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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
管理番号 1372688
異議申立番号 異議2020-700453  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-06-29 
確定日 2021-02-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6634398号発明「負極活物質、混合負極活物質材料、及び負極活物質の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6634398号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕、6について訂正することを認める。 特許第6634398号の請求項1、2、4?6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6634398号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成29年3月13日の出願であって、令和1年12月20日付けでその特許権の設定登録がなされ、令和2年1月22日に特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、令和2年6月29日に特許異議申立人七滝一郎(以下、「申立人」という。)より請求項1?6(全請求項)に対して特許異議の申立てがなされ、同年9月30日付けで取消理由(以下、「取消理由」という。)が通知され、これに対して、同年11月20日に特許権者より意見書が提出されるとともに訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、同年12月18日に本件訂正請求に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)について、申立人から意見書が提出されたものである。

第2 訂正請求について
1 訂正の趣旨、及び、訂正の内容
本件訂正請求は、特許第6634398号の特許請求の範囲を、本件訂正請求に係る訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?6について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は以下のとおりである。
なお、訂正箇所には、当審で下線を付した。

(1)訂正事項1
請求項1の「前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲である」を「前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であり、前記負極活物質粒子は、表層部に炭素材を含む」と訂正する。

(2)訂正事項2
請求項3を削除する。

(3)訂正事項3
請求項4の「請求項3」を「請求項1又は2」と訂正する。

(4)訂正事項4
請求項5の「請求項1から請求項4のいずれか1項」を「請求項1、請求項2、請求項4のいずれか1項」と訂正する。

(5)訂正事項5
請求項6の「該選別した前記ケイ素化合物粒子を用いて負極活物質粒子を作製し、」を「該選別した前記ケイ素化合物粒子を用いて表層部に炭素材を含む負極活物質粒子を作製し、」と訂正する。

2 当審の判断
2-1 訂正の目的、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び、新規事項追加の有無
(1)訂正事項1
訂正事項1は、訂正前の請求項3に記載された事項を請求項1の発明特定事項に繰り入れるものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当しないし、願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)に記載された範囲内の訂正である。

(2)訂正事項2
訂正事項2は、請求項3を削除するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当しないし、本件明細書等に記載された範囲内の訂正である。

(3)訂正事項3
訂正事項3は、訂正事項2において訂正前の請求項3を削除することに伴い、本件訂正前の請求項4について、引用する請求項を「請求項3」から訂正前の請求項3が引用していた「請求項1又は2」に変更するものであるから、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当しないし、本件明細書等に記載された範囲内の訂正である。

(4)訂正事項4
訂正事項4は、訂正事項2において訂正前の請求項3を削除することに伴い、本件訂正前の請求項5について、請求項3を引用しないようにするものであるから、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当しないし、本件明細書等に記載された範囲内の訂正である。

(5)訂正事項5
訂正事項5は、本件明細書等の【0017】、【0043】、【0056】、【0093】の記載を根拠として、訂正前の請求項6の発明特定事項である「負極活物質粒子」について、「表層部に炭素材を含む」ことを特定するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当しないし、本件明細書等に記載された範囲内の訂正である。

2-2 一群の請求項について
本件訂正前の請求項2?5は、請求項1を引用するものであり、訂正された請求項1に連動して訂正されるから、本件訂正前の請求項1?5は一群の請求項である。
また、本件訂正前の請求項6は、引用関係のない独立した請求項である。
そして、本件訂正は、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めがないから、本件訂正請求は、訂正後の請求項〔1?5〕、6を訂正単位とする訂正の請求をするものである。

2-3 独立特許要件について
本件訂正請求に係る請求項はいずれも特許異議の申立てがなされているので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないとの、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

3 訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、令和2年11月20日に特許権者が行った訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕、6についての訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明
令和2年11月20日に特許権者が行った請求項1?6についての訂正は、上記第2で検討したとおり適法なものであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?6に係る発明(以下、請求項番号に応じて、それぞれ「本件発明1」?「本件発明6」という。また、請求項1?6に係る発明をまとめて「本件発明」という。)は、本件訂正請求に係る訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?6に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
負極活物質粒子を含む負極活物質であって、
前記負極活物質粒子が、ケイ素化合物(SiO_(x):0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を含有し、
該ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さないものであり、
前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であり、前記負極活物質粒子は、表層部に炭素材を含むことを特徴とする負極活物質。
【請求項2】
前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が6.5m^(2)/g以下の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の負極活物質。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記炭素材の平均厚さは5nm以上5000nm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の負極活物質。
【請求項5】
請求項1、請求項2、請求項4のいずれか1項に記載の負極活物質と炭素系活物質とを含むことを特徴とする混合負極活物質材料。
【請求項6】
ケイ素化合物粒子を含有する負極活物質粒子を含む負極活物質を製造する方法であって、
ケイ素化合物(SiO_(x):0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を作製する工程と、
前記ケイ素化合物粒子から、^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さず、前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であるものを選別する工程とを含み、
該選別した前記ケイ素化合物粒子を用いて表層部に炭素材を含む負極活物質粒子を作製し、該作製した負極活物質粒子を用いて負極活物質を製造することを特徴とする負極活物質の製造方法。」

2 取消理由の概要
2-1 特許法第29条第2項について
本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

(刊行物)
特開2009-259723号公報
(特許異議申立人が提出した甲第2号証、以下、「甲2」という。)
特開2015-167145号公報
(特許異議申立人が提出した甲第3号証、以下、「甲3」という。)
特開2015-165482号公報
(特許異議申立人が提出した甲第4号証、以下、「甲4」という。)

・請求項1?3、5、6について
刊行物:甲2及び甲3

・請求項4について
刊行物:甲2、甲3及び甲4

3 上記2以外の特許異議の申立ての理由の概要
3-1 特許法第29条第2項について
本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

(刊行物:上記2の2-1で示したものを除く)
特開2014-220216号公報
(特許異議申立人が提出した甲第1号証、以下、「甲1」という。)

・請求項1、2について
刊行物:甲1及び甲3

・請求項3?5について
刊行物:甲1、甲3及び甲4

・請求項3、5について
刊行物:甲2、甲3及び甲4

3-2 特許法第36条第6項第1号について
請求項6に記載された「ケイ素化合物粒子から、^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さず、前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であるものを選別する工程」は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件の請求項6に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものである。

4 引用文献の記載、及び、引用文献に記載された発明
(1)甲1の記載
甲1には、次の記載がある。なお、引用文献に記載された発明の認定に関連する箇所に、当審で下線を付した。以下、同じ。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン伝導体及び電極用活物質を含み、初回充放電前に形成される、 複合粒子。
・・・(略)・・・
【請求項11】
前記電極用活物質が負極用活物質である、請求項1から6のいずれか1項に記載の複合粒子。」
「【0029】
(複合体)
本発明の複合体は、本発明の複合粒子と、炭素系材料含有層とを含む複合体である。本発明の複合体において、炭素系材料含有層が複合粒子の表面に被覆されてなることが好ましい。本発明の複合体において、炭素系材料含有層が1nmから10nmの厚みであることが好ましく、1nmから5nmであることがより好ましく、1nmから3nmであることが更に好ましい。」
「【0056】
<実施例1>
(実施例1-1)
[複合粒子の調製]
一酸化ケイ素(SiO)(平均粒子径45μm)(大阪チタニウムテクノロジーズ社製)と炭酸リチウム(Li_(2)CO_(3))(広島和光社製)とを、下記の表1に示される混合比で混合した後、純水2mlを加えて、撹拌装置であるあわとり練太郎(シンキー社製)にて撹拌して混合物を得た。次いで、その混合物を、るつぼに入れて、電気炉(共栄電気炉製作所社製)を用いて熱処理をして焼成を行った。熱処理反応条件は、窒素流量が18L/分であり、焼成温度が下記の表1に示される条件であった。以上より、Li_(a)Si_(b)O_(c)(ただし、1≦a≦5であり、1≦b≦3であり、1≦c≦8である。)で表されるリチウムシリケート化合物の相と、シリコン及びシリコン化合物の相とを含む複合粒子1-1を得た。
【0057】
得られた複合粒子1-1のNMR(7Li-DD/MAS)(装置:BRUKER製、DSX 300 WB)の分析結果を図3に示す。図3中の3Aに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(a)Si_(b)O_(c))が確認された。
【0058】
得られた複合粒子1-1のNMR(29Si-DD/MAS)(装置:BRUKER製、DSX 300 WB)の分析結果を図4に示す。図4中の4Aに示されるように、得られた複合粒子1-1中にシリコン(ケイ素、Si)が確認されて、4Cに示されるように、得られた複合粒子1-1中に二酸化ケイ素(SiO_(2))が確認されたので、得られた複合粒子1-1中に一酸化ケイ素(SiO)が存在していることが理解される。図4中の4Bに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(a)Si_(b)O_(c))が確認された。
【0059】
得られた複合粒子1-1のXRD(装置:RIGAKU RINT TTR III(試料水平型強力X線回折装置)、X線源:Cu-Kα(λ=1.5418Å)、50kV-300mA(15kW)、平行法:2θ/θ走査 5-60°、FT測定、ステップ幅0.05°、0.5sec計測、標準試料台を使用)の分析結果を図5に示す。図5中の5Aに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(2)Si_(2)O_(5))が確認され、5Bに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(2)SiO_(3))が確認され、5Cに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(2)Si_(2)O_(5))が確認され、5Dに示されるように、得られた複合粒子1中にリチウムシリケート化合物(Li_(2)SiO_(3))が確認され、5Eに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(2)Si_(2)O_(5))及びシリコン(Si)が確認され、そして、5Fに示されるように、得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート化合物(Li_(2)SiO_(3))が確認された。得られた複合粒子1-1中にリチウムシリケート相の多結晶体が形成されていることが理解される。また、図5中の5Gに示されるように、得られた複合粒子1-1中に二酸化ケイ素(SiO_(2))が確認され、5Hに示されるように、得られた複合粒子1-1中に二酸化ケイ素(SiO_(2))が確認され、5Iに示されるように、得られた複合粒子1-1中にシリコン(ケイ素、Si)が確認され、5Jに示されるように、得られた複合粒子1-1中に二酸化ケイ素(SiO_(2))が確認され、そして、5Kに示されるように、得られた複合粒子1-1中にシリコン(ケイ素、Si)が確認された。得られた複合粒子1-1中に一酸化ケイ素(SiO)が存在していることが理解される。」
「【図4】


【図5】



「【0078】
【表1】




(2)甲1記載の発明
ア 上記(1)の請求項1及び11より、上記(1)には、負極用活物質について記載されており、上記(1)の【0056】?【0059】に記載された「複合粒子1-1」は負極活物質である。

イ 上記(1)の【0059】より、上記アの負極活物質には、一酸化ケイ素(SiO)が存在している。

ウ 上記(1)の図4より、上記アの負極活物質のNMR(29Si-DD/MAS)(装置:BRUKER製、DSX 300 WB)の分析結果について、-65ppm付近、-83ppm付近、-92ppm付近、-108ppm付近にピークが存在することが看取できる。
なお、申立人は、特許異議申立書第6頁第35?38行において、「ただし、-65ppm付近にノイズ有り・・・ノイズと判断する根拠:リチウムを含む酸化珪素複合粒子においては、-65ppm付近に現れるピークはLi_(4)SiO_(4)に起因するものですが(甲第5号証参照)、【0059】及び【図5】ではLi_(4)SiO_(4)が確認されたとの記載はありません」と主張している。
確かに、甲1の【0059】及び【図5】には、Li_(4)SiO_(4)が確認されたとの記載はないが、上記(1)の図5には、5A?5K以外のピークも存在しており、これら5A?5K以外のピークが全てLi_(4)SiO_(4)に起因するものではないとの根拠がないので、上記(1)の図4にLi_(4)SiO_(4)に起因するピークが存在しないと言い切れず、すなわち、-65ppm付近のピークがノイズであるとは言い切れない。
そして、上記(1)の図4には、明らかに-65ppm付近に上部に突き出した形状が見られ、しかも、これがノイズであるという根拠がないから、該突き出した形状は、NMR(29Si-DD/MAS)のピークであると判断した。

エ 上記ア?ウより、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「複合粒子である負極活物質であって、
一酸化ケイ素(SiO)が存在し、
NMR(29Si-DD/MAS)(装置:BRUKER製、DSX 300 WB)の分析結果について、-65ppm付近、-83ppm付近、-92ppm付近、-108ppm付近にピークが存在する、負極活物質。」

オ 上記(1)の【0056】より、甲1発明の負極活物質の製造方法において、Li_(a)Si_(b)O_(c)(ただし、1≦a≦5であり、1≦b≦3であり、1≦c≦8である。)で表されるリチウムシリケート化合物の相と、シリコン及びシリコン化合物の相とを含む複合粒子1-1を得ることが記載されている。

カ 上記ア?オより、甲1には、次の発明(以下、「甲1方法発明」という。)が記載されていると認められる。
「甲1発明の負極活物質の製造方法であって、
Li_(a)Si_(b)O_(c)(ただし、1≦a≦5であり、1≦b≦3であり、1≦c≦8である。)で表されるリチウムシリケート化合物の相と、シリコン及びシリコン化合物の相とを含む複合粒子1-1を得る、負極活物質の製造方法。」

(3)甲2の記載
甲2には次の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化珪素粒子の表面を黒鉛皮膜で被覆した被覆酸化珪素粒子(A1)及び珪素粒子(A2)からなる活物質(A)と、結着剤(B)1?20質量%とを含有する非水電解質二次電池用負極材であって、
上記被覆酸化珪素粒子(A1)の黒鉛皮膜が、ラマンスペクトル分析において、1330cm^(-1)と1580cm^(-1)に散乱ピークを有し、それらの強度比I_(1330)/I_(1580)が1.5<I_(1330)/I_(1580)<3.0であり、かつ被覆酸化珪素粒子(A1)の固体NMR(^(29)Si-DDMAS)測定において、-110ppm付近を中心とするブロードなシグナル面積と-84ppm付近のシグナル面積との比S_(-84)/S_(-110)が0.5<S_(-84)/S_(-110)<1.1であり、活物質(A)中の珪素粒子(A2)の割合が1?50質量%であることを特徴とする非水電解質二次電池用負極材。」
「【0064】
[調製例1:被覆酸化珪素粒子1]
二酸化珪素粒子(BET比表面積=200m^(2)/g)とケミカルグレード金属珪素粒子(BET比表面積=4m^(2)/g)を等モルの割合で混合した混合粒子を、1350℃、10Paの高温減圧雰囲気で熱処理し、発生した酸化珪素ガスを800℃に保持したSUS製基体に析出させた。次にこの析出物を回収した後、ジョークラッシャーで粗砕した。この粗砕物をジェットミル(ホソカワミクロン社製AFG-100)を用いて分級機の回転数9000rpmにて粉砕し、D_(50)=7.6μm、D_(90)=11.9μmの酸化珪素粒子(SiOx:x=1.02)をサイクロンにて回収した。得られた粒子の固体NMR(^(29)Si-DDMAS)を測定したところ、-110ppm付近を中心とするブロードな二酸化珪素のシグナル面積と-84ppm付近のダイヤモンド構造珪素のシグナル面積との比(S_(-84)/S_(-110))は0.69であった。
さらに、得られた酸化珪素粒子を横型加熱炉にて、油回転式真空ポンプを作動させながら1000℃/2000Paの条件で、CH_(4)ガスを0.5NL/min流入し、5時間の黒鉛被覆処理を行った。運転終了後冷却し黒色粒子を回収した。
得られた黒色粒子は、平均粒子径が8.2μm、炭素量が5%(黒色粒子中)である導電性粒子であった。この粒子について、固体NMR(^(29)Si-DDMAS)測定したところ(図1参照)、-110ppm付近を中心とするブロードな二酸化珪素のシグナル面積と-84ppm付近のダイヤモンド構造珪素のシグナル面積との比(S_(-84)/S_(-110))は0.69であり、顕微ラマン分析を行った結果(図4参照)、ラマンシフトが1330cm^(-1)と1580cm^(-1)付近にスペクトルを有しており、強度比I_(1330)/I_(1580)は2.0であった。」
「【0067】
[珪素粒子1の作製]
金属珪素塊(ELKEM製)をジェットミル(ホソカワミクロン社製AFG-100)を用いて分級機の回転数7,200rpmにて粉砕した後、分級機(日清エンジニアリング社製TC-15)にて分級することで、D_(50)=6.1μmの珪素粒子を得た。
【0068】
[珪素粒子2の作製]
トリクロロシランの1,100℃での熱分解によって製造された多結晶珪素塊をジョークラッシャーで破砕したものをジェットミル(ホソカワミクロン社製AFG-100)を用いて分級機の回転数7,200rpmにて粉砕した後、分級機(日清エンジニアリング社製TC-15)にて分級し、D_(50)=5.5μmの多結晶珪素粒子を得た。
【0069】
[珪素粒子3の作製]
珪素粒子2を横型加熱炉にて、メタンガス通気下で1100℃/1000Pa、平均滞留時間約2時間の条件で熱CVDを行った。運転終了後、冷却し黒色粒子を回収した。
得られた黒色粒子は、平均粒子径=6.3μm、炭素量2質量%(黒色粒子中)の導電性粒子であった。
【0070】
[実施例1?5、比較例1?3]
上記例で得られた被覆酸化珪素粒子と珪素粒子との混合物をN-メチルピロリドンで希釈した。これに結着剤としてポリイミド樹脂(固形分18.1%)を加え、スラリーとした。このスラリーを厚さ12μmの銅箔に50μmのドクターブレードを使用して塗布し、200℃で2時間減圧乾燥後、60℃のローラープレスにより電極を加圧成形し、最終的には2cm^(2)に打ち抜き、負極成型体を得た。負極材中の固形分組成を表1に示す。」
「【0073】
【表1】



「【図1】


【図2】




(4)甲2記載の発明
ア 上記(3)の請求項1より、上記(3)には、酸化珪素粒子の表面を黒鉛皮膜で被覆した被覆酸化珪素粒子、及び、珪素粒子からなる負極活物質が記載されている。

イ 上記(3)の【0064】より、上記アの負極活物質の被覆酸化珪素粒子について、酸化珪素粒子(SiOx:x=1.02)を含む。

ウ 上記(3)の【図1】によれば、調製例1の被覆酸化珪素粒子1の個体NMR(^(29)Si-DDMAS)(【図面の簡単な説明】)には、-87ppm付近、-97ppm付近、-110ppm付近にピークが存在し、-60?-70ppmにはピークが存在しないことが看取できる(下記図1の書き込み参照。)。



エ 上記ア?ウより、甲2の調製例1の被覆酸化珪素粒子1を用いた実施例1の活物質に注目すると、甲2には次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「黒鉛で被覆した被覆酸化珪素粒子と珪素粒子からなる負極活物質であって、
被覆酸化珪素粒子がSiO_(x):x=1.02であり、
被覆酸化珪素粒子の固体NMR(^(29)Si-DDMAS)には、-87ppm付近、-97ppm付近、-110ppm付近にピークが存在し、-60?-70ppmにはピークが存在しない、負極活物質。」

オ 上記(3)の【0064】によれば、被覆酸化珪素粒子1は、二酸化珪素粒子と金属珪素粒子との混合粒子を熱処理し、発生した酸化珪素ガスを基体に析出させ、次にこの析出物を回収した後、粗砕・粉砕し、D_(50)=7.6μm、D_(90)=11.9μmの酸化珪素粒子1(SiOx:x=1.02)をサイクロンにて回収し、得られた酸化珪素粒子1を1000℃/2000Paの条件で、CH_(4)ガスを0.5NL/min流入し、5時間の黒鉛被覆処理を行い、得るものである。

カ したがって、上記エ、オより、甲2の調製例1の被覆酸化珪素粒子1を用いた実施例1の活物質(A)の製造方法に注目すると、甲2には次の発明(以下、「甲2方法発明」という。)が記載されていると認められる。
「甲2方法発明の負極活物質(A)の製造方法であって、
二酸化珪素粒子と金属珪素粒子との混合粒子を熱処理し、発生した酸化珪素ガスを基体に析出させ、次にこの析出物を回収した後、粗砕・粉砕し、D_(50)=7.6μm、D_(90)=11.9μmの酸化珪素粒子(SiOx:x=1.02)をサイクロンにて回収し、
得られた酸化珪素粒子を1000℃/2000Paの条件で、CH_(4)ガスを0.5NL/min流入し、5時間の黒鉛被覆処理を行い、被覆酸化珪素粒子を得る、負極活物質の製造方法。」

(5)甲3の記載
甲3には、次の記載がある。
「【請求項16】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能であってリチウムと合金化反応可能な元素又は/及びリチウムと合金化反応可能な元素化合物からなる負極活物質粒子を含む負極材であって、
前記負極活物質粒子のBET比表面積が6m^(2)/g以下で、前記負極活物質粒子のD_(50)が4.5μm以上8.0μm以下、前記負極活物質粒子の粒度範囲が0.4μm以上30μm以下であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用負極材。」
「【請求項23】
前記負極活物質粒子は、SiOx(0.5≦x≦1.5)を有する請求項16記載のリチウムイオン二次電池用負極材。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、Liイオンを吸蔵・放出し得るリチウムイオン二次電池用の負極材及び負極、並びにリチウムイオン二次電池に関する。」
「【0033】
第1の態様の実施形態の負極材は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能であってリチウムと合金化反応可能な元素又は/及びリチウムと合金化反応可能な元素化合物からなる負極活物質粒子を含む負極材であって、前記負極活物質粒子は、全体を100体積%としたときに、その85体積%以上が粒径1μm以上であり、且つBET比表面積が6m^(2)/g以下で、前記負極活物質粒子のD_(50)が4.5μm以上であることを特徴とする。この場合には、電池のサイクル特性が向上する。その理由は以下のように考えられる。
【0034】
負極活物質粒子全体を100体積%としたときに、その85体積%以上が粒径1μm以上とすることで、負極活物質粒子の微粒子が従来に比べて極めて少なく抑えられ、BET比表面積が小さくなり、またD_(50)が大きくなる。BET比表面積が小さくなり、且つD_(50)が大きくなると、充電時に、負極活物質粒子の表面に比較的薄い安定な被膜が形成される。負極活物質粒子は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能であってリチウムと合金化反応可能な元素又は/及びリチウムと合金化反応可能な元素化合物からなり、Liイオンを吸蔵・放出することにより膨張・収縮する。負極活物質粒子が膨張・収縮したときに、負極活物質粒子表面の被膜は比較的薄いため、被膜の外表面に加わる応力が軽減され、被膜の外表面に亀裂や欠損を生じることを抑えることができる。それゆえ、負極活物質粒子が電解液と接触し難く、負極活物質粒子に存在するLiイオンが溶出することを抑え、電解液の分解反応を抑えることができる。したがって、電池のサイクル特性を高めることができる。」
「【0040】
負極活物質粒子のBET比表面積は6m^(2)/g以下である。負極活物質粒子のBET比表面積が6m^(2)/gを超える場合には、放電容量維持率が低下するそれがある。「BET比表面積」は、粒子表面に吸着占有面積の判った分子を吸着させ、その量から粒子の比表面積を求める方法である。」
「【0064】
強制渦遠心式精密空気分級機を用いるサイクロン分級法により、上記の所定の範囲のBET比表面積、D_(10)、D_(50)、D_(90)、粒度範囲をもつ負極活物質粒子を分級するためには、遠心機の回転数は、3000rpm以上10000rpm以下であることがよい。また、負極活物質粒子の供給速度は0.5kg/h以上2.0kg/h以下であることがよく、また、風量は1.5m^(3)/min以上3.5m^(3)/min以下であることが好ましい。
【0065】
負極活物質粒子は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能であってリチウムと合金化可能な元素又は/及びリチウムと合金化可能な元素化合物からなる。
【0066】
前記リチウムと合金化反応可能な元素は珪素(Si)または錫(Sn)であるとよい。前記リチウムと合金化反応可能な元素化合物は珪素化合物または錫化合物であることがよい。珪素化合物は、SiOx(0.5≦x≦1.5)であることがよい。錫化合物は、例えば、スズ合金(Cu-Sn合金、Co-Sn合金等)などが挙げられる。」

(6)甲3記載の事項
上記(5)の【0001】、【0033】、【0040】、【0065】、【0066】によれば、甲3には次の事項が記載されている。
「リチウムイオン二次電池用の負極材において、
SiOx(0.5≦x≦1.5)からなる負極活物質粒子を含み、
放電容量維持率が低下することがないように、負極活物質粒子のBET比表面積を6m^(2)/g以下とする事項。」

(7)甲4の記載
甲4には、次の記載がある。
「【0008】
具体的には、良好なサイクル特性や高い安全性を得る目的で、気相法を用いケイ素及びアモルファス二酸化ケイ素を同時に堆積させている(例えば特許文献1参照)。
また、高い電池容量や安全性を得るために、ケイ素酸化物粒子の表層に炭素材(電子伝導材)を設けている(例えば特許文献2参照)。
さらに、サイクル特性を改善するとともに高入出力特性を得るために、ケイ素及び酸素を含有する活物質を作製し、かつ、集電体近傍での酸素比率が高い活物質層を形成している(例えば特許文献3参照)。
また、サイクル特性向上させるために、ケイ素活物質中に酸素を含有させ、平均酸素含有量が40at%以下であり、かつ集電体に近い場所で酸素含有量が多くなるように形成している(例えば特許文献4参照)。
【0009】
また、初回充放電効率を改善するためにSi相、SiO_(2)、M_(y)O金属酸化物を含有するナノ複合体を用いている(例えば特許文献5参照)。
また、サイクル特性改善のため、SiO_(x)(0.8≦x≦1.5、粒径範囲=1μm?50μm)と炭素材を混合して高温焼成している(例えば特許文献6参照)。
また、サイクル特性改善のために、負極活物質中におけるケイ素に対する酸素のモル比を0.1?1.2とし、活物質、集電体界面近傍におけるモル比の最大値、最小値との差が0.4以下となる範囲で活物質の制御を行っている(例えば特許文献7参照)。
また、電池負荷特性を向上させるため、リチウムを含有した金属酸化物を用いている(例えば特許文献8参照)。
また、サイクル特性を改善させるために、ケイ素材表層にシラン化合物などの疎水層を形成している(例えば特許文献9参照)。
また、サイクル特性改善のため、酸化ケイ素を用い、その表層に黒鉛被膜を形成することで導電性を付与している(例えば特許文献10参照)。特許文献10において、黒鉛被膜に関するRAMANスペクトルから得られるシフト値に関して、1330cm^(-1)及び1580cm^(-1)にブロードなピークが現れるとともに、それらの強度比I_(1330)/I_(1580)が1.5<I_(1330)/I_(1580)<3となっている。」
「【0064】
ケイ素系活物質の表層に炭素を被覆する場合、炭素被覆部の平均厚さは、特に限定されないが1nm?5000nm以下であることが望ましい。
このような厚さであれば電気伝導性を向上させることが可能である。炭素被覆部の平均厚さが5000nmを超えても電池特性を悪化させる事はないが、電池容量が低下するため、5000nm以下とすることが好ましい。」

(8)甲5の記載
申立人が提出した甲第5号証(Taeahn Kim et al.,”Solid-State NMR and Electrochemical Dilatometry Study on Li^(+) Uptake/Extraction Mechanism in SiO Electrode”,Journal of The Electrochemical Society,154(12)A1112-A1117(2007))には、次の記載がある。




(当審訳)「表I ケイ酸リチウム材料の29Si核のケミカルシフト
組成 アニオン性シリカ 化合物 Q状態 ケミカルシフト/ppm」

5 対比・判断
5-1 特許法第29条第2項について
(1)甲1を主引例とした場合について(上記3の3-1の申立理由の一部)
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明の「複合粒子である負極活物質」は、本件発明1の「負極活物質粒子を含む負極活物質」に相当する。

イ 甲1発明の「一酸化ケイ素(SiO)が存在」する事項は、本件発明1の「負極活物質粒子が、ケイ素化合物(SiOx:0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を含有」する事項に相当する。

ウ 甲1発明の「NMR(29Si-DD/MAS)(装置:BRUKER製、DSX 300 WB)の分析結果について、-65ppm付近、-83ppm付近、-92ppm付近、-108ppm付近にピークが存在する」事項と、本件発明1の「ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の29Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さないものであ」る事項とは、「ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の29Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有」する事項で共通する。

エ 上記ア?ウによれば、本件発明1と甲1発明とは、
「負極活物質粒子を含む負極活物質であって、
前記負極活物質粒子が、ケイ素化合物(SiOx:0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を含有し、
該ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の29Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有するものである、負極活物質」で一致し、次の相違点で相違する。

(相違点1)
「ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の29Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、」本件発明1は、「ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さないものであ」るのに対し、甲1発明は、-65ppm付近にピークが存在する点。

(相違点2)
本件発明1の「ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲である」のに対し、甲1発明の「複合粒子」のBET比表面積が不明である点。

(相違点3)
本件発明1の「負極活物質粒子は、表層部に炭素材を含む」のに対し、甲1発明の「複合粒子」は、表層部に炭素材を含まない点。

オ まず、相違点1について検討する。

カ 甲5のTable I.(上記4の(8)参照。)によれば、29Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、-65ppm付近に現れるピークはLi_(4)SiO_(4)に起因するものである。

キ そして、甲1発明において、-65ppm付近のピークをなくす、すなわち、甲1発明の複合粒子から、Li_(4)SiO_(4)の成分を排除する動機がない。

ク また、甲2?甲5を参照しても、上記キの結論に変わりはない。

ケ したがって、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たとはいえない。

コ よって、上記相違点2、3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1?甲5に基いて当業者が容易に想到し得たとはいえない。

サ さらに、本件発明2、4、5は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも上記相違点1で甲1発明と相違するから、本件発明2、4、5は、本件発明1と同様に、甲1?甲5に基いて当業者が容易に想到し得たとはいえない。

シ また、本件発明6は、「ケイ素化合物粒子から、^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さ」ないとの発明特定事項を含むものであって、本件発明6と甲1方法発明とを対比すると、上記相違点1と同様の点で相違するから、本件発明6も、本件発明1と同様に、甲1?甲5に基いて当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(2)甲2を主引例とした場合について(上記2の2-1の取消理由、及び、上記3の3-1の申立理由の一部)
本件発明1と甲2発明とを対比する。
ア 甲2発明の「被覆酸化珪素粒子と珪素粒子からなる負極活物質」は、本件発明1の「負極活物質粒子を含む負極活物質」に相当する。

イ 甲2発明の「被覆酸化珪素粒子がSiO_(x):x=1.02であ」る事項は、本件発明1の「負極活物質粒子が、ケイ素化合物(SiO_(x):0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を含有」する事項に相当する。

ウ 甲2発明の「被覆酸化珪素粒子の固体NMR(^(29)Si-DDMAS)には、-87ppm付近、-97ppm付近、-110ppm付近にピークが存在し、-60?-70ppmにはピークが存在しない」事項は、本件発明1の「ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さないものであ」る事項に相当する。

エ 甲2発明の「被覆酸化珪素粒子」が「黒鉛で被覆した」事項は、本件発明1の「負極活物質粒子は、表層部に炭素材を含む」事項に相当する。

オ 上記ア?エによれば、本件発明1と甲2発明とは、
「負極活物質粒子を含む負極活物質であって、
前記負極活物質粒子が、ケイ素化合物(SiO_(x):0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を含有し、
該ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さないものであり、
前記負極活物質粒子は、表層部に炭素材を含む、負極活物質。」で一致し、次の点で相違する。

(相違点4)
本件発明1の「ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲である」のに対し、甲2発明の「被覆酸化珪素粒子」のBET比表面積が不明である点。

カ 以下、上記相違点4について検討する。

キ 甲3には次の事項が記載されている(上記4の(6)参照。)。
「リチウムイオン二次電池用の負極材において、
SiOx(0.5≦x≦1.5)からなる負極活物質粒子を含み、
放電容量維持率が低下することがないように、負極活物質粒子のBET比表面積を6m^(2)/g以下とする事項。」

ク しかしながら、甲2発明の「被覆酸化珪素粒子」は、「黒鉛で被覆した」ものであるのに対し、上記キの甲3記載の事項の「負極活物質粒子」は、炭素材で被覆していないものである。
そうすると、両者は粒子表面の状態が異なるものであるから、甲2発明において、粒子の表面状態である「BET比表面積」に関する上記キの甲3記載の事項を適用することは、当業者が容易に想到できたとはいえない。

ケ 次に、仮に、甲2発明において、上記キの甲3記載の「BET比表面積」についての事項を適用することについて、当業者が容易に想到できた場合について、以下検討する。

コ 甲3(【0033】?【0034】)には、「負極活物質粒子は、全体を100体積%としたときに、その85体積%以上が粒径1μm以上であり、且つBET比表面積が6m^(2)/g以下で、前記負極活物質粒子のD_(50)が4.5μm以上であることを特徴とする。この場合には、電池のサイクル特性が向上する。その理由は以下のように考えられる。・・・(略)・・・BET比表面積が小さくなり、且つD_(50)が大きくなると、充電時に、負極活物質粒子の表面に比較的薄い安定な被膜が形成される」と、BET比表面積を6m^(2)/g以下とするのは、充電時に負極活物質粒子の表面に比較的薄い安定な被膜が形成されるためであることが記載されている。

サ そうすると、上記コより、BET比表面積を6m^(2)/g以下とするのは、充電時に負極活物質粒子の表面に比較的薄い安定な被膜が形成されるためであるから、甲2発明において、甲3に記載された上記キの事項を適用すると、甲2発明の「黒鉛で被覆した被覆酸化珪素粒子」の「BET比表面積が6m^(2)/g以下」とすること、すなわち、充電時の「被覆酸化珪素粒子」の表面である黒鉛、及び、黒鉛から露出した酸化珪素の「BET比表面積が6m^(2)/g以下」とすることは、当業者が容易になし得たことといえるが、本件発明1の「ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であ」るとの発明特定事項、すなわち、黒鉛で被覆されていない「ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であ」るとの発明特定事項についてまで、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

シ また、甲2及び甲3記載の事項から、「ケイ素化合物粒子中のSi成分中において、アモルファスSiの存在割合がより少ない組成である傾向がある。従って、Si成分中での結晶性の異なるSi領域の混在の程度がより低くなり、より劣化し難い負極活物質粒子となる。よって、このような本発明の負極活物質は、二次電池の負極活物質として用いた際にサイクル特性をより向上させることができるものとなる」(【0016】)との本件発明の効果について、当業者が容易に想到することも困難である。

ス また、甲1、甲4、甲5を参照しても、上記結論に変わりはない。

セ したがって、上記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たとはいえない。

ソ よって、本件発明1は、甲1?甲5に基いて当業者が容易に想到し得たとはいえない。

タ さらに、本件発明2、4、5は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであって、少なくとも上記相違点4で甲1発明と相違するから、本件発明2、4、5は、本件発明1と同様に、甲1?甲5に基いて当業者が容易に想到し得たとはいえない。

チ また、本件発明6は、「ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲である」との発明特定事項を含むものであって、本件発明6と甲2方法発明とを対比すると、上記相違点4と同様の点で相違するから、本件発明6は、本件発明1と同様に、甲1?甲5に基いて当業者が容易に想到し得たとはいえない。

5-2 特許法第36条第6項第1号について(上記3の3-2の申立理由)
ア 本件発明6は、「ケイ素化合物粒子から、^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さず、前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であるものを選別する工程」「を含」むとの発明特定事項を含むものである。

イ 一方、本件明細書には、次の記載がある。
「【0093】
次に負極を作製した。まず、負極活物質を以下のようにして作製した。金属ケイ素と二酸化ケイ素を混合した原料を反応炉に導入し、析出室の温度を900℃、真空度を0.4Paとして気化させたものを吸着板上に成膜レートを1時間あたり20gとして堆積させ、十分に冷却した後、堆積物を取出しボールミルで粉砕した。このようにして得たケイ素化合物粒子のSiO_(x)のxの値は1.0であった。続いて、ケイ素化合物粒子の粒径を分級により調整した。その後、熱分解CVDを行うことで、ケイ素化合物粒子の表面に炭素材を被覆した。このようにして負極活物質粒子(ケイ素系負極活物質)を作製した。
【0094】
ここで、熱分解CVD後の負極活物質粒子中のケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRスペクトルを測定した。測定条件は以下の通りとした。
^(29)Si-MAS-NMR(マジック角回転核磁気共鳴)
・装置: Bruker社製700NMR分光器、
・プローブ: 4mmHR-MASローター 50μL、
・試料回転速度: 10kHz、
・測定環境温度: 25℃。
【0095】
測定された^(29)Si-MAS-NMRスペクトルを図3に示す。図3のように、実施例1-1のケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRスペクトルには、-70ppmに比較的秩序性がある長周期的規則性を有するSi領域に由来するピークが、-84ppmに結晶性Si領域に由来するピークが、-110ppmにSiO_(2)領域に由来するピークがそれぞれ現れた。なお、-70ppmに位置するピークはショルダーピークであった。一方で、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークが現れなかった。このように、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つのピークを有していた。
【0096】
また、ケイ素化合物粒子のBET比表面積は3.2m^(2)/gであった。また、負極活物質粒子は、炭素材の平均厚さが50nmであり、粒径は8μmであった。また、ケイ素化合物は、X線回折により得られるSi(111)結晶面に起因する回折ピークの半値幅(2θ)が2.257°であった。なお、Si(111)結晶面に起因する結晶子サイズをこのピークからシェラーの式に従って算出すると3.77nmであった。ただし、この結晶子サイズの値は、あくまで、ピークからシェラーの式によって機械的に求めたものであり、ケイ素化合物粒子のSi領域全体が結晶質であるということを意味するものではない。」

ウ 上記イによれば、「金属ケイ素と二酸化ケイ素」から「ケイ素化合物粒子」を得て、「続いて、ケイ素化合物粒子の粒径を分級により調整した」(【0093】)こと、「ケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRスペクトルには、」「ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークが現れ」ず、「ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つのピークを有していた」(【0095】)こと、及び、「ケイ素化合物粒子のBET比表面積は3.2m^(2)/gであった」(【0096】)ことが記載されている。

エ ここで、微粒子の粒径と表面積とに関連性があることは技術常識である。

オ そうすると、上記ウの「ケイ素化合物粒子の粒径を分級により調整した」ことは、上記エの技術常識に照らせば、ケイ素化合物粒子の表面積により選別したことと同等の工程であるといえる。そして、その結果、上記ウより、「ケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRスペクトルには、」「ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークが現れ」ず、「ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つのピークを有して」おり、「ケイ素化合物粒子のBET比表面積は3.2m^(2)/gであった」といえる。

カ 上記エ、オの検討からすると、上記ウの記載事項は、上記アの発明特定事項を意味していることとなるから、本件発明6は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

6 むすび
以上のとおり、本件の請求項1、2、4?6に係る特許は、令和2年9月30日付けで通知された取消理由に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことはできず、また、他に本件の請求項1、2、4?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、本件の請求項3は、本件訂正により削除されたから、本件の請求項3に係る特許に対して、申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
負極活物質粒子を含む負極活物質であって、
前記負極活物質粒子が、ケイ素化合物(SiO_(x):0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を含有し、
該ケイ素化合物粒子が、前記ケイ素化合物粒子の^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さないものであり、
前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であり、
前記負極活物質粒子は、表層部に炭素材を含むことを特徴とする負極活物質。
【請求項2】
前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が6.5m^(2)/g以下の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の負極活物質。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
前記炭素材の平均厚さは5nm以上5000nm以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の負極活物質。
【請求項5】
請求項1、請求項2、請求項4のいずれか1項に記載の負極活物質と炭素系活物質とを含むことを特徴とする混合負極活物質材料。
【請求項6】
ケイ素化合物粒子を含有する負極活物質粒子を含む負極活物質を製造する方法であって、
ケイ素化合物(SiO_(x):0.5≦x≦1.6)を含むケイ素化合物粒子を作製する工程と、
前記ケイ素化合物粒子から、^(29)Si-MAS-NMRによって得られるスペクトルにおいて、ケミカルシフト値が-40ppmから-120ppmの範囲に3つ以上のピークを有し、ケミカルシフト値が-65±3ppmの範囲内においてピークを有さず、前記ケイ素化合物粒子のBET比表面積が8m^(2)/g以下の範囲であるものを選別する工程とを含み、
該選別した前記ケイ素化合物粒子を用いて表層部に炭素材を含む負極活物質粒子を作製し、該作製した負極活物質粒子を用いて負極活物質を製造することを特徴とする負極活物質の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-02-01 
出願番号 特願2017-47874(P2017-47874)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 雅雄  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 平塚 政宏
土屋 知久
登録日 2019-12-20 
登録番号 特許第6634398号(P6634398)
権利者 信越化学工業株式会社
発明の名称 負極活物質、混合負極活物質材料、及び負極活物質の製造方法  
代理人 好宮 幹夫  
代理人 小林 俊弘  
代理人 好宮 幹夫  
代理人 小林 俊弘  

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