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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B21J
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B21J
管理番号 1355541
審判番号 無効2017-800064  
総通号数 239 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-11-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2017-05-11 
確定日 2019-10-03 
事件の表示 上記当事者間の特許第3663145号発明「極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板,特に被覆熱間圧延鋼板の帯材から型打ちによって製造する方法」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第3663145号(以下「本件特許」という。)についての手続の経緯は,概ね次のとおりである。
平成13年 4月 6日 本件特許に係る出願(優先権主張
2000年4月7日,フランス共和国)
平成17年 4月 1日 設定登録(特許第3663145号)
平成22年11月 9日 第1次無効審判請求
(無効2010-800208号,
請求人・JFEスチール株式会社)
平成23年 4月19日付け 第1次審決(「訂正を認める。
本件審判の請求は,成り立たない。」)
平成25年 9月27日 第2次無効審判請求
(無効2013-800184号,
請求人・JFEスチール株式会社)
平成26年12月10日付け 第2次審決(「訂正を認める。
本件審判の請求は,成り立たない。」)
平成27年 1月16日 第2次審決取消訴訟(平成27年(行ケ)
10010号,原告・JFEスチール
株式会社)提起
平成29年 1月23日 第2次審決取消訴訟判決言渡
(原告の請求を棄却する)
平成29年 5月11日 本件無効審判請求書
(無効2017-800064号,
請求人・JFEスチール株式会社,
以下「審判請求書」という。)提出
平成29年 8月24日 審判事件答弁書(以下「答弁書」
という。)提出
平成29年 8月30日 [被請求人]上申書提出(以下
「被請求人上申書」という。)
平成29年10月16日付け 審尋
平成29年11月16日 [請求人]回答書提出
平成29年12月14日 合議体と請求人との電話応対
平成29年12月22日 [請求人]上申書(以下「請求人上申書」
という。)提出
平成30年 1月25日付け 審理事項通知
平成30年 3月 7日 [請求人]口頭審理陳述要領書(以下
「請求人要領書」という。)提出
平成30年 3月 7日 [被請求人]口頭審理陳述要領書(以下
「被請求人要領書」という。)提出
平成30年 3月 9日付け 審理事項通知
平成30年 3月20日 [被請求人]上申書(以下「被請求人
上申書(2)」という。)提出
平成30年 3月28日 [被請求人]口頭審理陳述要領書(2)
(以下「被請求人要領書(2)」
という。)提出
平成30年 3月28日 口頭審理


第2 本件特許発明
本件特許の特許請求の範囲に記載された発明(以下「本件特許発明」といい,各請求項に係る発明を「特許発明1」などという。)は,第2次無効審判事件において,平成26年3月7日に手続補正された,同年1月28日の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1から8までに記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
熱処理用鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する,亜鉛または亜鉛ベース合金で被覆された圧延熱処理用鋼板の帯材を型打ちすることによって成形された部品を製造する方法であって,
熱処理用鋼板を裁断して熱処理用鋼板ブランクを得る段階と,
熱処理用鋼板ブランクを熱間型打ちして部品を得る段階と,
型打ち前に,腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する,亜鉛-鉄ベース合金化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物からなる群から選択される合金化合物を熱処理により熱処理用鋼板ブランクの表面に生じさせる段階と,ここで該熱処理は熱処理用鋼板ブランクに800℃?1200℃の高温を2?10分間作用させるものであり,
型打ちされた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度でさらに冷却する段階と,
型打ち処理に必要であった熱処理用鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と,
を含んで成る方法。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
被膜を形成する亜鉛または亜鉛ベース合金が5μm-30μmの範囲の厚みであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
炉中で熱処理用鋼板ブランクに800℃?1200℃の高温を作用させ,且つ炉中雰囲気が管理されていないことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
型打ちされた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度で冷却することによって焼入れすることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
作用させる高温が900℃を上回り,かつ1200℃以下であることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項7】
亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物がケイ素を含有することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
請求項1及び3から7のいずれか一項に記載の方法に用いられる被覆された熱処理用鋼板であって,前記熱処理用鋼板の被覆される前の熱処理用鋼板が0.15-0.25重量%の炭素,0.8-1.5重量%のマンガン,0.1-0.35重量%のケイ素,0.01-0.2重量%のクロム,0.1重量%以下のチタン,0.1重量%以下のアルミニウム,0.05重量%以下のリン,0.03重量%以下のイオウ及び0.0005-0.01重量%のホウ素を含み,残部が鉄と不可避不純物であることを特徴とする熱処理用鋼板。」


第3 無効理由,無効理由に対する答弁及び証拠方法

1.請求人主張の無効理由
請求人は,審判請求書において,本件特許の特許発明1及び3ないし8についての特許を無効とする,との審決を求め,以下の無効理由1及び2を主張している。

(1)無効理由1(サポート要件)
特許発明1及び3ないし8に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

(2)無効理由2(実施可能要件)
特許発明1及び3ないし8に係る特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

2.無効理由に対する被請求人の答弁
被請求人は,答弁書において,本件無効審判の請求は成り立たない,との審決を求めている。


3.証拠方法
(1)請求人
請求人は,証拠方法として,審判請求書において以下の甲第1号証ないし甲第3号証(以下,各甲号証を指摘する場合は,「甲1」などという。)を提出し,請求人要領書において以下の甲4及び甲5を提出した。なお,以下の甲号証は,いずれも写しであるので,「写し」との表記を省略し,フランス語のアクセント記号は「’」で代替表記する。

甲1:Ge'rard BE'RANGERほか1名,「THE BOOK OF STEEL」,
Intercept Limited,1996年,
第1005ないし1008ページ
甲2:原富啓ほか2名,「亜鉛系合金の電気めっき技術と皮膜の
耐食性」,日本金属学会会報第27巻第4号,1988年,
第258ないし265ページ
甲3:金丸辰也ほか1名,「めっき熱処理による拡散合金化」,
熱処理第36巻第6号,平成8年12月,
第369ないし373ページ
甲4:Josef Faderlほか5名,「phs-ultraform-Continuous
galvanizing meets press-hardening」,2nd International
Conference HOT SHEET METAL FORMING OF
HIGH-PERFOMANCE STEEL CHS^(2),2009年6月15日,
第283ないし292ページ
甲5:大串徹太郎,「SUS304鋼におけるCr欠乏層による
耐食性の劣化」,防食技術第34巻第9号,1985年,
第487ないし491ページ

(2)被請求人
被請求人は,証拠方法として,答弁書において以下の乙第1号証ないし乙第3号証(以下,各乙号証を指摘する場合は,「乙1」などという。)を提出し,被請求人上申書において以下の乙4を提出し,被請求人要領書において以下の乙5ないし乙10を提出し,被請求人上申書(2)において以下の乙11を提出した。なお,以下の乙号証は,乙11を除き,いずれも写しであるので,「写し」との表記を省略し,ドイツ語のoウムラウトは「oe」と代替表記する。

乙1:Thaddeus B.Massalskiほか10名,
「Binary Alloy Phase Diagrams Volume 2」,AMERICAN
SOCIETY FOR METALS,1986年,第1128ページ
乙2:A.R.P.GHUMANほか1名,「Reaction Mechanisms for the
Coatings Formed During the Hot dipping of Iron in
0to10 pct Al-Zn Baths at 450°to 700℃」,
METALLURGICAL TRANSACTIONS VOLUME 2,
1971年10月,第2903ないし2914ページ
乙3:Maria Koeyerほか5名,「New Coating for hot press
forming」,SCT2011,2011年,
第451ないし458ページ
乙4:Steels in Cars and Trucs,「SCT2011」,
2011年6月,第1ないし27ページ
乙5:Josef Faderlほか5名,「phs-ultraform-Continuous
galvanizing meets press-hardening」,2nd International
Conference HOT SHEET METAL FORMING OF
HIGH-PERFOMANCE STEEL CHS^(2),2009年6月15日,
第283ないし292ページ
乙6:米国特許出願公開第2014/0020795号明細書
乙7:Mrs.Raisa Grigorieva,「Coating structure after heating
at 950℃-5 minutes」,2016年6月24日
乙8:Ge'rard BE'RANGERほか1名,「THE BOOK OF STEEL」,
Intercept Limited,1996年,
第1005ないし1008ページ
乙9:G.V.RAYNORほか1名,「A NOTE ON THE ZINC-RICH
ALLOYS OF THE SYSTEM ZINC-IRON-NICKEL」,
JOURNAL OF THE INSTITUTE OF METALS 第86巻,
国立国会図書館昭和33年4月19日受入,
第269ないし271ページ
乙10:P.Perrotほか1名,「Thermodynamic Description of Dross
Formation when Galvanizing Silicon Steels in
Zinc-Nickel Baths」,JOURNAL OF Phase Equilibria
第15巻第5号,1994年10月,
第479ないし482ページ
乙11:Mrs.Raisa Grigorieva,「DECLARATION」,
平成30年3月20日


第4 当事者の主張
1.無効理由1(サポート要件)について
[請求人]
(1)「亜鉛ベース合金」に金属間化合物が含まれることについて
ア.第2次無効審判では,「亜鉛ベース合金」なる用語の「合金」が固溶体のみを意味するのか,金属間化合物をも含むのかが争点の一つであったが,第2次審決は,本件明細書における「合金」には,一般の解釈とは異なり,「金属間化合物」が含まれない旨の判断をした。
これに対して,第2次審決取消訴訟判決(以下「先行判決」という。)は,第1に,一般的な用語の意味として,「合金」には,固溶体,金属間化合物,金属相の混合物が含まれること,第2に,特許請求の範囲に用いられた用語の意味は,特段の根拠がない限り,一般的な意味を有すること,第3に,本件特許の明細書において,通常の意味と異なる意味で「合金」という用語を用いたと解釈すべき根拠となる記載がないことから,「合金」の意味は,一般的な意味に従って,金属間化合物を含むものと解するのが相当である旨,判断した。
請求人は,「亜鉛ベース合金」について,金属間化合物を含むと解釈した場合には,明細書に特許請求の範囲の記載をサポートする記載がない旨を主張していたが,この点について,先行判決で,「本件審決が,合金には金属間化合物は含まれないという前提に立って審理判断をしたため,・・・この点は,改めて無効審判において審理判断されるべき事項というべきである。」とされた。
請求人は,「亜鉛ベース合金」から「金属間化合物」を除外しないと技術的範囲が広すぎる結果となると認識しており,サポート要件の問題としての判断を求めるものである。
(請求人上申書及び審判請求書第3ページ下から第7行ないし第7ページ第15行)
イ.被請求人がいう先行判決(下記[被請求人](1))は,特許請求の範囲の明確性要件の見地から,「合金」という用語を用いたことが明確性を損なうものではないという意味で,亜鉛-鉄金属間化合物に複数の相が存在することを指摘しているにすぎず,この解釈に基づくサポート要件,実施可能要件の審理は先行無効審判の審理事項に含まれていないことを明言している。(請求人要領書第8ページ第15ないし23行)

(2)特許明細書の実施例1について
ア.特許明細書の実施例1は,「亜鉛被膜」の熱処理によって「亜鉛-鉄ベース合金化合物」を生じさせるものであるから,そもそも「亜鉛ベース合金」で被覆された表面を有する熱処理用鋼板から成形された部品を製造する方法ではない。(請求人上申書及び審判請求書第9ページ第13ないし17行)
イ.被請求人は,熱処理前の被膜が亜鉛であってもZn-Fe系金属間化合物であっても,熱処理によって,まったく同じ合金化反応が生じる旨を主張をしている(下記[被請求人](2))が,このような技術常識は,本件特許の出願時において存在しない。亜鉛被膜とZn-Fe系金属間化合物の被膜とは,被膜中のFe濃度が大幅に異なる上に,加熱時の鉄の拡散速度も異なるから,熱処理前の被膜が亜鉛であるか,Zn-Fe系金属間化合物であるかによって,熱処理による相変化は異なると想定する方が技術常識に適っていた。(請求人要領書第6ページ第8ないし25行)
ウ.本件の亜鉛-鉄ベース合金化合物が「Γ相」であることは,特許明細書に記載されていないし,本件特許の<800℃?1200℃の高温を2?10分間作用させる>熱処理によって生じ得るのは,鉄に亜鉛が固溶した固溶体と液相の亜鉛のみであって,Γ相は生じ得ない。また,Γ相の融点の782℃以下でΓ相が再形成したとしても,液相の亜鉛の内部に島状に分布しているだけであり,Γ相が最表面を覆うわけではないから,実施例1によってサポート要件,実施可能要件を充足しているかのような被請求人の反論は到底成り立たない。(請求人要領書第8ページ第24行ないし第9ページ第16行)

(3)特許明細書の実施例2について
ア.特許明細書の実施例2は,「亜鉛アルミニウム被膜」の熱処理によって「亜鉛-アルミニウム-鉄被膜」を生じさせるものであるところ,まず,「亜鉛アルミニウム被膜」に関しては,亜鉛-アルミニウム合金の金属間化合物は存在しない。
また,熱処理で生じる「亜鉛-アルミニウム-鉄被膜」に関しては,亜鉛-鉄-アルミニウム合金について,800℃?1200℃の温度範囲での三元系平衡状態図は知られておらず,さらに,鉄-アルミニウム合金及び亜鉛-鉄合金にはそれぞれ,合金化合物が存在するものの,亜鉛-鉄合金は,800℃?1200℃の温度範囲では溶融して消滅するから,その温度範囲で固相として存在する亜鉛-鉄-アルミニウム合金は,若干の亜鉛を含有する鉄-アルミニウムの金属間化合物であると推測される。
このように,実施例2は,「亜鉛ベース合金」が金属間化合物である場合について,「亜鉛-鉄ベース化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物からなる群から選択される合金化合物を熱処理により鋼板ブランクの表面に生じさせる段階」が存在することを示すものではない。(請求人上申書並びに審判請求書第10ページ第3行ないし第11ページ第7行及び第11ページ第15ないし23行)
イ.実施例2の被膜は,アルミニウム-亜鉛の固溶体であるが,その融点は約500℃であるから,この被膜を900℃に加熱した場合には,固溶体の被膜は存在し得ない。
また,請求人の知る限り,900℃における,アルミニウム-亜鉛-鉄の三元系状態図は得られていない。
現時点における知見によっても,熱間型打ちの際に金属間化合物が被膜として存在し,成形用ツールとの間で潤滑機能を確保することは,本件特許の明細書に記載されているとはいえない。(請求人要領書第4ページ第1行ないし第5ページ第17行)
ウ.乙2は,Fe-Al-Zn3元系の反応経路が記載されているが,そこにはFeZn_(7)(δ相)が出現している。δ相は665℃を超えると消滅するから,乙2の反応経路は665℃以下の温度のものにすぎず,「800℃?1200℃」という高温の反応経路を推測することはできない。(請求人要領書第9ページ第18行ないし第10ページ第20行)

(4)技術常識に係るZn-Ni化合物について
ア.「亜鉛ベース合金」の電気めっきの金属間化合物として,Zn-Ni合金のγ相のNi_(5)Zn_(21)が知られている(甲2)ところ,特許明細書には,上記γ相によって被覆されている場合であっても,「亜鉛-鉄ベース化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物からなる群から選択される合金化合物を熱処理により鋼板ブランクの表面に生じさせる段階」が存在するとは記載されておらず,当業者の技術常識により,明細書の発明の詳細な説明からそのことが理解可能でもない。(請求人上申書及び審判請求書第11ページ第8ないし23行)
イ.被請求人が示す乙3は2011年に発行された刊行物であり,本件特許の出願時の技術常識を示すものではない。(請求人要領書第11ページ第2ないし最終行)

(5)技術常識に係る亜鉛-鉄化合物について
熱処理により素地の鉄を亜鉛めっき層に拡散させ,鉄と亜鉛の金属間化合物を生じさせる技術は周知(甲3)であるから,実施例1における亜鉛-鉄金属間化合物の生成に際し,理論的には,例えば,ζ相(FeZn_(13)),δ_(1)相(FeZn_(7)),Γ_(1)相(Fe_(5)Zn_(21)),Γ相(Fe_(3)Zn_(10))の順に,鉄含有量の少ないZn-Fe系金属間化合物が鉄含有量の多いZn-Fe系金属間化合物に変化することは有り得る。
しかし,第2次審決が「亜鉛ベース合金」には金属間化合物を含まないと判断したことにも現れているとおり,「亜鉛ベース合金」が金属間化合物であることを前提とした記載は本件明細書には全く存在せず,「亜鉛ベース合金」被膜が金属間化合物である場合についての発明は,発明の詳細な説明に記載されていない。(請求人上申書及び審判請求書第11ページ第25行ないし第12ページ第22行)

(6)いずれの金属間化合物も記載されていないことについて
上記(2)?(5)に示したとおりであるから,実施例2において生じていると考えられる「亜鉛を含有するアルミニウム-鉄金属間化合物」を「亜鉛-鉄-アルミニウム合金化合物」と呼び得る可能性がある限度でしか,発明の詳細な説明に記載された発明は存在しない。
よって,請求項1に係る発明は,熱処理前の被膜が「亜鉛」である場合や,「亜鉛-鉄金属間化合物」である場合でさえも,発明の詳細な説明に記載されているとは言い難い。(請求人上申書及び審判請求書第13ページ第21行ないし第14ページ第11行)

(7)むすび
以上のとおりであるから,請求項1の記載発明は,「亜鉛ベース合金」が金属間化合物を含む点において,サポート要件を充足せず,請求項3ないし8は,請求項1に従属するものであるから,これらの請求項についても同様である。(請求人上申書及び審判請求書第15ページ第23行ないし第16ページ第8行)

[被請求人]
(1)「亜鉛ベース合金」に金属間化合物が含まれることについて
先行判決では,「合金」には「固溶体」及び「金属間化合物」の双方が含まれると解釈した上で,「鋼板を被覆する熱処理前の皮膜については,『亜鉛ベース合金』といえる合金であれば,上記新たな知見のとおり,熱処理によって機械的強度をもつ合金層を形成し,本件発明に係る上記課題を解決し得るものであることを理解する」旨を認定しており,「亜鉛ベース合金」の皮膜であれば,熱処理によって皮膜が合金層を形成し,機械的強度をもつようになる点において,「固溶体」であろうと「金属間化合物」であろうと特段変わるところはない。(答弁書7.2.1.欄(特に第4ページ下から第8行ないし第6ページ最終行))

(2)特許明細書の実施例1について
先行判決の「熱処理用鋼板を被覆する熱処理前の「合金」の被膜が金属間化合物であるとしても,これを熱処理することにより鋼板中の鉄が被膜中に拡散し,鉄の濃度が変化することによって,熱処理前の金属間化合物とは異なる金属間化合物に変化し得ること(例えば,Zn-Fe系金属間化合物の場合,ζ相(FeZn_(13)),δ_(1)相(FeZn_(7)),Γ_(1)相(Fe_(5)Zn_(21)),Γ相(Fe_(3)Zn_(10))の順に変化すること)は,本件特許の優先日当時の技術常識である。」旨の認定,及び,「鋼板を被覆する熱処理前の被膜については,「亜鉛ベース合金」といえる合金であれば,新たな知見のとおり,熱処理によって機械的強度をもつ合金層を形成し,本願発明に係る課題を解決し得るものであることを理解する」旨の認定に鑑みれば,鋼板上に設けた被膜が,亜鉛であっても,Zn-Fe系金属間化合物であっても,熱処理によって,鋼板中の鉄が亜鉛被膜中に拡散し,ζ相→δ相→Γ相の順に各種の金属間化合物を形成し,最終的に本件発明の効果を奏する特定の亜鉛-鉄ベース合金加工物(Γ相)となり得る点においては特段変わるところがないことは当業者には明らかである。(答弁書7.2.1.欄(特に第7ページ第1ないし最終行)及び7.2.2.2.欄)

(3)特許明細書の実施例2について
乙2には,Al含有亜鉛浴を用いて,高温下で各種Fe-Al-Zn3元系化合物が得られることが記載され,さらに,乙2の図11には,Fe-Al-Zn3元系の反応経路が記載されており,Fe-Al-Zn3元系がさらに,Fe_(2)(AlZn)_(5)(金属間化合物)へと変化することも記載されている。
そうすると,上記した先行判決の各認定も鑑みれば,乙2に記載されているようなFe-Al-Zn金属間化合物被膜であったとしても,最終的に本件発明の効果を奏する特定の亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金加工物(金属間化合物)を形成し得ることは当業者に容易に理解できる。(答弁書7.2.1.欄(特に第8ページ第1ないし最終行)及び7.2.2.2.欄)

(4)Zn-Ni化合物について
乙3には,γ金属間化合物(Ni_(5)Zn_(21))を880℃で5分間の熱処理を行うと,鉄が被膜中で拡散することにより,亜鉛リッチな組成を有する金属間化合物Zn_(x)Ni_(y)Fe_(z)が被膜の表層に形成されることが記載されている。(答弁書7.2.2.6.欄)

(5)亜鉛-鉄化合物について
第2次審決における認定は,先行判決において明確に否定されているから,係る第2次審決における認定に依拠せんとする請求人の主張(上記[請求人](5))は失当である。(答弁書7.2.2.8.欄)

(6)上記[請求人](6)について
熱処理前の被膜が「亜鉛」である場合については,既に先行判決において,サポート要件を充足していると認定されている。
熱処理前の被膜が「亜鉛-鉄金属間化合物」である場合については,上記(2)で詳述した通りである。(答弁書7.2.2.12.欄)

2.無効理由2(実施可能要件)について
[請求人]
(1)「亜鉛ベース合金」に金属間化合物が含まれることについて
上記1.[請求人](1)と同趣旨。

(2)特許明細書の実施例1について
上記1.[請求人](2)と同趣旨。

(3)特許明細書の実施例2について
上記1.[請求人](3)と同趣旨。

(4)技術常識に係るZn-Ni化合物について(その1)
上記1.[請求人](4)と同趣旨。

(5)技術常識に係る亜鉛-鉄化合物と特許発明の作用について
ア.熱処理により素地の鉄を亜鉛めっき層に拡散させ,鉄と亜鉛の金属間化合物を生じさせる技術は周知(甲3)であるから,実施例1における亜鉛-鉄金属間化合物の生成に際し,理論的には,例えば,ζ相(FeZn_(13)),δ_(1)相(FeZn_(7)),Γ_(1)相(Fe_(5)Zn_(21)),Γ相(Fe_(3)Zn_(10))の順に,鉄含有量の少ないZn-Fe系金属間化合物が鉄含有量の多いZn-Fe系金属間化合物に変化することは有り得る。
しかし,ζ相,δ_(1)相,Γ_(1)相,Γ相の順に,「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」作用が強化されるという技術常識は存在しなかった。(請求人上申書並びに審判請求書第11ページ第25行ないし第12ページ第10行及び第12ページ第22ないし27行)
イ.鉄-亜鉛二元系状態図(乙1)は公知であり,拡散処理により,めっき層に濃度勾配が存在し,素地鋼に隣接してFe濃度の高いΓ相(Fe_(3)Zn_(10)),Γ_(1)相(Fe_(5)Zn_(21)),めっき表面にFe濃度の低いζ相(FeZn_(13))の生成を伴う(甲3)という知見が存在したことは事実であるが,硬くて脆いΓ相,Γ_(1)相にクラックが生じ,めっき剥離を引き起こすという知見(甲3)も存在したのであって,Γ相が本件発明の効果を奏するという当業者の認識は存在しなかったし,被膜全体が表面までΓ相になるという知見も存在しなかった。(請求人要領書第5ページ第23行ないし第6ページ第7行)

(6)亜鉛-鉄金属間化合物が溶融することについて
ア.亜鉛-鉄二元系平衡状態図によると,亜鉛-鉄金属間化合物に,800℃?1200℃の高温を作用させると全て溶融して消滅するから,熱処理前の被膜が「亜鉛」であっても,「亜鉛-鉄金属間化合物」であっても,熱処理により,「亜鉛-鉄ベース合金間化合物」を生じさせることは技術常識の範囲外である。(請求人上申書及び審判請求書第12ページ第28行ないし第13ページ第7行)
イ.甲4は,本件特許の出願後の2009年に発行された刊行物であるが,甲4によれば,亜鉛皮膜が形成された鋼板を900℃に加熱すると,Γ相の融点である782℃を超え,昇温過程で合金化した被膜は溶融し,鉄に亜鉛が固溶した固相と,亜鉛に鉄が溶解した液相が共存する。加熱炉からプレス機まで搬送される際に,鋼板は大気によって冷却され,782℃よりも低い温度,たとえば750℃程度になり,Γ相の融点を下回るため,液相の一部においてΓ相が再形成するが,被膜が完全に凝固しているわけではないので,溶融していることになる。
Γ相が再形成するのは,融点の782℃を下回ってからであるから,「合金化合物を<800℃?1200℃の高温を2?10分間作用させる>熱処理により鋼板ブランクの表面に生じさせる」ことにはならないし,再形成したΓ相が存在する位置は被膜の最表面ではなく,液相の内部に島状に分布しているだけであるから,熱処理後の被膜に仮に潤滑機能があったとしても,その機能はこの再形成した金属間化合物によってもたらされたものではない。(請求人要領書第2ページ第17行ないし第3ページ最終行)
ウ.被請求人は,「800℃?1200℃」は炉の温度であり,被膜の温度範囲と一致するわけではない旨を主張(下記[被請求人](6))しているが,2分?10分という時間は,鋼板の温度が炉の温度に達するのに十分な時間である。(請求人要領書第10ページ第22ないし最終行)

(7)技術常識に係るZn-Ni化合物について(その2)
「亜鉛ベース合金」の電気めっきの金属間化合物として,Zn-Ni合金のγ相のNi_(5)Zn_(21)が知られている(甲2)。
しかし,二種類の金属の電気めっきによる金属間化合物の被膜においては,一般に,熱処理によって素地の鉄を拡散させても新たな金属間化合物を生ずるとは考えられておらず,さらに,Zn-Fe-Ni合金化合物が800℃?1200℃で存在するか否かも不明であるから,Ni_(5)Zn_(21)の被膜を熱処理して,Zn-Fe-Ni合金化合物という別の金属間化合物を生じさせることは,本件明細書の発明の詳細な説明からは理解できない。(請求人上申書並びに審判請求書第13ページ第8行ないし第20行及び第14ページ第12行ないし第15ページ第1行)

(8)特許発明の作用について
「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」という作用は,被請求人が早期審査に関する事情説明書で述べるとおり,金属間化合物の生成が最表面に至っていることによってもたらされる。
したがって,熱処理前の被膜が「亜鉛ベース合金」である金属間化合物を含むのであれば,どのような金属間化合物を熱処理した場合に,鉄分の拡散によってどのような金属間化合物が表面に至るまで生成するのかについて,技術常識をもとにして理解できる程度の記載が必要であるが,されていない。(請求人上申書及び審判請求書第15ページ第2ないし22行)

(9)むすび
上記(2)?(8)に示した理由により,本願明細書は,「亜鉛ベース合金」が金属間化合物である場合について,当業者が発明の実施をすることができる程度の説明を欠いているから,実施可能要件を充足しない。(請求人上申書及び審判請求書第15ページ第23ないし26行)

[被請求人]
(1)「亜鉛ベース合金」に金属間化合物が含まれることについて
上記1.[被請求人](1)と同趣旨。

(2)特許明細書の実施例1について
上記1.[被請求人](2)と同趣旨。

(3)特許明細書の実施例2について
上記1.[被被請求人](3)と同趣旨。

(4)Zn-Ni化合物について
上記1.[被被請求人](4)と同趣旨。

(5)亜鉛-鉄化合物と特許発明の作用について
本件発明の実施可能要件を充足するために,ζ相,δ相,Γ1相,Γ相の順番に「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」作用が強化される」といった具体的な経過についてまで技術常識である必要はない。本件発明の実施可能要件を充足するためには,「熱処理前の被覆が金属間化合物であった場合」であっても,当業者が,熱処理により,結果的に3つの特性,すなわち腐食に対する保護,鋼の脱炭に対する保護,及び潤滑機能を確保する金属間化合物を形成することを実施できれば足り,その過程において,金属間化合物の変化に応じて,順次,各種の作用が強化されることを示すことまでが求められるものではない。(被請求人要領書第6ページ第15ないし26行)

(6)亜鉛-鉄化合物が溶融することについて
ア.「800℃?1200℃」が具体的に意味する温度は,被覆鋼板自体の温度ではなく,炉の温度であるので,炉の温度である上記温度範囲は直ちに被覆鋼板の被膜の温度範囲と一致するわけではない。
さらに,被覆鋼板が炉内に滞在するのはせいぜい数分であり,仮に被膜自体の温度がΓ相(Fe_(3)Zn_(10))の融点を超えたとしても,その時間は短時間に留まるため,被膜が即座に完全に融解するわけではない。
加えて,仮に被膜中の金属間化合物の一部が融解し得たとしても,その後の,炉からプレス機への取り出し・移動の間に空冷され,被膜の温度は,金属間化合物の融点よりも低くなり,金属間化合物が再形成される。(答弁書7.2.2.4.欄)
イ.鋼板は炉中で加熱された後,プレス機へ移動されるが,この移動の間に,空冷により温度が低下する(乙6)ため,通常は,熱間型打ちの際の鋼板の温度は約750℃?約780℃程度であろうと考えられる。
Γ相の融点は782℃であるので,炉中の被覆鋼板が782℃を超える場合には,一部融解することはあり得るかもしれないが,被覆鋼板が炉内に滞在するのはせいぜい数分であり,必ずしも被膜が即座に完全に融解するわけではない。
また,金属間化合物の一部が融解しても,プレス機への移動の間に空冷されるので,金属間化合物(例えばΓ相)が再形成されると考えられる。よって,熱間型打ちの際には,被覆鋼板は問題なく潤滑機能を有することが容易に理解できる。(被請求人要領書第2ページ第9行ないし第5ページ第2行)

(7)特許発明の作用について
上記1.[被請求人](2)に示したとおり,熱処理前の被膜が「金属間化合物」であっても,固溶体等と同様,熱処理により,別の金属間化合物が形成され得ることは,容易に理解できる。
そして,本件発明の「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」という作用効果からして,熱処理後の金属間化合物が被膜最表面に形成されていることは自明である。(答弁書7.2.2.14.欄)


第5 当審の判断
1.特許明細書及び図面の記載
本件の特許明細書及び図面には,以下の記載がある。
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する金属または金属合金で被覆された圧延鋼板,特に熱間圧延鋼板の帯材を型打ちすることによって極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
高温下の成形または熱処理を要する鋼板に対しては,熱処理に対する被膜の耐性を考慮して被覆処理が行われていない。鋼の熱処理は一般に700℃を十分に上回る比較的高い温度で行われる。実際これまでは,金属表面に付着させた亜鉛被膜は,亜鉛の融点を上回る温度に加熱されると,溶融し流動して熱間成形用ツールの働きを妨害し,更に,急冷中に被膜が劣化すると考えられてきた。
【0003】
従って,被膜形成の処理は完成部品に対して行われており,このためには,該部品の表面及び中空部分の十分な清浄化が不可欠であった。このような清浄化には酸または塩基を使用する必要がある。このような酸または塩基は再利用及び保管に関する経済的な負担が大きく,また,作業員及び環境に対して危険である。更に,鋼の脱炭及び酸化を完全に防止するために,熱処理を管理雰囲気下で行う必要がある。加えて,熱間成形の場合に生じるカーボンデポジット(煤,calamine)がその研磨能力によって成形用ツールを損傷するので,得られる部品の品質,即ち寸法及び審美性の面で部品の品質を低下させたり,あるいは,ツールの頻繁な修理が必要になるのでコストが上がったりする。最後に,得られた部品の耐食性を強化するために,該部品の後処理が必要であるが,このような後処理は経費も高く作業も難しい。特に中空部分のある部品ではこのような後処理は不可能である。極めて高い機械的特性値をもつ鋼の後被覆はまた,電気亜鉛メッキ法では水素による脆化の危険,予め成形された部品の浸漬亜鉛メッキ法では鋼の機械的特性の変化,などの欠点がある。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は,特に熱間圧延後に被覆され,熱間成形または冷間成形及び熱処理による順次処理が必要な0.2mm-約4mmの厚みをもつ圧延鋼板と,これらの被覆圧延鋼板から熱間成形部品を製造する方法をユーザーに提供することである。本発明方法では,熱間成形及び/または熱処理の前,処理中または処理後のいずれの時期でも鋼板を構成する
鋼の脱炭,鋼板の表面の酸化を全く生じることなく高温処理が可能である。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明の目的は,鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する金属または金属合金で被覆した圧延鋼板,特に熱間圧延鋼板の帯材を型打ちすることによって極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を製造する方法であって,
-鋼板を裁断して鋼板ブランク(生地板)を得る段階と,
-鋼板ブランクの型打ちによって部品を成形する段階と,
-型打ち前または型打ち後に,腐食に対する保護,鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保し得る金属間合金化合物で表面を被覆する段階と,
-型打ち処理に必要であった鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と,
から成る方法を提供することである。
【0006】
【発明の実施の形態】
本発明の好ましい実施態様においては,方法が,
-鋼板を裁断して鋼板ブランクを得る段階と,
-部品を熱間成形するために被覆鋼板ブランクに高温を作用させる段階と,
-腐食に対する保護,鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保し得る金属間合金化合物で表面を被覆する段階と,
-鋼板ブランクを型打ちによって成形する段階と,
-鋼の硬度及び被膜の表面硬度などの機械的特性を強化するために形成部品を冷却する段階と,
-型打ち処理に必要であった鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と,
から成る。
【0007】
本発明の別の特徴は:
-被膜を形成する金属または金属合金が5μm-30μmの範囲の厚みの亜鉛または亜鉛ベース合金から成る;
-金属間合金が亜鉛-鉄ベース化合物または亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物である;
-成形前及び/または熱処理前の被覆鋼板に700℃を上回る高温を作用させる;
-主として型打ちによって得られた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度で冷却することによって焼入れする;
などである。
【0008】
本発明はまた,型打ち,特に熱間型打ちによる部品の成形によって高い機械的硬度,高い表面硬度などの特性及び極めて優れた耐摩耗性をもつ部品を得るための,鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する金属または金属合金で被覆された圧延鋼板,特に熱間圧延鋼板の帯材の使用に関する。
【0009】
以下の記載及び添付の図面から本発明がより十分に理解されよう。
【0010】
図1は,本発明方法の1つの実施態様を示す概略工程図である。
・・・(中略)・・・
【0014】
図1の概略図に示す本発明の方法では,特に熱間圧延し亜鉛または亜鉛ベースの合金で被覆した熱処理用または熱成形用の鋼板から,型打ちプレスのようなツールによって熱成形部品を製造する。
【0015】
亜鉛または亜鉛合金の被膜は,ロール化された基本の鋼板を腐食から保護するように選択されている。
【0016】
従来の定説と違って,熱処理のときまたは熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜は帯材の鋼と合金化した層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度をもつようになる。形成された化合物は,腐食,摩滅,損耗及び疲労に対して高い耐性を有している。被膜は鋼の成形加工性を変化させないので,得られた鋼に対して極めて多様な冷間成形及び熱間成形を行うことが可能である。
【0017】
更に,亜鉛または亜鉛合金を使用するので,鋼ブランクまたは鋼部品に打抜き部分があるときの切断面が亜鉛メッキによって保護される。
・・・(中略)・・・
【0019】
圧延鋼板を例えば亜鉛または亜鉛-アルミニウム合金によって被覆し得る。
・・・(中略)・・・
【0021】
部品を成形するためまたは熱処理するために,炉で鋼板に好ましくは700℃-1200℃の範囲の高温を作用させる。被膜によって酸化に対する障壁が形成されるので炉の雰囲気は管理不要である。亜鉛ベースの被膜は温度上昇に伴って処理温度に依存する種々の相を含む表面合金層に変態し,600HV/100gを上回る高い硬度をもつようになる。
【0022】
優れた成形性及び優れた耐食性を有する厚み0.2mm-4mmの鋼板を本発明方法に使用し得る。
【0023】
被覆処理される鋼板は,高温処理中,成形中,熱処理中及び最終成形部品の使用中に優れた耐食性を維持している。
【0024】
被膜の存在は,熱処理中または熱間成形中の基本の鋼の腐食防止に加えて,鋼の脱炭防止の効果がある。これは,例えば型打ちプレス内で熱間成形するときに明らかな利点を与える。即ち,形成された金属間合金はカーボンデポジットの形成を阻止し,カーボンデポジットによるツールの損耗を防止し,その結果として,ツールの平均使用寿命を延長させる。熱間形成された金属間合金が高温で潤滑機能を有することも知見された。更に,金属間合金が脱炭防止効果を有するので,管理されない雰囲気の炉で900℃を上回る高温を使用することが可能であり,このような高温加熱時間が数分間に及んでもよい。
【0025】
得られた部品を炉から取り出した後で酸洗いする必要がない。即ち,最終部品の酸洗い浴が不要なので経済的に有利である。
【0026】
被膜が高温処理によって得られた特性を有するので,成形部品の耐疲労性,耐損耗性,耐摩耗性及び耐食性が強化されている。亜鉛は鋼に対するメッキ作用を有するので,部品の切断面でも同様の特性強化が得られる。更に,被膜は高温処理の前後いずれの時期でも溶接可能である。
【0027】
鋼板を構成する鋼は焼入れ硬化されるので,成形後に得られる部品は高い機械的特性値を有し得る。また,被膜は高温で金属間合金に変態し潤滑性及び耐摩擦性を有するので,成形性,特に熱間型打ちの分野での成形性が改善される。
【0028】
【実施例】
実施例1:鋼に設けた亜鉛被膜
1つの実施態様では,以下の重量組成をもつ鋼から熱間圧延鋼板の帯材を製造する:
・・・(中略)・・・
【0029】
厚み1mmの冷間圧延鋼板から,厚み約10μmの亜鉛被膜が両面に連続的にメッキされた部品を製造する。成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し,ツール内で焼入れする。被膜は低温及び高温の腐食防止及び脱炭防止などの本来の機能に加えて,成形処理中に潤滑剤の機能を果たす。合金被膜は焼入れ処理中にツールからの排熱を妨害することがなく,この排熱をむしろ促進する。全処理工程にわたって部品が基本の被膜によって確実に保護されているので,成形及び焼入れの後,部品の酸洗いまたは保護はもはや不要である。
【0030】
成形後に,従って熱処理後に得られた部品は,無光沢な灰色の表面状態を有しており,流れ跡や気泡がなく,剥離や亀裂がなく,切断面にカーボンデポジットがない。走査型電子顕微鏡で観察すると,表面及び断面の被膜が均質な構造及び組織を維持しており,950℃で5分以内にFe-Zn合金が形成されていることが判明する。
【0031】
それぞれ熱処理の前及び後の厚み5-10μmの被膜の断面のZnの拡散界面を表す図3a及び3bの比較から明らかなように,被膜は亜鉛マトリックス中の球状化Zn-Fe合金によって形成された層であり,層は10-15μmの厚みを有している。
【0032】
DIN 50017規格に従う湿度及び温度で行った腐食試験では,本発明の被膜が30サイクル後に優れた腐食防止効果を示し,部品の表面がその無光沢状態を維持していることが示された。
【0033】
以下の表1は,被膜のない対照鋼板,亜鉛被膜をメッキしたが熱処理しない対照鋼板,本発明の2つの実施態様で得られた鋼板のそれぞれについて,500-1000時間の塩水噴霧による腐食試験後の減量を表す。
・・・(中略)・・・
【0035】
表から明らかなように,熱処理した被膜は塩水噴霧に対して十分に耐性である。更に,亜鉛と鉄とから成る被膜の表面は従来のトリカチオンリン酸化型の表面処理浴でリン酸化し得る。リン酸化及び電気塗装(peinture cataphorese)後に行った腐食試験は優れた結果を示す。亜鉛鉄合金層は更に,カソード保護型の亜鉛メッキによって切断面を保護する。
【0036】
実施例2:鋼に設けた亜鉛アルミニウム被膜
約1mmの鋼板に10μmの被膜を形成する。この被膜は50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り,任意に少量のケイ素を含有する。
・・・(中略)・・・
【0038】
熱間成形中に,亜鉛とアルミニウムと鉄とが合金化して密着性の均質な亜鉛-アルミニウム-鉄被膜が形成される。腐食試験では,この合金層が極めて優れた腐食防止効果を有していることが示される。
・・・(後略)」

2.特許明細書における従来技術,本件特許発明の課題及び技術的意義
(1)特許明細書における従来技術
特許明細書の特に段落【0002】及び【0003】を参照すると,従来,高温下の成形または熱処理を要する鋼板においては,一般に亜鉛の融点を上回る高い温度で熱処理が行われるため,鋼板に亜鉛被膜があると,亜鉛が溶融,流動して熱間成形用ツールの働きを妨害し,更に,急冷中に被膜が劣化すると考えられてきた。そのため,鋼板の被覆処理は,熱処理の前には行われず,熱間成形や熱処理後の完成部品に対して行われていたが,そうすると,(a)部品の表面及び中空部分の十分な清浄化が不可欠であり,その清浄化には酸または塩基を使用する必要があるため,経済的な負担や作業員及び環境への危険があること,(b)鋼の脱炭及び酸化を完全に防止するために,熱処理を管理雰囲気下で行う必要があること,(c)熱間成形の場合に生じるカーボンデポジットが成形用ツールを損傷し,部品の品質を低下させたり,ツールの頻繁な修理のためにコストが上がること,(d)得られた部品の耐食性を強化するために,該部品の後処理が必要であるが,後処理は,経費も高く作業も難しい上に,中空部分のある部品では不可能であることなどの問題があったことを理解できる。

(2)本件特許発明の課題
特許明細書の特に段落【0004】の記載からみて,本件特許発明の課題は,熱間成形や熱処理の前に鋼板に被覆(被膜)を形成することで,熱処理における鋼板の脱炭や酸化を防止するなど,上記(a)ないし(d)の従来技術の問題点を解決し得る,極めて高い機械的特性値をもつ鋼板を製造する方法を提供することであるといえる。

(3)本件特許発明の技術的意義
特許明細書の特に段落【0005】ないし【0008】,【0014】ないし【0016】及び【0021】を参照すると,上記課題の解決に当たり,亜鉛又は亜鉛合金で被覆した鋼板を熱処理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜が鋼板の鋼と合金化した層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度をもつようになるという,従来の定説とは異なる新たな知見が得られたことに基づき,課題解決の手段として,亜鉛又は亜鉛ベース合金で被覆された熱処理用鋼板ブランクに対し,部品を得るための熱間型打ち前に,800℃?1200℃の高温を2?10分間作用させる熱処理を行うことにより,腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する,亜鉛-鉄ベース合金化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物からなる群から選択される合金化合物を熱処理用鋼板ブランクの表面に生じさせる工程を実施することを理解できる。
そして,本件特許発明の技術的意義は,熱処理中または熱間成形中にも被膜が溶融せずに存在するように,熱処理用鋼板に上記合金化合物の被膜を形成することで,鋼の腐食防止及び脱炭防止,カーボンデポジットの形成を阻止することによるツールの損耗防止,高温での潤滑機能の確保,得られた部品の酸洗い浴が不要となることによる経済的利点,成形部品の耐疲労性,耐損耗性,耐摩耗性及び耐食性の強化などの効果を奏することにあるといえる。

3.無効理由1(サポート要件)について
(1)特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)特許発明1は,上記第2に示すとおりであり,亜鉛ベース合金で被覆された圧延熱処理用鋼板に,800℃?1200℃の高温を2?10分間作用させる熱処理を行い,亜鉛-鉄ベース合金化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物からなる群から選択される合金化合物を,熱処理用鋼板の表面に生じさせる旨が記載されている。
そして,一般に,「合金」には,金属間化合物が含まれることは技術常識であるから,特許発明1は,熱処理前の被膜として,亜鉛ベース金属間化合物(以下,金属間化合物を単に「化合物」ということがある。)の被膜を含むものであることは明らかである。

(3)特許明細書の発明の詳細な説明に,熱処理前の被膜の合金として,亜鉛ベース金属間化合物が記載されているかを検討すると,「亜鉛ベース合金」(段落【0007】),「亜鉛ベースの合金」(段落【0014】)等の記載があり,これらの記載の「合金」も,一般的には金属間化合物を含むことは,先行判決でも判示されている(先行判決の第36ページの第4の2(2)ウ)。
そうすると,本件特許発明がサポート要件を満たさない事情があるか否かについては,熱処理前の合金被膜が,亜鉛ではなく亜鉛ベース合金である場合に,その合金では期待できる作用効果を奏さないとする立証がなされて,かつ,作用効果を奏さない要因が,金属間化合物の形態を有した際に限られるとの合理的立証が果たせた際には,上記第4の1.(1)ア.で請求人が認識する課題を解決できない範囲まで,特許請求の範囲に記載している不備があるということになる。

(4)そこで,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に照らし,亜鉛ベース合金の被膜が金属間化合物であった場合,本件特許発明の課題(上記2.(2))を解決できないと認識できるかを検討する。

(5)まずは,熱処理前の亜鉛合金被膜について,具体的に示した記載は,実施例2(段落【0036】ないし【0038】)のみにとどまる。
先行判決では,「本件明細書の発明の詳細な説明に,熱処理前の「亜鉛ベース合金」の具体例として亜鉛50%,アルミニウム50%の亜鉛アルミニウム合金被膜しか記載されていないとしても,当業者であれば,本件特許の優先日当時の技術常識と本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,上記以外の「亜鉛ベース合金」の被膜をも想起し,これらの被膜を熱処理することによって本件発明に係る課題を解決できることを理解し得るものといえる」(先行判決の第42ページの第4の3(1)イ)とされているため,実際に当業者が理解し得る合金例のいずれかが,本件特許発明の課題を解決できないとする立証が果たされているか否かを見てみる。

(6)本件特許の優先日当時の技術常識に照らせば,当業者は,金属間化合物の合金として,Fe-Zn化合物(乙1,甲3),Fe-Al-Zn化合物(乙2),Fe-Ni-Zn化合物(乙9,乙10)が存在することを理解できるところ,請求人は,Fe-Zn化合物については,熱処理による相変化が異なること(上記第4の1.[請求人](2)イ.),Fe-Al-Zn化合物については,900℃における三元系状態図が知られていないこと(上記第4の1.[請求人](3)イ.),Fe-Ni-Zn化合物については,Fe-Ni-Zn化合物が800℃ないし1200℃で存在するか不明であること(上記第4の2.[請求人](7))などを主張しているので各々検討する。

(7)まず,Fe-Zn化合物について検討する。
ア.発明の詳細な説明には,実施例1として,鋼板の両面に亜鉛被膜をメッキし,950℃で加熱すると,5分以内にFe-Zn合金が形成されること,被膜は,高温の腐食防止,脱炭防止,成形処理中の潤滑機能があること,成形後に部品の酸洗いが不要であることが記載されている(段落【0028】ないし【0030】)から,当業者は,亜鉛被膜について,本件特許発明の課題を解決できると認識する。
イ.鉄-亜鉛2元系状態図(乙1,甲3)等の本件特許の優先日当時の技術常識に照らせば,上記の実施例1は,亜鉛100%(融点が約420℃)の被膜に,鉄が拡散することでFe-Zn金属間化合物が生じ,鉄の拡散が進んで,鉄の濃度が高くなることに応じて,ζ相,δ相,Γ1相,Γ相が形成され,亜鉛の融点を超える950℃においても被膜が存在することを理解できる。
また,Γ相は,782℃を超えるとFe-Znの固溶体となるが,実施例1は,成形処理中の潤滑機能があること,すなわち金属間化合物が生じていることが記載されているから,成形処理中には,Γ相等のFe-Zn金属間化合物が生じていると理解するほかない。
ウ.上記のとおり,実施例1は,亜鉛100%の被膜に,熱処理により鉄が拡散することでFe-Zn金属間化合物が生じ,本件特許発明の課題を解決できることが記載されているのであるから,本件特許の優先日当時の技術常識を有する当業者であれば,熱処理前に鉄を含んだ亜鉛の被膜,すなわちζ相やδ相等の鉄の濃度の低いFe-Zn金属間化合物の被膜についても,その後の熱処理により,さらに鉄が被膜に拡散して,より鉄の濃度が高いΓ相等のFe-Zn金属間化合物の被膜を生じさせることができ,実施例1と同様に,本件特許発明の課題を解決できると認識するといえる。

(8)次に,Fe-Al-Zn化合物及びFe-Ni-Zn化合物について検討すると,一般に,金属間化合物は,組成の濃度に応じて複数の相が存在することも本件特許の優先日当時の技術常識であるから,当業者であれば,上記(7)で説示するFe-Zn金属間化合物の被膜と同様に,鉄の濃度の低い相の金属間化合物の被膜が,その後の熱処理により,さらに鉄が被膜に拡散して,より鉄の濃度が高い別の相の金属間化合物の被膜を生じさせ,本件特許発明の課題を解決できると認識するといえる。

(9)したがって,本件特許の発明の詳細な説明には,熱処理前の被膜として亜鉛ベース合金と記載され,一般的に合金に金属間化合物が含まれることを前提とした場合に,亜鉛ベースの金属間化合物として,当業者が理解し得るFe-Zn化合物,Fe-Al-Zn化合物及びFe-Ni-Zn化合物のいずれについても,本件特許発明の課題を解決できないとする立証が果たされているとはいえないから,特許発明1は,発明の詳細な説明に記載したものでないということはできない。

(10)請求人の主張について
ア.請求人は,亜鉛被膜とZn-Fe化合物の被膜とは,被膜中のFe濃度や,鉄の拡散速度が異なるから,熱処理による相変化は異なる旨を主張している(上記第4の1.[請求人](2)イ.)が,鉄の濃度に応じてζ相,δ相,Γ1相,Γ相が形成されることは技術常識といえるから,上記(7)に示す当審の判断を覆すものではなく,当該主張は採用できない。
イ.請求人は,本件の亜鉛-鉄ベース合金化合物が「Γ相」であることは,特許明細書に記載されていないことなどを主張している(上記第4の1.[請求人](2)ウ.)が,上記(7)イ.に示すとおり,実施例1では,成形処理中に金属間化合物が生じると,結果として,Γ相等の化合物が生じていると解するほかはなく,請求人の主張は採用できない。
ウ.請求人は,亜鉛-鉄-アルミニウム化合物の800℃?1200℃での三元系平衡状態図が知られていないことや,乙2のFe-Al-Zn化合物の反応経路は665℃以下の温度のものにすぎないこと等を主張している(上記第4の1.[請求人](3)ア.ないしウ.)が,一般に,金属間化合物は,組成の濃度に応じて複数の相が存在することは本件特許の優先日当時の技術常識であり,当業者であれば,鉄の濃度の低い金属間化合物が,その後の熱処理により,さらに鉄が被膜に拡散して,より鉄の濃度が高い別の相の金属間化合物を生じさせる結果,本件特許発明の課題を解決できると認識するといえるから,特許発明1の亜鉛ベース合金がたとえ金属間化合物であったとしても,課題を解決できるのであれば,反応経路の明記は必ずしも必要とされない。
よって,800℃?1200℃でのFe-Al-Zn化合物の具体的な反応経路が知られていないとしても,特許発明1が発明の詳細な説明に記載されていないとまではいえない。
したがって,請求人の主張は採用できない。
エ.請求人は,Zn-Ni化合物のγ相が,熱処理により他の相の化合物を生じさせることが記載されていない旨を主張している(上記第4の1.[請求人](4)ア.)が,一般に,金属間化合物は,組成の濃度に応じて複数の相が存在することは本件特許の優先日当時の技術常識であり,当業者であれば,鉄の濃度の低い金属間化合物が,その後の熱処理により,さらに鉄が被膜に拡散して,より鉄の濃度が高い別の相の金属間化合物を生じさせる結果,本件特許発明の課題を解決できると認識するといえるから,特許明細書にZn-Ni化合物のγ相が具体的に記載されていないという理由だけでは,特許発明1の亜鉛ベース合金として,金属間化合物を含む発明が,発明の詳細な説明に記載されていないとまではいえない。
したがって,請求人の主張は採用できない。
オ.請求人は,「亜鉛ベース合金」が金属間化合物であることを前提とした記載が特許明細書に全く存在しない旨を主張している(上記第4の1.[請求人](4)ア.)が,上記(7)及び(8)に説示するとおり,本件特許の優先日当時の技術常識を有する当業者であれば,特許発明1の亜鉛ベース合金として,金属間化合物を含む発明について,本件特許発明の課題を解決できると認識するといえるから,請求人の主張は採用できない。

(11)無効理由1の小括
したがって,特許発明1は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができ,特許発明1を引用する特許発明3ないし8についても同様に,発明の詳細な説明に記載したものであるということができる。


4.無効理由2(実施可能要件)について
(1)「特許・実用新案 審査基準」の第II部第1章第1節3.2.2には,請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反について,次の判断基準が示されている。
「(1)発明の詳細な説明に,請求項に記載された上位概念に含まれる一部の下位概念についての実施の形態のみが実施可能に記載されている場合
以下の(i)及び(ii)の両方に該当する場合は,発明の詳細な説
明の記載は実施可能要件を満たさない。
(i)請求項に上位概念の発明が記載されており,発明の詳細な説明に
その上位概念に含まれる「一部の下位概念」についての実施の形態
のみが実施可能に記載されている。
(ii)その上位概念に含まれる他の下位概念については,その「一部の
下位概念」についての実施の形態のみでは,当業者が出願時の技術
常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意。)を考慮しても実
施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的
理由がある。」

(2)上記3.(2)に説示するとおり,特許発明1は,熱処理前の被膜として,亜鉛ベース合金が記載され,当該合金には,固溶体,金属間化合物,あるいは金属相の混合物として2個以上の元素を含む金属生成物が含まれることは明らかである。
そして,特許明細書の発明の詳細な説明には,実施例1として,熱処理前の被膜が亜鉛被膜であるもの(段落【0028】),実施例2として,熱処理前の被膜が,50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り,任意に少量のケイ素を含有するもの(段落【0036】)が記載されているところ,亜鉛とアルミニウムでは金属間化合物が存在しないことは,本件特許の優先日当時の技術常識であるから,当該被膜は固溶体又は金属生成物と解するほかない。そうすると,発明の詳細な説明には,熱処理前の亜鉛ベース合金の被膜として,亜鉛50%,アルミニウム50%の亜鉛アルミニウムの固溶体又は金属生成物についてのみ,実施可能に記載されているということができ,それ以外の亜鉛ベース合金,例えば金属間化合物については記載されていない。

(3)上記のとおり,特許明細書の発明の詳細な説明には,特許発明1に記載された上位概念(亜鉛ベース合金)に含まれる一部の下位概念(亜鉛50%,アルミニウム50%の亜鉛アルミニウムの固溶体又は金属生成物)についての実施の形態のみが実施可能に記載されているから,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないか否かは,上記(1)に示す審査基準のとおり,発明の詳細な説明が,上記(i)及び上記(ii)の両方に該当するか否かで判断すべきところ,発明の詳細な説明が,上記(i)に該当することは明らかである。

(4)次に,上記(ii)について検討すると,上位概念(亜鉛ベース合金)に含まれる他の下位概念として,金属間化合物,具体的には,Fe-Zn化合物(乙1,甲3),Fe-Al-Zn化合物(乙2),Fe-Ni-Zn化合物(乙9,乙10)が存在することは,本件特許の優先日当時の技術常識であるから,これらの化合物について,当業者が本件特許の優先日当時の技術を考慮しても実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由があるかどうか,順次検討する。
ア.Fe-Zn化合物について
(ア)請求人は,亜鉛被膜とFe-Zn化合物の被膜とは,被膜中のFe濃度や,鉄の拡散速度が異なるから,熱処理による相変化は異なる旨,本件の亜鉛-鉄ベース合金化合物が「Γ相」であることは,特許明細書に記載されていないことなどを主張している(上記第4の2.[請求人](2))が,いずれも,Fe-Zn化合物により実施できるかどうか不明であることをいうにとどまり,Fe-Zn化合物では実施できないことまでを示しているわけではないから,Fe-Zn化合物が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由が示されているとはいえない。
(イ)むしろ,以下に示すとおり,Fe-Zn化合物は,本件特許の優先日当時の技術を考慮すれば,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているというべきである。
(ウ)すなわち,上記3.(7)ア.に説示するとおり,特許明細書の発明の詳細な説明には,実施例1として,鋼板の両面に亜鉛被膜をメッキし,950℃で加熱すると,5分以内にFe-Zn合金が形成され,被膜は,高温の腐食防止,脱炭防止,成形処理中の潤滑機能があり,成形後に部品の酸洗いが不要であることが記載されているから,発明の詳細な説明には,亜鉛100%の被膜について,当業者が過度の試行錯誤を要することなく実施することができる程度の記載があるといえる。
(エ)また,上記3.(7)イ.に説示するとおり,本件特許の優先日当時の技術常識を有する当業者であれば,実施例1におけるFe-Zn合金が,Γ相等のFe-Zn化合物であると認識できるし,上記3.(7)ウ.に説示するとおり,当業者であれば,熱処理前に鉄を含んだ亜鉛の被膜,すなわちζ相やδ相等の鉄の濃度の低いFe-Zn化合物の被膜についても,その後の熱処理により,さらに鉄が被膜に拡散して,より鉄の濃度が高いΓ相等のFe-Zn化合物の被膜を生じさせることを認識できる。
(オ)そして,ζ相やδ相等の被膜は,亜鉛100%の被膜に比べれば,より多くの鉄を含んでいるから,当業者は,熱処理による鉄の拡散が亜鉛100%の被膜の場合と同じ程度になるように,加熱温度や加熱時間を試行錯誤するといえるが,そのような試行錯誤が過度なものとはいえない。
(カ)したがって,熱処理前の被膜として,亜鉛ベース合金がFe-Zn化合物の形態の被膜であったとしても,当業者が,特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく実施できる程度の記載があるといえる。
イ.Fe-Al-Zn化合物について
請求人は,亜鉛-鉄-アルミニウム化合物の800℃?1200℃での三元系平衡状態図が知られていないことや,乙2のFe-Al-Zn化合物の反応経路は665℃以下の温度のものにすぎないこと等を主張している(上記第4の2.[請求人](3))が,いずれも,Fe-Al-Zn化合物により実施できるかどうか不明であることをいうにとどまり,Fe-Al-Zn化合物では実施できないことまでを示しているわけではないから,Fe-Al-Zn化合物が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由が示されているとはいえない。
ウ.Fe-Ni-Zn化合物について
請求人は,Zn-Ni化合物のγ相が,熱処理により他の相の化合物を生じさせることが記載されていない旨を主張している(上記第4の2.[請求人](4))が,Fe-Ni-Zn化合物により実施できるかどうか不明であることをいうにとどまり,Fe-Ni-Zn化合物では実施できないことまでを示しているわけではないから,Fe-Ni-Zn化合物が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由が示されているとはいえない。

(5)したがって,特許明細書の発明の詳細な説明の記載は,上記(i)に該当するものの,上記(ii)に該当しないから,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないとはいえない。

(6)その他の請求人の主張について
ア.請求人は,ζ相,δ_(1)相,Γ_(1)相,Γ相の順に,「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」作用が強化されるという技術常識は存在しなかった旨を主張している(上記第4の2.[請求人](5)ア.)が,特許発明1には,化合物の相変化の順に作用が強化されることが特定されているわけではないから,請求人の主張は失当である。
イ.請求人は,Γ相が本件発明の効果を奏するという当業者の認識は存在しなかった旨を主張している(上記第4の2.[請求人](5)イ.)が,上記(4)ア.(エ)に説示するとおり,本件特許の優先日当時の技術常識を有する当業者であれば,実施例1におけるFe-Zn合金が,Γ相等のFe-Zn金属間化合物であると認識できるから,請求人の主張は採用できない。
ウ.請求人は,Fe-Znの金属間化合物に,800℃?1200℃の高温を作用させると全て溶融して消滅することを前提とした主張をしている(上記第4の2.[請求人](6)ア.及びイ.)が,鉄-亜鉛2元系状態図(乙1,甲3)によれば,Γ相は,782℃を超えるとFe-Znの固溶体となるのであって,溶融するわけではないから,請求人の主張は前提を誤っており,採用できない。
エ.請求人は,Ni_(5)Zn_(21)の被膜を熱処理して,Zn-Fe-Ni合金化合物という別の金属間化合物を生じさせることは,本件明細書の発明の詳細な説明からは理解できない旨を主張している(上記第4の2.[請求人](7))が,実施できるかどうかは,当業者の理解を必ずしも要するものではなく,また,請求人の主張はFe-Ni-Zn化合物により実施できるかどうか不明であることをいうにとどまるから,上記(5)の判断を妨げるものではない。
オ.請求人は,熱処理前の被膜が「亜鉛ベース合金」である金属間化合物を含むのであれば,どのような金属間化合物が表面に至るまで生成するのかについて記載されていない旨を主張している(上記第4の2.[請求人](8))が,熱処理前の被膜が金属間化合物であれば実施をすることができないことまでを説明するものではないから,上記(5)の判断を妨げるものではない。

(7)無効理由2の小括
したがって,特許明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり,同様に,特許発明1を引用する特許発明3ないし8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。


第6 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-05-22 
結審通知日 2018-05-24 
審決日 2018-06-05 
出願番号 特願2001-109121(P2001-109121)
審決分類 P 1 113・ 536- Y (B21J)
P 1 113・ 537- Y (B21J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 金澤 俊郎  
特許庁審判長 西村 泰英
特許庁審判官 篠原 将之
刈間 宏信
登録日 2005-04-01 
登録番号 特許第3663145号(P3663145)
発明の名称 極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板、特に被覆熱間圧延鋼板の帯材から型打ちによって製造する方法  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  
代理人 近藤 惠嗣  

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