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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G06Q
審判 査定不服 特29条特許要件(新規) 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G06Q
管理番号 1368610
審判番号 不服2019-1157  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-01-29 
確定日 2020-12-10 
事件の表示 特願2018-193836「電子記録債権の決済方法、および債権管理サーバ」拒絶査定不服審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許出願は、平成30年10月12日(国内優先権主張 平成29年10月17日、平成30年3月19日)の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成30年10月25日付け:拒絶理由の通知
平成30年11月27日 :意見書及び手続補正書の提出
平成30年12月 4日付け:拒絶査定
平成31年 1月29日 :審判請求書の提出
平成31年 3月14日付け:拒絶理由の通知
平成31年 4月25日 :意見書及び手続補正書の提出


第2 本願発明について

平成31年4月25日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1は、以下のとおりである。(以下、「本願発明」という。)

「【請求項1】
電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、
前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、
前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信することを含む、電子記録債権の決済方法。」


第3 拒絶の理由

平成31年3月14日付けで当審が通知した拒絶理由は、以下のとおりである。

●理由1(発明該当性)
この出願の請求項1から11に記載されたものは、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。

●理由2(進歩性)
この出願の請求項1から11に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1及び2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:特開2014-235435号公報
引用文献2:「政府、下請法の運用強化-「手形支払い」通達見直し」,
日刊工業新聞,株式会社 日刊工業新聞社,
2016年10月14日,第2面


第4 引用文献の記載及び引用発明

1.引用文献1の記載

(ア)引用文献1

引用文献1には、以下の事項が記載されている。(なお、下線は当審にて付与した。)

(ア-1)「金融機関向け電子記録債権処理方法及びシステムに関し、より詳細には、複数の金融機関にわたる一括ファクタリングにかかる電子記録債権を処理するための方法及びシステム」(【0001】)

(ア-2)「企業間の取引においては、(特に大企業の場合)支払企業は、多数の仕入先企業を有し、これらの多数の仕入先企業に対して電子記録債権を発生させることが多い。特許文献1に開示される一括ファクタリングのスキームによれば、ある支払企業を債務者とし、多数の個々の仕入先企業を原債権者とする電子記録債権について、発生記録と同時に、ファクタリング会社(以下、「SPC」(Special Purpose Company:特別目的会社)という)への譲渡記録が行われる。例えば、一括ファクタリングサーバは、支払企業の端末から一括ファクタリングにかかる債権が特定された明細データを受け取ると、記録機関のデータベースにおいて電子記録債権の発生を記録するための発生記録請求データと、各々の債権がSPCに譲渡されたことを記録するための譲渡記録請求データとを含む請求データとを作成して、記録機関に送信するので、一括ファクタリングにかかる電子記録債権の発生記録及び譲渡記録が同時に行われる。」(【0005】)

(ア-3)「本発明は、このような目的を達成するために、第1の側面においては、電子記録債権を用いる一括ファクタリングにおいて、銀行システム内の一括ファクタリングサーバから決済銀行に対して口座間送金決済に係る決済情報を通知するための方法を提供する。銀行システムの一括ファクタリングサーバは、電子記録債権の記録原簿を備えた記録機関システムと接続され、さらに仕入先企業の端末と、支払企業の端末と、電子記録債権の一括ファクタリングを行うSPCの端末と、債務者である前記支払企業が決済口座を有する、前記銀行システムとは異なる決済銀行の端末とネットワークを介して接続される。本方法は、一括ファクタリングサーバが、支払期日までに記録機関システムから支払期日が到来する個々の電子記録債権の決済情報を受信したとき、決済情報に基づいて、個々の電子記録債権を、決済銀行に決済口座を有する支払企業及びSPC単位かつ支払期日単位で合計して口座間送金決済を行うための送金情報を生成するステップと、送金情報を決済銀行に送信するステップと、決済銀行によって送金情報に基づいて、決済銀行を介して債務者である支払企業の決済口座からSPCの決済口座へ、前記支払企業及びSPC単位かつ支払期日単位で合計された電子記録債権の総額の債権金額の口座間送金決済が行われた後、口座間送金決済の決済結果の報告を決済銀行から受信すると、口座間送金決済済みの個々の電子記録債権に対する口座間送金決済による支払等記録請求データを生成し、生成した支払等記録請求データを記録機関システムに伝送するステップとを含む。」(【0010】)

(ア-4)「仕入先企業から期日前資金化の依頼を受けると、SPCは、その仕入先企業へ債権相当額(前払額)を振り込む必要がある。SPCはSPC端末3から、ステップS408において、振込データの作成日を指定して、一括ファクタリングサーバ12の受付処理部21に、仕入先企業に前払額を支払うための振込データを作成するように指示する。SPC端末3から振込データの作成指示を受信すると、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23は、ステップS410において、SPCが期日前資金化の依頼を行った各仕入先企業に支払うべき金額(前払額)を算出する。支払額(前払額)は、電子記録債権に対応する債権金額、及びマスタデータ記憶部24に格納されたマスタデータで指定された割引率に基づいて算出される(例えば、前払額=債権金額-割引額)。決済処理部23は、次いで、ステップS412において、SPCを振込依頼人とし、仕入先企業を受取人とし、ステップS410で算出した前払額を振込金額とする振込データを生成する。振込データは、単一又は複数の受取人宛てに一括して振込みを行うことができる、一般社団法人全国銀行協会が制定するレコードフォーマットに従った総合振込データとして生成される。
ここで、図11及び12を参照する。図11は、SPC端末3に表示可能な取引メニュー画面の一例を示し、図12は、SPC端末3が総合振込データをダウンロードする際に表示される画面の一例を示している。SPCが、例えば、仕入先企業に資金の振込みを行うための振込データの作成を開始するため、SPC端末3上に表示される取引メニュー画面1100から「総合振込データのダウンロード」1101を選択すると、SPC端末3上に画面1200が表示される。SPC端末3の画面1200において、総合振込データを作成する作成日が指定され、振込データの作成が指示されると(S408)、一括ファクタリングサーバ12は、SPCが仕入先企業に支払うべき金額(前払額)を算出して振込データを生成する(S410)。SPCは、支払企業毎に決済口座を割り当てるなど、複数の決済口座を有することがあるが、総合振込データについては、個々の振込明細は決済口座単位で作成される。例えば、図12の例において、総合振込データ送付表1210では、決済口座毎に複数の振込明細がまとめられており、振込指定日が2012年9月26日の振込みは、合計32件、振込金額(すなわち、支払額の合計)は¥143,784,070であることを示している。そして、例えば、口座番号「8780001」を決済口座とする振込には、振込明細一覧表1220に示されるような、個々の仕入先企業に対する4件の振込明細が含まれる。
図4に戻ると、SPC端末3から総合振込データのダウンロードが指示されると、総合振込データは、一括ファクタリングサーバ12からSPC端末3に伝送される(ステップS414)。SPC端末3は、総合振込データをダウンロードすると、ダウンロードした総合振込データを決済銀行システム5(例えば、EBシステム15)に伝送して、総合振込を依頼する(ステップS416)。その後、決済銀行システム5によって、勘定系システム16を介して仕入先企業への振込みが実行され、前払額が仕入先企業の入金口座に入金される(ステップS418)。」(【0045】?【0047】)

(ア-5)「図7に、支払企業からSPCへ電子記録債権の支払期日に弁済が行われる場合の処理を示す。支払期日における支払企業からSPCへの電子記録債権の債権金額の支払は、口座間送金決済によって行われる。
ステップS702において、記録機関システム13は、例えば、支払期日の2営業日前など、まもなく支払期日が到来する電子記録債権を記録原簿32から抽出する。なお、早期弁済された電子記録債権については、早期弁済額の入金確認報告後に支払等記録によって債権が消滅しているため、ステップS702では抽出されない。
次いで、ステップS704において、記録機関システム13は、抽出した電子記録債権について口座間送金決済を行うことができるように、その電子記録債権に関する口座間送金決済の依頼通知電文を一括ファクタリングサーバ12に伝送する。口座間送金決済では、法制上個々の電子記録債権について、少なくとも当該電子記録債権の支払期日・債権金額・債務者口座・債権者口座を含む情報が提供される必要があり、これに対応するものである。例えば、各電子記録債権の決済日(支払期日)、債務者(支払企業)の口座情報、債権者(SPC)の口座情報、及び債権金額などの情報が含まれる。
その後、ステップS706において、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23は、支払期日に債務者(支払企業)の決済口座から債権者(SPC)の決済口座へ債権金額の口座間送金を行うための振込データを作成する。ある支払期日に債務者(支払企業)が債権者(SPC)に支払いを行うべき電子記録債権が複数存在する場合があるが、決済処理部23は、同一支払期日における同一債務者と同一債権者との間の複数の電子記録債権をまとめて1度の口座間送金決済により決済を行うことができるようする。例えば、決済処理部23は、同一支払期日、同一債務者、同一債権者の電子記録債権について、債権金額の合計を振込金額とし、支払企業の決済口座を出金口座、SPCの決済口座を入金口座として、支払期日を決済日とする口座間送金決済の振込データを作成することができる。なお、上記振込データは、合計された振込金額による単一の総合振込データとして生成されるが、単一の振込明細に集約されているため、振込指示の内容が確認できる振替伝票等であってもよい。
作成した振込データは、決済銀行システム5にダウンロードされ(ステップS708)、決済銀行システム5が、ダウンロードした振込データをEBシステム15により処理(もしくは振込伝票等により処理)し、支払企業の口座から振込金額を引き落としてSPCの口座に入金することにより口座間送金決済を実行する(ステップS710)。これにより、支払企業の口座からSPCの口座への資金移動が行われる。」(【0062】?【0066】)

上記(ア-1)から(ア-5)の記載事項から、引用文献1には、以下の発明が記載されている。(以下、「引用発明」という。)

「電子記録債権を用いる一括ファクタリングにおいて、銀行システム内の一括ファクタリングサーバから決済銀行に対して口座間送金決済に係る決済情報を通知し電子記録債権を処理する方法であって、(【0001】、【0010】)
銀行システムの一括ファクタリングサーバは、電子記録債権の記録原簿を備えた記録機関システムと接続され、さらに仕入先企業の端末と、支払企業の端末と、電子記録債権の一括ファクタリングを行うSPCの端末と、債務者である前記支払企業が決済口座を有する、前記銀行システムとは異なる決済銀行の端末とネットワークを介して接続され、(【0010】)
仕入先企業から期日前資金化の依頼を受けると、SPCはSPC端末3から、振込データの作成日を指定して、一括ファクタリングサーバ12の受付処理部21に、仕入先企業に前払額を支払うための振込データを作成するように指示し、SPC端末3から振込データの作成指示を受信すると、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23は、SPCが期日前資金化の依頼を行った各仕入先企業に支払うべき金額(前払額)を算出し、支払額(前払額)は、電子記録債権に対応する債権金額、及びマスタデータ記憶部24に格納されたマスタデータで指定された割引率に基づいて算出され(例えば、前払額=債権金額-割引額)、決済処理部23は、SPCを振込依頼人とし、仕入先企業を受取人とし、算出した前払額を振込金額とする振込データを生成し、SPC端末3から総合振込データのダウンロードが指示されると、総合振込データは、一括ファクタリングサーバ12からSPC端末3に伝送され、SPC端末3は、総合振込データをダウンロードすると、ダウンロードした総合振込データを決済銀行システム5(例えば、EBシステム15)に伝送して、総合振込を依頼し、その後、決済銀行システム5によって、勘定系システム16を介して仕入先企業への振込みが実行され、前払額が仕入先企業の入金口座に入金され、(【0045】、【0047】)
支払期日における支払企業からSPCへの電子記録債権の債権金額の支払は、口座間送金決済によって行われ、(【0062】)
記録機関システム13は、抽出した電子記録債権について口座間送金決済を行うことができるように、その電子記録債権に関する口座間送金決済の依頼通知電文を一括ファクタリングサーバ12に伝送し、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23は、支払期日に債務者(支払企業)の決済口座から債権者(SPC)の決済口座へ債権金額の口座間送金を行うための振込データを作成し、作成した振込データは、決済銀行システム5にダウンロードされ(ステップS708)、決済銀行システム5が、ダウンロードした振込データをEBシステム15により処理(もしくは振込伝票等により処理)し、支払企業の口座から振込金額を引き落としてSPCの口座に入金することにより口座間送金決済を実行する、(【0064】?【0066】)
電子記録債権を処理する方法。」

2.引用文献2の記載

(イ)引用文献2

引用文献2には、以下の事項が記載されている。(なお、下線は当審にて付与した。)

(イ-1)「・・・こうした状況を踏まえ、今回の下請法の見直しでは親事業者に対し、原則として下請け事業者への支払を手形ではなく現金とすることを要請する。手形を使う場合であっても現金化する際の割引負担料を下請け事業者に押しつけることを抑制し、発注側である親事業者が負担するよう求める。・・・」


第5 当審の判断

当審において通知した拒絶の理由である「理由1(発明該当性)」及び「理由2(進歩性)」について、以下検討する。

1.「理由1(発明該当性)」について

(1)『自然法則を利用した技術的思想の創作』の観点について

特許法第2条第1項には、『この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。』と規定され、同法第29条第1項柱書には、『産業上利用することができる発明をしたものは、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。』と規定されている。
したがって、特許出願に係る発明が『自然法則を利用した技術的思想の創作』でないときは、その発明は特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。

そこで、本願発明が『自然法則を利用した技術的思想の創作』といえるか否かについて以下検討する。

(1-1)本願発明における、『電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、』との構成要件は、『電子記録債権の額に応じた金額』という“所定の金額”を『債権者』という“所定の者”の“口座に振り込む”ための第1の振込信号を送信するという金融取引上の業務手順を特定するものである。
ここで、「第1の振込信号を送信する」との事項は、コンピュータが「電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込む」ための処理を依頼する命令を送信することであり、本願明細書の【0046】の「・・・具体的には、振込/引落命令部122fが口座管理サーバに対して振込信号を送信する・・・」の記載を参酌するに、いわゆる、債権管理サーバと口座管理サーバというコンピュータ同士の間で行われる情報のやりとりであるから、前記命令はネットワークや通信線を介して信号として送信されることになるのは必然的な技術的事項である。
そして、本願発明においては、「第1の振込信号」及び「送信する」との事項について、コンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を超えた何かしらの技術的特徴を特定しているものでもない。
してみると、「改訂後の下請法の運用基準にも適合し、債務者や債権者の事務負担や管理コストを増大させることなく、債務者によって割引料の負担が可能な電子記録債権の決済方法を提供する」という本願発明の課題を踏まえると、『電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、』との構成要件の本質は、金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものであり、『第1の振込信号』及び『送信する』とのコンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を含むものであっても、当該構成要件全体としては、自然法則が用いられているとは認められない。

(1-2)本願発明における、『前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、』との構成要件についても、上記(1-1)で言及したのと同様に、『電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料』という“所定の金額”を『電子記録債権の債務者』という“所定の者”の“口座から引き落とす”ための第1の引落信号を送信するという金融取引上の業務手順を特定するものであって、『前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、』との構成要件の本質は、金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものであり、『第1の引落信号』及び『送信する』とのコンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を含むものであっても、当該構成要件全体としては、自然法則が用いられているとは認められない。

(1-3)本願発明における、『前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信すること』との構成要件についても、上記(1-1)で言及したのと同様に、『電子記録債権の額』という“所定の金額”を『債務者』という“所定の者”の“口座から引き落とす”という金融取引上の業務手順を特定するものであって、『前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信すること』との構成要件の本質は、金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものであり、『第2の引落信号』及び『送信する』とのコンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を含むものであっても、当該構成要件全体としては、自然法則が用いられているとは認められない。

(1-4)上記(1-1)から(1-3)で言及した様に、本願発明を構成する各構成要件の本質は、いずれも金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものであるから、本願発明の本質も金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものと解される。
また、本願発明を全体としてみても、本願発明の本質が金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものでないとする事情があるとも認められない。
してみると、本願発明は、『第1の振込信号』、『第1の引落信号』、『第2の引落信号』及び『送信する』とのコンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を含むものであっても、全体としては、人為的な取り決めに基づくビジネスルールである金融取引上の業務手順そのものを特定しているに過ぎず、特許法第2条第1項でいうところの『自然法則を利用した技術的思想の創作』とはいえず、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができないものである。

(2)『コンピュータソフトウェア関連発明』の観点について

本願発明は、『第1の振込信号』、『第1の引落信号』、『第2の引落信号』及び『送信する』とのコンピュータを用いる上での必然的な技術的事項が特定されていることに鑑み、いわゆる、「コンピュータソフトウェア関連発明」であると考えられるため、その観点からも以下検討する。

ここで、ソフトウェア関連発明が『自然法則を利用した技術的思想の創作』となる基本的な考え方は、以下のとおりである。

ソフトウェア関連発明のうちソフトウェアについては、「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」場合は、当該ソフトウェアは『自然法則を利用した技術的思想の創作』である。「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」とは、ソフトウェアとハードウェア資源とが協働することによって、使用目的に応じた特有の情報処理装置又はその動作方法が構築されることをいう。(「特許・実用新案審査基準」の特定技術分野への適用例 附属書B 「2.1.1.2 ソフトウェアの観点に基づく考え方」参照。)

(2-1)本願発明を構成している、『電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、』(上記(1-1))、『前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、』(上記(1-2))、『前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信すること』(上記(1-3))との各構成要件は、コンピュータに処理を依頼するための命令を送信することであり、当該命令を作成するために、コンピュータである債権管理サーバが特別な情報処理を行っている訳ではないから、債権管理サーバと口座管理サーバというコンピュータ同士の間で行われる情報のやりとりを行う上での必然的な技術的事項であり、それを超えた技術的特徴が存するとはいえない。

(2-2)してみると、本願発明には、「ソフトウェアとハードウェア資源とが協働することによって、使用目的に応じた特有の情報処理装置又はその動作方法が構築」されているといえる事項が記載されているとはいえないから、「コンピュータソフトウェア関連発明」である本願発明は、その観点から見ても『自然法則を利用した技術的思想の創作』とはいえない。
したがって、本願発明は、特許法第2条第1項でいうところの『自然法則を利用した技術的思想の創作』とはいえず、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができないものである。


2.「理由2(進歩性)」について

(1)対比

本願発明と引用発明とを対比する。

(1-1)引用発明における「仕入先企業」及び「支払企業」は、それぞれ、本願発明でいう『債権者』及び『債務者』に相当する。

(1-2)引用発明における「仕入先企業に支払うべき金額(前払額)」は、「電子記録債権に対応する債権金額、及びマスタデータ記憶部24に格納されたマスタデータで指定された割引率に基づいて算出され(例えば、前払額=債権金額-割引額)」るものであるから、本願発明でいう『電子記録債権の額に応じた金額』に相当する。

(1-3)引用発明においては、「・・・一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23は、・・・SPCを振込依頼人とし、仕入先企業を受取人とし、算出した前払額を振込金額とする振込データを生成し、SPC端末3から総合振込データのダウンロードが指示されると、総合振込データは、一括ファクタリングサーバ12からSPC端末3に伝送され、SPC端末3は、総合振込データをダウンロードすると、ダウンロードした総合振込データを決済銀行システム5(例えば、EBシステム15)に伝送して、総合振込を依頼し、その後、決済銀行システム5によって、勘定系システム16を介して仕入先企業への振込みが実行され、前払額が仕入先企業の入金口座に入金され」るのであるから、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23が生成した「算出した前払額を振込金額とする振込データ」は、本願発明でいう『債権者の口座に振り込むための第1の振込信号』に相当する。
また、一括ファクタリングサーバ12からSPC端末3に伝送される総合振込データには、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23が生成した「算出した前払額を振込金額とする振込データ」が含まれていることは明らかであるから、引用発明における「(総合振込データは、一括ファクタリングサーバ12からSPC端末3に)伝送され」は、本願発明でいう『(債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を)送信すること』に相当する。
してみると、上記(1-1)及び(1-2)での対比内容を併せみると、引用発明は、本願発明でいう『電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、』との構成を備えているといえる。

(1-4)引用発明においては、「一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23は、支払期日に債務者(支払企業)の決済口座から債権者(SPC)の決済口座へ債権金額の口座間送金を行うための振込データを作成し、作成した振込データは、決済銀行システム5にダウンロードされ(ステップS708)、決済銀行システム5が、ダウンロードした振込データをEBシステム15により処理(もしくは振込伝票等により処理)し、支払企業の口座から振込金額を引き落としてSPCの口座に入金することにより口座間送金決済を実行する、」のであるから、一括ファクタリングサーバ12の決済処理部23が作成した「支払期日に債務者(支払企業)の決済口座から債権者(SPC)の決済口座へ債権金額の口座間送金を行うための振込データ」は、本願発明でいう『電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号』に相当する。
また、作成された「振込データ」は、決済銀行システム5にネットワークを介してダウンロードされるのであるから、前記「振込データ」は一括ファクタリングサーバから決済銀行システム5に対して「送信」されていることは明らかである。
してみると、引用発明は、本願発明でいう『電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信する』との構成を備えているといえる。

(1-5)引用発明における「電子記録債権を処理する方法」が本願発明でいう『電子記録債権の決済方法』に相当することは明らかである。

(2)一致点及び相違点

上記「(1)対比」で対比した事項を踏まえると、本願発明と引用発明とは、

「電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、
前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信することを含む、電子記録債権の決済方法。」

という点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点1]
本願発明においては、『前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、』との構成が特定されているのに対し、引用発明には、かかる構成を備えていない点。

(3)判断

上記[相違点1]について検討する。

引用文献2に記載されている様に、本願の最先の優先権主張日である平成29年(2017年)10月17日よりも以前に、「手形を使う場合であっても現金化する際の割引負担料を下請け事業者に押しつけることを抑制し、発注側である親事業者が負担するよう求める。」との金融取引上の考え方(ビジネスルール)が公知となっている。
そして、法律改正や運用基準の改訂などが行われたことを契機に、それに適合する様にビジネスルールを変更したり、コンピュータのプログラムを修正またはバージョンアップすることは、極めて一般的であることを踏まえると、引用文献2に開示されている様なビジネスルールを実現化するため、引用発明に『電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、』との構成を付加することは、当業者であれば容易になし得るものと認められる。

なお、審判請求人は、平成31年4月25日提出の意見書において、「本願発明の技術的課題は、改訂後の下請法の運用基準にも適合し、債務者や債権者の事務負担や管理コストを増大させることなく、債務者によって割引料の負担が可能な電子記録債権の決裁方法やシステムを提供することであるが(段落[0005]、[0006]参照)、引用文献1に記載の発明(引用発明1)の技術的課題は、電子記録機関システムと連携した一括ファクタリングシステムを有しない銀行においても電子記録債権の割引の実行を可能とするシステムの提供であり(段落[0007]、[0009]参照)、両者の間に共通性はなく、したがって引用文献1は先行技術文献としての適格性に欠ける。」と主張している。
しかしながら、引用文献2や本願明細書の【0005】、【0006】に記載されている様に、債権を現金化する際の割引料の負担を債権者に強いるという商取引上の課題は、本願出願前において周知のものである。
そして、引用文献1に記載された引用発明は、大企業である支払企業と多数の仕入先企業との間の取引(【0005】)により発生する電子記録債権に係る決済方法を念頭においたものであり、本願発明と同一の技術分野のものである。
さらに、引用発明は、運用基準の改訂が行われるとそれに適応する様に、即ち、割引料の負担を債務者に負わせるようビジネスルールやコンピュータのプログラムが変更される可能性のあるものである。
これらの事情を踏まえると、引用文献1が先行技術文献としての的確性を欠く、という審判請求人の主張は失当である。


第6 むすび

以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。

また、本願発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-06-10 
結審通知日 2019-06-11 
審決日 2019-06-24 
出願番号 特願2018-193836(P2018-193836)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G06Q)
P 1 8・ 1- WZ (G06Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 青柳 光代  
特許庁審判長 金子 幸一
特許庁審判官 相崎 裕恒
佐藤 智康
発明の名称 電子記録債権の決済方法、および債権管理サーバ  
代理人 特許業務法人高橋・林アンドパートナーズ  

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