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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H02J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H02J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H02J
管理番号 1380944
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-01-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-05-21 
確定日 2021-12-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第6829107号発明「鉄道用電力補償装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6829107号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6829107号の請求項1、2に係る特許についての出願は、平成29年2月23日に出願され、令和3年1月25日にその特許権の設定登録がされ、令和3年2月10日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和3年5月19日に特許異議申立人佐古孝介(以下、「異議申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。


第2 本件特許発明
特許第6829107号の請求項1、2の特許に係る発明(以下、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。

「 【請求項1】
三相電力をM座とT座との二つの単相回路に変換する変圧器の単相側に接続され、前記M座と前記T座とのそれぞれに接続された二つの単相変換器と、
前記二つの単相変換器のそれぞれの有効電力または有効電流を検出する電力検出部と、
前記電力検出部の検出結果を参照し、前記M座と前記T座とのそれぞれから得られる有効電力の差分に1/2を乗算して前記M座の有効電力を補償する差分有効電力補償部と、
前記二つの単相変換器ごとの電圧を検出する電圧検出部と、
前記二つの単相変換器ごとの電圧指令値と、前記電圧検出部により検出された電圧検出値との差分に基づいて、前記二つの単相変換器から無効電力を出力させる電力制御部と、を備え、
前記電力制御部は、前記二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて、前記有効電力の出力を制限する第1のリミッタ部を更に備える、
鉄道用電力補償装置。
【請求項2】
前記二つの単相変換器の無効電力の出力の絶対値を、前記二つの単相変換器の定格電力よりも小さい値とする第2のリミッタ部を更に備える、
請求項1に記載の鉄道用電力補償装置。」


第3 申立理由の概要
異議申立人の申立理由の概要は、次のとおりである。
(理由1)特許法第29条第2項進歩性)について
本件請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものである。
よって、請求項1及び2に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(理由2)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
本件請求項1の「前記二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて、前記有効電力の出力を制限する」ことについて発明の詳細な説明に記載されていない。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2に係る発明の特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(理由3)特許法第36条第4項第1号実施可能要件)について
本件請求項2に係る発明に関して、発明の詳細な説明には、無効電力に対するリミッタ値を第2減算部が出力する無効電力に対して、上限及び下限ともに、約60%〜80%程度とすることによって、「二つの単相変換器の無効電力の出力の絶対値を、前記二つの単相変換器の定格電力よりも小さい値とする」ことが必ず実施可能か否かについて当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証: 特開2014−83900号公報
甲第2号証: 特開2009−124823号公報
甲第3号証: 特開平9−23657号公報


第4 甲号証の記載
1.甲第1号証
甲第1号証には、「電気鉄道用電力給電システムの制御装置」に関して、図面と共に以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

「【0009】
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1における電気鉄道用電力給電システムを示す構成図である。
図1において、三相/二相変換変圧器1は、ここでは、いわゆるスコット結線変圧器を用いた場合で示しており、その1次三相側は、三相交流電源100に接続され、2次二相側は、それぞれ第1のき電線負荷である、M座側の列車負荷2および第2のき電線負荷である、T座側の列車負荷3に単相電力を供給する。
・・・中略・・・
【0010】
4の符号で示す枠内の部分を、電気鉄道用電圧変動補償装置(以下、RPCと称す)と呼んでおり、以下、そのRPC4の構成について説明する。
検出装置M5は、M座側のき電線電流IMおよびき電電圧VMを検出する。検出装置T6は、T座側のき電線電流ITおよびき電電圧VTを検出する。
第1および第2の電力変換器である、M座インバータ10およびT座インバータ11は、その直流側が互いに接続され、その交流側はそれぞれ単相変圧器8および9を介してM座側およびT座側のき電線に接続されている。
【0011】
・・・中略・・・
【0012】
図2は、図1の制御装置7の内部構成を示す。図2において、負荷検出手段12は、検出装置M5および検出装置T6からの電流、電圧の検出データからM座側の有効電力PM、無効電力QMおよびT座側の有効電力PT、無効電力QTを算出する。融通有効電力算出手段13は、三相/二相変換変圧器1から見た2次M座側およびT座側の有効電力が均等化するよう負荷検出手段12からの出力に基づきM座インバータ10およびT座インバータ11を介して融通する融通有効電力PCを式(1)により算出する。
【0013】
PC=(PM−PT)/2 ・・・ 式(1)
【0014】
第1の補償無効電力算出手段としてのM座補償無効電力算出手段14は、M座側のき電電圧が所定の第1の指定電圧であるM座指定電圧より高いときはM座側の無効電力QMを相殺補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、M座側のき電電圧がM座指定電圧以下のときはM座側のき電電圧をM座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QMCを算出する。
第2の補償無効電力算出手段としてのT座補償無効電力算出手段15は、T座側のき電電圧が所定の第2の指定電圧であるT座指定電圧より高いときはT座側の無効電力QTを相殺補償するために必要な補償無効電力QTCを算出し、T座側のき電電圧がT座指定電圧以下のときはT座側のき電電圧をT座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QTCを算出する。
【0015】
第1の電力変換器制御手段としてのM座インバータ制御手段16は、融通有効電力算出手段13からの融通有効電力PCとM座補償無効電力算出手段14からの補償無効電力QMCとを出力するようM座インバータ10を制御する。
第2の電力変換器制御手段としてのT座インバータ制御手段17は、融通有効電力算出手段13からの融通有効電力PCとT座補償無効電力算出手段15からの補償無効電力QTCとを出力するようT座インバータ11を制御する。」

上記の記載によれば、甲第1号証には以下の事項が記載されている。

・上記段落【0009】によれば、三相/二相変換変圧器1は、その1次三相側は、三相交流電源100に接続され、2次二相側は、それぞれM座側の列車負荷2およびT座側の列車負荷3に単相電力を供給している。

・上記段落【0010】によれば、M座インバータ10およびT座インバータ11は、その直流側が互いに接続され、その交流側はそれぞれ単相変圧器8および9を介してM座側およびT座側のき電線に接続されている。
また、検出装置M5は、M座側のき電線電流IMおよびき電電圧VMを検出し、検出装置T6は、T座側のき電線電流ITおよびき電電圧VTを検出している。

・上記段落【0012】によれば、負荷検出手段12は、検出装置M5および検出装置T6からの電流、電圧の検出データからM座側の有効電力PM、無効電力QMおよびT座側の有効電力PT、無効電力QTを算出している。

・上記段落【0012】【0013】によれば、融通有効電力算出手段13は、負荷検出手段12からの出力に基づき融通する融通有効電力PCをPC=(PM−PT)/2 により算出している。

・上記段落【0014】によれば、M座補償無効電力算出手段14は、M座側のき電電圧がM座指定電圧より高いときはM座側の無効電力QMを相殺補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、M座側のき電電圧がM座指定電圧以下のときはM座側のき電電圧をM座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、
T座補償無効電力算出手段15は、T座側のき電電圧がT座指定電圧より高いときはT座側の無効電力QTを相殺補償するために必要な補償無効電力QTCを算出し、T座側のき電電圧がT座指定電圧以下のときはT座側のき電電圧をT座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QTCを算出している。

・上記段落【0015】によれば、M座インバータ制御手段16は、融通有効電力算出手段13からの融通有効電力PCとM座補償無効電力算出手段14からの補償無効電力QMCとを出力するようM座インバータ10を制御し、T座インバータ制御手段17は、融通有効電力算出手段13からの融通有効電力PCとT座補償無効電力算出手段15からの補償無効電力QTCとを出力するようT座インバータ11を制御している。

そうしてみると、上記の摘記事項及び上記検討によれば甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「三相/二相変換変圧器1は、その1次三相側は、三相交流電源100に接続され、2次二相側は、それぞれM座側の列車負荷2およびT座側の列車負荷3に単相電力を供給し、
M座インバータ10およびT座インバータ11は、その直流側が互いに接続され、その交流側はそれぞれ単相変圧器8および9を介してM座側およびT座側のき電線に接続され、
検出装置M5は、M座側のき電線電流IMおよびき電電圧VMを検出し、
検出装置T6は、T座側のき電線電流ITおよびき電電圧VTを検出し、
負荷検出手段12は、検出装置M5および検出装置T6からの電流、電圧の検出データからM座側の有効電力PM、無効電力QMおよびT座側の有効電力PT、無効電力QTを算出し、
融通有効電力算出手段13は、負荷検出手段12からの出力に基づき融通する融通有効電力PCをPC=(PM−PT)/2 により算出し、
M座補償無効電力算出手段14は、M座側のき電電圧がM座指定電圧より高いときはM座側の無効電力QMを相殺補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、M座側のき電電圧がM座指定電圧以下のときはM座側のき電電圧をM座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、
T座補償無効電力算出手段15は、T座側のき電電圧がT座指定電圧より高いときはT座側の無効電力QTを相殺補償するために必要な補償無効電力QTCを算出し、T座側のき電電圧がT座指定電圧以下のときはT座側のき電電圧をT座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QTCを算出し、
M座インバータ制御手段16は、融通有効電力算出手段13からの融通有効電力PCとM座補償無効電力算出手段14からの補償無効電力QMCとを出力するようM座インバータ10を制御し、
T座インバータ制御手段17は、融通有効電力算出手段13からの融通有効電力PCとT座補償無効電力算出手段15からの補償無効電力QTCとを出力するようT座インバータ11を制御する、
電気鉄道用電力給電システムの制御装置。」


2.甲第2号証
甲第2号証には、「電鉄用電圧変動補償装置の制御装置」に関して、図面と共に以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

「【0055】
図5は、第3の実施形態に係る電鉄用電圧変動補償装置の制御装置1Bの動作を説明するため座標図である。図5において、横軸Pを有効電力指令値、縦軸Qを無効電力指令値の平面図で表している。図5中の円は、M座単相インバータ31及びT座単相インバータ32の出力可能な容量を表している。
【0056】
今、M座容量リミッタ(Q優先)16Bへの入力であるM座単相インバータ31の有効電力出力指令値及び無効電力出力指令値が点M1Aであるとする。このとき、T座容量リミッタ(Q優先)17Bへの入力であるT座単相インバータ32の有効電力出力指令値及び無効電力出力指令値が点T1Aであるとする。
【0057】
点M1Aは、円外にある。即ち、装置容量超過の状態である。そこで、M座容量リミッタ(Q優先)16Bは、無効電力の出力を優先し、有効電力の出力のみを制限するように動作する。具体的には、M座容量リミッタ(Q優先)16Bは、点M1Aを真横(P軸方向と平行)に移動させ、円周上の点M2Aにリミット処理する。このリミット方式は、き電電圧低下を抑止するために、有効電力平衡化よりも無効電力力率1制御の方が重要な場合に適した方法である。
【0058】 点M1Aが点M2Aに制限されると、M座容量リミッタ(Q優先)16B及びT座容量リミッタ(Q優先)17Bへの入力段階でのM座単相インバータ31の有効電力出力指令値とT座単相インバータ32の有効電力出力指令値との和が保持されなくなる。そこで、協調リミッタ18Aは、この和を同じ値に確保するように、点T1Aを点T2Aに移行する。具体的には、M座容量リミッタ(Q優先)16Bによる点M1Aから点M2Aへの移行によって変化した有効電力出力指令値分(P軸方向に変化した分)をT座側も変化させる。」





上記記載によると、段落【0055】の記載から、図5は、横軸Pが有効電力指令値、縦軸Qが無効電力指令値を示す平面図を表しており、図5中の円は、M座単相インバータ31及びT座単相インバータ32の出力可能な容量を表している。
そうしてみると、段落【0056】の「M座容量リミッタ(Q優先)16Bへの入力であるM座単相インバータ31の有効電力出力指令値及び無効電力出力指令値が点M1Aである」との記載は、有効電力出力指令値と無効電力出力指令値の和がM座単相インバータ31の出力可能な容量を超えていることを示しており、段落【0057】によれば、この場合には有効電力の出力が制限されることが記載されている。
そうしてみると、甲第2号証には次の技術(以下、「甲2技術」という。)が記載されているものと認められる。

「電鉄用電圧変動補償装置の制御装置において、M座単相インバータの有効電力出力指令値と無効電力出力指令値の和が前記M座単相インバータの出力可能な容量を超えている場合に、M座単相インバータの有効電力の出力を制限する技術。」


3.甲第3号証
甲第3号証には、「インバータ装置の制御方法」に関して、図面と共に以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、2つの交流電源系統に直流回路を共通接続した2つのインバータを接続し、有効電力を2つの系統間で融通しながら無効電力をも補償するインバータ装置の制御方法に関する。」

「【0029】図6において、21Tは1系2Tの負荷電圧VT、電流ITから1系の無効電力QdT、有効電力PdTを検出する無効・有効電力検出回路、21Tは2系2Mの負荷電圧VM、電流IMから2系の無効電力QdM、有効電力PdMを検出する無効・有効電力検出回路、22T及び22Mは検出した無効電力QdT及びQdMを制限するリミッタ、23は検出した有効電力PdT、PdMの差を求める減算器、24は減算器からの有効電力の平均を求める1/2演算器、25は演算器24からの有効電力平均値を制限するリミッタ、27Tはリミッタ22T及び25からの無効電力QdT及び有効電力(PdT−PdM)/2を無効電力補償指令及び有効電力融通指令としてインバータ3Tを制御する1系インバータ制御回路、27Mはリミッタ22M及び25からの無効電力QdM及び有効電力(PdT−PdM)/2を無効電力補償指令及び有効電力融通指令としてインバータ3Mを制御する2系インバータ制御回路である。
【0030】しかして、2つの系統間2T、2M間では図7に示すように無効電力が補償されると共に有効電力が融通する。
【0031】ここで、リミッタ22T、22M、25を無効電力補償量と有効電力融通量に最適なリミッタをかけインバータ装置3の出力容量が定格を越えないように、最適リミット値に設定する。」

上記記載によれば、甲第3号証には次の技術(以下、「甲3技術」という。)が記載されているものと認められる。

「2つの交流電源系統に直流回路を共通接続した2つのインバータを接続し、有効電力を2つの系統間で融通しながら無効電力をも補償するインバータ装置の制御方法に関し、検出した無効電力QdT及びQdMを制限するリミッタ22T及び22Mを設け、リミッタ22T及び22Mにより無効電力補償量に最適なリミッタをかけインバータ装置3の出力容量が定格を越えないように、最適リミット値を設定する技術。」


第5 当審の判断
1.理由1(進歩性、特許法第29条第2項)について
(1)請求項1に係る発明について
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。

ア.甲1発明の「三相/二相変換変圧器1」は、1次三相側は三相交流電源100に接続され、2次二相側はM座側の列車負荷2とT座側の列車負荷3に単相電力を供給しているから、本件特許発明1の「三相電力をM座とT座との二つの単相回路に変換する変圧器」に相当する。

イ.甲1発明において「M座インバータ10およびT座インバータ11」は、「それぞれ単相変圧器8および9を介してM座側およびT座側のき電線に接続され」ており、また、「直流側」と「交流側」を有するから、直流と交流を変換している変換器として動作していることは明らかである。そうしてみると、甲1発明の「M座インバータ10およびT座インバータ11」と「単相変圧器8および9」を合わせた構成は、本件特許発明1の「三相電力をM座とT座との二つの単相回路に変換する変圧器の単相側に接続され、前記M座と前記T座とのそれぞれに接続された二つの単相変換器」に相当する。

ウ.本件特許発明1の「電力検出部」は、「前記二つの単相変換器のそれぞれの有効電力または有効電流を検出する」ものである。ここで「単相変換器」の「有効電力または有効電流」とは、本件特許明細書の段落【0014】に「電力検出部14−1は、M座の有効電力PMLを検出する。電力検出部14−2は、T座の有効電力PTLを検出する。また、電力検出部14−1および電力検出部14−2は、T座とM座のそれぞれの有効電流を検出し、検出した有効電流に所定の電圧を乗じて有効電力を算出してもよい。」と記載され、また、本件特許の図1から電力検出部14−1、14−2がM座、T座に接続されていることが見てとれる。そうしてみると、本件特許発明1の「電力検出部」が「前記二つの単相変換器のそれぞれの有効電力または有効電流を検出する」ことは、「単相変換器」が接続されるM座、T座の有効電力又は有効電流を検出することであると解される。
一方、甲1発明では、「検出装置M5は、M座側のき電線電流IMおよびき電電圧VMを検出し、検出装置T6は、T座側のき電線電流ITおよびき電電圧VTを検出し、負荷検出手段12は、検出装置M5および検出装置T6からの電流、電圧の検出データからM座側の有効電力PM、無効電力QMおよびT座側の有効電力PT、無効電力QTを算出し」ている。したがって、甲1発明では「検出装置M5」と「負荷検出手段12」から「M座側の有効電力PM」を得ており、また、「検出装置T6」と「負荷検出手段12」から「T座側の有効電力PT」を得ているから、甲1発明の「検出装置M5」と「負荷検出手段12」からなる構成、及び、「検出装置T6」と「負荷検出手段12」からなる構成が本件特許発明1の「前記二つの単相変換器のそれぞれの有効電力または有効電流を検出する電力検出部」に相当する。

エ.甲1発明の「融通有効電力算出手段13は、負荷検出手段12からの出力に基づき融通する融通有効電力PCをPC=(PM−PT)/2 により算出し」ている。ここで、PMは負荷検出手段により算出されたM座側の有効電力、PTはT座側の有効電力であるから、融通有効電力PC=(PM−PT)/2 は、M座側とT座側の有効電力の差分に1/2を乗算したものといえる。そして、甲1発明ではM座インバータ制御手段16が融通有効電力PCを出力するようにM座インバータ10を制御しており、融通有効電力PCにより有効電力を補償しているということができる。そうしてみると、甲1発明の「融通有効電力算出手段13」が本件特許発明1の「前記電力検出部の検出結果を参照し、前記M座と前記T座とのそれぞれから得られる有効電力の差分に1/2を乗算して前記M座の有効電力を補償する差分有効電力補償部」に相当する。

オ.本件特許発明1の「電圧検出部」は、「前記二つの単相変換器ごとの電圧を検出する」ものである。ここで「単相変換器」の「電圧」とは、本件特許明細書の段落【0014】に「電圧検出部13−1は、M座のき電電圧VMを検出する。電圧検出部13−2は、T座のき電電圧VTを検出する。」と記載され、また、本件特許の図1によれば電圧検出部13−1、13−2がM座、T座のき電に接続されていることが見てとれる。そうしてみると、本件特許発明1の「電圧検出部」が「前記二つの単相変換器ごとの電圧を検出する」ことは、「単相変換器」が接続されるM座、T座のき電電圧VM、VTを検出することと解される。
一方、甲1発明では、「検出装置M5は」「M座側の」「き電電圧VMを検出し」、また「検出装置T6は」「T座側の」「き電電圧VTを検出し」ているから、甲1発明の「検出装置M5」及び「検出装置T6」が本件特許発明1の「前記二つの単相変換器ごとの電圧を検出する電圧検出部」に相当する。

カ.甲1発明では「M座補償無効電力算出手段14は、M座側のき電電圧がM座指定電圧より高いときはM座側の無効電力QMを相殺補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、M座側のき電電圧がM座指定電圧以下のときはM座側のき電電圧をM座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し」ている。
そうしてみると「M座補償無効電力算出手段14」は「M座側のき電電圧」が「M座指定電圧」となるように「M座インバータ10」を制御していることは技術常識を踏まえれば明らかであり、甲1発明の「M座指定電圧」が本件特許発明1の「電圧指令値」に相当する。
そして、甲1発明では「M座指定電圧」と「M座側のき電電圧」の差分に基づいて制御することについては明示されていないものの、甲1発明の「M座側のき電電圧がM座指定電圧より高いときはM座側の無効電力QMを相殺補償するために必要な補償無効電力QMCを算出し、M座側のき電電圧がM座指定電圧以下のときはM座側のき電電圧をM座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QMCを算出」する「M座補償無効電力算出手段14」が、本件特許発明1の「電圧指令値」に基づいてM座の「単相変換器から無効電力を出力させる電力制御部」に相当する。
また、同様に、甲1発明の「T座指定電圧」は本件特許発明1の「電圧指令値」に相当し、「T座指定電圧」と「T座側のき電電圧」の差分に基づいて制御することについては明示されていないものの,甲1発明の「T座側のき電電圧がT座指定電圧より高いときはT座側の無効電力QTを相殺補償するために必要な補償無効電力QTCを算出し、T座側のき電電圧がT座指定電圧以下のときはT座側のき電電圧をT座指定電圧に維持補償するために必要な補償無効電力QTCを算出」する「T座補償無効電力算出手段15」が、本件特許発明1の「電圧指令値」に基づいてT座の「単相変換器から無効電力を出力させる電力制御部」に相当する。
してみると、甲1発明の「M座補償無効電力算出手段14」及び「T座補償無効電力算出手段15」が、本件特許発明1の「電力制御部」に相当する。

キ.本件特許発明1は「前記電力制御部は、前記二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて、前記有効電力の出力を制限する第1のリミッタ部を更に備え」ているが、甲1発明は当該構成を有していない点で相違している。

したがって、本件特許発明1と甲1発明とは、次の一致点、相違点を有する。

(一致点)
三相電力をM座とT座との二つの単相回路に変換する変圧器の単相側に接続され、前記M座と前記T座とのそれぞれに接続された二つの単相変換器と、
前記二つの単相変換器のそれぞれの有効電力または有効電流を検出する電力検出部と、
前記電力検出部の検出結果を参照し、前記M座と前記T座とのそれぞれから得られる有効電力の差分に1/2を乗算して前記M座の有効電力を補償する差分有効電力補償部と、
前記二つの単相変換器ごとの電圧を検出する電圧検出部と、
前記二つの単相変換器から無効電力を出力させる電力制御部と、を備える、
鉄道用電力補償装置。

(相違点1)
本件特許発明1では「電力制御部」は「前記二つの単相変換器ごとの電圧指令値と、前記電圧検出部により検出された電圧検出値との差分に基づいて」無効電力を出力させているのに対して、甲1発明では「差分に基づ」くことは明示されていない点。

(相違点2)
本件特許発明1は「前記電力制御部は、前記二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて、前記有効電力の出力を制限する第1のリミッタ部を更に備え」ているが、甲1発明は当該構成を有していない点。

事案に鑑み、相違点2から検討する。
甲1発明は、相違点2に係る本件特許発明1の「前記電力制御部は、前記二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて、前記有効電力の出力を制限する第1のリミッタ部」を備えていない。
これに関し、上記「第4」の「2.」で検討したように「電鉄用電圧変動補償装置の制御装置において、M座単相インバータの有効電力出力指令値と無効電力出力指令値の和が前記M座単相インバータの出力可能な容量を超えている場合に、M座単相インバータの有効電力を制限する技術。」(甲2技術)が公知である。
しかしながら、有効電力の制限が、本件特許発明1では「二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて」制限しているが、甲2技術では「M座単相インバータの有効電力出力指令値と無効電力出力指令値の和が前記M座単相インバータの出力可能な容量を超えている場合に」制限するものであり、本件特許発明1のように二つの単相変換器の出力の無効電力の絶対値を比較して、値が大きい方の絶対値に基づいて制御する技術は記載も示唆もされていない。
また、上記「第4」の「2.」で検討した甲3技術にも、相違点2に係る構成は記載も示唆もない。
そうしてみると、相違点2は甲2技術及び甲3技術を参酌しても容易に想到できた事項とはいえない。
よって、本件特許発明1は、相違点1について検討するまでもなく、当業者が甲1発明、甲2技術、甲3技術から容易に発明できたということはできない。


2.理由2(サポート要件、特許法第36条第6項第1号)について
請求項1の「前記二つの単相変換器のそれぞれから出力される無効電力の絶対値のうち、値が大きい方の絶対値に基づいて、前記有効電力の出力を制限する」と記載によれば、「値が大きい方の絶対値」とは、二つの単相変換器から出力される二つの無効電力の絶対値の値が大きい方を意味していることは明らかである。
ここで、本件発明の詳細な説明の段落【0028】に「絶対値演算部(ABS)25は、比例積分器22から出力されるM座の無効電力指令値QrefMの絶対値を最大値選択回路26に出力する。最大値選択回路(HVG)26は、M座の無効電力指令値QrefMの絶対値と、後述するT座無効電力指令値演算部30Aの絶対値演算部35が演算したT座の無効電力指令値QrefTの絶対値とを比較し、二つの絶対値のうち、最大値Qxを選択する。」と記載され、二つの無効電力の絶対値のうちの大きい方の値を選択することが記載されているから、請求項1に係る発明が発明の詳細な説明に記載されていないものとはいえない。請求項1を引用する請求項2についても同様である。
したがって、請求項1及び2に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定される要件をみたすものである。


3.理由3(実施可能要件、特許法第36条第4項第1号)について
請求項2に関連して本件発明の詳細な説明の段落には以下の記載がある。
「【0038】リミッタ付比例積分器27は、単相変換器11−1から出力されるM座の無効電力の電力値を制限するために、第2減算部24が出力するM座の無効電力に対して上限および下限のリミッタを設けてM座の無効電力指令値QrefMを制限する。リミッタの値は、例えば、第2減算部24が出力する値に対して上限および下限ともに、約60%〜80%程度である。約60〜80%程度の値でリミッタを設けておくことで、無効電力を優先させながら、有効電力の変動を軽減することができる。」

「【0040】 リミッタ付比例積分器36は、単相変換器11−2から出力されるT座の無効電力の電力値を制限するために、第2減算部34が出力するT座の無効電力に対して上限および下限のリミッタを設けてT座の無効電力指令値QrefTを制限する。リミッタ値は、M座側のリミッタ付比例積分器27と同様に、上限および下限ともに、約60%〜80%程度である。図4の例において、リミッタ付比例積分器27およびリミッタ付比例積分器36は、ともにリミッタ値として±0.7(70%)が設定されている。リミッタ付比例積分器27と、リミッタ付比例積分器36とのリミッタの制限を同一の条件にしておくことで、無駄のない無効電力指令値の出力を行うことができる。」

「【0041】 上述したように、第3の実施形態によれば、鉄道用電力補償装置10は、M座とT座とにおける無効電力指令値の絶対値を、単相変換器11−1および11−2の定格電力よりも小さい値とすることで、無効電力を有効電力よりも優先して出力する範囲を調整することができる。また、第3の実施形態では、電力指令値演算部15Bは、M座およびT座の無効電力指令値のリミッタを約60〜80%程度に設定し、リミッタ内において有効電力よりも無効電力を優先して出力させる。・・・」

上記のように、M座とT座の無効電力に対して上限および下限のリミッタ設け、リミッタ値は上限および下限ともに約60%〜80%程度とすることが記載されている。
しかしながら、段落【0038】に「リミッタの値は、例えば、・・・約60%〜80%程度」と記載されているように60%〜80%という値は単なる例示であり、請求項2の「前記二つの単相変換器の無効電力の出力の絶対値を、前記二つの単相変換器の定格電力よりも小さい値とする」ために必ず必要な条件として記載されていないことは明らかである。
そして、リミッタのリミット値を適宜設定することにより「前記二つの単相変換器の無効電力の出力の絶対値を、前記二つの単相変換器の定格電力よりも小さい値」となし得ることは当業者には明らかである。したがって、請求項2に係る発明に関して発明の詳細な説明の記載には当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。


第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1、2に係る発明を取り消すことはできない。
また、他に請求項1、2に係る発明を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。


 
異議決定日 2021-11-30 
出願番号 P2017-032553
審決分類 P 1 651・ 537- Y (H02J)
P 1 651・ 121- Y (H02J)
P 1 651・ 536- Y (H02J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 山田 正文
特許庁審判官 須原 宏光
山本 章裕
登録日 2021-01-25 
登録番号 6829107
権利者 東海旅客鉄道株式会社 東芝インフラシステムズ株式会社
発明の名称 鉄道用電力補償装置  
代理人 特許業務法人 志賀国際特許事務所  

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