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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 F01L
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 F01L
管理番号 1369570
審判番号 不服2020-2975  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-03-03 
確定日 2021-01-12 
事件の表示 特願2015-62224「シールリング」拒絶査定不服審判事件〔平成27年11月5日出願公開、特開2015-194155、請求項の数(6)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
この出願(以下、「本願」という。)は、平成27年3月25日(優先権主張平成26年3月25日)の出願であって、平成30年12月26日付け(発送日:平成31年1月8日)で拒絶理由が通知され、平成31年3月8日に意見書及び手続補正書が提出され、平成31年4月5日に刊行物等提出書(以下、「刊行物等提出書」という。)が提出され、平成31年4月25日付け(発送日:令和元年5月14日)で最後の拒絶理由が通知され、令和元年7月11日に意見書及び手続補正書が提出されたが、令和元年11月29日付け(発送日:同年12月3日)で令和元年7月11日の手続補正書による補正が決定をもって却下されるとともに補正の却下の決定と同日付けで拒絶査定(以下、「原査定」という。)がされ、これに対して令和2年3月3日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判の請求と同時に手続補正書が提出されたものである。

第2 令和元年11月29日付けの補正の却下の決定及び原査定の概要
1 令和元年11月29日付けの補正の却下の決定の概要は以下のとおりである。
令和元年7月11日の補正は、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものであるが、当該補正後の下記の請求項に係る発明は、下記の引用文献に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、令和元年7月11日の補正は却下すべきものである。

・請求項1-3
・引用文献等1-3

・請求項4
・引用文献等1-4
<引用文献等一覧>
1.特開2001-59574号公報
2.特開2003-183497号公報
3.特開平10-169782号公報
4.特開平9-210211号公報

2 原査定の概要は、次のとおりである。
この出願については、平成31年4月25日付け拒絶理由通知書に記載した以下の理由によって、拒絶をすべきものである。

理由1.(明確性)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
理由2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
●理由1(明確性)について
・請求項1
本願請求項1には、「曲げ撓み(ASTM D790準拠)が4%以上である」との記載があるが、曲げ撓み量の単位は「mm」を用いるのが一般的であるところ、同項の記載(単位が%の曲げ撓み)からは、意味する構成を、明確に特定することができない。

●理由2(進歩性)について
・請求項1-4
・引用文献等1-3

・請求項5-7
・引用文献等1-4
<引用文献等一覧>
1.特開2001-59574号公報
2.特開2003-183497号公報
3.特開平10-169782号公報
4.特開平9-210211号公報

第3 本願発明
本願の請求項1ないし6に係る発明(以下、「本願発明1」ないし「本願発明6」という。)は、令和2年3月3日の手続補正により補正がされた特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定された、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
内燃機関の吸気弁および排気弁を駆動するカムシャフトと、該カムシャフトに固定された内側回転体と、前記吸気弁または排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により前記内側回転体に対して相対的に回動運動する外側回転体と、前記内側回転体の内周に、該内側回転体および前記外側回転体と同心に設置された軸体とを備えてなる可変バルブタイミングシステムにおいて、前記内側回転体と前記軸体との間に形成されて作動油の油路となる環状通路を密封するシールリングであって、
前記シールリングは、ポリフェニレンサルファイド樹脂を主成分としエラストマーを含むポリフェニレンサルファイド樹脂組成物を成形してなり、
前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体に対して炭素繊維を1?20体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を10?20体積%、前記エラストマーを1?10体積%含み、残部が前記ポリフェニレンサルファイド樹脂であり、常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下、曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であり、
前記シールリングの外径寸法がφ20mm?φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0?4.0mmであり、
前記シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上であることを特徴とする可変バルブタイミングシステムのシールリング。
【請求項2】
前記シールリングは、前記内側回転体と前記外側回転体で構成される、前記回動運動を行なうための一対の作動油室のそれぞれに繋がる2本の前記環状通路を仕切る部材であることを特徴とする請求項1記載の可変バルブタイミングシステムのシールリング。
【請求項3】
前記エラストマーは、熱可塑性エラストマーであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の可変バルブタイミングシステムのシールリング。
【請求項4】
前記炭素繊維が、平均繊維長が0.02?0.2mmのミルドファイバーであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載の可変バルブタイミングシステム
のシールリング。
【請求項5】
前記シールリングは、前記軸体または前記内側回転体に形成される環状溝に装着され、該溝側面との摺動面となるリング側面の内径側端部の一部に、前記溝側面との非接触部となる、リング周方向に沿ったV字状の凹部が設けられていることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の可変バルブタイミングシステムのシールリング。
【請求項6】
前記シールリングの外径寸法に対する前記シールリング径方向の厚みの比率が8?10%であることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項記載の可変バルブタイミングシステムのシールリング。」

第4 理由1(特許法第36条第6項第2号)についての当審の判断
1 請求項1について
審判請求時の補正(令和2年3月3日の手続補正書による補正)で、補正前の請求項1において「曲げ撓み(ASTM D790準拠)が4%以上である」とあったものが、補正後の請求項1において「曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上である」と補正された。上記補正により、補正前の請求項1における「曲げ撓み」との誤記が「曲げ歪み」に訂正されたことで、請求項1の記載が特定しようとする事項が明確となった。
また、他に、補正後の請求項1において明確でない記載はない。
したがって、本願発明1は、明確である。

第5 理由2(特許法第29条第2項)についての当審の判断
1 本願発明1ないし6の新規性及び進歩性の判断の基準日について
本願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴い、平成26年3月25日に出願した特願2014-62793号を先の出願として、平成27年3月25日に出願されたものである。
しかしながら、本願発明1ないし6を特定するための事項である「シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上であること」は、上記先の出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面には記載されていないため、優先権主張の効果は認められないから、本願発明1ないし6の新規性及び進歩性の判断の基準日は、現実の出願日である平成27年3月25日である。

2 引用文献の記載及び引用発明
(1)引用文献1
原査定の拒絶の理由で引用されるとともに、刊行物等提出書において「刊行物1」として提出され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開2001-59574号公報(以下、「引用文献1」という。)には、「シール装置及びこのシール装置を備えた内燃機関のバルブタイミング変更装置」に関して、図面(特に図1ないし3を参照。)とともに以下の事項が記載されている(下線は、理解の一助のために当審が付与したものである。以下同様。)。

ア「【0052】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を、内燃機関のバルブタイミング変更装置に適用した態様として、図面に基づいて詳述する。
【0053】図1は本発明の実施の形態を示す、内燃機関のバルブタイミング変更装置を断面して示す説明図、図2は図1のA-A線断面図、図3は図1の要部を拡大して示す断面図、図4乃至図6は図2の要部を拡大して示す断面図である。
【0054】図において、1は内燃機関の吸気弁または排気弁を駆動するカムシャフトで、この実施の形態においては吸気弁を駆動するカムシャフトである。
【0055】前記カムシャフト1はシリンダヘッド2に固定した軸受け(図示せず)によって回転自在に支持されている。また、前記図外の軸受けよりも図1において右側のカムシャフト1の基幹部(図示せず)には、カムが形成されており、このカムによって吸気弁が開閉駆動されるようになっている。
【0056】3は内燃機関のフロントカバー4側に取付けられるスパイダで、このスパイダ3は軸部3aとカバー部3bとから形成されている。前記スパイダ3の軸部3aは、後に詳述する油室形成部材としてのベーン部材30に形成した軸方向の油室24内に挿入されている。
【0057】即ち、前記ベーン部材30(後に詳述する)が油室形成体となってこのベーン部材30内に油室24が形成されており、この油室24内にスパイダ3(詳しくはスパイダ3の軸部3a)が区画部材として配置されている。
【0058】前記スパイダ3の軸部3aには、軸方向の通路5,6と、周溝7が形成してある。前記軸方向の通路5,6は軸部3aの端面に開口しており、通路5の開口端は栓部材8によって封止されている。また、前記通路5は半径方向通路9を介して周溝7に連通している。
【0059】前記油室形成部材としてのベーン部材30(後に詳述する)とスパイダ3との間には、油室24の開口側を封止する封止装置10が設けられていると共に、油室24内に一対の作動油室25,26を区画形成するシール装置11が設けられている。」

イ「【0062】前記シール装置11は、スパイダ3の軸部3aに、図1において周溝7よりも右側に形成された2つのシール溝14,14と、この2つのシール溝14,14に装着されてベーン部材30(油室24の内周)に接することが可能なシール部材15,15と、この2つのシール部材15,15の間に形成された中間室16とから形成してある。前記シール部材15は金属材料や合成樹脂材料等の各種材料から選択される。また、前記シール溝14及びシール部材15の断面形状は略矩形状に形成されている。」

ウ「【0064】17は内燃機関に同期して回転される回転体で、この回転体17は、この実施の形態において、内燃機関のクランクシャフト(図示せず)によって回転駆動されるスプロケットである。前記スプロケット17は、この実施の形態においてハウジング部材18と共に回転可能となっており、また、カムシャフト1に対して所定角度相対回動可能となっている。
【0065】詳しくは、前記ハウジング部材18は、略環状のハウジング本体19と、このハウジング本体19の両側に対峙配設され、ハウジング本体19の開口端を覆う一対の板部材20,21とから構成されており、スプロケット17はこのハウジング部材18に対して、図外の連結ボルトによって連結されている。」

エ「【0074】前記半径方向通路40,41がそれぞれ連通する作動油室25,26は、スパイダ2に形成した通路5,6にそれぞれ連通しているから、作動油室34,35はスパイダ2に形成した通路5,6にそれぞれ連通していることになる。このため、前記通路5,6を介して作動油室34,35に作動油を選択的に吸排することによって、ハウジング部材18とベーン部材30とが相対回動することができるようになっている。
【0075】ここに、前記スプロケット17はハウジング部材18に連結されて、カムシャフト1に対して相対回動可能となっており、これによって、相対回動手段31はスプロケット17をカムシャフト1に対して所定角度範囲内で相対回動可能となっている。したがって、前記ベーン部材30とハウジング部材18とを主要素として、スプロケット17をカムシャフト1に対して相対回動させる相対回動手段31が構成されていることになる。」

オ「【0097】前記作動油室34内に作動油が供給される一方、作動油室35内が排出通路72に連通することによって、作動油室34内の油圧力がベーン33の側面に作用し、ベーン部材30をハウジング部材18に対して図2の矢印方向、即ち進角方向に回動させる。これによって、前記スプロケット17とカムシャフト1とが相対回動することになり、カムシャフト1の回転位相が変更されて、カムシャフト1は進角制御され、このカムシャフト1によって駆動される吸気弁の開閉のタイミングが早められる。」

カ「【0101】前記作動油室35内に作動油が供給される一方、作動油室34内が排出通路72に連通することによって、作動油室35内の油圧力がベーン33の側面に作用し、ベーン部材30をハウジング部材18に対して図2において反時計方向、即ち遅角方向に回動させる。これによって、前記スプロケット17とカムシャフト1とが相対回動することになり、カムシャフト1の回転位相が変更されて、カムシャフト1は遅角制御され、このカムシャフト1によって駆動される吸気弁の開閉のタイミングが遅らされることになる。」

キ「【0105】ここで、前記シール装置11によって油室24内に区画形成された作動油室25,26の作動油圧が変動した場合、シール装置11は次のように作動する。
【0106】即ち、前記一対の作動油室25,26の一方が高圧となることによって、この高圧の作動油室側のシール部材15は高圧の作動油によって押圧され、スパイダ3に形成されたシール溝14内を中間室16側に移動し、このシール溝14の中間室16側の側面に接すると同時にベーン部材30(油室24の内周)に接して、液密封止を司る。この状態で、前記一対の作動油室25,26の作動油圧が交番的に変動すると、高圧の作動油室側のシール部材15はシール溝14の中間室16側の側面及びベーン部材30(油室24の内周)に接した状態を持続して液密封止を司る。一方、低圧の作動油室側のシール部材15は、高圧の作動油室の圧力を受けないから、シール溝14の中間室16側の側面及びベーン部材30(油室24の内周)に接した状態を持続して液密封止を司ることになる。つまり、前記一対の作動油室25,26の作動油圧が交番的に変動しても、シール部材15はシール溝14内を移動することがない。
【0107】このとき、前記ベーン部材30とスパイダ3が何らかの理由により相対移動することがある場合、高圧の作動油室側のシール部材15は高圧の作動油によって押圧されているから、シール溝14の中間室16側の側面に接した状態が持続され、封止作用を持続する。一方、低圧の作動油室側のシール部材15は、シール溝14の中間室16側の側面に接した状態から低圧の作動油室側に移動しようとすると、中間室16内に負圧を生じることになり、低圧の作動油によって押圧されることになるから、結局、シール溝14の中間室16側の側面に接した状態が持続され、封止作用を持続する。
【0108】これによって、前記作動油室25,26の作動油圧が変動した場合はもとより、ベーン部材30とスパイダ3とが相対移動した場合においても、シール部材15はシール溝14内を移動することがなく、作動油室25,26間の液密封止を司ることになる。また、前記シール溝14とシール部材15との熱膨張に格別注意を払う必要がない。
【0109】したがって、シール部材15の衝突音の発生や、衝突によるシール部材15の異常摩耗を防止すると共に、シール部材15を広範な材料から選択可能なシール装置11及びこのシール装置11を備えた内燃機関のバルブタイミング変更装置が得られる。
【0110】また、前記シール溝14及びシール部材15の断面形状が略矩形状に形成されているから、シール部材15の接触面積、即ちシール部材15がシール溝14の中間室16側の側面に接する面積及びベーン部材30(油室24の内周)に接する面積が大きく確保でき、シール性を向上させることができる。」

ク 上記記載事項オ及びカから、引用文献1記載の吸気弁または排気弁のバルブタイミング変更装置は、作動油の供給によってベーン部材30とハウジング部材18とを相対回動することで、カムシャフト1を進角又は遅角制御するものであるから、ベーン部材30とハウジング部材18とは、吸気弁または排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により相対回動するものといえる。

上記記載事項及び認定事項並びに図面の図示内容を総合し、本願発明1の記載ぶりに則って整理すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

〔引用発明〕
「内燃機関の吸気弁および排気弁を駆動するカムシャフト1と、該カムシャフト1に固定されたベーン部材30と、前記吸気弁または排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により前記ベーン部材30に対して相対回動するハウジング部材18と、前記ベーン部材30の内周に、該ベーン部材30および前記ハウジング部材18と同心に設置されたスパイダ3の軸部3aとを備えてなるバルブタイミング変更装置において、前記ベーン部材30と前記スパイダ3の軸部3aとの間に形成されて作動油の油路となる周溝7を液密封止するシール部材15であって、
シール部材15は金属材料や合成樹脂材料等の各種材料から選択される、
バルブタイミング変更装置のシール部材15。」

(2)引用文献2
原査定の拒絶の理由で引用されるとともに、刊行物等提出書において「刊行物2」として提出され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開2003-183497号公報(以下、「引用文献2」という。)には、「摺動部材」に関して、図面(特に図3ないし5を参照。)とともに、以下の事項が記載されている。

ア「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、少なくとも摺動面が耐摩耗性、シール性、耐熱性、耐薬品性、機械的強度等に優れたPPS樹脂組成物からなる摺動部材に関し、特にオイルシールリング等として好適に使用できる摺動部材に関する。」

イ「【0006】従って本発明の目的は、上記従来技術の欠点を解消し、ポリフェニレンサルファイド樹脂を用いて、耐摩耗性、シール性、耐熱性、耐薬品性、機械的強度等に優れた摺動部材を提供することである。」

ウ「【0010】本発明の摺動部材に用いるPPS樹脂ベースの複合材(PPS樹脂組成物)は、特開昭55-7848号に開示の従来のPPS樹脂組成物と同程度の高い耐熱性を有しているとともに、従来のPPS樹脂組成物を著しく上回る耐摩耗性及び抗折性を有している。またPTFE樹脂と異なり硬度が高いので、高油圧下で破損することはない。さらにPEEK樹脂に比べて樹脂温度が100℃近く低い状態でも流動性が良いため、成形が容易で寸法精度が高い。
【0011】
【発明の実施の形態】以下本発明の摺動部材及びその製造方法を詳述するが、第一及び第二の摺動部材は繊維系充填材を除いて基本的に同じ摺動面組成を有するので、まず共通の特徴を簡単に説明する。
【0012】本発明の第一及び第二の摺動部材は、少なくとも摺動面がPPS樹脂組成物からなる。摺動面以外は他の材料により構成されていてもよく、例えばPPS樹脂、PTFE樹脂、金属等を単独又は複合して使用できる。摺動面以外を他の材料により構成する場合、摺動部材の基材の少なくとも摺動面にPPS樹脂組成物の層を塗布、貼り合わせ等の方法によりコーティングする。
【0013】図1は本発明の一実施例による摺動部材の摺動面を示す電子顕微鏡写真である。この摺動部材の摺動面組成は、PPS樹脂、熱可塑性エラストマー、炭素繊維及び粒状の固体潤滑材からなる。電子顕微鏡写真から明らかなように、ベースのPPS樹脂に白い針状の繊維系充填材である炭素繊維と粒状の固体潤滑材が散在しているが、熱可塑性エラストマーは判別できない。このため、熱可塑性エラストマーは分子レベルで分散していると言うことができる。
【0014】[1] 第一の摺動部材
第一の摺動部材に使用するPPS樹脂組成物は、必須成分としてカーボン繊維及び熱可塑性エラストマーを含有し、さらに必要に応じて粒状固体潤滑材を含有する。
【0015】(A) カーボン繊維
カーボン繊維は繊維状の有機高分子化合物を焼成して得られる。本発明にはポリアクリロニトリル系、ピッチ系、セルロース系等の公知のカーボン繊維を使用することができる。また一般に、原料を低温で焼成した場合は高強度、高温で焼成した場合は高弾性のカーボン繊維となる。本発明にはどちらを用いてもよいが、摺動部材に必要な強度を与えるためには、低温で焼成した高強度のカーボン繊維を用いるのが好ましい。
【0016】カーボン繊維の平均繊維長は30?300μmであるのが好ましく、100?200μmであるのがより好ましい。カーボン繊維の平均繊維径は5?20μmであるのが好ましく、6?15μmであるのがより好ましい。平均繊維長が30μm未満だとカーボン繊維による補強効果が現われにくく、300μmを超えると均一に分散しにくい。また平均繊維径が5μm未満だと繊維同士が凝集しやすくなり、20μmを超えると相手材を摩耗させるので好ましくない。
【0017】カーボン繊維の含有量はPPS樹脂全体の10?50重量%であり、好ましくは15?25重量%であり、例えば20重量%程度である。含有量が10重量%未満だと補強効果に乏しいため摺動部材の強度が不十分となり、50重量%を超えると摺動部材がかえって脆く、折れやすくなる。
【0018】(B) 熱可塑性エラストマー
熱可塑性エラストマーは、PPS樹脂とのポリマーアロイが可能であれば公知のものでよく、例えばオレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、エステル系エラストマー、塩化ビニル系エラストマー、ウレタン系エラストマー、アミド系エラストマー等が挙げられる。これらのうちオレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー又はエステル系エラストマーを用いるのが好ましい。
【0019】オレフィン系エラストマーとしては、例えばポリイソブチレン、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-非共役ジエン共重合体、エチレン-ブテン-1共重合体、エチレン-プロピレン-ブテン-1共重合体、エチレン-へキセン-1共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-アクリル酸、エチレン-メタクリル酸共重合体、エチレン-グリシジルアクリレート共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体、エチレン-酢酸ビニル-グリシジルメタクリレート共重合体、エチレン-マレイン酸共重合体、エチレン-無水マレイン酸共重合体等が挙げられる。
【0020】スチレン系エラストマーとしては、ビニル芳香族化合物(例えばスチレン、α-メチルスチレン、ビニルトルエン、p-t-ブチルスチレン、1,1-ジフェニルエチレン等)と共役ジエン化合物(例えばブタジエン、イソプレン、1,3-ペンタジエン、2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン及びこれらの組み合わせ等)とのブロック共重合体、及びこのブロック共重合体の水素添加物が挙げられる。
【0021】熱可塑性エラストマーの含有量はPPS樹脂組成物全体の2?30重量%であり、好ましくは4?20重量%であり、例えば10重量%程度である。熱可塑性エラストマーの含有量が2重量%未満だと、熱可塑性エラストマーを配合した効果が現われず、PPS樹脂と充填材との充分な密着性が得られない。また30重量%を超えて配合すると、摺動部材の強度が低下するだけでなく、コンパウンド時や成形時に熱分解してガスを発生してしまう。
【0022】(C) 粒状固体潤滑材
摺動性の向上のため、PPS樹脂組成物は粒状固体潤滑材を含むのが好ましい。粒状固体潤滑材の具体例としては、グラファイト、二硫化モリブデン(MoS2)、四弗化エチレン(PTFE)粉末等が挙げられる。粒状固体潤滑材は単独で使用しても2種以上を併用してもよい。粒状固体潤滑材の粒度は325#以下であるのが好ましい。
【0023】粒状固体潤滑材の含有量は、PPS樹脂組成物全体の2?20重量%とするのが好ましく、4?8重量%とするのがより好ましく、例えば5重量%程度とする。粒状固体潤滑材の含有量が2重量%未満だと潤滑材を使用した効果が認められず、また20重量%を超えると摺動部材の強度が低下してしまうので好ましくない。」

エ「【0030】
【実施例】本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】実施例1?4及び比較例1?5
下記表1に示す材料を使用して、一軸式コンパウンド機によりペレット状のPPS樹脂組成物を作製し、樹脂温度300℃及び金型温度150℃の条件で射出成形して実施例1?4及び比較例1?5の摺動部材を得た。射出成形には、外径が50 mm、内径が45 mm及び高さが2mmのリング状キャビティーを有する金型を用いた。使用したカーボン繊維は平均繊維長が100μm、繊維径が10?15μmであり、ガラス繊維は平均繊維長が200μm、平均繊維径が15μmであった。得られた各リング状摺動部材(合口:0.3mm)は、実施例1?3のものが特にAl合金からなる相手材に適したものであり、実施例4のものが特に鋳鉄からなる相手材に適したものである。
【0032】
【表1】



オ「【0036】次に各テストピース5の抗折性を調べるために、各テストピース5の合口を直径方向に広げ、最大開口距離を測定した。結果を図5に示す。」

カ「【0040】従って本発明の摺動部材を用いれば、従来のPPS樹脂製のリングを著しく上回る耐摩耗性及び強度を有するとともに、摺動性及びシール性に優れたシールリングを提供することができる。本発明の摺動部材は、例えば回転機器の軸シールリングとして用いたり、ピストンリングとして軟質の非鉄金属材又は鋳鉄材のシリンダと摺接させることができる。さらに第一の摺動部材は、Al合金材を用いた無潤滑のコンプレッサー等の摺動部分等に使用することもできる。」

キ「【図5】



ク 上記エの記載事項から、外径50mm、内径45mmのリング状摺動部材の径方向厚みを計算すると、(50-45)÷2=2.5mmであることがわかる。

ケ 上記オの記載事項及び上記キで示した図5の図示内容から、実施例1ないし4の合口の最大開口距離は、約36mmから40mmであると看取される。

上記記載事項及び認定事項並びに図面の図示内容を総合すると、引用文献2には、次の事項(以下、「引用文献2記載事項」という。)が記載されている。

〔引用文献2記載事項〕
「回転機器の軸シールリングとして用いるオイルシールリングであって、前記オイルシールリングは、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS樹脂)を主成分とし熱可塑性エラストマーを含むPPS樹脂組成物を射出成形してなるものであって、
前記PPS樹脂組成物は、カーボン繊維をPPS樹脂組成物全体の10?50重量%であり、好ましくは15?25重量%であり、例えば20重量%とし、四弗化エチレン(PTFE)粉末を含む粒状固体潤滑材をPPS樹脂組成物全体の2?20重量%とするのが好ましく、4?8重量%とするのがより好ましく、例えば5重量%程度とし、熱可塑性エラストマーをPPS樹脂組成物全体の2?30重量%であり、好ましくは4?20重量%であり、例えば10重量%程度とし、残部をPPS樹脂とし、
外径寸法がφ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.5mmであり、合口0.3mmであるシールリングを直径方向に広げた場合の最大開口距離が約36mmから40mmであるシールリング。」

(3)引用文献3
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開平10-169782号公報(以下、「引用文献3」という。)には、「回転シールリング及び流体シール装置」に関して、図面(特に図1を参照。)とともに、以下の事項が記載されている。

ア「【0029】又、本発明に係る回転シールリング(7)?(14)の材料は耐熱性を有していれば、特に限定されないが、例えば次に示す耐熱性合成樹脂材料がある。
【0030】(a)ポリエーテルニトリル樹脂、ポリシアノアリールエーテル系樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂等のポリエーテルケトン系樹脂、(全)芳香族熱可塑性ポリイミド系樹脂、ポリアミド4-6樹脂、又はポリフェニレンサルファイド樹脂等のポリアリーレンサルファイド系樹脂からなる群(これらは高耐熱性に加え、高耐燃性、優れた機械的及び耐油性、耐薬品性、射出成形性を有しており、本発明に係る回転シールリングの成形ベース材料として用いられる。)から選ばれる何れか一つの樹脂90?50重量%、カーボン系ファイバ等の強化ファイバ10?50重量%、必要ならば再生四フッ化エチレン樹脂等のフッ素系樹脂、もしくは、二硫化モリブデン等のモリブデン系化合物等の少なくとも一種類以上の潤滑性付与剤2?25重量%、更に必要ならば粉末状タルク10?40重量%を主要成分とする樹脂組成物。」

イ「【0039】具体的に前記組成物からなるシールリング射出成形体の特性を説明すると、例えば、融点が280?480゜C、熱変形温度がASTM D-648(1.81MPa)の条件下で230?430゜C、また、曲げ強度がASTM D-790の条件下で100?300MPa、好ましくは100?150MPa、曲げ弾性率がASTM D-790の条件下で2000?20000MPa、好ましくは4000?20000MPa、硬度がASTM D785(ロックウェル硬度、Mスケール)にてM60?M120、好ましくはM70?M100の範囲の物性値のうちの少なくとも1種類以上を満足する特性の成形体であることが好ましい。尚、上記の測定方法は好ましい測定方法であるが、特にこれらの測定方法に限らず、いかなる測定方法であってもよい。」

上記記載事項及び図面の図示内容を総合すると、引用文献3には、次の事項(以下、「引用文献3記載事項」という。)が記載されている。

〔引用文献3記載事項〕
「回転シールリングにおいて、耐熱性合成樹脂材料としてポリフェニレンサルファイド樹脂等のポリアリーレンサルファイド系樹脂からなる群から選ばれる樹脂90?50重量%、カーボン系ファイバ等の強化ファイバ10?50重量%、必要ならば再生四フッ化エチレン樹脂等のフッ素系樹脂の潤滑性付与剤2?25重量%を主要成分とする樹脂組成物からなるものとすること、及び、前記樹脂組成物からなるシールリング射出成形体の曲げ弾性率がASTM D790の条件下で2000?20000MPa、好ましくは4000?20000MPaの範囲の物性値を満足する特性の成形体とすること。」

(4)引用文献4
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開平9-210211号公報(以下、「引用文献4」という。)には、「シールリング」に関して、図面(特に図3ないし5及び10を参照。)とともに、以下の事項が記載されている。

ア「【0010】
【発明の実施の形態】以下に本発明の実施例について図により説明する。本発明の一実施例に係る図3、図4、図5において、1は軸、2はケースであり、両部は相対的に回転しあう関係にある。軸1の外周には、対の環状溝4が形成されており、その中にシールリング本体5aは位置し、作動油3をシールしている。このシールリング本体5aは、油圧によってケース2の内周面に、外周面としてのたとえばシールリングのバレルフェイス面6bが押しつけられた状態となっている。またシールリング側面7aは、環状溝4の側面4aに油圧により押しつけられた状態で、環状溝側面4aと相対的に摺動するようになっている。この実施例のシールリング本体5aの環状溝と相対するシールリング側面7aが、主として平面部7aで構成されるとともに、シールリング内周面側8に開口した径方向に延在する油溝9と、その油溝9の周方向の両側に該平面部7aと接続するクサビ効果発生傾斜面10a、10bとしての凹部を周方向に複数離間配置している。油溝9の径方向の寸法は、軸1に装着され、ケース2に挿入された状態で、軸1の外周面11よりも内周側に位置するようにして決定される。
【0011】乗用車クラスの自動変速機用のシールリングにおいては油溝9の深さ寸法は0.05mm?0.5mm、幅は0.1?2mmの範囲で設定され、クサビ効果発生面10a、10bの寸法は、図5に示すL寸法を0..2?2mmとし、その範囲内で深さH寸法が5?20μmとなるように設定される。H寸法が一定の場合、L寸法が大きいほど、クサビ効果で発生する油膜圧力によってシールリングに作用する浮力は大きいものとなる。シールリングに設ける凹部の数やH寸法とL寸法は、シールリングの寸法、シールリングに作用する作動油の圧力、軸の環状溝の仕上粗さによって上記の範囲内において最適範囲を設定すればよい。
【0012】また、さらに摩擦損失を低減するために、図6に示すように合い口部に近接して油溝9、9とクサビ効果発生面としての凹部10a、10bを配するか、或いは、図7に示すようにシールリングの合い口部にもクサビ効果発生面10a、10bを設けると良い。なお、この場合には、油溝を設ける必要はないが(図7参照)、バリの影響を無くするために、クサビ効果発生面と合い口断面とのつながりをテーパー、若しくはRで面取を施しても良い。また合い口部の形状が、図8のような形状のシールリングの場合には、図に示すような合い口に沿う斜めのクサビ効果発生面10a、10bを形成させることができる。凹部を軸対称にレイアウトすると、油膜に発生する油圧によって均等にシールリングに浮力が発生し、片あたり状態となることが防止でき、摩擦損失の低減と良好なシール性能が発揮できる。合い口部形状が、図9に示す如く、内外周側で突片を突き合せたもののとき、内周側にクサビ効果発生面としての傾斜面からなる凹部10a、10bを設けるとよい。凹部10a、10bの最大深さを合い口部の縁とさせる。
【0013】実施例の図は、シールリングの両側面が平行な場合を示したが、両面がキーストン状態の場合でも、作用効果は同一であり本発明に含まれる。図4では、シールリングの内周面8と両側面7aとは直角に繋がる場合を示したが、内周面8と側面7aとは面取若しくは曲面で繋ぎ、油溝9が内周面8部に直接開口しないようにすると、油溝9への応力集中によるシールリングの折損が軽減され、かつ油溝への作動油の補給が容易となる。図5に示した、実施例では油溝9は矩形断面の形状を示したが、半球状等の任意形状としても良い。またクサビ効果発生面10a、10bについて、実施例では単一の平坦面としたが、放物線状であっても効果は同一である。また、図10の(a)と(b)のように、クサビ効果発生面を2段に形成し、内周側のクサビ効果発生面10a、10bの面積を、外周側のクサビ効果発生面10a′、10b′よりも大きくすることによりシールリングにかかる浮力を内周側でさらに大きくすると、シール性能はより良好なものとなる。尚、油溝9の深さを径方向で同一とさせ、外周側のクサビ発生面としての凹部10a′、10b′の深さを内周側の凹部10a、10bより少し浅くさせるとよい。外周側の凹部10a′、10b′の径方向外側の縁を軸1の外周面より、装着時、径方向内側に位置させる。なお上述したシールリングの凹部を形成した側面形状は、片面だけでも機能を果たすが、2つの側面が投影的に同一となるように形成することが、組み付け上からは望ましい。さらに本発明のシールリングは、樹脂製であっても金属製であっても、その作用効果は同一である。シールリング側面の凹部は、射出成形時には金型で容易に形成できるため、本発明は射出成型法による樹脂製シールリングにて特に経済的に実施できる。
【0014】
【発明の効果】以上述べたように、本発明のシールリングは、環状溝の側面と相対するシールリングの側面に設けられた、内周面側にのみ開口した油溝と、その油溝の周方向の両側の平面状の側面と接続するクサビ効果発生傾斜面からなる凹部を放射状に複数配置させることにより、シールリングと軸材との相対的な滑りによって、油膜を摺動面に積極的に取り込むことができる。その油膜に発生する油圧による浮力で、シールリングに作用する油圧による荷重を低減でき、かつ環状溝とシールリング側面間に油膜を形成することで摩擦係数を低減できるために、シールリングと環状溝との間の摩擦損失を低減でき、摩耗や焼き付きの発生を著しく減少させることができる。また油膜は、シールリング外周側で薄くなるために、シール性も高いものとなる。【0015】またシールリング合い口部分の形状を、環状溝と相対する側面にクサビ効果発生傾斜面を設けることにより、クサビ効果により合い口部分に油圧による浮力によって合い口部が環状溝と強く接触することを防止し、合い口部分によって発生する摩擦損失を低減でき、焼き付きや摩耗の発生を減少できる。上記のような構成のシールリングでは、シールリング側面と軸との間の摩擦力が、シールリング外周面とケース内周面との間の摩擦力よりも常に低くなり、結果としてケースとシールリング外周面とが摺動することが無くなるため、シールリング外周面の摩耗により合い口部のクリアランスが増大することがなくなるので優れたシール性能を長期間維持することができる。さらにシールリングの2つの側面形状が投影的に同一であるようにすることで、シールリングの組み付け時における誤組み付けが生じない。」

イ「【符号の説明】
1 軸
2 ケース
3 作動油
4 環状溝
4a 側面(環状溝のシールリングとの摺動接触面)
5a シールリング本体
6 ケースの内周面
6a シールリングの外周面
6b シールリングの外周面(バレルフェイス)
7 シールリング側面
7a シールリング側面の平面部
8 シールリングの内周面
9 油溝
10a、10b 内周側クサビ効果発生面
10a′、10b′ 外周側クサビ効果発生面」

ウ 図5及び10(b)の図示内容から、クサビ効果発生傾斜面10a及び10bが略V字状に形成されていることが看取される。また、上記アの記載事項を踏まえると、クサビ効果発生傾斜面10a及び10bと環状溝の摺動接触面である側面4aとの間には油膜が取り込まれていることから、クサビ効果発生傾斜面10a及び10bと側面4aとは非接触となっていることが理解できる。

上記記載事項及び認定事項並びに図面の図示内容を総合すると、引用文献4には、次の事項(以下、「引用文献4記載事項」という。)が記載されている。

〔引用文献4記載事項〕
「シールリングにおいて、シールリング本体5aを軸1の環状溝4に装着し、該環状溝4の側面4aに摺動する面であるシーリング側面7aの内周面8側の一部に、該側面4aとの非接触部となる、リング周方向に沿った略V字状のクサビ効果発生傾斜面である凹部10a、10bを設けること。」

(5)引用文献5
刊行物等提出書において「刊行物3」として提出され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開2015-10225号公報(公開日:平成27年1月19日。以下、「引用文献5」という。)には、「樹脂組成物およびシール部材」に関して、とともに、以下の事項が記載されている。

ア「【請求項1】
ポリフェニレンサルファイド100重量部、
炭素繊維2?15重量部、および
ポリテトラフルオロエチレン粉末5?25重量部を含有する樹脂組成物。【請求項2】
さらにグラファイト粉末を含有する請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
さらにエラストマーを含有する請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1?3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を成形して得られるシール部材。
【請求項5】
曲げ弾性率が、4,000MPa未満である請求項4に記載のシール部材。
【請求項6】
シールリングである請求項4または5に記載のシール部材。」

イ「【0012】
本発明の樹脂組成物は、PPS100重量部に対して、2?15重量部の炭素繊維を含有する。なお本発明において、各成分(炭素繊維等)の重量部数は、それぞれ、PPS100重量部に対する値である。炭素繊維の含有量は、好ましくは3?13重量部、より好ましくは5?12重量部である。炭素繊維は1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0013】
炭素繊維は、シール部材の剛性を高めて、その耐摩耗性を高めるために使用される。シール部材の分野において、高い耐摩耗性が求められるシール部材を製造するためには、多量の炭素繊維が用いられる。しかし、本発明者らが検討を重ねた結果、ポリフェニレンサ ルファイドに炭素繊維を多量に添加すると、得られるシール部材の剛性は向上するが、驚くべきことに、かえって耐摩耗性が劣ることを見出した。そこで、本発明では、炭素繊維量を上述の範囲に制限すると共に、炭素繊維に加えてPTFE粉末も使用することによって、シール部材にある程度の柔軟性を付与しながら、耐摩耗性を向上させることを特徴とする。」

ウ「【0017】
本発明の樹脂組成物は、PPS100重量部に対して、5?25重量部のPTFE粉末を含有する。PTFE粉末の含有量は、好ましくは8?20重量部、より好ましくは8?18重量部である。PTFE粉末は1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。」

エ「【0028】
本発明の樹脂組成物は、さらにエラストマーを含有していてもよい。エラストマーは1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。エラストマーを使用することによって、樹脂組成物から得られるシール部材の柔軟性を高めることができる。
【0029】
樹脂組成物の成形性を損なわないようにするため、エラストマーは熱可塑性エラストマー(以下「TPE」と略称することがある)であることが好ましい。TPEとしては、例えば、ポリスチレン系TPE、スチレン-ブタジエン(SB)系TPE、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン(SEBS)系TPE、ポリ塩化ビニル系TPE、ポリオレフィン系TPE、ポリウレタン系TPE、ポリエステル系TPE、ポリアミド系TPE、低結晶性1,2-ポリブタジエン系TPE、塩素化ポリマー系TPE、フッ素系TPE、イオン架橋TPE等が例示される。これらの中で、特にポリオレフィン系TPEが好ましい。
【0030】
エラストマーを使用する場合、樹脂組成物中のその含有量は、PPS100重量部に対 して、好ましくは10?40重量部、より好ましくは20?30重量部である。この含有量が10重量部以上であると、樹脂組成物から得られるシール部材に柔軟性を付与することができ、40重量部以下であると、耐熱性、機械特性といったシール部材の長所を損なうことなく柔軟性を付与することができる。」

オ「【0034】
本発明は、上述の樹脂組成物を成形して得られるシール部材も提供する。本発明のシール部材は、ある程度の柔軟性を有し、密封装置からの漏れを防止することができる。本発明の曲げ弾性率は、好ましくは4,000MPa未満、より好ましくは3,900MPa未満、さらに好ましくは3,800MPa未満である。この曲げ弾性率は、ASTM D790:2002に従って測定される。
【0035】
本発明のシール部材としては、例えば、ダストシール、シールリング等が挙げられる。ダストシールとしては、例えば、外部からの塵埃の侵入を保護してパッキンや軸受を保護するスクレーパ等が挙げられる。」

カ「【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0038】
1.原料
実施例および比較例で使用した原料は、次の通りである。
(1)ポリフェニレンサルファイド(PPS)
「トレリナA-900」(東レ株式会社製)、MFR:35g/10min
(2)炭素繊維
「S-242」(大阪ガスケミカル株式会社製)、ピッチ系炭素繊維、平均繊維長:0.37mm、アスペクト比:28
「S-247」(大阪ガスケミカル株式会社製)、ピッチ系炭素繊維、平均繊維長:1.7mm、アスペクト比:130
(3)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粉末
「フルオンL169E」(旭硝子株式会社製)、平均粒子径:17μm、BET比表面積:2m^(2)/g
(4)グラファイト粉末
「特CP」(日本黒鉛工業株式会社製):合成の鱗状グラファイト、平均粒子径:15μm
(5)エラストマー
グリシジルメタアクリル酸2.5重量%、アクリル酸メチル60重量%、エチレン37.5重量%からなるグリシジル基含有オレフィン系共重合体
【0039】
2.樹脂組成物の調製
実施例および比較例の各樹脂組成物の組成を、下記表1および表2に示す。表中の各成分を秤り取り、タンブルミキサーを用いてドライブレンドし、その後二軸押出機を用いて300?320℃で押出して造粒し、各樹脂組成物を調製した。
なお、上記各樹脂組成物(造粒物)は、それぞれ射出成形機に投入して加熱溶融後、所定の各種金型に射出し、次いで冷却して、所望の形状に成形できる。
【0040】
3.評価
得られた樹脂組成物を用いて、シリンダー280?310℃、ヘッド320℃、金型温度150℃の条件で射出成形して、以下の各試験(ASTM D638:1995、AS TM D790:2002、ピンオンディスク摩耗試験)で用いる試験片を作製した。以下に記載の方法によって該試験片の引張特性、曲げ特性および耐摩耗性を評価した。結果を下記表1および2に示す。
【0041】
(1)引張特性
ASTM D638:1995に従って引張試験を実施し、引張特性(引張強さおよび引張破壊ひずみ)を測定した。引張破壊ひずみが5%以上であるものを引張特性に優れると判定した。
【0042】
(2)曲げ特性
ASTM D790:2002に従って曲げ試験を実施し、柔軟性の指標として曲げ特性(曲げ弾性率および曲げ強さ)を測定した。曲げ弾性率が4,000MPa未満であるものを柔軟性に優れると判定した。」

キ「【0044】
【表1】



ク 上記キの記載事項の表1にある実施例8には、PPSを100重量部、エラストマーを20重量部、PTFE粉末を20重量部、炭素繊維(S-242)を3重量部、グラファイトを3重量部含む原料からなるシールリングが記載されている。PPSを100重量部とした際の各成分を重量%で換算すると、実施例8のものは全体で100+20+20+3+3=146重量部であるから、PPSは100/146=68.5重量%、エラストマー及びPTFE粉末はそれぞれ20/146=13.7重量%、炭素繊維(S-242)及びグラファイトはそれぞれ3/146=2.05重量%の割合で含まれるPPS樹脂組成物であるといえる。このPPS樹脂組成物の最大成分はPPSであるから、主成分はPPSである。

上記記載事項及び認定事項を総合すると、引用文献5には、実施例8として、次の事項(以下、「引用文献5記載事項」という。)が記載されている。

〔引用文献5記載事項〕
「シールリングとして、PPSを主成分としエラストマーを含むPPS樹脂組成物を成形してなり、
PPS樹脂組成物は、組成物全体に対して炭素繊維(S-242)を2.05重量%、PTFE粉末を13.7重量%、エラストマーを13.7重量%含み、残部の68.5重量%がPPSであり、曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が2350MPaである、シールリング。」

3 対比・判断
(1) 本願発明1について
本願発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「内燃機関」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本願発明1の「内燃機関」に相当し、以下同様に、「吸気弁」は「吸気弁」に、「排気弁」は「排気弁」に、「カムシャフト1」は「カムシャフト」に、「ベーン部材30」は「内側回転体」に、「作動油」は「作動油」に、「相対回動」は「相対的に回動」に、「ハウジング部材18」は「外側回転体」に、「スパイダ3の軸部3a」は「軸体」に、「バルブタイミング変更装置」は「可変バルブタイミングシステム」に、「周溝7」は「環状通路」に、「液密封止」は「密封」に、「シール部材15」は「シールリング」に、それぞれ相当する。

そうすると、本願発明1と引用発明とは、次の一致点、相違点がある。

[一致点]
「内燃機関の吸気弁および排気弁を駆動するカムシャフトと、該カムシャフトに固定された内側回転体と、前記吸気弁または排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により前記内側回転体に対して相対的に回動運動する外側回転体と、前記内側回転体の内周に、該内側回転体および前記外側回転体と同心に設置された軸体とを備えてなる可変バルブタイミングシステムにおいて、前記内側回転体と前記軸体との間に形成されて作動油の油路となる環状通路を密封するシールリングである、
可変バルブタイミングシステムのシールリング。」

[相違点]
「シールリング」に関して、本願発明1は、「ポリフェニレンサルファイド樹脂を主成分としエラストマーを含むポリフェニレンサルファイド樹脂組成物を成形してなり、
前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体に対して炭素繊維を1?20体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を10?20体積%、前記エラストマーを1?10体積%含み、残部が前記ポリフェニレンサルファイド樹脂であり、常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下、曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であり、
前記シールリングの外径寸法がφ20mm?φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0?4.0mmであり、
前記シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上である」のに対して、引用発明は「金属材料や合成樹脂材料等の各種材料から選択される」ものの、その具体的な組成物、材料特性、寸法が不明である点。

上記相違点について検討する。
上記第5の2(2)で述べたとおり、
引用文献2記載事項は、
「回転機器の軸シールリングとして用いるオイルシールリングであって、前記オイルシールリングは、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS樹脂)を主成分とし熱可塑性エラストマーを含むPPS樹脂組成物を射出成形してなるものであって、
前記PPS樹脂組成物は、カーボン繊維をPPS樹脂組成物全体の10?50重量%であり、好ましくは15?25重量%であり、例えば20重量%とし、四弗化エチレン(PTFE)粉末を含む粒状固体潤滑材をPPS樹脂組成物全体の2?20重量%とするのが好ましく、4?8重量%とするのがより好ましく、例えば5重量%程度とし、熱可塑性エラストマーをPPS樹脂組成物全体の2?30重量%であり、好ましくは4?20重量%であり、例えば10重量%程度とし、残部をPPS樹脂とし、
外径寸法がφ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.5mmであり、合口0.3mmであるシールリングを直径方向に広げた場合の最大開口距離が約36mmから40mmであるシールリング。」というものである。
ここで、引用文献2記載事項と本願発明1とを対比すると、引用文献2記載事項の「回転機器の軸シールリングとして用いるオイルシールリング」と、本願発明1の「内燃機関の吸気弁および排気弁を駆動するカムシャフトと、該カムシャフトに固定された内側回転体と、前記吸気弁または排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により前記内側回転体に対して相対的に回動運動する外側回転体と、前記内側回転体の内周に、該内側回転体および前記外側回転体と同心に設置された軸体とを備えてなる可変バルブタイミングシステムにおいて、前記内側回転体と前記軸体との間に形成されて作動油の油路となる環状通路を密封するシールリングである、可変バルブタイミングシステムのシールリング」とは、その機能、構成又は技術的意義からみて、「シールリング」という限りにおいて一致する。
また、引用文献2記載事項の「前記オイルシールリングは、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS樹脂)を主成分とし熱可塑性エラストマーを含むPPS樹脂組成物を射出成形してなるシールリング」は、その機能、構成又は技術的意義からみて、本願発明1の「前記シールリングは、ポリフェニレンサルファイド樹脂を主成分としエラストマーを含むポリフェニレンサルファイド樹脂組成物を成形してな」る「シールリング」に相当し、以下同様に、引用文献2記載事項の「カーボン繊維」及び「熱可塑性エラストマー」は本願発明1の「炭素繊維」及び「エラストマー」に相当する。同様に、引用文献2記載事項の「四弗化エチレン(PTFE)粉末を含む粒状固体潤滑材」と本願発明1の「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」は、「ポリテトラフルオロエチレン」を含む固体であるという限りにおいて一致する。
したがって、引用文献2記載事項の「前記PPS樹脂組成物は、カーボン繊維をPPS樹脂組成物全体の10?50重量%であり、好ましくは15?25重量%であり、例えば20重量%とし、四弗化エチレン(PTFE)粉末を含む粒状固体潤滑材をPPS樹脂組成物全体の2?20重量%とするのが好ましく、4?8重量%とするのがより好ましく、例えば5重量%程度とし、熱可塑性エラストマーをPPS樹脂組成物全体の2?30重量%であり、好ましくは4?20重量%であり、例えば10重量%程度とし、残部をPPS樹脂とし、」と本願発明1の「前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体に対して炭素繊維を1?20体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を10?20体積%、前記エラストマーを1?10体積%含み、残部が前記ポリフェニレンサルファイド樹脂であり、常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下、曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であり、」とは、「前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体に対して炭素繊維、ポリテトラフルオロエチレン樹脂及び前記エラストマーをそれぞれ所定の割合で含み、残部が前記ポリフェニレンサルファイド樹脂であり、」という限りにおいて一致する。
また、引用文献2記載事項の「外径寸法がφ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.5mmであり、合口0.3mmであるシールリングを直径方向に広げた場合の最大開口距離が約36mmから40mmであるシールリング」と本願発明1の「前記シールリングの外径寸法がφ20mm?φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0?4.0mmであり、前記シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上であることを特徴とする可変バルブタイミングシステムのシールリング」とは、「前記シールリングの外径寸法がφ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.5mmであり、前記シールリングの内径寸法の拡張率が所定の範囲であるシールリング」という限りにおいて一致する。

そうすると、本願発明1と引用文献2記載事項とは、
「シールリングであって、前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体に対して炭素繊維、ポリテトラフルオロエチレン樹脂及び前記エラストマーをそれぞれ所定の割合で含み、残部が前記ポリフェニレンサルファイド樹脂であり、
前記シールリングの外径寸法がφ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.5mmであり、前記シールリングの内径寸法の拡張率が所定の範囲であるシールリング」という点で一致する。
しかしながら、引用文献2記載事項の「カーボン繊維をPPS樹脂組成物全体の10?50重量%であり、好ましくは15?25重量%であり、例えば20重量%とし、四弗化エチレン(PTFE)粉末を含む粒状固体潤滑材をPPS樹脂組成物全体の2?20重量%とするのが好ましく、4?8重量%とするのがより好ましく、例えば5重量%程度とし、熱可塑性エラストマーをPPS樹脂組成物全体の2?30重量%であり、好ましくは4?20重量%であり、例えば10重量%程度とし、残部をPPS樹脂とし」た「PPS樹脂組成物」と、本願発明1の「該組成物全体に対して炭素繊維を1?20体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を10?20体積%、前記エラストマーを1?10体積%含み、残部が前記ポリフェニレンサルファイド樹脂であ」る「前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物」とは、その組成物を構成する成分の種類が一部共通するといえるものの、引用文献2記載事項においては各成分の割合が重量%で特定されるのに対して、本願発明1においては体積%で特定されるものであり、各成分の割合が直ちに一致ないし重複する数値範囲であると評価できるものではない。
また、引用文献2記載事項の「シールリング」については、
(1)常温時における曲げ弾性率及び曲げ歪みがどの程度の特性であるのか不明であること、
(2)シールリングの合口を広げた場合の内径寸法の拡張率が130%以上であるかどうか不明であること、
を考慮すると、引用文献2記載事項は上記相違点に係る発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。
さらに、
(3)引用文献2の上記記載事項エ及びキにおける表1及び図5を参照して実施例1と実施例2及び3とを比較した場合に粒状固体潤滑材を含有する実施例2及び3の方が粒状固体潤滑材を含有しない実施例1よりも合口の拡張率が小さいこと、
を踏まえると、引用文献2の上記記載事項ウの段落【0022】の記載に基づいて粒状固体潤滑材をPTFEとして、上記相違点に係る発明特定事項の体積%の配合割合で各材料を構成しようとしたとしても、「常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下、曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であり、前記シールリングの外径寸法がφ20mm?φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0?4.0mmであり、前記シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上」となる蓋然性が高いということもできない。
また、引用文献2の上記記載事項ウの段落【0014】ないし【0023】に記載される各材料について、当該材料の一般的な密度に基づいて重量%から体積%に換算したとしても、シールリングの外径寸法がφ20mm?φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0?4.0mmでありシールリングの内径寸法の拡張率が130%以上となるように各成分の割合を調整することについて当業者にとって適宜なし得る数値範囲の最適化又は好適化であるというべき事情も見当たらない。

そして、本願発明1は、上記相違点に係る発明特定事項を備えることによって、靱性に優れ、厚肉とした場合でも組込み時のシールリング拡張で破損することを防止でき、限界PV値が高く、摩擦摩耗特性に優れるシールリングを提供することができる(本願明細書の段落【0013】ないし【0015】を参照。)、という特有の作用効果を奏するものである。
したがって、引用発明及び引用文献2記載事項に基いて上記相違点に係る本願発明1の発明特定事項とすることが当業者にとって容易に想到し得たものとすることはできない。

また、上記第5の2(3)及び(4)で述べたとおり、引用文献3記載事項は、
「回転シールリングにおいて、耐熱性合成樹脂材料としてポリフェニレンサルファイド樹脂等のポリアリーレンサルファイド系樹脂からなる群から選ばれる樹脂90?50重量%、カーボン系ファイバ等の強化ファイバ10?50重量%、必要ならば再生四フッ化エチレン樹脂等のフッ素系樹脂の潤滑性付与剤2?25重量%を主要成分とする樹脂組成物からなるものとすること、及び、前記樹脂組成物からなるシールリング射出成形体の曲げ弾性率がASTM D790の条件下で2000?20000MPa、好ましくは4000?20000MPaの範囲の物性値を満足する特性の成形体とすること。」というものであり、
引用文献4記載事項は、
「シールリングにおいて、シールリング本体5aを軸1の環状溝4に装着し、該環状溝4の側面4aに摺動する面であるシーリング側面7aの内周面8側の一部に、該側面4aとの非接触部となる、リング周方向に沿った略V字状のクサビ効果発生傾斜面である凹部10a、10bを設けること。」というものである。
そうすると、引用文献3及び4記載事項も上記相違点に係る本願発明1の発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。

さらに、上記第5の2(5)で述べたように、引用文献5記載事項は、
「シールリングとして、PPSを主成分としエラストマーを含むPPS樹脂組成物を成形してなり、
PPS樹脂組成物は、組成物全体に対して炭素繊維(S-242)を2.05重量%、PTFE粉末を13.7重量%、エラストマーを13.7重量%含み、残部の68.5重量%がPPSであり、曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が2350MPaである、シールリング。」
というものであるが、引用文献2記載事項について検討したのと同様に、引用文献5記載事項もPPS樹脂組成物を構成する成分の種類が本願発明1と共通するといえるものの、引用文献5記載事項においては各成分の割合が重量%で特定されるのに対して、本願発明1においては体積%で特定されるものであり、各成分の割合が直ちに一致ないし重複する数値範囲であると評価できるものではない。
そして、引用文献5記載事項の「シールリング」については、
(1)常温時における曲げ歪みがどの程度の特性であるのか不明であること、
(2)シールリングに合口があるのか不明であり、仮に合口があるシールリングであったとしてもシールリングの合口を広げた場合の内径寸法の拡張率が130%以上であるかどうか不明であること、
等を踏まえると、引用文献5記載事項は上記相違点に係る発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。

さらに、上記相違点に係る発明特定事項が、本願の出願前の周知技術であったというべき根拠は無く、また、当業者が適宜決定し得た設計的な事項であるともいえない。
そうすると、引用発明において、引用文献2記載事項ないし引用文献5記載事項を参酌しても、上記相違点に係る本願発明1の発明特定事項とすることはできず、本願発明1が有する上述の作用効果を奏することはできない。
したがって、本願発明1は、引用発明及び引用文献2記載事項ないし引用文献4記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないし、引用発明及び引用文献2記載事項ないし引用文献4記載事項に加えて引用文献5記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本願発明2ないし6について
本願の特許請求の範囲における請求項2ないし6は、請求項1の記載を置換することなく引用するものであるから、本願発明2ないし6は、本願発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、本願発明2ないし6は、本願発明1について述べたものと同様の理由により、引用発明及び引用文献2記載事項ないし引用文献5記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

4 小括
本願発明1ないし6は、原査定で引用された引用文献1ないし4に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、本願発明1ないし6は、原査定で引用された引用文献1ないし4に記載された発明に加え、刊行物等提出書で提出された引用文献5に記載された発明に基いても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第6 むすび
以上のとおり、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2020-12-21 
出願番号 特願2015-62224(P2015-62224)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (F01L)
P 1 8・ 121- WY (F01L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 小笠原 恵理  
特許庁審判長 北村 英隆
特許庁審判官 西中村 健一
鈴木 充
発明の名称 シールリング  
代理人 和気 光  
代理人 和気 操  

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