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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C04B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C04B
管理番号 1363158
異議申立番号 異議2019-700413  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-07-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-05-22 
確定日 2020-05-01 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6429125号発明「セメントクリンカ及びセメント組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6429125号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕、〔3、4〕について訂正することを認める。 特許第6429125号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6429125号の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成27年 3月31日に出願され、平成30年11月 9日にその特許権の設定登録がされ、平成30年11月28日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1?4に係る特許について、令和 1年 5月22日付けで特許異議申立人 林 愛子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和 1年 9月17日付けで取消理由を通知した。特許権者は、令和 1年11月15日付けで意見書の提出及び訂正の請求を行い、その訂正の請求に対して、申立人は、令和 1年12月16日付けで意見書を提出した。

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和 1年11月15日付けの訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は、本件特許の特許請求の範囲を、本件訂正請求に係る訂正請求書に添付の訂正特許請求の範囲のとおり訂正するもので、以下の訂正事項1、2からなるものである(下線部は、訂正箇所を示す)。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、0.79質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.05質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメントクリンカであって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメントクリンカ。」
と記載されているのを、
「5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、50質量%以上70質量%以下のC_(3)S、0.79質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.05質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメントクリンカであって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメントクリンカ。」
に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に、
「4.5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、0.71質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.045質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメント組成物であって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメント組成物。」
と記載されているのを、
「4.5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、45質量%以上70質量%以下のC_(3)S、0.71質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.045質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメント組成物であって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメント組成物。」
に訂正する。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び独立特許要件
(1)訂正事項1について
訂正前の請求項1に係る発明は、「セメントクリンカ」が、鉱物組成として「5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF」を含むことを特定していたところ、訂正事項1は、「セメントクリンカ」が、鉱物組成として「5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、50質量%以上70質量%以下のC_(3)S」を含むことを特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
「セメントクリンカ」が、「50質量%以上70質量%以下のC_(3)S」を含むことは、本件明細書の段落【0019】の「 好ましくは、本発明のセメントクリンカに含まれるC_(3)Sの量は、セメントクリンカ全体の質量に対して50質量%以上70質量%以下であってもよく」の記載に基づくものであるから、訂正事項1は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてされたものである。
また、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正前の請求項3に係る発明は、「セメント組成物」が、鉱物組成として「4.5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF」を含むことを特定していたところ、訂正事項2は、「セメント組成物」が、鉱物組成として「4.5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、45質量%以上70質量%以下のC_(3)S」を含むことを特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
「セメント組成物」が、「45質量%以上70質量%以下のC_(3)S」を含むことは、本件明細書の段落【0030】の「好ましくは、本発明のセメント組成物に含まれるC_(3)Sの量は、セメントクリンカ全体の質量に対して45質量%以上70質量%以下であってもよく」の記載に基づくものであるから、訂正事項2は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてされたものである。
また、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)一群の請求項について
訂正前の請求項1、2は、請求項2が訂正事項1に係る請求項1を引用する関係にあるから、一群の請求項であり、上記訂正事項1は、一群の請求項〔1、2〕について請求されたものである。
訂正前の請求項3、4は、請求項4が訂正事項2に係る請求項3を引用する関係にあるから、一群の請求項であり、上記訂正事項2は、一群の請求項〔3、4〕について請求されたものである。
よって、本件訂正請求は、一群の請求項〔1、2〕、〔3、4〕に対して請求されたものである。

(4)独立特許要件
全請求項に係る特許について特許異議の申立てがされたので、訂正後の請求項に係る発明について、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の独立特許要件についての規定は適用はされない。

3 まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1、2〕、〔3、4〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?4に係る発明(それぞれ「本件発明1」?「本件発明4」といい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された次の事項により特定されるとおりのものである(下線部は、訂正箇所)。

【請求項1】
5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、50質量%以上70質量%以下のC_(3)S、0.79質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.05質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメントクリンカであって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメントクリンカ。
【請求項2】
0.10質量%以上0.80質量%以下のZn成分、0.20質量%以上1.0質量%以下のSr成分または0.10質量%以上0.50質量%以下のBa成分のうち1つ以上をさらに含んでいる、請求項1に記載のセメントクリンカ。
【請求項3】
4.5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、45質量%以上70質量%以下のC_(3)S、0.71質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.045質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメント組成物であって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメント組成物。
【請求項4】
0.09質量%以上0.80質量%以下のZn成分、0.18質量%以上1.0質量%以下のSr成分または0.09質量%以上0.50質量%以下のBa成分のうち1つ以上をさらに含んでいる、請求項3に記載のセメント組成物。

第4 特許異議申立ての理由及び証拠方法について
1 申立の理由
申立人は、証拠方法として甲第1号証?甲第7号証(以下、「甲1」?「甲7」という。)を提出し、本件特許は、以下の申立理由1、2により取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(特許法第29条第2項)
ア 訂正前の請求項1-4に係る発明は、甲1発明、甲2記載事項及び甲3 記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
イ 訂正前の請求項3、4に係る発明は、甲4記載発明、甲5記載発明、甲
6記載事項及び甲7記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることが できたものである。
ウ 訂正前の請求項1-4に係る発明は、甲3記載発明及び甲2記載発明に 基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)申立理由2(特許法第36条第6項第1号)
訂正前の請求項1-4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。

2 証拠方法
申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲1:下坂建一 外1名、「セメントの諸物性に及ぼす酸化亜鉛の影響」、
宇部三菱セメント研究報告、平成17年1月4日、p.1?9、No
.6、2005
甲2:下坂建一、「クリンカーへの添加成分とセメントの諸物性に関する研
究」、埼玉大学大学院理工学研究科(博士後期課程)、p.101? 112、2005年9月
甲3:山本順一郎、「セメントの色におよぼす微量成分ならびに焼成ふん囲
気の影響」、セメント技術年報 XX、p.42?45、昭和42年
1月30日
甲4 「2000-OC セメント共同試験報告」、社団法人セメント協会 、p.4、5、10、2001年3月30日
甲5 「2002-OC セメント共同試験報告」、社団法人セメント協会 、p.4、10、2003年3月31日
甲6:「CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILIT
Y REPORT 2006 CSRレポート2006」、大平洋セメ
ント株式会社、2006年11月、p.42、43
甲7:荒野憲之、「セメントの性質 15 セメントの色」、C^(3)クリップ
ボード[セメント化学編]、p.33、34、2008年1月


第5 取消理由について
令和 1年 9月17日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
訂正前の請求項1?4に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲3に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。


第6 当審の判断
1 取消理由についての判断
(1)甲1及び甲3の記載事項並びに甲1に記載された発明
ア 甲1について
(ア)甲1の記載事項
甲1には、以下の事項が記載されている。
1a 「クリンカーおよびセメントの諸物性に及ぼす酸化亜鉛の影響を把握
することを目的に,工場原料および純薬を用いて酸化亜鉛を最大で2.2%
まで含有するクリンカーを電気炉で焼成し,ボールミルを用いてセメントを
作製した。 ・・・ セメントの明るさは酸化亜鉛量1.1%以下では実用
上変化せず,これを超えると明るくなった。」(1ページ概要 1?8行目
)

1b「2 実験
2.1 クリンカーの作製
クリンカーは、係数値が普通ポルトランドセメント相当 ・・・ となるよ
う作製した。
ベースの工場原料には,三菱マテリアル株式会社横瀬工場の原料ミル精粉
を使用した。クリンカーの係数値,ZnO量および三酸化硫黄(SO_(3))
量を調整するための原料には,市販の純薬(炭酸カルシウムCaCO_(3),
二酸化けい素SiO_(2),酸化アルミニウムAl_(2)O_(3),酸化第二鉄Fe_(2)
O_(3)および酸化亜鉛ZnOおよび硫酸H_(2)SO_(4))を使用した。純薬の使
用量はクリンカーおよびセメントの品質に影響を及ぼすため,クリンカーベ
ースで15%の一定とした。
十分に混合した原料調合物を成型・乾燥後,電気炉にて1000℃,90
minの条件で仮焼成し,さらに1450℃,90minの条件で本焼成し
た。焼成後のクリンカーは炉外にて空冷した。
・・・ 表1に作製したクリンカーの化学組成の一例(ZnO無添加の水準)を示す。

2.2 セメントの作製
ジョークラッシャーにて ・・・ クリンカー2.5kgを ・・・ 粗粉砕した。 次に・・・ セメント中のSO_(3)量が2.0%となる量の市販の純薬二水せっこう,および,25mmφボール30kgを投入した。以後,・・・ ブレーン空気透過法による比表面積が3200±50cm^(2)/gとなるまで微粉砕し,セメントを得た。」(2ページ左欄2行?最下行)

1c「


(2ページ)

1d「(6) セメントの色
セメントの色(明るさおよび色相)は測色色差計を用いて測定し,結果はHunterのL-a-b空間で表示した。」(2ページ右欄下から8行?下から5行)

1e 「図7に,本研究におけるZnO量とセメントの色の関係を示す。 ・・・ b値(黄味)は1.1%以下の範囲ではわずかに減少し,これを超える範囲では一定となった。」(6ページ左欄3行?7行)

1f「


(6ページ)

(イ)甲1に記載された発明
記載事項1a?1cによると、22.32%のSiO_(2)、5.33%のAl_(2)O_(3)、3.00%のFe_(2)O_(3)、65.89%のCaO、1.20%のMgO、0.61%のTiO_(2)及び0.13%のMnOを含むクリンカーに、セメント中のSO_(3)量が2.0%となる量の二水せっこうを投入して微粉砕することによりセメントを得ている。
記載事項1d?1fによると、セメントの色は、HunterのL-a-b空間で表示され、ZnOの添加がない時のb値は約7である。

そうすると、甲1には、
「22.32%のSiO_(2)、5.33%のAl_(2)O_(3)、3.00%のFe_(2)O_(3)、65.89%のCaO、1.20%のMgO、0.61%のTiO_(2)及び0.13%のMnOを含んでいるクリンカーに、SO_(3)が2.0%となる量の二水せっこうを加えて得られたセメントであって、L-a-b空間のb値が約7である、セメント」
の発明(以下、「甲1発明A」という。)が記載されていると認められる。

また、甲1には、
「22.32%のSiO_(2)、5.33%のAl_(2)O_(3)、3.00%のFe_(2)O_(3)、65.89%のCaO、1.20%のMgO、0.61%のTiO_(2)及び0.13%のMnOを含んでいるクリンカーであって、該クリンカーにSO_(3)が2.0%となる量の二水せっこうを加えて得られたセメントのL-a-b空間のb値が約7である、クリンカー」
の発明(以下、「甲1発明B」という。)が記載されていると認められる。

イ 甲3について
甲3には、以下の事項が記載されている。
3a 「 1.まえがき
セメントの色におよぼす諸要因についてすでに報告を行ってきたが^(1)2)),これらの報告において未検討だった微量成分の影響 ・・・ につい
て実験を行った。これらの実験はセメント粉末の色におよぼす諸要因の究明
と同時にセメントの色調を改善して,その商品価値を高めるための一助としても行ったものである。
・・・
本実験は前記の目的のため,セメントの色の要素中とくにクロマチックネスの変化を主にして観察を行なったものである。対象とした成分はNa_(2)O,K_(2)Oのほか,セメント微量成分のMn-,Cr-,Oxide,TiO_(2),P_(2)O_(5),SO_(3), また一般にセメント酸化鉄源として使用されている原料中にわずかに含まれているZnO,CuOについても実験を行った。
これらの添加によるセメントの色の変化を観察するという本来の主旨によりNa_(2)O,K_(2)O,SO_(3)以外は原則として0.1,0.3,0.5%(クリンカーベース)とし,また実用的な観点によりなるべく純薬の使用を避けることとした。」(42ページ左欄1行?31行)

3b「 2.色の測定ならびに表示
色の表示はすべてHunter氏のL,a,b空間^(11),12))によった。」(42ページ左欄下から7行?下から5行)

3c 「 3.実験方法ならびに実験結果
ベースとなる原料調合物には工場釜入れ原料(化学成分:1表)を用いた。これに対象成分の原料を計算にしたがって正確に加え,乳ばちで十分混合後 ・・・ 焼成した。 ・・・ 電気炉よりとり出したクリンカーは放冷後 ・・・ 粉砕し,密封貯蔵し測色用試料とした。
各成分がセメントの色におよぼす影響はつぎのようである。
・・・
(2) SO_(3)
添加試料としては純度の高い天然セッコウ(化学成分:1表)を用いた。 ・・・
2表の実験結果が示すように,SO_(3)の増加によりわずか明度(L)の増加が感ぜられるが,この程度の増加においては無関係と考えてよい。 ・・・ 本実験の範囲においてはセメントの色としては影響されていない。
・・・
(4)CuOおよびZnO
CuO,ZnO源としてはいずれも特級試薬を用いた。これらがFe_(2)O_(3)源原料中に存在する量はごくわずかであるが,本実験においては他の成分と同様の添加量とした。実験結果は2表のようである。
本結果の示すようにセメント粉末の色に対して,これらの成分は影響しないようである。」(42ページ右欄18行?43ページ右欄3行)

3d「


(42ページ)

3e「


(43ページ)

(2)対比・判断
事案に鑑み、まず本件発明3、4について検討する。
ア 本件発明3
本件発明3と甲1発明Aとを対比する。
甲1発明Aの「L-a-b空間のb値が約7である」及び「セメント」は、本件発明3の「Lab色空間におけるb値が6以上9以下である」及び「セメント組成物」にそれぞれ相当する。
そうすると、本件発明3と甲1発明Aとは、
「Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメント組成物。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

相違点1
本件発明3は、セメント組成物の組成は「4.5質量%以上15質量%以
下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、45質量%以
上70質量%以下のC_(3)S、0.71質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上及び0.30質量%以下のMnOを含んでいる」ことが特定されているのに対して、甲1発明Aは、セメントの組成について「22.32%のSiO_(2)、5.33%のAl_(2)O_(3)、3.00%のFe_(2)O_(3)、65.89%のCaO、1.20%のMgO、0.61%のTiO_(2)及び0.13%のMnOを含んでいるクリンカーに、SO_(3)が2.0%となる量の二水せっこうを加えて得られた」ことが規定されている点。

相違点2
本件発明3は、セメント組成物として、さらに「0.045質量%以上0.25質量%以下のCu成分」を含んでいることが特定されているのに対して、甲1発明Aは、Cu成分を含んでいることは規定されていない点。

まず、上記相違点2について検討する。
記載事項3a?3eによると、甲3には、セメント酸化鉄源の原料中にCuOが含まれていることから、セメントの色に及ぼすCuOの影響について、CuOの含有量が0から0.5%の範囲で実験を行ったことが記載されている。
しかし、上記実験は、セメントの色に及ぼすCuOの影響を検討するために、不純物であるCuOの含有量を,意図的に0.5%まで増やしたものであるといえる。
一方、記載事項1a?1fによると、甲1発明Aに係るセメントは、セメントの色などの諸物性に及ぼす酸化亜鉛の影響を把握するために、不純物であるCu成分については何ら着目することなく、工場原料及び純薬を用いてクリンカーを焼成し、これを用いて作製したものである。
そうすると、甲3に記載されているように、セメントに不純物としてCuOが含まれることは知られているとしても、甲1発明Aに係るセメントは、本件発明3で特定する0.045質量%以上0.25質量%以下を含む範囲でCu成分を意図的に含有させることは何ら想定し得ないものであるから、甲1発明Aにおいて、甲3に記載された技術事項を組み合わせるという動機が存在するとはいえない。

したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明3は、甲1発明A及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

イ 本件発明4
本件発明4は、本件発明3の特定事項を含むものである。
そうすると、上記 ア と同様の理由により、本件発明3は、甲1発明A及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

次に、本件発明1、2について検討する。
ウ 本件発明1
本件発明1と甲1発明Bとを対比する。
甲1発明Bの「クリンカー」は、本件発明1の「セメントクリンカ」に相当する。
甲1発明Bの「%」は、本件発明1の「質量%」に相当するから、甲1発明Bに係るクリンカーのMgO、TiO_(2)、MnOの含有量は、本件発明1に係るセメントクリンカの各成分の含有量をそれぞれ充足しているといえる。
そうすると、本件発明1と甲1発明Bとは、
「0.79質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)及び0.11質量%以上0.30質量%以下のMnOを含んでいるセメントクリンカ。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

相違点3
本件発明1は、5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、50質量%以上70質量%以下のC_(3)Sを含んでいることが特定されているのに対し、甲1発明Bは、22.32%のSiO_(2)、5.33%のAl_(2)O_(3)、3.00%のFe_(2)O_(3)、65.89%のCaOを含んでいることが規定されている点。

相違点4
本件発明1のセメントクリンカは、さらに0.05質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいることが特定されているのに対して、甲1発明Bは、クリンカーにCu成分を含んでいることは規定されていない点。

相違点5
本件発明1のセメントクリンカは、Lab色空間におけるb値が6以上9以下であることが特定されているのに対して、甲1発明Bは、クリンカーにSO_(3)が2.0%となる量の二水せっこうを加えて得られたセメントのL-a-b空間のb値が約7であることが規定されている点。

上記相違点4について検討すると、甲1発明Aに係るセメントは、甲1発明Bに係るクリンカーから調製されたものであるから、本件発明3と甲1発明Aとの上記相違点2の検討と同様であって、甲1発明Bに係るクリンカーは、本件発明1で特定する0.05質量%以上0.25質量%以下を含む範囲でCu成分を意図的に含有させることは何ら想定し得ない。
そうすると、甲1発明Bにおいて、甲3に記載された技術事項を組み合わ
せるという動機が存在するとはいえない。

したがって、相違点3、5について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明B及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

エ 本件発明2
本件発明2は、本件発明1の特定事項を含むものである。
そうすると、上記 ウ と同様の理由により、本件発明2は、甲1発明B及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3)まとめ
したがって、取消理由は理由がない。

2 特許異議申立理由についての判断
(1)申立理由1(特許法第29条2項)について
ア 「申立理由1 ア」について
「申立理由1 ア」は、取消理由で引用した甲1及び甲3に加えて、甲2を引用して、訂正前の請求項1?4に係る発明は、当業者が容易に発明をすることができたとするものである。
しかし、甲2は、甲1と同じくZnOのセメントの色に対する影響について記載され、さらにセメントのクリンカー及びセメントの色に対するSO_(3)の影響について(116ページ)記載したものであるから、甲1発明A及び甲1発明Bに対して、本件発明1?4のようにCu成分の含有量を規定する動機付けを与えるものではない。

イ 「申立理由1 イ」について
「申立理由1 イ」は、甲4又は甲5に記載の普通ポルトランドセメント
において、甲6の普通ポルトランドセメントのCu成分含有量及び甲7の普
通ポルトランドセメントのb値の記載を組み合わせることは容易とするもの
である。
しかし、甲4及び甲5は、それぞれ共通資料である普通ポルトランドセメントについて複数の試験所で測定した化学成分の平均値、最大値及び最小値等を示したもので、本件発明で特定するCu成分以外の他の成分が一致するとまではいえない。また、甲6は、2003年に製造されたポルトランドセメントのCu含有量の最大値が449mg/kg(=0.0449%)であったことを示しているにすぎず、甲4及び甲5の普通ポルトランドセメントに対して、甲6のセメントのCu含有量を組み合わせる動機がなく、甲7は、普通ポルトランドセメントのb値を例示したものにすぎないから、本件発明を導出できるものではない。

ウ 「申立理由1 ウ」について
「申立理由1 ウ」は、甲3に記載のセメントにおいて、b値を6?9とするために組成を調整することは適宜設定できるものであり、甲2の記載によると、クリンカとセメントの色相は相違点とならないから、訂正前の請求項1?4に係る発明は、当業者が容易に発明をすることができたとするものである。
しかし、甲3は、セメントに含まれる微量成分について、それぞれの成分がセメントの色に及ぼす影響を試験するものであるから、甲3に記載のセメントにおいて、すべての微量成分を本件発明で特定する成分の組成範囲に調整する動機があるとはいえない。

(2)申立理由2(特許法第36条6項1号)について
申立人は、「申立理由2」について、以下のように主張している。
ア 訂正前の請求項1において特定されたCu成分について、実施例は、こ
の要件をはずれるものがなく、Cu成分の個別の効果を認識できない。
イ 訂正前の請求項2において特定されたZn成分,Sr成分及びBa成分
について、実施例は、Zn成分の例示がなく、また、Zn成分、Sr成分及
びBa成分の個別の効果が不明であり、Zn成分、Sr成分、Ba成分の特
定により、当該発明の課題が解決できることを当業者が認識できない。
ウ 訂正前の請求項3、4において特定されたセメント組成物は、実施例に
おいてb値の記載がないから発明の効果が確認できず、また、上記ア、イと
同様に、Cu成分、Zn成分、Sr成分及びBa成分について、当該発明の
課題が解決できることを当業者が認識できない。

しかし、以下のとおり、上記ア?ウの主張は採用できない。
アについて
本件明細書には、本件発明1、2に係るセメントクリンカは、TiO_(2)
の量が多いほどb値が大きくなり、MnOの量が多いほどb値が小さくなる
ことから、TiO_(2)及びMnOの量を調整することでb値を6?9の範囲
内において調整することができると説明されているところ(本件明細書 段落【0023】、【0024】)、実施例では、TiO_(2)及びMnOの量を調整して、Cu成分の上限0.25質量%(実施例19、21)及び下限0.05質量%(実施例20)において、b値が本件発明1で特定する範囲を充足していることが理解できる。
そうすると、Cu成分が特定された本件発明1は、発明の課題が解決できることを当業者が認識することができものであり、Cu成分の個別の効果まで認識することを必要とするものではない。

イについて
本件明細書には、Znの量が多いほど、セメントクリンカのb値が小さく
なることが記載されているところ(本件明細書 段落【0026】)、甲2には、セメントの色への影響は、セッコウ添加量の定め方によらず軽微であることが記載され(116ページ)、また、甲1には、ZnOが1.1%までの範囲では、セメントのb値はわずかに減少する程度であることが記載されているから(記載事項1e、1f)、Zn成分を含むセメントクリンカは、当該クリンカにセッコウを添加して得られたセメントと同様にZn成分が微量であればb値に与える影響は小さいといえる。
そして、本件明細書に記載された実施例によると、TiO_(2)含有量及び
MnO含有量によりb値を調整できるから、Zn成分の例示がないとしても、当業者であればセメントクリンカのb値は6?9の範囲で調整可能であることが理解できる。
また、Sr成分及びBa成分は、本件明細書に記載されたセメントクリン
カの実施例では、Sr成分の上限1.00質量%及びBa成分の上限0.50質量%(実施例19、21)並びにSr成分の下限0.20質量%及びBa成分の下限0.10質量%(実施例20)において、上記Cu成分と同じく、TiO_(2)及びMnOの量を調整することで、本件発明2で特定するb値の範囲を充足していることが理解できる。
そうすると、Zn成分、Sr成分及びBa成分が特定された本件発明2は
、発明の課題が解決できることを当業者が認識することができるものであり、Zn成分、Ba成分及びSr成分の個別の効果まで認識することを必要と
するものではない。

ウについて
上記イに記載したとおり、セメントの色への影響は、セッコウ添加量の定
め方によらず軽微であり、また、本件明細書の実施例において、SO_(3)が
2.77質量%である場合においてもセメントクリンカのb値が6以上9以
下の範囲を充足しているから(実施例6、12、18)、本件発明のセメン
トクリンカにセッコウを添加してSO_(3)量が調整されたセメント組成物も
同様にb値の範囲を充足できることを当業者であれば理解することができる

また、Cu成分、Zn成分、Sr成分及びBa成分についても、ア、イの
判断と同様である。
よって、本件発明3、4は、発明の課題が解決できることを当業者が認識
することができるものである。

(3)まとめ
したがって、申立て理由1、2は、理由がない。


第7 申立人の意見について
申立人は、令和 1年12月16日付けの意見書において、甲3は、甲1と同じく普通ポルトランドセメントに関するものであって、甲1記載発明に甲3記載の技術事項を組み合わせることは容易であると主張する。
しかし、甲3のCu不純物量が記載されたセメントが、普通ポルトランドセメントであったとしても、上記「第6 1(2)ア 」の相違点2についての判断において記載したように、甲1記載発明において、Cuの不純物量を規定する動機が存在しないから、上記申立人の主張は採用できない。


第8 むすび
以上のとおりであるから、上記取消理由及び特許異議申立書に記載された申立の理由によっては、本件請求項1?4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、50質量%以上70質量%以下のC_(3)S、0.79質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.05質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメントクリンカであって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメントクリンカ。
【請求項2】
0.10質量%以上0.80質量%以下のZn成分、0.20質量%以上1.0質量%以下のSr成分または0.10質量%以上0.50質量%以下のBa成分のうち1つ以上をさらに含んでいる、請求項1に記載のセメントクリンカ。
【請求項3】
4.5質量%以上15質量%以下のC_(3)A、4.5質量%以上15質量%以下のC_(4)AF、45質量%以上70質量%以下のC_(3)S、0.71質量%以上2.00質量%以下のMgO、0.34質量%以上0.94質量%以下のTiO_(2)、0.11質量%以上0.30質量%以下のMnO及び0.045質量%以上0.25質量%以下のCu成分を含んでいるセメント組成物であって、Lab色空間におけるb値が6以上9以下である、セメント組成物。
【請求項4】
0.09質量%以上0.80質量%以下のZn成分、0.18質量%以上1.0質量%以下のSr成分または0.09質量%以上0.50質量%以下のBa成分のうち1つ以上をさらに含んでいる、請求項3に記載のセメント組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-04-21 
出願番号 特願2015-71140(P2015-71140)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C04B)
P 1 651・ 121- YAA (C04B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田中 永一  
特許庁審判長 服部 智
特許庁審判官 後藤 政博
金 公彦
登録日 2018-11-09 
登録番号 特許第6429125号(P6429125)
権利者 住友大阪セメント株式会社
発明の名称 セメントクリンカ及びセメント組成物  
代理人 藤本 昇  
代理人 藤本 昇  
代理人 中谷 寛昭  
代理人 中谷 寛昭  

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