値範囲内に入る場合と、入らない場合とが存在する。そうすると、当業者としては、ある磁気記録テープについて、いかなる測定方法・条件により測定した磁性層表面およびバックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度が構成要件BおよびCが規定する数値範囲に入る場合に、磁気記録テープが構成要件BおよびCを充足するのか、理解することはできないから、結局、当業者は本件特許発明1および2を実施することができない。」旨を主張している(審判請求書第6頁)。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0013】に「10μmピッチにおけるスペクトル密度(Power Spectrum Density)とは、以下の方法により測定された値をいい、10μmピッチのうねりの指標として用いられる。以下において、10μmピッチにおけるスペクトル密度をPSD(10μm)ともいう。非接触光学式粗さ測定機(装置:wyko社製HD2000)を用い、測定面積240μm×180μmで媒体の長手方向の表面粗さのプロファイルデータをフーリエ変換処理したものを平均化し周波数分析結果を得る。この分析結果から、各波長での強度を算出し10μmピッチにあたる強度を求める。これをPSD(10μm)とする。」(下線は当審で付与した。)と記載されているとおり、「10μmピッチにおけるスペクトルの密度」がどのように測定された値であるか定義付けがされているので、当業者であれば測定方法および条件は本件明細書の記載から理解できると認められる。
また、請求人は、本件特許明細書の段落【0013】の記載を摘示した上で、「本件明細書には、上記以外に、磁性層表面およびバックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度の測定方法・条件の記載は存在しない。そのため、当業者は、請求項に規定する『磁性層表面、バックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度』がいかなる測定方法・条件の下で測定した値であるのか、本件明細書の記載から理解することができない」旨を主張している(審判請求書第28?29頁)。
しかしながら、「10μmピッチにおけるスペクトルの密度」の測定方法・条件が、段落【0013】以外に複数の測定方法や条件を明細書に記載しないと当業者が理解できない事情は認められない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1および2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、請求人が実施可能要件違反として主張する無効理由2は存在しない。

3 無効理由3について
請求人は、「10μmピッチにおけるスペクトル密度の測定方法・条件には様々なものが考えられ、ある一つの確立した測定方法・条件が存在するわけではない。また、磁気テープの磁性層およびバックコート層表面の、10μmピッチにおけるスペクトル密度は、測定方法・条件により、その値が大きく変動する。その結果、同一の磁気テープを測定した場合であっても、測定方法・条件により、構成要件BおよびCが規定する数値範囲内に入る場合と、入らない場合とが存在する。」旨を主張している(審判請求書第33頁)。
しかしながら、構成要件BおよびCでいう「10μmピッチにおけるスペクトル密度」がどのようなものであるかは、上記「2 無効理由2について」のとおり、本件特許明細書の段落【0013】の記載で定義されている。
したがって、構成要件BおよびCでいう「10μmピッチにおけるスペクトル密度」がどのようなものか理解はできるから、本件特許の請求項1および2の記載は、特許を受けようとする発明が明確であり、請求人の主張する無効理由3は存在しない。

4 無効理由4について
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
請求人は、本件明細書に記載の「BB-SNR」および「K-SNR」が具体的に何を示す数値であるのか不明であり、この値の高低をもって磁気テープの良・不良を判断することが合理的であるのか本件明細書の記載から理解することができないので、本件明細書に記載されている実施例および比較例の測定結果からは、本件特許発明1および2が発明の効果を奏することを理解することができない旨を主張している(審判請求書第34?40頁)。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明に記載された表1の実施例は、本件特許発明1の各構成要件を満たすものであるから、特許請求の範囲に記載された発明は発明の詳細な説明に記載された発明である。また、本件特許の発明の詳細な説明における段落【0006】に「いわゆる『裏写り』が発生する。この裏写りにより、電磁変換特性、特に、BB-SNRおよびK-SNR(近傍ノイズ)が劣化するという問題が生じる。」、段落【0008】に「本発明者らは、上記目的を達成するために誠意検討を重ねた結果、磁性層表面のうねり成分を制御するとともに、バックコート層表面のうねり成分、特に10μmピッチのうねりをコントロールすることにより、長期保存時または高温保存時の磁性層の裏写りを抑制できることを見出した。」と記載されているように、発明の課題である「裏写り」を「BB-SNR」および「K-SNR」で具体的に示している。そして、発明の詳細な説明に記載された表1を参照すると、「BB-SNR」および「K-SNR」の電磁変換特性の各値は、比較例2の数値が全て0(dB)であるから実測値とは認められず、被請求人の主張のとおり「比較例2の初期状態における電磁変換特性の各値を0dBとしたときの、各実施例と各比較例の初期状態と1週間保存後における相対値(dB)を示すもの」(答弁書第35頁)と認められる。つまり、当該相対値に基づいて、磁気テープの良・不良を判定しているものである。ここで、数値に基づく良・不良の判定は、本件出願時に出願人が「発明の評価」として明細書等に定めているのであるから、たとえ相対値がマイナスを示していたとしても、あくまでも比較においてのものであり、直ちに不良(特性が悪い)とはいえない。
よって、本件特許発明1および2は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。
また、請求人は、請求項1の数値範囲について、実施例でカバーされている領域は限られており、例えば、磁性層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度が10000nm^(3)近傍、バックコート層表面の10μmピッチにおけるスペクトル密度が80000nm^(3)近傍であるものについては、実施例でカバーされておらず、K-SNRの値が低下して不合格になる蓋然性が高い旨を主張している(口頭審理陳述要領書第36?39頁)。
しかしながら、「蓋然性が高い」というのは単なる予測であって、具体的な証拠が示されているわけではないので、請求人の主張を採用することはできない。
したがって、本件特許発明1および2は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、請求人の主張する無効理由4は存在しない。

5 無効理由5について
請求人は、「現在、本件特許明細書の段落【0013】に記載されている非接触光学粗さ測定機として『wyko社製HD2000』を用い、測定エリアを『240μm×180μm』とする『10μmピッチにおけるスペクトル密度』の測定を行うことはできない。従って、仮に、構成要件BおよびCにおける『10μmピッチにおけるスペクトル密度』の測定方法が、本件明細書の【0013】段落に記載の測定方法に限定されるというクレーム解釈を採用した場合には、本件特許発明1および2を実施しようとしても、磁気テープが構成要件BおよびCを充足するか否かを判断することはできないから、結局、本件特許発明1および2は実施不能であることに帰する。」旨を主張している(審判請求書第43頁)。
しかしながら、明細書の記載による実施可能要件違反の判断は特許出願時点でなされるものであり、今現在において明細書に記載された測定機器やその測定方法・条件が利用可能であるかどうかは、そもそも当該判断に影響するものではない。
また、「wyko社製HD2000」は、2003年にサポートが終了されており、すでに製造および販売が終了している(乙第8号証)が、買収したブルカ-社がHD2000の後継機種としてwykoの名称を付して販売している(乙第9号証、第10号証)から、「240μm×180μm」にほぼ近い測定エリアの10μmピッチにおけるスペクトル密度の測定が可能であると認められる。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1および2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとはいえず、請求人が実施可能要件違反として主張する無効理由5は存在しない。


第5 むすび
以上のとおり、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1および2に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-10-03 
結審通知日 2018-10-11 
審決日 2018-10-23 
出願番号 特願2007-95539(P2007-95539)
審決分類 P 1 123・ 536- Y (G11B)
P 1 123・ 121- Y (G11B)
P 1 123・ 537- Y (G11B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 馬場 慎  
特許庁審判長 國分 直樹
特許庁審判官 関谷 隆一
酒井 朋広
登録日 2010-02-19 
登録番号 特許第4459248号(P4459248)
発明の名称 磁気記録媒体、磁気信号再生システムおよび磁気信号再生方法  
代理人 佐志原 将吾  
代理人 本阿弥 友子  
代理人 今井 優仁  
代理人 黒田 薫  
代理人 窪田 英一郎  
代理人 相田 義明  
代理人 服部 誠  
代理人 加藤 志麻子  
代理人 中岡 起代子  
代理人 中村 閑  
代理人 小林 浩  
代理人 乾 裕介  
代理人 片山 英二  
代理人 黒川 恵  
代理人 古橋 伸茂  

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