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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D04B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D04B
管理番号 1378737
異議申立番号 異議2020-700787  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-11-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-10-14 
確定日 2021-08-24 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6679230号発明「ダブル丸編地」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6679230号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第6679230号の請求項1?4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6679230号の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成27年6月30日に出願したものであって、令和2年3月23日に特許権の設定登録がされ、令和2年4月15日に特許掲載公報が発行された。その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和2年10月14日:特許異議申立人伊藤剣太(以下「申立人」という。)による特許異議の申立て
令和2年12月24日付け:取消理由通知書
令和3年3月8日:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和3年5月17日:申立人による意見書の提出


第2 訂正の請求についての判断
1 訂正の内容
令和3年3月8日提出の訂正請求書による訂正の請求は、「特許第6679230号の特許請求の範囲を本請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?4について訂正することを求める。」というものであり、その訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。(下線は、当審で付与した。)

(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、かつ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に走行するループが不存在である経筋状の溝が連続して形成されていることを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。」とあるのを、
「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され、且つ前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行しており、
表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下である、ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。」に訂正する。(請求項1を引用する請求項3、4についても同様に訂正する。)
(2)訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2に
「表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であることを特徴とする請求項1記載のダブル丸編地。」とあるのを、
「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成されることにより、前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行しており、
表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であり、
丸編地中にポリエステルマルチフィラメントの仮撚加工糸が65?95質量%、前記ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが5?35質量%含まれる、
ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。」に訂正する。(請求項2を引用する請求項3、4についても同様に訂正する。)
(3)訂正事項3
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に
「湿潤時引き上げ抵抗力が8cN以下」とあるのを、
「ダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、これに3mLの水を付与した条件で測定される湿潤時引き上げ抵抗力が8cN以下」に訂正する。

ここで、訂正前の請求項1?4は、請求項2?4が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を直接又は間接的に引用する関係にあるから、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項〔1?4〕について請求されている。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
上記訂正事項1は、請求項1において、本件訂正前の「経筋状の溝」について、「表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され」、「ループが不存在であることにより形成され」、ウェール方向に「途中で遮られることなく連続して」走行することを限定し、さらに「ダブル丸編地」について、「表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であ」るものに限定するから、特許請求の範囲の減縮に該当するものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項1は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項1は、本件訂正前の【0019】の「表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝がそれぞれ重なっている。」の記載、【図4】及び【0021】の「図4のように、シリンダー側でループを2つ形成したのちにダイヤル側でタックを2つ形成することを3回繰り返し、次にシリンダー側でタックを2つ形成したのちにダイヤル側でループを2つ形成することを3回繰り返し、編組織の1リピートが前記6コースからなる編組織に編み立てる方法が挙げられる。図4記載の組織図によれば、シリンダー側及びダイヤル側で形成されるループが互いに重なり合わず、両ウェール列が互い違いに並ぶと共に、両経筋状の溝も互い違いに並ぶことになる。そして、表裏面層それぞれにおいて、ウェール列と縦筋状の溝とがコース方向に交互に並び、各ウェール列は凸部を形成し、各経筋状の溝は凹部を形成することになる。」の記載、並びに【請求項2】及び【0023】の「表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンを含ませると、結果として、所定の大きさ(広さ)を持つループ状の通気孔が形成できる。通気孔の大きさとしては、30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下」の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
上記訂正事項2は、本件訂正前の請求項2が請求項1の記載を引用する記載であったものを請求項1の記載を引用しないものとし、本件訂正前の「経筋状の溝」について、「表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成されること」、「ループが不存在であることにより形成され」、ウェール方向に「途中で遮られることなく連続して」走行することを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮及び他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることに該当するものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項2は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項2は、本件訂正前の【0019】、【図4】及び【0021】の記載に基づくものである。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
上記訂正事項3は、本件訂正前の請求項4の「湿潤時引き上げ抵抗力」の測定条件が不明瞭であったものから、「ダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、これに3mLの水を付与した条件で測定される」と明瞭にするものであるから、明瞭でない記載の釈明に該当するものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項3は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項3は、本件訂正前の【0049】の「得られたダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、その重心の表面のみに(すなわち、丸編地の重心の裏面には至らないように)縫い針を用いて、糸[ポリエステルミシン糸(株式会社クラレ製、クラレエステル「クラフテル20/4000m(商品名)」]を通した。その後、縫い針から糸を外し、糸の両端を結んで全長約10cmの輪を作った。さらに、この糸の輪にゼムクリップを用いて輪ゴム(共和社製、「オーバンドNo.16(商品名)」)を直列に繋いだ。各丸編地の裏面(肌側となる面)が、厚み5mmで20cm角のアクリル板に当接するようにして、丸編地をアクリル板上に載置した。そして、この丸編地に3mLの水を丸編地中央部に付与した後、そのままの状態で1分間放置した。その後、輪ゴムを引張試験機[株式会社島津製作所製、「オートグラフ(型番:AGS-5kNX)」]の上把持部で把持して、垂直方向に500mm/分のスピードで引上げて、引き上げ荷重を読み取った。」の記載に基づくものある。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第第1号、第3号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。


第3 本件特許発明
上記のとおり本件訂正は認められたから、本件特許の請求項1?4に係る発明(以下「本件発明1?4」という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され、且つ前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行しており、
表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下である、ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。
【請求項2】
表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成されることにより、前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行しており、
表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であり、
丸編地中にポリエステルマルチフィラメントの仮撚加工糸が65?95質量%、前記ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが5?35質量%含まれる、
ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。
【請求項3】
目付が180g/m^(2)以下であり、厚みが550μm以上であることを特徴とする請求項1又は2記載のダブル丸編地。
【請求項4】
ダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、これに3mLの水を付与した条件で測定される湿潤時引き上げ抵抗力が8cN以下であることを特徴とする請求項1?3いずれかに記載のダブル丸編地。」


第4 当審の判断
1 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?4に係る発明に対して通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。

(1)(実施可能要件)本件特許は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(2)(サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3)(明確性要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(4)(新規性)本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(5)(進歩性)本件特許の請求項1、3及び4に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


<引用文献等>
甲第1号証:特開昭59-223344号公報
甲第2号証:特開2015-158039号公報

(1)(実施可能要件)について
本件特許明細書の【0053】等には、「湿潤時引き上げ抵抗力」と「肌離れ性」とに相関関係があると記載されているが、その機序の説明が明確でないから、どのような相関関係であるのか技術常識を参酌しても理解できず、当業者が理解できる程度に発明の詳細な説明が記載されていない。

(2)(サポート要件)について
ア 本件発明が解決しようとする課題は、「編地が汗によって肌に密着して、離れにくいと、ベタツキ感を強く感じるのである。したがって、本発明の課題は、大量に発汗したときにも、肌離れ性の良好なスポーツウェア等に好適なダブル丸編地を提供すること」(【0006】)である。
イ 本件特許明細書の記載からは、特定の糸及び編組織、特定の経筋状の溝並びに所定の大きさの通気孔である実施例1?3以外の編地を含む請求項1?4に係る発明の全範囲まで、上記課題が解決できると、当業者は理解できない。
ウ したがって、請求項1?4に係る発明は、本件特許明細書に記載されたものでない。

(3)(明確性要件)について
ア 請求項1の「前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に走行するループが不存在である経筋状の溝が連続して形成されている」との発明特定事項は、ダブル丸編地中における、「経筋状の溝」が、表面層及び裏面層において、「ウェール方向に走行するループ」とどのような関係であることを特定しているのが明確でない。
イ 請求項4に係る発明の「湿潤時引き上げ抵抗力」の計測時の水分量が特定されておらず、明確でない。

2 取消理由についての判断
(1)実施可能要件について
本件特許明細書の【0049】には、「得られたダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、その重心の表面のみに(すなわち、丸編地の重心の裏面には至らないように)縫い針を用いて、糸[ポリエステルミシン糸(株式会社クラレ製、クラレエステル「クラフテル20/4000m(商品名)」]を通した。その後、縫い針から糸を外し、糸の両端を結んで全長約10cmの輪を作った。さらに、この糸の輪にゼムクリップを用いて輪ゴム(共和社製、「オーバンドNo.16(商品名)」)を直列に繋いだ。各丸編地の裏面(肌側となる面)が、厚み5mmで20cm角のアクリル板に当接するようにして、丸編地をアクリル板上に載置した。そして、この丸編地に3mLの水を丸編地中央部に付与した後、そのままの状態で1分間放置した。その後、輪ゴムを引張試験機[株式会社島津製作所製、「オートグラフ(型番:AGS-5kNX)」]の上把持部で把持して、垂直方向に500mm/分のスピードで引上げて、引き上げ荷重を読み取った。」と記載されているから、「湿潤時引き上げ抵抗力」は、アクリル板に対する所定量の水を付与した編地の引き上げ抵抗であって、当該引き上げ抵抗が密着性を反映しているといえ、肌と汗を吸水した編地との密着性を反映しているといえる。
そして、特許権者が、令和3年3月8日に提出した意見書に添付された乙第1号証(特開2001-303408号証)の【0017】、乙第3号証(特開2010-144283号公報)の【0047】には、布帛の肌へのはりつき、ベタツキ感の程度を評価する手法として、アクリル板に対する所定量の水を付与した編地の引き上げ抵抗が記載されていることからも、「湿潤時引き上げ抵抗力」と「肌離れ性」とに相関関係があることが理解される。
したがって、本件特許明細書は、当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(2)サポート要件について
ア 本件発明が解決しようとする課題は、「編地が汗によって肌に密着して、離れにくいと、ベタツキ感を強く感じるのである。したがって、本発明の課題は、大量に発汗したときにも、肌離れ性の良好なスポーツウェア等に好適なダブル丸編地を提供すること」([0006])である。
イ そして、本件特許明細書の【0017】の「大量の発汗時においては、この溝(凹部)が汗を垂れ流す導線の役割を果たし、汗を外部へ放出するため、編地が汗を保水し難く、ベトツキ感を感じ難いものとなる。さらに、凹部が形成されると、その部分に空気の吹き溜まりが形成される結果、ふいご作用が奏され、肌離れ性がより発現する。」及び【0053】の「丸編地の表面には、図1、3に示すように、縦筋状の溝に由来する凹部と、ウェール列に由来する凸部とが形成されている。これにより、凹部を伝って効率よく水を外部へ放出でき、同時に、肌と編地とが凸部により点接触に近いような形で接することとなるから、優れた肌離れ性が奏される。さらに、実施例にかかる丸編地には、フラットヤーンが使用されているため、図5に例示するような一定以上の大きさを持つループ状の通気孔が形成されており、ふいご作用がより発現する。このため、かかるふいご作用と相まって、従来にない肌離れ性が奏される。この結果を受け、実際に丸編地の着用試験を行ったところ、期待通りベタツキ感を感じ難く、快適に使用できることができた。」の記載から、本件発明が解決しようとする課題である「肌離れ性」は、経筋状の溝と通気孔を有することで解決すると理解できる。
ウ ここで、申立人は、令和3年5月17日の意見書において、溝のサイズが特定されておらず、通気孔も実施例で特定の範囲のものしか確認していないから、本件発明は、【0017】や【0053】の作用効果を必ず奏するとはいえない旨主張する。
しかし、経筋状の溝は、「スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地」であって、「ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行して」いるものであるから、ある程度の大きさを有しており、【0017】の「汗を垂れ流す導線の役割を果たし、汗を外部へ放出する」作用を有すことは明らかである。
また、通気孔は、本件特許明細書の【0053】の「一定以上の大きさを持つループ状の通気孔が形成されており、ふいご作用がより発現する。このため、かかるふいご作用と相まって、従来にない肌離れ性が奏される。」の記載を参照すると、ふいご作用を奏する程度の大きさであればよいと解される。そして、本件発明1の通気孔は、「フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下である」から、当該作用を奏すると理解できる。
したがって、申立人の主張は採用できない。
エ ゆえに、本件特許発明は、本件特許明細書に記載されたものである。

(3)明確性要件について
ア 本件訂正により、本件発明1は、「表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され、且つ前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行して」いると訂正されたから、「経筋状の溝」と、表面層及び裏面層におけるループ」との関係が明確となった。
イ 本件訂正により、本件発明4は、「ダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、これに3mLの水を付与した条件で測定される湿潤時引き上げ抵抗力」に訂正されたから、計測時の水分量が特定され、明確となった。
ウ ここで、申立人は、令和3年5月17日の意見書において、「途中で遮られることなく連続して」及び「ループが不存在であることにより形成され」が不明確である旨主張する。
しかし、経筋状の溝が「ループが不存在であることにより形成され」、「途中で遮られることなく連続して」いるとは、【0021】及び図4を参照すると、同じダイヤル針に対して数コースに亘ってタック、すなわちループが不存在とすることで形成するものと理解できる。
そして、経筋状の溝は、上記のとおり形成されるものであるから、当然にある程度の大きさを有し、ふいご作用を奏することは明らかである。
したがって、申立人の主張は採用できない。

(4)新規性進歩性について
ア 本件発明1の新規性進歩性について
(ア)対比
甲第1号証の図6(B)で形成される成型メリヤス生地に係る発明(以下「甲1発明」という。)と本件特許の本件発明1とを対比する。
甲1発明の兼用下針2a、2b及び兼用上針4a、4bで形成される生地は、ループが不存在であると同時に、生地の表裏面層それぞれに経筋状の溝がウェール方向に連続して形成されているといえるから、本件発明1の「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され、且つ前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行して」いる編地に相当する。
また、甲第1号証の10頁右下欄4?12行には、成型メリヤス生地を肌着用品に用いることが記載されているから、甲1発明の「成型メリヤス生地」は、本件発明1の「スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で相違し、一致する。

<一致点>
「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され、且つ前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行している、
ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。」

<相違点>
本件発明1は、「表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下である」のに対して、甲1発明は、ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンを含んでいない点。

(イ)判断
上記相違点について検討する。
上記相違点は、実質的な相違点である。
申立人は、甲第2号証(【0010】、【0014】、【0015】、【0025】、【0031】、【0039】等)には、甲1発明と同様の表面層と裏面層とからなる丸編地において、ポリエステルマルチフィラメントを含むことで、着用時に快適で、且つ、長時間の運動等による多量の発刊時にベタツキ感や冷え感を軽減することが記載されているから、甲1発明において、甲第2号証に記載された事項を適用することは当業者が容易に想到し得たことである旨主張する。
しかし、甲第2号証には、ポリエステルマルチフィラメントが、フラットヤーンであることは記載されておらず、マルチフィラメントを含む編地に通気孔が形成されることも記載されていない。
そうすると、仮に甲1発明に甲第2号証記載の事項を適用しても、「ループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であ」る編地が形成されるとはいえず、そのような「ループ状の通気孔」を形成することを当業者が容易に想到し得たとする理由は、甲第3号証(特開2011-117099号公報)を参照してもない。
そして、本件発明2は、「フラットヤーンが使用されているため、図5に例示するような一定以上の大きさを持つループ状の通気孔が形成されており、ふいご作用がより発現する。このため、かかるふいご作用と相まって、従来にない肌離れ性が奏される。この結果を受け、実際に丸編地の着用試験を行ったところ、期待通りベタツキ感を感じ難く、快適に使用できることができた。」(【0053】)という格別な効果を奏するものである。

(ウ)小括
したがって、本件発明1は、甲1発明及び甲第2、3号証記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

イ 本件発明1を引用する本件発明3、4の進歩性について
本件発明3、4は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに限定を加えるものであるから、本件発明3、4と甲1発明とを対比すると、少なくとも上記<相違点>で相違する。
そして、<相違点>について検討するに、上記ア(イ)と同じ理由により、本件発明3、4は、甲1発明及び甲第2、3号証記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

3 取消理由に採用しなかった異議申立理由
(1)本件発明2の進歩性について
ア 対比
甲第1号証の図6(B)で形成される成型メリヤス生地に係る発明(以下「甲1発明」という。)と本件特許の本件発明2とを対比する。
甲1発明の兼用下針2a、2b及び兼用上針4a、4bで形成される生地は、ループが不存在であると同時に、生地の表裏面層それぞれに経筋状の溝がウェール方向に連続して形成されているといえるから、本件発明2の「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成されることにより、前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行して」いる編地に相当する。
また、甲第1号証の10頁右下欄4?12行には、成型メリヤス生地を肌着用品に用いることが記載されているから、甲1発明の「成型メリヤス生地」は、本件発明2の「スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地」に相当する。

そうすると、本件発明2と甲1発明とは、以下の点で相違し、一致する。

<一致点>
「表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成されることにより、前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行している、
スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。」

<相違点>
本件発明2は、表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であり、
丸編地中にポリエステルマルチフィラメントの仮撚加工糸が65?95質量%、前記ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが5?35質量%含まれる、」のに対して、甲1発明は、ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンを含んでいない点。

イ 判断
上記相違点について検討する。
申立人は、甲第2号証(【0010】、【0014】、【0015】、【0025】、【0031】、【0039】等)には、甲1発明と同様の表面層と裏面層とからなる丸編地において、ポリエステルマルチフィラメントを含むことで、着用時に快適で、且つ、長時間の運動等による多量の発刊時にベタツキ感や冷え感を軽減することが記載されているから、甲1発明において、甲第2号証に記載された事項を適用することは当業者が容易に想到し得たことである旨主張する。
しかし、甲第2号証には、ポリエステルマルチフィラメントが、フラットヤーンであることは記載されておらず、マルチフィラメントを含む編地に通気孔が形成されることも記載されていない。
そうすると、仮に甲1発明に甲第2号証記載の事項を適用しても、「ループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であ」る編地が形成されるとはいえず、そのような「ループ状の通気孔」を形成することを当業者が容易に想到し得たとする理由は、甲第3号証(特開2011-117099号公報)を参照してもない。
そして、本件発明2は、「フラットヤーンが使用されているため、図5に例示するような一定以上の大きさを持つループ状の通気孔が形成されており、ふいご作用がより発現する。このため、かかるふいご作用と相まって、従来にない肌離れ性が奏される。この結果を受け、実際に丸編地の着用試験を行ったところ、期待通りベタツキ感を感じ難く、快適に使用できることができた。」(【0053】)という格別な効果を奏するものである。

ウ 小括
したがって、本件発明2は、甲1発明及び甲第2、3号証記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)本件発明2を引用する本件発明3、4の進歩性及び本件発明4の新規性について
本件発明3、4は、本件発明2の発明特定事項を全て含み、さらに発明特定事項を付加したものであるから、上記(1)と同様の理由で、甲1発明及び甲第2、3号証記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、本件発明4は、甲1発明ではない。

(3)実施可能要件について
申立人は、本件発明2の「前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であ」ることは、本件特許明細書の【0023】や実施例等の記載をみても、その具体的な構造や製造方法が示されてあらず、実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない旨主張する。
しかし、本件特許明細書の【0038】?【0042】には、各実施例として、ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンについて、具体的に記載されており、編み地の作成方法についても具体的に記載されている。 さらに、【0052】には、各実施例の編地の「通気孔の大きさ」が本件発明2の通気孔の範囲内であることが具体的に記載されているから、本件特許明細書は本件発明2を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているといえる。


第5 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び申立人の主張する特許異議申立理由によっては、本件請求項1?4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成され、且つ前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表裏面層それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行しており、
表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下である、ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。
【請求項2】
表面層と裏面層とからなる丸編地であって、
表面層のウェール列の下に裏面層の経筋状の溝が形成され、且つ裏面層のウェール列の上に表面層の経筋状の溝が形成されることにより、前記表面層のウェール列と前記裏面層のウェール列とが互い違いに存在し、
前記経筋状の溝は、ループが不存在であることにより形成され、且つ前記表面それぞれにおいてウェール方向に途中で遮られることなく連続して走行しており、
表裏面層の少なくともいずれかにポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが含まれていると共に、前記フラットヤーンによりループ状の通気孔が形成され、かつ前記通気孔の大きさが30×10^(-3)mm^(2)以上65×10^(-3)mm^(2)以下であり、
丸編地中にポリエステルマルチフィラメントの仮撚加工糸が65?95質量%、前記ポリエステルマルチフィラメントのフラットヤーンが5?35質量%含まれる、
ことを特徴とする、スポーツウェア用又はインナーウェア用のダブル丸編地。
【請求項3】
目付が180g/m^(2)以下であり、厚みが550μm以上であることを特徴とする請求項1又は2記載のダブル丸編地。
【請求項4】
ダブル丸編地を10cm四方の正方形に裁断し、これに3mLの水を付与した条件で測定される湿潤時引き上げ抵抗力が8cN以下であることを特徴とする請求項1?3いずれかに記載のダブル丸編地。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-08-13 
出願番号 特願2015-131361(P2015-131361)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (D04B)
P 1 651・ 113- YAA (D04B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 川口 裕美子  
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 佐々木 正章
藤原 直欣
登録日 2020-03-23 
登録番号 特許第6679230号(P6679230)
権利者 ユニチカトレーディング株式会社
発明の名称 ダブル丸編地  
代理人 水谷 馨也  
代理人 水谷 馨也  
代理人 迫田 恭子  
代理人 迫田 恭子  
代理人 田中 順也  
代理人 田中 順也  

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