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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
管理番号 1372667
異議申立番号 異議2019-700937  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-22 
確定日 2021-01-29 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6518543号発明「金属被覆スチールストリップ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6518543号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-15〕について訂正することを認める。 特許第6518543号の請求項1?15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6518543号(以下「本件特許」という。)の請求項1?15に係る特許についての出願は,2009年(平成21年)3月13日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2008年3月13日 (AU)オーストラリア連邦,2008年3月13日 (AU)オーストラリア連邦)を国際出願日とする出願である特願2010-549999号の一部を平成27年7月31日に新たな特許出願としたものであって,平成31年4月26日にその特許権の設定登録がされ,令和元年5月22日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後,令和1年11月22日に,請求項1?15(全請求項)に係る特許に対し,特許異議申立人である赤澤正験(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたところ,以降の本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。

令和 2年 2月27日付け:取消理由通知書
同年 6月 1日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 7月21日 :申立人による意見書の提出
同年 9月 3日付け:特許権者への審尋
同年11月20日 :特許権者による回答書の提出


第2 訂正の適否
1 訂正の趣旨及び内容
令和2年6月1日付けの訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?15について訂正することを求めるものであって,その内容は以下のとおりである。なお,下線は訂正箇所を表す。

(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素,亜鉛元素,ケイ素元素,およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
および不可避の不純物を含有し,更に250?3000ppmのSrを含有し,成分の含有量の合計が100重量%であり,
コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し,
コーティングが,上部表面領域および下部表面領域,並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み,
コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在し;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するかまたは少なくともMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布しており,
該コーティング厚が30μm未満であり,
該コーティング厚が7μmよりも厚い,
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える,Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ。」
とあるのを,
「Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素,亜鉛元素,ケイ素元素,およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
および不可避の不純物を含有し,更に250?3000ppmのSrを含有し,成分の含有量の合計が100重量%であり,
コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し,
コーティングが,上部表面領域および下部表面領域,並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み,
コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布しており,
該コーティング厚が30μm未満であり,
該コーティング厚が7μmよりも厚く,
Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する,
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える,Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ。」
に訂正する。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2?15も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2に
「該コーティングがSrを250ppmよりも多く含み,Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する,請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。」
とあるのを,
「該コーティングがSrを250ppmよりも多く含む,請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。」
に訂正する。
請求項2の記載を直接又は間接的に引用する請求項3?5及び7?15も同様に訂正する。

(3)訂正事項3
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項7に
「Al,Zn,Si,Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティングを,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するMg_(2)Si粒子の分布で該ストリップ上に生成することを特徴とする,スチールストリップ上に耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングを生成して請求項2?5のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。」
とあるのを,
「Al,Zn,Si,Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティングを,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないMg_(2)Si粒子の分布で該ストリップ上に生成することを特徴とする,スチールストリップ上に耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングを生成して請求項2?5のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。」
に訂正する。
請求項7の記載を直接又は間接的に引用する請求項8?10も同様に訂正する。

(4)訂正事項4
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項11に
「Al,Zn,Si,MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,該ストリップ上に合金コーティングを生成し,該めっき浴を出る被覆ストリップを該コーティングの固化中に該コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するように,該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を,ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるか,またはストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を包含することを特徴とする,耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。」
とあるのを,
「Al,Zn,Si,MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,該ストリップ上に合金コーティングを生成し,該めっき浴を出る被覆ストリップを該コーティングの固化中に該コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないように,該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を,ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるか,またはストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を包含することを特徴とする,耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。」
に訂正する。
請求項11の記載を引用する請求項12も同様に訂正する。

(5)訂正事項5
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項13に
「Al,Zn,Si,MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するようにコーティングの厚さの変化微小で該ストリップ上に合金コーティングを生成し,コーティングの厚さの変化微小に関して,コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が40%以下であることを特徴とする,耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。」
とあるのを,
「Al,Zn,Si,MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないようにコーティングの厚さの変化微小で該ストリップ上に合金コーティングを生成し,コーティングの厚さの変化微小に関して,コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が40%以下であることを特徴とする,耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。」
に訂正する。
請求項13の記載を直接又は間接的に引用する請求項14?15も同様に訂正する。

(6)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?15について,請求項2?15は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから,訂正前の請求項1?15は,一群の請求項である。
したがって,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。

2 訂正の適否に関する当審の判断
(1)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否,新規事項の有無
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1による訂正は,本件訂正前の請求項1の発明特定事項である「コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域」について,「Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在し」とされていたのを「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」に限定するとともに,同じく本件訂正前の請求項1の発明特定事項である「コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域」について,「Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するかまたは少なくともMg_(2)Si粒子を含まず」とされていたのを「実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」に限定するものである。
また,訂正事項1による訂正は,本件訂正前の請求項1の発明特定事項である「250?3000ppmのSrを含有」について,「Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する」という機能を有することに限定するものである。
よって,訂正事項1による訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,または変更するものには該当しない。

(イ)新規事項の有無
本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下「本件明細書等」という。)には,以下の記載がある。なお,下線は当審が付与し,「・・・」は記載の省略を表すものであって,以下同様である。

a 「【0035】
好ましくは,コーティングは,Srを250ppmよりも多く含み,Sr添加はコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の生成を促進する。」

b 「【0068】
この図面の右側は,コーティングが55%Al-Zn-1.5%Si-2.0%Mg合金およびSr 500ppmを含有する,被覆スチール基材の上面図並びにこのコーティングを横切る断面図である。この断面図は,コーティング表面における上の領域およびスチール基材との界面における下の領域を示しており,これらがMg_(2)Si粒子を全く含まず,Mg_(2)Si粒子がコーティングの中央帯に閉じ込められていることを示している。・・・」

c 「【0091】
・・・特に,本出願人は,めっき浴中でSrが濃度250?3000ppmにおいて4元合金層上や表面酸化物上にMg_(2)Si相が核生成することを実質的に不可能にすることを発見した。恐らくそうでなければ非常に高レベルの系のフリーエネルギーの増加が発生するからである。代わりに,Mg_(2)Si相は,コーティングの中央領域において厚方向にしか核生成できず,コーティング外面領域とスチール表面付近の領域の両方に実質的にMg_(2)Siを含まないコーティング構造をもたらす。」

d 「【請求項2】
「該コーティングがSrを250ppmよりも多く含み,Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する,請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。」

以上の記載から,コーティングの上部表面領域において「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」となり,下部表面領域に「実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」となることは,上記b及びcに記載され,「Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する」ことは,上記a及びdに記載されているから,訂正事項1は,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

イ 訂正事項2について
訂正事項2による訂正は,訂正事項1によって,本件訂正前の請求項2に記載された「Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する」との事項を訂正後の請求項1において限定したことに伴い,本件訂正前の請求項2に重複して記載されることになる当該事項を削除するものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また,当該訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものに該当しないことは明らかであるし,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

ウ 訂正事項3について
(ア)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項3による訂正は,本件訂正前の請求項7の発明特定事項である「コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域」について,「Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」とされていたのを「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」に限定するとともに,本件訂正前の請求項7の発明特定事項である「Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティング」について,「下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まない」ことを限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,または変更するものには該当しない。

(イ)新規事項の有無
新規事項の有無については,上記ア(イ)と同様であるから,訂正事項3は,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

エ 訂正事項4について
(ア)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項4による訂正は,本件訂正前の請求項11の発明特定事項である「コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域」について,「Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」とされていたのを「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」に限定するとともに,本件訂正前の請求項11の発明特定事項である「合金コーティング」について,「下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まない」ことを限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,または変更するものには該当しない。

(イ)新規事項の有無
新規事項の有無については,上記ア(イ)と同様であるから,訂正事項4は,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

オ 訂正事項5について
(ア)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項5による訂正は,本件訂正前の請求項13の発明特定事項である「コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域」について,「Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」とされていたのを「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」に限定するとともに,本件訂正前の請求項13の発明特定事項である「コーティング」について,「下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まない」ことを限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,または変更するものには該当しない。

(イ)新規事項の有無
新規事項の有無については,上記ア(イ)と同様であるから,訂正事項5は,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

(2)独立特許要件について
申立人による特許異議の申立ては,訂正前の請求項1?15の全てに対してなされているので,特許法120条の5第9項で読み替えて準用する特許法126条7項は適用されない。

3 訂正の適否についての結論
以上のとおり,本件訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号又は3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
したがって,特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?15〕について訂正することを認める。


第3 本件発明
本件訂正は,上記第2で検討したとおり適法なものであるから,本件特許の特許請求の範囲の請求項1?15の特許に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」?「本件発明15」といい,総称して「本件発明」ともいう。)は,本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素,亜鉛元素,ケイ素元素,およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
および不可避の不純物を含有し,更に250?3000ppmのSrを含有し,成分の含有量の合計が100重量%であり,
コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し,
コーティングが,上部表面領域および下部表面領域,並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み,
コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布しており,
該コーティング厚が30μm未満であり,
該コーティング厚が7μmよりも厚く,
Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する,
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える,Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ。
【請求項2】
該コーティングがSrを250ppmよりも多く含む,請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項3】
該コーティングがSrを500ppmよりも多く含む,請求項2に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項4】
該コーティングがSrを1000ppmよりも多く含む,請求項2に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項5】
該コーティングがSrを3000ppm未満含む,請求項2に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項6】
コーティングの厚さの変化が,コーティングの任意の直径5mmのセクションにおいて40%以下である,請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項7】
Al,Zn,Si,Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティングを,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないMg_(2)Si粒子の分布で該ストリップ上に生成することを特徴とする,スチールストリップ上に耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングを生成して請求項2?5のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。
【請求項8】
該溶融めっき浴がSrを500ppmよりも多く含む,請求項7に記載の方法。
【請求項9】
該溶融めっき浴がSrを1000ppmよりも多く含む,請求項7に記載の方法。
【請求項10】
該溶融めっき浴がSrを3000ppm未満含む,請求項7?9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
Al,Zn,Si,MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,該ストリップ上に合金コーティングを生成し,該めっき浴を出る被覆ストリップを該コーティングの固化中に該コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないように,該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を,ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるか,またはストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を包含することを特徴とする,耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。
【請求項12】
該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を少なくとも11℃/秒になるように選択する工程を包含する,請求項11に記載の方法。
【請求項13】
Al,Zn,Si,MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないようにコーティングの厚さの変化微小で該ストリップ上に合金コーティングを生成し,コーティングの厚さの変化微小に関して,コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が40%以下であることを特徴とする,耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。
【請求項14】
該コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が30%以下である,請求項13に記載の方法。
【請求項15】
めっき浴を出る被覆ストリップの固化中の冷却速度を,ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるか,またはストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を含む,請求項13または請求項14に記載の方法。」


第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は,証拠方法として下記(4)を提出し,下記(1)?(3)を概要とする申立理由1?3を主張し,本件特許の請求項1?15に係る特許は取り消されるべき旨を申立てた。

(1)申立理由1(サポート要件違反)
本件訂正前の請求項1?15に係る特許は,「コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するかまたは少なくともMg_(2)Si粒子を含まず」とされたものであるが,発明の詳細な説明には「コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に」「Mg_(2)Si粒子を含まず」とされたものしか記載されておらず,その際のコーティングの厚さも不明であって,本件訂正前の請求項1?15に係る特許は発明の詳細な説明に記載したものでないから,同発明に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(実施可能要件違反)
本件特許の発明の詳細な説明には,実施例に係る【図1】の右側図のような構造を有するコーティングを得るための具体的な方法が記載されておらず,当業者が本件発明1?15の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから,同発明に係る特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(新規性又は進歩性欠如)
本件訂正前の請求項1?15に係る特許は,甲第1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができないものであり,又は,甲第1号証に記載された発明に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,取り消されるべきものである。

(4)証拠方法
甲第1号証:特開2007-284718号公報

2 当審から通知した取消理由
当審は,上記1の特許異議の申立ての理由を検討した結果,上記1(1)申立理由1(サポート要件違反)の一部及び同(2)申立理由2(実施可能要件違反)を採用し,それぞれ取消理由1及び2として,令和2年2月27日付けで取消理由を通知した。


第5 当審の判断
当審は,特許権者が提出した令和2年6月1日付けの意見書及び訂正請求書,申立人が提出した同年7月21日付けの意見書を並びに特許権者が提出した同年11月20日付けの審尋回答書を踏まえて検討した結果,以下のとおり,取消理由は解消するとともに,特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由及びその他の理由によっても,本件請求項1?15に係る特許を取り消すべき理由はないと判断した。

1 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由1(サポート要件違反)
ア 取消理由1(サポート要件違反)の概要
取消理由1の概要は以下のとおりである。

(ア)上記第2の2(1)(イ)に摘示した本件明細書の【0068】及び【0091】の記載から,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は,スチールストリップ上のコーティングにおけるMg_(2)Si粒子の分布についてみれば,「コーティング表面における上の領域およびスチール基材との界面における下の領域」がMg_(2)Si粒子を全く含まないものであると理解できる。

(イ)他方,本件訂正前の請求項1に係る発明は,「コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在し」,「コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」とされ,上部表面領域及び下部表面領域にMg_(2)Si粒子が存在する場合を含むものである。

(ウ)してみると,訂正前の請求項1に係る発明及び訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用する訂正前の請求項2?15に係る発明は,上部表面領域及び下部表面領域にMg_(2)Si粒子が存在する場合を含む点において,発明の詳細な説明に記載された発明を超えるものであった。

イ 本件訂正に伴う当審の判断
本件訂正により,請求項1において,「コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」と特定したところ,「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」又は「実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」の意味するところは,本件明細書の全記載からみて,Mg_(2)Si粒子の含有を許容するものではなく,「Mg_(2)Si粒子を全く含まず」(本件明細書の【0068】)や,Mg_(2)Si粒子の含有率が「0wt.%」であること(訂正請求書の4頁7行及び5頁6?7行)と認められる。
してみると,訂正後の請求項1は,「コーティング表面における上の領域およびスチール基材との界面における下の領域」がMg_(2)Si粒子を全く含まないことが特定されたといえるから,本件特許の請求項1に係る発明及び請求項1を直接又は間接的に引用する訂正後の請求項2?15に係る発明は,発明の詳細な説明に記載された発明を超えるものでない。

ウ 取消理由1(サポート要件違反)についての小括
したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえない。

(2)取消理由2(実施可能要件違反)
ア 取消理由2(実施可能要件違反)の概要
取消理由2(実施可能要件違反)は,本件訂正前の請求項1?15に係る発明におけるコーティングを得るための付着量や冷却速度等の製造条件の具体的な値について,本件明細書の発明の詳細な説明には何ら記載されておらず,当該コーティングを有するスチールストリップを製造するためには,当業者であっても,過度の試行錯誤を要するものと認められるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が訂正前の請求項1?15に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない,というものである。

イ 意見書における特許権者の主張
上記アに対して,特許権者は,令和2年6月1日付け意見書の5頁下から4行?6頁下から11行において,以下のとおり主張している。

「特許請求の範囲の請求項1において,「Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する」限定を加えた(それに伴って請求項1の記載を引用する請求項2から上記限定を削除した)ことによって,得られたコーティング構造が250?3000ppmのストロンチウムを添加した結果であることを明確にした。本件特許明細書の段落[0069]?[0070]には,図1の顕微鏡写真は,Al-Zn-Si-Mgコーティング合金へのSrの添加の効果を明示しており,実験室の実験から,図1の右側に示される微細構造が250?3000ppmの範囲のSr添加で生成されたことが判明した,ことが記載されている。即ち,上記結果の記載には明確な教示とサポートがあり,図1の右側に示されるAl-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップを達成する方法は,当業者には明らかである。当業者であれば,明細書中の教示に従って,当技術分野で既知の金属コーティングプロセスにおいて,250?3000ppmのSrを含むことにより過度の試行錯誤することなく実施できる。
即ち,本件特許明細書を見た当業者は,コーティングが,当技術分野で既知の金属コーティングプロセスで形成されるものであると理解する。また,本件特許明細書の段落[0071]以降では,Srを含まない場合であるが,本件特許において特定するコーティングを作製するためには冷却速度およびコーティング質量の制御が必要であることを示し,かつ制御すべき冷却速度などを設定するための方向性を示している。さらに,本件特許明細書の段落[0091] には,あるSr濃度レベルでは,コーティング厚方向のMg_(2)Si相の分布パターンを大きく変え,4元合金層上や表面酸化物上にMg_(2)Si相が核生成することを実質的に不可能にすることを記載している。この段落[0091]の記載は,ある濃度レベルのSrを含む場合には,冷却速度などの制御が緩和されることを意味し,当業者はそのように理解する。これらの記載を理解しかつ本願出願時に公知の金属コーティングプロセスを知っている当業者であれば,過度の試行錯誤を経ることなく本願請求項1に記載した特徴を有するコーティングを形成することが可能である。言い換えれば,当業者は,合金被覆スチールストリップを製造しようとした場合,特別な,付着量や冷却速度等の製造条件を確かめるために過度の試行錯誤が必要になるものではない。」

ウ 特許権者の主張についての当審の判断
本件発明のMg_(2)Si粒子の分布を得るための条件について,上記イで主張されるように,本件明細書の【0071】?【0090】において,特に【0090】の「本発明のMg_(2)Si粒子の分布を達成するために,すなわち,領域AにおけるMg_(2)Si相の核生成を避けるために,めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度は,ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対しては11?80℃/秒の範囲,ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対しては11?50℃/秒の範囲でなければならないことを発見した。」との記載から,コーティング質量に応じた冷却速度の範囲の指標が示されているといえる。
ここで,上記【0071】?【0090】は,Srを含まない場合であるが,Srを含む場合,【0091】において「めっき浴中でSrが濃度250?3000ppmにおいて4元合金層上や表面酸化物上にMg_(2)Si相が核生成することを実質的に不可能にする」とされており,上記イで主張されるように,当該特定濃度のSrを含むことにより「冷却速度などの制御が緩和される」との理解をすることができ,複雑、高度な制御条件が想定されるものではないから,【0071】?【0090】に記載されたコーティング質量に応じた冷却速度の範囲の指標に基づいて,過度の試行錯誤をすることなく,本件発明の実施をすることができるものと認められる。

エ 取消理由2(実施可能要件違反)についての小括
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1?15に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとはいえない。

2 申立人による新たな理由(明確性要件違反)について
(1)申立人の主張
令和2年7月21日付けの意見書の1頁下から11行?2頁5行において,申立人は,以下のとおり新たな理由(明確性要件違反)を主張している。

訂正された請求項1の記載について,「中央領域に80wt.%が閉じ込められているだけでは,残りの20wt.%は上部表面領域と下部表面領域に存在することになる。この20wt.%が上部表面領域と下部表面領域にどのように振り分けられるかは不明であり,片方に20wt.%が振り分けられ,他方がMg_(2)Si粒子を全く含まない場合も,両方に10wt.%が含まれる場合もあり得ることになる。あるいは,厚さの比率で分配して,上部表面領域に約16wt.%,下部表面領域に約4wt.%の場合もあり得る。
他方で,上部表面領域は「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」とされ,下部表面領域は「実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」とされているが,「実質的に含まず」,「実質的に・・・を含まず」という場合の「実質的に」という用語は不明確である。通常,「実質的に含まず」という用語は,文脈上,「検出限界以下である」という意味が明確であるような場合を除いて,特許請求の範囲の記載を不明確にするものとされている。特に,本件の場合,上述のとおり,「該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている」というのみでは,上部表面領域および下部表面領域には相当量のMg_(2)Si粒子を含む場合があることになり,「実質的に含まず」及び「実質的に・・・を含まず」という用語は不明確であると言わざるを得ない。」

(2)申立人による主張についての当審の判断
上記(1)の主張の内容は,新たな理由を提示しているものであるが,本件訂正の内容に付随して生じる理由であるから,以下に検討する。

ア 当審が,「コーティングの上部表面領域及び下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないことが,どのようにして確認されるのかを明らかにされたい。」とした令和2年9月3日付けで特許権者に審尋したのに対して,同年11月20日付けの回答書において,特許権者は以下のとおり回答した。

「1.図1の断面図中のMg_(2)Si粒子
図1は2つのコーティングの断面を示している。
図1の左側(下)はストロンチウムを含まないコーティングであり,
図1の右側(下)は,ストロンチウムを添加したコーティングである。
[図1]


図1の左側(下)(当審注:本件特許の願書に添付された図面の図1では,上側に「上面図」が示されており,上記されているのは下側の「断面図」のみであるため,「(下)」と記載されているものと解される。)の(a)と(b)の領域は,コーティングの表面領域にあるMg_(2)Siの領域を指している。図1の右側の(c)と(d)でマークされた領域は,コーティングの中央領域にあるMg_(2)Siの領域を指している。これらの暗い領域(a),(b),(c),(d)は,コーティング中の空洞や空間ではなく,Mg_(2)Siの粒子が断面化されたものであり,光学顕微鏡で見ると暗い色をしている。このように,コーティング中の連続した黒い部分は,Mg_(2)Si粒子の存在を示している。この解釈の結果,図1の右側(下)に示されているストロンチウムを添加したコーティングは,Mg_(2)Siのない表面領域を有し,Mg_(2)Si粒子はコーティングの中央領域に閉じ込められていることになる。
連続した黒い帯状部分(試料の全幅にわたって)は,顕微鏡での評価のために試料作製するために使用された実装材料であり,コーティング断面の一部ではなく,両方の断面を実装する同様の背景である。
2.Mg_(2)Si粒子の確認方法(顕微鏡写真倍率,顕徴鏡観察試料の前処理)
コーティングの上部表面領域及び下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないかどうかを判断するために使用された具体的な方法を以下に示す。このような方法は明細書に記載するまでもなく当業者にはよく知られたものである。
試料コーティングの断面を研磨して,光学顕微鏡で断面を観察して,断面の画像解析を行うことによって,Mg_(2)Si粒子の有無を決定する。試料コーティングの断面は,当業者にはよく知られている標準的な金属組織検査技術を用いて,試料コーティングの断面を切り出し,実装し,研磨し,仕上げすることにより作成される。顕微鏡検査の前に,特定の金属相および金属組織学的特徴のコントラストを改善するために,当業者にはよく知られているように,断面の全面を希薄酸性溶液(例えば硝酸)で数秒間エッチングした。Mg_(2)Si相は視覚的にコントラストが高く,色が濃いため,光学顕微鏡を用いて視覚的に区別しやすいものである。図1の断面の倍率は10000倍である。」(当審注:「図1の断面の倍率は10000倍」とされているが,光学顕微鏡で観察可能な最高倍率は,一般に2千倍程度とされていることと,コーティング厚が7μmよりも厚く,30μm未満であることと図1の紙面におけるコーティング層の実寸との関係からすると,約600?約2600倍であることから,誤記であると考えられる。)

イ 上記アのとおり,Mg_(2)Si粒子の有無は,光学顕微鏡で試料断面を観察した際の「コーティング中の連続した黒い部分」の有無によって決定するものであって,当該「コーティング中の連続した黒い部分」がないことが,「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」又は「実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」となることが明らかであるといえるし,上記1(1)イのとおり,「Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず」又は「実質的にMg_(2)Si粒子を含まず」の意味するところは,本件明細書の全記載からみて,Mg_(2)Si粒子の含有を許容するものではなく,「Mg_(2)Si粒子を全く含まず」(本件明細書の【0068】)や,Mg_(2)Si粒子の含有率が「0wt.%」であること(訂正請求書の4頁7行及び5頁6?7行)と認められる。
そして,本件特許の請求項1には,「該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている」との記載はあるが,上部表面領域及び下部表面領域にMg_(2)Si粒子は含まれないことが明確である以上,中央領域にMg_(2)Si粒子の100wt.%が閉じ込められていることは明らかであると認められる。

(3)申立人による新たな理由(明確性要件違反)についての小括
したがって,申立人の主張する上記(1)の点について、本件発明は,特許請求の範囲の記載が明確でないとはいえない。

3 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由
(1)申立理由1(サポート要件違反)について
ア 申立人の主張
申立人は,異議申立書の9頁下から8行?10頁11行において,以下のとおり主張している。

「本件特許発明は,「一例として,Mg_(2)Si相は,典型的なコーティング厚に対して大きな粒子として生じ,粒子がコーティング表面からスチールストリップに隣接する合金層へと伸びる速い腐食の経路を提供しうる。」(【0015】) という認識に基づいて「Mg_(2)Siフリーの領域」(【図1】)を形成することによって腐食を防止するものであるから,腐食防止効果を有する「Mg_(2)Siフリーの領域」の厚さに下限が存在すると考える方が自然であり,コーティングの総厚にかかわらず,「Mg_(2)Siフリーの領域」がコーティング総厚の一定の割合を占めればよいということではないはずである。本件特許の特許請求の範囲では,コーティング総厚は7?30μmとされているから,仮に,コーティング総厚が7μmであれば,その7%は,0.49μmになる。これに対して,コーティング総厚が30μmであれば,その7%は2.1μmである。本件特許の特許請求の範囲によれば,いずれの場合にも「Mg_(2)Siフリーの領域」によって「腐食の経路」が遮断され,腐食防止効果が奏されることになるが,コーティング総厚が薄ければ,「Mg_(2)Siフリーの領域」も薄くてよいということは,当業者の技術常識をもって理解することはできない。
以上のとおりであるから,本件特許の発明の詳細な説明からは,・・・コーティング総厚にかかわらず,下部表面領域をコーティング総厚の7%と定義する発明を認識することはできない。」

イ 申立人の主張についての当審の判断
(ア)本件明細書の【0062】には,以下のとおり記載されている。

「【0062】
本発明の利点としては下記利点が挙げられる。
・耐食性の増加。本発明のMg_(2)Si分布は,常套のMg_(2)Si分布で生じるコーティング面からスチールストリップへの直接腐食経路をなくす。結果として,コーティングの耐食性が著しく増加する。
・改良されたコーティング延性。コーティング面におけるMg_(2)Si粒子およびスチールストリップに隣接したMg_(2)Si粒子は,コーティングが高い曲げの製作を受ける時に,有効なクラック開始部位である。本発明のMg_(2)Si分布は,そのようなクラック開始位置を完全になくすかまたはクラック開始位置の総数を実質的に削減して著しく改良したコーティング延性をもたらす。」

(イ)上記【0062】の記載から,コーティングの下部表面領域にMg_(2)Si粒子が含まれていなければ,スチールストリップへの直接腐食経路をなくすことができるとともに,クラック開始位置を完全になくすことができることができるのであって,それは,下部表面領域が,コーティング厚が最小値である7μm超の7%である0.49μm超であっても同様であると理解できるし,申立人は,下部表面領域が0.49μm超である場合に,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないとの主張について,「当業者の技術常識をもって理解することはできない」とするのみであって,合理的な疑いが生じる程の具体的な根拠に基づいてその主張するものではないから,申立人の主張を採用することはできない。

ウ 申立理由1(サポート要件違反)についての小括
したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえない。

(2)申立理由3(新規性又は進歩性欠如)について
ア 甲1の記載事項と引用発明
(ア)甲1の記載事項
上記甲1には,以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
鋼板表面に,溶融Zn-Al系合金めっき層を有してなる溶融Zn-Al系合金めっき鋼板であって,前記溶融Zn-Al系合金めっき層が,質量%で,Al:25?70%,Si:0.1?5%,Mg:0.5?5%,Sr:0.005×(Si%)?0.05×(Si%)%(ここで,Si%:Si含有量(質量%))を含み,残部Znおよび不可避的不純物からなる組成を有する合金めっき層であることを特徴とする耐食性および加工性に優れた溶融Zn-Al系合金めっき鋼板。」

「【請求項3】
鋼板に,溶融Zn-Al系合金めっき浴に浸漬したのち,該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げて冷却し,鋼板表面に溶融Zn-Al系合金めっき層を形成するめっき処理工程を施して,溶融Zn-Al系合金めっき鋼板とするに当り,前記溶融Zn-Al系合金めっき浴を,前記溶融Zn-Al系合金めっき層が平均で,質量%で,Al:25?70%,Mg:0.5?5%,Si:0.1?5%,Sr:0.005×(Si%)?0.05×(Si%)%(ここで,Si%:Si含有量(質量%))を含有し,残部Znおよび不可避的不純物からなるめっき層組成を有するように,めっき浴組成を調整しためっき浴とし,該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げたのちの前記冷却を,前記溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げてから350℃までの平均冷却速度が10?100℃/sである冷却とすることを特徴とする耐食性および加工性に優れた溶融Zn-Al系合金めっき鋼板の製造方法。」

「【0023】
本発明では,めっき層にSrをSi含有量に対して一定の割合で含有させ,めっき層中の針状のSi結晶を球状の微細なSi結晶に変化させて,曲げ加工時にインターデンドライトからのクラック発生を抑制する。
Sr含有量が,0.005×(Si%)質量%未満では,上記した効果が認められない。一方,Srを0.05×(Si%)質量%を超えて含有すると,めっき層にSr-Si系の析出物が析出し,これに起因すると推定される筋状欠陥がめっき表面に発生してめっき外観を損なう。このため,Srは0.005×(Si%)?0.05×(Si%)質量%の範囲に限定した。なお,好ましくは,0.01×(Si%)?0.03×(Si%)質量%である。」

「【0031】
鋼板を溶融Zn-Al系合金めっき浴に浸漬したのち,溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げて冷却し,表面のめっき層の凝固を完成させるが,めっき浴から引き上げたのちの冷却は,めっき浴から引き上げてから350℃までの平均冷却速度を10?100℃/sとすることが好ましい。平均冷却速度が10℃/s未満では,めっき層と鋼板との界面に形成される合金層の厚みを,所定範囲内の厚みに調整することが困難となり,一方,100℃/sを超えて大きくなると,インターデンドライト部へのSrの濃化が抑制され,針状のSi結晶を含む合金層が厚く成長し,加工性が低下する。このようなことから,めっき浴から引き上げてから350℃までの平均冷却速度を10?100℃/sに限定することが好ましい。なお,350℃以下はとくに冷却速度を既定する必要はない。」

「【実施例】
【0036】
Alキルド鋼板(未焼鈍:板厚0.8mm×板幅1500mm)を下地鋼板として,下地鋼板に,連続式溶融Zn-Al系合金めっき鋼板製造設備を用いて,溶融Zn-Al系合金めっき浴に浸漬したのち,溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げて冷却し,鋼板表面に溶融Zn-Al系合金めっき層を形成するめっき処理工程を施し,溶融Zn-Al系合金めっき鋼板とした。
使用した溶融Zn-Al系合金めっき浴は,めっき層の平均組成が表1に示す組成となるように,めっき浴組成を調整し,浴温を表1に示す温度とするめっき浴とした。また,めっき浴から引き上げてのちの冷却は,めっき浴から引き上げてから350℃までの平均冷却速度が表1に示す冷却速度となるように調整した。なお,冷却速度の調整は,エアーによった。また,めっき付着量は片面当り65?85g/m^(2)とした。」

「【0051】
【表1】



(イ)引用発明
上記(ア)の【0051】の【表1】のめっき鋼板No.10において,Znの含有量は,めっき層組成の残部であることから,41.6%(=100-53.5(Al含有量)-2.3(Si含有量)-0.046(Sr含有量)-2.0(Mg含有量)-0.35(Cr含有量)-0.20(Ni含有量))である。
また,めっき層の各成分の密度(Al:2.70g/cm^(3),Si:2.33g/cm^(3),Sr:2.34g/cm^(3),Mg:1.74g/cm^(3),Cr:0.35g/cm^(3),Ni:8.91g/cm^(3),Zn:7.14g/cm^(3))と各成分の質量比から,同めっき鋼板No.10におけるめっき層の密度は4.55g/cm^(3)(=2.70×0.535+2.33×0.023+2.64×0.00046+1.74×0.02+7.19×0.0035+7.14×0.416)であると求められる。
そして,同【0036】に記載のように,めっき付着量は片面当り65?85g/m^(2)であることから,めっき付着量とめっき層の密度とにより,めっき層の厚さは14.3?18.7μm([65?85]×10^(-4)÷4.55×10^(4))であると求められる。
してみると,上記アの請求項1又は請求項3に記載された発明の発明例である【0051】の【表1】のめっき鋼板No.10に着目すると,甲1には,以下の各発明(以下,各々「引用発明1」,「引用発明2」という。)が記載されているものと認められる。

<引用発明1>
鋼板表面に,溶融Zn-Al系合金めっき層を有してなる溶融Zn-Al系合金めっき鋼板であって,前記溶融Zn-Al系合金めっき層が,質量%でAl:53.5%,Si:2.3%,Mg:2.0%,Sr:0.046%,Cr:0.35%,Ni:0.20%,Zn:41.6%からなる組成を有し,めっき層の厚さが14.3?18.7μmの合金めっき層である耐食性および加工性に優れた溶融Zn-Al系合金めっき鋼板。

<引用発明2>
鋼板を,溶融Zn-Al系合金めっき浴に浸漬したのち,該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げて冷却し,鋼板表面に溶融Zn-Al系合金めっき層を形成するめっき処理工程を施して,溶融Zn-Al系合金めっき鋼板とするに当り,前記溶融Zn-Al系合金めっき浴を,前記溶融Zn-Al系合金めっき層が平均で,質量%で,Al:53.5%,Si:2.3%,Mg:2.0%,Sr:0.046%,Cr:0.35%,Ni:0.20%,Zn:41.6%からなるめっき層組成を有するように,めっき浴組成を調整しためっき浴とし,該溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げたのちの前記冷却を,前記溶融Zn-Al系合金めっき浴から引き上げてから350℃までの平均冷却速度が10?100℃/sである冷却とする耐食性および加工性に優れた溶融Zn-Al系合金めっき鋼板の製造方法。

イ 本件発明1について
(ア)引用発明1との対比
本件発明1と引用発明1とを対比すると,引用発明1の「溶融Zn-Al系合金めっき層」は,Al,Si,Mg及びZnを含有することから,本件発明1の「Al-Zn-Si-Mg合金のコーティング」又は「Al-Zn-Si-Mg合金被覆」に相当する。
そして,引用発明1におけるAl,Si,Sr,Mg及びZnの含有量並びに合金めっき層の厚さは本件発明1を満たすことから,本件発明1と引用発明1とは,以下の一致点及び相違点を有するものと認められる。

<一致点>
「Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素,亜鉛元素,ケイ素元素,およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
を含有し,更に250?3000ppmのSrを含有し,成分の含有量の合計が100重量%であり,
該コーティング厚が30μm未満であり,
該コーティング厚が7μmよりも厚い,
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える,Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ。」である点。

<相違点1>
Al-Zn-Si-Mg合金のコーティング又は被覆について,本件発明1は,Al,Zn,Si,Mg,Sr及び不可避の不純物を含有するものであるのに対し,引用発明1は,Al,Si,Mg,Sr,Cr,Ni及びZnを含有するものである点。

<相違点2>
本件発明1は,「コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し,コーティングが,上部表面領域および下部表面領域,並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布して」いるのに対し,引用発明1は,その特定がなされていない点。

<相違点3>
本件発明1は,「Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する」のに対し,引用発明1は,その特定がなされていない点。

(イ)相違点についての判断
事案に鑑み,相違点2について検討する。

a 甲1には,合金めっき層にMg_(2)Si粒子が存在することも,ましてやMg_(2)Si粒子の分布についても何ら記載されていないから,相違点2は実質的なものであるし,引用発明において,相違点2に係る発明特定事項である,合金めっき層におけるMg_(2)Si粒子の分布を有するものとする動機付けもないことから,相違点2に係る特定事項は,当業者が容易に想到し得ることでもない。

b そして,本件発明1は,相違点2に係る特定事項を有することにより,本件明細書の【0062】に記載のように,「耐食性の増加」,「改良されたコーティング延性」及び「冷却装置の長さを短くする」という格別顕著な効果を奏するものである。

c これに対して,申立人は,異議申立書の13頁6行?15頁6行において,本件明細書の【0021】によれば,「コーティング微細構造中のMg_(2)Si粒子の上記分布が下記(a)?(c):(a)コーティング合金へのストロンチウムの添加,(b)めっき浴を出る所定のコーティング質量(すなわちコーティング厚)に対する被覆ストリップの固化中の冷却速度の選択,および(c) コーティング厚の変化を微小にすることのいずれか1つ以上によって達成される」ものであって,引用発明は上記(a)及び(b)を満たしていることから,相違点2に係るMg_(2)Si粒子の分布が達成される旨主張している。

d しかしながら,引用発明は,上記相違点1にあるように,Cr及びNiを含有する点で本件発明1と相違するし,0.35%含有するCr及び0.20%含有するNiが,それぞれ本件発明1の「不可避の不純物」ということもできないから,成分組成が異なる引用発明において,本件発明1におけるストロンチウムの添加及び本件明細書の【0031】及び【0036】に記載の製造方法における冷却速度を満たすからといって,相違点2に係るMg_(2)Si粒子の分布を有するものになるということはできない。

e したがって,申立人の上記主張を採用することはできない。

(ウ)本件発明1についての小括
よって,本件発明1は,少なくとも上記相違点2において実質的に相違するから甲1に記載された発明でなく,また,上記相違点2に係る特定事項は当業者が容易に想到し得るものではないので,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明することができたものでもない。

ウ 本件発明2?6について
本件発明2?6は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであるところ,少なくとも上記相違点2で実質的に相違するから甲1に記載された発明でなく,また,上記相違点2に係る特定事項は当業者が容易に想到し得るものではないので,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明2?6は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明することができたものでもない。

エ 本件発明7について
(ア)引用形式を解消した本件発明7について
本件発明7は,請求項2?5を引用するものであるところ,請求項2を引用する場合について引用形式を解消すると,以下のとおりであると認められる。

「Al,Zn,Si,Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティングを,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないMg_(2)Si粒子の分布で該ストリップ上に生成することを特徴とする,スチールストリップ上に耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングを生成して
Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素,亜鉛元素,ケイ素元素,およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
および不可避の不純物を含有し,更に250?3000ppmであって250ppmよりも多くのSrを含有し,成分の含有量の合計が100重量%であり,
コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し,
コーティングが,上部表面領域および下部表面領域,並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み,
コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布しており,
該コーティング厚が30μm未満であり,
該コーティング厚が7μmよりも厚く,
Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する,
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える,Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ
を形成するための溶融めっき方法。

(イ)引用発明2との対比
本件発明7と引用発明2とを対比すると,引用発明2の「溶融Zn-Al系合金めっき浴」は,「質量%で,Al:53.5%,Si:2.3%,Mg:2.0%,Sr:0.046%,Cr:0.35%,Ni:0.20%,Zn:41.6%からなるめっき層組成を有するように,めっき浴組成を調整しためっき浴」であることから,本件発明7の「Al,Zn,Si,Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴」に相当する。
また,引用発明2の「溶融Zn-Al系合金めっき層」は,Al,Si,Mg及びZnを含有することから,本件発明7の「Al-Zn-Si-Mg合金のコーティング被覆」又は「Al-Zn-Si-Mg合金被覆」に相当する。
そして,引用発明におけるAl,Si,Sr,Mg及びZnの含有量並びに合金めっき層の厚さは本件発明1を満たすことから,本件発明1と引用発明とは,以下の一致点及び相違点を有するものと認められる。

<一致点>
「Al,Zn,Si,Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し,スチールストリップ上に耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングを生成して
Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素,亜鉛元素,ケイ素元素,およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
および不可避の不純物を含有し,更に250?3000ppmのSrを含有し,成分の含有量の合計が100重量%であり,
該コーティング厚が30μm未満であり,
該コーティング厚が7μmよりも厚い,
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える,Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ
を形成するための溶融めっき方法。

<相違点4>
Al-Zn-Si-Mg合金のコーティング又は被覆について,本件発明7は,Al,Zn,Si,Mg,Sr及び不可避の不純物を含有するものであるのに対し,引用発明2は,Al,Si,Mg,Sr,Cr,Ni及びZnを含有するものである点。

<相違点5>
本件発明7は,「Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティングを,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず,下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないMg_(2)Si粒子の分布で該ストリップ上に生成」するものであるのに対し,引用発明2は,その特定がなされていない点。

<相違点6>
本件発明7は,「コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し,コーティングが,上部表面領域および下部表面領域,並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み,コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において,Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し,コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布して」いるのに対し,引用発明2は,その特定がなされていない点。

<相違点7>
本件発明7は,「Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する」のに対し,引用発明2は,その特定がなされていない点。

(ウ)相違点についての判断
事案に鑑み,相違点6について検討すると,相違点6は,相違点2と実質的に同じであることから,その判断は,上記(2)イと同様である。

(エ)本件発明7についての小括
よって,本件発明7は,少なくとも上記相違点6において実質的に相違するから甲1に記載された発明でなく,また,上記相違点6に係る特定事項は当業者が容易に想到し得るものではないので,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明7は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明することができたものでもない。

オ 本件発明8?10について
本件発明8?10は,請求項7を直接又は間接的に引用するものであるから,少なくとも上記相違点6で実質的に相違するから甲1に記載された発明でなく,また,上記相違点6に係る特定事項は当業者が容易に想到し得るものではないので,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明8?10は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明することができたものでもない。

カ 本件発明11?15について
本件発明11?15は,溶融めっき方法において,形成される合金被覆スチールストリップとして請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,少なくとも上記相違点2で実質的に相違するから甲1に記載された発明でなく,また,上記相違点2に係る特定事項は当業者が容易に想到し得るものではないので,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明11?15は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明することができたものでもない。

キ 申立理由3(新規性又は進歩性欠如)についての小括
したがって,本件発明1?15は,甲1に記載された発明でなく,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものでもない。


第6 むすび
以上のとおり,本件訂正は適法であるから,これを認める。
そして,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素、亜鉛元素、ケイ素元素、およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
および不可避の不純物を含有し、更に250?3000ppmのSrを含有し、成分の含有量の合計が100重量%であり、
コーティングがMg_(2)Si粒子を含有し、
コーティングが、上部表面領域および下部表面領域、並びに該2つの表面領域の間にある中央領域を含み、
コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域において、Mg_(2)Si粒子を実質的に含まず;スチールストリップに隣接し、コーティングの総厚の7%である厚さを有する下部表面領域に実質的にMg_(2)Si粒子を含まず;該Mg_(2)Si粒子の少なくとも80wt.%が該コーティングの内側部分に存在する中央領域に閉じ込められている;ように該Mg_(2)Si粒子が分布しており、
該コーティング厚が30μm未満であり、
該コーティング厚が7μmよりも厚く、
Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の形成を促進する、
スチールストリップ上のAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングを備える、Al-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップ。
【請求項2】
該コーティングがSrを250ppmよりも多く含む、請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項3】
該コーティングがSrを500ppmよりも多く含む、請求項2に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項4】
該コーティングがSrを1000ppmよりも多く含む、請求項2に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項5】
該コーティングがSrを3000ppm未満含む、請求項2に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項6】
コーティングの厚さの変化が、コーティングの任意の直径5mmのセクションにおいて40%以下である、請求項1に記載の合金被覆スチールストリップ。
【請求項7】
Al、Zn、Si、Mgおよび250ppmよりも多くのSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し、Mg_(2)Si粒子をコーティング中に有する合金コーティングを、コーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず、下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないMg_(2)Si粒子の分布で該ストリップ上に生成することを特徴とする、スチールストリップ上に耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングを生成して請求項2?5のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。
【請求項8】
該溶融めっき浴がSrを500ppmよりも多く含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
該溶融めっき浴がSrを1000ppmよりも多く含む、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
該溶融めっき浴がSrを3000ppm未満含む、請求項7?9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
Al、Zn、Si、MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し、該ストリップ上に合金コーティングを生成し、該めっき浴を出る被覆ストリップを該コーティングの固化中に該コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず、下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないように、該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を、ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるか、またはストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を包含することを特徴とする、耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。
【請求項12】
該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を少なくとも11℃/秒になるように選択する工程を包含する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
Al、Zn、Si、MgおよびSrを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの総厚の30%である厚さを有するコーティングの上部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まず、下部表面領域においてMg_(2)Si粒子を実質的に含まないようにコーティングの厚さの変化微小で該ストリップ上に合金コーティングを生成し、コーティングの厚さの変化微小に関して、コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が40%以下であることを特徴とする、耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成して請求項1?6のいずれか一項に記載の合金被覆スチールストリップを形成するための溶融めっき方法。
【請求項14】
該コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が30%以下である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
めっき浴を出る被覆ストリップの固化中の冷却速度を、ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるか、またはストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を含む、請求項13または請求項14に記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-01-18 
出願番号 特願2015-152533(P2015-152533)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 113- YAA (C23C)
P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 祢屋 健太郎  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 亀ヶ谷 明久
平塚 政宏
登録日 2019-04-26 
登録番号 特許第6518543号(P6518543)
権利者 ブルースコープ・スティール・リミテッド
発明の名称 金属被覆スチールストリップ  
代理人 北原 康廣  
代理人 言上 惠一  
代理人 松谷 道子  
代理人 松谷 道子  
代理人 言上 惠一  
代理人 北原 康廣  

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