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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B05D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B05D
審判 全部申し立て 2項進歩性  B05D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B05D
管理番号 1364969
異議申立番号 異議2020-700292  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-04-23 
確定日 2020-08-17 
異議申立件数
事件の表示 特許第6600760号発明「被塗装鋼材の塗替え方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6600760号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6600760号(以下、「本件特許」という。)の請求項1に係る特許についての出願は、平成31年3月20日の出願であって、令和1年10月11日にその特許権の設定登録(請求項の数1)がされ、同年同月30日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和2年4月23日に特許異議申立人 エスケー化研株式会社(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1)がされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
経年劣化した被塗装鋼材の塗替え方法であって、
素地調整後、顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜の85度鏡面光沢度が12以上であり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEが20以内となるように着色した錆止め塗料を1回塗装し、
次に、上塗り塗料のみを平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装する、被塗装鋼材の塗替え方法。」

第3 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和2年4月23日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。

1 申立理由1(甲第1号証に基づく新規性)
本件特許発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1号第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

2 申立理由2(甲第1号証を主引用文献とする進歩性)
本件特許発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

3 申立理由3(サポート要件)
本件特許の発明の詳細な説明の記載には下記の点で不備があり、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

・本件特許発明においては、顔料分散度の調整が、85度鏡面光沢度の唯一の制御因子であることが理解される。仮に、塗料の顔料分散度を「5?30μm」内の値に設定したとしても「85度鏡面光沢度が12以上」とならない場合があるというのであれば、その場合は、上塗り塗料本来の光沢を発現できないことになり、本件特許発明の課題が解決できないことが明らかであるため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて 特許を請求することになる。

・本件特許発明では、最終的な「錆止め塗料」が所定の「顔料分散度」及び「色差△E」の両特性を有することを規定しているのに対し、本件特許明細書に記載された実施例では、着色顔料(黒色カラーペースト)の添加にて上塗り塗料との色差△Eを調整する前の「錆止め塗料(着色前)」が所定の顔料分散度を有しており、その後前述の着色顔料の添加により色差△Eを調整した後のものを最終的な「錆止め塗料」としており、両者の対応関係が不明瞭である。
さらに、本件特許明細書に記載された実施例では、所定の顔料分散度を有する「錆止め塗料(着色前)」を調製したにもかかわらず、さらに着色塗料(黒色カラーペースト)を添加することで、上塗り塗料との色差△Eを調整した最終的な「錆止め塗料」を得ている。「着色顔料(黒色カラーペースト)」も顔料の一種であるので、その添加により最終的な「錆止め塗料」における顔料分散度は「錆止め塗料(着色前)」の値から当然変化するはずである。特に、本件特許明細書に記載された実施例1及び5ないし8では「錆止め塗料(着色前)」の顔料分散度が本件特許発明に規定の範囲の上限である「30μm」となっているので、着色顔料の添加後の最終的な「錆止め塗料」では「30μm」を超える場合も生じてくる。そうすると、本件特許発明における85度鏡面光沢度を満たし得ず、その結果、上塗り塗料本来の光沢を発現できないことになり、本件特許発明の課題が解決できないことが明らかであるため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる。

4 申立理由4(明確性要件)
本件特許の特許請求の範囲の記載には下記の点で不備があり、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

・本件特許発明では、最終的な「錆止め塗料」が所定の「顔料分散度」及び「色差△E」の両特性を有することを規定しているのに対し、本件特許明細書に記載された実施例では、着色顔料(黒色カラーペースト)の添加にて上塗り塗料との色差△Eを調整する前の「錆止め塗料(着色前)」が所定の顔料分散度を有しており、その後の着色顔料の添加により色差△Eを調整した後のものを最終的な「錆止め塗料」としており、本件特許発明に規定の「錆止め塗料」が、本件特許明細書に記載の「錆止め塗料(着色前)」であるのか「錆止め塗料」であるのか不明である。

5 申立理由5(実施可能要件)
本件特許の発明の詳細な説明の記載には下記の点で不備があり、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

・本件特許発明においては、顔料分散度の調整が、上記85度鏡面光沢度の唯一の制御因子であることが理解される。仮に、塗料の顔料分散度を「5?30μm」の範囲内の値に設定したとしても「85度鏡面光沢度が12以上」とならない場合があるというのであれば、顔料分散度以外の別途の要素によって85度鏡面光沢度が制御されていることになるが、本件特許明細書にはそのような別途の要素に関する記載はない。結局、本件特許発明の構成「5?30μm」を満たすにもかかわらず「85度鏡面光沢度が12以上」を満たさない場合には、本件特許の出願時の技術常識を考慮しても、本件特許明細書からは、どのように85度鏡面光沢度を制御することができるのかを把握することができず、本件特許発明は実施不可能な範囲を含むことになる。

6 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2007/023934号
甲第2号証:財団法人日本色彩研究所編、「カラーマッチングの基礎と応用」、日刊工業新聞社、1991年11月30日初版1刷発行、第57-60頁
甲第3号証:伊藤征司郎総編集、「顔料の辞典」、株式会社朝倉書店、2000年9月25日初版第1刷、第506頁
甲第4号証:「最新顔料分散技術」、株式会社技術情報協会、1993年1月16日発行、第190-199頁
なお、甲号証の表記は、特許異議申立書の記載に従った。以下、順に「甲1」のようにいう。

第4 当審の判断
1 申立理由1(甲第1号証に基づく新規性)及び申立理由2(甲第1号証を主引用文献とする進歩性)について
(1)甲1ないし4に記載された事項等
ア 甲1に記載された事項及び甲1発明
(ア)甲1に記載された事項
甲1には、「亜鉛めっき処理が施された鋼構造物の防食塗装方法」に関して、おおむね次の事項が記載されている。なお、下線は当審で付したものである。他の文献についても同様。

・「背景技術
[0002] 送電用鉄塔等の鋼構造物は、風雨に曝され錆の発生しやすい環境にあるため、その鉄鋼材表面には亜鉛めっき等の防食処理が施されている。
[0003] 溶融亜鉛めっき処理等の亜鉛めっき処理がされた鉄鋼材表面は、通常、鉄素地に近い方から鉄と亜鉛の合金層であるδ1層及びζ層が順次形成され、その上に亜鉛層であるη層が形成されてなるめっき皮膜の構造となっている。亜鉛めっき処理された鋼構造物は、従来、メンテナンスフリーと言われ、無塗装で使用されるか、又は航空標識等の識別が必要とされる場合、周辺環境との調和が必要とされる場合等に着色塗装され、使用されている。
[0004] しかし、近年、酸性雨等の影響により予想以上に亜鉛層のη層の消耗が速くなり、η層が消失し鉄と亜鉛の合金層であるζ層が露出したり、さらにはη層及びζ層が消失し鉄素地に接する該合金層であるδ1層が露出した送電用鉄塔等の鋼構造物が数多く存在するのが実情である。ζ層又はδ1層が露出した鋼構造物では、徐々に赤錆が発生する。かかる赤錆は、外観の悪さのみならず、鋼構造物の強度の低下を招く要因ともなるため、防食塗装をすることが必要となる。」

・「[0033] 下塗り塗料(I)には、必要に応じて、付着性及び顔料分散性を向上させる観点から、シランカップリング剤を配合することができる。また、下塗り塗料(I)には、さらに必要に応じて、着色顔料、体質顔料、防錆顔料等の顔料類;増粘剤、可塑剤、充填剤、タレ止め剤、顔料分散剤等の各種添加剤を配合することができる。」

・「 [0047] 塗装工程
本発明の防食塗装方法は、溶融亜鉛めっき処理等の亜鉛めっき処理が施された送電用鉄塔、通信用鉄塔、橋脚、ガードレール等の鋼構造物の表面に、下塗り塗料(I)を塗装し、次いでその上に上塗り塗料(II)を塗装するものである。
[0048] 亜鉛めっき処理が施された送電用鉄塔等の鋼構造物としては、無塗装のものであっても、航空標識色等の塗装による旧塗膜があるものであってもよい。また、鋼構造物の表面は、亜鉛層であるη層が残存する面、η層が消失し、鉄と亜鉛の合金層であるζ層が露出した面、さらにはη層及びζ層が消失しδ1層が露出した面のいずれであってもよい。特に、本発明方法は、鉄と亜鉛の合金層である、ζ層の露出面及び/又はδ1層の露出面の防食塗装として、有効である。
[0049] 本発明では、塗装部位に錆が発生している場合には、ブラスト処理、動力工具処理、ワイヤーブラシなどによる手ケレンなどの下地処理を適宜行うことができる。劣化した旧塗膜がある場合には、同様の下地処理により旧塗膜を除去しておくことが好ましい。また、劣化していない旧塗膜がある場合には、下地処理に代えて、目粗し処理を行うのが好ましい。」

・「[0057] 製造例1 下塗塗料Xの製造
(1)塗料ベースの製造
2リットル容器に、ビスフェノールΑ型エポキシ樹脂液(注1)150部、ウレタン変性エポキシ樹脂液(注2)250部、シランカップリング剤(注3)5部、ケイ酸マグネシウム330部、二酸化チタン100部、タレ止め剤(注4)20部、キシレン60部、メチルイソブチルケトン85部を、順次仕込み、アジテーターで混合し、サンドミルにてJIS K5600に規定の分散度にて50μm以下になるまで分散して、下塗塗料Xの塗料ベースを得た。
[0058] 上記分散度は、グラインドメータ (粒ゲージ)を用いて、測定した。以下の塗料べ一スの製造例においても、同様である。
[0059] (2)硬化剤の製造
2リットル容器に、変性脂肪族ポリアミン液(注5)350部、メチルイソブチルケトン650部を仕込み、アジテーターで混合し下塗塗料Xの硬化剤を得た。」

・「[0064] 製造例4 上塗塗料Pの製造
(1)塗料ベースの製造
2リットル容器に、ビスフェノールF型エポキシ樹脂液(注7)250部、石油樹脂II液(注8)35部、シランカップリング剤(注3)5部、ケイ酸マグネシウム380部、二酸化チタ ン180部、タレ止め剤(注4)70部、キシレン80部を、順次仕込み、アジテーターで混合し、JIS K5600に規定の分散度にて70μm以下になるまで分散した後、ガラスフレーク(注9)100部を後添加し、アジテーターで混合して、上塗塗料Pの塗料ベースを得た。
[0065] (2)硬化剤の製造
2リットル容器に、変性ポリアミドポリアミン液(注10)800部、キシレン200部を仕込み、アジテーターで混合して、上塗塗料Pの硬化剤を得た。」

・「[0085] 製造例8 試験板の製造
市販の溶融亜鉛めっき鋼板(3.2mm×70mm×150mm)を、海浜地区で曝露することにより、鉄と亜鉛の合金層であるζ層が露出した表面になるまで消耗させたものをサンドペーパー(#240)で表面を研磨して、試験板(i)を得た。」

・「[0087] 実施例1?5及び比較例1?6
製造例1?7で得られた下塗り塗料及び上塗り塗料を、表1及び表2に示した組み合わせで、製造例8で得た試験板(i)又は(ii)に塗装した。比較例5は送電用鉄塔において、通常塗装される簡易な防食塗装の仕様である。
[0088] 塗装は、下塗り塗料及び上塗り塗料共に、塗料100部に対して希釈用シンナー(キシレン/メチルエチルケトン=80/20)5部を加えて希釈し、所定の硬化膜厚になるように、刷毛塗りにより、行った。下塗り塗料と上塗り塗料との塗装間隔は24時間とし、上塗り塗料塗装終了後、23℃で30日間乾燥硬化して、防食塗装による複層塗膜を形成した。各実施例、比較例の硬化膜厚は、表1及び表2に示した通りである。
[0089] [表1]



・「[0091]表1及び表2における各塗料の塗料ベース/硬化剤の混合比(部)及び固形分含量は、次の通りである。
[0092] 下塗塗料X:塗料ベース/硬化剤=90/10、固形分含量72%。
・・・(略)・・・
[0095] 上塗塗料P:塗料ベース/硬化剤=5/1、固形分含量85%。」

・「請求の範囲
[1] 亜鉛めっき処理が施された鋼構造物の表面に、下塗り塗料(I)を硬化膜厚で10? 200μmとなるように塗装し、次いでその上に上塗り塗料(II)を硬化膜厚で100?1,500μmとなるように塗装する防食塗装方法であって、
該下塗り塗料(I)が、1分子中にエポキシ基を2個以上有するエポキシ樹脂 (A)、ウレタン変性エポキシ樹脂、キシレン樹脂、トルエン樹脂、ケトン樹脂、クマロン樹脂及び石油樹脂からなる群より選ばれる少なくとも一種の樹脂(B)、及びアミン系硬化剤(C)を含有し、該樹脂(B)の含有量が該樹脂 (A)の固形分100重量部に対して10?300重量部であり、且つ、塗装後23℃で30日後の厚さ50μmの硬化塗膜の収縮応力が20kg/cm^(2)以下の塗料であり、
該上塗り塗料(II)が、1分子中にエポキシ基を2個以上有するエポキシ樹脂(D)、リン 片状顔料(E)、及びアミン系硬化剤(F)を含有し、且つ該リン片状顔料(E)の含有量が該樹脂(D)の固形分100重量部に対して5?100重量部の塗料であることを特徴とする亜鉛めつき処理が施された鋼構造物の防食塗装方法。」

(イ)甲1発明
甲1に記載された事項を、実施例1に関して整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

<甲1発明>
「市販の溶融亜鉛めっき鋼板(3.2mm×70mm×150mm)を、海浜地区で曝露することにより、鉄と亜鉛の合金層であるζ層が露出した表面になるまで消耗させたものをサンドペーパー(#240)で表面を研磨して得た試験板(i)の塗装方法であって、
下記の下塗り塗料X100部に対して希釈用シンナー(キシレン/メチルエチルケトン=80/20)5部を加えて希釈し、硬化膜厚50μmになるように、刷毛塗りにより塗装し、
24時間後、下記の上塗り塗料P100部に対して希釈用シンナー(キシレン/メチルエチルケトン=80/20)5部を加えて希釈し、硬化膜厚450μmになるように、刷毛塗りにより塗装する、試験板(i)の塗装方法。

・下塗り塗料X:塗料ベース/硬化剤=90/10
ここで、塗料ベース及び硬化剤は以下のものである。
塗料ベース:2リットル容器に、ビスフェノールΑ型エポキシ樹脂液150部、ウレタン変性エポキシ樹脂液250部、シランカップリング剤5部、ケイ酸マグネシウム330部、二酸化チタン100部、タレ止め剤20部、キシレン60部、メチルイソブチルケトン85部を、順次仕込み、アジテーターで混合し、サンドミルにてJIS K5600に規定の分散度にて50μm以下になるまで分散して得た塗料ベース。
硬化剤:2リットル容器に、変性脂肪族ポリアミン液350部、メチルイソブチルケトン650部を仕込み、アジテーターで混合し得た硬化剤。

・上塗り塗料P:塗料ベース/硬化剤=5/1
ここで、塗料ベース及び硬化剤は以下のものである。
塗料ベース:2リットル容器に、ビスフェノールF型エポキシ樹脂液250部、石油樹脂 II液35部、シランカップリング剤5部、ケイ酸マグネシウム380部、二酸化チタン180部、タレ止め剤70部、キシレン80部を、順次仕込み、アジテーターで混合し、JIS K5600に規定の分散度にて70μm以下になるまで分散した後、ガラスフレーク100部を後添加し、アジテーターで混合して得た塗料ベース。
硬化剤:2リットル容器に、変性ポリアミドポリアミン液800部、キシレン200部を仕込み、アジテーターで混合して、得た硬化剤。」

イ 甲2に記載された事項
甲2には、おおむね次の事項が記載されている。

・「4.5 色の許容差
色再現工業において,顧客から提示された色見本(目標色)と試作した色見本(試料色)との間に色差が認められるか否かの判定は,色検査のなかで最も厳しい検査の1つといえる.工業製品の管理は,製品の用途、価格、製造工程の管理能力等の理由から,目標色と試料色とに色差が認められてもほぼ同等を判定される色差の範囲内で管理されることが一般的である.このときの色差を色差が識別できるかどうかとは区別して許容色差と呼ぶ.
許容色差に関する規格をJIS等から調査し,分類すると表4・1のようになる.製品の用途によって厳しいものからそうでないものまでいろいろあり,許容色差の設定をむずかしくしている.」(第57ページ下から3行ないし第58ページ第7行)

・第60ページの表4・1には、「色差20.0」は名称「6級」で摘要「色名レベルの色の管理」であることが記載されている。

ウ 甲3に記載された事項
甲3には、おおむね次の事項が記載されている。

・「1.3.7 分散性
顔料はビヒクル中に分散して使用されるものであるから,分散性のよいことが顔料の必須条件となる.表IV.1.5に示すように顔料の分散性は,塗料の製造時から貯蔵を経て塗膜形成時,そして硬化塗膜の性能に至るまでの各ステージで問題となる.」(第506ページ左欄)

・「顔料分散の第一の目的は顔料をビヒクル中に適切な分散機械を用いて微細化すること,すなわち機械的な力によって顔料の凝集体をほぐすことであり,・・・(略)・・・分散性が悪ければ発色性が劣り,光沢が低く,塗膜の平滑化も劣る.」(第506ページ右欄)

・「顔料分散性がよい場合または分散状態が良好な場合は下記のような特徴的な現象が認められる.・・・(略)・・・塗料の流動性がよく,塗装した塗膜は平滑で高光沢,高鮮映性を示す.」(第506ページ右欄)

エ 甲4に記載された事項
甲4には、おおむね次の事項が記載されている。

・「9.1 分散過程の粒度分布パターンと各種分散度評価方法との比較について
卓上サンドミルを使用して,分散過程における分散時間毎の粒度分布パターンを測定すると共に,各種分散評価方法との対比を行った。
分散過程における粒度分布パターンを図4に,グラインドゲージのよるツブ測定値を粒度分布パターンとの関係を図5に示した。
・・・(略)・・・
粒度分布パターン(E)は,最適分散状態を示し,図6のレーダーチャートで品質安定なものが得られることを示している.
すなわち,(E)の顔料分散を行うことにより,毎ロッドに同一品質を得ることが可能となる.」(第193ページ)

・第197ページの「表7 各粒度分布測定機による各種塗料の分散度評価」には、粒度測定機械 グラインドゲージ 最大粒度(μ)の欄に各種塗料の粒度が記載されている。

(2)本件特許発明について
ア 対比
本件特許発明と甲1発明を対比する。
甲1発明における「市販の溶融亜鉛めっき鋼板(3.2mm×70mm×150mm)を、海浜地区で曝露することにより、鉄と亜鉛の合金層であるζ層が露出した表面になるまで消耗させ」て「得た試験板(i)の塗装方法」は本件特許発明における「経年劣化した被塗装鋼材の塗替え方法」と、「鋼材の塗装方法」という限りにおいて一致する。
甲1発明における「サンドペーパー(#240)で表面を研磨して」は本件特許発明における「素地調整後」に相当する。
甲1発明における「下記の下塗り塗料X100部に対して希釈用シンナー(キシレン/メチルエチルケトン=80/20)5部を加えて希釈し、硬化膜厚50μmになるように、刷毛塗りにより塗装し」は、「下塗り塗料X」が(白色の)二酸化チタンを含むから、本件特許発明における「顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜の85度鏡面光沢度が12以上であり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEが20以内となるように着色した錆止め塗料を1回塗装し」と、「着色した塗料を1回塗装し」という限りにおいて一致する。
甲1発明における「24時間後、下記の上塗り塗料P100部に対して希釈用シンナー(キシレン/メチルエチルケトン=80/20)5部を加えて希釈し、硬化膜厚450μmになるように、刷毛塗りにより塗装する」は本件特許発明における「次に、上塗り塗料のみを平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装する」に相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「鋼材の塗装方法であって、
素地調整後、着色した塗料を1回塗装し、
次に、上塗り塗料のみを平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装する、鋼材の塗装方法。」

そして、両者は次の点で相違又は一応相違する。
<相違点1>
「鋼材の塗装方法」に関して、本件特許発明においては、「経年劣化した被塗装鋼材の塗替え方法」と特定されているのに対して、甲1発明においては、「市販の溶融亜鉛めっき鋼板(3.2mm×70mm×150mm)を、海浜地区で曝露することにより、鉄と亜鉛の合金層であるζ層が露出した表面になるまで消耗させ」「て得た試験板(i)の塗装方法」と特定されている点。

<相違点2>
「着色した塗料を1回塗装」することに関して、本件特許発明においては、「顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜の85度鏡面光沢度が12以上であり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEが20以内となるように着色した錆止め塗料」を塗装するものであるのに対して、甲1発明においては、「下記の下塗り塗料X100部に対して希釈用シンナー(キシレン/メチルエチルケトン=80/20)5部を加えて希釈し、硬化膜厚50μmになるように、刷毛塗りにより塗装」するものである点。

<相違点3>
上塗り塗料のみを塗装することに関して、本件特許発明においては、平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装するものであるのに対して、甲1発明においては、「硬化膜厚450μmになるように」塗装するものである点。

イ 相違点についての判断
そこで、上記相違点1ないし3について検討する。
事案に鑑み、相違点2から検討する。
甲1発明における「下塗り塗料X」の塗料ベースは、分散度にて50μm以下になるまで分散されたものであり、甲3に記載されているように、顔料の分散性がよい場合、塗料の流動性がよく、塗装した塗膜は平滑で高光沢、高鮮映性を示すことが本件特許の出願時の技術常識であることからすれば、甲1発明における「下塗り塗料X」の分散度を50μmより小さい値にする動機付けがあるとはいえる。しかし、甲3に記載されたものは、下塗りと上塗りを施す塗装に関するものではないし、「上塗り塗料本来の色及び光沢を発現できる」という本件特許発明の課題を解決するために、甲1発明における「下塗り塗料X」の分散度を「5?30μm」とすることについては、甲1ないし4のいずれにも記載されていない。
したがって、「顔料分散度が5?30μm」という事項を含む相違点2は、実質的な相違点であるし、該相違点2に係る本件特許発明の発明特定事項は、甲1発明及び甲2ないし4に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
そして、本件特許発明は、「上塗り塗料本来の色及び光沢を発現できる」という甲1発明及び甲2ないし4に記載された事項からみて格別顕著な効果を奏するものである。
よって、相違点1及び3について検討するまでもなく、本件特許発明は甲1発明であるとはいえないし、また、甲1発明及び甲2ないし4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

ウ まとめ
したがって、本件特許発明は、甲1発明、すなわち甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。
また、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2ないし4号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(3)申立理由1及び2についてのまとめ
したがって、申立理由1及び2によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由3(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、次の記載がある。

・「【技術分野】
【0001】
本発明は、経年劣化した被塗装鋼材を塗替えるに際して、素地調整後、錆止め塗料を塗装し、上塗り塗料を1回塗装するだけで上塗り塗料本来の色や光沢を発現できる、被塗装鋼材の塗替え方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建物や構造物に使用される鋼材は、錆による腐食を防止するために防食塗装が施されている。しかし、この防食塗装により形成された防食性塗膜も経時的に劣化する。そのため、防食塗装された被塗装鋼材は、定期的に防食性塗膜の塗替えが必要となる。
【0003】
ここで、従来の経年劣化した被塗装鋼材の塗替えでは、素地調整後に錆止め塗料を下塗りするが、着色を目的とした上塗り塗料を1回塗装するだけでは、上塗り塗料本来の色や光沢が得られない。そのため、通常は錆止め塗料を塗装した後に、着色塗料の塗装を複数回繰り返すことが標準仕様となっている(非特許文献1)。例えば特許文献1では、素地調整後に無機系ジンクプライマーを塗装して一次防錆処理を行った後、下塗り塗装、中塗り塗装、上塗り塗装を行っている。
【0004】
また、塗装下地の発錆が部分的であり、既存被膜の劣化が軽微な場合に、錆止め塗料の塗装工程を省略する目的として、素地調整後に簡易の錆止め性能を付与した上塗り塗料を2回塗りする塗装方法も実施されている(非特許文献2)。
【0005】
他に、下塗りおよび中塗りを同一の塗料で行い、着色上塗り塗料が焼付け塗料でも常温乾燥塗料のいずれの型の塗料であっても適用できるような下塗り中塗り兼用の下地塗り塗料を用いて、作業性の向上した塗装方法が開示されている(特許文献2)。
【0006】
さらに、1種類の塗料が下塗り、中塗り、上塗り機能を備え、1工程で防食性塗膜を形成できる防錆塗料およびその塗装物に関する技術が開示されている(特許文献3)。この技術によれば、防錆力および塗膜の美観の機能を備え、厚い塗膜を形成できる防錆塗料で塗装を行うので、工数、作業時間を削減することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2018-12099号公報
【特許文献2】特開平8-71502号公報
【特許文献3】特開2004-359818号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】公共建築改修工事標準仕様書(建築工事編)平成28年版、18章、塗装工事、p249
【非特許文献2】UR都市機構 保全工事共通仕様書(建築編)平成28年版、8章、塗装工事、p152
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
経年劣化した被塗装鋼材の塗替えでは、非特許文献1や特許文献1に記載されているように、通常は錆止め塗料を塗装した後に、着色塗装を複数回繰り返している。これでは、塗装工程が多くなり塗装コストが増大する。
【0010】
また、非特許文献2のように、若干錆止め性能を付与した上塗り塗料を2回塗り重ねれば、素地調整後の錆止め塗装工程を省略できる。しかし、この塗装方法は、錆止め塗装工程を省略しているので、あくまで発錆が部分的で既存被膜の劣化が軽微な部分のみに限定されており、実用的ではない。
【0011】
特許文献2の塗装方法では、使用塗料を下塗り中塗り兼用の下塗り塗料と着色上塗り塗料の2種類に削減できる。しかし、実際の塗装工程は、下塗り塗料の塗装を2回繰り返した後に、着色上塗り塗料を1回塗装している。つまり、従来と同様に塗装に3工程を要し、塗装工程の簡略化には至っていない。
【0012】
特許文献3の塗装方法は、1種類の塗料で下塗り、中塗り、上塗り機能を備え、1工程で防食性塗膜を形成できるため、塗装工程の簡略化の点では有意義である。しかし、1種類の塗料に下塗り、中塗り、上塗の全ての機能を付与することは限界があり、防食性塗膜の耐水性や耐候性等が不十分となって耐用年数が短くなるため、塗替え周期が短くなる。これでは、長い目で見れば結局塗装コストが嵩んでしまう。しかも、1種類の塗料を1回塗装するのみでは、塗料本来の色や光沢を発現させることも困難である。
【0013】
そこで、良好な防食性を確保したうえで、塗装工程を簡略化しながら上塗り塗料(着色塗料)本来の色や光沢を的確に発現できないか、本発明者らが鋭意検討の結果、防食性は錆止め塗料を塗装することで的確に確保しつつ、錆止め塗料の表面平滑性と、錆止め塗料と上塗り塗料との相対的な色差を調整することで、上塗り塗料本来の色及び光沢を効果的に発現できることを知見し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は上記課題を解決するものであって、経年劣化した被塗装鋼材の塗替えに際して、良好な防食性を的確に確保しながら、塗装工程を簡略化して上塗り塗料を1回塗装するだけでも上塗り塗料本来の色及び光沢を発現できる、被塗装鋼材の塗替え方法を提供することを目的とする。」

・「【課題を解決するための手段】
【0015】
そのための手段として、本発明は経年劣化した被塗装鋼材の塗替え方法であって、素地調整後、顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜(錆止め塗膜)の85度鏡面光沢度が12以上であり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEが20以内となるように着色した錆止め塗料を1回塗装し、次に、上塗り塗料のみを平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装する。
【0016】
なお、本発明において数値範囲を示す「○○?××」とは、特に明示しない限り「○○以上××以下」を意味する。」

・「【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、塗装工程を簡略化するとしても、きちんと錆止め塗料は塗装しているので、良好な防食性は担保できる。そのうえで、塗装工程を簡略化するために、錆止め塗料と上塗り塗料(着色塗料)の塗装工程をそれぞれ1回のみ行う、合計2回塗装工程としている。これにより、塗装工程を簡略化して塗装コストを削減できる。
【0018】
そのうえで、本発明の錆止め塗料は、顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜(錆止め塗膜)の85度鏡面光沢度を12以上として、錆止め塗膜の表面平滑性を高くしている。これにより、当該錆止め塗膜の上に上塗り塗料を重ね塗りしたとき、その光沢が向上し、上塗り塗料本来の光沢を発現させることができる。
【0019】
また、錆止め塗料と上塗り塗料の相対的な色差ΔEが20以内となるように設計している。このように、錆止め塗料を予め上塗り塗料の色に近い色にしておけば、その後上塗り塗料を1回だけ塗装するだけでも、上塗り塗料本来の色を有効に発現させることができる。このとき、上塗り塗料の乾燥膜厚が小さすぎると、そもそも上塗り塗料本来の色を発現させることは困難であるが、上塗り塗料の乾燥膜厚を所定の膜厚以上としていれば、上塗り塗料本来の色を発現させることができる。」

・「【0021】
<素地調整工程>
先ず、塗替えを必要とする被塗装鋼材の素地を調整する。腐食により発生した赤錆が残ったまま塗替え塗装しても、次第に塗膜にフクレや剥離が生じて、防食性塗膜の耐用年数が極端に短くなるからである。素地調整として具体的には、錆びた部分の除去、旧塗膜表面の面粗らし、防錆効果を失って脆くなった塗膜の除去等が挙げられる。実際には、劣化の程度に応じて素地調整程度1種?素地調整程度4種を行う。なお、従来は素地調整の程度は「○種ケレン」と称されていたが、近年は「素地調整程度○種」と称されるようになっている。素地調整程度1種は完全な素地調整程度であり、錆や塗膜を完全に除去し、鋼材面を清浄にする本格的な素地調整をいう。素地調整程度2種?素地調整4種は、さび発生面積や塗膜異常面積に応じて使い分けられる。素地調整程度2種は比較的完全な素地調整程度に近く、素地調整程度4種は粉化物や汚れを除去する程度の最も簡易な素地調整である。鋼材の塗替え塗装において理想とされている素地調整程度1種では、研磨粒子を圧縮空気で吹き付けるサンドブラスト、ショットブラスト等のブラスト手法により行う。素地調整程度2種?3種は、層状錆やコブ錆等の発生した腐食の著しい個所の旧塗膜と錆を、ディスクサンダーやワイヤホイル等の動力研磨工具を用いて除去したり、劣化程度が軽ければ手研磨工具にて除去することもある。素地調整程度4種であれば、劣化塗膜や浮き錆等の脆弱個所をワイヤーブラシ等で除去する程度である。」

・「【0022】
<錆止め塗装工程>
被塗装鋼材の素地を調整した後は、錆止め塗料を塗装する。本発明で使用する錆止め塗料は、皮膜形成性樹脂、防錆顔料、着色顔料、および体質顔料に加え、塗料用溶剤または水を含有する。」

・「【0031】
また、錆止め塗料を塗装して形成される錆止め塗膜の顔料分散度は、5?30μmとする。これにより、錆止め塗膜の85度鏡面光沢度を12以上にすることができ、従来の錆止め塗料よりも表面平滑性が良好となる。延いては、後述するように上塗り塗料を1回塗装するだけでも、上塗り塗料本来の光沢を発現することができる。これに対し、顔料分散度が30μmを超えると表面平滑性が不十分となり、85度鏡面光沢度を12以上にするのは困難である。延いては、上塗り塗料を1回塗装するだけでは、本来の光沢を発現できない。また、顔料分散度が5μm未満では、塗料製造時の分散工程に過剰な時間を要するため、非効率的となり不経済である。
【0032】
錆止め塗料は、次工程で使用する上塗り塗料の色に応じて着色顔料の種類及び含有量を調整し、上塗り塗料との色差ΔEを20以内としておく。好ましくはΔEを15以内、より好ましくはΔEを10以内とする。錆止め塗料と上塗り塗料との色差ΔEが20を超えると、上塗り塗料が錆止め塗料の色目の影響を受け、上塗り塗料本来の色を発現できなくなる。
【0033】
錆止め塗料は、素地調整後の塗替え箇所へ1回だけ塗装する。」

・「【0034】
<上塗り塗装工程>
錆止め塗装工程において錆止め塗膜を形成した後は、当該錆止め塗膜の上に、次工程として所定の色に着色された上塗り塗料を1回だけ塗装する。この上塗り塗料は、従来から鋼建造物や鋼構造物の経年劣化した被塗装鋼材の塗替えに供されている公知の上塗り塗料を、特に制限なく使用することができる。上塗り塗料の基本的組成は、皮膜形成樹脂と、着色顔料と、体質顔料と、塗料用溶剤または水とを含有する。これらの成分としては、錆止め塗料に含有される上記各成分と同じものを使用することができる。
【0035】
上塗り塗料は、当該上塗り塗料を塗装して形成される上塗り塗膜の平均乾燥膜厚が、少なくとも30μm以上、好ましくは40μm以上、より好ましくは50μm以上となるように塗装する。上塗り塗膜の平均乾燥膜厚が30μm未満であると、錆止め塗料の色目の影響を受け、上塗り塗料の本来の発色が得られない場合がある。上塗り塗料も、ローラー、スプレー、刷毛などにより塗装することができる。」

・「【0036】
以上のように、経年劣化した被塗装鋼材に対して塗替えを実施する場合、素地調整後、乾燥塗膜が所定の表面平滑性を有し、且つ上塗り塗料との色差ΔEが20以内である錆止め塗料を1回だけ塗装した上に、一般的な上塗り塗料も1回だけ塗装することで、従来の錆止め塗料の上に中塗り塗料と上塗り塗料をそれぞれ1回塗りした場合、もしくは、従来の錆止め塗料の上に上塗り塗料を2回塗りした場合と同等の塗膜外観を有する、防食性塗膜を形成できる。」

・「【実施例】
【0037】
以下に、本発明を具体化した実施例について説明する。各実施例及び各比較例に使用した錆止め塗料(着色前)を構成する成分と、その含有量(重量部)を表1に示す。表1に示す各成分としては以下のものを用いた。
皮膜形成性樹脂:溶液形のアクリル樹脂ワニスであるハリアクロン8006G(固形分50%、ハリマ化成株式会社製)
防錆顔料:リン酸亜鉛系のLFボウセイZP-NFS(キクチカラー株式会社製)
白色顔料:酸化チタンであるJR600A(テイカ株式会社製)
体質顔料I:表面処理タイプの炭酸カルシウムであるMC-SII(丸尾カルシウム株式会社製)
体質顔料II:表面無処理タイプの炭酸カルシウムであるNS#400(日東粉化工業株式会社製)
増粘剤:ディスパロン6820-20M(楠本化成株式会社製)
架橋触媒:ニッカオクチックスコバルト8%(日本化学産業株式会社製)
消泡剤:ダッポーSN-362(サンノプコ株式会社製)
溶剤:石油系混合溶剤であるカクタスソルベントP-20(JX日鉱日石エネルギー株式会社製)
【0038】
【表1】

【0039】
各実施例及び各比較例の上塗り塗料としては、溶液形樹脂ワニスとNADを併用した1液ワイドウォールSi白(60度鏡面光沢度82.3、スズカファイン株式会社製)を使用した。
【0040】
最初に、表1に示す各成分をペイントシェーカーにより分散し、分散時間を適宜調整することで、各実施例用及び各比較例用に顔料分散度が5?40μmとなる錆止め塗料(着色前)を複数種調製した。顔料分散度の測定には、JIS K 5600-2-5:1999に規定された粒ゲージを用いた。次に、これらの錆止め塗料(着色前)100重量部に対し、それぞれ着色顔料として黒色カラーペーストを10重量部未満で添加し、卓上ミキサーで均一に混合することで、錆止め塗料と上塗り塗料との色差ΔEが10?25となるように調製した。黒色カラーペーストとしては、カーボンブラック顔料を使用したTカラー黒(固形分41%、スズカファイン株式会社製)を用いた。
【0041】
試験体の塗装には、一般的な塗装用ローラーと同等の平均塗布膜厚であり、かつ、均一な塗布膜厚とするために、塗料関係のJISに規定されているフィルムアプリケータを用いた。
【0042】
錆止め塗料と上塗り塗料との色差ΔE(CIE1976)は、それぞれを白色アート紙に隙間150μmのフィルムアプリケータで塗布し、乾燥させた塗膜を分光測色計(CM-5、コニカミノルタ株式会社製)で測定した。
【0043】
鏡面光沢度は、錆止め塗料及び上塗り塗料を、それぞれガラス板に隙間150μmのフィルムアプリケータで塗布し、乾燥させた塗膜を光沢計(ヘイズ-グロス、ビックガードナー社製)で測定した。また、錆止め塗料は比較的低光沢領域の指標として適する85度鏡面光沢度を測定し、上塗り塗料は比較的高光沢領域の指標として適する60度鏡面光沢度を測定した。【0044】 錆止め塗料及び上塗り塗料の乾燥膜厚は、乾燥させた塗膜を膜厚計(LZ-200、株式会社ケット科学研究所製)で測定した。
【0045】
次に、表2に示す各実施例及び各比較例の錆止め塗料を、白色アート紙に隙間150μmのフィルムアプリケータで、平均乾燥膜厚が43μmとなるように塗装した。塗布して乾燥させた後、その上から、上塗り塗料を各種隙間(100、125、150、225μm)のフィルムアプリケータで錆止め塗料とは垂直方向に、表2に示す平均乾燥膜厚となるように塗布して乾燥させ、複合塗膜(防食性塗膜)を形成した。そして、複合塗膜を次のように評価した。
【0046】
(光沢差評価)
各実施例及び比較例の複合塗膜の60度鏡面光沢度を測定し、上塗り塗料単独の塗膜に対する光沢低下を評価した。
◎:60度鏡面光沢度が80以上となり、光沢低下がほとんどなく、実用性に優れる。
○:60度鏡面光沢度が78以上80未満であり、光沢低下があまりなく、実用レベルである。
×:60度鏡面光沢度が78未満であり、光沢低下が大きいため、非実用的である。
【0047】
(色差評価)
各実施例及び比較例の複合塗膜を測色し、上塗り塗料単独の塗膜に対する色差を評価した。
◎:色差が1.0未満で上塗り塗料との色差が極めて小さく、実用性に特に優れる。
○:色差が1.0以上2.0未満で上塗り塗料との色差が小さく、実用性に優れる。
△:色差が2.0以上2.5未満であり、上塗り塗料との色差が若干あるものの、実用レベルである。
×:色差が2.5以上であり、上塗り塗料との色差が大きいため、非実用的である。
【0048】
【表2】

【0049】
表3の結果から、実施例1?実施例8のように、錆止め塗料の顔料分散度を5?30μmとすることで、錆止め塗膜の85度鏡面光沢度は12以上となり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEを20以内とし、さらに、上塗り塗料の乾燥膜厚を30μm以上とすることで、上塗り塗料本来の色と光沢を実用レベルで発現できることが確認された。これに対し、錆止め塗料と上塗り塗料との色差ΔEが大き過ぎる比較例1では、上塗り塗料本来の色を発現できなかった。また、上塗り塗膜の平均乾燥膜厚が小さ過ぎる比較例2では、上塗り塗料本来の色と光沢の双方を発現できなかった。また、錆止め塗料の顔料分散度が大き過ぎる比較例3では、錆止め塗膜の85度鏡面光沢度が低下し、その結果上塗り塗料本来の光沢を発現できなかった。」

(3)発明の課題
本件特許の発明の詳細な説明の【0009】ないし【0014】によると、本件特許発明の発明が解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、「経年劣化した被塗装鋼材の塗替えに際して、良好な防食性を的確に確保しながら、塗装工程を簡略化して上塗り塗料を1回塗装するだけでも上塗り塗料本来の色及び光沢を発現できる、被塗装鋼材の塗替え方法を提供する」ことである。

(4)サポート要件についての判断
ア 本件特許の発明の詳細な説明の【0018】の「本発明の錆止め塗料は、顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜(錆止め塗膜)の85度鏡面光沢度を12以上として、錆止め塗膜の表面平滑性を高くしている。これにより、当該錆止め塗膜の上に上塗り塗料を重ね塗りしたとき、その光沢が向上し、上塗り塗料本来の光沢を発現させることができる。」という記載から、「顔料分散度が5?30μmで、乾燥塗膜の85度鏡面光沢度が12以上」であれば、錆止め塗膜の上に上塗り塗料を重ね塗りしたとき、その光沢が向上し、上塗り塗料本来の光沢を発現させることができることが理解できる。

イ 本件特許の発明の詳細な説明の【0019】の「錆止め塗料と上塗り塗料の相対的な色差ΔEが20以内となるように設計している。このように、錆止め塗料を予め上塗り塗料の色に近い色にしておけば、その後上塗り塗料を1回だけ塗装するだけでも、上塗り塗料本来の色を有効に発現させることができる。」及び【0032】の「錆止め塗料と上塗り塗料との色差ΔEが20を超えると、上塗り塗料が錆止め塗料の色目の影響を受け、上塗り塗料本来の色を発現できなくなる。」という記載から、「上塗り塗料との色差ΔEが20以内」であれば、上塗り塗料を1回だけ塗装するだけでも、上塗り塗料本来の色を有効に発現させることができることが理解できる。

ウ 本件特許の発明の詳細な説明の【0034】の「錆止め塗装工程において錆止め塗膜を形成した後は、当該錆止め塗膜の上に、次工程として所定の色に着色された上塗り塗料を1回だけ塗装する。」及び【0035】の「上塗り塗料は、当該上塗り塗料を塗装して形成される上塗り塗膜の平均乾燥膜厚が、少なくとも30μm以上、好ましくは40μm以上、より好ましくは50μm以上となるように塗装する。上塗り塗膜の平均乾燥膜厚が30μm未満であると、錆止め塗料の色目の影響を受け、上塗り塗料の本来の発色が得られない場合がある。」という記載から、「上塗り塗料のみを1回だけ塗装」する場合、「平均乾燥膜厚が30μm以上」とすれば、錆止め塗料の色目の影響を受けず、上塗り塗料の本来の発色が得られることが理解できる。

エ 本件特許の発明の詳細な説明の【0037】ないし【0049】には、顔料分散度が5?30μmで、感想塗膜の85度鏡面光沢度が12以上であり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEを20以内となるように着色した錆止め塗料を1回塗装し、次に上塗り塗料のみを平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装することで、上塗り塗料本来の色と光沢を実用レベルで発現できることが、具体的な比較例及び実施例によって示されている。

オ そうすると、本件特許の発明の詳細な説明の上記記載から、当業者は、顔料分散度が5?30μmで、感想塗膜の85度鏡面光沢度が12以上であり、かつ、上塗り塗料との色差ΔEを20以内となるように着色した錆止め塗料を1回塗装し、次に上塗り塗料のみを平均乾燥膜厚が30μm以上となるように1回だけ塗装することで、発明の課題が解決できると認識する。

カ なお、本件特許の発明の詳細な説明に記載された実施例6ないし8は、色差を調整するために、カーボンブラックの量を変えているが、それらの鏡面光沢度が変化していないことからみて、着色顔料(カーボンブラック)の添加は鏡面光沢度、ひいては鏡面光沢度を調整する顔料分散度に影響を与えるものではなく、顔料分散度は着色顔料の添加の前後で変化しないと理解できる。すなわち、「着色顔料(黒色カラーペースト)」の添加により最終的な「錆止め塗料」における顔料分散度は「錆止め塗料(着色前)」の値から変化しない。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載に特許異議申立人の主張するような不備はない。

キ したがって、本件特許発明は、本件特許の発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるというべきであり、本件特許発明に関して、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する。

(3)申立理由3についてのまとめ
したがって、申立理由3によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由4(明確性)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)明確性要件の判断
ア 本件特許の請求項1の記載は、上記第2の【請求項1】のとおりであり、それ自体不明確な記載はなく、また、本件特許の発明の詳細な説明の【0018】、【0019】、【0031】、【0032】、【0034】及び【0035】の記載とも整合している。

イ また、上記2(2)カのとおり、「着色顔料(黒色カラーペースト)」の添加により最終的な「錆止め塗料」における顔料分散度は「錆止め塗料(着色前)」の値から変化しないから、本件特許発明に規定の「錆止め塗料」は本件特許明細書に記載の「錆止め塗料」であり、本件特許の請求項1の記載は、本件特許の発明の詳細な説明の【0037】ないし【0049】の記載とも整合している。

ウ なお、上記イのとおりであるから、本件特許の特許請求の範囲の記載に特許異議申立人の主張するような不備はない。

エ したがって、本件特許発明に関して、特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

(3)申立理由4についてのまとめ
したがって、申立理由4によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由5(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
本件特許発明は、「被塗装鋼材の塗替え方法」という方法の発明である。
そして、方法の発明について、実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法の使用をすることができる程度の記載を要する。

(2)発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明の記載は、上記2(2)のとおりである。

(3)実施可能要件の判断
ア 本件特許の発明の詳細な説明の【0018】、【0019】、【0031】、【0032】、【0034】及び【0035】には、本件特許発明の各発明特定事項について具体的に記載されている。
また、本件特許の発明の詳細な説明の【0037】ないし【0049】には、本件特許発明の実施例が具体的に記載されている。

イ したがって、本件特許発明について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法の使用をすることができる程度の記載があるといえる。

ウ なお、本件特許発明には、「顔料分散度が5?30μm」を満たすにもかかわらず「85度鏡面光沢度が12以上」を満たさない場合は含まれないので、本件特許の発明の詳細な説明の記載に特許異議申立人の主張するような不備はない。

エ よって、本件特許発明に関して、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を充足する。

(4)申立理由5についてのまとめ
したがって、申立理由5によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
したがって、特許異議申立書に記載した申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-08-04 
出願番号 特願2019-52897(P2019-52897)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (B05D)
P 1 651・ 121- Y (B05D)
P 1 651・ 537- Y (B05D)
P 1 651・ 113- Y (B05D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 高崎 久子  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 植前 充司
加藤 友也
登録日 2019-10-11 
登録番号 特許第6600760号(P6600760)
権利者 スズカファイン株式会社
発明の名称 被塗装鋼材の塗替え方法  
代理人 特許業務法人 ユニアス国際特許事務所  
代理人 伊藤 寿浩  

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