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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C21D 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C21D 審判 全部申し立て 2項進歩性 C21D |
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管理番号 | 1368126 |
異議申立番号 | 異議2019-700906 |
総通号数 | 252 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-12-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-11-14 |
確定日 | 2020-11-12 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6515119号発明「強度および延性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法ならびに得られる鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6515119号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6515119号の請求項1?12に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2015年(平成27年)7月3日(優先権主張 外国庁受理 2014年(平成26年)7月3日 国際事務局(IB))を国際出願日とする出願(特願2016-575889号)であって、平成31年4月19日に特許権の設定登録がなされ、令和1年5月15日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後の経緯は以下のとおりである。 令和 1年11月14日 特許異議申立人 前田洋志(以下、「申立人」 という。)による全請求項に係る特許について の特許異議申立書 提出 令和 2年 3月19日 取消理由通知書 (起案日 令和2年3月17日)発送 同年 7月17日 意見書 提出(「実験結果」及び「ドンウエイ 宣誓供述書」の添付) 同年 9月 2日 上申書 提出 (「ドンウエイ宣誓供述書」の原本の提出) なお、新型コロナウイルスの影響による期間延長に関する上申書の提出(令和2年5月12日差出)があり、当審はこれを認容し、取消理由通知書に対する応答期間を30日間延長することとした。 第2 本件発明 本件特許の請求項1?12に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明12」という。総称して「本件発明」という。)は、それぞれその特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定される以下のものである。 【請求項1】 強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、被覆鋼板の降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり、前記方法が、重量%で 0.13%≦C≦0.22% 1.2%≦Si≦1.8% 1.8%≦Mn≦2.2% 0.10%≦Mo≦0.20% Nb≦0.05% Al≦0.5% Ti<0.05% を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた板を熱処理および被覆することによるものであり、熱処理および被覆が、以下の工程: - Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程、 - 325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、 - 鋼板を焼き入れ温度QTにおいて2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程、 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程 を含む、方法。 【請求項2】 焼入れ温度QTが350℃から375℃の間である、請求項1に記載の方法。 【請求項3】 分配温度PTが435℃から465℃の間である、請求項1または2に記載の方法。 【請求項4】 鋼の化学組成が以下の条件: 0.16%≦C≦0.20% 1.3%≦Si≦1.6% および 1.9%≦Mn≦2.1% のうち少なくとも1つを満たす、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。 【請求項5】 溶融めっき工程が亜鉛めっき工程である、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。 【請求項6】 溶融めっき工程が、合金化温度TGAを480℃から510℃の間とする合金化溶融亜鉛めっき工程である、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。 【請求項7】 分配時間Ptが50sから70sの間である、請求項6に記載の方法。 【請求項8】 焼き入れ温度QTにおける保持時間が、3sから7sの間に含まれる、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。 【請求項9】 鋼の化学組成が重量%で 0.13%≦C≦0.22% 1.2%≦Si≦1.8% 1.8%≦Mn≦2.2% 0.10%≦Mo≦0.20% Nb≦0.05% Al≦0.5% Ti≦0.05% を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である被覆鋼板であって、被覆鋼板が、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなり、フェライトを含まない組織を有し、且つ被覆鋼板の少なくとも一方の面が金属被覆を含み、被覆鋼板の降伏強度が少なくとも800MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%である、被覆鋼板。 【請求項10】 鋼の化学組成が以下の条件: 0.16%≦C≦0.20% 1.3%≦Si≦1.6% および 1.9%≦Mn≦2.1% の少なくとも1つを満たす、請求項9に記載の被覆鋼板。 【請求項11】 金属被覆を含む面の少なくとも1つが亜鉛めっきされている、請求項9または10に記載の被覆鋼板。 【請求項12】 金属被覆を含む面の少なくとも1つが合金化溶融亜鉛めっきされている、請求項9または10に記載の被覆鋼板。 第3 特許異議の申立ての理由の概要 申立人は以下の甲各号証を証拠として提出し、概ね次のように主張する。 <申立理由の概要> 1.理由1(異議申立書16?29頁) 請求項1に記載の発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、請求項1に係る特許は取り消されるべきものである。また、請求項2?12に係る特許についても同様である。 2.理由2(異議申立書29?33頁) (1)焼鈍温度TAでの焼鈍時間について、発明の詳細な説明には、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているとは認められず、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2?8に係る発明について、発明の詳細な説明は、特許法施行規則第24条の2の規定に従って記載されていないため、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合せず、本件出願に係る特許は取り消されるべきものであり、また、請求項1?8の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。(異議申立書29?30頁) (2)焼入れ温度QTまでの冷却スピードについて、発明の詳細な説明には、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているとは認められず、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2?8に係る発明について、発明の詳細な説明は、特許法施行規則第24条の2の規定に従って記載されていないため、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合せず、本件出願に係る特許は取り消されるべきものであり、また、請求項1?8の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。(異議申立書30?31頁) (3)焼入れ温度QTでの保持時間について、発明の詳細な説明には、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているとは認められず、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2?8に係る発明について、発明の詳細な説明は、特許法施行規則第24条の2の規定に従って記載されていないため、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合せず、本件出願に係る特許は取り消されるべきものであり、また、請求項1?8の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。(異議申立書31頁) (4)金属組織について、発明の詳細な説明には、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているとは認められず、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2?8に係る発明、ならびに、請求項9に係る発明及び請求項9を引用する請求項10?12に係る発明について、発明の詳細な説明は、特許法施行規則第24条の2の規定に従って記載されていないため、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合せず、本件出願に係る特許は取り消されるべきものであり、また、請求項1?12の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。(異議申立書31?33頁) <証拠方法> ○甲第1号証:国際公開2014/020640号 ○甲第2号証:Emmanuel De Moor、「Assessment of Quenching and Partitioning as a Fundamentally New Way of Producing Advanced High Strength Martensitic Steel Grades with Improved Ductility」、Universiteit Gent、博士論文、2009年、表紙、e?g頁(「summary」)、149?151頁(「APPENDIX A/Mechanical Properties Following Q&P Heat Treating」の「A.1 Introduction」および「A.2 Heat Treating Parameters」)、写しおよび訳文 なお、以下で「甲第1号証」「甲第2号証」を、それぞれ「甲1」「甲2」ということがある。 第4 取消理由について 当審は、取消理由として、申立理由2(4)について、適用条文を修正し、下記1.のとおり、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第6項第2号及び特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないことを理由として、本件出願に係る特許は取り消されるべきものであることを通知したところ、本件発明の発明者の一人であるDongwei Fan(ドンウエイ ファン)の宣誓供述書及び実験結果(以下、それぞれ「供述書」、「実験結果」という。)を添付した意見書(令和2年7月17日提出)(以下、「意見書」という。)が提出されたので、当該意見書により本取消理由が解消されたかを以下に検討する。 1.取消理由の概要 ア 本件特許明細書【0046】には「例7は、その顕微鏡写真が図に示されており、7%の残留オーステナイトならびに96%のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有する。」と記載されるが、この記載が正しければ、顕微鏡写真の「残留オーステナイト」と「マルテンサイトおよびベイナイトの合計」は「103%」(=7+96)となってしまう。 しかし、技術常識に照らして、「%」表示は通常は最大「100」の値を採るから、【0046】の上記記載はその意味が不明である。 イ また、製造された鋼板の金属組織について、請求項1には「オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり」と記載され、請求項9には「被覆鋼板が、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなり、フェライトを含まない組織を有し」と記載されている。 ここで、請求項1、9の上記記載の解釈としては、「残留オーステナイト」と「マルテンサイトおよびベイナイトの合計」の合計が、金属組織全体を100%としたとき、その100%以下になっていると解するのが普通である。 ウ しかし、上記でみたように、請求項1及び9に記載の発明の実施例として、本件特許明細書には、「残留オーステナイト」と「マルテンサイトおよびベイナイトの合計」との合計が100%を超えるものが記載されることからすると、例えば、「残留オーステナイト」の最大値と、「マルテンサイトおよびベイナイトの合計」の最大値が、それぞれ対応して、全体の合計が100%超となることも許容されると解する余地が生じて、結局のところ、請求項1及び9の上記記載を通常の意味に解してよいのかが明確に理解できなくなる。 エ 以上から、金属組織について、請求項1及び9、請求項1を引用する請求項2?8、請求項9を引用する請求項10?12は、それら請求項に記載の発明が明確であるとはいえないので、特許法第36条第6項第2号の規定に適合せず、請求項1?12に記載の発明に係る特許は取り消されるべきものである。また、本件特許明細書【0046】の記載により、「残留オーステナイト」と「マルテンサイトおよびベイナイトの合計」が100%を超える金属組織を有する鋼板が実施例として記載されていることになるが、その製造方法についての記載は見出せないことから、そのような鋼板を製造することができず、発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものとはいえないので、特許法第36条第4項第1号の規定に適合せず、本件出願に係る特許は取り消されるべきものである。 2.意見書の主張の概要 ア 意見書は、本件特許明細書【0046】の「例7は、その顕微鏡写真が図に示されており、7%の残留オーステナイトならびに96%のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有する。」において、「7%」は「4%」の誤記であることを、以下のように説明する。 イ 本件特許明細書【0046】の「例7」は、本件発明者の本件出願前の実験データファイルの「実験結果」の「D632」と同じものであり、「D632」の「残留オーステナイト」は「4%」なので、「例7」の「残留オーステナイト」も「4%」である。 ウ そこで、以下で「D632」が「例7」にあたることを示す。 まず、「例7」の組成は、【0037】に示すように、実施例の全ての試料1?10で共通で、重量%で、以下の元素を含み、残部Fe及び不純物である。 C Si Mn Nb Mo 0.18 1.5 2.0 0.02 0.15 そして、「例7」のMs変態点は386℃、Ac_(3)変態点は849℃であり、「例7」の熱処理と製造された鋼板の物性は【表2】に以下のように示される。 エ 次に「D632」についてみてみる。 「D632」の組成は次の組成の元素を含み、残部はFeおよび不純物(重量%)である(供述書1?2頁)。 C Si Mn Nb Mo 0.18 1.5 2.0 0.02 0.15 そして、「D632」のMs変態点は386℃、Ac_(3)変態点は849℃である。 ここで、「D632」の熱処理と製造された鋼板の物性を記すにあたり、意見書添付の「実験結果」は、「実験データファイルには、営業秘密が含まれているため、本件特許明細書に記載される例7と実験データファイルに記載される試料(D632)との同一性を裏付けるデータ以外のデータは黒塗りしました。」(意見書7頁)とあるように、目視しづらいので、「実験結果」の「例7」と対比できる「試料(D632)」に関する部分を以下に抜き書きする。 AT,C QT,C PT,C Pt,sec GA,C 900 350 460 60 500 YS,MPa TS,MPa UE,% TE,% HER RA 838 1185 8.9 14.0 34 4.0 オ 以上から「例7」と「D632」を対比すると、成分組成、Ms変態点及びA_(c3)変態点は両者で一致し、熱処理についても、「D632」の「AT,C」、「QT,C」、「PT,C」、「Pt,sec」、「GA,C」、「YS,MPa」、「TS,MPa」、「UE,%」、「TE,%」、「HER」は、それぞれ「例7」の「TA ℃」、「QT ℃」、「PT ℃」、「Pt s」、「TGA ℃」、「YS MPa」、「TS MPa」、「UE %」、「TE %」、「HER」にあたるものであり、それぞれの項目の両者の数値は一致する。なお、「例7」の「UE %」は「9」、「D632」の「UE,%」は「8.9」で数値自体は相違するが、有効数字を考慮すれば両者は同じといえる。 カ 以上から、「D632」は「例7」にあたるものといえる。 そうすると、上記エの「D632」の「RA」「4.0」に着目すると、「RA」は「Residual Austenite」(「残留オーステナオイト」)にあたることは当業者に周知であるから、「D632」の「残留オーステナイト」は「4%」ということになる。 また、「例7」を追試すれば「残留オーステナイト」は「4%」になるといえる。 したがって、「例7」の「残留オーステナイト」は「4%」が正しいといえるので、本件特許明細書【0046】の「例7は、その顕微鏡写真が図に示されており、7%の残留オーステナイトならびに96%のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有する。」において、「7%」は「4%」の誤記である。 3.当審の判断 上記特許権者の説明は、当審において首肯され得るものなので、意見書の説明により、本件特許明細書【0046】の「例7は、その顕微鏡写真が図に示されており、7%の残留オーステナイトならびに96%のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有する。」において、「7%」は「4%」の誤記であると認める。 すると、本件特許明細書に記載される「残留オーステナイト」と「マルテンサイトおよびベイナイトの合計」は、全体で100%を超えないという通常の意味に解され、そのような全体で100%となるような通常の金属組織を有する鋼板は実施可能であり、また、請求項1の「オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量」も合計で100%となる通常の組成と考えられるから明確である。 したがって、取消理由(申立理由2(4))は解消された。 第5 取消理由で通知のない申立理由について 取消理由として通知しなかった申立理由は、上記「第3」の「理由1」「理由2(1)?(3)」であり、以下、理由2から検討する。 1.理由2(1)について(焼鈍温度TAでの焼鈍時間について) (1)申立理由の概要 「焼鈍温度TAでの焼鈍時間」として「時間は30sを超えるが300sを超える必要はない」(【0029】)とあるが、表1、表2の実験例では「焼鈍時間」の具体的な記載が無いから、本件特許明細書の記載は経済産業省令で定めるところにより記載されておらず「焼鈍温度TAでの焼鈍時間」の技術上の意義を確認できないし、請求項に係る発明は発明の詳細な説明に裏付けられていない。 したがって、本件出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合せず、また、請求項1?8(鋼板を製造する方法)の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので同法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。 (2)当審の判断 本件特許明細書【0029】に、焼鈍温度とその保持時間について、組織を完全にオーステナイト化し、かつ、オーステナイト結晶を過度に粗大化させないために、焼鈍温度TAをAc_(3)+15℃?1000℃、焼鈍時間を30?300秒とする旨が記載されるから、焼鈍温度とその保持時間を特定することの技術上の意義は明らかであるといえる。 そして、個々の実験例に於いて具体的な「焼鈍時間」が記載されていなくても、表1、2に記載される製造された鋼板の物性が本件発明の規定を満たすものは、「焼鈍時間」が30?300秒で熱処理されたと理解することができ、逆に、同物性が本件発明の規定を満たす実験例において「焼鈍時間」が30?300秒の範囲になかったとする根拠も見当たらない。 そうであれば、焼鈍温度とその保持時間について、本件出願の発明の詳細な説明には、その技術上の意義が経済産業省令で定めるところにより記載されているといえるものであり、個々の実験例に於いて「焼鈍時間」の具体的な記載が無くとも、同物性が本件発明の規定を満たすものは、本件特許明細書の記載から30?300秒で熱処理されたと理解できるから、請求項1の「Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程」は発明の詳細な説明の記載により裏付けられているものといえる。 したがって、本件出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合し、また、請求項1?8(鋼板を製造する方法)の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものといえるものであり同法第36条第6項第1号の規定に適合するので、同請求項に係る特許は取り消されるべきものでない。 2.理由2(2)について(焼入れ温度QTまでの冷却スピードについて) (1)申立理由の概要 「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」として「Ms変態点を下回る焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度で冷却することにより、鋼板を焼入れする工程。焼入れの直後にオーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を有するようにするため、焼入れ温度は325℃から375℃の間、好ましくは350℃から375℃の間であり、オーステナイト含量は、最終的な組織(すなわち処理、被覆および室温への冷却後)が、3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まないことができるような含量である。30℃/sを超える冷却速度は十分である。」(【0030】)とあるが、表1、表2の実験例では「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」の具体的な記載が無いから、「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」について、本件出願の発明の詳細な説明の記載は経済産業省令で定めるところにより記載されておらず「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」の技術上の意義を確認できないし、請求項に係る発明は発明の詳細な説明に裏付けられていない。 したがって、本件出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合せず、また、請求項1?8(鋼板を製造する方法)の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので同法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。 (2)当審の判断 【0030】には、「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」について、「Ms変態点を下回る」「焼入れ温度QT」(325℃?375℃)までの冷却スピードは、「フェライトおよびベイナイトの形成を避け」て、「焼入れの直後にオーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を有する」ようにできるための冷却スピード(以下、「必要冷却スピード」という。)であればよく、「30℃/sを超える冷却速度は十分」である旨記載されるから、「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」を特定することの技術上の意義は明らかである。 そして、実験例に於いて具体的な「冷却スピード」が記載されていなくても、表1、2に記載される製造された鋼板の物性が本件発明の規定を満たすものは、「冷却スピード」が「必要冷却スピード」で処理されたものと理解することができ、逆に、同物性が本件発明の規定を満たす実験例において「冷却スピード」が「必要冷却スピード」でなかったとする根拠も見当たらない。 そうであれば、「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」について、本件出願の発明の詳細な説明には、その技術上の意義が経済産業省令で定めるところにより記載されているといえるものであり、個々の実験例に於いて「焼入れ温度QTまでの冷却スピード」の具体的な記載が無くとも、同物性が本件発明の規定を満たすものは、本件特許明細書の記載から「必要冷却速度」で冷却されたと理解できるから、請求項1の「325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程」は、発明の詳細な説明の記載により裏付けられているものといえる。 したがって、本件出願の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合し、また、請求項1?8(鋼板を製造する方法)の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものといえるものであり同法第36条第6項第1号の規定に適合するので、同請求項に係る特許は取り消されるべきものでない。 3.理由2(3)について(焼入れ温度QTでの保持時間について) (1)申立理由の概要 「焼入れ温度QTでの保持時間」として「焼入れ工程と鋼板を分配温度PTまで再加熱する工程との間で、鋼板は焼入れ温度において2sから8sの間、好ましくは3sから7sの間に含まれる保持時間の間、維持される。」(【0031】)とあるが、表1、表2の実験例では「焼入れ温度QTでの保持時間」の具体的な記載が無いから、本件出願の発明の詳細な説明の記載は経済産業省令で定めるところにより記載されておらず「焼入れ温度QTでの保持時間」の技術上の意義を確認できないし、請求項に係る発明は発明の詳細な説明に裏付けられていない。 したがって、本件出願の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合せず、また、請求項1?8(鋼板を製造する方法)の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないので同法第36条第6項第1号の規定に適合せず、同請求項に係る特許は取り消されるべきものである。 (2)当審の判断 「焼入れ温度QTでの保持時間」については【0031】に「・・・好ましくは、焼入れ工程と鋼板を分配温度PTまで再加熱する工程との間で、鋼板は焼入れ温度において2sから8sの間、好ましくは3sから7sの間に含まれる保持時間の間、維持される。」と記載されるだけで、本件特許明細書中に、その技術上の意義について明示した箇所は見出せない。 しかしながら、鋼板は、焼入れ温度QTまでの急速な冷却により全体が急冷されるところ、その内部まで、急激に冷却された表面と同じ温度、組織状態になるための熱の移動に多少時間が必要なのは技術常識であり、「鋼板は焼入れ温度において2sから8sの間、好ましくは3sから7sの間に含まれる保持時間の間、維持される」ことの技術上の意義は明らかであるといえる。 また、個々の実験例に於いて具体的な「焼入れ温度QTでの保持時間」が記載されていなくても、表1、2に記載される製造された鋼板の物性が本件発明の規定を満たすものは、「焼入れ温度QTでの保持時間」が「2s?8s」で処理されたとみることができ、逆に、同物性が本件発明の規定を満たす実験例において「焼入れ温度QTでの保持時間」が「2s?8s」の範囲になかったとする根拠も見当たらない。 そうであれば、「焼入れ温度QTでの保持時間」について、本件出願の発明の詳細な説明には、その技術上の意義が経済産業省令で定めるところにより記載されているといえるものであり、個々の実験例に於いて「焼入れ温度QTでの保持時間」の具体的な記載が無くとも、同物性が本件発明の規定を満たすものは、本件特許明細書の記載から「2s?8s」の間で保持されて熱処理されたと理解できるから、請求項1の「鋼板を焼き入れ温度QTにおいて2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する工程」は発明の詳細な説明の記載により裏付けられているものといえる。 したがって、本件出願の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号の規定(委任省令要件)に適合し、また、請求項1?8(鋼板を製造する方法)の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されたものといえるものであり同法第36条第6項第1号の規定に適合するので、同請求項に係る特許は取り消されるべきものでない。 4.理由1について(甲1、2の記載に基づく進歩性について) 4-1.申立理由の概要 理由1は、上記「第3 1.」に記すように、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基づき本件発明1?8(「高強度被覆鋼板を製造する方法」)、本件発明9?12(「被覆鋼板」)は進歩性がないとするものであり、以下にその当否を検討する。 4-2.甲第1号証の記載 甲第1号証には次のことが記載されている。なお、「・・・」は記載の省略を示す。 記載事項サ 【請求項1】質量%で、C:0.10?0.35%、Si:0.5?3.0%、Mn:1.5?4.0%、P:0.100%以下、S:0.02%以下、Al:0.010?0.5%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、かつミクロ組織は、面積率で0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下であることを特徴とする成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。 【請求項2】さらに、質量%で、Cr:0.005?2.00%、Mo:0.005?2.00%、V:0.005?2.00%、Ni:0.005?2.00%、Cu:0.005?2.00%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。 【請求項3】さらに、質量%で、Ti:0.01?0.20%、Nb:0.01?0.20%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。 記載事項シ 【請求項7】請求項1から5のいずれかに記載の成分組成を有するスラブを、熱間圧延し、またはさらに冷間圧延し、その後連続焼鈍を施すに際し、500℃?Ac_(1)点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、Ac_(3)点-20℃?1000℃の温度域に加熱し10?1000秒保持した後、750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却した後、350℃?500℃に加熱し10?600秒保持した後、溶融亜鉛めっきを施し、またはさらにめっき合金化処理を行うことを特徴とする成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。 記載事項ス [0004]本発明は、上記した従来技術が抱える問題を有利に解決し、自動車部品用素材として好適な、引張強さ(TS):1180MPa以上、全伸び(EL):14%以上、穴拡げ率(λ):30%以上かつ降伏比(YR):70%以下である成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板、並びにその製造方法を提供することを目的とする。なお、降伏比(YR)は、引張強さ(TS)に対する降伏強さ(YS)の比で、YR(%)=(YS/TS)×100で表される。 記載事項セ [0005]本発明者らは、上記した課題を達成し、成形性および形状凍結性に優れる高強度溶融亜鉛めっき鋼板を製造するため、鋼板の成分組成およびミクロ組織の観点から鋭意研究を重ねた結果、以下のことを見出した。 [0006]合金元素を適切に調整した上で、面積率で0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含む組織とし、かつ旧オーステナイトの平均粒径を15μm以下とすることで高強度と高成形性および高形状凍結性の両立が可能となる。 記載事項ソ [0033]2)ミクロ組織 ポリゴナルフェライトの面積率:0?5% ポリゴナルフェライトの面積率が5%を超えると、TS1180MPa以上と穴拡げ率30%以上の両立が困難になる。したがって、ポリゴナルフェライトの面積率は0?5%とする。 [0034]ベイニティックフェライトの面積率:5%以上 ベイナイト変態はオーステナイトにCを濃化させ、オーステナイトを安定化することでEL上昇に有効な残留オーステナイトを確保するのに有効である。この効果を得るには、ベイニティックフェライトの面積率を5%以上にする必要がある。一方、その面積率が60%を超えると所望のマルテンサイトおよび残留オーステナイトを得ることが困難になるので、好ましくは、ベイニティックフェライトの面積率は5?60%とする。 記載事項タ [0041]3)製造条件 本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は以下のように製造する。まず、上記の成分組成を有するスラブに、熱間圧延、酸洗を施し、またはさらに冷間圧延を施す。そして、連続焼鈍で、500℃?Ac_(1)点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、Ac_(3)点-20℃?1000℃の温度域に加熱し10?1000秒保持した後、750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却する。さらに、鋼板を350℃?500℃に加熱し10?600秒保持した後、溶融亜鉛めっきを施し、またはさらにめっき合金化処理を行う。以下、詳しく説明する。 [0042]上記成分組成を有する鋼を溶製してスラブとし、スラブを熱間圧延した後、冷却し巻取る。熱間圧延後の巻取り温度が650℃を超えると、黒シミが生成し、めっき性が低下する。一方、熱間圧延後の巻取り温度が400℃未満では熱延板の形状が悪化する。したがって、熱間圧延後の巻取り温度は400?650℃とすることが好ましい。 ・・・ [0046]750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却 750℃からMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域までの平均冷却速度が15℃/s未満では冷却中に多量のフェライトが生成し、本発明のミクロ組織が得られない。したがって平均冷却速度を15℃/s以上とする。 記載事項チ [0056]表1に示す成分組成の鋼を転炉により溶製し、連続鋳造により鋼スラブとした(表1中、Nは不可避的不純物である)。これらの鋼スラブを1200℃に加熱後粗圧延、仕上圧延し、巻取り温度400?650℃の範囲で巻取り、板厚2.3mmの熱延板とした。次いで、一部バッチ処理により到達温度600℃、熱処理時間5時間の条件で軟質化を施し、酸洗後、板厚1.4mmに冷間圧延し冷延鋼板を製造し焼鈍に供した。また一部、板厚2.3mmまで熱間圧延した鋼板を酸洗したものをそのまま焼鈍に供した。焼鈍は連続溶融亜鉛めっきラインにより、表2、3に示す条件で行い、460℃のめっき浴中に浸漬し、付着量35?45g/m^(2)のめっきを形成させ、冷却速度10℃/sで冷却し溶融亜鉛めっき鋼板1?29を作製した。また一部、めっき後さらに525℃でめっき合金化処理を行い、冷却速度10℃/sで冷却し、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。そして、得られためっき鋼板について、上記の方法でポリゴナルフェライト、ベイニティックフェライト、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイトの面積率、残留オーステナイトの面積率および旧オーステナイトの平均粒径を測定した。また、圧延方向と直角方向にJIS5号引張試験片を採取し、歪速度10-3で引張試験を行った。さらに、150mm×150mmの試験片を採取し、JFST 1001(日本鉄鋼連盟規格、2008年)に準拠して穴拡げ試験を3回行って平均の穴拡げ率(%)を求め、伸びフランジ性を評価した。結果を表4、5に示す。 記載事項ツ [0057] 記載事項テ [0059] 記載事項ト [0061] 4-3.甲第1号証に記載の発明 4-3-1.甲1方法発明Aの認定 ア 実施例に基いて引用発明を認定する。 記載事項スから、甲1には、特定の物性を有し、「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板、並びにその製造方法」について記載されている。 イ 記載事項サ、チ、ツから、「Mo」を含む「鋼F」に注目すると、「鋼F」の成分組成(質量%)は、 C:0.23%、Si:1.3%、Mn:2.1%、P:0.023%、S:0.002%、Al:0.033%、N:0.003%、Mo:0.2%と残部がFe及び不可避的不純物である。 ウ 当該成分組成の鋼材(「鋼F」)に対して、熱処理として記載事項テに記載の「めっき鋼板No.17」に着目する。記載事項タの[0046]から、冷却を始めるときの温度は750℃といえるので、記載事項テの熱処理について、記載事項シの書き方に合わせて整理すると、同熱処理では、上記イの成分組成を有するスラブを、熱間圧延し、さらに冷間圧延し、その後連続焼鈍を施すに際し、890℃までを12℃/sの平均加熱速度で加熱し400秒保持した後、750℃から50℃/sの平均冷却速度で330℃まで冷却した後、480℃に加熱し150秒保持した後、溶融亜鉛めっきを施し、さらにめっき合金化処理を行うことがなされている。 エ また、上記エの熱処理により、記載事項トに記載される物性の鋼板が得られる。当該物性は、記載事項サの書き方に合わせて整理すると、ミクロ組織は、面積率で0%のポリゴナルフェライト、26%のベイニティックフェライト、17%のマルテンサイト、37%の焼き戻しマルテンサイトと、13%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が7μmで、降伏強さYS:699MPa、引張強さTS:1319MPa、全伸びEL(当審注:記載事項スに「全伸び(EL)」とあることから、「EL」の誤記と認められる。):17%、穴広げ率λ:34%であることが記載されている。 オ すると、本件請求項1(本件発明1)の記載に則して整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1方法発明A」という。)が記載されていると認められる。 「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法であって、 高強度溶融亜鉛めっき鋼板の降伏強さYSが699MPa、 引張強さTSが1319MPa、全伸びELが17%、穴広げ率λが34%であり、 前記方法が、質量%で、C 0.23%、Si 1.3%、Mn 2.1%、Mo 0.2%、Al 0.033%、P 0.023%、S 0.002%、N 0.003%を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避的不純物であるスラブを熱処理及び亜鉛めっきすることによるものであり、熱処理および亜鉛めっきが、以下の工程: - 12℃/sの平均加熱速度で加熱し焼鈍温度の890℃として400秒保持し、 - 750℃から50℃/sの平均冷却速度で330℃まで冷却し、 最終的な組織として、面積率で0%のポリゴナルフェライト、26%のベイニティックフェライト、17%のマルテンサイト、37%の焼き戻しマルテンサイトと、13%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が7μmであり、 - 480℃に加熱し150秒保持し、 - 溶融亜鉛めっきを施し、さらにめっき合金化処理を行う、 工程を含む方法。」 4-3-2.甲1方法発明Bの認定 ア 特許請求の範囲に基いて引用発明を認定する。 記載事項サから、請求項1を引用する請求項2をさらに引用する請求項3に係る発明を、さらに請求項7で引用する発明を、独立形式で記載すれば、次のようになり、甲1には同発明について記載されているといえる。 「C:0.10?0.35%、Si:0.5?3.0%、Mn:1.5?4.0%、P:0.100%以下、S:0.02%以下、Al:0.010?0.5%を含み、さらに、Cr:0.005?2.00%、Mo:0.005?2.00%、V:0.005?2.00%、Ni:0.005?2.00%、Cu:0.005?2.00%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、さらにTi:0.01?0.20%、Nb:0.01?0.20%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するスラブを、熱間圧延し、またはさらに冷間圧延し、その後連続焼鈍を施すに際し、500℃?Ac_(1)点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、Ac_(3)点-20℃?1000℃の温度域に加熱し10?1000秒保持した後、750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却した後、350℃?500℃に加熱し10?600秒保持した後、溶融亜鉛めっきを施し、またはさらにめっき合金化処理を行うことで、ミクロ組織が、面積率で0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下である、成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。」 イ 記載事項スから、上記製造方法で製造された鋼板は「引張強さ(TS):1180MPa以上、全伸び(EL):14%以上、穴拡げ率(λ):30%以上かつ降伏比(YR):70%以下」であり、「降伏比(YR)は、引張強さ(TS)に対する降伏強さ(YS)の比で、YR(%)=(YS/TS)×100で表される」から、「降伏強さ(YS):826MPa以下」と計算される。 ウ すると、本件請求項1(本件発明1)の記載に則して整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1方法発明B」という。)が記載されていると認められる。 「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法であって、 高強度溶融亜鉛めっき鋼板の降伏強さYSが826MPa以下、 引張強さTSが1180MPa以上、 全伸びELが14%以上、 穴広げ率λが30%以上であり、 前記方法が、質量%で、 C:0.10?0.35%、Si:0.5?3.0%、Mn:1.5?4.0%、P:0.100%以下、S:0.02%以下、Al:0.010?0.5%を含み、 さらに、Cr:0.005?2.00%、Mo:0.005?2.00%、V:0.005?2.00%、Ni:0.005?2.00%、Cu:0.005?2.00%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、 さらにTi:0.01?0.20%、Nb:0.01?0.20%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するスラブを、熱間圧延し、またはさらに冷間圧延し、熱処理し、亜鉛めっきすることによるものであり、熱処理及び亜鉛めっきが、以下の工程: - 500℃?Ac1点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、Ac3点-20℃?1000℃の温度域に加熱し10?1000秒保持し、 - 750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却し、 最終的な組織として、ミクロ組織が、面積率で0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下であり、 - 350℃?500℃に加熱し10?600秒保持し、 - 溶融亜鉛めっきを施し、またはさらにめっき合金化処理を行う、 工程を含む方法。」 4-3-3.甲1物発明Aの認定 上記「4-3-1.」で認定した甲1方法発明Aから、甲1には、同方法発明により製造された「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」が記載されており、本件請求項9(本件発明9)の記載に則して整理すると、次の発明(甲1物発明A)が記載されていると認められる。 「鋼の化学組成が質量%で、C 0.23%、Si 1.3%、Mn 2.1%、Mo 0.2%、Al 0.033%、P 0.023%、S 0.002%、N 0.003%を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避的不純物である成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板であって、 面積率で、0%のポリゴナルフェライト、26%のベイニティックフェライト、17%のマルテンサイト、37%の焼き戻しマルテンサイトと、13%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が7μmの組織を有し、 溶融亜鉛めっきされており、 高強度溶融亜鉛めっき鋼板の降伏強さYSが699MPa、引張強さTSが1319MPa、全伸びELが17%、穴広げ率λが34%である、 成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。」 4-3-4.甲1物発明Bの認定 上記「4-3-2.」で認定した甲1方法発明Bから、甲1には、同方法発明により製造された「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」が記載されており、本件請求項9(本件発明9)の記載に則して整理すると、次の発明(甲1物発明B)が記載されていると認められる。 「鋼の化学組成が質量%で、 C:0.10?0.35%、Si:0.5?3.0%、Mn:1.5?4.0%、P:0.100%以下、S:0.02%以下、Al:0.010?0.5%を含み、 さらに、Cr:0.005?2.00%、Mo:0.005?2.00%、V:0.005?2.00%、Ni:0.005?2.00%、Cu:0.005?2.00%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、 さらにTi:0.01?0.20%、Nb:0.01?0.20%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、残部はFeおよび不可避的不純物である成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板であって、 面積率で、0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下の組織を有し、 溶融亜鉛めっきされており、 高強度溶融亜鉛めっき鋼板の降伏強さYSが826MPa以下、引張強さTSが1180MPa以上、全伸びELが14%以上、穴広げ率λが30%以上である、 成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。」 4-4.本件発明1?8と甲1方法発明について 4-4-1.本件発明1と甲1方法発明A (1)対比 ア 本件発明1の「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法」と、甲1方法発明Aの「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法」とは、「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法」の点で一致する。 イ 本件特許明細書【0005】には「測定方法の違いに起因して、ISO規格による穴広げ率HERの値は、JFS T 1001(日本鉄鋼連盟規格)による穴広げ率λの値と非常に異なり同等ではないことを強調する必要がある。」と記載され、甲1の記載事項チには「穴広げ率λ」は「JFST 1001(日本鉄鋼連盟規格、2008年)に準拠して穴拡げ試験を3回行って平均の穴拡げ率(%)を求め」るものであることが記載されるから、甲1方法発明Aの「穴広げ率λ」は、本件発明1の「穴広げ率HER」にあたらない。 したがって、本件発明1の「被覆鋼板の降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり」と、甲1方法発明Aの「高強度溶融亜鉛めっき鋼板の降伏強さYSが699MPa、引張強さTSが1319MPa、全伸びElが17%、穴広げ率λが34%であり、」とは、「引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%」である点で一致する。 ウ 本件発明1の「重量%で0.13%≦C≦0.22%、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、 Nb≦0.05%、 Al≦0.5%、Ti<0.05%を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた板」と、 甲1方法発明Aの「質量%で、C 0.23%、Si 1.3%、Mn 2.1%、Mo 0.2%、Al 0.033%、P 0.023%、S 0.002%、N 0.003%を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避的不純物であるスラブ」とは、「重量%で、Cを所定量含有し、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、Al≦0.5%、を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物を含む鋼でできた板」である点で一致する。 エ 甲1方法発明Aは、「溶融亜鉛めっきを施し、さらにめっき合金化処理を行う」後に「鋼板を室温まで冷却する工程」を特定しないが、「めっき合金化処理」の後に加熱工程はなく放置しても冷却されるから、「鋼板を室温まで冷却する工程」は当然に包含するといえる。 また、本件発明1は請求項6にあるように「めっき合金化処理」を含むものといえる。 オ すると、 本件発明1の「熱処理および被覆が、以下の工程: - Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程、 - 325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、」「冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、 - 鋼板を焼き入れ温度QTにおいて2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程、 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程」と、 甲1方法発明Aの「熱処理および亜鉛めっきが、以下の工程: - 12℃/sの平均加熱速度で加熱し焼鈍温度の890℃として400秒保持し、 - 750℃から50℃/sの平均冷却速度で330℃まで冷却し、 - 480℃に加熱し150秒保持し、 - 溶融亜鉛めっきを施し、さらにめっき合金化処理を行う」とは、 a)「熱処理および被覆」は「熱処理および亜鉛めっき」を含むものであり、 b)「890℃」は通常の鋼で「A_(c3)を超える」温度だから、「A_(c3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程」は、「12℃/sの平均加熱速度で加熱し焼鈍温度の890℃として400秒保持し」を含み、 c)「325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、」と「750℃から50℃/sの平均冷却速度で330℃まで冷却し、」は、「325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程」である点で一致し、 d)「鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程」と、「480℃に加熱し150秒保持し、」とは、「鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて維持する工程」である点で一致する。 e)すると、両者は「熱処理および被覆が、以下の工程: - Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程、 - 325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて維持する工程 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程」の点で、一致する。 カ 製造された鋼板について、本件発明1では「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」であるのに対して、甲1方法発明Aでは「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」であり、「溶融亜鉛めっき鋼板」は「被覆鋼板」に含まれるので、両者は、「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」である点で一致する。 キ 以上から、本件発明1と甲1方法発明Aとは、以下の一致点、相違点を有する。 <一致点>「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、被覆鋼板の引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%であり、前記方法が、重量%で、 Cを所定量含有し、 1.2%≦Si≦1.8%、 1.8%≦Mn≦2.2%、 0.10%≦Mo≦0.20%、 Al≦0.5%を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物を含む鋼でできた板を熱処理及び被覆することによるものであり、熱処理および被覆が、以下の工程: - Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程、 - 325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて維持する工程 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程 を含む、方法。」である点。 <相違点WA1>製造された「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」(以下、「被覆鋼板」ということがある。)について、本件発明1では「形状凍結性」について不明であるのに対して、甲1方法発明Aでは「形状凍結性」に優れる点。 <相違点WA2>製造された「被覆鋼板」の「穴広げ率」と「降伏強度」のそれぞれについて、本件発明1では「HERが少なくとも30%であ」り、「少なくとも800MPa」であるのに対して、甲1方法発明Aでは「λが34%であ」り、「699MPa」である点。 <相違点WA3>製造された「被覆鋼板」の組成について、本件発明1では「0.13%≦C≦0.22% Nb≦0.05% Ti<0.05%」を含有し、P、S、Nについては含有量が不明であるのに対して、甲1方法発明Aでは「C 0.23%」を含有し、Nb、Tiについては含有量が不明であり、「P 0.023%、S 0.002%、N 0.003%」を含有する点。 <相違点WA4>製造された「被覆鋼板」の組織について、本件発明1では「オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、」であるのに対して、甲1方法発明Aでは「最終的な組織として、面積率で0%のポリゴナルフェライト、26%のベイニティックフェライト、17%のマルテンサイト、37%の焼き戻しマルテンサイトと、13%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が7μmで」ある点。 <相違点WA5>「焼き入れ温度QT」の「保持時間」について、本件発明1では「2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する」のに対して、甲1方法発明Aでは不明な点。 <相違点WA6>「焼入れ温度QT」までの冷却について、本件発明1では、冷却を始める温度が焼鈍温度TAで、「冷却スピード」は「オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な」ものであるのに対して、甲1方法発明Aでは、冷却を始める温度が750℃であり、「冷却スピード」が「オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な」ものであるのか不明な点。 <相違点WA7>「分配温度PT」を維持する「分配時間Pt」について、本件発明1では、「10sから90sの間」維持するのに対して、甲1方法発明Aでは「150秒」保持する点。 (2)相違点の判断 事案に鑑み相違点WA4について検討する。 ア 本件発明1において製造された「被覆鋼板」の「最終的な組織」は、「3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まない」組織であり、当該組織であることにより、「降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%」という「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」が得られるものである。 イ これに対して、甲1方法発明Aにおいて製造された「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」の「最終的な組織」は、「面積率で0%のポリゴナルフェライト、26%のベイニティックフェライト、17%のマルテンサイト、37%の焼き戻しマルテンサイトと、13%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が7μmで」ある組織であり、当該組織であることにより、「降伏強さYSが699MPa、引張強さTSが1319MPa、全伸びELが17%、穴広げ率λが34%」という「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」が得られるものである。 ウ すると、両者の方法により製造された鋼板の「最終的な組織」と物性について、本件発明1では「フェライトを含まない」組織であり、「降伏強度YSが少なくとも800MPa」であるのに対して、甲1方法発明Aでは「26%のベイニティックフェライト」が含まれる組織であり、「降伏強さYSが699MPa」である点で少なくとも相違している。 エ そして、記載事項ソには、「ベイニティックフェライトの面積率を5%以上にする必要がある。」との記載があることから、甲1方法発明Aにおいて、「26%のベイニティックフェライト」を含まない組織とすることには、阻害要因があるといえる。 オ また、甲1方法発明Aは、製造された「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」が「形状凍結性」(曲げ加工等の際に曲げた箇所が元の位置に戻ろうとするスプリングバックがおきにくい性質)を有することを課題としており、これは「降伏強さYS」を小さくして弾性変形の範囲を狭めることで解決するもので、記載事項セに摘示されるように、「高形状凍結性」を得るために、合金組織として、「26%のベイニティックフェライト」が含まれるものとも考えられるから、同フェライトを含まなくさせることは、同発明の課題解決を妨げるので、同フェライトを含まなくさせることに動機付けも認められない。 カ なお、甲第2号証には、「先進高強度鋼グレード(AHSS)」(訳文1頁下から7行)の熱処理において、「QTでは、すべてのケースで3秒の保持時間が適用された」(訳文5頁14?15行)との記載があり、甲第2号証は、このことから、上記相違点WA5の「焼き入れ温度QT」の「保持時間」について、本件発明1では「2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する」ことは周知であることを証拠立てるために引用されたが、上記相違点WA4について、甲1方法発明Aにおいてフェライトを含まなくさせることについては記載も示唆もない。 キ 以上から、本件発明1は、相違点WA4以外の相違点について検討するまでもなく、甲1方法発明A及び甲第2号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものとはいえない。 本件発明1を引用する本件発明2?8についても同様である。 4-4-2.本件発明1?8と甲1方法発明B (1)対比 ア 本件発明1の「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法」と、甲1方法発明Bの「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法」とは、「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法」の点で一致する。 イ 上記「4-4-1.(1)イ」から、甲1方法発明Bの「穴広げ率λ」は、本件発明1の「穴広げ率HER」にあたらない。 したがって、本件発明1の「被覆鋼板の降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり」と、甲1方法発明Bの「高強度溶融亜鉛めっき鋼板の降伏強さYSが826MPa以下、引張強さTSが1180MPa以上、全伸びELが14%以上、穴広げ率λが30%以上」とは、「被覆鋼板の降伏強度YSが800?826MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%」である点で一致する。 ウ 本件発明1の「重量%で0.13%≦C≦0.22%、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、 Nb≦0.05%、 Al≦0.5%、Ti<0.05%を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた板」と、 甲1方法発明Bの「質量%で、C:0.10?0.35%、Si:0.5?3.0%、Mn:1.5?4.0%、P:0.100%以下、S:0.02%以下、Al:0.010?0.5%を含み、 さらに、Cr:0.005?2.00%、Mo:0.005?2.00%、V:0.005?2.00%、Ni:0.005?2.00%、Cu:0.005?2.00%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、 さらにTi:0.01?0.20%、Nb:0.01?0.20%から選ばれる少なくとも一種の元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するスラブ」とを対比する。 a)両者は、Cは「0.13%≦C≦0.22%」で重複し、Siは「1.2%≦Si≦1.8%」で重複し、Mnは「1.8%≦Mn≦2.2%」で重複し、Moは「0.10%≦Mo≦0.20%」で重複し、Nbは「0.01≦Nb≦0.05」で重複し、Alは「0.010≦Al≦0.5」で重複し、Tiは「0.01≦Ti<0.05」で重複する。 b)本件特許明細書【0026】には「残部は鉄および鋼製造から生じる残留元素である。この点において、Ni、Cr、Cu、V、B、S、PおよびNは少なくとも、不可避不純物である残留元素と考えられる。したがって、一般に、それらの含量は、Niについては0.05%未満、Crについては0.10%未満、Cuについては0.03%未満、Vについては0.007%未満、Bについては0.0010%未満、Sについては0.005%未満、Pについては0.02%未満、およびNについては0.010%未満である。」と記載される。 c)すると、本件発明1と甲1方法発明Bにおいて、P、S、Cr、V、Ni、Cuの含有量について次の関係にある。 P :(本件発明1)0.020%未満 (甲1方法発明B)0.100%以下 Pについて本件発明1と甲1方法発明Bは、 0.020%未満で重複する。 S :(本件発明1)0.005%未満 (甲1方法発明B)0.02%以下 Sについて本件発明1と甲1方法発明Bは、 0.005%未満で重複する。 Cr:(本件発明1)0.10%未満 (甲1方法発明B)0.005?2.00% Crについて本件発明1と甲1方法発明Bは、 0.005%以上0.10%未満で重複する。 V :(本件発明1)0.007%未満 (甲1方法発明B)0.005?2.00% Vについて本件発明1と甲1方法発明Bは、 0.005%以上0.007%未満で重複する。 Ni:(本件発明1)0.05%未満 (甲1方法発明B)0.005?2.00% Niについて本件発明1と甲1方法発明Bは、 0.005%以上0.05%未満で重複する。 Cu:(本件発明1)0.03%未満 (甲1方法発明B)0.005?2.00% Cuについて本件発明1と甲1方法発明Bは、 0.005%以上0.03%未満で重複する。 d)そうすると、本件発明1は甲1方法発明BのP、S、Cr、V、Ni、Cuを含み得るものといえる。 エ したがって、本件発明1と甲1方法発明Bとは、鋼の成分組成において、「0.13%≦C≦0.22%、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、0.01≦Nb≦0.05、0.010≦Al≦0.5、0.01≦Ti<0.05を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた板」である点で一致する。 オ 甲1方法発明Bは、「溶融亜鉛めっきを施し、さらにめっき合金化処理を行う」後に「鋼板を室温まで冷却する工程」を特定しないが、「めっき合金化処理」の後に加熱工程はなく放置しても冷却されるから、「鋼板を室温まで冷却する工程」は当然に包含するといえる。 また、本件発明1は請求項6にあるように「めっき合金化処理」を含むものといえる。 カ すると、 本件発明1の「熱処理および被覆が、以下の工程: - A_(c3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程、 - 325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、 - 鋼板を焼き入れ温度QTにおいて2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程、 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程」と、 甲1方法発明Bの「熱処理及び亜鉛めっきが、以下の工程: - 500℃?Ac_(1)点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、Ac_(3)点-20℃?1000℃の温度域に加熱し10?1000秒保持し、 - 750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却し、 - 350℃?500℃に加熱し10?600秒保持し、 - 溶融亜鉛めっきを施し、またはさらにめっき合金化処理を行う、 工程」とは、 a)「熱処理および被覆」は「熱処理および亜鉛めっき」を含むものであり、 b)「A_(c3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程」と、「500℃?Ac1点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、Ac3点-20℃?1000℃の温度域に加熱し10?1000秒保持し」は、前者が「500℃?Ac1点までを5℃/s以上の平均加熱速度で、」の点を包含するから、「A_(c3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30?1000s保持して鋼板を焼鈍する工程」の点で一致する。 c)「325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、」「冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、」と「750℃から15℃/s以上の平均冷却速度でMs点-80℃?Ms点-30℃の温度域まで冷却し、」は、「焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程」である点で一致し、 d)「鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程」と、「350℃?500℃に加熱し10?600秒保持し、」とは、「鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程」である点で一致し、 e)したがって、両者は「熱処理および被覆が、以下の工程: - Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30?1000s保持して鋼板を焼鈍する工程、 - 焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程、 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程」の点で、一致する。 キ 製造された鋼板について、本件発明1では「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」であるのに対して、甲1方法発明Bでは「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」であり、「溶融亜鉛めっき鋼板」は「被覆鋼板」に含まれるので、両者は、「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」である点で一致する。 ク 以上から、本件発明1と甲1方法発明Bとは、以下の一致点、相違点を有する。 <一致点>強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、 被覆鋼板の降伏強度YSが800?826MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%であり、 前記方法が、質量%で0.13%≦C≦0.22%、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、0.01≦Nb≦0.05、0.010≦Al≦0.5、0.01≦Ti<0.05を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた板を熱処理及び被覆することによるものであり、熱処理および被覆が、以下の工程: - Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30?1000s保持して鋼板を焼鈍する工程、 - 焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程、 - 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程、 - 鋼板を溶融めっきする工程、および - 鋼板を室温まで冷却する工程 を含む、方法。」 <相違点WB1>製造された「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」(以下、「被覆鋼板」ということがある。)について、本件発明1では「形状凍結性」について不明であるのに対して、甲1方法発明Aでは「形状凍結性」に優れる点。 <相違点WB2>製造された「被覆鋼板」の「穴広げ率」について、本件発明1では「HERが少なくとも30%であ」るのに対して、甲1方法発明Bでは「λが30%以上」る点。 <相違点WB3>製造された「被覆鋼板」の組織について、本件発明1では「オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、」であるのに対して、甲1方法発明Bでは、「最終的な組織として、ミクロ組織が、面積率で0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下であ」る点。 <相違点WB4>「焼入れ温度QTまで、鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程」について、本件発明1では、「焼入れ温度QT」が「325℃から375℃の間」で、 焼鈍温度TAから「30℃/sを超えるもので、「オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な」「冷却スピード」で冷却するのに対して、甲1方法発明Bでは、750℃から「Ms点-80℃?Ms点-30℃の温度域」まで冷却するもので、「15℃/s以上の平均冷却速度」であり、「冷却速度」が、「オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な」ものか不明な点。 (2)相違点の判断 事案に鑑み相違点WB3について検討する。 ア 本件発明1において製造された「被覆鋼板」の「最終的な組織」は、「3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まない」組織であり、当該組織であることにより、「降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%」という「強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板」が得られるものである。 イ これに対して、甲1方法発明Bにおいて製造された「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」の「最終的な組織」は、「面積率で、0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下」の組織であり、当該組織であることにより、「降伏強さYSが826MPa以下、引張強さTSが1180MPa以上、全伸びELが14%以上、穴広げ率λが30%以上」という「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」が得られるものである。 ウ すると、両者の方法により製造された鋼板の「最終的な組織」と物性について、本件発明1では「フェライトを含まない」組織であり、「降伏強度YSが少なくとも800MPa」であるのに対して、甲1方法発明Aでは「26%のベイニティックフェライト」が含まれる組織であり、「降伏強さYSが826MPa以下」であるので、両者は少なくとも組織の点で相違している。 エ そして、記載事項ソから、「ベイニティックフェライトの面積率を5%以上にする必要がある。」と記載があることから、甲1方法発明Bにおいて、「26%のベイニティックフェライト」を含まない組織とすることには、阻害要因があるといえる。 オ また、甲1方法発明Bは、製造された「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」が「形状凍結性」(曲げ加工等の際に曲げた箇所が元の位置に戻ろうとするスプリングバックがおきにくい性質)を有することを課題としており、これは「降伏強さYS」を小さくして弾性変形の範囲を狭めることで解決するもので、記載事項セに摘示されるように、「高形状凍結性」を得るために、合金組織として、「26%のベイニティックフェライト」が含まれるものとも考えられるから、同フェライトを含まなくさせることは、同発明の課題解決を妨げるので、同フェライトを含まなくさせることに動機付けも認められない。 カ なお、上記「4-4-1.(2)カ」でみたように、甲第2号証は、上記相違点WB5の「焼き入れ温度QT」の「保持時間」について、本件発明1では「2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する」ことは周知であることを証拠立てるために引用されたもので、上記相違点WB4について、甲1方法発明Bにおいてフェライトを含まなくさせることについては記載も示唆も無い。 キ 以上から、本件発明1は、相違点WB3以外の相違点について検討するまでもなく、甲1方法発明B及び甲第2号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものとはいえない。 本件発明1を引用する本件発明2?8についても同様である。 4-5.本件発明9?12と甲1物発明について 4-5-1.本件発明9と甲1物発明A (1)対比 「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」の発明である甲1物発明A(上記「4-3-3.」参照)は、同「鋼板の製造方法」である甲1方法発明Aを基礎として認定されているので、上記「4-4-1.(1)キ」での甲1方法発明Aに関する検討を参酌して、請求項9(本件発明9)の記載に則して整理すれば、本件発明9と甲1物発明Aとは、次の一致点、相違点を有する。 <一致点>鋼の化学組成が、重量%で、Cを所定量含有し、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、Al≦0.5%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物を含む被覆鋼板であって、 被覆鋼板の少なくとも一方の面が金属被覆を含み、 被覆鋼板の引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%である被覆鋼板。 <相違点PA1>製造された「被覆鋼板」について、本件発明1では「形状凍結性」について不明であるのに対して、甲1物発明Aでは「形状凍結性」に優れる点。 <相違点PA2>製造された「被覆鋼板」の「穴広げ率」と「降伏強度」のそれぞれについて、本件発明1では「HERが少なくとも30%であ」り、「少なくとも800MPa」であるのに対して、甲1物発明Aでは「λが34%であ」り、「699MPa」である点。 <相違点PA3>製造された「被覆鋼板」の組成について、本件発明1では「0.13%≦C≦0.22% Nb≦0.05% Ti<0.05%」を含有し、P、S、Nについては含有量が不明であるのに対して、甲1物発明Aでは「C 0.23%」を含有し、Nb、Tiについては含有量が不明であり、「P 0.023%、S 0.002%、N 0.003%」を含有する点。 <相違点PA4>製造された「被覆鋼板」の組織について、本件発明1では「オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、」であるのに対して、甲1物発明Aでは「最終的な組織として、面積率で0%のポリゴナルフェライト、26%のベイニティックフェライト、17%のマルテンサイト、37%の焼き戻しマルテンサイトと、13%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が7μmで」ある点。 (2)相違点の判断 事案に鑑み相違点PA4について検討する。 相違点PA4は、相違点WA4と同じなので、「本件発明1」「甲1方法発明A」をそれぞれ「本件発明9」「甲1物発明A」と読み替えて、相違点WA4の検討(上記「4-4-1.(2)」)を援用する。 したがって、本件発明9は、甲1物発明A及び甲第2号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものとはいえない。 本件発明9を引用する本件発明10?12についても同様である。 4-5-2.本件発明9と甲1物発明B (1)対比 「成形性及び形状凍結性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板」の発明である甲1物発明B(上記「4-3-4.」参照)は、同「鋼板の製造方法」である甲1方法発明Bを基礎として認定されているので、上記「4-4-2.(1)ク」での甲1方法発明Bに関する検討を参酌して、請求項9(本件発明9)の記載に則して整理すれば、本件発明9と甲1物発明Bとは、次の一致点、相違点を有する。 <一致点>鋼の化学組成が、重量%で、0.13%≦C≦0.22%、1.2%≦Si≦1.8%、1.8%≦Mn≦2.2%、0.10%≦Mo≦0.20%、0.01≦Nb≦0.05、0.010≦Al≦0.5、0.01≦Ti<0.05を含有し、残部がFeおよび不可避不純物を含む被覆鋼板であって、 被覆鋼板の降伏強度が800?826MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%である、被覆鋼板。 <相違点PB1>製造された「被覆鋼板」について、本件発明1では「形状凍結性」について不明であるのに対して、甲1物発明Bでは「形状凍結性」に優れる点。 <相違点PB2>製造された「被覆鋼板」の「穴広げ率」について、本件発明1では「HERが少なくとも30%であ」るのに対して、甲1物発明Bでは「λが30%以上」である点。 <相違点PB3>製造された「被覆鋼板」の組織について、本件発明1では「オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、」であるのに対して、甲1物発明Bでは、「最終的な組織として、ミクロ組織が、面積率で0?5%のポリゴナルフェライト、5%以上のベイニティックフェライト、5?20%のマルテンサイト、30?60%の焼き戻しマルテンサイトと、5?20%の残留オーステナイトを含み、かつ旧オーステナイトの平均粒径が15μm以下であ」る点。 (2)相違点の判断 事案に鑑み相違点PB3について検討する。 相違点PB3は、相違点WB3と同じなので、「本件発明1」「甲1方法発明B」をそれぞれ「本件発明9」「甲1物発明B」と読み替えて、相違点WB3の検討(上記「4-4-2.(2)」)を援用する。 したがって、本件発明9は、甲1物発明B及び甲第2号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものとはいえない。 本件発明9を引用する本件発明10?12についても同様である。 4-6.申立理由1についての結言 以上から、本件発明1?12は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができるものとはいえない。 したがって、申立理由1は採用できない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?12に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1?12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-11-02 |
出願番号 | 特願2016-575889(P2016-575889) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C21D)
P 1 651・ 536- Y (C21D) P 1 651・ 537- Y (C21D) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 河野 一夫 |
特許庁審判長 |
池渕 立 |
特許庁審判官 |
粟野 正明 中澤 登 |
登録日 | 2019-04-19 |
登録番号 | 特許第6515119号(P6515119) |
権利者 | アルセロールミタル |
発明の名称 | 強度および延性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法ならびに得られる鋼板 |
代理人 | 特許業務法人川口國際特許事務所 |