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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  F04B
管理番号 1365818
審判番号 無効2019-800067  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-10-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-09-13 
確定日 2020-09-02 
事件の表示 上記当事者間の特許第5871281号発明「容量制御弁」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 上記当事者間の特許5871281号発明「容量制御弁」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結 論
本件審決の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。

理 由
第1 手続の経緯
特許第5871281号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る発明についての出願は、平成23年11月4日(優先権主張 平成22年12月9日 日本国(JP))を国際出願日とする出願であって、平成28年1月22日に特許権の設定登録がされたものである。
その後の手続きは、以下のとおりである。

令和元年9月13日 審判請求書、甲第1号証及び甲第2号証の提出
令和元年10月11日 証拠説明書の提出
令和元年12月10日 審判事件答弁書の提出
令和2年1月23日付け 審理事項通知書
令和2年2月21日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
令和2年2月21日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
令和2年3月13日 口頭審理
令和2年3月27日 上申書(請求人)
令和2年4月6日 上申書(被請求人)

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明3」という。)は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次のとおりのものである。

「【請求項1】
流体を吐出する吐出室と流体の吐出量を制御する制御室とを連通させる吐出側通路と、
前記吐出側通路の途中に形成された第1弁室と、
流体を吸入する吸入室と前記制御室とを連通させる吸入側通路と、
前記吸入側通路の途中に形成された第2弁室と、
前記第1弁室にて前記吐出側通路を開閉する第1弁部及び前記第2弁室にて前記吸入側通路を開閉する第2弁部を一体的に有しその往復動によりお互いに逆向きの開閉動作を行う弁体と、
前記吸入側通路の途中において前記第2弁室よりも前記制御室寄りに形成された第3弁室と、
前記第3弁室内に配置されてその伸長により前記第1弁部を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲の圧力増加に伴って収縮する感圧体と、
前記感圧体の伸縮方向の自由端に設けられて環状の座面を有するアダプタと、
前記第3弁室にて前記弁体と一体的に移動すると共に前記アダプタの座面との係合及び離脱により前記吸入側通路を開閉する環状の係合面を有する第3弁部と、
前記弁体に対して前記第1弁部を閉弁させる方向に電磁駆動力を及ぼすソレノイドを備え、
前記アダプタと前記第3弁部との間には、前記アダプタ及び前記第3弁部を開弁させる方向に作用する付勢手段を設けることを特徴とする容量制御弁。
【請求項2】
付勢手段がコイルスプリングからなることを特徴とする請求項1記載の容量制御弁。
【請求項3】
付勢手段が前記アダプタの内周側に配置されていることを特徴とする請求項1または2記載の容量制御弁。」

第3 請求人の主張の概要及び証拠方法
請求人は、審判請求書において、「特許第5871281号発明の特許請求の範囲の請求項第1?3項に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」(審判請求書 6.請求の趣旨)ことを請求の趣旨とし、甲第1号証及び甲第2号証を提出して、次のような、無効理由1及び無効理由2を主張する。

1 請求人の主張の概要
請求人が主張する無効理由の概要は、次のとおりである。

(1)無効理由1について
本件特許発明1ないし3は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである
(第1回口頭審理調書)。

(2)無効理由2について
本件特許発明1ないし3は、甲第2号証に記載された発明に、甲第2号証に記載されている事項を適用することにより容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。

2 証拠方法
請求人は、審判請求書とともに甲第1号証及び甲第2号証を証拠方法として提出した。
甲第1号証:再公表特許第2006/90760号
甲第2号証:特開2007-64028号公報

第4 被請求人の主張の概要
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めている。(審判事件答弁書 6 答弁の趣旨)
被請求人の主張の概要は以下のとおりである。

(1)無効理由1について
請求人が主張する甲第1号証及び甲第2号証を検討しても、本件特許発明1ないし3は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたものではない。
(答弁書第20ページ第10行ないし第30ページ第3行参照。)

(2)無効理由2について
請求人が主張する甲第2号証を検討しても、本件特許発明1ないし3は、甲第2号証に記載された発明及び甲第2号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明できたものではない。
(答弁書第30ページ第10行ないし第36ページ第3行参照。)

第5 当審の判断
第5-1 無効理由1:特許法第29条第2項(進歩性)について
1 甲第1号証及び甲第2号証について

(1)甲第1号証の記載及び甲1発明
甲第1号証には、「容量制御弁」に関して、図面とともに以下の記載がある。(なお、下線は当審で付した。)

ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、作動流体の容量又は圧力を可変制御する容量制御弁に関し、特に、自動車等の空調システムに用いられる容量可変型圧縮機等の吐出量を圧力負荷に応じて制御する容量制御弁に関する。」

イ 「【発明が解決しょうとする課題】
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、特に容量可変型圧縮機の起動直後において、制御室からの液冷媒の排出性能を高めて所望の容量制御を迅速に行えるようにし、又、安定した容量制御が可能で、全体の小型化、低コスト化等も図かれる容量制御弁を提供することにある。」

ウ 「【0009】
この構成によれば、通常の容量制御の状態では、ソレノイドが所定の電磁力を発生するように駆動されると、第3弁部が弁座体に係合して閉弁した状態で、第1弁部及び第2弁部が適宜開閉して制御室圧力を調整し、所定の吐出量となるように容量制御を行う。
ここで、特に、ソレノイドがオフとされ第2弁部が吸入側通路を閉塞した状態で容量可変型圧縮機が長時間停止状態に放置されると、制御室には液冷媒が溜まって制御室圧力が上昇し、その制御室圧力が感圧体を収縮させ第3弁部を弁座体から離脱させて開弁させた状態となる。そして、ソレノイドがオンとされて弁体が起動し始めると、第1弁部が閉弁方向に移動すると同時に第2弁部が開弁方向に移動する。
そして、吸入側通路が開放された状態にあるとき、制御室内の液冷媒が吸入側通路から吸入室に排出される。この際に、第3弁部の係合面及び弁座体の座面の他方が上記の条件を満たす中心角αとなるテーパ面状に形成されているため、液冷媒の排出が効率よく行われて、迅速に所望の容量制御に移行することができる。一方、第3弁部が弁座体に係合して閉弁するときは、調芯作用が得られて確実な閉塞(シール)状態が得られる。」

エ 「【0019】
以下、本発明の最良の実施形態について、添付図面を参照しつつ説明する。
この斜板式容量可変型圧縮機Mは、図1に示すように、吐出室11、制御室(クランク室とも称す)12、吸入室13、複数のシリンダ14、シリンダ14と吐出室11とを連通させ吐出弁11aにより開閉されるポート11b、シリンダ14と吸入室13とを連通させ吸入弁13aにより開閉されるポート13b、外部の冷却回路に接続される吐出ポート11c及び吸入ポート13c、吐出室11と制御室12とを連通させる吐出側通路としての連通路15、前述の吐出側通路としての役割及び制御室12と吸入室13とを連通させる吸入側通路としての役割を兼ねる連通路16、吸入側通路としての連通路17等を画定するケーシング10、制御室(クランク室)12内から外部に突出して回動自在に設けられた回転軸20、回転軸20と一体的に回転すると共に回転軸20に対して傾斜角度を可変に連結された斜板21、各々のシリンダ14内に往復動自在に嵌合された複数のピストン22、斜板21と各々のピストン22を連結する複数の連結部材23、回転軸20に取り付けられた被動プーリ24、ケーシング10に組み込まれた本発明の容量制御弁V等を備えている。
また、この斜板式容量可変型圧縮機Mには、吐出ポート11c及び吸入ポート13cに対して冷却回路が接続され、この冷却回路には、コンデンサ(凝縮器)25、膨張弁26、エバポレータ(蒸発機)27が順次に配列して設けられている。」

オ 「【0021】
ボデー30は、図2ないし図5に示すように、吐出側通路として機能する連通路31,32,33、後述する弁体40の連通路44と共に吸入側通路として機能する連通路33,34、吐出側通路の途中に形成された第1弁室35、吸入側通路の途中に形成された第2弁室36、弁体40をガイドするガイド通路37、吐出側通路及び吸入側通路の制御室12寄りに形成された第3弁室38等を備えている。また、ボデー30には、第3弁室38を画定すると共にボデー30の一部を構成する閉塞部材39が螺合により取り付けられている。」

カ 「【0023】
弁体40は、図2ないし図5に示すように、略円筒状に形成されて一端側に第1弁部41、他端側に第2弁部42、第1弁部41を挟んで第2弁部42と反対側に後付けにより連結された第3弁部43、その軸線方向において第2弁部42から第3弁部43まで貫通し吸入側通路として機能する連通路44等を備えている。
第3弁部43は、第1弁室35から第3弁室38に向かって縮径した状態から末広がり状に形成されて連通路(弁孔)32を挿通すると共に、その外周縁において後述する弁座体53と対向する環状の係合面43aを備えている。
ここで、第3弁部43の係合面43aは、図6に示すように、外向きに凸状をなすと共に曲率半径Rをなす球面状に形成され、かつ、曲率半径Rの値が9mm<R<11mmを満足するように形成されている。

【0024】
感圧体50は、図2ないし図5に示すように、ベローズ51、ベローズ51内に圧縮して配置されたコイルスプリング52、弁座体53等を備えている。ベローズ51は、その一端が閉塞部材39に固定され、その他端(自由端)に弁座体53を保持している。
弁座体53は、その外周縁に第3弁部43の係合面43aと対向して係合及び離脱する環状の座面53aを備えている。 ここで、弁座体53の座面53aは、図6に示すように、外向き(第3弁部43と対向する向き)に凹状をなすと共に中心角αをなすテーパ面状に形成され、かつ、中心角αの値が120°<α<160°を満足するように形成されている。
すなわち、感圧体50は、第3弁室38内に配置されて、その伸長(膨張)により第1弁部41を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲(第3弁室38及び弁体40の連通路44内)の圧力増加に伴って収縮して第1弁部41に及ぼす付勢力を弱めるように作動する。」

キ 「【0027】
上記構成において、コイル68が非通電の状態では、感圧体50及びコイルスプリング67の付勢力により、弁体40は図3中の右側に移動して、第1弁部41が座面35aから離れて連通路(吐出側通路)31,32を開放すると同時に第2弁部42が座面36aに着座して連通路(吸入側通路)34,44を閉塞する。このとき、制御室圧力Pcが所定レベル以上に上昇すると、図3に示すように、感圧体50を収縮させて弁座体53を第3弁部43から後退させて離脱させた(第3弁室38において吸入側通路を開放した)状態となる。
一方、コイル68が所定電流値(I)以上に通電されると、感圧体50及びコイルスプリング67の付勢力と逆向きに作用するソレノイド60の電磁駆動力(付勢力)により、弁体40は図5中の左側に移動して、第1弁部41が座面35aに着座して連通路(吐出側通路)31,32を閉塞すると同時に第2弁部42が座面36aから離れて連通路(吸入側通路)34,44を開放する。この起動直後において、制御室圧力Pcが所定レベル以上のとき、図4に示すように、弁座体53が第3弁部43から離脱して吸入側通路を開放した状態から第3弁部43が弁座体53に着座するまでの間に、制御室12内に溜まった液冷媒等が連通路(吸入側通路)44,34を経由して吸入室13に排出される。」

したがって、上記アないしキの記載及び図面の図示内容を総合し、整理すると、甲第1号証には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「甲1発明」
「流体を吐出する吐出室11と流体の吐出量を制御する制御室12とを連通させる吐出側通路15、16と、
前記吐出側通路15、16の途中に形成された第1弁室35と、
流体を吸入する吸入室13と前記制御室12とを連通させる吸入側通路16、17と、
前記吸入側通路16、17の途中に形成された第2弁室36と、
前記第1弁室35にて前記吐出側通路15、16を開閉する第1弁部41及び前記第2弁室36にて前記吸入側通路16、17を開閉する第2弁部42を一体的に有しその往復動によりお互いに逆向きの開閉動作を行う弁体40と、
前記吸入側通路16、17の途中において前記第2弁室36よりも前記制御室12寄りに形成された第3弁室38と、
前記第3弁室38内に配置されてその伸長により前記第1弁部41を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲の圧力増加に伴って収縮する感圧体50と、
前記感圧体50の伸縮方向の自由端に設けられて環状の座面を有する弁座体53と、
前記第3弁室38にて前記弁体40と一体的に移動すると共に前記弁座体53の座面との係合及び離脱により前記吸入側通路を開閉する環状の係合面を有する第3弁部43と、
前記弁体40に対して前記第1弁部41を閉弁させる方向に電磁駆動力を及ぼすソレノイド60を備え、
前記第3弁部の係合面及び前記弁座体の座面の一方は、球面状に形成され、他方は中心角αが120°<α<160°をなすテーパ面状に形成されている容量制御弁V。」

(2)甲第2号証の記載及び甲第2号証に記載された事項
甲第2号証には、「可変容量圧縮機」に関して、図面とともに次の記載がある(なお、下線は当審で付した。)。

ア 「【実施例5】
【0023】
図8に示すように、容量制御弁600は、図2の容量制御弁200に、感圧部材に電磁力を作用させるソレノイドを付加し、外部信号により吸入室圧力を制御する外部制御方式の容量制御弁としたものである。図2の容量制御弁200では感圧部材はベローズとしているが、図8の容量制御弁600では感圧部材としてダイアフラムを使用している。
容量制御弁600は、感圧室601内に配設され、クランク室圧力を受圧して感圧手段として機能するダイアフラム602と、ダイアフラム602に電磁力を作用させてダイアフラム602の動作点を決定すべく配設されたソレノイド650と、ダイアフラム602に隣接して配設された連結部603に一端が当接し、他端がボデー604に摺動可能に支持されて吸入室圧力を受圧し、吐出室120とクランク室105との連通路122に配設された弁孔605を開閉する弁形成体606と、弁形成体606を閉弁方向に付勢するバネ607と、バネ607の一端が当接しボデー604に圧入固定されたバネ支持部材608と、連結部603と弁形成体606の連結部606bとの間に配設され、連結部603と連結部606bとを離間する方向に付勢するバネ609とから構成される。
弁形成体606は、弁体606aと、連結部603に当接する連結部606bとから成り、連結部606bが弁体606aに圧入固定されたものである。弁体606aが配設された弁室610は、ボデー604に形成された連通孔604aを経由して吐出室120と連通し、また弁孔605、感圧室601、ボデー604に形成された連通孔604bを経由してクランク室105と連通している。したがって、連通孔604a、弁室610、弁孔605、感圧室601及び連通孔604bは、吐出室120とクランク室105との連通路122の一部を形成している。
また弁形成体606の他端側空間(圧力室)611は、バネ支持部材608に形成された連通孔608aを介して吸入室119に連通している。弁体606aの内部には両端を貫通する連通孔606cが形成されており、連結部606bと連結部603との連結部の内部空間612が他端側空間(圧力室)611と連通する構造となっている。連結部603と連結部606bとは接離可能に連結する構造を成しており、連結部603と連結部606bが離間した時には、所定の隙間613が形成されて、感圧室601と弁形成体606の他端側空間(圧力室)611が、内部空間612と、連通孔606cとを介して連通し、これによりクランク室105と吸入室119を連通する第2放圧通路が形成される。連結部603と連結部606bとが連結した時は、感圧室601と弁形成体606の他端側空間(圧力室)611の連通が遮断され、第2放圧通路が遮断される。連結部606bの連結部603との当接部は漏斗形状を成し、連結部603の連結部606bとの当接部は円錐台形状を成している。漏斗形状部と円錐台形状部とが嵌合することにより、連結部606bと連結部603とが確実に連結する。
ソレノイド650は、ダイアフラム602に隣接して配設された可動鉄心651と所定隙間を維持して対向配置された固定鉄心652と、可動鉄心651をロッド653を介してダイアフラム602側に付勢するバネ654と、可動鉄心651と固定鉄心652を取り囲むように配設された電磁コイル655と、電磁コイル655を収容するソレノイドケース656とから構成される。ダイアフラム602の図中下側(可動鉄心側)は大気圧が導入されている。ソレノイド650で発生する電磁力は閉弁方向に作用し、可変容量圧縮機の吸入室圧力制御特性は図8中の式(4)及び図7で示されような、電磁コイルへの通電量が増加すると吸入室圧力が低下するものとなる。
容量制御弁600では、ソレノイド650の電磁力が感圧部材(ダイアフラム602)に作用するため、ソレノイド650の電磁力は感圧部材の変位に影響して連結部の開閉動作点に影響する。この結果、図7に示すようなソレノイドの通電量に応じた吸入室圧力制御点近傍まで第2放圧通路が形成される利点がある。これに対し、図6の容量制御弁500では、ソレノイドの電磁力が弁体に作用しているため、ソレノイドの電磁力は弁体の開閉には影響するものの、連結部の開閉には何ら影響しない。したがって、ソレノイドの通電量に係わらず、感圧部材(ベローズ)が一定の吸入室圧力で伸長し始めて連結部が連結され、第2放圧通路が一定の吸入室圧力で遮断されてしまう。この点で、図8の容量制御弁600は、図6の容量制御弁500よりもクランク室内圧の冷媒排出性能が優れている。」

したがって、上記ア(【実施例5】)に関する記載及び図面(特に【図8】)の図示内容を整理すると、甲第2号証には、次の事項(以下「甲2記載事項1」という。)が記載されていると認められる。

「甲2記載事項1」
「感圧手段として機能するダイアフラム602と、ダイアフラム602に隣接して配設された可動鉄心651と、ダイアフラム602の動作点を決定すべく配設されたソレノイド650と、ダイアフラム602に隣接して配設された連結部603と、連結部603と連結及び離間により第2放圧通路を遮断及び形成する連結部606bと、連結部603と連結部606bとの間に配設され、連結部603と連結部606bとを離間する方向に付勢するバネ609を備えた、容量制御弁600。」

2 本件特許発明1について
(1)甲1発明
甲1発明は、上記1(1)に記載したとおりの発明が記載されている。

(2)対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「吐出室11」は、その機能、構造又は技術的意義からみて、本件特許発明1における「吐出室」に相当し、以下同様に「制御室12」は「制御室」に、「吐出側通路15、16」は「吐出側通路」に、「第1弁室35」は「第1弁室」に、「吸入側通路16、17」は「吸入側通路」に、「第2弁室36」は「第2弁室」に、「弁体40」は「弁体」に、「第3弁室38」は「第3弁室」に、「感圧体50」は「感圧体」に、「弁座体53」は「アダプタ」に、「第3弁部43」は「第3弁部」に、「ソレノイド60」は「ソレノイド」に、それぞれ相当する。

したがって、本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、
「流体を吐出する吐出室と流体の吐出量を制御する制御室とを連通させる吐出側通路と、
前記吐出側通路の途中に形成された第1弁室と、
流体を吸入する吸入室と前記制御室とを連通させる吸入側通路と、
前記吸入側通路の途中に形成された第2弁室と、
前記第1弁室にて前記吐出側通路を開閉する第1弁部及び前記第2弁室にて前記吸入側通路を開閉する第2弁部を一体的に有しその往復動によりお互いに逆向きの開閉動作を行う弁体と、
前記吸入側通路の途中において前記第2弁室よりも前記制御室寄りに形成された第3弁室と、
前記第3弁室内に配置されてその伸長により前記第1弁部を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲の圧力増加に伴って収縮する感圧体と、
前記感圧体の伸縮方向の自由端に設けられて環状の座面を有するアダプタと、
前記第3弁室にて前記弁体と一体的に移動すると共に前記アダプタの座面との係合及び離脱により前記吸入側通路を開閉する環状の係合面を有する第3弁部と、
前記弁体に対して前記第1弁部を閉弁させる方向に電磁駆動力を及ぼすソレノイドを備えた、
容量制御弁。」
という点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
本件特許発明1は、「アダプタと前記第3弁部との間には、前記アダプタ及び前記第3弁部を開弁させる方向に作用する付勢手段を設け」ているのに対し、甲1発明は、流路において、第3弁部の係合面及び弁座体の座面の一方を球面上に形成し、他方を中心角αが120°<α<160°をなすテーパ面状に形成しており、弁座体53と第3弁部43との間に付勢手段を設けていない点。

なお、甲1発明の認定、本件特許発明1との一致点及び相違点の認定については、当事者間に争いがない。(審理事項通知書の第2の1ないし2、口頭審理陳述要領書(請求人)の5.(1)I、口頭審理陳述要領書(被請求人)の5(2)ア)

(3)相違点についての判断
相違点1について
(ア)甲1発明に甲2記載事項を適用する動機付けについて
本件特許発明1の課題(以下「本件課題」という。)は、本件明細書【0010】に記載されているとおり「容量制御弁の制御弁特性を変化させることなく、容量可変型圧縮機の起動時における制御室の液冷却の排出機能を増大させる」ことにある。
ここで、甲第1号証について検討するに、本件特許発明1の上位概念化した課題である容量可変型圧縮機の起動時における制御室の液冷媒の排出性能を増大させることの記載はあるが(段落【0007】)、「容量制御弁の制御特性を変化させることなく、容量可変型圧縮機の起動時における制御室の液冷媒の排出性能を増大させる」という本件課題についての記載や示唆はない。
そして、甲第2号証においても、クランク室の冷媒排出性能が従来に比べて向上した可変容量圧縮機を提供することを目的とすると記載され(段落【0003】)、本件特許発明1の上記上位概念化した課題は記載されているが、「容量制御弁の制御特性を変化させることなく、容量可変型圧縮機の起動時における制御室の液冷媒の排出性能を増大させる」という本件課題についての記載や示唆はない。
加えて、本件課題は、容量制御弁において自明ないし周知というべき証拠もない。
さらに、本件特許発明1の上位概念化した課題である、制御室の液冷媒の排出性能を増大させることについても検討する。
甲1発明は、制御室からの冷媒液の排出性能を高めるために、吸入側通路を開閉する第3弁部43及び弁座体53において「第3弁部の係合面及び弁座体の座面の一方は、球面状に形成され、他方は中心角αが120°<α<160°をなすテーパ面状に形成」することで上記上位概念化した課題を解決するための発明特定事項をすでに備えている。
一方、甲第2号証の段落【0004】には、「本発明に係る可変容量圧縮機においては、弁体が給気通路を閉じると共に、第1部材と第2部材とが離間して、クランク室を吸入室に連通させる第2放圧通路が形成されるので、クランク室内の冷媒は第1放圧通路と第2放圧通路とを介して吸入室へ排出される。この結果、クランク室の冷媒排出性能が従来に比べて向上する。」と記載されていることから、甲2記載事項1において、上記上位概念化した課題を解決するための発明特定事項は、連結部材603、連結部材606b及び第2放圧通路であることがわかる。
しかし、甲1発明には、すでに弁座体53、第3弁部43及び吸入側通路をすでに備えられていることから、甲2記載事項1が備えている連結部材603、連結部材606b及び第2放圧通路について、あらためて適用するための動機付けを有しないといえる。
以上を踏まえると、甲1発明に甲2記載事項1を適用することは、そもそもその動機付けがないというべきである。

(イ)甲1発明と甲2記載事項1の組み合わせについて
上記(ア)で検討したとおり、甲1発明に甲2記載事項1を適用する動機付けはないが、甲1発明と甲2記載事項1の組み合わせが可能であるかについて検討する。
甲2記載事項1は「感圧手段として機能するダイアフラム602と、ダイアフラム602に隣接して配設された可動鉄心651と、ダイアフラム602の動作点を決定すべく配設されたソレノイド650と、ダイアフラム602に隣接して配設された連結部603と、連結部603に当接する連結部606bと、連結部603と連結部606bとの間に配設され、連結部603と連結部606bとを離間する方向に付勢するバネ609を備えた、容量制御弁600。」である。
ここで、甲第2号証の【0024】を参照すると、実施例6の容量制御弁700について「ソレノイド750を励磁すると、ダイアフラム602を挟んで第1可動鉄心651に第2可動鉄心751が吸引連結され、ダイアフラム602と一体連結して、第2可動鉄心751は図8の連結部603と同じ機能を果たす。」との記載があることから、実施例5の容量制御弁600における連結部603は、ソレノイド650が励磁されると、ダイアフラム602を挟んで可動鉄心651と一体連結することが理解でき、その際、容量制御弁700の第2可動鉄心751は、ソレノイド750を励磁することで第1可動鉄心651と吸引連結されているのに対して、上記容量制御弁600における連結部603は、バネ609によってダイアフラム602に付勢されることにより、芯ズレを起こすことなく一体連結する構成であると理解できる。
そして、当該機構において、連結部603及び連結部606bとの開閉動作はソレノイドの電磁力により決定することから、バネ609は、連結部603と連結部606bとを離間する方向に付勢すると共に、連結部603を付勢することで、連結部603、ダイアフラム602及び可動鉄心651を一体連結するために設けられているものである。
以上により、上記容量制御弁600は、ソレノイド650、可動鉄心651、ダイアフラム602、連結部603、連結部606b及びバネ609が、第2放圧通路を連通させるために一体不可分の機構となっていることがわかる。
したがって、第2放圧通路を連通させる機構としてバネ609だけを取り出すことはできず、また、バネ609と一体不可分であるソレノイド、ダイアフラム、連結部603及び606b並びに可動鉄心651の機構を甲1発明に適用すると正常に作動させることができない。

(ウ)請求人が審判請求書における無効理由1で主張する「引用文献2に記載されている事項」は、容量制御弁において、連結部の間にバネを設けたものであることから(審判請求書20ページ3行ないし10行)、上記で示した容量制御弁600について検討したが、補足的に、甲第2号証に示されたベローズを備える容量制御弁200についても検討する(審判請求書15ないし16ページ)。
容量制御弁200は、「感圧部材であるベローズ202の伸縮のみに応じて動作する機械式容量制御弁」(段落【0019】)であり、ベローズ202が収縮して連結部202aが下方に移動すると、連結部202aと連結部205bは離間してその間に所定の隙間212が形成される機構を備えている(段落【0018】)。
つまり、ベローズを備えた容量制御弁200は、連結部202aと連結部205bの開閉はベローズ自身の収縮によってのみおこなわれ、間にバネ等の部材を有する機構とはなっていない。
甲第2号証には、実施例として、感圧体にベローズを用いた容量制御弁及び感圧体にダイアフラムを用いた容量制御弁が記載されているが、ベローズを用いた機構において連結部の開閉にバネを用いるものはなく、上記(イ)で述べたとおり、ダイアフラムを備えた容量制御弁におけるバネを用いた一体不可分の機構を、ベローズを備えた容量制御弁に適用しようとしても、それぞれの機構が異なることからそのまま適用することは困難といえる。
したがって、甲第2号証においてベローズを備えた容量制御弁にバネを備えた機構を適用し、さらに、当該機構を甲1発明に適用することで、上記相違点1に係る甲1発明の構成とすることは当業者といえども容易に想到できたとはいえない。

また、請求人は、「被請求人は、引用発明1に組み合わせる技術事項として引用文献2の実施例5を挙げているが、上記のとおり、これこそが誤りであり、被請求人の主張こそ、前提において誤りであって受け入れられるものではない。」(口頭審理陳述要領書第6ページ第21行ないし23行)と主張している。
しかし、請求人は審判請求書において、[引用文献2に記載されている事項]として「容量制御弁において、『感圧体(ベローズ又はダイアフラム)に設けられた連通部』と『弁体(Pd-Pc通路を開閉する弁)に備えられた連結部』をそれぞれ設け、これら連結部の接離により、Ps-Pc通路を開閉し、さらには、これらの連結部の間にバネを設けた。」(第20ページ第3行ないし10行)としているところ、当該「連結部の間にバネを設けた」構成は、甲第2号証の段落【0023】に記載されている実施例5を示すものであることから、組み合わせる技術事項として甲第2号証の実施例5を挙げることに誤りはない。
したがって、上記主張は当を得ないものである。

(4)まとめ
以上のとおり、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項については当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲1発明及び甲2記載事項1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

3 本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1の記載を置換することなく引用するものであるから、本件特許発明2は、本件特許発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、少なくとも上記[相違点1]において、本件特許発明2と甲1発明とは相違することから、本件特許発明2は、本件特許発明1について述べたものと同様の理由により、甲1発明及び甲2記載事項1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

4 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の記載を置換することなく引用するものであるから、本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、少なくとも上記[相違点1]において、本件特許発明3と甲1発明とは相違することから、本件特許発明3は、本件特許発明1及び2について述べたものと同様の理由により、甲1発明及び甲2記載事項1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

5 小括
以上によれば、本件特許発明1ないし3は、甲1発明及び甲2記載事項1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件特許発明についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当しないので、無効理由1によって無効とすることはできない。

第5-2 無効理由2:特許法第29条第2項(進歩性)について
請求人は、無効理由2について、審判請求書22ページ11行ないし28ページ10行において、甲第2号証に示される容量制御弁800(【図10】)を基に、後に示す「甲2発明」とは異なる引用発明2が記載されていると主張し、さらに、この引用発明2と本件特許発明1とは以下の相違点(i)及び(ii)を有するものの、本件特許発明1は、引用発明2及び甲第2号証記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張していることから、まず請求人の主張の当否について検討し、次に、無効理由2についての検討をおこなう。

1 本件特許発明1について
1-1 請求人の主張の検討
(1)引用発明2について
請求人が主張する引用発明2は、後記1-2(1)のなお書きで示すように、甲第2号証に記載された発明であるといえない。
ゆえに、上記請求人の主張は、その前提を欠くものであり、当を得たものではないが、仮に、甲第2号証には引用発明2が記載されているとして、さらに、以下を検討する。

(2)相違点(i)について
請求人は、相違点(i)として「本件特許発明1においては、感圧体が伸縮することにより第1弁部を開閉する方向への付勢力が生じるのに対し、引用発明2においては、感圧体がダイアフラムであるために『伸縮』はしない点。」とした上で、「本件特許発明1においては、感圧体(主としてベローズ)が周囲の圧力低下に伴い第1弁部を開弁方向に付勢し、周囲の圧力増加に伴ってかかる付勢力が減少することが特徴であって、かかる付勢力の増減に伴う感圧体の「伸縮」それ自体はことさら意味のある事項ではない。かかる観点からすると、引用文献2においても、感圧体(ダイアフラム)は周囲の圧力低下に伴い第1弁部(弁体606a)を開弁方向に付勢し、周囲の圧力増加に伴ってかかる付勢力が減少するものであるから、「伸縮する」という事項がなくとも、その技術的意義には全く違いはない。」旨主張している(26ページ6行ないし15行)。

この主張について検討するに、本件特許明細書を参照すると、段落【0028】に「感圧体50は、第3弁室38内に配置されて、その伸長(膨張)により第1弁部41を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲(第3弁部38及び弁体40の連通路44内)の圧力増加に伴って収縮して第1弁部41に及ぼす付勢力を弱めるように作動する。」と記載され、また段落【0032】に「ベローズ51が収縮して、アダプタ53が第3弁部43から離脱して吸入側通路(33、44、34)を開放した状態となり、制御室12内に溜まった液冷媒等が連通路(吸入側通路)33、44、34を経由して吸入室13に排出される。」と記載されるように、本件特許発明1における「周囲の圧力増加に伴って収縮する感圧体」は、「伸縮」することにより感圧体自体が他部材に付勢力を及ぼす機構を備えていることから、「伸縮」自体が「感圧体」という発明特定事項を特定するために必要な事項ということができ、「『伸縮』それ自体はことさら意味のある事項ではない」、という請求人の主張は当を得たものではない。
そして、ダイアフラムが伸縮することにより、第1弁部を開閉する方向への付勢力を生じるようにすることは、当業者が容易になし得たものでない。

(3)相違点(ii)について
請求人は、相違点(ii)として本件特許発明1は「アダプタと第3弁部との間には、アダプタ及び第3弁部を開弁させる方向に作用する付勢手段を設け」ているのに対し、引用発明2においては、このような付勢手段が設けられていない点。」とした上で、「これに関しては、上記1)無効理由1、〇3、I、イ(〇内に数字3の記号を「〇3」と表記する。以下同様。)において述べた相違点に対する検討がそのまま妥当する。」旨主張している(26ページ16行ないし18行)。
そこで、「上記1)無効理由1、〇3、I、イにおいて述べた相違点に対する検討」を参照すると、[引用文献2に記載されている事項]において、実施例5のバネ609を配設した容量制御弁600(【図8】に基づく)を引用文献2に記載されている事項とした上で、「『アダプタと第3弁部との間に、アダプタ及び第3弁部を開弁させる方向に作用する付勢手段を設ける』という技術事項を組み合わせることは当業者によって何等困難なことではない。」と述べている。
つまり、甲第2号証の上記容量制御弁800(【図10】に基づく)は、第2可動鉄心751と連結部606bとの間に付勢手段を備えていないが、上記容量制御弁600(【図8】に基づく)における「感圧体に設けられた連結部603」と「弁体に設けられた連結部606b」及びこれらの間に設けた「バネ609」を適用することにより、本件特許発明1のようにすることは当業者にとって何等困難なことではない旨、主張しているといえる。

まず、この主張について検討する。
実施例7の容量制御弁800についてみるに、甲第2号証においては、複数の実施例について重複した部分の説明は省略されていることから、実施例6についての説明である段落【0024】を参照すると「ソレノイド750を励磁すると、ダイアフラム602を挟んで第1可動鉄心651に第2可動鉄心751が吸引連結され、ダイアフラム602と一体連結して、第2可動鉄心751は図8の連結部603と同じ機能を果たす。」と記載されており、実施例7の容量制御弁800においても同様な機構を有していることから、容量制御弁800においても、ソレノイド750を励磁することで、ダイアフラム602、第1可動鉄心651および第2可動鉄心が一体連結するものと解される。
また、「ソレノイド750を消磁すると、バネ753の付勢力により第2可動鉄心751がダイアフラム602から離間し、第2可動鉄心751と弁形成体606の連結部606bが連結して、弁体606a図中上方へ移動し」(段落【0025】)と記載されていることから、上記容量制御弁800において、第2可動鉄心751および連結部606bを開閉するのはソレノイド750及びバネ753であり、このような上記容量制御弁800に対して、上記容量制御弁600のバネ609を適用する動機付けはないといえる。
次に上記容量制御弁600についてみると、上記「第5-1 2(3)(イ)」において述べたとおり、バネ609は、第2放圧通路を連通させる機構として「ソレノイド650、ダイアフラム602、連結部603及び連結部606b」と一体不可分の機構となっており、当該機構を主引用発明である上記容量制御弁800へ適用する動機付けもなく、また、上記容量制御弁800は、ソレノイド750、ダイアフラム602、第1可動鉄心651及び第2可動鉄心751からなる開弁機構を備えているところ、「バネ609」のみを適用する動機付けもない。
したがって、引用発明2(上記容量制御弁800)に、引用文献2に記載されている事項(上記容量制御弁600)を適用することにより、相違点(ii)に係る発明特定事項のようにすることは当業者が容易になし得たとする請求人の主張は当を得たものでない。

(4)まとめ
以上のとおり、引用発明2、上記相違点(i)及び(ii)に関する請求人の主張はいずれも当を得たものではなく、本件特許発明1は引用発明2及び甲第2号証に記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるという請求人の主張も当を得たものではない。

1-2 無効理由2についての検討
甲第2号証には、感圧体としてベローズを備えた容量制御弁の実施例についても記載されているので、ベローズを感圧体に用いた実施例1を副引用発明とした場合についてさらに、検討する。

甲第2号証について
(1)甲第2号証の記載、甲2発明及び甲第2号証に記載された事項
甲第2号証には、上記第5-1 1(2)で示した事項に加え、「可変容量圧縮機」に関して、図面(特に【図2】、【図10】)とともに次の記載がある(なお、下線は当審で付した。)

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記可変容量圧縮機においては、クランク室と吸入室とが常時連通しているので、圧縮機が長時間停止すると冷凍回路側の冷媒が吸入室を介してクランク室へ流入する。車室内温度が高くエンジンルーム内温度が低い場合には、多量の冷媒が吸入室を介してクランク室へ流入し、クランク室に多量の液冷媒が溜まる。圧縮機が起動すると、絞りの開口面積が不足してクランク室内の液冷媒を迅速に吸入室へ排出できず、クランク室圧力が上昇して斜板の傾角が最小値に維持される。この結果、クランク室の液冷媒が十分に吸入室へ排出されるまで長時間に亙って所望の空調が得られないという問題を生ずる。
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、クランク室の冷媒排出性能が従来に比べて向上した可変容量圧縮機を提供することを目的とする。」
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するために、本発明においては、ハウジング内に区画形成された吐出室と吸入室とクランク室と複数のシリンダボアと、シリンダボアに配設されたピストンと、クランク室を横断して配設された駆動軸と、傾角可変の斜板を有し駆動軸の回転をピストンの往復運動に変換する変換機構と、吐出室をクランク室に連通させる給気通路と、給気通路に配設された容量制御弁と、クランク室を吸入室に連通させる第1放圧通路と、第1放圧通路に配設された絞りとを備え、容量制御弁の開度を調整してクランク室圧力を変化させ、ピストンのストロークを調整して吸入室からシリンダボアに吸入される冷媒量を制御する可変容量圧縮機であって、容量制御弁は、吸入室圧力又はクランク室圧力の変化に応じて伸縮する感圧部材を有する第1部材と、給気通路を開閉する弁体を有する第2部材とを備え、第1部材と第2部材とが連結することにより吸入室圧力を所定値に自立制御する弁機構を形成し、第1部材と第2部材との連結部は、吸入室又はクランク室の一方に連通すると共に感圧部材を収容する感圧室に配設され、第2部材には、吸入室又はクランク室の他方に連通する圧力室と前記連結部とに連通する連通孔が形成され、吸入室圧力が所定値より高い場合には、感圧部材が収縮して弁体が給気通路を閉じると共に、第1部材と第2部材とが離間し、感圧室と圧力室とが連通してクランク室を吸入室に連通させる第2放圧通路が形成されることを特徴とする可変容量圧縮機を提供する。
本発明に係る可変容量圧縮機においては、弁体が給気通路を閉じると共に、第1部材と第2部材とが離間して、クランク室を吸入室に連通させる第2放圧通路が形成されるので、クランク室内の冷媒は第1放圧通路と第2放圧通路とを介して吸入室へ排出される。この結果、クランク室の冷媒排出性能が従来に比べて向上する。第2放圧通路は、圧縮機が最大吐出容量で動作すべき時のみに形成されるので、圧縮機の容量制御動作に支障を来さない。
容量制御弁内部に第2放圧通路が形成されるので、圧縮機本体に新たな放圧通路を形成する必要がなく、圧縮機構造の複雑化が防止される。」

ウ 「【0018】
容量制御弁200を用いた可変容量圧縮機100の制御動作について説明する。
吸入室圧力が所定値より高ければ、ベローズ202は収縮して連結部202aが図中下方へ移動し、同時に弁体205aが弁座208aに当接して弁孔204を閉じた状態で弁形成体205が位置決めされる。この時連結部202a及び連結部205bは離間してその間に所定の隙間212が形成される。したがって、クランク室105と吸入室119との間には、感圧室201、隙間212、空間211、連通孔205c、圧力室210及び連通孔203bを経由する、固定オリフィス124を経由する第1放圧通路とは別の第2放圧通路が形成される。
隙間212は微小なので、十分な流路面積を得るために、連結部202aと連結部205bとの当接部の径は十分大きな値に設定されており、少なくとも連通孔205cの孔径よりも大きく設定されている。
弁孔204が閉じたので、吐出室120の冷媒がクランク室105に導入されず、ピストン117が吸入冷媒を圧縮する際に発生するブローバイガスのみがクランク室105から第1放圧通路および第2放圧通路を介して吸入室119へ流れる。第1放圧通路の固定オリフィス124の流路面積は、ブローバイガスを吸入室119に流すのに必要な最小流路面積を有しており、さらに第2放圧通路の最小流路面積は固定オリフィス124の流路面積より大きく設定してあるため、クランク室105内の冷媒ガスが速やかに吸入室119に排出され、この結果、クランク室圧力が迅速に低下して吸入室圧力と略同一になり、斜板107の傾角が迅速に増大して圧縮機は最大容量に維持される。
圧縮機が最大容量運転されて吸入室圧力が徐々に低下し、容量制御弁200で設定された所定値まで低下すると、ベローズ202が伸長して図中上方へ移動し、連結部202aと連結部205bとが当接して第2放圧通路が遮断される。同時に弁形成体205を図中上方に押し上げて弁体205aが弁孔204を開き、吐出室120とクランク室105とが連通路122により連通して、吐出室120の冷媒がクランク室105に導入される。クランク室105と吸入室119との連通路は第1放圧通路のみとなるため、クランク室105から吸入室119に流れる冷媒量は固定オリフィス124で制限される。この結果、クランク室圧力が上昇し、クランク室105と吸入室119との圧力差の増加により斜板107の傾角が減少して吐出容量が減少する。
吐出容量が減少して吸入室圧力が上昇するとベローズ202が収縮して弁体205aが弁孔204を閉じる方向に移動するため、クランク室105に導入される吐出室120の冷媒量が減少してクランク室105の圧力が低下し、クランク室105と吸入室119との圧力差の減少により斜板107の傾角が増加して吐出容量が増加する。このような動作により所定の吸入室圧力を維持するように弁体205aの開度が調整されて吐出容量が制御される。
【0019】
車両を長時間放置した場合、つまり圧縮機が長時間停止した場合には、空調装置側の冷媒が吸入室119を介してクランク室105に流入する。特に、車室内側の温度が高く、圧縮機が設置されているエンジンルーム側の温度が低い場合には、多量の冷媒が吸入室119を介してクランク室105に流入し、クランク室105に多量の液冷媒が溜まる。このような状態で圧縮機を起動すると、従来の圧縮機ではクランク室105内の液冷媒量に対して固定オリフィス124の流路面積が不足して、固定オリフィス124前後で圧力差が生じ、クランク室圧が上昇して斜板107の傾角が最小容量域に維持されてしまう。この結果、クランク室105内の液冷媒が十分に抜けるまで長時間に亙って所望の空調が得られないという問題が発生するが、可変容量圧縮機100では第1放圧通路に加えて第2放圧通路が形成されるので液冷媒の放出が迅速に行なわれ、迅速に所望の空調を得ることができる。
容量制御弁200では、容量制御弁200の内部を経由して第2放圧通路を形成したので、弁体205aが弁孔204を閉じる動作と連動して第2放圧通路が形成できる利点がある。つまり、弁体205aが弁孔204を閉じて圧縮機が最大容量で動作すべき時にだけ第2放圧通路が形成され、圧縮機の容量制御動作に支障を来さないという利点がある。また、圧縮機本体に新たな放圧通路を形成する必要がなく、圧縮機構造の複雑化が防止されるという利点がある。
可変容量圧縮機100は図2中の式(1)及び図3に示す吸入室圧力制御特性を有する。吐出圧力が上昇すると吸入室圧力が低下するいわゆる内部制御式の可変容量圧縮機の吸入室圧力制御特性である。
容量制御弁200は、感圧部材であるベローズ202の伸縮のみに応じて動作する機械式容量制御弁である。容量制御弁200を使用することにより、予め定められた吸入室圧力制御特性ラインの近傍まで吸入室圧力が低下する間、第2放圧通路が維持されるので、クランク室105からの冷媒排出が効果的に行なわれる。
式(1)で、Sv=Sbとして、クランク室圧力に全く影響を受けない制御特性としても良い。SvをSbより僅かに小さく設定してクランク室圧力による力が開弁方向に作用する制御特性としても良いし、SvをSbより僅かに大きく設定してクランク室圧力による力が閉弁方向に作用する制御特性としても良い。」

エ 「【実施例6】
【0024】
図9に示す容量制御弁700は、図8の容量制御弁600を、ソレノイドを消磁したときに弁体が弁孔を強制開放する、いわゆるクラッチレス圧縮機に適用可能な構造としたものである。
容量制御弁700において、容量制御弁600と異なる部分は、ダイアフラム602に電磁力を作用させてダイアフラム602の動作点を決定すべく配設されたソレノイド750の構成において、ダイアフラム602に隣接して配設された連結部603を第2可動鉄心751とし、第2可動鉄心751とソレノイドケース656との間で磁路を形成する部材752と、第2可動鉄心751を弁体606aの開弁方向に付勢するバネ753を配設したことである。
ソレノイド750を励磁すると、ダイアフラム602を挟んで第1可動鉄心651に第2可動鉄心751が吸引連結され、ダイアフラム602と一体連結して、第2可動鉄心751は図8の連結部603と同じ機能を果たす。
バネ753の付勢力はバネ607の付勢力よりも大きく設定されているため、ソレノイド750を消磁すると、バネ753の付勢力により第2可動鉄心751がダイアフラム602から離間し、第2可動鉄心751と弁形成体606の連結部606bが連結して、弁体606aが図中上方へ移動し、弁孔605が強制開放されて、吐出室120とクランク室105が常時連通する。これにより最小容量が得られる。
弁形成体606の連結部606bを磁性材料で形成し、ソレノイド750を励磁したとき、第2可動鉄心751と所定の隙間を維持して連結部606bに吸引力が作用するようにすれば、弁体606aを閉弁方向に付勢する力となり、バネ607は不要となって構造の簡素化に寄与する。
【実施例7】
【0025】
図10に示す容量制御弁800は、図9の容量制御弁700の弁形成体の両端の圧力を同圧として、クラッチレス圧縮機に更に好適な構造としたものである。
容量制御弁800において、ソレノイド750を消磁すると、バネ753の付勢力により、第2可動鉄心751がダイアフラム602から離間し、第2可動鉄心751と弁形成体606の連結部606bが連結して、弁体606aが図中上方へ移動し、弁孔605が強制開放されて、吐出室120とクランク室105が常時連通する。この時弁体606aの他端606aaがばね支持部材801に当接して弁体606aが位置決めされ、空間(圧力室)611と空間802とが画成される。連通孔606cは空間(圧力室)611から遮断されている。
弁体606aの他端606aaがばね支持部材801に当接することにより、不必要に弁体606aが移動するのを防止することができる。
空間802は、連通孔606cを介して空間612に連通し、空間612は連結部606bに形成されたオリフィス606bbを介して感圧室601と連通しているため、空間802は感圧室601の圧力と同圧(クランク室圧力)となり、弁体606aの開閉方向に作用する圧力による力がほとんど無くなり、ソレノイドを励磁したとき、スムーズに弁体が閉弁方向に動作することが可能となる。
連結部606bに形成されたオリフィス606bbがあるため、第2放圧通路は完全には遮断されず、微小な流れを許容している。このため第1放圧通路に配設された固定オリフィス124の流路面積は、オリフィス606bbの流路面積を考慮して小さく設定されている。
弁体606aの他端606aaがばね支持部材801に当接して、空間(圧力室)611と空間802とが画成されるため、第2可動鉄心751と連結部606bとが離間しても、第2放圧通路は遮断され、最小容量の維持に支障を来さない。」

オ 圧力室611は、吸入室119に連通し、また連結部606bと連結部603との連結部の内部空間612と連通する構造となっていることから(段落【0023】)、第2放圧通路の途中に形成されているといえる。

カ 段落【0023】には、感圧室601が第2放圧通路の途中に形成されていることが記載されており、また【図8】を参照すると、感圧室は、第2放圧通路の途中において圧力室611よりもクランク室105寄りに形成されているといえる。

キ 段落【0024】には、「弁形成体606の連結部606bを磁性材料で形成し、ソレノイド750を励磁したとき、第2可動鉄心751と所定の隙間を維持して連結部606bに吸引力が作用するようにすれば、弁体606aを閉弁方向に付勢する力となり、バネ607は不要となって構造の簡素化に寄与する。」と記載されていることから、弁体606aに対して閉方向に付勢する力となるよう励磁するソレノイド750を備えた構成についても開示されているといえる。

上記エないしキの記載及び【図10】の図示内容を整理すると、甲第2号証には実施例7(容量制御弁800)で示されるところから、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

「甲2発明」
「吐出室120とクランク室105との間の連通路122と、前記連通路122の一部を形成している弁室610と、
吸入室119と前記クランク室105とを連通させる第2放圧通路と、前記第2放圧通路の途中に形成された圧力室611と、
前記連通路122に配設された弁孔605を開閉する弁形成体606及び前記圧力室611と空間802とを画成する弁体606aの他端606aaと、
前記第2放圧通路の途中において前記圧力室611よりも前記クランク室105寄りに形成された感圧室601と、
ダイアフラム602と、
前記ダイアフラム602に隣接して配設された円錐台形状部を有する第2可動鉄心751と、第2可動鉄心752とソレノイドケース656との間で磁路を形成する部材752と、
前記弁体606aに圧入固定されると共に前記第2可動鉄心751の当接部と連結する漏斗形状を成す当接部を有する連結部606bと、
前記弁体606aに対して閉弁方向に付勢する力となるよう励磁するソレノイド750を備えた容量制御弁800。」

なお、請求人は、上記第5-2の冒頭で示したように、「甲2発明」とは異なる引用発明2が記載されている旨、すなわち、甲2発明において、「ダイアフラム602」(本件特許発明1の「感圧体」に相当。)は、感圧室601(本件特許発明1の「第3弁室」に相当。)内に配置されている点を認定すべきであり、この点は、本件特許発明1との相違点とはならない旨を主張している(口頭審理陳述要領書(請求人)第2ページ5.(1)II及び第9ページ(4))。
しかしながら、本件特許発明1における「感圧体」は、「第3弁室内に配置されてその伸長により前記第1弁部を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲の圧力増加に伴って収縮する」構成を備えていることから、「感圧体」は、「第3弁室内」に配置され、第3弁室内に配置される感圧体を取り囲む「周囲」の圧力増加に伴って収縮する構成を有していると理解できる。
この点、請求人は、甲2発明におけるダイアフラム602について「『吸入室圧力又はクランク室圧力の変化に応じて伸縮する』とされており、かかる記載内容から、吸入室圧力ないしはクランク室圧力(本件特許発明における「周囲の圧力」に相当)の増減により伸縮するものであることが理解できる。」(上申書第2ページ第15ないし18行)と述べている一方、「『ダイアフラム602の図中下側(可動鉄心側)は大気圧が導入されている。』との記載がある。一方で、ダイアフラム602の図中上側にはクランク室圧力が導入されている。このため、ダイアフラム602にクランク室圧力と大気圧との差圧(つまりクランク室圧力のゲージ圧)が作用し、ダイアフラム602の変位に寄与していることは明らかである。」(上申書第2ページ下から第6行ないし下から第2行目)と述べている。
この記載から、ダイアフラム602の上面のみが「感圧室601(第3弁室)」に接する構成となっていることは明らかであり、甲第2号証において「感圧室601内に配設され、クランク室圧力を受圧して感圧手段として機能するダイアフラム602」(甲第2号証段落【0023】)との記載における「感圧室601内に配設」とは、ダイアフラムの一面が感圧室601内の圧力を受けるように配設する構成を示し、本件特許発明1における「感圧体」の「第3弁室内」に配置されると共に「周囲」の圧力増加に伴って収縮する構成と相違するといえる。
ゆえに、上記請求人の主張は採用できない。

また、上記(イ)及び(ウ)の記載及び【図2】の図示内容を整理すると、甲第2号証には、実施例1(容量制御弁200)で示されるところから次の事項(以下「甲2記載事項2」という。)が記載されていると認める。

[甲2記載事項2]
「感圧室201内に配設されてその伸長により弁孔204を開くと共に周囲の圧力増加に伴って収縮するベローズ202と、前記ベローズの連結部202aと、連結部202aと接離可能に連結する構造を成す連結部205bと、
を備えた、容量制御弁200。」

(2)対比
本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明における「吐出室120」は、その機能、構造又は技術的意義からみて本件特許発明1における「吐出室」に相当し、以下、同様に「クランク室105」は「制御室」に、「連通路122」及び「連通路122に配設された弁孔605」は「吐出側通路」に、「弁室610」は「第1弁室」に、「吸入室119」は「吸入室」に、「第2放圧通路」は「吸入側通路」に、「圧力室611」は「第2弁室」に、「弁形成体606」は「第1弁部」に、「弁体606aの他端606aa」は「第2弁部」に、「弁形成体606」は「弁体」に、「感圧室601」は「第3弁室」に、「円錐台形状部」は「環状の座面」に、「連結部606b」は「第3弁部」に、「ソレノイド750」は「ソレノイド」に、それぞれ相当する。
そして、甲第2号証の段落【0023】に「弁形成体606は、弁体606aと、連結部603に当接する連結部606bとから成り、連結部606bが弁体606aに圧入固定されたものである。」と記載されていることから、「弁形成体606」及び「弁体606aの他端606aa」は一体であり、段落【0025】の「弁体606aが図中上方へ移動し、弁孔605が強制開放されて、吐出室120とクランク室105が常時連通する。この時弁体606aの他端606aaがばね支持部材801に当接して弁体606aが位置決めされ、空間(圧力室)611と空間802とが画成される。」との記載、及び【図10】より、弁形成体606及び弁体606aの他端606aaは、一体的に形成され、その往復動により、弁室610及び圧力室611において、お互いに逆向きの開閉動作を行う構成を有しているということができ、甲2発明の「前記連通路122に配設された弁孔605を開閉する弁形成体606及び前記圧力室611と空間802とを画成する弁体606aの他端606aa」は、本件特許発明1の「第1弁室にて吐出側通路を開閉する第1弁部及び第2弁室にて吸入側通路を開閉する第2弁部を一体的に有しその往復動によりお互いに逆向きの開閉動作を行う弁体」に相当する。
また、甲2発明の「ダイアフラム」は、本件特許発明1の「第3弁室内に配置されてその伸長により第1弁部を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲の圧力増加に伴って収縮する感圧体」とは、「感圧体」という限りにおいて共通する。
また、甲2発明の「ダイアフラム602に隣接して配設された円錐台形状部を有する第2可動鉄心751」と、本件特許発明1の「感圧体の伸縮方向の自由端に設けられて環状の座面を有するアダプタ」とは、「感圧体の端部に設けられて環状の座面を有するアダプタ」という限りにおいて共通する。

したがって、本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、両者は、
「流体を吐出する吐出室と流体の吐出量を制御する制御室とを連通させる吐出側通路と、
前記吐出側通路の途中に形成された第1弁室と、
流体を吸入する吸入室と前記制御室とを連通させる吸入側通路と、
前記吸入側通路の途中に形成された第2弁室と、
前記第1弁室にて前記吐出側通路を開閉する第1弁部及び前記第2弁室にて前記吸入側通路を開閉する第2弁部を一体的に有しその往復動によりお互いに逆向きの開閉動作を行う弁体と、
前記吸入側通路の途中において前記第2弁室よりも前記制御室寄りに形成された第3弁室と、
感圧体と、
前記感圧体の端部に設けられて環状の座面を有するアダプタと、
前記第3弁室にて前記弁体と一体的に移動すると共に前記アダプタの座面との係合及び離脱により前記吸入側通路を開閉する環状の係合面を有する第3弁部と、
前記弁体に対して前記第1弁部を閉弁させる方向に電磁駆動力を及ぼすソレノイドを備えた、
容量制御弁。」
という点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点2]
「感圧体」に関して、本件特許発明1は、第3弁室内に配置されてその伸長により前記第1弁部を開弁させる方向に付勢力を及ぼすと共に周囲の圧力増加に伴って収縮する感圧体であって、環状の座面を有するアダプタを伸縮方向の自由端に設けているのに対し、甲2発明のダイアフラムは、そのような構成を備えていない点。

なお、請求人は、口頭審理陳述要領書(7ページ16行ないし27行)において概略次のように主張している。
「被請求人は、引用発明2においては、本件特許発明1の構成要件Eにおける『感圧体の伸縮方向の自由端』との構成を有しないと述べる。しかしながら、感圧体は単に弁体を移動できるような方向に付勢力を有しているものであれば足り、これが伸縮するかどうかでその技術的意義は変わらないので、少なくとも、『感圧体の伸縮方向』との部分に関しては、感圧体の付勢力が及ぶ方向という程度の意義を有するにすぎない。そして、引用発明2においては、ダイアフラムの一方の面(これに関しても、感圧体において付勢力を及ぼす方向の一方側という意味であり、『感圧体の一方側の自由端』と同義である。)にアダプタが設けられていることからすると、上記構成については、実質相違点というべきものではない。」
しかし、「感圧体の伸縮方向の自由端」とは、伸縮の機能を備えた感圧体における端部を示しており、上記「1-1 請求人の主張の検討(1)ア 相違点(i)」において述べたとおり、「伸縮」自体が「感圧体」という発明特定事項を特定するために必要な事項ということができるから、伸縮するかどうかでその技術的意義は変わらないという請求人の主張は採用できない。

[相違点3]
本件特許発明1は、「アダプタと第3弁部との間には、前記アダプタおよび前記第3弁部を開弁させる方向に作用する付勢手段」を備えているのに対し、甲2発明は、そのような構成を備えているか不明である点。

(3)相違点についての判断
ア 相違点2について
[甲2記載事項2]は、「感圧室201内に配設されてその伸長により弁孔204を開くと共に周囲の圧力増加に伴って収縮するベローズ202と、前記ベローズの連結部202aと、連結部202aと接離可能に連結する構造を成す連結部205bと、
を備えた、容量制御弁200。」
である。
まず、甲2発明において、甲2記載事項2が備えるベローズを適用する動機付けがあるか、について検討する。
甲2発明は、感圧体としてダイアフラム602を備え、ソレノイド750を励磁すると、ダイアフラム602を挟んで第1可動鉄心651に第2可動鉄心751が吸引連結され、ソレノイド750を消磁すると、バネ753の付勢力により第2可動鉄心751がダイアフラム602から離間し、第2可動鉄心751と弁形成体606の連結部606bが連結することから(段落【0024】参照。)、ソレノイド750、ダイアフラム602、第1可動鉄心751が一体不可分の機構として、第2可動鉄心751と連結部606bの開閉を行っている。
一方、甲2記載事項2の容量制御弁200は、ベローズ202の伸長及び収縮により、連結部202aと205bの開閉を行う機構を備えているが、甲2発明は、上記のように、連結部の開閉を行うための一体不可分の機構をすでに備えていることから、甲2記載事項2が備えるベローズを適用する余地はない。

仮に、甲2発明に、甲2記載事項2のベローズ202を適用した場合について検討すると、甲2発明における「ダイアフラム」と甲2記載事項2における「ベローズ202」は、両者とも第2放圧通路を形成及び遮断するという機能を備えた感圧体である点で共通する。
しかし、甲2発明の「ダイアフラム」は、ソレノイド750の励磁によって、ダイアフラム602を挟んで第1可動鉄心651及び第2可動鉄心751と一体連結し(段落【0024】参照。)、連結部606bと接離可能に連結することにより第2放圧通路を形成、遮断する構造となっているのに対して、甲2記載事項2は、感圧部材であるベローズ202の伸縮のみに応じて、連結部202aと連結部205bが離接可能に連結する機械式容量制御弁であり、ベローズ202自身が収縮して第2放圧通路を形成し、伸長して第2放圧通路を遮断する構造を有している。
したがって、甲2発明において、ダイアフラムに代えて甲2記載事項2のベローズ202を適用することは、当業者であっても容易に想到できたとはいえない。

イ 相違点3について
甲第2号証には「感圧部材としてダイアフラム602に隣接して配設された連結部603と、連結部603と連結した時に第2放圧通路を遮断する連結部606bと、連結部603と連結部606bとを離間する方向に付勢するバネ609を設ける構成を備えた、容量制御弁600。」(甲2記載事項1)が記載されている。
ここで、甲2記載事項1におけるバネ609の機能についてみると、上記「第5 第5-1 2(3)相違点についての判断(イ)」で述べたように、連結部603をダイアフラム602側に押し付けて保持し、連結部603をダイアフラム602の動きに連動してダイアフラム602と一体的に移動させると共に、相手方の連結部606bと芯ズレをおこすことなく離接させるために設けられるものといえる。
一方、甲第2号証の段落【0024】及び【図10】を参照すると、甲2発明は、第2放圧通路を形成する際には、ソレノイド750の消磁により、ダイアフラム602を挟んで第1可動鉄心651に第2可動鉄心751が吸引連結され、ダイアフラム602と一体連結するものであるから、第1可動鉄心をダイアフラムに押し付け保持するために、あるいは第2可動鉄心751及び連結部606bを開放するためのバネは必要としない。
また、甲2発明は、【図10】を参照すると、第2可動鉄心751は、ソレノイドケース656との間で磁路を形成する部材752に囲われていることから、連結部606bと芯ズレをおこすことなく離接することができる機構を備えているものであり、甲2発明における第2可動鉄心751及び連結部606bと、甲2記載事項1における連結部603及び連結部606bとは機構が異なるものといえ、甲2発明の第2可動鉄心751及び連結部606bの間に、付勢手段を設ける動機付けもない。
したがって、上記相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項に想到することが容易にできたとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり、上記相違点2及び3に係る本件特許発明1の発明特定事項については当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲2発明、甲2記載事項1及び甲2記載事項2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

2 本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1の記載を置換することなく引用するものであるから、本件特許発明2は、本件特許発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、本件特許発明2は、上記「1 本件特許発明1について」で述べたものと同様の理由により、甲2発明、甲2記載事項1及び甲2記載事項2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

3 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の記載を置換することなく引用するものであるから、本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、本件特許発明3は、上記「1 本件特許発明1について」及び上記「2 本件特許発明2について」で述べたものと同様の理由により、甲2発明、甲2記載事項1及び甲2記載事項2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

4 小括
以上によれば、本件特許発明1ないし3は、甲2発明、甲2記載事項1及び甲2記載事項2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件特許発明についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当しないので、無効理由2によって無効とすることはできない。

第6 むすび
請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1ないし3についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2020-06-16 
結審通知日 2020-06-19 
審決日 2020-07-28 
出願番号 特願2012-547748(P2012-547748)
審決分類 P 1 123・ 121- Y (F04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田谷 宗隆  
特許庁審判長 渡邊 豊英
特許庁審判官 金澤 俊郎
北村 英隆
登録日 2016-01-22 
登録番号 特許第5871281号(P5871281)
発明の名称 容量制御弁  
代理人 宍戸 充  
代理人 横井 康真  
代理人 特許業務法人インターブレイン  
代理人 天坂 康種  
代理人 櫻井 義宏  
代理人 小椋 正幸  

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