• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12M
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12M
管理番号 1379873
異議申立番号 異議2021-700780  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-08-06 
確定日 2021-11-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6827581号発明「PCR反応容器、PCR装置およびPCR方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6827581号の請求項に係る特許を維持する。 
理由 結 論
特許第6827581号の請求項1ないし18に係る特許を維持する。

理 由
第1 手続の経緯
特許第6827581号の請求項1?18に係る特許(以下、「本件特許」ということがある。)についての出願は、平成28年11月28日を国際出願日とする特願2017-553847号(優先権主張 平成27年12月1日 日本)の一部を特許法第44条第1項の規定に基づいて分割出願した特願2019-212253号の一部をさらに令和2年6月16日に分割出願したものであり、その請求項1?18に係る発明は、令和3年1月21日にその特許権の設定登録がなされ、令和3年2月10日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許について、特許異議申立人 末吉 直子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1?18に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、本件特許の請求項1?18に係る発明を、その請求項に付された番号順に、「本件特許発明1」等ということがある。)。

「【請求項1】
基板と、
前記基板に形成された流路と、
前記流路の両端に設けられ、前記流路内のコンタミネーションを防止するための一対のフィルタと、
前記フィルタを通じて前記流路と連通する一対の空気連通口と、
PCRに供される試料を前記流路内に導入するための試料導入口と、
前記流路における前記一対のフィルタの間に形成された、試料にPCRを生じさせることが可能な異なる複数の温度領域を含むサーマルサイクル領域と、
を備え、
前記複数の温度領域の間で試料が繰り返し往復移動し、
前記基板は、平行平板状の基板であり、
前記フィルタは、前記基板よりも厚みが小さく、
前記フィルタは、前記基板に形成されたフィルタ設置スペースに収まることを特徴とするPCR反応容器。
【請求項2】
前記複数の温度領域は、それぞれ蛇行流路を含むことを特徴とする請求項1に記載のPCR反応容器。
【請求項3】
前記空気連通口、前記フィルタおよび前記試料導入口を封止するための封止フィルムと、
少なくとも前記流路における前記複数の温度領域を封止するための流路封止フィルムと、
をさらに備えることを特徴とする請求項1または2に記載のPCR反応容器。
【請求項4】
前記サーマルサイクル領域は、試料に熱変性を生じさせる高温部と、アニーリングおよび伸長を生じさせる中温部とを含むことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のPCR反応容器。
【請求項5】
前記試料導入口と前記中温部との距離は、前記試料導入口と前記高温部との距離よりも短いことを特徴とする請求項4に記載のPCR反応容器。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のPCR反応容器と、
前記サーマルサイクル領域の温度を調節するための温度調節部と、
前記サーマルサイクル領域内で試料を移動させるために、前記空気連通口に接続して前記流路内の圧力を制御するポンプシステムと、
を備えることを特徴とするPCR装置。
【請求項7】
前記ポンプシステムは、前記一対の空気連通口にそれぞれ接続する一対のポンプを備え、
前記ポンプは、停止時に一次側と二次側の圧力が等しくなるポンプであり、
前記一対のポンプを交互に動作させることによって前記複数の温度領域の間で試料が繰り返し往復移動することを特徴とする請求項6に記載のPCR装置。
【請求項8】
前記ポンプシステムは中空のニードルを備え、
前記ニードルで前記空気連通口を封止する封止フィルムを穿孔することにより、前記ポンプシステムと前記流路とが連通することを特徴とする請求項6または7に記載のPCR装置。
【請求項9】
前記流路内の試料から発生する蛍光を検出するための蛍光検出器をさらに備えることを特徴とする請求項6から8のいずれかに記載のPCR装置。
【請求項10】
前記サーマルサイクル領域は、前記複数の温度領域を接続する接続領域を備え、
前記蛍光検出器は、前記接続領域からの蛍光を検出することを特徴とする請求項9に記載のPCR装置。
【請求項11】
前記蛍光検出器で検出された値に基づいて、前記ポンプシステムを制御するための制御部をさらに備え、
前記制御部は、前記蛍光検出器で検出された値に基づいてPCRの進捗を判定することを特徴とする請求項9または10に記載のPCR装置。
【請求項12】
平行平板状の基板と、
前記基板に形成された流路と、
前記流路の両端に形成された設置スペースに収まり、厚みが前記基板よりも厚みが小さい一対のフィルタと、
前記フィルタを通じて前記流路と連通する一対の空気連通口と、
PCRに供される試料を前記流路内に導入するための試料導入口と、
前記流路における前記一対のフィルタの間に形成された、試料にPCRを生じさせることが可能な異なる複数の温度領域を含むサーマルサイクル領域と、を備えるPCR反応容器を準備するステップと、
前記サーマルサイクル領域内において、試料のPCRが可能となるように前記複数の温度領域の温度をそれぞれ制御するステップと、
前記流路内の圧力を制御するためのポンプシステムを前記空気連通口に接続するステップと、
前記ポンプシステムを作動させることによって、前記流路内の試料にかかる圧力を制御して、前記サーマルサイクル領域内において、試料を前記複数の温度領域の間で繰り返し往復移動させて、試料にPCRを生じさせるステップと、
を備えることを特徴とするPCR方法。
【請求項13】
前記サーマルサイクル領域は、試料に熱変性を生じさせる高温部と、アニーリングおよび伸長を生じさせる中温部とを含むことを特徴とする請求項12に記載のPCR方法。
【請求項14】
前記サーマルサイクル領域は、試料に熱変性を生じさせる高温部と、アニーリングを生じさせる中温部と、伸長を生じさせる低温部とを含むことを特徴とする請求項12に記載のPCR方法。
【請求項15】
前記PCR反応容器は、
前記空気連通口、前記フィルタおよび前記試料導入口を封止するための封止フィルムと、
少なくとも前記流路における前記複数の温度領域を封止するための流路封止フィルムと、
をさらに備えることを特徴とする請求項12から14のいずれかに記載のPCR方法。
【請求項16】
前記ポンプシステムは中空のニードルを備え、
前記ニードルで前記空気連通口を封止する封止フィルムを穿孔することにより、前記ポンプシステムと前記流路とを連通するステップをさらに備えることを特徴とする請求項12から15のいずれかに記載のPCR方法。
【請求項17】
前記サーマルサイクル領域は、前記複数の温度領域を接続する接続領域を備え、
前記接続領域内の試料から発生する蛍光を検出するステップと、
検出された蛍光をモニタするステップと、
をさらに備えることを特徴とする請求項12から16のいずれかに記載のPCR方法。
【請求項18】
検出された蛍光の変化に基づいて、前記ポンプシステムを制御するステップをさらに備えることを特徴とする請求項17に記載のPCR方法。」

第3 申立理由の概要及び提出した証拠
1 申立理由の概要
申立人は、甲第1?5号証を提出し、本件特許は、以下の理由1?4により、取り消されるべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(進歩性)
本件特許発明1?18は、甲第1号証に記載された発明、及び甲第2?5号証に記載の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1?18は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

(2)申立理由2(明確性)
本件特許の請求項1?18に記載された発明は不明確であるから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

(3)申立理由3(サポート要件)
本件特許発明1?18は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

(4)申立理由4(実施可能要件)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?18に記載の発明を当業者がその実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

2 証拠方法
(1)甲第1号証:特開2006-25661号公報
(2)甲第2号証:特表2014-507937号公報
(3)甲第3号証:特開2009-232700号公報
(4)甲第4号証:特開2015-139379号公報
(5)甲第5号証:特開2005-323519号公報

第4 甲号証の記載事項
甲1?甲5には、それぞれ以下の記載がある(下線は当審で付した。)。

1 甲第1号証:特開2006-25661号公報
(甲1-1)「【請求項1】
検体を生化学処理するための溶液を収容するための複数のチャンバと、前記各チャンバに通じる連通路と、前記各連通路に接続する接続部を備えたカートリッジと、前記各接続部を介して前記カートリッジ内の空気圧を制御する制御部を備え、
前記連通路に検体あるいは検体を生化学処理するための溶液あるいはそれらの混合物の飛沫もしくは揮発物を捕獲する手段を設けたことを特徴とする生化学反応カートリッジ。」(請求項1)
(甲1-2)「【0023】
図1は本実施例の生化学反応カートリッジ1の外観の概略図を示す。カートリッジ1の上部には、注射器等を用いて血液等の検体を注入する際の検体入口2が設けられ、ゴムキャップにより封止されている。また、カートリッジ1の側面には内部の溶液を移動するためにノズルを挿入して加圧或いは減圧を行うための接続部であるところの複数のノズル入口3が設けられ、各ノズル入口3にゴムキャップが固定され、反対側の面も同様の構成になっている。」(【0023】)
(甲1-3)「【0025】
図2は、生化学反応カートリッジ1の平面断面図を示しており、片側の側面には10個のノズル入口3a?3jが設けられ、反対側の側面にも10個のノズル入口3k?3tが設けられている。各ノズル入口3a?3tは、それぞれの空気が流れる連通路であるところの空気流路4a?4tを介して、溶液を貯蔵する場所又は反応を起こす場所であるチャンバ5に連通されている。」
【0026】
ただし、ノズル入口3n、3p、3q、3sは使用しないため、チャンバ5に連通されておらず予備になっている。つまりは、ノズル入口3a?3jは流路4a?4jを介してチャンバ5a?5jに連通され、反対側のノズル入口3k、3l、3m、3o、3r、3tは、それぞれ流路4k、4l、4m、4o、4r、4tを介してチャンバ5k、5l、5m、5o、5r、5tに連通されている。
【0027】
流路4a?4jおよび流路4k、4l、4m、4o、4r、4tのそれぞれの途中には、検体あるいは検体を生化学処理するための溶液あるいはそれらの混合物の、飛沫もしくは揮発物を捕獲するための不織布で構成されたフィルター7a?7jおよびフィルター7k、7l、7m、7o、7r、7tが形成されている。これらのフィルター7の生化学反応カートリッジ1への形成方法については後述する。」(【0025】-【0027】)
(甲1-4)「【0030】
検体入口2はチャンバ8に連通され、チャンバ5a、5b、5c、5kはチャンバ8に、チャンバ5g、5oはチャンバ9に、チャンバ5h、5i、5j、5r、5tはチャンバ10に連通されている。さらに、チャンバ8は流路11を介してチャンバ9に、チャンバ9は流路12を介してチャンバ10に連通されている。流路11には、チャンバ5d、5e、5f、5l、5mが、それぞれ流路6d、6e、6f、6l、6mを介して連通されている。」(【0030】)
(甲1-5)「【0036】
この生化学反応カートリッジ1に血液等の液体状の検体を注入して後述する処理装置にセットすると、カートリッジ1の内部でDNA等の抽出、増幅が行われ、更に、増幅した検体DNAとカートリッジ1の内部にあるDNAマイクロアレイ上のDNAプローブとの間でハイブリダイゼーションと、ハイブリダイゼーションしなかった蛍光標識付きの検体DNAと蛍光標識の洗浄とが行われる。(【0036】)
(甲1-6)「【0039】
本実施の形態においては、血液を検体とし検査者が注射器により検体入口2のゴムキャップを貫通し血液を注入すると、注入された血液はチャンバ8に流れ込む。その後に、検査者は生化学反応カートリッジ1をテーブル14上に置き、図示しないレバーを操作することにより、ポンプブロック23、24を図3の矢印の方向に移動させると、ポンプノズル21、22がカートリッジ1の両側のノズル入口3にゴムキャップを貫通して挿入される。」(【0039】)
(甲1-7)「【0044】
図4は、生化学反応カートリッジ1の製造時に、流路4の途中にフィルター7を形成する セットする構成を説明する部分斜視図である。生化学反応カートリッジ1は、最上層31と上から2番目の層32を貼り合わすことで形成されている。2番目の層32には溝33が設けられ、溝33の途中には、溝の幅と深さがともに拡張された空間34が設けられている。フィルター7を空間34に配置することができる。最上層31と2番目の層32を重ね合わせ接合する(貼り合わす)ことによって、溝33は管状の流路4となり、フィルター7は少し押しつぶされることにより空間34に隙間なく配置されるので溝の深さよりも厚いほうが好ましい。流路4の断面積は、0.1?1.0mm2程度であるが、フィルター7の断面積は5.0?50.0mm2程度であって流路4の断面積の5倍ないし500倍程度の断面積を確保している。したがって、フィルター7は電動シリンジポンプ19、20による空気の流れの抵抗になりにくい。また、フィルター7を通過する空気の流速は、流路4中を流れる場合の流速に比べて遅くなることで、空気中に含まれうる生化学反応カートリッジ内部の溶液の飛沫や揮発物、あるいは空気中の塵埃などをフィルター7によって確実に捕獲することができる。」(【0044】)
(甲1-8)「【0058】
次に、ステップS8において、ノズル入口3g、3oのみを開にし、電動シリンジポンプ19から空気を吐出し、電動シリンジポンプ20から空気を吸引してチャンバ5gのPCR用薬剤(TaKaRa EX TaqTM)をチャンバ9に流し込む。さらに、ノズル入口3g、3tのみを開にし、電動シリンジポンプ19、20で空気の吐出・吸引を交互に繰り返し、チャンバ9の溶液を流路12に流して、その後に戻す動作を繰り返して攪拌を行う。そして、ペルチェ素子16を制御して、チャンバ9内の溶液を96℃の温度に10分保持した後に、96℃・10秒間、55℃・10秒間、72℃・1分間の工程を30回繰り返し、溶出されたDNAにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を行って増幅する。」(【0058】)
(甲1-9)「

」(図1)
(甲1-10)「

」(図2)
(甲1-11)「

」(図3)
(甲1-12)「

」(図5)
(甲1-13)「

」(図6)
(甲1-14)「

」(図7)
(甲1-15)「

」(図8)
2 甲第2号証:特表2014-507937号公報
(甲2-1)「【請求項1】
サンプルのPCR解析を実行するためのアッセイカートリッジであって、該カートリッジはチャンバ;及び
(a)近位端から遠位端にかけて、入口、精製ゾーン、PCR反応ゾーン、及び検出ゾーンを備え、更に一つ又はそれ以上のエアーベントポートを備える一次流路、及び
(b)該一次流路と、各々が交差し、上記チャンバに流体接続される一つ又はそれ以上の流体導管は、該チャンバが追加のエアーベントポートに接続される、該一つ又はそれ以上の流体導管、
を含む流体ネットワーク;を含んでなり、
そして上記PCR反応ゾーンは、第一の温度制御ゾーン及び第二の温度制御ゾーンを含み、そして上記流体ネットワークは、該PCR反応ゾーンで実行されるPCR反応中、流体の計量されたボリュームを該第一と第二の温度制御ゾーン間で往復させるように構成される、上記アッセイカートリッジ。」(請求項1)
(甲2-2)「ゲノム増幅中の重要な工程は、その中で長いピースの二本鎖DNAが別々に融解する初回の変性であり、プライマー結合配列を露出し、そしてプライマーがTaqポリメラーゼによる伸長前に結合することを可能にする。好ましい実施態様では、二本鎖ゲノムDNAはサイクル前に約90秒間変性される。この工程の完了時に、一本鎖ゲノム材料を含有する液体サンプルは、第1の反応温度制御ゾーン(約96℃に維持される)から第2の反応温度制御ゾーン(約60℃に維持される)まで動き、ここではプライマーはTaqポリメラーゼの作用を通して結合しそして伸長される。カートリジはPCR反応ゾーンのこれらの2つの反応温度ゾーン間で液体を往復し、そしてこの過程は約45分まで繰り返され、検出可能PCRアンプリコンの生成をもたらす。」(【0066】)
(甲2-3)「図6(c)はカートリッジ及びその内の種々の温度制御ゾーンの別の実施態様を示す。カートリッジは、約70℃に維持される精製ゾーン(64)、二つの温度制御領域、つまり、約96℃に維持される変性領域(65)、及び約60℃に維持されるアニール/伸長領域(66)を含むPCR反応ゾーン、そして約20?40℃、好ましくは、20?35℃、そして最も好ましくは25?35℃に維持される検出ゾーン(67)を含む。好ましい実施態様において、読み取り機は更に、加熱及び冷却の両方が可能な検出ゾーンとインターネット接続する、ヒーター/冷却デバイス、例えば、熱電気的ペルチェ(Peltier)エレメントを含む。」(【0104】)
(甲2-4)「

」(図6)
3 甲第3号証:特開2009-232700号公報
(甲3-1)「【請求項4】
少なくとも試料の反応処理を行なうべき所定位置が外部から光学的に検知できる光透過性になっている反応流路と、
前記反応流路の一端に設けられた試料導入口と、
前記試料導入口から導入された試料を前記反応流路内で移動させるための試料搬送機構と、
反応流路の前記所定位置の温度調節を行なう温度調節部と、
反応流路の前記所定位置に光照射をしその光学的変化から試料位置を検知する光測定部と、を備えている反応処理装置。」(請求項4)
(甲3-2)「【請求項6】
前記所定位置は反応流路に沿って複数設けられており、前記温度調節部は各所定位置の温度をポリメラーゼ連鎖反応を起こさせる互いに異なる温度に調節するものであり、
試料が前記試料搬送機構によりポリメラーゼ連鎖反応を起こさせる順で前記各所定位置へ移動させられることによりポリメラーゼ連鎖反応が行なわれる請求項4に記載の反応処理装置。」(請求項6)
(甲3-2)「【0022】
次に、反応処理方法及び反応処理装置の他の例を図4を参照しながら説明する。
この例では、反応流路4に導入した試料を2箇所で位置決めできるように、2箇所に光測定部14a,14bが配置され、それに対応した2箇所に窓17a,17bをもつ遮光部材16’が透明基板2a上に配置されている。透明基板2bの裏面側には反応流路4上の光測定部14a,14bで位置決めされる位置とその間の位置をポリメラーゼ連鎖反応を起こさせる互いに異なる温度に調節することができる温度調節部12’が配置されている。」(【0022】)
(甲3-3)「【0024】
この反応処理装置でポリメラーゼ連鎖反応処理を行なうには、試料3として核酸(DNA)にポリメラーゼ連鎖反応試薬を添加したものを用い、例えば、光測定部14aで位置決めされる位置を(1)鋳型DNAに熱変形を起こさせる温度(92?97℃)にし、光測定部14bで位置決めされる位置を(2)プライマーのアニーリングを行なうための温度(50?72℃)にし、その間の位置を(3)DNAの合成を行なうための温度(72℃)にする。試料3を光測定部14a,14bのそれぞれで位置決めされる位置の間で交互に移動させる。これにより、試料3が各位置へ移動にするに伴なってその温度が(1)鋳型DNAに熱変形を起こさせる温度(92?97℃)、(2)プライマーのアニーリングを行なうための温度(50?72℃)、(3)DNAの合成を行なうための温度(72℃)のサイクルで順に変化するため、試料3に含まれるDNAを増幅させることができる。」【0024】
(甲3-4)「

」(図4)
4 甲第4号証:特開2015-139379号公報
(甲4-1)「【請求項1】
PCR反応を行うことができる一端が閉じられた少なくとも1つの毛細管を固定するための支持体、熱変性温度帯、並びに伸長/アニーリング温度帯を形成できるヒーター、前記毛細管内の圧力を調節可能な圧力調節機構を備えた核酸増幅装置であって、前記伸長/アニーリング温度帯は、伸長温度帯とアニーリング温度帯からなる2つの温度帯であるか、伸長温度帯とアニーリング温度帯を兼ねる伸長兼アニーリング温度帯であり、前記毛細管は内部のPCR試料液が前記温度帯のいずれかで加熱されるように前記支持体に取り付けることができ、前記圧力調節機構は前記毛細管の開放側の端部と接続可能であり、毛細管内の圧力を大気圧以上の圧力条件下で前記圧力調節機構により調節することで毛細管内のPCR試料液を前記いずれかの温度帯に繰り返し移動させることができる、核酸増幅装置。」(請求項1)
5 甲第5号証:特開2005-323519号公報
(甲5-1)「【請求項20】
マイクロ流体デバイスの流路に試液を流通させることによって前記試液に対する試験を行うための試験システムであって、
前記マイクロ流体デバイスには、
前記流路に注入された試液に対する試験を行うための1つまたは複数の試験部が設けられ、
前記流路の一端部側において正逆両方向に液体を搬送することの可能なマイクロポンプが設けられ、
前記マイクロポンプおよび前記マイクロポンプの液体出入口の近辺の流路において、駆動用の液体である駆動液が満たされ、
前記流路において前記試液と前記駆動液との間には気体が封入されて前記試液と前記駆動液とが直接に接しないようになっており、
前記流路内における前記試液の状態を検出するための検出装置が設けられ、
前記マイクロポンプを正逆方向に繰り返して駆動して前記駆動液を正逆方向に搬送することによって、前記気体を介して前記試液を前記流路内において正逆方向に流通させ、前記試液を前記試験部に対して繰り返して移動させまたは通過させるとともに、前記検出装置によって前記試液の状態を検出するように構成されている、
ことを特徴とする試液の試験システム。
【請求項21】
前記試験部は、互いに温度の異なる3つの加熱部であり、
前記マイクロポンプの駆動によって、前記試液を前記3つの加熱部に順次繰り返して移動させ、これによってPCR法によって前記試液に含まれる遺伝子を増幅する、
請求項20記載の試液の試験システム。」(請求項20、21)
(甲5-2)「【0044】
これらの加熱部KN1?3には、図示しない加熱駆動部から電流が供給され、それぞれ、PCR反応の変性、伸長、アニールに対応する温度となるように加熱され制御されている。それらの温度は、例えば、加熱部KN1が95度C、加熱部KN2が75度C、加熱部KN3が55度Cである。しかしこれらの温度は一例であり、また厳密にこれらの温度でなければならないものでもない。また、3つの加熱部KNの配置順序も変更可能である。」(【0044】)
(甲5-3)「【0075】
すなわち、マイクロポンプMP1の駆動量および駆動方向を制御することにより、試液を処理室RY1?3の間において往復移動させることができる。そして、試液を所定の処理室RYに入れた状態で、所定の時間その状態を維持し、これを繰り返すことによって、試液をPCR法に必要な温度サイクルにかけることができる。これによって遺伝子増幅が行われる。」(【0075】)

第5 当審の判断
1 理由1:特許法第29条第2項(進歩性違反)
(1)本件特許発明1
ア 甲第1号証に記載された発明
上記第4の1の記載事項(甲1-1)?(甲1-15)から、甲第1号証には次の発明が記載されている。
「生化学カートリッジであり、
最上層31と上から2番目の層32を貼り合わすことで形成され、2番目の層32には溝33が設けられ、溝33の途中には、溝の幅と深さがともに拡張された空間34が設けられ、フィルター7を空間34に配置することができ、最上層31と2番目の層32を重ね合わせ接合する(貼り合わす)ことによって、溝33は管状の流路4となり、
カートリッジ1の上部には、注射器等を用いて血液等の検体を注入する際の検体入口2が設けられ、検体入口2はチャンバ8に連通され、
カートリッジ1の側面には内部の溶液を移動するためにノズルを挿入して加圧或いは減圧を行うための接続部であるところの複数のノズル入口3が設けられ、ノズル入口3a?3jは流路4a?4jを介してチャンバ5a?5jに連通され、反対側のノズル入口3k、3l、3m、3o、3r、3tは、それぞれ流路4k、4l、4m、4o、4r、4tを介してチャンバ5k、5l、5m、5o、5r、5tに連通され、チャンバ5a、5b、5c、5kはチャンバ8に、チャンバ5g、5oはチャンバ9に、チャンバ5h、5i、5j、5r、5tはチャンバ10に連通され、さらに、チャンバ8は流路11を介してチャンバ9に、チャンバ9は流路12を介してチャンバ10に連通され、流路11には、チャンバ5d、5e、5f、5l、5mが、それぞれ流路6d、6e、6f、6l、6mを介して連通されており、
流路4a?4jおよび流路4k、4l、4m、4o、4r、4tのそれぞれの途中には、前記フィルター7である、検体あるいは検体を生化学処理するための溶液あるいはそれらの混合物の、飛沫もしくは揮発物を捕獲するための不織布で構成されたフィルター7a?7jおよびフィルター7k、7l、7m、7o、7r、7tが形成されており、
生化学反応カートリッジ1に血液等の液体状の検体を注入して処理装置にセットすると、カートリッジ1の内部でDNA等の抽出、増幅が行われ、
処理装置における処理手順のステップの一つであるステップ8において、ノズル入口3g、3oのみを開にし、電動シリンジポンプ19から空気を吐出し、電動シリンジポンプ20から空気を吸引してチャンバ5gのPCR用薬剤をチャンバ9に流し込み、ペルチェ素子16を制御して、チャンバ9内の溶液を96℃の温度に10分保持した後に、96℃・10秒間、55℃・10秒間、72℃・1分間の工程を30回繰り返し、溶出されたDNAにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を行う
生化学カートリッジ。」(以下甲1発明Aという。)

イ 本件特許発明1と甲1発明Aとの対比
甲1発明Aの「2番目の層32」は本件特許発明1の「基板」に相当する。
甲1発明Aの「2番目の層32」に設けられた「溝33」は本件特許発明1の「前記基板に形成された流路」に相当する。
甲1発明Aの「流路4a?4jおよび流路4k、4l、4m、4o、4r、4tのそれぞれの途中」に設けられた「フィルター7a?7jおよびフィルター7k、7l、7m、7o、7r、7t」は本件特許発明1の「流路」の「端に設けられ」た「フィルタ」に相当する。
甲1発明Aの「カートリッジ1の側面」に設けられた「内部の溶液を移動するためにノズルを挿入して加圧或いは減圧を行うための接続部であるところの複数のノズル入口」は、本件特許発明1の「前記フィルタを通じて前記流路と連通する」「空気連通口」に相当する。
甲1発明Aの「チャンバ9」は本件特許発明1の「サーマルサイクル領域」に相当する。
甲1発明Aの「フィルター7」が、「最上層31と2番目の層32を重ね合わせ接合する(貼り合わす)ことによって、」「管状の流路4」となった「溝33」「の途中」に設けられた、「溝の幅と深さがともに拡張された空間34」に「配置」されることは、本件特許発明1の「前記フィルタは、基板に形成されたフィルタ設置スペースに収まること」に相当する。
また、カートリッジ全体の断面図である(甲1-14)、(甲1-15)から、甲1発明Aの「2番目の層32」は平行平板であると認められる。
フィルタの厚みとは、一般的にフィルタの流路方向における厚みを指すと解されるところ、(甲1-14)、(甲1-15)から、フィルター7a、7k、7h、7rは「2番目の層32」よりも厚みが小さいと認められる。また、フィルター7a、7k、7h、7r以外のフィルターも、(甲1-3)に記載されるとおり、検体あるいは検体を生化学処理するための溶液あるいはそれらの混合物の、飛沫もしくは揮発物を捕獲するために、ノズル入口とチャンバの間の流路に形成されるものであるから、フィルター7a、7k、7h、7rと同様の構造であって、「2番目の層32」よりも厚みが小さいものである蓋然性が高い。

したがって、両者は、
「基板と、
前記基板に形成された流路と、
前記流路の端に設けられたフィルタと、
前記フィルタを通じて前記流路と連通する空気連通口と、
PCRに供される試料を前記流路内に導入するための試料導入口と、
前記流路における前記フィルタの間に形成された、サーマルサイクル領域と、
を備え、
前記基板は、平行平板状の基板であり、
前記フィルタは、前記基板よりも厚みが小さく、
前記フィルタは、前記基板に形成されたフィルタ設置スペースに収まることを特徴とするPCR反応容器。」
である点で一致し、少なくとも以下の点で相違すると認められる。
(相違点1)
本件特許発明1では、サーマルサイクル領域が、試料にPCRを生じさせることが可能な異なる複数の温度領域を含み、前記複数の温度領域の間で試料が繰り返し往復移動することが特定されているのに対し、甲1発明Aでは、「ペルチェ素子16を制御して、チャンバ9内の溶液を96℃の温度に10分保持した後に、96℃・10秒間、55℃・10秒間、72℃・1分間の工程を30回繰り返」すものであり、すなわちPCRに供される試料はサーマルサイクル領域内で移動せず、サーマルサイクル領域内の温度が経時的に変化する点。
(相違点2)
本件特許発明1では、フィルタが、流路の両端に設けられた一対のものであり、フィルタを通じて前記流路と連通する空気連通口も一対のものであるのに対し、甲1発明Aでは、流路の先端が3つ以上存在し、フィルタ及び本件特許発明1の「空気連通口」に相当する「ノズル入口」もそれぞれ一対でないことから、フィルタが流路両端に設けられた一対のものではなく、フィルタを通じて前記流路と連通する空気連通口も一対のものではない点。
(相違点3)
本件特許発明1では、フィルタが、「流路内のコンタミネーションを防止するための」ものであるが、甲1発明Aでは、フィルタが「検体あるいは検体を生化学処理するための溶液あるいはそれらの混合物の、飛沫もしくは揮発物を捕獲するための」ものであって、「流路内のコンタミネーションを防止するための」ものではない点。

ウ 相違点についての判断
事案に鑑み、相違点1及び2について検討する。
(相違点1について)
甲2?5(甲2-1?甲5-3)から、異なる複数の温度領域を含むサーマルサイクル領域を有するPCR容器であって、当該異なる複数の温度領域の間を、PCRに供される試料を繰り返し往復させて使用するPCR容器は、本件特許出願当時における周知技術であると認められる。
しかしながら、甲1発明Aの生化学カートリッジは、(甲1-5)、(甲1-13)にあるように、PCRのみを行うものではなく、その内部で、注入された血液等の検体からのDNA抽出、PCRによって増幅した検体DNAとカートリッジの内部にあるDNAマイクロアレイ上のDNAプローブとの間におけるハイブリダイゼーション、及びハイブリダイゼーションしなかった蛍光標識付きの検体DNAと蛍光標識の洗浄も行うものであるから、(甲1-5)、(甲1-13)の工程を行うのに適した構造である必要があり、(甲1-10)に記載したとおりの複雑な構造を有するものである。
このような既に複雑な構造を有する甲1発明Aの生化学カートリッジにおいて、サーマルサイクル領域であるチャンバ9を、異なる複数の温度領域を有するものに変更し、さらに当該異なる複数の温度領域の間を、PCRに供される試料が繰り返し往復できるものとするには、チャンバ9の分割を含む構造の大きな改変が必要となり、甲第1号証にそのような改変を行うに足る十分な動機があったとは認められない。

(相違点2について)
甲1発明Aの生化学カートリッジは、上記(相違点1について)において検討したように、(甲1-5)、(甲1-13)から、PCRのみを行うものではなく、その内部で、注入された血液等の検体からのDNA抽出、PCRによって増幅した検体DNAとカートリッジの内部にあるDNAマイクロアレイ上のDNAプローブとの間におけるハイブリダイゼーション、及びハイブリダイゼーションしなかった蛍光標識付きの検体DNAと蛍光標識の洗浄も行うものであるから、(甲1-10)のとおり、各工程に応じて試料等を移動させる必要があり、流路の端を3つ以上設け、流路ノズル入口及びフィルタも3つ以上存在する必要があると認められる。そうしてみると、甲1発明Aの生化学カートリッジにおいて、(甲1-10)の多数の流路の端を「両端」にし、ノズル入口及びフィルタを、それぞれ一対ずつとする設計変更は、極めて困難であると認められる。
そして、甲第2?5号証には、上記の設計変更の動機となる記載は認められない。

したがって、本件特許発明1は、相違点1、相違点2の点で、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載されている周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、その余の相違点について検討するまでもなく、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 申立人の主張について
申立人は、上記周知技術の存在に加え、(甲1-8)のとおり、甲1には、チャンバ9の溶液を流路12に流して、その後に戻す動作を繰り返すことが記載されていることから、流路において試料を繰り返し往復移動させ得ることが示唆されていると認められること、一方で、甲1発明Aに上記周知技術を適用できない理由は見当たらないことを指摘し、本件特許発明1の進歩性を有しない旨を主張している。
しかしながら、上記(相違点1について)に記載したように、甲1発明Aの生化学カートリッジが既に複雑な構造を有するものであることは、上記周知技術の適用を阻害し得ることである。そして、(甲1-7)に記載される試料の往復移動は、攪拌を目的としたものであって、試料の温度調節のためのものではなく、試料の往復移動が可能であることを示唆する程度に過ぎない。
また、申立人は、甲1に記載される「ノズル入口3g及びノズル入口3t」、「フィルター7g、7t」が、本件特許発明1における「一対の空気連通路」、「一対のフィルタ」に相当する旨を主張している。
しかしながら、甲第1号証に記載される生化学カートリッジには、ノズル入口3g及びノズル入口3t以外にもノズル入口が存在し、生化学カートリッジを使用中、一時的に一対のノズル入口にのみノズルが挿入されることをもって、生化学カートリッジに存在するノズル入口が一対であると認定することはできない。この点は、流路の端及びフィルタについても同様である。
よって、上記申立人の主張は採用できず、本件特許発明1の進歩性は否定されない。

(2)本件特許発明2?11
本件特許発明2?5は、本件特許発明1に更なる限定を加えた発明である。また、本件特許発明6?11は、本件特許発明1に更なる構成を加えた発明である。
上記(1)で述べたように、本件特許発明1が、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載されている周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件特許発明2?11も、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載されている周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件特許発明12
ア 甲第1号証に記載された発明
上記第4の1の記載事項(甲1-1)?(甲1-15)から、甲第1号証には次の発明が記載されている。
「最上層31と上から2番目の層32を貼り合わすことで形成され、2番目の層32には溝33が設けられ、溝33の途中には、溝の幅と深さがともに拡張された空間34が設けられ、フィルター7を空間34に配置することができ、最上層31と2番目の層32を重ね合わせ接合する(貼り合わす)ことによって、溝33は管状の流路4となり、
カートリッジ1の上部には、注射器等を用いて血液等の検体を注入する際の検体入口2が設けられ、検体入口2はチャンバ8に連通され、
カートリッジ1の側面には内部の溶液を移動するためにノズルを挿入して加圧或いは減圧を行うための接続部であるところの複数のノズル入口3が設けられ、ノズル入口3a?3jは流路4a?4jを介してチャンバ5a?5jに連通され、反対側のノズル入口3k、3l、3m、3o、3r、3tは、それぞれ流路4k、4l、4m、4o、4r、4tを介してチャンバ5k、5l、5m、5o、5r、5tに連通され、チャンバ5a、5b、5c、5kはチャンバ8に、チャンバ5g、5oはチャンバ9に、チャンバ5h、5i、5j、5r、5tはチャンバ10に連通され、さらに、チャンバ8は流路11を介してチャンバ9に、チャンバ9は流路12を介してチャンバ10に連通され、流路11には、チャンバ5d、5e、5f、5l、5mが、それぞれ流路6d、6e、6f、6l、6mを介して連通されており、
流路4a?4jおよび流路4k、4l、4m、4o、4r、4tのそれぞれの途中には、前記フィルター7である、検体あるいは検体を生化学処理するための溶液あるいはそれらの混合物の、飛沫もしくは揮発物を捕獲するための不織布で構成されたフィルター7a?7jおよびフィルター7k、7l、7m、7o、7r、7tが形成されており、
生化学反応カートリッジ1に血液等の液体状の検体を注入して処理装置にセットすると、カートリッジ1の内部でDNA等の抽出、増幅が行われ、
処理装置における処理手順のステップの一つであるステップ8において、ノズル入口3g、3oのみを開にし、電動シリンジポンプ19から空気を吐出し、電動シリンジポンプ20から空気を吸引してチャンバ5gのPCR用薬剤をチャンバ9に流し込み、ペルチェ素子16を制御して、チャンバ9内の溶液を96℃の温度に10分保持した後に、96℃・10秒間、55℃・10秒間、72℃・1分間の工程を30回繰り返し、溶出されたDNAにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を行う、生化学カートリッジに、血液等の検体を注入し、当該生化学カートリッジを生化学処理装置のテーブル14に置くこと、
ポンプノズル21、22をカートリッジ1の両側のノズル入口3に挿入すること、
処理装置における処理手順のステップの一つであるステップ8において、ノズル入口3g、3oのみを開にし、電動シリンジポンプ19から空気を吐出し、電動シリンジポンプ20から空気を吸引してチャンバ5gのPCR用薬剤をチャンバ9に流し込み、ペルチェ素子16を制御して、チャンバ9内の溶液を96℃の温度に10分保持した後に、96℃・10秒間、55℃・10秒間、72℃・1分間の工程を30回繰り返し、溶出されたDNAにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を行うこと、
を含む検体の生化学処理方法。」(以下甲1発明Bという。)

イ 本件特許発明12と甲1発明Bとの対比
上記「(3)本件特許発明1」の「イ 本件特許発明1と甲1発明Aとの対比」に記載した事項以外の対比については、以下のとおりである。

甲1発明Bの「生化学カートリッジに、血液等の検体を注入し、当該生化学カートリッジを生化学処理装置のテーブル14に置くこと」は、本件特許発明12の「PCR反応容器を準備するステップ」に相当する。
甲1発明Bの「ポンプノズル21、22をカートリッジ1の両側のノズル入口3に挿入すること」は、本件特許発明12の「前記流路内の圧力を制御するためのポンプシステムを前記空気連通口に接続するステップ」に相当する。

したがって、両者は、
「平行平板状の基板と、
前記基板に形成された流路と、
前記流路の端に形成された設置スペースに収まり、厚みが前記基板よりも厚みが小さいフィルタと、
前記フィルタを通じて前記流路と連通する空気連通口と、
PCRに供される試料を前記流路内に導入するための試料導入口と、
前記流路における前記フィルタの間に形成された、サーマルサイクル領域と、を備えるPCR反応容器を準備するステップと、
前記流路内の圧力を制御するためのポンプシステムを前記空気連通口に接続するステップと、
を備えることを特徴とするPCR方法。
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。
(相違点1)
本件特許発明12では、サーマルサイクル領域内において、試料のPCRが可能となるように複数の温度領域の温度をそれぞれ制御するステップ、及びポンプシステムを作動させることによって、流路内の試料にかかる圧力を制御して、前記サーマルサイクル領域内において、試料を前記複数の温度領域の間で繰り返し往復移動させて、試料にPCRを生じさせるステップを含むことが特定されているのに対し、甲1発明Bでは、「ペルチェ素子16を制御して、チャンバ9内の溶液を96℃の温度に10分保持した後に、96℃・10秒間、55℃・10秒間、72℃・1分間の工程を30回繰り返し、溶出されたDNAにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を行うこと」を含むものであり、すなわちサーマルサイクル領域内に複数の温度領域は存在せず、PCRに供される試料はサーマルサイクル領域内で移動せず、サーマルサイクル領域内の温度が経時的に変化する点。
(相違点2)
本件特許発明12では、フィルタが、流路の両端に形成された設置スペースに収まるものであり、フィルタを通じて前記流路と連通する空気連通口も一対のものであるのに対し、甲1発明Bでは、流路の先端が3つ以上存在すること、並びにフィルタ及び本件特許発明12の「空気連通口」に相当する「ノズル入口」もそれぞれ一対でないことから、フィルタが流路の両端に形成された設置スペースに収まる、一対のものではなく、フィルタを通じて前記流路と連通する空気連通口も一対のものではない点。

ウ 相違点についての判断
(相違点1について)
甲2?5(甲2-1?甲5-3)から、異なる複数の温度領域を含むサーマルサイクル領域を有するPCR容器であって、当該異なる複数の温度領域の間を、PCRに供される試料を繰り返し往復させて使用するPCR容器は、本件特許出願当時における周知技術であると認められる。
しかしながら、上記「(3)本件特許発明1」の「ウ 相違点についての判断」の「(相違点1について)」にも記載したように、甲1発明Bの生化学処理方法で使用される生化学カートリッジは、(甲1-5)、(甲1-13)にあるように、PCRのみを行うものではなく、甲1発明Bにおける、ステップ8のPCR法を行うステップは、複数の工程の一つに過ぎず、(甲1-5)、(甲1-13)にあるように、甲1発明Bで使用される生化学カートリッジは、その内部で、注入された血液等の検体からのDNA抽出、PCRによって増幅した検体DNAとカートリッジの内部にあるDNAマイクロアレイ上のDNAプローブとの間におけるハイブリダイゼーション、及びハイブリダイゼーションしなかった蛍光標識付きの検体DNAと蛍光標識の洗浄も行うものであるから、甲1発明Bの生化学処理方法で使用される生化学カートリッジは、(甲1-5)、(甲1-13)の工程を行うのに適した構造である必要があり、(甲1-10)に記載したとおりの複雑な構造を有するものである。
このような既に複雑な構造を有する甲1発明Bの生化学カートリッジにおいて、サーマルサイクル領域であるチャンバ9を、試料にPCRを生じさせることが可能な異なる複数の温度領域を有するものに変更し、さらに、試料を前記複数の温度領域の間で繰り返し往復移動させるには、チャンバ9の分割を含む構造の大きな改変が必要となり、甲第1号証にそのような改変を行うに足る十分な動機があったとは認められない。

(相違点2について)
上記「(3)本件特許発明1」の「ウ 相違点についての判断」の「(相違点2について)」にも記載したとおりであるが、甲1発明Bの生化学処理方法で使用される生化学カートリッジは、上記(相違点1について)において検討したように、(甲1-5)、(甲1-13)から、PCRのみを行うものではなく、その内部で、注入された血液等の検体からのDNA抽出、PCRによって増幅した検体DNAとカートリッジの内部にあるDNAマイクロアレイ上のDNAプローブとの間におけるハイブリダイゼーション、及びハイブリダイゼーションしなかった蛍光標識付きの検体DNAと蛍光標識の洗浄も行うものであるから、(甲1-10)のとおり、各工程に応じて試料等を移動させる必要があり、流路の端を3つ以上設け、流路ノズル入口及びフィルタも3つ以上存在する必要があると認められる。そうしてみると、甲1発明Aの生化学カートリッジにおいて、(甲1-10)の多数の流路の端を「両端」にし、ノズル入口及びフィルタを、それぞれ一対ずつとする設計変更は、極めて困難であると認められる。
そして、甲第2?5号証には、上記の設計変更の動機となる記載は認められない。

したがって、本件特許発明12は、相違点1、相違点2の点で、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載されている周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、その余の相違点について検討するまでもなく、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 申立人の主張について
申立人は、「(3)本件特許発明1」の「エ 申立人の主張について」に記載した点と同様の点を指摘し、本件特許発明12の進歩性を有しない旨を主張している。
しかしながら、同「(3)本件特許発明1」の「エ 申立人の主張について」に記載したとおりであるから、上記申立人の主張は採用できず、本件特許発明12の進歩性は否定されない。

2 理由2:特許法第36条第6項第2号(明確性要件違反)
ア 申立人の主張
請求項1の「フィルタ設置スペース」との用語は、明細書中に定義が存在しないため、本件特許の図2等に記載されるような、フィルタを設置するための窪みを意味するのか、フィルタが設けられているいかなるスペースをも意味するのか不明である上、「前記フィルタは、前記基板に形成されたフィルタ設置スペースに収まる」なる文言により「フィルタ設置スペース」はある程度明確に仕切られた範囲とする必要があるが、当該用語の意味が不明であるため、具体的にどのようなものまでが本件特許発明1の技術的範囲に含まれることになるのか理解できない、そして、本件特許発明12についても同様であることを指摘し、本件特許発明1,12、及び請求項1,12を引用する本件特許発明2?11,13?18は明確でないことを主張している。

イ 判断
「フィルタ設置スペース」は文言どおり「フィルタが設置されるスペース」と解されるべきであり、基板にフィルタが設置されるスペースが設けられること、及びフィルタが当該スペースに収まることを、当業者が明確に理解できるため、請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる。
次に、明細書又は図面に請求項に記載された用語についての定義又は説明があるか否かを検討したところ、図2においてフィルタ28が基板14に設けられた空間に収まることが記載され、通常の意味で解した「フィルタ設置スペース」と何ら矛盾しない例が記載されている。
そうすると、本件特許発明1,12、及び請求項1,12を引用する本件特許発明2?11,13?18は明確である。

3 理由3:特許法第36条第6項第1号(サポート要件違反)
ア 申立人の主張
本件特許発明1?18の技術的課題は、「コンタミネーションを防止すること」であり、本件特許発明1において、「前記流路の両端に設けられ、前記流路内のコンタミネーションを防止するための一対のフィルタ」が規定され、「前記基板よりも厚みが小さ」いこと、及び「前記基板に形成されたフィルタ設置スペースに収まること」が規定されており、本件特許発明12においても、「前記流路の両端に形成された設置スペースに収まり、厚みが前記基板よりも厚みが小さい一対のフィルタ」が規定されているが、フィルタが設置スペースにどのように収まっているのかが必ずしも明確でないため、フィルタがフィルタ設置スペースと隙間が生じる構成や、フィルタに圧力が加わることによってフィルタがフィルタ設置スペースから簡単に外れてしまう構成が含まれることとなり、当該構成においては、上記課題を解決することができないと指摘し、本件特許発明1?18が発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない旨を主張している。

イ 判断
本件特許発明1には、フィルタが「流路内のコンタミネーションを防止するための」ものであることが記載されていること、及び本件特許明細書の【0033】、【0050】、【0074】、【0091】には、フィルタがコンタミネーションを防止することが記載されていることから、本件特許発明1?18のPCR容器又は当該PCR反応容器を使用したPCR方法において、フィルタが流路内のコンタミネーションの防止を目的に設けられるものであることは明らかであり、本件特許発明1?18に、フィルタがフィルタ設置スペースにおいて隙間が生じる構成や、フィルタに圧力が加わることによってフィルタがフィルタ設置スペースから簡単に外れてしまう構成といった、流路内のコンタミネーションが発生する危険性の高い構成を有するPCR反応容器及び当該PCR反応容器を使用したPCR方法の発明は、当然含まれないと解すべきである。
そうすると、本件特許発明1?18は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとは認められず、本件特許発明1?18は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

4 理由4:特許法第36条第4項第1号(実施可能要件違反)
ア 申立人の主張
本件特許発明1?18には、フィルタがフィルタ設置スペースにどのように収まっているのかが規定されておらず、本件特許の発明の詳細な説明にも、フィルタがフィルタ設置スペースにどのように固定されているのか記載されていない点を指摘し、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1?18について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない旨を主張している。

イ 判断
当業者がフィルタを含む容器の設計に際して、フィルタの設置目的を達成できるように容器を設計することが通常である。本件特許発明1?18の場合、上記「3 理由3:特許法第36条第6項第1号(サポート要件違反)」の「イ 判断」にも記載したように、フィルタの設置目的は流路内のコンタミネーションの防止にあるから、当業者であれば、当該目的を達成するように容器を設計するのであって、図2には、フィルタが設置された基板が具体的に示されている。そして、当該目的の達成し得るフィルタの設置は、発明の詳細な説明にフィルタの具体的な固定方法等が記載されていなくとも、当業者であれば実施できる程度のことである。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識を考慮すると、本件発明1?18について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立理由によっては、本件特許発明1?18に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件特許発明1?18に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-10-28 
出願番号 特願2020-103879(P2020-103879)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C12M)
P 1 651・ 121- Y (C12M)
P 1 651・ 537- Y (C12M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中野 あい  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 高堀 栄二
平林 由利子
登録日 2021-01-21 
登録番号 特許第6827581号(P6827581)
権利者 日本板硝子株式会社 株式会社ゴーフォトン 国立研究開発法人産業技術総合研究所
発明の名称 PCR反応容器、PCR装置およびPCR方法  
代理人 森下 賢樹  
代理人 森下 賢樹  
代理人 森下 賢樹  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ