• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B66C
管理番号 1368665
審判番号 不服2020-5262  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-04-17 
確定日 2020-11-26 
事件の表示 特願2015-248307「ジブクレーンの合吊りシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成29年6月29日出願公開、特開2017-114578〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年12月21日の特許出願であって、その後の手続の概要は、以下のとおりである。
令和1年7月25日付け:拒絶理由通知書
同年8月26日:意見書及び手続補正書の提出
令和2年1月27日付け:拒絶査定(以下、「原査定」という。)
同年4月17日:審判請求書及び手続補正書の提出

第2 令和2年4月17日に提出された手続補正書による補正(以下、「本件補正」という。)について
1 本件補正の内容
(1)本件補正前の特許請求の範囲の請求項1?4の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステムであって、前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視し、前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成したことを特徴とするジブクレーンの合吊りシステム。
【請求項2】
吊荷用ワイヤロープの繰り出し位置にGPS受信機である位置検出装置を備えて前記各吊下点の地上高さを把握するよう構成した、請求項1に記載のジブクレーンの合吊りシステム。
【請求項3】
ジブの起伏角及び吊荷用ワイヤロープの繰り出し量に、ジブクレーンの運転条件に応じた補正値を加味することにより、前記各吊下点の地上高さを算出するよう構成した、請求項1に記載のジブクレーンの合吊りシステム。 【請求項4】
吊荷の離床時、前記各吊下点に加わる荷重に基づいて前記各吊下点の地上高さの基準点を設定するよう構成した、請求項1?3のいずれか一項に記載のジブクレーンの合吊りシステム。」

(2)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1?3の記載は次のとおりである(以下、本件補正後の請求項1?3に係る発明を、それぞれ「本件補正発明1」?「本件補正発明3」という。)。
「【請求項1】
吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステムであって、吊荷用ワイヤロープの繰り出し位置にGPS受信機である位置検出装置を備えて前記各吊下点の地上高さを把握し、これによって前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視し、前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成したことを特徴とするジブクレーンの合吊りシステム。
【請求項2】
吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステムであって、ジブの起伏角及び吊荷用ワイヤロープの繰り出し量に、ジブクレーンの運転条件に応じた補正値を加味することにより、前記各吊下点の地上高さを算出し、これによって前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視し、前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成したことを特徴とするジブクレーンの合吊りシステム。
【請求項3】
吊荷の離床時、前記各吊下点に加わる荷重に基づいて前記各吊下点の地上高さの基準点を設定するよう構成した、請求項1または2に記載のジブクレーンの合吊りシステム。」

2 本件補正の適否
本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲についての補正を含むものであるところ、本件補正前の請求項2及び3は、請求項1の記載を引用して記載されたものである。
したがって、本件補正前の請求項2に係る発明と本件補正後の請求項1に係る発明、及び、本件補正前の請求項3に係る発明と本件補正後の請求項2に係る発明は、発明として実質的に相違するところがないから、本件補正後の請求項1及び2は、本件補正前の請求項2を、独立形式に書き改めて記載したものといえ、本件補正は、特許法第17条の2第5項第1号に掲げる、同法第36条第5項に規定する請求項の削除を目的とする補正である。
したがって、本件補正は適法になされたものである。

第3 原査定の概要
本件補正前の請求項1?4に係る発明に対してされた原査定の概要は次のとおりである。

この出願の請求項2に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明並びに引用文献2及び3に記載された技術的事項に基いて、また、請求項1及び3に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基いて、さらに、請求項4に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明及び引用文献2?4に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


引用文献1:特開2010-215334号公報
引用文献2:特開平9-71387号公報
引用文献3:特開2006-219246号公報
引用文献4:特公平3-21478号公報

第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1の記載
引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は当審で付した。)。
「【0001】
本発明は、重量構造物を2隻のフローティングクレーンにより共吊りして運搬する際に、簡単な装置構成によって容易に共吊り制御できるようにしたフローティングクレーンによる共吊り運転制御方法及び装置に関するものである。」
「【0020】
図2、図3は、発明を適用する2隻のフローティングクレーンにより重量構造物を共吊りする状態を示しており、図中1は、一方(主)のフローティングクレーン、2は他方(副)のフローティングクレーンであり、夫々のフローティングクレーン1,2は、バラストの注排によって姿勢制御を行えるようにしたバージ3上に、複数のジプ(当審注:「ジブ」の誤記。)を備えている。
即ち、図3に示す主のフローティングクレーン1のバージ3上の右側には重量構造物Wの前側(バージから遠い側)をフック5で吊上げる前側のジブ6aが設けられ、該ジブ6aに隣接した位置には重量構造物Wの後側(バージに近い側)をフック5で吊上げる後側のジブ6bが備えられ、又、バージ3上の左側には重量構造物Wの前側(バージ3から遠い側)をフック5で吊上げる前側のジブ7aが設けられ、該ジブ7aに隣接した位置には重量構造物Wの後側(バージ3に近い側)をフック5で吊上げる後側のジブ7bが備えられている。
【0021】
又、図3に示す副のフローティングクレーン2のバージ3上にも、前記主のフローティングクレーン1の場合と同様に配置されたジブ6a,6b、7a,7bが設けられている。」
「【0025】
本発明で用いられる従来から使用されている夫々のフローティングクレーン1,2にはシーケンス制御装置Sが備えられている。
【0026】
上記従来のシーケンス制御装置Sには、ロードセル等によって検出された各フック5に作用する荷重9と、ワイヤの巻取り長さ等で検出されるフック5の高さ10と、ジブ6a,6b、7a,7bの起伏角11と、バージ3の傾き角12等の運転状況が入力されており、それらの運転状況は夫々のシーケンス制御装置Sに備えたディスプレイ13に表示されるようになっており、更に、シーケンス制御装置Sは前記フック5の荷重9とフック5の高さ10等に基づいて、前記各ジブ6a,6b、7a,7bによる巻上げを作動させるインバータユニット14を制御して、フック5の揃位置制御(高さ位置を揃える制御)を行うようになっている。」
「【0041】
重量構造物Wの吊上運転時は、前記副PLC18に備えた図5に示す補助ボード44のキースイッチ42を右回りに回転させてノーマル側に切り替え、又、図4に示す運転操作ボード23のキースイッチ25を右回りに回転させてノーマル側に切り替え、ノーマル指示ボタン28を押すことにより点灯させる。
【0042】
これにより、主クレーン指示ボタン29を押して点灯させた場合は、操作レバー37,38,39,40を例えば前側(図4の上側)に倒す操作を行うことにより、主のフローティングクレーン1の各ジブ6a,6b、7a,7bによるフック5の巻上げが行われ、又、副クレーン指示ボタン30を押して点灯させた場合には、操作レバー37,38,39,40の操作により、副のフローティングクレーン2の各ジブ6a,6b、7a,7bによるフック5の巻上げが行われるので、これにより、夫々のフローティングクレーン1,2により所定の荷重での初期巻上げを行う。即ち、重量構造物Wの全重量に対して例えば80%の重量が全フック5によって分担されるように、図6に示すディスプレイ13'に表示された荷重を見ながら巻上げを調整する。図6は3600トンの重さを有する舶用エンジンである重量構造物Wを吊上げた時の運転状態の一例を示したものであり、8フック5が均等に荷重を分担した場合には夫々のフック5の荷重は略450トンとなる。従って、上記初期巻上時には、450トンの80%である360トンが夫々のフック5の荷重になるよう操作レバー37,38,39,40を操作して各フック5の吊上げ荷重を調整する。これにより、各ジブ6a,6b、7a,7bの吊上げワイヤは、重量構造物Wの吊上げが可能な状態に緊張し、図7に示す共吊運転条件が成立した状態となる。
【0043】
続いて、前記副PLC18に備えた図5に示す補助ボード44のキースイッチ42を左回りに回転させてシンクロ側に切り替え、又、図4に示す運転操作ボード23のキースイッチ25を左回りに回転させてシンクロ側に切り替え、シンクロ指示ボタン32を押して点灯させ、更に、8フック指示ボタン33を押して点灯させると、操作レバー37による操作が可能になるので、操作レバー37を例えば前側(図4の上側)に倒す操作を行うことにより、夫々のフローティングクレーン1,2の全てのフック5による巻上げを同時に行わせるシンクロ運転指令が主PLC17に出力されると共に、通信ケーブル16を介して副PLC18に出力される。
【0044】
これにより、主PLC17と副PLC18は、図7に示すように、夫々の巻上げインバータユニット14に運転指令及び速度指令を発して全てのフック5を同時に吊上げることにより重量構造物Wを岸壁8から切離す地切りを行い、更にこの時、各フック5に掛る荷重が略均等で且つ各フック5の高さが略揃った状態になるように、主PLC17及び副PLC18は夫々のフローティングクレーン1,2におけるフック5の揃位置制御を別個に行う。
【0045】
この時、主PLC17に設けた演算装置24は、夫々のフローティングクレーン1,2の全てのフック5に掛る荷重9に基づく荷重偏差演算と、全てのフック5の高さ10に基づく高さ偏差演算とを行っており、荷重偏差と高さ偏差が設定値内に保持されているときには、前記運転操作ボード23の操作レバー37により8フックを同時巻上げるシンクロ運転によって、夫々のフローティングクレーン1,2は重量構造物Wを共吊りの状態で巻上げることができる。」
「【0048】
又、重量構造物Wを吊上げた状態のフローティングクレーン1,2を移動させ、例えば重量構造物Wを船等に搭載するために巻下げを行う巻下運転時には、前記運転操作ボード23と補助ボード44のキースイッチ25,42がシンクロ側に切り替えられ、更に、シンクロ指示ボタン32が押された状態で8フック指示ボタン33を押すと、操作レバー37による操作が可能になるので、操作レバー37を例えば後側(図4の下側)に倒す操作を行うことにより、夫々のフローティングクレーン1,2の全てのフック5による巻下げを同時に行う巻下運転指令が、主PLC17に出力されると共に、通信ケーブル16を介して副PLC18に出力される。
【0049】
これにより、主PLC17と副PLC18は、夫々の巻上げインバータユニット14に運転指令及び速度指令を発して全てのフック5を同時に巻下げるシンクロ運転により重量構造物Wを巻下げることができる。
【0050】
この時、主PLC17に設けた演算装置24は、夫々のフローティングクレーン1,2の全てのフック5に掛る荷重9に基づく荷重偏差演算と、全てのフック5の高さ10に基づく高さ偏差演算とを行っており、荷重偏差と高さ偏差が設定値内に保持されているときには、前記操作レバー37の操作により8フック5の巻下げ速度を調節しながらシンクロ運転により重量構造物Wを巻下げて船等に対して据え付けることができる。
【0051】
前記演算装置24で演算した荷重偏差と高さ偏差の一方或いは両方が所定値内から外れた時には、警報装置41、43によって警報が発せられせるので、運転操作ボード23の操作レバー37により夫々のフローティングクレーンの巻下げを停止する。そして、前記と同様に各フック5の調整操作を行って荷重偏差と高さ偏差が所定値内に保持されるようにする。」

2 引用発明
したがって、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。
[引用発明]
「重量構造物Wを2隻のフローティングクレーン1,2を用い、各フローティングクレーン1,2に備えたフック5により吊上運転するフローティングクレーン1,2の共吊りする運転制御装置であって、
フック5の高さ10をワイヤの巻取り長さ等で検出し、フック5の高さ位置を揃える制御を行い吊上運転するように構成したフローティングクレーン1,2の共吊り運転制御装置。」

第5 対比・判断
1 本件補正発明1について
(1)対比
本件補正発明1と引用発明とを対比する。
引用発明の「重量構造物W」、「フック5」、「共吊り」及び「運転制御装置」は、技術的に見て、それぞれ、本件補正発明1の「吊荷」、「吊下点」、「合吊り」及び「システム」に相当する。
引用発明の「フローティングクレーン1,2」は、ジブ6a,6b、7a,7bを持つから(段落【0021】を参照。)、本件補正発明1の「ジブクレーン」に相当する。
引用発明の「吊上運転する」ことは、岸壁8等に載置された重量構造物Wを共吊り状態まで運搬するものであるから、本件補正発明1の「吊り下げて運搬する」こと、及び、「吊荷の運搬を行う」ことに相当する。
引用発明は、「各フローティングクレーン1,2に備えたフック5により」「重量構造物W」を「吊上運転する」ものであるから、重量構造物Wを複数のフック5で吊り下げているといえる。
したがって、引用発明の「重量構造物Wを2隻のフローティングクレーン1,2を用い、各フローティングクレーン1,2に備えたフック5により吊上運転するフローティングクレーン1,2の共吊りする運転制御装置」は、本件補正発明1の「吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステム」に相当する。
前説示のとおり、 引用発明の「吊上運転する」ことは、岸壁8等に載置された重量構造物Wを共吊り状態まで運搬するものであるから、引用発明の「高さ10」は、岸壁8、すなわち、地上からの高さであるといえ、本件補正発明の「地上高さ」に相当する。
したがって、引用発明の「フック5の高さ10を」「検出」することは、本件補正発明1の「前記各吊下点の地上高さを把握」することに相当する。
引用発明の「フック5の高さ位置を揃える制御を行」うことは、複数のフック5同士で高さを一致させる調整をすることであるといえ、また、これによって、共吊り、すなわち、重量構造物Wの水平度を保ちながら吊上運転するものといえるから、結局、「フック5の高さ位置を揃える制御を行い吊上運転するように構成した」ことは、本件補正発明1の「前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成した」ことに相当する。
したがって、本件補正発明1と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりと認められる。
[一致点1]
「吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステムであって、前記各吊下点の地上高さを把握し、前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成したジブクレーンの合吊りシステム。」
[相違点1-1]
本件補正発明1は、吊下点の地上高さを把握するために、「吊荷用ワイヤロープの繰り出し位置にGPS受信機である位置検出装置を備えて」いるのに対し、引用発明は、フック5の高さ10を検出するために、「ワイヤの巻取り長さ等」を用いている点。
[相違点2-1]
本件補正発明1は、各吊下点の地上高さを把握することによって、「前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視」しているものであるのに対し、引用発明は、フック5の高さ10を検出しているものの、これによって、フック5の下方における重量構造物Wの地上高さを監視しているものであるとは特定されていない点。

(2)判断
上記相違点1-1及び2-1について検討する。
a 相違点1-1について
引用文献3の段落【0004】、【0015】?【0023】及び【図1】の記載からすれば、引用文献3には、ラフテクレーン11(ジブクレーンといえる)のブーム4(ジブといえる)の先端5(吊荷用ワイヤロープの繰り出し位置といえる(本願明細書の段落【0033】を参照))にGPSアンテナ26(GPS受信機といえる)及びブーム先端5からフック6(吊下点に相当する)までの距離を検出するレーザー測距装置22を配置することにより、フック3の位置を、地上高さを含め正確に把握するという技術的事項(以下、「引用文献3の技術的事項」という。)が記載されているといえる。
引用発明は、重量構造物Wの共吊りを行うために、「フック5の高さ10をワイヤの巻取り長さ等で検出し、フック5の高さ位置を揃える制御を行」うものであり、ジブ6a、6b、7a、7bや、バージ3の傾き角や、長さからジブ先端の位置(吊荷用ワイヤロープの繰り出し位置といえる)を算出したうえで、ワイヤの巻取り長さを検出し、フック5の高さ10を算出しているものと解される(引用文献1の段落【0026】を参照。)。
このような引用発明において、複数のフック5の高さ位置を揃えるために、各々のフック5の位置を正確に把握する必要があるという課題は当業者であれば容易に認識し得たといえる。そして、当業者が、かかる課題を解決するために、クレーンのフックの位置を、地上高さを含め正確に把握する技術である引用文献3の技術的事項を引用発明の、「フック5の高さ10をワイヤの巻取り長さ等で検出」することに代えて適用し、かかる課題を解決しようと試みることは、容易であったというべきである。
なお、引用文献3には、上記引用文献3の技術的事項の前提として、ラフテクレーン11のブーム4の先端5にGPSアンテナ26を配置し、ブーム4の先端の位置を正確に把握する技術的事項が記載されているともいえ、かかる技術的事項を、引用発明のフック5の高さ10を検出するための手段の一つ(前提)として採用することも当業者が容易に想到し得たということできる。
したがって、引用発明において、相違点1-1に係る本件補正発明1の構成となすことは、引用文献3の技術的事項に基いて当業者が容易に想到し得たことである。
b 相違点2-1について
引用発明は、重量構造物Wの共吊りを行うための制御装置であるところ、フック5の高さ10と重量構造物Wの高さは密接に関連することから(例えば、引用文献2の段落【0039】を参照。)、引用発明の「フック5の高さ位置を揃える制御を行」うことは、本件補正発明1の「前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視」することに相当するといえる。
したがって、相違点2-1は、実質的な相違点ではない。
仮に、相違点2-1が実質的な相違点であるとして以下、検討する。
フック5の高さと重量構造物Wの高さとは密接に関連していることが当業者に明らかな技術的事項であることは、前説示のとおりであるから、引用発明において、重量構造物Wの共吊りを行うためには、フック5に吊下られる重量構造物Wの高さを監視する必要があることは当業者にとって当然認識すべき事項であるといえる。
したがって、引用発明において、フック5に吊下られる重量構造物Wの高さを監視する構成を重量構造物Wの共吊りのために必要な構成であるとして、引用発明に備えることは、当業者にとって格別困難であるとはいえない。
c 作用効果について。
そして、これらの相違点を総合的に勘案しても、本件補正発明1の奏する作用効果は、引用発明及び引用文献3の技術的事項の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。
d 小括
したがって、本件補正発明1は、引用発明及び引用文献3の術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

2 本件補正発明2について
(1)対比
本件補正発明2と引用発明とを対比する。
引用発明は、「フック5の高さ10をワイヤの巻取り長さ等で検出」するものであるところ、フック5の高さ10を検出することの前提としてワイヤの巻取り長さ等を算出しているものといえる。
したがって、上記1(1)を踏まえると、本件補正発明2と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりとなる。
[一致点2]
「吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステムであって、前記各吊下点の地上高さを算出し、前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成したジブクレーンの合吊りシステム。」
[相違点1-2]
本件補正発明2は、吊下点の地上高さを、「ジブの起伏角及び吊荷用ワイヤロープの繰り出し量に、ジブクレーンの運転条件に応じた補正値を加味することにより」算出するものであるのに対し、引用発明は、フック5の高さ10を、「ワイヤの巻取り長さ等で検出し」ている点。
[相違点2-2]
本件補正発明2は、各吊下点の地上高さを算出することによって、「前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視」しているものであるのに対し、引用発明は、フック5の高さ10を検出しているものの、これによって、フック5の下方における重量構造物Wの地上高さを監視しているものであるとは特定されていない点。

(2)判断
上記相違点1-2及び2-2について検討する。
a 相違点1-2について
引用文献2には、クレーン車の伸縮ブーム3のブーム長さ、ブーム角度、ロープ繰出長さ、ロープ掛数及び起伏反力とから、ブーム先端部31から吊下げられたフック6の高さ位置を決定するものが記載されている(段落【0024】を参照。)。ここで、伸縮ブーム3の作業状態及び吊荷Wの重量によって、伸縮ブーム3の撓み量や車両1のフレームの撓み量が変化するので、荷重変化量ごとにブーム先端部31の高さ位置変化量を予めコントローラに記憶させておき、検出された起伏反力に応じた変化量を加味することで、フック6の高さ位置を決定するものである(段落【0019】を参照。)。
したがって、引用文献2には、クレーン車(ジブクレーンといえる)の伸縮ブーム3(ジブといえる)のブーム角(ジブの起伏角といえる)及びロープ繰出長さ(ワイヤロープ繰り出し量といえる)などに、クレーン車の運転条件に応じた補正値を加味することにより、フック6(吊下点といえる)の高さ位置を決定する技術的事項(以下、「引用文献2の技術的事項」という。)が記載されているといえる。
引用発明は、重量構造物Wの共吊りを行うために、「フック5の高さ位置を揃える制御を行」うものであるところ、複数のフック5の高さ位置を揃えるために、各々のフック5の位置を正確に把握する必要があるという課題は、当業者であれば容易に認識し得るといえる。そして、当業者が、かかる課題を解決するために、クレーンのフックの位置を正確に把握する技術である引用文献2の技術的事項を引用発明の「フック5の高さ10をワイヤの巻取り長さ等で検出」することに代えて適用し、かかる課題を解決しようと試みることは、容易であったというべきである。
したがって、引用発明において、相違点1-2に係る本件補正発明2の構成となすことは、引用文献2の技術的事項に基いて当業者が容易に想到し得たことである。
b 相違点2-2について
相違点2-2は相違点2-1と実質的に同じである。
したがって、上記1(2)bでの説示と同様の理由により、相違点2-2は、実質的な相違点ではないか、仮に、相違点2-2が実質的な相違点であるとしても、引用発明において、相違点2-2に係る本件補正発明2の構成となすことは、当業者にとって格別困難であるとはいえない。
c 作用効果について。
そして、これらの相違点を総合的に勘案しても、本件補正発明2の奏する作用効果は、引用発明及び引用文献2の技術的事項の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。
d 小括
したがって、本件補正発明2は、引用発明及び引用文献2の術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

3 請求人の主張について
請求人は、審判請求書の「iii)本願発明と引用文献の対比」において、「引用文献1に記載されているような方法(フックの高さをワイヤの巻き取り長さ等で検出する)では吊荷の水平度をあまり高い精度で保つことができませんし、引用文献2-4にはそもそも複数の吊下点による吊荷の支持について記載されていません。よって、引用文献1-4の記載をどのように組み合わせたとしても、本願発明の構成に想到することはできず、本願の新請求項1、2に係る発明は、引用文献1-4から容易に想到し得たものではありません。」と主張する。
しかしながら、引用文献2の段落【0019】に記載されているように、ジブクレーンでは、運転条件に応じて、ジブのたわみなどによりワイヤロープ繰り出し位置であるジブの先端の位置が変化するものであるということは当業者にはよく知られた事項であり、引用文献1に接した当業者であれば、引用発明においても、ジブのたわみなどがあるので、正確なフック5の高さ10をワイヤの巻き取り長さで検出することによっては、把握することができないため、複数のフック5の高さ位置を正確に揃えることができず、その結果として精度良く共吊りすることが困難であるという課題を容易に認識し得たというべきである。
そして、引用発明と引用文献2及び3に記載の技術的事項とは、ジブクレーンという同じ技術分野であり、該ジブクレーンのフックの高さを正確に把握するという課題の共通性があり、しかも、引用発明の、「フックの高さをワイヤの巻き取り長さ等で検出する」ということと、引用文献2及び3の技術的事項は、フックの高さを把握するという共通の作用をもつものであるといえるから、引用発明の「フックの高さをワイヤの巻き取り長さ等で検出する」ことに代えて、引用文献2及び3の技術的事項を適用することは、当業者にとって何らの困難性を伴うものではないというべきである。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

4 その他
(1)本件補正について上記「第2 2」において、本件補正の目的を、特許法第17条の2第5項第1号に掲げる、同法第36条第5項に規定する請求項の削除を目的とする補正であると認定したが、同法17条の2第5項第2号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であると考えることもできるので、本件補正を、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとして、以下、念のため検討する。
この場合、本件補正発明1(補正後の請求項1に記載される発明)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合する(特許出願の際独立して特許を受けることができるものである)必要がある。
しかしながら、上記1(2)で説示のとおり、本件補正発明1は、引用発明及び引用文献3の術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
よって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するので、同法159条第1項の規定において読み替えて準用する同法53条第1項の規定により却下すべきものである。
(2)上記(1)のとおり、本件補正は却下すべきものであるので、本願の請求項に係る発明は、令和1年8月26日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
[本願発明]
「吊荷をジブクレーンにより複数の吊下点で吊り下げて運搬するジブクレーンの合吊りシステムであって、前記各吊下点の下方における吊荷の地上高さを監視し、前記複数の吊下点同士で地上高さを調整することで前記吊荷の水平度を保ちながら前記吊荷の運搬を行うよう構成したことを特徴とするジブクレーンの合吊りシステム。」
(3)本願発明は、前記1で検討した本件補正発明1から、「吊荷用ワイヤロープの繰り出し位置にGPS受信機である位置検出装置を備えて前記各吊下点の地上高さを把握し、これによって」との発明特定事項を削除したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに、他の事項を付加したものに相当する本件補正発明1が、前記1(2)に説示のとおり、引用発明及び引用文献3の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、他の事項、すなわち引用文献3の技術的事項に相当する事項を省いた本願発明は、引用発明、すなわち、引用文献1に記載の発明であるか、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものといえる、
したがって、本願発明は、特許法第29条第1項第3号、又は、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

第6 むすび
以上のとおり、本件補正発明1は、引用発明及び引用文献3の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、本件補正発明2は、引用発明及び引用文献2の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、請求項3に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2020-09-28 
結審通知日 2020-09-29 
審決日 2020-10-12 
出願番号 特願2015-248307(P2015-248307)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B66C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大塚 多佳子  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 内田 博之
尾崎 和寛
発明の名称 ジブクレーンの合吊りシステム  
代理人 特許業務法人山田特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ