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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01N
管理番号 1367513
審判番号 不服2019-9097  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-07-05 
確定日 2020-10-21 
事件の表示 特願2017- 94477「細胞巨大分子の発現を調節する化合物のハイスループットスクリーニング」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 8月 3日出願公開、特開2017-134088〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2012年(平成24年)4月6日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2011年4月7日、米国)を国際出願日とする特願2014-504041号の一部を平成29年5月11日に新たな特許出願としたものであって、平成30年3月13日付けで拒絶理由が通知され、同年9月20日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成31年2月28日付けで拒絶査定(以下「原査定」という。)されたのに対し、令和元年7月5日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、それと同時に手続補正(以下「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 本件補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
1 本件補正について
(1)本件補正後の請求項1の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された。
「【請求項1】サンプル中の特定の標的分子を同定及び定量する方法において、
標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド又は複数の第1のリガンド及び1つの第2のリガンド又は複数の第2のリガンドを試験及び選択するか、あるいは、標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド又は複数の第1のリガンド及び1つの第2のリガンド又は複数の第2のリガンドを選択し、
(i)第1の検出可能な標識を有する第1のリガンド及び第2の検出可能な標識を有する第2のリガンドを添加するステップと、(ii)前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドの各々が特定の標的分子上の別々の特定の部位に結合するステップとを備えるが、(iii)洗浄ステップが省略されているハイスループットスクリーニングアッセイで前記特定の標的分子を含有するサンプルをスクリーニングし、
前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドは前記特定の標的分子のそれぞれが対応する特定の部位に特異的に結合したときに放出される光を検出し、それによってサンプル中の前記特定の標的分子を同定及び定量することを備え、
前記ハイスループットスクリーニングアッセイは分子内フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)アッセイである、方法。」(下線は補正箇所である。)

(2)本件補正前の請求項1の記載
本件補正前の請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】サンプル中の特定の標的分子を同定及び定量する方法において、
標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド又は複数の第1のリガンド及び1つの第2のリガンド又は複数の第2のリガンドを試験及び選択するか、あるいは、標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド又は複数の第1のリガンド及び1つの第2のリガンド又は複数の第2のリガンドを選択し、
(i)第1の検出可能な標識を有する第1のリガンド及び第2の検出可能な標識を有する第2のリガンドを添加するステップと、(ii)前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドの各々が特定の標的分子上の別々の特定の部位に結合するステップとを備えるが、(iii)洗浄ステップが省略されているハイスループットスクリーニングアッセイで前記特定の標的分子を含有するサンプルをスクリーニングし、
前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドが前記特定の標的分子に特異的に結合したときに放出される光を検出し、それによってサンプル中の前記特定の標的分子を同定及び定量することを備える、方法。」

2 補正の適否
(1)補正の目的について
本件補正の請求項1についての補正は、以下の2点である。
・「前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドが前記特定の標的分子に特異的に結合」を「前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドは前記特定の標的分子のそれぞれが対応する特定の部位に特異的に結合」とする補正。
・「前記ハイスループットスクリーニングアッセイは分子内フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)アッセイである」を追加する補正。

前者について、第1のリガンド及び第2のリガンドという異なる二つのリガンドが特定の標的分子に特異的に結合する際には、それぞれが対応する特定の部位に特異的に結合するから、前者の補正前と後では技術的内容は同等であり、本件補正前の請求項1には「前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドの各々が特定の標的分子上の別々の特定の部位に結合する」との記載もあることから、当該記載に合わせるために、上記補正をしたものともいえる。請求人は審判請求書で「請求項1および請求項22(補正前の請求項24に対応)については、記載そのものを明確にするための補正を行いました。」としか説明がないことから、当審においては、特許法第17条の2第5項第4号に掲げる明りようでない記載の釈明を目的としたものとする。
後者については、本件補正前の請求項1に「ハイスループットスクリーニングアッセイで前記特定の標的分子を含有するサンプルをスクリーニングし、前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドが前記特定の標的分子に特異的に結合したときに放出される光を検出し、それによってサンプル中の前記特定の標的分子を同定及び定量する」との記載はあるものの、「放出される光」が「フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)」によって生じる光であることが特定されていないことから、審判請求書の上記説明を参照すると「放出される光」を明確にしたともいえるが、「放出される光」が「フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)」によって生じる光に限定されたとも解されることから、当審においては、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的としたものとする。
そこで、上記1(1)で記載した本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

(2)引用例の記載事項及び引用発明
ア 記載事項
本願の優先日前に頒布され、原査定の拒絶の理由で引用文献1として引用された刊行物である「Degorce F et al.,HTRF: A Technology Tailoredfor Drug Discovery-A Review of Theoretical Aspects and Recent Applications,Current Chemical Genomics,2009年,Vol.3,pp.22-32」(以下「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。なお、原文において、引用する文献の番号は削除して摘記した。
(1ア)「Abstract:HTRF(Homogeneous Time Resolved Fluorescence) is themost frequently used generic assay technology to measure analytes in ahomogenous format, which is the ideal platform used for drug target studies inhigh-throughput screening (HTS). This technology combines fluorescenceresonance energy transfer technology (FRET) with time-resolved measurement(TR). In TR-FRET assays, a signal is generated through fluorescent resonanceenergy transfer between a donor and an acceptor molecule when in closeproximity to each other. Buffer and media interference is dramatically reducedby dual-wavelength detection, and the final signal is proportional to theextent of product formation. The HTRF assay is usually sensitive and robustthat can be miniaturized into the 384 and 1536-well plate formats. This assaytechnology has been applied to many antibody-based assays including GPCRsignaling (cAMP and IP-One), kinases, cytokines and biomarkers, bioprocess(antibody and protein production), as well as the assays for protein-protein,protein-peptide, and protein-DNA/RNA interactions.」(22頁のAbstract上段)
(当審訳:要約:HTRF(Homogeneous Time Resolved Fluorescence)は、ホモジネートなフォーマットで検体を測定する最も一般的なアッセイ技術で、ハイスループットスクリーニング(HTS)での薬物を標的とする研究に使用される理想的な基盤技術である。この技術は、蛍光共鳴エネルギー移動技術(FRET)と時間分解測定(TR)を組み合わせたものである。TR-FRETアッセイでは、ドナーとアクセプター分子が互いに近接している時、ドナーとアクセプター分子との間で蛍光共鳴エネルギーの移動を介してシグナルが生成される。緩衝液と媒体の干渉は二波長検出によって劇的に減少し、最終シグナルは生成物形成の程度に比例する。HTRFアッセイは、通常、高感度でしっかりしており、384及び1536ウェルプレートフォーマットに小型化することができる。このアッセイ技術は、GPCRシグナル(cAMP及びIP-One)、キナーゼ、サイトカイン及びバイオマーカー、バイオプロセス(抗体とタンパク質生成物)を含む多くの抗体に基づいたアッセイに適用され、同様に、タンパク質-タンパク質、タンパク質-ペプチド、タンパク質-DNA/RNAの相互作用についてのアッセイにも適用される。)

(1イ)「INTRODUCTION
・・・
The principle behind FRET is based on the transfer ofenergy between two fluorophores, a donor (long-lived fluorescence) and anacceptor (short-lived fluorescence), when in close proximity. Molecularinteractions between biomolecules can be assessed by coupling each partner witha fluorescent label and detecting the level of energy transfer (Fig.1). In thepast, organic fluorescent compounds such as fluorescein and rhodamine have beenwidely used in the regular fluorescence assay.」(22頁左欄1行?右欄5行)
(当審訳:序論
・・・
FRETの背景にある原理は、近接している場合のドナー(長命の蛍光)とアクセプター(短命の蛍光)の2つの蛍光物質間のエネルギーの移動に基づいています。生体分子間の分子相互作用は、蛍光ラベルを各パートナーと結合させ、エネルギー移動のレベルを検出することで評価できます(図1)。従来、フルオレセインやローダミンなどの有機蛍光化合物は、通常の蛍光アッセイで広く使用されてきました。)

(1ウ)「Fig.(1).The general principle of fluorescence resonance energytransfer technology (FRET). When the donor and acceptor apart, there is no FRETsignal. Once they are brought in proximity, the FRET signals are generated (forexample, the emission spectrum at 665 nm).」(23頁Fig.(1)の説明)
(当審訳:図(1)。蛍光共鳴エネルギー移動技術(FRET)の一般原理。ドナーとアクセプターが離れている場合、FRETシグナルはありません。 それらが近接すると、FRET信号が生成されます(たとえば、665 nmでの発光スペクトル。)

(1エ)Fig.(1)として、以下の図面が記載されている。


(1オ)「Fig.(6).The comparison of“sandwich” assay and competition assay. a.“sandwich”assay. HTRF signals aregenerated through the energy transfer from donor to acceptor that are labeledon the antibodies recognizing the target at different regions.」(26頁Fig.(6)の説明)
(当審訳:図(6)。サンドイッチアッセイと競合アッセイとの比較。a.サンドイッチアッセイ。HTRFシグナルは、標的を異なった部位で識別する各抗体に標識されたドナーからアクセプターへのエネルギー移動によって生成されたものである。)

(1カ)Fig.(6)aとして、以下の図面が記載されている。

(1キ)「Additionally, HTRF may be used to quantify and/or detect the presence of tagged protein during protein production and through each step of the purification process.」(30頁左欄19?21行)(当審訳:さらに、HTRFは、タンパク質生成及びその精製の各工程において、標識されるタンパク質の定量及び/又は同定に使うことができる。)

(1ク)「Most bioprocess ELISA assays can be easily converted to a no-wash, one-step HTRF assay. HTRF can be applied in several other ways to increase productivity in a bioprocess research facility, for instance, through monitoring cellular impurities which play a role in immunotoxicity [76].」(30頁左欄30?34行)
(当審訳:ほとんどの生物学的プロセスであるELISAアッセイは、洗浄工程のない1つのHTFRアッセイに簡単に変更できる。HTRFは、免疫毒性の機能を発揮する細胞不純物の測定など、生物学的プロセスの研究設備において、生産性を上げるためにそのほかのいくつかの方法に適用される。)

イ 引用発明について
(ア)上記摘記(1カ)のFig.(6)aとその説明である摘記(1オ)から、以下の事項が見て取れる。
「Cryptate-coupled antibody」(当審訳:クリプテート(ドナー)結合抗体)と「acceptor-coupled antibody」(当審訳:アクセプター結合抗体)が、それぞれ「free anttigen」(当審訳:遊離抗原)の異なった部位を識別して結合し、ドナーからアクセプターへのエネルギー移動によってHTRFシグナルが生成されている。

(イ)そして、摘記(1オ)のサンドイッチアッセイとは、二つの抗体で抗原をサンドイッチして抗原を検出(同定)し定量する一方法であり、摘記(1キ)に、HTRFはタンパク質の定量及び/又は同定に使うことができることが記載されていることを踏まえれば、上記生成されたHTRFシグナルを検出し、遊離抗原を同定し定量しているといえる。

(ウ)引用発明
上記(ア)及び(イ)を踏まえれば、上記引用例には、以下の発明が記載されていると認められる。
「抗原を同定し定量する方法において、
クリプテート(ドナー)結合抗体とアクセプター結合抗体が、それぞれ遊離抗原の異なった部位を識別して結合し、クリプテート(ドナー)からアクセプターへのエネルギー移動によってHTRFシグナルが生成され、
そのHTRFシグナルを検出し、遊離抗原を同定し定量する、方法。」(以下「引用発明」という。)

(3)対比・判断
ア 対比
補正発明と引用発明とを対比する
(ア)補正発明の「検出可能な標識」とは具体的に蛍光団(補正発明を具体化した請求項2参照)であり、補正発明の「リガンド」とは具体的に抗体(補正発明を具体化した請求項4参照)であり、そして、引用発明の「クリプテート(ドナー)」と「アクセプター」は、摘記(1ア)にも示されているようにHTRF技術において蛍光を発するものである。
してみれば、引用発明の「クリプテート(ドナー)結合抗体」及び「アクセプター結合抗体」は、前者を第1、後者を第2とするなら、補正発明の「第1の検出可能な標識を有する第1リガンド」及び「第2の検出可能な標識を有する第2リガンド」に、並びに、「検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド」「及び」「検出可能な標識に結合された」「1つの第2のリガンド」に相当する。

(イ)抗原はタンパク質であり、補正発明の「標的分子」とは具体的にタンパク質(補正発明を具体化した請求項5参照)であるから、引用発明の「遊離抗原」は、補正発明の「標的分子」に相当する。
そして、引用発明の「クリプテート(ドナー)結合抗体」と「アクセプター結合抗体」は、「遊離抗原」「に結合」するものであるから「遊離抗原」との結合用であり、補正発明の「標的分子との結合用」に相当する。

(ウ)「クリプテート(ドナー)結合抗体とアクセプター結合抗体が、それぞれ遊離抗原の異なった部位を識別して結合」することは、補正発明の「前記第1及び第2リガンドの各々が特定の標的分子上の別々の特定の部位に結合するステップ」及び「前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドは前記特定の標的分子のそれぞれが対応する特定の部位に特異的に結合」することに相当する。

(エ)引用発明の「HTRF」とは、摘記(1ア)に「HTRF(Homogeneous Time Resolved Fluorescence)は、ホモジネートなフォーマットで検体を測定する最も一般的なアッセイ技術で、ハイスループットスクリーニング(HTS)での薬物を標的とする研究に使用される理想的な基盤技術である。この技術は、蛍光共鳴エネルギー移動技術(FRET)と時間分解測定(TR)を組み合わせたものである。TR-FRETアッセイでは、ドナーとアクセプター分子が互いに近接している時、ドナーとアクセプター分子との間で蛍光共鳴エネルギーの移動を介してシグナルが生成される。」と記載されているように、ドナーとアクセプター分子との間で蛍光共鳴エネルギーの移動を介してシグナルが生成される蛍光共鳴エネルギー移動技術(FRET)を利用したものであるから、引用発明の「クリプテート(ドナー)結合抗体とアクセプター結合抗体が、それぞれ遊離抗原の異なった部位を識別して結合し、ドナーからアクセプターへのエネルギー移動によって」「生成された」「HTRFシグナル」は、補正発明の「第1及び第2リガンドが前記特定の標的分子に特異的に結合したときに」「フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)」によって「放出される光」に相当する。
そして、上記摘記(1エ)のFig.(1)について、摘記(1イ)の「生体分子間の分子相互作用」(原文には「Molecular interactions between biomolecules」と記載されていることに注目)の記載を参照すると、上記摘記(1エ)のFig.(1)においては2つの分子が接近する様子が記載されているのに対して、上記摘記(1ウ)のFig.(6)においては、「free anttigen」(遊離抗原)が1つとして記載されていることから、標的分子は1つの分子といえる。そうすると、引用発明の「クリプテート(ドナー)結合抗体とアクセプター結合抗体が、それぞれ遊離抗原の異なった部位を識別して結合し、ドナーからアクセプターへのエネルギー移動」は、補正発明の「分子内フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)」に相当する。

(オ)引用発明の「抗原を同定し定量する方法」における「抗原」は、サンプル中のある特定の抗原といえるから、引用発明の「抗原を同定」することは、補正発明の「アッセイで前記特定の標的分子を含有するサンプルをスクリーニング」することに相当し、そして、引用発明の「抗原を同定し定量する方法」は、補正発明の「サンプル中の特定の標的分子を同定及び定量する方法」に相当する。
また、引用発明の「HTRFシグナルを検出し、遊離抗原を同定し定量する」ことは、補正発明の「光を検出し、それによってサンプル中の前記特定の標的分子を同定及び定量すること」に相当する。

イ 一致点・相違点について
補正発明の「検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド又は複数の第1のリガンド及び1つの第2のリガンド又は複数の第2のリガンドを試験及び選択するか、あるいは、標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド又は複数の第1のリガンド及び1つの第2のリガンド又は複数の第2のリガンドを選択し」は、選択肢で記載されており、その選択肢について「標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド及び1つの第2のリガンドを選択し」の事項を選択した上で、上記アで述べた対比を踏まえると、一致点及び相違点は以下のとおりとなる。

(一致点)
「サンプル中の特定の標的分子を同定及び定量する方法において、
標的分子との結合用に、検出可能な標識に結合された1つの第1のリガンド及び1つの第2のリガンドがあり、
(i)第1の検出可能な標識を有する第1のリガンド及び第2の検出可能な標識を有する第2のリガンドを用いるステップと、(ii)前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドの各々が特定の標的分子上の別々の特定の部位に結合するステップとを備え、(iii)アッセイで前記特定の標的分子を含有するサンプルをスクリーニングし、
前記第1のリガンド及び前記第2のリガンドは前記特定の標的分子のそれぞれが対応する特定の部位に特異的に結合したときに放出される光を検出し、それによってサンプル中の前記特定の標的分子を同定及び定量することを備え、
前記アッセイは分子内フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)アッセイである、方法。」

(相違点1)
第1のリガンド及び第2のリガンドについて、補正発明では、それらを「選択」し、そして「添加」しているが、引用発明では、選択し、そして添加しているかどうか不明である点。

(相違点2)
アッセイが、補正発明では、「洗浄ステップが省略されているハイスループットスクリーニング」アッセイであるのに対し、引用発明では、そのようなアッセイであるのか不明である点。

ウ 判断
(ア)相違点1について
相違点1の「選択」について、引用発明においても、ある特定の抗原を同定し定量する際には、その抗原に対する抗体を選択するものである。
また、相違点1の「添加」について、補正発明における「添加」は、本願明細書の【0027】等に記載されているように、容器等への添加を意味し、引用発明においても、「クリプテート(ドナー)結合抗体とアクセプター結合抗体」と「遊離抗原」との「結合」を、「遊離抗原」の入っている容器等に「クリプテート(ドナー)結合抗体とアクセプター結合抗体」を添加することにより行うことは、当業者が容易になし得たことである。
してみれば、上記相違点1は、当業者が容易になし得たことである。

(イ)相違点2について
例えば、引用例の摘記(1ア)に「HTRF(Homogeneous Time Resolved Fluorescence)は、ホモジネートなフォーマットで検体を測定する最も一般的なアッセイ技術で、ハイスループットスクリーニング(HTS)での薬物を標的とする研究に使用される理想的な基盤技術である。」と記載され、摘記(1ク)に「洗浄工程のない1つのHTFRアッセイ」と記載されているように、HTRFとは、洗浄ステップが省略されているハイスループットスクリーニングができるアッセイであることは、優先日前に周知(引用例の他、原査定の拒絶の理由で引用文献3として引用された国際公開2010/015592号公報(2頁15?17行、請求項14)、武本浩「HTRFを用いたハイスループットスクリーニング」化学と生物、Vol.38、No.7、2000年、等参照)である。
してみれば、引用発明は、上記摘記(1ア)に記載されているように薬物を標的とする研究等に使用されるものであるから、引用発明の「HTRFシグナルを検出し、遊離抗原を同定し定量する」アッセイを、上記周知技術に鑑みて、「洗浄ステップが省略されているハイスループットスクリーニング」アッセイとすることは当業者が容易になし得たことである。

(ウ)効果について
補正発明に基づく効果は、引用例又は周知技術から当業者が予期しうるものであり、格別顕著なものではない。

エ 小括
よって、補正発明は、周知技術に鑑みて、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)請求人の主張について
請求人は、審判請求書で「本願発明は、引用文献1に記載の発明を考慮しても特許性を備えるものと思料します。」(当審注:「本願発明」は上記「補正発明」に、「引用文献1」上記引用例に対応する)と主張し、その理由を述べているので、以下、各理由について審判請求書の記載を摘記した上で、それに対する当審の反論を記載することとする。
ア「本願発明と引用文献1に記載の発明とを比較すると、引用文献1は、2つの分子間の近接度を測定するために古典的な分子間FRETを利用するものであります。結果として、HTRFアッセイは、例えば、抗体ベースのアッセイ、抗体およびタンパク質生成のためのバイオプロセスモニタリング、およびタンパク質-タンパク質、タンパク質-ペプチドおよびタンパク質-DNA/RNA相互作用を評価するためのアッセイにおいて、生体分子間の分子間相互作用の検出のために使用されるものであります。」
(当審の反論)
引用例には、序論(INTRODUCTION)として、摘記(1イ)?(1エ)で記載されているように、確かに、2つの分子間の近接度を測定(生体分子間の分子間相互作用の検出)する古典的な分子間FRETが記載されているが、それは序論としての従来技術であり、当審において引用発明として使用した箇所は図6aで記載されているものであるから、上記請求人の主張は当審の引用発明を誤って解釈したものである。

イ「引用文献1の図6aに開示されているHTRFのための「サンドイッチ」フォーマットは、酵素活性アッセイにおいて、標識された基質の状態変化、例えばプロテアーゼによるリン酸化および切断などから生じるシグナルを測定するように設計されたものであります(引用文献1第27頁左欄、図7の下側の段落を参照)。特に、「サンドイッチ」フォーマットでは、第1のリガンドは、基質の状態が変化した後にのみ基質に結合するものである(例えば、モノクローナル抗ホスホ抗体は、リン酸化された基質のみを認識する)一方で、第2のリガンドは基質を標識するために使用される(例えば、ストレプトアビジン-XL665はビオチン化ペプチドに結合する)ものであります。従いまして、HTRFアッセイのための「サンドイッチ」フォーマットは、基質の状態変化に応じて生成されるFRETシグナルのON/OFFタイプを測定することによって酵素活性を定量化するものであります。上記した「サンドイッチ」フォーマットの特徴は、本願発明の方法とは全く異なっております。すなわち、本願発明の方法では、第1および第2のリガンドの両方が、標的分子の状態とは関係なく同標的分子上の別々のかつ特異的な部位にそれぞれ結合することを要件としており、結果として、例えば、生成されたシグナルの差を測定することによって標的分子の量を定量するものであります。」
(当審の反論)
請求人が主張するように、補正発明が「標的分子の状態とは関係なく同標的分子上の別々のかつ特異的な部位にそれぞれ結合することを要件」としているなら、「標的分子の状態とは関係」ないのであるから、「状態変化が生じていない状態」であろうが、「状態変化が生じた状態」であろうが、補正発明はそれらの両状態の基質の標的分子を含むことになるから、上記主張をもってして、補正発明が、請求人の主張する引用例の上記具体的な態様を排除していることにはならない。
また、請求人の主張する引用例の上記箇所は、キナーゼについての記載であるが、本願明細書にも【0059】?【0064】に標的分子をキナーゼとすることについて記載されており、その【0064】には「酵素ターンオーバーを定量化することができる」との記載があり、これも補正発明に含まれる態様であることから、本願明細書に記載の態様を含む上位概念としての補正発明と引用例の具体例(キナーゼ)との記載上の違いをもってして、補正発明と引用発明との違いを認めることはできない。

ウ「引用文献1は古典的な分子間FRETを使用するのに対し、本願発明の方法は分子内FRETアッセイを使用するものであります。本願の出願前において、FRETは、1)2つの異なる分子の結合、又は2)立体配座変化、リン酸化又は開裂のような標的の状態変化のいずれかを測定するために使用されており、本願発明のように改変されていない標的を定量化するために使用されることはありませんでした。従いまして、分子内FRETアッセイを使用する本願発明の方法は引用文献1を考慮しても新規性および進歩性を備えるものと思料します。
(当審の反論)
請求人の「引用文献1は古典的な分子間FRETを使用するのに対し、本願発明の方法は分子内FRETアッセイを使用するものであります」との主張については、上記アで述べたとおり、請求人は、引用例の序論と補正発明とを対比しており、当を得たものではない。また、「本願発明のように改変されていない標的を定量化するために使用される」と主張しているが、補正発明は「特定の標的分子」としか特定されておらず、それには改変されているものも含まれるもの(改変されているものを除外していない)であるから、上記主張は補正発明の記載に基づかない主張であり、失当である。

エ「以上に述べたように、引用文献1に記載されているHTRFアッセイと比較して、本願発明の方法は、とりわけ、両者は異なる原理(例えば、本願発明がタンパク質の量を測定するアッセイであるのに対し、引用文献1は分子間の相互作用を測定するアッセイである)を有し、よって異なる結果(例えば、本願発明が異なる種類の治療化合物を特定するのに対し、引用文献1は阻害剤を特定する)となります。さらには、使用する試薬の種類も異なっております(例えば、本願発明では標的分子の状態とは無関係に単一の標的分子上の別々のかつ特異的な部位に結合するリガンドを用いることを特徴とするのに対し、引用文献1では基質の状態が変化した後にのみ基質に結合するリガンドを用いる)。」
(当審の反論)
「引用文献1は分子間の相互作用を測定するアッセイ」については、上記アで述べたとおり、引用例の図1のことであり、図6aに基づくものではない。また、「本願発明が異なる種類の治療化合物を特定するのに対し、引用文献1は阻害剤を特定する」と主張しているが、補正発明には「異なる種類の治療化合物を特定する」とは特定されておらず、そして、本願明細書の【0041】、【0059】等には阻害剤を特定する態様も記載されていることから、治療化合物には阻害剤も入るものといえる。さらに、引用例のアッセイ技術が阻害剤の特定に限定されるものでもない。よって、請求人の上記主張は当を得ないものである。

オ 小括
上記ア?エを踏まえると、上記請求人の主張をもってして、補正発明は引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、との当審の判断が覆るものではない。

(5)まとめ
したがって、補正発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 本件補正についてのむすび
よって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?32に係る発明は、平成30年9月20日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?32に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概要は、以下のとおりである。
1.(新規性)この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2.(進歩性)この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願発明は、以下の引用文献1、2又は3の各々に記載された発明であるか、あるいは、引用文献1、2又は3の各々に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであると説示している。

引用文献1:Degorce F et al.,HTRF: A Technology Tailored for Drug Discovery-A Review of Theoretical Aspects and Recent Applications,Current Chemical Genomics,2009年,Vol.3,22-32
引用文献2:Lebakken CS et al.,Development and Applications of a Broad-Coverage, TR-FRET-Based Kinase Binding Assey Platform,Journal of Biomolecular Screening,Society for Biomolecular Sciences,2009年 6月29日,Vol.14, No.8,924-935
引用文献3:国際公開第2010/015592号

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1すなわち上記引用例の記載事項は、前記第2の[理由]2(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、前記第2の[理由]2(1)で検討したように、補正発明から、「前記ハイスループットスクリーニングアッセイは分子内フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)アッセイである」との限定事項を削除したものであり、その余の点で技術的に変更のないものといえる。
そうすると、本願発明の発明特定事項を実質的に全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する補正発明が、前記第2の[理由]2(3)に記載したとおり、周知技術に鑑みて、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その余の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり、審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-05-19 
結審通知日 2020-05-26 
審決日 2020-06-08 
出願番号 特願2017-94477(P2017-94477)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G01N)
P 1 8・ 575- Z (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 海野 佳子  
特許庁審判長 福島 浩司
特許庁審判官 ▲高▼見 重雄
三崎 仁
発明の名称 細胞巨大分子の発現を調節する化合物のハイスループットスクリーニング  
代理人 恩田 博宣  
代理人 恩田 誠  
代理人 本田 淳  

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