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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
管理番号 1363982
異議申立番号 異議2019-700939  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-08-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-22 
確定日 2020-05-29 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6515935号発明「鉛蓄電池、マイクロハイブリッド車及びアイドリングストップシステム車」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6515935号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6515935号の請求項1?5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6515935号の請求項1?5に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成28年1月13日(優先権主張 平成27年1月14日)の出願であって、平成31年4月26日付けでその特許権の設定登録がなされ、令和1年5月22日に特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、令和1年11月22日に特許異議申立人吉田和隆(以下、「申立人」という。)より請求項1?5(全請求項)に対して特許異議の申立てがなされ、令和2年1月21日付けで取消理由が通知され、これに対して、令和2年3月2日に特許権者より意見書が提出されるとともに訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、その後、令和2年4月8日に、本件訂正請求に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)について、申立人から意見書が提出されたものである。

第2 訂正請求について
1 訂正の趣旨、及び、訂正の内容
本件訂正請求は、特許第6515935号の特許請求の範囲を、本件訂正請求に係る訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は以下のとおりである。
なお、訂正箇所には、当審で下線を付した。

訂正事項
請求項1について、本件訂正前の「負極材の密度が3g/cm^(3)以上であり、」を「負極材の密度が3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下であり、」と訂正する。
請求項1を引用する請求項2?5も同様に訂正する。

2 当審の判断
(1)訂正の目的、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び、新規事項追加の有無
上記訂正事項は、本件訂正前の発明特定事項である「負極材の密度」について、本件訂正前は、「3g/cm^(3)以上」であったものを、願書に添付された明細書【0131】の【表1】を根拠として、「3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下」とするものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当しないし、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内の訂正である。

(2)一群の請求項について
本件訂正前の請求項2?5は請求項1を引用するものであるから、本件訂正前の請求項1?5は一群の請求項である。
そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、本件訂正請求は、訂正後の請求項〔1?5〕を訂正単位とする訂正の請求をするものである。

(3)独立特許要件について
本件訂正請求に係る請求項はいずれも特許異議の申立てがなされているので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないとの、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

(4)訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、令和2年3月2日に特許権者が行った訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕についての訂正を認める。

第3 特許異議申立について
1 本件発明
本件訂正は、上記第2で検討したとおり適法なものであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明(以下、これらを請求項数に応じて、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」という。また、これらをまとめて「本件発明」という。)は、本件訂正請求に係る訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?5に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
正極及び負極を備える鉛蓄電池であって、
前記正極が、集電体と、当該集電体に保持された正極材と、を有し、
前記負極が、集電体と、当該集電体に保持された負極材と、を有し、
前記負極材が負極活物質及びケッチェンブラックを含有し、
前記負極材の密度が3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下であり、
前記負極材に対する前記正極材の質量比が0.9?1.3であり、
前記ケッチェンブラックの含有量が前記負極材の全質量を基準として0.01?2質量%であり、
前記負極材の比表面積が0.5?1.2m^(2)/gであり、
電解液を更に備え、
前記電解液がアルミニウムイオンを含み、
前記電解液における前記アルミニウムイオンの濃度が0.01?0.2mol/Lである、鉛蓄電池。
【請求項2】
前記負極材が、スルホン基及びスルホン酸塩基からなる群より選ばれる少なくとも一種を有するビスフェノール系樹脂を更に含有する、請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
前記負極材が、リグニンスルホン酸及びリグニンスルホン酸塩からなる群より選ばれる少なくとも一種を更に含有する、請求項1又は2に記載の鉛蓄電池。
【請求項4】
請求項1?3のいずれか一項に記載の鉛蓄電池を備える、マイクロハイブリッド車。
【請求項5】
請求項1?3のいずれか一項に記載の鉛蓄電池を備える、アイドリングストップシステム車。」

2 令和2年1月21日付けで通知された取消理由の概要
2-1 特許法第36条第6項第1号について
本件訂正前の請求項1?5に記載された発明は、負極材の密度について、5.0g/cm^(3)を超える部分を含み、また、負極材の比表面積がどのような値の場合に、本願の課題を解決することができるのかが不明であって、本願の課題を解決することができるとはいえないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。

3 上記2以外の特許異議申立理由の概要
3-1 特許法第36条第6項第1号について
本件訂正前の請求項1?5に記載された発明は、アルミニウムイオンの濃度について、本願の課題を解決することができない部分を含むものであって、本願の課題を解決することができるとはいえないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。

3-2 特許法第29条第2項について
本件訂正前の請求項1?5に係る発明は、その優先日前日本国内または外国において頒布された下記甲1?甲13の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(刊行物)
甲1 国際公開第2013/005733号公報
(申立人が提出した甲第1号証、以下、「甲1」という。)
甲2 特開2003-338285号公報
(申立人が提出した甲第2号証、以下、「甲2」という。)
甲3 特開平5-174825号公報
(申立人が提出した甲第3号証、以下、「甲3」という。)
甲4 特開2001-23620号公報
(申立人が提出した甲第4号証、以下、「甲4」という。)
甲5 特開2014-123510号公報
(申立人が提出した甲第5号証、以下、「甲5」という。)
甲6 特開2014-191976号公報
(申立人が提出した甲第6号証、以下、「甲6」という。)
甲7 特開2003-338312号公報
(申立人が提出した甲第7号証、以下、「甲7」という。)
甲8 特表2010-521783号公報
(申立人が提出した甲第8号証、以下、「甲8」という。)
甲9 特開2013-89450号公報
(申立人が提出した甲第9号証、以下、「甲9」という。)
甲10 特開2014-123525号公報
(申立人が提出した甲第10号証、以下、「甲10」という。)
甲11 国際公開第2012/042917号公報
(申立人が提出した甲第11号証、以下、「甲11」という。)
甲12 特開2009-129725号公報
(申立人が提出した甲第12号証、以下、「甲12」という。)
甲13 特開2014-197546号公報
(申立人が提出した甲第13号証、以下、「甲13」という。)
甲14 特開平10-40907号公報
(申立人が提出した甲第14号証、以下、「甲14」という。)
甲15 特開2006-140074号公報
(申立人が提出した甲第15号証、以下、「甲15」という。)

4 本件明細書の記載
本件の願書に添付された明細書(以下、「本件明細書」という。)には、次の記載がある。
「【0010】
本発明は、前記事情を鑑みてなされたものであり、優れた充電受け入れ性を得ることが可能な鉛蓄電池を提供することを目的とする。本発明は、前記鉛蓄電池を備えるマイクロハイブリッド車及びISS車を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らの鋭意検討の結果、前記特許文献1に記載の技術を用いる場合、充分な充電受け入れ性が得られないことが明らかとなった。これに対し、本発明者らは、負極活物質及びケッチェンブラック(登録商標、以下同様)を含有する負極材の密度が3g/cm^(3)以上である鉛蓄電池を用いることにより、前記課題を解決できることを見出した。」
「【0013】
本発明に係る鉛蓄電池によれば、優れた充電受け入れ性を得ることができる。また、本発明に係る鉛蓄電池によれば、PSOC下で使用される鉛蓄電池の寿命が短くなることを抑制することができる。本発明に係る鉛蓄電池によれば、特に、初期の状態からある程度の充放電が繰り返されて活物質が充分に活性化した後において、ISS車及びマイクロハイブリッド車では低くなりがちなSOC(State Of Charge)を適正なレベルに維持することができる。さらに、上述したサルフェーションが発生すると、他の電池性能(放電特性、サイクル特性等)が低下する場合があるが、本発明に係る鉛蓄電池によれば、優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを両立することができる。このような鉛蓄電池は、ISS車、マイクロハイブリッド車等の用途として特に優れる。」
「【0041】
[(C)成分:スルホン基及び/又はスルホン酸塩基を有する樹脂] 負極材は、充電受け入れ性、放電特性及びサイクル特性を更にバランス良く向上させることができる観点から、スルホン基(スルホン酸基、スルホ基)及びスルホン酸塩基からなる群より選ばれる少なくとも一種を有する樹脂(スルホン基及び/又はスルホン酸塩基を有する樹脂)を更に含有することが好ましい。
【0042】
(C)成分としては、スルホン基及びスルホン酸塩基からなる群より選ばれる少なくとも一種を有するビスフェノール系樹脂(スルホン基及び/又はスルホン酸塩基を有するビスフェノール系樹脂。以下、単に「ビスフェノール系樹脂」という)、リグニンスルホン酸、リグニンスルホン酸塩等が挙げられる。これらの中でも、充電受け入れ性が更に向上する観点から、ビスフェノール系樹脂が好ましく、(c1)ビスフェノール系化合物と、(c2)アミノアルキルスルホン酸、アミノアルキルスルホン酸誘導体、アミノアリールスルホン酸及びアミノアリールスルホン酸誘導体からなる群より選ばれる少なくとも一種と、(c3)ホルムアルデヒド及びホルムアルデヒド誘導体からなる群より選ばれる少なくとも一種との縮合物であるビスフェノール系樹脂がより好ましい。以下、(c1)?(c3)の縮合物であるビスフェノール系樹脂について詳細に説明する。
【0043】
((c1)成分:ビスフェノール系化合物)
ビスフェノール系化合物は、2個のヒドロキシフェニル基を有する化合物である。(c1)成分としては、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン(以下、「ビスフェノールA」という)、ビス(4-ヒドロキシフェニル)メタン、1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)エタン、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン、1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1-フェニルエタン、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)ブタン、ビス(4-ヒドロキシフェニル)ジフェニルメタン、1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサン、ビス(4-ヒドロキシフェニル)スルホン(以下、「ビスフェノールS」という)等が挙げられる。(c1)成分は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。(c1)成分としては、充電受け入れ性に更に優れる観点からはビスフェノールAが好ましく、放電特性に更に優れる観点からはビスフェノールSが好ましい。」
「【0077】
(C)成分を用いる場合、(C)成分の含有量は、放電特性に更に優れる観点から、負極材の全質量を基準として、樹脂固形分換算で0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.1質量%以上が更に好ましい。(C)成分の含有量は、充電受け入れ性に更に優れる観点から、負極材の全質量を基準として、樹脂固形分換算で2質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.5質量%以下が更に好ましい。」
「【0081】
[負極材の物性]
負極材の比表面積は、優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを更に良好に両立する観点から、0.5m^(2)/g以上が好ましく、0.55m^(2)/g以上がより好ましく、0.6m^(2)/g以上が更に好ましい。負極材の比表面積は、優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを更に良好に両立する観点から、1.2m^(2)/g以下が好ましく、1.0m^(2)/g以下がより好ましく、0.8m^(2)/g以下が更に好ましい。これらの観点から、負極材の比表面積は、0.5?1.2m^(2)/gが好ましく、0.55?1.0m^(2)/gがより好ましく、0.6?0.8m^(2)/gが更に好ましい。負極材の前記比表面積は、化成後の負極材の比表面積である。負極材の比表面積は、例えば、負極材ペーストを作製する際の希硫酸及び水の添加量を調整する方法、未化成の負極活物質の段階で活物質を微細化させる方法、化成条件を変化させる方法等により調整することができる。負極材の比表面積は、例えば、BET法で測定することができる。
【0082】
負極材の密度は、優れた充電受け入れ性を得る観点から、3g/cm^(3)以上である。負極材の密度は、サイクル特性、放電特性及び充電受け入れ性がバランス良く向上しやすい観点から、3.5g/cm^(3)以上が好ましく、4g/cm^(3)以上がより好ましい。負極材の前記密度は、4.5g/cm^(3)以上であってもよい。負極材の密度は、更に優れた充電受け入れ性を得る観点から、7g/cm^(3)以下が好ましく、6.5g/cm^(3)以下がより好ましく、6g/cm^(3)以下が更に好ましい。負極材の前記密度は、5.5g/cm^(3)以下であってもよい。これらの観点から、負極材の前記密度は、3?7g/cm^(3)が好ましく、3.5?6.5g/cm^(3)がより好ましく、4?6g/cm^(3)が更に好ましい。負極材の前記密度は、4.5?5.5g/cm^(3)であってもよい。負極材の前記密度は、化成後の負極材の密度である。」
「【0096】
前記電解液は、例えば、希硫酸及びアルミニウムイオンを含有しており、希硫酸及び硫酸アルミニウム粉末を混合することにより得ることができる。電解液中に溶解させる硫酸アルミニウムは、無水物又は水和物として添加することができる。
【0097】
電解液(例えば、アルミニウムイオンを含む電解液)の化成後の比重は下記の範囲であることが好ましい。電解液の比重は、浸透短絡又は凍結を抑制すると共に放電特性に更に優れる観点から、1.24以上が好ましく、1.25以上がより好ましく、1.26以上が更に好ましい。電解液の比重は、充電受け入れ性及びサイクル特性が更に向上する観点から、1.33以下が好ましく、1.30以下がより好ましく、1.29以下が更に好ましい。電解液の比重の値は、例えば、浮式比重計、又は、京都電子工業株式会社製のデジタル比重計によって測定することができる。
【0098】
電解液のアルミニウムイオン濃度(電解液におけるアルミニウムイオンの濃度)は、充電受け入れ性及びサイクル特性が更に向上する観点から、電解液の全量を基準として、0.01mol/L以上が好ましく、0.02mol/L以上がより好ましく、0.03mol/L以上が更に好ましい。前記アルミニウムイオン濃度は、0.04mol/L以上であってもよい。電解液のアルミニウムイオン濃度は、充電受け入れ性及びサイクル特性が更に向上する観点から、電解液の全量を基準として、0.2mol/L以下が好ましく、0.15mol/L以下がより好ましく、0.13mol/L以下が更に好ましい。前記アルミニウムイオン濃度は、0.1mol/L以下であってもよい。これらの観点から、電解液のアルミニウムイオン濃度は、電解液の全量を基準として、0.01?0.2mol/Lが好ましく、0.02?0.15mol/Lがより好ましく、0.03?0.13mol/Lが更に好ましい。前記アルミニウムイオン濃度は、0.04?0.1mol/Lであってもよい。電解液のアルミニウムイオン濃度は、例えば、ICP発光分光分析法(高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法)により測定することができる。
【0099】
電解液のアルミニウムイオン濃度が前記所定範囲であることにより充電受け入れ性が向上するメカニズムの詳細については明らかではないが、以下のように推測される。すなわち、アルミニウムイオン濃度が前記所定範囲であると、任意の低SOC下において、放電生成物である結晶性硫酸鉛の電解液中への溶解度が上がるため、又は、アルミニウムイオンの高いイオン伝導性により電解液の電極活物質内部への拡散性が向上するためと推測される。
【0100】
電解液のアルミニウムイオン濃度が前記所定範囲であることによりサイクル特性が向上するメカニズムの詳細については明らかではないが、以下のように推測される。まず、アルミニウムイオンを含まない通常の電解液を用いた場合、充電時に電解液に供給される硫酸イオン(例えば硫酸鉛から生成する硫酸イオン)は、電極(極板等)の表面を伝って下方へと移動する。PSOC下では、電池が満充電になることがないため、ガス発生による電解液の撹拌が行われない。その結果、電池下部での電解液の比重が高くなるのに対し電池上部の電解液の比重が低くなるという「成層化」と呼ばれる電解液の濃度の不均一化が起こる。このような現象が起こると、充電しても元に戻り難い結晶性硫酸鉛が生成すると共に、活物質の反応面積が低下する。これにより、充放電が繰り返される寿命試験において性能の劣化が起こる。一方、電解液のアルミニウムイオン濃度が前記所定範囲であると、アルミニウムイオンの静電的引力により硫酸イオンが強く引き付けられるため、成層化が発現しにくくなると推測される。」
「【0113】
<鉛蓄電池の作製>
(実施例1)
[正極板の作製]
正極活物質の原料として鉛粉及び鉛丹(Pb_(3)O_(4))を用いた(鉛粉:鉛丹=96:4(質量比))。正極活物質の原料と、0.07質量%(基準:正極活物質の原料の全質量)の補強用短繊維(アクリル繊維)と、水とを混合して混練した。続いて、希硫酸(比重1.280、20℃換算)を少量ずつ添加しながら混練して、正極材ペーストを作製した。鉛合金からなる圧延シートにエキスパンド加工を施すことにより作製されたエキスパンド格子体にこの正極材ペーストを充填した。次いで、正極材ペーストが充填された格子体(集電体)を温度50℃、湿度98%の雰囲気で20時間熟成した。その後、乾燥して未化成の正極板を作製した。
【0114】
[負極板の作製]
負極活物質の原料として鉛粉を用いた。補強用短繊維(アクリル繊維)を0.1質量%、硫酸バリウムを1.0質量%、ケッチェンブラック(ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社製、商品名:カーボンECP600JD、DBP吸油量:489mL/100g)を0.2質量%前記鉛粉に添加した後に乾式混合した(前記配合量は、負極活物質の原料の全質量を基準とした配合量である)。次に、上記で得られたビスフェノール系樹脂を含む樹脂溶液を固形分換算で0.2質量%(基準:負極活物質の原料の全質量)と、水を10質量%(基準:負極活物質の原料、補強用短繊維、硫酸バリウム、ケッチェンブラック及びビスフェノール系樹脂の合計質量)とを加えた後に混練した。続いて、希硫酸(比重1.280)9.5質量%(基準:負極活物質の原料、補強用短繊維、硫酸バリウム、ケッチェンブラック及びビスフェノール系樹脂の合計質量)を少量ずつ添加しながら混練して、負極材ペーストを作製した。鉛合金からなる圧延シートにエキスパンド加工を施すことにより作製されたエキスパンド格子体にこの負極材ペーストを充填した。次いで、負極材ペーストが充填された格子体(集電体)を温度50℃、湿度98%の雰囲気で20時間熟成した。その後、乾燥して未化成の負極板を作製した。
【0115】
前記ケッチェンブラックは、乾式混合前に粉砕して平均粒径を5μmに調整した。なお、ケッチェンブラックの平均粒径は、下記の方法により算出した。ケッチェンブラックの平均粒径は、JISM8511(2014)記載のレーザ回折・散乱法に準拠して求めた。具体的には、レーザ回折・散乱式粒度分布測定装置(日機装株式会社製:マイクロトラック9220FRA)を用い、分散剤として市販の界面活性剤ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製:トリトンX-100)を0.5体積%含有する水溶液にケッチェンブラックを適量投入し、撹拌しながら40Wの超音波を180秒照射した後、測定を行った。求められたメディアン径(D50)の値をケッチェンブラックの平均粒径とした。
【0116】
[電池の組み立て]
袋状に加工したポリエチレン製のセパレータに未化成の負極板を挿入した。次に、未化成の正極板5枚と、前記袋状セパレータに挿入された未化成の負極板6枚とを交互に積層した。続いて、キャストオンストラップ(COS)方式で、同極性の極板の耳部同士を溶接して極板群を作製した。前記極板群を電槽に挿入して、2V単セル電池(JIS D 5301規定のB19サイズの単セルに相当、K42サイズのISS車用鉛蓄電池)を組み立てた。アルミニウムイオン濃度が0.04mol/Lになるように硫酸アルミニウム無水物を溶解させた希硫酸(比重1.230)をこの電池に注入した。その後、50℃の水槽中、通電電流10Aで16時間の条件で化成して鉛蓄電池を得た。化成後の負極材の全質量を基準としたケッチェンブラックの含有量は0.2質量%であった。
【0117】
[負極材の密度の測定]
化成後の負極材の密度は、以下のようにして測定した。まず、化成終了後の負極板を約1時間水洗した後、窒素雰囲気下、60℃で20時間乾燥した。乾燥した負極板の中央部から負極材を2g採取した。分析装置として株式会社島津製作所製のポロシメータ(オートポアIV9500)装置を用いて、水銀圧入方式で測定圧2.00psiの細孔容積と乾燥質量の関係から負極材の密度を測定した。測定条件の詳細は下記のとおりである。
【0118】
{負極材の密度(見かけ密度)の測定条件}
分析装置:オートポアIV9500(株式会社島津製作所製)
水銀圧入圧:0?354kPa(低圧)、大気圧?414MPa(高圧)
各測定圧力での圧力保持時間:900秒(低圧)、1200秒(高圧)
試料と水銀との接触角:130°
水銀の表面張力:480?490mN/m
水銀の密度:13.5335g/mL
【0119】
[正極材/負極材の質量比の算出]
化成後の正極材/負極材の質量比は、以下のようにして算出した。まず、化成後の正極板を取り出し、1時間水洗した後、窒素雰囲気下、80℃で24時間乾燥した。正極板の質量を測定した後、正極材を取り出し、格子体の質量を求めた。正極板の質量から格子体の質量を除いた量から正極材の全質量を算出した。負極板も同様にして負極材の全質量を算出した。単セルあたりの正極材の全質量と負極材の全質量とから正極材/負極材の質量比を求めた。
【0120】
(実施例2,3及び比較例1)
負極材の密度を表1の密度に変更したことを除き実施例1と同様にして鉛蓄電池を得た。なお、負極材の密度は、ペーストの水分量及び希硫酸量、並びに、化成条件(化成電流及び化成時間)によりを調整した。
【0121】
(実施例4,5)
ケッチェンブラックの配合量を表1の配合量に変更したことを除き実施例2と同様にして鉛蓄電池を得た。
【0122】
(実施例6?9)
正極材の質量を調整することにより正極材/負極材の質量比を表1の質量比に変更したことを除き実施例2と同様にして鉛蓄電池を得た。なお、正極材の質量は、ペーストの水分量及び希硫酸量、並びに、格子体へのペースト充填量により調整した。
【0123】
(実施例10)
ビスフェノール系樹脂に代えてリグニンスルホン酸ナトリウム(商品名:バニレックスN、日本製紙株式会社製)を用いたことを除き実施例2と同様にして鉛蓄電池を得た。
【0124】
(比較例2)
ケッチェンブラックに代えてアセチレンブラックを用いたこと、及び、負極材の密度を表1の密度に変更したことを除き実施例2と同様にして鉛蓄電池を得た。なお、負極材の密度は、ペーストの水分量及び希硫酸量、並びに、化成条件(化成電流及び化成時間)により調整した。
【0125】
(比較例3)
ケッチェンブラックに代えてアセチレンブラックを用いたことを除き実施例10と同様にして鉛蓄電池を得た。
【0126】
(比較例4)
ビスフェノール系樹脂に代えてナフタレンホルマリン系縮合物(商品名:デモールN、花王株式会社製)を用いたこと、及び、負極材の密度を表1の密度に変更したことを除き比較例2と同様にして鉛蓄電池を得た。なお、負極材の密度は、ペーストの水分量及び希硫酸量、並びに、化成条件(化成電流及び化成時間)により調整した。
【0127】
<電池特性の評価>
前記の2V単セル電池について、充電受け入れ性、放電特性及びサイクル特性を下記のとおり測定した。比較例2の充電受け入れ性、放電特性及びサイクル特性の測定結果をそれぞれ100とし、各特性を相対評価した。結果を表1に示す。
【0128】
(充電受け入れ性)
充電受け入れ性として、電池の充電状態(State of charge)が90%になった状態(つまり、満充電状態から電池容量の10%を放電した状態)において、25℃下、2.33Vで定電圧充電し、充電開始から5秒経過した時点での電流値を測定した。この電流値が大きいほど初期の充電受け入れ性が良い電池であると評価される。
【0129】
(放電特性)
放電特性として、-15℃において5Cで定電流放電し、電池電圧が1.0Vに達するまでの放電持続時間を測定した。放電持続時間が長いほど放電特性に優れる電池であると評価される。なお、前記Cとは、満充電状態から定格容量を定電流放電するときの電流の大きさを相対的に表したものである。例えば、定格容量を1時間で放電させることができる電流を「1C」、2時間で放電させることができる電流を「0.5C」と表現する。
【0130】
(サイクル特性)
サイクル特性は、日本工業規格の軽負荷寿命試験(JIS D 5301)に準じた方法で評価した。サイクル数が大きいほど耐久性が高い電池であると評価される。
【0131】
【表1】




5 引用文献の記載
(1)甲1の記載
甲1には、次の記載がある。なお、下線は当審で付した。以下、同じ。
「[請求項1] 負極活物質と、二酸化鉛を主成分とする正極活物質と、硫酸を含有し流動自在な電解液とを備えている液式鉛蓄電池において、 前記負極活物質は、海綿状鉛と、カーボンと、スルホン酸基を有するビスフェノール縮合物から成る水溶性高分子と、セルロースエーテルとを含有することを特徴とする、液式鉛蓄電池。」

「[0001] この発明は液式鉛蓄電池に関し、特に負極活物質にカーボンブラックを多量に含有し、しかも電解液の濁りが少ない液式鉛蓄電池に関する。」
「[0003] 鉛蓄電池を充電不足の状態で使用する場合、還元が困難な硫酸鉛が負極活物質中に蓄積するため、耐久性が低下する。硫酸鉛の蓄積は、カーボンブラックを負極活物質に多量に含有させることにより抑制できることが知られている。しかしながらカーボンブラックを負極活物質の海綿状鉛100mass%に対して、例えば0.5mass%を超えて含有させると、使用中にカーボンブラックが電解液中に流出し、電槽内壁に付着することで液面の視認性が低下する。液式鉛蓄電池では、水を加えて電解液の減少分を補う必要があるため、液面の視認性が低下すると問題である。液面センサーを設けることも行われているが、カーボンブラックでセンサーが汚染されると、液面の検出が難しくなる。このため、液式鉛蓄電池に対して、電解液の濁りを僅かにしながら、多量のカーボンブラックを添加する必要がある。」
「[0018] セルロースエーテルとして、カルボキシメチルセルロース(CMC)のNa塩を水に溶解させた。なおカルボキシメチルセルロースに変えて、他のカルボキシアルキルセルロースでも良く、またこれら以外のセルロースエーテルでも、中性もしくはアルカリ性の水に可溶なものであればよい。セルロースエーテルの効果は、電解液に不溶な繊維状の物質として負極活物質の細孔内に存在することにより、カーボンブラックの流出を防止することである。
[0019] CMCの水溶液にカーボンブラックとしてケッチェンブラックを加えて練合し、次いで分散剤としてビスフェノールSの縮合物(分子量約100,000)と、海綿状鉛100mass%に対して0.6mass%の硫酸Baと、海綿状鉛100mass%に対して0.1mass%のアクリル繊維(補強剤)とを加えて練合した。なお前記のように、この明細書では海綿状鉛100mass%に対する含有量で添加物の量を示す。ケッチェンブラックに変えてアセチレンブラックを用いても同等の結果が得られ、またオイルファーネスブラック等の他のカーボンブラックを用いても良い。ビスフェノールS縮合物に変えて、ビスフェノールA縮合物を用いてもほぼ同等の結果が得られ、さらにビスフェノールS縮合物の分子量を10,000に変えても、結果は同等であった。硫酸Ba及びアクリル繊維は加えなくても良く、アクリル繊維に変えて他の合成樹脂繊維を加えても良い。以上のようにして得られたペーストをカーボンペーストと呼ぶ。
[0020] ボールミル法で製造した鉛粉と、リグニンスルホン酸(以下単にリグニンといい、鉛粉と共に練合するリグニンを防縮剤という)と、水と、硫酸をカーボンペーストに加えて練合し、負極活物質ペーストとした。また鉛粉の種類及び製造方法は任意である。実施例では、カーボンブラックとビスフェノール縮合物とCMCとを予め練合したカーボンペーストを鉛粉と混合したが、これらを別々に鉛粉と練合しても良く、その場合はビスフェノール縮合物とCMCの含有量をより多くすることが好ましい。」
「[0023] 負極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの負極格子に充填し、乾燥して負極板とした。負極板は幅が137mm、高さが115mm、厚さが1.3mmで、負極格子の組成、製法等は任意である。正極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの正極格子に充填し、乾燥して正極板とした。正極板は幅が137mm、高さが115mm、厚さが1.6mmで、正極格子の組成、製法等は任意である。
[0024] 負極板と正極板とを35℃で熟成させ、負極板をポリエチレンセパレーターで包み、電解液の濁りと初期性能の評価用に、並列な2枚の正極板と1枚の負極板とを、電槽内にセットした。また耐久性能の評価用に、並列な8枚の負極板と並列な7枚の正極板とを電槽内にセットした。電解液としての希硫酸(25℃での比重1.285)を電槽に注いだ後に電槽化成することにより、液式鉛蓄電池とした。液式鉛蓄電池の組成と性能とを表1に示し、負極活物質以外の点では各液式鉛蓄電池は同様である。」
「[0027]
[表1]



(2)甲1に記載された発明
ア 上記(1)の記載から、甲1には、液式鉛蓄電池について記載されている。

イ 上記(1)の[0019]より、甲1には、液式鉛蓄電池について、CMCの水溶液にカーボンブラックとしてケッチェンブラックを加えて練合し、次いで分散剤としてビスフェノールSの縮合物(分子量約100,000)と、海綿状鉛100mass%に対して0.6mass%の硫酸Baと、海綿状鉛100mass%に対して0.1mass%のアクリル繊維(補強剤)とを加えて練合し、カーボンペーストを得たことが記載されている。

ウ 上記(1)の[0020]より、甲1には、液式鉛蓄電池について、鉛粉と、リグニンスルホン酸と、水と、硫酸をカーボンペーストに加えて練合し、負極活物質ペーストとしたことが記載されている。
また、甲1に記載された発明は、「負極活物質は、海綿状鉛と、カーボンと、スルホン酸基を有するビスフェノール縮合物から成る水溶性高分子と、セルロースエーテルとを含有する」([請求項1])ものであるところ、上記(1)の[0018]?[0020]に記載された負極活物質ペーストには、上記(1)の[0020]の「鉛粉」以外に鉛を混合していないので、上記(1)の[0020]の「鉛粉」は、「海綿状鉛」であるといえる。

エ 上記(1)の[0023]より、甲1には、液式鉛蓄電池について、負極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの負極格子に充填し、乾燥して負極板としたことが記載されている。

オ 上記(1)の[0023]より、甲1には、液式鉛蓄電池について、正極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの正極格子に充填し、乾燥して正極板としたことが記載されている。

カ 上記(1)の[0024]より、甲1には、液式鉛蓄電池について、負極板と正極板とを35℃で熟成させ、負極板をポリエチレンセパレーターで包み、並列な2枚の正極板と1枚の負極板とを、電槽内にセットし、電解液としての希硫酸(25℃での比重1.285)を電槽に注いだ後に電槽化成して得たことが記載されている。

キ 上記(1)の[0027]の[表1]のNo.B8より、甲1には、液式鉛蓄電池について、カーボンブラックの含有量が1.50%であることが示されており、また、上記(1)の[0019]より、「この明細書では海綿状鉛100mass%に対する含有量で添加物の量を示す」と記載されている。

ク 上記ア?キの検討より、甲1のNo.B8の鉛蓄電池に注目すると、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「CMCの水溶液にカーボンブラックとしてケッチェンブラックを加えて練合し、次いで分散剤としてビスフェノールSの縮合物(分子量約100,000)と、海綿状鉛100mass%に対して0.6mass%の硫酸Baと、海綿状鉛100mass%に対して0.1mass%のアクリル繊維(補強剤)とを加えて練合し、カーボンペーストを得て、
カーボンブラックの含有量が海綿状鉛100mass%に対して1.50%であり、
海綿状鉛粉と、リグニンスルホン酸と、水と、硫酸をカーボンペーストに加えて練合し、負極活物質ペーストとし、
負極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの負極格子に充填し、乾燥して負極板とし、
正極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの正極格子に充填し、乾燥して正極板とし、
負極板と正極板とを35℃で熟成させ、負極板をポリエチレンセパレーターで包み、並列な2枚の正極板と1枚の負極板とを、電槽内にセットし、電解液としての希硫酸(25℃での比重1.285)を電槽に注いだ後に電槽化成して得た、液式鉛蓄電池。」

(3)甲2の記載
甲2には、次の記載がある。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、鉛蓄電池の負極活物質組成に関するものである。」
「【0004】しかし、従来の鉛蓄電池において中間充電状態でのサイクルを行うと、放電生成物である硫酸鉛の結晶形態が、充電によって容易に元に戻すことができない不活性な硫酸鉛へと変化しやすく、サイクル寿命が短いといった問題がある。また、この傾向は特に電解液量が制限された制御弁式鉛蓄電池において顕著であった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】前記した従来技術の問題点に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、負極の放電生成物の硫酸鉛が不活性化するのを抑えて、中間充電状態でのサイクル寿命特性を改善して長寿命の蓄電池、特に長寿命の制御弁式蓄電池を実現することにある。」
「【0008】
【発明の実施の形態】本発明の実施の形態による鉛蓄電池の構成について詳細に説明する。
【0009】鉛酸化物もしくは鉛酸化物と金属鉛とを含む鉛粉を、水もしくは水と希硫酸で練合して得た負極ペーストを鉛-カルシウム合金あるいは鉛-スズ合金で構成された集電体に充填し、熟成乾燥を経て未化成の負極板とする。
【0010】本発明においては負極ペースト中に中空シェル構造を有するカーボンおよびビスフェノール類と亜硫酸塩もしくはアミノ酸のホルムアルデヒド縮合物を添加剤として添加する。ここでビスフェノール類と亜硫酸もしくはアミノ酸のホルムアルデヒド縮合物は、例えば特開平4-352751号公報に開示されている。
【0011】これらの添加剤の添加量は化成終了後の負極活物質の全重量に対して、カーボンの負極活物質に対する含有量を0.10質量%?5.00質量%、前記ビスフェノール類と亜硫酸塩もしくはアミノ酸のホルムアルデヒド縮合物の負極活物質に対する含有量を0.01質量%?2.00質量%とすることが好ましい。」
「【0015】
【実施例】本発明の実施例について以下に説明する。
【0016】正極板はPb-Sn合金の格子に一酸化鉛を主体とした鉛粉を水と希硫酸で練合したペーストを塗布し、熟成乾燥を行って作製した。一方、負極板はPb-Sn合金の格子を用い、前記した実施の形態にしたがって作製した。負極ペーストに添加する中空シェル構造を有するカーボンとしてケッチェンブラックインタナショナル株式会社製のケッチェンブラックEC(以下ケッチェンブラックという)を、ビスフェノール類、亜硫酸塩およびアミノ酸のホルムアルデヒド縮合物としては、日本製紙株式会社製のビスパーズP215(以下、ビスパーズという)を使用した。
【0017】また、比較のためにケッチェンブラックおよびビスパーズに変え、それぞれアセチレンブラック(電気化学株式会社製デンカブラック)およびリグニン(日本製紙株式会社製バニレックスN)を用いて負極板を作製した。」
「【0019】これらの負極板とガラス繊維を主体としたセパレータを介して正極板と積層し極板群を作製した。この極板群を電槽内に挿入し、電槽蓋を接着した。その後、電槽内に硫酸ナトリウムを重量比で1質量%含む希硫酸を入れ、定法により化成をし、安全弁を装着して、10時間率定格容量20Ahの制御弁式鉛蓄電池を得た。これらの電池の負極板の構成を表1に示す。
【0020】
【表1】



(4)甲2に記載された発明
ア 上記(3)の記載から、甲2には、鉛蓄電池について記載されている。

イ 上記(3)の【0009】より、甲2には、鉛蓄電池について、鉛酸化物もしくは鉛酸化物と金属鉛とを含む鉛粉を、水もしくは水と希硫酸で練合して得た負極ペーストを鉛-カルシウム合金あるいは鉛-スズ合金で構成された集電体に充填し、熟成乾燥を経て未化成の負極板とすることが記載されている。

ウ 上記(3)の【0010】より、甲2には、鉛蓄電池について、負極ペースト中に中空シェル構造を有するカーボンおよびビスフェノール類と亜硫酸塩もしくはアミノ酸のホルムアルデヒド縮合物を添加剤として添加することが記載されている。

エ 上記(3)の【0016】より、甲2には、鉛蓄電池について、負極ペーストに添加する中空シェル構造を有するカーボンとしてケッチェンブラックを、ビスフェノール類、亜硫酸塩およびアミノ酸のホルムアルデヒド縮合物として、ビスパーズを使用したことが記載されている。

オ 上記ウ、エより、甲2には、鉛蓄電池について、負極ペースト中にケッチェンブラックおよびビスパーズを添加剤として添加することが記載されている。

カ 上記(3)の【0016】より、甲2には、鉛蓄電池について、正極板はPb-Sn合金の格子に一酸化鉛を主体とした鉛粉を水と希硫酸で練合したペーストを塗布し、熟成乾燥を行って作製したことが記載されている。

キ 上記(3)の【0019】より、甲2には、鉛蓄電池について、負極板とガラス繊維を主体としたセパレータを介して正極板と積層し極板群を作製し、この極板群を電槽内に挿入し、電槽蓋を接着し、その後、電槽内に硫酸ナトリウムを重量比で1質量%含む希硫酸を入れ、定法により化成をし、安全弁を装着して、鉛蓄電池を得たことが記載されている。

ク 上記(3)の【0020】の【表1】より、甲2には、鉛蓄電池について、電池記号A-6の電池のカーボンブラック、すなわち、ケッチェンブラック添加量が0.50質量%であることが記載されている。
そして、上記(3)の【0011】より、甲2には、鉛蓄電池について、カーボンの負極活物質に対する含有量を0.10質量%?5.00質量%とすることが記載されているから、上記ケッチェンブラック添加量も同様に、カーボンの負極活物質に対する含有量であると考えられる。

ケ 上記ア?クの検討より、電池記号A-6の鉛蓄電池に注目すると、甲2には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「鉛酸化物もしくは鉛酸化物と金属鉛とを含む鉛粉を、水もしくは水と希硫酸で練合して得た負極ペーストを鉛-カルシウム合金あるいは鉛-スズ合金で構成された集電体に充填し、熟成乾燥を経て未化成の負極板とし、
負極ペースト中にケッチェンブラックおよびビスパーズを添加剤として添加し、
ケッチェンブラックの負極活物質に対する含有量が0.50質量%であり、
正極板はPb-Sn合金の格子に一酸化鉛を主体とした鉛粉を水と希硫酸で練合したペーストを塗布し、熟成乾燥を行って作製し、
負極板とガラス繊維を主体としたセパレータを介して正極板と積層し極板群を作製し、この極板群を電槽内に挿入し、電槽蓋を接着し、その後、電槽内に硫酸ナトリウムを重量比で1質量%含む希硫酸を入れ、定法により化成をし、安全弁を装着して、得た鉛蓄電池。」

(5)甲6の記載
甲6には、次の記載がある。
「【請求項1】
合金からなる格子基板に正極活物質および負極活物質を夫々充填してなる正極板と負極板とをセパレータを介して交互に積層してなる極板群を電槽内に収容し、これに電解液を注入して電槽化成を施した密閉型鉛蓄電池において、
前記正極活物質の量を値Xとし、前記負極活物質の量を値Yとしたときに、比率(X/Y)を0.85?0.95の範囲内にしたことを特徴とする密閉型鉛蓄電池。」
「【実施例】
【0017】
実施例では、Pb-Ca-Sn-Ba-Al系の合金からなる耐食性合金格子に正極活物質を充填した正極板4枚と、Pb-Ca-Sn-Al系の合金格子に負極活物質を充填した負極板4枚とを、ガラスマットを挟んで交互に積層した極板群を製作した。極板群は、正極活物質の総量が一定で、これに対する負極活物質量をパラメーターとして、比率Zを、それぞれ0.85、0.90、0.95とし、6セル12V系の密閉型鉛蓄電池(10Ah、20HR)を各々製作した。
また、比較例として、比率Zを、それぞれ0.75、0.80、1.00、1.05とし、それ以外の構成は上記実施例と同様の密閉型鉛蓄電池を各々製作した。」
「【0023】
<電槽化成中の温度の測定>
次に、製作した密閉型鉛蓄電池に、比重1.255(20℃換算)の希硫酸を所定量注液し、30分間、常温で放置した後、25℃水槽中で一定の電流値で正極活物質の理論容量に対する充電電気量が220%となるように電槽化成を行い、このときの電池内部の温度推移を各々測定した。
・・・(略)・・・」
「【0027】
<残存未化成量と比表面積の測定>
次いで、上記の密閉型鉛蓄電池を電槽化成終了後、直ちに電池を解体して負極板を取り出し、水洗、減圧乾燥後、活物質中に残存している硫酸鉛量と酸化鉛量および比表面積の測定を行った。その結果を表2および図2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2および図2から明らかなように、実施例の比率Zが0.85?0.95の領域では、電槽化成後の残存硫酸鉛量および残存酸化鉛量が他の水準よりも際だって減少しており、化成効率が良いことが判る。
また、表1に示した60℃を超える時間の割合Tと、図2に示した比表面積とは相間関係があることは明らかであり、比率Zが0.85?0.95の実施例では、比較例よりも比表面積が大きく、活物質の粗大化が少ないことが判る。
つまり、比率Zを0.85?0.95にすることによって電槽化成時の発熱量が抑えられ、その結果、活物質の体積変化によって生じる応力が小さくなったことを確認することができた。
【0030】
また、電池解体時に正極板の断面観察を行い、活物質と格子界面のクラックの有無を確認した。その結果、実施例の比率Zが0.85?0.95の領域では、クラックがほとんど見られなかった。これは、上記するように、活物質の体積変化による応力が抑えられたものと考えられる。
前記断面観察は以下の手順で行った。まず、極板を主剤と硬化剤とを所定量混合した樹脂に浸漬し、次いで、減圧脱泡を行い樹脂が硬化するまで放置した。そして、完全に硬化した極板を所定箇所に沿って樹脂ごと切断し、研磨紙で研磨した後、バフ研磨で仕上げを行った。前記方法にて形成した極板断面をマイクロスコープで観察した。
【0031】
<電池性能の評価>
続いて、上記実施例および比較例の密閉型鉛蓄電池を再び製作し、低温での高率放電(-10℃の低温環境下での110A放電、終止電圧6.0V)および深放電サイクル試験を行った。この深放電サイクル試験では、放電電流0.33CA、終止電圧9.0Vの条件で放電容量が定格容量の50%を下回ったところで寿命と判定した。その結果を表3、図3および図4に示す。
【0032】
【表3】

【0033】
表3および図3から明らかなように、実施例の比率Zが0.85?0.95の領域では、低温での高率放電特性が放電持続時間および5秒目電圧(放電開始から5秒後の電圧)のいずれも比較例と比べて良好であった。また、耐食性合金の格子基板を用いた構成であっても、電圧低下が見られないことを確認することができた。
また、表3および図4から明らかなように、深放電サイクル試験においても、比較例よりも寿命特性が良かった。これは表2などで示したように、電池温度の上昇による活物質の粗大化が抑えられ、その結果として活物質から生じる応力が減少し、格子界面のクラックの発生が抑えられたために早期の容量低下が起こらなかったものと考えられる。更に、活物質の比表面積の減少も抑えられたため、低温での高率放電特性も良好であったと考えられる。【0034】
以上説明したように、正極活物質量と負極活物質量との比率Zに着目し、この比率Zの調整により、電槽化成時の発熱量を、正極の格子基板と正極活物質との界面のクラックを抑制する所定の範囲内に抑えるようにしたため、クラックの影響による早期容量低下を抑えるともに、負極板の比表面積の低下を抑制して低温での高率放電特性の低下も抑えることができる。また、発熱を抑えるから、負極活物質中の有機物添加剤の消失量も減少させることができ、有機物添加剤の消失による電池性能の低下も抑制することができる。【0035】
また、比率Zを0.85?0.95の範囲内にしたため、図1などに示したように、他の水準(比率Zが0.80未満、又は、1.05超過)と比べて際だって発熱を抑えることができる。なお、電槽化成時の発熱量を、正極の格子基板と正極活物質との界面のクラックを抑制可能な範囲内に抑える範囲で、比率Zを0.85?0.95の範囲外に設定しても良い。」

(6)甲6記載の事項
上記(5)に摘示の【0028】の【表2】には、比表面積が0.57?0.71m^(2)/gであることが示されているから、上記(5)より、甲6には、次の事項が記載されていると認められる。
「鉛蓄電池において、
負極活物質の比表面積が0.57?0.71m^(2)/gである事項。」

(7)甲7の記載
甲7には、次の記載がある。
「【請求項1】 制御弁式鉛蓄電池において正極活物質の比表面積を5.0m^(2)/g?8.0m^(2)/g、かつ負極活物質の比表面積を0.80m^(2)/g?1.4m^(2)/gとして、正極板と負極板間にガラス繊維を主成分とするマットセパレータを介在させた極板群を電槽に収納させた状態で50.0kg/dm^(2)以上の群圧で加圧していることを特徴とする制御弁式鉛蓄電池。」
「【0002】
【従来の技術】鉛蓄電池は2次電池として安価で比較的信頼性も高く、自動車のエンジン始動用電源や無停電電源、ポータブル機器の電源として広く使用されている。その中でも自動車用鉛蓄電池は、メンテナンスフリー、電池の軽量化、電子負荷の増加やアイドルストップ等により従来に増して深い充放電や中間充電状態で電池が使用されることから、深い充放電サイクルに適した制御弁式鉛蓄電池が用いられてきている。
【0003】こうしたエンジン始動用電源としての用途では、電池として瞬間的な出力を取り出す特性、すなわち高出力化の要求と、電子負荷の増加やアイドルストップ等での使用による再始動時の出力確保と比較的深い充放電サイクルに対する寿命特性改善の要求がなされている。
【0004】一方、常に電池を連続充電するトリクル使用における寿命改善を目的に特開2000-30696号公報には正極活物質の比表面積を2m^(2)/g?9m^(2)/gとすることが記載されている。しかしながらこうした構成では、0.1CA放電程度の比較的低率で深い放電を行う場合には有効であるが、自動車用電池で用いられるような-15℃といった低温領域で数100A放電といった低温高率放電時の電圧特性と深い放電が入る場合の寿命特性、すなわち深放電寿命特性とを両立することが困難であった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は前記したような深放電寿命特性と低温急放電時の出力特性を両立することによって、ハイブリッド車両やアイドルストップ車両等に好適な制御弁式鉛蓄電池を提供することを目的とする。」
「【0009】本発明においては化成後の正極活物質の比表面積を5.0m^(2)/g?8.0m^(2)/gに設定する。活物質の比表面積は鉛粉量に対する水量あるいは希硫酸量で調整することができる。また、カーボンもしくは酸化錫、硫酸錫等の錫化合物の添加によっても調整することが可能である。」
「【0011】本発明においては化成終了後の負極活物質の比表面積を0.80m^(2)/g?1.4m^(2)/gとする。負極活物質の比表面積は、正極と同様、鉛粉量に対する水もしくは希硫酸量を変化させることにより選択することができる。」
「【0015】正極集電体としてPb-0.06質量%Ca-1.25質量%Snの圧延シートをエキスパンド加工したもの、負極集電体としてPb-0.06質量%Ca-0.25質量%Snの圧延シートをエキスパンド加工したものを用いた。正極集電体および負極集電体のそれぞれに正極活物質ペーストおよび負極活物質ペーストを充填する。ここでこれらのペースト処方を変化させることにより、化成終了後の比表面積を正極で4.0m^(2)/g?10.0m^(2)/g、負極で0.6m^(2)/g?1.6m^(2)/gの範囲でそれぞれ変化させた正極板および負極板を得た。これらの正負の極板と平均繊維径0.9μmのガラス繊維の不織布で構成したマットセパレータを用いて公称電圧12V、10時間率定格容量15Ahの制御弁式鉛蓄電池を構成する。なお、極板群圧は30.0kg/dm^(2)?90.0kg/dm^(2)で種々に変化させた。」
「【0023】次にこれらの電池について比較的深い放電が入る深放電寿命特性を評価した。寿命試験条件としては25℃雰囲気中で0.25CAに相当する3.75Aで10.5Vまで放電することによって完全放電状態とし、この放電に引き続いて電池を14.7V定電圧(最大充電電流6.0A)で8時間充電を行う完全放電-完全充電を1サイクルとし、放電時の放電持続時間が初期の50%まで低下した時点を寿命として寿命サイクル数を求めた。
【0024】これらの結果を表4?表6に示す。なお、結果は正極活物質の比表面積を4.0m^(2)/g、負極活物質の比表面積を0.6m^(2)/gとし、極板群圧を30.0kg/dm^(2)とした電池の寿命サイクル数を100とした時の指数で示した。
【0025】【表4】

【0026】 ※※【表5】

【0027】 ★★【表6】

【0028】表4?表6に示した結果から、負極、正極ともに、活物質の比表面積の増加とともに寿命サイクル数が低下する。また、その傾向は極板群圧が30.0kg/dm^(2)の場合に顕著である。極板群圧を50.0kg/dm^(2)以上とすることにより、活物質比表面積の増加に伴う寿命サイクル数低下を抑制することができる。但し、この極板群圧が50.0kg/dm^(2)以上の領域においても正極活物質の比表面積が9.0m^(2)/g、もしくは負極活物質の比表面積が1.6m^(2)/gまで増加させると寿命サイクル数は低下する。
【0029】寿命試験を終了した電池を分解調査したところ、極板群圧が30.0kg/dm^(2)の領域で正極活物質および負極活物質の比表面積増加とともに、正極活物質の軟化や、正極と負極の硫酸鉛の蓄積が進行する傾向にあった。
【0030】これらの結果により、制御弁式鉛蓄電池において、極板群圧を50.0kg/dm^(2)以上、かつ活物質の比表面積を正極活物質で5.0m^(2)/g?8.0m^(2)/g、負極活物質で0.80m^(2)/g?1.4m^(2)/gとすることにより、低温急放電時の出力特性と深放電寿命特性をともに両立させるということができる。」

(8)甲7記載の事項
上記(7)より、甲7には、次の事項が記載されていると認められる。
「鉛蓄電池において、正極活物質の比表面積を5.0m^(2)/g?8.0m^(2)/g、かつ負極活物質の比表面積を0.80m^(2)/g?1.4m^(2)/gとして、深放電寿命特性と低温休放電時の出力特性を両立する事項。」

(9)甲12の記載
甲12には、次の記載がある。
「【請求項1】
鉛ペーストを鉛合金製の集電体に充填して作製する負極板を用いる鉛蓄電池において、前記負極板中のリグニンとカーボンを負極板外層部より負極板内層部に多く存在させ、硫酸バリウムは負極板内層部よりも負極板外層部に多く存在させた負極板を用いることを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項2】
前記負極板内層部ペースト中のリグニン、カーボン添加量と負極板外層部のリグニン、カーボン添加量の比率が3:1であり、かつ、前記負極板内層部ペースト中の硫酸バリウム添加量と負極板外層部の硫酸バリウム添加量の比率が1:3であることを特徴とする請求項1記載の鉛蓄電池。」
「【0006】
充電時や放電時の初期の化学反応は極板表面の鉛が同じく活物質である電解液の硫酸と反応していくため、極板表面の活物質比表面積が大きいほど、充放電反応性が向上する。しかし、活物質比表面積が大きいと放電した際に早期に不導性の硫酸鉛化が進行してしまうため、高率放電性能は低下してしまう。また、高率放電持続性能を向上するためには、硫酸鉛化の進行を抑えることになり、初期の充放電反応性が低下してしまう。一般に、充電受け入れ性能と高率放電性能は相反する性能である。前述のアイドリングストップ車のような過酷な使用環境では、これら2つの性能の大幅な向上が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記事項を鑑みて、前記負極板中のリグニンとカーボンを負極板外層部より負極板内層部に多く存在させ、硫酸バリウムは負極板内層部よりも負極板外層部に多く存在させることで充電受け入れ性能を向上させ、さらに高率放電性能を向上させる。」

(10)甲12記載の事項
上記(9)より、甲12には、次の事項が記載されていると認められる。
「鉛蓄電池において、
極板表面の活物質比表面積が大きいほど、充放電反応性が向上するものの、活物質比表面積が大きいと放電した際に早期に不導性の硫酸鉛化が進行してしまうため、高率放電性能は低下してしまい、また、高率放電持続性能を向上するためには、硫酸鉛化の進行を抑えることになり、初期の充放電反応性が低下してしまう事項。」

6 当審の判断
(1)上記2の2-1について(特許法第36条第6項第1号)
ア 本件特許に係る出願(以下、「本件出願」という。)の発明の解決しようとする課題は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、「優れた充電受け入れ性を得ることが可能な鉛蓄電池」、「前記鉛蓄電池を備えるマイクロハイブリッド車及びISS車を提供すること」(【0010】)であると認められる。

イ そこで、負極材の密度、及び、負極材の比表面積がどのような値の場合に、上記アの課題を解決し得るかを、以下、検討する。

ウ まず、負極材の密度について検討する。

エ 本件明細書には、負極材の密度について、「優れた充電受け入れ性を得る観点から、3g/cm^(3)以上である」と記載され、また、「負極材の密度は、更に優れた充電受け入れ性を得る観点から、7g/cm^(3)以下が好ましく、6.5g/cm^(3)以下がより好ましく、6g/cm^(3)以下が更に好ましい。負極材の前記密度は、5.5g/cm^(3)以下であってもよい」(以上、【0082】)と記載されており、負極材の密度が「優れた充電受け入れ性を得る」ことに影響を与える事項であることが読み取れるものの、「優れた充電受け入れ性を得る」機序は不明である。

オ また、本件明細書の実施例の記載(【0106】?【0131】)において、【0131】の表1には、負極材の密度が3.0?5.0g/cm^(3)の場合に、充電受け入れ特性について、良好な結果が得られており、負極材の密度がこの範囲内であれば、上記アの課題を解決することが示されているといえる。

カ 一方、本件発明1は、「負極材の密度が3g/cm^(3)以上」であるとの発明特定事項が含まれていたことに加え、本件訂正により、「負極材の密度が」「5.0g/cm^(3)以下であ」るとの発明特定事項が含まれることとなった。

キ そうすると、負極材の密度について、本件発明1は、上記アの課題を解決することができるものといえる。

ク 次に、負極材の比表面積について、検討する。

ケ 本件明細書には、「負極材の比表面積」について、「優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを更に良好に両立する観点から、0.5m^(2)/g以上が好ましく、0.55m^(2)/g以上がより好ましく、0.6m^(2)/g以上が更に好ましい。負極材の比表面積は、優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを更に良好に両立する観点から、1.2m^(2)/g以下が好ましく、1.0m^(2)/g以下がより好ましく、0.8m^(2)/g以下が更に好ましい」(【0081】)と記載されているものの、「優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを更に良好に両立する」機序は不明である。

コ また、本件明細書の実施例の記載(【0106】?【0131】)において、実施例1?10の鉛蓄電池は、充電受け入れ特性について、良好な結果が得られているものの、実施例1?10の鉛蓄電池の比表面積の値が本件明細書に記載されていない。

サ しかしながら、本件発明1には、「負極材の密度が3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下であ」るとの発明特定事項が含まれているところ、単位質量あたりの比表面積S_(m)は、表面積S/(体積V×密度ρ)で表されることが知られているから、「負極材の密度」は、「負極材の比表面積」にある程度依存する数値であるといえ、本件発明1の「負極材の密度」は、「負極剤の比表面積」がある程度内在されているといえる。

シ また、本件明細書には、「本発明者らは、負極活物質及びケッチェンブラック(登録商標、以下同様)を含有する負極材の密度が3g/cm^(3)以上である鉛蓄電池を用いることにより、前記課題を解決できることを見出した」(【0011】)と記載されており、上記アの課題を解決するために最も重要な発明特定事項は、「負極材の比表面積」ではなく「負極材の密度」であることが読み取れる。

ス さらに、上記ケの記載には、「負極材の比表面積」について、「優れた充電受け入れ性と、他の優れた電池性能(放電特性、サイクル特性等)とを更に良好に両立する」と「更に」との文言があることから、「負極材の比表面積」が、上記アの課題を解決するために、不可欠な発明特定事項であるとまではいえない。

セ そうすると、上記サ?スより、「負極材の比表面積」は、本件発明1が上記アの課題を解決する上で、不可欠な発明特定事項であるとまではいえないから、本件発明1は、「負極材の比表面積が0.5?1.2m^(2)/gであ」るとの発明特定事項の範囲で、上記アの課題を解決することができる。

ソ よって、本件発明1及び請求項1を引用する本件発明2?5は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

タ なお、申立人は、令和2年4月8日に提出した意見書において、(ア)実施例1?10の負極材の比表面積が本件発明1の範囲外かもしれないという疑いが生じ、公開の代償としての特許権を付与するという特許制度の趣旨に反することとなるし、負極材の比表面積を秘匿している状態は公平性を欠く旨、(イ)仮に、実施例1?10の負極材の比表面積が本件発明1の範囲内であったとしても、負極材の比表面積の範囲全範囲でサポートされていないと、第三者にとって著しく不利である旨、(ウ)負極材の比表面積は、負極材の密度のみに依存するものではないから、負極材の比表面積が充電受け入れ性に重要な影響を与えるものである以上、負極材の比表面積の範囲全範囲で発明の課題が解決できることが示されているとはいえない旨、主張している。

チ しかしながら、(ア)上記サ?スで検討したとおり、「負極材の比表面積」が、上記アの課題を解決するために、不可欠な発明特定事項であるとまではいえないから、公開の代償としての特許権を付与するという特許制度の趣旨に反することとはならないし、公平性を欠くこともない。

ツ また、(イ)上記サ?スで検討したとおり、「負極材の比表面積」が、上記アの課題を解決するために、不可欠な発明特定事項であるとまではいえないから、第三者にとって著しく不利になることもない。

テ さらに、(ウ)上記サで検討したとおり、「負極材の密度」は「負極材の比表面積」にある程度依存する数値であるから、本件発明1の「負極材の密度」には、「負極材の比表面積」がある程度内在されているといえるし、上記シで検討したとおり、充電受け入れ性に重要な影響を与えるものは,「負極材の比表面積」ではなく「負極材の密度」であって、「負極材の比表面積」が充電受け入れ性に重要な影響を与えることを示す証拠もない。

ト よって、申立人の上記タの主張は根拠がない。

(2)上記3の3-1について(特許法第36条第6項第1号)
ア 本件出願の発明の解決しようとする課題は、上記(1)のアで検討したように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、「優れた充電受け入れ性を得ることが可能な鉛蓄電池」、「前記鉛蓄電池を備えるマイクロハイブリッド車及びISS車を提供すること」(【0010】)であると認められる。

イ そして、電解液におけるアルミニウムイオンの濃度について、本件明細書には、次のとおり記載されている。
「【0098】
電解液のアルミニウムイオン濃度(電解液におけるアルミニウムイオンの濃度)は、充電受け入れ性及びサイクル特性が更に向上する観点から、電解液の全量を基準として、0.01mol/L以上が好ましく、0.02mol/L以上がより好ましく、0.03mol/L以上が更に好ましい。前記アルミニウムイオン濃度は、0.04mol/L以上であってもよい。電解液のアルミニウムイオン濃度は、充電受け入れ性及びサイクル特性が更に向上する観点から、電解液の全量を基準として、0.2mol/L以下が好ましく、0.15mol/L以下がより好ましく、0.13mol/L以下が更に好ましい。前記アルミニウムイオン濃度は、0.1mol/L以下であってもよい。これらの観点から、電解液のアルミニウムイオン濃度は、電解液の全量を基準として、0.01?0.2mol/Lが好ましく、0.02?0.15mol/Lがより好ましく、0.03?0.13mol/Lが更に好ましい。前記アルミニウムイオン濃度は、0.04?0.1mol/Lであってもよい。電解液のアルミニウムイオン濃度は、例えば、ICP発光分光分析法(高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法)により測定することができる。
【0099】
電解液のアルミニウムイオン濃度が前記所定範囲であることにより充電受け入れ性が向上するメカニズムの詳細については明らかではないが、以下のように推測される。すなわち、アルミニウムイオン濃度が前記所定範囲であると、任意の低SOC下において、放電生成物である結晶性硫酸鉛の電解液中への溶解度が上がるため、又は、アルミニウムイオンの高いイオン伝導性により電解液の電極活物質内部への拡散性が向上するためと推測される。」

ウ すなわち、上記【0098】の記載によれば、充電受け入れ性が更に向上する観点から、電解液のアルミニウムイオン濃度を0.01?0.2mol/Lとすることが好ましいことが読み取れる。

エ また、本件明細書の実施例の記載(【0106】?【0131】)において、実施例1?10の鉛蓄電池は、上記アの課題である充電受け入れ特性について、良好な結果が得られており、実施例1?10の鉛蓄電池は、全て「アルミニウムイオン濃度が0.04mol/L」(【0116】)であることが記載されており、この数値において、上記アの課題を解決し得ることが示されている。

オ そして、上記イの記載によれば、「任意の低SOC下において、放電生成物である結晶性硫酸鉛の電解液中への溶解度が上がるため、又は、アルミニウムイオンの高いイオン伝導性により電解液の電極活物質内部への拡散性が向上するためと推測される」とされており、この機序によれば、アルミニウムイオン濃度が0.04mol/Lのみではなく、その前後の数値範囲、すなわち、本件発明1の「0.01?0.2mol/L」でも、同様の機序が成り立ち、上記アの課題を解決すると推察できる。

カ よって、本件発明1は、「電解液における前記アルミニウムイオンの濃度が0.01?0.2mol/Lである」範囲の全範囲において、上記アの課題を解決し得るといえるから、本件発明1及び請求項1を引用する本件発明2?5は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

(3)上記3の3-2について(特許法第29条第2項)
(3-1)甲1を主たる引例とした場合について
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明の「正極板」、「Pb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの正極格子」、「負極板」、「Pb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの負極格子」、「海綿状鉛」、「液式鉛蓄電池」は、
本件発明1の「正極」、「正極」の「集電体」、「負極」、「負極」の「集電体」、「負極活物質」、「鉛蓄電池」にそれぞれ相当する。

イ 甲1発明は、「並列な2枚の正極板と1枚の負極板とを、電槽内にセットし、電解液としての希硫酸(25℃での比重1.285)を電槽に注いだ後に電槽化成して得た」ものであるから、甲1発明は、本件発明1の「正極及び負極を備える」事項を含むものである。

ウ 甲1発明の「正極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの正極格子に充填し、乾燥して正極板と」する事項は、本件発明の「正極が、集電体と、当該集電体に保持された正極材と、を有」する事項に相当する。

エ 甲1発明の「負極活物質ペーストをPb-Ca-Sn合金系でエキスパンドタイプの負極格子に充填し、乾燥して負極板と」する事項は、本件発明1の「負極が、集電体と、当該集電体に保持された負極材と、を有」する事項に相当する。

オ 甲1発明は、「CMCの水溶液にカーボンブラックとしてケッチェンブラックを加えて練合し、次いで分散剤としてビスフェノールSの縮合物(分子量約100,000)と、海綿状鉛100mass%に対して0.6mass%の硫酸Baと、海綿状鉛100mass%に対して0.1mass%のアクリル繊維(補強剤)とを加えて練合し、カーボンペーストを得て、海綿状鉛粉と、リグニンスルホン酸と、水と、硫酸をカーボンペーストに加えて練合し、負極活物質ペーストと」するものであるから、本件発明1の「負極材が負極活物質及びケッチェンブラックを含有」する事項を含むものである。

カ 甲1発明の「電解液としての希硫酸(25℃での比重1.285)を電槽に注いだ」事項は、本件発明1の「電解液を更に備え」る事項に相当する。

キ 上記ア?カより、本件発明1と甲1発明とは、
「正極及び負極を備える鉛蓄電池であって、
前記正極が、集電体と、当該集電体に保持された正極材と、を有し、
前記負極が、集電体と、当該集電体に保持された負極材と、を有し、
前記負極材が負極活物質及びケッチェンブラックを含有し、
電解液を更に備えた、
鉛蓄電池。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点)
a 「負極材の密度」について、本件発明1は、「3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下であ」るのに対し、甲1発明は、負極材の密度が不明である点。
b 「負極材に対する前記正極材の質量比」について、本件発明1は、「0.9?1.3」であるのに対し、甲1発明は、負極材に対する正極材の質量比が不明である点。
c 「ケッチェンブラックの含有量」について、本件発明1は、「負極材の全質量を基準として0.01?2質量%であ」るのに対し、甲1発明は、「海綿状鉛100mass%に対して1.50%であ」る点。
d 「負極材の比表面積」について、本件発明1は、「0.5?1.2m^(2)/gであ」るのに対し、甲1発明は、負極材の比表面積が不明である点。
e 「電解液」について、本件発明1は、「アルミニウムイオンを含み、前記電解液における前記アルミニウムイオンの濃度が0.01?0.2mol/Lである」のに対し、甲1発明は、「希硫酸(25℃での比重1.285)」である点。

ク 以下、事案に鑑み、まず、上記dの相違点について検討する。

ケ 甲6には、「鉛蓄電池において、負極活物質の比表面積が0.57?0.71m^(2)/gである事項」が記載されている(上記5の(6)参照。)。

コ しかしながら、甲1には、比表面積について何ら記載されていないし、甲6にも、比表面積にどのような技術的な意義があるのかが明記されていないから、甲1発明において、上記ケの事項を適用する動機付けがない。

サ なお、申立人は、特許異議申立書(第86頁第16行?第87頁第3行)において、甲6の表1及び表2をみれば、電池温度が60℃を超えている時間割合Tと比表面積とに相関関係があることは明らかであるから、甲1発明において、甲6記載の比表面積を適用することは、当業者が容易になしえたことである旨主張しているが、甲1には、電池温度が60℃を超えている時間割合Tについて何ら記載がないから、甲1発明において、上記ケの事項を適用する動機付けがない。
よって、申立人の上記主張は採用できない。

シ また、甲7には、「鉛蓄電池において、正極活物質の比表面積を5.0m^(2)/g?8.0m^(2)/g、かつ負極活物質の比表面積を0.80m^(2)/g?1.4m^(2)/gとして、深放電寿命特性と低温休放電時の出力特性を両立する事項」が記載されている(上記5の(8)参照。)。

ス しかしながら、甲1には、比表面積について何ら記載されていないし、次のセの理由により、申立人が特許異議申立書(第87頁第13行?第88頁第2行)で主張する、深放電寿命特性が充電受入性と深く関連する事実もないから、甲1発明において、上記シの事項を適用する動機付けがない。

セ すなわち、甲7に記載された深放電寿命特性は、完全充電と完全放電とを繰り返して寿命を求めたものである(上記5の(7)の【0023】参照。)のに対し、本件発明の充電受け入れ性は、90%充電の状態で再度充電し始め、その充電開始から5秒後の電流値であって(上記4の【0128】参照。)、両者は異なるものである。

ソ さらに、その余の各甲号証を勘案しても、甲1発明において、上記dの相違点に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

タ よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2?13に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

チ また、本件発明2?5は、請求項1を引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件発明2?5と甲1発明とは、少なくとも、上記キで示したdの相違点で相違するものである。

ツ そうすると、上記ク?タで検討した理由と同様の理由で、本件発明2?5は、甲1発明及び甲2?13に記載された事項に基いて当業者が容易になし得たものともいえない。

テ なお、申立人は、特許異議申立書(第87頁第4?12行)において、甲12記載の事項より、甲6の負極材の非表面積を大きくすることは、当業者が容易になし得たことである旨主張している。

ト しかしながら、甲12には、「鉛蓄電池において、極板表面の活物質比表面積が大きいほど、充放電反応性が向上するものの、活物質比表面積が大きいと放電した際に早期に不導性の硫酸鉛化が進行してしまうため、高率放電性能は低下してしまい、また、高率放電持続性能を向上するためには、硫酸鉛化の進行を抑えることになり、初期の充放電反応性が低下してしまう事項」が記載されている(上記5の(10)参照。)ものの、甲1には、「鉛蓄電池を充電不足の状態で使用する場合、還元が困難な硫酸鉛が負極活物質中に蓄積するため、耐久性が低下する」(上記5の(1)の[0003]参照。)と記載されているから、当業者であれば、甲12に記載されているように、放電した際に早期に不導性の硫酸鉛化を進行させてまで、活物質比表面積を大きくするとは考えがたい。
よって、申立人の上記テの主張は採用できない。

(3-2)甲2を主たる引例とした場合について
本件発明1と甲2発明とを対比する。
ア 甲2発明の「正極板」、「Pb-Sn合金の格子」、「負極板」、「鉛-カルシウム合金あるいは鉛-スズ合金で構成された集電体」、「鉛酸化物もしくは鉛酸化物と金属鉛とを含む鉛粉」は、本件発明1の「正極」、「正極」の「集電体」、「負極」、「負極」の「集電体」、「負極活物質」にそれぞれ相当する。

イ 甲2発明は、「負極板とガラス繊維を主体としたセパレータを介して正極板と積層し極板群を作製し、この極板群を電槽内に挿入し、電槽蓋を接着し、その後、電槽内に硫酸ナトリウムを重量比で1質量%含む希硫酸を入れ」たものであるから、本件発明1の「正極及び負極を備える」事項を含むものである。

ウ 甲2発明の「正極板はPb-Sn合金の格子に一酸化鉛を主体とした鉛粉を水と希硫酸で練合したペーストを塗布し、熟成乾燥を行って作製」する事項は、本件発明1の「正極が、集電体と、当該集電体に保持された正極材と、を有」する事項に相当する。

エ 甲2発明の「鉛酸化物もしくは鉛酸化物と金属鉛とを含む鉛粉を、水もしくは水と希硫酸で練合して得た負極ペーストを鉛-カルシウム合金あるいは鉛-スズ合金で構成された集電体に充填し、熟成乾燥を経て未化成の負極板とし、負極ペースト中にケッチェンブラックおよびビスパーズを添加剤として添加」する事項は、本件発明1の「負極が、集電体と、当該集電体に保持された負極材と、を有し、前記負極材が負極活物質及びケッチェンブラックを含有」する事項に相当する。

オ 甲2発明の「ケッチェンブラックの負極活物質に対する含有量が0.50質量%であ」る事項は、本件発明1の「ケッチェンブラックの含有量が前記負極材の全質量を基準として0.01?2質量%であ」る事項に相当する。

カ 甲2発明の「電槽内に硫酸ナトリウムを重量比で1質量%含む希硫酸を入れ」る事項は、本件発明1の「電解液を更に備え」る事項に相当する。

キ 上記ア?カより、本件発明1と甲2発明とは、
「正極及び負極を備える鉛蓄電池であって、
前記正極が、集電体と、当該集電体に保持された正極材と、を有し、
前記負極が、集電体と、当該集電体に保持された負極材と、を有し、
前記負極材が負極活物質及びケッチェンブラックを含有し、
前記ケッチェンブラックの含有量が前記負極材の全質量を基準として0.01?2質量%であり、
電解液を更に備えた、
鉛蓄電池。」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点)
f 「負極材の密度」について、本件発明1は、「3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下であ」るのに対し、甲2発明は、負極材の密度が不明である点。
g 「負極材に対する前記正極材の質量比」について、本件発明1は、「0.9?1.3」であるのに対し、甲2発明は、負極材に対する正極材の質量比が不明である点。
h 「負極材の比表面積」について、本件発明1は、「0.5?1.2m^(2)/gであ」るのに対し、甲2発明は、負極材の比表面積が不明である点。
i 「電解液」について、本件発明1は、「アルミニウムイオンを含み、前記電解液における前記アルミニウムイオンの濃度が0.01?0.2mol/Lである」のに対し、甲2発明は、「硫酸ナトリウムを重量比で1質量%含む希硫酸」である点。

ク 以下、事案に鑑み、まず、上記hの相違点について検討する。

ケ 甲6には、「鉛蓄電池において、負極活物質の比表面積が0.57?0.71m^(2)/gである事項」が記載されている(上記5の(6)参照。)。

コ しかしながら、甲2には、比表面積について何ら記載されていないし、甲6にも、比表面積にどのような技術的な意義があるのかが記載されていないから、甲2発明において、上記ケの事項を適用する動機付けがない。

サ また、甲7には、「鉛蓄電池において、正極活物質の比表面積を5.0m^(2)/g?8.0m^(2)/g、かつ負極活物質の比表面積を0.80m^(2)/g?1.4m^(2)/gとして、深放電寿命特性と低温休放電時の出力特性を両立する事項」が記載されている(上記5の(8)参照。)。

シ しかしながら、甲2には、比表面積について何ら記載されていないし、甲2発明の課題は、「負極の放電生成物の硫酸鉛が不活性化するのを抑えて、中間充電状態でのサイクル寿命特性を改善して長寿命の蓄電池」「を実現すること」(上記5の(3)の【0005】参照。)であって、甲7に記載された「深放電寿命特性と低温休放電時の出力特性を両立する」とは関連しないから、甲2発明において、上記スの事項を適用する動機付けがない。

ス さらに、その余の各甲号証を勘案しても、甲2発明において、上記hの相違点に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない

セ よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲3?13に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ソ また、本件発明2?5は、請求項1を引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件発明2?5と甲2発明とは、少なくとも、上記キで示したhの相違点で相違するものである。

タ そうすると、上記で検討した理由と同様の理由で、本件発明2?5は、甲2発明及び甲3?13に記載された事項に基づいて当業者が容易になし得たものともいえない。

7 むすび
以上のとおり、本件の請求項1?5に係る特許は、令和2年1月21日付けで通知された取消理由、及び、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことはできず、また、他に本件の請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極及び負極を備える鉛蓄電池であって、
前記正極が、集電体と、当該集電体に保持された正極材と、を有し、
前記負極が、集電体と、当該集電体に保持された負極材と、を有し、
前記負極材が負極活物質及びケッチェンブラックを含有し、
前記負極材の密度が3g/cm^(3)以上5.0g/cm^(3)以下であり、
前記負極材に対する前記正極材の質量比が0.9?1.3であり、
前記ケッチェンブラックの含有量が前記負極材の全質量を基準として0.01?2質量%であり、
前記負極材の比表面積が0.5?1.2m^(2)/gであり、
電解液を更に備え、
前記電解液がアルミニウムイオンを含み、
前記電解液における前記アルミニウムイオンの濃度が0.01?0.2mol/Lである、鉛蓄電池。
【請求項2】
前記負極材が、スルホン基及びスルホン酸塩基からなる群より選ばれる少なくとも一種を有するビスフェノール系樹脂を更に含有する、請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
前記負極材が、リグニンスルホン酸及びリグニンスルホン酸塩からなる群より選ばれる少なくとも一種を更に含有する、請求項1又は2に記載の鉛蓄電池。
【請求項4】
請求項1?3のいずれか一項に記載の鉛蓄電池を備える、マイクロハイブリッド車。
【請求項5】
請求項1?3のいずれか一項に記載の鉛蓄電池を備える、アイドリングストップシステム車。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-05-18 
出願番号 特願2016-569486(P2016-569486)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 青木 千歌子  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 平塚 政宏
土屋 知久
登録日 2019-04-26 
登録番号 特許第6515935号(P6515935)
権利者 日立化成株式会社
発明の名称 鉛蓄電池、マイクロハイブリッド車及びアイドリングストップシステム車  
代理人 古下 智也  
代理人 清水 義憲  
代理人 清水 義憲  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 平野 裕之  
代理人 財部 俊正  
代理人 吉住 和之  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 吉住 和之  
代理人 平野 裕之  
代理人 阿部 寛  
代理人 古下 智也  
代理人 阿部 寛  
代理人 財部 俊正  

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