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審決分類 |
審判 全部無効 2項進歩性 A62B 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A62B |
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管理番号 | 1383466 |
総通号数 | 5 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2022-05-27 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2019-12-26 |
確定日 | 2022-02-03 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第5174984号発明「他者保護用の衛生マスク」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 特許第5174984号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許第5174984号(以下、「本件特許」という。)についての特許出願(以下、「本件特許出願」という。)は、平成21年1月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年(平成20年)1月8日(KR)韓国)を国際出願日とする特願2010−530943号(以下、「原出願」という。)の一部を平成24年5月31日に新たな出願とした特願2012−124577号(以下、「親出願」という。)の一部を平成24年9月19日に新たな出願としたものであって、平成25年1月11日にその特許権が設定登録された。 これに対してされた本件無効審判請求に係る手続の経緯は、以下のとおりである。 令和元年12月26日 本件無効審判請求 令和2年5月15日 被請求人より審判事件答弁書(以下、「答弁書」という。)の提出 令和2年7月1日付け 書面審理通知 令和2年8月19日 請求人より審判事件弁駁書(以下、「第1弁駁書」という。)の提出 令和2年9月28日付け 審決の予告 令和2年10月29日 被請求人より訂正請求書の提出 令和2年12月2日 請求人より弁駁書(以下、「第2弁駁書」という。)の提出 第2 訂正の可否についての判断 1 訂正の内容 令和2年10月29日付け訂正請求書において、被請求人が求めた訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、次のとおりである(なお、下線は訂正箇所を示すもので、被請求人が付与した。)。 (1)訂正事項 本件特許の下記アに示す特許請求の範囲の請求項1の記載を、下記イに示す特許請求の範囲の記載に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2ないし請求項8も同様に訂正する)。 ア 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1の記載 「【請求項1】 着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させた状態で、前記呼吸器からの異物の飛散を遮断する衛生マスクにおいて、 前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される下部ボディと、 前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体と、 前記下部ボディの両側端に設けられ、前記下部ボディを前記着用者に固定するための支持手段と、 を含み、 前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。」 イ 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載 「【請求項1】 着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させた状態で、前記呼吸器からの異物の飛散を遮断する衛生マスクにおいて、 前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される合成樹脂で成型して製作された下部ボディと、 前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型して製作された呼吸器前方カバー体と、 前記下部ボディの両側端に設けられ、前記下部ボディを前記着用者に固定するための支持手段と、 を含み、 前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。」 2 訂正の目的の適否、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものか否か及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1)訂正の目的について 訂正事項のうち、「前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される下部ボディ」を「前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される合成樹脂で成型して製作された下部ボディ」に訂正する内容は、「下部ボディ」が合成樹脂で成型して製作されたことを特定するものであって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 同様に、「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体」を「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型して製作された呼吸器前方カバー体」に訂正する内容は、「呼吸器前方カバー体」が合成樹脂で成型して製作されたことを特定するものであって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 (2)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものか否かについて 「下部ボディ」及び「呼吸器前方カバー体」に関して、本件訂正前の本件特許請求の範囲には、上記1(1)アのとおり記載され、本件特許明細書の段落【0014】には、 「本発明は、本人の先出願発明である大韓民国特許出願第2007−111003号を更に改良して、全体的な骨格を合成樹脂で成型して製作し、その構造を画期的に改善することによって、その構成が簡単であり、かつ、再使用が可能である等、使用が便利で、使用途中には、その構造が堅固に保持され、所期の目的を更に確実に達成できるようにした他者保護用の衛生マスクを提供することにその目的がある。」(下線は当審で付した。以下同じ。) と記載され、段落【0015】には、 「前記のような目的を達成するための本発明は、着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させながら、呼吸器から発生する不潔な物質の飛散汚染が遮断されるように製造された衛生マスクにおいて、前記衛生マスクは合成樹脂で成型して製造され、前記成型される衛生マスクは、“U”型に湾曲して成型され、後方両側端には、着用者の耳に掛かるか、後頭に嵌着される支持手段が備えられる下部ボディと、前記下部ボディの前方上側から斜め上向きに形成され、前記着用者の口や鼻を含む呼吸器が露出されるように前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体と、を含んで構成されることを特徴とする。」 と記載され、段落【0029】には、 「これに合わせて、本発明は、前記衛生マスク1を構成する下部ボディ100と呼吸器前方カバー体200とがいずれも合成樹脂で成型されるものであって、製作が非常に簡便なので、品質が優れており、外観が秀麗な良質の衛生マスク1を大量に生産できることは言うまでもなく、使用時に外部の衝撃にも形態の変形なしに元の形態がそのまま堅固に保持される。」 と記載されている。 したがって、「合成樹脂で成型して製作された下部ボディ」及び「合成樹脂で成型して製作された呼吸器前方カバー体」は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであるといえる。 (3)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について 本件訂正は、上記のように、本件訂正前の「前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される下部ボディ」を「前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される合成樹脂で成型して製作された下部ボディ」に訂正するとともに、本件訂正前の「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体」を「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型して製作された呼吸器前方カバー体」に訂正するものであって、「下部ボディ」及び「呼吸器前方カバー体」を限定することにより、特許請求の範囲を減縮するものであって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではない。 したがって、本件訂正は、実質上特許請求の範囲の拡張し、又は変更する訂正ではない。 (4)第2弁駁書における請求人の主張について 請求人は、第2弁駁書6(1)において、今回の訂正の請求は、原出願の請求項1及び親出願の請求項1と比較して拡張されたものであるから今回の訂正の請求は訂正の要件を満たしていない旨主張する。 具体的には、原出願の請求項1及び親出願の請求項1に記載されたものは、支持手段も含めて合成樹脂で成型して製作されるものであるのに対し、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に記載されたものは支持手段が合成樹脂で成型して製作されることが削除されているから、原出願の請求項1及び親出願の請求項1と比較して拡張されたものである旨主張する。 しかしながら、特許請求の範囲の拡張・変更の存否の判断の基準となる特許請求の範囲は、訂正前の特許請求の範囲であるから、請求人の主張は失当である。 (5)まとめ したがって、本件訂正の訂正事項は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、同法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものであるから、本件訂正を認める。 第3 請求人の主張の概要及び証拠方法 請求人は、本件特許の請求項1ないし8についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求めている。そして、審判請求書及び弁駁書において請求人が主張する無効理由及び証拠方法は以下のとおりである。 1 無効理由 (1)無効理由1 本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。 (2)無効理由2 本件特許は、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。 (3)無効理由3 本件特許出願の明細書等に記載された事項は、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内ではないから、本件特許出願の出願日は、現実の出願日である平成24年9月19日となり、本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、甲第2号証、甲第4号証、甲第10号証及び甲第11号証に記載された発明及び事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。 2 証拠方法 請求人は、審判請求書に添付して甲第1号証ないし甲第12号証を提出している。甲第1号証ないし甲第12号証はそれぞれ以下のとおりである。 甲第1号証 特許第5174984号公報 甲第2号証 特表2011−500262号公報 甲第3号証 拒絶理由通知書(特許出願2010−530943) 甲第4号証 特開2012−157781号公報 甲第5号証 拒絶理由通知書(特許出願2012−124577) 甲第6号証 意見書(特許出願2012−124577) 甲第7号証 上申書(特許出願2012−205583) 甲第8号証 拒絶理由通知書(特許出願2012−205583) 甲第9号証 意見書(特許出願2012−205583) 甲第10号証 国際公開第2009/088185号 甲第11号証 韓国意匠登録第30−052184号公報 甲第12号証 特開2005−185381号公報 第4 被請求人の主張の概要 被請求人は、本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めている。答弁書における主張の概要は以下のとおりである。 1 被請求人の主張の概要 (1)無効理由1について 本件特許についての特許出願は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしている。 (2)無効理由2について 本件特許についての特許出願は、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしている。 (3)無効理由3について 本件特許についての特許出願は、分割出願の実体的要件を満たしており、出願日の遡及効が得られるから、請求人の主張には理由がない。 第5 当審の判断 1 本件特許発明 令和2年10月29日付け訂正請求書により訂正された本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下、「本件特許発明1ないし8」という。また、総称して「本件特許発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された以下のとおりのものである。 「【特許請求の範囲】 【請求項1】 着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させた状態で、前記呼吸器からの異物の飛散を遮断する衛生マスクにおいて、 前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される合成樹脂で成型して製作された下部ボディと、 前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型され製作された呼吸器前方カバー体と、 前記下部ボディの両側端に設けられ、前記下部ボディを前記着用者に固定するための支持手段と、 を含み、 前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。 【請求項2】 前記"U"型に湾曲して成型された前記下部ボディは、前方より後方に向かうほど、両側端が外側に更に広がるように成型され、左右に弾力的に拡縮するように構成されることを特徴とする、請求項1に記載の衛生マスク。 【請求項3】 前記呼吸器前方カバー体には声伝達孔が形成されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の衛生マスク。 【請求項4】 前記呼吸器前方カバー体は、繊維又はパルプ材からなる不織布又は織布のいずれかからなる衛生カバー紙を更に備えることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項5】 前記支持手段は、前記"U"型に湾曲して成型された前記下部ボディの両側終端に形成された輪に結合され、前記着用者の後頭に嵌着される固定バンドから構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項6】 前記支持手段は、前記"U"型に湾曲して成型された前記下部ボディの両側終端を、前記着用者の耳に掛かるように折り曲げてなる"¬"型のイヤリング部から構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項7】 前記支持手段は、前記"U"型に湾曲して成型された前記下部ボディの両側終端に形成された輪に結合され、前記着用者の耳に掛けられるリング型のイヤリング部から構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項8】 前記呼吸器前方カバー体又は前記衛生カバー紙は、 抗菌剤、脱臭剤、芳香剤が1種又は2種以上混合された機能性組成物を塗布、ディーピング、スプレーして、乾燥することで、機能性組成物層が形成され、坑菌、脱臭、芳香機能が発揮されるように構成されたことを特徴とする、請求項4に記載の衛生マスク。」 2 無効理由1について (1)本件特許請求の範囲の請求項1の「一体に構成され」との記載について 本件特許請求の範囲の請求項1には、「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型され製作された呼吸器前方カバー体」と記載されている。 これに関し、本件特許明細書の段落【0018】及び【0019】を参照すると、以下のように記載されている。 「【0018】 添付の図3から図7に示されているように、本発明の他者保護用の衛生マスク1は、着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させながら、呼吸器から発生する不潔な物質の飛散汚染が遮断されるように構成される衛生マスク1を合成樹脂で成型して製造し、前記合成樹脂で成型される衛生マスク1は、"U"型に湾曲して成型され、後方両側端には、着用者の耳に掛かるか、後頭に嵌着される支持手段120が備えられる下部ボディ100と、前記下部ボディ100の前方上側から斜め上向きに形成され、着用者の口や鼻を含む呼吸器が露出されるように呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体200と、を含んで構成されるものである。 【0019】 この場合、本発明は、特に、図3から図5に示されているように、前記下部ボディ100の前方上側に、呼吸器前方カバー体200を一体に成型して構成することもでき、 添付の図6から図7に示されているように、前記下部ボディ100の前方上側に結合撓部101を形成し、この結合撓部101に結合されるように、前記呼吸器前方カバー体200の下側端には、結合突部201を形成し、下部ボディ100の前方上側に、呼吸器前方カバー体200が着脱可能なように成型して構成することもできる。」(下線は当審で付した。) 上記のように、本件特許明細書には、下部ボディと呼吸器前方カバー体とを「一体に成型して構成する」ものと、下部ボディと呼吸器前方カバー体とを「着脱可能なように成型して構成する」ものとが記載されており、段落【0014】の「使用中には、その構造が堅固に保持され」という記載や技術常識からみて、いずれも、マスク使用時には下部ボディと呼吸器前方カバー体とを一体として用いるものであるから、「一体に構成」されているといえる。 そして、これらの記載を含む本件特許明細書全体の記載から、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、下部ボディと呼吸器前方カバー体とを「一体に構成」するものが記載されているといえる。 そうすると、本件の特許請求の範囲の請求項1に記載された「一体に構成」という発明特定事項は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項であるといえる。 (2)本件特許発明の課題及び解決手段について 本件特許明細書の段落【0014】には、 「本発明は、本人の先出願発明である大韓民国特許出願第2007−111003号を更に改良して、全体的な骨格を合成樹脂で成型して製作し、その構造を画期的に改善することによって、その構成が簡単であり、かつ、再使用が可能である等、使用が便利で、使用途中には、その構造が堅固に保持され、所期の目的を更に確実に達成できるようにした他者保護用の衛生マスクを提供することにその目的がある。」 と記載されている。 この記載から、本件特許発明が解決しようとする課題は、「その構成が簡単であり、かつ、再使用が可能である等、使用が便利で、使用途中には、その構造が堅固に保持され」るということであり、「全体的な骨格を合成樹脂で成型して製作し」という手段によりその課題を解決するものであるといえる。 これに対し、本件特許請求の範囲の請求項1には、 「着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させた状態で、前記呼吸器からの異物の飛散を遮断する衛生マスクにおいて、 前記着用者の顎に沿って"U"型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される合成樹脂で成型して製作された下部ボディと、 前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型して製作された呼吸器前方カバー体と、 前記下部ボディの両側端に設けられ、前記下部ボディを前記着用者に固定するための支持手段と、 を含み、 前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。」 と記載され、「下部ボディ」及び「呼吸器前方カバー体」が「合成樹脂で成型して製作された」ものであることが明らかになった。 ここで、「全体的な骨格」と、「下部ボディ」及び「呼吸器前方カバー体」の関係について検討する。 本件特許明細書の同段落【0015】には、 「前記のような目的を達成するための本発明は、着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させながら、呼吸器から発生する不潔な物質の飛散汚染が遮断されるように製造された衛生マスクにおいて、前記衛生マスクは合成樹脂で成型して製造され、前記成型される衛生マスクは、“U”型に湾曲して成型され、後方両側端には、着用者の耳に掛かるか、後頭に嵌着される支持手段が備えられる下部ボディと、前記下部ボディの前方上側から斜め上向きに形成され、前記着用者の口や鼻を含む呼吸器が露出されるように前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体と、を含んで構成されることを特徴とする。」 と記載され、「衛生マスク」は合成樹脂で成型して製作され、当該「衛生マスク」は「下部ボディ」と「呼吸器前方カバー体」とを含んで構成されていることが記載されている。 また、同段落【0029】には、 「これに合わせて、本発明は、前記衛生マスク1を構成する下部ボディ100と呼吸器前方カバー体200とがいずれも合成樹脂で成型されるものであって、製作が非常に簡便なので、品質が優れており、外観が秀麗な良質の衛生マスク1を大量に生産できることは言うまでもなく、使用時に外部の衝撃にも形態の変形なしに元の形態がそのまま堅固に保持される。」 と記載され、「下部ボディ」と「呼吸器前方カバー体」とがいずれも合成樹脂で成型されたものであることによって、使用時に外部の衝撃にも形態の変形なしに元の形態がそのまま堅固に保持されることが記載されている。 したがって、本件特許発明において、上記段落【0014】に記載された「全体的な骨格」とは、「下部ボディ」及び「呼吸器前方カバー体」であるといえる。 そうすると、本件特許発明1は、全体的な骨格を合成樹脂で成型して製作したものといえるから、上記段落【0014】に記載された解決しようとする課題を解決するものとなった。 よって、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の要件を満たすものとなり、無効理由1は解消した。 (3)無効理由1についてのまとめ 本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の要件を満たしており、無効理由1は理由がない。 3 無効理由2について 本件特許請求の範囲の請求項1には、「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体」と記載されている。ここで、上記段落【0014】の「使用途中には、その構造が堅固に保持され」という記載、及び段落【0029】の「使用時に外部の衝撃にも形態の変形なしに元の形態がそのまま堅固に保持される」という記載及び技術常識からみて、「一体に構成され」とは、使用時に一体となるように構成されているという意味であることは明らかである。 したがって、請求項1に「一体に構成され」という記載があるからという理由で請求項1に係る発明が明確でないとはいえない。 よって、本件特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は、特許法第36条第6項第2号の要件を満たしており、無効理由2は理由がない。 4 無効理由3について 本件特許出願の原出願(特願2010−530943号)と、原出願から分割された、本件特許出願の親出願(特願2012−124577号)との関係についてみると、親出願の明細書、特許請求の範囲及び図面(以下、「明細書等」という。)の記載は、原出願の明細書等の記載から自明の範囲であり、原出願の明細書等に対して新規事項を追加するものではない。 そして、親出願は原出願に対し分割要件の全てを満たしている。 次に、親出願と、本件特許出願の関係について検討する。 親出願の明細書には、以下のように記載されている。 「【0018】 添付の図3から図7に示されているように、本発明の他者保護用の衛生マスク1は、着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させながら、呼吸器から発生する不潔な物質の飛散汚染が遮断されるように構成される衛生マスク1を合成樹脂で成型して製造し、前記合成樹脂で成型される衛生マスク1は、"U"型に湾曲して成型され、後方両側端には、着用者の耳に掛かるか、後頭に嵌着される支持手段120が備えられる下部ボディ100と、前記下部ボディ100の前方上側から斜め上向きに形成され、着用者の口や鼻を含む呼吸器が露出されるように呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体200と、を含んで構成されるものである。 【0019】 この場合、本発明は、特に、図3から図5に示されているように、前記下部ボディ100の前方上側に、呼吸器前方カバー体200を一体に成型して構成することもでき、添付の図6から図7に示されているように、前記下部ボディ100の前方上側に結合撓部101を形成し、この結合撓部101に結合されるように、前記呼吸器前方カバー体200の下側端には、結合突部201を形成し、下部ボディ100の前方上側に、呼吸器前方カバー体200が着脱可能なように成型して構成することもできる。」 この記載は、本件特許出願の明細書の記載内容と同じであり、親出願のこれらの記載を含む明細書等の記載から、親出願の明細書等には、下部ボディと呼吸器前方カバー体とを「一体に構成」するものが記載されているといえる。 そうすると、本件特許発明1ないし8は、親出願の明細書等の記載から自明の範囲であり、本件特許明細書及び本件特許図面の記載についても、親出願のものに新規事項を追加するものではない。 すなわち、本件特許出願は、親出願に対し新規事項を追加するものではなく、分割要件の全てを満たすものである。 そして、原出願と、本件特許出願との関係をみても、上記と同様に、分割の実体的要件の全てを満たしている。 してみると、本件特許出願は原出願からの分割の要件を満たしているから、本件特許に係る出願の出願日は、原出願の出願日に遡及し、その優先日は、平成20年1月8日である。 一方、請求人が無効理由3の証拠とする甲第2号証の公表日は平成23年1月6日であり、同甲第4号証の公開日は平成24年8月23日であり、同甲第10号証の公知日は2009年(平成21年)7月16日であり、甲第11号証の公知日は2009年(平成21年)2月16日であるから、いずれも、本件特許出願の優先日前に公知となったものではない。 よって、本件特許発明1ないし8は、甲第2号証、甲第4号証、甲第10号証及び甲第11号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである、ということはできない。 5 その他の請求人の主張について (1)請求人は、第2弁駁書の6(1)において、「骨格」という用語が不明瞭である旨主張している。 しかしながら、「骨格」という用語には、「物事をかたちづくる中心となる部分。」(広辞苑第六版)という意味もあり、本件特許明細書の場合にはそのような意味であると理解できる。 したがって、請求人の主張は失当である。 (2)請求人は、第2弁駁書の6(1)において、「前記下部ボディの前方上方に一体に構成され」という事項は、原出願及び親出願の明細書等に記載された事項の上位概念であるから新規事項を追加するものである旨主張している。 具体的には、訂正後の本件特許明細書に記載された「一体に構成され」という事項は、原出願に記載された「一体に成型して構成する」(パターンA)、「着脱可能なように成型して一体に構成する」(パターンB)よりも上位概念であるから、原出願及び親出願に対し新規事項を追加するものである旨主張している。 しかしながら、上記2において述べたように、「一体に構成され」という事項は、本願特許明細書全体の記載から自明な事項であり、本願特許明細書の記載は、原出願及び親出願の明細書の記載と全く同じであるから、「一体に構成され」という事項は、原出願及び親出願の明細書全体の記載から自明な事項であって、出願の分割の際に新たな技術的事項を導入するものではない。 したがって、請求人の主張は失当である。 第6 むすび 以上のとおりであるから、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号及び同法同項第2号の要件を満たしている。 また、本件特許についての特許出願は、分割出願の実体的要件を満たしており、出願日の遡及効が得られるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1ないし8についての特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61項の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させた状態で、前記呼吸器からの異物の飛散を遮断する衛生マスクにおいて、 前記着用者の顎に沿って“U”型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される合成樹脂で成型して製作された下部ボディと、 前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする合成樹脂で成型して製作された呼吸器前方カバー体と、 前記下部ボディの両側端に設けられ、前記下部ボディを前記着用者に固定するための支持手段と、 を含み、 前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。 【請求項2】 前記“U”型に湾曲して成型された前記下部ボディは、前方より後方に向かうほど、両側端が外側に更に広がるように成型され、左右に弾力的に拡縮するように構成されることを特徴とする、請求項1に記載の衛生マスク。 【請求項3】 前記呼吸器前方カバー体には声伝達孔が形成されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の衛生マスク。 【請求項4】 前記呼吸器前方カバー体は、繊維又はパルプ材からなる不織布又は織布のいずれかからなる衛生カバー紙を更に備えることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項5】 前記支持手段は、前記“U”型に湾曲して成型された前記下部ボディの両側終端に形成された輪に結合され、前記着用者の後頭に嵌着される固定バンドから構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項6】 前記支持手段は、前記“U”型に湾曲して成型された前記下部ボディの両側終端を、前記着用者の耳に掛かるように折り曲げてなる“¬”型のイヤリング部から構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項7】 前記支持手段は、前記“U”型に湾曲して成型された前記下部ボディの両側終端に形成された輪に結合され、前記着用者の耳に掛けられるリング型のイヤリング部から構成されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の衛生マスク。 【請求項8】 前記呼吸器前方カバー体又は前記衛生カバー紙は、 抗菌剤、脱臭剤、芳香剤が1種又は2種以上混合された機能性組成物を塗布、ディーピング、スプレーして、乾燥することで、機能性組成物層が形成され、坑菌、脱臭、芳香機能が発揮されるように構成されたことを特徴とする、請求項4に記載の衛生マスク。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審理終結日 | 2021-01-26 |
結審通知日 | 2021-01-29 |
審決日 | 2021-02-09 |
出願番号 | P2012-205583 |
審決分類 |
P
1
113・
537-
YAA
(A62B)
P 1 113・ 121- YAA (A62B) |
最終処分 | 02 不成立 |
特許庁審判長 |
北村 英隆 |
特許庁審判官 |
金澤 俊郎 鈴木 充 |
登録日 | 2013-01-11 |
登録番号 | 5174984 |
発明の名称 | 他者保護用の衛生マスク |
代理人 | 中島 淳 |
代理人 | 加藤 和詳 |
代理人 | 中島 淳 |
代理人 | 加藤 和詳 |
代理人 | 井内 龍二 |
代理人 | 高田 一 |