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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 全部申し立て 1項2号公然実施  A23L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23L
管理番号 1380951
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-01-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-07 
確定日 2021-12-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第6815549号発明「容器詰調味用組成物及びその使用並びに容器詰加工食品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6815549号の請求項1〜4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6815549号の請求項1〜4に係る特許についての出願は、令和2年5月22日の出願であって、令和2年12月24日に特許権の設定登録がされ、令和3年1月20日にその特許公報が発行され、令和3年7月7日に、その請求項1〜4に係る発明の特許に対し、日置 綾子(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6815549号の請求項1〜4に係る発明(以下、「本件発明1」から「本件発明4」といい、まとめて「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項によって特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
食材としてしょうゆを含み、かつフェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満である、レトルト殺菌された容器詰調味用組成物。
【請求項2】
調味料成分、野菜類、肉類及び魚介類からなる群から選ばれる少なくとも1種の食材をさらに含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記食材は、牛肉、豚肉、鶏肉及び大豆タンパクからなる群から選ばれる少なくとも1種の食材である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記組成物は、前記食材に基づく加熱劣化臭を抑制するための組成物である、請求項2〜3のいずれか1項に記載の組成物。」

第3 申立理由の概要及び証拠方法
特許異議申立人は、証拠方法として以下の甲第1号証の1〜甲第10号証を提出して、以下の申立理由を主張している。

(証拠方法)甲第1号証の1:アマゾンジャパン合同会社の商品取り扱いWebページ、「キューピー ビストロクイック欧風ライスソース ハッシュドビーフ赤ワイン仕立て 245g×3個」[online]、取り扱い開始日2017年8月7日、[検索日2021年6月4日]、インターネットURL:https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AD%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%94%E3%83%BC-%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%83%E3%82%AF-%E6%AC%A7%E9%A2%A8%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9-%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%95%E8%B5%A4%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E4%BB%95%E7%AB%8B%E3%81%A6-245g%C3%973%E5%80%8B/dp/B074M8YL3Q?ref_=ast_sto_dp&th=1&psc=1(以下「甲1の1」という。)
甲第1号証の2:日置 綾子による2021年6月17日付け報告書(甲1の1のパッケージの撮影画像)(以下「甲1の2」という。)
甲第2号証:特許第3827289号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特開平11−313633号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:日置 綾子による2021年6月17日付け報告書(甲1の1の分析結果)分析日:2021年5月24日(以下「甲4」という。)
甲第5号証:日置 綾子による2021年6月17日け付報告書(甲1の1の官能評価結果)評価日:2021年6月17日(以下「甲5」という。)
甲第6号証:日本讓造協會雜誌、第61巻、第6号、(1966年)、p.481−485(以下「甲6」という。)
甲第7号証:J. Brew. Soc. Japan, Vol.74, No.3, (1979), p.173−178(以下「甲7」という。)
甲第8号証:Eur. Food Res. Technol., Vol.239, No.5, (2014), p.813−825(以下「甲8」という。)
甲第9号証:Vitis, Vol.16, (1977), p.295−299(以下「甲9」という。)
甲第10号証:Vitis, Vol.19, (1980), p.151−164(以下「甲10」という。)

(申立理由の概要)
申立理由1(新規性進歩性
(1)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた甲1の1において実施をされた発明である、甲1の1に示された発明と同一であり、特許法第29条第1項第2号に該当するから、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(2)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた甲1の1に示された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(3)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において、公然実施をされた発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲1の1に示された発明及び甲1の1に記載された技術的事項に基いて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件発明1〜4に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

申立理由2(新規性進歩性
(1)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(2)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲2に記載された発明及び甲2に記載された技術的事項に基いて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件発明1〜4に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

申立理由3(新規性進歩性
(1)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲3に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
(2)本件発明1〜4は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲3に記載された発明及び甲3に記載された技術的事項に基いて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件発明1〜4に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

申立理由4(実施可能要件
本件発明1〜4に係る特許は、以下(1)のとおり、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

(1)甲2の実施例1と対照とを比較した結果、醤油及びフェネチルアセテートの両方共を含んでレトルト殺菌されたもの(対照)の方が、醤油及びフェネチルアセテートの片方しか含まずにレトルト殺菌されたもの(実施例1)より、風味が劣っていたことが示唆されており、本件発明1〜4には、効果を奏しない態様が含まれているため、どのようにすれば発明の効果を得られる態様で実施できるのか、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていない。

申立理由5(サポート要件)
本件発明1〜4は、特許請求の範囲の記載が以下(1)の点で、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件発明1〜4に係る特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

(1)甲2の実施例1と対照とを比較した結果、醤油及びフェネチルアセテートの両方共を含んでレトルト殺菌されたもの(対照)の方が、醤油及びフェネチルアセテートの片方しか含まずにレトルト殺菌されたもの(実施例1)より、風味が劣っていたことが示唆されており、本件発明1〜4には、効果を奏しない態様が含まれていることから、本件発明1〜4は、課題を解決し得ない態様を含んでおり、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。

申立理由6(明確性要件)
本件発明3、4は、特許請求の範囲の記載が以下(1)及び(2)の点で、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、本件発明3、4に係る特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

(1)請求項3に記載の「前記食材」が、請求項1に記載の「食材」及び請求項2に記載の「食材」のいずれを指すのか不明確である。
(2)請求項4に記載の「前記食材」が、請求項1〜3に記載の「食材」のいずれを指すのか不明確である。

第4 当審の判断
当審は、請求項1〜4に係る特許は、申立人が申し立てた理由によっては、取り消すことはできないと判断する。理由は以下のとおりである。

1 申立理由1(新規性進歩性)について

(1)甲1の1〜甲10の記載

ア 甲1の1の記載
甲1の1a「

」(amazon検索欄左下欄 商品写真)

甲1の1b「・原材料:ドミグラスソース(たまねぎ、にんじん、小麦粉、トマトペースト、ラード、セロリ、酵母エキスパウダー、チキンブイヨン、ワイン、チキンエキス、砂糖、ローストオニオンパウダー、食塩、香辛料)、ソテーオニオン、ぶどう発酵調味料、トマトペースト、トマトケチャップ、砂糖、フォン・ド・ヴォー、ラード、乳等を主要原料とする食品、チキンエキス、クリーム、食塩、酵母エキスパウダー、でん粉、小麦粉、ワイン、ココア、マッシュルームエキス、乳たん白加工品、しょうゆ、植物油脂、香辛料/カラメル色素、(一部に乳成分・小麦・牛肉・大豆・鶏肉を含む)」(amazon検索欄右下欄 原材料)

甲1の1c「Amazon.co.jpでの取り扱い開始日 2017/8/7」(商品の情報 登録情報)

イ 甲1の2の記載
甲1の2a「 本報告書は、甲第1号証の1の商品の詳細、特に甲第4号証の成分分析及び甲第5号証の官能評価で用いた商品が本件特許の出願時点で公然実施されていたことを証明することを目的に、甲第1号証の1の商品パッケージ正面(図1)、パッケージ裏面(図2)の撮影画像を報告するものである。」(1頁 説明全文)

甲1の2b「



甲1の2c「



ウ 甲2の記載
甲2a「【請求項1】
醤油類、味噌類、ダシ汁類の1種または2種以上とその他の調味料が含有される液状調味料であって、該液状調味料を、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分と該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分とに2分し、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分を100℃未満の殺菌を施し、該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分をレトルト殺菌を施して得る、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分と該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分とを1セットとする液状調味料セット。」

甲2b「【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、・・・レトルト殺菌処理による醤油類、味噌類、ダシ汁類の風味の劣化を回避し、それらの良好な風味をその食品類に付与し、それの風味が引き立つものを得ることができるレトルト殺菌済みの液状調味料を主体とした液状調味料セットを得ることを目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、食品素材を調理加工するためや食品類につけたり、かけたりして用いるための醤油類、味噌類や魚節類、煮干し類などから抽出して得るダシ汁類の内の1種以上とその他の調味料を含有する液状調味料を、それの配合原料の中の、醤油類、味噌類、ダシ汁類、必要により酸味料などによりpHを調整したり、配合原料中の糖類、食塩などでそれの水分活性を下げたりして、耐熱性の微生物が増殖しないように調整した部分と、醤油類、味噌類やダシ汁類を除いたその他の調味料の部分とに2分して、醤油類、味噌類、ダシ汁類などを含む液状調味料の部分を100℃以下の殺菌を施し、その他の調味料を含む液状調味料の部分をレトルト殺菌を施して、両者を1セットとした液状調味料セットを得、このセットを用いて食品素材を調理加工するに際して、その直前に両者の液状調味料を併せて混和したものを得て、これを調理加工に供したところ、また、これを食品素材にかけたり、つけたりしたときに醤油類、味噌類およびダシ汁類が本来有している良好な風味が引き立ったものが得られたことを知り、この知見に基づいて本発明を完成した。」

甲2c「【0017】
(実施例1)
濃口醤油15ml、濃厚鰹節だし(S天然かつおだしK−1、ヤマキフーズ株式会社製)2ml、清酒15ml、砂糖12g、水20ml、牛肉(挽肉)50g、たまねぎ(みじん切り)50gの配合の牛丼の素の原材料の「濃口醤油と濃厚鰹節だし」を併せたものを80℃、10分の加熱処理を施し、これらを除いた「清酒、砂糖、水、牛肉、たまねぎ」を併せたものを121℃、30分のレトルト殺菌を施し、得られた2調味液を1セットとして本発明の液状調味料セットを得た。
なお、「濃口醤油と濃厚鰹節だし」を併せた液状調味料のpHは、4.7であり、水分活性(Aw)は、0.81であって、この液状調味料は、耐熱性の微生物類が増殖しないものである。
【0018】
(対照)
実施例1と同様の、濃口醤油15ml、濃厚鰹節だし(S天然かつおだしK−1、ヤマキフーズ株式会社製)2ml、清酒15ml、砂糖12g、水20ml、牛肉(挽肉)50g、たまねぎ(みじん切り)50gの配合の牛丼の素の原材料のすべてを併せて、121℃、30分のレトルト殺菌を施し、対照の液状調味料を得た。」
【0019】
次に、実施例1で得た本発明の液状調味料セットの2液状調味料を、併せて1液状調味料とした牛丼の素について、対照で得た牛丼の素と比較して、醤油の風味(醤油本来の香り、味)、ダシ汁「鰹節」の風味(鰹節本来の香り、味)について識別能力を有するパネル20名による官能検査をおこなった。それの評価方法は、対照と較べて、非常に差があるを「2」として、差があるを「1」として、差がないを「0」として、対照より良好であるを「+」として、悪いを「−」として、20名のパネルの評価値の平均値で評価する方法である。なお、これらの色沢については、財団法人、日本醤油研究所が作成した「しょうゆ比色用標準液セット」により比色測定し、その番数で表示した。これらの結果を表1に記載する。
【0020】
【表1】

【0021】
表1に示したように、本発明の液状調味料、牛丼の素(液状調味料セットの2液状調味料を併せて1液状調味料としたもの)は、対照の液状調味料、牛丼の素に較べ、醤油の風味、ダシ汁「鰹節」の風味の引き立った液状調味料であることがわかる。また、色沢の濃色化の程度が低いものであることがわかる。一方、対照の液状調味料、牛丼の素は、醤油類、ダシ汁類の風味が劣化し、色沢も濃色化したものであった。」

エ 甲3の記載
甲3a「【請求項1】貝類エキスと干し帆立貝、干したいら貝、加熱調理した帆立貝、加熱調理したたいら貝及び干し海老から選ばれる1種以上の具材を含む中華調味料組成物で、具材を除いた部分の粘度が500〜10,000ミリ・パスカル・秒であり、80〜135℃で10〜90分間加熱処理をした中華調味料組成物。」

甲3b「【0004】本発明は、主として家庭で簡便に味付けが行なえ、調理性が良く、かつ保存性に優れた新しい香味、特に旨みに富んだ中華調味料組成物を提供することを目的としたものである。」

甲3c「【0018】〔実施例4〕オイスターエキス9%、干したいら貝を事前に熱湯水で十分に戻して、柔らかくしてある程度小さなブロックにほぐしたもの10%、コーンデン粉3.5%、キサンタンガム0.03%、醤油15%、砂糖8%、ガーリック5%、豆板醤3%、胡麻油6%、塩4%、中国酒7%、クエン酸0.5%及び水を加えて100%になるように青椒肉糸用調味料を、上記実施例1と同様にして調製した。これを95℃、40分加熱しアルミ入りパウチに入れた。・・・さらに、別途、パウチに入れた製品をレトルト殺菌処理(F=6)をしたものも良好な評価であった。」

オ 甲4の記載
甲4a「 本報告書は、甲第1号証の1の商品、及び、甲第5号証で比較のために用いた商品中のフェネチルアセテートの含有量を明らかにすることを目的に、これらの商品の分析結果を報告するものである。」(1頁 説明全文)

甲4b「

」(2頁 全文)

カ 甲5の記載
甲5a「 本報告書は、甲第1号証の1の商品の加熱劣化臭を評価することを目的に、当該商品の官能評価結果を報告するものである。」(1頁 説明全文)

甲5b「

」(2頁 全文)

キ 甲6の記載
甲6a「酒類の香気成分 中性成分について(1)」(481頁 標題)

甲6b「

」(481頁 第1表)

ク 甲7の記載
甲7a「酵母の生成する香気について(第9報)
酵母によるβ−フェニルエチルアルコールおよびβ−フェニルエチルアセテートの生成について」(173頁 標題)

甲7b「2.市販醸造物中のβ−フェニルエチルアルコールおよびβ−フェニルエチルアセテートの含有量の比較
ガスクロマトグラフィーによるβ−フェニルエチルアルコールおよびβ−フェニルエチルアセテートの分析条件が得られたので,最近の市場で市販されている酒類を供試して両成分の含有量を測定してみた。清酒は市販特級酒,一級酒,二級酒および合成清酒と,全国清酒品評会(東京農業大学主催)に出品された吟醸酒1点の合計5点,・・・の試料を供試して比較した。・・・
ガスクロマトグラフィーによる各試料中の含有量をTable 2に示した。・・・・
(訳文にて示す。)表2 種々のアルコール飲料及び発酵調味料における、β−フェニルエチルアルコール及びβ−フェニルエチルアセテートの含有量
β−フェニルエチル β−フェニルエチル
酒 アルコール(ppm) アセテート(ppm)
特級 40.17 2.83
一級 39.62 2.40
二級 37.40 2.17
合成清酒 7.41 痕跡程度
吟醸酒 59.30 8.93
・・・・・ 」(175頁左欄下から4行〜右欄17行、表2)

ケ 甲8の記載(訳文にて示す。)
甲8a「ガスクロマトグラフィー−オルファクトメトリーを用いた、化学定量的及び匂い活性値分析による、中国の醤油と強芳香系酒における芳香族化合物の比較」(813頁 標題)

甲8b「表2 GC−MSを用いた中国習酒における揮発性芳香族化合物の標準曲線
No. 化合物・・・・・・・・・・・・濃度域(μg/L)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50 2−フェニルエチルアセテート・・3.10−396.76
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」(816頁 表2)

コ 甲9の記載(訳文にて示す。)
甲9a「表2 ワインのCS2抽出物中の、重複した、エステル及び
高級アルコールのガスクロマトグラフ定量
・・1976コロンバール・・1974ピノタージュ・・
成分 ・・ mg/l ・・ mg/l ・・
(i) (ii) ・・(i) (ii)
・・・・・
β−フェニルエチルアセテート 0,97 0,98 ・・0,03 0,03 ・・
・・・・・
(i),(ii):重複分析 ・・・
・・・・・ ・・・ 」(297頁 表2)

サ 甲10の記載(訳文にて示す。)
甲10a「

図1:シュナン・ブランワインの・・c)2−フェニルアセテート・・の濃度に及ぼす貯蔵時間と温度の影響」(153頁 図1c)

(2)甲1の1に示された発明

ア 甲1の1には、アマゾンジャパン合同会社の商品取り扱いWebページにおいて、取り扱い開始日が2017年8月7日(甲1の1d)の商品情報として、商品名「キューピー ビストロクイック 欧風ライスソース ハッシュドビーフ赤ワイン仕立て」の商品写真(パッケージ正面、パッケージ裏面)、及び、商品識別コードであるJANコード(「4901577067280」)(甲1の1a)、並びに、この商品の原材料が「・原材料:ドミグラスソース(たまねぎ、にんじん、小麦粉、トマトペースト、ラード、セロリ、酵母エキスパウダー、チキンブイヨン、ワイン、チキンエキス、砂糖、ローストオニオンパウダー、食塩、香辛料)、ソテーオニオン、ぶどう発酵調味料、トマトペースト、トマトケチャップ、砂糖、フォン・ド・ヴォー、ラード、乳等を主要原料とする食品、チキンエキス、クリーム、食塩、酵母エキスパウダー、でん粉、小麦粉、ワイン、ココア、マッシュルームエキス、乳たん白加工品、しょうゆ、植物油脂、香辛料/カラメル色素、(一部に乳成分・小麦・牛肉・大豆・鶏肉を含む)」(甲1の1b)であることが示されている。

イ 甲1の1に示されている「Amazon.co.jpでの取り扱い開始日 2017年8月7日」(甲1の1c)より、甲1の1に示されている商品は、アマゾンジャパン合同会社の商品取り扱いWebページにおいて、2017年8月7日に取り扱いが開始され、不特定多数者が知り得る状況で、当該商品を生産し販売されていたと認められる。
したがって、甲1の1に示されている事項から、甲1の1の商品は、本件出願[令和2年(2020年)5月22日]前に、公然実施されていたといえる。

ウ 以上より、甲1の1に示された商品は、本件出願前に公然実施されたものといえ、上記ア〜エに示された事項から、以下の本件出願前に公然実施された発明を認めることができる。

「 原材料が、ドミグラスソース(たまねぎ、にんじん、小麦粉、トマトペースト、ラード、セロリ、酵母エキスパウダー、チキンブイヨン、ワイン、チキンエキス、砂糖、ローストオニオンパウダー、食塩、香辛料)、ソテーオニオン、ぶどう発酵調味料、トマトペースト、トマトケチャップ、砂糖、フォン・ド・ヴォー、ラード、乳等を主要原料とする食品、チキンエキス、クリーム、食塩、酵母エキスパウダー、でん粉、小麦粉、ワイン、ココア、マッシュルームエキス、乳たん白加工品、しょうゆ、植物油脂、香辛料/カラメル色素及び(一部に乳成分・小麦・牛肉・大豆・鶏肉を含む)であり、レトルトパウチ食品である、キューピー ビストロクイック 欧風ライスソース ハッシュドビーフ赤ワイン仕立て」の発明(以下「甲1の1発明」という。)。

(3)本件発明1について

ア 甲1の1発明との対比

(ア)甲1の1発明は、料理用ソースであり、原材料として「ドミグラスソース(・・・)、ソテーオニオン、ぶどう発酵調味料、トマトペースト、トマトケチャップ、砂糖、フォン・ド・ヴォー、ラード、乳等を主要原料とする食品、チキンエキス、クリーム、食塩、酵母エキスパウダー、でん粉、小麦粉、ワイン、ココア、マッシュルームエキス、乳たん白加工品、しょうゆ、植物油脂、香辛料/カラメル色素及び(一部に乳成分・小麦・牛肉・大豆・鶏肉を含む)」ものであり、調味用組成物といえるから、本件発明1の「調味用組成物」に相当する。

(イ)甲1の1発明の「レトルトパウチ食品である」とは、レトルト殺菌された容器詰の食品と理解されるから、前記(ア)で述べたことを踏まえると、本件発明1の「レトルト殺菌された容器詰調味用組成物」に相当する。

(ウ)甲1の1発明の「原材料が、・・しょうゆ、・・であり」は、食材としてしょうゆを含むものといえるから、本件発明1の「食材としてしょうゆを含」むものに相当する。

(エ)そうすると、本件発明1と甲1の1発明とは、
「食材としてしょうゆを含む、レトルト殺菌された容器詰調味用組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点(甲1の1発明):調味用組成物について、本件発明1は、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるのに対し、甲1の1発明は、フェネチルアセテートの含有の有無、及び、含有している場合のその含有量は明らかでない点

イ 判断

(ア)新規性について

a 甲4は、「報告書(甲第1号証の1の分析結果)」であって、目的は「甲第1号証の1の商品、及び、甲第5号証で比較のために用いた商品中のフェネチルアセテートの含有量を明らかにすること」であり、分析日は「2021年5月24日」であり、使用機器は「ガスクロマトグラフ(アジレントテクノロジーズ社製Agilent Intuvo 9000 GC)、質量分析計(アジレントテクノロジーズ社製Agilent 5977B MSD)、オートサンプラ(CTC Analytics 社製PAL RTC 120)」であり、試料は「ビストロクイック 欧風ライスソース ハッシュドビーフ赤ワイン仕立て/キューピー(株)(JAN:4901577067280)」[甲1の2で示した商品(甲1の2a)]、及び、比較のための「デミグラスハンバーグソース/ハインツ日本(株) (JAN:4902521123380)」であり、並びに、分析方法が記載され、その結果として、酢酸フェネチルの含有量が、「ビストロクイック ハッシュドビーフ」では5.6ppb、「ハインツ ハンバーグソース」では0.2ppbであることが記載されている。

しかしながら、甲4には、分析対象とされた「甲第1号証の1の商品」が甲1の1に示される商品取り扱いWebページから入手されたものであることを示す記載はなく、当該「甲第1号証の1の商品」が甲1の1に示される商品そのものであるとはいえない。たとえ、甲1の1及び甲1の2の記載から、当該「甲第1号証の1の商品」が、甲1の1発明と実質的に変わらないものであるといえたとしても、甲4には、分析者が表示されておらず、甲4に記載された分析をどのような専門性を有する者が行ったものであるか不明であり、加えて、甲4には分析者の署名捺印もないことから、甲4に記載された分析の結果を、直ちに信頼することはできない。
したがって、甲4を根拠に、甲1の1発明における酢酸フェネチルの含有量を、5.6ppmであるとすることはできない。

b 甲5は、「報告書(甲第1号証の1の官能評価結果)」であり、目的は「甲第1号証の1の商品の加熱劣化臭を評価すること」(以上、甲5a)であり、評価日は「2021年6月17日」であり、試料は「ビストロクイック 欧風ライスソース ハッシュドビーフ赤ワイン仕立て/キューピー(株)(JAN:4901577067280)」[甲1の2で示した商品(甲1の2a)]、及び、比較のための「デミグラスハンバーグソース/ハインツ日本(株) (JAN:4902521123380)」であり、並びに、評価方法及び評価基準が記載され、その結果として、「ハインツ ハンバーグソース(JAN:4902521123380)が、少し焦げたような加熱劣化臭及び、こもったようなレトルト臭を感じたことに対して、ビストロクイック ハッシュドビーフ(JAN:4901577067280)は、ソースの加熱された香りはあるものの、加熱による不快な臭いを感じることはなかった。」ことが記載されている(以上、甲5b)。

しかしながら、甲5には、分析対象とされた「甲第1号証の1の商品」が甲1の1に示される商品取り扱いWebページから入手されたものであることを示す記載はなく、当該「甲第1号証の1の商品」が甲1の1に示される商品そのものであるとはいえない。たとえ、甲1の1及び甲1の2の記載から、当該「甲第1号証の1の商品」が、甲1の1発明と実質的に変わらないものであるといえたとしても、甲5には、評価者が表示されておらず、甲5に記載された評価をどのような専門性を有する者が何名で行ったものであるか不明であり、加えて、甲5には評価者の署名捺印もないことから、甲5に記載された評価の結果を、直ちに信頼することもできない。
したがって、甲5を根拠に、甲1の1発明が「ソースの加熱された香りはあるものの、加熱による不快な臭いを感じることはなかった。」ものとすることはできない。

c また、甲1の1発明、甲1の1〜甲3及び甲6〜甲10の記載事項、並びに、技術常識を検討したとしても、甲1の1発明の「キューピー ビストロクイック 欧風ライスソース ハッシュドビーフ赤ワイン仕立て」において、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるとは認められない。

d 以上より、甲1の1発明において、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるとはいえない。
よって、相違点(甲1の1発明)は、実質的な相違点といえる。

(イ)進歩性について

a 相違点について

(a)甲1の1及び甲1の2には、甲1の1発明が、フェネチルアセテートを含んでいるのか、フェネチルアセテートを含んでいる場合は、その含有量がどのくらいかについての記載や示唆はなされていない。

本件発明1は、含有するしょうゆ、肉類及び大豆たんぱく(以下、これらを総称して「しょうゆ等」という。)の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を提供しようという課題の下、食材としてしょうゆを含むレトルト殺菌された容器詰調味用組成物において、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることにより、当該課題を解決したものである。

他方、甲1の1発明に、しょうゆ等の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭があることは、甲1の1及び甲1の2には示されていない。
それ故、甲1の1発明に対して、しょうゆ等の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を提供しようという課題が存在するとはいえないし、その上、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満としようという動機付けがあるとは認められない。

(b)また、甲2〜甲10には、甲1の1発明に対して、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることを当業者に動機付ける記載や示唆を認めることができない。

(c)そうすると、甲1の1発明に対して、フェネチルアセテートを含有させようとすること、その際のフェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満としようとすることについては、甲1の1〜甲10のいずれにも記載も示唆もなく、本件出願当時の技術常識であったとも認められず、他に動機付けられるものもない以上、甲1の1発明に対して、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるようにすることは、当業者といえども、甲1の1〜甲10の記載から容易に想到し得たこととはいえない。

b 本件発明1の効果について
本件発明1の効果は、本件明細書の段落【0014】及び実施例(【0096】〜【0205】)に記載されるように、レトルト臭等の加熱劣化臭が抑えられた調味用組成物として利用することにより、加熱殺菌によって生じる異臭を付与することなく、所望の優れた風味を有するしょうゆ等の食材を含む加工食品、例えば、加熱調理食品を調理することが可能となるというものであり、その効果は、甲1の1〜甲10の記載から当業者が予測し得ない顕著なものといえる。

(ウ)申立人の主張について
相違点(甲1の1発明)について、申立人は、特許異議申立書の6頁11行〜7頁19行において、甲4の記載より、甲1の1発明には、フェネチルアセテートが5.6ppb含まれている(甲4b)から、実質的な相違点ではない旨、主張している。
しかしながら、相違点(甲1の1発明)については、前記(ア)で述べたとおりであり、申立人の前記主張は採用できない。

ウ 小括
したがって、本件発明1は、本件出願前に日本国内又は外国において、公然実施をされた発明である、甲1の1に示された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第2号に該当し特許を受けることができないものではない。
また、本件発明1は、本件出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲1の1に示された発明であるともいえないから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではない。
また、本件発明1は、本件出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲1の1に示された発明及び甲1の1〜甲10に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。

(4)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1を技術的に更に限定した発明であるから、本件発明1が、特許法第29条第1項第2号又は第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない以上、本件発明2〜4もまた、特許法第29条第1項第2号又は第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。

(5)まとめ
以上より、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項第2号又は第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、また、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものではないから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。

2 申立理由2(新規性進歩性)について

(1)甲2に記載された発明
甲2は、「レトルト殺菌処理による醤油類、味噌類、ダシ汁類の風味の劣化を回避し、それらの良好な風味をその食品類に付与し、それの風味が引き立つものを得ることができるレトルト殺菌済みの液状調味料を主体とした液状調味料セット」(甲2b)に関し記載するものであって、実施例における「対照」として、「【0018】(対照) 実施例1と同様の、濃口醤油15ml、濃厚鰹節だし(S天然かつおだしK−1、ヤマキフーズ株式会社製)2ml、清酒15ml、砂糖12g、水20ml、牛肉(挽肉)50g、たまねぎ(みじん切り)50gの配合の牛丼の素の原材料のすべてを併せて、121℃、30分のレトルト殺菌を施し、対照の液状調味料を得た。」(甲2c)ことが記載されている。

そうすると、甲2には、
「濃口醤油15ml、濃厚鰹節だし(S天然かつおだしK−1、ヤマキフーズ株式会社製)2ml、清酒15ml、砂糖12g、水20ml、牛肉(挽肉)50g、たまねぎ(みじん切り)50gの配合の牛丼の素の原材料のすべてを併せて、121℃、30分のレトルト殺菌を施して得た、液状調味料」の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

(2)本件発明1について

ア 甲2発明との対比

(ア)甲2発明の「液状調味料」は、「濃口醤油・・、濃厚鰹節だし・・、清酒・・、砂糖・・、水・・、牛肉(挽肉)・・、たまねぎ(みじん切り)・・の配合」したものであり、調味料成分、牛肉及びたまねぎを含む液状調味料であり、調味用組成物といえるから、本件発明1の「調味用組成物」に相当する。

(イ)甲2発明の「レトルト殺菌を施して得た、液状調味料」と、本件発明1の「レトルト殺菌された容器詰調味用組成物」とは、前記(ア)で述べたことを踏まえると、レトルト殺菌された調味用組成物である点で、共通する。

(ウ)甲2発明の「濃口醤油・・の配合」した「液状調味料」は、食材としてしょうゆを含む液体調味料といえ、前記(ア)で述べたことを踏まえると、本件発明1の「食材としてしょうゆを含」む「調味用組成物」に相当する。

(エ)そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「食材としてしょうゆを含む、レトルト殺菌された調味用組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1(甲2発明):調味用組成物について、本件発明1は、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるのに対し、甲2発明は、フェネチルアセテートの含有の有無、及び、含有している場合のその含有量は明らかでない点

相違点2(甲2発明):調味用組成物について、本件発明1は、容器詰であるのに対し、甲2発明は、容器詰であるか否か明らかでない点

イ 判断

(ア)新規性について

a 相違点1(甲2発明)について
甲2には、甲2発明が、フェネチルアセテートを含んでいるのか、フェネチルアセテートを含んでいる場合は、その含有量がどのくらいかについての記載や示唆はなされていない。

甲2発明には、「清酒15ml」が含まれている。
この点に関し、甲6は、「酒類の香気成分 中性成分について(1)」(甲6a)に関し記載するものであって、「第1表 酒類のエスアル組成(ppm)」(決定注:「エスアル」はエステルの誤記と認める。下線は当審が付与。以下同様。)(甲6b)に、「吟醸」酒にはフェネチルアセテートが7ppm、「清酒普通」にはフェネチルアセテートが8ppm、それぞれ含まれていることが記載されている。
また、甲7は、「酵母の生成する香気について(第9報) 酵母によるβ−フェニルエチルアルコールおよびβ−フェニルエチルアセテートの生成について」(甲7a)に関し記載するものであって、「表2 種々のアルコール飲料及び発酵調味料における、β−フェニルエチルアルコールおよびβ−フェニルエチルアセテートの含量」(甲7b)に、フェニルエチルアセテートが、特級酒には2.83ppm、一級酒には2.40ppm、二級酒には2.17ppm、合成清酒には痕跡程度、及び、吟醸酒には8.93ppmそれぞれ含まれていることが記載されており(甲7b)、「清酒は市販特級酒,一級酒,二級酒および合成清酒と,・・・吟醸酒1点の合計5点,・・・の試料を供試して比較した。」(甲7b)と記載されていることから、表2に記載されている前記酒は、清酒といえる。

甲6及び甲7の記載より、清酒は、種類によって、フェニルエチルアセテートの含有量が、痕跡程度〜8.93ppmと異なるものであり、また、同じ種類の吟醸酒であっても、甲6と甲7とでは、フェニルエチルアセテートの含有量が異なっていることが分かる。
そうすると、甲6の及び甲7の記載より、清酒は、その種類により、フェニルエチルアセテートの含有量が異なるものであり、同じ種類であってもフェニルエチルアセテートの含有量が異なり、種類によっては痕跡程度の場合もあるといえるから、甲2発明に含まれる「清酒」は、種類が不明であることから、甲2発明において「清酒15ml」に含まれるフェニルエチルアセテートの含有量を算出することは困難であるといえ、当該含有量は不明と認められる。

そうすると、甲2発明において、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるとはいえない。
したがって、相違点1(甲2発明)は、実質的な相違点といえる。

(イ)進歩性について

a 相違点について
まず、相違点1(甲2発明)について、以下検討する。

(a)甲2には、甲2発明が、フェネチルアセテートを含んでいるのか、フェネチルアセテートを含んでいる場合は、その含有量がどのくらいかについての記載や示唆はなされていない。

本件発明1は、含有するしょうゆ、肉類及び大豆たんぱく(以下、これらを総称して「しょうゆ等」という。)の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を提供しようという課題の下、食材としてしょうゆを含むレトルト殺菌された容器詰調味用組成物において、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることにより、当該課題を解決したものである。

他方、甲2発明は、「レトルト殺菌処理による醤油類、味噌類、ダシ汁類の風味の劣化を回避し、それらの良好な風味をその食品類に付与し、それの風味が引き立つものを得ることができるレトルト殺菌済みの液状調味料を主体とした液状調味料セット」(甲2b)を提供しようという課題の下、「醤油類、味噌類、ダシ汁類の1種または2種以上とその他の調味料が含有される液状調味料であって、該液状調味料を、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分と該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分とに2分し、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分を100℃未満の殺菌を施し、該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分をレトルト殺菌を施して得る、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分と該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分とを1セットとする液状調味料セット」(甲2a)とすることにより、当該課題を解決したものにおいて、その課題が解決していることを評価するために、比較の対照として調製されたものである。
それ故、その比較の対照の液状調味料に、前記課題を解決しようという動機付けはなく、ましてや、比較の対照の液体調味料に、フェネチルアセテートを含有させようとすること、その際のフェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満としようという動機付けがあるとは認められない。

(b)また、甲1の1〜甲1の2、甲3〜10には、前記1(3)イで述べたように、甲2発明に、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることを当業者に動機付ける記載や示唆を認めることができない。

(c)そうすると、甲2発明において、フェネチルアセテートを含有させようとすること、その際のフェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることについては、甲1の1〜10のいずれにも記載も示唆もなく、本件出願時の技術常識であったとも認められず、他に動機付けられるものもない以上、甲2発明の液状調味料において、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるようにすることは、当業者といえども、甲1の1〜10の記載から容易に想到し得たこととはいえない。

b 本件発明1の効果について
本件発明1の効果は、本件明細書の段落【0014】及び実施例(【0096】〜【0205】)に記載されるように、レトルト臭等の加熱劣化臭が抑えられた調味用組成物として利用することにより、加熱殺菌によって生じる異臭を付与することなく、所望の優れた風味を有するしょうゆ等の食材を含む加工食品、例えば、加熱調理食品を調理することが可能となるというものであり、そのような効果は、甲1の1〜甲10の記載から当業者が予測し得ない顕著なものである。

(ウ)申立人の主張について
相違点1(甲2発明)について、申立人は、特許異議申立書の7頁20行〜8頁下から7行において、甲6及び甲7に記載の清酒中のフェネチルアセテートの含有量に基づいて、甲2発明におけるフェネチルアセテートの含有量を計算し、相違点1(甲2発明)は実質的な相違ではない旨、主張している。
しかしながら、相違点1(甲2発明)については、前記(ア)、(イ)で述べたとおりであり、申立人の前記主張は採用できない。

ウ 小括
したがって、相違点2(甲2発明)を検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものとはいえない。
また、本件発明1は、甲2に記載された発明及び甲1の1〜甲10に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない。

(3)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1を技術的に更に限定した発明であるから、本件発明1が、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない以上、本件発明2〜4もまた、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。

(4)まとめ
以上より、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、また、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものではないから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。

3 申立理由3(新規性進歩性)について

(1)甲3に記載された発明
甲3は、「主として家庭で簡便に味付けが行なえ、調理性が良く、かつ保存性に優れた新しい香味、特に旨みに富んだ中華調味料組成物」(甲3b)に関し記載するものであって、具体例として、実施例4には「オイスターエキス9%、干したいら貝を事前に熱湯水で十分に戻して、柔らかくしてある程度小さなブロックにほぐしたもの10%、コーンデン粉3.5%、キサンタンガム0.03%、醤油15%、砂糖8%、ガーリック5%、豆板醤3%、胡麻油6%、塩4%、中国酒7%、クエン酸0.5%及び水を加えて100%になるように青椒肉糸用調味料を、上記実施例1と同様にして調製した。これを95℃、40分加熱しアルミ入りパウチに入れた。・・・さらに、別途、パウチに入れた製品をレトルト殺菌処理(F=6)をしたものも良好な評価であった。」(甲3c)ことが記載されており、調製した青椒肉糸用調味料を、40分加熱しアルミ入りパウチに入れた製品をレトルト殺菌処理(F=6)をしたものを得ているといえる。

そうすると、甲3には、
「オイスターエキス9%、干したいら貝を事前に熱湯水で十分に戻して、柔らかくしてある程度小さなブロックにほぐしたもの10%、コーンデン粉3.5%、キサンタンガム0.03%、醤油15%、砂糖8%、ガーリック5%、豆板醤3%、胡麻油6%、塩4%、中国酒7%、クエン酸0.5%及び水を加えて100%になるように調製し、これを95℃、40分加熱しアルミ入りパウチに入れ、その製品をレトルト殺菌処理(F=6)をした、青椒肉糸用調味料」の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されているといえる。

(2)本件発明1について

ア 甲3発明との対比

(ア)甲3発明は、「オイスターエキス9%、干したいら貝を事前に熱湯水で十分に戻して、柔らかくしてある程度小さなブロックにほぐしたもの10%、コーンデン粉3.5%、キサンタンガム0.03%、醤油15%、砂糖8%、ガーリック5%、豆板醤3%、胡麻油6%、塩4%、中国酒7%、クエン酸0.5%及び水を加えて100%になるように調製し」たものであり、調味料成分や干したいら貝等を含む調味料であり、調味用組成物といえるから、本件発明1の「調味用組成物」に相当する。

(イ)甲3発明の「95℃、40分加熱しアルミ入りパウチに入れ、その製品をレトルト殺菌処理(F=6)をした、青椒肉糸用調味料」は、アルミ入りパウチに入ったレトルト殺菌された調味料であるから、前記(ア)で述べたことを踏まえると、本件発明1の「レトルト殺菌された容器詰調味用組成物」に相当する。

(ウ)甲3発明の「醤油・・を加えて100%になるように調製し」た「青椒肉糸用調味料」は、食材としてしょうゆを含む調味料といえ、前記(ア)で述べたことを踏まえると、本件発明1の「食材としてしょうゆを含」む「調味用組成物」に相当する。

(エ)そうすると、本件発明1と甲3発明とは、
「食材としてしょうゆを含む、レトルト殺菌された容器詰調味用組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点(甲3発明):調味用組成物について、本件発明1は、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるのに対し、甲3発明は、フェネチルアセテートの含有の有無、及び、含有している場合のその含有量は明らかでない点

イ 判断

(ア)新規性について
相違点(甲3発明)について、甲3には、甲3発明が、フェネチルアセテートを含んでいるのか、フェネチルアセテートを含んでいる場合は、その含有量がどのくらいかについての記載や示唆はなされていない。

甲3発明には、「中国酒7%」が含まれている。
甲8は、「ガスクロマトグラフィー−オルファクトメトリーを用いた、化学定量的及び匂い活性値分析による、中国の醤油と強芳香系酒における芳香族化合物の比較」(甲8a)に関し記載するものであって、「表2 GC−MSを用いた中国習酒における揮発性芳香族化合物の標準曲線」(甲8b)には、中国酒の中でも特定の「中国習酒」における2−フェニルエチルアセテートの濃度が3.10−396.76μg/Lであることが記載されている。

一般に、中国酒といっても、日本酒と同様に様々な種類がある。甲7の記載(甲7b)からも理解されるように、日本酒の種類が異なれば、フェニルエチルアセテートの含有量は異なることと同様に、中国酒においても、種類が異なれば、フェニルエチルアセテートの含有量は異なるものと理解される。
そうすると、甲3発明に含まれる「中国酒」は、種類が不明であることから、甲3発明の「中国酒7%」に含まれるフェニルエチルアセテートの含有量を推定することはできず、当該含有量は不明である。

そうすると、甲3発明において、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満であるとはいえない。
したがって、相違点(甲3発明)は、実質的な相違点といえる。

(イ)進歩性について

a 相違点について

(a)甲3には、甲3発明が、フェネチルアセテートを含んでいるのか、フェネチルアセテートを含んでいる場合は、その含有量がどのくらいかについての記載や示唆はなされていない。

本件発明1は、含有するしょうゆ、肉類及び大豆たんぱく(以下、これらを総称して「しょうゆ等」という。)の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を提供しようという課題の下、食材としてしょうゆを含むレトルト殺菌された容器詰調味用組成物において、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることにより、当該課題を解決したものである。

他方、甲3発明は、「主として家庭で簡便に味付けが行なえ、調理性が良く、かつ保存性に優れた新しい香味、特に旨みに富んだ中華調味料組成物」(甲3b)を提供しようという課題の下、「貝類エキスと干し帆立貝、干したいら貝、加熱調理した帆立貝、加熱調理したたいら貝及び干し海老から選ばれる1種以上の具材を含む中華調味料組成物で、具材を除いた部分の粘度が500〜10,000ミリ・パスカル・秒であり、80〜135℃で10〜90分間加熱処理をした中華調味料組成物」(甲3a)とすることにより、当該課題を解決したものである。
それ故、その中華調味料組成物に、フェネチルアセテートを含有させること、その際のフェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とする動機付けがあるとは認められない。

(b)また、甲1の1〜甲2、甲4〜甲10には、前記2(1)イ(イ)で述べたように、甲3発明に、フェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満とすることを当業者に動機付ける記載や示唆を認めることができない。

(c)そうすると、甲3発明において、フェネチルアセテートを含有させようとすること、その際のフェネチルアセテートの含有量を1.0ppb以上1,000ppb未満としようとすることについては、甲1の1〜甲10のいずれにも記載も示唆もなく、本件出願当時の技術常識であったとも認められず、他に動機付けるものもない以上、甲3発明の青椒肉糸用調味料において、フェネチルアセテートの含有量が1.0ppb以上1,000ppb未満とすることは、当業者といえども、甲1の1〜甲10の記載から容易に想到し得たこととはいえない。

b 本件発明1の効果について
本件発明1の効果は、本件明細書の段落【0014】及び実施例(【0096】〜【0205】)に記載されるように、レトルト臭等の加熱劣化臭が抑えられた調味用組成物として利用することにより、加熱殺菌によって生じる異臭を付与することなく、所望の優れた風味を有するしょうゆ等の食材を含む加工食品、例えば、加熱調理食品を調理することが可能となるというものであり、そのような効果は、甲1の1〜甲10の記載から当業者が予測し得ない顕著なものである。

(ウ)申立人の主張について
相違点(甲3発明)について、申立人は、特許異議申立書の8頁下から4行〜9頁下から6行において、甲8に記載の中国酒中のフェネチルアセテートの含有量に基づいて、甲3発明におけるフェネチルアセテートの含有量を計算し、相違点1(甲2発明)は実質的な相違ではない蓋然性が高い旨、主張している。
しかしながら、相違点(甲3発明)については、前記(ア)、(イ)で述べたとおりであり、申立人の前記主張は採用できない。

ウ 小括
したがって、本件発明1は、甲3に記載された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものとはいえない。
また、本件発明1は、甲3に記載された発明及び甲1の1〜甲10に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない。

(3)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1を技術的に更に限定した発明であるから、本件発明1が、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない以上、本件発明2〜4もまた、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。

(4)まとめ
以上より、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではなく、また、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものではないから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。

4 申立理由5(サポート要件)について
申立人は、「エ 申立理由4(特許法第36条第4項第1号違反、同法第113条4号)及び申立理由5(特許法第36条第6項第1号違反、同法第114条4号)」(特許異議申立書14頁下から4行〜17頁13行)において、申立理由4(実施可能要件)及び申立理由5(サポート要件)の具体的理由として、同じ主張内容に基づいて、両方の理由を同様に主張していることから、当決定では、事案に鑑み、申立理由5(サポート要件)から検討する。

(1)特許法第36条第6項第1号の判断の前提について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものとされている。
以下、この観点に立って、判断する。

(2)特許請求の範囲の記載
前記第2に記載したとおりである。

(3)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には、背景技術(【0002】〜【0006】)、発明が解決しようとする課題(【0007】〜【0010】)及び実施例(【0096】〜【0205】)が記載されている。

(4)判断

ア 本件発明の課題について
発明の詳細な説明の背景技術の記載(【0002】〜【0006】)、発明が解決しようとする課題の記載(【0007】〜【0010】)及び実施例の記載(【0096】〜【0205】)からみて、本件発明1〜4の解決しようとする課題は、しょうゆ等の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を提供することであると認める。

イ 本件発明1〜4の実施例として、実施例(【0096】〜【0205】)には、しょうゆ及びフェネチルアセテート溶液(フェネチルアセテート配合量を変えて)を混ぜ合わせて調味液を調製し、それをアルミパウチに充填後、レトルト殺菌した試験調味液の官能評価を実施した結果、試験調味液に対しフェネチルアセテート濃度が1ppb以上1,000ppb未満の場合、レトルト殺菌による加熱劣化臭を抑制できることを客観的に確認したことが記載されている。
そうすると、発明の詳細な説明の実施例の記載に基づいて、本件発明1〜4をその範囲内で実施すれば、しょうゆ等の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を得ることができると、当業者は理解でき、本件発明1〜4の前記課題を解決し得ると認識できるといえる。

ウ 申立人の主張について
申立人は、甲2の実施例1と対照(前記2(1)で「甲2発明」として認定)とを比較した結果、醤油及びフェネチルアセテートの両方共を含んでレトルト殺菌されたもの(対照)の方が、醤油及びフェネチルアセテートの片方しか含まずにレトルト殺菌されたもの(実施例1)より、風味が劣っていたことが示唆されており、本件発明1〜4には、効果を奏しない態様が含まれていることから、本件発明1〜4は、課題を解決し得ない態様を含んでおり、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない旨主張している。

しかしながら、前記2で述べたように、甲2発明が、フェネチルアセテートを含んでいるのか、フェネチルアセテートを含んでいる場合は、その含有量がどのくらいかについては不明であることから、甲2発明が本件発明1〜4であるとはいえない。
また、甲2の実施例1に記載された発明は、「レトルト殺菌処理による醤油類、味噌類、ダシ汁類の風味の劣化を回避し、それらの良好な風味をその食品類に付与し、それの風味が引き立つものを得ることができるレトルト殺菌済みの液状調味料を主体とした液状調味料セット」(甲2b)を提供しようという、本件発明1〜4の課題と同様な課題であるが、この課題の下、「醤油類、味噌類、ダシ汁類の1種または2種以上とその他の調味料が含有される液状調味料であって、該液状調味料を、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分と該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分とに2分し、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分を100℃未満の殺菌を施し、該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分をレトルト殺菌を施して得る、該液状調味料に含有されている醤油類、味噌類、ダシ汁類の部分と該液状調味料に含有されているその他の調味料の部分とを1セットとする液状調味料セット」(甲2a)とすることにより、当該課題を解決したものであって、甲2の実施例1に記載された発明は、本件発明1〜4とは、その調製方法からみて異なるものである。
甲2には、甲2の実施例1に記載された発明と、比較の対照として調製された甲2発明との、醤油等の風味について評価した結果、甲2の実施例1に記載された発明が、比較の対照として調製された甲2発明より、醤油の風味等が良好であったと相対的に評価した結果が示されているのであって、そのような評価の結果を基に、本件発明1〜4に効果を奏しない態様が含まれるということはできず、本件発明1〜4がサポート要件に違反していることの根拠とはならない。
したがって、申立人の上記主張を採用できない。

(5)まとめ
したがって、本件発明1〜4についての特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載したものであるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものである。
よって、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たすものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すことができない。

5 申立理由4(実施可能要件)について
前記4で述べたように、発明の詳細な説明の実施例の記載に基づいて、本件発明1〜4の発明特定事項の範囲内で実施すれば、しょうゆ等の食材に基づくレトルト臭といった加熱劣化臭が低減された容器詰調味用組成物を得ることができることを考慮すると、当業者は本件発明1〜4を、当業者に通常期待し得る程度を超える過度の試行錯誤なく実施できるといえる。

申立人は、甲2の実施例1と対照(前記2(1)で「甲2発明」として認定)とを比較した結果、醤油及びフェネチルアセテートの両方共を含んでレトルト殺菌されたもの(対照)の方が、醤油及びフェネチルアセテートの片方しか含まずにレトルト殺菌されたもの(実施例1)より、風味が劣っていたことが示唆されており、本件発明1〜4には、効果を奏しない態様が含まれているため、どのようにすれば発明の効果を得られる態様で実施できるのか、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていない旨主張しているが、前記4(4)ウで検討したように、本件発明1〜4の課題は解決され、同時に本件発明1〜4の効果を奏していることは理解できるのであるから、申立理由4(実施可能要件)の主張についても、申立人の主張を採用することはできない。

したがって、発明の詳細な説明の記載は、本件発明1〜4を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。
よって、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すことができない。

6 申立理由6(明確性要件)について

(1)請求項3の「前記食材」という記載について、請求項3の前には、請求項1及び2それぞれに「食材」との記載があり、いずれをも指すものと理解され、そのように理解して不明確であるとは認められないから、請求項3の「前記食材」という記載が不明確であるとはいえない。

(2)請求項4の「前記食材」という記載について、請求項4の前には、請求項1〜3それぞれに「食材」との記載があり、それら各々の記載を指すものと理解される。
すなわち、本件発明1〜3の容器詰調味用組成物は、食材として必ず「しょうゆ」を含むものであり、少なくともしょうゆに基づく加熱劣化臭を抑制するための組成物であるといえる。
請求項2には、「調味料成分、野菜類、肉類及び魚介類からなる群から選ばれる少なくとも1種の食材をさらに含む」と記載されていることから、食材として、しょうゆを含むことに加え、「調味料成分、野菜類、肉類及び魚介類からなる群から選ばれる少なくとも1種の食材をさらに含む」容器詰調味用組成物において、しょうゆを含みさらに選ばれる前記食材に基づく加熱劣化臭を抑制するための組成物であるといえる。
請求項3には、「前記食材は、牛肉、豚肉、鶏肉及び大豆タンパクからなる群から選ばれる少なくとも1種の食材である、請求項2に記載の・・」と記載されていることから、食材として、しょうゆを含むことに加え、さらに含む食材である、請求項2に記載の「調味料成分、野菜類、肉類及び魚介類からなる群から選ばれる少なくとも1種の食材」の具体例として、「前記食材は、牛肉、豚肉、鶏肉及び大豆タンパクからなる群から選ばれる少なくとも1種の食材である」と記載されており、これらを含む容器詰調味用組成物において、しょうゆを含みさらに選ばれる前記食材に基づく加熱劣化臭を抑制するための組成物であるといえる。
したがって、請求項4の「前記食材」という記載が不明確であるとはいえない。

(3)したがって、本件発明3及び4は明確であるといえ、特許法第36条第6項第2号に適合するものである。
よって、本件発明3及び4に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たすものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すことができない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件発明に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-12-02 
出願番号 P2020-089844
審決分類 P 1 651・ 537- Y (A23L)
P 1 651・ 536- Y (A23L)
P 1 651・ 121- Y (A23L)
P 1 651・ 112- Y (A23L)
P 1 651・ 113- Y (A23L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 齊藤 真由美
冨永 みどり
登録日 2020-12-24 
登録番号 6815549
権利者 キッコーマン株式会社
発明の名称 容器詰調味用組成物及びその使用並びに容器詰加工食品  
代理人 森本 敏明  

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